麹製造方法事件(100年前の文献による無効)

投稿日: 2018/02/04 23:06:43

今日は、平成28年(ワ)第1453号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるカワタ工業株式会社は、判決文によると、醸造用及び食品用機械器具の製造、販売業等を事業目的とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社フジワラテクノアートは、醸造用機械の製作並びに修理、販売等を事業目的とする株式会社だそうです。

結論からいうと、本件は特許が無効資料に対して進歩性を有していないので無効であると判断されています。

これ自体はよくあることですが、面白いのはその無効資料が今からおよそ100年前に米国で発行された特許公報であり、その発明者が日本人の高峰譲吉氏であった点です。この人物は初代特許庁長官である高橋是清氏のもとで次長を務め、その後米国に渡って消化薬であるタカジアスターゼを発明したり、アドレナリンを発見した研究者であるとともに、三共(現、第一三共)の初代社長を務めた事業者でもありました。まさか100年前の歴史上の人物の特許公報が無効資料として出現するとは思っていませんでした。

 

1.手続の時系列の整理(特許第4801443号)

① 本件特許の登録後約1年経ってから特許無効審判が請求されています。この審判の請求人は本件被告です。

② 本件特許は無効2012-800196において2回訂正請求されており、本件訴訟は訂正後の特許請求の範囲で争われています。

③ 現在も特許庁で無効2017-800047が審理されているようですが、こちらはまだ審決が出ていないのでネットで無効資料等を確認できません。

2.本件発明の内容

少なくとも製麹工程において、回転ドラム(D)が用いられ、撒水又は浸漬、蒸煮、放冷等の原料処理工程を経て製麹可能となされた製麹原料に種麹を接種することにより固体麹を製造する方法において、

前記回転ドラム(D)は、駆動装置(M)により回転される回転ドラム本体(1)と、この回転ドラム本体(1)の内部に装着された品温センサ(4)を、少なくとも備え、

種麹の接種後、製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に、

前記回転ドラム(D)が設置された室内の温度及び前記回転ドラム本体(1)内の温度を、共に製麹開始温度となるように調節し、

製麹原料の品温上昇後に製麹原料を常にあるいは少なくとも1~10分間隔で間欠的に攪拌し、

前記製麹原料の攪拌が、前記回転ドラム本体(1)の回転により生じる原料層の傾斜面からの落下により行われ、

G 前記回転ドラム本体(1)の回転速度は、1回転/30~90秒に設定されていると共に、

前記品温センサ(4)が前記品温の上昇を感知すると、前記回転ドラム本体(1)内に送風して断続的に冷却を行い、

温度及び湿度が任意に調整された前記回転ドラム本体(1)内で前記製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に、前記回転ドラム本体(1)内の空気に触れることにより熱交換が行われ、

前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし、

製麹を完了することを特徴とする固体麹の製造方法。

3.争点

(1)被告製品を使用した固体麹の製造方法(本件製法)の特定

(2)本件製法は、本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害による構成要件CないしE、HないしKの充足性)

(3)本件製法は、本件発明の技術的範囲に属するか(均等侵害による本件発明の構成要件Eの充足性)

(4)無効の抗弁その1(進歩性)

(5)無効の抗弁その2(サポート要件違反)

(6)無効の抗弁その3(実施可能要件違反)

(7)無効の抗弁その4(訂正要件違反)

(8)原告の受けた損害の額

4.裁判所の判断

1 争点(4)について

本件事案に鑑み、争点(4)から判断する。

(1)本件発明について

-省略-

(2)乙14発明について

ア 乙14明細書の記載

乙14明細書には、次の記載がある。

「以下の明細書に示される新規かつ有用な糖化物の製造方法を発明したことを証する。」(1頁9行目ないし10行目)

「私はまた、動きのある製造では、菌糸の成長は異なっており、糸状体は短く厚くなり、多くの枝が大幅に増加し、これにより、もやし胞子の頭を生じさせる多くの端を成長させることを発見した。私の本発明以前では、培地を緩く広げ、厚さが3ないし4インチを超えないようにし、空気ができるだけ広い表面に到達できるようにすることが慣例になっていた。これは、非常に広い床面積が必要であるだけでなく、空気から沈降した外来の菌及び細菌による塊の感染が不可避となる。トレイ上で培地を広げることによる、装置を設置し動作させる労力と費用もまた、改良が迫られる事項であった。古い方法では塊は厚さが3ないし4インチが最大であり、この厚さでさえも、菌の成長は、厚さ1ないし2インチで行われるのと同じ程度に満足できるものではなかったところ、私の発明では、塊は数フィートの厚さ、すなわち3ないし4フィート、又はそれ以上でもよい。

