水道メータ事件

投稿日: 2019/01/11 1:29:17

今日は、平成29年(ワ)第17791号 特許権侵害行為差止等請求事件について検討します。原告であるタカハタプレシジョン株式会社は、判決文によると、計器部品等の製造、販売等を目的とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社Toshinは、精密加工製品及び通信機器の製造、販売等を目的とする株式会社、笛吹精工株式会社は、プラスチック製品等の企画、設計、製造、販売等を目的とする株式会社で、笛吹精工株式会社の代表者は、昭和62年に原告に入社し、平成22年に原告を退社したそうです。

 

1.検討内容

(1)本件発明は水道メータのマグネット歯車に関するもので、要は、軸部の一端側に歯車部が設けられ、軸部の軸方向に移動可能となる間隙が設けられるように構成されたマグネット部材の貫通孔にこの軸部を挿入し、この軸部の他端側に設けられたカシメ用突起の突出部を熱カシメするというものです。

(2)判決は、侵害を認めず原告の請求を棄却するというものでした。判決文の中で、被告製品が本件特許に抵触するか否かについて判断はされず、特許の有効性についてのみ判断が示されていました。これは本件特許の出願日(平成25(2013年)4月5日)よりも前に原告は、本件発明と同一の構成を有する原告マグネット歯車が組み込まれた接線流羽根車複箱乾式デジタル表示メータ2台(原告各メータ(平成21年(2009年)))を譲渡していた、という被告の主張に沿ったものです。

(3)原告は原告各メータには間隙が存在しなかった、と主張しました。その上で、被告が測定した結果、間隙が認められた点については8年間の使用による経年劣化によるものであると主張しました。

(4)これに対して裁判所は、原告は、原告各メータが製作された平成21年当時においては、当時の原告の熱カシメ機により軸部の回転軸線方向の間隙が生じないようにすることは可能であったと主張するが、現時点においても軸部の回転軸線方向の間隙がない実験用マグネット歯車を製作することが困難なことを考慮すると、平成21年当時も同様に軸部の回転軸線方向の間隙が生じることは不可避であったと推認される、と判断しました。つまり、昔から今まで間隙を設けない構成とする方が間隙を設ける構成とするよりも困難である、と認定し、本件特許の出願前にわざわざ難しい間隙を設ける製造方法としていたという主張は受け入れられない、と結論付けました。

(5)実際のところはよくわかりませんが、仮に原告の主張する経年劣化により間隙が生じるとした場合、原告各メータの譲渡時期から本件特許の出願までの4年間にも経年劣化が生じているはずです。そうなると、本件特許の出願時点で間隙が設けられたマグネット歯車が公然実施されていた可能性が高いように思います。この点は立証しようがないのですが、本件における原告の主張に沿って考えるとこの点に関する疑義が解消しないように思います。

2.手続の時系列の整理(特許第5554433号)

 

3.本件発明

回転軸線を有する軸部(4)、

前記軸部(4)の一端側の外周面に複数の歯を有し、噛みあう相手歯車に回転を伝達する歯部(2)、

前記軸部(4)の他端側に軸線方向に突設されたカシメ用突起(4a)、からなる樹脂製の歯車と、

D 前記歯車と一体的に回転するマグネット部材(5)と、からなり、

E 前記マグネット部材(5)が貫通孔(5a)を有し、前記軸部(4)の他端側に前記貫通孔(5a)を挿通させると共に、前記貫通孔(5a)から突出した前記カシメ用突起(4a)の突出部を前記マグネット部材(5)の挿通側から熱カシメして、前記軸部(4)の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された、

F ことを特徴とするマグネット歯車。


4.被告ら物件等説明書(一部抜粋)

(1)本件被告ら物件

マグネット歯車、及びこのマグネット歯車を使用した指示機構部としての流量計用指針ユニット

(2)マグネット歯車の構成

本件被告ら物件のマグネット歯車は、下記の構成を有しており、

回転軸線を有する軸部、前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し、噛みあう相手歯車に回転を伝達する歯部と、前記軸部の他端側に軸線方向に突設されたカシメ用突起、からなる樹脂製の歯車と、

