印刷物事件(その2)

投稿日: 2017/07/12 10:15:36

今日も平成25年(ワ)第3167号 特許権侵害行為差止等請求事件(以下、A事件)及び平成26年(ワ)第31922号 損害賠償請求事件(以下、B事件)について検討します。

5.裁判所の判断

5.1 本発明の意義

(1)-省略-

(2)前記第2、1(3)及び上記(1)の本件明細書等の記載によれば、本件発明は、葉書、チケット、クーポン券等の分離して使用するものを広告等の印刷物より切り取る必要がなく、かつその周囲に切り込みが入っているにもかかわらず、広告等の印刷物に付いていて紛失させることなく、しかも手間がかからず上記分離して使用するものを利用することができる印刷物を提供することを目的とするものであり、この目的を達成するために、左側面部と中央面部と右側面部とからなり、中央面部は所定の箇所に所定の大きさの分離して使用するものが印刷され、左側面部の裏面及び右側面部の裏面にそれぞれ一過性の粘着剤が塗布され、中央面部の裏面及び当該分離して使用するものに貼着していて、当該分離して使用するものの周囲に切り込みが入っているとの構成を採用するものであって、これにより、印刷物に付いている葉書、チケット、クーポン券等を切り取ろうとする意思を持たずに、印刷物を開くと自動的に手にすることになるなどの効果が生じる発明である、と認められる。

5.2 争点(3)ア(無効理由1)について

事案に鑑み、まず、争点(3)アについて判断する。

(1)乙B1文献(特開2002-113981)の記載

-省略-

(2)乙B1文献に記載された引用発明1

ア -省略-

イ したがって、乙B1文献には、以下の引用発明1が記載されているということができる。

「巻き折り又は観音開き折りの三つ折りにされた印刷物であるシート状基材であって、

該シート状基材の前記三つ折りされた各面のうち一面には、情報記録体が打ち抜かれて分離可能に形成され、

前記情報記録体が形成されたシート状基材の前記一面と、該一面に折り返されて重なるシート状基材の他の面とが、弱粘着性の粘着剤により剥離可能に疑似接着されてなる、

印刷物であるシート状基材。」

(3)引用発明1と本件発明との同一性

引用発明1は、以下に述べるとおり、本件発明と同一であると認めるのが相当である。

ア 構成要件Aについて

引用発明1は巻き折り又は観音開き折りのシート状基材であり、巻き折り又は観音開き折りにしたシートは、左側面部と中央面部と右側面部からなるものである。

また、引用発明1のシート状基材には、宣伝広告等の印刷がされているから(乙B1文献の段落【0009】)、引用発明1は印刷物である。

したがって、引用発明1は、「左側面部と中央面部と右側面部とからなる印刷物」(構成要件A)に相当する。

イ 構成要件Bについて

(ア)引用発明1においては、情報記録体がシート状基材から打ち抜かれ分離されており、この情報記録体は「分離して使用するもの」に相当する。

(イ)引用発明1においては、情報記録体が形成されたシート状基材の一方の面を別体の被覆材で被覆するのに代えて、シート状基材自体を巻き折り又は観音開き折りの状態としている(乙B1文献の段落【0007】及び【0008】)。このうち観音開き折りの状態では、別体の被覆材で被覆するのに代えて、シート状基材自体を折り返した左右の側面部が、情報記録体が形成されたシート状基材を被覆することとなる。すなわち、情報記録体が形成されたシート状基材の部分は、観音開き折りの中央面部となり、情報記録体は中央面部に形成されていることとなる。

また、引用発明1のシート状基材は、葉書等の郵便物として郵送可能であり(同【請求項9】)、情報記録体にはCDやカード類が含まれ(同【請求項8】)、葉書とCDやカード類の大きさの関係から、引用発明1のシート状基材を観音開き折りとした場合、情報記録体が中央面部に形成されることになる。

さらに、引用発明1のシート状基材を観音開き折りとした場合には、二つ折りにした場合と同様にシート状基材の大きさを通常の2倍寸で作成し、通常の大きさとなる中央面部に情報記録体を形成し、その左右の側面部で情報記録体を被覆することになる。

そもそも、乙B1文献の「ハガキ大のシート状基材の内側にディスクやカード類の形状が打ち抜かれ」(乙B1文献の段落【0004】)との記載や「低コスト」(同段落【0003】)との記載からすれば、引用発明1では情報記録体に対し折り畳み状態のシート状基材の大きさが無駄に大きくならないようにする動機付けが存在するところ、「観音開き折り」の場合、中央面部に情報記録体を配置する態様が最もシート状基材の大きさ(送付時外形)を小さくし得ることになる。