私の発明を実施する際、塊が連続的に攪拌されるようにし、これにより、塊の粒子は、空気に接近させるために、連続的に表面に導かれる。しかしながら、この攪拌は、塊における菌糸の糸状体の形質を変えることはあっても、菌の成長を実質的に妨げるような激しさはない。この攪拌は、粒子に1周期の動きを遂げさせるようにし、1分間当たり約1回ないし2回を超えないようにし、好ましくは、この攪拌の速度は、適当に増加させてもよいが、私は、1分間当たり10周期に達すると、成長は実質的に妨げられることを見出した。

私は、攪拌に採用する機械に限定していると理解されることを所望するわけではない。しかしながら、成長に必要な空気を供給し、ガスが発生するのと同じ速さでガスを除去するために、湿った空気の流れを塊に当てながら、好ましくは1分間当たり1回ないし2回の回転により塊を転回させる空気式麦芽製造ドラムを採用することが好ましい。」(1頁20行目ないし2頁7行目)

「麹の製造方法の実施例 約3ないし4フィートの深さを形成するのに十分な培地がドラム内に導入される。この培地は、ふすま100重量部に対し水が60ないし80重量部以下含まれるように湿らせた小麦ふすまからなるのが好ましい。その後、1時間以下の間、蒸気に当てて培地が殺菌される。ドラムの回転が開始され、塊を冷却するために空気を流す。約30℃に冷却されると、ドラムの回転及び空気の流れが停止され、乾いたふすま1500重量部に対し、ふるいにかけたもやし胞子約1重量部の割合、又は乾いたふすま200重量部に対し、ふるいにかけていないもやし胞子約1重量部の割合で、541、617の私の出願のもやし胞子が塊に加えられる。胞子と培地とを完全に混合するようにドラムを十分に回転させた後、停止させ、菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで、約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される。空気の流れは、塊の温度が上昇するにつれて増加するように調整される。塊の温度は、40℃ないし42℃に到達することもあるが、空気は流れが安定的に増加され、また、冷たく湿った状態に維持されることで、塊の温度は菌の成長の最適点である30℃付近に下げて維持することが可能である。温度を30℃付近に維持する試みは、しばしば偶発的にその温度を下回る結果となることがあり、菌の成長を妨げることになるため、35℃ないし38℃の温度は、最終生成物の品質にも、工程を完結させる時間にも実質的に影響を及ぼさないので、塊をこの温度付近に維持することが好ましい。40時間ないし50時間の間、ドラムの回転及び空気の流れにさらされると、塊全体に菌の成長が行き渡り、表面には培地を静置したときの菌の成長に観られるような絹状光沢は現われない。しかし、これとは反対に、短く厚い糸状体と非常に多くの数の枝が現れる。このとき、工程は完結し、製造された麹の塊は、ドラム内で乾燥させるか、又はドラム内から取り出して乾燥させるようにすればよい。この麹は、糖化力が非常に均一化されており、静置して原料上で菌を成長させて製造するよりも明らかに強くなる。」(2頁8行目ないし34行目)

イ 乙14明細書の記載の補足説明

原告は、上記記載乙14明細書の「菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで・・静置しておく」との記載中、「・・まで」とすることにつき、乙14明細書の原文に「until」や「till」がないことから、訳として不正確で不当なものであるように主張する。しかし、上記訳文に相当する部分は、要するに、約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておくと、菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなり始めることをいっており、これに続く文章では、その後(then)、ドラムの回転が再開されることをいっているから、これらの文章からは、ドラムの回転の再開まで「塊」を「静置」することを特定していると理解される。そして、乙14明細書は、製麹のための一連の工程を特定しているのであるから、ドラムの回転が再開する前段階において、ある一定の静置時間を置くということは、これによる所定の条件が達成されるまでそうすべきことをいっていると理解するのが自然である。そして、ここでいう条件は、前後の文脈に照らし、「塊」が熱くなり始めるとしか理解できないから、この趣旨を分かりやすく表現するものとして、原告指摘に係る部分を、「まで・・静置しておく」と訳することは不当ではなく、かえってその趣旨に沿った訳といえるから、この点に関する原告の主張は当たらないというべきである。

