スプレードライヤ事件(特許請求の範囲の限定解釈)

投稿日: 2018/03/01 1:00:36

今日は、平成27年(ワ)第12965号 損害賠償請求事件について検討します。原告である藤崎電機株式会社は、判決文によると、電気工事業、電気機械、電気器具の販売等を目的とする会社だそうです。一方、被告である大川原化工機株式会社は、乾燥装置、焼却装置、廃棄物処理装置の設計、製造及び販売等を目的とする会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理(特許第2797080号)

2.本件発明

(本件発明1)

A:液体を薄膜流とし、この薄膜流を気体流で空気中に噴射して、液体を微粒子に噴射する方法において、

B:加圧された空気を、空気口(10)から開放された空間に噴射して高速流動する空気流とすると共に、

C:空気口(10)から噴射される空気を、液体の流動方向に平滑な平滑面に向けて噴射して、この平滑面に接触しながら平滑面と平行に一定の方向に高速流動する空気流とし、

D:空気流を高速流動させている平滑面の途中に、空気流の流動方向に交差するように、しかも、空気流と平滑面との間に液体を供給し、供給された液体を、高速流動する空気流で平滑面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし、

E:この薄膜流を平滑面から離して微粒子として噴射することを特徴とする

F:液体を微粒子に噴射する方法。

(本件発明2)

G:平滑面が傾斜面(7)である

H:請求項1に記載される液体を微粒子に噴射する方法。

(本件発明4)

ア:液体を流動させて薄膜流とする傾斜面(7)を有し、この傾斜面(7)を流動する液体の薄膜流を空気中に微粒子として噴射するノズルにおいて、

イ:傾斜面(7)を液体の流動方向に平滑な面とすると共に、

ウ:この傾斜面(7)に加圧空気を噴射して、傾斜面(7)に接触しながら、しかも、傾斜面(7)と平行に一定の方向に高速流動する空気流をつくる空気口(10)と、

エ:空気流を高速流動させている傾斜面(7)の途中に、空気流の流動方向に交差するように液体を供給する供給口(5)とを備え、

オ:供給口(5)から傾斜面(7)に供給された液体を、高速流動する空気流で平滑面に押し付けて薄く引き伸ばして薄膜流とし、薄膜流を空気流で空気中に微粒子として噴射することを特徴とする

カ:液体を微粒子に噴射するノズル。

(本件発明6)

キ:下記の全ての構成を有する液体を微粒子に噴射するノズル。

(Ⅰ)ノズルは、液体をリング状に噴射する供給口(5)と、この供給口(5)に液体を供給する筒状の液体路(21)と、供給口(5)から噴射される液体を流動させる傾斜面(7)と、この傾斜面(7)に加圧空気を噴射する空気口(10)と、この空気口(10)に空気を供給する空気路(1)とを備える。

(ⅱ)供給口(5)は所定幅のスリット状に形成されている。

(ⅲ)供給口(5)は、リング状に形成されている。

(Ⅳ)供給口(5)は傾斜面(7)の途中に開口されている。

(Ⅴ)供給口(5)の傾斜面(7)に対する角度αは鈍角に設計されている。

(Ⅵ)傾斜面(7)は液体の流動方向に平滑面となっている。

(Ⅶ)空気口(10)は傾斜面(7)の途中に開口された供給口(5)に向かって開口されている。

(Ⅷ)空気路(1)に、軸方向に流動する空気をスパイラルに回転させるヘリカルリブ(22)を配設しており、空気口(10)から噴射される空気がスパイラル状に回転しながら傾斜面(7)に沿って噴射されるように構成されている。

3.争点

(1)イ号製品等は、本件発明の構成要件を充足するか。

ア イ号製品及びハ号製品の構成(争点1-ア)

イ イ号製品等が、「傾斜面」又は「平滑面」に該当する構成を備え、「傾斜面又は平滑面の途中」に液体供給口を備えるものであるか【本件発明1の構成要件D、本件発明2の構成要件G及びH、本件発明4の構成要件ア及びエ、本件発明6の構成要件キⅠ、Ⅳ及びⅦの充足性】(争点1-イ)

ウ イ号製品等が、加圧空気を「傾斜面」又は「平滑面」上で「高速流動する空気流」とするものか【本件発明1の構成要件C、本件発明2の構成要件H、本件発明4の構成要件ウの充足性】(争点1-ウ)

エ イ号製品等が、液体を傾斜面又は平滑面に「押しつけ」て「薄膜流」とするものか【本件発明1の構成要件D、本件発明2の構成要件H、本件発明4の構成要件オの充足性】(争点1-エ)

