空気入りタイヤ事件

投稿日: 2018/04/15 1:57:38

今日は、平成29年(行ケ)第10120号 審決取消請求事件(以下「甲事件」という。)及び平成29年(行ケ)第10119号 審決取消請求事件(以下「乙事件」という。)について検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5435175号)

 

2.特許請求の範囲の記載(訂正後)

【請求項1】

トレッド部(10)に溝が設けられている空気入りタイヤ(1)であって、

前記空気入りタイヤ(1)の総幅SWと外径ODとの比であるSW/ODが、

          SW/OD≦0.3

を満たし、

ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤ(1)の内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤ(1)をリム組みし、230kPaで内圧を充填し、かつ前記空気入りタイヤ(1)の負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合、

前記トレッド部(10)の接地領域において、接地面積に対する溝面積比率をGRとし、接地幅をWとし、タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし、前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし、前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし、前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に、

前記トレッド部(10)の接地領域は、

          10[%]≦GR≦25[%]

          0<GSR/GCR≦0.6

を満たして形成されており、

前記センター領域ACにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝(12)を少なくとも2本備えるとともに、前記周方向溝(12)に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部(14)を少なくとも1つ備えることを特徴とする、

空気入りタイヤ。

【請求項3】

前記ショルダー領域に位置する接地幅端部からタイヤ赤道線へ向かって延びる横溝(16)が、前記トレッド部(10)の接地領域内に少なくとも2本設けられ、

前記横溝(16)同士の間隔Aは、接地長Lとの比で、

          0.2<A/L≦0.5

であることを特徴とする、

請求項1に記載の空気入りタイヤ。

【請求項4】

前記ショルダー領域ASにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝(12)を各ショルダー領域ASに1本備え、

前記横溝(16)はその周方向溝(12)に連通していないことを特徴とする、

請求項3に記載の空気入りタイヤ。

【請求項5】

前記横溝(16)の深さは、各ショルダー領域ASに配設された前記周方向溝(12)の深さよりも浅いことを特徴とする、

請求項4に記載の空気入りタイヤ。

【請求項6】

前記ショルダー領域ASにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝(12)を各ショルダー領域ASに1本備え、

前記ショルダー領域に位置する接地幅端部からタイヤ赤道線へ向かって延びる横溝(16)が設けられており、

前記横溝(16)はその周方向溝(12)に連通していないことを特徴とする、

請求項に記載の空気入りタイヤ。

【請求項7】

前記横溝(16)の深さは、各ショルダー領域ASに配設された前記周方向溝(12)の深さよりも浅いことを特徴とする、

請求項6に記載の空気入りタイヤ。


3.本件審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は、別紙審決書(写し)のとおりである。要するに、本件訂正を認めた上、①本件発明1及び3は、下記の引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び甲4に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、②本件発明4ないし7は、引用発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない、などというものである。

引用例:特開2011-207283号公報(甲1)

甲4:特開昭62-152906号公報

(2)本件各発明と引用発明の対比

本件審決は、引用発明及び本件各発明との一致点・相違点並びに甲4記載の技術的事項を、以下のとおり認定した。

ア 引用発明

トレッド10にタイヤ周方向tcに連続して形成された周方向溝部と、トレッド幅方向に延びる横溝部とが形成された空気入りタイヤ1であって、

前記空気入りタイヤ1の幅SW、前記空気入りタイヤの外径ODとが、

SW≦175mmかつOD/SW≧3.6

を満たし、

前記空気入りタイヤの接地面積に対する前記周方向溝部と前記横溝部とを含む溝面積の比率である溝面積比率が25%以下であり

タイヤ周方向tcに連続する周方向溝10A、10B、10Cを3本備えるとともに、周方向溝10Aと周方向溝10Bとによって区画された周方向陸部20Aはタイヤ周方向に連なる陸部を備え、周方向溝10Bと周方向溝10Cとによって区画された周方向陸部20Bもタイヤ周方向に連なる陸部を備える、空気入りタイヤ1。

イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

(ア)一致点

「トレッド部に溝が設けられている空気入りタイヤであって、

前記空気入りタイヤの総幅SWと外径ODとの比であるSW/ODが、

SW/OD≦0.3

を満たし、

タイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備えるとともに、前記周方向溝に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部を少なくとも1つ備える、空気入りタイヤ。」である点。

(イ)相違点

a 相違点1

本件発明1において、「ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤの内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤをリム組みし、230kPaで内圧を充填し、かつ前記空気入りタイヤの負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合、

前記トレッド部の接地領域において、接地面積に対する溝面積比率をGRとし、接地幅をWとし、タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし、前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし、前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし、前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に、

前記トレッド部の接地領域は、

10[%]≦GR≦25[%]

0<GSR/GCR≦0.6

を満たして形成されている」のに対し、引用発明においてはそのような特定がなされていない点。

b 相違点2

「タイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備える」箇所に関し、本件発明1において、「前記センター領域ACにおいて」というものであるのに対し、引用発明においてはそのような特定がなされていない点。

ウ 本件発明3と引用発明との一致点及び相違点

(ア)一致点

前記イ(ア)と同じ。

(イ)相違点

相違点1及び2のほか、本件発明3においては「前記ショルダー領域に位置する接地幅端部からタイヤ赤道線へ向かって延びる横溝が、前記トレッド部の接地領域内に少なくとも2本設けられ、

前記横溝同士の間隔Aは、接地長Lとの比で、

0.2<A/L≦0.5

である」のに対し、引用発明においてはそのような特定がなされていない点(相違点3)。

エ 本件発明4と引用発明との一致点及び相違点

(ア)一致点

本件審決は、本件発明4と引用発明との一致点について、具体的に記載していないが、前記イ(ア)と同じであると認定したものと解される。

(イ)相違点

相違点1ないし3のほか、本件発明4においては「前記ショルダー領域ASにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝を各ショルダー領域ASに1本備え、前記横溝はその周方向溝に連通していない」のに対し、引用発明においては当該事項を特定していない点(相違点4)。

オ 本件発明5と引用発明との一致点及び相違点

本件審決は、本件発明5と引用発明との一致点及び相違点について、具体的に記載していないが、以下のとおり認定したものと解される。

(ア)一致点

前記イ(ア)と同じ。

(イ)相違点

相違点1ないし4のほか、本件発明5においては「前記横溝の深さは、各ショルダー領域ASに配設された前記周方向溝の深さよりも浅いことを特徴とする」のに対し、引用発明においては当該事項を特定していない点(相違点A)。

カ 本件発明6と引用発明との一致点及び相違点

(ア)一致点

前記イ(ア)と同じ。

(イ)相違点

相違点1及び2のほか、本件発明6においては「前記ショルダー領域ASにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝を各ショルダー領域ASに1本備え、前記ショルダー領域に位置する接地幅端部からタイヤ赤道線へ向かって延びる横溝が設けられており、その横溝は前記周方向溝に連通していない」のに対し、引用発明においては当該事項を特定していない点(相違点5)。

キ 本件発明7と引用発明との一致点及び相違点

本件審決は、本件発明7と引用発明との一致点及び相違点について、具体的に記載していないが、以下のとおり認定したものと解される。

(ア)一致点

前記イ(ア)と同じ。

(イ)相違点

相違点1、2、5及びAと同じ。

ク 甲4記載の技術的事項

タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部に(おける)トレッド踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を「センター部の溝面積比率」、残りの領域の全溝面積比率を「残りの領域の溝面積比率」とすると、

0.25≦(残りの領域の溝面積比率)/(センター部の溝面積比率)≦0.50(以下「甲4技術」という。)。

4.取消事由

4.1 被告主張

(1)本件発明1の進歩性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)本件発明3の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)

4.2 原告主張

(1)本件発明4の進歩性に係る判断の誤り(取消事由3)

(2)本件発明5ないし7の進歩性に係る判断の誤り(取消事由4)

5.裁判所の判断

1 本件各発明について

本件各発明に係る特許請求の範囲は、前記第2の2のとおりであるところ、本件明細書の記載によれば、本件各発明の特徴は、以下のとおりである。また、本件明細書には、別紙本件明細書図表目録の図2のとおり、本件各発明の実施形態に係る空気入りタイヤのトレッド部の図が記載されている。