ウ 乙14発明

以上によれば、乙14明細書には、次の発明が開示されていると認められる。

「少なくとも製麹工程において、回転ドラムが用いられ、撒水又は浸漬、蒸煮、放冷等の原料処理工程を経て製麹可能となされた製麹原料に種麹を接種することにより固体麹を製造する方法において、前記回転ドラムは、駆動装置により回転される回転ドラム本体と、この回転ドラム本体の内部に装着された品温センサを、少なくとも備え、種麹の接種後、製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に、製麹原料の品温上昇後に製麹原料を常にあるいは少なくとも1~10分間隔で間欠的に攪拌し、前記製麹原料の攪拌が、前記回転ドラム本体の回転により生じる原料層の傾斜面からの落下により行われ、前記回転ドラム本体の回転速度は、1回転/30~90秒に設定されていると共に、前記品温センサが前記品温の上昇を感知すると、前記回転ドラム本体内に送風して冷却を行い、温度及び湿度が任意に調整された前記回転ドラム本体内で前記製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に、前記回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換が行われ、製麹を完了することを特徴とする固体麹の製造方法。」

(3)本件発明と乙14発明の対比

ア 本件発明と乙14発明とは、以下の相違点ⅠないしⅢ(被告主張の相違点1、2及び原告主張の相違点2、4の一部、5)の点で相違し、その余の点で一致する。

(ア)相違点Ⅰ(構成要件D関連)

本件発明では、回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節しているのに対して、乙14発明では明らかでない点。

(イ)相違点Ⅱ(構成要件H関連)

本件発明では、品温センサが品温の上昇を感知すると、回転ドラム本体内に送風して「断続的に」冷却を行うものであるのに対し、乙14発明では、「断続的に」冷却を行うものであるか明らかでない点。

(ウ)相違点Ⅲ(構成要件J関連)

本件発明では、「前記攪拌により前記製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制して前記製麹原料への菌糸の破精込みを活発にし」ているのに対して、乙14発明では明らかでない点。

イ その余の原告主張の相違点について

(ア)原告主張の相違点1(構成要件B関連、上記第2の2(4)(原告の主張)イ(イ))について

原告は、本件発明では品温センサが装着されているが、乙14発明ではその点が明らかではないから、その点で相違点がある旨主張する。

しかし、乙14明細書には、「塊を冷却するために空気を流す。約30℃に冷却されると、ドラムの回転及び空気の流れが停止され」(2頁12行目ないし13行目)、「35℃ないし38℃の温度は、最終生成物の品質にも、工程を完結させる時間にも実質的に影響を及ぼさないので、塊をこの温度付近に維持することが好ましい。」(同25行目ないし27行目)との記載がある。

すなわち、乙14明細書においては、「品温センサ」という語は明記されていないが、以上のとおり、特定の品温を感知すると、塊を冷却するための送風を停止することや、塊の温度を35℃ないし38℃付近に維持することが好ましいことの記載は、回転ドラム内部に麹原料(塊)の温度(品温)を計測するための装置、すなわち構成要件Bにいう品温センサが設置されていることを前提とするものというべきである

したがって、品温センサの設置については乙14発明に開示されているというべきであり、この点に相違点はない。

(イ)原告主張の相違点3(構成要件C、E関連、上記第2の2(4)(原告の主張)イ(エ))について

原告は、本件発明では、「種麹の接種後、製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に」、「製麹原料の品温上昇後に」製麹原料の攪拌を開始する(構成要件C、E)のに対し、乙14発明にはその条件がないから、その点で相違点がある旨主張する。

しかし、乙14明細書には、「菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで、約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される」との記載があり、平成12年8月発行の「麹学第4版」(村上英也編著)(乙20)には、「接種した分生子は、環境の温度が30~35℃、湿度95%以上で3~5時間で発芽し、菌糸は伸長し、8~10時間頃から発熱による品温の上昇が顕著になる。そして、接種後18時間目頃からは、発熱がますます盛んになり、40℃を越すことになる」との記載がある。このことからすれば、18時間にわたって静置された製麹原料は、自ら熱くなり、品温の上昇が認められることは技術常識というべきである(なお、原告主張に係る乙14の訳文の問題については、上記(2)イのとおりである。)。