よって、乙B1文献には、引用発明1として、中央面部に情報記録体が形成されていることが記載されているに等しい。

(ウ)また、引用発明1にいう情報記録体とは、独立した通常のディスクやカード類と同様の使用方法で使用することができるものであり(乙B1文献の段落【0004】)、印刷が施されたものであることは明らかである。

(エ)したがって、引用発明1においては、「中央面部は、所定の箇所に所定の大きさの分離して使用するもの(情報記録体)が印刷されていること」(構成要件B)になる。

ウ 構成要件CないしEについて

(ア)引用発明1においては、情報記録体が形成されたシート状基材の面とこれに重なる面が弱粘着性の粘着剤により剥離可能に貼着されていることから(乙B1文献の段落【0007】及び【0010】)、情報記録体が形成されたシート状基材の面に重なる面、すなわち、観音開き折りとした場合の左右側面部には、情報記録体と重なる面に剥離可能な弱粘着性の粘着剤が塗布されている。

そして、乙B1文献の段落【0016】には、「〔図2の〕4、5の各シート状基材同士は疑似接着部分6で剥離可能に疑似接着されている」から「4側に形成されている情報記録体1は図1の場合のような繋ぎ部2がなくても、下側のシート状基材5に疑似接着しているため不用意に脱落することはない」として、上下のシート状基材同士が疑似接着されるとともに、上側のシート基材に形成された情報記録体も下側のシート状基材に疑似接着することになり、情報記録体が不用意に脱落することがない旨記載されている。

さらに、乙B1文献の段落【0018】には、「シート状基材5を情報記録体1とその周囲部分のみを覆うように小さ目に設定」との記載がある。

これらの記載からは、「被覆材として機能するシート状基材」と「情報記録体を形成したシート基材」との弱粘着性の粘着剤による接着部分が、「情報記録体とその周囲部分」であることが明らかといえる。すなわち、仮に情報記録体に重なる部分にのみ粘着剤が塗布されているのであれば、被覆する側のシート状基材は情報記録体とのみ接着し、情報記録体が形成されたシート状基材とは接着しないから、両基材は折り返した状態で相互に貼着されない。この場合、シート状基材から完全に分離するように切り込みが施された情報記録体(段落【0007】にいう「ディスク等を完全に分離しておいても」)は、それが形成された側のシート状基材から被覆する側のシート状基材側に貼り付いて移行してしまうため、シート状基材を折り畳んだ状態を維持することができず、「シート状の基材の少なくとも一方の面をシート状基材…で剥離可能に被覆」(段落【0007】)という前提と整合せず、葉書として郵送することができないなど作用効果も一部奏しない。また、「ディスク等を完全に分離しておいても情報記録体が被覆材に密着しているため不用意に脱落することはない。」(同)との効果を奏するのかについても、疑問を差し挟まざるを得ない。

以上によれば、引用発明1においてシート状基材を観音開き折りとする場合には、中央面部及びそれに形成された情報記録体に対し、左右面部において、情報記録体とその周囲のシート状基材部分とに対向する部分、すなわち情報記録体(分離して使用するもの)の上部、下部、左右側部の内側及び外側に該当する部分で粘着剤による貼着が施されるべきことは明らかということができる。

(イ)また、引用発明1にいう弱粘着性の粘着剤とは、疑似接着するための手段であるから、これは本件発明の「一過性の粘着剤」に相当する。

(ウ)したがって、引用発明1においては、「左側面部の裏面は、当該分離して使用するもの(情報記録体)の上部、下部、左側部の内側及び外側に該当する部分に一過性の粘着剤が塗布され」(構成要件C)、「右側面部の裏面は、当該分離して使用するもの(情報記録体)の上部、下部、右側部の内側及び外側に該当する部分に一過性の粘着剤が塗布され」(構成要件D)、「左側面部の裏面及び右側面部の裏面が、中央面部の裏面及び分離して使用するもの(情報記録体)に貼着している」(構成要件E)ことになる。

エ 構成要件Fについて

引用発明1においては、情報記録体がシート状の基材から打ち抜かれて分離されていることから、これは「分離して使用するもの(情報記録体)の周囲に切り込みが入っている」(構成要件F)に相当する。

