揺動型遊星歯車装置事件

投稿日: 2017/11/25 0:57:12

今日は、平成28年(行ケ)第10114号 審決取消請求事件等について検討します。本件は、住友重機械工業株式会社が保有する特許第4897747号(請求項1および2)に対して、ナブテスコ株式会社が請求した特許無効審判(無効2012-800135号事件)の審決に対して、原告である特許権者が提起した取消訴訟です。

後述するとおり本件訴訟は2回目の審決取消訴訟です。最初の特許無効審判の審決は請求不成立(特許は有効)という内容でした。これに対して請求人が審決取消訴訟を提起したところ、知財高裁では審決を取消すとの判決がありました(平成25年(行ケ)第10330号 審決取消請求事件)。この判決を受けて特許庁で再び審理をして、今度は請求成立(特許は無効)という審決をしたところ、今度は被請求人(特許権者)が審決取消訴訟を提起しました。本件はこの2回目の審決取消訴訟の判決になります。せっかくなので、1回目の平成25年(行ケ)第10330号 審決取消請求事件から検討してみたいと思います。

なお、本件では当初進歩性欠如の無効理由も争われましたが、1回目の審決取消訴訟の判決で分割違法による新規性欠如と判断されたため、今回は分割違法に関する部分のみ検討しています。

 

〈検討〉

(1)本件特許出願の当初特許請求の範囲は「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」となっていましたが、補正により「揺動型遊星歯車装置」に補正されました。最終的にこの補正が新規事項追加に相当すると判断されたため、本件特許出願の新規性の判断基準は親出願の出願まで遡らず分割出願の現実の出願時点となり、既に出願公開された親出願により新規性欠如と認定されました。

(2)本件特許出願の出願人が「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を「揺動型遊星歯車装置」に補正をした理由は「外歯揺動型遊星歯車装置」も含むようにするためでした。

(3)1回目の特許無効審判ではこの補正が新規事項追加には当たらないとする審決でしたが、審決取消訴訟でこの審決が取り消されました。この判決文の中で裁判所は「内歯揺動型と外歯揺動型との間には、両者で異なる技術も存在すれば、両者に共通する技術も存在すると認められる。したがって、本件補正が外歯揺動型遊星歯車装置を含めることになるからといって、そのことから直ちに本件補正が新たな技術的事項を導入するとまでいうことはできない。」と述べた上で、外歯揺動型遊星歯車装置として、①外側の内歯歯車を出力歯車とする型(外側に出力軸、内側に固定部材を配置する動作。以下、「①型」)、②外側の内歯歯車を固定部材とする型(内側に出力軸、外側に固定部材を配置する動作。以下、「②型」)が想定されるので、本件技術をこれら①型及び②型に適用できるか否か検討しています。その結果、「②型においては、出力部材が内側となることから、「伝動外歯歯車は単一の歯車からなり、出力軸(出力部材)に軸受を介して支持され」る構成を想定できるとしても、①型においては、下記模式図のとおり、伝動外歯歯車は、減速機の一番外側に位置する出力軸とはかけ離れた位置に存在することとなる」と認定し、「このようなかけ離れた位置にある伝動外歯歯車を出力軸に軸受を介して支持する構成については、当業者であっても明らかではないから、本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に直ちに適用できるということはできない。したがって、本件補正は、新たな技術的事項を導入するものであると認められることから特許法17条の2第3項に違反するものであって、これを適法とした審決の判断には誤りがある」と結論付けました。

(4)補正が新規事項追加であるか否かの基本は明細書等に記載があるか否かです。しかし、この判決では上位概念化することで新たに含まれる技術について具体的な2例を挙げてこれらに適用できるか否かという手法をとりました。その結果、①型は構造が全く異なるために適用できないが、②型は想定できると述べています。この判決を受けて特許権者は①型を含まず②型のみ含む内容に訂正しましたが、2回目の審決は新規事項追加であると判断しました。

(5)2回目の審決取消訴訟(本事件)の判決では、本件原出願の当初明細書に記載された技術的課題等を参酌して内歯揺動型遊星歯車装置であることが本件原出願当初明細書に記載された発明の前提とした上で、外歯揺動型遊星歯車装置を含むように一般化された共通の技術的事項を導くことは困難であるといわざるを得ない、と述べています。その後で、1回目の判決と同じように外歯揺動型遊星歯車装置を1型(外側に出力軸、内側に固定部材)と2型(内側に出力軸、外側に固定部材)に分類し、2型への適用を否定しています。

(6)もしも1回目の審決取消訴訟の判決で①型とか②型とか分けず、素直に原出願の当初明細書の記載に基づき新規事項追加であるという内容の判決であれば2回目の審決取消訴訟は起きなかったように思います。もし私が特許権者側として担当していたとしても、1回目の判決で親出願の当初明細書等に基づいて新規事項追加と判断していればあきらめることができますが、この1回目の判決の内容では①型を含まず②型のみ含むように訂正して争わざるを得ないように思います。

(7)後述のとおり親出願からの分割出願は本件特許出願を含め全部で6件あります。これらのうち親出願以外の分割出願はすべて「揺動型遊星歯車装置」に補正されています。最初、特許無効審判が請求されたのが本件特許だけだったことが不思議だったのですが、このような新規事項追加を理由とする無効理由であれば、1件だけ無効になれば他もすべて無効になるので請求人にとって効率的だったわけです。

1.手続の時系列の整理

1.1 本件特許(特許第4897747号)の手続き

1.2 本件特許のファミリの手続き

① この特許は特願2003-090065を親出願とする第1世代の分割出願でした。この親出願からの分割出願は全部で6件ありますが、特許無効審判を請求されたのは本件特許だけでした。

② 裁判所のデータベースで検索しても両社の侵害訴訟の判決はありませんでした。両社のホームページもチェックしましたが、当事者間で本件特許に関する係争が発生していたのか不明です。

2.平成25年(行ケ)第10330号 審決取消請求事件

2.1 特許請求の範囲の記載

(1)本件補正前発明

【請求項1】

外歯歯車(118)と該外歯歯車(118)と僅少の歯数差を有する内歯歯車(116A、116B)とを有すると共に、前記内歯歯車(116A、116B)を揺動回転させるための偏心体軸(114)を備え、該偏心体軸(114)に配置された偏心体を介して外歯歯車(118)の周りで内歯歯車(116A、116B)を揺動回転させる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置において、

前記偏心体軸(114)を、前記外歯歯車(118)の軸心と平行に複数備えると共に、

該複数の偏心体軸(114)にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車(112)と、

該偏心体軸歯車(112)及び駆動源側のピニオン(130)がそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車(110)と、を備え、

該伝動外歯歯車(110)を介して前記駆動源側のピニオン(130)の回転が前記複数の偏心体軸歯車(112)に同時に伝達される

ことを特徴とする内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置

【請求項2】

請求項1において、

前記伝動外歯歯車(110)がリング状に形成され、且つ、前記外歯歯車(118)または出力軸(118)のいずれかの外周によって回転支持されている

ことを特徴とする内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置。

(2)本件補正後の発明

【請求項1】

複数の偏心体軸(114)の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺型遊星歯車装置において、

前記複数の偏心体軸(114)にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車(112)と、

該偏心体軸歯車(112)及び駆動源側のピニオン(130)がそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車(110)と、

