骨切術用開大器事件

投稿日: 2019/01/16 22:54:58

今日は、平成29年(ワ)第18184号 特許権侵害行為差止請求事件について検討します。判決文によると、原告であるオリンパステルモバイオマテリアル株式会社は、医療材料、医療用具及び医療機器の製造、販売、修理及び賃貸業務等を業とする株式会社だそうです。一方、被告であるHOYA Technosurgical株式会社は、医療機器及び医療用機械器具の製造、販売、賃貸、修理及び輸出入業務等を業とする株式会社だそうです。

1.検討内容

(1)本件発明は、要は、それぞれの先端部をヒンジにより連結した2本の揺動部材にこのヒンジを中心に回動可能な開閉機構を備えたものを二つ設け、二つのうちの一方に他方と係合する係合部を設け、二つが係合するように構成した骨切術用開大器です。

(2)被告製品は、2対の揺動部材に設けられたピン用孔に角度調整器のピンを挿通するとともに揺動部材の後部の開口部に留め金の突起部をはめ込むことで2対の揺動部材が連結して一緒に開閉し、角度調整器のピン及び留め金の突起部を取り外すことで揺動部材の連結を解除することができるものです。

(3)最大の争点は本件発明の構成要件E「前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」の解釈です。判決では、係合部は一方の揺動部材に設けられており、被告製品の角度調整器のピン及び留め金の突起部のように2対の揺動部材を係合させる部品が揺動部材には設けられていない構成は同一とは言えず、文言侵害は成立しない、と判断しました。

(4)しかし、裁判所は①本件発明の本質的部分は、開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けるとの構成にあると認められる(非本質的部分)、②被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部は、2対の揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部に相当し、本件発明のように、揺動部材の一部に係合部を設ける構成を、被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えたとしても同様の効果を奏すると認められる(置換可能性)、③本件発明のように2対の揺動部材の一方に他方に係合する係合部を設けて直接力を伝達することに代えて、2対の揺動部材に同時に係合する第3の部材(角度調整器及び留め金)を介して力を伝達するようにして被告製品のような構成とすることは、被告製品の製造時において当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である(置換容易性)、④被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点、および、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える」との記載は、上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり、同記載をもって、同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に、原告が、係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない(特段の事情)、として、均等侵害を認めました。

(5)かなり悩ましい事件だと思います。裁判所は均等侵害を認めましたが、審査段階における拒絶理由通知書の備考欄に審査官は「2つの開創器アセンブリを単に「着脱可能」に組み合わせることは、当業者が適宜なし得る設計的事項である。」と記載しており、それに対応して特許権者(出願人)は願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1を減縮してほぼ請求項3の内容にするとともに意見書において「この開創器アセンブリを2組着脱可能に組み合わせたとしても、これらが同時に開かれなければ骨への局所的な押圧力を低減することはできません。2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導くことはできません。」と述べています。そうすると出願人は単に「着脱可能」だけ書いてあって具体的な構成を明示しない内容では拒絶理由を解消できないと判断して着脱可能を達成するための具体的な構成を明示した、と捉えることも可能です。そうすると、構成要件Eは発明の非本質的部分に相当するにしても出願人が意識的に構成を限定しており、結果的に他の構成を意識的に除外した、と捉える余地があるようにも思います。

(6)また、裁判官は発明の本質的部分を「開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けるとの構成にあると認められる」と認定しましたが、これで十分なのか疑問があります。これだけでは2対の揺動部材が連動して開動作し、開いた状態で一方のみ閉じることが可能という点が把握できないように思います。そこまで含めて発明の本質的部分であると捉えると、相違点が非本質的部分であるといえるのか?わからないように思います。

(7)結局、裁判官が均等侵害を認めるに至った最大のポイントは先行技術文献に基づく新規性・進歩性違反の無効理由が存在しなかったことに尽きるように思われます。前述した拒絶理由通知書で挙げられていた引用文献にもとづく拒絶理由も適切ではなく、仮に出願人が補正せずに反論し拒絶査定となったとしても、拒絶査定不服審判で拒絶査定を維持できるようなものではなかった、と思います。そして本件でも新規性・進歩性違反の無効主張はされておらず、裁判官としては均等の範囲を狭くしなければならない外的要素が存在しないので均等侵害を認めやすかった、と思います。

(8)本件発明は願書に最初に添付した特許請求の範囲では2対の揺動部材の関係について「着脱可能」と記載しているだけです。仮にこの内容のまま特許査定となったとしても、侵害訴訟では特許請求の範囲の記載は不明確であって明細書の内容を参酌しなければ理解できない、として限定解釈されることは目に見えています。そうであるので、最初から、開動作時には第1対、第2対の揺動部材が連動し、2対の揺動部材が閉いた状態から第2対の揺動部材のみ閉じることが可能という点を請求項1に書いておくべきだったと思います。本来はこの点が発明の本質的部分でしょう。本件特許のように拒絶理由通知を受け着脱可能を達成する構成として「前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」に限定すると文言侵害の範囲としては非常に狭くなっています。

2.手続の時系列の整理(特許第4736091号)

3.本件発明

「本件発明1」

A 変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって、

B 先端に配置されたヒンジ部(6、7)により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材((2a、2b)、(3a、3b))と、

C これら2対の揺動部材((2a、2b)、(3a、3b))をそれぞれヒンジ部(6、7)の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構(4、5)とを備え、

D 前記2対の揺動部材((2a、2b)、(3a、3b))が、前記ヒンジ部(6、7)の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており、

前記2対の揺動部材((2a、2b)、(3a、3b))の一方(3a、3b)に、他方の揺動部材(2a、2b)と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材(2a、2b)に係合する係合部(9)が設けられている骨切術用開大器

「本件発明2」

F 前記2対の揺動部材((2a、2b)、(3a、3b))が、それぞれ、閉じられた状態で先端側から漸次厚くなる略楔形状に形成されている請求項1に記載の骨切術用開大器


