泡だて器事件

投稿日: 2018/05/31 23:39:52

今日は、平成28年(ワ)第12807号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社鳥越樹脂工業及び株式会社富士は、判決文によると、それぞれ、プラスチック製の家庭用品の設計及び製作並びに販売等を業とする株式会社及び装粧品の卸販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社大創産業及び被告補助参加人である近畿用品製造株式会社は、それぞれ日用雑貨の卸売、小売及び輸出入等を業とする株式会社及び日用雑貨品の卸売業及び小売業等を目的とする株式会社だそうです。株式会社大創産業は100円ショップ最大手です。

1.手続の時系列の整理(特許第5957019号)

2.本件発明1

A 上方に開口が形成され内部に洗浄剤と湯水とを収容する収容空間が形成された容器本体(1)と、

B この容器本体(1)の上端側中途部に載置又は係止され下方に移動することが規制されてなるとともに中央又はその近傍には挿通穴(3a)が形成された蓋体(3)と、

C 上端には昇降操作部(4b)が形成され、中途部は上記蓋体(3)に形成された挿通穴(3a)に挿通されてなる昇降操作棒(4)と、

D この昇降操作棒(4)の下端に配置されてなるとともに、洗浄剤及び泡が通過する多数の貫通穴(5c)が形成された昇降板(5)と、を備えてなるとともに、

上前昇降板(5)の下面には、固形石鹸と摺接させることにより該固形石鹸を削ぎ取る削ぎ取り部(5d)が形成されてなる

F ことを特徴とする洗浄剤用泡だて器。


3.被告製品1(被告製品2は、昇降版の下面の凸部の有無だけが被告製品1との相違点なので説明を省略)

被告製品1は、被告補助参加人が製造して被告に販売し、被告は、遅くとも平成28年5月28日から少なくとも同年8月6日まで、被告製品1を業として販売した。

被告製品1の構造・構成は、別紙「被告製品1説明書」記載のとおりであり(なお,同別紙で引用されている別紙「イ号物件説明図」は被告製品1の説明図であり、別紙「突部図面」の「イ号物件」とは被告製品1のことである。)、被告製品1は本件発明1の構成要件A、C、D及びFを充足する。また、被告製品1の形態は、別紙「原告製品・被告製品の形態」1ないし3の「被告商品形態図(1)」及び同「原告商品と被告商品の形態対比表」の「被告実施品」のとおりである。

4.争点

(1)特許権関係

ア 被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)

(ア)構成要件Bの充足性(争点1-1)

(イ)構成要件Eの充足性(争点1-2)

イ 被告の過失の有無(争点2)

ウ 特許権侵害に係る原告鳥越の損害額(争点3)

(2)不正競争防止法関係

ア 被告製品は原告製品の形態を模倣したものか(争点4)

イ 原告富士による請求の可否(争点5)

ウ 不正競争防止法違反に係る原告らの損害額(争点6)

(3)両請求共通

ア 被告製品1の製造、譲渡等のおそれ(差止めの必要性)(争点7)

イ 謝罪広告の要否(争点8)

5.裁判所の判断

1 本件発明について

本件明細書によれば、本件発明は、液体石鹸や粒状石鹸等の石鹸類や洗顔料等の洗浄剤を用いて泡を作り出す際に使用される洗浄剤用泡だて器に関するものであり(【0001】)、従来の泡だて器では、粒子径の細かい泡を作ることは困難であったり、やや時間がかかったりするほか、極めて使い勝手が悪いなどの課題があった(【0005】)ことから、簡単に且つ粒子径が細かい泡を作り出すことができるとともに、黴等の細菌が繁殖する危険性も回避することができ、操作性にも優れた新規な洗浄剤用泡だて器を提供することを目的とするものである(【0006】)。すなわち、本件発明は、容器本体内に適当量の洗浄剤と少量の湯水とを収容し、蓋体を容器本体の上端側中途部に載置又は係止させるとともに、上記昇降操作棒の上端に形成された昇降操作部を把持しながら、該昇降操作棒を昇降操作し、それに伴って上記昇降板が昇降することにより、容器本体内に収容された洗浄剤と湯水とが混合されるとともに、この昇降板に形成された多数の貫通穴を通過して該昇降板の上方及び下方に繰り返し移動し、こうした洗浄剤と湯水との混合物の移動が繰り返されることにより、上記蓋体の下方には多数の泡が作り出される(【0008】)というものである。

