電動リール

投稿日: 2017/03/01 1:15:31

今日は平成27年(ワ)第3187号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。

この事件は2016年9月に東京地裁で判決が出たものです。特許は釣りに使う電動リールに関するもので原告(特許権者)がグローブライド株式会社で被告が株式会社シマノです。グローブライドというのは聞きなれない名前ですが、かつてのダイワ精工です。フィッシング部門は未だにブランド名としてダイワを用いていますが2009年に社名変更したようです。まったくの余談ですが私は趣味が釣りで、といってもフライフィッシングなので電動リールには触ったこともありませんが、当初は当時のダイワ精工が販売していたフライフィッシングの入門セットにお世話になりました。一方のシマノも釣り具の有名メーカーですが、こちらにはむしろ一時ハマったロードバイクのコンポーネントでお世話になりました。当時、高級品のDURA-ACEやULTIGAに憧れていましたが実際に使っていたのは105でした(十分良かったですが)。

話を戻すと、この日本の釣り具の分野での二大巨頭が久しぶりに裁判の場で特許権侵害を争った案件です。まずは各手続きを時系列で整理します。

 

1.手続きの整理

今回は原告であるグローブライド株式会社の特許が3件あります。これらは先行して出願された特許出願の分割出願(いずれも第一世代)です。また、これら3件から遅れて分割された出願もあります。そのため、まずはこれらの出願から権利化までを時系列で整理します。

なお、表に被告製品の発売時期という欄を設けました。これはネットでダウンロードした判決文の最後に付けられた別紙中の被告製品目録をもとに調べたものです。当該ホームページの2013年9月6日の記事には、400シリーズにダブルハンドモデル(400DH)と左巻きモデル(401、401DH)が加わった、と記載されています。また、ネットで検索すると同年の5月に400が発売されたとの記事が複数ありました。これらの情報をもとにして被告製品の発売時期も記入したものです。

 表1.本件特許のファミリの審査経緯と被告製品の発売時期

この表を見ると原告が被告製品(400)の発売直後に購入して調べたうえで原出願から3件分割出願していると推測されます(ひょっとしたらその前の大阪でのフィッシングショーへの出展時点で既に当たりを付けていたかもしれません)。いずれにせよ、このように被告製品を十分調査したうえで被告製品を特許請求の範囲に含むように権利化した特許なので、非抵触主張は困難を極めると予想されます。

次に特許庁での特許無効審判と東京地裁で侵害訴訟の時系列を整理します。

 

表2.特許と無効審判と侵害訴訟

この表を見ると侵害訴訟の訴状送達日が2015年2月19日です。ところで先ほどの表1で本件特許3件が登録になったのが2014年11月7日です。したがって、登録後わずか3ヶ月で訴訟を起こしたことになります。通常は当事者間で他の訴訟がある場合にこういったケースがあります。しかし、今のところ当事者間に他の訴訟があるとの情報はありません。そうなるとその業界では当事者間の交渉ではなく警告状送付後に一定期間を経て訴訟を起こすという慣習があるとか、何らかの事情で急いで訴訟を起こす必要があったということが考えられます(要はこのデータだけではわかりません、ということですが)。

侵害訴訟は請求棄却の判決です。後述しますが特許には無効理由が存在するので請求を棄却するというものです。そして判決の約一月後に特許庁から審決の予告がされています。審決の予告は請求成立(特許無効が認められる)可能性が高い場合に出されるものです。これを受けて被請求人(特許権者)が訂正を請求しているのが最新の状況です。なお、知財高裁に控訴されているか否かは現時点では不明ですが、無効審判で訂正請求していることから控訴しているのではないかと推測します。

また、2015年5月11日に本件特許3件ともに閲覧請求されています。当初被告が閲覧請求したと決めつけて考えていましたが、訴状送達日から約3月も経過していることから、第三者が閲覧請求した可能性があります(もちろん被告が特許庁のホームページの審査書類情報からダウンロードしただけでなく、念のために閲覧請求した可能性もあります)。

各手続きを時系列に従って整理してわかることはおおよそ以上です。

 

3.特許発明の内容(本件特許1のみ)

本件特許1(特許第5641623号)