前記歯車と一体的に回転するマグネット部材と、からなり、

前記マグネット部材が貫通孔を有し、前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に、前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして、前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持されている。

5.争点

(1)構成要件充足性(構成要件A、B、D、Fの充足性については当事者間に争いがない。)

ア 構成要件Cの充足性(争点1-1)

イ 構成要件Eの充足性(争点1-2)

(2)無効理由の有無

ア 特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無(争点2-1)

イ 明確性要件違反の有無(争点2-2)

(3)損害額(争点3)

6.当事者の主張

1 構成要件充足性

(1)構成要件Cの充足性(争点1-1)

〔原告の主張〕

被告マグネット歯車は、軸部の他端側に軸線方向に突設されたカシメ用突起からなる樹脂製の歯車であるから、構成要件Cを充足する。

被告マグネット歯車の軸部のうち、球R部が形成されている側(軸部の他端側)の端部には、樹脂で形成される端部の一部が、球R部から離れる方向(外側)に折り返される形で、軸部の端部の全周にわたって張り出している。この折り返し部の形状や、同部分の表面に生じたカシメしわなどからすれば、この折り返し部は、熱カシメ(加熱して軟化させ、圧力をかけて変形させること)によって折り返されて形成されたものであると考えられる。そうすると、軸部の他端側において、熱カシメすることにより折り返し部を形成することが可能な突起(カシメ用突起)が、熱カシメ前において、軸部の端部の全周にわたって回転軸線方向に突き出した状態で設けられていたことは明らかである。

〔被告らの主張〕

争う。証拠(甲6~8)からは被告マグネット歯車が構成要件Cを備えるかどうか明らかではない(なお、これに伴い、別紙「被告ら物件等説明書」の該当部分も否認する。)。

(2)構成要件Eの充足性(争点1-2)

〔原告の主張〕

被告マグネット歯車は、以下のとおり、構成要件Eを充足する。

被告マグネット歯車の樹脂製の歯車のフランジ部分に保持されているマグネットは、その中心部分に貫通孔を有しており、その貫通孔には、軸部の他端側が挿通されているので、構成要件Eの「前記マグネット部材が貫通孔を有し、前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に、」との構成を備える。

また、被告マグネット歯車が、同構成要件の「前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして、」との構成を備えることは、上記(1)記載のとおりである。

さらに、被告マグネット歯車は、回転軸方向に振動させると「カチカチ」という音がするので、軸部の回転軸線方向に間隙が確保され、マグネットが軸部の回転軸方向に移動可能に保持されていることは明らかである。これによれば、同歯車は、同構成要件の「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された、」との構成を備えている。

〔被告らの主張〕

争う。証拠(甲6~8)からは被告マグネット歯車が構成要件Eを備えるかどうか明らかではない(なお、これに伴い、別紙「被告ら物件等説明書」の該当部分も否認する。)。

2 無効理由の有無

(1)特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無(争点2-1)について

〔被告らの主張〕

原告は、本件特許出願日(平成25年4月5日)より前である平成21年頃に、原告マグネット歯車が組み込まれた接線流羽根車複箱乾式デジタル表示メータ2台(原告メータ1及び2。以下、総称するときは「原告各メータ」という。)を譲渡したところ、同歯車は本件発明と同一の構成を備えているので、本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は公然知られたものであり、特許法29条1項1号又は2号により無効にされるべきものである。

ア 原告各メータの製造時期

原告各メータの目盛板には「L9910号21」と印字されているが、このうち「L9910」は型式承認番号を意味し(計量法84条1項)、「21」は「型式商品表示を付した年の表示(同条2項)を意味する。これによれば、原告各メータが平成21年に製造されたことがわかる。

