敗血症感染検出方法事件

投稿日: 2018/12/25 23:29:08

今日は、平成29年(ワ)第28884号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるベー・エル・アー・ハー・エム・エス・ゲーエムベーハーは、判決文によると、ドイツ連邦共和国の法人であり、分析機器、診断用試薬等の製造、販売、輸出等を業としているそうです。一方、被告であるラジオメーター株式会社は、医療用具及びその付属機器、化学及び物理の分野で使用する分析装置及び計測器並びに体外診断薬及び産業用試薬の輸入、卸売、販売等を業とする株式会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理

(1)本件特許(特許第5215250号)

(2)ファミリ

2.本件発明

患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む、

敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法。

3.被告方法

ア 被告装置は、全血又は血漿検体中の成分を、光の照射を受けると蛍光を放出する性質を有する試薬と反応させ、試薬から発せられる蛍光強度を検出する方法によって抗原及び抗体の量を測定する装置であり、被告キットは、プロカルシトニンを検出するために用いられる被告装置の専用試薬である。

被告装置及び被告キットを使用すると、患者の全血又は血漿検体中において、プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116を区別することなく、いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度は測定することができ、医療機関等において、その測定結果が敗血症の鑑別診断等に使用されている(甲3ないし11、弁論の全趣旨)。

イ プロカルシトニン1-116は、合計116個のアミノ酸からなるタンパク質であり、そのN末端(アミノ末端)側から数えて1番目及び2番目(以下、プロカルシトニンを構成するアミノ酸の順番については、いずれもN末端側から数えたものを示す。)のアミノ酸であるアラニン及びプロリンが欠落した部分ペプチドがプロカルシトニン3-116である(弁論の全趣旨)。

4.争点

(1)被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2)特許法101条5号及び同条4号の間接侵害の成否(争点2)

(3)本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点3)

ア 本件発明は特表平8-501151号公報により新規性又は進歩性を欠くか(争点3-1)

イ 本件特許は特許法36条4項1号に違反しているか(争点3-2)

(4)損害の発生の有無及びその額(争点4)

5.争点に対する当事者の主張

1 争点1(被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか)

【原告の主張】

(1)「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義「プロカルシトニン3-116を測定すること」は,プロカルシトニン3-116を敗血症等の検出に必要な精度で測定ないし検出することができれば,プロカルシトニン3-116だけを特異的・選択的に測定することに限られず,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116及びその他のプロカルシトニン由来の部分ペプチドとを区別することなく測定することも含む。敗血症等の患者の血清中からはプロカルシトニン3-116が必ず高濃度で検出されることが本件特許により明らかにされたのであり,これを踏まえれば,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116及びその他のプロカルシトニン由来の部分ペプチドを区別することなく測定する方法によっても,プロカルシトニン3-116を検出できれば,敗血症等を検出することはできる。

(2)被告方法

被告は,被告装置及び被告キットを医療機関等に提供することにより,患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定し,もって,敗血症等を検出するという方法(被告方法)を実施させている。

被告装置及び被告キットを使用すれば,検体中のプロカルシトニンが定量測定されるから,被告方法は,患者の血清中のプロカルシトニン3-116だけを特異的・選択的に測定することに限らず,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116及びその他のプロカルシトニン由来の部分ペプチドを区別することなく測定することを含むものであり,また,プロカルシトニン3-116は患者の血清中に存在するものであるから,被告方法は,「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定する」ものである。

(3)小括

したがって,被告方法は,構成要件A,Bをいずれも充足し,本件発明の技術的範囲に属する。

【被告の主張】

プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116を区別することなく測定する方法であっても構成要件Aを充足するとする原告の主張は否認する。

被告方法により,全血及び血漿検体中のプロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116が区別されることなく測定され,敗血症等を検出することができるが,プロカルシトニン3-116だけを特異的,選択的に測定することができるものではない。被告装置及び被告キットを用いて,プロカルシトニン3-116の存在及び量を検出ないし測定することはできない。