該伝動外歯歯車(110)の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオン(130)が組込まれた中間軸(108)と、を備え、

前記中間軸(108)を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオン(130)を回転させ、前記伝動外歯歯車(110)を介して駆動源側のピニオン(130)の回転が前記複数の偏心体軸歯車(112)に同時に伝達される

ことを特徴とす型遊星歯車装置

(3)本件発明(訂正後の発明)

【請求項1】

中心部がホロー構造とされ、複数の偏心体軸(114)の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、

前記複数の偏心体軸(114)にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車(112)と、

該偏心体軸歯車(112)及び駆動源側のピニオン(130)がそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車(110)と、

該伝動外歯歯車(110)の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオン(130)が組込まれた中間軸(108)と、当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸(118)と、を備え、

前記伝動外歯歯車(110)は、単一の歯車からなり、前記出力軸(118)に軸受(132)を介して支持され、

前記中間軸(108)を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオン(130)を回転させ、前記伝動外歯歯車(110)を介して該駆動源側のピニオン(130)の回転が前記複数の偏心体軸歯車(112)に同時に伝達され、前記駆動源側のピニオン(130)、前記伝動外歯歯車(110)および前記複数の偏心体軸歯車(112)が、同一平面上で噛み合うことを特徴とする揺動型遊星歯車装置

【請求項2】

請求項1において、

前記中間軸(108)は、当該揺動型遊星歯車装置と連結されるモータのモータ軸と一体的に回転するピニオンと噛合うギヤが組み込まれており、

前記伝動外歯歯車(110)の径方向において、前記モータ軸は前記中間軸(108)よりも外側に配置されている

ことを特徴とする揺動型遊星歯車装置。


2.2 審決の理由

審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに、①本件補正は、新たな技術的事項を導入するものとまでいうことはできない、②本件発明は、実願平4-50852号(実開平6-6786号)のCD-ROM(甲5。以下「甲5文献」という。)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)、甲5文献に記載されている事項、周知技術及び甲13号証の1ないし甲18号証に記載されている事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない、③本件発明は、特開2000-65159号公報(以下「甲6文献」という。)に記載された発明(以下「甲6発明」という。)、甲6文献に記載されている事項、周知技術及び甲13号証の1ないし甲18号証に記載されている事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない、④本件発明は、特開2000-65158号公報(以下「甲7文献」という。)に記載された発明(以下「甲7発明」という。)、甲7文献に記載されている事項、周知技術及び甲13号証の1ないし甲18号証に記載されている事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものではないというものである。

審決が認定した甲5発明の内容、本件発明と甲5発明との一致点及び相違点、甲6発明の内容、本件発明と甲6発明との一致点及び相違点並びに甲7発明の内容は、以下のとおりである(なお、審決の本件特許発明1及び2は、それぞれ本件発明1及び2であるので、引用する際には、それぞれ本件発明1及び2と置き換えて引用する。)。

(1)甲5発明について

- 省略-

(2)甲6発明について

- 省略-

(3)甲7発明について

- 省略-

2.3 原告主張の取消事由

1 補正要件違反に関する判断の誤り(取消事由1)

審決は、本件補正前発明の課題を、入力軸が出力軸と同軸に配置されていることにより、歯車装置全体を貫通するホローシャフトを有するように設計することが困難であるという課題と認定した上で、「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を「揺動型遊星歯車装置」と上位概念化することで、同じく「揺動型遊星歯車装置」である「外歯揺動型遊星歯車装置」が発明の対象となることが想定されるとしても、このような課題は、本件当初明細書等に従来の技術として例示された内歯揺動型遊星歯車装置だけでなく、入力軸から偏心体軸歯車までの構成が共通する外歯揺動型遊星歯車装置にも内在することが、技術的に明らかであるから、本件補正により新たな技術上の意義が追加されるとまではいえないと判断した。

しかし、「内歯揺動型遊星歯車装置」と「外歯揺動型遊星歯車装置」とは、減速機の中心的な構成要素である出力歯車と揺動歯車の構造、位置関係が全く異なっており、装置の中心部にホロー構造を形成する場合、ホロー構造を形成する具体的な構成要素もその課題も全く異なる(むしろ、装置の中心をまたがる形で揺動歯車が配置される外歯揺動型の減速機においてホロー構造を形成することの方が遥かに難しい。)。そして、本件当初明細書には、内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置の従来技術に固有の課題及びこれに対する解決手段として、本件補正前発明1である内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置が記載され、実施例としても内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置のみが記載されており、その記載を総合的にみても、外歯揺動型の遊星歯車装置に関する記載はない。また、特に外歯揺動型の減速機で、かつ、伝動歯車が外歯歯車であるものについて、「伝動外歯歯車は出力軸に軸受を介して支持され」る構成をとることは、構造上困難かつ不自然であり、本件明細書にも、これをどのように実施するのかを示唆する記載は全くないから、当業者であっても、このような構成を実施することは不可能である。本件補正は、本件発明の範囲に上記構成を含めるものであって、このような実施可能性要件に違反する発明を含めることは、新たな技術的事項を導入するものに他ならない。さらに、外歯揺動型において、「ホロー構造」とするためには、潤滑油をシールするための別体の防護パイプ(シール構造)が必要となるところ、本件当初明細書には、シール構造を設けることは記載されていない。加えて、被告が本件補正の際に特許庁に対して提出した上申書には、本件補正について、「内歯揺動体」を「揺動歯車」と称するから、本件補正は新規事項を追加するものではない旨記載されており、本件特許の審査経緯からみても、「揺動型遊星歯車装置」に「外歯揺動型遊星歯車装置」を含めて解することはできない。

したがって、「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を当初明細書等に一切記載されていない「外歯揺動型遊星歯車装置」を含む上位概念の「揺動型遊星歯車装置」とする本件補正は、新たな技術的事項を追加するものであり、特許法17条の2第3項に違反する

以上によれば、本件補正が、本件当初明細書に記載されている事項の範囲内であるとする審決の判断は誤りである。

2 甲5発明の認定の誤り(取消事由2)

-省略-

3 甲6発明の認定の誤り(取消事由2)

-省略-

2.4 被告の反論

1 補正要件違反に関する判断の誤り(取消事由1)に対して

原告は、「内歯揺動型遊星歯車装置」と「外歯揺動型遊星歯車装置」とは、減速機の中心的な構成要素である出力歯車と揺動歯車の構造、位置関係が全く異なり、本件当初明細書の記載を総合的にみても、外歯揺動型の遊星歯車装置に関する記載、特に外歯揺動型の減速機で、かつ、伝動歯車が外歯歯車であるものについて、「伝動外歯歯車は出力軸に軸受を介して支持され」る構成をどのように実施するのかを示唆する記載は全くない旨主張する。

しかし、「外歯揺動型」の減速機と「内歯揺動型」の減速機とにおいては、駆動源から揺動歯車を揺動回転させる偏心体軸に動力を伝達する動力伝達系において共通する構成が多く、課題も共通する場合が多い。そして、本件当初明細書には、駆動源側のピニオンの回転を複数の偏心体軸に振り分けて伝達する構造に着目すると、駆動源側のピニオンと伝動外歯歯車と偏心体軸歯車との関係が特定された発明が記載されており、「使用用途に応じて装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保することができると共に、動力伝達の更なる円滑化を図ることができる」装置として、「内歯揺動型」の構成は不可欠ではない「揺動型遊星歯車装置」が記載されているといえる。そして、内歯揺動型のみならず、外歯揺動型の減速機においても、「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成は採用されているものである。

