経腸栄養バッグ事件(侵害が認定された事件)

投稿日: 2018/03/19 23:46:47

今日は、平成27年(ワ)第8736号 特許権侵害行為差止等請求事件について検討します。原告である株式会社ジェイ・エム・エス及び被告であるニプロ株式会社は、判決文によると、いずれも医療機器や医薬品の製造・販売等を行う株式会社だそうです。

1.手続の時系列の整理

(1)特許第5661331号(本件特許権1)

(2)特許第5765408号(本件特許権2)

① 本件は2件の特許権に基づいて提訴されましたが、特許権2は特許権1(の出願)からの分割出願です。

② 特許権1(特願2010-113460)をベースに本件の特許権2を含め第4世代合計4件の分割出願があります。

③ 被告製品の広報発表直前に原告が本件特許1について早期審査請求を申請するとともに本件特許2を分割出願しています。早期審査請求時に提出した補正書の内容からすると、原告はこの時点で被告製品の概要を把握していたと思われます。

2.本件発明

(1)本件発明1(本件特許権1(特許第5661331号)の請求項1)

A 少なくとも2枚の軟質プラスチックシート(2a、2b)が貼りあわされることにより形成され、

B 開閉式の開口部(4)と、

C 経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部(21)とを含み、

D 少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された可撓性袋部材(2)と、

E 前記可撓性袋部材(2)に固定された排出用ポート(3)と、

F 前記可撓性袋部材(2)の両主面の各々に前記可撓性袋部材(2)の右側または左側から片手の指を挿入するための、上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシート(2a、2b)に固定されたシート状の1対の開閉操作部(5a、5b)を含み、

G 前記開閉操作部(5a、5b)に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開くことにより前記開口部(4)の開口状態を維持できること

H を特徴とする医療用軟質容器。

(2)本件発明2(本件特許権2(特許第5765408号)の請求項1)

A’少なくとも2枚の軟質プラスチックシート(2a、2b)が貼りあわされることにより形成され、

B’開閉式の開口部(4)と、

C’経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部(21)とを含み、

D’少なくとも一方の主面に液状物の量を示す目盛りが表示された平袋状の可撓性袋部材(2)と、

E’前記可撓性袋部材(2)に固定された排出用ポート(3)と、

F’前記可撓性袋部材(2)の両主面の各々に前記可撓性袋部材(2)の右側または左側から片手の指を挿入するための上縁部及び下縁部が固定されたシート状の1対の開閉操作部(5a、5b)を含み、前記開閉操作部(5a、5b)は、各々、前記開口部(4)に固定されており、

G’一方の前記開閉操作部(5a、5b)と前記可撓性袋部材(2)の一方の主面との間に挿入した前記片手の指の親指と、他方の前記開閉操作部(5a、5b)と前記可撓性袋部材(2)の他方の主面との間に挿入した前記片手の指の親指以外の指とを開くことにより前記開口部(4)の開口状態を維持でき、

I’前記可撓性袋部材(2)の両側部のうちの、前記開閉操作部(5a、5b)と前記可撓性袋部材(2)の主面との間に前記片手の指が挿入される側の側部の辺が曲がっていることによって、前記可撓性袋部材(2)の前記開口部(4)の幅が前記収容部(21)の幅よりも狭くなっている

H’ことを特徴とする医療用軟質容器。


3.争点

(1)被告製品は本件発明1、2の技術的範囲に属するか(文言侵害)

(2)被告製品は本件発明1、2の技術的範囲に属するか(均等侵害)

(3)無効の抗弁の1(乙13発明を主引例とする進歩性欠如)

(4)無効の抗弁の2(乙7発明を主引例とする進歩性欠如)

(5)無効の抗弁の3(乙28発明を主引例とする進歩性欠如)

(6)無効の抗弁の4(乙29発明を主引例とする進歩性欠如)

(7)無効の抗弁の5(補正要件違反)

(8)無効の抗弁の6(サポート要件違反の1)

(9)無効の抗弁7(サポート要件違反の2)

(10)原告の受けた損害の額

4.裁判所の判断

1 争点(1)(被告製品は本件発明1、2の技術的範囲に属するか(文言侵害))について

(1)原告は被告製品の構成を別紙本件発明の対比表の原告主張イ号物件欄記載のとおりであると特定した上、本件発明1の構成要件の充足を主張するのに対し、被告は、同構成を同対比表の被告主張イ号物件欄記載のとおりであると主張し、被告製品全部について本件発明1の構成要件F及び本件発明2の構成要件F’の充足を争い、被告製品1、2について本件発明1の構成要件D及び本件発明2の構成要件D’の充足を争っている。しかし、原告被告は、このように被告製品の特定を争っているが、客観的対象である被告製品の認識に争いがあるわけではなく、主に構成要件F、F’との関係では「可撓性袋部材」について、構成要件D、D’との関係では「目盛り」についての解釈の争いに関連して、その要件に相当する部分を被告製品のどの部位で特定するかという点で対立しているにすぎないものと理解できる。そこで、以下においては、当事者の被告製品の特定についての争いを以上のようなものと理解した上で裁判所の判断を示していくこととする。なお、本件発明1の構成要件F、Dの充足の成否の判断は、本件発明2の構成要件F’D’の充足の判断と同じであるので、以下においては、本件発明1の構成要件F、Dの充足の判断を中心に示していくことにする。

(2)構成要件Fの充足について

ア 「可撓性袋部材」について

(ア)被告製品の形態が、①可撓性の部材である軟質プラスチックシートを2枚重ね合わせて袋状にし、その上方にジップが設けられ、②ジップより上方では軟質プラスチックシート(以下「外側シート」ともいう。)とは別部材の可撓性の部材であるシート状部材(以下「内側シート」ともいう。)が、外側シートのそれぞれの内側に溶着され、③ジップより上部である外側シートは、略半円状の切り込みを入れ、当該切り込みにより形成された舌片を内側に折り曲げることで、外側シートそのものに片手の指の挿入口(9a、9b)を形成して指が挿入されるようになっていることについては当事者間に争いはない。また、証拠(甲9、甲10)及び弁論の全趣旨によれば、内側シートも、その材質は軟質プラスチックシートであると認められる。

(イ)原告は、本件発明にいう「可撓性袋部材」は、別紙可撓性袋部材の説明図(原告主張)記載の被告製品断面図の青色で指示した部分である、ジップより下部の軟質プラスチックシートとジップより上部の内側に溶着された別部材のシート状部材(内側シート)であると主張するのに対し、被告は、「可撓性袋部材」は、別紙可撓性袋部材の説明図(被告主張)記載の被告製品断面図の青色で指示した部分である、ジップ上部で内側に溶着されたシート状部材を除く軟質プラスチックシート全体がこれに当たると主張する。

(ウ)そこで検討するに、本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、「可撓性袋部材」は、①「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され」るもの(構成要件A)であり、②「開口部」(構成要件B)と③「・・収容部とを含み」(構成要件C)、④「少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された」もの(構成要件D)と定義されているところ、被告製品が、上記構成要件Aを充足することは当事者間に争いがないし、後記検討するとおり、「主面に液状物の量を示す目盛りが表示され」ていると判断される部分は「可撓性袋部材」であることも当事者間に争いがない。

そして、ジップ上部の「可撓性袋部材」を原告主張のように解しても、被告主張のように解しても、「開口部」(構成要件B)と「収容部」(構成要件C)が含まれているということはできるが、可撓性「袋」部材という以上、その形状が、「袋」状であるものと解するのが自然であるところ、被告製品は、ジップ下部の軟質プラスチックシートとジップ上部に溶着された、軟質プラスチックシートからなる内側シートが一体となって「袋」状となっているから、この原告が主張する別紙可撓性袋部材の説明図(原告主張)の被告製品の断面図に青色で指示された部分と認定するのが相当である

(エ)これに対して被告は、外側シートが一部をなす軟質プラスチックシート全体をもって「可撓性袋部材」であると主張するが、同部分を含んだ軟質プラスチックシートのジップより上部は、それより下側の軟質プラスチックシートを連続して一体の「袋」状の形状を構成している内側シートの外側に位置し、その内部に物を収容する機能を有するものではないから、これを「袋」部材というのは不自然である。

ジップより上部の外側シートを含めて「可撓性袋部材」とする被告の主張は、軟質プラスチックシートが1枚のシートからなるものであって、内側シートは別部材のシート状部材によって後に溶着されることに加え、さらに構成要件Fにより、「可撓性袋部材」には「開閉操作部」が「固定され」ることを根拠とするものであるが、その主張は、本件発明の技術的範囲を、医療用軟質容器は、まず、少なくとも「2枚の軟質プラスチックシートを貼りあわせ」、これに「シート状の一対の開閉操作部」を「固定」するという工程を経て製造されるということによって特定しようとするものであり、また、その理解を前提として、本件発明の完成品としての物である医療用軟質容器の各部位の名称を、製造前段階の部品状態で特定しているものということができる。

しかし、本件発明は「物の発明」であり、被告主張の根拠とされた上記の時系列的な要素を含んだように解される製造工程的な表現も、要は、本件発明の「物」が、平面の軟質プラスチックシートを互いに貼りあわさったといえる状態にあり、あるいは部材同士が固定された状態にあることから、その構造を分かりやすく表現したにすぎないものであり、これをもって製造方法で技術的範囲を特定したと解することはできない。そうすると、発明の対象である物の部位は、完成した物の状態で把握すべきであって、製造前段階の部品状態でみた部位に拘束されるべきではないことも明らかであるから、これに反して製造方法で特許発明の技術的範囲を定め、その解釈を前提とし製造前段階の部品の構成に拘泥して、本件発明の構成要件との関係で被告製品の部位を特定しようとする被告の主張は明らかに失当である。

イ 「開閉操作部」について

構成要件Fによると、「開閉操作部」は、「片手の指を挿入するための」、「シート状の1対」のものであること、2枚の「軟質プラスチックシートに固定された」部材であることが要件であることは明らかである。

そして「可撓性袋部材」が「軟質プラスチックシート」からなるものであることからすると、「可撓性袋部材の両主面の各々に・・軟質プラスチックシートに固定された・・開閉操作部」とあるのは、「可撓性袋部材の両主面の各々に」、「開閉操作部」を固定されることを要件としているものと解される(なお、構成要件Fは「含み」で結ばれているが、これは構成要件AないしCからなる個性要件Dの「可撓性袋部材」と、構成要件Eの「排出用ポート」、構成要件Fの「開閉操作部」という三つの部材を並列して規定している趣旨と解される。)。

