研磨用クッション材事件(公知性の立証)

投稿日: 2019/03/20 23:47:00

今日は、平成30年(行ケ)第10023号 特許取消決定取消請求事件について検討します。

 

1.検討

(1)本件発明は研磨用クッション材に関するものであり、争点は①特許無効審判時の訂正請求の可否、②公然実施品に係る発明(本件公知発明)と公知文献に記載された発明との組み合わせによる進歩性欠如、及び、③先願の出願に係る発明(本件先願発明)と同一であることによる拡大先願違反です。

(2)争点①は、設定登録時の請求項3における「発泡シートの一方の面に粘着剤層が積層一体化されてなる研磨用クッション材」を「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材」とする訂正が認められるか否かでしたが、本件訴訟でも認められませんでした。この請求項3の内容は願書に最初に添付された特許請求の範囲(補正前の特許請求の範囲)の請求項5に相当するものでした。この補正前の特許請求の範囲では明細書中の「第1の研磨用クッション材」対応する請求項1、2、「第2の研磨用クッション材」に対応する請求項3、4及び「第3の研磨用クッション材」に対応する請求項5、6、といった3つのグループに分けられ、3つのグループ間で「積層一体化」と「接合一体化」は明確に使い分けられています。その上で出願人が審査過程で「接合一体化」を用いた請求項5、6を削除する補正をしています。そうすると、設定登録時の請求項3に対して実質的に請求項5を復活させるように訂正することになるので、これはさすがに無理があったと思います。

(3)このように訂正は認められず、訂正前の特許請求の範囲の内容で争点②、③について判断されることになりましたが、別の理由で異議決定がひっくり返りました。取消理由の根拠となる証拠の一つとして本件出願前に日本国内において公然知られた日本発条株式会社製の高機能薄物ポリウレタンシート・商品名「ニッパレイ EXT」のカタログに記載された発明(本件公知発明)が用いられました。この「ニッパレイ EXT」は「第2の研磨用クッション材」の実施例に用いられ、「第1の研磨用クッション材」の実施例には「ニッパレイ EXG」が用いられています。

(4)しかし、この「ニッパレイ EXT」のカタログには設定登録時の請求項3に記載された積層シートの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」に相当する物性値の記載がありません。「ニッパレイ EXG」のカタログにはこれらの物性値もすべて記載されているようですが「ニッパレイ EXT」と「ニッパレイ EXG」との間にどのような関係が存在するのか示す記載はないようです。

(5)この点について被告(特許庁)の合議体は日本発条に「ニッパレイEXT」の物性値について問い合わせ本件発明と同じであることを確認したそうです。しかし、裁判所は、本件決定の合議体が、本件決定をするに当たり、日本発条に対してどのような方法で問合せをし、どのような回答が得られたのか、その問合せ方法が、行政庁等の公的機関とは異なる一般の第三者でも採り得る通常の方法であることを認めるに足りる証拠はない、と指摘しました。

(6)その結果、合議体が日本発条に問い合わせて得た回答による本件公知発明である「ニッパレイ EXT」のカタログの補強は認められず、このカタログには積層シートの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」に相当する物性値の記載がない、と認定され、本件決定における進歩性の判断は誤りである、と判断されました。

(7)合議体が日本発条にどのように問い合わせしてどのような回答書を受け取ったのか詳しい内容は不明ですが、裁判所は行政側に立つ公的機関である特許庁が情報を取得する際に特に注意を要する、と判断したものと思います。つまり、問い合わされた側にしてみると本来秘密とすべき情報であっても相手が公的機関であるために特別に開示する可能性もあるので、一般人からの問い合わせの場合でも開示される情報であることをきちんと証明しなければならない、ということです。

(8)本件が特許無効審判(あるいはその審決取消訴訟)であって、請求人自身が製造元に確認するのであれば、ここまで厳しい証明は求められなかったと思います。特許の消滅を図るのであれば、証拠の内容を十分検討して特許異議申立か特許無効審判かを選択する必要があります。

2.手続の時系列の整理(特許第5905698号)

 

3.特許請求の範囲の記載

(1)本件補正前

【請求項1】

発泡シートの一方の面に粘着剤層が積層一体化されてなる研磨用クッション材であって、

前記発泡シートは、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が400~600kg/m3であり、引張強さが1.0~3.0MPaであり、伸びが130~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、又は25%圧縮応力が0.30~0.60MPaである条件のうち少なくとも一つを満たすことを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項2】

発泡シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項1に記載の研磨用クッション材。

【請求項3】

発泡シートと合成樹脂シートとが積層一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、

前記積層シートは、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が400~600kg/m3であり、引張強さが1.0~3.0MPaであり、伸びが130~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、又は25%圧縮応力が0.30~0.60MPaである条件のうち少なくとも一つを満たすことを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項4】

積層シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項3に記載の研磨用クッション材。

【請求項5】

発泡シートと合成樹脂シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、

前記積層シートは、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が400~600kg/m3であり、引張強さが1.0~3.0MPaであり、伸びが130~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、又は25%圧縮応力が0.30~0.60MPaである条件のうち少なくとも一つを満たすことを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項6】

積層シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項5に記載の研磨用クッション材。

(2)本件補正後(設定登録時・本件訂正前)

【請求項1】

発泡シートの一方の面に粘着剤層が積層一体化されてなる研磨用クッション材であって、

前記発泡シート(中央部を含む領域に貫通孔を有する発泡シートを除く)は、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が450~600kg/m3であり、引張強さが1.0~2.0MPaであり、伸びが140~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、及び25%圧縮応力が0.30~0.50MPaであることを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項2】

発泡シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項1に記載の研磨用クッション材。

【請求項3】

発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、

前記積層シート(中央部を含む領域に貫通孔を有する積層シートを除く)は、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が450~600kg/m3であり、引張強さが1.0~2.0MPaであり、伸びが140~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、及び25%圧縮応力が0.30~0.50MPaであることを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項4】

積層シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項3に記載の研磨用クッション材。

(3)本件訂正後

【請求項3】

発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、

前記積層シート(中央部を含む領域に貫通孔を有する積層シートを除く)は、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が450~600kg/mであり、引張強さが1.0~2.0MPaであり、伸びが140~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、及び25%圧縮応力が0.30~0.50MPaであることを特徴とする研磨用クッション材。

【請求項4】

積層シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項3に記載の研磨用クッション材。

4.本件決定の理由の要旨

(1)本件決定の理由は、別紙異議の決定書(写し)記載のとおりである。

その要旨は、①本件訂正のうち、請求項1及び2を削除する訂正(本件決定における訂正事項1)は認めるが、請求項3における「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」を「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シート」と訂正し、その結果として請求項3を引用する請求項4も訂正する訂正(以下「訂正事項2」という。)は、特許請求の範囲の減縮(特許法120条の5第2項ただし書1号)を目的とするものではなく、特許請求の範囲を変更(同条9項で準用する同法126条6項)するものであるから、訂正を認めない、②本件発明3及び4は、本件出願前に日本国内において公然知られた日本発条株式会社(以下「日本発条」という)製の高機能薄物ポリウレタンシート・商品名「ニッパレイ EXT」(以下「ニッパレイEXT」という。)に係る発明(以下「本件公知発明」という。)及び特開2011-151373号公報(本件決定・引用文献1。甲7)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項3及び4に係る特許は同法29条2項の規定に違反してされたものである、③本件発明3は、本件出願前の他の特許出願であって本件出願後に出願公開されたものの願書に最初に添付した明細書(以下、図面を含めて、「先願明細書」という。甲3)に記載された発明(以下「本件先願発明」という。)と同一であるから、請求項3に係る特許は同法29条の2の規定に違反してされたものであるというものである。