また、本件当初明細書(【0039】)には、内歯揺動型遊星歯車装置において、外歯歯車(118)の自転成分を出力軸(118)から出力する構成は記載されているが、内歯歯車(116A、116B)の自転成分を「本体ケーシング(102)」から出力し、当該「本体ケーシング(102)」に伝動外歯歯車(110)を軸受を介して支持させる構成は記載されていないから、本件発明において、内歯揺動型に限定されない遊星歯車装置として、外歯揺動型遊星歯車装置を想定する場合、「伝動外歯歯車を当該伝動外歯歯車よりもさらに装置の外周方向に位置する出力軸にあえて支持させる」構成を想定することはできず(本件当初明細書の記載事項の範囲を超える解釈である。)、本件当初明細書の記載事項に従って解釈すれば、外側の内歯歯車の自転を拘束し、外歯歯車の自転成分を出力する筒状の部材を含む部材を出力軸とすべきであって、当業者であれば、下記模式図(以下「被告主張模式図」という。)のような構成を想定するものである。

したがって、本件補正は、課題、解決手段及び効果のいずれの点においても、新たな技術上の意義は追加されておらず、原告の主張は理由がない。

2 甲5発明の認定の誤り(取消事由2)に対して

-省略-

3 甲6発明に関する相違点3及び4の判断の誤り(取消事由3)に対して

2.5 裁判所の判断

1 当裁判所は、原告の取消事由1には理由があり、審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

2 取消事由1(補正要件違反に関する判断の誤り)について

(1)本件当初明細書の記載内容について

-省略-

(2)補正要件違反に関する判断の誤りについて

ア 本件当初明細書によれば、本件補正前発明は内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置に関するものであって(【0001】)、本件当初明細書には外歯揺動型遊星歯車装置に関する記載は全くないところ、本件補正は、「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」を「揺動型遊星歯車装置」とすることで、本件特許に、「外歯揺動型遊星歯車装置」をも含ませるものである。

そこで、このような補正が新たな技術的事項を導入するものといえるか否かについて検討すると、いずれも本件特許の出願前に刊行された特公平5-86506号公報(甲25)、特許第2707473号公報(甲26)、特許第2739071号公報(甲27)によれば、減速機に関する技術については、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置に共通する技術、すなわち、偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない技術があると認められ、内歯揺動型と外歯揺動型との間には、両者で異なる技術も存在すれば、両者に共通する技術も存在すると認められる。したがって、本件補正が外歯揺動型遊星歯車装置を含めることになるからといって、そのことから直ちに本件補正が新たな技術的事項を導入するとまでいうことはできない。

イ そこで、本件補正前発明で開示されている技術が、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置において共通する技術であるか否かについて具体的に検討する。

(ア)本件補正前発明の課題は、装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保するとともに、動力伝達の更なる円滑化を図るものであると認められるところ(【0014】【0015】)、本件補正前発明は、これを解決するため、内歯揺動型遊星歯車装置を前提として、「外歯歯車と該外歯歯車と僅少の歯数差を有する内歯歯車とを有すると共に、前記内歯歯車を揺動回転させるための偏心体軸を備え、該偏心体軸に配置された偏心体を介して外歯歯車の周りで内歯歯車を揺動回転させる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置において、前記偏心体軸を、前記外歯歯車の軸心と平行に複数備えると共に、該複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と、該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と、を備え、該伝動外歯歯車を介して前記駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達されるように構成する」(【0016】)という技術を開示するものである。そして、同技術は、駆動源側のピニオンと伝動外歯歯車と偏心体軸歯車との関係を特定するものと解されることから、これを言い換えれば、「複数の偏心体軸の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、前記複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と、該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と、該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸と、を備え、前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ、前記伝動外歯歯車を介して該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達されるように構成する」という技術(以下「本件技術」という。)を開示するものと解される

(イ)そこで、本件技術が外歯揺動型遊星歯車装置においても共通する技術であるか否かについて検討する。

甲5文献、特開2002-317857号公報(甲24)及び本件特許についての訂正請求書(甲30)並びに弁論の全趣旨によれば、減速機において、「出力部材」と「固定部材」とは相対関係にあり、入れ替え自在であること自体は周知技術であると認められる。したがって、外歯揺動型遊星歯車装置としては、下記模式図のとおり、①外側の内歯歯車を出力歯車とする型(外側に出力軸、内側に固定部材を配置する動作。以下、「①型」という。)、②外側の内歯歯車を固定部材とする型(内側に出力軸、外側に固定部材を配置する動作。以下、「②型」という。)が想定される(ただし、下図からも理解されるとおり、構造が変わるものではなく、あくまで出力を歯車からとるか、固定部材からとるかの差異である。)。

①型(外側に出力軸、内側に固定部材) ②型(内側に出力軸、外側に固定部材)

そこで、本件技術を前記①型及び②型に適用できるか否かについて検討すると、本件補正前発明は、伝動歯車が「外歯」に限定されているのであるから、伝動外歯歯車は、偏心歯車との噛み合わせの位置関係から各偏心体軸歯車の内側に位置することとなる。ここで、本件当初明細書には、本件発明の構成要件である「伝動外歯歯車は単一の歯車からなり、出力軸(出力部材)に軸受を介して支持され」る構成が開示されており、伝動外歯歯車と出力軸との関係についてその余の構成は開示されていないところ、伝動外歯歯車と出力軸との上記位置関係を前提とすると、②型においては、出力部材が内側となることから、「伝動外歯歯車は単一の歯車からなり、出力軸(出力部材)に軸受を介して支持され」る構成を想定できるとしても、①型においては、下記模式図のとおり、伝動外歯歯車は、減速機の一番外側に位置する出力軸とはかけ離れた位置に存在することとなる

そうすると、このようなかけ離れた位置にある伝動外歯歯車を出力軸に軸受を介して支持する構成については、当業者であっても明らかではないから、本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に直ちに適用できるということはできない

したがって、本件補正は、新たな技術的事項を導入するものであると認められることから特許法17条の2第3項に違反するものであって、これを適法とした審決の判断には誤りがある。

ウ 被告の主張について

(ア)被告は、駆動源側のピニオンの回転を複数の偏心体軸に振り分けて伝達する構造に着目すると、本件当初明細書には、駆動源側のピニオンと伝動外歯歯車と偏心体軸歯車との関係が特定された発明が記載されており、「使用用途に応じて装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保することができると共に、動力伝達の更なる円滑化を図ることができる」装置として、「内歯揺動型」の構成は不可欠ではない「揺動型遊星歯車装置」が記載されているといえる旨主張する。

確かに、本件当初明細書を抽象化して読めば、駆動源側のピニオンと伝動外歯歯車と偏心体軸歯車との関係が特定された発明が記載され、「使用用途に応じて装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保することができると共に、動力伝達の更なる円滑化を図ることができる」装置として、「揺動型遊星歯車装置」が記載されていると解することはできる。