これにより被告製品についてみると、被告製品は、外側シートに略半円状の切り込みを入れ、当該切り込みにより形成された舌片を内側に折り曲げることで、軟質プラスチックシートそのものに片手の指の挿入口(9a、9b)が形成され、指が挿入されるようになっているものであるから、「片手の指を挿入するための」、「シート状の1対」のものである。また、この「片手の指を挿入するための」、「シート状」のものと、その下部の軟質プラスチックシートは、製造前段階では1枚の軟質プラスチックシートからなる構成部品であるが、内側シートを溶着されている完成した被告製品の状態においては、溶着された内側シートとその下部の軟質プラスチックシートが1枚の「軟質プラスチックシート」となり、「片手の指を挿入するための」、「シート状」のものは、この「軟質プラスチックシート」に「固定された」関係にあるとい)うことができる。そして、上記アで説示したとおり、被告製品は、軟質プラスチックシートのジップより上部に内側シートを溶着して一体のものとして「可撓性袋部材」としているのであるから、上記関係において、上記「シート状の1対」のものは、「可撓性袋部材」の「両主面の各々に」、「固定」されているということもできる。

したがって、被告製品は、上記指が挿入されるようになった外側シート部分が、構成要件Fにいう「開閉操作部」に相当するということができる。

これに反する被告の主張は、ジップ下部から連続する軟質プラスチックシートをもって「可撓性袋部材」とする解釈を前提にするものであるが、その本件発明の技術的範囲の解釈は、「物の発明」である本件発明の技術的範囲を製造工程で特定するものであって採用できないことは、上記ア(イ)で説示したところと同じである。

ウ 「右側または左側から片手の指を挿入する・・シート状の一対の開閉操作部」について

(ア)構成要件Fには、「開閉操作部」は、「右側または左側から片手の指を挿入する」とあるところ、被告製品の開閉操作部は、片側に指挿入口が一つ設けられているだけであるが、平面形状である被告製品は、持ち換えることで右側からも左側からも指を挿入することができるから、被告製品は、構成要件Fの「右側または左側から片手の指を挿入する・・シート状の一対の開閉操作部」との要件を充足する。

(イ)これに対して被告は、①本件明細書の開示内容、②本件特許の出願経過、③本件発明の効果の観点から、上記要件にいう「右側からまたは左側から片手の指を挿入する」という要件は、医療用軟質容器の右側又は左側の双方から片手の指を挿入することができることを意味しているとし、被告製品は同要件を充足しない旨主張するが、以下のとおり同主張は採用できない。

a 本件明細書の開示内容について

被告は、本件明細書に開示されている実施例は、いずれも右側又は左側双方から指を挿入することができる貫通路となっているものしか開示も示唆もされていない旨主張する。

しかしながら、本件明細書1の段落【0065】、【0066】には以下の記載があり、図21の実施例が示されている。

「【0065】

ところで、収納部21内に液状物を注ぐ際、開口のうちの、2枚の軟質プラスチックシート2a、2b間の距離が最も離れた箇所及びその近傍に、液状物が入った容器の注ぎ口を位置させた状態で液状物を注入すると、注入作業が行い易い。しかし、注ぎ口の位置が医療用軟質容器を持つ手に近いと、液状物を注ぎにくい。

【0066】

図21に示されるように、医療用軟質容器15では、面411dの面積よりも、面411cの面積の方が大きいので、開口部4の幅方向のうち、医療用軟質容器15を持つ手に近いまち41b側よりも、医療用軟質容器15を持つ手から遠いまち41a側の方が、軟質プラスチックシート2a、2b間の距離が大きくなるように、開口部4を開口させることができる。故に、医療用軟質容器15では、医療用軟質容器を持つ手から遠いまち41aの近傍に液状物が入った容器の注ぎ口を位置させることで、液状物の注入操作を容易に行える。」

以上の記載及び本件発明の実施例は、開閉操作部が、他の実施例同様に貫通路で形成されているように見受けられるが、その使用形態として、医療用軟質容器の一方向から指を挿入することを前提としていることは明らかである。

したがって、本件明細書に開示されている実施例が、いずれも右側又は左側双方から指を挿入することができる貫通路となっているものしか開示も示唆もされていないとして、「右側からまたは左側から片手の指を挿入する」という要件を、医療用軟質容器の右側又は左側の双方から片手の指を挿入することができることを意味すると解すべきとする被告主張は採用できない(なお被告は、貫通路でないものが開示されているかどうかを問題にしているが、本件発明の構成要件の解釈の関係では、右側及び左側双方から指を挿入することを予定しない実施例が開示されているかどうかが問題である。上記図21で示される実施例の開閉操作部が貫通路で形成されていた)としても、これが右側及び左側双方から指を挿入することを予定していないことは明らかであって、これが貫通路を形成しているからといって、被告主張の根拠となるものではない。)。

b 本件特許の出願経過について

被告は、本件特許の出願経過に照らし、開閉操作部は「貫通路に」に限られるように主張するところ、証拠(乙2の1ないし3)によれば、本件特許の出願経過につき、①本件特許1の願書に最初に添付された特許請求の範囲において、請求項1の構成要件Fに相当する構成は、「前記可撓性袋部材の両主面の各々に固定され、固定された前記軟質プラスチックシートとの間に、前記可撓性袋部材の右側又は左側から指を挿入するための貫通路を形成する1対の開閉操作部と」いうものであったこと、②平成25年12月2日付手続補正書により、請求項1の構成要件Fに相当する構成は、「前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための1対の開閉操作部を含み」と補正され、「貫通路を形成する」との要件が削除されたこと、③原告は、上記②の手続補正書と同日付の早期審査に関する事情説明書において、「3.補正の説明」として、「補正後の請求項1の補正箇所の『前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための1対の開閉操作部を含み』は、重複した語句があり、誤記の訂正及び明りょうでない記載の釈明を目的として補正しました」(2頁末尾から7行から5行)と述べたこと、以上の事実が認められ、本件特許2についても、証拠(乙3の1ないし3)によれば、同様の出願経過であることが認められる。

被告の上記出願経過に基づく主張は、出願当初の特許請求の範囲の請求項1において、一対の開閉操作部が貫通路であることによって右側からも左側からも指を挿入できる意味と読むのが自然な解釈であり、補正により、構成要件Fに相当する部分から「貫通路を形成する」という構成が削除されているが、これを原告は単に重複した語句を削除し、誤記を訂正したものにすぎないとしているから、補正後の構成要件Fであっても、貫通路が形成されているものを指すことが原告自身の出願経過における主)張により裏付けられるというものである。

しかし、被告の上記主張は、当初の特許請求の範囲の記載にある「貫通路」をもって、右側又は左側の双方からの指の挿入ができることを要件とするものと限定的に解するものであるが、本件明細書にそのようなことを示唆する記載はないし、原告がそのような説明をした事実も認められず、むしろ本件明細書の実施例には、当初から、上記aに示したように、右側又は左側双方から指を挿入することを前提にしない実施例が記載されていることからすると、貫通路とは、単に指を挿入する部材の一実施例の形状を示したという以上の意味はなく、被告主張のように限定して解すべき根拠はないから、そのような限定的な解釈を前提とする被告主張は採用できない。

c 発明の効果の観点について

被告は、本件明細書に記載された本件発明の効果あるいは引用文献(特開2007-319283号等。乙8の1)の医療用軟質容器と対比して述べられた本件発明の効果と、本件発明が液状物の量を示す目盛りは「少なくとも一方の主面」にあれば足りるという構成とされている点を考慮すると、「右側または左側から片手の指を挿入するための」という構成は、右側と左側の双方から指を挿入することができる構成を指していると解釈しないと整合性がとれない旨主張する。

確かに、本件明細書の段落【0013】には、「液状物の注入が行い易く、しかも、前記液状物の注入の最中に目盛りが見やすい。」ことが本件発明の効果である旨の記載があり、証拠(乙9の1、2)によれば、原告は、本件発明の出願経過において、拒絶理由通知に対しても、拒絶査定に対する不服審判請求においても、公知の医療用軟質容器(特開2007-319283号公報。乙8の1)と比較し、本件発明は注入中の目盛りが見やすく、注入もしやすいという観点で差がある旨主張した事実が認められる。

しかし、原告は、出願経過において、拒絶理由通知で引用された上記引用文献との差異で目盛りの見やすさを強調しているものの、これは本件発明では、経腸栄養バッグの横方法から指を挿入することで、目盛り等が記載された面が作業者に正対するの)に対し、引用発明である乙上記特開公報ではそうでないことをいっているにすぎず、そのような経腸用栄養バッグの保持の仕方という観点からすると、本件発明の構成の方が、目盛りが見やすいことは明らかである。

そして、後記(3)で認定する経腸栄養バッグにおいて求められる目盛りの機能、役割からすると、たとえ主面の一面にしかない目盛りが裏面になったとしても、本件発明における開閉操作部の構成によれば、持ち手が邪魔することなく裏面の目盛りを見ることができ、これで足りるのであるから、この点からも右側又は左側双方から指を挿入することを要件とすべきという被告主張は採用できない(なお、被告は本件発明において、可撓性袋部材が透明であることは要件とされていない旨も主張するが、証拠(乙21)及び弁論の全趣旨によれば、経腸栄養バッグのみならず医療用バッグ全般において、使用時において内容物を外部から確認できるよう透明の材質が用いられるのが一般的であると認められる。)。

(3)構成要件Dの充足について

被告製品には、すべて「可撓性袋部材」の両面に斜め目盛りがあるほか、被告製品3ないし同7には、加えて一面に水平目盛りもあるところ、原告は、この斜め目盛りが構成要件Dの「目盛り」に相当するとして、被告製品をそのように特定した上で、構成要件Dの充足を主張している。これに対し、被告は、構成要件Dの「目盛り」は水平目盛りである必要があるとのクレーム解釈を前提に、被告製品をそのように特定し、その上で「斜め目盛り」しかない被告製品1、2は、構成要件Dを充足しない旨主張する(なお、原告は、被告の上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、「訴訟の完結を遅延させること」にはならないから理由がない。)。

イ そこでまず構成要件Dの「目盛り」について検討するに、被告製品のすべてに付された斜め目盛りも被告製品1、2を除く被告製品に付された水平目盛りも、これが日常用語としての「目盛り」に該当することは当事者間に争いがあるわけではないから、構成要件Dにいう「目盛り」がその技術的意義から、「水平目盛り」に限定して解されるべきかが問題となる。

この点、確かに、本件明細書の段落【0013】には、「液状物の注入が行い易く、しかも、前記液状物の注入の最中に目盛りが見やすい。」ことが本件発明の効果である旨の記載があるが、被告は、本件発明が対象とする経腸用栄養バックは、栄養流動食品を注入して使用するものであるが、被告製品に付された目盛りは、斜め目盛りであっても水平目盛りであっても、50ミリリットル刻みの目盛りしかなく、また本件明細書記載の実施例の目盛りも同様であるから、「目盛り」があるとしても、さほど厳密な計量が求められているわけではないことが認められる(なお、水平目盛りであっても、注入時は開口部の開き加減によって液面の高さが変異し、目盛りが正確な内容量を示すことは困難であるはずであって、やはり程度の差はあれ注入時の計量目盛りとしての限界があることは同じと考えられる。)。

