ロボット便座事件(その2)

投稿日: 2017/05/19 0:37:20

今日も平成28年(ワ)第2818号 特許権侵害行為差止等請求事件について検討します。この事件の検討は今日で終わりです。

2.争点

(1)ロボット便座βの展示による本件特許権侵害の成否(争点1)

(原告の主張)

被告らは,上記第2の1(4)のとおり,ロボット便座βを展示したが,いずれの機会においてもロボット便座βが,平成28年8月に販売予定であることを説明等しており,そのほか価格の見込みであるとか,介護機器としての認定を受ける予定等の譲渡を前提とする説明をしている。

したがって,各展示会の趣旨が直接には商品の販売会でないとしても,被告らが「譲渡等のための展示」をしていたといえる。

(被告らの主張)

「譲渡等のための展示」とは,あくまでも特許製品の譲渡等(譲渡及び貸渡し)を目的とする展示を指すと解される。

これに対し,上記第2の1(4)の各展示会は,製品を販売する機会でないことはもとより,既に販売している製品を対象とするものではなく,現に展示されたロボット便座βは,まだ改良を要する段階の製品であって譲渡の対象となる製品でもない。また,たとえば同(4)ウのTOC有明WESTホールにおける展示会の開催趣旨は,「開発や改良を行う機器の展示を行うとともに,障害当事者と企業・研究者,政府系の研究開発支援機関等が一堂に会し,体験や交流を通じて,良質な支援機器の開発,さらにはこの分野への新規参入の促進を図」るなどとされているものであって,このような各展示会への展示は「譲渡等のための展示」といえない。

(2)差止請求及び廃棄請求の成否(争点2)

(原告の主張)

被告らは,展示に用いた製造済みのロボット便座βから部品等を取り外したから,既にロボット便座βは存在しないと主張するが,被告らが取り外した駆動装置の部品は,いずれも市販されているものであり,当該部品を入手して再構成することは,極めて容易である。

さらに,被告らは,厚生労働省障害者自立支援機器等開発促進事業の費用助成を受けてロボット便座βを2台製造したところ,当該助成金返還を回避するために,各ロボット便座βを廃棄しないと宣言し,現在においても各ロボット便座βが廃棄された状態ではないと主張しているから,被告らが上記助成金受領との関係で,再び,部品を取り外した状態のロボット便座βを,いずれも稼働できる状態,すなわち本件特許権を侵害する製品として製造する可能性がある。

したがって,被告らがなお本件特許権を侵害するおそれがあることは明らかであり,差止請求のみならず,廃棄請求も認められなければならない。

(被告らの主張)

特許権に基づく差止請求が認められるためには,現に(事実審の口頭弁論終結時までに)侵害行為がなされているか,または将来,侵害行為がなされるおそれがなければならない。

しかしながら,原告が問題とするロボット便座βの展示は過去に行われた行為であって現に行われているわけではない。

また,製造していたロボット便座βの2台のうち,1台は回動駆動部並びにこれを駆動させるのに必要なモータ及び配線等が取り外されているし,もう1台についても平成28年12月5日に回動駆動部が取り外されるなど改造が施され,現時点では,もはや「ロボット便座β」は存在しない。

したがって,ロボット便座βの製造,使用,販売及び販売の申出によって現に本件特許権が侵害されているわけではなく,かつ,将来,ロボット便座βの製造,使用,販売及び販売の申出によって本件特許権が侵害されるおそれも存在しない以上,原告の差止請求には理由がなく,またロボット便座βを対象とする廃棄請求にも理由がない。

(3)原告の損害額(争点3)

(原告の主張)

ア 原告と被告P1は,本件発明の実施品である2013年型キレット試作品に関する製造委託契約を締結し,当該委託契約に基づき原告は被告P1に対して,平成25年3月11日から同年10月10日にかけて10回に分けて合計1355万9251円を支払った。

イ 2013年型キレット試作品に関する製造原価は33万1651円であるところ,被告P1が実施品1台を製造するに当たって得る利益は1322万7600円であるから,この被告P1が得る利益は,被告P1による本件特許権の侵害により原告が受ける損害の額と推定される。

(被告P1の主張)

ア 原告は,原告が被告P1との間の本件発明の実施品の試作品の製造委託契約に基づき被告P1に対し合計1355万9251円を支払ったこと,及び同試作品の製造原価が33万1651円であることを前提に,被告P1が本件発明の実施品1台を製造するに当たって得る利益は1322万7600円であり,同金額が原告の損害と推定される旨を主張しているが,これが本件特許権侵害による原告の損害と推定される理由は明らかでない。

