表面硬化処理装置事件

投稿日: 2018/07/25 1:31:19

今日は平成29年(行ケ)第10111号 審決取消請求事件について検討します。この事件は審決取消訴訟であり、本件判決に対して原告が上告しなかったために確定しています。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5629436号)

2.特許請求の範囲(請求項2)

【請求項2】

処理炉(2)内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉(2)内へ導入して、前記処理炉(2)内に配置した被処理品(S)の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、

前記処理炉(2)内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて、前記炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段(4)と、

前記水素濃度検出手段(4)が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し、当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段(24)と、

前記炉内ガス組成演算手段(24)が演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて、前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように、前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉(2)内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉(2)内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段(26)と、を備えることを特徴とする表面硬化処理装置。

3.審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに、本件訂正を認めた上、①本件発明1は、(ⅰ)下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同じ発明ではなく、(ⅱ)下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)と同じ発明ではなく、(ⅲ)引用発明1及び2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない、②本件発明2は、引用発明1及び/又は引用発明2、並びに下記ウの引用例3及び下記エの引用例4に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない、③本件発明3は、引用発明1及び/又は引用発明2、並びに引用例3、4、下記オないしキの引用例5ないし7に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない、④本件各発明は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たす、というものである。

ア 引用例1:河田一喜「窒化ポテンシャル制御システム付きガス軟窒化炉」熱処理第49巻2号(平成21年4月28日発行)(甲1)

イ 引用例2:Dieter Liedtke und 6 Mitautoren「Waermebehandlung von Eisenwerkstoffen Nitrieren und Nitrocarburieren 3.、voellig neu bearbeitete Auflage」(2006年発行)(甲2)

ウ 引用例3:藤原雅彦「ガス浸炭における測定精度を向上したガス分析システム」熱処理第44巻5号(平成16年10月28日発行)(甲3)

エ 引用例4:特開2000-74798号公報(甲4)

オ 引用例5:特開平10-54784号公報(甲5)

カ 引用例6:特開2007-40756号公報(甲6)

キ 引用例7:特開2009-129925号公報(甲7)

(2)引用発明

本件審決が認定した引用発明は、以下のとおりである。

ア 引用発明1

(ア)引用発明1-1(引用例1の図5)

ピット型のガス窒化・軟窒化炉の炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度をガスの熱伝導の違いにより分析し、目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉であり、前記窒化センサにより前記炉内の水素濃度を分析すれば窒化ポテンシャルを知ることができ、その窒化ポテンシャルが設定値となるように、マスフローコントローラーを介して前記ガス軟窒化炉に接続されたNH3、N2、H2、NH3分解ガス、CO2、Airのうち、NH3、N2、H2、NH3分解ガスから選ばれる、ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき、窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉において、NH3とN2のみを使用し、窒化温度570℃にて炉内の水素濃度、窒化ポテンシャルKNが、それぞれ、初期には28Vol%、4.2制御、中期には40Vol%、1.8制御、後期には50Vol%、0.9制御となるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると、水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動が、前記初期には、28Vol%付近、4.2付近で、前記中期には、40Vol%付近、1.8付近で、前記後期には、50Vol%付近、0.9付近で、それぞれ生じる、窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉。

(イ)引用発明1-2(引用例1の図7)

バッチ型のガス窒化・軟窒化炉の炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度をガスの熱伝導の違いにより分析し、目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉であり、前記窒化センサにより前記炉内の水素濃度を分析すれば窒化ポテンシャルを知ることができ、その窒化ポテンシャルが設定値となるように、マスフローコントローラーを介して前記ガス軟窒化炉に接続されたNH3、N2、H2、NH3分解ガス、CO2、Airのうち、NH3、N2、H2、NH3分解ガスから選ばれる、ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき、窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉において、NH3とN2とCO2のみを使用し、窒化温度580℃にて炉内の水素濃度、窒化ポテンシャルKNが、それぞれ、初期は15Vol%、7.5制御、後期には23Vol%、3.1制御となるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると、水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動が、前記初期には、15Vol%付近、7.5付近で、前記後期には、23Vol%付近、3.1付近で、それぞれ生じる、窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉。

イ 引用発明2

NH3とN2とCO2とが、それぞれ、50%、45%、5%混合された、NH3-N2-CO2混合ガスによる軟窒化のための制御装置であって、HydroNit-Sensorを用いて測定された炉内水素濃度H2を利用して計算される、9から4の間の窒化ポテンシャルKNを基準にして前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量が最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で調整でき、前記窒化ポテンシャルKNが4に設定されると、前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最小許容ガス投入量に調整され、前記窒化ポテンシャルKNが9に設定されると、前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最大許容ガス投入量に調整される制御装置。