(2)本件決定が認定した本件公知発明、本件発明3と本件公知発明の一致点及び相違点は、次のとおりである。

ア 本件公知発明

発泡ポリウレタンシートとPETフィルムとが積層一体化されてなる積層シートであって、

前記積層シートは、厚みが0.8mm又は1.0mmであり、密度が550kg/㎥であり、引張強さが1.5MPaであり、伸びが150%であり、ショアA硬度が32であり、及び25%圧縮応力が0.4MPaであるCMP用研磨パッドのバッククッション材として用いられる積層シート。

イ 本件発明3と本件公知発明の一致点及び相違点

(一致点)

「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シートであって、前記積層シート(中央部を含む領域に貫通孔を有する積層シートを除く)は、厚みが0.8mm又は1.0mmであり、密度が550kg/㎥であり、引張強さが1.5MPaであり、伸びが150%であり、ショアA硬度が32であり、及び25%圧縮応力が0.4MPaである積層シート。」である点。

(相違点1)

本件発明3が「研磨用クッション材」であるのに対し、本件公知発明は「発泡シート」である点。

(相違点2)

本件発明3の積層シートが、「一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層」を有するものであるのに対し、本件公知発明の積層シートは積層一体化された粘着剤層を有していない点。

(3)本件決定が認定した本件先願発明は、次のとおりである。

発泡ウレタンからなる支持層と、前記支持層に貼り合わせた感圧式両面テープとを有する積層研磨パッド用接着剤層付き支持層であって、

前記発泡ウレタンからなる支持層がニッパレイEXTである積層研磨パッド用接着剤層付き支持層。

5.当事者の主張

1 取消事由1(訂正要件の判断の誤り)について

(1)原告の主張

本件決定は、①本件明細書及び特許請求の範囲の記載からみて、本件訂正前の請求項3における「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」とは、発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが「積層一体化」、つまり直接重ねられて2層構造で一体化されたもののみを意味して扱われており、中間層を介して3層構造として一体化されたものまでは含まず扱われていると解すべきと認められる、②本件訂正後の請求項3の「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シート」は、本件明細書でも互いに別の構造を意味する扱いとされ、上位下位の関係を形成する記載はないから、訂正事項2は、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正であるとはいえない、③また、訂正事項2は、本件訂正前の請求項3における積層シートが、2層構造で一体化されたものであったのを、本件訂正後に中間層を介して3層構造として一体化されたものとなるよう、発明特定事項を入れ替えたものであるから、特許請求の範囲を変更するものであるとして、訂正事項2に係る訂正は、特許請求の範囲を減縮する目的とはいえず、実質上特許請求の範囲を変更するものである旨判断した。

ア しかしながら、本件明細書では、「積層」と「接合」について積極的な定義はされていないところ、一般に、「積層」とは、「複数の層を積み重ねること。」を、「接合」とは、「つぎあわすこと。」を、「接着」とは、「くっつくこと。また、くっつけること。」を意味する(広辞苑第七版)。このような用語の一般的な意義に照らすと、「積層」と「接合」(接着)の用語は、全く別の構造のものを指すものではない。

加えて、化学機械研磨(CMP)の技術分野では、本件出願当時、多層から構成される研磨用クッション材の構造は周知であり(甲32ないし35)、発泡体と非発泡体の積層に関し、他の発明でも、両面テープ等によって「接着、積層」されていると記載されている例があり(甲33、35)、「接着」と「積層」の用語の厳密な使い分けはされていない。

そうすると、「積層」が接着剤等で2層を接着する場合を除外するような解釈は成り立ち得ないというべきであり、本件訂正前の請求項3における「積層一体化」は、直接重ねられて2層構造で一体化されたもののみを意味するものとはいえない。

また、多層から構成される研磨用クッション材の構造は周知技術に過ぎず、本件発明3の目的効果は、「低い押圧力での研磨加工であっても被研磨物に係る押圧力を均一にすることができると共に、被研磨物を損傷させずに平坦に保持することができ、被研磨物を均一に平坦化することが可能となる。」(本件明細書の【0010】)というものであって、その効果は、研磨用クッション材の物性を特定する条件を満たすことによって奏するものであるから、積層シートが2層構造で一体化されたものであるのか、中間層を介して3層構造として一体化されたものであるのかは、前提事項の構造の微細な相違に過ぎない。

さらに、そもそも、「積層」と「接合」は、いずれも「複数の層を積み重ねること。」という意味において共通するものであり、本件明細書記載の「第3の研磨用クッション材」の場合(【0032】、図5及び6)の中間層を「接合」としたのは、他の2部材(発泡シートと樹脂シート)が積層され、かつ、これらの部材をつなぎ合わせていることをより詳細な表現により明確にしたものである。請求項3に係る訂正は、このように特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の中で使用されている共通した概念である「積層」を「接合」の用語に変えただけであるから、発明特定事項の入れ替えに当たるとしても、第三者に不測の損害を与えるものではないし、訂正内容は、本件発明3の目的効果に含まれるものといえる。

したがって、本件決定の挙げる①ないし③は、いずれも失当であり、請求項3に係る訂正は、実質的に特許請求の範囲を変更するものとはいえない。

イ 被告は、後記のとおり、請求項3に係る訂正は、本件出願の審査過程において、拒絶理由通知によりサポート要件違反の指摘を受け、請求項を削除することにより権利取得した後に、本件明細書記載の実施例に基づいて、削除した請求項に係る発明を再びクレームアップするものであり、特許査定時の特許請求の範囲の記載を信頼する第三者に不測の不利益をもたらし、禁反言の法理にも反する旨主張する。

しかしながら、請求項を削除する補正は、それが拒絶理由通知への対応としてされたものであっても、直ちに当該請求項に係る内容を権利範囲から除外したことを意味するものではない。そして、前記アのとおり、請求項3に係る訂正内容は本件発明3の目的効果に含まれるから、訂正によって第三者に不測の損害を与えるものではない。

また、特許異議手続は、特許庁との関係で権利付与の相当性が再吟味されるものであって、特許権の権利行使の場面ではないから、禁反言の法理が作用するものではない。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

ウ 以上によれば、請求項3に係る訂正は、発泡シートと合成樹脂非発泡シートを一体化する方法について限定していない本件発明3の積層シートの構造を、中間層を介して一体化したものに限定したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。

よって、訂正事項2(請求項3及び4)に係る訂正は、特許請求の範囲を減縮する目的とはいえず、実質上特許請求の範囲を変更するものであるとした本件決定の判断は、誤りである。

(2)被告の主張

ア(ア)「積層」とは、「複数の層を積み重ねること。」であり、接着を必ず含む概念ではなく、接着剤の層を介して2層を接着する意味が必ず含まれるというものではない。

一方、「接合」とは、「つぎあわすこと。」であって、2つのものをつなぎ合わせる意味であり、固着することが前提となっている。

そうすると、「接合一体化」とは、一般的には、2つの層を何らかのつなぎ合わせる手段でつなぎ合わせた上で一体化することを意味するものであり、「2層を積み重ねた上で一体化」する「積層一体化」とは、明らかに構造が異なるから、特許請求の範囲の記載においては、「積層一体化」と「接合一体化」とは異なる構造のものと把握される。