そうすると、斜め目盛りであっても経腸栄養剤の注入時に、およその注入量を知る手段となり得る以上、斜め目盛りは、本件発明にいう「目盛り」に相当するというべきである

ウ したがって、被告製品は、すべて斜め目盛りが示されているから、すべて原告主張のように構成dを特定するのが相当であり、すべて本件発明の構成要件Dを充足するといえる。

(4)以上によれば、被告製品は、すべて構成要件D、Fを充足しているところ、それ以外の構成要件については、被告製品の特定の表現として争いがあるものの、それぞれが本件発明の構成要件AないしC、E、G、Hを充足していることに争いがあるわけではないから、被告製品は、すべて本件発明1の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するといえる。

そして、本件発明2との関係についてみても、その構成要件はA’ないしE’は、本件発明1の構成要件AないしEと同じであるから、被告製品がこれらを充足していることは本件発明1についてみたと同様である。

また本件発明2の構成要件F’は、本件発明1の構成要件Fと表現振りが異なるだけにすぎないから、被告製品がこれを充足することは本件発明1についてみたと同様)であり、また構成要件G’、H’及び本件発明1に対応する要件のない構成要件I’については、被告製品がこれを充足することに争いがあるわけではないから、被告製品は、すべて本件発明2の構成要件を充足し、その技術的範囲に属するといえる。

2 争点(3)(無効の抗弁の1(乙13発明を主引例とする進歩性欠如))

(1)本件発明

本件発明1の発明の要旨は、上記第2の1(2)アのとおりである。

(2)乙13発明

ア -省略-

イ 以上によれば、乙13公報には、以下の乙13発明が記載されているものと認められる。)「例えばポリアミドまたはナイロンと、低密度ポリエチレンと、リニアローデンポリエチレンと、シーラント層との4層構成のシート材1a・1bが接合されることにより形成され、開放操作用の開口部Sと、経管栄養法により栄養補給をする栄養剤を収容するための収容室10とを含み、一方の主面に栄養剤の容量や残量を表す目盛り8が表示されたバッグ本体1と、前記バッグ本体1に固定された出口栓体2と、前記バッグ本体1の開閉は、開閉操作可能なチャックシール等の閉鎖手段4により行われる栄養剤バッグ。」

(3)本件発明1と乙13発明との対比

乙13発明の「例えばポリアミドまたはナイロンと、低密度ポリエチレンと、リニアローデンポリエチレンと、シーラント層との4層構成のシート材1a・1bが接合されることにより形成」は本件発明1の「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成」に相当し、同様に「開放操作用の開口部S」は「開閉式の開口部」に、「経管栄養法により栄養補給をする栄養剤」は「経腸栄養法で使用される液状物」に、「収容室10」は「収容部」に、「栄養剤の容量や残量を表す目盛り8」は「液状物の量を示す目盛り」に、「バッグ本体1」は「可撓性袋部材」に、「出口栓体2」は「排出用ポート」に、「栄養剤バッグ」は「医療用軟質容器」に、相当する。

本件発明1と乙13発明とは、以下で一致する。

「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され、開閉式の開口部と、経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部とを含み、少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された可撓性袋部材と、

前記可撓性袋部材に固定された排出用ポートと、を有する医療用軟質容器。」

そして、以下の点で相違する。

本件発明1は「可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための、上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の1対の開閉操作部を含み、前記開閉操作部に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開くことにより前記開口部の開口状態を維持できる」ものであるが、乙13発明は「開閉は、開閉操作可能なチャックシール等の閉鎖手段4により行われる」ものであり、開閉維持操作が把持用のノッチ51a等の開封手段5により行われる

(4)乙4ないし乙6及び乙7発明

乙4ないし乙6公報、及び動機付けに関連して主張する乙7公報には、被告の主張のとおりの記載ないし図が開示されているところ、乙4ないし乙6発明、乙7発明が開示する技術内容は以下のとおりと認められる。

ア 乙4発明

乙4発明は、物品を受け入れるための廃棄器具において、汚れた物品の受入れ処理中にユーザーの手や衣類を汚したり汚染したりすることなく、汚れた物品の効果的な受け入れを確実にすることを課題とし、その解決手段として、片手で操作可能な位置に口操作手段を配置することを開示し、指を挿入する第1、第2のループを容器の両側の外壁に上縁及び下縁で固定する構成を開示するものである。

イ 乙5発明

乙5発明は、使い捨て女性用尿器に関するものであり、2本の指で操作され、容器を開いたまま保持し、間隙を身体オリフィスの周りに適切に位置決めすることを課題とし、対向する長側面及び上部間隙を有する可撓性防水袋体の外面に、一対の細長い筒状部材を添着し、使用時には、同筒状部材に指を挿入して2本の指で袋体を開いたまま保持する構成を開示したものである。なお、同発明は、シート状の部材が上縁及び下縁で袋体に固定される構成を開示するものではない。

ウ 乙6発明

乙6発明は、動脈グラフトの準備で使用する装置に関するものであり、壁部が互い)に離れる方向に変位するための袋体に関し、片手操作で袋体を開いたまま保持することを可能とし、グラフトを形成する処理を片手操作に転換することができるように、開口端に隣接する袋体の両側部の各々に、ループ部を有する指環部又はタブを装着すること、指を挿入する指環部を袋体外面に上縁及び下縁で固定する構成が開示されている。

なお、ループ部分を形成する細片については、袋体の壁部を貫通しない接合手段を使用することにより、開口端が連動手段によって密封されるときに汚染物質が袋体の内部に侵入する可能性を回避することが好ましいとされている。

エ 乙7発明

乙7発明は、用途が特定されていない開放が便利なチャック式密封袋に関するものであり、袋の外表面の密封チャックに対応する箇所に環状の引き手を対向設置し、親指と人差し指をそれぞれ両側の引き手に伸入させ、両側に向けて力を入れることにより、片手のみで袋口を開放することができるものとすることが開示されている。なお、同発明は、シート状の引手が上縁及び下縁で袋体に固定される構成を開示するものではない。

(5)検討

ア 被告は、バッグの開口部に関し、片手で開口状態を維持することは普遍的課題であって、乙13発明もそのような課題を開示するものであり、かつ、その普遍的課題の解決手段として、乙4ないし6発明が開示する開閉操作部に片手の指を挿入して開口状態を安定かつ容易に維持することを可能とする技術は周知であるから、乙13発明に接した当業者は、これに乙4ないし乙6発明が開示する周知技術を適用する動機付けがあると主張する。

イ 前記のとおり、乙13発明は、経腸栄養剤バッグ本体内の収容室上部に設けたチャックシール等の閉鎖手段とバッグ本体の上部の吊り下げ部との間に、閉鎖手段の開放操作用の開口部を形成するためのオープンピール機構等の開封手段を設けることにより、同バッグに水や温湯等を注入する直前まで閉鎖手段の上部を密閉した状態)に維持することを可能とすることによって、蓄積された塵埃や細菌等が閉鎖手段を開くことにより収容室内に侵入することを防止することに技術的意義を有するものであり、乙13発明の課題及び発明の効果は、経腸栄養剤バッグ本体内に塵埃や細菌等が侵入することを防止することにあるというべきである。

そして、乙13発明に係る栄養剤バッグは経腸栄養法で使用される液状物を収容するものであり、使用者は、液状物を充填する際に、栄養剤バッグの開口部を開口状態に維持しながらバッグ内に液状物を充填することからすると、乙13発明は、バッグを開口状態に維持した使用状態を前提とするものということはできるものの、乙13発明は、バッグを支持スタンド等に吊り下げた状態で水や温湯を注入して使用するものであること(乙13公報の段落【0033】)からすると、これを開口状態に維持することが困難となることは通常想定されないというべきであって、乙13発明が、バッグを開口状態に維持することを容易とすることを課題として示唆するものということはできない

この点、被告は、バッグの開口状態の維持を容易とすることは、可撓性袋部材で上方向に開口部を有する袋体の普遍的課題であるというが、可撓性袋部材を用いた発明には多種多様なものがあり、それぞれ用途及び主要な解決課題が異なるものというべきであって、それらの差異にもかかわらず、バッグの開口状態の維持を容易とすることが上方向に開口部を有する可撓性袋部材全般の普遍的課題であるとする被告の主張を採用することはできない。また、乙7発明は、バッグの開口部の開放の困難性という課題を示唆するものであるが、バッグの開口部を開放状態に維持することの困難性について示唆するものではないから、同発明をもって、開口状態の維持を容易とすることが可撓性袋部材全般の普遍的課題であるとも認められない。

ウ さらに開閉操作部に片手の指を挿入して開口状態を安定かつ容易に維持することを可能とする技術は、本件優先日において周知であったかについてみると、乙4ないし乙6発明には、いずれにも、バッグの開口状態を維持するための構成として、軟質プラスチックシートに固定された開閉操作部が開示されていることが認められ)る。

しかし、本件優先日当時、市場においてこれら構成を有する商品が広く販売されているなどの事情は認められず、また、乙4発明は平成19年7月12日に公開された発明の名称を「廃棄及び包装器具」とする発明、乙5発明は平成17年8月2日に発行された発明の名称を「使い捨て女性用尿器」とする発明、乙6発明は昭和55年5月27日に発行された発明の名称を「動脈クラフト及び包装体」とする発明であり、いずれも医療用品又は衛生用品という特定の用途に係るものであるところ、それ以外の用途に係る発明において、軟質プラスチックシートに開閉操作部が固定された構成が開示されているといった事情も認められないことからすれば、本件優先日当時、乙4ないし乙6発明の存在をもって、バッグの開口状態を維持するための技術が周知であったと認めることはできない。

エ その上、乙4及び乙5発明は、汚物を廃棄する袋に関するものであり、乙13発明とは用途を異にするものである上、少なくとも袋内への塵埃又は細菌等の侵入を防止するという乙13発明の課題を開示又は示唆するものではないから、乙13発明との間に課題の共通性も認められない。

乙6発明は動脈グラフト及びその包装体であり、乙13発明とは用途を異にするものであり、課題に関しても、乙6公報においては、汚染物質の袋体内部への侵入回避につき触れられているが、これは、袋体開口部を閉鎖した時に袋体の密封状態を作出して、外部からの細菌等の侵入を防止することを指すものであり、その解決手段として、ループ部分を形成する細片が袋体を貫通しないよう接合手段を工夫するということを開示するものにすぎず、これは、乙13発明において、チャック部を開放し湯水等を注入する際における細菌等の侵入防止が課題として位置づけられ、その解決手段としてチャック部と開放手段との位置関係を工夫するのとは異なる場面における課題及びその解決手段というべきであるから、両者には課題の共通性も認められない。

