金属製ワゴン事件
投稿日: 2017/02/13 0:50:56
1月23日に掲載した平成28年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成25年(ワ)第6674号)を見直したので再掲します。
棚装置(ワゴン)に関する特許権の侵害事件について侵害訴訟以外の手続きについても分析します。このワゴンとは一般家庭のキッチンにあるようなものではなく工場で部品や工具を載せるために使われる頑丈なものです。判決を見たときに一審被告がどこかで見た名前と思ったら技術者時代に工場の緑色のワゴンに書いてあった名前でした。実際にワゴンを見たことがある者からすると、失礼ながら「あのワゴンで億単位の支払い?」と思ってしまいました。
この事件からは主に特許侵害訴訟に提起する特許権者が注意すべき点が挙げられます。
(1)訴訟を起こす前に注意すべきこと
① 相手が保有する権利の調査
訴訟を起こす場合、相手からカウンター訴訟を起こされる可能性を考慮する必要があります。その時点で相手が保有する特許は当然ですが、いまだ権利化前の出願についてもチェックする必要があります。要注意特許出願に対しては情報提供するなどの権利化阻止活動をすべきです。
② 設計変更の検討
相手の特許がある場合には設計変更してから訴訟を起こすべきなのは当然ですが、設計変更の検討及び証明方法も検討もすべきです。
③ 無効主張に過度の期待をしない
特許無効主張のハードルはかなり高いです。たとえ現在の特許発明に対して効果的な無効主張であっても特許権者側には訂正により対抗することが可能です。
(2)訴訟中に注意すべきこと
① 一審
地裁の裁判が始まるとほぼ毎月準備書面を提出し口頭審理が設定されるので、相手方からの反論への回答及び自らの新たな主張等を提出するので手いっぱいになります。したがって、特に無効主張の証拠の調査はできるだけ訴訟前に済ませておく必要があります。
② 二審
高裁の裁判は非常に短いです。新たな争点がないと裁判官が判断した場合には準備書面のやり取りが1、2回程度で終わってしまうこともあります。控訴する場合には最初から控訴審で争いたい主張を全て準備しておく必要あります。
1.本件及び関係する諸手続きの時系列的整理
本件は一審が大阪地裁で争われ、判決は原告(以下、Aともいう)の請求が認容されました。その後、原告・被告(以下、Bともいう)ともに控訴し、二審の知財高裁で争われ、判決は一審原告の控訴が一部認容され侵害賠償が少し値上がりし、一審被告の控訴は棄却されました。これらの手続きを時系列でまとめてみます。
本件特許に関する手続きの時間的関係
(1)本事件の一審被告であるBが起こした侵害訴訟について(表中右2欄参照)
◎ Aが2011年5月25日に分割出願し、その後早期審査請求していることから、おそらく2010~2011年頃にBがAに対して警告状を送付したものと思われます。
◎ その後Bが提起した侵害訴訟が始まります。その間に本件特許1、2が両方ともに特許査定となっていますが、Bが情報提供するなどして権利化を阻止した形跡はありません。
◎ 本件特許1は本件特許2を原出願とする分割出願です。
◎ Aの方は2011年12月7日に本件特許2が特許査定となっています。当然、本件特許1、2ともにBの製品を権利範囲に含むように意識して権利化したものと思われます。しかし、1年以上動きがありません。これはBが提起した先行訴訟に注力しているためにアクションが起こしにくかったとか、登録されたばかりなので侵害の対象となる製品の販売台数が少なくすぐにカウンター訴訟を起こしても損害賠償が釣り合わないなどの理由も考えられます。
◎ Bが起こした訴訟が請求棄却になると直ぐにAが侵害訴訟を提起し、Bは直ぐに無効審判を請求しています。これからするとBもAからのカウンタによるカウンター訴訟を想定していたようです。
◎ 上告日は不明ですが、Bは知財高裁の判決後に最高裁に対して上告受理申立てを行っています。
◎ Bは侵害訴訟の口頭弁論終結後に本件特許1、2に対して合わせて3件の特許無効審判を請求しています。
2.特許発明の内容
本件特許2の訂正後の請求項1と関連する図面(図1、2、3)を以下に掲載します。なお、請求項1の括弧番号は筆者が加筆しました。
【請求項1】
複数本のコーナー支柱(1)と、前記コーナー支柱(1)の群で囲われた空間に配置された金属板製の棚板(2)とを備えており、前記コーナー支柱(1)は平面視で交叉した2枚の側板(1a)を備えている一方、前記棚板(2)は、水平状に広がる基板(4)とこの基板(4)の周囲に折り曲げ形成した外壁(5)とを備えており、前記外壁(5)の端部を前記コーナー支柱(1)の側板(1a)に密着させて両者をボルト(7)で締結している構成であって、