以上より,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するとはいえない。

2 争点2(特許法101条5号及び同条4号の間接侵害の成否)

【原告の主張】

(1)被告装置

被告装置は,被告方法の使用に用いる物であり,本件発明の課題解決に不可欠なものであって,被告は,本件発明が特許発明であること及び被告装置が本件発明の実施に用いられることを知っていた。したがって,被告が,業として,被告装置の製造等をする行為は特許法101条5号の間接侵害に当たる。

(2)被告キット

被告キットは,被告方法の使用のみに用いられるものであるから,被告が,業として,被告キットの製造等をする行為は,特許法101条4号の間接侵害に当たる。

【被告の主張】

(1)被告装置

被告が被告装置を製造していることは否認し,被告の行為が特許法101条5号の間接侵害に当たるとする原告の主張は争う。

(2)被告キット

被告が被告キットを製造していることは否認し,被告の行為が特許法101条4号の間接侵害に当たるとする原告の主張は争う。

3 争点3(本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)

(1)争点3-1(本件発明は特表平8-501151号公報により新規性又は進歩性を欠くか)

【被告の主張】

構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」が,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116を区別することなく測定することを含むと解した場合,以下のとおり,本件発明は,特表平8-501151号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)記載の発明(以下「乙1発明」という。)により新規性又は進歩性を欠く。

ア 乙1公報には,敗血症の検出方法として,プロカルシトニン又はその部分ペプチドを測定する方法が記載されており,この測定方法によれば,プロカルシトニン1-116のみならずプロカルシトニン3-116も必然的に測定されることになるから,本件発明と同一である。本件発明は方法の発明であり,乙1公報にプロカルシトニン3-116が具体的に記載されているかどうかにかかわらず,同一の発明が開示されているというべきであって,本件発明は新規性を欠く。

イ また,乙1公報には,敗血症マーカーとなるペプチドとして,プロカルシトニンから形成される部分ペプチドであり,57個以上のアミノ酸からなり,プロカルシトニンの部分配列を有し,96番目から116番目までのアミノ酸領域であるカタカルシン領域のうちの96番目から107番目までの部分を認識する第1の抗体と,60番目から91番目までのアミノ酸領域であるカルシトニン領域のうちの70番目から76番目までの部分を認識する第2の抗体とを用いたイノムアッセイによって検出可能なものが開示されており,プロカルシトニン3-116も含まれている。

このように,乙1公報には,プロカルシトニン1-116から形成され得る部分ペプチドがプロカルシトニン3-116を含めて開示されており,本件発明は新規性を欠く。

ウ さらに,プロカルシトニン3-116において,プロカルシトニン1-116から欠落したアラニン及びプロリンが,酵素である「Dipeptidyl Peptidase-IV」(以下「DPP-Ⅳ」という。)によって生体内のタンパク質から切断され得ることは,本件特許の優先日当時,周知であった(乙5)。

したがって,本件発明が新規性を有すると解したとしても,本件発明は,上記の周知技術と乙1発明に基づき容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠く。

【原告の主張】

本件発明は乙1発明により新規性又は進歩性を欠くとはいえない。その理由は以下のとおりである。

ア 乙1公報には,敗血症の検出手段として,プロカルシトニン1-116,C-プロカルシトニン(プロカルシトニン60-116),109番目から116番目までのアミノ酸のいずれかがプロカルシトニン1-116と異なるペプチド,C末端アミノ酸領域の108番目から116番目までのアミノ酸にプロカルシトニン1-116から逸脱があったペプチドを測定対象とすることが開示されているにすぎず,プロカルシトニン3-116を測定対象とするものは開示されていない。

また,乙1公報に開示されているプロカルシトニンの変異体は,いずれもC末端側のアミノ酸領域が変異したものであって,プロカルシトニン3-116のようなN末端側のアミノ酸領域の変異及びその可能性については記載も示唆もされていない。

