紙おむつ事件(特許無効審判の請求人適格)

投稿日: 2018/03/05 23:07:44

今日は、平成28年(行ケ)第10185号 審決取消請求事件について検討します。本件は、原告が特許無効審判を請求したが請求却下の審決を受けて知財高裁に審決取消訴訟を提起したものです。特許無効審判で無効理由が審理された上で請求人の主張が認められない場合には請求不成立の審決となりますが、請求が却下された場合は、無効理由の是非ではなくそれ以外の理由で請求人の請求が退けられたことになります。

本件では請求人が特許法第123条第2項の利害関係人に当たらないので、本件審判の請求人適格を有していないので本件審判請求は不適法であって却下すべきというものでした。

「特許法第123条第2項」

特許無効審判は、利害関係人(前項第二号(特許が第三十八条の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第六号に該当することを理由として特許無効審判を請求する場合にあつては、特許を受ける権利を有する者)に限り請求することができる。

なんだか弁理士試験の短答問題に出てきそうな争点です。このような内容なので本件訴訟では無効理由の実体的な内容についての審理はされず、原告(特許無効審判の請求人)が利害関係人に相当するか否かのみが争点になっています。したがって、今回は特許の内容についての検討は省略します。

1.審決の理由の要旨

審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりであり、その要旨は次のとおりである(要するに、請求人である原告は特許法123条2項の利害関係人に当たらず、本件審判の請求人適格を有しないから、本件審判請求は不適法であって却下すべき、というものである。)。

(1)本件審判は、平成27年9月3日に請求されているから、平成26年法律第36号による改正後の特許法(以下「平成26年改正法」ということがある。)123条が適用される。そして、平成15年法律第47号による改正前の特許法(以下「旧法」ということがある。また、改正の年次によって、「昭和62年法」などと略称することがある。)において特許無効審判の請求人について利害関係人に限る旨の明記はなかったが、産業財産権関連法においては、請求人適格について明示的な規定がない場合には利害関係人のみが請求人適格を有するとの解釈が裁判例で蓄積していたところ、平成26年改正法において、利害関係人であることを明確化する規定を確認的に設けたものであり、請求人の適格性の判断については、旧法下における判断と変わらない。

(2)そこで、請求人である原告が特許法123条2項の利害関係人に該当するかについて検討するに、原告が利害関係人というには、原告が本件特許発明にかかるもの(本件特許発明そのものか、あるいは、本件特許発明を利用する関係にあるもの)の実施準備をしており、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることによって原告が不利益を被るおそれがあることを要するところ、原告の行為(事業化の一環としての特許出願、試作品の製作、既存の紙おむつ製造業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ、インターネットサイトへの登録など)は、いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備に該当せず、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることよって原告が不利益を被るおそれがあるとはいえないから、原告は特許法123条2項の利害関係人には該当しない

(3)したがって、原告は本件審判の請求人適格を有さず、本件審判の請求は不適法であって、その補正をすることができないものであるから、同請求は特許法135条の規定により却下すべきものである。

2.取消事由

(1)請求人の陳述内容に関する認定の誤り(取消事由1)

(2)請求人適格に関する法令解釈の誤り(取消事由2)

(3)審理の進め方(審決の時期及び内容)に関する誤り(取消事由3)

3.当事者の主張

1 取消事由1(請求人の陳述内容に関する認定の誤り)について

-省略-

2 取消事由2(請求人適格に関する法令解釈の誤り)について

(原告の主張)

審決は、次のとおり、請求人適格に関する利害関係の要件を極めて厳格に解しており、その法令解釈に誤りがあるから、取り消されるべきである。

(1)請求人適格の要件について

無効審判請求人の適格性の判断は、平成26年改正法において「利害関係人」が明文化されたことのみをもって、厳格に行われるべきものではなく、個別具体的事情に応じてなされるべきものである。

また、平成26年改正法の施行に伴い、経過措置によって、特許異議申立ての対象は、平成27年4月1日以降に特許公報が発行された特許に限られる一方で、同日より前に請求された無効審判については、なお従前の例による(何人も請求できる)とされた。このため、同日より前に特許公報が発行された特許については、同年3月31日までに無効審判請求を行えば、請求人適格に利害関係を必要とされないのに対し、同年4月1日以降は、請求人適格に利害関係を要する(特許異議の申立てを行うこともできない)などといった、極めて不公平な事態が生じていることも考慮する必要がある。

