美肌ローラ事件

投稿日: 2017/10/26 0:06:42

今日は、平成28年(ワ)第4167号 損害賠償請求事件について検討します。原告である株式会社MTGは、判決文によると、美容機器等の企画、製造を目的とする株式会社だそうです。一方、被告であるベノア・ジャパン株式会社は美容器具、健康器具等の販売等を目的とする株式会社だそうです。J-PlatPatで検索すると株式会社MTGはこれまでに32件特許を取得しています。一方、ベノア・ジャパン株式会社は0件です。

ネットで株式会社MTGを検索すると模倣品に対する注意喚起が行われていたり、特許権や意匠権の侵害訴訟があったりと、かなり知的財産に関する意識が高い会社のようです。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5230864号)

① 審決は請求不成立(特許は無効ではない)で、請求人(本件の被告)は知財高裁に出訴せず、そのまま確定しました。

② 一方、本件の判決では特許は無効であると判断して原告(特許権者)の請求を棄却しました。

③ なお、特許無効審判における証拠と本件侵害訴訟における無効主張の証拠はほぼ同じで、さらに審査段階での拒絶理由通知書中の引用文献もほぼ同じです。

2.本件発明の内容(特許第5230864号)

【請求項1】(本件発明1)

1A 柄(10)と、

1B 前記柄(10)の一端に導体によって形成された一対のローラ(20)と、

1C 生成された電力が前記ローラ(20)に通電される太陽電池(30)と、を備え

1D 前記ローラ(20)の回転軸が、前記柄(10)の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、

1E 前記一対のローラ(20)の回転軸のなす角が鈍角に設けられた、

1F 美肌ローラ。

【請求項2】(本件発明2)

2A 導体によって形成された一対のローラ(40)と、

2B 前記一対のローラ(40)を支持する把持部(41)と、

2C 生成された電力が前記ローラ(40)に通電される太陽電池(42)と、を備え

2D 前記ローラ(40)の回転軸が、前記把持部(41)の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、

2E 前記一対のローラ(40)の回転軸のなす角が鈍角に設けられた、

2F 美肌ローラ。

【請求項3】(本件発明3)

3A 前記ローラ(20、40)が金属によって形成されていることを特徴とする、

3B 請求項1又は2に記載の美肌ローラ。


2.被告製品

(1)被告製品1

1a ユーザが手で把持するハンドルを有している

1b 前記ハンドルは先端が二股に分かれており、当該二股に分かれた部分それぞれに、周面に凹凸が形成された略円筒型の樹脂製部材の表面に金属メッキが施された一対のローラが、長軸方向を回転軸として回転可能に設けられている

1c 太陽電池を有しており、太陽電池によって生成された電力は、各ローラの各支持軸を介して各ローラに通電されるとともに、ハンドルに通電される

1d 前記ローラの回転軸は、平面視において、ハンドルの長軸の中心線に対し鋭角に配置されている

1e 前記一対のローラの回転軸の為す角は鈍角である

1f 美容ローラ

(2)被告製品2

2a ユーザが手で把持するハンドルを有している

2b 前記ハンドルは先端が二股に分かれており、当該二股に分かれた部分それぞれに、蓋付き略円筒型の樹脂製部材の表面に金属メッキが施された一対のローラが、長軸方向を回転軸として回転可能に設けられている

2c 太陽電池を有しており、太陽電池によって生成された電力は、各ローラの各支持軸を介して各ローラに通電されるとともに、ハンドルに通電される

2d 前記ローラの回転軸は、平面視において、ハンドルの長軸の中心線に対し鋭角に配置されている

2e 前記一対のローラの回転軸の為す角は鈍角である

2f 美容ローラ

3.争点

(1)技術的範囲の属否(争点1)

ア 被告各製品が「導体によって形成された…ローラ」(構成要件1B及び2A)を充足するか(争点1-1)

イ 被告各製品が「生成された電力が…ローラに通電される」(構成要件1C及び2C)を充足するか(争点1-2)

ウ 被告各製品が「ローラが金属によって形成されている」(構成要件3A)を充足するか(争点1-3)

(2)無効理由(乙24発明を主引例とする進歩性欠如)の存否(争点2)

4.裁判所の判断

当裁判所は、本件各発明はいずれも進歩性を欠くと判断した(争点2)。その理由は、以下のとおりである。

4.1 本件各発明について

本件各発明の技術的構成は、前記第2の2(3)記載のとおりであるが、本件明細書(甲2)によれば、その意義は次のとおりであると認められる。

本件各発明は、肌に押し付けてころがすことにより毛穴の中の汚れを押し出す美肌ローラに関する発明である(本件明細書の【0001】)。従来の美肌ローラでは、毛穴を開くだけ又は毛穴を閉じるだけのいずれかの作用しかせず、効率よく毛穴の汚れを取り除けないという課題があった(同【0004】)。そこで、Ⅰ 一対のローラを角度をつけて柄の一端や把持部に設けるという構成を取ることにより、美肌ローラを肌に押し付けると、肌が両脇に引っ張られて毛穴が開いてその奥の汚れが開口部に向けて移動し、逆に押し引くと、肌が一対のローラの間に挟み込まれて毛穴が収縮してその中の汚れが引き出され、この押し引きを繰り返すことによって毛穴の奥の汚れまで効率的に除去することが可能となるという効果を奏するようにする(同【0008】、【0015】ないし【0017】、【0021】、【0027】ないし【0029】、【0033】)とともに、Ⅱ 太陽電池により生成した電流をローラに通電することにより、ローラが帯電して毛穴の汚れを引き出すという効果を奏するようにした(同【0018】、【0030】)。

4.2 乙24発明について

乙24公報(特開2005-066304号公報)には、別紙「乙24公報の記載」のとおりの記載があり、その要旨は、次のとおりであると認められる。

乙24公報が目的とする発明は、皮膚の活性化を図るマッサージ器に関する発明である(乙24公報の【0001】)。従来のマッサージ器では、単に皮膚にゲルマニウムを浸透させることによって皮膚の血行を良くするだけであって、皮膚にある油分等の老廃物を取り除くことができないという課題があった(同【0004】)。そこで、ⅰ 外周面に金薄膜が、さらにその上にゲルマニウム薄膜がそれぞれ被着された略円柱状の永久磁石であるローラと、先端部にローラが回転自在に取り付けられるとともに当該ローラと電気的に接続された導電性を有するローラ支持部と、このローラ支持部の基端部を保持する一方、当該ローラ支持部と電気的に絶縁された把持部と、この把持部の内部に収納される直流電源である乾電池とを具備しており、前記把持部は少なくとも外周面が導電性を有した素材で構成されており、前記直流電源の一方の端子又は他方の端子が把持部の外周面に、他方の端子又は一方の端子が前記ローラ支持部を介してローラにそれぞれ電気的に接続可能になっているという構成を取る(同【0007】、【0008】、【0013】)ことにより、直流電源の一方の端子(陽極)をローラに接続し、直流電源の他方の端子(陰極)を把持部の外周面である肌に接続すると、直流電源から数μA程度の微弱な電流をローラに流すことによって、ローラが帯電して皮膚に含まれている油分等の老廃物が皮膚から浮き上がるという効果を奏するようにする(同【0014】、【0032】、【0033】)とともに、ⅱ 二股になったローラ支持部に2つのローラが離れて回転自在に取り付けるという構成を取る(同【0008】、【0013】)ことにより、皮膚に与える機械的な刺激が大きくなるという効果を奏するようにした(同【0015】)。