しかし、前記イで判示したとおり、本件当初明細書において開示されている本件技術は、「複数の偏心体軸の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、前記複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と、該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と、該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸と、を備え、前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ、前記伝動外歯歯車を介して該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達されるように構成する」ものであるところ、これを外歯揺動型遊星歯車装置について適用しようとすると、当業者であっても①型で実現する方法が不明であって、外歯揺動型遊星歯車装置を含めた技術が本件当初明細書に実質的に記載されているということはできない。

したがって、被告の主張は理由がない。

(イ)被告は、本件当初明細書(【0039】、図1)の記載によれば、本件発明において、内歯揺動型に限定されない遊星歯車装置として、外歯揺動型遊星歯車装置を想定する場合、「伝動外歯歯車を当該伝動外歯歯車よりもさらに装置の外周方向に位置する出力軸にあえて支持させる」構成を想定することはできず(本件当初明細書の記載事項の範囲を超える解釈である。)、本件当初明細書の記載事項に従って解釈すれば、外側の内歯歯車の自転を拘束し、外歯歯車の自転成分を出力する筒状の部材を含む部材を出力軸とすべきであって、当業者であれば、被告主張模式図の構成を想定する旨主張する。

しかし、本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書には、出力軸についての限定はないのであるから、本件発明には②型のみならず①型が含まれることは明らかであって、本件発明の解釈において、外側の内歯歯車の自転を拘束し、外歯歯車の自転成分を出力する筒状の部材を含む部材を出力軸とする構造のみのものであると限定して解釈することはできない。本件当初明細書の記載をみても、「出力軸としての機能を兼用する外歯歯車118によって」(【0027】)、「内歯揺動体116A、116Bには、ホローシャフトタイプの出力軸兼用の外歯歯車118が内接している。」(【0035】)、「内歯揺動体116A、116Bは、その自転が拘束されているため、該内歯揺動体116A、116Bの1回の揺動回転によって、該内歯揺動体116A、116Bと噛合する外歯歯車118はその歯数差だけ位相がずれ、その位相差に相当する自転成分が外歯歯車110(原文ママ。118の誤記と認められる。)の回転となり、出力が外部へ取り出される。」(【0039】)などの記載によれば、本件補正前発明の実施例については外歯歯車118を出力軸とする内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置が記載されている一方で、本件当初明細書には固定部材と出力歯車が入れ替え可能である旨の記載はないのであるから、同実施例を前提として外歯揺動型遊星歯車装置とする場合には、固定部材を出力軸とするものではなく、外側の内歯歯車を出力軸とする①型を想定する方がむしろ自然であるといえ、この点においても、①型の構造が排除されるという趣旨に解することはできない。

したがって、被告の主張は理由がない。

(ウ)被告は、内歯揺動型のみならず、外歯揺動型の減速機においても、「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成は採用されているものである旨主張する。

確かに、特開2002-106650号公報(乙2)、「精密制御用高剛性減速機 RVSERIES 技術資料集」(帝人製機株式会社、1998年12月1日発行。乙5)、特開2002-317857号公報(甲24)によれば、「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成は、外歯揺動型の減速機においても、採用されている構成であると認められる。

しかし、外歯揺動型の減速機において、「伝動外歯歯車が出力軸に軸受けを介して支持される」構成が採用されている例があるからといって、直ちに、本件当初明細書に接した当業者が本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に適用できるということはできない。本件技術については、上記構成のみならず、「前記伝動外歯歯車は、単一の歯車からなる」など、その他の部品の配置、構成も有しているのであるから、これを全体として検討すべきところ、本件技術を外歯揺動型遊星歯車装置に適用した場合には、当業者であっても①型において伝動外歯歯車を出力軸に軸受を介して支持する構成が明らかではないことは、前記イで判示したとおりである。

したがって、被告の主張は理由がない。

3.平成28年(行ケ)第10114号 審決取消請求事件

3.1 特許請求の範囲の記載

(1)本件訂正発明

【請求項1】

中心部がホロー構造とされ、複数の偏心体軸(114)の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、

ケーシング(102)と、

前記複数の偏心体軸(114)にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車(112)と、

該偏心体軸歯車(112)及び駆動源側のピニオン(130)がそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車(110)と、

該伝動外歯歯車(110)の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオン(130)が組込まれた中間軸(108)と、

前記ケーシング(102)の内側で、該ケーシング(102)に回転自在に支持され、当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸(118)と、

を備え、

前記伝動外歯歯車(110)は、単一の歯車からなり、前記出力軸(118)に軸受(132)を介して支持され、

前記中間軸(108)を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオン(130)を回転させ、前記伝動外歯歯車(110)を介して該駆動源側のピニオン(130)の回転が前記複数の偏心体軸歯車(112)に同時に伝達され

前記駆動源側のピニオン(130)、前記伝動外歯歯車(110)および前記複数の偏心体軸歯車(112)が、同一平面上で噛み合う

ことを特徴とする揺動型遊星歯車装置。

【請求項2】

中心部がホロー構造とされ、複数の偏心体軸(114)の各々に配置された偏心体を介して内歯揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、

前記複数の偏心体軸(114)にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車(112)と、

該偏心体軸歯車(112)及び駆動源側のピニオン(130)がそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車(110)と、

該伝動外歯歯車(110)の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオン(130)が組込まれた中間軸(108)と、

当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸(118)と、

前記内歯揺動歯車と噛合い、前記出力軸(118)としての機能を兼用する外歯歯車(118)と、

を備え、

前記伝動外歯歯車(110)は、単一の歯車からなり、前記出力軸(118)に軸受(132)を介して支持され、

前記中間軸(108)を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオン(130)を回転させ、前記伝動外歯歯車(110)を介して該駆動源側のピニオン(130)の回転が前記複数の偏心体軸歯車(112)に同時に伝達され、

前記駆動源側のピニオン(130)、前記伝動外歯歯車(110)および前記複数の偏心体軸歯車(112)が、同一平面上で噛み合い、

前記中間軸(108)は、当該揺動型遊星歯車装置と連結されるモータのモータ軸と一体的に回転するピニオンと噛合うギヤ(128)が組み込まれている

ことを特徴とする揺動型遊星歯車装置。

3.2 審決の理由の要点

(1)本件出願の分割要件の適否の判断

本件訂正発明が、本件原出願に包含されているといえるためには、本件原出願の最初に添付された明細書及び図面(以下「本件原出願当初明細書」という。)に記載された事項の範囲内のものといえるか否か、すなわち、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを検討する必要がある。

ア 本件訂正発明1について

本件訂正発明1では、「揺動歯車」として「内歯」であることを限定していないから、揺動歯車として「外歯」であるものを包含している。揺動歯車を「外歯」としたものとしては、外側の内歯歯車を出力歯車とする型(外側に出力軸、内側に固定部材を配置する動作。以下「1型」という。)と、外側の内歯歯車を固定部材とする型(内側に出力軸、外側に固定部材を配置する動作。以下「2型」という。)とがあるところ、本件訂正発明1は、1型を含まず、2型のみを含むと解される

したがって、本件訂正発明1は、内歯揺動型遊星歯車装置に加え、2型の外歯揺動型遊星歯車装置についても包含している。

イ 本件訂正発明1についての検討

本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるというためには、本件原出願当初明細書に記載された事項であるか、そうでないとしても、本件原出願当初明細書の記載から自明な事項である必要がある。