(2)審決の誤り

ア 「利害関係人」の要件に関する法令解釈の誤り

審決が「平成15年法律第47号による改正前の特許法(…)において特許無効審判の請求人について利害関係人に限る旨の明記はなかったが、産業財産権関連法においては、請求人適格について明示的な規定がない場合には利害関係人のみが請求人適格を有するとの解釈が裁判例で蓄積されていた」と認定した点は、根拠がなく誤りである。

イ 「実施」に関する認定の誤り

(ア)「実施」について

審決は、「『実施』については、特許法第2条において定義されているところ、本件特許発明は、『パンツ型使い捨ておむつ』という物の発明であるから、その物の生産、使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為がこれに該当する。」とした上で、「『発明の売り込み』の行為は、特許法でいう実施のいずれにも当たらない」と認定した。

しかし、特許無効審判請求制度は、特許侵害訴訟制度と表裏一体の関係にあるところ、一般に、特許侵害を認定する際の解釈として、特許法2条3項1号に規定された「物の発明」の「実施」のうちの「生産」には、「修理」や「改造」が含まれる場合もあると解されている。

原告の行為は、被告の製造する紙おむつの市販品をベースに加工、改良を加えたサンプルを製作し、それらを交渉相手(例えば委託業者や製造業者)に対して開示する行為である。場合によっては、サンプルを配布することもあり得る。

ここで、市販品の加工、改良は、前記の「修理」、「改造」等に当たるともいえ、「サンプル」だからといって、特許権侵害を構成しない、あるいはその可能性がないとは断定できない。

したがって、審決は、「実施」行為を極めて狭く解釈している点で不適切である。

(イ)「実施の能力」について

また、特許権侵害及び損害賠償額を認定する際には、特許権者の「実施の能力」が考慮されることがある。この場合、「実施の能力」を譲渡の前提となる生産及びマーケティング能力を含めた供給能力とする考えもある。

このような場合の「生産能力」には、下請、委託生産その他の態様による供給能力も含めてもよいとされており、特許権者に対して過度に厳格な要件は求められないものと考えられる。無効審判請求人においても、その「生産能力」は特許権者の「生産能力」と同様に弾力的に理解されるべきである。

特に、現代においては、特許発明を事業化するためのマッチングサイトを運営する事業者が複数存在し、個人発明家や小規模事業者であっても、従前よりも容易に委託生産を行うことができる環境にある。

したがって、審決は、「実施の能力」を極めて狭く解釈している点でも不適切である。

ウ 「実施準備」に関する認定の誤り

審決は、請求人である原告の特許出願(原告は、平成27年5月22日に、発明の名称を「使い捨ておむつ用外層シート及びこれを備える使い捨ておむつ」とする特許出願〔特願2015-104616号〕をし、この出願を基礎出願とする国内優先権を主張して、平成28年2月12日に特許出願〔特願2016-24443号〕をしている〔甲5、6〕。以下、同出願を「原告出願」といい、原告出願に係る発明を「原告発明」という。)について、「本審決時点では出願公開がされておらず、その内容が明らかでない」とした上で、「請求人の上記陳述を参酌したとしても、使い捨て紙おむつに関しては、既に本件特許を含む数多くの特許権が存在している中、請求人により特許出願された特許請求の範囲の請求項に係る発明が、本件特許発明の利用関係にあるものであるとするに足る証拠はない。」と認定した。

しかし、原告出願は、審決時から約4か月後には公開される予定であったのであるから、審理を短時間で終了しない限り、その内容を十分確認する時間的余裕があったはずである。したがって、審決には、原告発明について、そもそも検討を行っていないという認定の誤りがある。

また、審決は、「請求人による当該試作品に係る状況は、本件特許発明を回避するような設備や資金面等の変更を要する程度に準備がなされている状況にあるとまではいえない。」とも認定するが、個人発明家や小規模事業者の事業活動の実態を考慮すれば、明らかに無効理由を有すると思われる特許権が存在している場合にまで、その特許発明を回避するような設備や資金面等の変更を要求することは、いたずらに利害関係の要件を厳格化するものであり、妥当でない。

したがって、審決は、「実施準備」行為を極めて狭く解釈している点で不適切である。

(被告の主張)

原告の主張は争う。次のとおり、審決には、原告が主張するような「利害関係」の要件に関する法令解釈の誤りはなく、原告による本件特許発明の「実施」又は「実施準備」の認定に関する誤りもないから、原告の主張する取消事由2は理由がない。