以上からすると、乙24公報には、次の発明(乙24発明)が記載されていると認められる。

a 把持部と、

b 把持部の一端に導体によって形成された一対のローラと、

c 生成された電力がローラに通電される乾電池と、を備え、

d ローラの回転軸である横軸部が、把持部の中心線とそれぞれ直角に設けられ、

e 一対のローラの回転軸である横軸部のなす角が180度である、

f マッサージ器。

4.3 本件発明1について

(1)本件発明1と乙24発明の対比

ア 以上によれば、乙24発明の「把持部」は本件発明1の「柄」に相当し、乙24の「ローラ」は本件発明1の「ローラ」に相当すると認められるから、本件発明1と乙24発明との一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる。

イ 一致点

柄(把持部)と、前記柄(把持部)の一端に導体によって形成された一対のローラ(ローラ)と、生成された電力が前記ローラ(ローラ)に通電される点。

ウ 相違点

(ア)相違点1(争いがない)

本件発明1は、ローラに通電される電力を太陽電池によって生成させる。これに対し、乙24発明は、ローラに通電される電力を乾電池によって生成させる。

(イ)相違点2(争いがない)

本件発明1は、ローラの回転軸が柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、一対のローラの回転軸のなす角が鈍角に設けられている。これに対し、乙24発明は、ローラの回転軸である横軸部が把持部の中心線とそれぞれ直角に設けられ、一対のローラの回転軸に相当する横軸部のなす角が180度に設けられている。

(ウ)相違点3

本件発明1は、美肌ローラに関する発明である。これに対し、乙24発明は、マッサージ器に関する発明である。

(2)相違点に係る容易想到性

ア 相違点1

(ア)乙25公報(特開2002-065867号公報)、乙26公報(特開昭60-002207号公報)及び乙27公報(特開昭61-073649号公報)には、別紙「乙25公報の記載」、別紙「乙26公報の記載」、別紙「乙27公報の記載」のとおりの記載があると認められる。

その記載のとおり、①生体に外部から電気エネルギーを印加する健康器具に関する発明の公報である乙25公報に、皮膚などの生体に印加する電圧の直流電源に一次電池、二次電池、太陽電池を使用することができる旨が記載されていること、②歯牙に外部から電気エネルギーを印加するエレキ歯ブラシに関する発明の公報である乙26公報には、生体の一部である歯牙に印加する電圧の電源に太陽電池を使用することができる旨が記載されていること、③歯牙等に外部から電気エネルギーを印加する電気歯刷子に関する発明(当該発明の発明者は、乙26公報に記載されている発明の発明者と異なる。)の公報である乙27公報にも、生体の一部である歯牙等に印加する電圧の電源に太陽電池を使用する旨が記載されていることからすると、生体に印加する電圧の直流電源に太陽電池を用いることは、本件特許の出願前の周知技術であったと認められる。そして、生体に印加する電圧の直流電源としては、乙25公報(【0030】)及び乙26公報において、太陽電池がボタン型電池や乾電池と選択可能なものとして掲げられていることが認められ、太陽電池を用いる場合、乾電池を用いるのと比べて、電池を交換する手間が省けることは周知の利点である。

そうすると、乙24発明における乾電池も、その直流電流を皮膚に印加することを目的とするものであるから、上記の周知技術である太陽電池を乙24発明に適用して、ローラに通電される電力を太陽電池によって生成されるものとすることには動機があり、当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である

(イ)この点について、原告は、①乙24発明と乙25発明ないし乙27発明は、技術分野、課題及び効果が異なり、電流を印加する部位も異なること、②乙24公報には、電力を生成するために太陽電池を用いることを示唆する記載はなく、乙25公報ないし乙27公報には、太陽電池を用いて生成した電流を老廃物を浮き上がらせるために用いることを示唆する記載はないことから、乙24発明における乾電池を太陽電池に置き換える動機付けがないと主張する。

しかし、乙24発明において、乾電池は、「直流電源400からの数μA程度の微弱な電流」(乙24公報の【0033】)を得るための直流電源として使用されているにとどまり、それ以上に、乾電池であることによって皮膚から老廃物を浮き上がらせるための特有の作用効果が得られる旨の記載は乙24公報にはなく、そのような技術常識を認めるに足りる証拠もない。そして、乙24発明において乾電池を用いることの技術的意義がこのようなものであることに加え、前記のとおり、生体に印加する電圧の直流電源に太陽電池を用いることが周知技術であり、その場合に太陽電池がボタン型電池や乾電池と選択可能なものとして認識され、太陽電池を用いる場合に電池を交換する手間が省けることは周知の利点であることからすると、原告の上記主張を前提としても、上記の周知技術である太陽電池を乙24発明に適用して、ローラに通電される電力を太陽電池によって生成されるものとすることは、当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当であり、原告の主張は採用できない。

イ 相違点2

(ア)乙29公報(特開2004-321814号公報)には、別紙「乙29公報の記載」のとおりの記載があると認められる。それによれば、乙29公報では、皮膚をマッサージするための装置を備えた、製品のパッケージ及びアプリケータユニットに関する発明に関して(乙29公報の【0001】)、マッサージ装置について、ローラの回転軸をボトルの長手方向の中心線とそれぞれ鋭角に設け、一対のローラの回転軸のなす角(α)を鈍角(90°<α≦140°)に設けるという構成(同【0006】、【0018】、【0019】)が記載されていると認められる(乙29発明)。そして、乙29発明では、ローラを皮膚にあてがって動かすと、ローラが皮膚上を転がり摩擦しながら摺動することにより、皮膚が最初はローラ間の大きい開きによって画定される領域に曝され、次いでローラ間の小さい開きによって画定される領域に曝されることから押し曲げられることによって、マッサージ動作により皮膚の張りが向上し、皮膚表面の水分と皮脂が大幅に減少するという効果を奏する旨が記載されている(同【0020】)。

(イ)このように、乙29公報においては、ローラの回転軸を柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設け、一対のローラの回転軸のなす角を鈍角に設けることにより、マッサージ動作によって皮膚の張りが向上し、皮膚表面の水分と皮脂が大幅に減少するとの技術的意義が開示されている

これに対し、乙24発明も、皮膚の活性化を図るマッサージ器に関するもので、皮膚にある油分等の老廃物を取り除くという課題を有しており、相違点2に係る「ローラの回転軸である横軸部が把持部の中心線とそれぞれ直角に設けられ、一対のローラの回転軸に相当する横軸部のなす角が180度に設けられている」との構成は、「2つのローラが離れて支持されていると、皮膚に与える機械的な刺激が大きくなるというメリットがある。」(乙24公報の【0015】)、「ローラ100は2つあるので、ローラが1つのタイプのものより皮膚に与える機械的刺激が多くなるというメリットがある。」(同【0036】)として、ローラが二つあることの機械的刺激により皮膚の活性化に寄与する技術的意義を有するものとされていると認められる

このような一対のローラの技術的意義の共通性に照らすと、乙29公報に接した当業者が、皮膚へのマッサージ効果を向上させ、皮膚の油脂を取り除く観点から、乙24発明における「ローラの回転軸である横軸部が把持部の中心線とそれぞれ直角に設けられ、一対のローラの回転軸に相当する横軸部のなす角が180度に設けられている」という構成に代えて、乙29発明の構成を適用して、ローラの回転軸を柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設け、一対のローラの回転軸のなす角を鈍角に設ける構成を採用する動機があったというべきであり、容易に想到することができたと認めるのが相当である

