自動売買システム事件

投稿日: 2018/12/09 22:23:47

今日は、平成29年(ワ)第24174号 特許権侵害差止請求事件について検討します。原告である株式会社マネースクエアHDは、判決文によると、金融商品取引業等の事業を営む会社等の株式等を所有することにより、当該会社等の事業活動を支配又は管理することなどを目的とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社外為オンラインは、外国為替に関する業務等を目的とする株式会社だそうです。なお、原告の特許出願時の社名は株式会社マネースクウェアHDでしたが、以下ではすべて株式会社マネースクエアHDとします。

 

1.手続の時系列の整理

(1)本件特許(特許第6154978号)

(2)ファミリ特許

2.本件発明(請求項1)

A 相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置であって、

B 前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段と、

C 前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段と

D を有する注文情報生成手段(16)と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段(14)とを備え、

前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で価格が異なる情報であり、

前記注文情報生成手段(16)は、前記複数の売り注文情報を一の注文手続で生成し、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段(14)が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文約定されたことを検知すると、

前記注文情報生成手段(16)は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成することを特徴とする

I 金融商品取引管理装置。


3.被告サービス

4.争点

(1)被告サーバは本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告サーバは構成要件BないしHの「注文情報」を充足するか(争点1-1)

イ 被告サーバは構成要件Hを充足するか(争点1-2)

ウ 被告サーバは構成要件Gを充足するか(争点1-3)

(2)本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点2)

ア 本件特許は特許法36条6項1号に違反しているか(争点2-1)

イ 分割要件違反により本件発明は新規性を欠くか(争点2-2)

ウ 本件発明は進歩性を欠くか(争点2-3)

(3)分割要件違反により被告は先使用に基づく通常実施権を有するか(争点3)

5.裁判所の判断

1 本件発明について

(1)本件明細書の発明の詳細な説明

-省略-

(2)本件発明の概要

前記第2の2(2)イ認定の特許請求の範囲、前記(1)認定の本件明細書の発明の詳細な説明、図面、弁論の全趣旨に照らすと、本件発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

ア 本件発明は、外国為替等の金融商品の取引を管理し、支援する装置等に適用することができる技術に関する(【0001】)。

イ 金融商品の価格は、常に不規則に変動しており、正確に予測することは実質的に不可能であるところ、従来技術においては、発注される注文情報の価格は一定であったため、人手によって行う取引であれば得る可能性のある利益が得られなくなるという課題があった(【0004】)。

ウ 本件発明は、前記イのような課題に鑑みてされたものであり、コンピュータシステムを用いて行う金融商品の取引において、多くの利益を得る機会を提供できる金融商品取引管理装置を提供することを目的とする(【0005】)。

エ 本件発明は、買い注文の約定によって保有したポジションを、売り注文の約定によって決済する注文形態(構成要件C)、すなわち、新規注文である買い注文の約定により決済注文である売り注文が有効、発注済の状態(市場に発注され、約定可能な状態)になるイフダンオーダーに係る注文形態を前提として、それぞれ等しい値幅で価格が異なる複数の売り注文を一の注文手続で生成する構成(構成要件F及びG)を採用した上で、最も高い売り注文価格の売り注文が約定すると、最も高い売り注文価格よりも所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む新たな売り注文情報を生成するという構成(構成要件H)を採用することにより、相場価格の変動によって、元の売り注文価格よりも相場価格の変動方向側である高値側に新たな売り注文価格の注文情報を生成し、相場価格を反映した注文の発注を行うことができるようにし、もって、コンピュータシステムを用いて行う金融商品の取引において、多くの利益を得る機会を提供することができるという作用効果を奏する(【0018】、【0150】)。

2 被告サーバについて

(1)被告サービスの概要

ア 証拠(甲4ないし8、乙1、7)及び弁論の全趣旨によれば、被告サービスの概要は、以下のとおりであると認められる。

(ア)利用者は、取引を希望する通貨ペア、ポジション方向(買ってから売るか、その逆か)等を選択し、これに応じて表示される新規注文の指定レート、利食いレート、損切りレート、注文のポジション間隔(値幅)、最大ポジション数等を確認し、数量を指定して注文する。

(イ)前記(ア)の注文を受けて、被告サービスでは、買い注文から入り、ポジション数を3個とする場合、新規注文である買いの成行注文(別紙5「図面(被告サービス)」の①の注文)と決済注文である売りの指値注文及び逆指値注文とを同時に行い、一方の決済注文が約定すると他方の決済注文は自動的に取り消される「クイック+OCO注文」という名称の注文1組と、新規注文である買いの指値注文(同別紙の②、③の注文)と決済注文である売りの指値注文及び逆指値注文とを同時に行い、一方の決済注文が約定すると他方の決済注文は自動的に取り消される「IFDONE+OCO注文」という名称の注文2組とを、一定の値幅で同時に行うことから開始する。

(ウ)買いの成行注文(同別紙の①の注文)が約定し、相場価格が上昇して、最も高い売り注文価格の売りの指値注文(同別紙の①の注文に対応するもの)が約定すると、新たに「クイック+OCO注文」を構成する買いの成行注文(同別紙の⑤の注文)と売りの指値注文及び逆指値注文とを行うのと同時に、当初の「クイック+OCO注文」(同別紙の①の注文を含むもの)と同じ価格帯に「IFDONE+OCO注文」を構成する買いの指値注文(同別紙の④の注文)と売りの指値注文及び逆指値注文を行い、また、最も低い注文価格の「IFDONE+OCO注文」を構成する買いの指値注文(同別紙の③の注文)と売りの指値注文及び逆指値注文を取り消す。

イ 前記ア(イ)認定の「クイック+OCO注文」及び「IFDONE+OCO注文」は、いずれも新規注文である買い注文の約定により決済注文である売り注文が有効、発注済の状態になるというイフダンオーダーの性質を有するものであるということができるから、被告サーバにおいて、「クイック+OCO注文」又は「IFDONE+OCO注文」を構成する各注文は、イフダンオーダーを構成する一体的な注文として、同じ機会に行われていると推認される。

(2)別表の各欄の内容

前記第2の2(4)イ認定のとおり、別表は、平成26年11月5日から同月29日までに行われた取引に基づく被告サーバの処理を記録したものであるところ、前記(1)認定のとおり、「クイック+OCO注文」及び「IFDONE+OCO注文」がイフダンオーダーの性質を有するものであることや、別表の各欄の名称の一般的な意味内容等を踏まえ、証拠(甲4ないし6、乙1)及び弁論の全趣旨にも照らすと、別表の各欄は、以下のような個々の注文に関する情報を表示するものであると推認される。

ア 「注文番号」欄

注文を識別するための注文番号

イ 「注文日時」欄

注文がされた日時

ウ 「注文状況」欄

注文が「無効」、「約定」、「取消」のいずれの状況にあるか

エ 「取引」欄

新規注文又は決済注文の別

オ 「種別」欄

「iサイクル注文」又は「サイクル注文」の別

カ 「通貨P」欄

取引対象となる通貨の種別

キ 「売」欄

売り注文であるか(売り注文である場合に「1」と表示される。)

ク 「買」欄

買い注文であるか(買い注文である場合に「1」と表示される。)