(イ)本件明細書において、「積層一体化」の語が用いられているのは、発泡シートと合成樹脂非発泡シートとを、2つの層の間に何の層も介在させずに直接積層させた上で一体化している構造について説明している箇所に限られている(【0007】~【0010】、【0012】、【0020】、【0021】、【0030】~【0032】、【0041】、【0042】、【0050】、【0058】、【0085】、【0104】、【0106】)。

一方、本件明細書において、「接合一体化」の語が用いられているのは、接合する対象の2層の間に別の中間層を挟んで当該中間層による2層の接合を行うことを説明する箇所に限られ(【0009】、【0032】、【0082】)、「接着一体化」の語は、粘着剤層又は接着剤層を介して、2つの層を接着して一体化する意味にのみ用いられている(【0010】、【0086】、【0115】、【0116】)。

このように本件明細書では、接合構造や接合方法が異なるものについて、全て用語を統一して厳密に使い分けている。

(ウ)以上の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載に照らせば、本件発明3(請求項3)の「積層一体化」には、中間層を介して2層を一体化する「接合一体化」は含まれないと解される。

そして、請求項3に係る訂正は、本件発明3の「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化され」たもの、つまり「発泡シート」と「合成樹脂非発泡シート」の2層が直接積層されて一体化していたもの(本件明細書の図3及び4)を、本件訂正発明3の「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化され」たもの、つまり「発泡シート」と「合成樹脂非発泡シート」との間の「中間層」によって両シートを接合し一体化するもの(図5及び6)に変更するものであり、請求項3を「中間層を介して」という別の意味を表す表現に入れ替えることで、発明特定事項を入れ替え、特許請求の範囲をずらしているといえる。

そうすると、請求項3に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえず、実質的に特許請求の範囲を変更するものに該当する。

イ 「発泡シート」と「合成樹脂非発泡シート」との間の「中間層」によって両シートを接合し一体化するもの(図5及び6)は、本件補正前の旧請求項5及び6に係る発明に対応するものであるところ、原告は、本件出願の審査過程において、旧請求項5及び6に係るサポート要件違反の同年9月7日付けの拒絶理由通知(甲15)を受けたため、自発的に旧請求項5及び6を特許請求の範囲から削除する本件補正を行うとともに、この削除によりサポート要件違反の拒絶理由が解消した旨を記載した意見書(甲16)を提出した後、旧請求項5及び6を除く、本件補正後の請求項1ないし4に係る発明(本件発明1ないし4)について本件特許の特許査定を受けた。

一般の第三者がこのような審査手続の経緯を確認した場合、本件発明1ないし4の権利範囲は、削除された旧請求項5及び6に対応する研磨用クッション材のように、発泡シートと合成樹脂非発泡シートとの間に中間層を介して接合一体化されてなる構造の積層シートにまで及ぶとは当然考えないものと認められる。それにもかかわらず、本件訂正によって、本件特許の権利範囲から除外されたはずの旧請求項5及び6に対応する研磨用クッション材が本件特許の権利範囲として復活してしまうことは、一般の第三者にとっては、特許査定時の特許請求の範囲では特許侵害にならなかった行為に対し突然権利侵害が発生するという予測し得なかった事態が生じることになり、不測の不利益をもたらすものといえる。

また、禁反言の法理は、権利行使の場面で用いられるものに限られるものではなく、広く特許権利化の実務の際にも適用されるものである。

したがって、訂正事項2に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものといえる。

ウ 以上によれば、訂正事項2(請求項3及び4)に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく、特許請求の範囲を実質的に変更するものであるから、訂正事項2に係る本件訂正を認めなかった本件決定の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件公知発明を主引用例とする本件発明3及び4の進歩性の判断の誤り)について

(1)原告の主張

ア 本件公知発明の認定の誤り

本件決定は、日本発条作成の「高密度薄物シート状ウレタン ニッパレイ NIPPALAY」と題するカタログ(本件決定・引用文献4。甲5。以下「甲5のカタログ」という。)及び日本発条作成の「NIPPALAY」と題するカタログ(本件決定・引用文献5。甲4。以下「甲4のカタログ」という。)の記載事項から、甲5のカタログに掲載されたニッパレイEXTは、甲4及び甲5のカタログに掲載されたニッパレイEXGの片面に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成しただけのものであると認定した上で、ニッパレイEXTの物性値のうち、甲5のカタログ記載の「厚み」、「密度」及び「25%圧縮応力」については、カタログ記載の当該数値を採用し、甲5のカタログに記載のない「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、ニッパレイEXGと同じく、「引張強さが1.5MPa、伸びが150%、ショアA硬度が32」とみて差し支えないものと認められる旨認定し、これらの数値を採用して、本件公知発明を認定した。

しかしながら、以下のとおり、本件決定の上記認定は誤りである。

(ア)甲5のカタログに記載された製品が、どのような2層構造か、発泡による直接作製か熱融着かなどについての裏付けがない。

仮にニッパレイEXTが、ニッパレイEXGに単に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成しただけのもので、しかも、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」について、PETフィルムが貼り合わされているという構成の影響が一切なく、ニッパレイEXGと同じ物性値であるならば、むしろ甲5のカタログには、ニッパレイEXTの物性値としてニッパレイEXGと同じ物性値が記載されてしかるべきであるのに、それらの記載がない。

また、甲5のカタログには、「物性値」の「EXT」欄に記載されている値が、EXTに含まれている発泡シートのみの値であるのか、EXTという積層体(積層シート)全体の値であるのか記載がない。

そして、ニッパレイEXTという積層体(積層シート)全体の値であるとすれば、ニッパレイEXGにPETフィルム(密度1300~1400kg/㎥)を貼り合わせたニッパレイEXTの密度が、ニッパレイEXGと同じ550kg/㎥であるということはありえない(甲26)。

さらに、甲4のカタログ記載のニッパレイEXGの「圧縮応力」のグラフでは、「compression(%)」が「25%」の場合の圧縮応力が「0.4Mpa」であることを示しているところ、同グラフから、「compression(%)」の値が大きくなるにつれ、圧縮応力(MPa)の値が大きくなっていることを理解できること、通常、試料を圧縮すれば圧縮するほど必要な力は大きくなることに照らすと、上記「25%」の場合の圧縮応力が「0.4Mpa」というのは、測定対象の試料について「圧縮前の厚みの25%分を圧縮したとき」の応力を示したものとみるのが自然であり、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの「25%圧縮応力」も、このよう意味で記載されたとみるのが自然である。

他方で、本件発明3の「25%圧縮応力」は、「圧縮前の試験片の厚みの25%の厚みとなるまで」圧縮したときの応力(本件明細書の【0113】)を意味することに照らすと、甲4及び甲5のカタログには、本件発明3の「25%圧縮応力」に関する開示はないというべきである。

以上によれば、甲5のカタログ記載の記載事項から、ニッパレイEXTの物性値の構造及び物性値を認定することはできないから、本件決定認定の本件公知発明の「積層シート」の各物性値は、いずれも誤りである。

