丸のこ事件

投稿日: 2017/10/11 23:22:19

今日は平成28年(行ケ)第10059号 審決取消請求事件について検討します。この事件は原告である株式会社マキタが被告である日立工機株式会社の特許に対する特許無効審判を請求し、請求項1、2及び9に係る発明についての特許は無効と判断されましたが、請求項3から8まで及び10に係る発明についての請求は不成立となったため知財高裁に審決の取り消しを求める訴訟を起こしたものです。

 

1.本件特許発明の内容

【請求項1】

A.モータ(1)を備える携帯用電気切断機であって、

A-1.前記モータ(1)を収容するハウジング(2)と、

A-2.前記モータ(1)により回転駆動される鋸刃(4)と、

A-3.前記ハウジング(2)と連結され、被切断材上を摺動可能な底面(6a)を持ち、前記鋸刃(4)を前記底面(6a)より下方に突出可能な開口部を有するベース(6)と、

A-4.前記モータ(1)により回転駆動され、回転時に発生するファン風によって前記モータ(1)の冷却を行うファン(7)と、

B-1.前記モータ(1)への供給電力をスイッチングするスイッチング素子を含む駆動回路(20)と、

B-2.前記駆動回路(20)を制御する制御回路(30)と、

B-3.前記駆動回路(20)及び制御回路(30)のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板(60)とを備え

C-1.前記ハウジング(2)の反鋸刃側にモータ冷却用風窓(2b)と回路基板冷却用風窓(66)が設けられ、

C-2.前記回路基板(60)の少なくとも一部は、前記ファン(7)の回転軸に直交する方向を径方向としたとき、前記ファン(7)の径方向外側に配置され、

C-3.前記回路基板(60)の少なくとも一部は、前記ファン風の通路内に配置されており、

D-1.前記モータ(1)は、ブラシレスモータ(1)であり、

D-2.前記モータ(1)の回転位置に応じて信号を発生する回転状態検出手段(50)とを更に備え、

D-3.前記制御回路(30)は前記回転状態検出手段(50)の信号を受信し、前記駆動回路(20)に前記モータ(1)の駆動を制御する信号を送信することを特徴とする携帯用電気切断機。

【請求項2】

E-1.前記ファン(7)は、前記モータ(1)と共に前記ハウジング(2)内のモータ収容部(2a)に収容され、

E-2.前記回路基板(60)を収容する前記ハウジング(2)内部と前記モータ収容部(2a)とは連通していると共に、

E-3.前記ハウジング(2)に設けられた前記回路基板冷却用風窓(66)と前記モータ収容部(2a)との間に前記回路基板(60)が配置されていることを特徴とする請求項1記載の携帯用電気切断機。

【請求項3】

F.前記回路基板(60)は第1の基板と第2の基板を有し、前記駆動回路(20)が第1の基板に搭載され、前記制御回路(30)が第2の基板に搭載され、前記第1の基板が前記ハウジング(2)のハンドル(3)と前記ベース(6)との間に位置する前記ハウジング(2)内部に配置されるとともに、前記第2の基板が前記第1の基板から離れた位置に配置されている、請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。

【請求項4】

G.前記回路基板(60)は第1の基板と第2の基板を有し、前記駆動回路(20)が第1の基板に搭載され、前記制御回路(30)が第2の基板に搭載され、前記第2の基板が前記ハウジング(2)のハンドル(3)と前記ベース(6)との間に位置する前記ハウジング(2)内部に配置されるとともに、前記第1の基板が前記モータ(1)の側方位置の前記ハウジング(2)内部であって、かつ前記ファン風の通路に配置されている、請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。

【請求項5】

H.前記第1の基板には、交流電源入力をブラシレスモータ駆動用の直流電力に変換する整流器及び平滑コンデンサがさらに搭載されている請求項3又は4記載の携帯用電気切断機。

【請求項6】

I.前記回路基板(60)は、前記モータ(1)の側方位置において、前記モータ(1)の回転軸と平行に延びるように配置されていることを特徴とする請求項1又は2記載の携帯用電気切断機。

【請求項7】

J.前記回路基板(60)は、前記モータ(1)が前記ベース(6)に近接する状態において、前記ベース(6)上面と略直交する配置であることを特徴とする請求項6記載の携帯用電気切断機。

【請求項8】

K.前記ハンドル(3)と前記ソーカバー(5)との間に、前記ベース(6)底面からの前記鋸刃(4)の突出量を調整するレバーを有することを特徴とする請求項7記載の携帯用電気切断機。