(ウ)これに対し、原告は、①本件各発明は、ローラによる毛穴への作用と通電による毛穴の汚れを引き出す作用の相乗効果に着目したものであるのに対し、乙24発明は通電による毛穴の汚れを引き出すという課題のみを有し、乙29発明はローラによるマッサージ作用にのみ着目したものであり、乙24発明と乙29発明は異なる課題に着目したものであるから、乙24発明に乙29発明の構成を適用する動機付けはない、②乙24発明が、老廃物を効率良く浮き上がらせるべく、ローラ支持部の形状を略T字状にし、一対のローラの位置関係を180度離す構成を取って、ローラと肌面との接触面積をできる限り大きくし、通電させる際に肌になるべく負荷を与えない状態にしようとしていることに照らせば、老廃物を効率良く浮き上がらせにくくなる可能性のある構成、すなわちローラにより肌をねじ曲げられる構成となっている乙29発明の構成を当業者が採用するとは考え難いと主張する。

しかし、①について見ると、前記のとおり、乙24公報には、「本発明は、皮膚の活性化を図るマッサージ器に関する。」(乙24公報の【0001】)、「2つのローラが離れて支持されていると、皮膚に与える機械的な刺激が大きくなるというメリットがある。」(同【0015】)との記載があり、請求項2として「ローラ支持部は二股になっており、2つのローラが離れて支持されていることを特徴とする」発明も定立しているから、乙24発明は、通電による毛穴の汚れを引き出すという課題と並び、ローラの機械的刺激、すなわちマッサージ作用による皮膚の活性化の向上も課題としていると認められる。したがって、乙24発明と乙29発明には課題の共通性があるから、原告の主張はその前提において採用できない。また、原告が主張する本件発明1の効果についても、確かに、本件発明1では、ローラによる毛穴への作用と通電による毛穴の汚れを引き出す作用の二つの作用が存するが、その作用機序はそれぞれ独立しており、本件発明1はそれらの独立した作用が並存するものにすぎないから、二つの作用を組み合わせたこと自体をもって想到容易でないことの根拠とすることはできない。

次に、②について見ると、この主張は、乙29発明の構成を乙24発明に適用することの阻害事由を主張するものと解されるが、まず、乙24公報には、ローラ支持部の形状を略T字状にし、一対のローラの位置関係を180度離す構成について、原告が主張するような、ローラと肌面との接触面積をできる限り大きくし、通電させる際に肌になるべく負荷を与えない状態にして、老廃物を効率良く浮き上がらせるとの技術的意義を有する旨の記載はなく、他にも、一対のローラの回転軸のなす角度を180度とすることに特段限定する記載は見られない。そして、乙24発明においても、通電による毛穴の汚れを引き出す作用とローラの機械的刺激による皮膚の活性化の作用とは、独立の作用機序を有する独立の作用として並存しており、ローラが皮膚に接している限り、通電による毛穴の汚れを引き出すという作用は奏するから、乙29発明の構成を乙24発明に適用することに阻害事由があるとはいえない。

ウ 相違点3

本件発明1における「美肌ローラ」の意義については、特許請求の範囲の請求項1の記載は、「美肌ローラ」のうちで構成要件AからEまでの構成を備えるものという趣旨に理解することができること、本件明細書において、従来技術としても、「特許文献1には、複数の円盤を、角度をつけてローラに取り付けた美肌ローラが提案されている。」(本件明細書の【0002】)との記載があることからすると、原告が主張するような、毛穴の汚れをローラにより毛穴を開かせることによりその開口部に移動させ、続いてローラにより毛穴を収縮させることによりその汚れを押し出させるという一連の機能を有するものに限定されるものではなく、単に肌を美しくする用途ないし作用を有するローラ器具を意味すると解するのが相当である。

他方、乙24発明の「マッサージ器」も、前記のとおり一対のローラを有しており、「本発明は、皮膚の活性化を図るマッサージ器に関する。」とあることから、肌を美しくする用途ないし作用を有するものである。したがって、相違点3は実質的な相違点とはいえない。

(3)小括

以上のとおり、本件発明1は、乙24発明に、乙25公報ないし乙27公報に記載された周知技術、乙29発明の構成を適用することによって容易に発明をすることができたから、進歩性を欠く無効理由を有する。

4.4 本件発明2について

(1)乙24発明との相違点

本件発明2は、把持部を採用している点を除けば、柄を採用している本件発明1と同じ構成である。ところで、本件発明2の「把持部」とは、本件明細書【0033】の「本実施形態の美肌ローラは一対のローラ40を角度をつけて把持部42に設けた。このため、美肌ローラを大きく構成することが可能となり、この場合ボディーの毛穴の汚れを効率的に除去することが可能となるという効果がある。」との記載並びに図4及び図5からすると、一対のローラを両側から支持する平面状の把持部材を意味するものと解されるのに対し、乙24発明の「把持部」は、本件発明1の「柄」と同様に、一端に一対のローラを形成した棒状の把持部材である点で相違する。したがって、本件発明2と乙24発明との相違点は、前記相違点1ないし3に加え、次の点となる。

相違点4:本件発明2は、一対のローラが平面状の把持部材(把持部)によって両側から支持されているのに対し、乙24発明では、一対のローラが棒状の把持部材(把持部)の一端に形成されている点

(2)相違点の容易想到性

ア 相違点1及び2については、本件発明2も、本件発明1と同様、乙24発明に、乙25公報ないし乙27公報に記載された周知技術、乙29発明の構成を適用することによって容易に想到することができたと認められ、相違点3については実質的な相違点とは認められない。

イ 相違点4について

相違点4は、把持部材の形状とローラを支持する構造に関する相違点であるところ、手で握って用いる器具の把持部を棒状に形成するか平面状に形成するかは、持ちやすさ等を勘案して適宜選択し得る設計的事項であると解され、また、回転可能なローラを片側から支持するか両側から支持するかについても、部材の強度等を勘案して適宜選択し得る設計的事項であると解される。そして、実際にも、乙29公報には、乙29発明に係る「皮膚をマッサージするための装置を備えた、製品のパッケージアプリケーションユニット」において、一対のローラが平面状の把持部材(支持体60及びボトル10)によって両側から支持される構成が記載されていると認められ(乙29公報の【0001】、【0012】、【0016】、【0020】、図1、図2)、同一の出願人に係る乙28公報(特開平04-231957号公報)には、別紙「乙28公報の記載」のとおり、「皮膚に当てるに適するマッサージ装置」において、棒状の把持部材(取手320)の一端に、一対のローラ(302、303)を両側から支持する構成が記載されていると認められる(乙28公報の【0001】、【0048】、図6)。そうすると、乙24発明における一対のローラが棒状の把持部材(把持部)の一端に形成される構成を、持ちやすさや強度等の観点から、一対のローラが平面状の把持部材(把持部)によって両側から支持される構成に置換することは、当業者が容易に想到することができたと認めるのが相当である。

