アルミサッシ改修工法事件(控訴審)

投稿日: 2018/06/21 22:42:32

今日は、平成29年(ネ)第10033号 特許権侵害差止等請求控訴事件、同第10063号 附帯控訴事件(原審 東京地方裁判所平成26年(ワ)第7643号)について検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第4839108号)

手続の時系列的に整理したものが必要な場合は原審に関する投稿を参考にしてください。その投稿時から変わった点は、①閲覧請求件数が増えている点、②請求不成立の審決があった無効2016-800061及び無効2016-800065について請求人(本件控訴人)がそれぞれ審決の取消しを求める訴訟(H29行ケ10081(出訴日:2017.04.21)及びH29行ケ10082(出訴日:2017.04.21))を起こしている点くらいだと思われます。

2.本件特許発明の内容(以前の投稿の該当部分から請求項と図面をそのまま載せます)

【請求項4】

A 建物の開口部に残存した既設引戸枠(63)は、アルミニウム合金の押出し形材から成る既設上枠(62)、アルミニウム合金の押出し形材から成り室内側案内レール(67)と室外側案内レール(66)を備えた既設下枠(56)、アルミニウム合金の押出し形材から成る既設竪枠(59、60)を有し、前記既設下枠(56)の室外側案内レール(66)は付け根付近から切断して撤去され、

B その既設下枠(56)の室内寄りに取付け補助部材(106)を設け、その取付け補助部材(106)が既設下枠(56)の底壁(103)の最も室内側の端部に連なる背後壁(104)の立面にビスで固着して取付けてあり、

C この既設引戸枠(63)内に、アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用上枠(72)、アルミニウム合金の押出し形材から成り室外から室内に向かって上方へ段差を成して傾斜し、室外寄りが低く、室内寄りが室外寄りよりも高い底壁を備えた改修用下枠(69)、アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用竪枠(70、71)を有する改修用引戸枠(78)が挿入され、

D この改修用引戸枠(78)の改修用下枠(69)の室外寄りが、スペーサ(301)を介して既設下枠(56)の室外寄りに接して支持されると共に、前記改修用下枠(69)の室内寄りが、前記取付け補助部材(106)で支持され、

前記背後壁(104)の上端と改修用下枠(69)の上端がほぼ同じ高さであり、

F 前記改修用下枠(69)の前壁(80)が、ビスによって既設下枠(56)の前壁(102)に固定されている

G ことを特徴とする改修引戸装置。

3.当事者の主張(構成要件Eに関するもののみ抜粋)

3.1 東京地裁

〔原告ら(YKK AP株式会社及び日本総合住生活株式会社の主張〕

(1)「ほぼ同じ」とは、技術常識の範囲内で概略的に同一という趣旨であり、厳密なものではない。たとえば、本件明細書等の段落【0021】に記載されたコンクリート構造の高層集合住宅の実際の引戸装置の高さは、通常の場合で約2000㎜(2m)、低い場合でも約700㎜(0.7m)あるのであって、5㎜程度の差異がある場合は、有効開口面積の確保という作用効果からしても、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に当たる。

(2)本件発明では、既設下枠に存在した室外側案内レールを切断除去し、取付け補助部材で改修用下枠の室内寄りを支持した結果、当該レールの高さ分だけ改修用下枠を下方に取り付けることが可能となった。

ただし、その場合において、改修用下枠の上端と、(既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる)背後壁の上端との高さの差に一切制限を設けないと、室外側案内レールを切断除去することで、本来は改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく、有効開口面積が減少することがなく、広い開口面積が確保できることが可能になるにもかかわらず、改修用下枠の上端の前記背後壁の上端に対する高さいかんによっては、広い開口面積を確保するとの本件発明の効果を達成し得ない構成も、文言上は構成要件Eに包含されることになる。そこで、本件発明では、前記背後壁の上端と改修用下枠の上端が、「ほぼ同じ高さ」との要件を付した。

すなわち、「ほぼ同じ高さ」は前記目的、効果が達成できないものを除外する趣旨の要件であり、厳密に数値的に限界を付するためのものではなく、技術常識の範囲内で概略的に同一という趣旨のものである。

(3)被告の主張に対する反論

ア この点に関して被告は、構成要件Eの「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さである」との意味を、「双方の高さの差を示す寸法は、前記背後壁の高さを示す寸法に比し1/13未満の状態にあり、」と限定解釈すべきと主張するが、失当である。

イ すなわち、本件発明の目的は、改修引戸装置において「広い開口面積を確保すること」(本件明細書等の段落【0012】)、換言すれば、既設引戸枠の開口面積に対して改修用引戸枠の開口面積を小さくしないようにすることである。そのために本件発明は、改修前の既設下枠の高さ(既設下枠の背後壁の上端の高さ)と、改修後の改修用下枠の高さ(改修用下枠の上端の高さ)を比較することで改修前後の開口面積を比較し、その上で両者が「ほぼ同じ高さ」であることを構成要件Eとしているのである。

この点からみて、構成要件Eについて、被告が主張するように、使用者又は居住者によって「開口面積」の程度が判断され、したがって歩行の支障を除去することを基準にして「ほぼ同じ高さ」を対比する対象物を決めるなどという解釈を挟む余地はない。

被告の上記主張は、本件発明における改修用下枠と既設下枠を比較することの意義を正しく理解しないものである。構成要件Eの趣旨からみれば、改修前の既設下枠に用いられていない部材同士(つまり取付け補助部材と改修用下枠)を比較しても無意味である。

ウ 「背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さである」のは、本件発明が既設下枠に存在した室外側案内レールを切断撤去し、当該レールの高さ分だけ改修用下枠を下方に取り付けることが可能になった結果である。

エ 被告は本件明細書等記載の図面を測定して主張しているが、当該図面は設計図ではなく、個々の部品の寸法及び比例関係について厳密な正確さは求められていないものであるから、被告の上記図面に基づく数値限定の主張は誤りである。

〔被告(三協立山株式会社)の主張〕

(1)構成要件Eの「ほぼ同じ高さであり、」とは、「ほぼ同じ高さであって、双方の高さの差を示す寸法は、前記背後壁の高さを示す寸法に比し1/13未満の状態にあり、」の意味である