ケ 「新規注文」欄

当該決済注文と共にイフダンオーダーを構成する新規注文の注文番号

コ 「執行条件」欄

成行注文、指値注文、逆指値注文の注文種別(それぞれ、「クイックトレード」、「指値」、「逆指値」と表示されている。)

サ 「指定R」欄

指定価格(ただし、成行注文の場合に何を意味するかは明らかでない。)

シ 「期限」欄

注文の有効期限

ス 「約定R」欄

約定価格

セ 「約定等日時」欄

注文が約定等した日時

(3)被告サーバの処理

前記(1)、(2)認定の被告サービスの内容、別表の各欄の内容及び弁論の全趣旨に照らすと、別表に記載されている平成26年11月5日午後4時16分から同月7日午後10時30分までの被告サービスによる取引に係る被告サーバの処理は、次のとおりであったと認められる。

ア 平成26年11月5日午後4時16分の処理

(ア)次の注文が行われた。

a 番号114の買いの成行注文

b 番号113の売りの指値注文(指定価格114.90円)

c 番号112の売りの逆指値注文(指定価格111.80円)

d 番号111の買いの指値注文(指定価格113.66円)

e 番号110の売りの指値注文(指定価格114.28円)

f 番号109の売りの逆指値注文(指定価格111.18円)

g 番号108の買いの指値注文(指定価格113.04円)

h 番号107の売りの指値注文(指定価格113.66円)

i 番号106の売りの逆指値注文(指定価格110.56円)

j 番号105の買いの指値注文(指定価格112.42円)

k 番号104の売りの指値注文(指定価格113.04円)

l 番号103の売りの逆指値注文(指定価格109.94円)

(イ)番号114の買いの成行注文が約定価格114.30円で約定した。

(ウ)番号114の買いの成行注文の約定により、番号113、112の売りの指値注文及び逆指値注文が有効、発注済の状態になった。

イ 平成26年11月6日午前10時37分の処理

(ア)相場価格が上昇して番号113の売りの指値注文が約定した。

(イ)次の注文が行われた。

a 番号97の買いの成行注文

b 番号96の売りの指値注文(指定価格115.52円)

c 番号95の売りの逆指値注文(指定価格112.42円)

d 番号100の買いの指値注文(指定価格114.28円)

e 番号99の売りの指値注文(指定価格114.90円)

f 番号98の売りの逆指値注文(指定価格111.80円)

(ウ)番号97の買いの成行注文が約定価格114.91円で約定した。

(エ)番号97の買いの成行注文の約定により、番号96、95の売りの指値注文及び逆指値注文が有効、発注済の状態になり、番号112の売りの逆指値注文が無効の状態になった。

(オ)番号105の買いの指値注文、番号104、103の売りの指値注文及び逆指値注文の各注文が取り消された。

ウ 平成26年11月6日午後2時21分の処理

(ア)相場価格が下落して番号100の買いの指値注文が約定した。

(イ)番号100の買いの成行注文の約定により、番号99、98の売りの指値注文及び逆指値注文が有効、発注済の状態になった。

エ 平成26年11月6日午後10時35分の処理

(ア)相場価格が上昇して番号99の売りの指値注文が約定した。

(イ)次の注文が行われた。

a 番号92の買いの指値注文(指定価格114.28円)

b 番号91の売りの指値注文(指定価格114.90円)

c 番号90の売りの逆指値注文(指定価格111.80円)

(ウ)番号99の売りの指値注文の約定により、番号98の売りの逆指値注文が無効の状態になった。

オ 平成26年11月7日午後10時29分の処理

(ア)相場価格が上昇して番号96の売りの指値注文(指定価格115.52円)が約定した。

(イ)番号89の買いの成行注文を行い、約定価格115.54円で約定した。

カ 平成26年11月7日午後10時30分の処理

(ア)次の注文が行われた。

a 番号85の売りの指値注文(指定価格116.14円)

b 番号84の売りの逆指値注文(指定価格113.04円)

c 番号88の買いの指値注文(指定価格114.90円)

d 番号87の売りの指値注文(指定価格115.52円)

e 番号86の売りの逆指値注文(指定価格112.42円)

(イ)番号89の買いの成行注文の約定により、番号84、85の売りの指値注文及び逆指値注文が有効、発注済の状態になり、番号95の売りの逆指値注文が無効の状態になった。

(ウ)番号108の買いの指値注文、番号107、106の売りの指値注文及び逆指値注文の各注文が取り消された。

3 争点1(被告サーバは本件発明の技術的範囲に属するか)

(1)争点1-1(被告サーバは構成要件BないしHの「注文情報」を充足するか)

ア 本件発明の「注文情報」の意義

(ア)本件特許の特許請求の範囲において、「注文情報」は、「金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報」(構成要件B)、「前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報」(構成要件C)として、買い注文又は売り注文を行うための情報であるとされており、「売り注文情報」は「売り注文価格の情報」を含むものである(構成要件F)とされているものの、それ以外の具体的な内容、項目等については規定されていない。

そして、本件明細書の【0094】には、図14で示される新規注文情報18101及び決済注文情報18102が有する情報として、「注文の通し番号としての注文情報181A、顧客毎に一意に付される顧客番号181B、売買の対象となる通貨の組合せ…を識別するための通貨ペア情報181C、一の注文における外貨の持高としてのポジション…の価格情報としての注文金額情報181D、注文が発注された時刻の情報としての注文時刻情報181E、注文が「売り注文」「買い注文」の何れであるかを識別するフラグ情報としての売買方向情報181F、「約定価格の情報」としての注文価格情報181G、各注文情報1811~1816の有効期限を示す情報としての注文有効期限情報181H、例えば「成行注文」「イフダン注文」等の注文の種別を識別するフラグ情報としての注文種別情報181J、スルー値幅情報181K、トレール幅情報181L、各注文情報が「新規注文」なのか「決済注文」なのか、また、「指値注文」なのかを識別するフラグ情報としての新規/決済情報181M」が挙げられているところ、これらは「注文情報」の一例を示すものと理解できるものの、実施例に関するものであって、その他、本件明細書において、「注文情報」が特定の内容、項目等を含むものでなければならないとする説明等は見当たらない。

そうであれば、注文価格の情報のように、個々の買い注文又は売り注文を行うために必要となる情報であれば、本件発明の「注文情報」に含まれ、その他の限定はないものと認められる

(イ)この点について、被告は、本件発明の「注文情報」は、本件明細書の「発明の実施の形態1」で、少なくとも約定に関しては、注文の状態又は結果を事後的に「注文情報」に反映させていること(【0102】)から、注文の状態又は結果を反映した記録ないしログであると解すべきであると主張する

しかしながら、前記(ア)のとおり、本件特許の特許請求の範囲において、「注文情報」は、買い注文又は売り注文を行うための情報であるとされているから、これを注文の状態又は結果を反映した記録ないしログであるというのは、特許請求の範囲の記載と整合しない解釈であり、採用することができない。

(ウ)原告は、注文情報について、個々の注文を金融商品取引管理システムというシステム上で取り扱い、管理するための情報である旨を主張しているところ、その意味する内容は必ずしも明確ではないものの、前記(ア)において認定した意義を有する注文情報に包含されるか、又は、矛盾しないものであるということができる。