イ 被告が指摘する文献(乙5)には,DPP-Ⅳが生体内のプロカルシトニン1-116に作用してアラニン及びプロリンを切断し得ることは記載されておらず,DPP-Ⅳが敗血症患者の生体内にあるプロカルシトニン1-116に作用するかも不明であるから,被告が主張するような周知技術は存在しない。

(2)争点3-2(本件特許は特許法36条4項1号に違反しているか)

【被告の主張】

本件発明が,本件明細書の段落【0023】及び【0027】(以下,本件明細書の段落については,単に【0023】などという。)に記載された市販のプロカルシトニンアッセイである「LUMItest PCT, B.R.A.H.M.S. Diagnostica」(以下「本件測定装置」という。)を用いることで実施可能であるとすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明を実施するために必要な本件測定装置の構成は開示されておらず,また,本件測定装置を用いたプロカルシトニンの測定方法は,本件特許の出願前に公然知られたものではなく,公然実施されたものでもなかったから,本件特許の出願当時,当業者は,本件発明を実施することができなかったか,本件発明を実施するに当たって過度の試行錯誤を要した。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載していたとはいえず,本件特許は特許法36条4項1号に違反している。

【原告の主張】

本件測定装置が,本件特許の出願当時に公然知られたものではなく,公然実施されたものでなかったとしても,免疫測定法の一種であることは当業者に明らかであったから,本件明細書の発明の詳細な説明には,敗血症等の患者の血中におけるプロカルシトニン3-116の濃度を免疫測定法により測定することが記載されていたといえる。

また,免疫測定法に用いる免疫試薬は,一般に,抗原タンパク質の構造が特定されれば技術常識により容易に得られるから,プロカルシトニン3-116に対する免疫試薬を作製し,免疫測定法に基づき本件発明を実施することは,当業者に容易であった。

したがって,本件特許は特許法36条4項1号に違反しているとはいえない。

4 争点4(損害の発生の有無及びその額)

【原告の主張】

被告装置及び被告キットの平成28年9月1日から平成29年8月25日までの売上額は1800万円を下らず,また,本件発明の実施に対する相当な実施料率は売上額の50%を下らない。

したがって,特許法102条3項に基づく原告の損害額は,少なくとも900万円である。

【被告の主張】

否認ないし争う。

6.裁判所の判断

1 本件発明について

(1)本件明細書の発明の詳細な説明

-省略-

(2)本件発明の概要

前記第2の2(2)イ認定の本件特許の特許請求の範囲、前記(1)認定の本件明細書の発明の詳細な説明及び図面に照らせば、本件発明の概要は次のとおりであると認められる。

ア 本件発明は、敗血症等において、プロカルシトニン又はその部分ペプチドの発生に関係する診断及び治療の可能性に関する(【0001】)。

イ 従来技術として、敗血症の危険を有する患者及び敗血症の典型的な症候が見られる患者の血清又は血漿中のプロカルシトニン及びそこから得られる部分ペプチドの測定が、早期検出にとって有益な診断手段であることが知られていたが、敗血症のケースで形成されるプロカルシトニンが甲状腺のC細胞において形成されるプロカルシトニン1-116と異なるかどうかは明らかでなかった(【0002】、【0006】、【0008】)。

ウ 本件発明は、敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンが、プロカルシトニン1-116ではなく、プロカルシトニン3-116であることが実験的に確認されたことを踏まえ、そこから導かれる新規な敗血症等の検出方法を提供することを目的とするものである(【0001】、【0009】、【0010】)。

2 争点1(被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1)「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義

ア 構成要件Aは「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む」というものであるところ、一般に、「測定」に、長さ、重さ、速さといった種々の量を器具や装置を用いてはかるという字義があることからすると、「プロカルシトニン3-116を測定すること」は、プロカルシトニン3-116の濃度等の量を明らかにすることを意味すると解するのが文言上自然である