また、原告各メータの樹脂製の蓋には「29.2」と記載されたシールが貼付されている。これは、検定の有効期限が平成29年2月であることを示しており、水道メータの検定の有効期間は8年間であるから(乙6)、原告各メータが検定を受けた時期は平成21年2月ということになる。検定を受けた水道メータは速やかにユーザーに納入されるので、原告各メータは遅くとも同年末までには原告から東京都水道局に納入されている。

イ 原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性

原告マグネット歯車は、以下のとおり、本件発明に係る各構成要件と同一の構成を有している。

(ア)構成要件A

原告マグネット歯車における樹脂製の本体は、歯車、カシメ軸、フランジなどから構成されるが、樹脂製の本体における歯車の歯を除いた部分とフランジを除いた部分は、樹脂製の本体の「軸」となる部分(軸部)といえる。

したがって、原告メータの樹脂製の本体は、構成要件Aの「回転軸線を有する軸部」を備える。

(イ)構成要件Bの「噛みあう相手歯車に回転を伝達する」ことができる複数の歯とは、歯車形状に並んだ歯のことをいうところ、原告マグネット歯車の後端側には、歯車形状の歯が形成されている。

したがって、原告マグネット歯車は、構成要件Bの「前記軸部の一端側の外周面に複数の歯を有し、噛みあう相手歯車に回転を伝達する歯部」を備える。

(ウ)構成要件C

原告マグネット歯車の先端側には、マグネット部材の正方形の孔から通り抜けたところに鍔(折り返し部)が形成されている。同マグネット歯車の外観からは、同折り返し部が「カシメ用突起」に当たるかどうかの判別はできないが、原告が作成した「作業標準」(以下「原告作業標準」という。乙3)によると、原告はカシメリブを熱カシメする方法によりマグネット歯車を製造しているので、同歯車は構成要件Cの同構成を備えているということができる。

(エ)構成要件D

原告マグネット歯車においては、カシメ軸をマグネット部材の孔に通しており、カシメ軸の断面及びマグネット部材の孔はともに正方形であって、相対的に回転することができない。

したがって、原告マグネット歯車は、構成要件Dの「前記歯車と一体的に回転するマグネット部材」を備える。

(オ)構成要件E

原告マグネット歯車のマグネット部材は、正方形の孔を有しており、正方形断面のカシメ軸を挿通させているから、構成要件Eの「マグネット部材が貫通孔を有し、前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させる」構成を備えている。

また、原告マグネット歯車の樹脂製の本体の正方形のカシメ軸の先端には、鍔(折り返し部)が形成されているところ、原告作業標準によると、原告マグネット歯車は、「カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメ」する方法によりマグネット歯車を製造しているということができる。

さらに、原告マグネット歯車を指先でつまんだ状態で振ると、マグネット部材が動いて「カチャカチャ」という音が聞こえるので、鍔(折り返し部)とマグネット部材との間には隙間が設けられていることがわかる。そうすると、原告マグネット歯車は、同構成要件の「軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された」との構成を有する。

したがって、原告マグネット歯車は、構成要件Eの構成を備えている。

(カ)構成要件F

原告マグネット歯車は、「マグネット歯車」といえるので、構成要件Fの構成を備える。

ウ 原告の主張(構成要件Eの「間隙」の有無)に対する反論

(ア)原告は通水実験(以下「原告通水実験」という。)の結果(甲15)に基づいて、平成21年当時の原告マグネット歯車には軸部の回転軸線方向に移動可能な間隙はなかったと主張する。

しかし、同実験の「無1」ないし「無5」は間隙がないように製造されたとされているが、全て間隙を有し、特に無2ないし無4は、本件明細書の段落【0045】に記載されている0.05mm以上の間隙を有している。このように、現時点の技術を駆使しても間隙のないマグネット歯車を製作することはできないのであるから、平成21年当時製造された原告マグネット歯車は間隙を有していたと推認できる。

また、「無1」及び「有4」については、実験前後で測定箇所が異なると考えられ(例えば、写真27と28、写真43と44)、測定値に疑義がある。また、「無4」、「有2」、「有3」については、実験前後の数値差が100分の1mm以下となっており、摩耗は生じていないに等しい。残りのサンプルの数値差の平均をみても、0.025mm程度である。

