マッサージチェア事件
投稿日: 2020/04/13 5:46:45
今日は、平成30年(ワ)第3226号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告は株式会社フジ医療器、被告はファミリーイナダ株式会社です。
1.検討結果
(1)本件訴訟は、特許権3件に関する侵害訴訟です。特許Aに係る本件発明Aは利用者の腰を施療する際にマッサージチェアの尻用エアバッグを膨らませて利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、腰用施療子を作動させるというものです。特許Bに係る本件発明Bは以前審決取消訴訟の判決を検討しましたが、特許請求の範囲を何回か読んでみて構成がイメージできなかったものです。特許Cに係る本件発明Cは肘掛け部に空洞部を設けたというものです。
(2)判決では、特許Aについて本件発明Aでは限定されていないが本件明細書の記載を参酌して、本件発明Aは、「「尻用エアバッグ」につき、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合に、その不一致を解消して利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うことができる程度に「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させる」程度の高さが必要である、と解釈しています。これに対して被告各製品は最大のものでも32mm程度であるので高さが十分ではなく、非抵触であると判断しています。
(3)確かに本件発明Aについて本件明細書では、腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合にこれを解消することや、利用者は徐々に持ち上げられている最中に、腰用エアバッグによって腰がまんべんなくマッサージされることになり、腰部近傍に対する充分なマッサージを受けることができる、といった効果が挙げられていますが、16mmとか32mmでは侵害と認めにくいように思います。
(4)判決では、特許Bについて本件発明Bにおける「背凭れ部の左右の側壁部」とは、明細書等を参酌して、「「背凭れ部の…側壁部」とは、「背凭れ部」に対して左右に位置する「側壁部」を意味するのではなく、「背凭れ部」自体に設けられた「側壁部」を意味する」と、解釈しています。これに対して被告各製品の側壁部は背凭れ部には形成されていないので、非抵触であると判断しています。
(5)一般的には「背凭れ部の左右の側壁部」と記載されている場合には側壁部が背凭れ部に設けられている場合も設けられていない場合も含むように解釈します。しかし、本件の場合にはリクライニング動作の際の各構成の位置関係が重要であるので本件明細書に記載されている側壁部が背凭れ部に設けられている構成だけに限定されたようです。
(6)判決では、特許Cについて本件発明Cにおける「空洞部」とは「「空洞部」(構成要件B、C)とは、その全体にわたって「内側立上り壁」を備えるものをいう」と、解釈しています。これに対して被告各製品は、「前部」とされる部分には「内側壁面部」が備わっているが、「中部」とされる部分には、「内側壁面部」が備わっていないので、空洞部とされる部分の全体にわたって「内側壁面部」を備えているといえず、非抵触であると判断しています。
(7)裁判所は「空洞部」についてかなり厳密に定義しています。ここまで厳しく定義すべきか否か議論が別れるかもしれませんが、本件特許は分割出願のためにもともとこの部分を発明のポイントとして上位概念化していないので、補正で追加できる構成が図面に即したものにならざるを得なかった点がウィークポイントだったと思います。
(8)特許B及びCで「施療者」という文言に引っ掛かりました。「施療」とは時代劇等で貧しい人に無料で治療を施す際に使われる言葉です。これを仮に「治療を施す」と解釈したとしても「施療者」は医者のように治療する人に用いる言葉です。言わんとすることはわかるので争点にはならなかったものと思いますが、こういった文言が用いられた請求項は消極的な解釈を招く心理の一因になりかねないように思います。
2.手続の時系列の整理
(1)特許A(特許第4504690号)
① 本件特許は出願時点の出願人は東芝テック株式会社でしたが、その後本件原告に譲渡されています。
(2)特許B(特許第5162718号)
① 本件特許は特願2006-220454からの第2世代の分割出願です。
(3)特許C(特許第4866978号)
① 本件特許は特願2006-220454からの第1世代の分割出願です。
3.本件各発明
(1)本件発明A(特許第4504690号)
A 座部(3)と、該座部(3)の後部に取り付けられた背凭れ(4)とを備え、
B 前記座部(3)には、腿をマッサージする腿用エアバッグ(11)、および尻をマッサージする尻用エアバッグ(10)のうち、少なくとも尻用エアバッグ(10)が設けられ、
C 前記背凭れ(4)には、少なくとも腰用施療子(9L、9R)が設けられた
D 椅子式施療装置であって、
E 利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグ(10)を膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子(9L、9R)を作動させる制御手段(30)を設けた
F ことを特徴とする椅子式施療装置。
(2)本件発明B(特許第5162718号)
ア 本件発明B-1
A 座部(11a)と前記座部(11a)の後側でリクライニング可能に連結された背凭れ部(12a)を有する椅子本体と、
B 前記背凭れ部(12a)の左右の側壁部(2a)と、
C 該椅子本体(10a)の両側部に設けた肘掛部(14a)と、
D を有する椅子式マッサージ機において、
E 前記左右の側壁部(2a)は、前記座部(11a)に着座した施療者の肩または上腕側方となる位置に配設しており、
F 前記左右の側壁部(2a)の内側面には夫々左右方向に重合した膨縮袋(4a)を備えて、これら重合した膨縮袋(4a)の基端部を前記側壁部(2a)に取り付けるように構成しており、
G 前記肘掛部(14a)は、
G-1 施療者の前腕部を載置しうるための底面部(624a)、及び外側立上り壁(622a)により形成され、
G-2 前腕部の長手方向において前記外側立上り壁(622a)に複数個配設された膨縮袋(4a)で前記底面部(624a)に載置した施療者の前腕部にマッサージを施すための前腕部施療機構を備えており、
H 前記肘掛部(14a)の後部と前記背凭れ部(12a)の側部とを連結する連結部(142a)と、前記肘掛部(14a)の下部に設けられ、前記背凭れ部(12a)のリクライニング動作の際に前記連結部(142a)を介して前記肘掛部(14a)全体を前記座部(11a)に対して回動させる回動部(141a)とを設け、
I 前記肘掛部(14a)全体が、前記背凭れ部(12a)のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように構成されて、
J 前記背凭れ部(12a)のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら、肩または上腕から前腕に亘って側壁部(2a)及び外側立上り壁(622a)側から空圧施療を行う
K 事を特徴とする椅子式マッサージ機。
イ 本件発明B-2
L 前記肘掛部(14a)が前記背凭れ部(12a)の側部付近まで延設されており、かつ前記外側立上り壁(622a)が施療者の前腕部から肘部に位置するように構成されている
M 事を特徴とする請求項1記載の椅子式マッサージ機。
(3)特許C(特許第4866978号)
ア 本件発明C-1
A 座部(11a)及び背凭れ部(12a)を有する椅子本体(10a)と、該椅子本体(10a)の両側部に肘掛部(14a)を有する椅子式マッサージ機において、
B 前記肘掛部(14a)に、内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部(61a)と、該前腕挿入開口部(61a)から延設して肘掛部(14a)の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部(62a)が設けられ、
C 前記空洞部(62a)は、前記肘掛部(14a)の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁(622a)及び内側立上り壁(623a)と底面部(624a)とから形成され、
D 前記外側立上り壁(622a)及び内側立上り壁(623a)の上面前端部に空洞部(62a)の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部(65a)が設けられており、
E 前記肘掛部(14a)が、
E-1 前部に前記底面部(624a)と前記外側立上り壁(622a)と前記内側立上り壁(623a)と前記手掛け部(65a)とに囲われ、前記空洞部(62a)に位置する施療部と、
E-2 後部に前記底面部(624a)と前記外側立上り壁(622a)によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部(61a)に位置する施療部とを備え、
F それぞれの施療部に膨縮袋(4a)が夫々設けられている
G 事を特徴とする椅子式マッサージ機。