(1)技術分野

本件各発明は、乗用車用の省燃費性を向上させた空気入りタイヤに関する。(【0001】)

(2)背景技術

従来、自動車の低燃費性に貢献するために、転がり抵抗を低減する空気入りタイヤが提案されてきた。近年はさらに、環境への配慮が高まるにつれ、自動車の低燃費化に対する貢献度がより高い空気入りタイヤが求められている。空気入りタイヤの転がり抵抗を低減する手法としては、空気入りタイヤの総幅(SW)を狭くしてその前方投影面積を小さくすることによって、タイヤ周辺の空気抵抗を低減させることが知られている。(【0002】【0003】)

(3)発明が解決しようとする課題

前記(2)の手法では、空気入りタイヤの総幅が狭くなることに伴って接地幅も狭くなることから、一定の負荷能力を維持するために外径(OD)を大きくすることが必要となるため、空気入りタイヤの接地長が比較的長くなる。そして、空気入りタイヤの接地長が長くなると、排水性が大きく向上する。一方、接地幅が狭くなることにより、コーナリングフォースが低下し、操縦安定性が低下するおそれがある。本件各発明の目的は、転がり抵抗を低減しつつ、それにより悪化した操縦安定性能を改善することができる空気入りタイヤを提供することにある。(【0005】~【0007】)

(4)発明の効果

本件各発明の空気入りタイヤによれば、転がり抵抗を低減しつつ、それにより悪化した操縦安定性能を改善することができる。(【0009】)

本件発明1の具体的な作用効果は、以下のとおりである。

ア 本件発明1の空気入りタイヤは、SWとODとの比が、「SW/OD≦0.3」(以下「式①」という。)となるように形成されている。それにより、一般的なサイズの空気入りタイヤと比較すると、ODに対してSWが小さくなる結果、空気入りタイヤの前方投影面積が小さく、タイヤ周辺の空気抵抗が低減され、空気入りタイヤの転がり抵抗を低減することができる。また、単にSWを狭くすると空気入りタイヤの負荷能力が低下するが、式①を満たすことによりODがSWに対して相対的に大きいので、負荷能力の低下を抑制することができる。さらに、自動車の省スペース化、意匠性の向上、接地長が長くなることによる排水性、特に耐ハイドロプレーニング性能の向上などを見込むことができる。(【0027】【0030】)

イ 本件発明1の空気入りタイヤは、GRが、「10%≦GR≦25%」…となるように形成されている。このGRの範囲は、一般的な空気入りタイヤと比較して低く設定されており、陸部が接地する面積が増大することよってトレッド部の剛性が高くなり、操縦安定性を向上させる。(【0028】)

ウ 本件発明1の空気入りタイヤは、センター領域ACでの溝面積比率GCRとショルダー領域ASでの溝面積比率GSRとが、「GCR>GSR」…となるように形成されている。これにより、ACよりもASに設けられる溝が少なくなり、GRが比較的低いことによる排水性の低下を抑制することができる。さらに、ASに位置する陸部14が接地する面積が、ACに比べて増大することにより、ASにおけるトレッド部10の剛性が高くなる。それにより、十分なコーナリングフォースを得ることができ、ひいては操縦安定性を向上させることができる。また、トレッド部10の接地領域Gにおいて、GCRとGSRとの比が、「0<GSR/GCR≦0.6」…となるように形成されることで、ASにおいて陸部が接地する面積が増大するため、ASにおいてトレッド部の剛性が高くなり、さらに操縦安定性を向上させる。加えて、ACにおける溝面積が増大するため、排水性を向上させることができる。(【0029】【0032】)

エ 本件発明1の空気入りタイヤは、センター領域ACに、タイヤ周方向に延びる少なくとも1本の周方向溝が設けられることで、ACの溝面積を十分に確保し、溝面積比GRを減少させたことによる排水性の悪化を抑制することができる。(【0033】)