4.被告製品

(1)構成

被告製品の外観は別紙写真目録記載の各写真のとおりであり、被告製品は、以下の構成(以下「構成a」などという。)を有する(なお、下線部については当事者間に争いがあるが、後記判示のとおり、被告製品は構成要件C及びDを充足するので、下記構成を備えるものと認められる。)。

【請求項1に関し】

a 被告製品は、変形性膝関節症患者の変形した大腿骨又は脛骨に形成された切込みに挿入され、該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器である。

b 上側揺動部及び下側揺動部からなる揺動部材1と上側揺動部及び下側揺動部からなる揺動部材2とを有しており、それぞれの揺動部材は先端のヒンジ部で上側揺動部と下側揺動部とが揺動可能に連結されている。

c 揺動部材1は、揺動部材1の上側揺動部と下側揺動部をヒンジ部の軸線回りに開閉させるネジ機構1を有しており、揺動部材2は、揺動部材2の上側揺動部と下側揺動部をヒンジ部の軸線まわりに開閉させるネジ機構2を有している。

d 揺動部材1及び揺動部材2はヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わされている。

e 揺動部材1、2の各下側揺動部には後部に開口部が設けられ、各上側揺動部にはその後部側に角度調整器のピンを挿通させるためのピン用孔が設けられている。揺動部材1と揺動部材2が組み合わせられたときに、開口部に留め金の突起部がはめ込まれ、ピン用孔に角度調整器の2本のピンを挿通された状態で揺動部材2の上側揺動部と下側揺動部を相互に開いていくと、留め金の突起部と角度調整器のピンがそれぞれ揺動部材1の下側揺動部と上側揺動部を押圧して、揺動部材2と一緒に開くようになっている。

【請求項2に関し】

f 揺動部材1及び揺動部材2は、それぞれ、閉じられた状態で先端側から漸次厚くなる略楔形状に形成されている。

(2)写真


5.争点

被告製品が構成要件A、B及びFを充足することについては、当事者間に争いがないので、本件の争点は次のとおりとなる。

(1)被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告製品が構成要件Cを充足するか(争点1-1)

イ 被告製品が構成要件Dを充足するか(争点1-2)

ウ 被告製品が構成要件Eを充足するか(争点1-3)

(2)被告製品による均等侵害の成否(争点2)

(3)無効の抗弁(サポート要件違反)の成否(争点3)

6.当事者の主張

1 争点1(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(被告製品が構成要件Cを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は「2対の揺動部材をそれぞれ…開閉させる2つの開閉機構」を備えているので、構成要件Cを充足する。

被告は、被告製品の揺動部材1のネジ機構1は「開閉機構」に該当しないと主張するが、同製品のネジ機構1は、揺動部材1の下側揺動部材に形成されたネジ孔と、これに締結され、揺動部材1の上側揺動部材を開方向に押圧する押しネジとにより構成されている(下掲写真参照)。ネジ機構1の押しネジを長手軸回りに回転させて、押しネジの先端を上側揺動部材に接触させると、押しネジが上側揺動部材を開方向に押圧し、揺動部材1を「開いた」状態とし、また、押しネジを逆方向に回転させることにより、上側揺動部材と下側揺動部材が閉じる方向に変位させられて「閉じられた」状態とするものである。このように、ネジ機構1は揺動部材1の開閉に関する機構であるから、構成要件Cの「揺動部材を開閉させる…開閉機構」に該当する。

被告は、2対の揺動部材が組み合わせられた状態においてネジ機構1を回転させても、揺動部材1の開閉動作をすることができないと主張するが、構成要件Cは、2対の揺動部材のそれぞれが「開閉機構」を備えることを規定しているのみであり、2対の揺動部材の動作の相互の関係は構成要件Cの規定するところではない。被告製品において、開口部に留め金の突起部がはめ込まれ、ピン用孔に角度調整器の2本のピンを挿通された状態となったときに揺動部材1の動作が揺動部材2の動作に制限されることは、構成要件Cの充足性を否定する理由にならない。

以上のとおり、揺動部材1は、揺動部材1の上側揺動部と下側揺動部をヒンジ部の軸線回りに開閉させるネジ機構1を有しており、揺動部材2のネジ機構2と併せ、「2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構」を備えているから、構成要件Cを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品のネジ機構2が構成要件Cの「開閉機構」に該当することは認めるが、ネジ機構1は「開閉機構」に該当しないから、被告製品は開閉機構を1つしか備えておらず、構成要件Cが規定する「2つの開閉機構」を備えていない。

すなわち、被告製品は、揺動部材1及び2が組み合わされた状態において、その上側揺動部が角度調整ピンにより組み合わされ、下側揺動部が留め金により互いに組み合わされており、この状態でネジ機構1を回転させても、揺動部材1の動作が揺動部材2の動作に制限されるため、揺動部材1を開閉することはできない。

したがって、被告製品のネジ機構1は、「開閉機構」に該当せず、構成要件Cを充足しない。

(2)争点1-2(被告製品が構成要件Dを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は、2対の揺動部材が「ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられて」いるので、構成要件Dを充足する。

構成要件Dの「軸線方向に着脱可能」との要件は、第1対の揺動部材と第2対の揺動部材とを、ヒンジ部の軸線が軸線方向に揃うように重ねて組み合わせることができ、分離することもできることを意味する。

被告は、構成要件Dは、各揺動部材に設けられた突起及び凹部によって着脱可能に組み合わせられていることを規定していると主張するが、構成要件Dにはそのような文言は存在しない。被告の解釈は、特許請求の範囲に記載のない要件を付加する限定解釈であり、失当である。

被告製品は、骨の切込みに挿入するために組み立てた状態では、揺動部材1と揺動部材2がそれぞれのヒンジ部の軸線が軸線方向に揃うように、上下にぴったりと重ね合わされ(甲3の写真1、2)、揺動部材2対を組み合わせて骨の切込みに挿入することができる。また、同製品では、このように2対の揺動部材を重ね合わされた状態から一方の揺動部材を分離することもでき(甲3の写真3①、3③)、これにより一対の揺動部材を取り出して移植物を挿入するためのスペースを確保することができる。