したがって、当業者にとって、16時間ないし20時間静置した後にドラムの回転を再開するという乙14明細書の記載が、品温が上昇するまで製麹原料を静置し、品温上昇後に製麹原料の攪拌を開始するという本件発明の構成要件C、Eを開示するものであることは明らかであり、この点に相違点はない。

(ウ)原告主張の相違点4(構成要件F、H、I関連、上記第2の2(4)(原告の主張)イ(オ))について原告は、乙14発明では、「品温センサが前記品温の上昇を感知すると、前記回転ドラム本体内に送風して断続的に冷却を行う」こと、「製麹原料が傾斜面から順次落下する時に空気に触れることにより熱交換が行われる」こと、及び、ドラムが「温度及び湿度が任意に調整された」ものであることが、明らかでないと主張する。

この点、乙14明細書には、「菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで、約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される。空気の流れは、塊の温度が上昇するにつれて増加するように調整される。」との記載に続けて、「塊の温度は、40℃ないし42℃に到達することもあるが、空気は流れが安定的に増加され、また、冷たく湿った状態に維持されることで、塊の温度は菌の成長の最適点である30℃付近に下げて維持することが可能である。温度を30℃付近に維持する試みは、しばしば偶発的にその温度を下回る結果となることがあり、菌の成長を妨げることになるため、35℃ないし38℃の温度は、最終生成物の品質にも、工程を完結させる時間にも実質的に影響を及ぼさないので、塊をこの温度付近に維持することが好ましい。」(2頁21行目ないし27行目)と記載されており、要するに乙14明細書においては、塊が存在するドラム内に湿った空気が供給されること、その空気の流れは安定的に増加され、ドラム内が冷たく湿った状態で維持されることにより、塊の温度を30℃付近に下げて維持することが可能であると記載されている。

そうすると、前記(ア)のとおり、乙14発明には、品温センサが設置され、製麹原料の品温が上昇したらドラム内に送風が開始されることが開示されていることから、「品温センサが前記品温の上昇を感知すると、前記回転ドラム本体内に送風して」が開示されているのは明らかである。

次に、「空気は流れが安定的に増加され、また、冷たく湿った状態に維持されることで」、「塊の温度は菌の成長の最適点である30℃付近に下げて維持することが可能である」との記載からすると、ドラム内に湿った空気が供給され、ドラム内が冷たく湿った状態で維持されること、ドラム内に送風されることにより、塊の温度が30℃付近にまで冷却されることが読み取れることから、「ドラム内の湿度が任意に調整されている」こと、及び製麹原料の塊の「冷却」が行われていることが乙14発明に開示されているといえる。

そして、塊の冷却のために供給される空気は、塊の温度及びドラム内の温度より低いことは明らかであり、そのような低温の空気の供給によって、「ドラム内の温度が任意に調整される」ことも開示されているといえる。

また、乙14明細書には、「私の発明を実施する際、塊が連続的に攪拌されるようにし、これにより、塊の粒子は、空気に接近させるために、連続的に表面に導かれる。」(1頁32行目)との記載があり、それに続いて、「私は、攪拌に採用する機械に限定していると理解されることを所望するわけではない。しかしながら、成長に必要な空気を供給し、ガスが発生するのと同じ速さでガスを除去するために、湿った空気の流れを塊に当てながら、好ましくは1分間当たり1回ないし2回の回転により塊を転回させる空気式麦芽製造ドラムを採用することが好ましい。」との記載があり、このうち、「塊の粒子は、空気に接近させるために、連続的に表面に導かれる」という記載は、塊の粒子の一つ一つが、代わる代わる空気に接触しうる表面に導かれることを示すものというべきであり、当該記載に続いて、ドラムを採用することが好ましいとされていることからすれば、それは、ドラムが回転することにより、製麹原料の塊がドラム内で傾斜面を形成し、その傾斜面から塊の粒子が落下し、表面にある塊の粒子とそれ以外の粒子とが順次入れ替わることを指しているのは明らかというべきである。そして、塊の粒子が落下する際に、その粒子が空気に触れるのはいうまでもないことから、乙14発明には、ドラム本体内で製麹原料が前記傾斜面から順次落下する時に、回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換を行うことが開示されているというべきである。