イ 本件発明C-2
H 前記肘掛部(14a)は、中部に前記底面部(624a)と前記外側立上り壁(622a)と手掛け部(65a)によりコ型に形成された施療部を備えており、
I 前記底面部(624a)と前記手掛け部(65a)とでは、施療者の前腕部を載置しうるための載置面が異なっており、底面部(624a)の載置面よりも手掛け部(65a)の載置面の方が高い位置に形成されている
J 事を特徴とする請求項1記載の椅子式マッサージ機。
ウ 本件発明C-3
K 前記前腕挿入開口部(61a)の前記外側立上り壁(622a)及び前記底面部(624a)の二面において互いに対設する位置に各々膨縮袋(4a)が設けられており、
L 外側立上り壁(622a)の下部において、膨縮袋(4a)の下部の縁部を止着すると共に、前記底面部(624a)の外側立上り壁(622a)側に、もう一つの膨縮袋(4a)の外側立上り壁(622a)側の縁部を止着している
M 事を特徴とする請求項1記載の椅子式マッサージ機。
エ 本件発明C-4
N 前記前腕挿入開口部(61a)の前記外側立上り壁(622a)の下部において、前記膨縮袋(4a)の下部に形成された縁部を止着すると共に、前記前腕挿入開口部(61a)の前記底面部(624a)における前記外側立上り壁(622a)側に他方の前記膨縮袋(4a)に形成された縁部を前記外側立上り壁(622a)側に止着して構成した
O 事を特徴とする請求項3記載の椅子式マッサージ機。
オ 本件発明C-5
P 前記肘掛部(14a)は、椅子本体(10a)に対して前後方向に移動可能に設けられており、前記背凭れ部(12a)のリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら該背凭れ部(12a)のリクライニング動作に連動して前記肘掛部(14a)が椅子本体(10a)に対して前後方向に移動するようにした
Q 事を特徴とする請求項1乃至4記載の椅子式マッサージ機。
4.争点
1 特許A
(1)本件特許権A関係の請求固有の争点
ア 技術的範囲の属否(争点1)
イ 無効理由の存否(新規性欠如の有無、争点2)
(2)本件特許権B及びC関係の請求と共通の争点
損害額(争点3)
2 特許B
(1)本件特許権B関係の請求固有の争点
ア 技術的範囲の属否(争点1)
イ 無効理由の存否(争点2)
(ア)補正要件違反1(構成要件H、争点2-1)
(イ)補正要件違反2(構成要件J、争点2-2)
(ウ)分割要件違反に伴う進歩性欠如(争点2-3)
(エ)実施可能要件違反(争点2-4)
(オ)サポート要件違反(争点2-5)
(カ)明確性要件違反(争点2-6)
(キ)進歩性欠如1(乙B9発明-1を主引用発明とするもの、争点2-7)
(ク)進歩性欠如2(被告先行販売製品発明を主引用発明とするもの、争点2-8)
(ケ)進歩性欠如3(乙B12発明-1を主引用発明とするもの、争点2-9)
(コ)進歩性欠如4(乙B13発明を主引用発明とするもの、争点2-10)
(サ)進歩性欠如5(乙B32発明を主引用発明とするもの、争点2-11)
(シ)進歩性欠如6(乙B31発明を主引用発明とするもの〔主位的主張〕、争点2-12)
(ス)進歩性欠如7(乙B31発明を主引用発明とするもの〔予備的主張〕、争点2-13)
(2)本件特許権A及びC関係の請求と共通の争点
損害額(争点3)
3 特許C
(1)本件特許権C関係の請求固有の争点
ア 技術的範囲の属否(争点1)
イ 無効理由の存否(争点2)
(ア)産業上利用可能性の欠如の有無等(争点2-1)
(イ)進歩性欠如の有無(争点2-2)
(2)本件特許権A及びB関係の請求と共通の争点
損害額(争点3)
5.裁判所の判断
Ⅰ 特許A
1 本件発明Aの技術的意義
-省略-
2 争点1(技術的範囲の属否)のうち、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)の充足性について
(1)意義
ア 特許請求の範囲の記載
本件発明Aに係る特許請求の範囲には、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる」と記載されている(構成要件E)。そうすると、「尻用エアバッグ」は、「利用者の腰を施療する際に」、「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させるものであることを要すると解される。
もっとも、「尻用エアバッグ」が「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させるものであることを要するとしても、高さの変化量が問題になるのか、問題になるとしてもどの程度の変化量が必要であるのかについては、特許請求の範囲の記載から一義的に明らかではない。
イ 本件明細書Aの記載
そこで、本件明細書Aの記載を参酌すると、前記1のとおり、本件発明Aは、体格が小さいなどの理由から利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合には、利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うことができないことから、尻用エアバッグを膨らませることにより利用者の腰の高さ位置を徐々に高くするなどの調整をして、利用者の腰部に対して十分なマッサージを行おうとするものである。このような本件発明Aの技術的意義に鑑みると、「尻用エアバッグ」は、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合に、その不一致を解消して利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うことができる程度に「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させるものであることを要すると解される。
ウ したがって、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)とは、「尻用エアバッグ」につき、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合に、その不一致を解消して利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うことができる程度に「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させる制御手段を設けたことを意味するものと解される。
エ 原告の主張について
これに対し、原告は、「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させれば足り、その程度は問題にならないと主張する。
しかし、人間の体格に個人差があることから、椅子式施療装置に着席した状態で、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とで利用者の身長方向に不一致が生じる場合のあることは避け難く、その不一致の程度は様々であると考えられる。また、体格の個人差のほか、利用者の着席姿勢その他利用時の状況によっても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とで利用者の身長方向に不一致が生じる場合のあることは避け難く、その不一致の程度は様々である。こうした事情から、上記不一致を解消し得る程度として具体的な数値を特定することは難しいものの、本件発明Aのような「椅子用施療装置」がこうした事情をも踏まえて構成される必要があることは、本件発明Aの技術的意義からもうかがわれるところである。そうすると、本件発明Aにおいては、「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」するに当たっての高さの程度も問題とせざるを得ない。すなわち、上記ウのとおり、本件発明Aにおいては、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との不一致を解消して利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うことができる程度に「利用者の腰の高さ位置を徐々に高く」させるものでなければならない。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(2)被告製品1~8の構成
ア 証拠(各項に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1~8における尻用エアバッグ等の構成は、以下のとおりであることが認められる。
(ア)被告製品1及び2(甲8、乙A9)
座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。このほか、左右の座部側部にもエアバッグが設けられており、臀部に向けて左右方向から膨張する。
(イ)被告製品3(甲9、乙A10)
座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。
(ウ)被告製品4(乙A7、乙A15)
座部上面から立ち上がる施療板の内側面に配置され、施療板の下部の一端を支点として施療板を反力受けとして内側方に膨張し、臀部側面を挟持する尻用エアバッグが、左右に分離して設けられている。
(エ)被告製品5(乙A11、乙A16)
