水素水製造装置事件

投稿日: 2017/10/13 23:39:33

今日は、平成28年(ワ)第24175号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社光未来は、判決文によると、水素水サーバーの製造及び販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社豊大は健康食品の製造販売や水素水サーバーの輸入販売等を業とする株式会社、被告補助参加人である株式会社ハイジェンテックソリューションは、被告製品を製造して被告に販売しているそうです。

株式会社光未来はJ-PlatPatで検索するとこれまでに5件の特許を取得していました。一方、被告である株式会社豊大は0件でした。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5865560号)

① 本件特許は、特願2014-018780を優先権の基礎とする国際出願から国内に移行したものです。したがって、特願2014-018780は公開されることなく取下げとなっています。なお、当該国際出願からは日本以外に韓国と米国に移行されています。

② 特許無効審判の請求人は被告補助参加人である株式会社ハイジェンテックソリューションでした。この会社は韓国法人であることからすると、株式会社豊大が株式会社ハイジェンテックソリューションに被告製品の製造を委託し、これを日本に輸入しているようです。

2.本件発明

(1)本件発明1(請求項1)

A:水に水素を溶解させて水素水を生成し取出口(10)から吐出させる気体溶解装置であって、

B:固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段(21)と、

C:前記水素発生手段(21)からの水素を水素バブルとして水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段(3)と、

D:前記加圧型気体溶解手段(3)で生成した水素水を導いて貯留する溶存槽(4)と、

E:前記溶存槽(4)及び前記取出口(10)を接続する管状路(5a)と、を含み、

F:前記溶存槽(4)に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段(3)に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともにこの一部を前記水素発生手段(21)に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置。

(2)本件発明2(請求項2)

G:前記溶存槽(4)から前記加圧型気体溶解手段(3)を経て前記溶存槽(4)への循環経路において、前記加圧型気体溶解手段(3)は生成した前記水素バブルを時間とともに平均径を小さくするように加圧送水することを特徴とする請求項1記載の気体溶解装置。


3.被告製品

被告製品は,水素を水に溶解させて水素水を生成する水素水サーバーであり,分離型電気分解方式(PEM方式)により水又は水素水を電気分解して水素を得る機能を有する水素発生器及び当該水素発生器から発生した水素を水に与えて加圧送水するポンプのほか,カーボンフィルタ,冷水タンク,カーボンフィルタと冷水タンクを接続する細管,冷水タンクに溶接された金属管を備えている。

被告製品の外観及び被告製品内部の機器の配置等は,別紙2図面1のとおりであり,被告製品内部の機器は,別紙2図面2のとおりである。

被告製品を稼働させると,水が冷水タンクにある循環用吸い込み口からポンプへ送られ,ポンプにおいて水素発生器から送られた水素とともに加圧されて水素水が生成される。生成された水素水は,ポンプからカーボンフィルタへ送られ,カーボンフィルタから細管を経て冷水タンクにある循環用吐き出し口を通って冷水タンクへと送られた後,冷水タンクの循環用吸い込み口からポンプへ送られて上記過程を繰り返す方法により循環する。冷水タンクには上記循環用吐き出し口及び循環用吸い込み口のほかに水素水取り出し穴があり,冷水タンクの水は,上記の循環をするほか,水素水取り出し穴から冷水タンクに溶接された金属管を通じて被告製品の外部に取り出される(甲5,12)。

冷水タンクは大気圧下にあり,冷水タンク内の水素水については圧力の調整は行われていない。


4.争点

(1)被告製品の本件発明1及び2の技術的範囲への属否(被告らは後記ア~キ以外の構成要件の充足性を争わない。)

ア 「取出口」(構成要件A,E)の充足性

イ 「溶存槽」(構成要件D,E,F)の充足性

ウ 「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)の充足性

エ 「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)についての均等侵害の成否

オ 「溶存槽に貯留された・・・水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」(構成要件F)の充足性

カ 「溶存槽に貯留された・・・水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」(構成要件F)についての均等侵害の成否

キ 「前記溶存槽から前記加圧型気体溶解手段を経て前記溶存槽への循環経路」(構成要件G)の充足性

(2)本件特許の無効理由の有無(本件特許権の行使の可否。特許法104条の3第1項)

