ランフラットタイヤ事件(冷却構造)
投稿日: 2018/01/13 1:45:28
今日は、平成29年(行ケ)第10058号 審決取消請求事件について検討します。原告は特許無効審判の請求人である住友ゴム工業株式会社、被告は被請求人(特許権者)である株式会社ブリヂストンです。ランフラットタイヤに関する審決取消訴訟が何件かあるようです。
1.手続の時系列の整理(特許第4818272号)
2.特許請求の範囲(訂正後)
【請求項1】
カーカス層(7)と、タイヤサイド部(3)に位置する前記カーカス層(7)のタイヤ幅方向内側に設けられているサイドウォール補強層(8)とを有するランフラットタイヤであって、
前記サイドウォール補強層(8)は、タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムストックにより形成されており、
前記サイドウォール補強層(8)が設けられている前記タイヤサイド部(3)の外側表面の少なくとも一部に、溝底部を有する溝部(13)と突部(12)とでなる凹凸部(5)が延在するように構成されており、
前記凹凸部(5)は、タイヤ周方向に配置してなり、
前記凹凸部(5)の延在方向(a)とタイヤ径方向(r)とがなす角度θは、-45°≦θ≦45°の範囲であり、
前記凹凸部(5)は、リムのベースラインからの断面高さ(SH)の10~90%の範囲に設けられており、
前記突部(12)の高さをh、前記突部(12)のピッチをp、前記突部(12)の幅をwとしたときに、10.0≦p/h≦20.0、且つ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部(12)と前記溝底部が形成されていることを特徴とするランフラットタイヤ。
【請求項5】
前記突部(12)の高さ(h)は、0.5mm≦h≦7mmであり、前記突部(12)の幅(w)は、0.3mm≦w≦4mmであることを特徴とする請求項1に記載されたランフラットタイヤ。
【請求項6】
前記凹凸部(5)の延在方向(a)とタイヤ径方向(r)とがなす角度θは、-20°≦θ≦20°の範囲にあることを特徴とする請求項1、請求項5のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
【請求項7】
前記突部(12)は、少なくとも径方向(r)内側に頂部を有することを特徴とする請求項1、請求項5、請求項6のいずれか一項に記載された記載のランフラットタイヤ。
【請求項8】
前記凹凸部(5)の延在方向(a)とタイヤ径方向(r)とがなす角度θは、タイヤ径方向(r)位置により変化していることを特徴とする請求項1、請求項5乃至請求項7のいずれか一項に記載された記載のランフラットタイヤ。
【請求項9】
前記凹凸部(5)は、前記延在方向(a)に沿って不連続に分割されていることを特徴とする請求項1、請求項5乃至請求項8のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
【請求項10】
前記凹凸部(5)は、タイヤ周方向に沿って不均一に配置されていることを特徴とする請求項1、請求項5乃至請求項9のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
3.審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は、別紙審決書(写し)のとおりである。要するに、本件訂正を認めた上、①本件各発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たす、②本件発明1は、ⅰ)下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)に、下記イの引用例2に記載された技術事項(以下「甲2技術」という。)を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものではない、ⅱ)引用発明に、下記ウの引用例3に記載された技術事項(以下「甲3技術」という。)を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものではない、ⅲ)引用発明に、下記エの引用例4に記載された技術事項(以下「甲4技術」という。)を適用することで、当業者が容易に発明をすることができたものではない、③本件発明5ないし10は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものであるから、本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすることができたものではない、などというものである。
ア 引用例1:国際公開第2004/013222号(甲1)
イ 引用例2:特開平4-238703号公報(甲2の1)
ウ 引用例3:特開昭54-107004号公報(甲3)
エ 引用例4:特開平8-318716号公報(甲4の1)
(2)本件発明と引用発明の対比
本件審決は、引用発明及び本件発明との一致点・相違点を、以下のとおり認定した。
ア 引用発明
カーカス4と、サイドウォール部10に位置する前記カーカス4のタイヤ幅方向内側に設けられているサイド補強層ゴム9とを有するランフラットタイヤ1であって、/前記サイド補強層ゴム9は、タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムにより形成されており、/前記サイドウォール部10の少なくとも一部であって、タイヤの高さをHとしたとき、少なくとも高さ0.5H~0.7Hの部位に、表面積を大きくするための凹凸のパターン12が形成されているランフラットタイヤ。
イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
(ア)一致点
カーカス層と、タイヤサイド部に位置する前記カーカス層のタイヤ幅方向内側に設けられているサイドウォール補強層とを有するランフラットタイヤであって、
前記サイドウォール補強層は、タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムストックにより形成されており、
前記サイドウォール補強層が設けられている前記タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に、凹凸部が構成されている、
ランフラットタイヤ。
(イ)相違点
a 相違点1
凹凸部の配設態様について、本件発明1は、「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」、「前記凹凸部は、タイヤ周方向に配置してなり、前記凹凸部のとタイヤ径方向とがなす角度θは、-45°≦θ≦45°の範囲であり、前記凹凸部は、リムのベースラインからの断面高さの10~90%の範囲に設けられて」いるのに対し、引用発明は、「タイヤの高さをHとしたとき、少なくとも高さ0.5H~0.7Hの部位に、表面積を大きくするための凹凸のパターン12が形成されている」点。
b 相違点2
凹凸部の構造について、本件発明1は、「前記突部の高さをh、前記突部のピッチをp、前記突部の幅をwとしたときに、10.0≦p/h≦20.0、且つ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部と前記溝底部が形成されている」ものであるのに対して、引用発明は、その具体的な構造は特定されていない点。
4.取消事由
(1)本件各発明のサポート要件違反(取消事由1)
(2)引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由2)
(3)引用発明及び甲3技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由3)
(4)引用発明及び甲4技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由4)
(5)本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り(取消事由5)
5.裁判所の判断
1 本件発明1について
本件発明1に係る特許請求の範囲は、前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ、本件明細書の記載によれば、本件発明1の特徴は、以下のとおりである。なお、本件明細書には、別紙本件明細書図表目録のとおり、【表1】【表2】【図2】【図3】【図5】【図7】【図29】【図30】【図31】が記載されている。
(1)本件発明1は、ランフラットタイヤに関するものである(【請求項1】【0001】)。
(2)ランフラットタイヤでは、パンク走行時に三日月形補強ゴムの部分が非常に高温に達し、その耐久性に影響がある(【0002】)。従来、放熱を促進させる技術として、リムガード上に多数のリッジを配置して、表面積を増やして放熱促進を図る技術が知られていた(【0003】)。本件発明1は、ランフラットタイヤの劣化が生じる部位について、効率的な温度低減を図ることにより、耐久性を更に向上させたランフラットタイヤを提供することを目的とする(【0005】)。
(3)本件発明1は、凸条又は溝をタイヤ径方向に配置し、その形状を特定することで放熱効率が更に向上するという知見に基づき、タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に、請求項1に記載された構造の凹凸部を、同記載の配設態様で設けたものである(【0006】【0007】)。
(4)本件発明1は、請求項1の構成を採用することにより、故障の発生が起こりやすいタイヤサイド部の放熱を促進させることができる(【0008】)。タイヤを構成するゴムは熱伝導性の悪い材料であるから、放熱面積を拡大して放熱を促進させるよりも、乱流の発生を促進させて空気の乱流を直接タイヤサイド部に当てるほうが、放熱効果が大きくなると考えられる(【0008】)。
2 取消事由2(引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について
(1)引用発明について
引用例1には、引用発明に関し、以下のとおり開示されている。なお、引用例1には、別紙引用例図表目録引用例1のとおり、【図1】【図2】が記載されている。
ア 引用発明は、熱伝導率を向上させて放熱効果を促進させたゴム組成物を少なくともサイドウォールゴムに使用した空気入りタイヤに関するものである(1頁4行~6行)。
イ 従来のサイドウォールのカーカスより内面を三日月形のゴムで補強したタイプの空気入りタイヤ(ランフラットタイヤ)は、ランフラット走行時に大きく発熱するため、タイヤのカーカスやサイド補強ゴムが強度低下を起し、破壊に至るという問題があった(1頁8行~19行)。