イ 本件において,原告は,不法行為による損害賠償請求が認められるための要件である本件特許権侵害による損害の発生も,それが被告P1の本件特許権侵害行為と因果関係があることを主張立証しているわけではないし,仮に本件に特許法102条の各規定を適用してみたとしても,本件において問題とされるのは侵害品の展示行為だけであるから,同規定を適用したとしても損害の額を算定することはできないから,原告の被告P1に対する損害賠償請求は理由がない。

 

3.裁判所の判断

1 争点2について

(1)ロボット便座βが本件発明の技術的範囲に属すること,被告らがロボット便座βを2台製造したことは当事者間に争いがない。

しかし,被告らが同便座をそれ以外に製造した事実は認められず,また上記第2の1(4)の展示会等で展示したものの,これをそのまま直ちに市販することを計画したり,これにつき介護機器の認定のための手続を進めたりしている事実をうかがわせる証拠はない。

加えて被告らは,本件において,ロボット便座βが本件発明の技術的範囲に属することを認め,今後製造しない旨を原告に対して表明しているくらいであるから,以上のような事実関係のもとでは,被告らが,今後,本件ロボット便座βを製造,使用,販売,又は販売の申出をするなどするおそれを認めることは困難といわなければならない。

(2)ただ被告日本アシストは,ロボット便座βの開発のために厚生労働省障害者自立支援機器等開発促進事業の費用助成を受けた関係で,助成対象となったロボット便座βの保存義務を課せられ(弁論の全趣旨),現に上記製造済み2台のロボット便座βを保管していたが,証拠(乙5,乙6)によれば,それにもかかわらず,本件訴訟係属中に,保存していた上記製造済み2台のロボット便座βにつき,うち1台については回動駆動部並びにこれを駆動させるのに必要なモータ及び配線等を取り外し,もう1台についても,回動駆動部を取り外してしまって,いずれももはやロボット便座βとはいえない状態にしていることが認められる。

被告日本アシストは,このように製造済みのロボット便座βを本件発明の技術的範囲に属しない状態にすることにより,展示等のおそれもないことをいわんとしているように考えられるが,上記状態では上記公法上の保存義務を果たしているといえないことは明らかであるから,むしろ,このことにより被告日本アシストには,関係官庁から保存義務を果たしていることの確認を求められた場合に,上記状態のロボット便座βに取り外した部品を取り付けるなどして製品として完成させるおそれが生じているものといわなければならず,被告日本アシストが部品を取り外した状態のロボット便座βの部品を廃棄せずに所持していることも,そのような事態に備えていることを裏付けているといわなければならない。

そして,被告日本アシストが,上記保存義務を果たしていることをいうためにロボット便座β2台を再度完成させた場合,それは,その事業のためにするものとなるから,部品取り外し済みのロボット便座β2台を再度完成させるという限度で,被告日本アシストには,ロボット便座βを業として生産するおそれがあるといわなければならない。

(3)したがって,原告の被告らに対するロボット便座βの製造販売等の差止請求は,被告日本アシストに対する関係で製造の差止めを求める限度で理由があるということになるが,上記(1)に説示したところによれば,同被告の関係では,これより進んで完成したロボット便座βを使用,販売,又は販売の申出をするおそれは認められない。また,上記保存義務を課せられない被告P1の関係では,上記(1)に説示したとおり,同人に対する製造販売等の差止請求には理由がない。

(4)以上に加え,被告日本アシストに対する関係では廃棄請求も問題となるが,原告が被告日本アシストに求める廃棄請求の対象は,別紙物件目録で構成が特定されるロボット便座βであるところ,当該ロボット便座βは,上述のとおり本件発明の構成要件を充足する要件となる部品が取り外されてしまっているというものである。

そうすると,これがロボット便座βに製造され得るものであったとしても,被告日本アシストは,現在,廃棄請求の対象として特定されたロボット便座βを所有しているということはできないことになる。

したがって,原告の被告日本アシストに対するロボット便座βの製造差止請求には理由があるといえるものの,廃棄請求の対象となるロボット便座βを現在所有しているわけではないことから,ロボット便座βの廃棄請求は理由がないといわなければならない。