以上のとおり、被告製品は「軸線方向に着脱可能」な構成を有するものであるから、構成要件Dを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品の各揺動部材は「着脱可能」に組み合わされていないので、同製品は構成要件Dを充足しない。

本件明細書等の段落【0015】及び【0022】には、2対の揺動部材が、各揺動部材に設けられた突起9及び凹部10により「幅方向に密着した状態で一体的に組み合わせられ」、「幅方向に容易に分離することができる」ことが記載されている。このような記載を参酌すると、構成要件Dは、各揺動部材に設けられた突起及び凹部により幅方向に密着した状態で一体的に組み合わせられ、幅方向に容易に分離することができることを規定していると理解することができる。

被告製品の揺動部材には、本件発明の突起9及び凹部10に相当する突起及び凹部は設けられていないので、揺動部材1及び2が「着脱可能」に組み合わせられているとはいえず、構成要件Dを充足しない。

(3)争点1-3(被告製品が構成要件Eを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は、以下のとおり、角度調整器のピン状突起部及び留め金の突起部を備え、これらは2対の揺動部材が同時に係り合うことを可能にする部分であって、構成要件Eの「係合部」に該当するので、被告製品は構成要件Eを充足する。

ア 本件発明は、揺動部材2対を組み合わせて骨の切込みに挿入して開いた後に、一対を取り出して移植物を挿入するためのスペースを確保することによって移植物の挿入を容易にしたことに特徴がある。構成要件Eは、骨の切込みに挿入された2対の揺動部材を開くことに関する要件であり、同要件の「係合」は、2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを意味し、2対の揺動部材がそのように係り合うことを可能にする部分が「係合部」である。

構成要件Eの「係合」のかかる意義に照らすと、同構成要件の「係合部」は、2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを可能とする部分を意味し、特定の形状のものに限定されるものではないし、「揺動部材の一方」の一部であるか否かを問うものではない。

そして、構成要件Eは、2対の揺動部材について、どちらが「一方」でどちらが「他方」かを特に指定することなく、各揺動部材が「組み合わせられたとき」に着目して規定しているのであるから、同構成要件の「係合部」とは、2対の揺動部材が組み合わせられて使用されるときに、一方の揺動部材に取り付けられて2対の揺動部材を係合するが、普段は取り外して保管できる形態のものを含むというべきである。

イ これに対し、被告は、「部」と「部材」の一般的な用語の意味を根拠として、「係合部」は一方の揺動部材の一部であることを要すると主張するが、「部材」とは「構造の一部となる材料」という意味であって(甲14)、通常の意味においては、「部材」と「部」とは大きく異なるわけではなく、「部」の意味のみに依拠して、本件発明の構成要素である揺動部材と係合部の関係を導くことはできない。

本件明細書等においては、「部材」と「部」を使い分けており、両者を次元の異なる概念として用いているので、次元の異なる「部」と「部材」について、「部」は「部材」の一部分でなければならないといった相互の関係は導かれない。

ウ 被告は、「係合部」は一方の揺動部材の一部であると解さないと、係合部が設けられた揺動部材と、そうでない揺動部材を区別することができなくなると主張するが、本件発明の構成要件は、2つの部分があって成り立つ「係合」の概念を前提に、「2対の揺動部材の一方」に「他方の揺動部材と係合する係合部を設けた」と規定しているのであり、単に2対の揺動部材を区別する趣旨で「一方」と「他方」としているにすぎず、どちらを「一方」に当てはめ、どちらを「他方」に当てはめるかを限定しているものではない。

エ 被告は、係合部が一方の揺動部材の一部分であることを要すると解すべき根拠として、請求項4の記載を指摘するが、請求項4は、係合部に「前記他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する」という限定を加えた請求項3を前提に、内側に係合する係合部が設けられている側とそうでない側を区別する記載となっているにすぎず、請求項1のような限定のない本件発明における「係合部」の解釈とは関係がない。

オ 被告は、係合部は係合前、係合中及び係合解除時の全ての時点において揺動部材に設けられている必要があると主張するが、「設けられている」とは、その物がある物に対して存在することを意味し、常時取り付けられることは意味していない。

カ 被告製品は、必ず角度調整器及び留め金を取り付けた状態に組み立ててから使用される。このような状態においては、揺動部材2の下側部材から、揺動部材1に向けて、角度調整器のピンが突設された状態となり、このピンは、揺動部材2と対向する揺動部材1の下側部材のピン用孔に挿入される。また、揺動部材2の上側部材の開口部は、留め金の突起部が嵌め込まれた状態になっており、当該突起部は、揺動部材2に対向する揺動部材1の上側部材の開口部にも挿入される。このように、揺動部材2のピン状突起部及び留め金の突起部は、それぞれ、揺動部材1のピン用孔及び開口部に対して、揺動部材2が開かれようとする力を伝達し、揺動部材2を開く動作によって揺動部材1を一体的に開くものであるから、被告製品には、本件発明の「揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部」が備わっている。

キ 以上のとおり、被告製品は、2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを可能とする部分である角度調整器のピン状突起部及び留め金の突起部が存在し、「係合部」の構成を備えているから、構成要件Eを充足する。

〔被告の主張〕

構成要件Eにおける「係合部」は、以下のとおり、揺動部材の一部として構成される必要があるから、被告製品において、揺動部材とは別の部材である角度調整器のピン状突起部及び留め金の突起部は、「係合部」に該当しない

ア 係合部にかかる「部」との用語は、一般に、「全体をいくつかに分けたそれぞれの部分」を意味し、本件明細書等においても、「~部」という表現を用いる場合には揺動部材の一部分であることを意味し、「~部材」という表現を用いる場合には揺動部材とは独立した部品を意味しているものと理解される。