引用発明は、ランフラットタイヤのサイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高めることができるゴム組成物及び当該ゴムを使用した空気入りタイヤ、特にランフラットタイヤを提供することを目的とする(1頁21行~2頁1行)。
ウ 引用発明は、上記目的を達成するため、具体的には、特定のゴム組成物を少なくともタイヤの一部に用いるとともに、タイヤの高さをHとしたとき、少なくとも高さ0.5H~0.7H、更に好ましくは0.4H~0.8Hの部位の表面積を、適当な表面パターン形状(パターン12)にすることによって、タイヤの回転軸方向の投影面積に対して1.2倍以上、更に好ましくは1.4倍以上の表面積にするように構成している(3頁5行~20行、5頁8行~19行、14頁4行~6行)。
エ 引用発明の構成を採用することにより、サイド補強層ゴム9から発生した熱をより早く外部表面に移動させて発散させてしまうことができ、また、走行中の発熱を外気により効果的に放散させることができ、タイヤのランフラット性能を向上させることができる(3頁5行~20行)。
(2)引用発明の認定及び本件発明1と引用発明との対比
引用例1に、前記第2の3(2)アのとおり引用発明が記載されていること、並びに、本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が前記第2の3(2)イのとおりであることは、当事者間に争いがない。
(3)甲2技術について
ア 引用例2の記載
引用例2には、おおむね、以下の記載がある。なお、引用例2には、別紙引用例図表目録引用例2のとおり、【図2】【図4】【図5】が記載されている。
(ア)産業上の利用分野
【0001】この発明は、トレッド部にブレーカが埋設されてなる空気入りタイヤに関するものである。
(イ)従来の技術
【0002】従来、四輪車用のタイヤはトレッド部におけるカーカス層上に複数層のブレーカ(ベルト)が埋設されて補強されている。…
(ウ)発明が解決しようとする課題
【0003】上記構成では、とくに180km/h以上の高速走行時にはタイヤと路面との摩擦による摩擦熱で加熱され、ゴム材料とブレーカとの熱膨張差に起因して熱疲労が生じ、図1に示すようにタイヤ10のブレーカ5、6の端部に亀裂80が生じるという問題がある。…
【0004】この発明は、このような従来の欠点を解消するためになされたものであり、簡単な構成でブレーカ端部の熱を逃がし、ブレーカ端部に亀裂が生じるのを確実に防止することができる構成の空気入りタイヤを提供することを目的とするものである。
(エ)作用
【0007】上記構成では、空気入りタイヤの側面であってブレーカに対向する一定の領域に、周方向全体にわたって多数の凹部が形成されているために、その領域で広い放熱面積が形成されるとともに乱流が生じ、その結果温度低下作用が果たされ、ブレーカ端部での亀裂の発生を効果的に達成することができる。
(オ)実施例
【0009】図2、図3および図4(a)に示すように、タイヤ10の側面であってブレーカ5、6に対向する一定の領域4には、タイヤの周方向全体にわたって多数の凹部20が形成され、上記凹部20はその深さdが0.5~2mm、直径Dが5~10mmに形成され、底部の曲率半径Rは0.5~10mmに設定されている。またこの凹部20の分布は100cm2(10cm角)当り凹部20が50~200個配置されるようにすればよい。さらに上記領域4はその幅h(境界線SとPとの間)をタイヤのサイズなどに応じて10~60mmの範囲に設定すればよい。この凹部20は図1におけるタイヤ10の左右両側面に対称の配置で形成されている。
【0010】上記凹部20は、タイヤの側面の領域4の面積を増大させるとともに乱流を生じさせて熱拡散を促進させるためであるから、凹部20の深さが0.5mm未満では凹部を形成した効果がなく、また深さが2mmを超えるとタイヤの強度を弱めるので好ましくない。また凹部20の直径Dおよび分布が上記範囲外になると、熱放散性の点から凹部としての機能を充分に発揮することができない。さらに曲率半径Rが0.5mmより小さいと亀裂が生じやすくなってタイヤの強度に悪影響を及ぼし、10mmより大きいと凹部20が平滑面に近くなり、凹部としての上記機能が達成されなくなる。…
【0011】凹部20は、上記のような円形のものに限らず、図4(b)に示すように四角形状の凹部30、その他種々の形状が採用可能である。これら種々の形状における深さdおよび平面寸法Dの範囲は上記同様に設定すればよい。
【0012】図5(a)は、速度180km/hで走行させた場合のタイヤ側面の領域4における温度曲線を示し、曲線50は領域4が平滑面の場合の温度曲線、曲線40は領域4に凹部20を形成した場合の温度曲線を示している。後者の場合、図1および図2における領域の幅hは50mm、凹部20の深さは1mm、図5(b)における一辺の長さwが20mmの範囲内に凹部20を4個分布させた。この結果からも明らかなように、タイヤ側面が平滑な場合(曲線50)に比較して、所定の凹部20を形成させた場合(曲線40)は温度が低く、また点Pより内側の部分では温度が低いことが示され、この発明の効果が明瞭に表われている。
イ 甲2技術に関する開示
引用例2には、甲2技術に関し、以下のとおり開示されている。
(ア)甲2技術は、トレッド部にブレーカが埋設されてなる空気入りタイヤに関するものである(【0001】)。