オ イ号製品及びロ号製品が、「空気をスパイラルに回転させるヘリカルリブ」を具備しているか否か【本件発明6の構成要件Ⅷの充足性】(争点1-オ)

カ イ号製品等が、「液体を微粒子に噴射する」ものであるか【本件発明1の構成要件A、E及びF、本件発明2の構成要件H、本件発明4の構成要件ア、オ及びカ、本件発明6の構成要件キの充足性】(争点1-カ)

(2)不当利得額及び損害額(争点2)

4.争点に関する当事者の主張

(1)イ号製品及びハ号製品の構成(争点1-ア)

-省略-

(2)イ号製品等が、「傾斜面」又は「平滑面」に該当する構成を備え、「傾斜面又は平滑面の途中」に液体供給口を備えるものであるか(争点1-イ)

-省略-

(3)イ号製品等が、加圧空気を「傾斜面」又は「平滑面」上で「高速流動する空気流」とするものか(争点1-ウ)

-省略-

(4)イ号製品等が、液体を傾斜面又は平滑面に「押しつけ」て「薄膜流」とするものか(争点1-エ)

-省略-

(5)イ号製品及びロ号製品が、「空気をスパイラルに回転させるヘリカルリブ」

-省略-

(6)イ号製品等が、「液体を微粒子に噴射する」ものであるか(争点1-カ)

(原告の主張)

ア イ号製品等では、平滑面(傾斜面)に沿って薄く引き伸ばされた薄膜流が形成されるため、平滑面(傾斜面)から離れた段階で微粒子化がなされる。そうである以上、その後、衝突させてさらに微粒子化させることは、付加的な要素にすぎず、イ号製品等は、「液体を微粒子に噴射する」ものである。

そして、被告自身のホームページにおいて、「液膜噴霧→微小粒子化」と画面に表示され、①「二段階の微粒化機構」が採用されていること、②第一段階においては、「液はエッジ面に沿って薄く引き伸ばされ、液膜を形成」して、傾斜面から微粒子が飛翔していることが動画によって示され(被告動画(甲7)の50秒頃のキャプチャ画像中において、2箇所の黄色の丸で微粒子を示す。)、第二段階において、衝突で「さらに微粒化」が生じていると説明されていることからすれば、衝突前の第一段階でも「微粒化」が生じていることについて、被告は自認しているというべきである。

また、ロ号製品のカタログ(甲3及び甲4の各2頁中段右側)には、「第1段階」として、「気液の外部混合により微粒化」、「第2段階」として、「噴霧流同士を空中衝突させて再微粒化」との記載があることからも、衝突前にも微粒化していることは明らかである。

したがって、イ号製品等では、噴霧流同士の衝突前に「微粒子」が得られているというべきである。

イ 被告は、本件発明における「微粒子」とは10μm以下の微粒子に限られると主張し、イ号製品等では衝突前に10μm以下の微粒子は得られないと主張する。

しかし、まず、微粒子とは、粒子よりも細かい粒であるが、物体の種類や性質によっても粒の大きさは異なり、あくまで相対的な概念であるに過ぎず、本件発明の「微粒子」の大きさを厳密に定義することは不可能であるから、これを10μm以下と解釈すべきではない。

また、被告は、請求項において微粒子の粒径が数値で規定されていない、という点を軽視している。

さらに、本件明細書においては、粒径の値が示されているのは2箇所であり、①「このため、この構造のノズルは、液体を極めて微細な、たとえば1~5μmの微粒子として噴射できる特長がある。」(【0052】)、②「ちなみに、本発明者が試作したノズルは、1分間に1000gの液体を噴射して、粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに成功した」(【0072】)と説明され、いずれも「たとえば」「試作したノズルは」とあるとおり、例示に過ぎない。

被告が根拠とする【0011】、【0012】における開示は、被告も認めるとおり背景技術の記載であって、いずれも本件発明の開発過程における試作の数値に過ぎず、本件発明に関する記述ではない。

また、意見書(乙3)の説明も、本件発明によれば、「液体を、10μm以下の極めて小さい微粒子として、安定して噴射することが可能です。しかも、極めて長時間、安定して連続的に、噴射することが可能です。」とあるとおり、一例として10μm以下の微粒子としながら、安定して噴射することが可能であることを述べているに過ぎず、粒径が10μm以下に限定される旨を述べたものではない。