2 争点1-1(被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属するか(構成要件Bの充足性))について

(1)構成要件Bの「蓋体」について

被告及び被告補助参加人は、構成要件Bの「蓋体」に相当するのは、被告製品1のキャップ式蓋体fの天板cのみであり、これは「容器本体の上端側中途部に載置又は係止」されていないから、被告製品1は構成要件Bを充足しないと主張している

確かに、本件発明1の実施例でもある本件明細書の【0028】以下及び図面記載の実施例では、被告製品1の天板cと同じく円盤状に成形された蓋体が用いられている(【0031】、図2、4)。しかし、本件明細書の【課題を解決するための手段】の項では、「蓋体は、容器本体の上端側中途部に載置され又は係止され下方に移動することが規制されてなるとともに中央又はその近傍には挿通穴が形成されたものであれば良く、上記容器本体の形状に対応した形状であれば良い」(【0010】)とされ、蓋体が実施例に記載された形状のものに限定されていない。

イ また、本件発明において蓋体が備えられることの技術的意義に照らして検討するに、本件発明において蓋体は、容器本体の上端側中途部に載置され、又は係止されていることから、昇降板に形成された貫通穴には、容器本体内で作り出された泡も上方から下方及び下方から上方に繰り返し通過する。すなわち、昇降操作棒を下降させることにより昇降板に形成された多数の貫通穴を湯水と混合された洗浄剤が通過することにより作り出され昇降板の上方に位置した泡は、次いで、昇降板が上昇操作されることにより、蓋体と昇降板との間で圧縮され、再び多数の貫通穴を通過して昇降板の下方に移動する。したがって、こうして繰り返される昇降板の昇降操作により、洗浄剤と湯水との混合物ばかりではなく、一旦作られた泡も繰り返し多数の貫通穴を通過することから、より細かい粒子径の泡を作り出すことができる(本件明細書【0008】、【0009】、【0022】、【0039】)。

このような本件発明における蓋体の機能に照らすと、蓋体は、上方に開口が形成された容器本体(構成要件A)の「蓋」として、容器本体内に配置される昇降板との間で泡を圧縮することができる空間を形成する部分(容器本体の開口部を塞いで泡の圧縮空間の天井となる部分)を備えている必要があると解される

ウ そして、別紙「イ号物件説明図」からすると、被告製品1の構成bのキャップ式蓋体fでは、天板cのみが容器本体aの開口部を塞いで泡の圧縮空間の天井となる部分を形成しているのではなく、スカート状の周側板dの一部と合わせて開口部を塞いでいると認められるから、その余の付加的部分を含めたキャップ式蓋体f全体が構成要件Bの「蓋体」に対応すると認めるのが相当である

(2)「容器本体の上端側中途部に載置又は係止され」について

ア 被告及び被告補助参加人は、被告製品1における周側板dを含むキャップ式蓋体f全体が構成要件Bの「蓋体」に相当するとしても、構成要件Bの「容器本体の上端側中途部に載置又は係止され」とは「容器本体内」の上端側中途部に載置又は係止されることを意味するから、キャップ式蓋体fと容器本体aの外側で嵌合する被告製品1は構成要件Bを充足しないと主張しているのに対し、原告鳥越は蓋体が載置又は係止される場所は「容器本体内」に限られず、「容器本体外」の上端側中途部であってもよいと主張している

イ そこで、本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載を検討する。

(ア)まず特許請求の範囲では、「容器本体の」とのみ記載されており、その文言からは直ちにその意義を決することはできない。

(イ)そこで、本件明細書の記載をみると、確かに、例えば、【課題を解決するための手段】の項の【0008】ないし【0010】、【0013】、【発明の効果】の項の【0023】及び【発明を実施するための形態】の項の【0036】ないし【0040】のように、「容器本体内」や「容器本体2内」という文言を用いて、容器本体の内側を指すことを明確にしている箇所もみられる。そして、原告鳥越は、本件明細書では、「容器本体内」の語と「容器本体」の語とを使い分けていると主張する。