オ 構成要件Gについて

上記アのとおり、引用発明1は「印刷物」(構成要件G)に相当する。

カ 小括

以上のように、引用発明1は、本件発明の構成要件AないしGの全てを備え、本件発明と同一である。

そして、引用発明1は、その構造上、シート状基材から情報記録体を切り取ろうとする意思を持たずに、各側面部を剥がせば、後から開く側面部に情報記録体(分離して使用するもの)が付いてきて、情報記録体を自動的に手にするという作用効果を奏することは明らかであり、これは、本件発明の作用効果と同一である。

したがって、本件発明は、乙B1文献に記載された引用発明1と同一であって、新規性を欠くものというべきである。

(4)原告の主張に対する判断

この点に関して原告は、以下のとおり主張する。

ア 引用発明1の認定及び構成要件Aについて

原告は、①乙B1文献には、図2に示されている二つ折りの場合を巻き折りや観音開き折りの場合に変形した場合に、情報記録体をどの面に配置するのか何ら開示されておらず、当業者は上記の変形例を具体的に認識することができないのであるから、「巻き折り又は観音開き折りのシート状基材であって、」かつ、情報記録体を有する構成を認定することはできない、②したがって、引用発明1は上記図2のように2面しか有しておらず、左側面部と中央面部と右側面部の三つの面がないから、本件発明の構成要件Aと相違すると主張する。

しかし、前記(3)イ(ア)のとおり、観音開き折りの場合には情報記録体を中央面部に配置することが構造上明らかといえるから、上記①の主張は採用することができず、また、これを前提とした上記②の主張も採用することができない。

イ 構成要件Bについて

(ア)原告は、仮に引用発明1が「巻き折り又は観音開き折りのシート状基材であって、」という構成を有すると解したとしても、「観音開き折り」とは下図のとおり「左側面部と右側面部を中央面部側に折り畳み、さらに中央面部を二つ折りにして、4重にする折り方」をいうのであって、この場合、記録情報体は中央面部ではなく左側面部又は右側面部に形成されるから、本件発明の構成要件Bと相違するなどと主張する。

【原告の主張する「観音開き折り」】

【左側面部に情報記録体が形成された図】

(イ)しかし、この点に関しては、「観音開き折り」とは、下図のとおり「左の面k1と右の面k2が中央の面k3から両側に開くような3つ折り」をいうのであり、原告の主張する「観音開き折り」とは「観音折り」であって「観音開き折り」ではないと被告が主張するように、証拠(乙B8、乙B19ないし乙B23の2)によれば、各種文献には、被告の主張する形態の折り方をもって「観音開き折〔り〕」ないし「観音開き」と記載され、原告の主張する形態の折り方は「観音折り」と記載されていることが認められ、また、原告自身の提出する証拠(甲B20、甲B21)によっても、原告の主張する形態の折り方をもって「観音開き折り」と記載ものはなく、むしろいずれも「観音折り」と記載されていることが認められる。

【被告の主張する「観音開き折り」】

さらに、そもそも、「観音開き折り」の「観音開き」とは、「(観世音の像をおさめた厨子の造り方に基づく)左右の扉が中央から両側に開くように造られた開き戸。」(広辞苑第6版646頁)を意味するのであって、原告の主張するような「さらに中央面部を2つ折りにして、4重にする折り方」は、「観音開き」との語句本来の意味からも離れているというべきである。

(ウ)この点に関して原告は、乙B1文献には「当然2つ折り以上の3つ折り以上も可能で、その場合には巻き折りやZ折り、観音開き折り等の各種形態が採用できる。」(段落【0008】)と記載されているところ、「巻き折りやZ折り」と「観音開き折り」の間に「、」があるのは、「巻き折りやZ折り」が3つ折りの具体例であり、「観音開き折り」がそれよりさらに大きい4つ折りの例であることを示す趣旨であると主張する。

しかし、乙B1文献の上記記載部分には、ことさら「3つ折り」と「4つ折り」とを区別するような記載は見当たらず、上記「、」は単なる単語と単語の区切りにすぎないようにみえるのであって、原告の上記主張は採用することができない。

そして、他に「観音開き折り」が原告の主張する形態の折り方のみを指すことを端的に示す証拠も見当たらない以上、引用発明1にいう「観音開き折り」とは、被告の主張するとおり、左の面と右の面が中央の面から両側に開くような三つ折りをいうものと解するのが相当である。

(エ)したがって、原告の上記(ア)の主張は、その前提を欠き、採用することができない。

ウ 構成要件CないしEについて

(ア)原告は、仮に引用発明1が「巻き折り又は観音開き折りのシート状基材であって、」という構成を有し、かつ、観音開き折りの場合に情報記録体が中央面部に形成される場合があると解したとしても、情報記録体は、中央面部上の、左側面部又は右側面部のいずれか1面にのみ重なる位置に形成されるから(下図)、本件発明(左側面部及び右側面部の両方が中央面部上の分離して使用するものに貼着されている。)と相違する旨主張する。