【請求項9】

L-1.前記回転状態検出手段(50)は、前記モータ収容部(2a)内に収容され、

L-2.前記モータ(1)により回転されるセンサマグネットと、該センサマグネットと近接対向するよう配置されるセンサ基板(51)と、該センサ基板(51)上に配置される回転位置検出素子を有することを特徴とする請求項2記載の携帯用電気切断機。

【請求項10】

M-1.前記回転状態検出手段(50)は、前記ハウジング(2)内のモータ収容部(2a)内に収容されたセンサ基板(51)を有し、

M-2.該センサ基板(51)と前記回路基板(60)とは電気接続されていることを特徴とする請求項6乃至8のいずれか1項記載の携帯用電気切断機。


2.審決取消訴訟

2.1 本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,その概要は,特許発明1,2及び9に係る特許は,特許法(以下「法」という。)29条の2に違反してされたものであり,法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであり,また,以下のとおり,特許発明3~8及び10に係る特許を無効とすることはできない,というものである(以下では,原告主張の取消事由と関連する部分のみに言及する。)。

(1)無効理由1の1(明確性要件)について

ア 原告の主張する無効理由1の1は,特許発明1の構成要件C-2における「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」という記載のうちの「ファンの径方向外側」という記載により特定される範囲が明確でないから,本件特許発明に係る特許は,法36条6項2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである,というものである。

イ 特許発明1の構成要件C-2の記載は,「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」たものであることを前提として,「回路基板」の「配置され」る位置を特定するものである。したがって,「前記ファンの径方向外側」との記載は,単に方向を示すものではなく,基板が配置されるべき位置や範囲を特定しようとするものである。

また,「前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき」との記載によって「径方向」という用語が定義されているところ,「ファンの回転軸」は,軸方向の両端部を有する有限の長さのものであるから,当該「径方向」という用語も,単に方向を特定するだけでなく,その範囲を軸方向の両端部の間に特定しているといえる。そして,当該用語の定義の後の「前記ファンの径方向外側に配置され」との記載が,配置される範囲を「前記ファンの径方向」の「外側」に限定するものであることは明らかである。ここで,「前記ファンの径方向」とは,「径方向」を「ファンの」と限定しているといえるところ,「径方向」とは,上記の定義のとおり,「前記ファンの回転軸に直交する方向」であって,「ファンの回転軸」の両端部の間に範囲を特定している。そうすると,「前記ファンの径方向」という範囲は,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲が,「ファンの」によって限定されているから,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲のうちで,ファンが存在する回転軸方向の範囲を意味するということができ,さらにその「外側」に限定された範囲は,説明図1(a)(別紙審決書(写し)7頁)において「ファン径方向外側の領域」として示す範囲(以下「(a)領域」という。)になると解釈できる。

このような解釈は,本件特許の手続の経緯における被告の主張とも整合する。

ウ 以上のとおり,特許発明1の構成要件C-2における「ファンの径方向外側」が(a)領域になることは特許発明1の記載から理解できるから,特許発明1及びこれを直接又は間接に引用する特許発明2~10は明確であって,その特許が法36条6項2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたということはできず,無効理由1の1によっては本件特許発明に係る特許を無効とすることはできない。

(2)無効理由1の2(サポート要件及び明確性要件)について

ア 原告の主張する無効理由1の2は,特許発明6の「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」という記載のうちの「モータの回転軸と平行に延びる」とは,基板のどの部分が回転軸と平行であるのか明確でなく,また,「前記回路基板」は,特許発明1の構成要件B-3の「前記駆動回路及び制御回路のいずれか一方又は両方を搭載した回路基板」であるところ,そのうちの「両方を搭載した回路基板」について,「モータの側方位置」に配置することにつき本件明細書等に記載されていないから,特許発明6~8及び10に係る特許は,法36条6項1号及び2号の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである,というものである。

イ 明確性要件について

「モータの回転軸と平行に延びる」との記載の「延びる」という動詞の主語が「前記回路基板」であることは明らかであるところ,一般に,基板が板状体であり,当該板状体に各種の部品が搭載されて回路が形成され,全体として平面形状であることは,当業者にとって自明な事項である。そうすると,「モータの回転軸と平行に延びる」とは,「前記回路基板」が全体として呈している上記「平面形状」が,モータの回転軸と平行に延びている意味であると解するほかはなく,「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」という記載のうちの「モータの回転軸と平行に延びる」という記載は,明確である。