しかし、【実施例】の項の【0046】では、本件発明の実施例についての説明として、「上記実施の形態に係る洗浄剤用泡だて器1では、上記容器本体2の上端側中途部に蓋体3が載置されるものを図示して説明した」と記載されているところ、【0029】で引用されている図1及び図2を見ると、上記「容器本体2の上端側中途部」とは、「容器本体2内の上端側中途部」の意味であると理解するほかない。このように、本件明細書には、「容器本体」を「容器本体2内」という意味で用いている箇所もある。

それどころか、本件明細書には、次のように、蓋体が容器本体内に存在していることを当然の前提とした記載がみられる。

すなわち、発明の内容を一般的に説明した【課題を解決するための手段】の項の【0009】の最終行には、「昇降操作棒を上方に引き上げることにより、上記容器本体内から昇降板及び蓋体を取り除き、該容器本体内に手を入れて内部の泡をすくう等して取り出し、洗顔等に用いれば良い」との記載がある。この記載で「容器本体内」とあるのは、本件発明の実施例の説明部分である【0040】にも、「昇降操作棒4を上方に引き上げ、容器本体内2内から上記蓋体3と昇降板5とを取り出す」とか、「昇降操作棒4を上方に引き上げると、上記昇降板5が上記蓋体3に当接し、該昇降板5と蓋体3とは一体的に容器本体2内から取り出される」との記載があることを考慮すると、単なる誤記とは思われない。

確かに、蓋体がどこに存在しているかということと、蓋体がどこに載置又は係止されているかということは別の問題ではあるが、本件明細書にはこれらを区別していることをうかがわせる記載は見当たらないし、特に上記【0009】や【0040】の記載内容に照らせば、上記の【0009】の最終行の記載は、蓋体の全体が容器本体内に存在することを前提とした記載であると理解するのが自然であり、それと異なり、これらの記載が、蓋体の一部のみが容器本体内に存在しつつも、その載置又は係止場所は容器本体外である場合も含む記載と理解することは困難である

(ウ)さらに、本件明細書の実施例では、蓋体が容器本体内に存在し、かつ、容器本体内の上端側中途部に載置されている例のみが記載され、その説明をした【0046】では、「容器本体2の上端側中途部に係止され」るものであっても良いと記載されているが、上記判示のとおり、この【0046】では、「容器本体2の上端側中途部」という文言を「容器本体2内の上端側中途部」という意味で用いているのである。これらの実施例の説明や図面の内容に照らせば、本件明細書では、蓋体が容器本体内に載置又は係止されているものしか開示されておらず、蓋体が容器本体外に載置又は係止される構成が示唆されているとは認められない

(エ)加えて、本件発明1において蓋体が備えられることの技術的意義及び構成要件Bで蓋体が「下方に移動することが規制されてなる」ことが必要とされていることに照らしても、蓋体は容器本体内に載置又は係止されている必要があると解するのが相当である。

すなわち、上記(1)で判示したとおり、本件発明1は、容器本体内に位置する昇降板の昇降操作を繰り返すことにより、昇降板に形成された多数の貫通穴に、泡を繰り返し通過させ、より細かい粒子径の泡を作り出すことを目的としているところ、その過程で、泡は容器本体内で作り出されること(【0009】、【0037】、【0040】)からすると、蓋体のうち、少なくとも容器本体の開口部を塞いで泡の圧縮空間の天井となる部分は、その圧縮空間を容器本体内に確保する位置に存在していることが必要であると認められ、このために「蓋体」は、「下方に移動することが規制されてなる」ものとされていると解される。