座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。当該エアバッグは、それぞれ臀部の左右方向の中心点付近の部分よりも体側部付近の部分の方がより大きく膨張することが想定されている。
(オ)被告製品6(乙A12)
座部上面に配置され、内側方に膨張し、臀部側面を挟持する尻用エアバッグが、座面部の左右各端に、座面中央部分にやや間隔を空けるように分離して設けられている。当該エアバッグは、それぞれ臀部の中心部側の部分よりも体側部付近の部分の方がより大きく膨張することが想定されている。
(カ)被告製品7(甲14、乙A13)
座面上部に配置され、内側方に膨張し、臀部側面を挟持する尻用エアバッグが、座面部の左右各端に、座面中央部分に臀部が収まる程度の間隔を空けるように分離して設けられている。当該エアバッグは、それぞれ臀部の中心部側の部分よりも体側部付近の部分の方がより大きく膨張することにより、「骨盤をしっかりホールド」することが想定されている。
(キ)被告製品8(乙A14)
座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。
イ 腰の高さ位置の変化に関する試験
証拠(甲A1、2、4、6~10)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告製品1~3、5~8について、利用者に模した人形又は人物(以下、これらを区別せず「被験者」という。)を着座させ、被験者の前面腰位置に目印用シール(直径16mm)を貼付し、前面から被験者に対して横向き直線のレーザー光を照射することにより、各製品作動時の目印とレーザー光の各位置の上下方向における相対的な変化量をもって、尻用エアバッグの膨張による腰の高さ位置の変化を確認する試験を実施した。その試験結果は、後記のとおりである。
なお、被告製品4については、同様の試験の結果は証拠として提出されていない。
(ア)被告製品1
証拠(甲A1、2)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1については、別紙「被告製品1における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の上部付近に位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の下部付近に位置したことが認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、16mm程度となる。
(イ)被告製品2
弁論の全趣旨によれば、被告製品2については、尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が、被告製品1以上、すなわち16mm程度以上に高くなるとは認められない。
(ウ)被告製品3
証拠(甲A7、8)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品3については、別紙「被告製品3における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の上部近くに位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印よりも下に位置したことが認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、16mm程度となる。
(エ)被告製品5
証拠(甲A1、4)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品5については、別紙「被告製品5における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の上部に位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光は被験者の腰に貼付された目印よりも下に位置したと認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、32mm程度となる。
(オ)被告製品6
証拠(甲A7、9)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品6については、別紙「被告製品6における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の上部近くに位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の中心付近に位置したと認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、16mm程度であると認められる。
(カ)被告製品7
証拠(甲A7、10)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品7については、別紙「被告製品7における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印よりも上に位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印に重なる形で位置したと認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、16mm程度であると認められる。
(キ)被告製品8
証拠(甲A1、6)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品8については、別紙「被告製品8における構成要件Eに係る動作の発現前と発現後の対照写真」のとおり、動作の発現前は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の上部に位置した一方、動作の発現中は、赤色のレーザー光が被験者の腰に貼付された目印の下部に位置したと認められる。このことと、目印用シールのサイズを踏まえると、尻用エアバッグが膨張したことにより被験者の腰の高さ位置が高くなった程度は、原告に最大限有利に考えても、16mm程度であると認められる。
ウ 検討
(ア)被告製品1及び2について
被告製品1及び2の尻用エアバッグは、座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧するものであるが、原告の試験結果を前提としても、それにより利用者の腰の高さ位置が高くなる程度は、16mm程度にとどまる。
前記1のとおり、本件発明Aは、体格が小さいなどの理由から利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置とが一致しない場合であっても、尻用エアバッグを膨らませることにより、利用者の腰の高さ位置を徐々に高くするなどの調整をして、利用者の腰部に対して十分なマッサージを行おうとするものである。しかるに、人間の一般的な体格等を踏まえると、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間に不一致がある場合に、腰部に十分にマッサージを行うために解消されるべき不一致の程度は、16mmを大幅に超えると考えられる。
このため、被告製品1又は2の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が16mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品1及び2の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(イ)被告製品3について
被告製品3の尻用エアバッグは、座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧するものであるが、原告の試験結果を前提としても、それにより利用者の腰の高さ位置が高くなる程度は、16mm程度にとどまる。
そうすると、上記(ア)と同じく、被告製品3の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が16mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品3の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(ウ)被告製品4について
被告製品4には、座部上面から立ち上がる施療板の内側面に配置され、施療板の下部の一端を支点として施療板を反力受けとして内側方に膨張し、臀部側面を挟持する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。
しかし、その尻用エアバッグが膨張することにより利用者の腰の高さ位置が高くなることの有無及びその程度を認めるに足りる証拠はない。また、被告製品4の尻用エアバッグに係る上記構成に鑑みても、当該尻用エアバッグの膨張により、利用者の腰の高さ位置が腰用エアバッグの位置との間の不一致を解消するほどに高くなるとは考え難い。
したがって、被告製品4の構成は、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(エ)被告製品5について