(3)本件各発明と引用発明との対比

本件審決が認定した本件発明1、2と引用発明1、2との一致点及び相違点は、次のとおりである。

ア 本件発明1と引用発明1-1との一致点及び相違点

(ア)一致点

処理炉内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置した被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、/前記処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて、前記炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段と、/前記水素濃度検出手段が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し、当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段と、/前記炉内ガス組成演算手段が演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて、前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように、行うガス導入量制御手段と、を備える表面硬化処理装置。

(イ)相違点

ガス導入量制御手段が、本件発明1では、「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し、引用発明1-1では、「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点1-1」という。)。

イ 本件発明1と引用発明1-2との一致点及び相違点

(ア)一致点

前記ア(ア)と同じ。

(イ)相違点

ガス導入量制御手段が、本件発明1では、「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し、引用発明1-2では、「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点1-2」という。)。

ウ 本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点

(ア)一致点

処理炉内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置した被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、/炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段と、/前記水素濃度検出手段が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し、当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段と、/前記炉内ガス組成演算手段が演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて、前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように、前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量についてのガス導入量制御手段と、を備える表面硬化処理装置。

(イ)相違点

水素濃度検出手段が、本件発明1では、「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて」検出する手段であるのに対し、引用発明2では、HydroNit-Sensorであるものの、「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて」検出する手段であるのか明らかでない点(以下「相違点2-1」という。)。

ガス導入量制御手段が、本件発明1では、「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し、引用発明2では、「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と、前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と、の両者を実行可能であるとともに、同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点2-2」という。)。

エ 本件発明2と引用発明1-2との一致点及び相違点

相違点1-2以外に、以下の点でも相違し(以下「相違点1-3」という。)、その余の点で一致している。

表面硬化処理装置が、本件発明2では、「水素濃度検出配管の温度を制御する配管温度制御手段を備え、前記配管温度制御手段は、前記水素濃度検出配管内で炉内ガスが固体として析出しないように、アンモニアガスに応じて前記水素濃度検出配管の温度を60~100℃の範囲内に制御する」との発明特定事項を備えているのに対し、引用発明1-2では、そのような発明特定事項を備えていない点。

オ 本件発明2と引用発明2との一致点及び相違点

相違点2-1、2-2以外に、以下の点でも相違し(以下「相違点2-3」という。)、その余の点で一致している。

表面硬化処理装置が、本件発明2では、「水素濃度検出配管の温度を制御する配管温度制御手段を備え、前記配管温度制御手段は、前記水素濃度検出配管内で炉内ガスが固体として析出しないように、アンモニアガスに応じて前記水素濃度検出配管の温度を60~100℃の範囲内に制御する」との発明特定事項を備えているのに対し、引用発明2では、そのような発明特定事項を備えていない点。

4 取消事由

(1)本件発明1の新規性ないし容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)

ア 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合

(ア)引用発明1-1、1-2の認定誤り

(イ)本件発明1の新規性に係る判断の誤り

(ウ)本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り

イ 引用発明2を主引用発明とする場合

(ア)引用発明2の認定誤り

(イ)本件発明1の新規性に係る判断の誤り

(ウ)本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り

(2)本件発明2の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)

ア 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合

(ア)相違点1-2の容易想到性に係る判断の誤り

(イ)相違点1-3の容易想到性に係る判断の誤り

イ 引用発明2を主引用発明とする場合

(ア)相違点2-1、2-2の容易想到性に係る判断の誤り

(イ)相違点2-3の容易想到性に係る判断の誤り

(3)本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)

(4)本件各発明のサポート要件に係る判断の誤り(取消事由4)

5.裁判所の判断

1 本件各発明について

-省略-

2 引用発明について

(1)引用発明1について

引用例1(甲1)にはおおむね以下の記載がある(下記記載中に引用する図表は、別紙1引用例1図表目録参照)。

ア 従来、ガス窒化炉およびガス軟窒化炉の雰囲気管理に関しては、手動ガラス管式アンモニア分析計により不連続に炉内残留アンモニア量をチェックする程度であった。また、連続的に炉内ガスを分析する場合は、サンプリングポンプにより炉内ガスを赤外線アンモニア分析計に導入する方法を採っていた。ただ、この赤外線アンモニア分析計は、ガス軟窒化処理においては、炭酸アンモニウムの析出によりサンプリング経路の詰りが発生しやすい、定期的にフィルター掃除などのメンテナンスの必要がある、分析計が高価であるなどの問題点があり、あまり普及していない。

そこで、炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度を分析し、目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きガス軟窒化炉を開発した。(64頁左欄1~16行)

窒化炉内の水素濃度を窒化センサにより分析すれば、窒化ポテンシャルを知ることができる。また、希望する窒化ポテンシャルに炉内ガスを調整するには、導入ガス量、ガス種をマスフローコントローラーへ設定信号を送ればよい。(65頁左欄下から2行~66頁左欄下から13行)

