取扱説明書で苦しめられた?件

投稿日: 2017/02/21 1:18:49

以前に検討した平成28年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件では、裁判所はカタログの記載が変更されていない等の理由で設計変更した事実を客観的に認められない、と判断しました。これを読んだときにまだ企業に勤めていた時に関わった特許権侵害事件のことを思い出しました。

 

特許権者である相手方企業と数年に渡り当事者間で交渉しつつ、こちら側も幾つかカウンターで使える特許権を取得すべく準備しているときに起こった出来事がでした。当初私自身は無効審判対応が中心で権利取得にはタッチしていませんでしたが、同僚たちが頑張ってようやくそのうちの1件について厳しい審査官相手に何とか権利化できました。それが下記のようなクレームです。

 

【請求項1】

開口部を有する外箱と、

前記外箱の開口に設けた蓋と、

前記外箱内に支持された外槽と、

前記外槽内に回転自在に配置され、複数の脱水孔を有する洗濯兼脱水槽と、

前記洗濯兼脱水槽に温風を供給する温風供給手段とを備え、

洗い工程、すすぎ工程、脱水工程の順からなる洗濯工程と、

前記洗濯工程の終了後、前記洗濯兼脱水槽から洗濯物が取り出された状態で、前記温風供給手段から前記洗濯兼脱水槽内に供給された温風を、前記複数の脱水孔を介して前記洗濯兼脱水槽と前記外槽の隙間に流入させて前記洗濯兼脱水槽内部及び前記外槽壁面を乾燥させる槽乾燥工程とを有する洗濯乾燥機であって、

前記槽乾燥工程には、前記脱水工程終了後、前記蓋の開閉動作の検知を条件として、自動的に移行することを特徴とする洗濯乾燥機。

 

これは簡単に言えば洗濯乾燥機で洗濯終了後に蓋を開けて脱水が終わった洗濯物を取り出して蓋を閉めると自動的に槽内に温風を吹き付けて乾燥させる層乾燥工程に移行するというものです。

 

この時の相手方の製品の取扱説明書には以下のような記載がありました(一部わかりやすいように記載を変更しています。)。

表1.2010年までの取扱説明書の内容

1 洗濯終了

・自動乾燥のランプが点灯

2 ふたを開けて衣類を取り出す

3 ふたを閉める

・ふたを開けないと1時間後に電源が切れます。

・このときは、槽乾燥運転はしません。

・ふたを開けないと1時間後に電源が切れます。

・このときは、槽乾燥運転はしません。

4 スタートボタンを押す

・15分間高速回転しながら温風を吹き出し、槽を乾燥(槽乾燥運転)

スタートボタンを押さないときは、ふたを閉めてから30分後に自動的に槽乾燥運転実施

・衣類が残っていると、ブザーが3回鳴りランプが点滅

運転終了

 

このように相手製品の動作の基本は洗濯終了後に衣類を取り出してからスタートボタンを押すことで槽乾燥工程に移行するのですが、例外的に操作者がスタートボタンを押さない場合でもふたを閉めてから30分後には自動的に槽乾燥工程に移行します。したがって、特許の技術的範囲に属するわけです。

この特許出願が登録になったのが確か2010年の冬頃だったと思います。この頃には私も権利取得に関わるようになっていました。当時洗濯乾燥機のモデルチェンジは毎年夏頃で、モデルチェンジのたびに相手方の洗濯乾燥機を購入し動作チェックしており2010年の夏に発売された相手製品が依然として特許の技術的範囲に属することを確認しており、交渉で使える手駒が増えたことを喜んでいました。

 

ところが翌年のまだ春とも言えないくらいの時期にふと相手製品の取扱説明書を見ていたら違和感を覚えました。それがこれです。

表2.2011年以降の取扱説明書の内容

1 洗濯終了

・自動乾燥のランプが点灯

2 ふたを開けて衣類を取り出す

3 ふたを閉める

・衣類を取り出さないと1時間後に電源が切れ、槽乾燥運転されません。

運転終了

・衣類を取り出さないと1時間後に電源が切れ、槽乾燥運転されません。

4 スタートボタンを押す

・15分間高速回転しながら温風を吹き出し、槽を乾燥(槽乾燥運転)

・衣類が残っていると、ブザーが3回鳴りランプが点滅

 

なんと、「スタートボタンを押さないときは、ふたを閉めてから30分後に自動的に槽乾燥運転実施」という記載が丸ごと無くなっていたのです!!急いで2010年の夏にダウンロードした相手製品の取扱説明書を確認すると確かに表1の通りでした。そこで二つの取扱説明書を比較すると取扱説明書の最終ページの右下隅に記載されている番号が前者は「〇△□×・・・〇」であるのに対して後者は「〇△□×・・・〇-A」となっていました。Aという枝記号はおそらく取扱説明書が改訂されたことを示していると推測されました。

急遽、同じ製品を再び購入してチェックしたところその動作はきちんと表2の内容に変更されていました。おそらく、以前から特許出願が権利になると判断したら直ぐに設計変更できるように準備していたのでしょう。

その結果カウンター特許作りは振出しに戻り、この変更された動作をも含む特許の取得に取り組むことになりました。結局は約1年後に何とか権利を取得することができましたが本当に苦労しました。

 

当事者間の交渉等が始まるとお互いに相手の挙動をチェックし、不利と見るや素早く動くので気苦労が絶えません。できれば日ごろから相手製品に使える権利をストックしておきたいというのが企業の知財部門で働く方々の本音だと思います。