(5)産業上の利用可能性

本件各発明の空気入りタイヤは、乗用車用の省燃費性を向上させた空気入りタイヤとして好適に利用することができる。(【0083】)

2 引用発明

(1)引用例(甲1)には、引用発明に関し、以下の記載がある。また、引用例には、別紙引用例等図表目録の引用例【図1】のとおり、引用発明の実施形態に係る空気入りタイヤのトレッド部の図が記載されている。

【0005】…本発明は、…転がり抵抗の低いゴムを用いる方法や、トレッド幅方向断面の形状を特徴的な形状とする方法以外の方法によって転がり抵抗を低減できるタイヤの提供を目的とする。

【0009】…タイヤの幅SWが狭くなるほど、横力が弱くなる。これに対して、本発明によれば、溝面積比率が25%以下とすることにより、横力に対する変形を抑制できる。従って、タイヤの幅SWを狭くしたことによる横力の弱さを補い、操縦安定性を確保できる。

【0042】空気入りタイヤ1は、外径ODが大きいほど、トレッドの路面への入射角度が緩やかになるため、同じ荷重がかかったときの変形量が少なくなる。そのため、空気入りタイヤ1によれば、…転がり抵抗を低下させることができる。また、外径ODが大きいほど、接地面の形状は、回転方向に縦長になる。同じ接地面積であれば、空気入りタイヤ1の幅SWが狭い方が転がり抵抗は小さくなる。従って、空気入りタイヤ1によれば、転がり抵抗を低減させることができる。

【0043】一般的に、タイヤの幅SWが狭くなるほど横力が弱くなると言われている。これに対して、空気入りタイヤ1では、溝面積比率が25%以下であることにより、接地面積を増やすことにより、トレッドの剛性を高め、横力を高めている。これにより、トレッドの変形を抑制できる。このように、空気入りタイヤ1では、幅SWを狭くしたことによる横力の弱さを補っている。これにより、操縦安定性を確保することができる。

【0047】また、空気入りタイヤ1では、横溝41A、横溝41B、副横溝42B、横溝60の各横溝の一方の端部は、周方向陸部20A、20B、ショルダー陸部30A、30Bの内部で終端されており、周方向陸部20A、20B、ショルダー陸部30A、30Bを分断しない。これにより、空気入りタイヤ1のトレッドへの前後入力に対する剛性が高められ、駆動力及び制動力を向上させることができる。

(2)引用例に、前記第2の3(2)アのとおり引用発明が記載されていることは、当事者間に争いがない。

3 取消事由1(本件発明1の進歩性に係る判断の誤り)について

(1)本件発明1と引用発明との対比

本件発明1と引用発明との相違点は、前記第2の3(2)イ(イ)のとおりであることは、当事者間に争いがない

(2)甲4について

ア 甲4には、おおむね、以下の事項が記載されている。また、甲4には、別紙引用例等図表目録の甲4第1図のとおり、図が記載されている。

(ア)特許請求の範囲

タイヤ踏面の幅方向センター部に踏面幅の50%以内の領域において3本のストレート溝をタイヤ周方向に環状に設けると共にこれらのストレート溝からタイヤ幅方向に延びる複数の副溝を配置したブロックパターンにおいて、(1)全溝面積比率を25%とし、かつ、前記領域の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍となし、(2)前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、(3)前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向全投影長さCGとの比LG/CG=2.5としたことを特徴とする乗用車用空気入りラジアルタイヤ。(1頁左下欄4~18行)

(イ)発明の詳細な説明

a 発明の技術分野

本発明は、ブロックパターンの改良に関し、詳しくは耐摩耗性能、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能、および乗心地性能を向上させた乗用車用空気入りラジアルタイヤに関する。(1頁右下欄1~4行)

b 発明の目的

本発明は、耐摩耗性能を向上せしめると共に乾燥路走行性能、湿潤路走行性能、および乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供することを目的とする。(2頁左上欄1~4行)

c 発明の構成

(a)…乗用車用空気入りラジアルタイヤ…の踏面には、溝により複数のブロックに区画されたトレッドパターン、すなわちブロックパターンが形成されている。…

(b)第1図は、本発明の乗用車用空気入りラジアルタイヤのブロックパターンの一例を示す説明図である。この第1図において、タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部に踏面幅Tの50%以内の領域Wにおいて3本のストレート溝aがタイヤ周方向EE’に環状に設けられている。また、これらのストレート溝aからタイヤ幅方向FF’に延びる複数の副溝bが配置されている。本発明では、このブロックパターンにおいて、下記①ないし③の事項を規定したものである。