(イ)原告が平成30年6月にニッパレイEXG及びニッパレイEXTを試料として行った物性値の測定実験の結果(甲38)によれば、試料「ニッパレイEXT」は、「密度」、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」の各項目において、甲5のカタログ記載の数値範囲をいずれも満たしていなかった。

このことは、ニッパレイEXTは、同じ製品であっても、個々の製品ごとに物性値にばらつきがあり、甲5のカタログ記載のとおりの物性値を必ずしも有しているとは限らないことを示すものといえる。

(ウ)被告提出の被告が日本発条に対して独自に問合せをしたことに対する回答結果を記載した回答書(乙2の1。以下「本件回答書」という。)及び「Technical Data Sheet」(以下「本件データシート」という。乙3)は、甲5のカタログの記載事項が本件出願前に公知かどうかの事実そのものを本件訴訟手続で立証しようとするものであり、本件出願時の当業者の技術水準を立証することを目的とするものではないから、このような証拠は採用されるべきではなく、少なくともその証明力は否定されなければならない。

また、本件回答書には、「Q3.」に対する回答として、ニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」について甲5のカタログに記載がないのは、「PETが一体であるため測定できない」との記載があり、この回答によれば、当該カタログ記載の物性値はニッパレイEXT自体を測定したものとはいえない。

さらに、被告は、甲5のカタログに貼付されたニッパレイEXTのサンプルを用いて測定したり、又は日本発条に問い合わせることなどにより、ニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」を容易に確認することができる旨主張するが、PETフィルムを剥がして測定すべきであるということはできない。なお、甲38添付の別紙④の日本発条作成の「製品検査成績表」は、一部マスキングしているように何人も入手できる資料ではないし、そもそも、ニッパレイEXGの資料であって、ニッパレイEXTの資料ではない。

したがって、甲5のカタログに記載のないニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」が同カタログ記載のニッパレイEXGの物性値と同じであるとする被告の主張は、理由がない。

イ 小括

以上のとおり、本件決定は、本件公知発明の認定を誤り、その結果、本件発明3と本件公知発明との一致点の認定を誤り、相違点を看過したものである。

したがって、その余の点について検討するまでもなく、本件公知発明及び甲7(本件決定・引用文献1)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとした本件決定における本件発明3の進歩性の判断は誤りである。

同様に、本件決定における本件発明3の特定事項を全て含む本件発明4の進歩性の判断も誤りである。

(2)被告の主張

ア 本件公知発明の認定について

本件決定は、以下のとおり、本件出願前に販売されていた日本発条製の商品「ニッパレイEXT」と、甲5のカタログ記載のニッパレイEXTの物性値、甲4及び甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの物性値及び日本発条に対するニッパレイEXTに関する問合せの回答結果に基づいて本件公知発明を認定した。

(ア)本件明細書の「実施例2」で用いられたニッパレイEXT(【0106】)が「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」という構造を有していることを、甲5のカタログを参照し、日本発条に問い合わせて確認して認定した。

(イ)ニッパレイEXTの物性値のうち、「厚み」、「密度」及び「25%圧縮応力」については、甲5のカタログ記載のニッパレイEXTの各数値(「0.8/1.0」、「550」及び「0.4」)に基づいて、本件明細書の「表1」記載のとおりであることを確認して認定した。

ニッパレイEXTの物性値のうち、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、甲5のカタログに記載がないが、ニッパレイEXTは、ニッパレイEXGの片面に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成しただけのものと認められるので、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」と同じであるとみて差し支えないと考え、ニッパレイEXGの各数値(「1.5」、「150」及び「32」)に基づいて、本件明細書の「表1」記載のとおりであることを確認して認定した。

すなわち、本件明細書には、「引張強さ」の測定は、「JIS K6400」で規定された方法に準拠して行ったとの記載があるところ(【0110】)、「JIS K6400」の当該規定は、軟質発泡材料の破断強度の測定とされているから、計測対象は軟質発泡材料と見るべきである。本件発明3における軟質発泡材料の部分は、「発泡シート」の部分であり、ニッパレイEXTでは、ニッパレイEXGの主体部分である発泡シートの箇所に相当するから、ニッパレイEXTの「引張強さ」の値を認定するのに、ニッパレイEXGの「引張強さ」の値を参照することには十分な合理性がある。

また、「伸び」の測定についても、「JIS K6400」で規定された方法に準拠して行ったとの記載があるから(【0111】)、これと同様である。

さらに、「ショアA硬度」の測定については、「JIS K6253」で規定された方法を用いて測定し、積層シートについては、積層シートのポリウレタン系樹脂が発泡された面について測定を行ったとの記載があること(【0112】)、当該規格の計測は、加硫ゴム及び熱可塑性ゴムの硬さの測定であること、本件発明3におけるゴム弾性に準ずる部分は、主体の発泡シート部分のみであり、PETフィルムがゴム弾性を有することはないこと、本件発明3においてクッション性を支配する部材は主体の発泡シート部分であることからすると、「ニッパレイEXT」の「ショアA硬度」を得るためには、発泡シートを主体とした「ニッパレイEXG」の数値を参照できる関係にあるといえる。

したがって、ニッパレイEXTは、ニッパレイEXGの片面に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成しただけのものと認められるので、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」と同じであると認定して差し支えない。

(ウ)仮に前記(イ)のような考慮をしなかったとしても、ニッパレイEXTの物性値のうち、甲5のカタログに記載のない「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、当業者が、日本発条に問い合わせたり、カタログ添付のサンプルを自らJIS規格等に従って測定すること、さらには、日本発条が顧客に製品の納品の際に提供する「製品検査成績表」を同社から取得することなどにより、極めて容易に確認することができるから、公然知られ得る状態にある事項であるといえる。

被告は、念のため日本発条に対して再度の問合せを行ったところ、日本発条から本件回答書(乙2の1)及び本件データシート(乙3)を得 た。

そして、本件データシート記載のニッパレイEXT及びニッパレイEXGの物性値は、甲5のカタログ記載の物性値と同一であること、本件回答書には、ニッパレイEXTのPETシートをはがして「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」の3項目を測定した場合、ニッパレイEXGの当該物性値と同様の値になると考えられる旨の記載があることからすると、本件決定において、ニッパレイEXTの物性値のうち、甲5のカタログに記載のない「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」をニッパレイEXGの当該物性値に基づいて推認したことに誤りはない。

(エ)以上によれば、本件決定における本件公知発明の認定に誤りはない。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、発泡シートの特性にはばらつきがあり、実際の製品を測定した結果(甲38)も、甲5のカタログの記載と異なる旨主張する。

しかしながら、被告は、日本発条に対して再度の問合せを行い、日本発条から本件回答書(乙2の1)及び本件データシート(乙3)を得たところ、本件データシート(2018年7月24日時点のデータ)記載の値は、甲5のカタログ(2008年5月作成)記載の物性値と同一であること、本件回答書には、「ニッパレイEXT」のPETシートを剥がして引張強さ、伸び及びショアA硬度の3項目を測定した場合、「ニッパレイEXG」の物性値と同様の値になると考えられる旨の記載があることに鑑みると、ニッパレイEXTの上記3項目の物性値をニッパレイEXGの物性値に基づいて推認したことに誤りはない。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(イ)原告は、甲4及び甲5のカタログ記載のニッパレイEXTの「25%圧縮応力」は、「圧縮前の厚みの25%分を圧縮したとき」の応力を示したものであるのに対し、本件発明3の「25%圧縮応力」は、「圧縮前の試験片の厚みの25%の厚みとなるまで」圧縮したときの応力を意味するから、甲4及び甲5のカタログには、本件発明3の「25%圧縮応力」に関する開示はない旨主張する。