イ 被告サーバにおける「注文情報」

(ア)前記第2の2(4)イ認定のとおり、被告サービスにおいて注文が行われると、別表のとおり被告サーバの処理が記録されるところ、前記2認定の被告サービスの内容、別表の各欄の内容及び被告サーバの処理に照らすと、被告サーバにおいて、注文が行われた時点、すなわち、「注文日時」欄記載の日時に、同欄記載の注文を識別するための注文番号、「注文日時」欄記載の注文日時、「取引」欄記載の新規注文又は決済注文の別、「通貨P」欄記載の取引対象となる通貨の種類、「売」欄記載の売り注文であるか否か、「買」欄記載の買い注文であるか否か、「新規注文」欄記載のイフダンオーダーを構成する新規注文の注文番号、「執行条件」欄記載の成行注文、指値注文、逆指値注文の注文種別、「指定R」欄記載の指定価格、「期限」欄記載の注文の有効期限といった個々の注文の内容を規定する情報が生成されていると推認することができる。

また、被告サーバにおいて、市場に発注された個々の注文が約定等したことが検知されると、「注文状況」欄に、その注文が「無効」、「約定」、「取消」のいずれの状況にあるかが、「約定R」欄に、約定価格が、「約定等日時」欄に、注文が約定等した日時が、すなわち、約定等の結果に係る情報が記録されていると推認することができる。

そうすると、少なくとも、被告サーバに記録されている注文番号、注文日時、新規注文又は決済注文の別、取引対象となる通貨の種類、売り注文であるか、買い注文であるか、イフダンオーダーを構成する新規注文の注文番号、成行注文、指値注文、逆指値注文の注文種別、指定価格、注文の有効期限といった個々の注文の内容を規定する情報は、個々の買い注文又は売り注文を行うために必要となる情報であるということができ、本件発明の「注文情報」に該当する

(イ)以上より、被告サーバでは、本件発明の構成要件BないしHの「注文情報」に相当する情報が生成されていると認められる。

ウ 小括

前記のとおり、被告サーバでは、構成要件BないしHの「注文情報」に相当する情報が生成されているところ、これらの構成要件の充足性について、後記(2)、(3)において検討する構成要件G及びHを除いた構成要件BないしFの充足性については次のとおりであり、被告サーバは構成要件BないしFをいずれも充足する。

すなわち、本件発明の「注文情報」に関する前記判示を踏まえ、被告サーバの構成を構成要件BないしFと対比すると、被告サーバは、例えば、番号114、111、108、105の買い注文に係る買い注文情報のような複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段を備えるものであるから、「金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段」(構成要件B)を備えており、また、例えば、番号113、110、107、104の売り注文に係る売り注文情報のような複数の売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段を備えるものであるから、「前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段とを有する注文情報生成手段」(構成要件C及びD)を備えている。

さらに、被告サーバは、別表に「注文状況」欄及び「約定等日時」欄等があることから明らかなように、「前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え」(構成要件E)るものであり、また、例えば、番号113、110、107、104の売り注文のように、指定価格が114.90円、114.28円、113.66円、113.04円と、0.62円ずつ等しい値幅で価格が異なるものであるから、「前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で価格が異なる情報」(構成要件F)を備えている。

(2)争点1-2(被告サーバは構成要件Hを充足するか)

ア 構成要件Hは、「前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知すると、前記注文情報生成手段は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する…」というものであり、文言上、「複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文」1個が約定したときに「複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報」1個が生成される構成を含むと解するのが相当である。

これを被告サーバについてみると、前記2(2)認定のとおり、被告サーバは、約定検知手段が、例えば、番号113、110、107、104の売りの指値注文のような複数の売り注文のうち、指定価格を114.90円とする最も高い売り注文価格の番号113の売り注文が約定されたことを検知すると、注文情報生成手段は、この検知の情報を受けて、指定価格を番号113の指定価格114.90円より0.62円高い115.52円とし、これを含む売り注文情報である番号96の新たな売りの指値注文を生成するものであるから、構成要件Hを充足する

被告は、構成要件Hは、「複数の売り注文」全てが約定したときに、「注文情報生成手段」が新たに「複数の売り注文情報」全て「を生成する」ことを意味すると解すべきであるとし、その理由として、①構成要件Hの「最も高い売り注文価格の売り注文注文が約定されたことを検知」したときは、「最も高い売り注文価格」より低い価格の売り注文が既に約定していることが明らかであるから、構成要件Gの「前記複数の売り注文情報」が全て約定したときを意味すること、②本件明細書の【0145】ないし【0147】においては、全ての売りの指値注文が約定して初めて、新たな買いの指値注文(B1ないしB5)及び売りの指値注文(S1ないしS5)の全てが同時に行われていること、③構成要件Hの「前記注文情報生成手段」が引用している構成要件C及びDにおいて、「注文情報生成手段」は「複数の売り注文情報」全て「を生成する」ものであるとされていることなどを主張する

しかしながら、被告が理由として挙げる①については、構成要件Hの文言にない限定を付すものである上、「注文情報生成手段」が「複数の売り注文情報」を「一の注文手続」で生成することを規定しているにすぎない構成要件Gについて、「注文情報生成手段」が常に「複数の売り注文情報」を生成することを規定するとの限定を加えた解釈を前提としていることから、採用することはできない。

また、被告が理由として挙げる②についても、本件明細書の【0145】ないし【0147】は、構成要件Hに対応する「シフト機能」に「決済トレール機能」等を組み合わせた実施例にすぎないから採用し得ない。後記4(1)のとおり、全ての売り注文が約定しなければ「シフト機能」を適用できないとするものでもない。

したがって、被告の主張は採用することができない。

ウ また、被告は、被告サーバが「前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報」に係る「売り注文情報を生成する」時点は、「前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知」したときではなく、買いの成行注文の約定を検知したときであるから、構成要件Hを充足しないと主張し、買いの成行注文が売り注文に先行して行われていることを示す事情として、別表において、番号96の売りの指値注文が「2014/11/7 22:29」に約定すると、同一時刻に番号89の買いの成行注文だけが行われ、約定しているのに対し、番号85の売りの指値注文は「2014/11/7 22:30」に行われていることなどを指摘する。

被告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、仮に、個々の注文が有効なものとして市場に発注された時点で、被告サーバで「注文情報」が生成されると主張するものであれば、前記2(3)、3(1)イ認定のとおり、被告サーバにおいて、市場に発注前の売りの指値注文及び逆指値注文であっても、他の注文とともに、注文が行われた時点で、注文番号等の注文情報が生成されていることと整合せず、採用することができない。

また、前記2(1)イ認定のとおり、被告サービスの「クイック+OCO注文」又は「IFDONE+OCO注文」はイフダンオーダーの性質を有するものであり、新規注文である買い注文の約定により決済注文である売り注文が有効、発注済の状態になるというイフダンオーダーの性質に照らして、被告サーバにおいて、イフダンオーダーを構成する各注文は、一体的なものとして同じ機会に注文情報が生成されていると推認することができ、同(3)認定の実際の取引に基づく被告サーバの処理をみても、例えば、番号113の売りの指値注文のような最も高い売り注文価格の売りの指値注文が約定した場合には、番号95ないし97の各注文のような買いの成行注文及び上記の売り注文価格よりも所定価格だけ高い売り注文価格の売りの指値注文を含むイフダンオーダーを構成する各注文と、番号98ないし100の各注文のような約定に係るイフダンオーダーと同じ価格帯のイフダンオーダーを構成する各注文とが同じ機会に行われており、その時点で各注文に係る注文情報が生成されていると推認されるのであって、買いの成行注文に係る注文情報だけが別の機会に生成されているということはできない。