(ア)本件原出願当初明細書には、外歯揺動型遊星歯車装置に関して言及した記載は一切存在していないとともに、当該「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」が「内歯揺動型遊星歯車装置」に限られない「外歯揺動型遊星歯車装置」にも適用されるものであることが理解される手がかりも、全く記載されていないから、「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」のみを対象としたものと解するのが自然である。よって、外歯揺動型遊星歯車装置は、本件原出願当初明細書に記載された事項ではない。

(イ)本件原出願当初明細書の記載から自明な事項とは、本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、そこに記載されているのと同然であると理解する事項であり、周知技術又は慣用技術であるというだけでは、足りないと解される。

a 外歯揺動型遊星歯車装置では、揺動体の外側に歯を設けるために、その外形は円形でなければならないし、揺動体は本体ケーシングの内側に設ける歯と噛み合うようにしなければならないところ、本件原出願当初明細書では、揺動体の外形は非円形であり、外歯揺動型にした場合に、揺動体は本体ケーシング102の内側に設ける歯と噛み合うような形状になっていないから、外歯揺動型として機能させることを前提としていないと解するべきである。また、本件原出願当初明細書では、中間軸108及び入力軸104と内歯揺動体116、116Bとが、互いに半径方向に近接した位置で、かつ、軸心L1方向に渡り重なった位置にあり、外歯揺動型にした場合には、揺動体に設けられる外歯と中間軸108及び入力軸104とが干渉してしまうから、この干渉を防ぐために、相応の工夫が必要であるのに、本件原出願当初明細書にはその工夫が何ら記載されていない。

2型の外歯揺動型遊星歯車装置として、原告が案出した「訂正発明1を外歯揺動型遊星歯車装置に適用した場合の模式図」(甲32)は、揺動体に設けられる外歯と中間軸及び入力軸とが干渉しないように、中間軸を外歯揺動歯車の中を貫通させ、かつモータ軸と一体的に回転するピニオン(中間軸のギヤを回転させるもの)を固定部材よりも軸方向で外側(左側)に配置するという、その中間軸から偏心体軸に至るまでの動力伝達系の主要な構成について相応の工夫をして初めて、外歯揺動型遊星歯車装置として機能し得るといえる。

そうすると、出願時の技術常識に照らしても、相応の工夫なく、2型の外歯揺動型遊星歯車装置を機能させることはできないから、これを本件原出願当初明細書に記載されているのと同然であるとすることは緩やかにすぎ、むしろ、2型の外歯揺動型遊星歯車装置は、内接揺動型内接噛合遊星歯車装置を完成した後、すなわち出願後に、その思想を抽出して相応の工夫をすることにより初めて想定し得るものに止まるというべきである

したがって、たとえ揺動型遊星歯車装置において、ホロー構造、駆動源側のピニオン、伝動外歯歯車、偏心体軸歯車又は中間軸の個々の技術自体が周知技術又は慣用技術であったとしても(甲24、甲31、甲34~37、甲1及び甲5)、本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、2型の外歯揺動型遊星歯車装置は本件原出願当初明細書に記載されているのと同然であると理解する事項とまではいえない。

b 内歯揺動体が外歯歯車の周りで円滑に揺動駆動されることにより、本件原出願当初明細書に記載された課題のうちの「動力伝達の更なる円滑化を図ることができる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置を提供すること」が解決されるといえる。そうすると、上記発明が解決しようとする課題に照らせば、課題を解決するための手段において特定されている、外歯歯車と、その周りで揺動する内歯歯車とを備えること(すなわち「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」であること。)は、本件原出願当初明細書に記載された発明の本質にかかわる構成であって、必須の構成といえる。そして、当該必須の構成を備えていない「揺動型遊星歯車装置」が、上記課題を解決できるとは、本件原出願当初明細書を精査しても、これを把握することはできない。したがって、当該必須の構成を備えていない「揺動型遊星歯車装置」、すなわち「外歯揺動型遊星歯車装置」は、本件原出願当初明細書に記載されているのと同然であると理解する事項とまではいえない。

c よって、外歯揺動型遊星歯車装置は、本件原出願当初明細書の記載から自明な事項とはいえない。

ウ 以上のことから、外歯揺動型遊星歯車装置を包含する本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえない。

したがって、本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内のものとはいえないから、本件訂正発明2について検討するまでもなく、本件出願は、分割の要件を満たさないものである。

(2)無効理由(新規性欠如)について

-省略-

3.3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(分割要件に関する判断の誤り)

本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内のものであるにもかかわらず、審決は誤って、本件出願は分割要件を満たさないと判断したものであり、その誤りは、審決の結論に影響するものであるから、審決は取り消されるべきものである。

(1)本件訂正発明1は、回転駆動する中間軸から複数の偏心体軸に至る動力伝達系に関する発明であり、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置とは、揺動歯車が揺動する点で同じである。また、揺動歯車を揺動させるのは偏心体の回転によるものであり、偏心体の回転は偏心体軸の回転によるものであるという構成も、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置において同じである。さらに、中間軸に組み込まれた駆動源側のピニオンから伝動外歯歯車及び偏心体軸歯車を介して偏心体軸に至る動力伝達系は、揺動歯車に至る前の動力伝達系であり、揺動歯車が外歯であるか内歯であるかに依存せず、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置において共通する。したがって、回転駆動する中間軸から、偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる、複数の偏心体軸に至る動力伝達系に関する本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書に記載された事項に対し、新たな技術的事項を導入するものではない。

本件原出願の出願当時において、揺動型遊星歯車装置として、内歯揺動型遊星歯車装置も外歯揺動型遊星歯車装置もよく知られている装置であり、本件訂正発明1が属する技術分野の当業者は、内歯揺動型遊星歯車装置及び外歯揺動型遊星歯車装置の基本的な構成や、両者に共通する技術についても熟知していた。

したがって、当業者は、本件訂正発明1を外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合は、本件原出願当初明細書に記載されている内歯揺動型遊星歯車装置の構造から出発し、当該内歯揺動型遊星歯車装置の各部材を設計変更して外歯揺動型遊星歯車装置を得るなどということはしない(審決は、本件原出願当初明細書の図2に記載の内歯揺動歯車を外歯揺動歯車に設計変更する場合を想定していると思われる。)。当業者であれば、揺動する歯車が内歯であるか外歯であるかを問わない共通の技術である駆動源側のピニオンから偏心体軸に至るまでの動力伝達系に関する発明を把握し、元々技術常識として有している外歯揺動型遊星歯車装置の基本的構成をベースとする(甲45)。また、本件原出願当初明細書には、固定軸は外側(ケーシングを固定部材)とする場合しか記載されていないから、本件訂正発明1を外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合も、当業者は、当然に、固定軸は外側で、出力軸は内側である外歯揺動型遊星歯車装置に適用する。このように、当業者は、外歯揺動型遊星歯車装置の基本的な構成に関する知識を備えているので、被告が説明するような複雑な変更を繰り返すことはなく、本件訂正発明1を、元々技術常識として有している外歯揺動型遊星歯車装置に直接適用するので、新規事項の追加はない。

よって、本件訂正発明1は本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内のものであるから、本件出願は分割の要件を満たすものである。