しかしながら、本件データシートには、25%圧縮応力の試験方法として、「JIS K6254」と記載されており、JIS K6254の規格書等(乙4ないし6)によれば、当該JIS規格に定められた「25%圧縮応力」は、圧縮ひずみ(変形寸法すなわち圧縮量)が元の厚さの25%の厚みまで圧縮した際の応力を測定したものであることに照らすと、本件発明3の「25%圧縮応力」は、「圧縮前の試験片の厚みの25%の厚みとなるまで」圧縮したときの応力を意味するものではなく、「圧縮前の厚みの25%分を圧縮したとき」の応力を意味する。

したがって、原告の上記主張は、その前提において誤りがある。

ウ 小括

以上のとおり、本件決定による本件公知発明の認定及び本件発明3との一致点及び相違点の認定に誤りはないから、原告主張の取消事由2は理由がない。

3 取消事由3(本件発明3と本件先願発明との同一性の判断の誤り)について

(1)原告の主張

本件決定は、先願明細書から前記第2の3(3)のとおりの本件先願発明を認定した上で、本件先願発明の「積層研磨パッド用接着剤付き支持層」は、本件発明3の「研磨用クッション材」に相当すること、本件先願発明の「発泡ウレタンからなる支持層」は「ニッパレイ EXT」であり、本件公知発明の認定を勘案すると、その厚み、密度、引張強さ、伸び、ショアA硬度、及び25%圧縮応力の各物性値は、本件発明3の積層シートの各物性値の数値範囲内のものであるとして、本件発明3は本件先願発明と同一である旨判断した。

しかしながら、先願明細書には、「発泡ウレタンからなる支持層」の構造及び物性値の記載は一切ないこと、「発泡ウレタンからなる支持層」がニッパレイEXTであるとしても、ニッパレイEXTの構造及び物性値が、本件発明3の構造及び物性値と一致しているとはいえないことは、前記2(1)において主張したとおりであることからすると、本件先願発明の「発泡ウレタンからなる支持層」は、本件発明3の「積層シート」と構造及び物性値において一致しているとはいえない。

また、本件先願発明の「積層研磨パッド用接着剤付き支持層」は、「発泡ウレタンからなる支持層」であるのに対し、本件発明3の「研磨用クッション材」は、「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」であること、本件先願発明の「積層研磨パッド用接着剤付き支持層」とは、先願明細書の実施例1に記載されている「積層研磨パッド」の一部を取り出したものにすぎず(【0093】)、その部分だけでは社会通念上の「研磨用クッション材」に該当しないことからすると、本件先願発明の「積層研磨パッド用接着剤付き支持層」が、本件発明3の「研磨用クッション材」に相当するとは認められない。

したがって、本件先願発明が本件発明3と同一であるとした本件決定の判断は誤りである。

(2)被告の主張

先願明細書記載の「発泡ウレタンからなる支持層(日本発条社製のニッパレイEXT)」(【0093】)は、「片面にスキン層を有する熱硬化性ポリウレタン発泡シート(日本発条社製、ニッパレイEXT、厚み0.8mm)」(【0097】)と同一製品であり、「スキン層」は「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート」を意味しているから、本件先願発明の「発泡ウレタンからなる支持層」は、「ニッパレイEXT」であり、ニッパレイEXTは、ニッパレイEXGに単に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成した積層体である。

そして、先願明細書にニッパレイEXTの構成や各物性値の記載や示唆がなくとも、先願明細書の記載に接した当業者は、ニッパレイEXTの実物を分析したり、製造者である日本発条に問い合わせることによって、ニッパレイEXTが「発泡ウレタンとPETフィルムとの積層体」であることを確認すること、甲5のカタログに明記された物性値(厚み、密度、25%圧縮応力)を参照したり、甲5のカタログに記載されている物性値の項目(引張強さ、伸び、ショアA硬度)を測定することなどにより得られる事項は、さしたる困難を伴わずして確認が可能な事項であるから、これらの事項は、いずれも、先願明細書に記載されているのに等しい事項である。

そして、ニッパレイEXTと本件発明3の「積層シート」の構造及び物性値が一致していることは、前記2(2)で主張したとおりである。

そうすると、本件発明3と本件先願発明は同一であるといえるから、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない。

以上によれば、原告主張の取消事由3は理由がない。

5.裁判所の判断

1 取消事由1(訂正要件の判断の誤り)について

(1)本件明細書の記載事項について

ア 本件明細書(甲11)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「図1」から「図8」及び「表1」については別紙1を参照)。

-省略-

イ 前記アの記載事項によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、次のような開示があることが認められる。

(ア)半導体デバイスなどの被研磨物は、低い押圧力でより均一に研磨加工し、その表面の平坦性を高めることが望まれており、被研磨物や研磨材を研磨機に固定するために用いられる研磨用クッション材においても、押圧力をさらに均一にするめにクッション性の向上が求められているが、従来の研磨用クッション材では、単にクッション性を向上させようとすると剛性が低下して柔らかくなり過ぎ、被研磨物や研磨材を平坦に保持できなくなるという問題があった(【0001】、【0003】、【0005】)。

(イ)「本発明」の目的は、上記問題を解決し、低い押圧力での研磨加工時にも優れたクッション性を発揮すると共に、被研磨物や研磨材を平坦に保持することができる研磨用クッション材を提供することにあり(【0006】)、「本発明」の「第1ないし第3の研磨用クッション材」は、「発泡シート」、発泡シートと合成樹脂シートとが積層一体化されてなる「積層シート」、又は発泡シートと合成樹脂シートとが粘着剤層を介して接着一体化されてなる「積層シート」が、厚み、密度、引張強さ、伸び、ショアA硬度及び25%圧縮応力について「所定の条件」を満たす構成を採用したことにより、優れたクッション性及び剛性を有し、低い押圧力での研磨加工であっても被研磨物に係る押圧力を均一にすることができると共に、被研磨物を損傷させずに平坦に保持することができ、被研磨物を均一に平坦化することが可能となるという効果を奏する(【0007】~【0010】)。

(2)訂正事項2に係る訂正要件について

原告は、本件決定が、本件発明3の請求項3における「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」を「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シート」と訂正し、その結果として請求項3を引用する請求項4も訂正する訂正(訂正事項2)は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく、特許請求の範囲を変更するものであるから、訂正要件を満たしていない旨判断したのは誤りである旨主張する。

本件発明3の特許請求の範囲(請求項3)には、「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材」との記載があるが、上記記載中の「積層一体化」の文言の意義を規定した記載はない。また、本件発明1、2及び4の特許請求の範囲(請求項1、2及び4)においても、「積層一体化」の文言の記載があるが、この文言の意義を規定した記載はない。

「積層」とは、一般に、「複数の層を積み重ねること。」を意味することから(広辞苑第七版)、本件発明3の「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」とは、発泡シートと合成樹脂非発泡シートという2つの層が積み重ねられて一体化されたシートであると理解することができる。