そうすると、「揺動部材の一方に、他方の揺動部材に係合する係合部が設けられていること」を規定する構成要件Eにいう「係合部」とは「揺動部材の一方」の一部分として構成されることを要するものと理解され、いずれの揺動部材に設けられているか区別できないような部材(例えば、いずれの揺動部材からも独立した部材)は、揺動部材の一方に設けられている「係合部」とはいえない。

イ 構成要件Eは、「2対の揺動部材の一方に」「他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」と規定し、係合部が設けられている揺動部材と、設けられていない揺動部材とを明確に区別している。2対の揺動部材を、それらとは独立した第3の部材により組み合わせた場合には、「係合部」がいずれの側に設けられているか区別できず、「係合部が設けられた一方の揺動部材」と、係合部が固定される相手方である「他方の揺動部材」とを区別して規定する構成要件Eは、揺動部材の構成を限定する意味を有しなくなる。

ウ 本件特許の請求項4に記載の発明は、「前記2つの開閉機構のうち、前記係合部が設けられていない側の開閉機構が、…ネジ孔と…押しネジとにより構成されている請求項3に記載の骨切術用開大器。」であるところ、仮に原告が主張するように、「係合部」が、突起とこれに対応する部分(例えば凹部)のどちらか一方に限定されず、そのいずれもが「係合部」に該当すると解釈すると、「係合部が設けられていない側」が存在しないことになり、請求項4を規定した意味がなくなる。

エ 本件発明の技術的意義は、2対の揺動部材を一体的に開大させる点のみならず、係合を解除した場合に一方の揺動部材に加わる力が他方の揺動部材に伝わらないようにする点にもあると理解できるから、揺動部材の一方に設けられている係合部は、係合前、係合中及び係合解除時の全ての時点において揺動部材の一方に設けられている必要がある。被告製品は、係合を解除するためには、角度調整器及び留め金を取り外さなければならず、これら係合部は、係合解除時において、揺動部材に設けられていない

オ 以上を前提に、被告製品が揺動部材の一部分として構成される「係合部」との構成を有するか検討するに、被告製品の揺動部材には、各揺動部材を互いに繋ぎ合わせるために配置された部分が存在せず、留め金と角度調整器が揺動部材と別部材であることは争いがないから、被告製品には一方の揺動部材の一部分を構成する「係合部」は存在しない。

カ 以上のとおり、被告製品には「係合部」が存在しないから、構成要件Eを充足しない。

2 争点2(被告製品による均等侵害の成否)について

〔原告の主張〕

仮に、被告製品の角度測定器のピン及び留め金の突起部が構成要件Eの「係合部」に該当しないとしても、これらの部分は本件発明の「係合部」と均等であるから、被告製品について本件特許権の均等侵害が成立する。

(1)第1要件(非本質的部分)について

本件発明の本質的部分は、着脱自在な揺動部材2対を組み合わせた状態で骨の切込みに挿入し、両者一体で切込みを拡大した後、その拡大状態を維持しつつ、1対を取り出して移植物を挿入できるようにするとともに、切込みの拡大作業時には一方の揺動部材を開く操作をすることで他方の揺動部材も一体的に開かれていくようにした構成にある。このように、揺動部材の一部を構成する係合部を備えていないという相違点は本件発明の本質的部分ではないので、第1要件を充足する。

これに対し、被告は、本件意見書の記載を根拠に、上記相違点が本件発明の本質的部分に当たると主張するが、同意見書における「本発明は、…揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点において、引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との説明は、特許請求の範囲の記載のうち、引用文献1と相違する部分を指摘し、進歩性の問題として、当該相違点が容易想到とはいえないことを主張したものにすぎず、被告のいう「係合部」が本件発明の特徴的部分(本質的部分)であることを述べたものではない。

(2)第2要件(置換可能性)について

本件発明に係る骨切術用開大器は、2対の揺動部材の一方を開いていくと、当該揺動部材に加わった外力が他方の揺動部材に伝達されて、両者が一体的に開かれるようにするものであるところ、被告製品のように、揺動部材1と揺動部材2を組み合わせた状態で、ピン用孔に角度調整器の2本のピンを挿通し、開口部に留め金の突起部をはめ込むようにした場合も、同様の作用効果を奏するから、被告製品は第2要件を充足する。

被告は、係合が自動的に解除されることも本件発明の作用効果に含まれることを前提として、被告製品は本件発明と同様の作用効果を奏しないと主張するが、係合が自動的に解除されることは、係合部を「他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する」構成に限定している請求項3の発明の有する効果ではあり得ても、係合部を「…内側に係合する」構成に限定していない本件発明の効果ではない。

(3)第3要件(置換容易性)について

被告の主張を前提とすれば、本件発明の係合部と被告製品の違いは、本件発明の係合部が突起9であるのに対し、被告製品では、揺動部材とは別の部材である角度調整器の「ピン」と留め金の「突起部」であるということになるが、突起9を、ピン用孔に挿通された状態で揺動部材2から揺動部材1側に突き出たものとなっている「ピン」及び留め金の「突起部」という構成に変更することは、機械的な構造物を扱う当業者にとっては極めて容易に想到されるものである。

すなわち、本件明細書等の段落【0007】、【0009】、【0016】、【0025】~【0027】等の記載及び図面に接した当業者は、本件発明の係合部は、一方の揺動部材を開くように操作することで当該揺動部材に加わった外力を他方の揺動部材に伝達し、これにより、2対の揺動部材を同時に開いていく動作を可能にすればよいものであることを理解する。そして、本件発明の実施形態を示している図面において、上記のような「一体に開く」動作を可能にしているのは、一方の揺動部材から他方の揺動部材に向けて突出した部分が、これを受け入れる他方の揺動部材の凹部の内側面を押圧する構造にあるから、当業者であれば、これと同様の「突部」を一方に設け、他方にこの突部を受け入れる穴や開口部を設ければ、本件発明と同じ動作原理により、2つの揺動部材の「開」動作を実現できることを容易に理解する。

