平成27年(ネ)第10099号 特許権侵害差止等請求控訴事件

投稿日: 2017/02/02 4:13:10

 今日は平成27年(ネ)第10099号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第23732号)について検討します。

 1審も2審も判決には被告製品の詳細が添付されていませんが、1審の判決文に型番が記載されていたので、ネットで検索してみました。

 控訴人(一審原告)の特許の請求項1は以下の通りです(括弧番号は筆者が加筆)。対応する図面はファイルとして添付しています。

【請求項1】 

1A-① 少なくとも4本の支柱(3)と、該支柱(3)を相互に折り畳み自在に連結する複数のシザー組立体(2)と、幕体(6)の中央部を間隔をおいて山型の屋根形状に支持する複数の幕体支持ポール(4)とを含み、

1A-② シザー組立体(2)は2本のバーをX字状に回動自在に連結してパンタグラフ状に折り畳み自在とした構造とし、

1A-③ 屋根構造体の短手方向に支柱(3)を連結するシザー組立体(2)の中央部に前記幕体支持ポール(4)を垂直に連結し、

1A-④ 支柱(3)の上端に固定される固定ブラケット(2a)と支柱(3)の途中にスライド自在に挿着されるスライドブラケット(2b)で支柱(3)とシザー組立体(2)を相互に連結し、

1A-⑤ 且、幕体支持ポール(4)の下端に固定される固定ブラケット(2a)と幕体支持ポール(4)の途中にスライド自在に挿着されるスライドブラケット(2b)で、幕体支持ポール(4)とシザー組立体(2)を相互に連結した屋根構造体において、

1B 最も外側に位置するシザー組立体(2)の中央に設置する幕体支持ポール(4)と該シザー組立体(2)と隣接するシザー組立体(2)の中央に設置する幕体支持ポール(4)との間に補強フレーム(5)を着脱自在に張設し、

1C-① 該補強フレーム(5)の一端は最も外側に位置する幕体支持ポール(4)の上端位置に、補強フレーム(5)の他端は隣接する幕体支持ポール(4)に挿着されたスライドブラケット(2b)に近接した位置において、幕体支持ポール(4)に係止させて、

1C-② 補強フレーム(5)により幕体支持ポール(4)の上端を上方に押し上げるとともに、スライドブラケット(2b)を下方に押し下げ、シザー組立体(2)の伸張を助勢しテントを展張して側面の強度を向上しつつ、直立する妻面を構成するようにしたことを特徴とする

1D 妻面を有する折り畳み自在な屋根構造体。

先ほど述べた被告製品をネットで検索した結果ですが、カタログとマニュアルが見つかりました。そこで特許の図面とカタログ等の図面を比較したらほとんど同じでした。そうなると、なぜ、原告(特許権者)の請求が棄却されたのか?気になったので請求項1を読み始めました。

私はこういった構造モノで比較的シンプルな場合、IPDLから特許請求の範囲のテキストをコピーしてワードに張り付け、クレーム中の構成と詳細な説明の構成を照らし合わせて、クレーム中の構成に番号を書き加え、それからクレームと図面を比較しながら読み進める癖があります。

今回もそのようにして読んでいたら、構成要件1A-③と図面(図1、図2)の構成が一致していないのでは?と思いました。構成要件1A-③では「幕体支持ポール(4)がシザー組立体(2)の中央部に設置」とありますが、図面では「幕体支持ポール(4)が隣接するシザー組立体(2)の隣接部に設置」となっています。そこで明細書の記載を確認したところ【発明を実施するための最良の形態】からはこの関係が明確には読み取れず、【課題を解決するための手段】には請求項と同じ内容が記載されているだけでした。

