カーナビ事件(その2)

投稿日: 2017/06/02 1:27:31

今日も引き続き平成28年(ネ)第10096号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第25928号)について検討します。

2.発明の内容

本件発明は特許無効審判中に訂正されています。訂正後の請求項1は構成要件Gが以下のG´に変更されています。

【請求項1】

A 移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と、

B 前記現在位置から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指令が入力される入力手段と、

C 前記設定指令が入力され、経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と、

D 前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い、当該経路を経路データとして設定する経路データ設定手段と、

E 前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と、

F 前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と、を備え、

G 前記制御手段は、前記記憶した探索開始地点と、当該経路データが設定され、前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と、が異なる場合に、前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する

H ことを特徴とするナビゲーション装置。

 

G´前記制御手段は、前記記憶した探索開始地点と、当該経路データが設定され、前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異なり、誘導開始地点が、設定された経路上の、経由予定地点を超えた地点となる場合に、前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する


従来のカーナビでは走行中等に経路探索すると、スタート地点P0´からの経由予定地点P1´、P2´、P3´、・・・Pn´を算出した。そしてスタート地点P0´で経路設定を開始して、その後移動した自車の位置が経路設定終了時にP3´とP4´の間のC1であった場合でも、最初に通過すべき経由予定地点P1´を目標経由地点としてメッセージ出力していた。

この発明はスタート地点P0(探索開始地点)で経路設定を開始して、その後移動した自車の位置が経路設定終了時に、探索開始地点とは異なる、P3とP4の間のC(地点Px(誘導開始地点)))であった場合には、誘導開始地点からの自車の誘導開始に基づいて誘導情報を表示等するものです。

 

3.被告装置

被告装置の動作は判決文に別紙として添付されていました。この別紙1及び3からルート探索が開始されてからルート探索が完了しナビゲーションが開始されるまでの間に、自動車を移動させたときの被告装置の動作を抜き出します(制御の詳細は「争点」、「裁判所の判断」を参考にします)。

① 「目的地検索」のアイコンを選択する。

② 「名前検索」ないし「名前入力」のアイコンを選択する。

③ キーと入力欄を含む画面が表示されるので、目的地に関する適宜のキーワードを入力する。

④ 検索結果が表示されるので、その中から目的地の名称及び住所が記載された箇所を選択する。

⑤ 選択した目的地周辺の名称及び住所の情報が表示されたら画面下部の「出発」のアイコンを選択するとともに、自動車の走行を同時に開始する。

⑥ 画面上部に「ルート探索中」又は「探索中です」との文言が表示されている間に移動する。

⑦ ルート探索が終了すると、⑤で「出発」を選択した時点の現在位置から目的地へ向かうルートが表示される。

 

4.争点

(1) 被告装置は本件発明の構成要件Gを充足するか(なお、被告装置が本件発明の構成要件AないしF、Hを充足することは当事者間に争いがない。)

(被告らの主張(抜粋))

被告装置は、次の転換点を案内するに当たって、どこで経路探索が終了したとか、どの転換点を通過したとか、どのルートを通って現在地に至ったかという情報を全く参照することなく、単に、①「ルート探索開始地点」を始点とし、「目的地」を終点とする設定されたルート情報と、②車両の現在位置及び車両の進行方向に関する情報を参照し、車両の現在位置が設定されたルートを外れている場合は、「目的地」を終点とする新たなルート探索を行い、車両の現在位置が設定されたルート上にある場合には、設定されたルート情報と車両の進行方向を参照し、設定されたルート上の進行方向の先にある直近の経由点に所定距離近づいた場合に直近の経由点に関する誘導情報を出力する制御を行うものである。

以上のとおり、被告装置は、単に車両の現在位置と車両の進行方向に基づいて、車両の現在位置が設定されたルート上にある場合には、車両の進行方向に基づいて設定されたルート上の次の転換点を案内する制御を行っているにすぎないから、明らかに構成要件Gを充足しない。