そうすると,特許発明6並びにこれを直接又は間接に引用する特許発明7,8及び10に係る特許は,法36条6項2号の要件に適合し,無効理由1の2のうちの明確性要件の理由によってはこれらを無効とすることはできない

ウ サポート要件について

本件明細書等の記載によれば,第1の実施の形態は,駆動回路20及び制御回路30を回路基板60に搭載していることを,第2の実施形態は,駆動回路20が第1の回路基板60Aに,制御回路30が第2の回路基板60Bにそれぞれ搭載され,当該第2の回路基板60Bがモータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置されていることを,第3の実施形態は,駆動回路20が第1の回路基板60Cに,制御回路30が第2の回路基板60Dにそれぞれ搭載され,第1の回路基板60Cがモータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置されていることを,それぞれ理解できる。

本件明細書等のこれらの記載に接した当業者であれば,駆動回路や制御回路を設ける場所として,回路基板60,60A,60Dのようにハウジング内の回路基板収容部に設けるか,あるいは,回路基板60B,60Cのようにモータ収容部の内壁面とモータ固定子間の隙間に設けるかのいずれかを適宜選択することができ,かつ,その際に両回路を1つの基板上に配置してもよいとの技術的事項を理解でき,さらには,第3の実施形態の「第1の回路基板60C」のように,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板に,駆動回路及び制御回路の両方を搭載させてもよいことを当然に理解できる。そして,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板が,特許発明6でいう「モータの側方位置」に配置されていることは明らかである。

もっとも,そのように,モータ収容部2aの内壁面とモータ固定子1B間の隙間に配置された回路基板に駆動回路及び制御回路の両方を搭載させるならば,第2の実施形態の「第2の回路基板60B」や,第3の実施形態の「第1の回路基板60C」よりも基板の面積を広く拡張する必要があることは明らかであり,「モータを収容するハウジングの形状を大きく変更しないで,」そのような拡張された基板を配置しようとすれば,特許発明6の特定のとおりに「モータの回転軸と平行に延び」,かつ,特許発明6で引用する特許発明1の特定のとおりに「回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され」るものになることが,当業者には理解できる。

そうすると,駆動回路及び制御回路の「両方を搭載した回路基板」について,「モータの側方位置」に配置することは,本件明細書等に記載されているに等しい事項ということができるから,特許発明6は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である。

したがって,特許発明6並びにこれを直接又は間接に引用する特許発明7,8及び10に係る特許が,法36条6項1号の要件を満たしていない特許出願に対してされたということはできず,無効理由1の2のうちのサポート要件の理由によってはこれらを無効とすることはできない。

(3)無効理由3(進歩性)について

-省略-

2.2 当事者の主張(原告の主張)

(1)原告の主張する取消事由は,以下の3点である。

ア 取消事由1

記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の2)

イ 取消事由2

記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1)

ウ 取消事由3

-省略-

2.3 裁判所の判断

2.3.1 本件特許発明について

(1)本件特許発明は,前記第2「前提事実」の2「特許請求の範囲」記載のとおりである。

-省略-

(2)本件明細書には,次のような記載がある(甲1)。

-省略-

2.3.2 取消事由2(記載要件(「ファンの径方向外側」の用語に関する明確性)に関する認定・判断の誤り(無効理由1の1))について

事案に鑑み,まず,取消事由2について検討する。

(1)特許発明1の構成要件C-2の文言解釈

ア 本件審決は,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」の文言解釈として,その記載の示す範囲は(a)領域である旨判断しているところ,この解釈は,「…前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側…」という構成要件C-2の記載は,回路基板が配置されるべき範囲を特定しようとするものであることを前提として,この構成要件にいう「径方向」とは,それを定める基準となる「前記ファンの回転軸」の概念に即して理解されるべきであり,「回転軸」が両端部を有する有限の長さのものである以上,この場合の「径方向」も有限の長さを持つ「ファンの回転軸」に直交(直接交わる)し得る範囲,すなわち,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲を意味していると理解するものであって,このような解釈も,文言解釈としてはあながち成り立たないものではないと考えられる

もっとも,以上のような解釈は,唯一のものであるとはいえず,他の解釈も,次のとおり成り立ち得るものと考えられる。

イ すなわち,構成要件C-2「前記回路基板の少なくとも一部は,前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,前記ファンの径方向外側に配置され,」のうち「前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき,」は,「径方向」につき「ファンの回転軸に直交する方向」と定義するものである。この定義によれば,「径方向」の語がファンの回転軸を基準としたものであることは明らかである。