ア 本件発明1の二重特許禁止(同法39条3項)の違反

イ 本件発明1のサポート要件(同法36条6項1号),明確性要件(同項2号)及び実施可能要件(同条4項1号)の違反

ウ 本件発明2のサポート要件,実施可能要件,明確性要件の違反

5.裁判所の判断

5.1 本件発明の概要

-省略-

5.2 争点ア(「取出口」(構成要件A,E)の充足性)について

(1)本件発明1は気体溶解装置の発明であるところ,本件発明1の「取出口」は,特許請求の範囲の記載によれば,水素水が吐出されるものとされている。「取出口」とは,「取り出す」という文言と「口」という文言を組み合わせた用語であり,一般に「取り出す」という文言は「取って外に出す」ことを意味し,「口」という文言には,「外から内に通ずる所」という意味がある(広辞苑第六版)ことからすると,「取出口」とは,中から外に出すために中と外が通ずる所であると解される。また,本件明細書の発明の詳細な説明には,溶存槽に溶存された液体が水素水吐出口から外部へ吐出される旨の記載があり(段落【0034】),本件明細書の図1によれば,上記記載中の水素水吐出口とは,特許請求の範囲にいう「取出口」に該当するものであることが明らかである。そうすると,構成要件Aの「取出口」は,生成された水素水を気体溶解装置の中から外部に取り出すための構成を意味すると解される。

(2)原告は,被告製品の金属管が「取出口」に当たると主張する。

前記第2の及び証拠(甲3,4)によれば,被告製品は,水素発生器,ポンプ及びカーボンフィルタ等と冷水タンクが一体的に構成された気体溶解装置である水素水サーバーであり,水素水は,被告製品の内部の部材である冷水タンクに溶接された金属管を通じて被告製品の外部に取り出されることが認められる。したがって,被告製品の金属管は,水素水を気体溶解装置の外部に取り出すための構成であり,その開口部は「取出口」に当たると認められる

5.3 争点(1)イ(「溶存槽」(構成要件D,E,F)の充足性)について

(1)原告は,本件発明1の「溶存槽」は水素水を貯留する機能を有するものであり,被告製品のカーボンフィルタが溶存槽に当たると主張するのに対し,被告らは,「溶存槽」は水素水を加圧して貯留する機能を有するものをいい,被告製品のカーボンフィルタは加圧する機能も液体を貯留する機能も有しないから,溶存槽に当たらないと主張している。なお,「溶存槽」の機能に関する被告らの上記主張は,「溶存槽」は加圧のための手段を備えることを要する旨を主張する趣旨と解される。

(2)ア 特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1の「溶存槽」は,液体を「溶存」する「槽」であり,加圧型気体溶解手段で生成した水素水が導かれ,貯留されるものであることが明らかであるが,他に備えるべき手段についての記載はない。これに対し,本件特許権の特許請求の範囲の請求項3には,「前記溶存槽は前記加圧型気体溶解手段からの前記水素水を加圧貯留することを特徴とする請求項2記載の気体溶解装置」と記載されている。

イ 本件明細書の発明の詳細な説明には,「生成した水素水を導いて加圧し貯留する溶存槽」(段落【0017】,【0023】),「前記溶存槽に加圧貯留された水素水」(段落【0022】,【0025】),「溶存槽4としては,気体を溶解した状態で加圧下で溶存できれば,特に形状等は限定されず,マイクロフィルターや活性炭(カーボン)フィルターは他のフィルターであってもよい。」(段落【0042】)など,溶存槽が液体を加圧する機能を備えているかのような記載がある。その一方で,上記の記載を超えて,溶存槽における加圧のための独自の手段についての記載はない。また,発明に係る気体溶解装置について具体的に説明するとして,「気体を溶解している液体を溶存及び貯留する溶存槽4」(段落【0029】),水素水は「加圧型気体溶解手段3の吐出口9から吐出され,溶存槽4に過飽和の状態で溶存される。」(段落【0034】),「溶存槽4は,溶存タンク41の上側から気体を溶解した液体を取り込み,下側から降圧移送手段5へと送られることが好ましい。これにより,溶存タンク41中の上部に気体が溜まることで液体と気体を分離出来,気体が溶存した液体のみが降圧移送手段5へと送ることができるため,気体のみを降圧移送手段5へと送られることを防止でき,気体の溶解を安定した状態で生成・維持できる。」(段落【0042】)など,溶存槽における液体の加圧に言及していない記載もある。