ウ 図5は、ピット型ガス軟窒化炉(処理重量:50kg/gross)を用い、窒化温度570℃にてNH3とN2の流量を変化させることにより窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで自在に制御できることを示した記録チャートである。(66頁左欄下から12行~下から7行、図5)

エ 図7には、バッチ型ガス軟窒化炉(処理重量:600kg/gross)において、窒化初期は窒化ポテンシャルを高くし、後期には窒化ポテンシャルをある値に低く制御して処理することによりアンモニアガス量およびトータル使用ガス量を大幅に削減できたときの記録チャートを示す。また、そのときの具体的な窒化ポテンシャル制御によるガス使用量削減効果と窒化性能結果を表1に示す。(66頁右欄下から4行~67頁左欄下から6行、図7、表1)

(2)引用発明2について

引用例2(甲2)にはおおむね以下の記載がある(下記記載中に引用する図表は、別紙2引用例2図表目録参照)。

ア 熱処理温度および熱処理時間と並んで、炉内の反応ガスの組成を把握して再現性よく制御することは、窒化層の所要の組織を得るために決定的な要素である。これに関して、投入するガスの種類と量、アンモニアの分解、部品(処理品)の性質(たとえば表面積、重量など)、における相違が把握されて調整される。

測定されるガス成分に基づいてプロセスの進行を自動的に制御する場合には、ガス窒化の場合、測定された水素濃度もしくはアンモニア濃度から直接、または前述した窒化センサによって、窒化ポテンシャルKNに対する値が計算される。より低く設定されたKN値に対してアンモニアの量が上昇した場合には、分解ガスの添加により減少させる。(158頁1~5行、10~14行)

イ NH3-H2-CO2混合ガスによる軟窒化のためのKN値を基準にした制御の概念を図4-37に示した。3つのガス成分の比例的な変化に従って、最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で、窒化ポテンシャルKNは変動され得る。炉内でのプロセス進行のターゲットを図4-38に示した。混合ガスによる軟窒化において、より低い窒化ポテンシャルKNの調整が必要な場合には、ガス投入量の削減でそれを達成するのはもはや不可能で、分解ガス添加が可能な図4-39に示された制御概念に拡張する必要がある。(160頁1~6行、図4-37~図4-39)

ウ また、プロセスの進行は、プログラム化され得て、終了後にはドキュメント化され得る。(162頁5、6行、図4-40)

3 取消事由1(本件発明1の新規性ないし容易想到性に係る判断の誤り)について

(1)引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合

ア 引用発明1-1、1-2の認定

(ア)引用例1の前記2(1)の記載によれば、引用発明1-1、1-2は、前記第2の3(2)ア記載のとおりであることが認められる。

(イ)原告の主張について

a 原告は、「窒化ポテンシャル制御(前記1(6)ア及びイ)の際のNH3ガス流量を一定とすれば、NH3の熱分解度が一定となり、窒化ポテンシャルは一定となる」旨の本件審決の技術常識の認定は誤りであり、その結果、引用発明1-1、1-2の認定も誤っている旨主張する。

この点について検討すると、甲11には、「アンモニアの熱分解度は、流量に依存する。遅い流れは、反応領域での長い滞留時間のため、高い熱分解度をもたらす。速い流れは、熱分解度を低くし、それによって、未分解のアンモニアの量を増加させ、窒化ポテンシャルNpの値を上昇させる」ことが記載されている。これによれば、甲11には、「アンモニアの熱分解度は、流量に依存する」ことが記載されているが、アンモニアガス流量を一定とすれば、ある期間において、アンモニアの熱分解度が一定であることは記載されていない。また、「速い流れは、熱分解度を低くし、窒化ポテンシャルの値を上昇させる」ことが記載されているが、アンモニアガス流量を一定とすれば、窒化ポテンシャルの値は一定になることは記載されていない。

また、甲11の図4をみると、窒化ポテンシャル制御可能範囲では、アンモニアガス流量に対して窒化ポテンシャルの値が右肩上がりに増加しており、アンモニアガス流量をある値とすれば、窒化ポテンシャルの値が一義的に決まることは読み取れる。しかし、図4にはアンモニアの熱分解度は記載されていないので、アンモニアガス流量とアンモニアの熱分解度の関係を読み取ることはできない。そして、図4には、アンモニアガス流量に対する窒化ポテンシャルの値が記載されているにとどまり、時間軸の記載はないから、アンモニアガス流量を一定とした場合に、ある期間において、アンモニアの熱分解度と窒化ポテンシャルが一定となることが視認されるとはいえない。実際、炉内の温度や圧力がアンモニアの熱分解度に影響を与えることは、本件出願前に知られたことであるから(乙1)、窒化処理を実施する際、NH3ガス流量を一定に維持しても、窒化処理の進行に応じて、炉内の温度や圧力がアンモニアの熱分解度に影響を与えることが考えられる。したがって、NH3ガス流量を一定とすれば、NH3の熱分解度が一定であるとはいえないし、窒化ポテンシャルが一定であるともいえない。