ウ(ア)一般に,2つの直線の相互関係は,同一平面上にあるか,同一平面上にないねじれの位置にあるかによって大別され,同一平面上にある場合は,更に2直線が平行の場合と交わる場合とに分けられる。そうすると,「直交する」の語は,ファンの回転軸と径方向との相互関係につき,同一平面上にありねじれの位置にはなく,かつ,平行ではなく,直角の角度で交わる関係にあることを意味しているものと理解される。

(イ)もっとも,このことは,ファンの回転軸と径方向とが実際に交点を持つことを直ちには意味しない。すなわち,「回転軸」は有限長の線分とも解し得るところ,これが「径方向」に実際に接するには長さが足りない場合であっても,「回転軸」と「径方向」とが同一平面上にあり,その2直線がなす角度が直角であれば,なお「直交する」と解する余地がある

そこで,本件明細書における「直交する」の語の意義を更に検討すると,特許発明7の構成要件Jにおいて「前記回路基板は,前記モータが前記ベースに近接する状態において,前記ベース上面と略直交する配置であること」なる記載がある。ここで,「略」とは,構成要件C-2の「直交」が方向を定義するために正確に直角をなすことを意味するのに対し,構成要件Jの回路基板とベースとがおおよそ直角をなす位置関係にあることを意味するものとして理解される。

その上で,本件特許の特許請求の範囲請求項7が引用する請求項6で「前記回路基板は,前記モータの側方位置において,前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」とされ,同請求項が引用する請求項2で「前記回路基板を収容する前記ハウジング内部と前記モータ収容部とは連通している」とされ,同請求項が引用する請求項1において「前記モータを収容するハウジング」及び「前記ハウジングと連結され,被切断材上を摺動可能な底面を持ち,前記鋸刃を前記底面より下方に突出可能な開口部を有するベース」と記載されていることに鑑みると,構成要件Jの「回路基板」は,ハウジング内に配置され,ベースに近接するものの直接に接してはいないものと理解される。そうすると,構成要件Jの「直交する」とは,実際には接していないが長さを延長すれば相互に直角に交わるような場合をも含む意味で用いられているものと理解される(なお,本件明細書等には,特許発明7において「回路基板」と「ベース上面」とを「略直交する配置」とすることの技術的意義等を具体的に説明する記載や特許発明7自体の実施例である旨明確に示されたものは見当たらない。他方,第3の実施の形態に関する図12及び図15には,縦置き基板である回路基板60Cが,ベース上面に対して垂直ではあるが直接に接してはいない位置に配置される構成が示されている。そうすると,本件明細書等は,構成要件Jの「直交する」の意味に関する上記解釈を排するものではないと思われる。)。

そうすると,用語の意味の整合性の観点からは,構成要件C-2の「直交する」なる語についても構成要件Jと同様に解するのが適当であり,「回転軸」を有限長の線分とした場合に,「回転軸」と「径方向」とが実際に交点を持つという意味を追加して解釈するのはむしろ不自然と見ることも十分可能である(このことは,「回転軸」を「axis」と「shaft」のいずれの意味に解するかとは関わりない。)。

エ 構成要件C-2において,「径方向」の語はファンの回転軸を基準として定義されていることに鑑みると,「前記ファンの径方向外側」の「径方向」の語に「ファンの」なる修飾を付加することは意味がないから,「ファンの」は「外側」の語に係る修飾として理解することも可能である。この場合,「ファンの外側」とは,全空間からファンが占めている空間を除いた全ての部分を意味するものと理解される。

他方,「径方向外側」については,「径方向」は明らかに方向を示す語であり,それ自体は内側・外側に分離可能な概念ではないことから,内側と外側との区分けをするに当たり径方向の距離をその尺度とすることを意味しているものと解される。

そうすると,「ファンの径方向外側」とは,「ファンの外側」すなわち全空間からファンが占めている空間を除いた全ての部分のうち,径方向の距離がファンの半径を超える部分を意味するものとも解し得ることになる

オ 以上によれば,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」とは,その文言解釈として,全空間からファンが内接し回転軸方向に無限に延びる円柱を除いた部分すなわち(b)領域と解することにも十分な合理性があるということができる

カ 以上の検討結果を併せ考えれば,文言解釈のみによるのでは,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」なる記載は多義的に解釈し得るものであるというべきである