(3)以上によれば、本件発明2は、進歩性を欠く無効理由を有する。

4.5 本件発明3について

本件発明3は、本件発明1及び2の従属請求項であり、本件発明1又は2の構成に「ローラが金属によって形成されている」という構成を追加したものである。そして、本件明細書において、「ローラ20は導体によって形成されることができる。ローラ20は金属又は金属の酸化物によって形成されていてもよい。」(本件明細書の【0013】)、「太陽電池30により生成した電流をローラ20に通電することにより、ローラ20が帯電し、毛穴の汚れを引き出し、さらに美肌効果をもたらす。」(同【0018】)と記載されていることからすると、本件発明3の「ローラが金属によって形成されている」とは、ローラの皮膚に接する表面部分を含む部分が金属から成り、実質的に導体として機能すれば足りると解するのが相当である。

他方、乙24発明のマッサージ器も、「外周面に金薄膜が、さらにその上にゲルマニウム薄膜がそれぞれ被着された略円柱状の永久磁石であるローラと…当該ローラと電気的に接続された導電性を有するローラ支持部…を具備して」いること(乙24公報の【0007】)に照らせば、皮膚に接する部分を含む部分が、電気を通す金薄膜やゲルマニウム薄膜から成っていると認められるから、そのローラは金属によって形成されているといえる。

したがって、ローラが金属によって形成されている点は、本件発明3と乙24発明で一致するから、本件発明3と乙24発明の相違点は、本件発明1及び2と乙24発明の相違点1ないし4と同じであり、本件発明3も、乙24発明に、乙25公報ないし乙27公報に記載された周知技術、乙29発明の構成を適用することによって容易に発明をすることができたから、進歩性を欠く無効理由がある。

5.特許庁の判断

5.1 本件発明について

(1)本件特許請求の範囲及び明細書の記載事項

-省略-

(2)本件特許発明について

ア 上記(1)のイ~エの記載によれば、本件発明は、「毛穴の奥にたまった汚れまでは取り出すことはできないという問題点を解決すべく、効率よく毛穴の汚れを除去できる美肌ローラの提供」を課題としており、上記(1)のカの記載を参酌すれば、本件発明の「美肌ローラ」は、「肌に押し付け」一方向に「押す」と「肌は両脇に引っ張られ、毛穴が開」き、「毛穴の奥の汚れが毛穴の開口部に向けて移動」し、他方向に「引く」と「肌は一対のローラの間に挟み込まれ、毛穴は収縮」し、「毛穴の中の汚れが押し出される」ものであり、さらに「太陽電池30により生成した電流をローラ20に通電することにより、ローラ20が帯電し、毛穴の汚れを引き出し、さらに美肌効果をもたらす」ものといえる。つまり、本件発明は、押し引きを繰り返すことで、毛穴の奥の汚れまで効率的に除去することが可能な「一対のローラ」という構成と、ローラを帯電させる「太陽電池」という構成が相俟って、「毛穴の汚れを効率的に除去する」という相乗効果を奏するものであると認められる。

イ そして、本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件特許発明1ないし7」という。また、これらをまとめて「本件特許発明」という。)は、上記特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められる。

ウ 請求人は、「すなわち、微弱電流の通電によって、皮膚の汚れが引き出されるとの作用は、一対のローラによる肌の摘まみ上げとは関係なく、それ自体で、独立して生じる作用であり、本件特許の明細書においても、そのように記載されている。」(口頭審理陳述要領書15頁13行~15行)と主張しているが、上記アのとおり、本件発明の「毛穴の汚れを効率的に除去する」という効果は、上記「一対のローラ」という構成と上記「太陽電池」という構成とが奏する相乗効果によって得られるものであり、請求人の主張するような「それぞれ独立して生じる作用」から得られるものとはいえず、当該請求人の主張は採用できない。

5.2 無効理由1について

(1)刊行物の記載事項

(1-1)甲第1号証(特開2005-066304号公報

甲第1号証には、「マッサージ器」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。なお、下線部は当審にて付与した。

ア~サ -省略-

以上から、甲第1号証には、次の発明が記載されている(以下、「甲1-1発明」という。)。

「把持部300と、

把持部300の一端に導体によって形成された一対のローラ100、100と、

生成された電力がローラ100、100に通電される乾電池400と、を備え、

ローラ100、100の回転軸である横軸部210が、把持部300の中心線とそれぞれ直角に設けられ、

一対のローラ100、100の回転軸である横軸部210のなす角が180度である、

マッサージ器。」

また、把持部300の一端に一対のローラ100、100が形成されているので、把持部300は一対のローラ100、100を支持しているといえる。そうすると、甲第1号証には、次の発明が記載されている(以下、「甲1-2発明」という。)。

「導体によって形成された一対のローラ100、100と、

一対のローラ100、100を支持する把持部300と、

生成された電力がローラ100、100に通電される乾電池400と、を備え、

ローラ100、100の回転軸である横軸部210が、把持部300の中心線とそれぞれ直角に設けられ、

一対のローラ100、100の回転軸である横軸部210のなす角が180度である、

マッサージ器。」

(1-2)甲第2号証(特開2002-065867号公報

甲第2号証には、以下の事項が記載されている。

「【0018】本発明では生体に印加する電気エネルギー源として、特に交流を必要としないために、一般的な一次、二次、太陽電池などが使用できるものである。・・・

【0030】電池4としては、好ましくはボタン状のものを用いる。この形状の電池4は小型化、薄型化を図るのに適している。電池4としては、一次電池、二次電池または太陽電池等を用いることができる。・・・

【0038】本発明では生体に印加する電気エネルギー源として、一次電池、二次電池、太陽電池の電池4を使用するから、構造がシンブルで、形態が極めてコンパクトになり、常時身につけても特に負担とならず、邪魔にならない健康器具が得られる。・・・

【0063】本発明の具体的な用法としては、その他の物品と組み合わせて使用することを制限するものではない。その一例を記載すると、・・・マッサージ器・・・」(以下「甲2事項」という。)

(1-3)甲第3号証(特開昭60-002207号公報

甲第3号証には、以下の事項が記載されている(1頁右欄6行~8行を参照)。

「・・・歯ブラシの柄の部分に乾電池や太陽電池等を内蔵し、その各々の極から電気を導電性の導体で引き出して・・・」(以下「甲3事項」という。)

(1-4)甲第4号証(特開昭61-073649号公報

甲第4号証には、以下の事項が記載されている(1頁左欄4行~17行を参照)。

「2.特許請求の範囲

把握柄部の外周面に正電極を周設し、該把握柄部に連接する刷毛柄部の刷毛植設部に負電極を配設して、正電極と負電極の接続導線を把握柄部及び刷毛柄部に埋設した電子歯刷子において、刷毛柄部(2)の基部周面囲繞状に、1又は2以上の太陽電池(7)を受光面を外向させて配設すると共に、把握柄部(1)に化学電池(8)を内装して、該太陽電池(7)による起電力の減少時に補助電源たる化学電池(8)に切り換えるスイッチング回路(9)を、把握柄部(1)周設の正電極(4)と刷毛植設部(2a)配設の負電極(5)とを結線する接続導線(6)中に介在せしめたことを特徴とする、電子歯刷子。」(以下「甲4事項」という。)

(1-5)甲第5号証(特開平04-231957号公報

甲第5号証には以下の事項が記載されている(段落【0003】、【0005】、【0008】、【0028】、【0031】、【0043】~【0050】、図3~図6を参照)。