さらに、甲11の記載を総合的に検討しても、本件審決認定の「窒化ポテンシャル制御の際のNH3ガス流量を一定とすれば、NH3の熱分解度が一定となり、窒化ポテンシャルは一定となる」旨の技術常識を導くことはできず、他に上記技術常識を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、本件審決における技術常識の認定には誤りがある。しかし、引用発明1-1、1-2の認定は、NH3ガス流量が一定であることを前提とするものではなく、したがって前記の誤った技術常識を前提とするものではないから、技術常識の認定が誤っているからといって、引用発明1-1、1-2の認定が誤っていることにはならない。

原告は、炉内ガス組成に対応するパラメータである窒化ポテンシャルは変動するから、この窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために、炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて、炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されることが、本件出願時における当業者の技術常識であった(甲29~31、34、35)として、かかる技術常識に基づけば、本件審決の引用発明1-1、1-2の認定は、炉内のNH3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく、ガスの導入量をフィードバック制御することを看過した点において、誤っていると主張する

しかし、本件各発明の発明者の一人である河田一喜の執筆した刊行物(甲30、31)には、NH3の熱分解度の変動による窒化ポテンシャルの変化を補正するために、窒化処理中に炉内の雰囲気センサを利用して窒化ポテンシャルを演算し、各導入ガス流量をフィードバック制御する技術が記載されているが、河田一喜の執筆した他の刊行物(甲29、34、35)には、必ずしもフィードバック制御を意味しない「自動制御」と記載されているにすぎず(甲29、34)、また、本件各発明とは分野を異にする浸炭のフィードバック制御に関して記載されているにすぎない(甲35)。そして、執筆者を異にする刊行物(甲36)には、モニタリングして制御する旨の記載があるにすぎず、いかなる制御であるかは定かでない。これら記載を総合すれば、「窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために、炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて、炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されること」が当業者の技術常識であったとは認め難い。そして、引用例1の図5、図7等の記載(前記2(1)ウ及びエ)をみると、「ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき、窒化ポテンシャルを自動制御できること」、「炉内のH2濃度、窒化ポテンシャルKNが特定値となるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すること」、「水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動がそれぞれ生じたこと」を認識することはできるが、引用例1には「NH3の熱分解度s」と「NH3ガスを含む導入されるガスの総流量」の関係について記載されていないから、「NH3の熱分解度sの変化に応じて、NH3ガスを含む導入されるガスの総流量を制御する」ことを認識することができない。

したがって、引用例1の記載から「窒化ポテンシャルKNの値について設定された目標を達成するため、炉内におけるNH3の熱分解度sの変化に応じて、NH3ガスを含む導入されるガスの総流量を制御する」ことを読み取ることはできない

よって、引用例1の記載から、「炉内のNH3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく、ガスの導入量をフィードバック制御すること」を読み取ることはできない。

c 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がない。

イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り

(ア)引用発明1-1との関係

a 本件発明1と引用発明1-1との間には、前記第2の3(3)ア(イ)記載のとおり、相違点1-1が認められる。

b 相違点1-1について

引用例1の図5(前記2(1)ウ)には、ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき、窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉において、NH3とN2のみを使用し、窒化温度570℃にて炉内のH2濃度、窒化ポテンシャルKNが、それぞれ、初期には28Vol%、4.2制御、中期には40Vol%、1.8制御、後期には50Vol%、0.9制御となるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより、炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが記載されていると認められる。

そうすると、引用例1の図5から、ピット型ガス軟窒化炉において、炉内のH2濃度、窒化ポテンシャルKNが、初期、中期、後期で特定値に制御されるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより、炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが開示されていると認められるが、NH3及びN2の導入ガスについて、具体的な制御方法が記載されておらず、流量比率を一定値としているのか、変化させているのか、導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり、また、導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明である。したがって、引用例1の図5がいかなる制御方法を採用しているかは不明であり、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」を採用していると認めることはできないから、相違点1-1は実質的な相違点である。

c よって、本件発明1が引用発明1-1であるということはできない。

(イ)引用発明1-2との関係

a 本件発明1と引用発明1-2との間には、前記第2の3(3)イ(イ)記載のとおり、相違点1-2が認められる。

b 相違点1-2について

引用例1の図7(前記2(1)エ)には、ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき、窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉において、NH3とN2とCO2のみを使用し、窒化温度580℃にて炉内の水素濃度、窒化ポテンシャルKNが、それぞれ、初期は15Vol%、7.5制御、後期には23Vol%、3.1制御となるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると、図7の後期には、水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値が時間の推移に伴って、それぞれ、23Vol%付近、3.1付近で小刻みに変動したことが記載されていると認められる。