被告製品5においては、座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧する尻用エアバッグが左右に分離して設けられている。当該エアバッグは、それぞれ臀部の左右方向の中心点付近の部分よりも体側部付近の部分の方がより大きく膨張することが想定されている。現に、原告の試験結果によれば、被告製品5は、他の被告製品と比較して、尻用エアバッグの膨張により利用者の腰の高さ位置が高くなる程度が大きいことがうかがわれる。
しかし、本件発明Aは、利用者の腰部に対して十分なマッサージを行うために、利用者の体格その他の個別的事情から生じる利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との不一致を解消しようというのであるから、その解消されるべき不一致の程度は、32mmを超えると考えられる。
このため、被告製品5の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が32mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品5の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(オ)被告製品6について
被告製品6の尻用エアバッグは、座部上面に配置され、内側方に膨張し、臀部側面を挟持するものである。また、原告の試験結果を前提としても、それにより利用者の腰の高さ位置が高くなる程度は、16mm程度にとどまる。
そうすると、上記(ア)と同じく、被告製品6の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が16mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品6の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(カ)被告製品7について
被告製品7の尻用エアバッグは、座部上面に配置され、内側方に膨張し、臀部側面を挟持するものである。また、原告の試験結果を前提としても、それにより利用者の腰の高さ位置が高くなる程度は、16mm程度にとどまる。
そうすると、上記(ア)と同じく、被告製品7の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が16mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品7の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
(キ)被告製品8について
被告製品8の尻用エアバッグは、座部上面に配置され、上方へ膨張し、臀部底面を押圧するものであるが、原告の試験結果を前提としても、それにより利用者の腰の高さ位置が高くなる程度は、16mm程度にとどまる。
そうすると、上記(ア)と同じく、被告製品8の尻用エアバッグが膨張したことにより、利用者の腰の高さ位置が16mm程度高くなったとしても、利用者の腰の位置と腰用エアバッグの位置との間の不一致が解消されるとはいえない。
したがって、被告製品8の構成は、原告の試験結果を前提としても、「利用者の腰を施療する際に、前記尻用エアバッグを膨らませて前記利用者の腰の高さ位置を徐々に高くしながら、前記腰用施療子を作動させる制御手段を設けた」(構成要件E)を充足しない。
エ 原告の主張について
これに対し、原告は、被告製品1~8は、尻用エアバッグを膨らませることにより利用者の腰の高さ位置を高くするものである以上、位置変化の程度にかかわらず、構成要件Eを充足すると主張する。
しかし、原告の上記主張は、本件発明Aの構成要件Eに係る自らの主張を前提とするものであるところ、その前提を欠く以上、この点に関する原告の主張は採用できない。
3 小括
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品1~8は、本件発明Aの技術的範囲に属さない。したがって、原告の本件特許権Aの侵害に基づく請求は、いずれも理由がない。
Ⅱ 特許B
1 本件各発明Bの技術的意義
-省略-
2 争点1(技術的範囲の属否)のうち、「前記背凭れ部の左右の側壁部と」(構成要件B)の充足性について
(1)意義
ア 特許請求の範囲の記載
本件発明B-1に係る特許請求の範囲には、「前記背凭れ部の左右の側壁部と」と記載されている(構成要件B)。格助詞の「の」には、場所を示し「…にある」などと言い換えられる意味と、位置、方角を示し「…に対する」などと言い換えられる意味がある(甲B6)。
そうすると、「背凭れ部の…側壁部」が、「背凭れ部」自体にある(設けられている)「側壁部」を意味するのか、「背凭れ部」に対して左右に位置する「側壁部」を意味するのかについては、特許請求の範囲の記載からは、必ずしも一義的に明らかでない。
イ 本件明細書Bの記載
(ア)そこで、本件明細書Bの記載を参酌することとする。
前記1のとおり、従来技術の椅子式マッサージ機においては、手部及び前腕部の広範を同時にマッサージするために肘掛部の長さ方向全域に左右一対の立上り壁が設けられた椅子式マッサージ機はもとより、肘掛部の長さ方向全域のうち前側上面部を除いて左右一対の立上り壁が設けられた椅子式マッサージ機においても、内側立上り壁が、施療者の上腕部内側の肘関節付近を圧迫することにより施療時に不快感を与えるだけでなく、腕部の載脱行為を妨げることにより載脱時にも不快感を与えるという課題があった。そこで、本件各発明Bは、肘掛部を「底面部、及び外側立上り壁により形成」し(構成要件G-1)、前腕部に対する不必要な圧迫や摺擦をもたらす要因をなくすことにより、前腕部施療機構におけるスムーズな前腕部の載脱が可能となり、施療者が起立及び着座を快適に行うことができるようにするとともに、肘掛部を椅子本体に対して前後方向に移動可能に設け、背凭れ部のリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部が椅子本体に対して前後方向に移動するように「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部と、前記肘掛部の下部に設けられ、前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部とを設け、」「前記肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように構成」すること(構成要件H及びI)により、背凭れ部のリクライニング角度に関係なく、肘掛部に設けた前腕部施療機構における前腕部の位置が可及的に変わらないようにして、「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら(構成要件J)、安定した前腕部に対するマッサージを行うこととしたものである。
(イ)本件各発明Bの上記技術的意義を踏まえつつ、本件明細書Bにおいて「背凭れ部」と「側壁部」の関係に言及した記載を見るに、【0022】には、「本発明の椅子式マッサージ機は、図1乃至図3の実施形態で示したように…背凭れ部12aの左右両側に前方に向かって突出した側壁部2aを夫々配設している。」と記載されているところ、図1~3の「側壁部」はいずれも「背凭れ部」自体に設けられている。また、【0030】には、「前記背凭れ部12aに設けた左右の側壁部2a」と、「左右の側壁部」が「背凭れ部」自体に設けられていることが明確かつ直接的に記載されている。
さらに、「背凭れ部」と「側壁部」の関係について直接言及した記載ではないものの、【0054】は、「図4に示すように、前記肘掛部14aは、椅子本体10aに対して前後方向に移動可能に設けられており、前記背凭れ部12aのリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら前記背凭れ部12aのリクライニング動作に連動して前記肘掛部14aが椅子本体10aに対して前後方向に移動するようにしている。」とし、【0055】は、「前記肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回動部141aを設けると共に、肘掛部14aの後部で回動可能に前記背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けて構成している。」とする。図4では、「側壁部」が「背凭れ部」に設けられている一方で、肘掛部の動きが、肘掛部の後部と「背凭れ部」の側部とを連結する連結部と肘掛部の下部に設けられた回動部により規制され、「背凭れ部」のリクライニング動作に連動して肘掛部全体が「背凭れ部」のリクライニングする方向に傾く様子が図示されている。
(ウ)これらの本件明細書Bの記載によれば、本件各発明Bの「椅子式マッサージ機」は、「側壁部」の内側面に配設された膨縮袋により施療者の肩又は上腕を施療し(構成要件F、【0030】)、肘掛部に配設された前腕部施療機構により施療者の前腕を施療する(構成要件G-2)ところ、このような「椅子式マッサージ機」において、「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら、肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁側から空圧施療を行う」ための構成として、本件明細書Bには、「背凭れ部」に設けられ、「背凭れ部」と一体となってリクライニング動作を行う「側壁部」と、連結部と回動部により「背凭れ部」がリクライニングする方向に傾くよう動きが規制される肘掛部によって、「背凭れ部」のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保つという構成が開示されていると認められる。