「マッサージ装置は、皮膚の向上した弾力性とマッサージ処理後皮膚表面に存在する水分及び脂肪分の著しい減少とが得られるように、各ローラの軸線の方向間の斜角βを60°ないし170°、特に115°ないし125°とし、前記各ローラを、ショアA硬さ25ないし90のたわみ性材料、特にエラストマー又は熱可塑性エラストマーで作り、前記各ローラに、隆起した部分を設け、この隆起した部分に、皮膚に当てるのに適する接触端部を設け、これ等の接触端部を、前記ローラの軸線方向に又その周辺方向に互いに間隔を置いて配置し、ひだよせ/横揺れの作用のほかに皮膚に振動性の作用を及ぼし又は他方向では皮膚に弛緩作用を加えるものであることを特徴とする。具体的には、マッサージ装置を、皮膚が各ローラの大きい開口により定まる区域から各ローラの小さい開口により定まる出口区域に向かう方向に動かすと、各ローラは皮膚を押圧しわずかに皮膚内に入込み、皮膚上をこすりながら転動し滑動し、皮膚のひだよせ作用を生じ、一方、当該マッサージ装置を他方向に動かすときは、皮膚は同様なマッサージ作用を受けず、そのように装置の移動に伴う各ローラの転動作用により、皮膚は伸張し又は弛緩し、横揺れを生じ、皮膚から徐々に水分を放出するものである。」(以下「甲5事項」という。)

(1-6)甲第6号証(特開2004-321814号公報

甲第6号証には以下の事項が記載されている(段落【0004】~【0006】、【0008】、【0012】、【0013】、【0017】、【0019】、【0020】、図1~4を参照)。

「ユニットであって、皮膚のマッサージと製品塗布、両方の働きをするように、製品を保持可能な、縦方向の軸Xを持つボトル(10)を備え、当該ボトルは、キャップ(20)によって開閉可能な製品分配孔(17)を第一端に備え、硬度が15ショアAないし90ショアDの柔軟な材料、特にエラストマー又は熱可塑性エラストマーから作られる少なくとも2つのローラ(41、42)を、自由に回転できるように当該第一端の反対側の第二端に備え、当該ローラ(41、42)は、回転軸(A、A)の周りを回転可能であり、2つの回転軸(A、A)の方向が、第一断面P1上で80度から140度、好ましくは100度から120度の角度αをなすよう配置され、当該ユニットを、皮膚がローラ間の大きい開きOによって画定される領域からローラ間の小さい開きOによって画定される領域に向かう方向に動かすと、この摩擦しながら摺動する動作によって皮膚は押し曲げられ、一方、当該ユニットを、他方向に動かすと、皮膚はわずかな伸縮又は弛緩しか受けないので同様のマッサージ動作を受けず、皮膚をマッサージした後、当該ユニットをひっくり返して当該キャップを開け、当該ボトルに収容されている製品をマッサージされたばかりの身体部分に塗布することを特徴とする。」(以下「甲6事項」という。)

(1-7)甲第7号証の1

甲第7号証の1には図面とともに以下の事項が記載されている(なお、甲第7号証の2として提出された翻訳文を参照した。)。

「意匠の対象となる物品」欄に「マッサージ器」と記載され、「意匠の説明」欄に「1.材質は合成樹脂材である。」と記載され、「意匠の創作内容の要点」欄に「本願マッサージ器は、人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐすマッサージ器であって、安定感と立体感を強調し、新しい美感を生じさせるようにしたことを創作内容の要点とする。」と記載されている。また、正面図及び背面図の記載から、「柄からY字状に伸びる2つの腕の先端に一対の球状物が配される」ことが窺える。(以下「甲7事項」という。)

(1-8)甲第8号証の1

甲第8号証の1には図面とともに以下の事項が記載されている(なお、甲第8号証の2として提出された翻訳文を参照した。)。

「請求項7」に「当該マッサージ球は、軽量化及びグリップ軸ロッドの操作コントロール性を高めるために、弾性材質を有するマッサージ球体が中空状を呈するとともに、表端面に複数の径方向軸板を有し、かつ、軸板間に複数の粒状凸起を設けることにより、転動マッサージ回数を増加させるとともに、軸ロッドがY字状を呈するように設置し、かつ、各球体が内向き偏心揺動角度を呈するようにして、2つのマッサージ球体をそれぞれ内向きの挟持角度を呈するようにグリップ軸ロッド上に設けることにより、マッサージ箇所における偏角挟持効果を増進させる、請求項1または4に記載のマッサージ球及びマッサージ器の新規構造。」と記載されている。(以下「甲8事項」という。)

(1-9)甲第9号証

甲第9号証には、以下の事項が記載されている。

「【0008】・・・ローラ本体の表面を被覆しているチタニア被膜による光触媒作用によって顔面やその他の皮膚面の有機物による汚れや細菌が分解除去され、皮膚の老化が抑制されて皮膚の活性化ひいては皺の発生や弛みが抑制されて皮膚の引締め作用が発揮される。・・・

【0009】・・・ローラ本体の表面のチタニア被膜の光触媒作用によって顔面やその他の皮膚面の有機物による汚れや細菌が分解除去されて皮膚の老化が抑制され、併せて皺や弛みを引き締めて活き活きとした美しい皮膚を保つことが可能になるという効果が奏される。・・・

【0012】・・・そのチタン粉体が大気中の酸素と反応して酸化されることによってチタン製主部の表面にチタニア被膜を生成するという性質を利用することによって作られている。・・・したがって、このローラ本体3に備わっているチタニア被膜は、その表面から内側に入るに従って酸素がわずかに欠乏気味となる酸素欠乏傾斜構造といわれる構造を呈し、この酸素欠乏傾斜構造が光触媒反応において紫外線に対してのみでなく、可視光線、赤外線、電波、X線などのあらゆる電磁波に応答して光触媒反応を起こす要因になると推定されている。

【0013】

そして、冒頭に掲げた先行例にも記載されているところから明らかなように、ローラ本体3の表面のチタニア被膜は脱臭、抗菌、防汚といった分解機能を有する光触媒として作用し、そのような光触媒作用がチタニア被膜に太陽光や蛍光灯などの光が照射されることによって発揮される。・・・

【0014】

したがって、図1に示した実施形態の美容ローラの把手1を手で掴んでそのローラ本体3を顔面や皮膚面上のその他の箇所で軽く転動させると、チタニア被膜による光触媒作用によって皮膚表面の微量の有機物でなる汚れや細菌が分解されて水(水蒸気)と二酸化炭素とに分解または還元されて無害化する。また、チタニア被膜による光触媒作用によって、シミや老化の原因になる活性酸素の働きを抑える抗酸化機能が発揮される。・・・」(以下「甲9事項」という。)

(2)本件特許発明1について

(2-1)対比

本件特許発明1と甲1-1発明とを対比すると、その構造または機能からみて、甲1-1発明の「把持部300」は、本件特許発明1の「柄」に相当し、同様に「把持部300の一端に導体によって形成された一対のローラ100、100」は「柄の一端に導体によって形成された一対のローラ」に相当する。

また、本件特許発明1の「太陽電池」と甲1-1発明の「乾電池400」とは、「電池」という点でのみ共通し、同様に前者の「美肌ローラ」と後者の「マッサージ器」とは、その機能からみて「肌に適用するローラ」という点でのみ共通する。

そうすると、両者は、

「柄と、

前記柄の一端に導体によって形成された一対のローラと、

生成された電力が前記ローラに通電される電池と、を備えた

肌に適用するローラ。」

で一致し、以下の各点で相違する。

(相違点1)