乙7発明は、具体的用途が特定されておらず、かつ、閉鎖手段の上部に蓄積された塵埃又は細菌等の侵入防止という乙13発明の課題も開示されていない。

オ このように、乙13発明は、バッグの開口状態の維持を容易とすることを課題として示唆するものではない上、乙13発明と乙4ないし乙6発明は、いずれも軟質容器ではあるが用途が異なり、かつ、課題の共通性も認められないことから、いずれにしても、乙13発明に乙4ないし乙6発明を適用し、開口状態を容易とする構成を付加する動機付けがあるとは認められない。

カ したがって、乙13発明を主引例として、これに乙4ないし乙6発明に開示された技術を適用することにより、本件発明1に進歩性がないとする被告の主張を採用することはできず、また本件発明2の構成に照らし、本件2発明についても同様であるから、本件特許1、2が、乙13発明を主引例として容易想到により無効であるとの被告主張は採用できない。

3 争点(4)(無効の抗弁の2(乙7発明を主引例とする進歩性欠如))

(1)本件発明

本件発明1の要旨は、上記2(1)のとおりである。

(2)乙7発明

ア -省略-

イ 以上によれば、乙7公報は、「包装用品技術分野に属」するものであるから、袋体1が被包装用品を包装する袋体1内部を含むことは明らかである。 そして、図1、)図2の袋体1、引き輪6の位置関係から、引き輪6は、袋体1の右側又は左側から指を挿入するものであることは明らかである。

したがって、乙7公報には、以下の発明(以下「乙7発明」という。)が記載されているものと認められる。

「周囲が密閉され、開閉式の袋口と、被包装用品を包装する袋体1内部とを含む袋体1と、

前記袋体1の外表面の各々に前記袋体1の右側又は左側から片手の指を挿入するための、袋体1に固定された1対の環状の引き輪6を含み、

前記環状の引き輪6に伸入した片手の指を両側に向けて力を入れることにより前記袋口を開放できるチャック式密封袋。」

(3)本件発明1と乙7発明との対比

乙7発明の「袋口」は本件発明1の「開口部」に相当し、同様に「袋体1内部」は「収容部」に、「袋体1」は「可撓性袋部材」に、「外表面」は「両主面」に、「両側に向けて力を入れる」は「各々遠ざけるように開く」に、「袋口を開放できる」は「開口状態を維持できる」に、「密封袋」は「軟質容器」に、相当する。

乙7発明の「周囲が密閉され」と本件発明1の「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され」とは、「密封形成され」である限りにおいて一致する。

乙7発明の「袋体1に固定された1対の環状の引き輪6」と本件発明1の「上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の1対の開閉操作部」とは、「1対の開閉操作部」である限りにおいて一致する。

本件発明1と乙7発明とは、以下で一致する。

「密封形成され、開閉式の開口部と、収容部とを含む、可撓性袋部材と、

前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側又は左側から片手の指を挿入するための、前記可撓性袋部材に固定された1対の開閉操作部を含み、

前記開閉操作部に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開くことにより前記開)口部の開口状態を維持できる軟質容器。」

そして、以下の点で相違する。

(相違点1)可撓性袋部材について、本件発明1は「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され」るが、乙7発明はその点が不明である点。

(相違点2)容器の収容物について、本件発明1は「経腸栄養法で使用される液状物」で「医療用」であるが、乙7発明は明らかでない点。

(相違点3)本件発明1は「可撓性袋部材に固定された排出用ポート」を有するが、乙7発明は有しない点。

(相違点4)本件発明1は「少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示され」るが、乙7発明は目盛りを有しない点。

(相違点5)開閉操作部について、本件発明1は「上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の」ものであるが、乙7発明は「袋体1に固定された環状の」ものである点。

(4)検討

相違点のうち、相違点2ないし4は、本件発明1の容器が、経腸栄養法等に使用される医療用のバッグであることに由来するものであるので、以下にまとめて検討する。

前記のとおり、乙7発明は、開放が便利なチャック式密封袋に関するものであり、袋の外表面の密封チャックに対応する箇所に環状の引き手を対向設置し、親指と人差し指をそれぞれ両側の引き手に伸入させ、両側に向けて力を入れることにより、片手のみで袋口を開放することができるものとすることが開示されている。

しかし、乙7発明には、その具体的用途や、袋に収容すべきものにつき何らの示唆もなく、単に袋口を容易に開放することを可能とする袋体に関する発明にすぎないのであって、本件発明1のように、経腸栄養法等、医療用に使用することを前提とし、それぞれ技術的意義を有する目盛りや排出ポート等の構成を付加するべき何らの動機付けも認められない。また、相違点2ないし4に係る点は、それぞれ技術的意義を)有するものであることからすると、当業者が周知技術に基づき容易に想到できたということもできない。

被告は、経腸栄養法で使用される液状物を収容するために使用される可撓性袋部材であり、排出用ポートを備えるものが乙8の1、2、乙13公報、乙23ないし乙25に開示され、このうち乙8の1、乙13公報、乙24には、少なくとも一方の主面に目盛りが表示された構成も開示され、容器の分野において、容器を経腸栄養剤を収容するための医療用軟質容器の用途に用いることは、本件優先日当時周知慣用の属性であると主張するところ、確かに指摘に係る公報等には、主張に係る構成が開示されていることが認められる。しかし、それらの根拠となる公報類は、すべて医療用のバッグに関するものであって、これらから分野を限定せずに容器全般の周知慣用の技術の存在を認定することはできない。また本件発明1として新規に創作された構成は、「ある物の未知の属性」ではないから、用途発明であることを前提とする被告の主張は失当である。

いずれにせよ、乙7発明に、その具体的用途や袋に収容すべきものにつき何らの示唆もない以上、単に収容袋という点で一致するからといって、医療用バッグ特有の技術を適用すべき動機付けは認められないから、乙7発明を主引例として、これに医療用バッグの技術を適用することにより、本件発明1に進歩性がないとする被告の主張を採用することはできず、また本件発明2の構成に照らし、本件2発明についても同様であるから、本件特許1、2が、乙7発明を主引例として容易想到により無効であるとの被告主張は採用できない(なお、原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、被告に「故意又は重大な過失」があるものとは認められないから、理由がない。)。

4 争点(5)(無効の抗弁の3(乙28発明を主引例とする進歩性欠如))

(1)本件発明1

本件発明1の発明の要旨は、上記2(1)のとおりである。

(2)乙28発明

ア -省略-

イ 以上によれば、乙28公報には、以下の発明(乙28発明)が記載されている。「2枚の合成樹脂シートの縁部を溶着して形成され、チャックシール3により開閉自在な供給口5と、経腸栄養剤を収容するバッグの内部空間とを含むバッグ本体1と、前記バッグ本体1に固定された液体出口2と、)を有する液体収容バッグ。」

(3)本件発明1と乙28発明との対比

乙28発明の「合成樹脂シートの縁部を溶着して形成」は本件発明1の「軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成」に相当し、同様に「チャックシール3により開閉自在な供給口5」は「開閉式の開口部」に、「経腸栄養剤を収容するバッグの内部空間」は「経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部」に、「バッグ本体1」は「可撓性袋部材」に、「液体出口2」は「排出用ポート」に、「液体収容バッグ」は「医療用軟質容器」に、相当する。

本件発明1と乙28発明とは、以下で一致する。

「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成され、開閉式の開口部と、経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部とを含む可撓性袋部材と、

前記可撓性袋部材に固定された排出用ポートと、

を有する医療用軟質容器。」

そして、以下の点で相違する。

(相違点1)本件発明1は「少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示され」るが、乙28発明は目盛りを有しない点。

(相違点2)本件発明1は「可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側又は左側から片手の指を挿入するための、上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の1対の開閉操作部を含み、前記開閉操作部に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開くことにより前記開口部の開口状態を維持できる」ものであるが、乙28発明は明らかでない点。

(4)検討

ア 相違点2について検討するに、乙28公報の段落【0002】ないし【0004】の記載によれば、乙28発明は、経腸栄養バッグに関し、他の容器で調整された後に経腸栄養バッグに移し替える方式のものは、他の清潔な容器を容易する等の手間)がかかるとともに、ゴミ等が混入する可能性が高いという問題があるとし、また、液体注入口をチャックシールのみで構成したものは、密封性が悪く収容した経腸栄養剤の品質に影響を及ぼす虞があるとした上で、内部に収容された液体を変質することなく長期間保存でき、水等の供給時の作業効率の改善された液体収容バッグを提供することを課題とするものと認められる。

そして、課題解決手段として、容易に剥離可能な隔壁をバッグ上部の開閉自在な閉鎖手段に近接して設け、バッグ内部の空間を上下に区画し、下の空間に液体を収容することとしたものであることも認められる。

イ そうすると、乙28発明は、予め当該バッグ内の下の空間に液体を収容しておき、これにバッグ上部から水等を供給し、当該バッグ内で直接調製することにより、他の容器から移し替える手間を省くという意味での効率化を図るものとなっているが、乙28公報をみても、バッグを開口状態に維持することの困難性に触れた記載や、これを解決課題とするような記載は認められないことからすると、乙28発明が、バッグの開口状態の維持を容易とすることを課題として示唆するものとまでいうことはできない。

ウ 被告は、バッグの開口状態の維持を容易とすることは、可撓性袋部材で上方向に開口部を有する袋体の普遍的課題であるというが、前記2で検討のとおり、可撓性袋部材を用いた発明には多種多様なものがあり、それぞれ用途及び主要な解決課題が異なるものであって、それらの差異にもかかわらず、バッグの開口状態の維持を容易とすることが上方向に開口部を有する可撓性袋部材全般の普遍的課題であるとする被告の主張を採用することはできない。

エ そして、乙4ないし乙6発明が開示する、バッグの開口状態を維持するため軟質プラスチックシートに開閉操作部を固定する構成は周知技術とはいえず、また、前記認定の乙4ないし乙6発明の課題を前提とすると、乙28発明と乙4ないし乙6発明の間には、課題の共通性も認められないことからすれば、乙28発明に乙4ないし乙6発明に開示された技術を適用することが容易想到とはいえず、また、このことは、)本件発明2の構成に照らし本件2発明についても同様であるから、本件特許1、2が、乙28発明を主引例として容易に想到することができたものであるとの被告主張は採用できない(なお、原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、被告に「故意又は重大な過失」があるものとは認められないから、理由がない。)。

5 争点(6)(無効の抗弁の4(乙29発明を主引例とする進歩性欠如))

