光配向用露光装置事件に関連して

投稿日: 2018/08/05 2:14:53

今日は、判決の検討はしません。

当初は2017年4月7日付の投稿で取り上げた事件(平成27年(ワ)第18593号)の控訴審の判決内容を検討した結果を投稿しようと思ったのですが、控訴棄却でした。この控訴事件(平成29年(ネ)第10029号 特許権侵害差止等請求控訴事件)及び当該特許権の審決取消訴訟事件(平成28年(行ケ)第10250号 審決取消請求事件)以外にもウシオ電機株式会社と株式会社ブイ・テクノロジーの間には幾つか係争が存在するようなので、これらを整理した結果を掲載します。

1.両社の公報発表

今回、判決を検討するに当たり両社のホームページを確認したところ、本件以外の係争の状況についての広報発表が数件あったので以下に一部省略して引用します。

(1)2016年の公報発表

ア ウシオ電機株式会社(6月28日付)

「ブイ・テクノロジー社に対する仮処分決定のお知らせ

ウシオ電機株式会社(本社:東京都 代表取締役社長:浜島健爾、以下 ウシオ)は、株式会社ブイ・テクノロジー(本社:神奈川県横浜市、以下ブイ・テクノロジー社)が製造・販売しているIPS/FFS光配向用露光装置(製品名:「AEGIS-IPS」)がウシオの保有する特許権(特許第4815995号)を侵害しているとして、2015年10月に東京地方裁判所に対して仮処分の申立てを行っておりました

このたび、ウシオの主張が認められ、2016年6月24日付けで下記対象製品の製造・販売等の差止めを認める仮処分決定がなされたことをお知らせします。

■対象製品

ブイ・テクノロジー社のIPS/FFS光配向用露光装置(製品名:「AEGIS-IPS」)のうち、偏光光照射光源が3列の照射ユニットで構成されているもの

なお、ウシオは、上記仮処分の申立てと同時に、当該特許権の侵害に関する本案訴訟を東京地方裁判所に提起しており、ブイ・テクノロジー社に対して、対象製品を含むIPS/FFS光配向用露光装置(製品名:「AEGIS-IPS」)の製造・販売等の差止め及び損害賠償を求めています。

同本案訴訟は、現在、審理継続中です。

ウシオは、IPS/FFS光配向用露光装置のトップメーカーであり、光配向技術に関する多数の知的財産権をグローバルに保有しております。ウシオは、知的財産権を極めて重要な経営資源と位置付けており、自社の知的財産権が侵害されたと判断した場合は、今後も毅然とした態度で臨んでまいります。」

イ 株式会社ブイ・テクノロジー(6月29日付)

「ウシオ電機株式会社の当社に対する仮処分決定のお知らせについて

2016年6月28日付けにて、ウシオ電機株式会社のHPに掲示された「ブイ・テクノロジー社に対する仮処分決定のお知らせ」として掲示された記事について、今回、下された仮処分決定は、ウシオ電機株式会社の保有する特許権(特許4815995号)を侵害していると申し立てられた裁判の審議途中で下された暫定的なものであり、弊社としては、今回の仮処分決定は不当なものと考えており、直ちに異議申し立ての手続きを取るべく、然るべく対応いたします

今回の仮処分の対象は、当社製品である「IPS/FFS 光配向用露光装置‘製品名AEGIS-IPS’のうち、偏光光照射光源が3列の照射ユニットで構成されているもの」と一部に留まっており、従前から当社が発表してきた今期の業績見通し、及び中期経営計画に一切、影響を与えるものではありません。

今回の訴訟および仮処分の対象としている特許は、日本国内においてのみ権利化されているものであり、当社のグローバルなビジネスに対して大きな影響を与えるものではないことも付言させていただきます。」

(2)2017年の公報発表

ア 株式会社ブイ・テクノロジー

「ウシオ電機株式会社と当社との間の訴訟に関するお知らせ

ウシオ電機株式会社(東京都千代田区大手町二丁目6番1号 代表取締役 浜島健爾、以下ウシオ電機社)と株式会社ブイ・テクノロジー(横浜市保土ヶ谷区神戸町134 代表取締役 杉本重人、以下当社)との間で、IPS/FFS液晶用光配向装置(以下、IPS光配向装置)関連業務について生じた訴訟について、下記の通りお知らせいたします。