さらに、原告各メータの8年間の実際の積算流量は、原告メータ1が562.4㎥(乙1の写真41)、原告メータ2が420.4㎥(乙1の写真49)であり、原告の通水実験と比べると流量は5分の1程度にすぎないのであるから、原告通水実験の結果の摩耗量についても5分の1程度になるはずである。

そうすると、原告通水実験から、間隙は経年劣化で生じたものであるということはできない。

(イ)原告が保有する熱カシメ機を用いて熱カシメを行う場合には、熱カシメホーンを下降させて、熱カシメ用の突起を上から潰した後、熱カシメホーンを反転上昇させると、必ず熱カシメ用の突起が樹脂の応力によって上に若干復元してしまうため、回転軸方向の間隙は常に生じる(乙13)。

(ウ)平成13年頃に作成された原告作業標準(乙3、10)の「作業手順と注意点」欄には「カシメ後、鉄片等を使用しマグネットのガタがあることを確認する」、「マグネットに左右のガタツキあること」との記載がある。これによれば、原告は、同年以降、熱カシメ後に回転軸方向と直交する方向(左右)にガタつきが生じるように作業工程を管理していたことがわかる。マグネットは、上下方向に間隙がなければ、構造上、左右に自由に動くことができないので、左右にガタつきが生じるためには、折り返し部とマグネット部材との間(上下方向)にも間隙を設けることが不可欠である。

また、原告作業標準の「管理点」欄の「自工程のポイント」には「カシメ後の球R先端部からカシメリブ先端までの寸法:0.6~0.9」との記載がある。原告における熱カシメ量の管理値における上限と下限には0.3mmの幅があり、最も熱カシメ量が多くなる上限0.9mmで熱カシメした場合でも左右のガタつきが必須とされているから、最も熱カシメの量が少なくなる0.6mmのときは回転軸線方向に0.3mm以上の間隙が生じていることになる。

(エ)原告は、甲18を提出するとともに、当時は熱カシメを施す目的はマグネットをしっかりと固定するためと考えられていたと主張するが、その当時から熱カシメにおいて間隙を設けない場合に追従性が劣ることが課題となっており、平成4年に東京都水道局が採用したマグネット歯車には軸部の回転軸線方向に移動可能な間隙が設けられていた。

原告が提出する甲17には、マグネット及び歯車等の寸法が記載されておらず、これはベトナム人工員に対して組立作業における基本的な注意事項を伝えることを目的とする書類であったと考えられる。また、甲17には「熱カシメ後の球R部先端から、かしめリブ先端までの寸法hは、0.5~0.9とする」との記載があり、これによれば、最も熱カシメの量が少なくなるときは、回転軸線方向に0.4mm以上の間隙が生じることになり、同記載も原告の製造するマグネット歯車に間隙があったことを示している。

(オ)原告は、原告作業標準が原告作成に係るものであることを否認するが、乙3は阪神計器から、乙10~12は立川プレス工業所から入手したものであり(乙9、13、14)、原告が本件特許出願前にこれらの顧客に交付したものに相違ない。

エ 以上のとおり、本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は公然知られたものであるから(特許法29条1項1号、2号)、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものである。

〔原告の主張〕

ア 原告各メータの製造時期

原告各メータの目盛板に「L9910号21」と印字されていること、原告各メータの樹脂製の蓋に「29.2」と記載されたシールが貼付されていることは認めるが、その製造時期は不知又は否認する。

イ 原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性

原告マグネット歯車が、本件発明の構成要件A、B、C、D及びFを具備し、さらに、構成要件Eのうち、「前記マグネット部材が貫通孔を有し、前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に、前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして、」との構成を具備していることは認めるが、同構成要件のうち、「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された、」との構成要件を具備していることは、下記ウ記載の理由から否認する。