(イ)ゴム材料とブレーカは、高速走行時におけるタイヤと路面との摩擦による摩擦熱によって加熱されるところ、従来、これらの熱膨張差に起因して熱疲労が生じタイヤ10のブレーカ5、6の端部に亀裂80が生じるという問題があった(【0003】)。甲2技術は、簡単な構成でブレーカ端部の熱を逃がし、ブレーカ端部に亀裂が生じるのを確実に防止することができる構成の空気入りタイヤを提供することを目的とするものである(【0004】)。
(ウ)上記目的を達成するため、タイヤ10の側面であってブレーカ5、6に対向する一定の領域4に、甲2技術のような、多数の凹部が周方向全体にわたって形成される(【0009】~【0012】)。
(エ)一定の領域4に、甲2技術のような、多数の凹部を形成することにより、その領域で広い放熱面積が形成されるとともに乱流が生じ、その結果温度低下作用が果たされ、ブレーカ端部での亀裂の発生を効果的に防止することができる(【0007】【0014】)。
ウ 甲2技術における凹凸部の構造
(ア)甲2技術の凹部が有するパラメータへの着目
a 甲2技術は、凹部の形成により、広い放熱面積を形成するとともに、乱流を発生させ、その結果温度低下作用を果たすというものである。
b そして、甲20(平成元年頒布)には、伝熱面上に等間隔に突出物を設けることにより、流れにかく乱を与えて再付着点付近の高い熱伝達率を利用する旨記載されるとともに、流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(141頁)。甲38(平成12年頒布)には、リブの伝熱的な役割として、リブ上面ではく離した流れが、再付着する部分で非常に熱伝達率が高くなることを利用している旨記載されるとともに、流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(8頁)。甲16(昭和60年公開)には、各種の乱流促進体が伝熱面上に配置されて熱伝達の向上が試みられており、乱流促進体によって主流部の流線が曲げられ、再付着点の部分で熱伝達率がピークを有する旨記載されている(1~2頁)。甲18(平成11年公開)には、突起により流れがはく離し、その後、流れが再付着し、再付着点近傍の熱伝達率は飛躍的に向上する旨記載されるとともに、流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(【0025】【図7】)。
したがって、本件特許の優先日当時、当業者であれば、タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により、流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序について、当然に認識していたというべきである。
c また、甲22(平成4年頒布)には、乱流域では促進体の高さの7~10倍の位置で再付着が起こり、促進体間ピッチをP/L=10付近(P:促進体ピッチ、L:促進体高さ)に設定すると最も高い促進効果が得られる旨記載されている(190頁)。甲28の1(昭和61年頒布)には、突部のピッチと高さを変えた三種類の正弦波状の波形壁における流れに着目して、流れのはく離と再付着の状況を再現し、熱伝達率に関する分析がなされている(202~203頁)。その他、甲29(平成16年公開。【0026】【図11】)、甲30(平成17年5月公開。【0083】【図2】(b))、甲31(平成17年9月2日公開。【0007】)、甲32(平成2年頒布。222頁)、甲33(平成3年頒布。58~62頁)、甲34(平成7年頒布。146頁、図11)、甲35(昭和60年頒布。163頁)、甲36(平成16年頒布。68頁)、甲37(平成9年頒布。21~24頁)、甲38(平成12年頒布。8頁)、甲39(昭和58年頒布。153・155頁)、甲40(平成14年公開。【0046】【0047】)、甲41(昭和63年公開。2頁・第2図、第3図、第9図)、甲42(平成6年公開。【0016】【図7】)、甲43(平成11年頒布。221・223頁)、甲44(平成5年公開。【0021】)、甲45(平成9年公開。【0024】)、甲46(平成12年公開。【0025】)、甲47(平成16年公開。【0032】)、甲48(平成16年公開。【0056】)においても、放熱効果の観点から、突部のピッチと高さに着目して流体の流れが分析されている。
さらに、乱流による放熱効果の向上は、流体の再付着する部分、すなわち溝部の熱伝達率の向上によるものである。また、甲36(65頁)には、乱流を発生させる構造に関連して、溝部の幅と突部の幅の比から導き出される粗さ密度に着目する記載がある。そうすると、放熱効果の観点から、熱伝達率が向上する部分である溝部の幅を、突部の幅に比してどのような割合で設けるかは当然に着目されるものである。
d このように、本件特許の優先日当時、当業者は、乱流による放熱効果の観点から、タイヤ表面の凹凸部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について、当然に着目するものである。そして、甲2技術は、凹部の形成により、乱流を発生させ、温度低下作用を果たすものであるから、当業者は、甲2技術の凹部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係に着目するというべきである。
(イ)甲2技術の凹部が有するパラメータ