【請求項1】

1A リール本体(5)の左右側板(5A,5B)間に設けられ、釣糸が巻回されるスプール(7)と、前記リール本体(5)に設けられ、スプール(7)を回転駆動する駆動モータ(8)と、前記駆動モータ(8)の出力を調整する操作部材(30)と、前記駆動モータ(8)を制御する制御部(100)を収容した制御ケース(15)と、を有する魚釣用電動リールにおいて、

1B 前記操作部材(30)は、前記制御ケース(15)の後方側で少なくとも左右の側板(5A,5B)の一方の上部にその側板の表面から露出した状態で前記制御ケース(15)に配設されるとともに、前記制御ケース(15)に支持された支軸(31)に前後方向に回転可能に装着されており、

1C 前記制御ケース(15)には、操作部材(30)の操作角度を検知する検知手段(130)が設けられている

1D ことを特徴とする魚釣用電動リール。


本件特許1~3はいずれも電動リールの制御ケースの後方側で側板の上部に前後方向に回転可能な操作部材が設けられていることがポイントになります。

 

4.被告製品

被告製品の中の一機種の写真は以下の通りです。これは右巻きタイプの電動リールです。

特許の図面では操作部材が左側に配置され、ハンドルが右側に配置されています。一方、被告製品では操作部材とハンドルの両方が右側に配置されています。しかし、特許の請求の範囲では操作部材は左側、右側どちらに配置されても構わないという記載になっています。

 

5.被告・原告の主張

(1)抵触性(本件特許1に関する非抵触理由の中で主なもののみ抜粋)

① 構成要件1Bの充足性

(被告の主張)

1Bの「少なくとも左右の側板の一方の上部にその側板の表面から露出した状態で」との構成は、本件特許1の出願経過に照らし、操作部材が側板の表面のみから露出した状態のものに限定されたと解すべきである。

これに対し、被告製品の調整部材(操作部材に相当)は、ケース部材の右側延長部及び右側カバーに形成された開口から露出しており、側板の表面のみから露出した状態ではない。

(原告の主張)

被告は、出願経過を根拠に、操作部材が側板の表面のみから露出した状態のものに限定されると主張する。しかし、原告が補正をしたのは、操作部材が制御ケースの後方で、側板の上部で側板の表面から露出するように配設されたものであるとするとともに、操作部材を前後方向に回転可能にするものであることを明確にしたにすぎず、側板の表面のみから露出した状態に限定する趣旨ではない。

② 構成要件1Bの充足性

(被告の主張)

本件各発明においては、いずれもリールにおける制御ケースの位置について特定されておらず、リールにおける操作部材の配設位置が特定されていない。したがって、被告製品が1Bを充足するか否かが判断できず、これら各構成要件を充足するとは認められない。

(原告の主張)

本件各発明の操作部材の配設位置は1Bの文言により明らかになっており、被告製品はこれら構成要件を充足する。本件明細書1~3記載の実施例を併せみれば、リール本体を上部から見た場合の制御ケースの上面の前方・後方も確認できるから、配設位置の特定を欠くとの被告の主張は失当である。

③ 構成要件1Cの充足性

(被告の主張)

1Cは、制御ケース内に操作部材の操作角度を検知する検知手段の全部が設けられていることを意味する。これに対し、被告製品における調整部材の操作角度検出手段としては検出子及び位相検出部があり、検出子は調整部材に形成された検出子収容部に装着されておりケース部材には設けられていないから、被告製品は1Cを充足しない。

(原告の主張)

被告製品において、調整部材の操作角度は、検出子の位相検出部に対する相対的な回転位相を検出することで検出されている。すなわち、被告製品において1Cにいう操作角度検知手段に当たるのは位相検出部であり、これはケース部材の右延長部に形成された空間に収容されているから、被告製品は1Cを充足する。

 

(2)有効性等(本件特許1に関する無効理由の中で主なもののみ変更して抜粋)

乙17:特開2003-092959号公報

乙18:特開2001-169700号公報

乙19:実開平03-071769号公報

乙20:特開2000-083538号公報

① 乙18発明に基づく進歩性欠如

(被告の主張)