① 全溝面積比率を25%とし、かつ、前記領域Wの全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍としたこと。

湿潤路走行性能は、踏面の排水性能に負うところが大であり、タイヤ周方向のストレート溝が排水効果に優れるのは周知の事実である。…周方向ストレート溝は、路面のどの部分に配置するのが最も良いかを本発明者らは明らかにした…。

…低荷重下での接地部分、タイヤ中央部分にストレート溝を配置することによって良好な排水性能、ひいては湿潤路走行性能を享受できる…。

また、耐摩耗性については…、高速道路のような比較的平坦な道では良好な耐摩耗性を発揮するタイヤであっても、山道のような屈曲路走行にあっては両ショルダ一部がタイヤセンター部よりもはやく摩耗し、はなはだしくはベルトエッジが露出してしまうことさえ確認された…。

そこで、全溝面積比率を25%とし、しかも、踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍とすることによって、良好な耐摩耗性を享受できることが判った…。

② ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブロック1の表面に独立カーフcをタイヤ幅方向FF’に形成したこと。

実接地面積比率が30%以下のタイヤでは、コーナリング等の限界付近での挙動が急激で危険なため、従来は30%以下の溝面積比率のブロックパターンは不可能であった。

そこで、限界付近でのタイヤの挙動を調査した結果、溝面積比率が低下すればするほどコーナリングパワーは大きくなるものの、荷重依存性が大きくなることに着目した。

このコーナリングパワーの荷重依存性を耐摩耗性の犠牲なしに改善するため、溝ではなくカーフを、しかも溝に通じることなく即ち独立カーフをタイヤ幅方向FF’に配置した…。…タイヤ幅方向FF’に独立カーフを入れることにより、タイヤ周方向EE’のブロック剛性が低下し、良好な乗心地性能を享受できる…。

③ ブロック1の各辺とカーフcの各辺…のタイヤ幅方向FF’全投影長さLGとタイヤ周方向EE’全投影長さCGとの比LG/CG=2.5としたこと。

溝面積比率の小さいタイヤにあっては湿潤路運動性能が重要であり、デザイン的には周方向成分と幅方向成分との比率が重要である。この比率のバランスがくずれると、周方向又は幅方向トラクションのバランスがくずれ、車両の姿勢を悪化させ、湿潤路運動性能が低下してしまう。このため、本発明では、比LG/CG=2.5とした…。

(2頁左上欄5行~3頁左下欄17行)

イ 前記アのとおり、甲4には、ブロックパターンの改良に関し、耐摩耗性能を向上せしめるとともに、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供することを目的とする発明が記載されている(前記ア(イ)b)。

そして、タイヤ踏面の幅方向センター部に踏面幅の50%以内の領域において3本のストレート溝をタイヤ周方向に環状に設けるとともに、これらのストレート溝からタイヤ幅方向に延びる複数の副溝を配置したブロックパターンにおいて、①全溝面積比率を25%とし、かつ、領域W(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部における踏面幅Tの50%以内)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍とすること、②ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブロック1の表面に独立カーフcをタイヤ幅方向FF’に形成すること、③ブロック1の各辺とカーフcの各辺のタイヤ幅方向FF’全投影長さ(LG)とタイヤ周方向EE’全投影長さ(CG)との比を「LG/CG=2.5」とすることにより、良好な耐摩耗性及び乗心地性能を享受し、かつ、湿潤路運動性能も低下しないようにしたものである(前記ア(イ)c)。

したがって、甲4には、「センター領域を含めた全ての領域が溝により複数のブロックに区画されたブロックパターンについて、①全溝面積比率を25%とし、かつ、前記領域(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部におけるトレッド踏面幅Tの50%以内の領域)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍となし、②前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、③前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とする。」との技術的事項、すなわち、甲4技術Aが記載されていると認められる。