1.当該訴訟の内容、状況など

(1)ウシオ電機社による「IPS光配向装置のガラス基板搬送機構」の特許権侵害に係る提訴

当社製品であるIPS/FFS液晶用光配向装置が上記特許を侵害したことを以って、平成27年7月3日付けで、10億7600万円を請求する訴訟の提起および販売差止めの仮処分命令の申立てが東京地方裁判所に対しなされましたが、平成29年2月9日付けで、ウシオ電機社の請求は棄却され当社の主張が全面的に認められております。その後、平成29年2月23日付けで、ウシオ電機社から同判決を不服として知的財産高等裁判所に控訴の提起がなされております。なお、対象特許については、特許無効審判にて平成28年10月17日付けで、無効の審決が出ております

(2)当社による「IPS光配向装置のガラス基板搬送機構」の中国における関連特許の無効審判請求

平成28年9月23日付けで、前項に関連する中国特許の無効審判を申し立て、平成29年4月10日付けで、無効の審決が出ております

(3)ウシオ電機社による「IPS光配向装置の光源配置」の特許権侵害に係る提訴

当社製品であるIPS/FFS液晶用光配向装置が上記特許を侵害したことを以って、平成27年10月9日付けで、18億20万円を請求する訴訟の提起および販売差止め仮処分命令の申立てが東京地方裁判所に対しなされ、平成28年6月24日付けで、日本国内での仮処分命令が決定しIPS光配向装置の一部機種が処分の対象となりましたが当社の業績への影響はございませんでした。また、当社は、この決定を不服とし、平成28年7月11日付けで、仮処分異議申立書を東京地方裁判所に提出しており、現在本件訴訟を含め東京地方裁判所において係争中です

(4)当社による「営業秘密の不正取得」に係る提訴

平成28年10月24日付けで、ウシオ電機が当社の営業秘密を不正取得したことを以って東京地方裁判所に訴訟を提起しました。現在、東京地方裁判所において係争中です。

(5)当社による「虚偽告知」に係る提訴

平成29年5月15日付けで、ウシオ電機社が、当社の顧客に向けて虚偽告知を行い、当社事業の妨害と企業イメージの毀損をもたらしたことを以って、24億7624万3546円を請求する訴訟の提起を東京地方裁判所に行いました。

2.今後の見通し

ウシオ電機により行われた訴訟が与える当社の今期業績への影響は、一切ございません。引き続き当社の正当性を主張してまいりますと同時に、開示すべき事項が明らかとなり次第、速やかにお知らせいたします。」

イ ウシオ電機株式会社(7月10日付)

「当社とブイ・テクノロジー社との間の訴訟について

株式会社ブイ・テクノロジー(本社:神奈川県横浜市、以下ブイ・テクノロジー社)が平成29年7月7日付け「ウシオ電機株式会社と当社との間の訴訟に関するお知らせ」において発表した、ブイ・テクノロジー社と当社との間の一連の訴訟につきまして、以下のとおりお知らせいたします。

まず、当社がブイ・テクノロジー社に対して提起した特許権侵害訴訟につきましては、当社の主張の正当性が認められるよう、引き続き真摯かつ適切に訴訟を追行してまいります。

また、ブイ・テクノロジー社は当社に対して、(1)平成28年10月24日付けで、当社がブイ・テクノロジー社の営業情報を不正に取得したとして当該営業情報の使用差止等を求める訴訟、及び、(2)平成29年5月15日付けで、当社がブイ・テクノロジー社に対して特許権侵害訴訟を提起した事実を同社の顧客に告知したことが不正競争行為に該当するとして24億7624万3546円の損害賠償等を求める訴訟をそれぞれ提起していますが、いずれの訴訟においても、当社としてはブイ・テクノロジー社の主張に理由がないものと確信しており、当社の正当性を主張し争っております。したがって、現時点においては、当該訴訟が当社の業績に与える影響はないものと判断しております。

ブイ・テクノロジー社との訴訟につきまして今後開示すべき事項が発生した場合には速やかにお知らせいたします。」

(3)2018年の公報発表

ア ウシオ電機株式会社(5月10日付)