(2)上記のとおり解釈すべき理由は次のとおりである。

ア 構成要件Eにおいて、背後壁の上端と改修用下枠の上端が「ほぼ同じ高さ」であることを要件としているのは、構成要件Aの室外側案内レールの付け根付近からの切断撤去に基づく広い開口面積の確保(段落【0018】)を更に一層助長する点にある。上記広い開口面積の確保における実質的意義は、改修用上枠と改修用下枠との間に位置している引戸障子の上下方向幅を大きくし、かつ「ほぼ同じ高さ」の設定によって引戸障子を支え、かつ改修用下枠の上端に位置しているレール(敷居)を越える場合の歩行の支障を除去し、かつ引戸障子における可視領域(ビジブルな領域)を狭くしないことにある(なお、ここで、使用者又は居住者によって「開口面積」の程度が判断されること及び構成要件Eにおいて、改修用下枠の上端が「ほぼ同じ高さ」であると判断する基準の位置が「背後壁の上端又は取付け補助部材の上端」ではなく、「背後壁の上端」とされていることに照らしても、取付け補助部材が背後壁の立面よりも更に室内側に存在し、かつ、背後壁の上端領域まで延設されることはないことは明らかであり、このことは、前記3〔被告の主張〕を裏付けるものである。)。

イ 「ほぼ同じ高さ」の客観的基準

(ア)「ほぼ」とは、「概略」の趣旨であるが(乙2)、特許請求の範囲には「ほぼ同じ高さ」の客観的基準に関する記載はなく、特許請求の範囲の記載からは、「ほぼ同じ高さ」を充足するために、双方の上端の相違がどの程度であることを必要とするかについて把握することができない。また、本件出願の当初明細書等(乙4。以下「当初明細書等」という。)の全ての記載欄及び本件明細書等の発明の詳細な説明にも記載はない。

(イ)「ほぼ同じ高さ」に関する説明が当初明細書等の発明の詳細な説明には記載されていないにもかかわらず、請求項4において「ほぼ同じ高さ」の要件を追加する手続補正が認容された。これは、当初明細書等の図面の範囲内である旨の判断がされたからに他ならない。

そして、当初明細書等における本件発明に対応する図14(本件明細書等の図14と同じ)に示す実施形態においては、別紙「図面A」に示すように、改修用下枠の上端と背後壁の上端との高さの差を示す距離、即ち寸法は、背後壁の高さを示す距離、即ち寸法に比し、約1/13.3であることを示している。本件特許の審査経過及び特許法17条の2第3項の規定を考慮するならば、「ほぼ同じ高さ」については、当初明細書等の図14を基準とすることが必要不可欠である

とすれば、「ほぼ同じ高さ」の基準は、前者の寸法に比し後者の寸法が1/13未満をいうと解するほかない。

(ウ)また、上記(ア)からすれば、本件出願当時の技術常識に即して、「ほぼ同じ高さ」の基準に準拠すべきである。

平成7年11月当時、建設省住宅局住宅整備課監修の下に一般財団法人高齢者住宅財団が発行した「設計マニュアル」(乙27の1・2)は、高齢者対応の住宅施設として「バリアフリー」の住宅が普及しつつあることを指摘し、住宅内部の床及び出入口において、3mm以下の高さの差を「段差なし」、即ち高さの相違を「なし」と定義している。

上記に照らせば、「ほぼ同じ高さ」とは、3mm以下の「段差なし」の状態と解する以外にない。

(エ)ところで、本件出願前に公開された公報等の文献(乙28の1ないし4、乙14)によれば、3mm以下の高さ幅による「ほぼ同じ高さ」とする構成は、本件出願当時、周知の技術的事項であった。このことに照らすと、本件出願後において、3mm以下の背後壁と改修用下枠との段差を採用したとしても、構成要件Eの充足性の成否は不問とされなければならない。

(オ)本件特許が、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」を付け加えることによって初めて特許査定をされたという出願経過に照らしても、「ほぼ同じ高さ」の具体的な意義を本件発明の作用効果との関係で考えることは正当である。

そして、『かぶせ工法による建具取替え工事 標準仕様と施工指針(2002)』(乙36)の12頁には、かぶせ工法の標準仕様における「枠のレベル差」の取付け精度、すなわち枠の垂直方向における取付け精度は±2.0mm以内と記載されているから、かぶせ工法の一種である本件発明を実施するに際して不可避的に生ずる高さ方向の誤差の範囲は2.0mmである。

また、従来技術において、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を肉厚部程度(3mm程度)に抑えていたものが多数存在することから、有効開口面積の減少を防ぐために同じ高さを指向する本件発明における「ほぼ同じ高さ」が3mmを超えることは考えられない。

したがって、「ほぼ同じ高さ」とは、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が2mm以内であることを意味するというべきであり、少なくとも3mmを超えることはないものと解すべきである。百歩譲って、仮に「ほぼ同じ高さ」の範囲がもう少し広いものと解釈され得るとしても、10mm以上のものが含まれることなど到底考えられない。

ウ 有効開口面積の高さの確保について

本件明細書等の図1、3、6、10、11、13及び14に示す全ての実施形態が室外側案内レール撤去に基づく有効開口面積の確保を充足しているが、図10及び11の各実施形態は、Eの「ほぼ同じ高さ」を充足していない。

なぜならば、図10の状態については、「支持壁89が背後壁104より若干上方に突出する」(段落【0092】)と説明されており、支持壁(89)が「上方に突出する」ことによって背後壁(104)と「ほぼ等しい高さ」の状態ではなくなっているからである。このことは、図11においても同様である。また、「ほぼ等しい高さ」といえるためには、双方の上端の差が、図6及び14に示すように、背後壁の高さに比し桁違いに少ないことを必要とするが、図10及び11では、その差は、背後壁の高さに比し桁違いに少ないとはいえないことが明らかである。

このように、本件明細書等の各実施形態のうち、「ほぼ同じ高さ」を充足していないものがあることは、室外側案内レールの撤去に基づく有効開口面積の高さの確保が、決してEの「ほぼ同じ高さ」の充足を意味しないことを裏付けている。

3.2 知財高裁

(控訴人(三協立山株式会社)の主張)

ア 原判決は、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」について、①本件発明の課題及び効果からすると、背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が、少なくとも従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さいものである必要があり、改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固定されたり、改修用下枠の下枠下地材が既設下枠の案内レール上に直接載置されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差よりも相当程度小さいものであれば、「ほぼ同じ高さ」と認められる旨、及び②本件明細書等の図10及び11記載の形態は本件発明の技術的範囲に含まれる実施形態であるから、背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が室内側レールの高さ程度である場合も、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に当たる旨判示する。

イ 「ほぼ同じ高さ」の意義

(ア)原判決の上記①の解釈は、背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が室内側レールの高さ程度である場合が「ほぼ同じ高さ」に含まれる(上記②の解釈)とされていることもあって、当業者にとって、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差が具体的にどの程度の差のものであれば「ほぼ同じ高さ」を充足することになるのかを全く明らかにしておらず、不当である