乙18公報の図5及び6(b)に記載された乙18発明は、①操作部材が制御ケースの前後方向の中央から少し後方側の前後方向の所定領域に配置されている点、②操作部材が制御ケースに配設されるとともに制御ケースに支持された支軸に装着されているかどうか不明である点、③操作部材が略円弧状にスライド可能に装着されている点、④操作部材の操作量を検知する検知手段が、角度を検知するものか、また、制御ケースに設けられているか不明である点が本件発明1と異なるが、その余の構成は本件発明1と一致する。なお、原告は相違点につき後記のとおり主張するが、特許請求の範囲は原告主張のように一体的に記載されておらず、本件明細書1には原告主張の一体的な構成によって課題を解決しているとの記載もないので、相違点の把握として不適切である。上記①について、親指が届きやすい操作部材の具体的配置はリールの大きさや形状等に応じて設計される設計事項であり、これを制御ケースの後方側に置くことは周知技術である(乙17、20、21、24)。上記②について、本件発明1の課題及び作用効果に照らすと、操作部材が制御ケースに配設されるとともに制御ケースに支持された支軸に装着されること自体に技術的意義はない上、回転操作する操作部材を支軸に装着するのは一般的であって(乙17、乙19)、当業者は容易に想到できる。上記③についても、本件発明1の課題及び作用効果に照らすと、操作部材が回転可能なダイヤル式であることに技術的意義はない。スライド式とダイヤル式が周知慣用な置換手段であり、乙18公報の図3及び図4、乙17公報並びに乙20公報には回転可能な操作部材が記載されているから、当業者はこれを容易に想到できる。上記④について、略円弧状に操作される操作部材において操作量を検知する手段としては回転量(角度)を検知するよう構成するのが通常であり、上記③に係る構成が得られれば当然検知手段は操作角度を検知することになる。また、魚釣用電動リールにおいて電気部品の防水性の確保は自明かつ周知の課題であり、防水のため検知手段を制御ケースに収容することも周知技術である(乙17、19、33、34)

 

(原告の主張)

乙18発明は、①モータ出力調節体が制御ケースの左側方側に配置されるとともに、その操作部をリール本体の表面から露出した状態で略円弧方向にスライド操作することによってモータ出力を調節するよう装着されており、本件発明1の「操作部材が制御ケースの後方側で、少なくとも左右の側板の一方の上部にその側板の表面から露出した状態で前後方向に回転可能に装着されている」との構成を有しない点、②モータ出力調節体が制御ケースに支持された支軸に装着されているか不明な点、③検知手段が角度を検知するか、制御ケースに設けられているか不明な点で本件発明1と相違する。

本件発明1は、上記①の点に係る本件発明1の構成全体で課題を解決している。したがって、乙18発明がこれを有していないことが相違点として認定されるべきであり、被告主張のように操作部材の配設位置と形態に分けて相違点を認定すべきではない。

上記①について、本件発明1の構成は被告指摘の文献のいずれにも開示されていない。本件発明1の課題は新規なものであり、乙18発明に上記構成を採用する動機付けはない。上記②及び③について、本件発明1は、上記②及び③に係る構成を採用することで構造が簡略化され、生産性及びメンテナンス性の向上を図るとともに、配線及び防水性の面でも有利になるという作用効果を有するものであるが、乙17公報には防水性の確保が課題であるとは明記されておらず、この点は周知技術でない。また、上記②及び③に係る構成を抽象的にでも開示しているのは乙19公報のみであるが、これを乙18発明に組み合わせても本件発明1の構成は得られない。

 

6.裁判所の判断

(1)抵触性(本件特許1に関する非抵触理由の中で主なもののみ抜粋)

① 構成要件1Bの充足性

本件各発明の特許請求の範囲の文言上、操作部材の露出位置は側板上部の表面と規定されるにとどまり、被告主張のような限定があるとみることは困難である。また、被告が指摘する特許出願の経過をみても、原告による補正は、操作部材が側板又はその周辺の部材の表面から露出するとされた構成を、拒絶理由通知に引用された公知技術(操作部材が側板の周辺の部材から露出するもの。乙17)と区別するため、側板の表面から露出する構成としたものと認められる(乙2、4~7、9~12、14~16)。そうすると、この補正により上記認定の被告製品におけるような露出位置が本件各発明の技術的範囲から除外されたと解することは相当でない。