ウ 構成要件Eの「間隙」の有無

(ア)被告らは、原告マグネット歯車が構成要件E「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された、」との構成要件を具備していると主張するが、原告が平成21年当時において販売していたマグネット歯車には、軸部の回転軸方向に移動可能な間隙は存在しなかった。

マグネット歯車の本体に使用される樹脂は、年月の経過とともに徐々に収縮するものであり、また、水道メータの指針ユニット内のマグネット歯車は、断続的あるいは間欠的な流水により高速で回転し、それに伴って角軸方向に上下振動もするため、約8年程度の使用により、本体に使用されるポリアセタールなどの合成樹脂はマグネット部材のバリなどによって削られることなる。被告らは、原告マグネット歯車における軸部の回転軸方向の隙間が「0.08mm」又は「0.11mm」であったと主張するが、これは約8年程度にわたる使用による経年劣化によって、マグネット歯車における軸部の回転軸方向の間隙が生じた可能性が極めて高い。

(イ)原告は、約8年間にわたる使用による経年劣化を立証するため、原告通水実験を行った。この実験は、①4000リットル/hで15秒間通水してからバルブを1秒間で閉め、更に15秒間通水を停止し、その後にバルブを1秒間で開けるというサイクルを断続的に10万回実施し、②上記①の実験終了後に連続的に5000リットル/hを通水するという方法により実施した。

その結果(甲15)は以下のとおりであり、通水実験前後でマグネット歯車における軸部の回転軸方向の「間隙」が最大で「0.127mm」拡大した(「無1~5」は、できる限りマグネット歯車における間隙がないように製作したマグネット歯車を指し、「有1~5」は通常どおりに製作した実験用マグネット歯車を指す。)。

被告らは、原告各メータの実際の積算流量は、原告通水実験における積算流量の5分の1程度にすぎないと主張するが、上記原告メータの積算流量の表示は、原告メータが9999㎥に相当する回転をした後の表示である可能性もあるから、かかる表示から積算流量がわずかとはいえない。

(ウ)平成2年頃東京都水道局の統一規格として採用されたとされるマグネット歯車は、熱カシメ自体は使用していたものの、4か所を別々に熱カシメし、その結果、4か所でマグネット部材を保持し脱落を抑制していた。甲18は、東京都と水道各社が昭和63年頃から開発を進めていた乾式水道メータの指示ユニット内に組み込まれていた部品の図面であり、マグネットを更に強固に固定しようという発想が現れている。

原告は、平成22年頃、マグネット歯車の製造等の業務部門をベトナム法人に移管したが、その際に同法人に移管した図面が甲17(平成22年10月8日付け)である。同図面に記載されたマグネット歯車には回転軸線方向のガタは存在しない。原告は、当時、同図面に基づき、マグネット歯車を製造していた。

その後、原告の当時の開発担当者が、マグネット歯車における軸部の回転軸方向に間隙を設けた方が追従性能をより向上させて不良品を減らすことを発見し、本件特許出願をしたものである。

(エ)被告らは、原告作業標準(乙3)は、阪神計器が平成16年5月頃に原告のA副社長から入手したものであると主張するが、その頃、阪神計器のような水道メーカーは部品を内製することを志向しており、原告のような部品製造業者との供給契約を終了しようとしていたのであるから、原告が阪神計器に技術ノウハウを提供したとは考えられない。

エ 以上のとおり、被告らの主張する平成21年当時において原告はいまだ本件発明にかかるマグネット歯車の発明に至っておらず、本件発明の構成をすべて具備する製品を生産・販売したことはないのであるから、被告らの主張は理由がない。

(2)明確性要件違反の有無(争点2-2)について

〔被告らの主張〕

本件発明は、物の発明であるが、構成要件Eには「軸部にマグネット部材の貫通孔を挿通させると共に、樹脂製の歯車に突設されたカシメ用突起の突出部を、マグネット部材の挿通側から熱カシメして、回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持する」とあり、特許請求の範囲にその物の製造方法の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームである。

プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいて、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件を適合するには、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在することを要する(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。