また、原判決の上記②の解釈は、背後壁の上端と改修用下枠の上端(すなわち室内側レールの上端)の高さの差が室内側レールの高さ程度の差異がある場合も「ほぼ同じ高さ」に当たるとするところ、これは、「ほぼ同じ高さ」が広い開口面積を確保するための構成とされていることと整合しない。

加えて、上記②の解釈は、本件明細書等の図10及び11に記載の形態が本件発明の実施例であることを前提とするものであるが、図10については段落【0092】に「支持壁89が背後壁104より若干上方に突出する。」と記載されている上に、改修用下枠の室内側案内レール67の上端が支持壁89の上端よりも高い位置にあるから、改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端の高さに明らかな差異があり、また、これらの位置関係は図11においても同様である。これらの事情に加え、分割出願に基づくものである本件特許の原出願に係る明細書の内容及び本件特許に係る審査等の経過をも考慮すると、本件明細書等の図10及び11に記載の形態は、本件発明の実施例ではない。したがって、上記②の解釈の前提自体が誤りである。

(イ)構成要件Eの記載は、「改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく、有効開口面積が減少することがなく、広い開口面積が確保できる」という本件発明の目的そのものを記載したものにすぎず、本件発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。このような場合、当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。

そこで、本件明細書等の記載を見るに、本件明細書等には、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がどの程度であれば「ほぼ同じ高さ」に含まれるのかについて具体的に説明する直接的な記載はない。また、「ほぼ」とは「おおかた。およそ。大略。あらあら。」という意味であり、その通常の意味においても、具体的にどの程度の差であれば「ほぼ同じ高さ」に含まれるのかは明確ではない。他方、前記のとおり、本件明細書等の図10及び11に記載の形態は、本件発明の実施例ではなく、当該図面を説明する本件明細書等の記載も本件発明を説明するものではない。そうすると、本件明細書等に開示されている本件発明の「ほぼ同じ高さ」についての具体的な構成は、本件明細書等の図1、6及び14に示されているものと理解されるところ、これらにおいては、改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端との間に微細な差異しか存しない。

そして、従来技術等(乙14、28の4、29の1~5、201の1、217)においても、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差を改修用下枠が背後壁に被る部分の肉厚部程度に抑えることはできていたことから、改修による有効開口面積の減少もその程度に抑えることができていたということができるし、本件特許に係る原出願より前に発行された他社製品のカタログの記載や原出願前に日本国内において公然実施された工事においては、下枠の背後壁の上端から室内側に連続する水平な室内側延設部分の肉厚等が3mm以下のものが見られる。

加えて、バリアフリー住宅の基準において「段差なし」と評価されるのは設計寸法で3mm以下の段差であり、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がこれを超えるものは、バリアフリーの観点からも段差なしとは評価できない。そのようなものは当業者が一般的に理解する「ほぼ同じ高さ」には含まれない。これらの事情を併せ考慮すると、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がせいぜい3mm以内のものでなければ「ほぼ同じ高さ」に含まれることはないと解すべきである。

(ウ)本件発明の「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件E)という構成は、平成23年6月21日起案の拒絶理由通知書により「本願の請求項1~6には、広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない。よって、請求項1~6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」という理由で特許法36条6項1号所定の要件を満たしていない旨の拒絶理由通知がされたのを踏まえ、当該拒絶理由を解消するために提出された同年7月8日付け手続補正書により特定された構成である

ここで、「広い開口面積を確保する本願の課題」すなわち本件発明の課題(作用効果)とは、本件特許の出願経過等を踏まえると、既設引戸を改修用引戸に改修する際に有効開口面積を減少することがないということであって(本件明細書等【0018】)、改修する際に有効開口面積が減少することが少ないということではない。仮に、本件発明の効果が、本件明細書等に記載(【0060】)された「既設下枠56の室外側案内レール114を切断して撤去」する構成によって奏することができる「有効開口面積が減少することが少ない」との効果と同じ程度のものというのであれば、上記補正は必要なかったはずである

そうすると、上記補正書により「広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成」として特定された構成である構成要件Eについては、既設引戸を改修用引戸に改修することによって有効開口面積を減少させないため、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を可能な限り0mmにすべきことを意味するものと理解されるべきである。仮に、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が限りなく0mmに近い値のもの以外に「ほぼ同じ高さ」に該当するものが存在すると解釈されるとしても、前記のとおり、せいぜい、その高さの差が3mm未満のものに限られる。

ウ 被告各装置について

イ号装置のカタログには、主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が5mmの製品及び13.5mmの製品の図面が掲載されており、それ以外の図面は掲載されていない。他方、ロ号装置のカタログには、上記高さの差が5mmの製品の図面が掲載されており、それ以外のものは掲載されていない。すなわち、カタログの内容を踏まえると、被告各装置には、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm未満のものは存在しない

そもそも、原出願日当時、サッシ改修において、上記高さの差を限りなく0mmに近い値にすることは可能であったにもかかわらず、被告各装置は、美観への配慮及び結露水対策の観点、内障子を慳貪式に建て込む方法を取ること、並びに控訴人の新築用のビル用サッシ製品と内外障子及び網戸を兼用する必要があることから、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を5mm以上に設定する必要があったため、意識的にその差を設けているのであり、被告各装置においては、もともと既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を限りなく0mmに近い値にするとの設計思想は全くない。

これらの事情及び構成要件Eの上記解釈によれば、被告各装置は、構成要件Eを充足せず、本件発明の技術的範囲に含まれない。したがって、この点に関する原判決の判断は誤りである。

(被控訴人(YKK AP株式会社及び日本総合住生活株式会社)らの主張)

ア 「ほぼ同じ高さ」とは、本件発明の目的効果から見て技術常識の範囲内で概略的に同じ高さという趣旨であり、本件発明の作用効果を奏するか否かの観点から判断すべきものである。

本件発明においては、改修用下枠を、付け根付近から切断除去した室外側案内レールの高さ分だけ下方に取り付けできるので、改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差は、必然的に本件明細書等に記載された従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差よりも小さいものとなる。しかも、改修用下枠を、室外側案内レールを付け根付近から切断して撤去して生成される空間中において、可能な限り下方に取り付けるのは当然であるから、その差は従来工法と比べて相当程度小さなものとなる。

原判決は、そのことをもって上記従来技術と対比した場合に改修用下枠の上端と背後壁の上端との差が相当程度小さいものとなると判示したのであって、その解釈は何ら不当なものではない。

本件発明のように改修用引戸枠を既設引戸枠にかぶせるようにして取り付ける場合、改修用上枠は既設上枠の内側に組み込まれるから、有効開口面積は必ず減少するのであり、それは既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端とが完全に同じ高さである場合でも異ならない。