このように、被告製品は、実施例の突部9とこれを収容する凹部10という構成を、ピンとピン用孔、留め金の突起部と突起部を収容する開口部という構成に変更しただけのものであり、当業者が本件発明と被告製品の相違点に係る構成を被告製品のように変更することに想到するのは容易であるから、被告製品は第3要件を充足する。

これに対し、被告は、本件明細書等に示された実施例の構造からの置換容易性を論じているが、均等論において検討されるべき問題は、被告製品のような角度調整器や留め金といった特定の構造物を採用することの容易想到性ではなく、「係合部」の有する作用・効果に着目したときに、「係合部」を「ピン」(これを受け入れるピン用孔)と留め金の「突起部」(これを受け入れる開口部)とすることの容易性であり、この意味で被告製品に係る相違点が容易に想到されるものであることは上記のとおりである。

(4)第5要件(特段の事情の不存在)について

本件補正においては、「前記2対の揺動部材の一方に、…該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」という構成を追加したものであるが、これは、本件拒絶理由通知書に記載された引用文献1には、2つの揺動部材を一体で開動作させることの示唆はなかったからであり、係合部が揺動部材の一部分となっているか否かは、拒絶理由の解消とは全く関係がない。本件意見書その他の書面には、原告が、本件補正にあたって、「係合部」が2対の揺動部材の一方の「一部分」でなければならないか否かにまで着目したことや、「係合部」として2対の揺動部材の一方の「一部分」である形態と「他の部材」である形態が考えられることを認識していたことを示す記載は一切存在しない。

このような補正の客観的経緯に照らすと、構成要件Eを追加する本件補正において、被告製品のピン(ピン用孔)、留め金の突起部(揺動部材の開口部)といった構成を明確に認識したうえで、これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられたとはいうことはできないので、第5要件を充足する。

〔被告の主張〕

本件発明1と被告製品は、構成要件Eにおける「揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える」点において相違しているところ、かかる相違点については、以下のとおり、均等侵害の要件を充足しないから、均等侵害は成立しない。

(1)第1要件(非本質的部分)について

原告は、本件意見書の中で、「本発明は、2組の揺動部材を備える点、および、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点において、引用文献1に記載された発明…と相違しています。」と述べている。このことからすれば、本件特許の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術(引用発明1)に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、「揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点」にある。そして、このような係合部の具体的構成としては、本件明細書等に開示された突起9以外に存在しないから、本件発明の特徴的部分は「突起」である。これに対し、被告製品の揺動部材2にはそのような「係合部」あるいは「突起」は存在しないから、本件発明と被告製品は本質的部分において異なるということができる。

したがって、被告製品は第1要件を充足しない。

(2)第2要件(置換可能性)について

本件明細書等の記載からすれば、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備えることにより、一方の対の揺動部材を閉じていくと、他方の対の揺動部材(の凹部)との係合が自動的に解除され、2対の揺動部材を容易に分離することができることは、本件発明の作用効果に含まれるということができる。

これに対し、被告製品の場合、一方の揺動部材(揺動部材2)を閉じていくだけでは他方の揺動部材(揺動部材1)との係合(ただし、2本のピンと留め金による係合)を自動的に解除することができず、揺動部材2を閉じる前に、少なくとも角度調整器のピン又は留め金の一方を外す必要があるので、被告製品は本件発明と同一の作用効果を奏しない。

したがって、被告製品は第2要件を充足しない。

(3)第3要件(置換容易性)について

本件明細書等には、「係合部」の構成として突起9以外に具体的な記載はなく、被告製品のように、揺動部材の上側揺動部の後部に角度調整器のピンを挿通させるためのピン用孔を設けることや、揺動部材の下側揺動部の後部に開口部を設けて留め金の突起部をはめ込む構成とすることについては、いずれも開示も示唆もされていない。「突起」を、角度調整器の「ピン」及び留め金の「突起部」に置き換えることは、骨切術用開大器を構成する部品点数が増えることを意味し、構造としてより複雑になるのであって、そのような構成を当業者において容易に想到し得たということはできない。

したがって、被告製品は第3要件を充足しない。

(4)第5要件(特段の事情の不存在)について

「係合部」にかかる構成要件Eは、本件補正によって追加されたものであり、本件意見書において、原告自身、「本発明は、2組の揺動部材を備える点、および、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点において、引用文献1に記載された発明…と相違しています。」と明確に述べている。本件補正は、2対の揺動部材を着脱可能とする具体的手段について限定がない構成、つまり被告製品のように角度調整器及び留め金によって着脱可能とする構成を含み得るものから、揺動部材の一方の一部分に係合部を設けることで着脱可能とする構成に減縮するものである。

かかる出願経過によれば、原告は、構成要件Eにおける「2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている」との構成に関し、外形上、かかる「係合部」を備えない構成、すなわち、被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと解されるような行動をとったものというべきである。

したがって、被告製品は第5要件を充足しない。

3 争点3(無効の抗弁(サポート要件違反)の成否)について

〔被告の主張〕

本件発明に係る骨切術用開大器においては、揺動部材の一方の上側及び下側揺動部の両方に突起(係合部)が設けられ、他方の揺動部材の上側及び下側揺動部に、これらの突起(係合部)が他方の揺動部材の開閉方向内側に係合する凹部が設けられている。

本件発明にかかる特許請求の範囲の記載上、「係合部」の構造が特定されていないため、揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を有する構成も特許請求の範囲に包含される。被告は、このような構成の樹脂モデルを作成した(乙7)ところ、同樹脂モデルは、1つの開閉機構のみを操作するだけでは揺動部材1及び揺動部材2を同時に開くことができず、本件発明の「切込みの切断面をより広い面積で押圧して接触圧力を低減して切断面を損傷させることなく拡大する」という課題を解決できない。このように、本件発明にかかる特許請求の範囲には、本件発明の課題が解決されない構成が含まれており、発明の詳細な説明の記載及び本件発明の出願時の技術常識に照らしても、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできないから、サポート要件に違反し、本件特許は無効にされるべきものである。