(2)審決は、まず、当初明細書に記載された事項の範囲内のものといえるか否かの判断は、新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを検討することとし、新たな技術的事項を導入しないものであるというためには、本件原出願当初明細書に記載された事項であるか、そうでないとしても、本件原出願当初明細書の記載から自明な事項である必要があるとし、さらに、本件原出願当初明細書の記載から自明な事項とは、本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、そこに記載されているのと同然であると理解する事項であり、周知技術又は慣用技術であるというだけでは足りないと解される、とする。このように、審決は、「当初明細書に記載された事項の範囲内のものといえるか否か」の判断は、具体的に、「新たな技術的事項を導入しないものであるか否か」を検討することなく、他の手法を用いて、適切とはいえない内容で判断したために、本件訂正発明1が新たな技術的事項を導入しないものであるにもかかわらず、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえないという誤った結論を導いた。審決は、内歯揺動型遊星歯車装置が記載されている本件原出願当初明細書に対し、回転駆動する中間軸から、偏心体を介して、揺動歯車を揺動回転させる複数の偏心体軸に至る動力伝達系に関する本件訂正発明1は、当初明細書の記載事項に対し、新たな技術的事項を導入するものではないか否かについて直接判断をしていないのである。

また、審決は、相応の工夫が必要であることを前提に、2型の外歯揺動型遊星歯車装置は、動力伝達系の主要な構成について相応の工夫をして初めて、外歯揺動型遊星歯車装置として機能し得るといえるところ、本件原出願の当初明細書にはその工夫が記載されていないなどと判断している。しかし、この判断は、本件訂正発明1の構成要件(発明特定事項)とどのような関係があるのか理解することができない。外歯揺動型に関する技術常識を有する当業者であれば、外歯揺動型に関する技術常識をベースに、本件訂正発明1の揺動歯車を外歯揺動歯車として外歯揺動型遊星歯車装置(甲32、33)を認識できるので、当初明細書の図2に記載の内歯揺動歯車を外歯揺動歯車に設計変更することは考えない。さらに、審決は、本件訂正発明1が解決しようとする課題に照らせば、内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置は、本件原出願当初明細書に記載された発明の本質にかかわる構成であって、必須の構成といえるから、当該必須の構成を備えていない「揺動型遊星歯車装置」が、上記課題を解決できるとは、本件原出願当初明細書から把握することはできないと判断した。しかし、「必須の構成」という考えは、根拠のないものであり、このような独自の考えに基づいて判断を行った審決は適切とはいえない。

(3)以上のとおり、本件出願は、分割要件を満たす適法な出願であるから、その出願日は、本件原出願の出願日である平成15年3月28日に遡及する。したがって、本件出願は分割要件を満たさないから、出願日の遡及は認められず、本件出願の願書を提出した平成20年7月11日がその出願日とされるとの審決の判断は誤りである。そして、その結果、本件訂正発明が特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない発明であると判断されているから、上記誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものである。審決には違法があるから、取り消されるべきである。

なお、本件訂正発明1が引用発明1であり、本件訂正発明2が引用発明2であるとの審決の認定は争わない。

2 取消事由2(手続違背)

-省略-

3.4 被告の主張

1 取消事由1(分割要件に関する判断の誤り)について

内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置とでは、そもそも、揺動歯車の歯の向きの違いに呼応して、①揺動歯車自体の大きさ・形状・配置位置・数、それを配置するための軸受の位置・支持部材、②揺動歯車と噛み合うことにより減速した動力を抽出する部材(出力部材)の配置位置・形状・大きさ、③揺動歯車を揺動させる偏心体の配置位置、それに対応する偏心体軸歯車の配置、④偏心体軸歯車を回転させるための中間軸やピニオンの配置位置、形状といった減速機の基本的構成部材の構造、形状、配置位置関係が全く異なっており、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置とは装置の具体的な構成において明らかに異なっている。このような基本的構造の違いのため、装置の具体的な構成の発明においては、本件原出願当初明細書に記載された技術事項との関係において新たな技術的事項の導入の有無を検討するに当たっては、そのような装置の具体的な構成を離れて、極めて抽象的に、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置との共通点を後から考えて挙げてみたところで全く無意味である。

本件原出願当初明細書に記載されている内歯揺動型遊星歯車装置の具体的な構成を外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合には、その構成部材である揺動歯車を内歯から外歯に変更する必要があるところ、変更後の当該外歯揺動歯車と噛み合うのは外側の内歯歯車であるため、当該外側の内歯歯車が出力軸となることになる(甲44参照)けれども、そもそも、本件訂正発明1においては、審決も指摘するとおり、外側の部材は非円形の別の装置に固定されている固定部材であるので、そのような転換自体がそもそも発想できず、結局のところ、外歯揺動型遊星歯車装置に適用すること自体ができない。

仮に、百歩譲って、当業者が無理やり本件原出願当初明細書に記載された内歯揺動型遊星歯車装置を外歯揺動型遊星歯車装置に転用したとしても、伝動歯車は内歯となることが論理的であり、本件訂正発明1のように伝動歯車を外歯とするような構成とはならない。本件原出願当初明細書に記載された発明から本件訂正発明1に到達するためには、①内歯揺動型を外歯揺動型に変更する、②本来であれば内歯であるはずの伝動歯車を外歯に変更する、③伝動歯車の位置を偏心体軸歯車の外側から内側に変更する、④固定側部材と出力軸とを入れ替える、という4段階ものステップを経る必要があるのであり、いずれについても本件原出願当初明細書には示唆すらもないのであるから、本件訂正発明1が本件原出願当初明細書に実質的に記載されているとはいえない。

審決は、本件出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるといえるか否かを判断している。原告は、審決の判断における言い換えを問題としているけれども、法的な解釈を行うに当たりその意義を解釈した上で、判断を行うことは通常の手法であって、審決の判断手法については、何ら問題はない。したがって、原告の主張は理由がない。

本件原出願当初明細書には、「中間軸を外歯揺動歯車の中に貫通させること」や「モータ軸と一体的に回転するピニオン(中間軸のギヤを回転させるもの)を固定部材より軸方向で外側に配置する」ことは全く記載も示唆もされていないところ、「中間軸を外歯揺動歯車の中に貫通させること」は、揺動回転する歯車に穴をあけて、その中に動力を伝達する軸を入れる構成であり、到底基本的な構成といえるようなものなどではない。また、必須の構成にしても、審決は、外歯揺動型遊星歯車装置が本件原出願当初明細書の記載から自明な事項か否かを判断する過程において、本件原出願当初明細書に記載された発明の課題等との記載との関係において必須の構成(本質的な構成)であると認定しているにすぎず、審決の判断過程にそれ以上の根拠が必要になるものはでない。

以上のとおり、審決がした分割出願の要件の充足性の判断に誤りはなく、本件出願の出願日の遡及は認められないから、本件出願の出願日は平成20年7月11日となる。審決の新規性の判断に誤りはない。

2 取消事由2(手続違背)について

-省略-

3.5 裁判所の判断

1 取消事由1(分割要件に関する判断の誤り)について

(1)本件原出願当初明細書(甲23)の記載

-省略-

(2)前記(1)によれば、本件原出願当初明細書に記載された事項は、内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置に関するものであって、本件原出願当初明細書には外歯揺動型遊星歯車装置に関する記載は全くないのに対し、本件出願における本件訂正発明1は、「揺動型遊星歯車装置」に関するものとすることで、揺動体の揺動歯車を内歯とする限定はないものであるから、揺動体の揺動歯車が外歯であるもの(外歯揺動型遊星歯車装置)を含ませるものであると認められる。もっとも、本件原出願の出願前に刊行された各特許公報(甲25~27)によれば、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置とに共通する技術(以下「共通技術」という。)、すなわち、偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない技術があることは周知の事項であると認められ、当業者であれば、揺動型遊星歯車装置の個々の形式に依存する技術と、形式には依存しない共通技術があることを、知識として有しているものといえる。