引用例2の実施例において、凹部20は、【図5】(b)のとおり、一辺の長さが20mmの範囲内に4個分布され(【0012】)、凹部20は【図4】(a)(b)に示すように四角形状の凹部30として置換可能であるから(【0011】)、引用例2には、pが10mmに規定された凹部30が記載されているということができる。そして、引用例2の凹部20の深さdは0.5~2mmに形成され(【0009】)、凹部20は凹部30に置換可能であって、凹部30の深さdは突部の高さhと同じであるから、引用例2には、0.5mm≦h≦2mmの凹部30が記載されているということができる。したがって、引用例2には、5≦p/h≦20の関係を満足する凹部30が記載されているということができる。
また、引用例2の凹部20の直径Dは5~10mmに形成され(【0009】)、凹部20は凹部30に置換可能であるから、引用例2には、一辺の長さが5~10mmの凹部30が記載されているということができる。そして、引用例2には、pが10mmに規定された凹部30が記載されているから、凹部30の一辺の長さが5mmの場合において、wは5mmとなり、凹部30の一辺の長さが10mmにわずかに満たない9.9mmの場合において、wは0.1mmとなる。したがって、引用例2には、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30が記載されているということができる。
そうすると、引用例2には、甲2技術として、放熱効果の観点から、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30」が記載されていると認められる。
(4)相違点2の容易想到性について
ア 動機付け
引用発明と甲2技術は、いずれも空気入りタイヤに関するものであり、技術分野が共通する。
また、引用発明は、ランフラットタイヤのサイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高め、カーカスやサイド補強ゴムの破壊を防止することを課題とする。甲2技術は、空気入りタイヤのブレーカ端部の熱を逃がし、ブレーカ端部に亀裂が生じるのを防止することを課題とする。したがって、引用発明と甲2技術の課題は、空気入りタイヤの内部に発生した熱を迅速に逃すことにより当該部位の破壊を防止するという点で共通する。
さらに、引用発明は、タイヤの外側表面の一定部位を、適当な表面パターン形状にすることによって、タイヤの回転軸方向の投影面積の表面積を大きくし、サイド補強層ゴムから発生した熱をより早く外部表面に移動させ、外気により効果的に拡散させるものである。甲2技術は、タイヤの外側表面の一定の領域に、多数の凹部を形成することによって、その領域で広い放熱面積を形成して、温度低下作用を果たさせるものである。したがって、引用発明と甲2技術の作用効果は共通する。
加えて、甲2技術は、多数の凹部を形成することによって温度低下作用を果たさせるに当たり、引用発明のように表面積の拡大だけではなく、乱流の発生も考慮するものである。
よって、引用発明に甲2技術を適用する動機付けは十分に存在するというべきである。
イ 引用発明における凹凸のパターン12の具体的な構造として、甲2技術を適用した場合、その凹凸部の構造は、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する」ことになり、これは、相違点2に係る本件発明1の構成、すなわち「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足する」という構成を包含する。
そして、本件明細書(【0078】【0079】)には、「乱流発生用凹凸部では、1.0≦p/h≦50.0の範囲が良く、好ましくは2.0≦p/h≦24.0の範囲、更に好ましくは10.0≦p/h≦20.0の範囲がよい」「1.0≦(p-w)/w≦100.0、好ましくは4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足することが熱伝達率を高めている」との記載があり、「1.0≦p/h≦50.0」「1.0≦(p-w)/w≦100.0」というパラメータを満たす場合においても放熱効果が高まる旨説明されている。「10.0≦p/h≦20.0」「4.0≦(p-w)/w≦39.0」という数値範囲に特定する根拠は、「好ましくは」と、単に好適化である旨説明するにとどまる。
また、本件明細書の【表1】【表2】には、p/h及び(p-w)/wと耐久性の関係についての実験結果が記載されているところ、本件発明1の数値範囲のうちp/hのみを満たさない実施例3(p/h=8)の耐久性は、本件発明1の数値範囲を全て満たす実施例8、11、12、18、19の耐久性よりも高く、本件発明1の数値範囲のうち(p-w)/wのみを満たさない実施例13、15、16((p-w)/w=44、99、59)の耐久性は、本件発明1の数値範囲を全て満たす実施例8、11、12、18、19の耐久性よりも高いという結果が出ている。
