遮断弁事件

投稿日: 2017/03/24 1:03:53

今日は、昨年の12月6日に判決が言い渡された平成25年(ワ)第14748号 特許権侵害行為差止等請求事件(本訴)及び平成25年(ワ)第31727号 損害賠償請求事件(反訴)について検討します。本訴の特許が4件、反訴の特許が1件あるのでまともにやるとかなりのボリュームになってしまうので興味がある部分だけ検討します。

以下、判決に倣って本訴原告兼反訴被告を原告、本訴被告兼反訴原告を被告とします。製品分野はガス遮断弁に関するものです。原告はいわずとしれた大企業であるパナソニック株式会社です。このパナソニック株式会社の社内カンパニーであるアプライアンス社の法人向け商品の中にモーター遮断弁がありましたが、残念ながらホームページでは製造型番が確認できませんでした。一方、被告の沖マイクロ技研株式会社は沖電気工業株式会社の全額出資会社であるモーター・アクチュエーターの専業会社です。

この事件で印象に残ったのは次の点です。

① 特許請求の範囲に「摺動」により軸受が限定解釈された点。

② 特許請求の範囲の「パイプ」が広く解釈されている点。

③ 本訴・反訴合わせて5件の特許のうち4件が提訴の時点で既に消滅していたと思われる点。

 

1.各手続の時系列の整理

表1.原告特許及び被告特許の審査経緯

 

表2.原告特許及び被告特許の係争の流れ

 

2.本件特許発明の内容

本事件の特許の請求項を以下に記載します。なお、黄色の蛍光でマーキングした構成要件が充足性の点で争われました。なお、図面は原告特許2(原告特許3も同じ)及び被告特許のみ引用します

(1)原告特許1(特許第4547751号)

【請求項1】

1A 励磁コイル(43)を有するステータ(46)と、

1B 前記ステータ(46)の内側に同軸に配設され貫通穴のないなべ状に成形された剛体性の隔壁(47)と、

1C 流体室(56)に取り付け可能で前記隔壁(47)の円筒部(47c)外径より若干大きな内径の円筒状段差部(57b)を形成された剛体性の取り付け板(57)と、

1D 前記隔壁(47)の円筒部(47c)外周と前記取り付け板(57)段差部(57b)内周との間に円周方向に圧縮されて配設された弾性体製のシール部材(58)と、

1E 前記隔壁(47)の内側に前記ステータ(46)に対向して配設されたロータ(55)と、

1F 前記ロータ(55)の回転軸(53)に配設された弁機構とで構成され

1G 前記隔壁(47)は、開放端につば(47e)を有し、前記つば(47e)を前記シール部材(58)と共に前記取り付け板(57)段差部(57b)に挿入して構成し

1H 遮断弁。

(2)原告特許2(特許第4389904号)

【請求項1】

2A コイル(15)を有するステータ(14)と、

2B 前記コイル(15)への通電によって励磁され回転するロータ(16)と、

2C 前記ロータ(16)の回転軸(18)と、

2D 前記ステータ(14)とロータ(16)の間に介在し前記ロータ(16)を収納してガス流路との気密性を保持する有底筒状の気密隔壁(25)と、

2E 前記気密隔壁(25)の底部に設け前記回転軸(18)の一方を受ける第2の軸受(22)と、

2F 前記気密隔壁(25)の開口側に挿入され前記回転軸(18)の他方を受ける第1の軸受(19)と、

2G 前記気密隔壁(25)の外周に配しベース板(27)との間で気密性を保持するシール材(26)と、

2H 前記ロータ(16)の回転を直動に変換する変換手段と、

2I 前記変換手段を介してガス流路に配設した弁座(35)への当接、離反により流路の開閉を行う弁体(33)と、

2J 前記弁体(33)を弁座(35)側に付勢する付勢手段(36)とを備え、

2K 前記変換手段は、回転軸(18)に形成したねじ部と弁体(33)側に形成したナット部(34)の係合により回転運動を直進運動に変換し、

2L-1 前記第1の軸受(19)と第2の軸受(22)は、異なる材質を用いて構成すると共に、

2L-2 それぞれ前記回転軸(18)に接触するラジアル軸受部(20)と前記ロータ(16)と当接するスラスト軸受部(21)を有し、

2L-3 弁開動作時に当接する前記ロータ(16)と前記スラスト軸受部(21)との摺動抵抗に対し、弁閉状態時に当接する前記ロータ(16)と前記スラスト軸受部(21)との摺動抵抗を大きくした