そこで、本件原出願当初明細書に揺動体の揺動歯車を内歯とする以外の歯車装置へ適用することなどについての記載がないとしても、本件訂正発明1が、本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内といえるか、すなわち本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるかについて、以下、検討する。

(3)まず、前記(1)によれば、本件原出願当初明細書に記載された発明の技術的課題は、従来技術の内歯揺動型遊星歯車装置が有する、①歯車装置において、円周方向に等間隔で配置した3つの偏心体軸歯車を1つの入力軸(のピニオン)で回転させる関係上、入力軸が出力軸と同軸に配置されていることから、歯車装置全体を貫通するホローシャフトを有するように設計するのが困難であるという問題、及び②偏心体軸を円周方向において非等間隔に配置する構成を採用すると、必ずしも入力軸を出力軸と同軸に配置しなくてもよくなるため、より大きな径のホローシャフトを形成することができるようになるところ、この偏心体軸を円周方向において非等間隔に配置する構造によって内歯揺動体を駆動した場合、現実問題として、通常の製造工程による製造で作製したものでは内歯揺動体を外歯歯車の周りでバランス良く円滑に揺動させるのが難しいという問題を解決するため、使用用途に応じて装置の中心部に配管や配線等の配置スペースを容易に確保することができるとともに、動力伝達の更なる円滑化を図ることができる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置を提供することにあるものと把握することができる。そして、その従来技術における課題の解決方法として、内歯揺動型遊星歯車装置を前提に、「外歯歯車と該外歯歯車と僅少の歯数差を有する内歯歯車とを有すると共に、前記内歯歯車を揺動回転させるための偏心体軸を備え、該偏心体軸に配置された偏心体を介して外歯歯車の周りで内歯歯車を揺動回転させる内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置において、前記偏心体軸を、前記外歯歯車の軸心と平行に複数備えると共に、該複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と、該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と、を備え、該伝動外歯歯車を介して前記駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達されるように構成する」という技術が開示されており(【0016】)、上記構成を採用することにより、駆動源側ピニオンの軸心を、伝導外歯歯車の半径方向外側位置にずらすことができることから、結果として入力軸(あるいは駆動源の出力軸)の軸心を出力軸の軸心から外すことができ、出力軸に大径のホローシャフトを容易に形成することができる、特に、(高速で回転する)入力軸をホロー構造とする必要がないため、歯車装置の中心部に形成される空間の内壁の回転速度を非常に遅くできるし、別途防護パイプ等を敢えて配置する必要もないため、より大きな空間をより低コストで確保することができるようになる(【0017】)、さらに、全ての偏心体軸を「等しく駆動する」ことができるようになるため、内歯揺動体をバランスよく、かつ、円滑に揺動駆動することができる(【0018】)、という効果を得ることができるとされている。

本件原出願当初明細書に記載された技術的課題のうち、前記②に関しては、偏心体軸が円周方向において非等間隔に配置されることにより生じるものであり、内歯揺動体が外歯歯車の周りで円滑に揺動駆動することにより解決されるものであるから、課題を解決する手段として、外歯歯車とその周りで揺動する内歯歯車を備えること、すなわち内歯揺動型遊星歯車装置であることが、本件原出願当初明細書に記載された発明の前提であるといえる。なお、外歯揺動型遊星歯車装置では、揺動体は、その外周面に外歯が設けられるものであることから必然的にその外形は円形とならざるを得ないものであり、偏心体軸を非等間隔にしても揺動体の外周の形状は円形のままで変わらず、装置全体の形状や他の軸の配置等には何ら影響を及ぼすものではないから、偏心体軸を非等間隔とする技術的意義はない(本件原出願当初明細書に記載された課題は、偏心体軸を非等間隔に配置することにも技術的意義を有する内歯揺動型遊星歯車装置に特有のものであり、外歯揺動型遊星歯車装置においてはそもそも課題とならないものである。)。

このように、本件原出願当初明細書の全体の記載からすると、同明細書に開示された技術は、従来の内歯揺動型遊星歯車装置における問題を解決すべく改良を加えたものであって、その対象は内歯揺動型遊星歯車に関するものであると解するのが相当であり、外歯揺動型遊星歯車装置を含むように一般化された共通の技術的事項を導くことは困難であるといわざるを得ない。

また、本件原出願当初明細書の特許請求の範囲、発明の詳細な説明(実施例を含む。)及び図面には、外歯歯車118を出力軸とする内歯揺動型遊星歯車装置のみが記載され、内歯揺動型遊星歯車装置について終始説明されているのに対し、本件原出願当初明細書に記載された技術が、揺動体の形態に関わらない共通技術であること、外歯揺動型遊星歯車装置に適用することが可能であることやその際の具体的な実施形態、その他の周知技術の適用が可能であること等についての記載や示唆は全くないのであるから、本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であっても、同明細書に記載された発明の技術的課題及び解決方法の趣旨に照らし、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置に共通した課題及びその解決方法が開示されていると認識するものではないと解される。

(4)さらに、本件訂正発明1について検討するに、証拠(甲5、24、30)及び弁論の全趣旨によれば、揺動型遊星歯車装置には、外歯揺動型と内歯揺動型があること、それぞれの型において、出力部材と固定部材とは相対関係にあり、入れ替え自在であること自体は、周知技術であると認められるところ、外歯揺動型遊星歯車装置については、外側の内歯歯車を出力歯車とする1型(外側に出力軸を、内側に固定部材を配置するもの)と外側の内歯歯車を固定部材とする2型(内側に出力軸を、外側に固定部材を配置するもの)の2つの型が想定されるものと認められる。本件訂正発明1は、「前記ケーシングの内側で、該ケーシングに回転自在に支持され、当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸と、を備え、」とされており、上記ケーシングは固定部材であるといえるから、本件訂正発明1には、外歯揺動型遊星歯車装置については2型のもののみが含まれ、1型は含まれないものと認められる(下図参照)。

1型(外側に出力軸、内側に固定部材) 2型(内側に出力軸、外側に固定部材)

もっとも、本件原出願当初明細書には、「出力軸としての機能を兼用する外歯歯車118によって」(【0026】)、「内歯揺動体116A、116Bには、ホローシャフトタイプの出力軸兼用の外歯歯車118が内接している。」(【0034】)、「内歯揺動体116A、116Bは、その自転が拘束されているため、該内歯揺動体116A、116Bの1回の揺動回転によって、該内歯揺動体116A、116Bと噛合する外歯歯車118はその歯数差だけ位相がずれ、その位相差に相当する自転成分が外歯歯車110(判決注:「118」の誤記と認められる。)の回転となり、出力が外部へ取り出される。」(【0038】)などの記載があり、これらの記載によれば、本件原出願当初明細書に記載された実施例については揺動体の内歯歯車に噛合する外歯歯車118が出力軸として機能する内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置が記載されている一方で、本件原出願当初明細書には固定部材と出力歯車が入れ替え可能であり、出力軸を固定部材に変更することができる旨の記載はないのであるから、同実施例を前提として外歯揺動型遊星歯車装置とする場合には、揺動体に設けられる外歯歯車に噛合する内歯歯車が出力軸となるのであって、出力軸が外側になり、内側に固定部材が配置される型を想定することが自然であるといえる。したがって、本件原出願当初明細書に記載された事項から、固定部材と出力軸を入れ替えた2型の外歯揺動型遊星歯車装置を想起することは考え難い