これに対し、別表では、番号89の買いの成行注文の注文及び約定日時を平成26年11月7日午後10時29分とし、番号85売りの指値注文の注文日時を同日午後10時30分として記録されているものの、その際には、被告サーバにおいて、最も高い売り注文価格の売り注文である番号96の売りの指値注文の約定を受けて、番号89の買いの成行注文、番号85の売りの指値注文、番号84の売りの逆指値注文によって構成されるイフダンオーダーと、番号88の買いの指値注文、番号87の売りの指値注文、番号86の売りの逆指値注文によって構成されるイフダンオーダーが行われるのと同じ機会に、番号95の売りの逆指値注文が無効の状態にし、番号108の買いの指値注文、番号107の売りの指値注文、番号106の売りの逆指値注文が取り消す処理が行われていたのであって、システム上、複数の注文情報を同じ機会に生成し、記録するに当たり、その処理にある程度の時間を要することもあり得ること、成行注文が現在の相場価格で注文するものであって基本的に直ちに約定するものであることなどにも照らすと、番号89の買いの成行注文の注文時刻及び約定時刻と番号85の売り注文の注文時刻が1分ずれているのは、複数の注文情報を生成し、記録する処理に相応の時間を要していたことによるものとみるのが自然であり、買いの成行注文に係る注文情報だけが別の機会に生成されたことを示すものとはいえない。

以上のとおり、被告サーバでは、新たな売り注文に係る注文情報を買いの成行注文に係る注文情報と同じ機会に生成されているものの、これらは一体的なものとみることができるから、複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格の売り注文の約定が検知されたことを受けて、新たな売り注文に係る注文情報を生成するものであり、構成要件Hを充足する。

(3)争点1-3(被告サーバは構成要件Gを充足するか)

ア 構成要件Gは、「前記注文情報生成手段は、前記複数の売り注文情報を一の注文手続で生成」するというものであるところ、前記2認定のとおり、被告サーバでは、被告サービスの利用者の一の注文に基づき、例えば、番号113、110、107、104の売り注文に係る売り注文情報のような、複数の売り注文情報を同じ機会に生成するから、構成要件Gを充足する。

イ 被告は、別表の例でいえば、被告サービスでは、番号113の売りの指値注文は、利用者が「注文」ボタンをクリックした段階、すなわち、「一の注文手続」の段階で存在せず、番号114の買いの成行注文が約定して初めて行われており、「前記複数の売り注文情報を一の注文手続で生成し」ていないから、構成要件Gを充足しないと主張する。

しかしながら、前記(2)で判示したとおり、被告サーバでは、イフダンオーダーを構成する各注文に係る注文情報は同じ機会に生成されていると推認され、買いの成行注文に係る注文情報だけが別の機会に生成されているということはできないから、イフダンオーダーを構成する複数の売り注文に係る売り注文情報を一の注文手続で生成していることを否定することはできない。

(4)小括

以上のとおり、被告サーバは、本件発明の構成要件を全て充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。

4 争点2(本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)

(1)争点2-1(本件特許は特許法36条6項1号に違反しているか)

ア 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するか否かについては、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。

イ 本件発明の構成要件Hに係る構成は、複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格の売り注文が約定すると、それよりも所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成するというものであるところ、以下のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明において、上記の構成は「シフト機能」として記載されており、その記載により、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できないということはできない。

すなわち、前記1(1)認定のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明において、「シフト機能」は、「新規注文と決済注文が少なくとも1回ずつ約定したのちに、更に新規注文や決済注文が発注される際に、先に発注済の注文の価格や価格帯とは異なる価格や価格帯にシフトさせた状態で、新たな注文を発注させる態様の注文形態」(【0078】)であると定義されているほか、「発明の実施の形態3」として、「シフト機能」の処理手順について、「注文情報生成部16は、決済注文S1、S2、S3が約定した価格である1ドル=102.40円を基準として、注文情報群1810Bの新規注文B1、B2、B3、B4、B5及び決済注文S1、S2、S3、S4、S5の取引価格をそれぞれシフトさせる。」(【0144】)、「具体的には、例えば、図35に示す、(シフトされる前の)新規注文B1、B2、B3、B4、B5や決済注文S1、S2、S3、S4、S5を発注させる新規注文情報18111、~18115や決済注文情報18116~18120…が生成された際の相場価格64が、図35の点P1に示す、1ドル=99.50円であり、決済注文S1、S2、S3が約定した際の相場価格64が、点P2に示す1ドル=102.40円であった場合を考える。」(【0145】)などと記載した上で、図35を参照しながら、発注時の相場価格99.50円(P1)と約定時の相場価格102.40円(P2)の差額分(P2-P1)だけ注文情報群1810Bの新規注文B1、B2、B3、B4、B5及び決済注文S1、S2、S3、S4、S5の価格帯を高値側にシフトする処理手順が説明されており、さらに、「シフト機能による処理は、上述の処理手順以外のいかなる方法によって行われてもよい。例えば、図35に示す状態において、決済注文S1、S2、S3が約定された際の基準価格である1ドル=102.40円を中心に新たな新規注文情報(あるいは新たな決済注文情報、あるいはその双方の情報)の注文価格情報181Gを設定する構成であってもよい。」(【0149】)、「この「シフト機能」によって取引を行うことにより、決済注文が約定した際の相場価格62を基準に、新たな新規注文と新たな決済注文とで継続的に取引を行うことができる。これにより、相場価格64を反映した注文を繰り返し発注することを繰り返して、多くの利益を得る可能性を提供することができる。」(【0150】)などと説明されている。

そして、上記の「シフト機能」の定義に照らすと、新たな注文の発注は「先に発注済の注文の価格や価格帯とは異なる価格や価格帯」にされるものであるから、【0149】にあるように、複数の決済注文の価格帯を変動させる構成のみならず、特定の決済注文の価格を変動させる構成も含まれると認識することができ、また、「新規注文と決済注文が少なくとも1回ずつ約定したのちに、更に新規注文や決済注文が発注される」ものであるから、売り注文が約定した後に異なる売り注文価格の売り注文を発注する構成が含まれていると認識することができる。

そうすると、複数の売り注文情報のうち最も高い売り注文価格の売り注文が約定すると、それよりも所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成するという構成要件Hに係る構成は、本件明細書の発明の詳細な説明における「シフト機能」に関する上記各説明によって認識することができ、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているということができる。

さらに、本件明細書の発明の詳細な説明により、当業者は、【0150】にあるように、構成要件Hに係る構成を備えた金融商品取引管理装置を提供することによって多くの利益を得る機会を提供することができると認められる。