【原告の主張する情報記録体の配置】

(イ)しかし、前記3イ(イ)のとおり、乙B1文献の「ハガキ大のシート状基材の内側にディスクやカード類の形状が打ち抜かれ」(乙B1文献の段落【0004】)との記載や「低コスト」(同段落【0003】)との記載からすれば、引用発明1では情報記録体に対し折畳み状態のシート状基材の大きさが無駄に大きくならないようにする動機付けが存在する。そして、観音開き折りにおいて、中央面部に相当程度の大きさを有する情報記録体を形成し、折った状態のものの幅を最も狭くするには、情報記録体を中央面部のシート状基材の中央付近に配置した上、当該シート状基材の幅をできる限り情報記録体の幅に近くする必要があるから、必然的に、折り返された左右側面部のいずれもが、中央面部に形成された情報記録体の上面に被覆することにならざるを得ないのであって、原告の主張する情報記録体の配置はこれに反し、にわかに採用することができない。

(ウ)この点に関して原告は、情報記録体を左右側面部の両方で被覆すると、加工精度の問題により、右側面部と左側面部のいずれにも被覆されない隙間が生じてしまい、「ディスク等の表面を保護する」(乙B1文献の段落【0007】)という効果が生じない部分が出たり、上記隙間部分が強度的に弱くなってしまうなどと主張する。

しかし、乙B1文献の段落【0007】には、「情報記録体の両面が被覆されているときは、…ディスク等の表面を保護することができ極めて有用である。」(同段落【0007】)と記載されており、これは情報記録体の両面が被覆されている場合に限った効果をいうものにすぎないのであって、観音開き折りの場合のように「一方の面をシート状基材や樹脂フィルム等の別の被覆材で剥離可能に被覆」(同段落【0007】)している場合には、当該効果が生じることは必須ではない。また、そもそも曲げ強度は主としてシート状基材の材質や厚み等により決まる設計事項であって、折り形態に直接左右されるものではない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(5)結論

以上によれば、本件発明は引用発明1と同一であって、新規性を欠くから、特許法29条1項3号により特許を受けることができず、本件特許は同法123条1項2号により特許無効審判により無効にされるべきものである。

5.3 争点(3)カ(無効理由4)について

-省略-

5.4 争点(3)コ(無効理由8)について

-省略-

5.5 争点(4)ウ(ア)(無効理由1の解消)について

-省略-

6.検討

6.1 判決の検討

(1)最初の方にも書きましたが、本事件は同じ証拠を用いた特許無効審判において、特許庁では請求不成立(特許維持)という審決が出て、請求人(本事件の被告)が出訴した知財高裁では請求棄却(特許維持)という判決が出ています。したがって、仮に本事件が控訴されていた場合には少なくとも特許が無効であるという地裁の判断が覆される可能性が高いと思われます。この投稿では無効理由1に対する判断のみ記載し、無効理由4(乙B3文献、乙B8文献及び乙B9文献の組み合わせによる進歩性欠如)、無効理由8(サポート要件違反)については省略しています。また、「無効理由1の解消」とは原告による訂正の再抗弁対する判断ですが、こちらについてもなお新規性が無いと判断されています。なお、特許無効審判では訂正されていません。

(2)仮に原告が控訴して、これらの判断がすべて覆った場合には、知財高裁においては抵触性についても判断することになると思います。以前から何度か書いていますが、この場合に抵触・非抵触いずれの結果になるとしても地裁で抵触性の判断を下していないことが当事者(特に非抵触と判断された場合の原告)にとっての不満が残る可能性があります。地裁は新規性、進歩性、記載要件の3点について特許無効と判断していますが、抵触性については全く言及されていません。もちろん被告による無効主張の数が多かったためにそのようになったのだと思いますが、少し残念な気がします。

(3)ところで、この投稿に記載した裁判所の判断において太字で強調したのは、審決を読む前に、地裁判決と乙B1文献を読んで気になった点です。乙B1文献の図面は2枚折りの例しかなく、文字のみで3枚折りでも良いとか観音開き折りでも良いとか書いてあります。ここで引っ掛かったのは2点あります。

1点目は情報記録体が中央面部に相当する位置に設けられていると言えるのかという点です。判決では色々書いていますが、素直に読んで中央面部に相当する位置に情報記録体を設ける必然性が見当たりませんでした。