なお、原告は、乙14発明に開示されているドラムが「空気式麦芽製造ドラム」であって原料層自体に空気を通す方式の装置であるとして、回転ドラム本体内の空気に触れることにより熱交換を行う方式ではないとも主張するが、乙14明細書記載のドラムは回転ドラムであるから、同ドラムが「空気式麦芽製造ドラム」であって原料層自体に空気を通す方式を採用しているものであったとしても、ドラムの回転自体による傾斜面からの麹の順次落下による熱交換も行われることは明らかであって、この点は上記判断を左右しない。

以上より、乙14発明に係る原告主張の相違点4(構成要件F、H、I関連)においては、冷却が「断続的」に行われるか否かが不明であることのみ、本件発明との相違点に当たる(上記ア(イ))というべきであり、その余は開示されているというべきである。

(4)相違点についての判断

ア 相違点Ⅰ(構成要件D関連)について

(ア)本件発明では、回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節しているが、乙14発明では、その点が明らかではない。

(イ)しかし、乙14明細書には、「菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで約16時間ないし20時間の間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される。空気の流れは、塊の温度が上昇するにつれて増加するように調整される。」との記載に続けて、「塊の温度は、40℃ないし42℃に到達することもあるが、空気は流れが安定的に増加され、また、冷たく湿った状態に維持されることで、塊の温度は菌の成長の最適点である30℃付近に下げて維持することが可能である。温度を30℃付近に維持する試みは、しばしば偶発的にその温度を下回る結果となることがあり、菌の成長を妨げることになるため、35℃ないし38℃の温度は、最終生成物の品質にも、工程を完結させる時間にも実質的に影響を及ぼさないので、塊をこの温度付近に維持することが好ましい。」(2頁の21行目ないし27行目)と記載されているから、乙14明細書においては、塊が存在するドラム内に空気が供給され、その空気の流れが安定的に増加されることにより、塊の温度を30℃付近に下げて維持することが可能であると記載されているというべきである。そして、当該部分において、塊を冷却するためにドラム内に供給される空気は、ドラムが設置されている場所のドラム外の空気にほかならないから、ここでは供給される空気が、塊の温度及びドラム内の温度より低いものが予定されているものと理解できる。

すなわち、乙14発明は、ドラム内の温度を調節するために、製麹機が設置されている空間の温度が調節されることが前提とされていると解する余地もあり、その解釈によれば、乙14発明は、回転ドラム内に供給される空気の温度(室温)を適宜調節すべきこと、すなわち回転ドラムが設置された室内の温度及び回転ドラム本体内の温度を共に製麹開始温度になるように調節すべきことが開示されていると認められることになるから、相違点Ⅰは、実質的な相違点ではないというべきことになる。

(ウ)また、上記解釈が採用できないとしても、「新規製麹機の実用試験」と題する信州味噌研究所研究報告第36号(平成7年)に掲載されている論文(乙16)には、温度センサを有する回転ドラムを備えた製麹機をプレハブ式製麹室内に設置し、製麹室の温度を調節することにより麹の温度管理を行うことが記載されている(20頁右欄7行目ないし21頁左欄17行目)。ここでは、麹が塊となることの問題点が指摘されるとともに(21頁左欄28行目ないし30行目、22頁右欄25行目)、室温と品温の差が大きいと麹の水分が奪われることが問題点とされており(22頁左欄16行目ないし18行目)、麹の温度管理の中には、塊が生じないようにすること(この点は、温度管理だけでなく、ドラムの回転数や湿度調整等といった諸条件を調整することによって解決する課題である。)、室温と品温の差を小さくすることが、実質的に含まれているといえる。また、公開特許公報(特開昭51-7192号)(乙17)は、製麹装置に関する発明に係る公開特許公報であって、回転ドラム式製麹機を断熱室内に設置し、断熱室の温度を調節しながら製麹を行うことが記載されている(2頁左上欄7行目ないし10行目)。ここでも、麹が塊になる問題点が指摘されている(2頁右欄8行目ないし9行目)。