そして、その上で、もし蓋体の一部が容器本体外に存在している場合には、必然的に蓋体が容器本体の上端部をまたぐ形となり、それによって自ずと、蓋体は下方に移動することが規制されることになるから、あえて「下方に移動することが規制されてなる」ものとするための構成を設ける必要はないことになる。逆にいえば、蓋体の全部が容器本体内に存在するからこそ、容器本体内の泡の圧縮空間を確保するために蓋体を下方に移動させないための構成を設ける必要が生じることになる。これらの記載に加え、本件明細書の【0009】では、昇降板と蓋体との間で容器本体内で作り出された泡を圧縮させることが可能なのは、「容器本体の上端側に蓋体が載置され又は係止されている」ためであるとされていることからすると、本件発明1が、「容器本体の上端側中途部に載置又は係止され下方に移動することが規制されてなる」ものとしているのは、蓋体の全部が容器本体内に存在することを前提とし、したがって、その載置又は係止場所が容器本体内であることを前提として、その載置又は係止によって初めて蓋体が下方に移動することが規制されていることを想定していると解するのが合理的である。

(オ)以上より、構成要件Bの「容器本体の上端側中途部」とは「容器本体内の上端側中途部」の意味であると解するのが相当である。

これに対し、原告鳥越は、蓋体が容器本体に載置又は係止される場所が容器本体外であっても、本件発明の作用効果は確保されるから、上記のように限定して解釈することは相当でないと主張するところ、確かに、容器本体内に泡の圧縮空間を確保するという蓋体の作用効果は、蓋体が容器本体の外で載置又は係止される場合にも奏することになるようには思われる。しかし、そもそも上記の蓋体の作用効果は、容器本体の開口部を塞いで泡の圧縮空間の天井となる部分の位置によって得られるものであり、蓋体が容器本体に載置又は係止される位置自体によって得られるものではないから、作用効果の観点からすれば、蓋体が容器本体の上端側中途部で載置又は係止される場合に限る必要はないはずである。そうすると本件では、本件発明において、蓋体の位置ではなく、蓋体が容器本体に載置又は係止される場所を、容器本体の「上端側中途部」と限定したことの技術的意義が問題となるが、本件明細書の記載や本件特許の出願経過(丙3の1、2)をみても、この点は判然としない。これらのことからすると、「容器本体の上端側中途部」の意義について、原告鳥越が主張するように、蓋体の作用効果を奏する場合を広く含むと解することは相当ではなく、本件明細書の記載や開示の限度、この要件が必要となる前提的状況を勘案して、上記のとおり解するのが相当である

(3)被告製品1の構成について

被告製品1の蓋体(天板及びスカート状の周側板)は、構成bの内容に照らせば、容器本体内の上端側中途部に載置又は係止されていると認めることはできないから、被告製品1は構成要件Bを充足しない。

(4)したがって、被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属さないから、その余の特許権侵害に係る争点について判断するまでもなく、被告の本件特許権侵害を理由とする原告鳥越の請求には理由がない。

3 争点4(被告製品は原告製品の形態を模倣したものか)について

-省略-

6.検討

(1)本件発明は、要は、容器内に、貫通孔がたくさん設けられ上下に移動可能な昇降板と、その昇降板よりも上方に蓋体を設置したもので、その容器に湯水と混合された洗浄剤を入れて昇降板を上下させることで泡を生成するというものです。もう少し詳しく言えば、昇降板を上昇させると、この昇降板と蓋体によって泡が圧縮され、貫通孔から容器の下に落ち、昇降板を加工させると再び貫通孔を通って昇降板の上方に溜まり、この動作を繰り返すと泡が貫通孔を繰り返し通過するのでより細かい泡を作ることができるというものです。

(2)特許請求の範囲の記載、明細書の内容及び補正を考慮する限り、発明のポイントは昇降板にあると思われます。しかし、裁判所の判断では、昇降板の充足性以前に、被告製品は構成要件B(容器本体と蓋体との関係)を充足しないということで非抵触であり非侵害と判断されました。

(3)非抵触のポイントは構成要件Bの「容器本体の上端側中途部に載置又は係止され」という点です。この文言から発明の蓋体は容器本体の途中に設置されているものと解釈されました。これに対して被告製品の蓋体は容器本体の上部の開口を覆うように設置されています。したがって、両者は異なると認定されました。文言解釈上妥当な判断のように思います。

(4)この構成要件Bの「中途部」は蓋体と容器本体との位置関係を説明していますが、泡立てにおける蓋体の役割が昇降板との間で泡を圧縮することにあるので、昇降板との位置関係で定義した方が良かったのはないかと思います。