本件発明に係るマグネット歯車については、熱カシメ後の状態として、その構造又は特性を明記して記載することが不可能又は実際的ではないという事情は存在しないので、本件特許の特許請求の範囲の記載は、明確性要件に違反する。

〔原告の主張〕

本件特許の特許請求の範囲の記載は、発明を特定して把握し、その権利範囲を確定することができる程度に明確であり、特許法36条6項2号に違反しない。

本件特許権にかかる特許出願は、平成25年4月5日付けで特許庁に対してされ、その後特許庁の審査を経て平成26年5月頃に特許査定がされ、同年6月6日付で特許権の設定登録がされたところ、法の不遡及の原則からすれば、上記最高裁判決は適用されない。

本件特許権にかかる特許請求の範囲の記載は、平成28年1月27日付けの特許庁の審査基準における「単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎない場合」に該当するから、プロダクト・バイ・プロセスクレームには該当しない。

3 損害額(争点3)について

〔原告の主張〕

被告らは、平成28年5月1日から平成29年4月30日までの間において、被告製品を製造、販売し、その売上高は5億3000万円を下らない。本件発明は、被告ユニットの心臓部に当たるマグネット歯車に係るものであるから、相当な実施料率は10%を下らないので、原告は、被告らに対して、少なくとも5300万円の損害賠償請求権を有する。また、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、その1割に相当する530万円である。

被告らの各行為は客観的に関連共同しているので、原告は、被告らに対し、合計5830万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めることができる。

〔被告らの主張〕

否認ないし争う。

7.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書(甲5)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)本件明細書における上記記載によれば、本件発明は、①マグネット歯車及びその製造法、これを用いた流量計に関する発明であり、②羽根車の回転に確実に追従することができ、かつ長期使用におけるマグネットの脱落を防止するという課題を解決するため、③マグネット部材を挿通させ、貫通孔から突出したカシメ用突起の突出部を熱カシメして、軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持し、④これにより、羽根車に上下振動や軸心の首振り現象が発生しても、羽根車の先端部に埋め込まれたマグネットから受ける磁気力によって、磁気結合力を高めるように移動してマグネットカップリングの外れによる計量誤差の発生を抑制し、マグネットカップリングが外れた場合であっても、その後の計量動作中に自己復帰(再結合)しやすくなることを実現するものであるということができる。

2 争点2-1(特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無)について

事案に鑑み、まず、争点2-1(特許法29条1項1号又は2号違反の無効理由の有無)について判断する。

(1)原告各メータの製造時期

原告各メータの製造時期に関し、原告各メータの目盛板には「L9910号21」と印字され、これらの樹脂製の蓋には「29.2」と記載されたシールが貼付されているとの事実については、当事者間に争いがない。

上記目盛板については、「L9910」が型式承認番号を意味し、「21」が型式商品表示を付した年の表示を意味するものであると認められ(計量法84条1項及び2項。乙4、5)、これによれば、原告各メータは平成21年に製造されたものと認めることができる。

また、上記シールについては、検定の有効期限が平成29年2月であることを示す基準適合証印シールであり、水道メータの検定の有効期間は8年間であること(乙6)によれば、原告各メータが検定を受けた時期は平成21年2月であると認められる。

以上によれば、原告が東京都水道局に対して原告各メータを販売したのは本件特許出願前の平成21年頃であったと認めるのが相当である

(2)原告マグネット歯車の構成と本件発明の同一性

前記のとおり、原告マグネット歯車が、本件発明の構成要件A、B、C、D及びFを具備し、さらに、構成要件Eのうち、「前記マグネット部材が貫通孔を有し、前記軸部の他端側に前記貫通孔を挿通させると共に、前記貫通孔から突出した前記カシメ用突起の突出部を前記マグネット部材の挿通側から熱カシメして、」との構成を具備していることについては、当事者間に争いがない。