以上によれば、製麹工程において、温度は、製麹に影響を及ぼす要素の一つであり、室内に回転ドラム式製麹機を設置した場合、室温及び回転ドラム内の温度はいずれも製麹に影響するから、両者を共に適宜調整することは、周知技術であるといえるところ、回転ドラム内の外壁に近接した部分の温度が製麹機を設置した環境温度の影響を受けることは自明であるから、回転ドラム内を適正な温度に維持するためには、回転ドラムを断熱構造にしない限り、室温を適宜調整することは不可欠といえる。したがって、回転ドラムが断熱機構を備えているか明らかではない乙14発明において、回転ドラム内の温度を管理するために、上記周知技術を採用するのは、当業者が適宜なし得る範囲内のことであるといえる。

イ 相違点Ⅱ(構成要件H関連)について

前記のとおり、乙14発明には、ドラム本体内に送風して、塊の温度を最適点である30℃付近、又は35℃ないし38℃の温度付近に維持することが開示されている。

乙14明細書には、「温度を30℃付近に維持する試みは、しばしば偶発的にその温度を下回る結果となることがあり、菌の成長を妨げることになる」と記載されているところ、送風することにより塊の温度が最適点を下回った場合に、送風をいったん停止すること、すなわち冷却を断続的な送風により行うことは、当業者であれば適宜なしうる設計事項にすぎないというべきである。

ウ 相違点Ⅲ(構成要件J関連)について

(ア)乙14明細書には、「この麹は、糖化力が非常に均一化されており、静置して原料上で菌を成長させて製造するよりも明らかに強くなる」との記載はあるが、「製麹原料への破精込みを活発に」するとの記載はない。

(イ)後掲の各証拠によれば、破精込み、糖化力及び酵素力価について、次のとおり認められる。

a 「破精込み」とは、麹における麹菌の繁殖形態(破精)として、米粒の中心部に菌糸が生育していく程度を意味する(乙40)。

b 平成16年7月発行の「増補改訂最新酒造構本」(財団法人日本醸造協会発行)には、次のような記載がある(乙28)。

「・総破精 蒸米の表面だけでなく内部にも総体に菌糸が破精込んでいる麹を総破精麹といい、このような麹は糖化力、たんぱく分解力ともに強く、酵母の栄養になるアミノ酸、ビタミン類等の生産物が多く酒母用として、また粕歩合を減らして酒化率を上げる経済的な酒造りに適している。

・突き破精 麹の表面には菌糸の生えていない部分を残しているが破精ているところは、盛り上がり、しかも米粒の内部には麹菌がよく破精込んでいるものを突き破精という。この麹も糖化力、たんぱく分解力ともにかなり強いが麹菌の生産物は総破精麹に比べるとやや少なく、特に味のきれいな高品質酒の醪の掛麹として適している。」

c 平成7年10月発行の「麹中のグルコアミラーゼ活性測定法」と題する論文(日本醸造協会誌第90巻第11号)には、「麹中のグルコアミラーゼ活性測定の目的は麹のグルコース生成力を把握することにある。したがって、この目的でグルコアミラーゼ活性を測定する場合は、この糖化力をグルコース生成力の指標として用いてもよいものと思われる。」と記載されている(乙38)。

d 「国税庁所定分析法」(国税庁作成)においては、固体麹の糖化力はグルコアミラーゼ活性で表示するものと規定されている(乙39)。

e 平成2年9月発行の「日本工業規格 工業用アミラーゼ」(日本規格協会発行)の説明には、「糖化力 でんぷん及びその分解物等に作用して、そのグルコシド鎖を加水分解し、還元力を生成する活性をいう」と記載されている(乙13)。

f 総破精とは、破精が廻っていて破精込みの深いものをいい、酵素力が強い。突き破精とは、破精の廻っていない部分も残っているが、破精が蒸米の中心に向かって食い込んでいる麹をいう(乙40)。

g 本件特許明細書の実施例においては、酵素力価の高低は、グルコアミラーゼ、αアミラーゼ活性、酸性プロテーゼ、及び酸性カルボキシペプチターゼから判定されている(甲8、甲14)。