(2)特許発明1の構成要件C-2の技術的意義に基づく解釈

ア 上記(1)のとおり,文言解釈のみによるのでは,構成要件C-2の「ファンの径方向外側」なる記載は多義的に解釈し得るものであるとすれば,当該構成要件の技術的意義に基づきその解釈を検討すべきこととなる。

イ 本件特許発明は,小型軽量化,高効率化を目的としてブラシレスモータを使用した携帯用電気切断機において,その回路基板の配置スペースの確保及び冷却が問題となっていること,また,操作性を妨げないハウジング形状である必要があることを背景に,モータを収容するハウジングの形状を大きく変更せず,かつ,操作性を損なわずに,モータ駆動用の回路基板の配置スペースを確保するとともにその冷却を良好に行うことを目的とするものである(前記1(3)イ,ウ)。

このような目的を達成するために,本件特許発明は,本件実施例において,ハンドルを把持する作業者による作業の妨げとならないように,回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設け,かつ,ファンの回転によりファンガイド内側が負圧になることを利用して回路基板冷却用窓からファンガイド内側に至る冷却風を発生させるために,回路基板収容部をファンの径方向外側に配置している(前記1(3)エ,オ)。このうち前者が小型化の目的を達成するための手段,後者が冷却の目的を達成するための手段として把握される。

ウ(ア)しかし,これらの手段のみによって実際に上記各目的が達成されるか否かは,以下のとおり,本件明細書等の記載からは必ずしも明らかでない

(イ)小型化の目的に関しては,本件明細書には従来の携帯用電気丸鋸の具体的な構造についての言及がないため,本件実施例の構造との比較において目的達成の有無ないし程度を評価することはできない。本件実施例の構造それ自体から,これらが小型化の目的を達成しているか否かを客観的に評価することもできない

また,仮に本件実施例の構造が小型化の目的を達成しているとしても,回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設けさえすれば自ずと目的が達成されるものではなく,前提として当該スペースを有効活用し得るような合理的な構造を有することが必要と思われるが,本件明細書にはこの点に関する説明はない

(ウ)冷却の目的に関しては,上記手段により当該目的を達成する上で,回路基板が冷却風の通路に配置されることは必須と思われるけれども、その具体的方法として回路基板をファンの径方向外側に配置することは、ファンの径方向外側が冷却風の通路となるような構造を一体的に伴わない限り、回路基板の冷却とは直接関係しない。このことは、回路基板がファンの径方向外側である真横にあったとしても、隔壁その他により回路基板とファンとの間の冷却風の移動が遮断されているような場合を考えれば明らかである。

ここで、本件実施例においては、回路基板収容部の4側面のうち、その2側面に回路基板冷却用風窓が多数形成され、これらとは別の側面に風通路となる間隔が1つ設けられ、それら以外の側面は隔壁により囲まれる構造となっている。このうち、上記間隔は、ファンガイドの背面とハウジングの外壁部との間に設けられ、これによってモータ収容部と回路基板収容部とが連通している。このような構造とともに、モータ収容部とファンの位置とがファンガイドによって連通する構造が採用されているからこそ、回路基板収容部内に設置された回路基板がファン風の通路に位置して冷却の目的が達成されることとなっている。このような回路基板収容部からファンに至る連通構造が、回路基板の一部が(a)領域に位置することと無関係に実現し得ることは明らかといってよい。

(エ)これらの点を踏まえると、本件特許発明の目的を達成するための手段は、本件実施例においてすら合理的に説明されているとはいえない。そうすると、本件実施例を上位概念化したものである本件特許発明においてはなおさら、その目的を達成し得るとは認められないことになる。したがって、構成要件C-2が本件特許発明の目的を達成するための構成であるとして、その技術的意義から同構成要件の示す意味内容を把握することはできない。

そもそも、小型化の目的に関し、本件実施例における小型化の目的達成手段である「回路基板収容部をハンドルとベースとの間の高さ位置に設けること」は、特許発明3及び4並びにその従属発明である特許発明5にしか具体的には表れておらず、また、構成要件C-2とは無関係である。冷却の目的に関しても、上記(ウ)を踏まえると、その目的を達成する構成としては、端的に構成要件C-3「前記回路基板の少なくとも一部は、前記ファン風の通路内に配置されており、」が設けられている以上、構成要件C-2は無関係と見られる。

(3)以上によれば、構成要件C-2の「ファンの径方向外側」は、特許請求の範囲の文言によれば(a)領域又は(b)領域のいずれとも解釈し得るものであり、また、その技術的意義に鑑みてもいずれの解釈が正しいのか判断し得ないものということができる