また、原告は、構成要件Gの「異なる場合」について、誘導開始地点が、設定された経路上の、経由予定地点を超えた地点となる場合を意味するにすぎない旨主張する。しかし、原告が、平成15年1月21日発送の最後の拒絶理由通知(乙8)において指摘を受けたのに対し、同年2月5日付け提出の手続補正書(乙10)において、構成要件Cの限定及び構成要件Gの文言追加により、構成要件Gの「異なる場合」の処理が、構成要件Cで記憶した探索開始地点を実際に誘導開始地点と比較するものであることを明確にし、これによって本件特許は特許査定を受けた。以上の出願経過からすれば、原告の「異なる場合」についての上記解釈は、包袋禁反言の原則により許されない。

(原告の主張)

本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の記載(段落【0018】等)からすれば、本件発明の構成要件Gは、移動体の現在位置と、探索開始地点を基にした経路探索により設定された経路データに基づいて移動体を誘導する本件発明の経路誘導(構成要件E)において、「移動体の移動の結果、誘導開始地点(探索終了地点)が、設定された経路上の、経由予定地点を超えた地点となる場合において、当該移動体の誘導開始地点を基準とした経由予定地点についての経路誘導を行う」ことを意味することが明らかである。そして、構成要件Gの「制御」においては、「移動体の移動の結果、誘導開始地点(探索終了地点)が、設定された経路上の、経由予定地点を超えた地点」であるか否かを判断していればよく、経由予定地点を実際に通過したという事象の有無の判断は必要としない。

一方、被告装置においては、直近の転換点の先の転換点の誘導情報についても一覧として表示した上で、直近の転換点については着色し、又は最上部に表示するようになっている。このような表示がされる以上は、被告装置においては、かかる一覧表示に対応するデータベースが作成され、データとして蓄積された上で、これを誘導情報の出力にそのまま利用していると理解できる。そして、かかる一覧表示において、直近の転換点についての着色ないし最上部への表示という、自車位置と結びつけた誘導情報の表示が実現されることからすれば、被告装置の制御においては、かかるデータベース上の情報を参照し誘導情報を出力していると理解できる。以上からすれば、被告装置の制御において、移動体が設定された経路上の経由予定地点を超えた位置にあるかどうかについて判断していることが推認され、これが構成要件Gを充足することは明らかである。

(2) 被告装置は本件発明と均等であるか

省略

(3) 本件特許には無効理由があるか(抗弁)

省略

(4) 本件訂正により本件特許の無効理由が解消したか(再抗弁)

省略

(5) 原告の損害額

省略

 

5.裁判所の判断(東京地裁)

(1)争点(1)(被告装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について(抜粋)

①ア 本件発明の構成要件Gは、「前記制御手段は、前記記憶した探索開始地点と、当該経路データが設定され、前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と、が異なる場合に、前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから、上記構成要件の文言によれば、本件発明は、探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に、所定の制御を行うものであることが明らかというべきである。

イ 本件明細書の記載をみても、【作用】欄には、・・・、【発明の効果】欄にも、・・・との記載があり、これらの記載は、「本件発明は探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するものである」という構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。

ウ さらに、本件特許の出願経過からも上記解釈は裏付けられる。・・・以上の出願経過も、構成要件Gに係る上記解釈を裏付けるものである。

② しかるところ、被告装置において、「探索開始地点」と「誘導開始地点」を比較して両地点が異なるかどうかを判断しているものと認めるに足りる証拠はない。

かえって、証拠(乙16の1)によれば、被告装置においては、①経路誘導の計算が行われ、これが終了すると、出発地点P0から目的地Pnまでの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され、②他方で、上記①の経路誘導とは独立して、継続的に、車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ、その際、車両の現在位置Cと、地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで、車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し、③上記②のマップマッチングで特定されたリンクが上記①の経路リンクの一つと直接対応すると、道路境界領域の処理は行われず、その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ、他方で、現在位置Cが、マップマッチングによって特定された経路リンクに載っていない場合、所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。

なお、乙16の1は、補助参加人の関連会社所属のエンジニアが作成した宣誓書であるが、同記載内容は、被告装置の制御に関する他の証拠とも矛盾がなく、これを特段疑う理由もないから、信用できるものといえる。

以上からすれば、被告装置では、探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず、あくまで、車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないから、被告装置は本件発明の構成要件Gを充足しないものというべきである。