したがって、「有効開口面積が減少することがなく」(本件明細書等【0018】)とは、有効開口面積が全く減少しないということではなく、従来技術に比べて有効開口面積が減少することがないとの意味である。

イ(ア)「ほぼ同じ高さ」とは「大略同じ高さ」という意味であり、ある程度幅のある概念であって具体的な数値を意味するものではない。既設下枠の形状、寸法には種々のものがあり、しかも、個別の開口部によっては経時変化が生じていることなどから、室外側案内レールの切断撤去により取付けスペース(開口面積の減少を少なくするための空間)を確保したものの、この取付けスペースを一部しか利用できないことにより、当該改修用下枠を当該スペース内全てに沈み込ませることができず、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端が同じ高さにならないものがあることは、当業者において自明である。また、この取付けスペースを全て利用できる場合であっても、既設下枠、取付け補助部材、改修用下枠の各形状、寸法等の影響により、同じ高さにならないものもある。

そこで、本件発明においては、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端を「ほぼ同じ高さ」とした(構成要件E)のであって、その意味するところは、本件発明が解決しようとする課題や効果からして、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さが精緻なレベルで同じということを求めるものではなく、「おおむね同じ」、「だいたい同じ」ということである。

(イ)そして、いかなる態様が「ほぼ同じ高さ」に該当するのかについては、本件発明の課題ないし目的と効果及びその解決手段から決められるべきものである。

本件発明では、既設下枠に存在した室外側案内レールを切断撤去し、室外から室内に向けて上方に段差をなして傾斜した底壁を有する改修用下枠の室内寄りを取付け補助部材で支持した結果、当該レールを切断してできた空間(取付けスペース)内に改修用下枠を下方に取り付けることが可能になった。

しかし、その場合において、改修用下枠の上端と、既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の上端との高さの差に一定の制限を設けないと、室外側案内レールを切断撤去することにより本件明細書等で指摘する従来の技術に比べ開口面積の減少を少なくし、広い開口面積を確保することが可能になったにもかかわらず、取付けスペースを利用しないことにより改修用下枠が当該スペース内に沈み込まないために、既設下枠の背後壁の上端に対する改修用下枠の上端の高さが従来の技術と同様に大きくなり、本件発明の効果を達成し得ない構成も、文言上包含されることになる。平成23年6月21日付け拒絶理由通知書で「本願の請求項1~6には、広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない」と指摘された趣旨も、この点にある。

そこで、その拒絶理由を解消するために、本件発明の効果を達成できる範囲内において、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの関係を規定したのが「ほぼ同じ高さ」の要件すなわち構成要件Eである。すなわち、ここでいう「高さ」とは、室外側案内レールを切断撤去することで確保した取付けスペースを利用した場合の既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の「高さ」をいう。

ウ 「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件E)につき、「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端が可能な限り同じ高さであり」と解釈した場合の被告各装置の充足性については、そのように表現を変えたところで具体的な数値として区分できるようになるものではない。そもそも、「ほぼ同じ高さ」を「可能な限り同じ高さ」と解釈することは誤りである。

エ(ア)控訴人は、原判決が、背後壁の上端と改修用下枠の高さの差が室内側レールの高さ程度である場合も「ほぼ同じ高さ」に当たると判示したことにつき、「ほぼ同じ高さ」が広い開口面積を確保するための構成であると判示していることと整合しないなどと指摘するけれども、原判決は、本件発明の実施形態が本件明細書等に記載された従来技術と対比した場合に広い開口面積が確保できることから上記判示を行ったものであり、絶対的な意味で開口面積の広狭を判断している訳ではない。

(イ)控訴人は、本件明細書等の図10及び11に記載の形態が本件発明の実施例に当たるという原判決の前提自体誤りである旨指摘するけれども、本件明細書等の記載全体を見ても、これらが本件発明の実施例(実施形態)でないとする理由は見当たらない。

図10は、図6等の実施形態をベースとしたものであり、図6については、「この実施の形態によれば、図1と図2と同様な作用効果を奏する」と説明されているところ、図1及び2と同様な作用効果を奏するということは、段落【0058】~【0060】に記載された本件発明の作用効果(例えば「改修用下枠13と改修用上枠15との間の空間の高さ方向の幅が大きく、有効開口面積が減少することが少ない」など)と同様な作用効果を奏するのであるから、これが構成要件Eを充足するものであると見るのは当然である。

(ウ)控訴人は、分割出願に基づくものである本件特許の原出願に係る明細書の内容及び本件特許に係る審査等の経過についても指摘するけれども、本件発明は、「ほぼ同じ高さ」とすることで、本件発明の作用効果を奏し得る技術的範囲を明確にし、本件発明の作用効果を奏し得ない構成をその技術的範囲から除外しただけであるから、そのことで、本件明細書等において既に本件発明の作用効果を奏し得る実施形態として記載されていたものが影響を受けることはあり得ない。

(エ)控訴人は、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がせいぜい3mm以内でなければ「ほぼ同じ高さ」には含まれないなどと主張する。

しかし、控訴人の主張は、各関連図面について改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端との間の差異が微細である、ないといった単なる主観的な印象を述べているに過ぎず、主張として無意味であるし、本件明細書等の図10及び11に記載の形態は本件発明の実施例ではないとの誤った前提に基づくものである。

また、控訴人が、改修用下枠の上端と既設下枠の背後壁の上端との間に微細な差異しか存しないものとは、背後壁の上端と改修用下枠の上端との差がせいぜい3mm以内のものをいうとする根拠として言及する従来技術の事例は、本件発明とは課題や構造が全く異なるものであり、根拠とならない。他社製品のカタログ等に関しても、本件発明の技術分野との関連において「背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差を肉厚部程度や3mm程度に抑えていたもの」に該当せず、又は前提となる構成が本件発明とは全く相違し、本件発明における「ほぼ同じ高さ」の技術的意義の解釈の参考にはならない。

さらに、控訴人指摘に係る本件明細書等の実施例についても、なぜ背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差が3mm程度と断定できるのかについて、控訴人はその根拠を示していない。

(オ)控訴人は、バリアフリー住宅の基準についても指摘するけれども、本件発明における上記「ほぼ同じ高さ」を加入した経緯及びその趣旨からみて、バリアフリーの技術思想は何の関係もない。しかも、「窓枠部分の段差をなくすこと」と「広い開口面積を確保すること」とはその課題が明確に相違しているから、控訴人がいうように「窓枠部分の段差をなるべくなくすことは広い開口面積を確保することに結びつく」とは限らない。

(カ)控訴人は、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がせいぜい3mm以内のものでなければ「ほぼ同じ高さ」に含まれることはないから、被告各装置は構成要件Eを充足しない旨主張するけれども、その前提とする解釈が誤りであることは上記のとおりである。