〔原告の主張〕

本件発明は、本件明細書等の段落【0006】【0007】にあるように、切込みを開いていくときには、2対の揺動部材が一体的に開方向に動いて、広い面積で切込みを開いていくことができるようにしたことに特徴を有するものである。このように、発明の技術的課題とその解決手段が明細書の開示から明らかであるときに、あえて発明の特徴を有し得ないような内容に特許請求の範囲の記載を解釈しようとするのは相当ではない。本件発明の技術思想からして、「係合部」とは、2対の揺動部材が同時に開くように係り合うものとして規定されているから、揺動部材2の下側揺動部材にのみ突起が設けられ、2対の揺動部材が同時に開くようになっていないものが特許請求の範囲に含まれないことは明らかであり、サポート要件違反をいう被告の主張は理由がない。

7.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書等(甲2)には次の各記載がある。

-省略-

(2)本件発明の意義

上記(1)によれば、本件発明は、①変形性膝関節症患者の変形した大腿骨又は脛骨に形成された切込みに挿入され、当該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器を技術分野とするものであり、②拡大器を用いて切込みを拡大した場合、拡大器が移植物の挿入の妨げになり、また、挿入時に拡大器を取り外した場合、切込みが拡大された状態が維持されず、移植物の挿入が困難になるという課題を解決するため、③請求項1及び2に係る構成を採ることにより、2対の揺動部材で切込みを拡大した後、一対の揺動部材を閉じ、一対の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた一対の揺動部材を取り外して、切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することを可能にし、④これにより、切込みを拡大した状態を維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることができるという効果を奏するものであると認められる。

2 争点1(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(被告製品が構成要件Cを充足するか)について

被告は、被告製品の2対の揺動部材の上側揺動部を角度調整ピンにより組み合わせ、下側揺動部を留め金により組み合わせた状態においてネジ機構1を回転させても、揺動部材1を開閉できないので、被告製品は、構成要件Cが規定する「2つの開閉機構」を備えていないと主張する。

しかし、「開閉機構」に関し、請求項1は「2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え」と規定しているにすぎず、また、本件明細書等を参酌しても、特に「開閉機構」の構成や作動条件を特定又は限定する旨の記載は存在しない。そうすると、本件発明に係る「開閉機構」は、ヒンジ部の軸線回りに開閉することが可能な構成を備えるもので足りると解すべきである

証拠(甲3、乙6)によれば、被告製品の揺動部材1のネジ機構1は、揺動部材1が揺動部材2と組み合わされていない状態では、押しネジの先端が揺動部材1を押しつける方向に回転させることにより、揺動部材1を開くことが可能なものであり、また、押しネジを前記とは逆方向に回転させることにより、揺動部材1を閉じることも可能なものであることが認められる。

したがって、被告製品の揺動部材1のネジ機構1は「開閉機構」に該当するから、構成要件Cを充足する。

(2)争点1-2(被告製品が構成要件Dを充足するか)について

被告は、構成要件Dの「着脱可能」とは、各揺動部材に設けられた突起及び凹部によって2対の揺動部材が軸方向に一体的に組み合わされ、容易に分離することができることをいうとの解釈を前提とした上で、被告製品の揺動部材にはそのような突起及び凹部が設けられていないので構成要件Dを充足しないと主張する。

しかし、本件発明に係る「着脱可能」に関し、請求項1は「前記2対の揺動部材が、前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わせられており」と規定されているにすぎず、着脱可能に組み合わせる部分や構成について特定又は限定されていない。また、本件明細書等には、突起9と凹部10とを嵌合させることにより2対の揺動部材を隣接状態で一体的に組み合わせる旨の記載はあるが(段落【0023】等)、これは実施例として示されているにすぎず、こうした記載をもって、構成要件Dの「着脱可能に組み合せられて」との記載が、各揺動部材に設けられた突起及び凹部によって2対の揺動部材が軸方向に一体的に組み合わされることを意味すると解することはできない

証拠(甲3)によれば、被告製品の揺動部材1及び揺動部材2は、それぞれのヒンジ部が軸線方向に揃うように重ね合わされ、分離することができることが認められるので、被告製品の2対の揺動部材は、ヒンジ部の軸線方向に「着脱可能」に組み合わされているということができる。

したがって、被告製品は、構成要件Dを充足する。

(3)争点1-3(被告製品が構成要件Eを充足するか)について

ア 構成要件Eは「前記2対の揺動部材の一方に、他方の揺動部材と組み合わせられたときに、該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器。」というものであるところ、原告は、ここにいう「係合」とは、2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを意味し、2対の揺動部材がそのように係り合うことを可能にする部分が「係合部」であるので、同構成要件の「係合部」は揺動部材の一方の一部であることを要しないと主張する

しかし、請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に、…係合部が設けられている」との記載は、その一般的な意味に照らすと、「係合部」が揺動部材の一方の一部を構成していると解するのが自然であり、原告の主張するように、揺動部材とは別の部材が係合部を構成する場合まで含むと解するのは困難である

また、請求項3は「前記係合部が、前記他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する請求項1または請求項2に記載の骨切術用開大器」、請求項4は「前記2つの開閉機構のうち、前記係合部が設けられていない側の開閉機構が、ヒンジ部により連結された一方の揺動部材に設けられたネジ孔と、該ネジ孔に締結され、他方の揺動部材を開方向に押圧する押しネジとにより構成されている請求項3に記載の骨切術用開大器」とそれぞれ規定しており、これらの規定も、2対の揺動部材のうち、係合部が設けられている側と設けられていない側が区別可能であることが前提となっていると解するのが自然である。

この点について、原告は、請求項4は、係合部に「前記他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する」という限定を加えた請求項3を前提に、内側に係合部が設けられている側とそうでない側を区別する記載となっているにすぎないと主張するが、請求項1の前記文言に照らすと、請求項3及び4は、むしろ、請求項1の「係合部」が揺動部材の一方の一部を構成していることを前提とした上で、その構成を限定しているものと解するのが相当である。