そこから一審判決を読みましたが、やはりこの点がポイントとなり非侵害となっていました。請求項1の構成要件1A-③を被告製品が充足していないというものです。

一方、二審では被告製品は構成要件1C-②のみ判断されていました。二審では「幕体支持ポールの上端を上方に押し上げる」、「スライドブラケットを下方に押し下げる」、「シザー組立体の伸張を助勢しテントを展張して側面の強度を向上」及び「直立する妻面を構成する」といった文言から「構成要件1C-②の文言に沿って解釈すれば、当該構成要件を充足する「補強フレーム」といえるためには、弾性体等の作用によって伸長する方向での付勢力を付与された部材であることを要するものと解するのが相当である。」と判断され、バネのようなものを備えていない被告製品はこの構成要件1C-③を充足しておらず非侵害と判断されています。

 

この事件からフィードバックすべき重要な点を以下に挙げます。

1.明細書中では文字で説明することに注力

一審では裁判官より特許請求の範囲の記載と明細書(課題を解決するための手段)の記載が一致している状態で図面の記載を根拠に特許請求の範囲の記載が誤記であると主張するには無理があると述べられています。したがって、言葉では表しにくい構造等があると、ついつい図面に頼ってしまいがちになりますが、明細書(実施の形態)ではきちんと言葉で構成を表現する努力をすべきでしょう。特に発明のポイント及びその周辺については詳細に説明を加えるべきです。

2.特許請求の範囲の文言と明細書(実施の形態)の文言の一致

「課題を解決するための手段」欄には特許請求の範囲と同じ内容を記載するケースが大半です。これは、特許請求の範囲に記載された事項が発明の詳細な説明に記載されていないこと、いわゆるサポート要件違反、を防ぐという目的があります。それも一つの考え方ですが、この事件のように特許請求の範囲のコピーを課題を解決するための手段に書いただけで終わり、請求項の技術的範囲と実施の形態の記載内容の確認がきちんとできていなかったりすることもあり得ます。したがって、特許請求の範囲が実施の形態でサポートされているか十分チェックする必要があります。もっともこれは意外に難しい問題です。というのも書いた本人は内容を理解したうえで書いたつもりになっているので誤りに気づきにくいからです。実際には発明者の協力がなくては完璧なチェックは難しいです。

3.特許請求の範囲に作用効果を記載しない

この事件では明細書中の【発明の効果】欄の記載内容からすると請求項1の補強フレームに弾性力が必要と限定解釈されることはなかったと思います。しかし、補正により作用効果的な記載を追加したことで文言を限定解釈する根拠となってしまいました。このあたりは注意すべき点だと思います。

「所感」

1.一審で特許請求の範囲の記載と課題を解決するための手段の記載(中央部)が一致していることをもって特許請求の範囲と明細書に同じ記載があると認定している点に若干疑問があります。前述したように実務上ほとんどの出願で両者同じ内容が書かれています。しかし、実施の形態には中央部について全く記載がなく、どの部分を指しているのか読み取れませんし、図面にも開示されていません。このように形式的には明細書でサポートされているように見えるだけのものについて図面だけが根拠だから認められない、と読めるような認定をする必要があったのか?もっと簡単に済ませられなかったか?もっとも、二審の知財高裁ではこの点について触れず、別の構成要件が充足していない点を挙げていることから、私なんかが思うよりも厄介な問題なのかもしれません。

2.もともとの請求項1に対応した発明の効果の欄に記載された作用効果を補正で追加しても、それほどの限定解釈にはならないと思います(請求項1の効果を奏さない製品に対して無理矢理権利行使ている場合は別ですが)。もっとも、それでは拒絶理由が解消しない可能性が高いかもしれませんが。今回の場合は拒絶査定不服審判請求時に補正により追加したもので、その補正の根拠がスプリングによる付勢力についての記載だったので致命的でした。もっとも不服審判請求したのは2010年で被告製品のカタログの発行が2013年だったので権利化時には被告製品が存在せず、補正はあくまで拒絶理由を解消するためだったと思います。

ちなみに余計なお世話ですが被告製品のカタログに国際特許取得と書いてあったので本件特許と比較してみようと思い検索しましたが見つかりませんでした。