判例の検討について
投稿日: 2017/03/10 0:48:01
先日、このブログに投稿したマグボトル事件(平成27年(ワ)第8755号)の感想として、解釈が悩ましい、と書きました。今日はこの点について少し追加して判例を検討する必要性について書きたいと思います。
あの事件で抵触性の争点の中で一番重要だったのでは次の構成要件だと思います。「このストッパ部は、前記容器本体の上下方向にスライド移動するように構成すると共に、前記解除押動部に接近スライド移動することでこの解除押動部に当接して解除押動部の押動作動を阻止する構成」という構成要件中に主語は「ストッパ部」しかありません。したがって、①ストッパ部は上下方向にスライド移動する、②ストッパ部は解除押動部に接近スライド移動することで解除押動部に当接して解除押動部の押動動作を阻止する、という二つの文が存在します。ここで重要なのは②です。②をさらに細かく分けると以下のようになります。
②-1 ストッパ部は解除押動部に接近スライド移動する
②-2 ストッパ部は解除押動部に当接する
②-3 ストッパ部は解除押動部の押動動作を阻止する
つまりこれらストッパ部が主体となってこれら3動作を順番に行うことで初めて構成要件を充足します(判決文ではこの構成要件に時間の概念が存在しないかのようになっていましたが、普通に読めば時間の概念が存在するように読めます)。
そこで被告製品を見てみると、次のような動作を順番に行っていると解されます。
②-1 ストッパ部は解除押動部に接近スライド移動する
②-2-1 ストッパ部は解除押動部にクリアランスを持って停止する
②-2-2 解除押動部はストッパ部に当接する
②-3 ストッパ部は解除押動部の押動動作を阻止する
これらのうち②-2-1は付加的な内容なのでオープン形式の場合には特許請求の範囲の解釈に影響を与えません。しかし、②-2-2では「当接して」の主語がストッパ部ではなく解除押動部に変わっています。したがって、請求項の文言を正確にたどっていくと両者は途中で相違しています。
企業の知財部に所属していた頃に技術者と打ち合わせして一番困ったのがこういった請求項です。技術者の立場からするとこの請求項の解釈によっては製品の設計変更を迫られるわけですから明細書、特許請求の範囲を熟読したうえで上記の相違点が存在するから非抵触でしょう、とくるわけです。
確かに動作の主体が途中で変わっているのですが、最終的には両者が当接してストッパ部が解除押動部の押動動作を阻止することには変わりありません。したがって、この途中で動作の主体が変わる程度は許容範囲とされてしまうので抵触と判断せざるをえない、と伝えますが、なかなか理解してはもらえません。
こればっかりは許容範囲の話なので論理的に説得することが難しいです。そのために最後の手段として判例の中から実際にそのように解釈された例を示すことが可能なように準備しておくことも必要になります。そのために判例の検討が欠かせないのです。