ウ 本件審決の認定について

本件審決は、甲4に甲4技術が記載されていると認定した。

しかし、前記アのとおり、甲4には、特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも、一貫して、ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載されている。また、前記イのとおり、甲4には、前記イ①ないし③の技術的事項、すなわち、溝面積比率、独立カーフ、タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。

そこで、これらの記載に鑑みると、上記イ①ないし③の技術的事項は、甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり、これらの構成全てを備えることにより、耐摩耗性能を向上せしめるとともに、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという、甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である

したがって、甲4技術Aから、ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し、さらに、溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して、甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。よって、本件審決における甲4記載の技術的事項の認定には、上記の点において問題がある

(3)相違点1及び2の容易想到性

引用例には、引用発明について、①転がり抵抗を低減できるタイヤの提供を目的とすること(【0005】)、②外径ODを大きくすることにより、転がり抵抗を低下させることができること(【0042】)、③溝面積比率を25%以下とすることにより、タイヤの幅SWを狭くしたことによる横力の弱さを補い、操縦安定性を確保できること(【0009】【0043】)、④周方向溝10A、10B、10Cのうちトレッド幅方向の外側に形成されたものほど溝幅が大きいため、周方向への排水性が高められること(【0045】)、⑤周方向陸部20A及び20Bがタイヤ周方向に連なる陸部を備えること、すなわち、リブパターンとすることにより、トレッドへの前後入力に対する剛性が高められ、駆動力及び制動力を向上させることができること(【0047】)が記載されている。

一方、引用例には、タイヤの接地領域について、タイヤ赤道面を中心として接地幅の50%の幅を有する領域をセンター領域として、同領域よりもタイヤ幅方向外側の接地領域と区別することや、センター領域とその他の領域における各溝面積の比率、センター領域の溝面積比率をその他の領域の溝面積比率より高めることにより、タイヤ全体の溝面積比率が比較的低いことによる排水性の低下を抑制し、操縦安定性を向上させることを示す記載はなく、これらのことを示唆する記載もない。

また、甲4には、タイヤのセンター領域の溝面積比率を残りの領域の溝面積比率の3倍とすることなどを含む甲4技術Aが記載されているが、同技術は、乗用車用空気入りラジアルタイヤがブロックパターンを有することを前提とするものであって、ストレート溝と副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、ブロックの各辺とカーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比を「LG/CG=2.5」とするという構成を併せ備えるものである。

そうすると、当業者において、タイヤ周方向に連なる陸部を備えること、すなわちリブパターンであることに技術的意義を有するタイヤである引用発明において、必然的に周方向に連なる陸部を備えないブロックパターンであることを前提とする甲4技術Aを適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、阻害要因があるというべきである

(4)原告の主張について

ア 原告は、①甲4に記載された「全溝面積比率を25%とし、踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を、残りの領域の全溝面積比率の好ましくは3倍とする」という技術的事項は、トレッドパターンの種類にかかわらないものである、②甲4において、独立カーフは、あくまでコーナリング等の限界付近での挙動が急激で危険であるという問題を解決するための手段にすぎず、上記①の技術的事項とは、解決しようとする課題が全く別であるなどとして、甲4には甲4技術が記載されており、同技術を引用発明に適用することは容易である旨主張する。

しかし、前記(2)のとおり、甲4技術Aは、ブロックパターンを前提とする技術であり、甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであって、前記(2)イ①ないし③の技術的事項全てを備えることにより、耐摩耗性能を向上せしめるとともに、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという、甲4記載の発明の課題を解決したものである。そして、このようにブロックパターンであることを前提とする甲4技術Aを、リブパターンであることに技術的意義を有する引用発明に適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ阻害要因があることについては、前記(3)のとおりである。したがって、原告の主張は採用できない。

イ 原告は、仮に甲4技術がブロックパターンであるタイヤに関するものであるとしても、排水性の向上のために「GCR>GSR」とする技術的事項は、トレッドパターンの種類にかかわらず有効なものであり、これは本件出願当時の技術常識であったことなどから、甲4技術をブロックパターンではない引用発明に適用することは容易である旨主張する。