イ 次に、本件明細書の発明の詳細な説明には、「積層一体化」の語を定義した記載はない

しかるところ、前記(1)アの本件明細書の記載事項を総合すると、本件明細書記載の「第1の研磨用クッション材」(【0007】、【0012】、図1)は、本件発明1の実施形態に、「第2の研磨用クッション材」(【0008】、【0021】、図3)は、本件発明3の実施形態にそれぞれ対応することを理解できる。

図3には、発泡シート21aと合成樹脂シート21b、合成樹脂シート21bと粘着剤層22aがそれぞれ直接接触していることが示されている。

また、本件明細書には、積層シートの作製方法に関し、「ポリオレフィン系樹脂及び熱分解型発泡剤からなる発泡性樹脂組成物の溶融混練物を押出成形する際に、前記押出成形物を合成樹脂シート上に直接、押し出すことにより、合成樹脂シートにポリオレフィン系樹脂発泡シートが積層一体化されている積層シートを作製することができる。」(【0050】)、「また、合成樹脂シート上でポリウレタン系樹脂発泡シートの原料を反応させて発泡及び硬化させることにより、ポリウレタン系樹脂発泡シートの製造と共に当該シートの一方の面に合成樹脂シートが積層一体化されてなる積層シートを製造することができる。」(【0058】)との記載があり、「積層一体化」の語は、合成樹脂シート上に発泡シートを直接作製する場合の説明に用いられている。このほか、本件明細書においては、「積層一体化」の語は、2層の間に層を介在させずに直接重ね合わせた上で一体化した構成のものにのみ用いられている(【0007】~【0010】、【0012】、【0020】、【0021】、【0030】~【0032】、【0041】、【0042】、【0085】、【0106】、図1ないし6等)。

他方で、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件訂正後の請求項3における「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シート」にいう「接合一体化」の語を定義した記載はない

しかるところ、前記(1)アの本件明細書の記載事項を総合すると、本件明細書記載の「第3の研磨用クッション材」(【0009】、【0032】、図5)は、本件訂正後の請求項3に係る発明(本件訂正発明3)の実施形態に対応することを理解できる。

本件明細書には、「次に、本発明の第3の研磨用クッション材の断面図を図5に示す。本発明の第3の研磨用クッション材は、発泡シート31aと合成樹脂シート31bとが中間層31cを介して接合一体化されてなる積層シート31と、この積層シート31の合成樹脂シート31b上に積層一体化されている粘着剤層32aとを有する。」(【0032】)との記載がある。図5には、「接合一体化」されてなる発泡シート31aと合成樹脂シート31bとの間には中間層31cが存在することが示されているのに対し、「積層一体化」されている合成樹脂シート31bと粘着剤層32aとの間には、別の層は存在せず、両者が直接接触していることが示されている。

このほか、本件明細書においては、「接合一体化」の語は、2層の間に別の中間層を介して2層の接合を行う構成のものに用いられている(【0009】、【0082】)。

以上のとおり、本件明細書には、「積層一体化」及び「接合一体化」の語を定義した記載はないものの、「積層一体化」の語は、2層の間に層を介在させずに直接重ね合わせた上で一体化した構成のものに、「接合一体化」の語は、2層の間に別の中間層を介して2層の接合を行う構成のものにそれぞれ用いられていることを理解できる

ウ(ア)本件特許の出願経過(前記第2の1)によれば、次の事実が認められる。

a 原告は、平成27年5月29日付けで手続補正(甲14)をし、この手続補正により、本件特許の特許請求の範囲は、旧請求項1ないし6(前記第2の2(1))のとおりとなった。

旧請求項5の記載は、「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材であって、前記積層シートは、厚みが0.3~3.0mmであり、密度が400~600kg/㎥であり、引張強さが1.0~3.0MPaであり、伸びが130~160%であり、ショアA硬度が25~40であり、及び25%圧縮応力が0.30~0.60MPaであることを特徴とする研磨用クッション材。」、旧請求項6の記載は、「積層シートの他方の面に粘着剤層がさらに積層一体化されてなることを特徴とする請求項5に記載の研磨用クッション材。」というものである。

旧請求項5及び6は、「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材」の構成を含むものであった。

b 原告は、平成27年9月7日付けの拒絶理由通知(甲15)を受けたため、同年11月16日付けで、旧請求項1ないし4を補正し、旧請求項5及び6を削除する旨の本件補正(甲17)をするとともに、同日付けの意見書(甲16)を提出した。

本件補正により、旧請求項5及び6が削除された結果、本件特許の特許請求の範囲は、請求項1ないし4(前記第2の2(2))のとおりとなった。

上記拒絶理由通知(甲15)中には、旧請求項5及び6について、「明細書に、実施による作用効果が記載も示唆もされていないため、請求項5、6にかかる発明により課題が解決できることは、明細書により十分に裏付けられていない」ため、発明の詳細な説明に記載したものではない旨の拒絶理由の記載がある。

原告作成の上記意見書(甲16)中には、旧請求項5及び6についての上記拒絶理由通知について、「補正前の請求項5、6は削除いたしましたので、ご指摘の拒絶理由は解消したものと思料いたします。」との記載がある。

その後、原告は、平成28年3月25日、本件補正後の請求項1ないし4について、本件特許の特許査定を受けた。

c 原告は、本件特許異議申立事件の審理中に、平成29年6月23日付けの取消理由通知(甲21)を受けたため、同年8月28日付けで、請求項1及び2を削除し、請求項3及び4を訂正する旨の本件訂正(甲23の1及び2)をした。

本件訂正により、本件特許の特許請求の範囲は、本件訂正後の請求項3及び4(前記第2の2(3))のとおりとなった。

本件訂正後の請求項3及び4は、いずれも「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シートと、前記積層シートの一方の面に積層一体化されてなる粘着剤層とを有する研磨用クッション材」の構成を含み、本件訂正後の請求項3は旧請求項5に、本件訂正後の請求項4は旧請求項6にそれぞれ対応するものである。

(イ)前記(ア)の本件特許の出願経過によれば、原告は、平成27年9月7日付けの拒絶理由通知を受けて、旧請求項5及び6の拒絶理由を解消するため、本件補正により自発的に旧請求項5及び6を削除し、本件特許の特許査定がされたものであるから、旧請求項5及び6に係る発明を本件特許の権利範囲から意識的に除外する意思を表明したものと認められる。

そして、本件特許の上記出願経過に接した第三者においては、旧請求項5及び6に係る発明は本件特許の権利範囲から除外されたものと理解するものと認められる。

しかるところ、本件訂正後の請求項3及び4(訂正事項2)は、本件補正により削除した旧請求項5及び6に係る「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが中間層を介して接合一体化されてなる積層シート」の構成を含む発明を実質的に復活させる内容のものといえるから、訂正事項2に係る訂正は、本件特許の出願経過において旧請求項5及び6を削除したことと相反する行為であって、これを認めることは、本件特許の出願経過に接した第三者に不測の損害を及ぼすおそれがあるものと認められる。

(ウ)これに対し原告は、①旧請求項5及び6を削除する本件補正は、それが拒絶理由通知への対応としてされたものであっても、直ちに当該請求項に係る内容を権利範囲から除外したことを意味するものではない、②請求項3に係る訂正内容は本件発明3の目的効果に含まれるから、訂正によって第三者に不測の損害を与えるものではない、③特許異議手続は、特許庁との関係で権利付与の相当性が再吟味されるものであって、特許権の権利行使の場面ではないから、禁反言の法理が作用するものではないなどと主張する。