h 平成20年3月発行の「麹学第5版」(村上英也編著)には、「乾燥してよく破精た麹は酵素力が強く、清酒の色も淡く、味も軽い。」と記載されている(甲58)。

i 平成14年発行の「酵素活性が麹の破精に与える影響」と題する研究報文(日本醸造協会誌第97巻10号)には、次のような記載がある(甲55)。「破精歩合と各酵素活性との間には強い相関が認められ、酵素活性は麹の破精に強い影響を与えることが推察できた。しかし、今回使用した5株の菌株間においては、4つの酵素活性自体に相関があるため、そのうちどの酵素がより破精に影響しているのかは分からなかった。また異なる菌株を用いたので、蒸米水分や相対湿度、温度に対する適性など、酵素活性以外の菌株特有の性質が破精に影響している可能性も考えられた。」

j 本件特許明細書の段落【0034】ないし【0038】においては、国税庁所定分析法(平成3年改正法)に基づいて、グルコアミラーゼ活性、α-アミラーゼ活性、酸性プロテアーゼ活性、酸性カルボキシペプチダーゼ活性の値のいずれもが、固体麹と比較して優れていたと記載されている(甲8、甲14)。

k 平成10年4月発行の「増補改訂清酒製造技術(第8版)」には、「破精は、麹菌の菌体と考えられるので、破精の多い麹はよく菌が繁殖したと考えてよく、一般に麹菌の生産物(酵素、DFなど)も多いと考えてよい。」と記載されている(甲35)。

(ウ)以上より検討すると、上記(イ)bのとおり、「破精込みが活発」とは、総破精又は突き破精の状態を指すものであり、総破精及び突き破精状態の場合には糖化力が強いという関係にあるものと認められる。また、上記(イ)c、dのとおり、糖化力の強さとグルコアミラーゼ活性の高さには相関関係が認められるし、それを前提として、糖化力の強さをグルコアミラーゼ活性で表示するものとする規定が国税庁によって置かれている。さらに、上記(イ)f、hのとおり、破精込みの深い麹は酵素力値が高いという関係も明らかになっているし、上記(イ)gのとおり、グルコアミラーゼ活性の高さは酵素力値の高さを測る一つの指標であるとされていることから、酵素力値の高さとグルコアミラーゼ活性の高さにも相関関係が認められる。

以上を総合すると、麹の破精込みが深い(活発である)ことと、麹の糖化力が強いということは、客観的には同じ現象を異なる指標で表現したものにすぎないものであるということができるから、糖化力が強い麹の製造方法に関して記載された乙14明細書は、破精込みについて触れるところはないものの、客観的には、破精込みが活発な麹の製造方法を開示しているものと変わりがないということが可能である。

したがって、相違点Ⅲは実質的な相違点とはいえないし、また少なくとも当業者は乙14発明を前提に温度や湿度を適宜調節して、製麹原料表面や原料外空中での菌糸の生育を抑制し破精込みが活発な麹の製造方法とすることは容易であるというべきである。

(エ)原告の主張について

原告は、「糖化力」とは、そもそも酵素との関係を定義したものではなく、糖化力が意味する「グルコシド鎖を加水分解し還元力を生成する活性」は、酵素ではなく酸によっても生じうること、乙14発明は、原料に対する加水率が極めて高いため、グルコアミラーゼの生成量は極端に少なくなる製法であることに加え、製麹温度によっても、それぞれの酵素力は別個に影響を受けることから、「糖化力が高い→グルコアミラーゼ活性が高い→その他活性も高い→酵素力価も高い」という関係は成り立たないと主張する。

しかし、そもそも製麹工程において「酸」を用いて糖化力を強めることを示唆する技術文献があるわけではなく、上記(イ)掲記の糖化力、破精込み、酵素力値に関する技術的知見を総合すると、一般論として、破精込みが活発な麹はグルコアミラーゼ活性が高く、糖化力が強いという傾向を有していることが客観的な事実であるというべきであるから、原告の主張はいずれも採用できない。

(5)以上のとおり、本件発明は、乙14発明に基づいて、これに周知技術を適用すること等により当業者が容易に発明をすることができたものであるといえるから、本件特許には、特許法29条2項の無効理由があり、同法123条1項2号に基づき特許無効審判により無効とされるべきものと認められるので、原告の被告に対する本件特許権に基づく権利行使は、同法104条の3により許されない。