(1)請求人適格の要件について

審決は、「平成26年改正法において、利害関係人であることを明確化する規定を確認的に設けたものであり、請求人の適格性の判断については、旧法下における判断と変わらない」と述べているだけであり、「利害関係人」が明文化されたことにより旧法(昭和34年法及び昭和62年法)下における請求人適格の判断よりも厳しくすべきと述べているのではない。また、審決は、原告に指摘されるまでもなく「個別具体的事情に応じて」請求人適格を判断している。

原告の主張の意味は必ずしも明らかでないが、仮に、平成26年改正法においては、旧法(昭和34年法及び昭和62年法)下におけるよりも無効審判の請求人適格を緩く解するべきであるという趣旨であれば、そのような解釈はあり得ない。

(2)原告が審決の誤りを指摘する点について

ア 「利害関係人」の要件に関する法令解釈の誤りに関し

審決が「平成15年法律第47号による改正前の特許法(…)において特許無効審判の請求人について利害関係人に限る旨の明記はなかったが、産業財産権関連法においては、請求人適格について明示的な規定がない場合には利害関係人のみが請求人適格を有するとの解釈が裁判例で蓄積されていた」と認定した点について、原告は根拠がなく誤りであると指摘するが、東京高等裁判所昭和45年2月25日判決(無体裁集2巻1号44頁)は、昭和34年法の下においても無効審判の請求人適格は旧法(大正10年法)と異ならず利害関係を有する者に限られることを明らかにしており、以降、審判便覧「31-02 利害関係人の具体例」にもあるとおり、無効審判の請求人が利害関係人に限られることを前提として、いかなる場合に利害関係人と認められるかについて多くの裁判例が蓄積されている。したがって、審決の認定に何ら誤りはない。

イ 「実施」に関する認定の誤りに関し

(ア)「実施」について

原告の製作する試作品(サンプル)は、原告発明の実施品とのことであり、「既存の紙おむつにおいて、胴回り弾性部材の主に中央部の伸縮部分の構造及び接着方法を改良したものである」とはいうものの、原告本人尋問(審判時)において開示された内容によれば、原告発明は、本件特許発明とは(技術分野が共通するという以外には)何ら関係がなく、本件特許発明の利用発明でもない。したがって、原告が市販の紙おむつを加工、改良して試作品を作るに当たって被告製品その他の本件特許発明の実施品を用いる必然性はないし、実際、請求人である原告も、被告製品その他の本件特許発明の実施品のみを用いているとは主張していない。

仮に被告の製造する紙おむつの市販品をベースに加工、改良を加えたサンプルを製作し、それらを交渉相手に対して開示する原告の行為が本件特許発明の「実施」に該当し、特許権侵害に当たる可能性があるとしても、明らかに本件特許発明の実施品ではない紙おむつ(非実施品)も多くの種類が市販され、容易に入手可能なのであるから、原告としてはそのような非実施品を用いればよいだけのことであり、本件特許発明を無効にすることについて法律上の利害関係を有するとはいえない。

(イ)「実施の能力」について

原告が審決のどの部分の判断を誤りであると主張しているのか、原告の主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、原告の主張によっても、株式会社発明ラボックスのウェブサイトに「個人登録した」(単にIDないしアカウントを取得したという意味)だけであり、現に原告発明を当該サイト上に公開して企業の協賛を募ったわけではない。審決も、この点は認定した上で、仮に原告発明をインターネットサイト上に公開して企業の協賛を募っていたとしても、単なる「発明の売り込み」の行為であって、当然に実施準備に該当するとはいえないと判断しているのであり、その判断に誤りはない。敷衍すれば、仮に原告との個別交渉又はサイト上での協賛募集の結果として紙おむつの製造業者が原告発明の実施品を将来、業として製造、販売する可能性があるとしても、原告発明は本件特許発明とは何ら関係がなく、本件特許発明の利用発明でもないのだから、当該製造業者が本件特許発明を回避すればよいだけのことであり、原告が紙おむつの製造業者に対して原告発明の売り込み行為をするに際して、本件特許を無効にしなければならない理由はなく、いずれにしても、原告が本件特許を無効にすることについて法律上の利害関係を有するとはいえない。