ウ これに対し、被告は、本件明細書の発明の詳細な説明には、「シフト機能」について、「いったんスルー注文」及び「決済トレール注文」と組み合わせたものしか記載されておらず、「最も高い売り注文価格」が変動しないものや、特定の1個の注文である「最も高い売り注文価格の売り注文」が約定したときに新たな売り注文情報が生成されるものは記載されていないと主張する。

しかしながら、「いったんスルー注文」は、「それぞれの新規注文を、新規注文を約定させる基準となる価格として設定された「第一注文価格」としての新規注文価格に対し、相場価格が、新規注文価格を超えて下落(又は上昇)したのちに再度新規注文価格に一致した後に約定するように設定された注文形態」(【0055】)であると定義されているように、新規注文の約定条件を指定する機能を有するにすぎないから、決済注文S1ないしS3の注文価格の上昇との関連性はないのであって、「シフト機能」とは適用される場面が全く異なるものである。したがって、両者は分離して理解することができるものであり、「シフト機能」に関する実施例が「いったんスルー注文」との組合せに係るものであることによっても、当業者が構成要件Hに係る構成に対応する「シフト機能」を認識できないとは認められない。

また、「決済トレール注文」についても、「それぞれの決済注文を、決済注文を約定させる基準となる価格として設定された「第二注文価格」としての決済注文価格に対し、相場価格が、決済注文価格を超えて上昇(又は下落)したのちに再度決済注文価格に一致した後に約定する注文であって、第二注文はトレール幅情報に基づいて第二注文価格が上昇(又は下落)するように設定された注文形態」(【0055】)であると定義されているように、決済注文の約定価格を相場価格に合わせて変動させる機能であるから、上記の実施例で決済注文S1ないしS3の注文価格が上昇したのは「決済トレール注文」によるものであると認められるのに対し、前記のとおり、「シフト機能」は、既存の注文が約定して新たな注文を発注する際に注文価格を変動させる機能であるから、両者は適用される場面が異なり、分離して理解することができる。そして、上記の「決済トレール注文」の定義に照らせば、「シフト機能」と「決済トレール注文」を組み合わせた場合であっても、相場価格の変動状況によっては、最も高い売り注文価格の売り注文(決済注文S1)だけが当初の売り注文価格で約定することはあり得るから、本件明細書の発明の詳細な説明における「シフト機能」に関する実施例が「決済トレール注文」との組合せに係るものであるからといって、当業者が構成要件Hに係る構成に対応する「シフト機能」を認識できないとは認められない。このような理解は、実施例に関する説明として、「シフト機能」による処理の実行を行うか否かを選択する「シフト機能選択欄410」(【0084】)とは別に「決済トレール注文」を行うか否かを選択する「決済トレール選択欄409a」又は「いったんスルー注文」を行うか否かを選択する「スルー選択欄408」(【0083】、図13等)が設けられており、これらは別々に選択することができるとされていることとも整合する。

エ 以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合しないということはできない。

(2)争点2-2(分割要件違反により本件発明は新規性を欠くか)

被告は、構成要件Hに係る構成は本件明細書に記載されておらず、これと同内容の本件特許の原出願に係る出願当初の明細書等及び分割直前の明細書等のいずれにも記載されていないから、本件発明に係る特許出願は分割要件(特許法44条1項、2項)に違反しており、そうすると、本件発明は、被告サーバを使用した被告サービスの提供によって、本件出願日前に公然実施されており、新規性を欠くと主張する。

しかしながら、構成要件Hに係る構成が本件明細書の発明の詳細な説明に「シフト機能」として記載されていることは前記(1)で判示したとおりであって、証拠(乙2)によると、本件明細書と同内容であると認められる本件特許の原出願に係る出願当初の明細書等及び分割直前の明細書等のいずれにおいても、上記構成は記載されているから、本件発明に係る特許出願が分割要件(特許法44条1項、2項)に違反するということはできない。

したがって、本件特許の出願日は、特許法44条2項により、平成26年5月1日の本件原出願日であるとみなされるから、同年10月1日以降の被告サーバを使用した被告サービスの提供によって、本件発明が新規性を欠くとはいえない。

(3)争点2-3(本件発明は進歩性を欠くか)

ア 乙3発明

(ア)乙3明細書の記載

-省略-

(イ)乙3発明の内容

a 前記(ア)認定の乙3明細書の各記載及び図6、7に照らすと、LOCK管理モジュール12は、ソフトウェアインターフェースにおいて、LOCK処理により、投資家から買いの指示があった場合、パート1(LOCK注文の前半)の買い注文を生成、発注し、これが約定すると、パート2(LOCK注文の後半)の売り注文を生成、発注するというイフダンオーダーに係る処理を行うものであると認められ、投資家は、LOCK価格として、例えば、購入価格よりも1ドル高く得るといった決済条件を指定したり、サイクル数として、パート1及びパート2のイフダンオーダーを自動的に繰り返す回数を指定したりすることができると認められる。また、投資家は、上昇している株価を利用するような場合には、インクリメントを指定することにより、新たに生成されるイフダンオーダーの価格を、相場価格の変動に応じて追従していくように、従前のものより所定額だけ増加させることができると認められる。

そうすると、[0086]の実施例のように、投資家が、LOCK価格を1ドル、サイクル数を3、インクリメントを0.50ドルとして、一株当たり50.00ドルで買うことを指定した場合には、①パート1の50.00ドルの買い注文(注文①)に続いて、②パート2の51.00ドルの売り注文(注文②)、③パート1の50.50ドルの買い注文(注文③)、④パート2の51.50ドルの売り注文(注文④)、⑤パート1の51.00ドルの買い注文(注文⑤)、⑥パート2の52.00ドルの売り注文(注文⑥)という各注文が、先行する注文の約定を受けて、順次、生成、発注されていくことになると認められる。

なお、[0086]記載の51.50ドルの買い注文(注文③)以降の注文価格はいずれも1ドル高額に記載されていると認められる。

b また、前記a認定のとおり、LOCK処理は、パート1で買い注文を生成、発注し、これが約定すると、パート2で売り注文を生成、発注するものであるところ、[0089]には、「パート2において半分を売り、その後パート2を繰り返し、増加した価格で後半を売る」として、パート2の売り注文を半分に分けて二段階で行うことが記載されているから、これを前記a認定の実施例に適用すると、①パート1の50.00ドルの買い注文(注文①)に続いて、②’パート2前半の51.00ドルの売り注文(注文②’)、②”パート2後半の52.00ドルの売り注文(注文②”)、③パート1の50.50ドルの買い注文(注文③)、④’パート2前半の51.50ドルの売り注文(注文④’)、④”パート2後半の52.50ドルの売り注文(注文④”)、⑤パート1の51.00ドルの買い注文(注文⑤)、⑥’パート2前半の52.00ドルの売り注文(注文⑥’)、⑥”パート2後半の53.00ドルの売り注文(注文⑥”)という各注文が、先行する注文の約定を受けて、順次、生成、発注されていくことになると認められる。