他方、本件明細書Bを通覧しても、「側壁部」が、「背凭れ部」自体には設けられておらず、「背凭れ部」に対して左右に位置することについて、明示の記載はない。また、「側壁部」が「背凭れ部」に設けられていない場合において、リクライニング角度に関わらず「側壁部」を「背凭れ部」の左右に位置させ、「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら、肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁側から空圧施療を行う」ことができる構成について、明示の記載はもとより示唆する記載もない。
ウ 出願経過
(ア)さらに、出願経過について見るに、本件補正時に提出した上申書(乙B3)において、「前記背凭れ部の左右の側壁部」を含む補正は、当初明細書【0030】の記載に基づき補正されたものとされている。当該段落自体は補正されておらず、本件明細書Bの【0030】と同一内容である。
(イ)本件補正時の原告の説明について
a 原告は、本件補正後の請求項1について、以下のように説明している。「補正後の本発明に係る椅子式マッサージ機は、左右の側壁部の内側面に夫々左右方向に重合した膨縮袋を備えることにより…、その膨張時に重合した膨縮袋が扇状に広がって施療者の身体側部(肩部はまた上腕部)を狭圧しつつ、身体前方まで覆って身体側部を施療することができます。さらに、前腕部の長手方向において肘掛部の前期外側立上り壁に配設された複数個の膨縮袋を備えることにより…、前腕部を外側方から覆って空圧施療を行うことができます。かかる構成により、肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁からの一体的かつ連続的な空圧施療を行うことができます。」
「補正後の本発明に係る椅子式マッサージ機は、…前腕部施療機構を備えた肘掛部の全体が、背凭れ部のリクライニング動作に連動して傾くよう回動可能に構成されており、肘掛部の底面部に前腕部を載置した状態であっても、肘掛部全体が背凭れ部のリクライニング動作に連動して傾くことで、肘掛部全体の傾き具合を背凭れ部のリクライニング動作に常時対応させることができます。…その結果、…補正後の本発明に係る椅子式マッサージ機は、肘掛部の底面部に載置した前腕部を含む上半身の着座姿勢を安定的に保ちながら、背凭れ部のリクライニング角度に関係なくリラックスした姿勢で、肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁側から空圧施療を行うことができるという特徴を有しています。」
b ここで、「背凭れ部」と「側壁部」との関係につき、「背凭れ部」自体に「側壁部」を設けた場合は、「背凭れ部」のリクライニング動作に伴って「側壁部」も傾くことから、上記特徴を発揮し得ることは明らかである。
他方、「背凭れ部」と「側壁部」とがそのような関係になく、「側壁部」が「背凭れ部」に対して左右に位置するというにすぎない場合、なお上記特徴を発揮するべく「背凭れ部」のリクライニング動作に伴って「側壁部」が傾くためには、これを実現し得る何らかの機構ないし構成を更に必要とすることになる。しかし、本件特許B-1に係る請求項及び本件明細書Bのいずれにも、そうした機構ないし構成に関する明示の記載も示唆もない。上記上申書においても、その点に関する説明はない。
エ 以上によれば、「背凭れ部の…側壁部」とは、「背凭れ部」に対して左右に位置する「側壁部」を意味するのではなく、「背凭れ部」自体に設けられた「側壁部」を意味すると解される。
オ 原告の主張について
これに対し、原告は、「背凭れ部の…側壁部」は、「背凭れ部」に対して左右に位置する「側壁部」を意味すると主張する。
しかし、上記のとおり、助詞「の」の意義は多義的であるし、本件明細書Bの記載(【0022】、【0030】)及び図面(図1~図3)も、むしろ「側壁部」が「背凭れ部」の単に左右に位置するというにとどまらず、「背凭れ部」自体に設けられていることを示すものと理解される。なお、図5に関しては、それのみでは「背凭れ部」と「側壁部」の関係は判然としない。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(2)被告製品1~5、8~12の構成
ア(ア)被告製品1及び2
a 被告製品1
証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品1側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品1において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品1の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
b 被告製品2
証拠(甲7、8)及び弁論の全趣旨によれば、構成要件Bの構成と対比すべき被告製品2の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、被告製品1と同様であると認められる。
したがって、被告製品2の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
(イ)被告製品3
証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品3の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品3側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品3において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品3の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
(ウ)被告製品8~10
a 被告製品8
証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品8の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品8~10側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品8において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品8の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
b 被告製品9及び10
証拠(甲15~17)及び弁論の全趣旨によれば、構成要件Bの構成と対比すべき被告製品9及び10の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、被告製品8と同様であり、別紙「被告製品8~10側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。
したがって、被告製品9及び10の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
(エ)被告製品4及び12
a 被告製品4
証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品4の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品4及び12側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品4において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品4の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
b 被告製品12
証拠(甲11、19)及び弁論の全趣旨によれば、構成要件Bの構成と対比すべき被告製品12の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、被告製品4と同様であり、別紙「被告製品4及び12側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。
したがって、被告製品12の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
(オ)被告製品5
証拠(甲12)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品5の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品5側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品5において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品5の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