ウ 「実施準備」に関する認定の誤りに関し

原告は、審決には、原告発明について、そもそも検討を行っていないという認定の誤りがあると主張するが、原告発明の内容を審決が具体的に認定しないのは、出願公開前であるために開示できないと請求人である原告が主張したからである。原告発明が本件特許発明の利用発明であることの主張立証責任は原告にあり、原告があえて主張立証しないことの不利益を原告が被るのは当然である。

また、「請求人による当該試作品に係る状況は、本件特許発明を回避するような設備や資金面等の変更を要する程度に準備がなされている状況にあるとまではいえない。」との認定は、「仮に請求人自らが試作品と同様の物を生産して、既存の紙おむつ製造業者に対し供給することを想定していた」場合に関する仮定の認定判断であり、実際には、原告(請求人)自らが試作品と同様の物を業として生産して、既存の紙おむつ製造業者に対し供給することを想定していたという事実はなく、そのような主張もしていないのであるから、単なる傍論にすぎず、審決の結論に影響を与える認定判断ではない。

審決は、「請求人が、本件特許発明について、実施の準備をしている者と評価されるためには、例えば、紙おむつを製造販売する事業(物の発明の生産、譲渡等を伴う事業)に必要となる製造設備や資金、販売ルート等を備えた企業等が、本件特許発明の実施に該当する事業の準備(事業の計画)を行うとともに、請求人が、その事業の少なくとも一部において主体的に関与していることを立証する必要があるというべきである」と正しく基準を示し、当該基準に照らして、「本件特許発明の実施準備を行っている企業等が存在すること、そして、請求人が、その事業の少なくとも一部において、主体的に関与していることについては、いずれも明らかにされていない。そうすると、請求人の状況は、本件特許発明の実施準備をしているとまではいえない。」と正しく認定している。

よって、審決の認定判断に何ら誤りはない。

3 取消事由3(審理の進め方〔審決の時期及び内容〕に関する誤り)について

-省略-

4.裁判所の判断

本件の事案に鑑み、まず取消事由2(請求人適格に関する法令解釈の誤り)から判断する。

1 事実関係

後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)原告は、平成27年5月22日にした特許出願(特願2015-104616号)に基づく優先権を主張して、平成28年2月12日、発明の名称を「使い捨ておむつ用外層シート及びこれを備える使い捨ておむつ」とする特許出願(特願2016-24443号・原告出願)をした(甲54)。

(2)原告出願に係る特許請求の範囲(請求項の数9)の記載は、次のとおりである(甲54、60)。

「【請求項1】

着用者の腹側に配置される前面部と、前記着用者の背側に配置される背面部と、前記前面部と背面部の間に位置し、前記前面部及び前記背面部より幅狭に形成された股下部と、前記股下部の両側端に広がる曲線状のくびれ部と、を有する少なくとも1層の不織布製の外層シートであって、

前記外層シートは、所定の幅で複数回折り返された折り畳み部を有し、前記外層シートの屈曲時に、前記折り畳み部が広がることによって、前記着用者と前記外層シートの間に空間を生じることを特徴とする、使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項2】

前記折り畳み部が前記股下部に位置する、請求項1に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項3】

前記折り畳み部が、前記背面部に位置する、請求項1または2に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項4】

前記折り畳み部の折り返し部の内側に、複数の空気孔が形成された、請求項1に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項5】

前記外層シートの前記折り畳み部を有する部分における、前記折り畳み部が完全に広がった状態の前記外層シートの幅と、前記折り畳み部が広がっていない状態の前記外層シートの幅の比が、1.05~1.3の範囲にある、請求項1~4のいずれか1項に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項6】

前記折り畳み部が、前記外層シート上に剥離可能に固定されてなる、請求項1~5のいずれか1項に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項7】

前記外層シートが、前記前面部及び/または背面部に、幅方向に弾性伸縮性を有する弾性伸縮部を有し、前記折り畳み部が、前記弾性収縮部の幅方向端部もしくは中央部に形成されてなる、請求項1~6のいずれか1項に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項8】

前記弾性収縮部における前記折り畳み部が形成された箇所が、弾性収縮性を有さないことを特徴とする、請求項7に記載の使い捨ておむつ用外層シート。

【請求項9】

請求項1~8のいずれか1項に記載の使い捨ておむつ用外層シートと、前記外層シートの両表面のうちの着用者側の表面上であって、前記股下部の全体と前記股下部に繋がる前記前面部及び前記背面部の一部にかけて配置される液不透過性の透明性シートと、前記液不透過性の透明性シートの前記着用者側に配置される液吸収体と、を少なくとも含むことを特徴とする、使い捨ておむつ。」