「当社と株式会社ブイ・テクノロジー(本社:神奈川県横浜市、以下ブイ・テクノロジー社)との一連の訴訟等の経過について、以下のとおりお知らせいたします。

1.当社が保有する特許権(特許第4815995号、以下995特許)に関する訴訟等について

(1)仮処分決定

2016年6月28日付け「ブイ・テクノロジー社に対する仮処分決定のお知らせ」にてお伝えした通り、当社の主張が認められ、2016年6月24日付けでブイ・テクノロジー社に対する仮処分決定がなされました。

当該仮処分決定に対してブイ・テクノロジー社より保全異議が申し立てられましたが、当該保全異議の申立ては2017年8月23日付けで却下され、上訴はなされなかったため、当該仮処分決定は原内容のまま確定しております

(2)特許権侵害訴訟

上記(1)の仮処分の申立てと同時に、当社は、ブイ・テクノロジー社に対して、同社が製造・販売するIPS/FFS光配向用露光装置(製品名:「AEGIS‐IPS」)が995特許を侵害しているとして、当該製品の製造・販売等の差止め、及び、18億20万円の損害賠償を請求する訴訟を東京地方裁判所に提起しております。(なお、損害賠償請求額については、2017年12月14日付けで18億52万円に拡張しております。)

当該訴訟は現在第一審にて審理係属中ですが、2018年3月28日、裁判所より書面にて、ブイ・テクノロジー社による10億円台の和解金の支払条項を含む和解勧告が出されました

当社としては、当社の主張が相当程度認められていると評価できることなどに鑑みて、裁判所より提示された和解勧告をベースに和解交渉に応じる用意がございました。しかしながら、ブイ・テクノロジー社がこれに応じなかったため、現時点における和解手続きは打切りとなり、損害論の審理をさらに進めることとなりました

当社は、引き続き真摯かつ適切に訴訟を追行してまいります。

2.ブイ・テクノロジー社が当社に対して提起した訴訟について

ブイ・テクノロジー社が当社に対して提起した2件の訴訟につきましては、以下のとおり、いずれもブイ・テクノロジー社の請求は棄却され、判決確定により終了しております。

(1)まず、当社によるブイ・テクノロジー社の営業情報の使用の差止め等を求めて、ブイ・テクノロジー社が2016年10月24日付けで東京地方裁判所に提起した訴訟については、2017年7月12日付けで請求棄却判決がなされました。ブイ・テクノロジー社より控訴がなされましたが、控訴審においても2018年1月15日付けで控訴棄却判決がなされました。上告はなされなかったため、当該控訴棄却判決は確定しております。

(2)次に、ブイ・テクノロジー社の顧客に対して当社が特許権侵害訴訟提起の事実を告知したことが不正競争行為に該当するとして24億7624万3546円の損害賠償等を求めて、ブイ・テクノロジー社が2017年5月15日付けで東京地方裁判所に提起した訴訟については、2017年11月29日付けで請求棄却判決がなされました。控訴はなされなかったため、当該請求棄却判決は確定しております。

ブイ・テクノロジー社との訴訟につきまして今後開示すべき事項が発生した場合には速やかにお知らせいたします。」

イ 株式会社ブイ・テクノロジー(6月20日付)

「ウシオ電機株式会社と当社との間の訴訟に関するお知らせ(続報)

ウシオ電機株式会社(東京都千代田区大手町二丁目6番1号 代表取締役 浜島健爾、以下ウシオ電機社)と株式会社ブイ・テクノロジー(横浜市保土ヶ谷区神戸町134 代表取締役 杉本重人、以下当社)との間で、IPS/FFS 液晶用光配向装置(以下、IPS 光配向装置)関連訴訟について、下記の通りお知らせいたします。

1.訴訟の内容、状況など

(1)ウシオ電機社による「IPS 光配向装置のガラス基板搬送機構」の特許権侵害に係る提訴

当社製品であるIPS/FFS 液晶用光配向装置が上記特許を侵害したことを以って、平成27年7月3日付けで10億7600万円を請求する訴訟の提起が東京地方裁判所に対しなされ、引き続き平成29年2月23日付けで、知的財産高等裁判所に対し控訴がなされておりましたが、平成30年6月19日に判決があり、当社の勝訴となりました。なお、対象特許については、特許無効審判にて平成28年10月17日付けで、無効の審決が出ておりましたが、平成28年11月25日付で知的財産高等裁判所に対し審決取消訴訟の提起がなされておりましたところ、平成30年6月19日に無効審決維持の判決を得ております。