したがって、構成要件C-2は不明確というべきである。そうである以上、この点に関する本件審決の認定・判断には誤りがあり、取消事由2には理由がある。

(4)これに対し、被告は、「ファンの径方向外側」に関する本件審決の認定は当業者の技術常識にのっとったものであるとか、原告自身も他の特許出願において、「ファンの径方向外側」が(a)領域である旨の出願をしているなどと主張するけれども、上記(1)に鑑みれば、本件審決と異なる文言解釈も十分合理性のあるものというべきであるし、他の特許出願における原告の出願内容のいかんは本件特許発明とは直ちに関係を有するものではない。さらに、被告が指摘する「ハウジングの形状はファンの軸方向に大きく張り出す」、「(a)領域に不必要なデッドスペースを生じる」といった評価(前記第3の2(2)イ(ウ))は、本件図面に示されたハウジング等の形状及び位置を前提とするものであって、特許発明1の構成要素以外のものを考慮したものにすぎない。

これらの事情に鑑みると、この点に関する被告の主張は採用し得ない。

2.3.3 取消事由1(記載要件(特許発明6~8及び10に関するサポート要件)に関する認定、判断の誤り(無効理由1の2))について

更に進んで、取消事由1についても検討する。

(1)特許発明6は、「モータの側方位置において、前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」回路基板(構成要件I)のみを有したものであり、当該回路基板は、さらに、「前記回路基板の少なくとも一部は、前記ファンの回転軸に直交する方向を径方向としたとき、前記ファンの径方向外側に配置され」る(構成要件C-2)ものである。

本件明細書の発明の詳細な説明において、「モータの側方位置」に配置された回路基板(縦置き基板)としては、第2の実施の形態の第2の回路基板60B及び第3の実施の形態の第1の回路基板60C(いずれも、モータ収容部2aの内壁面とモータ1の固定子1B間の隙間に配置されたもの)が記載されているが(前記1(2)カ)、縦置き基板のみを有する発明は明示的に記載されていない。そこで、縦置き基板のみを有する構成が、本件特許発明の課題(前記2(2)イ)を解決できると当業者が認識し得る程度に、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているか否かを検討する

(2)第2の実施の形態について

ア 第2の実施の形態の縦置き基板(第2の回路基板60B)による効果は、以下の3点に集約される(前記1(3)キ)。

① 制御回路30を別基板(縦置き基板)としたことで、駆動回路20及び整流平滑回路40を搭載した第1の回路基板60Aの面積を小さくし、ハウジング2のソーカバー5側への突出量を少なくでき、操作性の面で有利となる。

② 制御回路30を別基板(縦置き基板)としたことで、駆動回路20や整流平滑回路40の発熱部品の影響を受けないようにできる。

③ 制御回路30を搭載した第2の回路基板60B(縦置き基板)をセンサ基板51の近くに配置することで、回転位置検出素子52と制御回路30との電気接続を短縮して、ノイズ等の影響を受けにくい構造にできる。

イ(ア)このうち、前記①の効果は、ハウジング2に設けられた凸部69A(ソーカバー5側へ突出)が小さくなることをいうものである。しかし、このとき、一方で縦置き基板を収容するためにモータ収容部2aが大きくならざるを得ないことを考えると、前記①の効果は、一概に小型化に寄与するといってよいか定かではない。また、凸部69A及びモータ収容部2aの形状のこのような変化が、それぞれ携帯用電気切断機の操作性に及ぼす影響については、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていない。

したがって、第2の実施の形態においては、縦置き基板を設けることにより小型化の目的を達成できるとは必ずしも認識し得ないし、まして、縦置き基板のみとした場合に、携帯用電気切断機の操作性の面で有利であることないし操作性が損なわれないことを認識することもできない

(イ)前記②の効果は、冷却の目的に関わるものである。この目的の観点から見ると、制御回路30を別基板である縦置き基板とすることで、前記②の効果を期待できるとしても、ブラシレスモータの固定子が熱源となることは技術常識であるところ、そのモータの側方に縦置き基板を設置することにより、かえってモータの固定子の発熱の影響を受けやすくなることも予想される。そうすると、制御回路30を縦置き基板としたとしても、必ずしも冷却の目的を達成できるとは認識し得ない。まして、駆動回路と制御回路の両者を搭載した縦置き基板のみとした場合に、基板の冷却を効果的に実現し得ると認識することもできない。

