洗濯機のフィルター事件(その2)
投稿日: 2017/05/13 23:15:05
今日も平成28年(ワ)第298号 特許権侵害差止等請求事件及び平成28年(ワ)第2610号 債務不存在確認等請求事件について検討します。
この事件は今日でおしまいです。
2.争点
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
省略
(2)本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点2)
《被告の主張》
(1)本件発明の実施品である原告製品は,申込み提出日の初日が,本件特許出願の基礎とした実用新案登録された実用新案の出願日(原出願日・平成26年11月26日)より前の平成26年9月22日であるQ2コープ連合のチラシに掲載されており,そして現実に,被告が同年10月10日に掲載された原告製品を購入していることから,本件発明は,同日以前に公然実施されていたことは明らかである。
また同様に,同年7月21日以前に発行された生活協同組合連合会Q3のチラシ,同年11月17日に発行された生活協同組合連合会Q4のチラシ,同年9月15日に発行された生活協同組合連合会Q5のチラシにも原告製品が掲載されている。
したがって,本件発明は特許出願前に公然と実施されたものであるから,本件特許は,特許法29条1項2号の無効事由を有し特許無効審判により無効にされるべきものである。
(2)本件発明の原出願日より前に本件発明の実施品である原告製品をチラシに掲載し販売したQ2コープ連合,生活協同組合連合会Q3,生活協同組合連合会Q4,生活協同組合連合会Q5はそれぞれ独立した法人であり,各生活協同組合によって,取扱商品,及び商品の仕入れルートが異なっている。
したがって,Q1生活協同組合による原告製品の公然実施と,その後の各生活協同組合における原告製品の販売による公然実施はそれぞれ独立したものであって,密接に関連するものとはいえないから,後者の行為につき,特許法30条2項の規定の適用を受けない。
《原告の主張》
(1)被告が主張する公然実施の事実は,本件発明の出願人である原告が本件特許出願の基礎とした実用新案の出願手続の過程で行った実用新案法11条,特許法30条2項の規定に基づく手続によって担保されており,特許法29条1項2号に該当するに至らなかったものとみなされる。
したがって,本件特許には,特許法29条1項2号の無効事由はなく,特許無効審判により無効にされるべき旨の被告主張は失当である。
(2)被告は,原告がQ1生活協同組合以外の全国の生活協同組合を通して原告製品を販売していること(被告が原告製品を購入したQ2コープ連合もその一つである。)が公然実施に当たる旨を主張しているが,これらの販売行為は,いずれも日本生活協同組合連合会の傘下の生活協同組合を通しての一連の販売行為であって,発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための手続を行った原告製品と実質的に同一の原告製品に係るものであり,かつ,手続を行った販売行為と実質的に同一の範疇にあり,密接に関連するものであるから,原告がした特許法30条2項の規定の適用を受けるための手続によって担保されている。
(3)被告製品は原告製品の形態を模倣した商品といえるか(争点3)
省略
(4)被告による特許権侵害又は不正競争による原告の損害額(争点4)
省略
(5)被告による虚偽事実の流布による不法行為の成否(争点5)
省略
(6)原告による被告の取引先に対する告知行為が不正競争防止法2条1項15号の不正競争又は不法行為を構成するか(争点6)
省略
(7)被告の損害額(争点7)
省略
3.裁判所の判断
争点2(本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)について
(1)証拠(乙2の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明の実施品である原告製品は,本件発明の原出願である実用新案の出願日(平成26年11月26日)より前である同年9月22日以前に,Q2コープ連合に対して納品され,またQ2コープ連合においてそのチラシに掲載されて販売され,さらに同年10月10日には,被告において市場で取得された事実が認められるから,本件発明は,出願前に日本国内において公然実施された(特許法29条1項2号)というべきことになる。
(2)上記(1)の事由は,本件特許を特許無効審判により無効とすべき事由となるが,原告は,本件発明の原出願において原告が行った手続により,特許法30条2項に定める新規性喪失の例外が認められる旨主張する。
そこで検討するに,特許法30条2項による新規性喪失の例外が認められるためには,同条3項により定める,同法29条1項各号のいずれかに該当するに至った発明が,同法30条2項の規定を受けることができる発明であることを証明する書面(以下「証明書」という。)を提出する必要があるところ,証拠(甲3)によれば,原告は,本件発明の原出願(実願2014-6265,出願日:同年11月26日)の手続において,同年12月2日,実用新案法11条,特許法30条2項に定める新規性喪失の例外の適用を受けるための証明書を提出した事実が認められる(特許法46条の2,44条4項の規定により,特許出願と同時に提出されたものとみなされる。)。