しかしながら、前記(イ)の認定事実に照らすと、原告の上記主張は採用することができない。

エ 以上の本件発明3の特許請求の範囲(請求項3)の記載、本件明細書の記載及び本件特許の出願経過等に鑑みると、請求項3における「発泡シートと合成樹脂非発泡シートとが積層一体化されてなる積層シート」にいう「積層一体化」とは、発泡シートと合成樹脂非発泡シートの2層を直接重ね合わせた上で一体化した構成を意味し、2層の間に別の中間層を介して一体化した構成のものは含まないと解するのが相当である。

そうすると、訂正事項2に係る訂正は、発泡シートと合成樹脂非発泡シートの2層が直接接触されて一体化した積層シートを、発泡シートと合成樹脂非発泡シートとの間に中間層を介して一体化した積層シートに変更するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるということはできず、実質上特許請求の範囲を変更するものであると認められる

したがって、訂正事項2に係る訂正は訂正要件を満たしていないとした本件決定の判断に誤りはない。

(3)小括

以上のとおり、訂正事項2に係る訂正を認めなかった本件決定の判断に誤りはないから、原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件公知発明を主引用例とする本件発明3及び4の進歩性の判断の誤り)について

(1)ニッパレイEXT及びニッパレイEXGのカタログ

ア 甲5のカタログは、日本発条が平成20年5月に発行した「高密度薄物シート状ウレタン ニッパレイ NIPPALAY」と題するカタログである(乙2の1)。

同カタログには、別紙2のとおり、「撥水性シリーズ」の製品として、「EXT」、「EXG」などが記載されるとともに、それぞれの製品の「サンプル」が貼付されている。

同カタログの「2-1.物性値」欄には、「厚み」、「密度」、「引張強さ」、「伸び」、「A硬度 Shore-A」及び「25%圧縮応力」の6項目の記載がある。「EXT」については、「厚み」が「0.8/1.0」mm、「密度」が「550」kg/㎥及び「25%圧縮応力」が「0.4」MPaとの記載があるが、「引張強さ」、「伸び」及び「A硬度 Shore-A」の項目は空欄となっている。一方で、「EXG」については、これらの6項目全てについて数値の記載がある。

また、同カタログには、「1.特長と主用途」として「Ⅰ.気密性が高く、撥水性に優れるため、塵、湿気等の侵入を防ぎます。Ⅱ.適度なクッション性があり、ガラスおよびCMP用研磨パッドのバッククッション材として最適です。」との記載がある。

なお、同カタログには、「データは代表値であり、保証値ではありません」、「製品改良のため予告無く仕様変更する場合があります」との記載がある。

イ 甲4のカタログは、日本発条が2002年(平成14年)3月に発行した「NIPPALAY」と題するカタログである。

同カタログには、「製品ラインナップ」の表に「ニッパレイEXG」を含む6製品が掲載され、「ニッパレイEXG」については「CMP・ラッピング用 クッション材」との記載がある。

また、同カタログには、「NIPPALAY EXG」との大見出しの下に、「1.構成」欄に「ウレタンフォーム」と記載されているほか、別紙3のとおり、「2.物性値」欄の「厚み」の項目に「1.25」mm、「密度」の項目に「550」kg/㎥との記載があり、「3.圧縮応力」欄に圧縮応力のグラフが示されている。

さらに、同カタログには、「NIPPALAY」の「特長」として「Ⅰ密度、硬さなどの特性に対して幅広い対応ができます」、「Ⅱ マイクロセル構造で表面に緻密なスキン層を有します」、「Ⅲ 厚み精度に優れています」、「Ⅳ 広幅・長尺品のため加工性に優れています」との記載がある。

なお、同カタログには、「上記データは測定値であり、保証値ではありません」、「製品改良のため予告無く仕様変更する場合があります」との記載がある。

ウ 前記ア及びイによれば、①日本発条製のニッパレイEXT及びニッパレイEXGは、本件出願前(出願日平成23年10月7日)から、製造販売されていたこと、②ニッパレイEXT及びニッパレイEXGは、CMP用研磨のクッション材として使用できること、③ニッパレイEXGは、「ウレタンフォーム」から構成されていること、④ニッパレイEXTの物性値は、「厚み」が「0.8/1.0」mm、「密度」が「550」kg/㎥及び「引張強さ」が「0.4」MPaであることが認められる

一方で、甲4及び甲5のカタログには、ニッパレイEXTの具体的な構造の記載はなく、ニッパレイEXTとニッパレイEXGとの構造上の関係についての記載もない。もっとも、前記アのとおり、甲5のカタログにニッパレイEXT及びニッパレイEXGのサンプルが貼付されていた事実は認められるが、サンプルの具体的な構造については、甲4及び甲5のカタログから認定することはできない。

(2)本件公知発明の認定について

被告は、本件決定は、本件出願前に販売されていた日本発条製の商品「ニッパレイEXT」と、甲5のカタログ記載のニッパレイEXTの物性値、甲4及び甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの物性値及び日本発条に対するニッパレイEXTに関する問合せの回答結果に基づいて本件公知発明を認定したものであり、その認定に誤りはない旨主張するので、以下において判断する。

ア ニッパレイEXTの構造について

被告は、本件決定は、本件明細書の「実施例2」記載のニッパレイEXTが「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」(【0106】)という構造を有していることを、甲5のカタログを参照し、日本発条に問い合わせて確認して認定したものであり、本件決定の認定に誤りはない旨主張する。

しかしながら、当業者は、本件出願前に、本件出願後に公開された本件明細書に接することはできないから、ニッパレイEXTが本件明細書の記載のとおりの構造を有しているかどうかを確認することはできない

また、本件においては、本件決定の合議体が、本件決定をするに当たり、日本発条に対してどのような方法で問合せをし、どのような回答が得られたのか、その問合せ方法が、行政庁等の公的機関とは異なる一般の第三者でも採り得る通常の方法であることを認めるに足りる証拠はない。もっとも、被告が本件訴訟提起後に日本発条にした問合せに対する同社の回答を記載した本件回答書(乙2の1)には、ニッパレイEXTは、「PETの上にEXGを一体発泡させたものがEXTです。(厚さは違いますが)」との記載がある。この記載によれば、ニッパレイEXTは、上記構造を有しているものと認められるが、本件回答書の記載事項は被告が本件出願後に取得した情報であって、一般の第三者が本件出願前に知り得た情報であるとは直ちにはいえない。

加えて、前記(1)ウ認定のとおり、甲5のカタログには、ニッパレイEXTや貼付されたサンプルの具体的な構造についての記載がないのみならず、当業者が、貼付されたサンプルを視認し、又は自ら測定することにより、ニッパレイEXTの上記構造を知り得たことを認めるに足りる証拠はなく、ましてやニッパレイEXTが、PETフィルム上にニッパレイEXGが積層一体化されてなる積層シートであることを知り得たことを認めるに足りる証拠はない

以上によれば、被告主張の本件決定における上記認定手法は相当とはいえず、本件においては、ニッパレイEXTが「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」という構造を有していることが本件出願前に公然知られ得る状態にあったことを認めるに足りる証拠はない