③ア これに対し、原告は、本件発明の構成要件Gは、「移動体の移動の結果、誘導開始地点(探索終了地点)が、設定された経路上の、経由予定地点を超えた地点となる場合において、当該移動体の誘導開始地点を基準とした経由予定地点についての経路誘導を行う」ことを意味するものであり、移動体が設定された経路上の経由予定地点を超えた位置にあるかを判断していれば構成要件Gを充足する旨主張する。

しかし、原告の上記主張は、結局、構成要件Gが、探索開始地点と誘導開始時点とを比較するのではなく、経由予定地点と誘導開始地点とを比較するものである旨の主張であり、同構成要件に定められた「前記制御手段は、前記記憶した探索開始地点と、当該経路データが設定され、前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と、が異なる場合に」という文言に明らかに反するものであるし、上記①説示の本件明細書の記載や本件特許に係る出願経過にも反するものであるから、到底採用することができない。

なお、被告が行った被告装置に係る走行実験の結果(乙3、4)によれば、被告装置が一定期間衛星信号を受信できない状態を作出し、その間に車両が経由予定地点を通過した後、再度、衛星信号を受信可能な状態としてもなお、同装置が、既に通過した経由予定地点への案内をせず、直近の経由予定地点への誘導情報を出力することが示されており、被告装置においては、経由予定地点の通過情報を利用していないものと認められるから、この点からも、原告の上記主張は採用できない。

イ また、原告は、本件特許出願当時の技術常識に照らせば、被告装置は、①探索開始地点を、当該地点を含むリンクに置き換える、②誘導開始地点を、当該地点を含むリンクに置き換える、③それぞれの地点を含むリンクを比較する、という方法により、探索開始地点と誘導開始地点が異なることを認識している旨主張する。

しかし、被告装置において、原告の上記主張に係る方法が実施されていることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記(2)認定のとおり、被告装置では、探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なるか否かを判断するという作業は行われず、あくまで、車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否かが判定されているにすぎないと認められるから、原告の上記主張も採用できない。

④ 以上からすれば、その余について判断するまでもなく、被告装置が本件発明の構成要件Gを実施しているものとは認められない。

 

6.検討

(1)カーナビの特許は初めて読んだので、発明と被告装置を私なりに比較します。

明細書の記載を参酌して、この発明をまとめてみます。

① 従来のナビゲーション装置はルート探索をすると複数の経由予定地点(P1´、P2´、・・・Pn´)を算出して経路探索を終了し、その後P1´からPn´まで順番に誘導します。

② この経路探索開始後にスタート地点からナビ装置(車両)が移動し、例えば経由予定地点P3´を通過した地点で経路探索が終了した場合、ナビ装置による誘導は経由地点P1´を目標とします。

③ 本件発明は既に経由予定地点P3´まで車両が進行しているのにP1´に誘導することは問題と捉え、スタート地点(経路探索を開始した地点)と現在位置(経路探索が終了し誘導を開始する地点)が異なる場合に、この誘導を開始する地点からの誘導に関する表示等を行います。

一方の被告装置の動作をまとめます。

① 「ルート探索開始地点」を始点とし、「目的地」を終点とする設定されたルート情報を検索します。

② 車両の現在位置及び車両の進行方向に関する情報を参照します。

③ 車両の現在位置が設定されたルートを外れている場合は、「目的地」を終点とする新たなルート探索を行います。

④ 車両の現在位置が設定されたルート上にある場合には、設定されたルート情報と車両の進行方向を参照し、設定されたルート上の進行方向の先にある直近の経由点に所定距離近づいた場合に直近の経由点に関する誘導情報を出力する制御を行います。

両者を比較すると、被告装置は車両の現在位置がルート上に位置するか否かを判定し、ルート上にある場合には直近の経由点に誘導するのみです。一方、本件発明は車両の現在位置がルート上に位置する場合にさらに経路探索開始位置と同じであるか否か判定します。つまり本件発明の方がより細かい制御を行っている、と言えます。

(2)知財高裁の判断もおおよそ地裁と同様なものでした。控訴人(一審原告)は幾つか主張を加えましたが肝心の構成要件Gに関するものではない、と判断されています。

(3)やはり制御の発明は製品の特定が難しいです。もっとも本件特許は閲覧請求の多さから推測されるように原告にとってかなり役立ったと思います。したがって、特許の存続期間満了に合わせて最後の収益を図ったのかもしれません。それも特許の有効活用方法の一つだと思います。