しかし、甲4に記載されている技術的事項は、単に、排水性の向上のためにGCRをGSRより大きくするというものではなく、ブロックパターンのタイヤにおいて、全溝面積比率が25%以下のものについて、GCRをGSRの3倍とするというものである。溝面積比率の小さいタイヤにあっては湿潤路運動性能が重要であるところ、甲4では、上記の構成とすることにより、良好な排水性能と良好な耐摩耗性とを享受できるようにしたものである。そして、上記構成とするだけでは、コーナリング等の限界付近での挙動が急激で危険であるという問題が生じるため、前記(2)イ②及び③の構成を併せ備えるようにしたものである。

このように、甲4に記載されている技術的事項は、ブロックパターンを前提としたものであるところ、かかる技術的事項がトレッドパターンの種類にかかわらず有効なものであり、本件出願当時の技術常識であったことについては、これを認めるに足りる証拠はない。原告が提出する証拠は、単にタイヤの溝面積比率を大きくすることで排水性が向上すること(甲67~69)、タイヤの赤道面近傍(センター領域)に溝を設けることや、その溝を幅広とすることで排水性が向上すること(甲66、71、72)、タイヤのセンター領域の溝面積比率を大きくすることで、排水性と操縦安定性が向上すること(甲70)が開示されているにすぎず、甲4のように、全溝面積比率を25%と小さい値としたタイヤについて、GCRをGSRの3倍とすることにより、良好な排水性能と良好な耐摩耗性とを享受できるようにすることを開示するものではないから、これらの証拠は、上記認定を左右するものではない。したがって、原告の主張は採用できない。

(5)小括

以上のとおり、本件発明1は、引用発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

4 取消事由2ないし4(本件発明3ないし7の進歩性に係る判断の誤り)について

本件発明3ないし7は、いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに限定を加えたものであるところ、本件発明1が、当業者が容易に発明をすることができたものではないことについては、前記3のとおりである。

したがって、本件発明3ないし7は、いずれも当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6.検討

(1)本件は2つの審決取消訴訟に関する判決です。特許無効審判の審決では訂正後の請求項1及び3は無効、請求項4乃至7は有効と判断されました。なお、請求項2は訂正により削除されたので請求却下ということになっています。甲事件は請求人が原告となって請求項4乃至7が無効と判断した審決の取消しを求めた訴訟で、乙事件は被請求人(特許権者)が原告となって請求項1及び3の審決の取消しを求めた訴訟です。

(2)本発明は、要するに、総幅と外径の比SW/ODが0.3以下の空気入りタイヤにおいて、①トレッド部の設置面積に対する溝面積比率GRが10%から25%の範囲内とし、②その中のセンター領域ACでの溝面積比率GCRとショルダー領域ASでの溝面積比率GSRの比GSR/GCRが0から0.6であって、センター領域ACにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備えるとともに、これら周方向溝に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部を少なくとも1つ備えるというものです。

(3)審決では、甲1発明のトレッドパターンはブロックパターンに近いようなパターンであると認定し、ブロックパターンである甲4記載の技術的事項を甲1発明に適用することについて問題ないという判断をしています。

(4)裁判所は甲1のトレッドパターンの種類について特定していませんが、少なくともブロックパターンではないと判断したようです。ネットでタイヤメーカ数社のホームページを調べたところ、トレッドパターンには基本の4パターン(リブ、ラグ、リブラグ、ブロック)が存在するようです。その中でブロックパターンは独立したブロックで形成されているとありました。そうすると、甲1のトレッドパターンは独立しているようには見えず、甲1にはそもそもトレッドパターンについての説明もないので、ブロックパターンの技術が適用できるものではない、と判断されたものと思われます。

(5)その上でブロックパターンを前提とした甲4発明の技術事項を抜き出して甲1発明に適用する動機付けが存在しない、むしろ阻害事由が存在すると認定しました。ここまで審決を完全否定するケースは最近では珍しい気がします。