加えて、本件明細書の【図29】には、p/hと熱伝達率の関係についてのグラフが記載され、【図30】には、(p-w)/wと熱伝達率の関係についてのグラフが記載されているところ、これらのグラフは、p/h又は(p-w)/wの各パラメータと熱伝達率の関係を示すにとどまり、両パラメータの充足と熱伝達率の関係を示すものではない。そして、タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により、流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序によれば、凹凸部のピッチ(p)、高さ(h)及び幅(w)の3者の相関関係によって放熱効果が左右されるというべきであって、本件発明1において特定されたピッチと高さ、ピッチと幅という2つの相関関係のみを充足する凹凸部の放熱効果が、これらを充足しない凹凸部の放熱効果と比較して、向上するといえるものではない。そうすると、p/h又は(p-w)/wの各パラメータと熱伝達率の相関関係を示すグラフ(【図29】【図30】)から、「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足する」凹凸部の構造が、これを満足しない凹凸部の構造に比して、熱伝達率を向上させるということはできない。
そうすると、本件発明1は、凹凸部の構造を、「10.0≦p/h≦20.0、かつ、4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に限定するものの、当該数値範囲に限定する技術的意義は認められないといわざるを得ない。
よって、引用発明に甲2技術を適用した構成における凹凸部の構造について、パラメータp/hを、「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に特定し、かつ、パラメータ(p-w)/wを、「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に特定することは、数値を好適化したものにすぎず、当業者が適宜調整する設計事項というべきである。
ウ 被告の主張について
(ア)被告は、引用例2は、放熱効果を向上させるための凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dとの関係について全く開示しないと主張する。
しかし、引用例2には、多数の凹部によって生じる乱流によって温度低下作用が果たされる旨記載があり(【0007】【0014】)、また、引用例2はそのような凹部について、ピッチ(p)、深さ(d)及び直径(D)のサイズの範囲が具体的に記載されている(【0009】【0010】【0012】)。そして、前記(3)ウ(ア)のとおり、本件特許の優先日当時、当業者は、乱流による放熱効果の観点から、タイヤ表面の凹凸部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について、当然に着目するものである。したがって、当業者は、引用例2に記載された凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dについて、放熱効果を向上させるという観点からその関係を理解するというべきである。
(イ)被告は、引用例2は、凹部のピッチに関する記載はなく、凹部を一定のピッチで配置することを開示するものでもないと主張する。
しかし、引用例2の実施例において、凹部20は、【図5】(b)のとおり、一辺の長さが20mmの範囲内に4個分布される旨記載されている(【0012】)。そして、【図5】(b)において、凹部20は均等に配置されているから、引用例2には、凹部を一定の10mmのピッチで配置することが開示されているというべきである。
(ウ)被告は、本件の無効審判請求において提出されたものではない証拠に基づく主張は許されないと主張する。
しかし、甲28の1、29~48は、本件の無効審判請求において提出されたものではないものの、引用発明及び甲2技術の意義を明らかにするために、前記(3)ウ(ア)のとおり、これらの資料に基づき、本件特許の優先日当時の当業者の技術常識を認定することは許されるから(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)、被告の主張は失当である。
エ 小括
以上のとおり、引用発明に甲2技術を適用した場合、その凹凸部の構造は、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する」ことになり、これは、相違点2に係る本件発明1の構成を包含する。そして、パラメータp/hを、「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に、かつ、パラメータ(p-w)/wを、「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に、それぞれ特定することは、数値を好適化したものにすぎず、当業者が適宜調整する設計事項である。
そうすると、引用発明に甲2技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明1の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(5)相違点1について
ア 前記(3)のとおり、引用例2には、甲2技術として、放熱効果の観点から、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30」が記載されているところ、当業者は、引用発明に甲2技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得る。