この点、原告は、[0089]には、注文④’、④”、⑥’、⑥”の各売り注文が行われることは開示されていない旨主張するが、前記a認定のLOCK処理の内容を踏まえれば、上記のとおりの実施例が開示されていると認めることができる。

c 以上によると、乙3発明は以下のとおりであると認められる。

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うためのLOCK管理モジュール12であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報(注文①、③、⑤)を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための売り注文情報(注文②’、②”、④’、④”、⑥’、⑥”又は注文②、④、⑥)を生成する売り注文情報生成手段と

を有するソフトウェアインターフェースと、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知するソフトウェアインターフェースとを備え、

前記相場価格が変動して、前記ソフトウェアインターフェースが、前記売り注文(注文②”、④”又は注文②、④)が約定されたことを検知すると、前記ソフトウェアインターフェースは、買い注文情報(注文③、⑤)、売り注文情報(注文④’、⑥’)、前記売り注文(注文②”、④”)の売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報(注文④”、⑥”)を、先行する注文の約定を受けて、順次、生成すること、又は、買い注文情報(注文③、⑤)、前記売り注文(注文②、④)の売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報(注文④、⑥)を、先行する注文の約定を受けて、順次、生成することを特徴とするLOCK管理モジュール12。」

(ウ)乙3発明と本件発明の対比

乙3発明と本件発明を対比すると、これらの一致点及び相違点は以下のとおりであると認められる。

a 一致点

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成手段と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記売り注文が約定されたことを検知すると、前記注文情報生成手段は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記売り注文の売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成することを特徴とする金融商品取引管理装置。」である点

b 相違点

(a)本件発明では、「複数の売り注文情報」(構成要件C、F、G、H)が「一の注文手続で生成」(構成要件G)されるのに対し、乙3発明では、これに対応する構成を有していない点(以下「相違点3-1」という。)

(b)本件発明では、「前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で価格が異なる情報」(構成要件F)であるのに対し、乙3発明では、これに対応する構成を有していない点(以下「相違点3-2」という。)

(c)本件発明では、「前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知すると、…前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」(構成要件H)のに対し、乙3発明では、ソフトウェアインターフェースが、売り注文(注文②”、④”又は注文②、④)が約定されたことを検知すると、買い注文情報(注文③、⑤)を生成しており、「最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知」したことを契機として、「最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」ものではない点(以下「相違点3-3」という。)

(エ)相違点に関する被告の主張について

a 被告は、相違点3-1に関し、乙3発明の注文②’、②”、④’、④”、⑥’、⑥”又は注文②、④、⑥の各売り注文に係る売り注文情報のように、異なる時点に存在するものであっても、本件発明の「複数の売り注文情報」に含まれる旨主張する。

しかしながら、本件発明の「複数の売り注文情報」は、構成要件Gのとおり、「一の注文手続で生成」されるものと規定されているから、別個の注文手続又は注文時期に生成される売り注文情報が複数あることをもって、本件発明の「複数の売り注文情報」に該当するということはできない。

これを乙3発明についてみると、前記(イ)認定のとおり、注文②’、②”、④’、④”、⑥’、⑥”又は注文②、④、⑥の各売り注文に係る売り注文情報は、いずれも、先行する注文の約定を受けて、順次、生成、発注されていくものであるから、注文手続及び注文時期が異なっており、「一の注文手続で生成」されるものとはいえない。

したがって、乙3発明で生成される売り注文情報は、本件発明の「複数の売り注文情報」に該当しない。

b また、被告は、相違点3-2に関し、乙3発明の注文②’と注文②”の価格差、注文④’と注文④”の価格差、注文⑥’と注文⑥”の価格差が、いずれも1ドルであること、又は、注文②と注文④、注文④と注文⑥の価格差がいずれも0.50ドルであることをもって、「それぞれ等しい値幅で価格が異なる」ものであり、構成要件Fの「値幅」に係る構成に含まれる旨主張する。

しかしながら、構成要件Fの「値幅」は、「前記複数の注文情報に含まれる売り注文価格の情報」が有するものであるから、上記のとおり、「一の注文手続で生成」される「複数の売り注文」同士の価格差をいうと解すべきところ、注文②’、②”、④’、④”、⑥’、⑥”又は注文②、④、⑥の各売り注文に係る売り注文情報は、いずれも、先行する注文の約定を受けて、順次、生成、発注されるものであるから、これらの価格差は「複数の売り注文」同士の価格差ではない。

したがって、乙3発明で生成される売り注文情報同士の価格差は、構成要件Fの「値幅」に該当しない。

イ 乙6発明

(ア)乙6明細書の記載

-省略-

(イ)乙6発明の内容

a 前記(ア)認定の乙6明細書の各記載及び図11に照らすと、自動取引システムは、買い注文を生成、発注し、これが約定すると、売り注文を生成、発注するというイフダンオーダーに係る処理を繰り返すものであり、新たに生成するイフダンオーダーの価格を、従前のものより所定額だけ増加させるものであると認められる。

具体的には、[0145]のとおり、①60.00ドルの買い注文(121)に続いて、②62.00ドルの売り注文(122)、③61.00ドルの買い注文(123)、④63.00ドルの売り注文(124)という各注文が、先行する注文の約定を受けて、順次、生成、発注されていくことになると認められる。

b そうすると、乙6発明は以下のとおりであると認められる。

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための自動取引管理システムに使用される装置であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報(121、123)を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための売り注文情報(122、124)を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成手段と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記売り注文(122)が約定されたことを検知すると、前記約定検知手段は、買い注文情報(123)、前記売り注文の売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報(124)を、先行する注文の約定を受けて、順次、生成することを特徴とする自動取引管理システムに使用される装置。」

(ウ)乙6発明と本件発明の対比

乙6発明と本件発明を対比すると、これらの一致点及び相違点は以下のとおりであると認められる。

a 一致点

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成手段と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記売り注文が約定されたことを検知すると、前記注文情報生成手段は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記売り注文の売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成することを特徴とする金融商品取引管理装置。」

b 相違点

(a)本件発明では、「複数の売り注文情報」(構成要件C、F、G、H)が「一の注文手続で生成」(構成要件G)されるのに対し、乙6発明では、これに対応する構成を有していない点(以下「相違点6-1」という。)

(b)本件発明では、「前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で価格が異なる情報」(構成要件F)であるのに対し、乙6発明では、これに対応する構成を有していない点(以下「相違点6-2」という。)

(c)本件発明では、「前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知すると、…前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」(構成要件H)のに対し、乙6発明では、約定検知手段が、売り注文(122)が約定されたことを検知すると、買い注文情報(123)を生成しており、「最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知」したことを契機として、「最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」ものではない点(以下「相違点6-3」という。)

(エ)相違点に関する被告の主張について

前記(ウ)認定のとおり、乙6発明は、本件発明と対比する上では乙3発明と実質的に同一の発明であり、本件発明との相違点についても、乙3発明と実質的に同様に認定することができるから、相違点に関する被告の主張を採用することができないことも、乙3発明について判示したのと同様である。

ウ 乙4発明

(ア)乙4公報の記載

-省略-

(イ)乙4発明の内容

a 前記(ア)認定の乙4公報の各記載及び図18A、図20に照らすと、乙4発明は、いわゆる「板寄せ方式」で約定価格が決定された場合のように、逆指値注文の第一注文と指値注文の第二注文とが一緒に約定することによって顧客が不利益を被りうる事態を回避させて、指値注文を行う顧客が被るリスクを低減させることを課題として、一定の価格帯において5組のイフダンオーダーをしかけ、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返すトラップリピートイフダンオーダーに係る構成を採用するものであると認められる。