4.裁判所の判断(構成要件Eに関するもののみ抜粋)

4.1 東京地裁

(1)構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」の程度に関しては、本件特許の特許請求の範囲請求項4には、背後壁の上端と改修用下枠の上端が「ほぼ同じ高さ」である旨の記載があるのみであって、具体的にどの程度同じであるかについての記載はない。

そして、広辞苑第六版(乙2)によれば、「ほぼ」とは「おおかた。およそ。大略。あらあら。」を意味するものと認められるから、「ほぼ同じ高さ」とは「大略同じ高さ」という意味をいうにすぎないというほかないから、ある程度幅のある概念であって具体的な数値を意味するものではないと解釈せざるを得ない。

(2)そこで、本件明細書等の記載をみるに、本件明細書等にはどの程度の高さの範囲を「ほぼ同じ高さ」というかについて、具体的な数値に係る限定は何ら記載されていない。

しかし、前記1(2)のとおり、本件発明が、(ア)改修用下枠が既設下枠に載置された状態で既設下枠に固定されるので、改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が小さくなり、有効開口面積が減少してしまうという問題と、(イ)改修用下枠の下枠下地材は既設下枠の案内レール上に直接乗載され、その案内レールを基準として固定されているため改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅がより小さくなり、有効開口面積が減少してしまうという問題(課題)に対して、①既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去する(構成1)、②既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設けるとともに、この取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取り付け、改修用下枠の室内寄りを取付け補助部材で支持し、取付け補助部材を基準として改修用引戸枠を既設引戸枠に取付ける(構成2)ことにより上記課題を解決し、改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく、広い開口面積を確保できるという効果を奏するものであること及び本件特許の審査経過において、「広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない」という拒絶理由通知を受け、構成要件Eに対応する部分を追記する補正をしたことによって特許査定を受けていることに照らすと、背後壁の上端と改修用下枠の上端を「ほぼ同じ高さ」とするのは、広い開口面積を確保するという効果を得るための構成であるということができる。

そして、上記課題及び効果からすると、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が、少なくとも従来技術における改修用下枠の上端と背後壁の上端の差よりも小さいものである必要があると認められる。すなわち、改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固定されたり、改修用下枠の下枠下地材が既設下枠の案内レール上に直接乗載されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差異よりも、改修用下枠の上端と背後壁の上端の差が相当程度小さいものであれば、「ほぼ同じ高さ」であると認められるというべきである。

(3)この点に関して被告は、「ほぼ同じ高さ」について、双方の高さの差が、背後壁の高さの1/13未満であるとか、バリアフリー住宅の段差なしといえる場合と同等の3mm以下であるとか、かぶせ工法における誤差範囲である2mm以下であるとか、10mmを超えることはないなどと主張する。

しかし、本件明細書等をみても、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差と背後壁の高さの比に関する記載はなく、双方の高さの差が、背後壁の高さの1/13未満であると解釈すべき根拠となる記載は存しない。なお、当初明細書等には本件明細書等記載の図面が全て掲載されているから、本件特許の審査経過及び特許法17条の2第3項に照らしても、「ほぼ同じ高さ」を解釈するにあたって、本件明細書等記載の【図14】のみを基準にすべきとする理由はないばかりか、そもそも同図の縮尺が正確なものであるとも認められないから、【図14】を根拠とする被告の上記主張は採用することができない。

また、バリアフリー住宅の実現は本件発明の課題ではないから、そのことを理由として、「ほぼ同じ高さ」が、双方の高さの差が3mm以下の場合を意味すると解すべき理由はない。そして、前記本件発明の効果からすれば、誤差範囲といえるほど「同じ高さ」であることを要求するものと解することは相当ではなく、さらには、10mm以下を意味すると解すべき理由もない。

むしろ、本件明細書等の【図10】及び【図11】をみると、改修用下枠の上端を室内側レールが構成しているが、同室内側レールのほぼ全体が、背後壁の上端の高さより、上方に突き出ていることが認められる。そして、上記各図記載の形態について、本件発明の技術的範囲から除外されることをうかがわせる記載はなく、本件発明の技術的範囲に含まれる実施形態であることが認められるから、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が、室内側レールの高さ程度である場合も、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に当たるということができる。

(4)以上からすると、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」とは、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が、改修用下枠が既設下枠に載置された状態で固定されたり、改修用下枠の下枠下地材は既設下枠の案内レール上に直接乗載されて固定されたりした場合の改修用下枠の上端と背後壁の上端の高さの差よりも相当程度小さいものであれば足り、室内側レールの高さ程度の差異がある場合も、「ほぼ同じ高さ」といえるというべきである。

4.2 知財高裁

1 本件明細書等の記載

-省略-

2 本件特許の出願経過

前提事実、証拠(各項に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許の出願経過に関し、以下の事実が認められる。

(1)被控訴人ら及び日本アルミ(以下では、日本アルミを含む場合も含めて「被控訴人ら」という。)は、平成18年3月17日、原出願(特願2003-62183号)からの分割出願として、本件特許に係る出願(特願2006-74123号)をしたが、平成21年7月10日付けで特許庁から特許法36条6項2号及び29条2項を理由とする拒絶理由通知を受けたことから、同年9月14日付け意見書及び手続補正書を提出した。しかし、特許庁は、平成22年1月14日付けで、上記拒絶理由通知書記載の特許法29条2項の理由により、本件特許に係る出願につき拒絶査定をした。(甲2、乙4、20、334、335、337)

(2)そこで、被控訴人らは、同年4月16日、特許庁に対し、拒絶査定不服審判を請求するとともに(不服2010-8087号)、手続補正書を提出した。当該補正により、請求項4に関しては、本件発明の構成要件E「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」を除く構成要件を全て備える発明が記載されることとなった。(甲2、乙338)

(3)被控訴人らは、上記補正後の請求項4に係る発明を含む請求項1~6に係る発明について、特許法29条2項を理由とする平成23年3月10日付け拒絶理由通知(以下「進歩性欠如の拒絶理由通知」という。)を受けた。当該拒絶理由通知には、以下の内容が含まれる。(乙339)

・ 相違点2(既設下枠について、本願発明1が「室内側案内レールと室外側案内レールを備え」るものであって、改修に際し、「室外側案内レールを付け根付近から切断して撤去」するのに対し、刊行物1(特開昭61-229086号公報。乙344)記載の発明では、室内側案内レールや室外側案内レールを備えるものではなく、改修に際し、室外側案内レールを付け根付近から切断して撤去しない点)について、刊行物1記載の発明において、既設下枠が室内側案内レールと室外側案内レールとを備える場合に、改修に際し、既設下枠の案内レールを付け根付近から切断して撤去することは、当業者であれば容易に思い付くことであり、その際に、室内側案内レールと室外側案内レールのうちのいずれを撤去するかは、当業者が必要に応じて随時採用する設計事項にすぎない。