そして、構成要件Eの「前記軸部の回転軸線方向に移動可能に間隙を確保して保持された、」との構成に関し、証拠(乙1、2)によれば、乙2の事実実験(平成29年8月3日)時点における原告マグネット歯車の軸線方向の移動量(間隙)は、原告メータ1について0.08mm、原告メータ2について0.11mmであったと認められるところ、原告は、この間隙は約8年程度にわたる使用による経年劣化により生じた可能性が極めて高く、原告各メータの製造時においては上記間隙は存在しなかったと主張する

そこで、この点について、以下検討する。

ア 原告は、約8年程度にわたる使用により経年劣化が生じたことを示す証拠として、原告通水実験を行い、その結果を証拠(甲15)として提出する。

(ア)しかし、同実験において、「できる限り間隙がないように製作した実験用マグネット歯車5個」(無1~無5)は、0.022mm~0.114mmの間隙を有しており、このうち3個(無2~無4)は、本件明細書の段落【0027】において好ましいとされる間隙の範囲(0.05mm~0.5mm)に含まれている。

同実験は、軸部の回転軸方向の間隙がないマグネット歯車の経年劣化の程度を測定するためのものであるから、全て間隙のある実験用マグネット歯車を使用した同実験は、その前提を満たしていないものであり、その測定結果は、軸部の回転軸方向の間隙がないマグネット歯車の経年劣化による摩耗の程度を正確に示すものということはできない。

(イ)また、そもそも、熱カシメ機の熱カシメホーンを下降させて、熱カシメ用の突起を上から潰した後、熱カシメホーンを反転上昇させると、熱カシメの突起が応力によって若干戻ることから、軸部の回転軸線方向の間隙が生じると考えられる(乙13)。原告通水実験において、できる限り間隙がないように無1~無5が製作されたにもかかわらず、前記のとおりの間隙が生じているということは、原告の熱カシメ機による熱カシメの際に軸部の回転軸線方向の間隙が生じることは不可避であることを示すものということができる。

この点、原告は、原告各メータが製作された平成21年当時においては、当時の原告の熱カシメ機により軸部の回転軸線方向の間隙が生じないようにすることは可能であったと主張するが、現時点においても軸部の回転軸線方向の間隙がない実験用マグネット歯車を製作することが困難なことを考慮すると、平成21年当時も同様に軸部の回転軸線方向の間隙が生じることは不可避であったと推認される

(ウ)仮に、原告通水実験の実験用マグネット歯車を使用した測定結果を前提とするとしても、同実験で使用された「無1」及び「有4」については、その写真(例えば、写真27と28、写真43と44)を参照すると、実験前後で測定箇所が異なるのではないかとも考えられ、その測定値の正確性、信用性には疑義がある。その他の実験用マグネット歯車については、実験前後の軸部の回転軸方向の間隙の差が最大で0.064mm(無5)にとどまり、その結果から、平成21年の製造当時の原告マグネット歯車に上記間隙がなかったとの事実を推認することはできない。

(エ)また、原告通水実験における積算流量は2500㎥前後である(甲15の写真19)のに対し、原告各メータの8年間の実際の積算流量は、原告メータ1が562.4㎥(乙1の写真41)、原告メータ2が420.4㎥(乙1の写真49)であると認められ、その流量は原告通水実験の流量の5分の1程度にすぎない。この点、原告は、原告各メータの積算流量の表示は、9999㎥に相当する回転をした後の数字である可能性があると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

上記の原告各メータの実際の積算流量に照らすと、原告マグネット歯車の使用による経年劣化の程度は、原告通水実験で使用された歯車の同実験前後の間隙の数値差より更に小さくなる可能性があり、この点からしても、平成21年の製造当時の原告マグネット歯車には上記間隙がなかったとの原告主張は理由がない。

イ(ア)原告が平成13年に作成・承認した旨の記載のある原告作業標準(乙3及び10)の「作業手順と注意点」欄には「カシメ後、鉄片等を使用しマグネットのガタがあることを確認する」、「マグネットに左右のガタツキあること」との記載があり、「管理点」欄には「左右のガタツキがあること」との記載がある。