そうすると、引用例1の図7から、バッチ型ガス軟窒化炉において、炉内のH2濃度、窒化ポテンシャルKNが、初期、後期で特定値に制御されるように、NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより、炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが記載されていると認められるが、NH3とN2とCO2の導入ガスについて、具体的な制御方法が記載されておらず、流量比率を一定値としているのか、変化させているのか、導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり、また、導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明である。したがって、引用例1の図7がいかなる制御方法を採用しているかは不明であり、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」を採用していると認めることはできないから、相違点1-2は実質的な相違点である。

c よって、本件発明1が引用発明1-2であるということはできない。

(ウ)原告の主張について

a 原告は、炉内におけるNH3の熱分解度sの変化に応じて変動する窒化ポテンシャルを所望の範囲に制御するために、引用例1の窒化センサ制御システムが、炉内ガスの濃度を「応答性が速い」窒化センサによって測定して、「炉内ガスの切替りが速い」マスフローコントローラーを用いてフィードバック制御していることは明らかであると主張する。

しかし、前記(ア)及び(イ)のとおり、引用例1には、導入ガスについて、具体的な制御方法は記載されておらず、流量比率を一定値としているのか、変化させているのか、導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり、また、導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明であるから、フィードバック制御していることが明らかであるとはいえない。

b 原告は、甲9によれば、図8(引用例1の図5)において、炉内ガス導入比率NH3:N2を比例関係に保ちながら導入ガス総流量制御が小刻みに行われていることは、当業者であれば自明である、また、表1における①の制御から②の制御、②の制御から③の制御への移行時において、炉内ガス導入比率NH3:N2を変化させていることも明らかである、つまり、図8をみれば、本件発明1における第一の制御と第二の制御が行われていることは、明らかであると主張する。また、引用例1の図7についても同旨の主張をする。

しかし、甲9によって、引用例1の図5、7における「炉内ガス導入比率NH3:N2」が算出されるが、引用例1の図5の①ないし③、図7の①及び②の範囲のそれぞれにおいて、水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値が時間の推移に伴って小刻みに変動していること、すなわち、何らかの制御が行われていることは読み取れるが、導入ガス総流量が制御されていることを読み取ることができないから、「炉内ガス導入比率NH3:N2」を比例関係に保ちながら、導入ガス総流量制御が小刻みに行われていることが記載されているとはいえないことは、前記(ア)及び(イ)のとおりである。

c 以上のとおりであるから、原告の各主張はいずれも理由がない。

ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り

(ア)前記イのとおり、相違点1-1、1-2は実質的な相違点である。

(イ)相違点1-2について、引用発明1-2と引用発明2とは同じガス種NH3とN2とCO2のみを使用する窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉に関するものであるから、引用発明1-2と引用例2の記載事項の組合せを検討すると、前記イ(イ)のとおり、引用発明1-2がいかなる制御方法を採用しているのかは不明であること、後記(2)ア(イ)のとおり、引用例2においては、実際のプロセスの進行状態では、NH3とN2とCO2との比率が一定となっているとは認められないことからすれば、上記組合せによっては、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点1-2)の構成には到達しない。

(ウ)ほかに、本件出願当時に存在した技術から、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点1-1、1-2)を容易に想到することができたとは認め難い。

(エ)小括

以上のとおり、引用発明1-1又は1-2を主引用発明として、本件発明1を容易に想到することができたということはできない。

エ 小括

以上によれば、本件発明1は、引用発明1-1又は1-2に基づいて、新規性及び進歩性を欠くとはいえない。また、本件審決の技術常識の認定の誤りは、結論に影響しない。

(2)引用発明2を主引用発明とする場合

ア 引用発明2の認定

(ア)引用例2の前記2(2)の記載によれば、引用発明2の制御方法について、前記第2の3(2)イのとおりの引用発明2が記載されていることが認められる。この認定は、NH3ガス流量が一定であることを前提とするものではなく、したがって前記(1)ア(イ)aの誤った技術常識を前提とするものではないから、技術常識の認定が誤っているからといって、引用発明2の認定が誤っていることにはならない。

よって、本件審決の引用発明2の認定に誤りはない。

(イ)原告の主張について

原告は、炉内ガス組成に対応するパラメータである窒化ポテンシャルは変動するのであって、この窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために、炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて、炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されることが、本件出願時における当業者の技術常識であった(甲29~31、34、35)として、かかる技術常識に基づけば、本件審決の引用発明2の認定は誤っていると主張する。