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

イ ニッパレイEXTの物性値について

(ア)被告は、本件決定は、ニッパレイEXTの物性値のうち、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、甲5のカタログに記載がないが、ニッパレイEXTは、ニッパレイEXGの片面に50μm厚のPETフィルムを沿わせて構成しただけのものと認められるので、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」と同じであるとみて差し支えないと考え、ニッパレイEXGの各数値に基づいて、本件明細書の「表1」記載のとおりであることを確認して認定したものであり、本件決定の認定に誤りはない旨主張する。

しかしながら、前記ア認定のとおり、当業者が、本件出願前にニッパレイEXTが、PETフィルム上にニッパレイEXGが積層一体化されてなる積層シートであることを知り得たことを認めるに足りる証拠はない。

また、仮に被告が主張するように当業者がニッパレイEXTの上記構造を知り得たとしても、前記アのとおり、当業者は、本件出願前に、本件出願後に公開された本件明細書に接することはできないから、ニッパレイEXTが本件明細書の記載のとおりの物性値を有していることを確認することはできない。

かえって、甲5のカタログに接した当業者においては、ニッパレイEXGについては6項目の物性値の全てについて記載があるのに、ニッパレイEXTについては、6項目のうち、「引張強さ」、「伸び」及び「A硬度 Shore-A」が空欄となっているのは、これらの物性値は測定できないか、あるいはニッパレイEXGの物性値とは異なるものであると認識するというべきである。また、ニッパレイEXGのようなポリウレタン系樹脂発泡シートはスポンジ状で柔軟な性質を有するのに対し、PETフィルムは結晶性樹脂であるため強靭性を有し、各種ベースフィルムとして用いられること、異なる物性の材料を積層した積層体は、その構成部材の性質や状態によって全体としての物性が変化し得るものであることは、本件出願当時の技術常識であったものと認められる(甲26)。かかる技術常識を踏まえると、甲5のカタログに接した当業者においては、ニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、ポリウレタン系樹脂発泡シートであるニッパレイEXGの各数値と同じ値であることを理解するものとはいえない。

以上によれば、本件決定におけるニッパレイEXTの物性値の「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」の各数値の上記認定手法は相当とはいえず、これらの各数値が、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの値と同じ値であることが、本件出願時に公然知られ得る事項であったと認めることはできない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

(イ)被告は、ニッパレイEXTの物性値のうち、甲5のカタログに記載のない「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」については、当業者が、日本発条に問い合わせること、カタログに貼付されたサンプルをJIS規格等に従って測定すること、日本発条が顧客に製品の納品の際に提供する「製品検査成績表」を同社から取得することなどにより、極めて容易に確認することができるから、公然知られ得る状態にある事項であり、現に被告は日本発条に対して再度の問合せを行い、日本発条から本件回答書(乙2の1)及び本件データシート(乙3)を得た旨主張する。

しかしながら、前記アで説示したとおり、本件回答書の記載事項は被告が本件出願後に取得した情報であって、一般の第三者が本件出願前に知り得た情報であるとは直ちにはいえないし、また、その問合せ方法が、行政庁等の公的機関とは異なる一般の第三者でも採り得る通常の方法であることについての立証はない

また、本件回答書(乙2の1)は、甲5のカタログの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」の3項目に値が記載されていない理由として、「PETが一体であるため測定できないからです。」と回答していること、本件データシート(乙3)には「EXTはペットサポートタイプの為、引張強さ、伸びの物性は測定不能となります。」との記載があることに鑑みれば、当業者が日本発条に問い合わせたとしても、ニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」を容易に確認することができたものと認めることはできない。

さらに、甲5のカタログに貼付されたサンプルをJIS規格等に従って測定した場合に、ニッパレイEXTとニッパレイEXGの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」が同じ値となることを認めるに足りる証拠はない。同様に、日本発条が顧客に製品の納品の際に提供する「製品検査成績表」(ニッパレイEXGについては、甲38の別紙④)を同社から取得できたとしても、ニッパレイEXTの物性値の「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」が、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの値と同じ値であることが本件出願時に公然知られ得る事項であったことを認めることはできない。

したがって、被告の上記主張は、採用することができない。

ウ まとめ

以上のとおり、ニッパレイEXTが「非発泡のポリエチレンテレフタレート(PET)シート(厚さ50μm)上にポリウレタン系樹脂発泡シートが積層一体化されてなる積層シート」という構造を有していることが本件出願前に公然知られ得る状態にあったことを認めることはできない。また、仮にニッパレイEXTの上記構造が公然知られ得る状態にあったとしても、ニッパレイEXTの物性値のうち、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」が、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの値と同じ値であることが、本件出願前に公然知られ得る状態にあったものと認めることはできない

したがって、本件決定認定の本件公知発明のうち、少なくとも「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」の認定に誤りがあるというべきであるから、本件決定における本件公知発明の認定は誤りである。

(3)小括

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件決定は、公知発明の認定を誤り、その結果本件発明3と本件公知発明との一致点の認定を誤り、相違点を看過したことが認められる。

したがって、本件発明3は、本件公知発明及び甲7(本件決定・引用文献1)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとした本件決定の進歩性の判断は誤りである。同様に、本件決定における本件発明3の特定事項を全て含む本件発明4の進歩性の判断も誤りである。

よって、原告主張の取消事由2は理由がある。

3 取消事由3(本件発明3と本件先願発明との同一性の判断の誤り)について

(1)先願明細書の記載事項について

ア 先願明細書(甲3)には、以下のとおりの記載がある。

-省略-

イ 前記アの記載事項を総合すれば、先願明細書には、本件決定認定の本件先願発明の記載があることが認められる。

(2)本件発明3と本件先願発明との同一性について

被告は、①先願明細書にニッパレイEXTの構成や各物性値の記載や示唆がなくとも、先願明細書の記載に接した当業者は、ニッパレイEXTの実物を分析したり、製造者である日本発条に問い合わせることによって、ニッパレイEXTが「発泡ウレタンとPETフィルムとの積層体」であることを確認すること、甲5のカタログに明記された物性値(厚み、密度、25%圧縮応力)を参照したり、甲5のカタログに記載されている物性値の項目(引張強さ、伸び、ショアA硬度)を測定することなどにより得られる事項は、さしたる困難を伴わずして確認が可能な事項であるから、これらの事項は、いずれも、先願明細書に記載されているのに等しい事項であること、②ニッパレイEXTと本件発明3の「積層シート」の構造及び物性値が一致していることからすると、本件発明3は本件先願発明と同一であるといえるから、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない旨主張する。

しかしながら、先願明細書には、実施例1として、「発泡ウレタンからなる支持層」として「ニッパレイEXT」を用いることが記載されているが(【0093】)、同支持層又はニッパレイEXTの「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」についての記載はない。

また、ニッパレイEXTの物性値のうち、「引張強さ」、「伸び」及び「ショアA硬度」が、甲5のカタログ記載のニッパレイEXGの値と同じ値であることが、本件出願前に公然知られ得る状態にあったものと認めることができないことは、前記2(2)ウのとおりである。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

(3)小括

以上のとおり、本件発明3は本件先願発明と同一の発明であるとした本件決定の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由3は理由がある。

4 結論

以上によれば、原告主張の取消事由1は理由がないが、取消事由2及び3はいずれも理由があるから、本件決定は取り消されるべきである。