以上のとおり、本件特許に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成するものであると解される。

イ 次に、本件明細書等を参酌して、同明細書等における「部材」と「部」の意義についてみると、「部材」については、「揺動部材」の他に「コマ部材16」及び「ボルト部材17」が「部材」とされている(段落【0019】等、【図4】参照)のに対し、「部」については、「係合部」の他に、「凹部10」(段落【0015】等)、「ヒンジ部6」(請求項1等)及び「楔形部8」(段落【0014】等)について「部」という語が用いられている。

このような記載によれば、本件明細書等において、「部材」という語は独立した部分を意味するものとして、「部」は部材の一部を構成するものとして用いられているということができ、係る用法に照らしても、「係合部」は一方の揺動部材の一部分を構成すると解することが相当である。

また、本件明細書等に開示された実施例に関する記載である段落【0015】には、「第2対の揺動部材3a、3bには、…幅方向外方に延びる突起(係合部)9が備えられている。また、第1対の揺動部材2a、2bには、…前記突起9を収容する凹部10が設けられている。」と記載され、第2対の揺動部材に設けられた突起9が「係合部」に当たると説明されている一方で、第1対の揺動部材に設けられた凹部10が「係合部」に当たるとの説明はされていない。こうした実施例の記載も、本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成するとの上記解釈と整合するものということができる。

以上のとおり、本件明細書等に照らしても、本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成すると解するのが相当である

ウ これに対し、原告は、構成要件Eの「係合」は2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを意味し、2対の揺動部材がそのように係り合うことを可能にする部分が「係合部」であるので、「係合部」は揺動部材とは別の部材や普段は取り外して保管できる形態のものも含むと主張する。

しかし、原告の「係合部」に関する解釈は、請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に、…係合部が設けられている」との記載や請求項3及び4の記載と必ずしも整合するものではなく、前記判示に係る本件明細書等の記載に照らしても、採用し得ない。

エ 証拠(甲3)によれば、被告製品の角度調整器及び留め金は、各揺動部材とは独立した部材と認められ、一方の揺動部材の一部分として構成されているとは認められないので、被告製品は、構成要件Eを充足しない。

(4)小括

以上のとおり、被告製品は構成要件Eを充足しないので、本件特許の文言侵害に基づく原告の請求はいずれも理由がない。

3 争点2(被告製品による均等侵害の成否)について

(1)特許請求の範囲に記載された構成に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても、①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③そのように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、当該対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁、最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。

本件発明と被告製品との相違点は、本件発明では、係合部が一方の揺動部材の一部分を構成するものであるのに対し、被告製品では、揺動部材2から揺動部材1に力を伝達する部分である角度調整器のピン及び留め金の突起部が揺動部材2とは別部材である点にあるところ、被告は、原告の均等侵害の主張に対し、第4要件を充足することは争わないものの、その余の要件の充足性を争うので、以下検討する。

(2)第1要件(非本質的部分)について

ア 均等侵害が成立するための第1要件は、特許請求の範囲に記載された構成と対象製品に係る相違点が特許発明の本質的部分ではないことを要するとするものである。特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあることに照らすと、特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。

イ そこで、本件発明と被告製品の相違点に係る構成が本件発明の本質的部分に該当するかどうかについて検討する。

(ア)本件発明は、前記のとおり、一対の拡大器を用いて切込みを拡大した場合には、拡大器が移植物の挿入の妨げとなり、また、挿入時に拡大器を切込みから取り外した場合には、切込みが拡大された状態に維持されず、移植物の挿入が困難になるという課題を解決するため(本件明細書等の段落【0002】、【0003】)、開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けることにより、2対の揺動部材が同時に開くことを可能とし、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材により切込みの拡大を維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にするものである(本件明細書等の段落【0006】~【0008】、【0012】)。

上記によれば、本件発明において従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設け、これにより、2対の揺動部材が同時に開くことを可能にするとともに、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材によりその拡大状態を維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にする点にあるというべきである。

(イ)他方、被告製品は、①変形性膝関節症患者の変形した大腿骨又は脛骨に形成された切込みに挿入され、当該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であり、②開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、各揺動部材の上側揺動部に角度調整器のピンを挿通させるためのピン用孔を設け、同各揺動部材の下側揺動部に留め金の突起部をはめ込むための開口部を設けるとの構成を備えることにより、③開口部に留め金の突起部がはめ込まれ、ピン用孔に角度調整器の2本のピンを挿通された状態において2対の揺動部材が同時に開くことを可能にし、2対の揺動部材で切込みを拡大した後には、一方の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ、閉じられた他方の揺動部材を取り外して、移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にするものであると認められる。

被告製品の角度調整器のピン及び留め金の突起部は、2対の揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部に相当すると認められ、これにより、2対の揺動部材が同時に開くことが可能になり、切込みを拡大した後には、その拡大状態を維持しつつ、その1対を取り出して切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することで移植物の挿入を容易にするものであると認められる。そうすると、被告製品は、本件発明とその特徴的な技術的思想を共有し、同様の効果を奏するものであるということができる。

(ウ)本件発明と被告製品との相違点は、前記のとおり、本件発明では、係合部が一方の揺動部材の一部分を構成するものであるのに対し、被告製品では、係合部に相当する角度調整器のピン及び留め金の突起部が揺動部材2とは別部材である点にあるところ、このような相違点は、係合部を揺動部材の一部として設けるか別部材にするかの相違にすぎず、本件発明の技術的思想を構成する特徴的部分には該当しないというべきである。

ウ これに対し、被告は、本件意見書などを根拠として、本件発明の本質的部分は「揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点」にあると主張する。

しかし、被告の指摘する本件意見書の記載部分は、「端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリ」が開示された引用文献1記載の発明との対比において、本件発明の構成を説明するものにすぎず、同記載を根拠として、本件発明の本質的部分が「揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点」にあるということはできない。