しかし,同証明書は,公開の事実として,平成26年6月2日,原告を公開者,Q1生活協同組合を販売した場所とし,原告が一般消費者にQ1生活協同組合のチラシ記載の「ドラム式洗濯機用使い捨てフィルタ(商品名:「ドラム式洗濯機の毛ゴミフィルター」)を販売した事実を記載しているだけであって,上記Q2コープ連合における販売の事実については記載されていないものである。
この点,原告は,上記Q2コープ連合における販売につき,実質的に同一の原告製品についての,日本生活協同組合連合会の傘下の生活協同組合を通しての一連の販売行為であるから,新規性喪失の例外規定の適用を受けるために手続を行った販売行為と実質的に同一の範疇にある密接に関連するものであり,原告が提出した上記証明書により要件を満たし,特許法30条2項の適用を受ける旨主張する。
しかし,同項が,新規性喪失の例外を認める手続として特に定められたものであることからすると,権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在するような場合には,本来,それぞれにつき同項の適用を受ける手続を行う必要があるが,手続を行った発明の公開行為と実質的に同一とみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合については,別個の手続を要することなく同項の適用を受けることができるものと解するのが相当であるところ,これにより本件についてみると,証拠(乙16の1,2)によれば,Q2コープ連合及びQ1生活協同組合は,いずれも日本生活協同組合連合会の傘下にあるが,それぞれ別個の法人格を有し,販売地域が異なっているばかりでなく,それぞれが異なる商品を取り扱っていることが認められる。すなわち,上記証明書に記載された原告のQ1生活協同組合における販売行為とQ2コープ連合における販売行為とは,実質的に同一の販売行為とみることができるような密接に関連するものであるということはできず,そうであれば,同項により上記Q1生活協同組合における販売行為についての証明書に記載されたものとみることはできないことになる。
(3)そうすると,上記(1)において認定したとおり,本件発明の実施品である原告製品は,その原出願日より前から公然販売されているというべきことになるのであるから,本件特許は新規性を欠く無効事由があるということになり,特許無効審判により無効とされるべきものと認められる。
(4)したがって,特許法104条の3第1項により,原告は被告に対し,本件特許権を行使することができないから,原告の被告に対する本件特許権侵害を理由とする請求は,その余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
4.検討
(1)特許出願前に出願人が発明を複数回公開したケースで発明の新規性喪失の例外適用を受けるために必要な手続きについては、特許庁が平成23年に作成した手引きに記載されています。その中に複数回の公開に対して初回の公開についての証明書を提出すれば以降の公開時の証明書は提出不要となる例の一つとして「権利者が同一の取引先へ同一の商品を複数回納品した場合における、初回の納品によって公開された発明と、2回目以降の納品によって公開された発明」があります。これと本事件の原告の公開の態様とを比較するとQ1生活共同組合とQ2コープ連合とが同一の取引先といえるか否かが問題となります。
これに対して裁判所は初回の公開についての証明書を提出すれば以降の公開時の証明書は不要と判断する例として、上記の通り「権利者の行為に起因して公開された発明が複数存在するような場合には,本来,それぞれにつき同項の適用を受ける手続を行う必要があるが,手続を行った発明の公開行為と実質的に同一とみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合については,別個の手続を要することなく同項の適用を受けることができるものと解するのが相当である」としています。これは上記特許庁作成の手引きに近い考え方です。
結局は公開毎の証明書を提出しておけば間違いないということになります。
(2)なお、本件特許出願の優先権の基礎出願である実用新案登録出願の出願日が平成26年であることからすると、原告はこの手引きの内容を知ることができたはずなので、特許無効は避けられたはずと思います。
(3)ただし、私は複数回公開の際に初回の公開についての証明書さえ提出すれば以降の公開に際して証明書を作成する必要はないのでは?と思います。平成23年改正前は発明の新規性喪失の例外が適用されるパターンが試験等に限定されていました。そのために複数回公開された場合にそれぞれの公開がどのパターンに相当するか重要であったと思います。しかし、改正後はどのような態様で公開しても発明の新規性喪失の例外は適用されるので一つ一つの公開の態様を証明することに実質的には意味がないと思います。出願人(企業)の立場からすると、出願前に一つの取引先に公開すると他の取引先からも公開を要求される可能性が高いです。そうなると営業上断ることはできないので次々に取引先に対して公開することになりますがその都度証明書を作成させるのは酷だと思います。