したがって、被告の主張は失当というべきである。

② 構成要件1Bの充足性

本件各発明においては、操作部材の配設位置は制御ケースとの関係で規定されており、リールとの関係で特定されなければならないと解すべき理由はないから、被告主張を採用することはできない。

③ 構成要件1Cの充足性

被告製品においては、別紙被告製品説明書1(1)c及び図4のとおり、検出子9が調整部材5に形成された検出子収容部5dに装着され、位相検出部10がケース部材6の一部に形成された空間に収容されており、検出子の位相検出部に対する相対的な回転位相を位相検出部が検出することにより調整部材の操作角度を検知している。そうすると、位相検出部が操作部材の操作角度を検知する手段であり、これが制御ケースに相当するケース部材内に設けられていることは明らかであるから、被告製品は構成要件1Cを充足すると解すべきである。

これに対し、被告は、検出子も検知手段であり、検出子はケース部材に設けられていないから、被告製品は構成要件1Cを充足しない旨主張する。しかし、上記のとおり位相検出部が検知手段に当たると認められる以上、検出子の配設位置は上記判断に影響しないと解すべきである。

(2)有効性等(本件特許1に関する無効理由の中で主なもののみ変更して抜粋)

本件発明1と乙18発明は、(A)操作部材の配設位置が、制御ケースの後方側か、ほぼ中央か(前者が本件発明1、後者が乙18発明。以下同じ。)、(B)操作部材の形態が、ダイヤル式(回転可能なもの)か、略円弧状のスライド式か、(C)操作部材が、制御ケースに支持された支軸に装着されているか、不明であるか、(D)操作部材の移動量を検知する手段が、制御ケースに設けられ角度を検知するものであるか、不明であるかの各点(以下、それぞれを「相違点A」などという。)で相違し、その余の構成は一致するということができる。

原告は、相違点A及びBに関して、本件発明1の操作部材が「制御ケースの後方側で、側板の上部に、側板の表面から露出した状態で、前後方向に回転可能に装着されている」という構成が一体となって課題を解決しているのに対し、乙18発明のモータ出力調節体は「制御ケースの左側方側で、左側板の表面から露出した状態で、その操作部を略円弧方向にスライド操作するように装着されている」という構成であるから、その全体を相違点と認定すべき旨主張する。しかし、操作部材が側板の上部にその表面から露出した状態で装着され、これが前後方向に移動するという構成は両者に共通しており、これらを相違点とみることはできないから、上記のとおり相違点A及びBを認定するのが相当である。ただし、原告の主張する構成の一体性に関しては、容易想到性の判断において考慮することとする。

本件発明1と乙18発明は、いずれもリールを装着した釣竿を片手で把持し、その手の親指で操作部材を操作することが想定された魚釣用電動リールに関する発明であり、操作性の向上という課題を共通にすると認められる。そして、操作部材を制御ケースの後方側、側板の上部等の指先が届きやすい位置に設けること(乙17、18、21、23、24)、ダイヤル式の操作部材を使用すること及びこれとスライド式の操作部材が置換可能なこと(乙17、18、22、25~27)がそれぞれ周知の技術であったと認められることからすれば、乙18発明における操作部材の配設位置を制御ケース後方側の側板の上部とし、その形態をダイヤル式とすることは、魚釣用電動リールの技術分野における当業者にとって容易であったと解するのが相当である。

これに対し、原告は、本件発明1の課題は新規なものであり、①操作部材の装着位置を制御ケースの後方側で側板の上部とする、②操作部材を側板の上部の表面から露出した状態で装着する、③操作部材を前後方向に回転可能に装着するという構成を全て採用することにより課題を解決したのであるから、これらの構成を一体のものとして相違点を認定すべきであり、これは容易想到でない旨主張する。

本件発明1の操作部材の配設位置及び形態については、上記①~③の構成を全て備えた電動リールが本件特許1の出願日前に存在しなかったとしても、相違点A及びBを除いては乙18発明の構成と一致していること、これら相違点に係る本件発明1の各構成を備えた電動リールが存在していたことは前記認定のとおりであり、これらの構成を組み合わせることに阻害要因があることはうかがわれない。したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