・ 相違点6(改修用下枠の室外寄りの支持について、本願発明1が「スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持する」のに対し、刊行物1記載の発明ではこのようにしていない点)について、下枠をスペーサを介して支持することは当該技術分野における周知技術であり、特に、特許第3223993号公報(乙345)には、改修用下枠の室外寄りをスペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持することが記載されているから、刊行物1記載の発明において、改修用下枠の室外寄りをスペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持することは、当業者であれば容易に思い付くことである。

・ 本願発明1の上記相違点に係る各構成は、当業者であれば容易に思い付くことであり、また、このようにしたことによる格別の作用効果も認められない。本願発明4~6は、本願発明1~3と同様に、刊行物1、2記載の発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである(裁判所注:刊行物2とは特開平10-30377号公報(乙341)である。)。

(4)被控訴人らは、同年5月27日に特許庁審判官より補正案の検討を促されたことから、同年6月15日、請求項4に「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件E)を追加する内容を含む補正案を作成し、特許庁審判官に対して送付した。特許庁審判官は、同日、この補正案を了承し、被控訴人らに対し、「拒絶理由通知で補正の機会を作る」旨伝えた。(乙5の1、乙5の2)

(5)被控訴人らは、同月21日付で、上記(2)の補正後の請求項1~6に係る発明について、特許法36条6項1号を理由とする拒絶理由通知(以下「サポート要件違反の拒絶理由通知」という。)を受けた。当該拒絶理由通知書には、以下の内容が含まれる。(乙6)

・ 本願の請求項1~6には、広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない。よって、請求項1~6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。

・ なお、同月15日付け補正案のとおり補正すればこの限りではない。

(6)被控訴人らは、同年7月8日、特許庁に対して手続補正書を提出し、上記補正案のとおりに補正し、本件発明が本件特許の特許請求の範囲請求項4に記載されることとなった。(乙7)

(7)特許庁は、同年9月2日付けで、上記補正後の本件発明を含む請求項1~6に係る発明について、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」旨の審決をした。同審決には、以下の内容が含まれる。(乙3)

・ 請求項1~6に係る発明は、「取付け補助部材を既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着して取付け」、「改修用下枠の室内寄りを前記取付け補助部材で支持し、前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり、」との構成により、既設引戸を改修用引戸に改修する際に有効開口面積が減少してしまうという課題を解決するものであって、当該構成は引用文献や他の文献から容易になし得たものであるとはいえず、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。

3 構成要件Eについて

(1)事案に鑑み、まず構成要件E「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」の解釈及び被告各装置によるその充足性について検討する。

(2)構成要件Eの解釈について

ア 特許請求の範囲の記載によれば、構成要件Eの「前記背後壁」は、「既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる」(構成要件B)ものであり、改修の前後でその「高さ」が変わるものではない。他方、同「改修用下枠」は、その「室外寄りが、スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持されると共に、」その「室内寄りが、前記取付け補助部材で支持され」(構成要件D)るものである。このため、構成要件Eの「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」であることに寄与しているのは、主に「改修用下枠」を支持する「取付け補助部材」であるということができる

この「取付け補助部材」について、本件明細書等の記載を見ると、「既設引戸枠の形状、寸法に応じた形状、寸法の取付け補助部材を用いる」(【0018】)、「その取付用補助部材106の高さ寸法を変えることで、異なる形状の既設下枠56にも同一形状の改修用下枠56(裁判所注、改修用下枠69の誤記であると認める。)を、その支持壁89と背後壁104を同一高さに取付けることが可能である。」(【0091】)との記載がある。しかも、段落【0018】には、上記記載に先行して、「既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去したので、改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく、有効開口面積が減少することがなく、広い開口面積が確保できる。」との記載もある。

これらの事情を総合すると、構成要件Eの「同じ高さ」とは、「取付け補助部材」で「改修用下枠」を支持することにより、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを、その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とした場合を意味するものと理解するのが最も自然である。

他方、「ほぼ同じ高さ」について、定義その他その意味内容を明確に説明する記載は、本件明細書等には見当たらないが、以上に検討した点を併せ考えると、ここでいう「ほぼ同じ高さ」とは、「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法、形状に合わせたものとすることにより、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを、その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に、しかし、そのような構成にしようとしても寸法誤差、設計誤差等により両者が完全には「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから、そのような場合をも含めることを含意した表現と理解することが適当である

イ(ア)このように解することは、本件明細書等の図1に示された実施の形態につき「前壁102の上端部から室内68に向かって上方へ傾斜する…底壁103の最も室内68側の端部に連な」る「背後壁104」が、「室内側案内レール67と同一高さまで立ち上がる」ものとされ(【0027】)、また、同図6に示された実施の形態につき「既設下枠56の背後壁104の上端部に室内68側に向かう横向片104aを有し、この横向片104aと改修用下枠69の支持壁89の上端が同一高さである」と記載されている(【0069】)一方で、図1及び6の実施の形態と比較すると「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」の「高さ」に図面上明らかに差が認められる図10及び11の実施の形態については、「例えば、図10に示すように取付け補助部材106の高さ寸法を大きくして室内側壁部108を底壁103に当接し、かつ室内側案内レール115にビス110で取付ける。…この場合には、支持壁89が背後壁104より若干上方に突出する。」(【0092】)と記載され、「同一高さ」等の表現が用いられていないこととも整合する。

(イ)本件特許の出願経過に鑑みても、構成要件Eについては上記のように解釈することが適当というべきである。

すなわち、被控訴人らが構成要件E「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」を追加したのは、拒絶査定不服審判の請求と同時にされた手続補正書による補正後の請求項1~6に係る発明に対する進歩性欠如の拒絶理由通知、これを受けての被控訴人らによる補正案の作成と特許庁審判官によるその了承、サポート要件違反の拒絶理由通知という経過を経た後の手続補正においてである。そうすると、構成要件Eの追加は、上記サポート要件違反の拒絶理由を解消するためにのみなされたか、これと同時に上記進歩性欠如の拒絶理由も解消するためになされたかのいずれかの意図によるものと理解される

そして、サポート要件違反の拒絶理由通知には「本願の請求項1~6には、広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない。」と記載されている。本件明細書等の記載によれば、この「広い開口面積を確保する本願の課題」については、①既設下枠に存在した室外側案内レールを切断撤去してできたスペースを利用することで広い開口面積を確保し、「有効開口面積が減少することが少ない」(本件明細書等【0060】)ようにすることを意味するものと理解することができる一方で、②「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「ほぼ同じ高さ」とすることで「有効開口面積が減少することがな」い(【0018】)ようにすることを意味するものと理解することも可能である。