2M 流体制御弁。

(3)原告特許3(特許第4389905号)

【請求項1】

3A コイル(15)を有するステータ(14)と、

3B 前記コイル(15)への通電によって励磁され回転するロータ(16)と、

3C 前記ロータ(16)の回転軸(18)と、

3D 前記ステータ(14)とロータ(16)の間に介在し前記ロータ(16)を収納してガス流路との気密性を保持する有底筒状の気密隔壁(25)と、

3E 前記気密隔壁(25)の底部に設け前記回転軸(18)の一方を受ける第2の軸受(22)と、

3F 前記気密隔壁(25)の開口側に挿入され前記回転軸(18)の他方を受ける第1の軸受(19)と、

3G 前記気密隔壁(25)の外周に配しベース板(27)との間で気密性を保持するシール材(26)と、

3H 前記ロータ(16)の回転を直動に変換する変換手段と、

3I 前記変換手段を介してガス流路に配設した弁座(35)への当接、離反により流路の開閉を行う弁体(33)と、

3J 前記ロータ(16)が回転する際に前記弁体(33)が回転しないように規制する回転防止手段と、

3K 前記弁体(33)を弁座(35)側に付勢する付勢手段とを備え、

3L 前記変換手段は、回転軸(18)に形成したねじ部と弁体(33)側に形成したナット部の係合により回転運動を直進運動に変換し、

3M 前記回転防止手段は、前記ベース板(27)側に設けた回転規制部を前記変換手段のナット部に作用させることで前記弁体(33)の回転を防止する構成とし、

3N-1 前記第1の軸受(19)と第2の軸受(22)は、異なる材質を用いて構成すると共に、

3N-2 それぞれ前記回転軸(18)に接触するラジアル軸受部(20)と前記ロータ(16)と当接するスラスト軸受部(21)を有し、

3N-3 弁開動作時に当接する前記ロータ(16)と前記スラスト軸受部(21)との摺動抵抗に対し、弁閉状態時に当接する前記ロータ(16)と前記スラスト軸受部(21)との摺動抵抗を大きくした

3O 流体制御弁。

(4)原告特許4(特許第4461539号)

【請求項1】

4A 励磁コイル(43)を有するステータ(46)と、

4B 前記ステータ(46)の内側に同軸に配設され貫通穴がなく、大径の円筒部(47c)と小径の円筒部(47c)で形成された2段の底を有するなべ状に絞り加工で成形された隔壁(47)と、

4C 中心孔と前記隔壁(47)の小径の円筒部(47c)のなべ側面に嵌挿される嵌挿部を有する合成樹脂製の第1の軸受(48)と、

4D 前記隔壁(47)の大径の円筒部(47c)のなべ側面の開放端側に嵌挿された中心孔を有するふた状の合成樹脂製の第2の軸受(49)と、

4E 前記隔壁(47)の内側に前記ステータ(46)に対向して配設されたロータ(55)と、

4F 前記第1、第2の軸受(48、49)に回転可能に緩挿された前記ロータ(55)の回転軸と、

4G 前記第2の軸受(49)から外側に突出し前記回転軸に配設された弁機構とで構成し、

4H 前記第1の軸受け(48)は、前記大径の円筒部(47c)の底に当接するストッパ(48d)を備え、前記ストッパ(48d)を前記隔壁(47)の大径の円筒部(47c)のなべ側面に接しない大きさとしたことを特徴とする

4I 遮断弁。

(5)被告訂正特許(特許第3049251号)

【請求項1】

ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において、回転軸(28)の左端部にリードスクリュー(28a)を形成し、ロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置され、Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし、当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ(38)を有する正逆回転可能なモータDと、

B このモータDの取付板(23)との間に装着されたスプリング(24)により付勢されて弁座(21)に密着する弁体(22)と、

C 先端部(25a)がこの弁体(22)の保持板(22a)に固定され、前記リードスクリュー(28a)と螺合して、左右に移動する弁体移動手段25と

D からなることを特徴とするモータ駆動双方向弁。

3.被告製品・原告製品の内容

判決に被告製品の詳細な説明がなく、原告製品は写真付きで説明されていましたが、争点となる部分は写真無しで理解できるので省略します。

 