(1)本件発明

本件発明1の要旨は、上記2(1)のとおりである。

(2)乙29発明

ア -省略-

イ 以上によれば、乙29公報には、以下の発明(乙29発明)が記載されているものということができる。

「対向する壁14及び16からなるポリエチレンなどのプラスチック材料により形成され、開口部53と、胃の供給等様々な目的のための液体を蓄積させる可撓性のチューブ状の袋12とを含み、可撓性の袋12の主面に袋内に収容される液体の量を示す目盛り62が表示された可撓性の袋12と、

前記可撓性の袋12に固定された放出用プラグ18と、

前記可撓性の袋12に固定され、可撓性の袋12の口を開口位置と閉口位置に移動される湾曲可能なワイヤ素子48とを含み、

ワイヤ素子48は固定された開口位置へと移動し、開口位置で留まり続ける、液体容器10。」

(3)本件発明1と乙29発明との対比

乙29発明の「対向する壁14及び16からなるポリエチレンなどのプラスチック材料により形成」は本件発明1の「軟質プラスチックシートが貼りあわされることにより形成」に相当し、同様に「胃の供給等様々な目的のための液体」は「経腸栄養法で使用される液状物」に、「蓄積させる」は「収容する」に、「放出用プラグ18」は「排出用ポート」に、「ワイヤ素子48は固定された開口位置へと移動し、開口位置で留まり続ける」は「開口部の開口状態を維持できる」に、「液体容器10」は「医療用軟質容器」に、相当する。

乙29発明の「可撓性のチューブ状の袋12」と、本件発明1の「少なくとも2枚の」「シートが貼りあわされることにより形成され」る「可撓性袋部材」とは、「可撓性袋部材」である限りにおいて一致する。

本件発明1と乙29発明とは、以下で一致する。

「少なくとも2枚の軟質プラスチックシートにより形成され、開閉式の開口部と、経腸栄養法で使用される液状物を収容するための収容部とを含み、少なくとも一方の主面に前記液状物の量を示す目盛りが表示された可撓性袋部材と、

前記可撓性袋部材に固定された排出用ポートと、

前記可撓性袋部材の両主面の前記軟質プラスチックシートに固定された開閉操作)部を含み、

前記開口部の開口状態を維持できる医療用軟質容器。」

そして、以下の点で相違する。

(相違点1)可撓性袋部材について、本件発明1は「少なくとも2枚の」「シートが貼りあわされることにより形成され」たものであるが、乙29発明は「チューブ状の袋12」である点。

(相違点2)開閉操作部について、本件発明1は「可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側又は左側から片手の指を挿入するための、上縁部及び下縁部が各々前記軟質プラスチックシートに固定されたシート状の1対の開閉操作部を含み、前記開閉操作部に挿入した片手の指を各々遠ざけるように開く」ものであるが、乙29発明は「可撓性の袋12の口を開口位置と閉口位置に移動される湾曲可能なワイヤ素子48」である点。

(4)検討

相違点2について検討するに、乙29発明は、液体を内部に蓄積させる外側の可撓性の袋と、当該外側の可撓性の袋の上方部に、外側の袋の中に向かう液体の流入を制御し、また逆流を防止するための一方向弁を確定する内側の可撓性部材とからなる使い捨て型の液体容器であり、内側の可撓性部材は互いにくっつき合い、通常は平行位置で保持するよう作用し、容器の口の中に液体が導入された際には、一方向弁の対抗する壁がそこを通る液体の通路に応じて開口することを特徴とするもので、女性用の衛生用の袋、胃の供給装置、畜尿袋、液体保管袋等への適用が想定されるとされている。そして、乙29公報によれば、液体容器内に液体が導入されるときには、外側の袋の口と内側の袋の部材とは開口している必要があるとした上で、これらを開口位置で固定するために何らかの手段が必要とされ、そうすれば、利用者が手で保持する必要がなくなると記載されており、固定手段の例示として、湾曲可能なワイヤ素子が挙げられている。

以上のように、乙29発明は、開口位置の固定をワイヤ素子のような何らかの手段)で行うことを予定し、それによってこれを手で固定する必要性から解放し利便性を図るというものであって、本件発明1のように開口位置の維持を利用者の手で行うことを予定しないものであるから、これに乙4ないし乙6発明を適用する動機付けがないというべきである。

したがって、乙29発明に乙4ないし乙6発明の技術を適用することにより、本件発明1が容易想到とはいえず、本件発明2の構成に照らし、本件2発明についても同様であるから、本件特許1、2が、乙29発明を主引例として容易に想到することができたとの被告主張は採用できない(なお、原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、被告に「故意又は重大な過失」があるものとは認められないから、理由がない。)。

6 争点(7)(無効の抗弁5(補正要件違反))

被告主張に係る「貫通路」を削除した補正の経緯については、上記1(2)ウ(イ)bにおいて「開閉操作部」の解釈に関連して検討したとおりであり、当初出願明細書に記載のあった「貫通路」とは、単に指を挿入する部材の一実施例の形状を示したという以上の意味はないものと解されることは既に説示したとおりである。

したがって、当初明細書の記載から、これを削除する補正をしたとしても、「開閉操作部」を上位概念化して新規事項を追加することにはならない。

この点に関する被告の主張は採用できない(なお、原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、被告に「故意又は重大な過失」があるものとは認められないから、理由がない。)。

7 争点(8)(無効の抗弁の6(サポート要件違反の1))

被告の主張は、被告製品の構成であるところの、ジップより上方の二重の軟質プラスチックシートの内側を「可撓性袋部材」とし、外側の軟質プラスチックシートに片手の指の挿入口が設けた構成そのものが、本件明細書1、2に記載されていないことから、本件特許1、2の特許請求の範囲に、その様な構成を含む解釈を採用することがサポート要件違反となるというものである。

しかしながら、上記構成を含んだ被告製品が、発明1、2の技術的範囲に属するものと認められることは、上記1において認定説示したとおりであり、法36条6項1号違反の主張は当たらない(被告の主張は、結局、被疑侵害品の構成そのものが実施例として記載されていない限り、同号違反となるというに等しく失当である。)。

8 争点(9)(無効の抗弁の7(サポート要件違反の2))

被告の当該主張は、「可撓性袋部材」の一部が「開閉操作部」を兼ねるとの解釈を前提とするものであるが、上記1で認定したとおり、当裁判所の判断は、「可撓性袋部材」と「開閉操作部」は別部材として解した上で被告製品が、本件発明1、2の技術的範囲に属すると判断するものであるから、被告の主張は前提を異にするものであって採用できない。

9 争点(10)(原告の受けた損害の額)について

(1)被告製品1枚当たりの粗利益について

ア 本件特許1が登録された平成26年12月12日から平成28年12月末日までの間に被告製品が販売された数量は●(省略)●であり、その販売金額は●(省略)●であること、本件特許1の登録前の販売分を含めて平成28年12月末日分までに仕入れられた被告製品の枚数は●(省略)●であり、その仕入金額合計は●(省略)●であることは当事者間に争いがない。

以上によれば、被告製品の1枚当たりの販売金額は●(省略)●であり、被告製品の1枚当たりの仕入金額は●(省略)●であると認められる。

イ ところで被告は、●(省略)●旨主張するところ、確かに証拠(乙37、乙38)により認められる、被告製品の全期間の販売枚数の●(省略)●と、その期間に費消した仕入枚数●(省略)●とを比較すると、●(省略)●ということになる。

そして被告は、このように余分の仕入を必要とする事情につき、仕入れた製品の中には製造不良や搬送、保管上に生じた不良のため販売できない製品があり、また、新規顧客に営業を行う際にはサンプルとして顧客に提供する必要もある旨の一応合理的な説明しているところ、これを不合理として、上記の仕入枚数と販売枚数の差を疑う事情は原告から何ら積極的に主張されているわけではない。

ウ したがって、被告製品を1枚販売するために要する仕入金額は1枚当たりの仕入金額に●(省略)●を乗じて求めるべきであり、これを前提とすると、被告製品1枚当たりの粗利益は●(省略)●と認められる●(省略)●。

(2)その他の経費について

ア チラシ、カタログ費用

証拠(乙50の16ないし20、22、23)によれば、損害賠償請求対象期間に支出したチラシ、カタログ等の経費は、合計●(省略)●であると認められる。

被告は、損害賠償請求対象期間以前のものを含み被告製品の宣伝広告のためのチラシ、カタログ費用として●(省略)●を支出したとして、宣伝広告の効果が事後的に生じてくることから、同額全額を、利益を算定する上で控除すべき旨主張する。

確かに、被告の主張するような事情がある可能性は否定できないが、その境界は判然とせず、損害賠償請求対象期間以前のチラシ、カタログ等の費用を本件において、積極的に経費と認定すべき十分な事情は認められない。

したがって、本件において経費として控除すべきチラシ、カタログ等の経費は、上記認定額の合計●(省略)●にとどまるというべきである。

イ 販促グッズ費用

被告主張に係る販促グッズであるネックストラップの経費が、多種類にわたる被告製品の中で専ら本件侵害品の販売促進に用いられたと認めることもできないから、被告製品の販売に直接必要な経費であったとは認められない。

ウ 輸入費用

(ア)損害賠償請求対象期間の被告製品の販売に要した経費と認められるべき輸入費用は、その間の販売に要した金額の限度で認定されるべきであるところ、その期間の販売数量は●(省略)●であるから、全期間の輸入費用が●(省略)●、全期間の仕入枚数が●(省略)●であることに基づき計算すると、上記販売枚数に相当する輸入費用の額は、以下の計算式により、原告が輸入費用として主張する額である●(省略)●と認められる。

(計算式)

●(省略)●

(イ)しかし、被告製品を1枚販売するために要する仕入枚数が●(省略)●であることは、上記(1)イで認定したとおりであるから、経費として控除すべき輸入費用は、上記算出した額●(省略)●円に●(省略)●を乗じて求めるべきであり、その額は●(省略)●と認められ、この金額をもって経費として認定するのが相当である。

(計算式)

●(省略)●

(ウ)なお、被告は、輸入費用を●(省略)●と主張するが、同額は本件特許1が登録される前を含む全期間の仕入れ●(省略)●に対するものであって失当である。

エ 試作費・開発費

被告は、被告製品の開発に要した試作費・開発費●(省略)●を経費として控除すべき旨主張する。

確かに試作費・開発費は、法102条2項の利益を算定するに当たり、本来、控除すべき経費というべきである

しかし、被告は、損害賠償請求対象期間以前に被告製品を●(省略)●販売しており、上記(1)イの1枚当たりの粗利益を乗ずるとその期間だけで●(省略)●を超える利益を得ているものと認められる。そうすると、これから他の経費等を控除すべきことを考慮しても、被告主張に係る試作費・開発費は、損害賠償請求対象期間以前に得られた利益で既に回収済みとなっていると認められる。