ローラに通電される電力に関して、本件特許発明1では、「太陽電池」によって生成するのに対し、甲1-1発明では、「乾電池400」によって生成する点。

(相違点2)

一対のローラと柄の関係に関して、本件特許発明1では、「ローラの回転軸が、柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、一対のローラの回転軸のなす角が鈍角に設けられ」ているのに対し、甲1-1発明では、「ローラ100、100の回転軸である横軸部210が、把持部300の中心線とそれぞれ直角に設けられ、一対のローラ100、100の回転軸である横軸部210のなす角が180度である」点

(相違点3)

肌に適用するローラが、本件特許発明1は「美肌ローラ」であるのに対し、甲1-1発明は「マッサージ器」である点。

(2-2)判断

以下、上記相違点について検討する。なお、事案に鑑み、相違点2から検討する。

(2-2-1)相違点2について

ア 甲第1号証には、甲1-1発明の「一対のローラ100、100」について、以下の記載がある。

上記(1-1)の摘記事項エに「ローラ100を直流電源400の一方の端子410に接続し、把持部300を直流電源400の他方の端子420に接続する。・・・この状態で、把持部300を把持し、ローラ100を皮膚に接触させると、ローラ100が接触している皮膚に含まれている老廃物、例えば油分等が皮膚から浮き上がる。・・・すなわち、直流電源400からの数μA程度の微弱な電流が、直流電源400→ローラ支持部200→ローラ100→人間の身体→把持部本体310→蓋体320→直流電源400のように流れる。この場合、ローラ100は正に帯電し、把持部300は負に帯電しているので、皮膚は正に帯電する。このため、皮膚に含まれる負に帯電した油分が皮膚から浮き上がるのである。・・・また、ゲルマニウムを肌に浸透させ、血流を良くする場合には、・・・乾電池である直流電源400を入れ換え、ローラ100を直流電源400の他方の端子420に接続し、把持部300を直流電源400の一方の端子410に接続する。・・・この状態で、把持部300を把持し、ローラ100を皮膚に接触させると、ローラ100が接触している皮膚にゲルマニウムが浸透し、皮膚の血流が良くなる。・・・すなわち、直流電源400からの数μA程度の微弱な電流が、直流電源400→蓋体320→把持部本体310→人間の身体→ローラ100→ローラ支持部200→直流電源400のように流れる。この場合、ローラ100は負に帯電し、把持部300は正に帯電しているので、皮膚は負に帯電する。このため、ローラ100のゲルマニウム薄膜130中のゲルマニウム原子GeがゲルマニウムイオンGe4+となってローラ100から皮膚へ浸透するのである。」と記載されている。

上記記載によれば、甲1-1発明の「一対のローラ100、100」は、(A)正又は負に帯電する(導電性を有する)ものであり、(B)直流電源400の極性を入れ換えることで、皮膚に含まれる負に帯電した油分を皮膚から浮き上がらせる効果と、ローラ100が接触している皮膚にゲルマニウムを浸透させ、皮膚の血流を良くする効果とを奏するものである。

イ 甲第5号証に関する容易想到性の検討

甲5事項はマッサージ装置に関し、甲1-1発明と発明の技術分野が共通するといえるが、甲5事項のローラは、「ショアA硬さ25ないし90のたわみ性材料、特にエラストマー又は熱可塑性エラストマーで作」られているので導電性を有さない。

一方、上記アにおいて示したとおり、その機能に鑑みると、甲1-1発明のローラ100、100が導電性を有することは欠くことのできない構成であるので、甲第5号証に接した当業者といえども、甲1-1発明のローラ100、100と回転軸である横軸部210の構成を、甲5事項のローラとローラの軸線の構成に置き換える動機付けがあるとは認められない。

また、仮に甲1-1発明のローラ100、100を甲5事項のローラに置き換えたとしても、その場合には、上記アに示したローラが帯電することによる作用効果が失われることは明らかであり、甲1-1発明に甲5事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

さらに、甲5事項では、ローラにより皮膚の転動/ひだよせの作用を働かせ、さらに、ローラに隆起した部分を設けるのであるから、ローラと皮膚との接触において、上記アの(B)の作用効果が十分発揮できない状態になると認められ、この点においても、甲1-1発明に甲5事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

してみると、甲第5号証に接した当業者といえども、甲1-1発明において、相違点2に係る本件特許発明1の構成を適用する動機付けがあるとはいえないし、適用することに阻害要因があると認められ、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成を甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明から想到することが容易になし得たとはいえない。

また、本件特許発明1は、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成により、上記「1 本件発明について」の「(2)本件特許発明について」のアで示した毛穴の汚れを効率的に除去するという相乗効果を奏するものであり、甲第1号証及び甲第5号証に記載された発明から予測できない効果を奏する。

ウ 甲第6号証に関する容易想到性の検討

甲6事項は皮膚のマッサージを行う装置に関し、甲1-1発明と発明の技術分野が共通するといえるが、甲6事項のローラは、「硬度が15ショアAないし90ショアDの柔軟な材料、特にエラストマー又は熱可塑性エラストマーから作られ」ているので導電性を有さない

一方、上記アにおいて示したとおり、その機能に鑑みると、甲1-1発明のローラ100、100が導電性を有することは欠くことのできない構成であるので、甲第6号証に接した当業者といえども、甲1-1発明のローラ100、100と回転軸である横軸部210の構成を、甲6事項のローラと回転軸の構成に置き換える動機付けがあるとは認められない

また、仮に甲1-1発明のローラ100、100を甲6事項のローラに置き換えたとしても、その場合には、上記アに示したローラが帯電することによる作用効果が失われることは明らかであり、甲1-1発明に甲6事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

さらに、甲6事項では、ローラにより皮膚を押し曲げるのであるから、ローラと皮膚との接触において、上記アの(B)の作用効果が十分発揮できない状態になると認められ、この点においても、甲1-1発明に甲6事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる

してみると、甲第6号証に接した当業者といえども、甲1-1発明において、相違点2に係る本件特許発明1の構成を適用する動機付けがあるとはいえないし、適用することに阻害要因があると認められ、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成を甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明から想到することが容易になし得たとはいえない。

また、本件特許発明1は、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成により、上記「1 本件発明について」の「(2)本件特許発明について」アで示した毛穴の汚れを効率的に除去するという相乗効果を奏するものであり、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明から予測できない効果を奏する。

エ 甲第7号証の1に関する容易想到性の検討

甲7事項はマッサージ器に関し、甲1-1発明と発明の技術分野が共通するといえるが、甲7事項のマッサージ器の「材質は合成樹脂材である」ので、仮に「一対の球状物」を請求人の主張のとおり「一対のローラ」であったとしても、導電性を有さない。

一方、上記アにおいて示したとおり、その機能に鑑みると、甲1-1発明のローラ100、100が導電性を有することは欠くことのできない構成であるので、甲第7号証の1に接した当業者といえども、甲1-1発明のローラ100、100と回転軸である横軸部210の構成を、甲7事項の球状物とY字状に伸びる2つの腕の構成に置き換える動機付けがあるとは認められない。

また、仮に甲1-1発明のローラ100、100を甲7事項の球状物に置き換えたとしても、その場合には、上記アに示したローラが帯電することによる作用効果が失われることは明らかであり、甲1-1発明に甲7事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

さらに、甲7事項では、球状物により人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐすのであるから、球状物と皮膚との接触において、上記アの(B)の作用効果が十分発揮できない状態になると認められ、この点においても、甲1-1発明に甲7事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