(カ)被告製品11
証拠(甲18)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品11の側壁部、背凭れ部、肘掛部及びアームレストユニットの構成は、別紙「被告製品11側壁部及び背もたれ部説明図」記載のとおりであると認められる。これによれば、被告製品11において、側壁部は、アームレストユニットに肘掛部と共に形成されており、背凭れ部には形成されていないことが認められる。
したがって、被告製品11の構成は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)を充足しない。
イ 原告の主張について
これに対し、原告は、被告製品1~5、8~12の側壁部は「背凭れ部の左右の側壁部」を充足すると主張する。しかし、原告の上記主張は、「背凭れ部の左右の側壁部」(構成要件B)の記載に係る自らの解釈を前提とするものであり、その前提を欠く以上、この点に関する原告の主張は採用できない。
(3)構成要件Mの充足性
本件発明B-2は、本件発明B-1の従属発明であり、被告製品1~5、8~12が構成要件Bを充足しない以上、構成要件Mを充足しない。
3 小括
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品1~5、8~12は、本件各発明Bの技術的範囲に属さない。したがって、原告の本件特許権Bの侵害に基づく請求は、いずれも理由がない。
Ⅲ 特許C
1 本件各発明Cの技術的意義
-省略-
2 争点1(技術的範囲の属否)のうち、「空洞部」(構成要件B及びC)の充足性について
(1)「空洞部」の意義
ア 特許請求の範囲の記載
(ア)本件発明C-1に係る特許請求の範囲請求項1には、「前記空洞部は、前記肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され、」と記載されている(構成要件C)。この記載をその文言のとおりに理解するならば、「外側立上り壁」、「内側立上り壁」及び「底面部」の3要素により形成された部分をもって成るものが「空洞部」であり、「空洞部」に「外側立上り壁」、「内側立上り壁」及び「底面部」が存在しない部分が許容されると解されず、「空洞部」のいずれかの部分に「外側立上り壁」、「内側立上り壁」及び「底面部」が存在することをもって足りることにはならない。これを「内側立上り壁」についていえば、「空洞部」全体にわたって「内側立上り壁」が存在することを要することとなる。上記請求項全体の構成に鑑みると、構成要件D以下の各構成要件は、構成要件Cによる「空洞部」の定義付けを前提として理解される。
(イ)また、上記請求項には、「外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部が設けられており」とも記載されている(構成要件D)。これによれば、「空洞部の先端部」に「内側立上り壁の…前端部」が存在することは明らかであるところ、「内側立上り壁の…前端部」という記載は、更に「空洞部の先端部」以外にその後方部分にも「内側立上り壁」が存在することを示唆するものと理解される。
(ウ)さらに、上記請求項には、「前記肘掛部に、内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部と、該前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部が設けられ、」と記載されている(構成要件B)。
上記記載からは、「前腕挿入開口部」と「空洞部」とが、「肘掛部」の構成部分として並列的に取り扱われるものと理解されるとともに、「空洞部」が「前腕挿入開口部から延設して…設けられ」ていると記載されていることに鑑みると、「前腕挿入開口部」は、「空洞部」の一部ではなく、「空洞部」とは別の「肘掛部」の構成部分でありつつ、「空洞部」に連続して設けられた部分であると解される。また、「前腕挿入開口部」が肘掛部の「内側後方から施療者の前腕部を挿入するための」部分であるのに対し、「空洞部」は、その「前腕挿入開口部から…施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための」部分であると記載されていることに鑑みると、「前腕挿入開口部」と「空洞部」から成る「肘掛部」中における「前腕挿入開口部」と「空洞部」の相対的な位置関係は、「空洞部」が前部に、「前腕挿入開口部」が後部に位置すると解される。
さらに、「空洞部」は、「肘掛部の内部に」おいて「前腕部を挿入保持するための」部分であるということは、「前腕部を挿入保持する」ように「空洞部」が構成されることを示す。
(エ)他方、上記請求項には、「前記肘掛部が、前部に前記底面部と前記外側立上り壁と前記内側立上り壁と前記手掛け部とに囲われ、前記空洞部に位置する施療部と、後部に前記底面部と前記外側立上り壁によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部とを備え、」とも記載されている(構成要件E、E-1、E-2)。この記載は、「肘掛部」中における「前腕挿入開口部」と「空洞部」の位置関係等を直接規定したものではないとしても、「前腕挿入開口部」が「内側後方から施療者の前腕部を挿入するための」部分であるところ、そこに位置する施療部は「底面部」と「外側立上り壁」によりL型に形成されていることから、当該施療部には「内側立上り壁」が存在しないと解される。このような「前腕挿入開口部から延設して…設けられ」ている「空洞部」が、上記のとおり「肘掛部」中の別の構成部分であることに鑑みると、「内側立上り壁」の有無が「空洞部」と「前腕挿入開口部」とを画するものであるとの示唆を看取することもできる。
そもそも、「前腕挿入開口部」につき、「内側後方から施療者の前腕部を挿入するための」ものと特定されていること自体、「前腕挿入開口部から延設して…設けられ」た「空洞部」の内側側方からは、「空洞部」に「施療者の前腕部を挿入する」ことができないことを示唆するものと解される。
(オ)他方、これらの記載を含む上記請求項1の記載から、「空洞部」中に「内側立上り壁」が存在しない部分があるとの示唆を読み取ることはできない。
(カ)以上によれば、本件発明C-1の「空洞部」(構成要件B、C)とは、その全体にわたって「内側立上り壁」を備えるものをいうと解される。
イ 本件明細書Cの記載及び出願経過
上記のように解することは、本件明細書Cの記載及び本件特許Cの出願経過からも裏付けられる。
(ア)本件明細書Cの記載について
前記1のとおり、本件発明C-1は、手部及び前腕部の広範を同時にマッサージするために肘掛部の長さ方向全域に左右一対の立上り壁が設けられた椅子式マッサージ機はもとより、肘掛部の長さ方向全域のうち前側上面部を除いて左右一対の立上り壁が設けられた椅子式マッサージ機においても、内側立上り壁が、施療者の上腕部内側の肘関節付近を圧迫することにより施療時に不快感を与えるだけでなく、腕部の載脱行為を妨げることにより載脱時にも不快感を与えることから、肘掛部の「内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部」を設けた(構成要件B)ものである。また、本件発明C-1は、肘掛部の長さ方向全域に左右一対の立上り壁が設けられた椅子式マッサージ機においては、肘掛部の前端部にまで外側立上り壁及び内側立上り壁が形成されており、同部の上面部が開口された状態となっているため、同部を掴んで体重を掛けて起立及び着座することが困難であったことから、「外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部」を設けた(構成要件D)ものでもある。
このような本件発明C-1の技術的意義に鑑みると、本件発明C-1は、肘掛部の長さ方向全域に「外側立上り壁」と「内側立上り壁」が形成された椅子式マッサージ機を前提として、肘掛部の内側後方から施療者の前腕部を挿入可能となるように「内側立上り壁」を廃した「前腕挿入開口部」を設けたと認められるから、そのような肘掛部の「内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部」と、そこから「延設して肘掛部の内部に…設けられ」ている「空洞部」とは、「内側立上り壁」の有無により画されるものと理解されるし、「手掛け部」を設けたのは手部及び前腕部の広範を同時にマッサージするために肘掛部の前端部にまで「内側立上り壁」が形成されていることを踏まえたものである以上、本件発明C-1における「肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され」た「空洞部」の「内側立上り壁」は、手部及び前腕部の広範を同時にマッサージすることができるように、「空洞部」全体にわたって存在することが想定されているといえる。