したがって、試作費・開発費を経費として控除すべきようにいう被告の主張は採用できない。

オ エアー便使用による輸送費

被告は、被告製品輸入のために要したエアー便の費用を経費として控除すべき旨主張する。

しかし、その支出日は平成25年11月6日であって本件特許権1の登録日である平成26年12月12日より1年以上も前であるから、上記経費の支出対象となった被告製品は、損害賠償請求対象期間前に販売されていたものと認定するのが合理的である。

したがって、本件において、これを経費として認めることはできない。

カ 営業人件費

被告は、●(省略)●の営業人件費を被告製品の販売により受けた利益から控除すべき経費であると主張する。

しかし、法102条2項の侵害者が受ける「利益」とは、売上高から、侵害品の製造又は販売に直接必要であって、その数量の増減に応じて変動する経費を控除したものと解するのが相当であるところ、上記支出が、侵害品の販売に直接必要な経費であるとも、販売数量の増減に応じて変動する経費であるとも認めるに足りる証拠はない。

したがって、上記営業人件費をもって法102条2項の利益を算定する上で控除すべき旨の被告主張は採用できない(なお、原告は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法の提出である旨主張するが、「訴訟の完結を遅延させること」にはならないから理由がない。)。

(3)小括

以上によれば、被告は、損害賠償請求対象期間の被告製品の販売により受けた利益は、上記(1)で認定した被告製品 1 枚当たりの粗利●(省略)●に同期間の販売枚数●(省略)●を乗じ、これからチラシ、カタログ費用●(省略)●円と輸入費用●(省略)●を控除した額である●(省略)●と認められる。

(計算式)

●(省略)●

(4)被告の主張について

原告は、法102条2項による損害賠償を求め、被告が被告製品の販売により受けた利益の額全額を原告の受けた損害の額と推定される旨主張するところ(なお、本件特許権2に基づく損害賠償請求権の対象期間は登録日である平成27年6月26日に開始するが、本件特許権2侵害により、本件特許権1侵害による損害を超える損害があるとは認められないから、本件における損害賠償額は本件特許権1侵害によるそれを上限として認定すれば足りる。)、被告は、①本件発明が実施されているバッグ部分は被告製品の一部であり、バッグ部分の寄与する割合は●(省略)●にとどまること、②被告製品には、本件発明以外の特許発明、意匠が実施されており、本件発明が寄与する割合は10%であること、③被告製品の売上は、被告の営業力、ブランド力によるものであり、技術面の寄与度はせいぜい30%であるとして、この割合を順次乗じて損害額を減じるべき旨主張する。

ア 本件発明が実施されているバッグ部分は被告製品の一部であることについて

本件発明は、医療用軟質容器を用いた栄養供給システムのうち、医療用軟質容器すなわちバッグ部分に関する発明であるところ、証拠(乙39、乙55、乙56)によれば、本件で対象とする被告製品は、容量、チューブ径のほか、チューブ、ドリップチャンバ、流量調節器(ローラークランプ)、コネクタ等からなる輸液セットと組み合わせの有無で七つの商品名の製品に区別できるが、うち商品名「EFT-TMD」とする被告製品7は、別売されているチューブ、ドリップチャンバ、流量調節器(ローラークランプ)、コネクタ等からなる輸液セットと組み合わせて使用するものであり、その余の六つの被告製品は、これら輸液セットが予め一体となった製品であることが認められるから、これらの事実関係のもとで被告が侵害行為により受けた利益の額は、被告製品の販売により受けた利益の額全部をいうのではなく、本件発明の対象とするバック部分の販売により受けた利益の額を言うのが相当である

そして、証拠(甲9、乙39、乙56)によれば、輸液セット込での被告製品の販売価格は1枚当たりおよそ●(省略)●であるのに対し、輸液セット単体での販売価格は●(省略)●前後であること、被告製品のうちのバッグ部分の占める原価構成率は●(省略)●前後であること等を総合すると、被告が侵害行為により受けた利益の額は、上記の点で被告製品販売により受けた利益の額の●(省略)●の限度で減じるのが相当である。

イ 被告製品に本件発明以外の特許発明、意匠が実施されている点について

(ア)被告は、被告製品には、乙40発明ないし乙43発明のほか、乙44意匠ないし乙46意匠が実施されているから、本件発明の寄与率は10%である旨主張する。

被告製品が乙40発明ないし乙43発明の構成要件を充足していることは別紙乙40発明の説明書ないし乙43発明の説明書記載のとおりであり、また乙44意匠ないし乙46意匠を実施していることも、別紙乙44意匠公報図面ないし乙46意匠公報図面各記載の意匠と別紙目盛り説明図、乙40発明の説明図ないし乙43発明の説明図に認められる被告製品の意匠との対比から明らかである。

(イ)乙40発明ないし乙43発明及び乙44意匠ないし乙46意匠を被告製品に実施することによる効果等について検討すると以下のとおりである。

a 乙40発明

(a)乙40発明の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。

「【請求項1】袋本体の開口部に、開閉可能に重ね合わされたチャック状封止部が設けられた医療用バッグにおいて、

前記チャック状封止部が設けられた各一方の重ね合わせ部からそれぞれ外方に延び出して互いに重ね合わされる一対のフラップ状部が形成されており、

該チャック状封止部の一方の端部側では該一対のフラップ状部が互いに一体化された閉止部とされていると共に、

該チャック状封止部の他方の端部側では該一対のフラップ状部が互いに分離された開放部とされていることにより、

該チャック状封止部から外方に延び出して該チャック状封止部の開状態下において重ね合わせ方向の両側外方に向かって拡開可能な案内口部が設けられている一方、

該案内口部における該一対のフラップ状部に対して手指による拡開操作力を及ぼす拡開操作部が設けられていることを特徴とする医療用バッグ。」

(b)乙40公報には、本件発明の公報を特許文献1として、以下の記載及び図がある(図面は別紙乙40公報の図面参照)。

「【0008】

しかし、かかる特許文献1に記載の構造でも、開口部自体が小さい場合には、たとえ開いた状態に保持できても、小さい開口部から液状物を注ぎ入れる作業者の負担を十分に軽減し得るものではなかったのである。」

「【発明の概要】

【発明が解決しようとする課題】

【0010】

本発明は、上述の事情を背景に為されたものであって、その解決課題は、樹脂チャックが設けられた開口部を通じて液状物を容易に注ぎ入れることができて作業者の負担が軽減される、新規な構造の医療用バッグを提供することにある。

【課題を解決するための手段】

【0011】

以下、このような課題を解決するために為された本発明の態様を記載する。なお、以下に記載の各態様において採用される構成要素は、可能な限り任意の組み合わせで採用可能である。

【0012】

本発明の第1の態様は、袋本体の開口部に、開閉可能に重ね合わされたチャック状封止部が設けられた医療用バッグにおいて、前記チャック状封止部が設けられた各一方の重ね合わせ部からそれぞれ外方に延び出して互いに重ね合わされる一対のフラップ状部が形成されており、該チャック状封止部の一方の端部側では該一対のフラップ状部が互いに一体化された閉止部とされていると共に、該チャック状封止部の他方の端部側では該一対のフラップ状部が互いに分離された開放部とされていることにより、該チャック状封止部から外方に延び出して該チャック状封止部の開状態下において重ね合わせ方向の両側外方に向かって拡開可能な案内口部が設けられている一方、該案内口部における該一対のフラップ状部に対して手指による拡開操作力を及ぼす拡開操作部が設けられていることを、特徴とする。

【0013】

本態様においては、袋本体の開口部において、チャック状封止部よりも外方に延び出して設けられた一対のフラップ状部により、幅方向一方の側が閉止部とされると共に他方の側が開放部とされた案内口部が設けられている。この案内口部によれば、開放部において大きく広げられることで十分な幅をもって拡開されると共に、閉止部において樋状の案内路が形成される。

【0014】

それ故、拡開操作部において加えられる拡開操作力を一対のフラップ状部に及ぼして案内口部を大きく開くことにより、かかる案内口部を通じて開口部から袋本体へ液状物を容易に注ぎ入れることが可能になる。その際、例えば案内口部における閉止部が開放部よりもやや下方に位置するように袋本体の開口部を傾けることにより、案内口部の閉止部によって形成される樋状の案内路を一層効果的に利用することが可能になる。」

「【発明の効果】

【0025】

本発明によれば、開口部において、チャック状封止部の外方に設けられた案内口部が開放部により大きく拡開されると共に、閉止部により樋状の案内路が形成される。それ故、拡開操作部で案内口部を大きく開いた状態に保持せしめつつ、かかる案内口部を通じて、液状物を開口部から袋本体内に容易に注ぎ入れることが可能になる。」

(c)他方、本件明細書には、以下の記載がある。

「【発明の概要】

【発明が解決しようとする課題】

【0008】

しかし、上記従来の医療用軟質容器100への液状物の注入作業では、液状物の注入作業の開始から終了まで、開口部700を片手で把持し、かつ、開口部700が開口した状態を保持しなければならない。このような非常に不安定な状態で液状物の注入を行うと、医療用軟質容器100を落としてしまったり、開口部700の開口状態が保持できなくて液状物をこぼしてしまったりする恐れがある。よって、上記注入作業中に作業者が受ける精神的及び肉体的な負担が大きい。

【0009】

また、液状物の量を確認するための目盛りが収容部におけるシートの主面に表示されている場合があるが、この場合、図27及び図28に示されるような持ち方では目盛りが見づらい。例えば、目盛りが表示されたシートを作業者の正面に向けながら液状物を収容部300内に注入する場合、目盛りを見ながら液状物を収容部300内に注ぐためには、片手で把持された開口部700のうちの親指と接している側を左側、親指以外の指と接している側を右側とすると、右側から液状物を収容部300内に注ぐ必要がある。しかし、この場合は、液状物の注入作業が行いにくい。

【0010】

本発明は、空の医療用軟質容器への液状物の注入が行い易く、しかも液状物の注入の最中に目盛りが見やすい、医療用軟質容器を提供する。」

「【0066】

図21に示されるように、医療用軟質容器15では、面411dの面積よりも、面411cの面積の方が大きいので、開口部4の幅方向のうち、医療用軟質容器15を持つ手に近いまち41b側よりも、医療用軟質容器15を持つ手から遠いまち41a側の方が、軟質プラスチックシート2a、2b間の距離が大きくなるように、開口部4を開口させることができる。故に、医療用軟質容器15では、医療用軟質容器を持つ手から遠いまち41aの近傍に液状物が入った容器の注ぎ口を位置させることで、液状物の注入操作を容易に行える。」

(d)上記(b)の明細書記載内容によると、被告製品に実施されている乙40発明は、本件発明を前提として、その開口部の形状を工夫したものであるといえるが、そもそも本件発明が解決しようとした課題自体が、上記(c)記載の段落【0008】ないし【0010】のとおり、空の医療用軟質容器への液成物の注入が行いやすくなるよう片手で操作できる開閉操作部を設けることにあったことに加え、さらに本件明細書には、上記の段落【0066】の記載及び図21があって、まちを設けることで開口部を大きくする実施例が既に示され、開口を大きくしようという着眼点において乙40発明と格段の差はない。

そうすると、開口部にフラップを設けるという乙40発明が、本件発明との関係で進歩性のある発明であるとしても、本件発明に技術的に付加する要素はほとんどなく、被告製品の販売拡大に貢献している程度はないと見るのが相当である

b 乙41発明

(a)乙41発明の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。

「【請求項1】少なくとも、表面部及び裏面部を構成する壁面シートと、

容器縦方向一端側に設けられた充填物の注出部と、

前記表面部及び前記裏面部の端縁同士を接合して形成される端縁シール部と、

を備え、前記注出部に可撓性の長尺状チューブが取り付けられるパウチ容器において、

前記端縁シール部には、前記チューブを保持可能なチューブ保持部が形成されており、

当該チューブ保持部は、前記端縁シール部の外端から少なくとも前記チューブの直径以上の幅で前記壁面シートを切り込んで又は切り欠いて形成されることを特徴とするパウチ容器。」

(b)乙41公報には、以下の記載がある

「【背景技術】

【0002】

パウチ容器は、密封性や取り扱い性に優れることから、食料品やトイレタリー製品はもとより、経腸栄養剤や静脈栄養剤、輸液等の容器としても広く用いられている。栄養剤等を患者に投与する際に使用される医療用パウチ容器は、容器下部に設けられた注出部を有し、当該注出部に可撓性のある長尺状のチューブを取り付けて使用される。

【0003】

ところで、上記医療用パウチ容器は、注出部にチューブを接続した状態で病室等の目的とする場所まで運ばれる場合がある。このため、チューブが移動中に他の物に絡み付く、引っ掛かる、或いは脱落する等のおそれがある。チューブを当該容器に巻き付けて運搬する方法も考えられるが、この場合、チューブをほどく作業が面倒である。このような状況に鑑みて、チューブを湾曲させて挿入可能な開口をシール領域に形成した医療用パウチ容器が提案されている(特許文献1参照)。」

「【発明の概要】

【発明が解決しようとする課題】

【0005】

上記特許文献1に開示されたパウチ容器によれば、開口にチューブを挿入することで上記の不都合をある程度改善できる。しかし、当該パウチ容器の場合、チューブに接する開口両端縁の抵抗が大きいため、チューブを開口からスムーズに抜き取ることが難しい。また、チューブを湾曲させて開口に挿入する操作は、例えば、片手で容易に行えるものではなく、この点についても改良の余地がある。

【課題を解決するための手段】

【0006】

本発明に係るパウチ容器は、少なくとも表面部及び裏面部を構成する壁面シートと、容器縦方向一端側に設けられた充填物の注出部と、前記表面部及び前記裏面部の端縁同士を接合して形成される端縁シール部とを備え、前記注出部に可撓性の長尺状チューブが取り付けられるパウチ容器において、前記端縁シール部には、前記チューブを保持可能なチューブ保持部が形成されており、当該チューブ保持部は、前記端縁シール部の外端から少なくとも前記チューブの直径以上の長さで前記壁面シートを切り込んで又は切り欠いて形成されることを特徴とする。

【0007】

上記構成によれば、チューブ保持部によってチューブを保持することで、例えばチューブが移動中に他の物に絡み付く、引っ掛かる、或いは脱落するといった不具合を防止できる。本チューブ保持部は、端縁シール部の外端から壁面シートを切り込んで又は切り欠いて形成されているため、チューブの保持操作、取り外し操作が容易であり、片手の作業であってもチューブのスムーズな取り扱いを可能にする。例えば、チューブ保持部が形成された端縁シール部の外端にチューブを押し当てることでチューブを当該保持部に簡単に挿入することができ、また当該保持部からチューブを取り外す際には、チューブを外側に引っ張ることで容易に取り外すことができる。

【0008】

本発明に係るパウチ容器において、前記チューブ保持部は、前記チューブの直径よりも小さな幅を有する導入路と、当該導入路と連通し、前記チューブの直径と同等以上の寸法を有する収容孔とを含むことが好適である。当該構成によれば、チューブの保持性が向上し、例えばチューブ保持部からのチューブの抜け落ち等をより高度に防止できる。

【0009】

また、前記チューブ保持部は、前記収容孔の少なくとも一部を覆い、前記チューブが前記収容孔に挿入されたときに当該チューブに接する舌片を有することが好適である。当該構成によれば、例えば舌片がチューブを押えるのでチューブの保持性がさらに向上する。

【0010】

本発明に係るパウチ容器において、前記端縁シール部は、局部的に幅を大きくして形成された拡幅シール部を有し、当該拡幅シール部の1つに吊り下げ孔と前記チューブ保持部とが形成されることが好適である。当該構成によれば、例えば、拡幅シール部を1箇所とすることができ、容器容量を大きく設計し易い。また、吊り下げ孔をハンガー等に引っ掛けて容器を吊り下げた状態でチューブの保持操作等を行う場合、支持点からチューブ保持部までの距離が近くなるため、パウチ容器本体の揺動が生じ難く安定して作業を行うことができ、操作性がさらに向上する。」

(c)これらによれば、乙41発明は、輸液装置を取り付けた栄養供給バッグの搬送時にチューブが他のものに巻き付いたり引っかかったりすることを防止する保持具に関する発明であり、本件発明が全く対応していない課題を解決するものと理解できる。しかし、証拠(乙24)によれば、本件明細書の実施例に描かれたバッグの下側には、原告が「ダイアモンドホール」と称しているチューブの保持部があり、これが乙41発明と同様の機能を果たしているものと認められ、乙41発明のそれが格段に技術的に優れた効果を有するものとは見受けられない。そうすると、乙41発明の実施が、被告製品の販売拡大に貢献している程度はないと見るのが相当である

c 乙42発明

(a)乙42発明の特許請求の範囲は、以下のとおりである。

「【請求項1】少なくとも表面部及び裏面部を構成する壁面シートを備え、該シートに囲まれた充填部に内容物が充填され、前記充填部に繋がる開口部が容器上部の前記表面部と前記裏面部との間に形成されるパウチ容器において、

前記表面部及び前記裏面部の上部にそれぞれ設けられた袋状部を備え、

前記各袋状部は、前記充填部から隔離された内部空間を有し、容器幅方向から該空間への指の挿入を可能とする挿入口を有することを特徴とするパウチ容器。」

【請求項2】請求項1に記載のパウチ容器において、前記各袋状部は、前記壁面シートの全幅に亘って設けられることを特徴とするパウチ容器。」

(b)乙42公報には、本件発明の公報を特許文献1として、以下の記載がある

「【0003】

ところで、上記開口部から栄養剤等を注入する場合には、容器の開口部周辺を片手で把持しながら開口部を押し広げるという不安定な作業を余儀なくされるため、かかる作業性の改善が求められている。このような状況に鑑みて、壁面シートと該シートの外面に固定された軟質プラスチックシートとの間に指を挿入するための貫通路を形成する1対の開閉操作部を備えた医療用パウチ容器が提案されている(特許文献1参照)。」

「【発明の概要】

【発明が解決しようとする課題】

【0005】

上記特許文献1に開示されたパウチ容器によれば、貫通路に指を挿入して容器を保持することで上記作業性がある程度改善できる。しかし、当該パウチ容器の場合、同文献の図面に記載されているように、容器を保持したときに貫通路から指先が出るため、栄養剤等の充填物が指にかかる恐れがあるなど、未だ改良の余地がある。

【課題を解決するための手段】

【0006】

本発明に係るパウチ容器は、少なくとも表面部及び裏面部を構成する壁面シートを備え、該シートに囲まれた充填部に内容物が充填され、前記充填部に繋がる開口部が容器上部の前記表面部と前記裏面部との間に形成されるパウチ容器において、前記表面部及び前記裏面部の上部にそれぞれ設けられた袋状部を備え、前記各袋状部は、前記充填部から隔離された内部空間を有し、容器幅方向から該空間への指の挿入を可能とする挿入口を有することを特徴とする。

【0007】

上記構成によれば、容器幅方向から袋状部の内部空間に指を挿入することができる。袋状部内に挿入される指(例えば、親指と人差し指)は容器幅方向に沿った状態となり、この状態で親指と人差し指の間隔を開けることにより開口部を容易に広げることができる。親指と人差し指は袋状部内にすっぽりと挿入されるため、容器の保持性に優れ、内容物の重量が重い場合であっても指が抜け難く容器を安定に保持できる。そして、親指と人差し指は指先まで袋状部に覆われているため、充填物が指にかかることを防止できる。また、親指と人差し指との間隔を開けておくだけで開口状態が維持されるので、例えば、注入作業中に開口部が閉じてしまい充填物が零れるといった不具合を防止できる。

【0008】

本発明に係るパウチ容器において、前記各袋状部は、前記壁面シートの全幅に亘って設けられることが好適である。当該構成によれば、長尺状のシートを用いた生産性の高いプロセスによって袋状部を備えたパウチ容器を製造できる。」

(c)以上によれば、乙42発明は、容器に対する指の挿入方向は本件発明と同じであるが、容器を保持したときに貫通路から指先が出るため、栄養剤等の充填物が指にかかるおそれがあることなどを課題として、その挿入場所を袋状にすることで、充填物が指先にかからないようにしているものであることが認められる。

しかしながら、上記1(2)ウで認定説示したとおり、本件発明の開閉操作部は、指先が露出する貫通路であることを要件としているわけではなく、これを袋状にすることは設計事項にすぎず、これによって本件発明に対して特別の作用効果が加わるわけではない。

したがって、被告製品に乙42発明が実施されていたとしても、そのことが本件特許権侵害を理由とする法102条2項の損害の額の減額事由となることはない

なお、被告は、乙42発明の構成を採ることによる製造コストの削減の点も主張するところ、乙42公報の段落【0008】には、乙42発明の構成であれば、生産性が高まる旨の記載があるが、仮にそうであるとしても、製造方法の違いが物である被告製品の需要喚起と直接関係しないことは明らかであるから、そもそも物の発明である本件発明と乙42発明を製造方法で区別しようとしている点で相当でないことをさて措いても、被告の主張は採用できない。