すなわち、乙4発明は、一の売買注文申込情報に基づき、一定の価格帯においてそれぞれ等しい値幅で価格が異なる、第1ないし第5の第1注文である買い逆指値注文181t21ないし25、第1ないし第5の第2注文である売り指値注文181u21ないし25及び売り逆指値注文181v21ないし25によって構成される第1ないし第5の注文情報群181s21ないし25を生成し、さらに、第1ないし第5の第1注文である買い逆指値注文181t21ないし25のいずれかが約定すると、同じ注文情報群を構成する第1ないし第5の第2注文である売り指値注文181u21ないし25を有効な注文情報とし、これが約定すると、約定した第1ないし第5の第2注文である売り指値注文181u21ないし25を含む同じ注文情報群が再度生成され、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返すものであると認められる。

b そうすると、乙4発明は、以下のとおりであると認められる。

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置1であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報(181t21ないし25)を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報(181u21ないし25)を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成部16と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報(181H)は、それぞれ等しい値幅で異なる情報であり、

前記注文情報生成部16は、前記複数の売り注文情報を一の売買注文申込情報に基づき生成し、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文(181u25)が約定されたことを検知すると、前記注文情報生成部16は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成することを特徴とする金融商品取引管理装置1。」

(ウ)乙4発明と本件発明の対比

乙4発明と本件発明を対比すると、これらの一致点及び相違点は以下のとおりであると認められる。

a 一致点

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成手段と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で異なる情報であり、

前記注文情報生成手段は、前記複数の売り注文情報を一の注文手続で生成することを特徴とする金融商品取引管理装置。」

b 相違点

本件発明では、「前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文が約定されたことを検知すると、…前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」(構成要件H)のに対し、乙4発明では、「前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文(181u25)が約定されたことを検知すると、…前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成する」にとどまり、「前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格よりもさらに所定価格だけ高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成」しない点(以下「相違点4-1」という。)

エ 乙5発明

(ア)乙5公報の記載

-省略-

(イ)乙5発明の内容

a 前記(ア)認定の乙5公報の各記載及び図7に照らすと、乙5発明は、金融商品の指値注文における金融商品の取扱業者及び顧客の不利益を回避し、システムを利用する顧客が煩雑な注文手続を行うことなく複数のイフダンオーダーを行うことができて、指値注文による取引を効率的かつ円滑に行うことができる金融商品取引管理装置を提供することを課題として、一定の価格帯において4組のイフダンオーダーをしかけ、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返す構成を採用するものであると認められる。

すなわち、乙5発明は、一の売買注文申込情報に基づき、一定の価格帯においてそれぞれ等しい値幅で価格が異なる、第1注文である買い注文(51aないしd)及び第2注文である売り注文(61aないしd)によって構成される4組の注文情報群を生成し、さらに、第1注文である買い注文51aないしdのいずれかが約定すると、同じ注文情報群を構成する第2注文である売り注文61aないしdを有効な注文情報とし、これが約定すると、約定した第2注文である売り注文61aないしdを含む同じ注文情報群が再度生成され、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返すものであると認められる。

b そうすると、乙5発明は、以下のとおりであると認められる。

「相場価格の変動に応じて継続的に金融商品の取引を行うための金融商品取引管理装置1であって、

前記金融商品の買い注文を行うための複数の買い注文情報(51aないしd)を生成する買い注文情報生成手段と、

前記買い注文の約定によって保有したポジションを、約定によって決済する売り注文を行うための複数の売り注文情報(61aないしd)を生成する売り注文情報生成手段と

を有する注文情報生成部14と、

前記買い注文及び前記売り注文の約定を検知する約定検知手段とを備え、

前記複数の売り注文情報に含まれる売り注文価格の情報は、それぞれ等しい値幅で異なる情報であり、

前記注文情報生成部14は、前記複数の売り注文情報を一の売買注文申込情報に基づき生成し、

前記相場価格が変動して、前記約定検知手段が、前記複数の売り注文のうち、最も高い売り注文価格の売り注文(61a)が約定されたことを検知すると、前記注文情報生成部14は、前記約定検知手段の前記検知の情報を受けて、前記複数の売り注文のうち最も高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を生成することを特徴とする金融商品取引管理装置1。」

(ウ)乙5発明と本件発明の対比

前記(イ)認定のとおり、乙5発明は、本件発明と対比する上では実質的に乙4発明と同一の発明であるから、本件発明との一致点及び相違点についても、乙4発明と実質的に同様に認定することができる。

オ 容易想到性についての判断

(ア)乙3発明と乙4発明及び乙5発明の組合せ

a 被告は、乙3発明と乙4発明及び乙5発明は、いずれも株式等の金融商品の取引に関する技術分野に属し、指値注文のイフダンオーダーを自動的に繰り返す技術に関するものであって、乙4発明及び乙5発明は、実質的に、乙3発明のような1個のイフダンオーダーの繰り返しを数個寄せ集めたものにすぎないから、乙4発明及び乙5発明を乙3発明に適用する動機付けがあるとして、注文①、②’、②”の買い注文及び売り注文のうち最も高い注文②”の売り注文が約定し、これを検知すると、注文③、④’④”の買い注文及び売り注文に係る注文情報を注文情報群として一の注文手続で生成することによって、更に所定価格だけ高い④”の売り注文の売り注文情報を生成するようなことは、乙4発明及び乙5発明に基づき、当業者が容易に想到し得たから、乙3発明との相違点に係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たと主張する。

しかしながら、乙3発明と乙4発明及び乙5発明がいずれも株式等の金融商品の取引に関する技術分野に属するとしても、前記認定のとおり、乙3発明は、イフダンオーダーをしかけ、新たに生成されるイフダンオーダーの価格を、相場価格の変動に応じて追従していくように、従前のものより所定価格だけ増加させることを繰り返すことによって利益を得ようとする発明であるのに対し、乙4発明及び乙5発明は、想定した一定の価格帯に複数のイフダンオーダーをしかけ、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返すことにより不利益を回避しようとする発明であり、一定の価格帯を想定することを前提としない乙3発明は技術思想が異なるものであるから、これらを組み合わせる動機付けがあると認めることはできない。

したがって、乙3発明のイフダンオーダーの価格を増加させていく構成を維持しつつ、一定の価格帯を想定することを前提とする乙4発明及び乙5発明の複数の注文情報群を一の注文手続で生成する構成を採用することが当業者に容易であったと認めることはできない。

また、注文①ないし②”、③ないし④”、⑤ないし⑥”という買い注文及び売り注文の組合せに関し、これらをそれぞれ注文情報群として把握したとしても、このうち、一の注文手続で生成される売り注文は、注文②’と注文②”、注文④’と注文④”、注文⑥’と注文⑥”の2個ずつであり、一の注文手続で生成される売り注文価格の「値幅」は1個しか存在しないから、構成要件Fの「それぞれが等しい値幅」を有するものではなく、相違点3-2に係る本件発明の構成に至らない。