4.当事者の主張(主なもの)

(1)構成要件1Gの充足性(原告特許1)

(被告の主張)

構成要件1Gの「共に」とは、組み立ての際に、シール部材の押し込みによって、シール部材と隔壁とを「同時に」取り付け板段差部に挿入することと解すべきである。これに対し、各被告製品は、①まず、Oリングがつばに至る軸方向途中まで嵌着されたキャンをベースフランジの段差部に挿入し、②次に、段差部にキャンが挿入された状態で、キャンの外周に嵌着されたOリングをステータの開口縁部でつば側に押し込むことによって、Oリングを段差部に挿入するものであって、シール部材に該当する「Oリング」と、隔壁に該当する「キャンのつば」とを、Oリングの押し込みによって、「同時に」ベースフランジの段差部に挿入するものではない。

(原告の主張)

時間的な意味で厳密に「同時」に隔壁とシール部材とを取り付け板段差部に挿入する構成に限定するものではない。

(2)構成要件2L-3、2L-3、3N-2及び3N-3の充足性(原告特許2及び3)

(被告の主張)

「摺動抵抗」とは滑って動くことによる抵抗、すなわち「すべり摩擦」を意味し、そのような抵抗を生じさせる軸受部が「スラスト軸受部」に該当する。「すべり軸受」は、すべり運動によってすべり摩擦(摺動抵抗)だけが生じる軸受であるのに対し、「ころがり軸受」は、ころがり運動によるころがり摩擦(ころがり抵抗)の小さいことを利用した軸受であり、その機序が全く異なる上、摩擦係数も、すべり摩擦の方がころがり摩擦よりはるかに大きいことは技術常識である。

したがって、「スラスト軸受部」は、潤滑油膜を介して流体潤滑によって摩擦を減じる「すべり軸受」に限定され、ころを介して軸と軸受とのすべり摩擦をころがり摩擦に変換して摩擦を減じる「ころがり軸受」は、「スラスト軸受部」には含まれない。

(原告の主張)

「摺動抵抗」は「ロータの回転運動を阻害するトルク」を意味するもので、ロータと軸受との接触面の摩擦に限定されるものではない。「ころがり軸受」がロータと当接した場合は、玉(転動体)と玉がころがる平面との間で生じる摩擦によって、ロータの回転運動を阻害するトルクが生じるのであるから、機序に若干の相違はあるものの、「ころがり軸受」もすべり軸受と同様に、ロータを受けてその回転運動を阻害する部材であり、これを原告発明2及び3の「スラスト軸受部」に含めても「摺動抵抗」の意義と矛盾しない。原告特許2及び3の特許出願の願書に添付した各明細書(以下、それぞれ「原告明細書2」、「原告明細書3」という。)において開示された実施例はすべり軸受であるが、あくまで実施例として記載されたものであるから、同記載のみで「軸受」がすべり軸受に限定されるはずはない。むしろ、原告明細書2及び3においては、「軸受」をすべり軸受に限定しておらず、かえって、軸受とロータの接触面積のみならず軸受の「材質」で摺動抵抗に差異が生じることを開示しているのであるから(原告明細書2の段落【0012】、【0018】)、業者は「軸受」にころがり軸受が含まれることを当然に読み取ることができる。

(3)構成要件4Hの充足性(原告特許4)

(被告の主張)

被告製品1の仕様は、キャンにおける小径の円筒部(凹部)の深さが2.3ミリメートル、軸受Pにおける突起部を基準とした高さが2.45ミリメートルにそれぞれ設定されているため、組立状態において、突起部と大径の円筒部の底との間に0.15ミリメートルのすきまAが生じるのであり、実際の管理公差(部品加工メーカが購入している材料の管理公差)を前提に最も公差が生じる場合であっても0.02ミリメートルのすきまAが残る。したがって、軸受Pの突起部がキャンの大径の円筒部の底に「当接する」ことは起こり得ないから、当該突起部は構成要件4Hの「ストッパ」としての機能を有しない。