これによれば、原告は、原告作業標準の作成当時、熱カシメ後に回転軸方向と直交する左右方向に間隙が生じるように作業工程を管理していたものと認められる。原告マグネット歯車の軸部の回転軸方向(上下方向)の間隙がなくマグネットが固定されている場合には、マグネットが軸線方向と直交方向に移動することが困難であることに照らすと、左右にガタつきがあることが確認されたマグネット歯車には、軸線方向(上下方向)にも間隙を設けられているということができる。

(イ)また、原告作業標準の「管理点」欄には「カシメ後の球R先端部からカシメリブ先端までの寸法:0.6~0.9」との記載がある。このように、カシメ後の球R先端部からカシメリブ先端までの寸法に0.3mmの幅があるのは、軸線方向に間隙が生じることを前提とするものであるというべきである。

(ウ)原告は、原告作業標準について、そのような文書を原告が作成して顧客に交付したことはないと主張する。

しかし、原告作業標準(乙3、10)は、その右下に原告の当時の商号である「高畑精工株式会社」と記載され、「承認」欄には当時原告の従業員であった被告笛吹精工の代表者であるBの印が押捺されているものであり、その形式や内容に照らしても、偽造されたものとは考えられない。

証拠(乙3、9、10~14)によれば、乙3は、原告が平成16年頃に取引先である阪神計器の依頼を受けて同社に交付したものであり、また、乙10は、原告が同様に取引先である立川プレス工業に交付されたものであって、本訴の提起後に被告らが阪神計器及び立川プレス工業から提供を受けて証拠として提出したものと認めるのが相当である。これに対し、原告は、平成16年5月頃に原告が阪神計器に技術ノウハウを提供したとは考えられないなどと主張するが、阪神計器は原告の取引先であったのであるから、原告が阪神計器の依頼に応じて原告作業標準を提供したとしても不自然ということはできず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

(エ)以上によれば、原告は、原告作業標準の作成された平成13年頃には、軸線方向(上下方向)の間隙のあるマグネット歯車を製作し、同書類を阪神計器に交付した平成16年5月頃の時点においても同様であったと認められる。

加えて、原告が立川プレス工業に交付したと認められる「組立品出荷検査規格書・成績書」(乙12の1・2・4・5)にも「カシメ後の寸法h 0.6~0.9」との記載があり、これによれば、平成23年の時点においても、立川プレス工業は同基準に基づいてマグネット歯車を製作し、原告に納入していたと認められる。

そうすると、原告は、原告各メータの製造時点(平成21年)において、軸線方向(上下方向)の間隙のあるマグネット歯車を製作していたと推認するのが相当である。

ウ 原告は、証拠として図面(甲17、18)を提出し、原告マグネットには回転軸線方向に移動可能な間隙はなかったと主張する。

しかし、甲17の図面は、原告の主張によれば平成22年10月頃のものであって、原告各メータが製造された平成21年2月頃当時のものではなく、寸法等の記載もないことから、同図面をもって、回転軸線方向に移動可能な間隙はなかったということはできない。かえって、同図面には、「熱カシメ後の球R部先端から、かしめリブ先端までの寸法hは、0.5~0.9とする」との記載があるが、これは、マグネット歯車の軸部の回転軸方向に間隙があることを前提としていると考えられる。

また、甲18の図面は平成3年10月頃に作成されたものであって、図面の内容がマグネット内側に4か所のリブを熱カシメすることで固定する内容であることからすれば、同図面をもって原告マグネット歯車が回転軸線方向に移動可能な間隙を有していなかったとはいうことはできない

エ 以上のとおり、原告マグネット歯車は、平成21年時点において、マグネット歯車における軸部の回転軸方向に移動可能に間隙を有していたと認めることができるから、構成要件Eの構成も具備するものというべきである。

(3)小括

したがって、本件発明は出願前に日本国内において公然実施され又は公然知られたものであるから(特許法29条1項1号、2号)、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものである。