電磁弁事件

投稿日: 2018/04/01 2:34:56

今日は、平成29年(ワ)第3569号 特許権侵害差止請求事件について検討します。原告であるイーグル工業株式会社は、判決文によると、密封装置類、各種弁等の製造及び販売を目的とする株式会社だそうです、一方、被告である株式会社テージーケーは、自動車部品、各種機械、電気及び電子機器部品等の製造及び販売等を目的とする株式会社だそうです。

1.手続の時系列の整理(特許第3611969号)

① 本件は損害賠償を求めていないこともあって訴訟が起こされた日にちについて平成29年中ということしかわかりませんでした。

② 本件特許は出願から登録までNOK株式会社と株式会社豊田自動織機の共有でしたが、登録後に持分譲渡があって株式会社豊田自動織機とイーグル工業株式会社の共有になりました。

2.本件発明

A 相手側ハウジング部材に備えられた取付孔(Ha)に収容されるソレノイド(1)であって、

前記ソレノイド(1)は、

B1 前記取付孔(Ha)に入り込まれるケース部材(2)、

B2 該ケース部材(2)の内側に収納されるコイル部材(3)、

B3 前記ケース部材(2)の一方の開口端部(2a、2b)の内側に固定され前記コイル部材(3)の内筒部に延出するセンタポスト部材(4)、

B4 前記コイル部材(3)の内筒部に位置し有底円筒状のスリーブにより囲まれ往復動可能なプランジャ(5)が配置されるプランジャ室(PR)、

B5 前記ケース部材(2)の他方の開口端部(2a、2b)と前記プランジャ室(PR)との間に配置されるアッパープレート(6)、

B6 該アッパープレート(6)の外側で前記取付孔(Ha)に密封嵌合して該取付孔(Ha)の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材(8)、

B7 外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔(Ha)と前記端部部材(8)の間に配置されるシール部材(13)、

B8 及び前記プランジャ(5)に接続されバルブ部(V)の弁体の開閉動作を可能とするロッド(11)を備え、

前記ソレノイド(1)の前記バルブ部(V)側の外周に前記バルブ部(V)側からの流体の進入を防止するシール部材(14)を設ける

D ことを特徴とするソレノイド。

2.被告製品

被告製品は,カーエアコン用可変容量圧縮機に用いる可変容量コンプレッサ容量制御弁であり,少なくとも,次の構成を有する。

ア 被告製品は,可変容量コンプレッサ容量制御弁であって,ソレノイドを有し,可変容量圧縮機に係るハウジング部材に備えられた取付孔に収容される(構成要件Aを満たす。)。

イ 被告製品は,弁本体(V)とソレノイド(3)とを一体に組み付けて構成される制御弁(1)であり,ソレノイド(3)は外郭をボディ(2)により覆われている。当該制御弁(1)は制御の対象となる機器のハウジング部材に備えられた取付孔に収容される。(構成要件B1を満たす。)

ウ 被告製品は,ソレノイド(3)のボディ(2)の部位の内側に電磁コイル(10)を収納している(構成要件B2を満たす。)。

エ 被告製品は,ソレノイド(3)のボディ(2)の部位における下方の開口端部の内側に固定された電磁コイル(10)の内筒部に延出するコア(4)が設けられている(構成要件B3を満たす。)。

オ 被告製品は,電磁コイル(10)の内筒部に間隙空間(5a)を有し,当該間隙空間(5a)には往復動可能なプランジャ(5)が配置され,当該プランジャ(5)は有底円筒状のスリーブ(7)により囲まれている(構成要件B4を満たす。)。

カ 被告製品は,ボディ(2)の部位における上方の開口端部と前記間隙空間(5a)との間にプレート(6)が設けられている(構成要件B5を満たす。)。

キ 被告製品は,前記プレート(6)の外側に合成樹脂製の端部材(H)が設けられており,ボディ(2)の部位における上方の開口端部を塞いでいる(構成要件B6の充足性に関し,端部部材が取付孔に「密封嵌合」しているか否かが争点である。)。

ク 被告製品は,前記プレート(6)の外側の端部にはシール部材⒀が設けられており,前記取付孔に収容されると,ボディ(2)と取付孔の間を密封して外部の空気,水分等が進入するのを抑制するようにされている(構成要件B7を満たす。)。

ケ 被告製品は,前記プランジャ(5)に作動ロッド(11)が接続され,弁本体(V)に,当該作動ロッド(11)に連動して流体の流れを制御する弁による開閉機構が内蔵されている(構成要件B8を満たす。)。

コ 被告製品は,シール部材(14)を設けて,弁本体側から流体が浸入するのを防止するようにされている(構成要件Cの充足性に関し,シール部材(14)が,ソレノイド(3)の外周に設けられているか,それとも弁本体(V)の外周に設けられているかが争点である。)。

サ 被告製品は,ソレノイドを有する可変容量コンプレッサ容量制御弁である(構成要件Dを満たす。)。

3.争点

(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告製品は構成要件B6を充足するか(争点1-1)

イ 被告製品は構成要件Cを充足するか(争点1-2)

(2)本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点2)

ア 無効理由1(乙2を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点2-1)

イ 無効理由2(乙3を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点2-2)

ウ 無効理由3(明確性要件違反)は認められるか(争点2-3)

4.裁判所の判断

1 本件発明の意義について

(1)本件明細書の発明の詳細な説明の記載

-省略-

(2)本件発明の意義

以上の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明の意義は,大要,以下のとおりのものと認められる。

すなわち,本件発明は,ソレノイドに関し,耐食性に対して有利な構造であり,高い信頼性や長寿命を得ることの可能なソレノイドを提供する技術に関するものである(段落【0001】)。ソレノイド部が相手側のハウジングから突出して設けられている構成においては,ソレノイドは高い耐食性(防錆)を備えたものである必要があり,メッキ等の防錆処理を施すことが行われているが,そのことによりコストアップの要因となったり,より高い信頼性や長寿命が求められた場合には対応が困難であり,また,取付性の改善も望まれていた((段落【0010】ないし【0013】)。そこで,本件発明は,耐食性に対して有利な構造であり,高い信頼性や長寿命を得ること,また,取付けの容易なソレノイドを提供することを目的とする(段落【0014】)。そのための手段として,ソレノイドは,ハウジング部材に備えられた取付孔に収容され,その取付孔に密封嵌合して取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材を備えることを特徴とし,端部部材により外部雰囲気(湿気や水などの流体)の進入を抑制させることを可能とし,シール部材によってより外部雰囲気の進入を抑制するものであり(段落【0015】ないし【0019】),その効果として,ソレノイドの耐食性を向上することが可能となり,高い信頼性や長寿命を得ることができるとともに,取付性も向上する(段落【0046】ないし【0048】)というものである。

(3)この点,原告は,本件発明が解決しようとする課題として,アルミニウム等からなる相手側ハウジングに鉄等からなるソレノイドを組み込むと,アルミニウム等と鉄等との異種金属の接触により腐食するおそれがあることを主張するが,本件明細書にはその旨の記載も示唆もない。

また,原告は,本件発明の作用効果として,①バルブ部側からソレノイド側へ冷媒が漏れた場合,冷媒がソレノイドと取付孔との隙間から外部へ漏れ出すのを確実に防止できる,②ソレノイドと相手側ハウジングとの接触を防止でき,これにより,相手側ハウジング部材に組み付けられた状態におけるソレノイド部の耐食性を向上させることができる,③固定力が大きくなり耐振動性が向上すると主張するが,本件明細書にはその旨の記載も示唆もない。

2 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(被告製品は構成要件B6を充足するか)について

ア 「密封嵌合」の解釈について

(ア)構成要件B6は,「該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材」とするものである。このうち,「密封嵌合」の意味について,原告は,「密封嵌合」とは,完全に流体の漏れ等を許さないという意味ではなく,設計上許容された範囲の隙間は存在している旨,合理的な幅を持った概念であり,それなりに流体の進入の抑制作用を果たし,相対的な意味での腐食を減少させていればよい旨主張するのに対し,被告は,「密封嵌合」といえるためには,端部部材のみによって外部雰囲気の進入が抑制される必要があり,そのために,端部部材と取付孔とが流体の漏れ又は外部からの異物侵入を防止できる程度にぴっちりはまっていることが必要であり,隙間が存在していたり,若干の流体の漏れがあってもよいということにはならない旨主張する

(イ)そこで検討するに,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ(特許法70条1項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕),構成要件B6の記載は,「取付孔に密封嵌合して」とされており,単なる「嵌合」ではなく「密封嵌合」とされていることからすると,「密封」は「嵌合」を修飾し,その内容を限定しているものといえる。そして,「密封嵌合」の用語に着目すると,一般的な用法では,「密封」とは「ぴっちりと封をすること」(大辞林第二版新装版・甲21),「隙間なく堅く封をすること」(広辞苑第6版・乙10),「嵌合」とは「機械部品の,互いにはまり合う丸い穴と軸について,機能に適するように公差や上下の寸法差を定めること」(大辞林第二版新装版・甲21),「軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語」(広辞苑第6版・乙10)をいうとされている。そうすると,「密封嵌合」とは,「ぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係」を意味すると解される

もっとも,「密封嵌合」がどの程度の密封性を要するのかは,上記のみでは一義的明確には定まらないから,本件明細書の特許請求の範囲以外の記載及び図面を考慮して解釈すべきである(特許法70条2項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕)。そして,前記1において認定した本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件発明の意義からすると,本件発明は,耐食性に対して有利な構造であり,高い信頼性や長寿命を得ることなどを目的とするものであり(段落【0014】),そのための手段として,ハウジング部材に備えられた取付孔に密封嵌合して取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材により外部雰囲気(湿気や水などの流体)の進入を抑制させることとし(段落【0015】,【0016】),その効果として,ソレノイドの耐食性を向上することを可能とする発明である(段落【0046】)。そうすると,端部部材が取付孔に密封嵌合する程度は,ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度である必要があるというべきである。

以上によれば、構成要件B6の「密封嵌合」とは、「ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度に、端部材が取付孔に対してぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係」を意味すると解される

(ウ)これに対し、原告は、「密封嵌合」とは、完全に流体の漏れ等を許さないという意味ではなく、設計上許容された範囲の隙間は存在している旨、合理的な幅を持った概念であり、それなりに流体の進入の抑制作用を果たし、相対的な意味での腐食を減少させていればよい旨主張する。原告の上記主張の密封の程度は必ずしも明らかではないが、その語義からして、このような程度では、外部雰囲気の進入を抑制させ、ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすものとは言い難い。

また、原告は、端部部材もシール部材もいずれも外部雰囲気の進入を抑制するものであるが、シール部材が加わることによってより効果的に外部雰囲気の進入が抑制されるとし、端部部材のみでの外部雰囲気の進入の抑制作用が限定的であってもよい旨主張するようである。しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明には、端部部材自体によって密封性を発揮し、外部雰囲気の進入を抑制することが明記されており(段落【0015】、【0016】、【0032】)、他方、シール部材は、本件特許請求の範囲の記載においては、「外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔と前記端部部材の間に配置されるシール部材」と記載され、本件明細書の発明の詳細な説明においても記載されている(段落【0019】、【0032】、【0048】)が、これらの記載を見ると、「シール部材を備えることも好適である。これによって、より外部雰囲気の進入が抑制される。」(段落【0019】。下線は引用者。以下同じ。)、「Oリング13は、ヘッド部8の密封嵌合を補助する目的で設けられている。」(段落【0032】)、「シール部材を備えることにより、外部雰囲気の進入が抑制されてより耐食性が向上する。」(段落【0048】)とされ、あくまで端部部材の補助的なものと位置づけられている。そうすると、端部部材のみでの外部雰囲気の進入の抑制作用が限定的であってもよいということはできない

さらに、原告は、JISに「許容漏れ量」(甲22)の概念があることから、本件発明においても設計上許容された範囲の隙間は存在している旨主張する。この主張がどの程度の隙間を許容するものかは明らかではないが、「許容漏れ量」の概念自体は機械部品における一般的な概念であるから、これがJISにおいて規定されているからといって、本件発明における「密封嵌合」の解釈において、本件発明の効果が発揮できないような隙間が存在してもよいということにはならない。

また、原告は、本件明細書の発明の詳細な説明における「両者が嵌合した場合に密封性を発揮し得ると共に、かつ容易に取り外しが行なえるような嵌め合い寸法に設定されている。」(段落【0032】)との記載から、「密封嵌合」とは、本来相反する「密封性を発揮し得る」と「容易に取り外しが行える」とを両立させるものであり、合理的な幅を持った概念であると主張する。しかし、上記記載は、一実施例の記載にすぎず、「容易に取り外しが行える」との効果も本件発明の効果とはされていないのであるから(段落【0046】ないし【0048】参照)、これと「密封性を発揮し得る」こととを両立するように解釈する必要はないし、耐食性を向上させるという本件発明の意義からは上記記載をもって密封性を後退させるような解釈をすることも相当ではない。

以上のとおりであるから、原告の主張はいずれも採用することができない。

イ 被告製品の構成について

(ア)被告製品は、カーエアコン用可変容量圧縮機に用いる可変容量コンプレッサ容量制御弁であり、自動車のエンジン内のコンプレッサの取付孔に取り付けられるものである(甲18参照)。被告製品の端部材(H)がコンプレッサの取付孔に密封嵌合してその開口部を塞いでいるかについて行われた実験結果は以下のとおりである。

a 乙1実験は、被告において、被告製品の端部材がコンプレッサの取付孔に密封嵌合しているかを実験したものであり、以下の結果であったとされている。すなわち、Hanon製コンプレッサを使用し、その取付孔にOリング(シール部材⒀)を取り付けた通常の使用状態の被告製品を取り付け、端部材上にLLC(不凍液)を数滴滴下し、10秒経過後、端部材上に溜まっているLLCを拭き取り、取付孔から被告製品を引き抜いたところ、取付孔内部にLLCが進入していないことが確認された。しかし、Oリングを外した被告製品を取り付け、同様の実験を行ったところ、被告製品の側面及び取付孔内部にLLCが付着していた。

b 甲33実験は、原告において、乙1実験と同様の条件の下で乙1実験の追試を行ったものであり、以下の結果であったとされている。すなわち、Hanon製コンプレッサを使用し、その取付孔にOリングを外した被告製品を取り付け、端部材上にLLCを5滴滴下し、10秒経過後、端部材上に溜まっているLLCを拭き取り、取付孔から被告製品を引き抜いたところ、被告製品の端部材のOリング取付溝付近及び取付孔にわずかにLLCが付着していた。しかし、LLCの進入状況を外部から確認できるように上記コンプレッサと同一の取付孔形状を有する透明なポリカーボネイト製の孔模型を作製し、同様の実験を行ったところ、被告製品の端部材のOリング取付溝付近にわずかにLLCが付着していたが、被告製品のボディと孔模型との間をLLCが落下することを視認することはできなかった。LLCを10滴滴下した実験でも同様であった。

c 乙14実験は、被告において、塩水噴霧試験装置を用いて、被告製品の端部材がコンプレッサの取付孔に密封嵌合しているかを実験したものであり、以下の結果であったとされている。すなわち、塩水噴霧試験装置を用いて、Hanon製コンプレッサの取付孔とほぼ同形状のアルミ製治具にOリングを取り付けた通常の使用状態の被告製品とOリングを外した被告製品を取り付け、400時間霧状の塩水を噴霧したところ、通常の使用状態(Oリングあり)の被告製品のボディ部分に腐食は見られなかったが、Oリングを外した被告製品のボディ部分には腐食が見られた。

d 乙15実験は、被告において、コンプレッサの実機及びポリカーボネイト製の模型を用いて、被告製品の端部材がコンプレッサの取付孔に密封嵌合しているかを実験したものであり、以下の結果であったとされている。すなわち、①コンプレッサの取付孔にOリングを外した被告製品を取り付け、取付孔部分に水道水を滴下したところ、滴下した水がコンプレッサ内部に進入し、下部の吸入室側ポートから流出した。②Hanon製コンプレッサの取付孔と同形状のポリカーボネイト製の模型にOリングを外した被告製品を取り付け、端部材上にLLCを10数滴滴下したところ、取付孔内部にLLCが進入した。③Hanon製コンプレッサの取付孔と同形状のポリカーボネイト製の模型にOリングを外した被告製品を取り付け、端部材上にLLCを5箇所に1滴ずつ滴下し、手で振って振動を与えたところ、取付孔内部にLLCが進入した。

(イ)以上の実験結果を検討するに、乙1実験においては、Oリングを外した被告製品で行った実験では、被告製品の側面及び取付孔内部にLLCが付着していたとされているが、他方で、同様の条件で行われたとする甲33実験においては、被告製品のボディと孔模型との間をLLCが落下することを視認することはできなかったとされているから、Oリングを外した被告製品を使用し、端部材上にLLCを5滴ないし10滴滴下して10秒経過した場合、被告製品のボディ側面及び取付孔内部に水分が進入するか否かは判然としないというほかない。しかしながら、被告製品は、カーエアコン用可変容量圧縮機に用いる可変容量コンプレッサ容量制御弁であり、自動車のエンジン内のコンプレッサの取付孔に取り付けられるものである(甲18参照)。そうであれば、被告製品は、通常の使用形態として、潮風にさらされるような環境でも少なくとも10年程度は制御弁が腐食しないことが求められるのであるから、上記の実験条件が被告製品の通常の使用条件と同条件で行われたものとは言い難いというべきであり、上記実験結果からは被告製品の構成を直ちに認定することはできない。

むしろ、乙14実験においては、Oリングを外した被告製品のボディ部分には腐食が見られたとされ、乙15実験においても取付孔内部に水分が進入したとされている。これらの実験結果に疑義を差し挟む事情は存在しないから、Oリングを外した被告製品が、取付孔内部への水分の進入を抑制する効果があるとは認められないというべきである

これに対し、原告は、乙14実験及び乙15実験は、被告製品が実際に使用される条件とは全く異なる極端な条件下で使用された場合の結果を示したものであって、意味がないと主張する。しかし、上記のとおり、被告製品は、通常の使用形態として、潮風にさらされるような環境でも少なくとも10年程度は制御弁が腐食しないことが求められるのであるから、400時間の塩水の噴霧(乙14)や多量の水分や振動等(乙15)の条件下での実験が、通常の使用条件とは全く異なる極端な条件下で使用された場合の結果を示したものとはいえない。

ウ 小括

以上のとおり、「密封嵌合」とは、「ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度に、端部材が取付孔に対してぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係」を意味すると解されるところ、Oリング(シール部材(13))を外した被告製品が、取付孔内部への水分の進入を抑制する効果があるとは認められないのであるから、被告製品の端部材(H)が取付孔に「密封嵌合」しているとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告製品は、構成要件B6の「該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材」に係る構成を有しない。そうすると、被告製品は、その余の構成要件を検討するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。

5.検討

(1)本件はソレノイドと呼ばれるいわゆる電磁弁に関するもので、要は、従来ハウジングの外に突出する形で取り付けられていたソレノイドをハウジング内部に埋め込むように取り付けられるようにすることで耐食性や組立性の向上を図ったものです。

(2)争点となったのは、このような発明のコンセプトではなく、ソレノイドに設けられた取付孔と端部部材とが密封嵌合されているか否かという点です。原告は「密封」とは厳密な意味ではなく、外部雰囲気の侵入をある程度抑制できれば良い、と主張しましたが、裁判所は「密封」という文言を重視して、被告製品は実験の結果Oリングを外すと浸水等するので本発明でいうところの「密封」には当たらない、と認定して非抵触と判断しました。

(3)明細書にはOリング13の意義について「Oリング13は、ヘッド部8の密封嵌合を補助する目的で設けられている。」と書いてある点が気になります。ただ、この記載も少し中途半端な感じで密封嵌合との関係性について明記されていません。

(4)こういったケースでよく言われるのは、特許請求の範囲で安易に「密封」という強めの言葉を用いるべきではない、という点です。しかし、裁判官は明細書の記載を参酌して結論付けているので、仮に「密封嵌合」ではなく「嵌合」と書いてあっても抵触と判断されたかどうかわかりません。

(5)こうして判決を読むと、明細書を作成する際に、取付孔に端部部材を挿入するだけで密封できるものなのか、密封できるとしたらOリングは何をどのような状況で補助するのか、といった点をもう少し書くべきだったということがわかります。技術者はそこまで細かく書かなくてもOリングが存在することで「密封」がどの程度なのかわかるだろう、と考えるものですし、明細書作成者は、実際に製品開発等に関わった経験がないと、その点を補充するのはなかなか難しいかもしれません。