ウ 以上のとおり,本件発明1の特許請求の範囲には溶存槽自体が加圧のための独自の手段を備えることは何ら記載がない。本件明細書の記載には,溶存槽が液体を加圧する機能を備えているかのような記載がないわけではないが,加圧のための独自の手段についての記載はなく,また,溶存槽における加圧に触れない記載もある。そして,特許請求の範囲には,本件発明1,本件発明2とは別の発明として溶存槽が水素水を加圧貯留することを特徴とする気体溶解装置の発明が記載されているのであって,溶存槽の加圧貯留に触れる本件明細書の記載はその発明を説明したともいえるものである。これらに照らせば,本件発明1の溶存槽は,加圧された液体を貯留する機能を有するものであり,また,装置内において水素水にかかる圧力を調整するという本件発明1の意義(前記1(2))から,装置内部の水素水に対する加圧状態を維持するものである必要があるとしても,本件発明1の溶存槽において液体を加圧するための手段を備えていることまでを要するものとはいえない。

したがって,本件発明1の「溶存槽」において,液体を加圧するための手段を要する旨の被告らの主張は,採用することができない。

(3)被告製品では,加圧型気体溶解手段であるポンプで生成された水素水がカーボンフィルタに導かれる。証拠(甲8)によれば,被告製品のカーボンフィルタは筒状のものであり,上部に液体の流入口及び排出口が設けられていること,それらの流入口と排出口が直接は接続されていないことが認められる。このような構造からすると,カーボンフィルタに流入した液体は,直ちにカーボンフィルタ外に排出されることはなく,カーボンフィルタの上部に設けられた排出口に至るまでの間は,カーボンフィルタ内にとどまり,貯留されるものと解される。そして,証拠(甲8,9)によれば,カーボンフィルタは,加圧型気体熔解手段であるポンプと管路で接続される上記流入口及び冷水タンクと細管で接続される排出口を有するほかに開口部を有するとは認められず,カーボンフィルタ流入口付近に一定の圧力がかかっていることも認められ,水素水に対する加圧状態が維持されていると認められる。

被告らは,被告製品のカーボンフィルタは,水中の塩素やその他の異物を吸着する役割を目的としたものであり,水素水はフィルタを通過するのみであるなどと主張する。しかし,被告製品のカーボンフィルタに上記役割があるとしても,上記構造からすれば,同カーボンフィルタに水素水が貯留されると解されることは上記のとおりであるから,被告らの主張は採用することができない。

したがって,被告製品のカーボンフィルタは,本件発明1の「溶存槽」を充足する。

5.4 争点(1)ウ(「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)の充足性について

(1)原告は,本件発明1の「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」における「接続」は,直接的な接続のほか,間接的な接続も含むと解し,被告製品においてカーボンフィルタと冷水タンクを接続している細管は,本件発明1の「管状路」に該当すると主張している。

(2)ア 本件発明1の特許請求の範囲の記載によれば,「管状路」は「溶存槽」と「取出口」を「接続する」とされているのであり,また,溶存槽と取出口との接続に管状路以外の部材を用いることは何ら記載されていない。特許請求の範囲には,溶存槽と取出口が管状路によって接続されていること,すなわち,両端が溶存槽と取出口に接続された管状路によって溶存槽と取出口が接続されていることが記載されているといえる。本件明細書を見ても,管状路以外の部材を介在させて溶存槽と取出口とを接続する構成は一切開示されていない。

また,溶存槽と取出口を接続する「管状路」の意義についてみると,本件明細書には,溶存槽の液体が「管状路」を流れることで降圧され,吐出口から外部に吐出されること(段落【0029】,【0030】,【0034】)が記載され,「管状路」において液体が降圧することが記載されている。そして,前記1(2)で説示したとおり,本件発明1が,気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するという意義を有するものであることからすると,本件発明1においては,「取出口」まで生成された水素水から水素が離脱しないように水素水が流れる構成を採用する必要がある。本件発明1は,「溶存槽」と水素水が外部へ取り出される「取出口」とを「管状路」で直接接続し,「管状路」において水素水が降圧されるとすることによって,本件装置から水素水が取り出される直前まで水素水にかかる圧力を調整し,水素水から水素が離脱しないようにしているといえる。

以上の点を踏まえると,構成要件Eにおける「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」とは,「溶存槽」と「取出口」を接続する部材を「管状路」に限定し,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続される構成とする趣旨であり,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものと解される