また、本件明細書Cには、本件発明C-1の従属発明である本件発明C-3の課題を解決するための手段及び発明の効果について、「前腕挿入開口部」を「空洞部の後方位置に設けられた外側立上り壁及び底面部で形成」し、その二面において互いに対設する位置に各々膨縮袋を設けることにより、「空洞部の後方位置でも前腕部に対するマッサージを実施する事ができる」と記載されている(【0010】、【0016】)。本件発明C-1の上記技術的意義に鑑みると、「空洞部の後方位置」は、「空洞部」中の後方部分ではなく、「空洞部」の後方にある位置を指しており、「前腕挿入開口部」と「空洞部」とが「肘掛部」中の別の構成部分であることを前提とする記載といえる。このような理解は、本件発明C-3の実施例に係る「前記空洞部62aにおいて前腕部に対応した前記各膨縮袋4aよりも後方である位置に、前記膨縮袋4aを設けてもよい。この後方の位置に、前腕挿入開口部61aを設けているため、前記内側立上り壁623aは形成されていない」との記載(【0043】)からも裏付けられる。
(イ)出願経過について
a 証拠(各項に掲げたもの)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許Cの出願経過について、以下の事実が認められる。
(a)本件特許Cに係る出願は、以下のとおり、平成18年8月11日にされた本件親出願の一部を新たな特許出願としたものである(甲6)。
本件親出願に係る特許請求の範囲請求項1は、以下のとおりである(乙C8)。「座部及び背凭れ部を有する椅子本体と、該椅子本体の両側部に肘掛部を有する椅子式マッサージ機において、前記肘掛部には、該肘掛部の内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部を開設すると共に、該前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の前腕部を挿入保持し得る空洞部を設けており、且つ、該空洞部の内部壁面各所に施療者の前腕部にマッサージを施し得る前腕部施療機構を設けた事を特徴とする椅子式マッサージ機。」
(b)本件特許Cの出願時の特許請求の範囲請求項1は、以下のとおりである(乙C9。下線部は、本件親出願に係る特許請求の範囲請求項1からの変更箇所を示す。)。
「座部及び背凭れ部を有する椅子本体と、該椅子本体の両側部に肘掛部を有する椅子式マッサージ機において、前記肘掛部の内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部を有しており、該前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部が設けられており、前記空洞部は、前記肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され、且つ、前記空洞部の前記外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に手掛け部が設けられており、前記手掛け部の下面部及び前記空洞部の底面部における上面部に膨縮袋が夫々設けられている事を特徴とする椅子式マッサージ機。」
なお、本件特許Cの出願時には、本件発明C-2と同一内容の請求項は設けられていなかった。
(c)本件特許Cの出願時に提出された上申書(乙C10)において、原告及び共同出願人は、本件親出願からの特許請求の範囲請求項1の変更箇所について、以下のとおり説明した。
・ 「前腕挿入開口部を有しており」、及び「空洞部が設けられており」の変更は、単なる言い回しの変更である。
・ 他の変更箇所においては、原出願の分割直前の明細書の段落[0032]、[0033]、[0034]、[0037]及び図面[図1]~[図4]、[図6]、[図7]、[図13]、[図16]に記載された事項に基づく発明を新たに追加記載したものである。
・ 特に、同請求項に記載の「施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部」の追加変更は、原出願の分割直前の明細書段落[0034]において、「施療者の手部と前腕部に対し夫々挟圧マッサージが行えるように、前記空洞部62aの長さ方向前後に左右一対の膨縮袋4a・4aを夫々設ける事ができる。すなわち、空洞部62aの長さ方向前側に設けられた前記左右一対の膨縮袋4aは、手部に対応し、また空洞部62aの長さ方向後側に設けられた前記左右一対の膨縮袋4aは、前腕部に対応するよう構成する事ができる。」との記載がなされていることを主に根拠とする。
(d)原告及び共同出願人は、平成23年2月8日付け拒絶理由通知書(乙C11)の送付を受けた。
(e)上記拒絶理由通知を受け、原告は、特許庁審査官に対し、平成23年5月9日受付の手続補正書(乙C13)及び意見書(乙C12)を提出した。これを受けて、特許庁審査官は、同年6月1日、本件特許Cに係る特許査定をした(乙C14)。
上記手続補正書によれば、補正後の本件特許Cに係る特許請求の範囲請求項1は、以下のとおりである(二重下線部は、本件特許Cの出願時の特許請求の範囲請求項1からの変更箇所を示す。)。
「座部及び背凭れ部を有する椅子本体と、該椅子本体の両側部に肘掛部を有する椅子式マッサージ機において、前記肘掛部に、内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部と、該前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部が設けられ、前記空洞部は、前記肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され、前記外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部が設けられており、前記肘掛部が、前部に前記底面部と前記外側立上り壁と前記内側立上り壁と前記手掛け部とに囲われ、前記空洞部に位置する施療部と、後部に前記底面部と前記外側立上り壁によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部とを備え、それぞれの施療部に膨縮袋が夫々設けられている事を特徴とする椅子式マッサージ機。」
また、本件発明C-2に係る特許請求の範囲請求項2が追加された。
(f)原告は、上記補正の内容等につき、上記意見書において、以下のとおり説明した。
・ 本発明は、従前における「肘掛部の長さ方向全域に前腕部施療機構として左右一対の立上り壁を設けた椅子式マッサージ機」に関する、以下の問題に鑑みて創作したものです(【0005】~【0007】参照)。即ち本発明は、施療者の肘関節付近にまで左右一対の立上り壁が存在することによる施療者の肘関節付近の圧迫による不快感を解消し、更に前腕部施療機構を有していても施療者が起立及び着座を快適に行う事ができるようにした施療機を提供するものです。補正後の本発明では、「外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で手掛け部」を形成し、この部分の強度を確保することで、施療者が着座や起立時に体重を掛ける事が出来るようにして、当該動作を快適に実施できるようにしています。しかもこの手掛け部と底面部と外側立上り壁と内側立上り壁とに囲われて空洞部に位置する施療部にも膨縮袋を設けていますので、施療者の起立及び着座時の快適性を確保しながらも、施療者の手部をマッサージすることができます。そして肘掛部の「後部に前記底面部と前記外側立上り壁によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部」を形成しており、このL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部は、内側立上り壁が有りませんので、施療者の肘関節付近の圧迫による不快感を解消することができます。更にこの施療部にも膨縮袋を設けていますので、腕部の載脱をスムーズに行いながらもマッサージを施すことが可能になっています。よって本発明では、従前における課題を解決する為に、少なくとも、施療者の体重を掛けることができるように構成された手掛け部を備え、L型に形成されて前腕挿入開口部に位置する施療部を備える椅子式マッサージ機となっています。
・ 手掛け部が「空洞部の先端部の上方を塞ぐ形態で」設けられることは、本願明細書の【0037】欄に記載しています。
・ 前記肘掛部が、前部に前記底面部と前記外側立上り壁と前記内側立上り壁と前記手掛け部とに囲われ、前記空洞部に位置する施療部と、後部に前記底面部と前記外側立上り壁によりL型に形成され、前記前腕挿入開口部に位置する施療部とを備え」ることは、本願明細書の【0045】及び【0046】欄に記載しています。
・ 請求項2については、「肘掛部は、中部に前記底面部と前記外側立上り壁と手掛け部によりコ型に形成された施療部を備えて」いることは、本願明細書の【0045】及び【0046】欄に記載しており、また「肘掛部は、中部に前記底面部と前記外側立上り壁と手掛け部によりコ型に形成された施療部を備えて」いることは、本願明細書の【0038】欄に記載しています。
・ 引用文献2(裁判所注:乙C19)に開示されている前腕部施療部は、施療者が肘部や腕部及び手部の施療を所望する際に挿入する「肘挿入用凹溝」であって、その断面形状は略横向き「凹」字状です。これに対して本発明における前腕挿入開口部に位置する施療部は「底面部」及び「外側立上り壁」により形成された断面略「L型」であり、また手掛け部が形成される空洞部に位置する施療部は、「底面部」「外側立上り壁」「内側立上り壁」及び「手掛け部」に囲われた形状(実施の形態では「口型」)ですので、その構成において両者は明らかに相違します。そして引用文献2に開示されたような断面が略「コ」字状の前腕部施療部では、前腕挿入開口部においては、上面に位置する部分が腕部の載脱をスムーズに行う上で障害になりますし、手掛け部においては、「内側立上り壁」が存在しませんので、施療者の体重を掛ける上では不安が残ります。よって、この引用文献2からは、本発明の構成のみならず、その課題や作用効果さえも予想することができません。