(ウ)前記③の効果は、小型化の目的とも冷却の目的とも独立したものであり、本件特許発明の課題解決に寄与しないことは明らかである。

(3)第3の実施の形態について

ア 第3の実施の形態の縦置き基板(第1の回路基板60C)による効果は、以下の2点に集約される(前記1(3)ク)。

④ 制御回路30を縦置き基板とは別基板(第2の回路基板60D)としたことで第2の回路基板60Dは小面積となり、ハウジング2のソーカバー5側への突出量を更に少なくでき、操作性の面で有利となる。例えば、丸鋸刃の突出量を調整するレバーの操作が容易となる。

⑤ 第1の回路基板60C(縦置き基板)は、モータ収容部2a内のモータ1の側方に配置することで、充分なファン風を通すことが容易となる。

イ(ア)このうち、前記④の効果については、前記(2)イ(ア)と同様のことが妥当する。

なお、前記④の効果として、レバーの操作が容易になるという具体的な例が挙げられているが、それは、第2の回路基板60Dを設けるための凸部及びレバー18が本件図面の図12に図示される位置にあるからこそ生じる効果であって、特許発明6~8及び10に常に妥当するものとまではいえない。また、レバーの操作性が良くなったからといって、携帯用電気切断機全体としての操作性が良くなるとは限らない。まして、第2の回路基板60Dを完全に排除した構成では、モータ収容部2aが大きくなることによる操作性の劣化も予想される。

したがって、縦置き基板を設けることによって小型化の目的を達成できるとは認識できないし、まして、縦置き基板のみとした場合に、携帯用電気切断機の操作性の面で有利であることないし操作性が損なわれないことを認識することもできない

(イ)前記⑤の効果については、前記(2)イ(イ)と同様のことが妥当する。すなわち、第3の実施の形態においても、モータの固定子の発熱の影響を受けやすくなることが予想されるので、それ自体も発熱部品である駆動回路等を搭載した回路基板を縦置き基板とした場合に、必ずしも冷却の目的を達成できるとは認識し得ない。まして、駆動回路と制御回路の両者を搭載した縦置き基板のみとした場合に、基板の冷却が効果的にできると認識することもできない。

(4)そうすると、特許発明6~8及び10は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではなく、また、特許発明6~8及び10が、その課題を解決できると当業者が認識し得る程度に、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているともいえない(なお、この点は、本件特許発明において横置き基板が必須であるか否かとは関わりない。)。

したがって、特許発明6~8及び10は、いわゆるサポート要件を満たしているとはいえない。すなわち、この点に関する本件審決の認定・判断には誤りがあり、取消事由1には理由がある。

(5)これに対し、被告は、縦置き基板に駆動回路及び制御回路を搭載した変形図を示すなどして、小型化の目的及び冷却の目的のいずれも達成されている旨を主張する。

しかし、変形図を示した上で行う被告の主張は、いずれも本件明細書等の記載に基づくものではない。その点は措くとしても、前記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、小型化の目的を達成できたか否かを客観的に判断し得るような指標が示されていないことから、これらの変形図に示された構成が本件特許発明の目的とされる小型化を達成し得たのか否かは不明である。冷却の目的との関係でも、変形図に示された風路を得られるためにはハウジング等の形状及び位置を当該変形図に示されたとおりのものとすることが前提となるところ、これは特許請求の範囲の記載に基づく主張とはいえない。仮に当該変形図のとおりの風路が得られたとしても、前記のとおり、縦置き基板はモータの固定子の発熱の影響を受けやすい位置にあることから、なお冷却の目的を達成しているかは不明である。

また、被告は、やはり変形図を示しつつ、縦置き基板を僅かに移動させてファンガイド5dとの接触を回避することは容易に想到し得る旨主張するけれども、本件明細書等の記載に基づいた主張とはいえないし、縦置き基板を当該変形図のように移動させることはハウジングを大きくすることに直結し、小型化の目的と相反する結果ともなりかねない。

その他るる指摘する点を考慮しても、この点に関する被告の主張は採用し得ない。

3.検討

(1)審決及び判決を整理すると、特許無効審判の審決では請求項1、2及び9に係る特許は特許法第29条の2に違反するものであり、特許法第123条第1項第2号に該当するので無効と判断しています。一方、請求人は請求項1から10までに係る特許は明確性要件に違反するので無効、請求項6から8まで及び10に係る特許はサポート要件に違反するので無効とも主張していましたが、これらに対しては無効でない、と判断されました。これに対し、判決では特許法第29条の2ついては判断しませんでした。代わりに請求項1から10までに係る特許は明確性要件に違反するので無効、請求項6から8まで及び10に係る特許はサポート要件に違反するので無効である、と判断し、記載不備に関する判断では審決を完全にひっくり返しました。