イ 原告は,特開2016-204855号公報(甲16の1。以下「甲16の1文献」という。)や特開2009-82332号公報(甲16の2。以下「甲16の2文献」という。)で開示されている発明には,「接続」との文言が間接的な接続を含む趣旨で用いられているし,間接的な接続という概念は,機械及び通信の分野で通常用いられるものであると主張する。しかし,上記各文献はいずれも機械の分野に関するものであるが,これらの文献に記載された発明は,本件発明1とは異なり,接続に用いる部材の限定がされているとは解されないものである上,甲16の1文献では,請求項2や段落【0042】等に間接的な接続に関する記載があり,甲16の2文献では,段落【0049】に同文献の発明における接続は間接的なものでもよい旨が記載されている。そうすると,これらの文献は,本件発明1における「接続」という文言に間接的な接続が含まれるとの解釈の根拠とはならないというべきである。また,通信は本件発明1とは分野が大きく異なるものであり,当該分野における概念を本件発明1に直ちに適用することはできない。

原告は,管状路の意義からすれば,管状路は溶存槽の出口から大気圧に解放される取出口に至るまでの間に接続されていればよいとも主張するが,上記のとおり,特許請求の範囲の記載及び本件発明の意義に反するものであり,採用することができない。

ウ したがって,本件発明1の構成要件Eの「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」は,溶存槽と取出口が管状路により直接接続されるもの,すなわち,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続されるものを意味すると解される

(3)原告は,被告製品の細管が構成要件Eの管状路に該当すると主張する。被告製品の細管の両端は,溶存槽であるカーボンフィルタと,被告製品の内部に設けられている冷水タンクに接続されていて,被告製品の細管はカーボンフィルタと冷水タンクを接続するものであり,カーボンフィルタと取出口である金属管の開口部とを接続するものとはいえない。

原告は,①冷水タンクには金属管が溶接されていることから,冷水タンクと金属管はほぼ一体であるとみなすことができる,②細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が非常に近いこと等からすると,細管はカーボンフィルタと取出口である開口部を含む金属管を直接的に接続するものと評価してよいと主張する。

しかし,構成要件Eの管状路の意義は前記アのとおりのもので,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものであるところ,大気圧下にある冷水タンクにおいては水素水にかかる圧力の調整ができなくなるから,細管から取出口である開口部を含む金属管に至るまでに冷水タンクがある被告製品において,冷水タンクに金属管が溶接され,細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が近いとしても,被告製品の細管が構成要件Eの管状路であるということはできない。原告の主張は採用することができない。

したがって,被告製品の細管が構成要件Eを充足すると認めることはできない。

5.5 争点(1)エ(「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)についての均等侵害の成否)

前記3のとおり,被告製品は「管状路に当たる細管がカーボンフィルタの出口と冷水タンクの入口を接続する」という構成であり,本件発明1の管状路が「前記溶存槽及び前記取出口を接続する」構成と相違する。しかし,原告は,被告製品の上記構成は本件発明1の上記構成と均等であると主張するので,この点について検討する。

(1)第一要件

ア 前記1(2)で述べたとおり,本件明細書の記載によれば,従来技術には,気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,過飽和の状態を安定に維持して外部に提供することが難しく,ウォーターサーバー等へ容易に取付けることができないという課題があった。本件発明1は,このような課題を解決するために,水に水素を溶解させる気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水素水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供することを目的とするものである。

本件発明1では,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持するために,加圧型気体溶解手段で生成された水素水を循環させて,加圧型気体溶解手段に繰り返し導いて水素を溶解させることとし,「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」る(構成要件F)という構成を採用している。また,気体溶解装置において,気体が飽和状態で溶解した状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するためには,水素を溶解させた状態の水素水が気体溶解装置の外部に排出されるまでの間に,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避ける必要がある。このため,本件発明1では「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)という構成を採用し,水素を溶解させた水素水が導かれる溶存槽と水素水を気体溶解装置外に吐出する取出口との間を管状路で直接接続し,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避けているものと解される。

以上のような本件発明1の課題,解決方法及びその効果に照らすと,生成した水素水を循環させるという構成のほか,管状路が溶存槽と取出口を直接接続するという構成も,本件発明1の本質的部分,すなわち従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に該当するというべきである