5.検討

(1)前述のとおり、本件特許は米国特許の特許明細書である乙14明細書に開示された乙14発明に周知技術を適用すること等により当業者が容易に発明をすることができたものであるので無効理由を有すると判断されました。しかし、残念ながら判決文を「乙14」で検索しても肝心の米国特許の番号が見当たりません。先に請求された無効2012-800196でも高峰博士の特許公報が2件用いられていたので、USPTOのホームページでこの特許が分類されたクラスと特許公報の発行日を掛け合わせて検索したところ高峰博士の特許が一件ヒットしましたが、確実とは言えないので載せることは控えます。

(2)米国特許文献の和訳を読む限り高峰博士の特許公報には本件発明と似た内容の技術が開示されていると思います。しかし、本件特許の請求項3と当該和訳とを対比すると、原告が主張する相違点を否定する裁判所の認定には疑問があります。

(3)まず、「品温センサ」ですが、裁判所は乙14明細書には明記されていないと認めた上で「特定の品温を感知すると、塊を冷却するための送風を停止することや、塊の温度を35℃ないし38℃付近に維持することが好ましいことの記載は、回転ドラム内部に麹原料(塊)の温度(品温)を計測するための装置、すなわち構成要件Bにいう品温センサが設置されていることを前提とするものというべきである」と認定しています。

しかし、和訳を読むと「感知」するとは書いてありません。「感知」と書くと装置自体が検知しているように感じられますが、和訳の内容や時代背景からすると操作者による測定の可能性も十分あります。

前述したように本件は先に特許無効審判(無効2012-800196)が請求されています。その審決取消訴訟の判決(H26(行ケ)10103)中では、同じく高峰博士の米国特許公報記載の発明ですが、先行発明にセンサが用いられているとまでは認定しない代わりに本件出願時にセンサを適用することは技術常識であると述べています。こちらの方がしっくりくるように思います。

(4)また、「「種麹の接種後、製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に」、「製麹原料の品温上昇後に」製麹原料の攪拌を開始する」という点についても疑問があります。

乙14明細書には「菌胞子の発芽により塊がそれ自体で熱くなるまで、約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される」との記載があります。

この部分について、乙20に「「接種した分生子は、環境の温度が30~35℃、湿度95%以上で3~5時間で発芽し、菌糸は伸長し、8~10時間頃から発熱による品温の上昇が顕著になる。そして、接種後18時間目頃からは、発熱がますます盛んになり、40℃を越すことになる」との記載がある。このことからすれば、18時間にわたって静置された製麹原料は、自ら熱くなり、品温の上昇が認められることは技術常識というべきである」との記載があることから、乙14明細書で16時間ないし20時間静置した後にドラムの回転を再開するということは、品温が上昇するまで製麹原料を静置し、品温上昇後に製麹原料の攪拌を開始したことであると認定しています。

この裁判所の認定には乙14明細書の「塊の温度を約30℃に維持した状態で」という点についての説明がありません。確かに「胞子と培地とを完全に混合するようにドラムを十分に回転させた後」放っておけば乙20に記載されたように18時間で40℃を超えるのでしょう。しかし、乙14明細書には「約16時間ないし20時間、塊の温度を約30℃に維持した状態で静置しておく。その後、ドラムの回転が再開され、空気の流れが開始される。」とあるので、約16時間ないし20時間経過した時点での塊の温度は約30℃のはずです。そしてドラムの回転が再開された時点での塊の温度についての記載はなく、約16時間ないし20時間経過してから続けてドラム回転を再開させたとするとその時点での温度が十分上昇していたとは思えません。

(5)もっとも本件特許の明細書にも各工程での適正な温度に関する記載がありません。したがって、本件発明の「製麹原料の品温が上昇するまで製麹原料を静置すると共に、・・・製麹原料の品温上昇後に製麹原料を常にあるいは少なくとも1~10分間隔で間欠的に攪拌し」という内容を「わずかでも品温が上昇したら間欠的に攪拌する」と解釈すると、乙14発明との違いはほぼ無くなります。

(6)それにしても被告はよく米国特許公報に行き着いたものだと感心しました。この時代の特許公報はUSPTOにもイメージしかなく、発明者の名前やタイトル等で検索してもデータベースの登録抜けが多いので、うまくヒットしてくれません。良く見つけることができたものだと感心しました。