そもそも、被告製品1における軸受Pの突起部は、軸受Pを逆方向に挿入しないための対策(いわゆる「ポカよけ」=作業ミスの防止)として設けたものであり、軸受Pの位置決めは、小径の円筒部のなべ側面と小径の円筒部の底の2つの面でなされるから、軸受Pの突起部がキャンの大径部の底に当接している必要はないのである。

(原告の主張)

①被告の主張する「すきまA」なるものは、その幅が0.15ミリメートルというごく微細なものであって、軸受Pの製造時や被告製品1への組込み時、あるいは作動時における誤差の範囲内であると考えられるのであって、被告において、これらいずれの段階でも常に、0.15ミリメートルの「すきまA」が生じているという立証はされていない。また、②第1の軸受の隔壁の大径の円筒部の底への「当接」は、原告明細書4の「当接するよう」(に)(段落【0026】)との記載からも明らかなとおり、常に当接していることを要求するものではないから、仮に、製造時に0.15ミリメートルのすきまAが存在することがあるとしても、被告製品1の突起部は構成要件4Hのストッパに該当する。さらに、③被告製品1の軸受Pは金属製ではなく合成樹脂製であり、かつ、ロータの回転を阻害しないように必ずスラスト方向の隙間(ガタ)が形成されているから、閉成動作時には、弁体が弁座に当接した後さらに回転することで、ロータが軸受P側に移動し、軸受Pを押すことによる反力に起因する閉止保持トルクを得ることとなる。その際、軸受Pに圧縮の力学的作用が生じるから、被告製品1について、製造時の段階ですきまAが生じていたとしても、遮断動作によって、すきまAの存在がなくなる可能性がある。加えて、④原告発明4で重要なのは、隔壁を二段の底を有する形状とし、小径の円筒部のなべ側面に合成樹脂製の軸受を嵌装することであって、大径の円筒部の底への当接は付随的なものにすぎない。しかるに、被告製品1の軸受Pも、キャンの小径の円筒部の底には当たっている。したがって、被告の主張は、いずれも被告製品1の構成要件4Hへの充足性を否定する根拠とはならない。

(4)構成要件Aの充足性(被告訂正特許)

(原告の主張)

被告発明の構成要件を限定解釈せずにそのまま形式的に原告製品と対比させたとしても、原告製品は、貫通穴のないなべ状に成形され開放端につばを有するケース体10を具備するものであって、被告発明の「薄板パイプ(38)」に相当する構成を具備していないから、構成要件5Aを充足しない。「パイプ」の字義及び被告明細書の段落【0005】及び【0015】の記載によれば、「薄板パイプ(38)」は、その両端が開放されていることを必須の構成と見るべきところ、原告製品の「ケース体10」は、その一端のみが開放された構成であって、被告発明の「薄板パイプ」と原告製品の「ケース体10」とは、部材として全く別個のものであるばかりか、部材に関する技術的意義も製品全体としての気密構造も全く異にする。

(被告の主張)

原告製品のケース体10を構成する「薄板の筒状部10a」とこの筒状部10aの後端を塞ぐ「底部10b」のうち「薄板の筒状部10a」は、被告発明の「薄板パイプ」に相当する。「薄板パイプ」に相当するのは、あくまで「薄板の円筒部10a」であり、単なる付加的事項にすぎない「底部10b」を含めた「ケース体10」全体が「パイプ」形状であるか否かを論じることに意味はない。

そして、原告製品の「薄板の筒状部10a」にシール部材が取り付けられている以上、「薄板の筒状部10a」は、シール部材が装着される被シール部としての静止部材を提供するものであって、被告発明の「薄板パイプ」の技術的意義と何ら異なるところはない。また、薄板パイプの後端部については、ガス通路隔壁として内外を遮断するものである限り、パイプ部分とは別の部材で密閉しようと、原告製品の「ケース体10」のようにパイプ部分に一体成型されたふたで密閉しようと、パイプ部分自体が果たす技術的意義に何ら変わりはない。

 