次に、相違点Cについてみるに、相違点Bに係る乙18発明の操作部材をダイヤル式とした場合には、この操作部材を何らかの形で電動リールに装着すべきことになる。そして、回転可能な部材は支軸に装着する構成を採るのが一般的と解されること、ダイヤル式の操作部材がリール本体の内部で支軸に装着される構成が開示されていたこと、リール本体の構造上その内部で支軸が装着され得る箇所は制御ケース、側板の内面等に限られることを考慮すると、制御ケースに支持された支軸にダイヤル式の操作部材を装着する構成を想起することは当業者にとって容易なものであると考えられる。

さらに、相違点Dについてみるに、モータ出力の調整等をする操作部材の操作性を向上させるという本件発明1の目的からして操作部材の作動量(変位量)を検知することが求められるところ、操作部材がダイヤル式である場合はそのために角度を測定することが簡便であると解される。そして、乙18公報に記載された別の実施形態ではポテンショメータが設けられていること、リール本体の密封された箇所に検知手段を設ける構成が周知であったことからすれば、乙18発明において相違点Bにつきダイヤル式の操作部材を採用した場合に、制御ケース内に角度を検知する手段を設けることは当業者であれば容易に想起し得る事項と考えられる。

以上のとおり、相違点A~Dにつき本件発明1の構成を採用することはいずれも容易であると認められる。そして、操作性の向上という課題に照らせば、これらの構成を組み合わせることに十分な動機付けがあるとみることができる。

以上によれば、本件発明1は容易に発明をすることができたと認められるから、本件特許1には進歩性欠如の無効理由があり、原告は被告に対し本件特許権1を行使することができないと判断するのが相当である。

 

7.検討

(1)抵触性

さすがに被告製品の発売後に補正して権利化しただけのことはあり、被告製品が特許発明の構成要件を全て充足している点について被告は有効な反論ができませんでした。その中で被告は特許出願の経過における意見書等での主張を根拠に特許請求の範囲を限定すべきと主張していましたが、これは非常に困難です。本件のように意見書等を読んでも被告の主張するような限定の根拠が読み取れないケースは当然ですが、一見して請求の範囲を限定する文言であっても、それが拒絶理由解消の決め手になっていない場合には請求の範囲の限定の根拠にはなりえない場合もあります。

(2)有効性

被告が提出した無効理由の証拠のうち、乙17、18はそれぞれ拒絶理由通知書で引用された文献でした。したがって、東京地裁の裁判官は特許庁の審査官と同じ先行技術文献を用いて正反対の結論を導いたことになります。もちろん、被告からはこれ以外にもたくさんの証拠が提出されていたり、原告と被告がそれぞれの準備書面で意見を陳述したり、と状況が違いますが・・・

ところで、無効理由の証拠である乙18の図5、図6(b)は次のような図です。


これをベースにして裁判官は乙18発明の操作部材の配設位置をほぼ中央と認定しています。しかし、この認定には疑問があります。

本件特許の効果は「釣竿とリール本体を把持する片手の掌の一部が本体の側板にフィットした状態で、操作部材に親指が届き、操作した際の力を十分に伝えることができる」というものです。そのために操作部材は、制御ケースの後方側で、少なくとも左右の側板の一方の上部にその側板の表面から露出した状態で前後方向に回転可能に装着されているわけです。

一方、乙18発明はモータの回転数を特定の数値に設定するときには操作部材が制御ケースに対して中央に位置します、しかし、当該回転数を増加又は減少させるためには操作部材を前方にスライドさせる必要があり、さらにその位置から再び戻すことができることも必要です。この動作を釣竿とリール本体を把持する片手の掌の一部が本体の側板にフィットした状態で親指だけで行おうとすると親指の腹を操作部材の上に載せた状態で最も前方までスライドさせることができなければならず、その状態では操作部材が制御ケースに対して前方側に設けられていることに等しくなります。

原告・被告ともにダイヤル式の操作部材を制御ケースに対して後方側に設けることで親指だけで操作できる点については争っていないようですが、スライド式場合に操作部材を親指だけで目盛りに合わせて前方の任意の位置までスライドさせて止めることができるのか、さらにその位置から親指だけで目盛りに合わせて後方の任意の位置までスライドさせて止めることができるのか判決文には書いてありません。ひょっとしたら控訴審や無効審判で色々わかるかもしれません。