発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果に照らして認定されるべきところ、本件発明の課題、解決手段及び効果を考慮すると、本件発明の本質的部分は、開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに、揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けるとの構成にあると認められることは、前記判示のとおりである。

エ 以上のとおり、本件発明と被告製品の相違点は、本件発明の本質的部分ではないので、被告製品は、第1要件を充足する。

(3)第2要件(置換可能性)について

ア 第2要件は、特許発明のうち対象製品と相違する部分について対象製品等における該当部分と置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏することを要するというものである。上記(2)イ(イ)のとおり、被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部は、2対の揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部に相当し、本件発明のように、揺動部材の一部に係合部を設ける構成を、被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えたとしても同様の効果を奏すると認められる

イ これに対し、被告は、揺動部材を閉じる際に、一方の揺動部材を閉じていくと、他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件発明の作用効果に含まれるとの解釈を前提に、被告製品の場合、一方の揺動部材を閉じるだけでは、他方の揺動部材との係合は自動的に解除されないことから、本件発明と同一の作用効果を奏さないと主張する。

しかし、本件明細書等に記載された本件発明の効果は、「本発明によれば、切込みを拡大した状態に維持しつつ、移植物の挿入を容易にすることができる」(段落【0012】)というものである。このような効果は、2対の揺動部材で切込みを拡大した後に1対の揺動部材を取り外すことにより実現することが可能であり、係合の解除が自動的に行われることは本件発明の効果に含まれないというべきである。

ウ したがって、被告製品は第2要件を充足する。

(4)第3要件(置換容易性)について

ア 続いて、本件発明の揺動部材の一部に係合部を設ける構成を角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えることについて、当業者が、被告製品の製造時において、容易に想到し得たかどうかについて検討する。

本件発明は、2対の揺動部材のうち、一方に係合部(実施例では突起9)を設け、他方にこれと係合する部分(実施例では凹部10)を設けることにより、当該一方の揺動部材から他方の揺動部材に力を伝達して、両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであるが、一般的に、ある部材から他の部材に力を伝達する際に、2つの部材を直接係合させて力を伝達するか、2つの部材に同時に係合する第3の部材を介して力を伝達するかは、当業者が適宜選択し得る設計的事項であるということができる。

そうすると、本件発明のように2対の揺動部材の一方に他方に係合する係合部を設けて直接力を伝達することに代えて、2対の揺動部材に同時に係合する第3の部材(角度調整器及び留め金)を介して力を伝達するようにして被告製品のような構成とすることは、被告製品の製造時において当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である

イ これに対し、被告は、本件発明の係合部材を角度調整器のピンや留め金の突起部に置き換えることは本件明細書等に開示も示唆もされておらず、そのような置換をすると部品点数が増え、構造がより複雑になるので、当業者がそのような置換をすることを容易に想到し得たということはできないと主張する。

しかし、本件発明の揺動部材の一部に係合部を設ける構成を角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えることについて本件明細書等に開示又は示唆がないとしても、そのことから直ちに被告製品の製造時において当業者が容易に想到し得ないということはできず、前記判示のとおり、一般的に、ある部材から他の部材に力を伝達する際に、2つの部材を直接係合させて力を伝達するか、2つの部材に同時に係合する第3の部材を介して力を伝達するかは、当業者が適宜選択し得る設計的事項であるということができる。

また、本件発明の揺動部材の一部に係合部を設ける構成を角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えたとしても、部品点数が大幅に増えるものではなく、構成が複雑になるものではないから、部品点数や構造の複雑化を根拠に、当業者が係る置換を容易に想到し得ないということはできない。

ウ したがって、被告製品は第3要件を充足する。

(5)第5要件(特段の事情)について

ア 第5要件に関し、被告は、構成要件Eは本件補正によって追加されたものであるところ、本件拒絶理由通知に対する本件意見書における「本発明は、2組の揺動部材を備える点、および、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える点において、引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との記載によれば、原告は、被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと理解することができるから、均等侵害は成立しないと主張する

しかし、本件意見書には、「引用文献1には、端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリが開示されています。」、「このような構成(判決注:本件発明に係る構成)によれば、2組の揺動部材を同時に開かせることにより、骨に形成した切り込みの拡大作業を容易にし、また、切り込みの切断面に局所的に過大な押圧力が作用することを防ぐことができる」、「2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導くことはできません。」「引用発明1には、切り込みの切断面に作用する押圧力を低減するという課題、および、2つの開創器アセンブリを一体で開動作させるという係合部の作用に対する示唆がありません」などの記載がある。

上記記載によれば、本件意見書の主旨は、特許庁審査官に対し、引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し、それに対し、本件発明は、開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ、一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより、両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして、同意見書には、係合部の構成、すなわち、係合部を揺動部材の一部として構成するか、揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。

そうすると、被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点、および、揺動部材の一方に、他方に係合する係合部を備える」との記載は、上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり、同記載をもって、同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に、原告が、係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない

ウ したがって、被告製品は第5要件を充足する。

(6)小括

以上によれば、均等侵害の第1、第2、第3及び第5要件を充足し、本件では、第4要件の充足性に争いはないから、被告製品の係合部の構成を、揺動部材の一部分とするものから別部材とするものに置換したとしても、被告製品の構成は、本件発明と均等なものとして、本件発明の技術的範囲に属するということができる。

4 争点3(無効の抗弁(サポート要件違反)の成否)について

被告は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載上、揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を有する場合も特許請求の範囲に含まれることとなるから、このような発明の課題が解決されない構成が含まれる本件発明は、サポート要件に違反すると主張する。

しかし、本件発明は、「一方の開閉機構のみを操作することにより、2対の揺動部材を同時に開いていくことが可能となり、切込みの拡大作業を容易にすることができる」(本件明細書等の段落【0007】)という作用効果を奏するものであり、この点に技術的意義を有する。被告が作成した樹脂モデル(乙7)のように、揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を設けたものは、揺動部材1に係合せず、2対の揺動部材を同時に開くことができないので、本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。

したがって、被告主張はその前提を欠き、採用できない。