しかし、「広い開口面積を確保する本願の課題」を①の意味に理解する場合、このような課題は本件明細書等の記載から見て本件発明により当然に解決されるべきものであるから、本件特許に係る出願の審査段階の当初から拒絶理由として通知されてしかるべきものである。ところが、実際には、サポート要件違反の拒絶理由は、審査段階のみならず審判段階でも1度目の拒絶理由通知では指摘されず、審判段階での2度目の拒絶理由通知で指摘されたのであり、このような経緯に鑑みると、「広い開口面積を確保する本願の課題」の意味を①の趣旨でサポート要件違反の拒絶理由通知がされたものと理解することは不自然というべきである

他方、上記経過につき、審判合議体が、進歩性欠如の拒絶理由は「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」(構成要件E)との構成が追加されることで解消されると判断し、被控訴人らに更に補正の機会を与えるために、「広い開口面積を確保する本願の課題」につき②の意味を念頭にサポート要件違反の拒絶理由を通知したものと理解するならば、2度目の拒絶理由通知の段階において敢えてサポート要件違反の拒絶理由のみを通知したことも合理的かつ自然なこととして把握し得る。現に、審判合議体は、「既設引戸を改修用引戸に改修する際に有効開口面積が減少してしまうとういう課題を解決するものあって」、「当該構成は引用文献や他の文献から容易になし得たものであるとはいえず」との審決書の記載から明らかなとおり、サポート要件違反の拒絶理由通知を契機として「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり」という構成要件Eが追加されたことによりサポート要件違反及び進歩性欠如の拒絶理由がいずれも解消されたものとして判断しており、このことは上記理解と整合的である。

ウ 被控訴人らの主張について

(ア)被控訴人らは、本件発明において、改修用下枠の上端と背後壁の上端との高さの差に一定の制限を設けないと、室外側案内レールを切断撤去することにより従来技術に比べ開口面積の減少を少なくし、広い開口面積を確保することが可能になったにもかかわらず、その取付けスペースを利用しないことにより改修用下枠が取付けスペース内に沈み込まないために、本件発明の効果を達成し得ない構成も文言上包含されてしまうことから、本件発明の効果を達成できる範囲内において、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの関係を規定したのが構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」であると主張する。

しかし、取付けスペースを利用することを規定したいのであれば、例えば、改修用下枠の一部が、既設下枠の室外側案内レール(切断して撤去されている。)が存在した高さよりも低い位置に挿入されることを規定するなど、端的に取付けスペースを利用することを明確にする補正をすればよいのであって、取付けスペースを利用しない構成を除外する目的で既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの関係を請求項に記載することの合理性は乏しいというべきである。

(イ)また、被控訴人らは、改修用引戸枠を既設引戸枠にかぶせて取り付けるものである以上、有効開口面積は必ず減少するのであるから、本件発明の課題(作用効果)を既設引戸を改修用引戸に改修する際に有効開口面積を減少することがないようにすること(本件明細書等【0018】)と理解するのは誤りであるとする。

しかし、本件明細書等には「有効開口面積が減少することが少ない」(【0060】)と「有効開口面積が減少することがな」い(【0018】)という異なる表現が用いられているのであるから、両者を区別した上で、「有効開口面積が減少することがない」ことの意味を探求しようとするのはむしろ当然である。そして、本件明細書等の記載からは、本件発明は改修引戸装置の下枠の態様に重点が置かれたものと考えられるのであるから、その作用効果の説明を理解するに当たり下枠に着目し、改修用引戸の取付けにより客観的には有効開口面積が減少していても、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」を文字通り「ほぼ同じ高さ」とすることにより下枠に関しては「有効開口面積を減少することがない」という作用効果が得られることが表現されていると解することには十分な合理性があるといえる。

(ウ)さらに、被控訴人らは、本件明細書等の図10の実施の形態は図6をベースとした態様であるところ、図6の実施の形態は「図1と図2と同様な作用効果を奏する」(【0091】)ものであり、図1及び2の作用効果に関する段落【0058】~【0060】においては「改修用下枠13と改修用上枠15との間の空間の高さ方向の幅が大きく、有効開口面積が減少することが少ない。」(【0060】)などとされていることから、図10の実施の形態を本件発明の実施形態とみるのは当然であるなどと主張する。

しかし、この主張は、本件発明の作用効果が「有効開口面積が減少することが少ない」というものであることを前提としている点で失当である。その点を措くとしても、図1及び2の実施の形態も本件発明の全ての構成要件を備えているものとはいいがたく(構成要件B及びDを欠くと見られる。)、また、段落【0058】~【0060】に記載された作用効果は、構成要件Eを備えることを前提としているとは必ずしもいえない。そして、図10に示された実施の形態自体、構成要件B、D及びFを欠いているのであって、それにもかかわらず構成要件Eは備えているというべき根拠はない。

(エ)その他被控訴人らが縷々主張する事情を考慮しても、この点に関する被控訴人らの主張は採用し得ない。

(3)被告各装置の構成要件Eの充足性について

ア 上記のとおり、構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」とは、「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法、形状に合わせたものとすることにより、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを、その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に、しかし、そのような構成にしようとしても寸法誤差、設計誤差等により両者が完全には「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから、そのような場合をも含めることを含意した表現であると理解される

そうすると、「取付け補助部材」により「改修用下枠」を支持することで「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとはしておらず、その結果、「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」との「高さ」の差が明らかに「段差」と評価される程度に至っている場合には、もはや構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に含まれないと解される。なぜなら、本件発明は「経年変化によって老朽化した集合住宅などの建物」の「リフォーム」に関するものであるところ(本件明細書等【0002】)、リフォームに際して「段差」と評価されるものを設けるか否かは当然に考慮されるべき事項であり、明らかに「段差」と評価されるものを敢えて設けたにもかかわらず、「ほぼ同じ高さ」に含まれると解することは、当業者の一般的な理解とは異なるからである