(2)知財高裁の明確性違反に関する判決をまとめると以下のようになると思います。構成要件C-2(前記回路基板(60)の少なくとも一部は、前記ファン(7)の回転軸に直交する方向を径方向としたとき、前記ファン(7)の径方向外側に配置され、)における「径方向」は、「回転軸」が両端部を有する有限の長さのものである以上,「径方向」も有限の長さを持つ「ファンの回転軸」に直交(直接交わる)し得る範囲,すなわち,「ファンの回転軸」の両端部の間の範囲を意味していると理解するものである、という審決の考え方も文言解釈としては成り立ち得る、と述べています。しかし、同時に「直行する」の一般的な意味及び他の請求項の同一文言の解釈に鑑みると「回転軸」を有限のものとはとらえずに「回転軸」と「径方向」とが同一平面上にあり,その2直線がなす角度が直角であれば,「直交する」と解する余地がある、と述べています。結局、二つの解釈が成り立ち得るので明確性要件に違反する、という判断です。

(3)私は、「回転軸」は知財高裁が新たに示したような仮想的な無限の線であると思います。一方で知財高裁が指摘するように、我々が日常で、「軸」という言葉を使う際には、数学的な意味での仮想的な無限な線を指す場合もあれば自動車の車軸のように実体を有する有限なものを指す場合もあります。しかし、本件の場合、明細書等でモータの回転をファンに伝える実体的なものとして出力軸があり、この出力軸には1aという番号が振られ、図面でも特定されていましたが、回転軸には番号が振られておらず、両者は明確に使い分けられていると思われます。

したがって、審決で「回転軸」を有限なものと認定していますが、これは実体のある出力軸と誤認しているのでは?と思います。一方、判決ではこの審決の認定をそのまま認め、新たに本来の回転軸の意味を持ちだしていずれとも解釈できる、としているのでこれも誤りでは?と思います。したがって、「回転軸」とは、仮想的な無限の線と解釈できるので明確性要件に違反していない、と考えます(もちろん審決と判決しか読んでいないので当事者の主張がどのように展開されたかは定かではありませんが。)。

(4)知財高裁のサポート要件違反に関する判決をまとめると以下のようになります。原告(請求人)の主張は、構成要件B-3には駆動回路及び制御回路の両方を搭載した単一の回路基板も含まれるので、請求項1を引用する請求項6の構成要件I「前記回路基板は、前記モータの側方位置において、前記モータの回転軸と平行に延びるように配置されている」の回路基板は単一の回路基板でも成立しなければならないが、明細書等にはそのような記載がなくサポート要件に違反するというものだと思います。これに対して審決では駆動回路及び制御回路の「両方を搭載した回路基板」について,「モータの側方位置」に配置することは,本件明細書等に記載されているに等しい事項ということができるから,特許発明6は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である、と判断しました。一方、判決では発明の詳細な説明の各実施の形態に記載された目的・効果の内容から縦置き基板のみを有する構成が導き得るか検討し、そのような認識は得られないのでサポート要件に違反する、と判断しました。

(5)これは知財高裁の言う通りだと思います。明細書等を読むと、①横置き基板に駆動回路及び制御回路が搭載されている、②横置き基板に駆動回路が搭載され、縦置き基板に制御回路が搭載されている、③横置き基板に制御回路が搭載され、縦置き基板に駆動回路が搭載されている、という3パターンが記載されています。その上で④縦置き基板に駆動回路及び制御回路が搭載されているケースが例示されていないのですから、①、②及び③から④は自明なので省略したのか、それとも発明の目的・効果からすると④は成立しないので除外したのか第三者には判別できません。このように明細書等には④が書いていない理由が明記されていないケースで第三者がいちいち客観的に④が記載されているのに等しい事項であるか否か検討しなければならないというのではあまりにも第三者の負担が大きくなりすぎるとも思います。

ところで、本件特許は特許査定となるまでに特許請求の範囲が3回補正されています。最初の自発補正で問題の構成が加えられた独立項が追加されており、3回目の補正でこの構成を従属項としています。そうすると新規事項追加で無効という選択肢もあったように思います。