以上より、乙3発明に乙4発明及び乙5発明を適用することにより、相違点3-1ないし3に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到することができたと認めることはできない。

b また、被告は、[0089]を参酌しない乙3発明についても、乙4発明及び乙5発明を適用することにより、相違点に係る本件発明の構成は当業者が容易に想到し得た旨主張するが、前記ア(ア)a認定の乙3発明の内容に照らすと、[0089]を参酌しない場合も、本件発明と対比する上では、乙3発明と実質的に同一の内容の発明を認定することができ、本件発明との相違点についても、相違点3-1ないし3と同様に認定することができるから、乙4発明及び乙5発明を適用することにより、本件発明の構成を当業者が容易に想到することができたと認めることはできないことは、前記aと同様である。

(イ)乙6発明と乙4発明及び乙5発明の組合せ

被告は、乙6発明との相違点に係る本件発明の構成は、乙6発明に乙4発明及び乙5発明を適用して、当業者が容易に想到し得たと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、乙6発明は、本件発明と対比する上では乙3発明と実質的に同一の発明であり、乙3発明と同様の技術思想に基づくものと認められるのであって、相違点6-1ないし3も、相違点3-1ないし3と実質的に同一のものであるから、前記(ア)aで乙3発明について判示したのと同様の理由により、相違点6-1ないし3に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到することができたと認めることはできない。

(ウ)乙4発明と乙3発明の組合せ

被告は、乙4発明に乙3発明を適用する動機付けがあるとして、乙3発明は、1個のイフダンオーダーの繰り返しに対し、繰り返しに係るイフダンオーダーの注文価格を増額していくものであるから、これを乙4発明に適用し、乙4発明において、複数個のイフダンオーダーの繰り返しに対し、それぞれの繰り返しに係るイフダンオーダーの注文価格を増額していくようなことは、当業者が容易に想到し得たから、乙4発明との相違点に係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たと主張する。

しかしながら、前記(ア)aで判示したとおり、乙4発明は、想定した一定の価格帯に複数のイフダンオーダーをしかけ、同じ価格帯においてイフダンオーダーを繰り返す発明であり、一定の価格帯を想定することを前提としない乙3発明は技術思想が異なるものであるから、これらを組み合わせる動機付けがあると認めることができない。

したがって、乙4発明の複数の注文情報群を一の注文手続で生成する構成を維持しつつ、乙3発明のイフダンオーダーの価格を増加させていく構成を採用することは、乙4発明の一定の価格帯を想定することを前提とする技術思想に反するものであり、当業者に容易であったと認めることはできない。

以上より、乙4発明に乙3発明を適用することにより、相違点4-1に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到することができたと認めることはできない。

5 争点3(分割要件違反により被告は先使用に基づく通常実施権を有するか)

本件発明に係る特許出願が分割要件(特許法44条1項、2項)に違反するということはできず、本件特許の出願日が平成26年5月1日の本件原出願日であるとみなされることは前記4(2)で判示したとおりであるから、同年10月1日以降の被告サーバを使用した被告サービスの提供によって、被告が先使用に基づく通常実施権(特許法79条)を有するとはいえない。

6.検討

(1)本件発明は、要は、金融商品に関して個々に等しい値幅を有する異なる価格の複数の売り注文価格の情報を一の注文手続きで作成し、相場価格の変動後にこれら複数の売り注文の中における最も高い注文価格の売り注文が約定すると、この最も高い売り注文価格よりのさらに高い売り注文価格の情報を含む売り注文情報を作成するというものです。文字だけだとわかりにくいと思いますが、審査段階で提出された意見書において構成要件Hを追加する補正の根拠中で示された図35中におけるP1とP2の関係を発明としているのだと思います。

(2)被告サーバによるサービスの内容は判決文を読んだだけでは理解しきれなかったので本件発明と直接対比することは難しいのですが、被告の主張によると本件発明の文言を限定解釈した上で初めて非抵触と主張しうるものでした。しかし、判決では限定解釈する理由が無いとして主張は退けられ、侵害と判断されました。

(3)被告の主張のとおり、本件発明の構成要件に用いられている文言について明細書で詳細な説明が加えられています。そのため、実施例レベルの複雑な構成を実現するのであれば、実施例で挙げられている機能を付け加えて解釈する必要があります。本件の原告と被告が当事者である他の侵害訴訟では特許請求の範囲の文言が明細書の記載に基づいて限定解釈されたケースもあったようです。しかし、本件の場合には、本件発明は実施例の内容から必要最低限の構成を抽出して上位概念化したものであってその上位概念化した発明自体を実施するためにはそこまでの機能は必要としない、と認められたように思います。知財高裁ではどのような判断になるのかわかりませんが、被告は強い無効主張が欲しいところだと思います。

(4)本件の原告と被告の間には2件の侵害訴訟とその訴訟に関する2件の特許の審取訴訟がありました。侵害訴訟の展開が興味深かったのでまとめてみました。

この表を見ると、1番目の侵害訴訟(東京地裁判決:H27(ワ)4461)の3件の特許のうち、082特許及び776特許は、意見書等の提出時期を考慮すると、被告サービスが提供開始される前に特許請求の範囲を確定させています。一方、909特許は分割出願した時期からして被告サービスの内容をある程度把握した状態で特許請求の範囲を確定させたものと思われます。地裁では、サイクル注文®は082特許に非抵触、iサイクル注文®は776特許及び909特許に非抵触、909特許はさらにサポート要件違反で無効と判断されました。

これに対して、控訴審ではサイクル注文®は082特許に抵触であり特許権を侵害していると判断されました。一方、776特許は取り下げられ、909特許は分割違法なので出願日が遡及せず新規性違反であって無効であるので非侵害と判断されました。後者の2件は同一の親出願からの分割出願なので、明細書等に記載された事項の範囲内ではiサイクル注文®を含む特許請求の範囲を作成することができず、特許請求の範囲を広げたために無効理由を含むものになったものと思われます。

2番目の侵害訴訟(東京地裁判決:H28(ワ)21346)の237特許は1番目の侵害訴訟で909特許を追加した後に分割出願しています。結果的には地裁でも高裁でも非抵触であるので非侵害という判断になりましたが、1番目の訴訟の状況を踏まえた上で権利化した訴訟を起こしたようです。

本件訴訟である3番目の侵害訴訟は、iサイクル注文®が提供される数カ月前に出願された親出願から分割された出願を権利化された978特許によるものです。この分割出願は1番目の侵害訴訟の地裁判決の数か月後に行われたもので、その約1カ月半後に2番目の侵害訴訟の口頭弁論が集結しています。

(5)一連の係争を見ると原告が巧みに分割出願を利用していることがわかります。J-PlatPatで原告の全出願件数を検索すると58件ヒットしました(2018年12月9日現在)。それらの中で分割出願ではない単独の出願又は分割出願の親出願の件数は13件でした。つまり、13件の出願をベースに2件の特許での権利行使を成功させていることになります(1件は確定していませんが)。その割合は15%強であり、驚異的な数字と言えます。これを可能にしたのが平均3件以上という分割出願の数です。ライバルのサービスを分析して分割出願に反映させることが可能となっています。このブログでも何度も書いていますが、このように分割出願を利用する戦略は有効な手段の一つです。