2点目は観音開き折りにすることの意義です。本件発明は、観音開き折りにすることで一方の側面部を開いても葉書(分離して使用するもの4)は他方の側面部に貼られた状態を保つことができます。葉書全体が一方の側面部に貼られた状態よりも葉書を手で摘まみやすいので簡単に剥がすことができるのは明らかです。そしてこの点が本件発明で葉書を中央面部に設ける必然性へとつながります。一方、乙B1文献には被覆材を無くすことができる三つ折りの例として巻き折り、Z折り及び観音開き折りが挙げられているだけです。そこには観音開き折りを選択すべき技術的思想は見当たりません。

(4)なお、特許無効審判の審決では「甲1発明(本事件の乙B1発明)において、情報記録体(分離して使用するもの)をどこに配置するかは、デザインやレイアウト等の必要に応じて定めるといえ、また仮に、情報記録体(分離して使用するもの)が、甲1発明において、中央面部に配置することが一般的であるとしても、左側面部と右側面部とに貼着する位置に配置しなければならない必然性はない。」、「甲1発明の「情報記録体」(分離して使用するもの)が、中央面部に配置され、左側面部と右側面部とに貼着される構成において、甲1号証に開示されているとはいえない。」、「甲第1号証は、情報記録体(分離して使用するもの)を1枚のシートから剥がすだけで簡単に分離することが可能なものといえるから、シート状基材Sを観音開き折りとした場合に情報記録体(分離して使用するもの)を、左側面部と右側面部のいずれか一方に貼着する位置に配置するのが自然であり、相違点2、3に係る本件特許発明のように、分離して使用するものを、中央面部に配置し、左側面部と右側面部の2枚に貼着する構成をとる蓋然性はないといえる。」と述べ、両者の発明の同一性を否定しています。

6.2 背景の検討

(1)本事件の原告と被告は著しく事業規模が異なります。特許等の知財係争の場合、理屈からすると、事業規模が小さい方に比べ事業規模が大きい方のリスクが高くなります。簡単に言えばA社が100台製造販売し、B社が10,000台製造販売している状況で互いに1件ずつ特許で1台当たり1,000円支払うことになったとすると、A社はB社に対して100,000万円支払うことになりますが、B社はA社に対して10,000,000円支払うことになります。

しかし、実際は事業規模が大きい会社の方がたくさんの特許を保有しているケースが多いこと、事業規模の小さい会社の方が特許係争に係る費用や労力の負担により開発スピード等により大きな影響を受けかねないこと、などから、よほどの事情がない限りなかなか特許係争は起こしにくいと思います。「よほどの事情」とは、色々考えられますが、例えば、権利行使できる特許の件数が多い、相手からプレッシャーを掛けられているために対抗手段の一つとして権利行使せざるを得ない、自社の重要な独自技術に関する権利である、といったことが挙げられるでしょうか。

(2)そのため、本事件の背景には何かあるのでは?と、気になり少し調べてみました。すると、株式会社ウイル・コーポレーション保有の2件の特許(特許第4646686号(686特許)、特許第4685970号(970特許))が、大日本印刷株式会社が請求した特許無効審判により無効になっていました。なお、970特許は686特許の出願段階で分割されたものです。これら2件の手続の時系列の整理については次項に記載します。

(3)下表に示す通り、686特許及び970特許に対して大日本印刷株式会社が特許無効審判を請求したのはいずれも2011年7月5日です。

686特許は特許無効審判において請求不成立(特許維持)という審決が出ましたが、請求人(大日本印刷株式会社)が出訴した審決取消訴訟の判決で一転して請求認容(審決の否定)という判断となり、再係属の特許無効審判で請求成立(特許無効)という審決が出て消滅しています。

970特許も一旦は特許無効審判で請求不成立という審決が出ますが審決取消訴訟で請求認容となり、再係属の特許無効審判で請求成立(特許無効)という審決が出て消滅しています。

(4)これら2件の特許が無効になった件と本事件がどのように関係しているかまではわかりませんが、2件が本件発明と関連する発明であること、2件の特許が登録されたのが本件特許の登録よりも後であること、2件の特許無効審判の審決が審決取消訴訟でひっくり返された判決が出てからわずか2ヶ月で本件侵害訴訟が提起されたことから無関係だとは思えません。原告は2件の特許が無効となったことに対する対抗手段として侵害訴訟を提起した可能性があります。

6.3 手続の時系列の整理(特許第4646686号)

6.4 手続の時系列の整理(特許第4685970号(特願2005-120502の分割))