5.裁判所の判断

(1)各被告製品が原告発明1の技術的範囲に属するか

被告は、構成要件1Gの「共に」とは、組立ての際にシール部材の押し込みによってシール部材と隔壁とを「同時に」取り付け板段差部に挿入することを意味するとして、シール部材に該当するOリングと隔壁に該当するキャンのつばとをOリングの押し込みによって「同時に」ベースフランジの段差部に挿入するものでない各被告製品については構成要件1Gを充足しないと主張する。

しかしながら、原告明細書1には、Oリングと隔壁の挿入が同時に行われることやその効果について言及した記載は見当たらず、かえって、つばとOリングとの関係を組立手順ではなく構造として説明する実施例が存在することは、上記アのとおりである。そもそも原告発明1は遮断弁に関する物の発明であるから、物(遮断弁)の組立方法によって当該物の構成が相違するものではなく、構成要件1Gの「共に」は、物の構成を組立手順によって特定したものではなく、物の客観的構成を物の状態によって特定するものと解される。

したがって、被告の主張は採用することができない。

(2)各被告製品が原告発明2、3の技術的範囲に属するか

「スラスト軸受部」が、当接するロータとの間で摺動している物体間に働く動摩擦力による抵抗(すべり摩擦)を生じることを前提とする「すべり軸受」に限定されることは明らかである。

したがって、各被告製品の軸受部である「ころがり軸受」は、構成要件2L-2及び3N-2並びに構成要件2L-3及び3N-3の「スラスト軸受部」を充足しない。

これに対し、原告は、「摺動抵抗」が「ロータの回転運動を阻害するトルク」を意味するにすぎず、すべり摩擦に限定されるものではないとして、各被告製品の「ころがり軸受」についても構成要件2L-2及び3N-2の「スラスト軸受部」に含まれると主張する。しかしながら、上記のとおり、構成要件2L-3及び3N-3の記載及び技術常識に照らせば、「スラスト軸受部」にころがり軸受が含まれないことは明らかである。

(3)各被告製品が原告発明4の技術的範囲に属するか

原告は、①軸受Pの突起部と大径の円筒部の底との間のすきまは、幅0.15ミリメートルであるというごく微細なものであり、軸受Pの製造時、組立時及び作動時を通じて同すきまが生じているという立証はない、②ストッパについて隔壁の大径の円筒部の底への「当接」は常に当接していることを要求するものではないから、製造時に同すきまがあっても「当接」は否定されない、③軸受Pは合成樹脂製であり、閉成動作時に生ずる圧縮の力学的作用によってすきまAの存在がなくなる可能性がある、④原告発明4で重要なのは、隔壁を二段の底を有する形状とし、小径の円筒部のなべ側面に合成樹脂製の軸受を嵌装することであり、大径の円筒部の底への当接は付随的なものにすぎないところ、被告製品1の軸受Pもキャンの小径の円筒部の底には当接している旨主張する。しかしながら、原告の主張のうち④は、「前記第1の軸受けは、前記大径の円筒部の底に当接するストッパを備え、」という構成要件4Hの記載に反するものというほかなく、また、②については、第1の軸受が大径の円筒部の底に当接するストッパを備える構成は原告発明4の本質的部分であって、原告発明4はかかる構成を採用することにより、絞り加工の際、ストッパに当接する大径の円筒部の底によっても位置決めされることとなり、第1の軸受の取り付け精度を向上させるとの作用効果を奏するものであるところ、製造時においてストッパと上記底との間にすきまがあれば、上記作用効果を奏することができないのであるから、いずれも到底採用することができない。さらに、上記①及び③については、いずれも、軸受Pの突起部が隔壁の大径の円筒部の底に当接している可能性を指摘するにとどまり、何らその点の立証はないのであるから(なお、この点は上記②についても同様である。)、いずれも到底採用することができない。

(4)原告製品が被告発明の技術的範囲に属するか

原告は、「パイプ」の字義及び被告明細書の段落【0005】及び【0015】の記載によれば、「薄板パイプ(38)」は、その両端が開放されていることを必須の構成と見るべきところ、原告製品の貫通穴のないなべ状に成形され開放端につばを有する「ケース体10」は、その一端のみが開放された構成であって、被告訂正発明の「薄板パイプ(38)」に相当する構成を具備していないと主張する。しかしながら、上記の被告訂正発明の技術的意義に鑑みれば、薄板パイプの後端部については、必ずしもOリングによってシールされている必要がなく、適宜の方法で封止されていれば足りると解されるから、薄板パイプの後端部を薄板パイプと同一部材でなべ状に封止したからといって、これにより、直ちに被告訂正発明の「薄板パイプ」該当性が否定されることとはならず、原告の主張は採用することができない。