また、前記1(2)認定のとおり、本件発明は、敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンがプロカルシトニン1-116ではなく、プロカルシトニン3-116であることが確認されたことを踏まえて新規な敗血症等の検出方法を提供することを目的とするものであり、このような本件発明の目的に照らせば、本件発明は、患者の血清中においてプロカルシトニン3-116が比較的高濃度で検出されるか否かを見ることを可能とすることが求められているということができる

以上から、構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定すること」は、プロカルシトニン3-116の濃度等の量を明らかにすることを意味すると解するのが相当である。

イ この点につき、原告は、「プロカルシトニン3-116を測定すること」は、プロカルシトニン3-116を敗血症等の検出に必要な精度で測定ないし検出することができれば、プロカルシトニン3-116だけを特異的、選択的に測定することに限られず、プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116及びその他のプロカルシトニン由来の部分ペプチドとを区別することなく測定することも含むと主張しており、その意味するところは明確でないが、血清中のプロカルシトニン3-116を検出しさえすれば足りるものである旨の主張であるとすれば、それはプロカルシトニン3-116の存在を明らかにすることで足り、その量を明らかにすることは必要ではないことをいうものであって、前記アでみた「測定」の文言の解釈に反するものであり、採用することができない

また、血清中のプロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116等とを区別することなく測定することがプロカルシトニン3-116を測定することに該当すると主張するものであると解しても、そのような測定方法では、血清中にプロカルシトニン3-116が存在するかも明らかにならず、もとより、血清中のプロカルシトニン3-116の量も確認できないから、これを「プロカルシトニン3-116を測定すること」に該当するというのは文言上困難である

(2)被告方法

前記第2の2(5)ア認定のとおり、被告装置及び被告キットを使用すると、患者の検体中において、プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく、いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ、その測定結果に基づき敗血症の鑑別診断等が行われていると認められるものの、本件全証拠によっても、被告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で、プロカルシトニン3-116の量が明らかにされているとは認められず、更にいえば、プロカルシトニン3-116の存在自体も明らかになっているとはいえない

したがって、被告方法は、構成要件Aの「プロカルシトニン3-116を測定する」を充足するとはいえない。

(3)小括

よって、被告方法は、本件発明の技術的範囲に属するとはいえない。

7.検討

(1)本件発明は構成要件が少なくシンプルな内容の特許請求の範囲(請求項1)になっています。発明のポイントはプロカルシトニン3-116を測定することができるというものです。一方、被告装置及び被告キットはプロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116を区別することなく、いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができるというものでした。

(2)判決ではまず「測定」という文言の意味について、単にプロカルシトニン3-116を検出できるだけでは足らず、その濃度等の量を明らかにできなければならない、と認定しました。その上でプロカルシトニン3-116単体での濃度を測定できない被告方法は非抵触である、と判断しました。

(3)さらに、判決では被告方法では血清中にプロカルシトニン3-116が存在するかも明らかにならず、もとより、血清中のプロカルシトニン3-116の量も確認できない、と述べています。これは、例えば、プロカルシトニン3-116が存在せずプロカルシトニン1-116のみ存在する血清を被告方法で測定した場合、プロカルシトニン1-116の濃度をプロカルシトニンの濃度として出力されるためプロカルシトニン3-116が存在しないことを測定できない状況を想定するとわかりやすいと思います。

(4)原告は「測定」はプロカルシトニン3-116を検出できれば十分でそのもの単体の正確な濃度まで計測できなくても良い、と主張していたようですが、裁判所の考えが上記のとおりであれば、その場合でも非抵触と判断されると思われます。

(5)なお、本件特許の審査経緯を見ると、2回目の拒絶理由通知書に応答して提出した補正書でそれまでの特許請求の範囲の内容をガラッと変更して特許査定を受けています。あまりにも大きく変わったので調べてみると、この補正以前に、欧州出願の分割出願でほぼ同じクレームで特許になったものがありました。その特許では本件発明で「測定」に相当する文言が"detect"でした。"detect"であれば「検出」と訳すこともできたように思いますが、上記のとおりどちらにせよ被告方法は非抵触と判断されたように思います。