そして、引用例2の実施例において、凹部20は、【図2】のとおりの凹凸のパターンで、タイヤ周方向に配設されているところ(【0009】)、凹部20を【図4】(a)(b)に示すように四角形状の凹部30として置換すれば(【0011】)、溝底部を有する溝部と突部とで構成される凹凸部が形成され、当該凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。そうすると、引用発明に甲2技術の凹部30を適用した場合、その凹凸部の配設態様は、 「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」、「前記凹凸部は、タイヤ周方向に配置してなり、前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°」になる。
また、引用例1の【図1】と本件明細書の【図3】を比較すれば、引用発明におけるタイヤの高さHと本件発明1のリムのベースラインからの断面高さは、同じ部位の高さを意味する。そうすると、引用発明に甲2技術の凹部30を適用した場合、その凹凸部は、「タイヤの高さをHとしたとき、少なくとも高さ0.5H~0.7Hの部位」、すなわち、「リムのベースラインからの断面高さの50~70%の範囲」に形成されることになる。
そうすると、甲2技術を適用した引用発明における凹凸部の配設態様は、「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」、「前記凹凸部は、タイヤ周方向に配置してなり、前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°であり、前記凹凸部は、リムのベースラインからの断面高さの50%~70%の範囲に設けられて」いることになる。
したがって、甲2技術を適用した引用発明における凹凸部の配設態様は、相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
イ 被告の主張について
(ア)被告は、引用例2は、凹凸のパターンについて、【図2】の配設態様しか開示していないなどと主張する。
しかし、引用例2の【図2】の凹凸のパターンはタイヤ周方向に形成されているところ、引用例2の【図2】の凹部20を、【図4】(b)に示されるように四角形状の凹部30に置換した場合、凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。また、仮に、【図2】の凹凸のパターンに、【図5】(b)に示される凹部20の配設態様を反映させ、その凹部20を凹部30に置換するとしても、【図5】(b)に示される正方形の下辺がタイヤ周方向に沿うよう反映させるのが自然であり、やはり、凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。したがって、引用例2には、凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度が0°である旨開示されているというべきである。
(イ)被告は、引用例2には、放熱効果の観点からのパラメータとして角度θは示唆されていないと主張する。
しかし、前記アのとおり、引用発明に甲2技術を適用すれば、その凹凸部の配設態様は、相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
引用例2には、甲2技術として、放熱効果の観点からのパラメータとして角度θが記載されていると認めることはできず、その示唆もないものの、引用発明に甲2技術を適用した構成が、相違点1に係る本件発明1の構成に包含されるという限度においては、引用例2に、放熱効果の観点からのパラメータとして角度θが記載・示唆されていないことは、進歩性の判断を左右するものではない。
そもそも、本件発明1において、放熱効果の観点から、凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θを特定の数値範囲にした技術的意義について、本件明細書【0036】には、遠心力により発生する径方向外側へ向かう空気の流れで、突部の背部にある側の澱み部分を低減し放熱を向上させる旨説明されているものの、【図31】で示されるように、一定の数値以上に角度θを大きくした場合には、凹凸部を設けない場合に比べても熱伝達率が低下している。そうすると、本件発明1における角度θに技術的意義があるかについては不明である。
(ウ)被告は、引用例2の凹部は、ブレーカに対向する一定の領域に形成されるものであるから、引用発明に甲2技術を適用しても、相違点1のうち、断面高さを規定した数値範囲内には至らないと主張する。
しかし、前記アのとおり、引用発明における凹凸部のパターン12は、相違点1のうち、断面高さを規定した数値範囲内に形成されるものである。そして、引用発明は、サイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高めるものであるから、引用発明における凹凸部のパターン12を、あえて引用例2の凹部のように、ブレーカに対向する一定の領域に限定する必要はない。したがって、引用発明に甲2技術を適用した場合における、凹凸部が形成される領域は、引用例2の凹部が形成される領域によって左右されるものではない。
ウ 小括
前記(4)のとおり、当業者は、引用発明に甲2技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得るところ、引用発明に甲2技術を適用した構成は、相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