 

6.検討

(1)原告特許1、4と被告製品の関係

原告発明1記載の「共に」を時間的関係で「同時に」を意味するという被告の主張はかなり苦しいと思います。一昨年、プロダクト・バイ・プロセスクレーム(PBPクレーム)について最高裁判決が出た後に特許庁がPBPクレームの例示を公表しました。その例を見ながら能動的に表現すると方法と解釈され、受動的に表現すると構成と解釈されるのではないか、という感想を聞いたことを覚えています。たまたまかもしれませんが、本件では被告が「挿入して」という文言を取り上げて方法に結びつけています。ちょっとしたことですが受動的に表現すべきか等は常に頭に置いておく必要があります。

原告発明4記載の「当接」の文言の意義が争われています。しかし、さすがに「当接」と明記している以上接触していないものまで含むというのは無理があります。また、原告は「すきまA」について誤差の範囲であって常にこの「すきまA」が保たれているか立証されていない、と主張しています。しかし、原告の主張する通り「すきまA」が誤差の範囲内であって数ある被告製品の中には当接しているものもある場合、原告はどのようにして「当接」している被告と「当接」していない製品を区別し、「当接」する製品の数を特定するのでしょうか?被告は設計上「当接」しないように製造しているわけですから、侵害品の個数の特定は原則通り原告の責任になります。したがって、この主張は先詰まりになってしまうように思います。

(2)原告特許2、3と被告製品の関係

スラスト軸受部のスラストとは ” thrust” なので「シャフトの推力を受け止める軸受」です。したがって、構造を特定できる名称ではありません。本件では特許請求の範囲で「摺動抵抗」という文言を用いたために「スラスト軸受部」の解釈が「すべり軸受」に限定されました。審査書類情報からダウンロードした拒絶理由通知書や意見書に目を通しましたが、「摺動抵抗」ではなく「摩擦抵抗」でも拒絶理由は解消したのではないかと思いました。明細書作成時にすべり軸受しか想定していなかったと思われますが、特許用語である「摺動」を用いずに単に「摩擦」と書いていれば、補正する場合にも自動的に「摩擦抵抗」となったのではないかと思います。もちろん初めから具体的な軸受を例示して、それぞれの場合でも本発明の関係性を満たせば同じ効果が得られる、とまで記載していれば百点満点なのですが、それもなかなか難しいです。

(3)被告特許と原告製品の関係

ここで争われたのは、要は実施例として別体で形成された構成のみが例示されているのに対し、製品は一体で形成された構成である場合に製品の一部分のみ切り取って特許請求の範囲に含まれると判断できるか、という点です。

製造者側(本件では原告)からすると、特許請求の範囲に「パイプ」と書いてあって明細書等にもパイプの例しか記載がない以上一部分がパイプ状の部品まで含むのは広く解釈しすぎている、という主張になります。

確かに被告特許の明細書を読む限りは原告製品のようなケース体までは想定せずに記載したと思われます。しかし、パイプという形状そのものが発明のポイントではないことから一体形成されているものも含むと判断されたと思います。

(4)なぜ消滅した特許だらけなのか

本訴・反訴合わせて5件中4件が既に消滅した特許です。本訴訟前に原告であるパナソニックと被告である沖マイクロ技研の間で交渉が行われていたか定かではありませんが、業界の常識上は警告状の送付と何回かの書面のやり取りや面談はあったと思います。そして完全に想像ですが、初めにパナソニックから原告特許1について沖マイクロ技研に警告状が送られ、それに対して沖マイクロ技研から被告特許が提示され、パナソニックが急遽原告特許2~4を追加したのではないでしょうか。原告特許2~4が存続期間満了ではなく年金不納で消滅しているためにそのように想像します。

それにしても不当利得返還請求の消滅時効は長いので消滅した特許まで訴訟で争うとなると特許権者が権利行使する際に相手の特許保有状況を調べる範囲が広くて大変です。