(3)原告出願は、平成28年12月22日、特開2016-214828号として出願公開された(甲60)。

(4)原告発明について

ア 明細書の記載

原告出願の明細書には、次の記載がある(甲54、60)。

「【技術分野】

【0001】

本発明は、使い捨ておむつの外形を形成する外層シート、および前記外層シートを備える使い捨ておむつに関する。

【背景技術】

【0002】

近年、布製のおむつに替わり、例えば、P&G社製の「パンパース(登録商標)」、ユニ・チャーム社製の「ムーニーマン(登録商標)」等の、本体が不織布からなるおむつ(いわゆる、使い捨て紙おむつ)が、多数市場に出回っている。

これら使い捨て紙おむつの製品の質は、近年非常に向上しており、廃棄や取り換えが容易であるといった特徴に加えて、液漏れも非常に生じにくく、かつその形状が着用者にフィットするため、装着後も着用者が違和感を覚えにくいといった特徴をも兼ね備えたものとなっている。

【0003】

しかし一方で、上記した液漏れの防止やフィット感を考慮するあまり、これらの使い捨て紙おむつが有する課題として、着用者が長時間装着した場合、外気との通気性が非常に悪くなり、内部に熱がこもり易いといった問題、あるいは予め所定の大きさにサイズが決まっているため、着用者の成長とともにフィット感も変化し、適切なサイズの製品が見つからなくなる場合がある、といった問題も生じている。特に上記した通気性の悪化は、上記の紙おむつの外層が、一般に通気性に優れるとされる不織布製のシート材料から形成される場合であっても、尚、解消されることがないものである。

【0004】

例えば、特許文献1に開示されているパンツ型の紙おむつは、一般にサイズ適性範囲が狭いという不都合があり、着用者に圧迫感を与えるとともに、内部に熱がこもり易いため、着用者の不快感も増大し易い。

また、例えば特許文献2に開示されているパンツ型の紙おむつについても、胴周りに相当する位置の外層シートの幅方向にわたり弾性伸縮部材を有する構成であるため、着用時のフィット性が向上する一方で、着用後には当該外層シートの縮みにより着用者が感じる圧迫感も増大してしまう。

【0005】

加えて、上記のようなパンツ型の紙おむつを着用者が長時間着用すると、場合によっては皮膚にかゆみを生じたり、所謂、おむつかぶれが起こったりする懸念も生じる。

【先行技術文献】

【特許文献】

【0006】

【特許文献1】特開平2-4364号公報

【特許文献2】特開2008-183332号公報

【発明の概要】

【発明が解決しようとする課題】

【0007】

従って本発明の目的は、サイズ適性が広いと同時に、通気性も同時に確保された使い捨ておむつ用外層シート、及びこれを備えた使い捨ておむつを提供することにある。」

「【0011】

本発明の使い捨ておむつ用外層シートは、サイズ適性が広いと同時に、通気性も十分でありながら、着用者へのフィット性も失われることがない。加えて加工も容易であるため、生産性も非常に高い。」

イ 原告発明の内容

上記明細書の記載によれば、原告発明の内容は、概要次のとおりであると認められる。

(ア)原告発明は、使い捨ておむつの外形を形成する外層シート及びその外層シートを備える使い捨ておむつに関する(【0001】)。

(イ)近年、布製のおむつに替わって多数市場に出回っている、いわゆる使い捨て紙おむつは、本体が不織布からなるものであり、その製品の質が非常に向上した結果、①廃棄や取り換えが容易である、②液漏れが非常に生じにくい、③着用者にフィットする形状のため装着後も着用者が違和感を覚えにくい、といった特徴を兼ね備えるようになった(【0002】)。

(ウ)その一方で、液漏れ防止やフィット感を考慮する余り、①長時間装着すると通気性が非常に悪くなって内部に熱がこもり易い、②製品のサイズがあらかじめ決まっているため、着用者の成長とともにフィット感が変化し、適切なサイズの製品が見つからなくなる、といった問題が生じており、特に通気性の悪さは、一般に通気性に優れるとされる不織布性のシート材料で形成しても解消されない(【0003】)。