2 争点3について

原告は,被告らが,上記第2の2(3)のとおり,ロボット便座βを展示した行為を捉え,これが特許法2条3項1号の「譲渡等のための展示」に当たるとして,これによる本件特許権の侵害行為を理由に被告P1に対して損害賠償請求をしている(ロボット便座βが本件特許の技術的範囲に属すること,被告らがロボット便座βを2台製造したことは当事者間に争いがないが,その製造の時期は,本件特許が登録される前であるから当該製造行為は本件特許権侵害を構成しない。)。

しかしながら,原告が損害と主張するところは,被告P1が原告との本件発明の実施品である2013年型キレット試作品に関する製造委託契約に基づき原告から支払を受けた金額から実施品製造に要した原価を控除した1322万7600円が損害額と推定するものであるが,その推定する根拠は明らかではなく,およそ当該支払がロボット便座βの展示行為と因果関係にある損害と認めることはできない。

そのほか,被告らによる展示が,「譲渡のための展示」であるとしても,被告らがこれにより利益を得た事実は認められず,また原告の営業に影響を及ぼした事実も認められない以上,原告において損害発生について的確な主張立証をなさない本件において,そもそも原告に損害があったものと認定することはできない。

したがって,争点1の被告らによる本件特許権侵害行為,すなわちロボット便座βの展示が「譲渡のための展示」に該当するかどうかを判断するまでもなく,原告の被告P1に対する損害賠償請求には理由がない。

 

4.検討

(1)本件は当事者間で抵触性と有効性について争われていないので、特許技術面では論点がありません。代わりに被告が実際には市場に製品を投入していない段階で原告が訴訟を起こした点に興味を持ちました。

この点について原告は被告の行為が特許法第2条第3項第1号の「譲渡等のための展示」に相当すると主張しています。この点について平成6年法律改正の解説(10頁、11頁)には以下のような記載があります。

「TRIPS協定第28条には、特許により与えられる排他的権利の内容が規定されており、物の発明については「生産、使用、販売の申し出、販売、輸入」を、方法の発明については「方法の使用、その方法により得られたものの使用、販売の申出、販売、輸入」をその内容とする旨規定されている。同条中の「販売の申出(offering for sale)」は、特許発明に係る物を販売のために展示する行為だけでなく、例えば、カタログによる勧誘、パンフレットの配布等も含む概念であると解されている。

・・・

(補説)「譲渡若しくは貸渡しの申出」の認定について

「譲渡若しくは貸渡しの申出」は、特許発明に係る物の存在を前提としない概念であるが、実際に行われた申出が特許発明の実施行為と認定されるためには、カタログによる勧誘等が行われた事実に加え、当該物を別途所持していた事実等を立証し、当該物の譲渡若しくは貸渡しを申し出ていたことを特定する必要があるものと考えられる。」

前述の通り、本事件では被告らのロボット便座βが展示会に出展されていますが、その時点では市場に投入される製品としてのロボット便座βは存在していません。そうすると上記平成6年法律改正の解説によると「当該物を別途所持していた事実等」がありませんので、特許発明の実施行為にあたりません。これは損害賠償請求の点ではまさにその通りだと思います。争点3についての裁判所の判断にもある通り被告がロボット便座βを展示会に出展することにより被告が利益を得たとは認められません。

一方、原告の主張通り被告が各展示会にてロボット便座βを平成28年(2016年)8月に販売する予定と説明していた場合、実際に出展されたロボット便座β2台については効果がありました。しかし、実際に被告が販売するとなると展示会に出品したものを再利用するのではなく新しい製品を投入するでしょうから、こちらは本判決の射程範囲外ということになると思います。もっとも、被告は原告に対してロボット便座βが本件発明の技術的範囲に属することを認め,今後製造しない旨を原告に対して表明しているそうなので原告としては将来の侵害品の芽を摘むことができたと思います。

(2)原告の主張によれば、被告は展示会で平成28年(2016年)8月にロボット便座βを発売予定とアナウンスしていた、とあります。そうであれば原告は数ヶ月待って被告の状況を見極めてから訴訟を起こしても良かった、という考えもあります。確かに製品が市場に投入された後なら損害賠償請求も認められ、被告のダメージは大きくなります。

しかし、被告の発売予定前に本件訴訟を提起することにより、ロボット便座という新しい製品の市場への製品投入第1号(試作品ではない)の実績が被告のものになることを防ぐことはできました。

新製品の台数はそれほど多くはないでしょうから低額の損害賠償を得るよりも、市場での地位を確保するために特許権を有効に利用するということも重要だと思います。