結局、被告製品に乙42発明が実施されているとしても、そのことで本件発明1の実施以上に技術的に積極的な意味はなく、被告製品の販売拡大に貢献している程度はないと見るのが相当である。

d 乙43発明

(a)乙43発明の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。

「【請求項1】表面シートと裏面シートとを備えるパウチ容器であって、

前記表面シートと前記裏面シートに囲まれた空間が内容物の充填部を形成し

前記充填部に繋がる開口部が前記パウチ容器上部の前記表面シートと前記裏面シートとの間に形成されており、

前記パウチ容器は、さらに、

前記開口部を閉じるチャックと、

前記チャックより上方において、前記表面シートの内側に設けられた第1の内側シートと、

前記チャックより上方において、前記裏面シートの内側に設けられた第2の内側シートと、

を備え、

前記表面シートと前記第1の内側シートの間に第1の内部空間が形成されるとともに、前記裏面シートと前記第2の内側シートの間に第2の内部空間が形成されており、

前記表面シートは、

容器幅方向から前記第1の内部空間に指を挿入可能に形成された第1の挿入口、を含み、

前記裏面シートは、

容器幅方向から前記第2の内部空間に指を挿入可能に形成された第2の挿入口、を含むパウチ容器。

【請求項5】前記表面シートの前記チャックより上方に位置する部分の容器幅方向の長さと、前記第1の内側シートの容器幅方向の長さは同じであり、前記裏面シートの前記チャックより上方に位置する部分の容器幅方向の長さと、前記第2の内側シートの容器幅方向の長さは同じである、パウチ容器。

【請求項6】シーラント層を有する第1の内側シートとシーラント層を有する表面シートとが、それぞれの当該シーラント層を対向させて接合されていると共に、シーラント層を有する第2の内側シートとシーラント層を有する裏面シートとが、それぞれの当該シーラント層を対向させて接合されている、パウチ容器。」

(b)乙43公報には、本件発明の公報を特許文献1として、以下の記載がある

「【発明が解決しようとする課題】

【0005】

上記特許文献1に開示されたパウチ容器によれば、開閉操作部を利用することで、容器の充填部に対して栄養剤等を注入することができる。開閉操作部はチャックを跨ぐように配置されている。保持の仕方によっては容器を保持する手は充填部の一部に重なるように位置する場合もある。注入作業の作業性を向上させるためには、充填物の量を確認し易い構造のパウチ容器が望まれている。

【課題を解決するための手段】

【0006】

本発明に係るパウチ容器は、表面シートと裏面シートとを備える。表面シートと裏面シートに囲まれた空間が内容物の充填部を形成している。充填部に繋がる開口部がパウチ容器上部の表面シートと裏面シートとの間に形成されている。パウチ容器は、さらに、開口部を閉じるチャックと、チャックより上方において、表面シートの内側に設けられた第1の内側シートと、チャックより上方において、裏面シートの内側に設けられた第2の内側シートとを備える。」

「【0009】

第1の挿入口を介して指を収納する第1の内部空間、および、第2の挿入口ヒートシールによる接合が可能となりパウチ容器の生産性が向上する。」

「【発明の効果】

【0016】

本発明によれば、第1の挿入口と第2の挿入口に指を入れることで、容器の開口部を広げ、充填部に充填物を注入することができる。第1の挿入口を介して指を収納する第1の内部空間、および、第2の挿入口を介して指を収納する第2の内部空間がチャックの上方に設けられているので、利用者は、充填物を注入するとき、充填物の量を確認し易い。」

(c)以上より、乙43発明は、同公報において、本件発明の課題として、開閉操作部がチャック部を跨ぐように配置されていることから、保持の仕方によっては容器を保持する手は充填部の一部に重なって充填物の量を確認しにくいという課題があることを前提に、開閉操作部とチャック部の位置関係につき、チャック部を開閉操作部の下側になるよう特定したものと理解できる。

そして確かに、本件発明の実施例は、すべて開閉操作部がチャック部を跨ぐようになっているものの、本件発明の特許請求の範囲において、チャックの位置関係は何ら特定されているわけではない。そうすると、乙43発明に、本件発明において特定されていないチャック部と開閉操作部の位置関係を特定することで進歩性があるとしても、結局、片手操作で栄養剤注入するという本件発明の改良形にすぎないことは明らかであって、本件発明1を実施している以上に技術的に積極的な意味はなく、被告製品の販売拡大に貢献している程度はさほど大きいものとは認められない

e 乙44ないし乙46意匠

乙44意匠ないし乙46意匠は、被告製品そのものを対象として出願し登録された意匠といえるが、乙45意匠、乙46意匠は乙44意匠の部分についての部分意匠として登録されているにすぎないから、結局、本件で問題とすべきは、被告製品が乙44意匠を実施していることということになる。

しかし、その意匠は、乙41発明、乙42発明の実施例と同じものにすぎないし、栄養供給バッグという商品の性質上、登録意匠のもたらす美観が需要を喚起することは考えにくいから、登録意匠を実施していることをもって、本件特許権侵害を理由とする法102条2項の推定を覆滅する事由となるものとは認め難い

f まとめ

以上を総合すると、被告製品は、確かに乙40発明ないし乙43発明及び乙44意匠ないし乙46意匠を実施しているが、本件発明に技術的に付与するものは乙43発明のみであり、その付与の程度がさほど大きくないことは上記のとおりである

したがって、その事情が、法102条2項の推定覆滅事由となるにしても、5%を減じるにとどまるというべきである。

ウ 被告製品の売上げについての被告の営業力、ブランド力の貢献

被告は、被告製品の売上げは被告の営業力、ブランド力よるものであり、技術面の寄与度はせいぜい30%であると主張する。

確かに証拠(甲18、乙57)及び弁論の全趣旨によれば、連結売上高で原告は576億3600万円であるのに対し、被告は3596億9900万円であり、従業員数でも原告はグループ総数で6777名にとどまるのに対し、被告のそれは2万7415名であって、企業規模としては被告の方が圧倒的に大きく、したがって原告が全国に支社、営業所を有していることを考慮しても、営業力、ブランド力とも被告の方が強いことは否定できない。

しかし、証拠(乙47)によれば、本件で問題とすべき経腸栄養バッグ(空バッグ)の分野に限れば、当該市場は、●(省略)●のシェアを占め、その余を他社が占めるというのであり、とりわけ「片手の指を挿入するためのシート状の1対の開閉操作部」を有する経腸栄養バッグに限れば、市場には原告と被告の製品以外は存しないから、市場を●(省略)●を占めるという関係にあり、当該分野に限れば、限られた需要者の間において原告がブランド力を確立していることは容易に推認され、原告との間で、営業力、ブランド力の差が生じているものとは認められない。

したがって、原告と被告の営業力、ブランド力の差をもって、法102条2項による推定が覆滅されるとする被告の主張は採用できない。

(5)総括

以上を総合すると、法102条2項の規定により原告の損害として認定されるべき額は、上記(3)で認定した被告製品の販売により受けた利益の額●(省略)●に、上記(4)で認定した減額事由を考慮し、以下の計算式のとおり3718万0364円と認定するのが相当である。

(計算式)

●(省略)●=37、180、364 円

また、上記損害額に本件に現れた一切の事情を斟酌すると、本件と因果関係のある弁護士及び弁理士費用相当の損害額は380万円と認定するのが相当である。

5.検討

(1)本件は特許権侵害が認められ原告が勝った侵害訴訟です。本件発明は栄養素を投与するのに用いる袋状の容器の側面に指を挿入して容器の口を開けた状態に維持できる機能を設けたものです。出願当初の特許請求の範囲には「前記可撓性袋部材の両主面の各々に固定され、固定された前記軟質プラスチックシートとの間に、前記可撓性袋部材の右側または左側から指を挿入するための貫通路を形成する1対の開閉操作部」という構成要件がありました。しかし、早期審査請求と同時に提出した補正書により「前記可撓性袋部材の両主面の各々に前記可撓性袋部材の右側または左側から片手の指を挿入するための1対の開閉操作部」と変更しています。

(2)早期審査請求とともにこのような補正書を提出したことや分割出願を行っている状況からすると、被告製品の広報発表前ですが、原告は早期審査請求時に被告製品の情報を掴んでいたと考えざるを得ません。そういう前提で考えると、被告製品の情報を生かして被告製品を含むように権利化した上で訴訟を起こし勝ったという狙い通りの権利行使だったといえます。

(3)通常、こういったケースで被告が争うポイントとして非抵触主張は厳しいです。原告は十分検討したうえで被告製品を含むような特許請求の範囲としているのですから。そのため被告にとっては無効主張が最大のポイントになります。定石としては被告製品を含むための補正が新規事項追加に相当するか否かですが、本件の場合は明細書の記載内容からすると、むしろ出願当初の特許請求の範囲が狭すぎたと思われます。したがって新規事項追加で特許を無効にするのは難しいでしょう。一方、進歩性に関しても、既に日本の公報のみならず中国や米国も提出されていることからかなり広範囲で調査済みと思われます。

(4)本件では侵害訴訟における地裁判決が出て一ヶ月も経たずに特許無効審判の審決取消訴訟の判決が出ています。これにより被告が知財高裁に控訴したとしても、同じ証拠であれば、特許は無効にはならないでしょう。そうすると被告が勝つには無効主張のための新しい証拠を提出するしかありません。しかし、控訴審でいきなり新しい証拠を提出して無効主張をして受け入れられるのかわかりません。先日知財高裁所長の清水裁判官の講演を聞きましたが、控訴審の初回期日であれば認めてもらえる可能性があるそうです。

(5)被告は平成25年12月以降現在に至るまで被告製品を販売しており、設計変更等はしていません。セオリーからすると差止請求を起こされている以上、何らかの設計変更を行うものですが、本件ではそのような対応が取られていません。被告自身も客観的に見て非抵触主張や無効主張が強くないことはわかっていたと思われるので、特許とは別の次元で設計変更できない理由があったのではないか?と想像します。

(6)被告は被告製品には本件発明以外にも自己の特許発明も実施していることを示して寄与率の低減を図りました。しかし、よく言われることですが現代の製品は、ものによっては数百の特許が使われているものがあります。そういった特許を考慮して寄与率を低減していては特許制度そのものが無価値なものになってしまいます。

(7)むしろ、この点を証明するために提出した乙40、乙42及び乙43の明細書には先行技術文献として本件特許の公開公報が引用されているので、これによるブーメランの方が心配です。判決中でわざわざ乙40等を引用した部分に「乙40公報には、本件発明の公報を特許文献1として、以下の記載及び図がある」と明記されています。乙40等が被告製品発売前に出願され、被告製品がこれら乙40発明等を実施していることからすると、被告は原告の特許出願を知った上で被告製品の製造を開始したと認識される可能性が高いように思われます。これは被告にとってリスクのみ増えメリットが見当たらない主張であったように思います。

(8)原告もバッグ分の損害に限定されてしまっているので万々歳ではないように思います。本件特許1、2の下位の請求項には「請求項1に記載の医療用軟質容器を含む栄養供給システム。」という従属項がありますが、これらの請求項についての侵害主張はしていないようです。もっともこれらの従属項では容器以外の構成が書いておらず対象となる構成要件が明確ではないので損害額の上乗せができるとは思えませんが。