(6)顕著な効果について
被告は、本件発明1は、空気の流れによって、主に溝底部の温度を冷却するものであって、単に、タイヤ表面に乱流を発生させて空気を攪拌し熱を拡散されやすくしただけの従来の空気入りタイヤとは作用効果が異なる旨主張する。
しかし、前記(3)ウ(ア)bのとおり、本件特許の優先日前に頒布された甲16、18、20、38には、流体の再付着する部分、すなわち溝部の熱伝達率の向上によって、乱流による放熱効果の向上に至ることが記載されており、本件発明1の効果は異質なものではない。また、本件明細書の【図29】【図30】【図31】のグラフから、本件発明1のパラメータの全てを満たす数値範囲において、熱伝達率が顕著に向上しているということはできないから、本件発明1の作用効果が、当業者にとって、従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。
したがって、本件発明1について顕著な効果がある旨の被告の主張は採用できない。
(7)まとめ
以上によれば、本件発明1は、引用発明に甲2技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
よって、取消事由2は理由がある。
3 取消事由5(本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り)について
本件審決は、本件発明5ないし10は、いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものであるところ、本件発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、同様に、本件発明5ないし10も当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
しかし、前記のとおり、本件発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから、本件発明5ないし10の進歩性に関する本件審決の判断は、前提において誤りがあり、本件審決は、その余の相違点について何ら認定判断していないことになる。
よって、取消事由5は理由がある。
6.検討
(1)最初に本件特許の図と引用例及び甲2文献の図を見比べてました。本件特許の図1のランフラットタイヤの側面図からすると溝はタイヤ中心から径方向に延びています。一方、引用例(WO2004/013222)の図2は溝の断面が描かれているため溝は周方向に延びていると思います。そうすると両発明の溝の延びている方向が全く異なります。また、甲2(特開平04-238703)の凹部は溝ではなく円形や四角形です。したがって、知財高裁で審決を取り消すとは思いませんでした。
(2)特許請求の範囲によると本件発明の凹凸部は溝底部を有する溝部と突部から形成されており一方向に延びる溝です。この延びる方向(a)がタイヤ径方向(r)に対して±45°の範囲内になっています。つまり、本件発明の凹凸部はおおよそタイヤ径方向に向かって延びる溝です。
一方、引用例には「表面のパターン形状は表面積を大きくする形状であれば特に限定されるものでなく、例えば蛇腹上の波形(図2参照)でもよいし、その他ゴルフ球の表面にみられるディンプル上の凹みやダイヤ形、凸形でもよい」と記載されています。
そうすると、凹部が円形や四角形である甲2技術を引用発明に適用した場合、引用発明で例示された「ゴルフ球の表面にみられるディンプル上の凹み」に対して甲2技術のパラメータを適用するにとどまり、本件発明のようなタイヤ径方向に向かって延びる溝にまで発展しないように思われます。
(3)判決では引用例のパターン形状には触れず、本件発明のθについて技術的意義があるか不明と述べ、まるで存在しないかのように扱っています。しかし、乱流を発生させるという意図からするとθが±90度に近づくほど乱流が発生しないため性能が低下するという意図に基づく範囲の限定だと思われます。本件明細書では残念なことに従来は「タイヤのリムガード上に多数のリッジを配置して、表面積を増やして放熱促進を図る技術が知られている」と記載されていますが、具体的な先行技術文献が開示されていません。もし従来のタイヤの周方向に溝が形成されている文献を用いて丁寧に退避していれば、θの技術的意義が補強されたように思われます。
(4)本件発明はその形状や作用効果からするとブリヂストンのランフラットタイヤに採用されたタイヤサイド部を冷却する技術(クーリングフィンという名称でブリヂストンが商標を登録済み)だと思われます(同社の2012年12月25日付けニュースリリース)。特許の出願日が2007年(優先日は2005年)であることからすると、開発開始から製品化まで10年近く要しているのではないかと想像します。また、商標も2007年に出願されていたので、当初から製品に搭載する重要な技術という位置づけだったと思われます。このように開発開始から製品化まで時間を要する場合、開発開始直後に出願した内容だとパラメータの範囲を規定する根拠に乏しいことがままあります。かといって先願主義制度の下で根拠が明確になるまで出願しないというリスクを負うことは企業にとって不可能だと思います。
結局のところ企業は関連する技術に係る発明の出願件数を増やすことで対応するしかありませんが、大企業はともかく、中小企業にはその負担が大きく特許出願自体に消極的になっていく可能性があります。