そして、証拠(乙27の1、2)によれば、バリアフリー住宅の基準として、設計寸法で3mm以下の一般床部の段差形状は「段差なし」と評価されていることが認められる

イ 証拠(乙32、34)及び弁論の全趣旨によれば、イ号装置(HOOK工法)のカタログには、主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mmの製品及び13.5mmの製品の図面が掲載されており、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差がこれら以外の製品の図面は掲載されていないこと、ロ号装置(HOOKSLIM)のカタログには、主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mmの製品の図面が掲載されており、それ以外の高さの差の製品の図面は掲載されていないことが認められる(なお、同カタログ4頁には、従来製品との対比を説明した部分においてこの高さの差を3mmとする記載が見られるが、これに対応する製品の図面は見当たらない。)。また、控訴人は、被告各装置につき、①美観への配慮及び結露水対策の観点から、既設下枠の横向き片の上面に約5mm以上の肉厚部分が生じるように設計していること、②内障子を慳貪式に建て込む方法を取ることとの関係で、改修用下枠の上端をなす室内側案内レールの上端を既設下枠の背後壁の上端より敢えて5mm以上高くしていること、③控訴人の新築用のビル用サッシ製品と内外障子及び網戸を兼用する必要により、背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を5mm以上に設定する必要があることから、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を意識的に5mm以上確保している旨説明しているところ(乙346)、その内容に不自然ないし不合理な点その他その信用性に疑義を差し挟むべき事情は見当たらない。

以上より、被告各装置には、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm未満のものは存在せず、その理由は、控訴人が意識的に既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さに5mm以上の差を設けていることによるものと認められる

そうすると、被告各装置は、「既設下枠の背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとはしておらず、その結果、両者の高さの差がバリアフリーの観点から明らかに「段差」と評価される程度に至っていることから、構成要件Eを充足せず、本件発明の技術的範囲に含まれないというべきである。この認定に反する被控訴人らの主張はいずれも採用し得ない。

4 したがって、その余の点について論ずるまでもなく、被告各装置は本件発明の技術的範囲に属さないから、本件特許権を侵害するものということはできず、被控訴人らの控訴人に対する被告各装置の製造・譲渡の差止め等の請求、補償金請求及び不法行為に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。

5.検討

(1)知財高裁での控訴人の主張は、まず、「本件明細書等には、背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さの差がどの程度であれば「ほぼ同じ高さ」に含まれるのかについて具体的に説明する直接的な記載はない」ことを述べています。続いて、従来技術やバリアフリー住宅の基準に基づき、当業者が「ほぼ同じ高さ」と理解できるのは段差が3mm以内である、と述べています。ここで、段差が限りなく小さくあるべきことを強調するために構成要件Eを補正で追加する原因となった拒絶理由通知(サポート要件違反)を引用して「仮に、本件発明の効果が、本件明細書等に記載(【0060】)された「既設下枠56の室外側案内レール114を切断して撤去」する構成によって奏することができる「有効開口面積が減少することが少ない」との効果と同じ程度のものというのであれば、上記補正は必要なかったはずである」と述べて、「既設引戸を改修用引戸に改修することによって有効開口面積を減少させないため、既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を可能な限り0mmにすべきことを意味するものと理解されるべきである」と述べています。そうした上で、「既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm未満のものは存在しない」と主張しています。

(2)知財高裁の判決は、ほぼこの控訴人の主張に沿ったものです。

① 判決では最初に審査経緯に基づいて述べているので、まず本件特許出願の審査経緯について簡単にまとめます。本件特許出願は、審査段階で記載不備と進歩性欠如の拒絶理由通知を受けています。これに対して出願人は意見書及び補正書を提出し、記載不備は解消しましたが進歩性欠如は解消されず拒絶査定となりました。出願人が拒絶査定不服審判を請求するとともに補正書を提出したため前置審査に回されましたが、進歩性欠如は解消されませんでした。その後審判官から進歩性欠如を理由とする拒絶理由通知(J-PlatPatでは審判における拒絶理由通知を見ることができないので本判決の内容を参照します)が出され、これに対して意見書のみ提出して対応しました。しかし、審判官から補正案の検討を促されたために補正案(構成要件Eを追加)を作成して審判官に了承を受け、審判官から補正の機会を作成してもらうために拒絶理由通知(サポート要件違反)を出してもらい、補正書を提出しました。

② このサポート要件違反の拒絶理由は「本願の請求項1~6には、広い開口面積を確保する本願の課題に対応した構成が記載されていない。」というものですが、この課題について裁判官は、①既設下枠に存在した室外側案内レールを切断撤去してできたスペースを利用することで広い開口面積を確保し、「有効開口面積が減少することが少ない」ようにすることを意味するもの、つまり有効開口面積が少々減少することを許容する程度の効果を要するものか、②「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「ほぼ同じ高さ」とすることで「有効開口面積が減少することがな」いうにすることを意味するもの、つまり有効開口面積の減少を全く許容しないものか、のいずれかであると述べています。

③ そうした上で、裁判官は①の場合であれば審判ではなく審査段階でとっくに出されていたはずであるから、この①の趣旨でサポート要件違反とされたと解釈するのは不自然と認定し、②の意味であると認定しました。

④ このように本件発明の効果は有効開口面積が減少することがない点とすることで、「ほぼ同じ高さ」という文言における「ほぼ」とは寸法誤差や設計誤差といったごく狭い範囲を意味すると認定しています。そうしておいて①被告製品の当該部分は客観的な証拠(バリアフリー住宅に関するものらしい?)において段差なしと評価している3mmを超えていること、②被告製品の当該部分が5mm以上に設定することについて合理的な理由が存在すること、を理由に非抵触と判断しています。

(3)本件は控訴人(一審被告)が知財高裁で主張を追加した点が功を奏したように思います。地裁では「構成要件Eの「ほぼ同じ高さであり、」とは、「ほぼ同じ高さであって、双方の高さの差を示す寸法は、前記背後壁の高さを示す寸法に比し1/13未満の状態にあり、」の意味である」、「当初明細書等における本件発明に対応する図14(本件明細書等の図14と同じ)に示す実施形態においては、別紙「図面A」に示すように、改修用下枠の上端と背後壁の上端との高さの差を示す距離、即ち寸法は、背後壁の高さを示す距離、即ち寸法に比し、約1/13.3であることを示している。」と主張していましたが、これでは逆転が難しいと考えたのだと思われます。

(4)特許侵害訴訟の判決を読むと、審査過程で提出する書面(意見書等)で色々主張しない方が有利なのではないか?と思ってしまうケースも多く見られます。その最たるものが本件のように拒絶理由に対応して補正書を提出するが意見書は提出しないというケースです。最近は審査官から意見書の提出を求められることも多いので、審判官が明細書中に明確な記載がない補正について意見書において補正の根拠を明記させなかったことに驚きました。このような場合でも主張の仕方や客観的な資料を準備することで非侵害となりうるという本件は読んでおいて損はないと思います。特に上記(2)②~④のように少々強引かな?と思うほどの勢いをもって非抵触としている点から補正の根拠を明記していないもの等では一考に値するように思われます(鑑定で引用するにはかなり勇気が必要ですが)。