してみると、甲第7号証の1に接した当業者といえども、甲1-1発明において、相違点2に係る本件特許発明1の構成を適用する動機付けがあるとはいえないし、適用することに阻害要因があると認められ、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成を甲第1号証及び甲第7号証の1に記載された発明から想到することが容易になし得たとはいえない。

また、本件特許発明1は、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成により、上記「1 本件発明について」の「(2)本件特許発明について」アで示した毛穴の汚れを効率的に除去するという相乗効果を奏するものであり、甲第1号証及び甲第7号証の1に記載された発明から予測できない効果を奏する。

オ 甲第8号証の1に関する容易想到性の検討

甲8事項はマッサージ器に関し、甲1-1発明と発明の技術分野が共通するといえるが、甲8事項のマッサージ球は、「弾性材質を有する」ものであるので導電性を有さない。

一方、上記アにおいて示したとおり、その機能に鑑みると、甲1-1発明のローラ100、100が導電性を有することは欠くことのできない構成であるので、甲第8号証の1に接した当業者といえども、甲1-1発明のローラ100、100と回転軸である横軸部210の構成を、甲8事項のマッサージ球とY字状の軸ロッドの構成に置き換える動機付けがあるとは認められない。

また、仮に甲1-1発明のローラ100、100を甲8事項のマッサージ球に置き換えたとしても、その場合には、上記アに示したローラが帯電することによる作用効果が失われることは明らかであり、甲1-1発明に甲8事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

さらに、甲8事項では、マッサージ球によりマッサージ箇所の偏角挟持効果を増進させ、さらに、マッサージ球に粒状凸起を設けるのであるから、マッサージ球と皮膚との接触において、上記アの(B)の作用効果が十分発揮できない状態になると認められ、この点においても、甲1-1発明に甲8事項の構成を適用することには、阻害要因があると認められる。

してみると、甲第8号証の1に接した当業者といえども、甲1-1発明において、相違点2に係る本件特許発明1の構成を適用する動機付けがあるとはいえないし、適用することに阻害要因があると認められ、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成を甲第1号証及び甲第8号証の1に記載された発明から想到することが容易になし得たとはいえない。

また、本件特許発明1は、上記相違点2に係る本件特許発明1の構成により、上記「1 本件発明について」の「(2)本件特許発明について」アで示した毛穴の汚れを効率的に除去するという相乗効果を奏するものであり、甲第1号証及び甲第8号証の1に記載された発明から予測できない効果を奏する。

よって、上記ア~オで検討したとおり、相違点2を容易想到とすることはできない。

また、甲2~4事項は、太陽電池をマッサージ器や歯ブラシに適用する技術に関し、甲9事項は、光触媒作用を有するチタニア被膜をローラ表面に設ける技術に関し、何れの刊行物を参照しても、相違点2を容易想到とすることはできない。

(2-2-2)小括

上記(2-2-1)で検討したとおり、相違点2を容易想到とすることはできないので、相違点1及び相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1-1発明、及び甲第1号証~甲第9号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

 

(2-3)請求人の主張について

ア 請求人は、「通電するという目的を達するためには、ローラ支持部を二股にするという一対のローラの形態について、一対のローラ(100、100)の回転軸である横軸部(210)のなす角が180度でなければならないとの限定は、甲第1号証には記載されておらず、実際、ローラ支持部を二股として、2つのローラが離れて支持されていることを、甲第1号証では想定していると言わざるを得ない。そして、ローラ支持部を二股として、2つのローラが離れて支持されているマッサージ器に関する先行技術として、甲5~甲8発明が存在するわけであるから、甲1発明に、甲5~甲8発明のいずれかを適用するとする動機付けとなる記載は、甲第1号証に存在すると言わざるを得ない。」(口頭審理陳述要領書15頁下から9行~16頁1行)と主張する。

また、「甲第1号証には、「前記ローラ支持部は二股になっており、2つのローラが離れて支持されている」との動機付けとなる記載が存在し、特に、一対のローラのなす角度が180度でなければならないとの特別な理由も存在せず、二股に分かれた一対の二つのローラとして、甲5~甲8発明が存在するわけであるから、甲1発明に、甲5~甲8発明のいずれかを適用することの動機付けは存在する。そして、甲5~甲8発明を甲1発明に適用することについても、阻害要因は存在せず、むしろ、甲5~甲8発明における一対のローラによる作用は、本件特許発明1における一対のローラの作用と同一である。よって、甲1発明の乾電池を太陽電池に置き換えて、甲5~甲8発明を適用して、本件特許発明1を発明することは、当業者にとって、容易であると言わざるを得ない。」(口頭審理陳述要領書17頁下から4行~18頁8行)と主張する。

しかし、上記(2-2-1)のア~オで検討したとおり、甲第5号証~甲第8号証の1に開示されたローラ等は、その構成及び作用効果において、甲1-1発明のローラの構成(上記(2-2-1)アの条件(A))及び作用効果(上記(2-2-1)アの条件(B))と異なり、そのようなローラ等を甲1-1発明に適用する動機付けがあるとは認められないし、適用することに阻害要因があると認められる。

また、甲第1号証、甲第5号証~甲第8号証の1の何れにも、上記「1 本件発明について」の「(2)本件特許発明について」のアに示した本件特許発明1の「美肌ローラ」による「肌に押し付け、一方向に押すと肌は両脇に引っ張られ、毛穴が開き、毛穴の奥の汚れが毛穴の開口部に向けて移動し、他方向に引くと肌は一対のローラの間に挟み込まれ、毛穴は収縮し、毛穴の中の汚れが押し出される」という格別な作用については、開示も示唆もされておらず、仮に甲第5号証~甲第8号証の1における一対のローラ等のなす角度が周知技術であったとしても、その角度を甲1-1発明の一対のローラのなす角度に適用した際に、「毛穴の汚れを効率的に除去できる」という本件特許発明1の格別な効果を奏することは、当業者であっても予想できたことではない。

よって、上記主張は採用できない。

イ また、請求人は「本件特許発明1は、一対のローラによる毛穴の汚れの押し出し作用と微弱電流の通電による皮膚の汚れの引き出し作用とを、単純に組み合わせた発明として構成されていると理解する他ない。よって、本件特許発明1は、一対のローラの構成と、微弱電流を通電させる構成とを、単純に組み合わせた発明として理解することができ、その観点から進歩性を議論した場合、甲1発明と甲5~甲8発明のいずれかの発明とを単純に組み合わせることで、本件特許発明1を容易に発明することができるとも言える。」(口頭審理陳述要領書18頁14行~21行)と主張する。

しかし、本件特許発明1は、上記1(2)アで示したとおり、「一対のローラ」という構成と「太陽電池」という構成により「毛穴の汚れを効果的に除去する」という相乗効果を奏するものであるから、上記主張は採用できない。

(3)本件特許発明2について

(3-1)対比

本件特許発明2と甲1-2発明とを対比すると、その構造または機能からみて、甲1-2発明の「把持部300」は、本件特許発明2の「把持部」に相当する。

また、本件特許発明2の「太陽電池」と甲1-2発明の「乾電池400」とは、「電池」という点でのみ共通し、同様に前者の「美肌ローラ」と後者の「マッサージ器」とは、その機能からみて「肌に適用するローラ」という点でのみ共通する。