しかし、前記(1)ア(イ)aのとおり、本件審決における技術常識の理解には誤りがあるが、引用発明2の認定に当たり、当該技術常識に基づいた認定はされていない。そして、前記(1)ア(イ)bのとおり、甲29ないし31、34、35記載の技術事項が当業者の技術常識であったとは認め難い。

また、引用例2の図4-37及び図4-38の記載(前記2(2)イ)をみると、NH3とN2とCO2とが、それぞれ、50%、45%、5%混合された、NH3-N2-CO2混合ガスによる軟窒化のための制御装置であって、HydroNit-Sensorを用いて測定された炉内水素濃度H2を利用して計算される、9から4の間の窒化ポテンシャルKNを基準にして前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量が最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で調整できるが、より低い窒化ポテンシャルKNの調整が必要な場合にはガス投入量の削減では達成できない制御装置、すなわち、前記窒化ポテンシャルKNが4に設定されると、前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最小許容ガス投入量に調整され、前記窒化ポテンシャルKNが9に設定されると、前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最大許容ガス投入量に調整される制御装置が視認される。

ここで、図4-40(前記2(2)ウ)はドキュメント化された「レトルト炉での軟窒化のプロセスの進行の様子」であって、図4-38の実際のプロセスの進行状態を示したものと認められるが、KNが一定値である期間(約1.25~3.5h)において、混合ガス中のNH3とN2とCO2の流量値は激しく変動しており、NH3とN2とCO2との比率が一定であると認めることができない。そうすると、図4-38は、NH3とN2とCO2とが、それぞれ、50%、45%、5%混合された、NH3-N2-CO2混合ガスと図示されているが、図4-40からみて、実際のプロセスの進行状態では、NH3とN2とCO2との比率が一定となっているとは認められない。

したがって、引用例2の記載をみても、「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を前記窒化ポテンシャルKNに応じてフィードバック制御して増減する」ことを認識することはできないから、原告の主張は理由がない。

イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り

(ア)本件審決の相違点の認定について

a 本件発明1と引用発明2との間には、前記第2の3(3)ウ記載のとおり、相違点2-2が認められる。

b 一方、引用発明2の水素濃度検出手段に関し、引用例2(甲2)には、HydroNit-Sensorについて、以下のとおり記載されている。

窒化の場合に、炉内の残留アンモニア濃度φR(NH3)と水素濃度φR(H2)との計測値が、窒化ポテンシャルKNの決定に利用される(154頁12、13行)。

費用がかからない手段は、アンモニアと窒素とがほとんど同じ熱伝導率を有するために、熱伝導率の変化によって炉排気ガス内の水素の濃度を決定する方法である。他からの影響を受けにくい測定方法(図4-31:水素濃度の測定の原理)として、工業用にも使用されている。

HydroNit-SensorはPH2(水素濃度)を計測している(図4-35~4-39)。

c そうすると、引用例2の記載から、熱伝導率の変化によって炉排気ガス内の水素の濃度を決定すること、水素センサは「HydroNit-Sensor」であり、水素濃度を計測していることが明らかであるから、引用例2に記載のHydroNit-Sensorは、熱伝導率に基づいて、水素濃度を測定するセンサであると考えるのが自然である。

したがって、相違点2-1は認められないので、本件審決の相違点の認定には誤りがあるが、後記(イ)のとおり、相違点2-2が実質的な相違点であるから、上記認定の誤りは、本件審決の結論に影響する違法とはいえない。

(イ)相違点2-2について

引用例2の記載を検討すると、前記ア(イ)のとおり、NH3とN2とCO2の導入ガスについて、流量比率を一定値としているとは認められず、その前後の期間を含めても、導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとも認められないから、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」が行われていることが記載されていると認めることができない。

よって、相違点2-2は実質的な相違点であり、本件発明1が引用発明2であると認めることはできない。

(ウ)原告の主張について

原告は、引用発明2では、炉内へ導入されるNH3とN2とCO2との各ガスの流量比率が一定値に保持された状態で、これらのガスの総導入量(合計導入量)が制御されていることから、本件発明1の「第一の制御」が開示されていることは明らかである、また、引用発明2では、「第一の制御」の前後において、炉内へ導入されるNH3とN2とCO2との各ガスの流量比率が変化するようにこれらのガスの導入量が個別に制御されていることから、本件発明1の「第二の制御」が開示されていることも明らかであると主張する。

しかし、前記ア(イ)のとおり、引用例2の記載から、実際のプロセスの進行状態では、NH3とN2とCO2の導入ガスについて、流量比率を一定値としているとは認められず、導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとも認められない。

したがって、原告の主張は理由がない。

ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り

前記イのとおり、相違点2-2は実質的な相違点である。そして、前記(1)ウ(イ)及び(ウ)と同様に、引用例1の記載事項や本件出願当時に存在した技術から、本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点2-2)を容易に想到することができたとは認め難い。