(2)ウシオ電機社による「IPS 光配向装置の光源配置」の特許権侵害に係る提訴

当社製品であるIPS/FFS 液晶用光配向装置が上記特許を侵害したことを以って、平成27年10月9日付けで18億20万円を請求する訴訟の提起および販売差止め等の申立てが東京地方裁判所に対しなされ、現在係争中です。

2.今後の見通し等について

ウシオ電機社により行われた訴訟が与える当社の今期業績への影響は、一切ございません。引き続き当社の正当性を主張してまいりますと同時に、開示すべき事項が明らかとなり次第、速やかにお知らせいたします。

2.各訴訟の時系列の整理

 

3.訴訟の状況について

(1)両社の公報発表や不正競争防止法に基づく2件の訴訟の判決を読む限り、ウシオ電機は特許第5344105号及び特許第4815995号の2件の特許権に基づき侵害訴訟を提起したと思われます。

(2)これらのうち特許第5344105号は一審(H27(ワ)18593)・二審(H29(ネ)10029)ともに特許に無効理由が存在するとして、ブイ・テクノロジーの対象製品は非侵害と判断されています。また、同特許に対する特許無効審判(無効2015-800021)でも請求成立(特許無効)という審決が出て、さらに審決取消訴訟(H28(行ケ)10250)でも請求棄却(特許無効審決の維持)という判決が出ており、知財高裁ホームページの「審決取消等訴訟(特許・実用新案)係属中事件一覧表/終局事件一覧表」で確認したところ「上告無し」となっていました。したがって、特許第5344105号の無効は確定したものと思われます。当然、侵害訴訟も上告せずに知財高裁の判決が確定していると思われます。

(3)特許第4815995号については、2015年10月9日に仮処分の申立て(H27(ヨ)22088)が行われ、2016年6月24日に対象製品の製造・販売等の差止めを認める仮処分決定がされており、2017年8月23日に保全異議申立も却下され、上訴されなかったために確定しています。また、本案訴訟(H27(ワ)28608)の方は現在も審理中のようです。

(4)ウシオ電機の広報発表にはこの本案訴訟の経緯についての説明がありました。これによると、2018年3月28日に裁判所から和解勧告が出されたようです。ウシオ電機はこの和解勧告に応じる考えがあったようですが、ブイ・テクノロジーは応じなかったようです。

(5)ブイ・テクノロジー側は、和解勧告よりも2年近く前の2016年6月24日に仮処分決定があり、これに対する保全異議申立が却下されても上訴していない状況であることから、対象製品の製造・販売等が差し止められた状況に対応する体制がある程度整っている可能性があります。そうだとすると、損害賠償請求額が約18億円に対して、和解金が10億円台(正確な額は不明)なので、この段階で和解に応じるよりも、知財高裁で争う方を選んだのかもしれません。知財高裁での審理までに新たに強力な無効の証拠があれば一気にチャラにできる可能性があるのですから。

(6)特許権は財産権と言われていますが、土地などの所有権とは性質が大きく異なります。特許制度の場合は特許庁の審査(場合によっては審判、さらには審決取消訴訟)を経て、適法に取得した特許権であっても、権利化後に発見された無効の証拠により、原則として権利自体が初めからなかったことになり、その特許権で守られていた技術を誰でも自由に実施することが可能になってしまいます。一方、土地などは適法に所有すれば、環境の変化等で価値がタダ同然まで下落しても、他人がその土地に無許可で侵入することはできません。

(7)特許権者にしてみると、自らが考え出した発明をわざわざ公開し、お金をかけて獲得した権利であるのに、後から発見された証拠で無効になって、その発明が誰にでも自由に使えるようになってしまうのでは特許出願する意義が見いだせなくなると思います。日本を含む大半の国の特許制度は、世界のどこで公知となった技術であっても、無効の証拠とすることができます。そこに現代のITによる情報の探索能力が加わることで、現在ではほとんどの特許で無効理由が存在する可能性が高くなりました。この状況は現在の特許制度が生まれた時代とは大きく異なっています。特許庁の審査を経て取得した特許権の独占権を信じて事業展開を計画する起業家の不利益にも繋がりかねないので、何らかの対応策が必要かもしれません。