前記ボルト(7)は頭がコーナー支柱(1)の外側に位置するように配置されており、前記棚板(2)における外壁(5)の内面には前記ボルト(7)がねじ込まれるナット(8)を配置しており、前記棚板(2)における外壁(5)の先端には前記基板(4)の側に折り返された内壁(6)が一体に形成されており、前記外壁(5)と内壁(6)との間には前記ナット(8)を隠す空間が空いていて前記内壁(6)の先端部は前記基板(4)に至ることなく前記外壁(5)に向かっており、
更に、前記コーナー支柱(1)の側板(1a)には位置決め突起(9)を、前記棚板(2)には前記外壁(5)のみに前記位置決め突起(9)がきっちり嵌まる位置決め穴(10)を設けている、
棚装置。
特許発明の構成を要約すると、棚板は外壁を折り返して内壁を形成した二重構造になっており、この外壁と内壁の間に支柱と棚を固定するボルトのなった部分が隠れる空間が形成されているというものです。
3.被告製品の内容
地裁判決にも知財高裁判決にも被告製品の図面及び物件目録が添付されていませんでした。したがって、被告製品の全体像は不明です。
4.被告・原告の主な主張
本件の抵触性に関する被告の主張はほとんどが実施例に限定すべきというものであり、そのように限定されなければならない根拠がないので抵触性に関する被告・原告の主張は割愛します。
また、有効性に関する被告の主張で最初に分割要件違反と主張しているが、これも割愛します。さらに公知文献に基づく進歩性欠如との主張ですが、とても文献の組み合わせが可能と思われないことと仮に組み合わせても本件特許発明2の構成要件がすべて開示されているとは思えないので、これも割愛します。
5.地裁の判断
上記のような内容なので、被告が被告製品1を製造販売等する行為は、本件特許2に係る特許権を侵害する、という結論です。
6.知財高裁の判断
知財高裁も結論は同じです。しかし、一審被告の主張を受け損害賠償を若干増額しました。
7.まとめ
(1)訴訟を起こす前に注意すべきこと
① 相手が保有する権利の調査
訴訟を起こす場合、相手からカウンター訴訟を起こされる可能性を考慮する必要があります。その時点で相手が保有する特許は当然ですが、いまだ権利化前の出願についてもチェックする必要があります。本事件の場合、本件特許1、2はいずれもBが先行訴訟を提訴してから特許になっていますが、Bは何ら対応していません。Bの立場であれば、Aの特許出願を注視して要注意特許出願に対しては情報提供するなどの権利化阻止活動をすべきです。
② 設計変更の検討
相手の特許がある場合には設計変更してから訴訟を起こすべきなのは当然ですが、設計変更の検討及び証明方法も検討もすべきです。本事件ではBが設計変更したとの主張が認められませんでした。その理由を読むと、設計変更がされたということが客観的に証明されていないと判断されたようです。
設計変更の証明は実は意外に難しいです。最も簡便で効果的なのは設計変更した製品の設計変更部分が記載されたカタログや取扱説明書を裁判所に提出することだと思います。これら実際に客先に配布する資料に設計変更後の構成が記載されていれば説得力があります。しかし、特許発明の内容によってはカタログや取扱説明書に掲載しにくいものもあります。そのような場合には設計変更を決定した会議の議事録、図面、型番、出荷伝票、購入した第三者からの領収書等が必要になります。また、場合によっては第三者が購入した製品について事実実験公正証書を作成する必要も出てくる可能性があります。
③ 無効主張に過度の期待をしない
特許無効主張のハードルはかなり高いです。たとえ現在の特許発明に対して効果的な無効主張であっても特許権者側には訂正により対抗することが可能です。なお、本件では無効主張の証拠として特許権者が早期審査請求時に自ら提出した公報を用いています。もちろん審査官の判断に明らかに誤りがある場合にはこのような証拠も用いますが、通常は審査段階の判断に用いられた公報等で特許を無効にするのは難しいと思います。
(2)訴訟中に注意すべきこと
① 一審
地裁の裁判が始まるとほぼ毎月準備書面を提出し口頭審理が設定されるので、相手方からの反論への回答及び自らの新たな主張等を提出するので手いっぱいになります。したがって、特に無効主張の証拠の調査はできるだけ訴訟前に済ませておく必要があります。
② 二審
高裁の裁判は非常に短いです。新たな争点がないと裁判官が判断した場合には準備書面のやり取りが1、2回程度で終わってしまうこともあります。控訴する場合には最初から控訴審で争いたい主張を全て準備しておく必要あります。