被告製品は,管状路が溶存槽と取出口を接続するという構成を採用していないことは前記4のとおりであるから,被告製品の構成は,本件発明1と本質的部分において相違するものと認められる。

イ これに対し,原告は,本件発明1の本質的部分は,生成された水素水が大気圧に急峻に戻るのを防ぐため,管状路を加圧状態から大気圧状態までの圧力変動があり得る構成と構成の間に接続することであり,被告製品では,冷水タンクにおいて水素水にかかる圧力が大気圧となるから,カーボンフィルタと冷水タンクを細管で接続する構成は本件発明1と本質的部分において相違しない旨主張する。

しかし,被告製品のように,溶存槽から取出口までの間に水素水にかかる圧力が大気圧となる構成を設けた場合には,被告製品の取出口から水素水が取り出される前に,生成された水素水に対する圧力の調整ができなくなって水素が離脱し得ることになってしまい,「水素水から水素を離脱させずに外部に提供する」という効果を奏することができない。したがって,本件発明1において,溶存槽と大気圧状態までの圧力変動があり得る構成の間に管状路を接続することが本質的部分であると解することはできず,原告の主張は採用することができない。

ウ したがって,被告製品は,均等侵害の第一要件を満たさない。

(2)第二要件及び第三要件

ア 原告は,第二要件につき,被告製品と本件発明1とは,管状路を通して徐々に生成した水素水を大気圧に降圧することにより,水素濃度を維持する点が共通するから,「管状路に当たる細管が,カーボンフィルタの出口と気体溶解装置内に設けられた冷水タンクの入口を接続する」という被告製品の構成を,管状路が溶存槽と取出口を接続するという本件発明1の構成に置換することができると主張する。

しかし,前記で判示したとおり,被告製品の上記構成では,装置の内部において水素水にかかる圧力の調整ができなくなり,「水素水から水素を離脱させずに外部に提供する」という効果を奏することができず,被告製品の構成と本件発明1の構成は作用効果が同一であるとはいえない。したがって,被告製品は,均等侵害の第二要件も満たさない。

イ 原告は,第三要件につき,取出口の前に冷水タンクを設け,この冷水タンクに管状路を接続することは容易であると主張する。しかし,取出口の前に大気圧となる冷水タンクを設けることは,「水素水から水素を離脱させずに外部に提供する」という本件発明1の課題解決原理に反するものであるから,当業者としては,本件発明1に被告製品の上記構成を採用することの動機付けを欠くものといえる。したがって,被告製品は,均等侵害の第三要件も満たさない。

(3)以上で述べたとおり,「管状路に当たる細管が,カーボンフィルタの出口と気体溶解装置内に設けられた冷水タンクの入口を接続する」という被告製品の構成は,均等侵害の第一要件,第二要件及び第三要件を満たさないから,被告製品の上記構成が本件発明1の構成要件Eと均等であるとは認められない。

6.検討

(1)ざっくりいうと本件発明の気体溶解装置と被告製品との相違点は、本発明がタンクから出した水を水素水に変えるというものであるのに対し、被告製品は気体溶解装置で作り出した水素水をタンクに貯めるものといえると思います。つまり、タンクの後に付けると本件発明になり、タンクの前に付けると被告製品になるというものだと思われます(もちろん循環経路も変わってくるので単純に置き換えただけではありませんが)。判決では、文言侵害・均等侵害のそれぞれで非抵触のポイントになった構成要件Eの「管状路」が、本発明のようにタンクの後に付ける場合に性能を引き出す上で必須の構成と考えられたものと思われます。

(2)本件発明は「溶存槽」までで水素水の生成としての発明は完成しており、「管状路」は出来上がった水素水を降圧する目的の発明であると言えると思います。つまり1請求項に2発明が包含されていることになります(もちろん「環状路」が特許要件を満たすか否かは別の話です)。以前にも書いたと思いますが、1請求項に1発明とすることが原則です。拒絶理由通知を受け易く中間処理でも維持することは大変ですが、権利取得後の他社製品の摘発性や充足性が格段に容易になります。

(3)本件特許は国内優先権主張を伴う国際出願から日本に移行したものです。日本以外には米国と韓国に移行されています。また、審査経緯をたどると国際出願してから一月も経たずに日本に移行し、早期審査請求までしています。そして、被告製品は2015年頃に発売開始されたようです。以上から原告は国際出願する前から被告製品の存在を知っていたように思われます。