また、本件原出願当初明細書に記載された内歯揺動型遊星歯車装置においては、内歯揺動体は内周面に内歯歯車を設けることから、その内周の形状は、必然的に円形となる。しかしながら、外周面については、複数の偏心体軸を支持することができる限りにおいて、自由な形状を採り得るものであるから、本件訂正発明1の中間軸を設けるに際して、内歯揺動体との干渉を考慮する必要はないものであり、実施例においても、揺動体の外周を非円形の形状として、その外側に中間軸を配置する構成を採用している。さらに、中間軸への入力は、中間軸の外側に入力軸を配置して行うことで装置全体の軸方向長さを短縮していることが認められる。これに対し、外歯揺動体は、その外周の全周にわたって連続的に外歯を有するものであって、必然的にその外形は円形となるものであるから、2型の外歯揺動型遊星歯車装置に適用する形態では、「該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸」を備え、「前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ、前記伝動外歯歯車を介して該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達され、前記駆動源側のピニオン、前記伝動外歯歯車および前記複数の偏心体軸歯車が、同一平面上で噛み合う」構成を、その外形が円形である外歯揺動体を構成要素とする外歯揺動型遊星歯車装置において実現することを要するものである。

しかしながら、本件原出願当初明細書に記載された実施例である内歯揺動型遊星歯車装置を前提として、さらに、固定部材と出力軸を入れ替えた2型の外歯揺動型遊星歯車装置とする場合には、必然的にその外形が円形となる外歯揺動体と中間軸との間に干渉を生じることとなるから、そのままでは中間軸を配置することはできないことになる。本件訂正発明1を2型の外歯揺動型遊星歯車装置に適用するには、揺動体と中間軸との干渉を避けるための設計変更(揺動体に中間軸を通すための孔を形成すること)や、中間軸への入力を他の部材との干渉を避けつつ行うための設計変更等を要することとなるのに対し、本件原出願当初明細書には、外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合の具体的な実施形態、その他の周知技術の適用が可能であることなどについての記載や示唆は全くない。

したがって、偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない共通技術があることが周知の事項であるとしても、当業者は、本件原出願当初明細書の記載から、2型の外歯揺動型遊星歯車装置を含む本件訂正発明1を想起することはないものと解される。

(5)以上によれば、本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入することに当たらないということはできず、本件原出願当初明細書に記載した事項の範囲内であるとはいえないから、本件原出願に包含された発明であると認めることはできない。

よって、本件出願は、分割出願の要件を満たさない旨の審決の判断に誤りはない。

(6)原告の主張について

ア 原告は、本件訂正発明1は、回転駆動する中間軸から複数の偏心体軸に至る動力伝達系に関する発明であり、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置においては、揺動歯車が揺動すること、揺動歯車を揺動させるのは偏心体の回転によるものであり、偏心体の回転は偏心体軸の回転によること、さらに、中間軸に組み込まれた駆動源側のピニオンから伝動外歯歯車及び偏心体軸歯車を介して偏心体軸に至る動力伝達系が共通するものであるから、回転駆動する中間軸から、偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる、複数の偏心体軸に至る動力伝達系に関する本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書に記載された事項に対し、新たな技術的事項を導入するものではない旨主張する。

しかしながら、共通技術があることが周知の事項であるとしても、本件原出願当初明細書の記載から、2型の外歯揺動型遊星歯車装置を含む本件訂正発明1を想起することはなく、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入することに当たらないということはできず、本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内であるとはいえないのは、前記のとおりである。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は、本件原出願の出願当時において、揺動型遊星歯車装置としての内歯揺動型遊星歯車装置も外歯揺動型遊星歯車装置もよく知られている装置であり、本件訂正発明1が属する技術分野の当業者は、内歯揺動型遊星歯車装置及び外歯揺動型遊星歯車装置の基本的な構成や、共通技術が存在することについて熟知していたから、当業者が、本件訂正発明1を外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合は、本件原出願当初明細書に記載されている内歯揺動型遊星歯車装置の構造から出発し、当該内歯揺動型遊星歯車装置の各部材を設計変更して外歯揺動型遊星歯車装置を得るなどということはしないし、揺動する歯車が内歯であるか外歯であるかを問わない共通技術である駆動源側のピニオンから偏心体軸に至るまでの動力伝達系に関する発明を把握し、元々技術常識として有している外歯揺動型遊星歯車装置の基本的構成をベースとして(甲45)、被告が説明するような複雑な変更を繰り返すことはなく、当然に、本件訂正発明1を、固定軸は外側で、出力軸は内側である外歯揺動型遊星歯車装置に適用するので、新規事項の追加はない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件原出願当初明細書に接した当業者であっても、本件原出願当初明細書に記載された発明の技術的課題及び解決方法の趣旨に照らすと、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置に共通した課題及びその解決方法が開示されていると認識するものではなく、本件原出願当初明細書の記載から、外歯揺動型遊星歯車装置を読み取ることはできない。

したがって、本件原出願当初明細書に開示された実施例である内歯揺動型遊星歯車装置を前提とするのが自然であるから、外歯揺動型遊星歯車装置を出発点とするとの原告の上記主張は採用することができない。偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない共通技術があることが周知の事項であるとしても、本件原出願当初明細書の記載から、2型の外歯揺動型遊星歯車装置を含む本件訂正発明1を想起することはないと認められるのは前記のとおりである。

ウ 原告は、審決は、「当初明細書に記載された事項の範囲内のものといえるか否か」の判断について、具体的に、「新たな技術的事項を導入しないものであるか否か」を検討することなく、他の手法を用いて、適切とはいえない内容で判断したために、本件訂正発明1が新たな技術的事項を導入しないものであるにもかかわらず、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえないという誤った結論を導いたなどと主張する。

しかしながら、審決は、本件訂正発明1が本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入することに当たらないとはいえないと判断しており、その判断に誤りはないのは前記のとおりであるから、原告の上記主張は審決の結論を左右するものではない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

エ 原告は、審決が、相応の工夫や必須の構成などに基づいて、不適切な判断をした旨主張する。

しかしながら、審決は、本件訂正発明1が本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入することには当たらないとはいえないと判断しており、その判断に誤りはないのは前記のとおりであるから、原告の上記主張は審決の結論を左右するものではない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(7)以上によると、本件出願の出願日をその現実の出願日である平成20年7月11日と認定した審決に誤りはない。したがって、引用文献(本件原出願の公開公報(甲23))を引用例として、本件訂正発明の新規性に関する判断をし、本件訂正発明は、いずれも特許法29条1項3号の規定に違反してされたものであるから、特許法123条1項2号に該当し、本件特許は無効とされるべきであるとした審決にも誤りはない。

2 取消事由2(手続違背)について

-省略-