b(a)上記a(c)のとおり、原告及び共同出願人は、本件親出願に係る特許請求の範囲請求項1を本件特許Cの出願に係る特許請求の範囲請求項1に変更した根拠として、本件親出願の明細書【0032】、【0033】、【0034】及び【0037】並びに図1~4、6、7、13及び16を挙げている。このうち、【0032】、【0034】及び【0037】並びに図1、2、6、13及び16においては、「空洞部62a」における「内側立上り壁623a」に関する言及があるところ、手掛け部に関する【0037】を除き、これらの記載及び図面は、いずれも、「前腕挿入開口部61a」と区別される「空洞部62a」の全体にわたって「内側立上り壁623a」が存在する構成を示している(乙C8)。
他方、本件親出願の明細書【0046】、【0047】及び図14は、本件明細書Cの【0046】、【0047】及び図14と同様に、前腕部施療機構の中部に「内側立上り壁」が形成されていない実施例に関する記載である(乙C8)ところ、これらは、上記のとおり、本件特許Cの出願に当たり、本件親出願の請求項からの変更の根拠として挙げられていない。
(b)また、前記a(f)のとおり、本件特許Cの出願に係る補正時に提出した意見書において、原告は、本件各発明Cが、「肘掛部の長さ方向全域に前腕部施療機構として左右一対の立上り壁を設けた椅子式マッサージ機」に関する発明であり、「施療者の肘関節付近にまで左右一対の立上り壁が存在することによる施療者の肘関節付近の圧迫による不快感を解消し、更に前腕部施療機構を有していても施療者が起立及び着座を快適に行う事ができるようにした施療機を提供するもので」あるとしている。その上で、「空洞部の先端部」に設けた「手掛け部」に関しては、そこに「内側立上り壁」が存在することを前提とした説明をしつつ、「前腕挿入開口部」に関しては、そこには「内側立上り壁」がない形状にしたとする説明をしている。
他方、請求項2、すなわち肘掛部の中部に「前記底面部と前記外側立上り壁と手掛け部によりコ型に形成された施療部」を設けることについても説明しているが、そこで言及されている本件明細書Cの記載のうち、【0038】及び【0045】はこのような構成とは直接関係しないものであり、関係するのは【0046】のみである。
また、拒絶理由に示された引用文献2と補正後の発明(本件発明C-1、C-2)との相違について、引用文献2に開示された前腕部施療部は「肘挿入用凹溝」であり、その断面形状は略横向き「凹」字状であるのに対し、本件においては、前腕挿入開口部に位置する施療部は「底面部」及び「外側立上り壁」により形成された断面略「L型」であり、また、手掛け部が形成される空洞部に位置する施療部は、「底面部」「外側立上り壁」「内側立上り壁」及び「手掛け部」に囲われた形状(実施の形態では「ロ型」)であるため、その構成が相違する旨説明している。また、断面が略「コ」字状の前腕部施療部の問題点として、前腕挿入開口部においては、上面に位置する部分が腕部の載脱をスムーズに行う上で障害となり、手掛け部においては「内側立上り壁」が存在しないため、施療者の体重を掛ける上で不安が残ることを指摘している。
こうした説明内容に加え、上記補正により「前記底面部と前記外側立上り壁と手掛け部によりコ型に形成された施療部を備え」る請求項2(本件発明C-2)を請求項1の従属項として追加したにもかかわらず、当該発明における上記略「コ」字状の前腕部施療部の問題点の有無等に関する説明が見当たらないことに鑑みると、上記補正における原告の説明は、請求項2の追加にかかわらず、本件発明C-1の「空洞部」につき、その全体にわたって「内側立上り壁」が存在する構成を前提としていたと理解される。
ウ 小括
以上によれば、本件発明C-1の「空洞部」は、その全体にわたって「内側立上り壁」を備えるものをいうと解される。
エ 原告の主張について
(ア)これに対し、原告は、「空洞部」は、「手掛け部」を設ける前提として、「内側立上り壁」等により形成する構成が特定されているにすぎない、本件明細書Cの記載等(【0010】、【0016】、【図8】)によれば、内側立上り壁が設けられていない箇所も「空洞部」と記載又は示唆されている、分割出願の前後を問わず、【0046】及び【図14】が本件各発明Cの実施例として位置付けられ続けているなどとして、「空洞部」は、「内側立上り壁」が全体にわたって備えている構成に限られないと主張する。
(イ)前記1のとおり、本件発明C-1は、肘掛部の長さ方向全域に左右一対の立上り壁が設けられたり、肘掛部の長さ方向全域のうち前側上面部を除いて左右一対の立上り壁が設けられたりした椅子式マッサージ機を従来技術として、その課題を踏まえたものである。また、本件発明C-1に係る請求項も、「空洞部」が「肘掛部の幅方向左右に夫々設けた外側立上り壁及び内側立上り壁と底面部とから形成され」ることを受けて、「前記外側立上り壁及び内側立上り壁の上面前端部に…手掛け部が設けられ」るとしており、むしろ「内側立上り壁」が存在することが、発明に係る構成として「手掛け部」に先行するものと理解される。その意味で、「手掛け部」が設けられることによって、「空洞部」の「内側立上り壁」が存在する範囲が規定されるという関係にはない。
また、「前記前腕挿入開口部を、前記空洞部の後方位置に設けられた外側立上り壁及び底面部で形成し」(【0010】)、「本発明の椅子式マッサージ機は、前記前腕挿入開口部を、前記空洞部の後方位置に設けられた外側立上り壁及び底面部で形成し」(【0016】)の各記載は、「前腕挿入開口部」が「空洞部」の「後方」に「位置」することを示すものの、このことは、「前腕挿入開口部」が「空洞部」の一部としてその後方部分を構成することを直ちに意味するものではない。そうすると、これらの記載は「空洞部」に「内側立上り壁」が存在しない部分も含まれることを示すものとはいえない。他方、図8は、前腕挿入開口部の実施例の構成に関する図面であるところ(【0043】、【0044】)、「前記空洞部62aにおいて前腕部に対応した前記各膨縮袋4aよりも後方である位置に、前記膨縮袋4aを設けてもよい。この後方の位置に、前腕挿入開口部61aを設けているため、前記内側立上り壁623aは形成されていない」(【0043】)との記載に鑑みると、図8に示された「空洞部62a」は、上記記載における「前腕挿入開口部」と対応関係にある「空洞部62a」を仮想線で示したものにすぎず、「前腕挿入開口部」の全部又は一部が「空洞部」を構成することを示すものではないと理解される。
さらに、本件明細書Cの【0046】及び【図14】の記載が本件親出願からの分割出願や補正にもかかわらず一貫して存在する点については、本件発明C-1に係る特許請求の範囲請求項1の記載自体から「空洞部」につき、その全体にわたって「内側立上り壁」が存在する構成と理解されることに鑑みると、分割出願や補正による本件特許Cの発明の内容の変化に応じてこれらの記載が補正等されなかった結果にすぎないと見るべきである。
したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
(2)被告製品1及び2の構成
ア 被告製品1の構成
(ア)証拠(甲C2)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1は、以下の図のとおりの腕ユニットを備えていることが認められる。したがって、被告製品1は、「肘掛部」(構成要件A)の構成を備える。
(イ)原告は、以下の図において、「外側壁面部」及び「底面部」により形成される「開口部」とされている部分が「前腕挿入開口部」(構成要件B、E-2)に相当し、「外側壁面部」、「内側壁面部」及び「底面部」により形成される「空洞部」とされている部分が「空洞部」(構成要件B、C)に相当すると主張する。
しかし、被告製品1の腕ユニットの「空洞部」は、図中で「前部」とされる部分には「内側壁面部」が備わっているが、「中部」とされる部分には、「内側壁面部」が備わっていないことが認められる。すなわち、被告製品1の空洞部とされる部分は、その全体にわたっては「内側壁面部」を備えていない。
したがって、被告製品1は、「空洞部」(構成要件B及びC)に相当する構成を備えているとは認められない。
イ 被告製品2の構成
弁論の全趣旨によれば、被告製品1の構成と被告製品2の構成には異なる部分もあるが、本件各発明Cの構成要件の充足性を検討するに当たっては、その差異を考慮する必要はないことが認められる。
したがって、被告製品2は、「空洞部」(構成要件B及びC)に相当する構成を備えているとは認められない。
ウ 小括
以上のとおり、被告製品1及び2の構成は、本件発明C-1の構成要件B、Cを充足しない。
また、そうである以上、本件発明C-1に従属する発明である本件発明C-2~5も、構成要件J(本件発明C-2)、構成要件M(本件発明C-3)、構成要件O(本件発明C-4)、構成要件Q(本件発明C-5)を、それぞれ充足しないことになる。
3 小括
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製品1及び2は、いずれも本件各発明Cの技術的範囲に属しない。したがって、原告の本件特許権Cの侵害に基づく請求は、いずれも理由がない。