エ 小括

以上によれば、本件発明1は、引用発明2に基づいて、新規性及び進歩性を欠くとはいえない。

4 取消事由2(本件発明2の容易想到性)

(1)引用発明1-2を主引用発明とする場合

ア 本件発明2と引用発明1-2との間には、前記第2の3(3)エ記載のとおり、相違点1-2、1-3が認められる。

イ 相違点1-2の容易想到性

前記3(1)ウのとおり、引用発明1-2及び引用例2の記載事項によって、当業者が、第一の制御及び第二の制御を想到することができないから、相違点1-2を容易に想到することができたとは認め難い。

また、引用例3及び4には、導入ガスの制御等について記載されていないから、引用例3及び4の記載事項によっても、当業者が、相違点1-2を容易に想到することができたとは認め難い。

ウ 相違点1-3の容易想到性

引用例3及び4に記載されているのは、非分散型赤外分析計(NDIR)を用いるガス分析装置への炭酸アンモニウムの結晶の生成防止に関する技術事項である。一方、引用例1に記載されているのは、処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて前記炉内ガスの水素を検出する水素濃度検出手段であって、炉体に直接装着されており、寿命が長く、ノーメンテナンスであり、炭酸アンモニウムの析出の問題がないという特徴を有するものである。

そうすると、引用発明1-2における水素濃度検出手段と、引用例3及び4に記載されている、非分散型赤外分析計(NDIR)とは、検出手段において相違しており、引用発明1には、引用例3及び4の炭酸アンモニウムの結晶の生成防止という課題は存在しないから、引用発明1-2における水素濃度検出手段に引用例3及び4に記載の技術事項を組み合わせようとする動機付けがあるとはいえない。

エ したがって、本件発明2は、引用発明1-2及び引用例3及び4の記載事項から、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)引用発明1-1を主引用発明とする場合

引用発明1-2と本件発明2はガス種が共通であるのに対し、引用発明1-1と本件発明2はガス種が異なる。使用するガス種の変更は、引用発明1-1による処理内容を、窒化処理から軟窒化処理に変更するという、発明内容の変更を伴うものであるから、そのような動機付けは認め難い。

したがって、本件発明2は、引用発明1-1から、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)引用発明2を主引用例発明とする場合

ア 本件発明2と引用発明2との間には、前記第2の3(3)オ記載のとおり、相違点2-2、2-3が認められる。一方、前記3(2)イ(ア)のとおり、相違点2-1は認められないので、本件審決の相違点の認定には誤りがあるが、前記3(2)イ(イ)のとおり、相違点2-2が実質的な相違点であるから、上記認定の誤りは、本件審決の結論に影響する違法とはいえない。

イ 相違点2-2の容易想到性

前記3(2)ア(イ)のとおり、引用例2では、NH3とN2とCO2の導入ガスについて、流量比率を一定値としているとは認められず、その前後の期間を含めても、導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとは認められないから、第一の制御及び第二の制御が行われていることが記載されていると認めることができないし、引用例3及び4には、導入ガスの制御等について記載されていない。

よって、引用発明2に引用例3及び4の記載事項を組み合わせても、相違点2-2に係る構成には至らない。

ウ 相違点2-3の容易想到性

前記3(2)イ(ア)のとおり、引用例2に記載されているのは、処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて前記炉内ガスの水素を検出する水素濃度検出手段である。

そうすると、引用発明2における水素濃度検出手段と、引用例3及び4に記載されている非分散型赤外分析計(NDIR)とは相違しており、引用例2には、引用例3及び4の炭酸アンモニウムの結晶の生成防止という課題は明記されていないから、引用発明2における水素濃度検出手段に引用例3及び4に記載の技術事項を組み合わせようとする動機付けがあるとはいえない。

エ 小括

したがって、本件発明2は、引用発明2及び引用例3及び4の記載事項から、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

5 取消事由3(本件発明3)

本件発明3は、本件発明1又は2に従属する請求項であるところ、前記3のとおり、本件発明1について新規性及び進歩性の欠如は認められず、また、前記4のとおり、本件発明2について進歩性の欠如は認められない。

したがって、本件発明3について、進歩性の欠如が認められないことは明らかである。

6 取消事由4(サポート要件)

(1)特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、サポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負う。

(2)前記1によれば、本件訂正明細書に接した当業者は、以下の点を理解することができる。

水素濃度検出手段4は、炉内ガスの水素濃度を検出可能な構成の熱伝導度センサにより形成されており、炉内ガスの水素濃度は、炉内ガスの熱伝導度に基づいて検出する。炉内ガス組成演算手段24は、水素濃度検出手段4が検出した水素濃度に基づいて、炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する。炉内ガス組成信号の入力を受けたガス導入量制御手段26は、炉内ガス組成と設定炉内ガス混合比率に応じて、炉内ガス組成が設定炉内ガス混合比率となるように、複数種類の炉内導入ガスの処理炉2内への導入量を制御する。(前記1(6)ウ)