そうすると、両者は、

「導体によって形成された一対のローラと、

前記一対のローラを支持する把持部と、

生成された電力が前記ローラに通電される電池と、を備えた

肌に適用するローラ。」

で一致し、以下の各点で相違する。

(相違点1)

ローラに通電される電力に関して、本件特許発明2では、「太陽電池」によって生成するのに対し、甲1-2発明では、「乾電池400」によって生成する点。

(相違点2)

一対のローラと把持部の関係に関して、本件特許発明2では、「ローラの回転軸が、把持部の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ、一対のローラの回転軸のなす角が鈍角に設けられ」ているのに対し、甲1-2発明では、「ローラ100、100の回転軸である横軸部210が、把持部300の中心線とそれぞれ直角に設けられ、一対のローラ100、100の回転軸である横軸部210のなす角が180度である」点。

(相違点3)

肌に適用するローラが、本件特許発明2は「美肌ローラ」であるのに対し、甲1-2発明は「マッサージ器」である点。

(3-2)判断

以下、上記相違点について検討する。なお、事案に鑑み、相違点2から検討する。

(3-2-1)相違点2について

甲1-2発明と甲1-1発明の違いは、「把持部300は一対のローラ100、100を支持している」か「把持部300の一端に一対のローラ100、100が形成されている」かの違いであり、甲1-2発明は、一対のローラを形成する位置において甲1-1発明の上位概念であるといえる。そうすると、上記「(2)本件特許発明1について」の(2-2-1)の検討において、「甲1-1発明」を「甲1-2発明」と読み替え、同様の理由により相違点2を容易想到とすることはできない。

(3-2-2)小括

上記(3-2-1)のとおり、相違点2を容易想到とすることはできないので、相違点1及び相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲1-2発明、及び甲第1号証~甲第9号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件特許発明3~5について

本件特許発明3~5は、本件特許発明1又は本件特許発明2の構成をその構成の一部とするものであるから、上記した「(2)本件特許発明1について」及び「(3)本件特許発明2について」と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)小括

よって、請求人の主張する理由によっては、本件特許発明1~5は当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

5.3 無効理由2について

(1)本件特許発明6及び7について

本件特許発明6及び7は、本件特許発明1~5の構成をその構成の一部とするものであるから、上記「2 無効理由1について」において検討したのと同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)小括

よって、請求人の主張する理由によっては、本件特許発明6及び7は当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

 

6.検討

(1)冒頭にも書きましたが、本件は特許無効審判の審決では特許を維持するとの判断がなされ、侵害訴訟(地裁)の判決では特許は無効であるとの判断がされました。このブロブにこれまで投稿してきた事件のうちの幾つかと同様に抵触性については全く触れていません。

(2)判決と審決について図を使って簡単に説明すると、以下のようになります。

主引用例である特開2005-066304号公報(乙24、甲1)記載の発明と本件発明1との相違点の一つはローラ(100、100)の取り付け角度です。この点について、主引用発明に副引用例である特開2004-321814号公報(乙29、甲6)記載の発明を組み合わせることが可能であるか否かについて判断が分かれました。

最初に審決について簡単に説明します。本件発明1と主引用発明では微弱な電流(マイクロカレント)を流すためにそれぞれローラ(20、20)とローラ(100、100)には導体が用いられているのですが、副引用発明では電流を流しておらず、ローラ(41、42)の材質はエラストマー(ゴム)です。審決ではローラ(20、20)に通電することは本件発明1にとって比須の要件であり、これを導電性を有さない副引用発明のローラ(41、42)に置き換える動機づけはない、と述べています。

一方、判決では、主引用発明と副引用発明とはそれぞれローラ(20、20)及びローラ(100、100)が二つあることの機械的刺激により皮膚の活性化に寄与する技術的意義を有している点で共通しており、副引用発明の構成を適用して、主引用発明のローラ(20、20)の回転軸を柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設け、一対のローラの回転軸のなす角を鈍角に設ける副引用発明のローラ(41、42)の構成を採用する動機があったというべき、と述べています。

(3)地裁と特許庁とで同じ証拠で動機づけの有無について全く反対の判断しています。特許庁は主引用発明と副引用発明とを組み合わせる場合には、発明の構成要件であるローラを丸々置き換えるという前提で論理を構築しているようです。一方、地裁は主引用発明に副引用発明とを組み合わせるにあたって、ローラを構成する要素の一部である取り付け角度だけを抜き出して主引用発明のローラの角度を変えることができるとしているようです。

(4)私には判決よりも審決の方がしっくりきました。主引用例には微弱な電流を外周面に金属膜を装着したローラ(100、100)に通電し、ローラ(100、100)の回転軸が把持部(300)の中心線と直角に設けられた装置が記載されています。これに対して副引用例には柔軟なエラストマーで作られたローラ(41、42)であって、それぞれのローラ(41、42)の回転軸のなす角度αが80度から140度である装置が記載されています。

副引用例を読むとローラ(100、100)間に角度が設けられているのは皮膚を押し曲げ、その後に薬液を塗布するためと理解できます。そしてローラ(100、100)の材質に柔軟な材料を求めているのはローラ(100、100)の動きに皮膚が追従してくるようにするためだと理解できます。そうすると、副引用発明は皮膚を押し曲げるという目的のためにローラ(100、100)間に角度をつけたり、柔軟な材料を用いているといえます。

一方、主引用例を読むと通電したローラ(100、100)により皮膚を帯電させて油分を浮き上がらせたり、ゲルマニウムを浸透させたりします。

これらの記載からすると、皮膚を帯電させることを目的とする主引用発明のローラ(20、20)間に、皮膚を押し曲げる目的の副引用発明のローラ(100、100)のように角度を設ける必要性はありません。さらに、主引用例及び副引用例を含むすべての証拠文献には主引用発明のローラ(100、100)のように通電させる構成としたときに、皮膚を押し曲げた状態で通電して同じ効果あるいはそれ以上の効果が得られるという記載もありません。

したがって、主引用発明に副引用発明を組み合わせるという動機づけは存在せず当業者が容易に想到できない、と思います。

(5)上述しましたが、本件において地裁は、副引用発明のローラ間に角度を設けるという点だけを抜き取って主引用発明のローラ間に角度を設けるという考え方を取りました。このように副引用発明の構成要件のさらに一部を抜き出して、主引用発明の構成要件に適用するという手法だと後知恵が頻発しそうに思います。

(6)ところで、本件の原告は特許無効審判の請求人でもありますが、審決に対する訴えを起こさなかったので、審決は確定してしまっています。審決は2017年4月18日ですが、審決が送達されたのは同年5月2日頃です。審決取消訴訟は審決の送達があった日から30日を経過した後は提起することができません(特許法第178条第3項)。したがって、同年6月2日頃が訴え可能期間の期限になります。一方、口頭弁論終結日は同年6月20日です。侵害訴訟では口頭弁論終結時点で裁判官の心証は開示されていますが、審決取消訴訟の場合は特に心証開示は行われません(知的財産高等裁判所ホームページ参照)。したがって、請求人は侵害訴訟の心証開示前に審決取消訴訟を提起しない、と判断した可能性があります(もちろん心証を知った上で提起しなかった可能性もあります)。

その結果、特許無効審判に提出された証拠(本件で提出された証拠とほぼ同一の証拠)を用いて再度特許無効審判を請求することはできません(特許法第167条)。そうなると、侵害訴訟で当事者間のケースでは特許無効と判断されたとしても、対世的には特許を無効にすることができないという奇妙な状況になるかもしれません。