マキサカルシトール事件最高裁判決

投稿日: 2017/04/19 7:41:19

先月マキサカルシトール事件(ビタミンD誘導体の製造方法事件と呼んでいる方もいるみたいです)の最高裁判決が出ました。

◎ 東京地裁:平成25年(ワ)第4040号

◎ 知財高裁:平成27年(ネ)第10014号(大合議)

◎ 最高裁:平成28年(受)第1242号

本件の場合は知財高裁が大合議事件として扱ったことからも注目度が高く、遠からず知財高裁の判断と最高裁の判断を比較した記事や論文がたくさん発表されると思います。詳しくはそちらを参考にしてください。

この投稿では、最も注目されているポイント1点だけを簡単に取り上げたいと思います。

 

1.判決の内容

本件では主に均等の適用の可否が争われています。均等の5要件については以下の通りです。ここでは本件の地裁判決に記載された内容を引用します。

特許請求の範囲に記載された構成中に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属する(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁[ボールスプライン事件]参照)。

本件ではこれら5要件すべての充足性について争われました。その中でも第5要件の充足性に関する被告の主張に対する裁判所の判断に注目します。

本件のケースで均等の適用を必要とする理由は、本件発明と控訴人(一審被告)の製造方法との間には、本件発明における出発物質が「シス体」であるのに対し対象製品等は「トランス体」であるという相違点があるためです。

知財高裁の判決によれば控訴人は「トランス体」を用いることが第5要件における「特段の事情」に相当する理由を様々挙げています。このあたりについては今後たくさん出てくる記事や論文を参考にしてみてください。

 

ここでは均等の第5要件の「特段の事情」についての知財高裁と最高裁の考えの比較をしてみたいと思います。

知財高裁

出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるとき、例えば、出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは、第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。

最高裁

出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。

上表で比較した通り、両者は「客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識できることが必要」という点で一致します。

しかし、その認識を持つ根拠となりうるものとして知財高裁が「出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや、出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているとき」と例示しているのに対し、最高裁は「出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合」に「あえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」としています。

 

2.検討

(1)1年前に上記知財高裁の大合議判決が出たときにざっと目を通した時には「出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているとき」という部分に驚いたのを覚えています。

「発明者が出願当時に公表した論文」ではなく「出願人が出願当時に公表した論文」というのは非常に広範囲です。例えば電機メーカの製造する様々な製品にインバータが用いられています。こういった基幹部品は、基本的な部分をR&D部門が統括して開発している可能性もありますが、具体的な製品を製造する工場ごとの開発部門で開発する部分も多々あります。どの開発部門からの出願であっても出願人は同一なので、均等の適用に注意を払うならば、出願時に全開発部門が公表論文を把握しなければなりませんが、それは実質的に不可能です。

(2)これに対して最高裁は明細書や論文といった具体的手段には触れずに「客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」としています。これは明細書・論文に限定しない代わりにどのような証拠であっても良いがこの点を満たす必要がある、と規定しているのでしょう。こちらの方が硬直化した判断を避けることができるという点では特許権者に良いように思いますし、実施者にしてみれば負担はあまり変わらないと思います。

 

3.雑感

今回均等論を認めたボールスプライン事件の判決が平成10年(1998年)だったことを思い出しました。その頃、私はまだ技術者だったので全く判決を読んでいませんでした。その後、2000年4月1日に知財部門に異動し、直後の同年4月11日にキルビー事件の最高裁判決がでました。当時はまだ特許技術の実務経験が無く、弁理士試験の勉強もたいしてしていない状態だったのでどちらの判決も全然頭に入っていませんでした。

今回、久しぶりに均等の5要件を読みましたところ、第4要件に目が止まりました。実施者が対象製品は第4要件を充足していないと主張するためには、対象製品が特許発明の特許出願時における公知技術に対し新規性・進歩性を有していないことを立証する必要があります。

これは見方を変えると、特許発明の一部を対象製品の一部と入れ替えると特許発明の新規性・進歩性が欠如することになります。

そう考えると、原告が被告の対象製品に対して均等の適用を主張する場合、原告は被告製品が第1要件から第3要件を充足すると主張します。それに対して被告が第4要件を充足しないと主張して、それが認められると、2000年4月11日までは非抵触と判断されたのでしょうが、それ以降は特許無効と判断され抵触性の判断はされなかったと思います(調べていませんが)。理論的には対象製品が特許出願時において新規性・進歩性が無くても、それとは相違点を有する特許発明が無効になるとは限りません。しかし、特許権者自らがその相違点が、本質部分ではなく、置換しても同一の作用効果を奏し、当業者がその置換を容易に想到できる、と述べているわけですから、特許無効となってしまうでしょう。