ガス導入量制御手段26が、アンモニアガス(NH3)及び窒素ガス(N2)の導入量を制御する際は、第一の制御、第二の制御の二通りの制御のうち、一方を行う。複数種類の炉内導入ガスの処理炉2内への導入量を制御して、処理炉2内の雰囲気を制御した状態で、被処理品Sの材質や量等に応じて設定した所定の時間、被処理品Sの表面硬化処理を行う。(前記1(6)ウ)

実施例において、本件各発明の表面硬化装置によれば、水素濃度の設定値と、水素濃度検出手段により検出した炉内ガスの水素濃度とを比較し、炉内水素濃度、炉内アンモニア濃度を、それぞれ、制御することが可能である(第一実施例)。水素濃度検出手段4のセンサ部に、炭酸アンモニウムの析出は発生していなかった。水素濃度検出手段4の精度がフルスケールに対して0.5%以内の誤差しか生じていない(第二実施例)。炉内導入ガスの使用量を大幅に削減することが可能となり、表面硬化処理に要するランニングコストを減少させて、経済的効果を達成するとともに、大気中へのガス排出量を減少させて、環境の悪化を抑制することが可能となる(第三実施例)。(前記1(6)エ)

(3)前記(2)によれば、当業者は、本件訂正明細書の記載から、本件発明1の各手段を備える表面硬化処理装置によって、「炉内ガスの熱伝導度に基づいて処理炉内の雰囲気を検出し、この検出した雰囲気を参照して処理炉内の雰囲気を制御することが可能な、表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供すること」(前記1(3))という課題を解決できることを認識できるといえる。

ここで、当業者が課題を解決できることを認識できる否かにおいて、本件審決の認定した「窒化ポテンシャル制御の際のNH3ガス流量を一定とすれば、NH3の熱分解度が一定となり、窒化ポテンシャルは一定となるとの技術常識」は何ら関係していない。

(4)したがって、当業者は、本件訂正明細書の記載に基づき、本件各発明の表面硬化処理装置によって、本件各発明の課題を解決できると認識し得るものということができるから、サポート要件を満たすものである。

6.検討

(1)本件発明は、要は、金属の表面を窒化処理して硬化させる装置において、処理炉内に導入する複数のガスのうちの一種類をアンモニアガスとして、アンモニアガスから分解された水素の濃度を検出する水素濃度検出手段と、これからアンモニアガスの炉内濃度を演算し、これから炉内ガスの組成を求める炉内ガス組成演算手段とを備え、この炉内ガス組成が設定炉内ガス混合比率となるように、炉内導入ガスの流量比率を一定値に保持した状態で複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を制御する第一の制御、炉内導入ガス流量比率が変化するように炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御、これら二つの制御を同時あるいはいずれか一方の実行するものです。なお、請求項1は真空浸炭処理のために無効主張の対象にならなかったと思われます。

(2)特許無効審判では請求人から新規性要件違反、進歩性要件違反及びサポート要件違反が主張されましたが、審決は請求不成立、つまり特許は有効と判断されたため、この審決の取消しを求めて請求人が原告となって本件訴訟を起こしました。

(3)しかし、判決は請求棄却であって依然として特許は有効と判断されました。ポイントは引用発明1に原告が主張する内容(フィードバック制御)が開示されているといえるのか否かという点でしたが、裁判所の判断はどのような制御が行われているのか不明である、というものでした。これにより、この引用発明単独、あるいは他の引用発明と組み合わせても本件発明の構成要件を全て開示されていることにならないため無効にはなりませんでした。

(4)引用発明1は非特許文献なので入手していません。そのため判決について確認ができませんでした。したがって、確定的なことは書けませんが、要は例え原告の主張通り引用発明1の装置にフィードバック制御が搭載されていたとしても、引用発明1にそのことについて明記(あるいは明らかに推測できる程度の記載)されていなければ制御を特定することは難しいということです。

(5)これは無効資料を検討する際によくあります。つまり先行技術文献の調査機関から挙がった複数の文献に基づいて無効主張の構築を検討する際に技術者の目線からすると、文献に明記されていないが特定の制御以外は考えられない、という場合です。しかし、本件のように判断される可能性もあるので注意が必要です。

(6)本件で無効の証拠として挙げられた引用発明1は、特許明細書の中でも引用された発明者自身が執筆した文献でした。無効の証拠の主引例として出願人が作成した先行技術文献を検討するのは常套手段といえます。発明者が過去に発表した論文、講演といったものは無効主張を構築する上で重要なものです。余裕があれば、発明者が過去に聴講した講演もチェックすると、大当たりがあるかもしれません。