すなわち、従来のパンツ型の紙おむつには、サイズ適性範囲が狭い、着用者に圧迫感を与えるとともに内部に熱がこもり易いため着用者の不快感が増大する、長時間着用すると皮膚にかゆみを生じたり、おむつかぶれが起こったりするという欠点があった(【0004】、【0005】)。

(エ)原告発明は、これらの課題を解決しようとするものであり、その目的は、サイズ適性が広いとともに、通気性が確保された使い捨ておむつ用外層シート、及びその外層シートを備える使い捨ておむつを提供することにある(【0007】)。

(オ)原告発明は、サイズ適性が広い、通気性が充分でありながら着用者へのフィット性も失われない、加工が容易であるため生産性が非常に高い、といった効果を奏する(【0011】)。

(5)出願審査の請求

原告は、平成29年3月9日、原告出願について出願審査の請求をした(甲61の1・2)。

2 原告本人尋問における原告の陳述内容

本件審判手続において、請求人(原告)の本人尋問が行われていたが、当裁判所は、改めて原告本人尋問を実施した。

その際、原告は、本件審判請求を行った動機、経緯等について、要旨次のとおり陳述した。

(1)原告は、特許権取得のための支援活動等を行う個人事業主であり、自らも特許技術製品の開発等を行っている。

(2)特許願(甲54)の請求項に記載されている発明(原告発明)は、自分(原告)の発明である。

(3)原告発明に係るおむつの開発に着手した理由は、日頃から医療分野に興味を持っていたこと、特に子供の頃から●●(省略)●●ことや、●●(省略)●●、排せつの問題に関する知識があったこと、さらには、災害の発生、外国人の需要などにより、商品開発をして市場に提供するチャンスがあると考えたことによる。

(4)原告発明は、紙おむつの外層シートに新たな構造を付加することを特徴とするものであり、弾性構造のない部分を有し、かつ、(テープ型でなく)パンツ型のおむつが最も適する。

(5)原告としては、自ら発明を実施する能力がないので、ライセンスや他の業者に委託して製造してもらうことなどを考えており、製品化の準備として、市販品のおむつ(被告製品など)に手を加えて試作品(サンプル)を製作していた。

(6)実際に上記試作品をおむつの製造業者等に持ち込んだことはまだないが、インターネット上で特許発明の実施の仲介を行う業者や不織布を取り扱う業者に対し、原告発明の実施の可能性について尋ねたことはある。

(7)その際、原告としては、原告発明を製品化する場合、被告の本件特許に抵触する可能性があると考えていたので、率直にその旨を上記の業者らに伝えたところ、いずれも、その問題(特許権侵害の可能性)をクリアしてからでないと、依頼を受けたり、検討したりすることはできないといわれ、それ以上話が進められなかった。

(8)原告としては、設計変更等による回避も考えたが、原告発明を最も生かせる構造(実施例)は、被告の本件特許発明の技術的範囲にあると思われたため、原告発明を実施する(事業化する)には、本件特許に抵触する可能性を解消する必要性があると判断し、また、専門家から本件特許に無効理由があるとの意見をもらったことから、本件無効審判請求を行った。

3 検討

以上のとおり、原告は、単なる思い付きで本件無効審判請求を行っているわけではなく、現実に本件特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願を行い、かつ、後に出願審査の請求をも行っているところ、原告としては、将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えており、そのためには、あらかじめ被告の本件特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)を解消しておく必要性があると考えて、本件無効審判請求を行ったというのであり、その動機や経緯について、あえて虚偽の主張や陳述を行っていることを疑わせるに足りる証拠や事情は存しない。

以上によれば、原告は、製造委託等の方法により、原告発明の実施を計画しているものであって、その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり、試作品(サンプル)を製作したり、インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ、原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから、本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである

被告は、「請求人(原告)が、本件特許発明について、実施の準備をしている者と評価されるためには、例えば、紙おむつを製造販売する事業(物の発明の生産、譲渡等を伴う事業)に必要となる製造設備や資金、販売ルート等を備えた企業等が、本件特許発明の実施に該当する事業の準備(事業の計画)を行うとともに、請求人が、その事業の少なくとも一部において主体的に関与していること」が必要であるとした審決の判断は相当であるから、そのような事情の認められない本件においては、利害関係の存在を肯定することはできないと主張する。しかし、上記のような要求をするということは、原告が製造委託先の企業等を求めようとしても、相手方となるべき企業等が、本件特許との抵触のおそれを理由に交渉を渋るというような場合には、直ちに本件特許の無効審判を請求することはできず、まずは、原告が自ら製造設備の導入等の準備行為を行わなければならないという帰結をもたらすことになりかねないが、このように、経済的リスクを回避するための無効審判請求を認めず、原告(審判請求人)が経済的なリスクを負担した後でなければ無効審判請求はできないとするのは不合理というべきである

また、被告は、原告発明と本件特許発明とは何ら関係がない等として、原告による原告発明の実施が本件特許に抵触することはあり得ないという趣旨の主張をする。しかし、原告発明は、主として折り畳み部を有する外層シートに関する発明であるから、それだけで紙おむつを製作することができるわけではなく、他に様々な技術を利用する必要があることは明らかであるところ、そういった、他に利用すべき技術の一つとして、本件特許が無効なのであれば、それに係る技術を利用しようとすることも考え得るところである(原告本人の陳述は、そのような趣旨であると理解できる。)。被告は、本件特許発明以外の技術によっても代替可能であるという趣旨の主張をするものと思われるが、本件特許が無効なのであるとすれば、それにもかかわらず、原告が、本件特許発明の利用を回避しなければならない理由はないというべきであり、被告の上記主張も失当である。

5.検討

(1)本件は請求人の適格性について争われました。審決では、利害関係人とは、特許発明にかかるもの(特許発明そのものか、あるいは、特許発明を利用する関係にあるもの)の実施準備をしており、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることによって不利益を被るおそれがあることを要する立場にいる者、としています。そして、請求人(本件原告)の行為(事業化の一環としての特許出願、試作品の製作、既存の紙おむつ製造業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ、インターネットサイトへの登録など)は、いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備に該当せず、無効とされるべき特許発明が誤って特許され、保護されることよって原告が不利益を被るおそれがあるとはいえないから、原告は特許法123条2項の利害関係人には該当しない、と判断しました。

(2)一方、審決取消訴訟では、原告は、製造委託等の方法により、原告発明の実施を計画しているものであって、その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり、試作品(サンプル)を製作したり、インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ、原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから、本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである、と判断しています。

(3)審決と判決とを比較すると、審決では「実施の準備」であることを必要としていますが、判決では「実施の計画」で十分という考え方であると思われます。確かに特許庁の考え方では、新たに特許発明に係る製品分野に進出しようとするベンチャー企業等が、事前に他社の特許調査をして、その対策をとってから投資するという道を閉ざしてしまいかねません。そういった意味でも裁判所の判断の方が公正な考え方のように思われます。

(4)ところで、原告の主張にも特許無効審判における「利害関係人」について法改正と絡めて説明がありましたが、特許を取り消したり無効にしたりする手段について時系列を交えて簡単に整理してみます。

このように特許無効審判の請求人適格は時代によって変化しています。もっとも、もともと条文上は利害関係人であるとの明記はなく、判例により利害関係人に限ると解釈されていました。しかし、平成26年法改正で利害関係人と明記されました。

(5)こうしてみると、特許異議申立のみ誰でも申立できますが、それ以外の無効の主張は主張できる人が限られています(特に侵害訴訟における無効の抗弁が可能なのは究極の利害関係人であるといえます。)。特許異議申立が特許掲載公報の発行の日から6月以内しか申立てできないことからすると、それ以降に利害関係人以外が特許を無効にすることができないことになります。

(6)このあたりがどうもしっくりきません。キルビー判決を受けて104条の3を作った以上、利害関係人を要件とする無効主張は104条の3だけで良いのではないでしょうか?

本判決でも触れているように、事業の新規参入を予定している者にとって、無効理由が存在すると考えられる特許に対する対処措置が、利害関係を要件とする特許無効審判しか存在しない制度設計は障壁といえます。

また、特許無効審判の入口には利害関係人という要件を設け、出口には対世的効力という効果を与えるというのも違和感があります。利害関係人を要件とするのであれば、104条の3のような無効という判断が当事者にしか及ばない制度だけで十分のように思います。

(7)最近の侵害訴訟の判例を見ていると、104条の3で無効の抗弁をするが特許無効審判を請求していないケースが多く見受けられます。現実問題としてわざわざ別に特許無効審判を請求するよりも時間、金額といった面で節約できますし、対世的な効力など求めないでしょう。

そういったことを考えると特許無効審判の請求人適格を緩和した方が特許庁と裁判所の役割の違いがはっきりするように思います。