さらに、被告特許においては、発明の名称を「液体を微粒子にする方法及びこれに用いるノズル」としているところ、その実施例で得られる「微粒子」の平均粒子径D50として、実施例1で7.88μm、6.47μm、5.69μmとし、実施例2で14.06μm、9.70μm、7.29μm、実施例3で21.25μm、14.61μm、10.22μm等となっており、被告自身が、10μmの倍以上である21.25μmも微粒子と解釈していることになるが、10μm以上のものは微粒子でないとする本件における被告の主張は、これと矛盾する。

ウ 仮に「微粒子」を10μm以下のものを指すと解釈すべきものとしても、次のとおり、イ号製品等は噴霧流同士の衝突前に10μm以下の微粒子が得られるものである。

(ア)本件発明においては、D50(頻度の累積が50%になる粒子径(メジアン径))を用いて粒径の評価をしている。

本件発明の技術分野では、D50を用いて粒径の評価をするのが一般的であり、被告特許及び被告のカタログにおいてもD50が用いられていることからすれば、属否の議論は、D50に基づく評価を前提に行うべきである。

(イ)原告による実験結果

原告は、イ号製品を用いて、噴霧流同士を衝突させる通常の使用状況と、開口部の半分以上を閉塞して噴霧流同士の衝突が生じさせない状況とにおいて、それぞれ得られた微粒子の粒径を測定した。その結果は別紙「原告による実験結果1」の表AないしFのとおりであり、噴霧流同士の衝突が生じない場合において、D50及びザウター平均径ともに10μm以下の微粒子が得られた。

(ウ)イ号製品等のカタログ(乙12)の記載

イ号製品等のカタログには、1頁の液滴の粒子径を示す対数グラフにおいて、イ号製品、ハ号製品ともに、粒子径1~15μm程度の微粒子を得ることが可能であること、粒子径1~3μmの水を噴霧できることが示されている。カタログの記載は自社製品の信用に関わるものであり、信ぴょう性が高いというべきであるところ、前記数値を前提とし、噴霧流同士の衝突前後の粒子径がD50で比較すると2倍、ザウター平均径で比較すると3倍程度になることを踏まえて計算すると、イ号製品等は、噴霧流同士の衝突前において、D50、ザウター平均径ともに10μm未満の微粒子を製造することができることは明らかである。

また、カタログ3頁に示される電池正極材及び電池負極材の粉体の粒度分布図によれば、原液固形分濃度がそれぞれ30%、20%のもとで、電池正極材の粉体の粒子径D50が3.2μm、電池負極材の粉体の粒子径D50が4.2μmになるというのであり、粉体の粒子径は、固形濃度分50%を用いて計算すると、液滴の粒子径の8割程度であることからすると、理論上、電池正極材の液滴の粒径は4.78μm、電池負極材の液滴の粒径は7.18μmと計算される。したがって、少なくとも電池正極材については、衝突前の粒径を2倍と仮定した場合、衝突前において、10μm以下の微粒子を製造することができるのは明らかである。

なお、イ号製品を用いて、噴霧流同士を衝突させる通常の使用状況のもと実施した実験の結果、気液比(体積比)を32600に設定すると、D50が4μm、ザウター平均径が3.47μmの液滴を得ることが可能であることが判明した。

(エ)被告の実験について

同じ噴霧装置であっても、試験条件が異なれば得られる粒径も異なるのが当然であり、試験条件を変化させれば、衝突前であっても10μm以下の微粒子を得ることは可能である。

イ号製品等については、本来、数μmの粒子を生成できることが被告ホームページやカタログで謳われているにもかかわらず、被告実験では、噴霧流同士を衝突させるという本来の用法にもかかわらず、ザウター平均径でようやく10μm程度の微粒子が得られたが、D50では17.09μmの微粒子しか得られなかったものであり、これは、意図的に粒径を大きくするように、噴霧水量を多めに設定するなどして試験条件を調整したものであることが明らかである。

被告実験において設定された気液比等の条件について合理的な説明がない以上、たまたま、衝突の前後で10μm以上、又は以下の粒径が得られたとしても、そのような一点の結果でもってハ号製品が非侵害であることの立証とはならない。

(被告の主張)

ア 本件明細書【0011】や【0012】の背景技術の記載や、【0072】の発明の効果の記載、さらには、乙3の意見書の第6頁第26ないし27行目の「本発明の噴射方法とノズルは、液体を、10μm以下の極めて小さい微粒子として安定して噴射することが可能です」との主張等から明らかなように、本件発明の本質は、「10μm以下の微粒子」を噴射するための噴射方法とノズルを提供することにある。

このことは、本件明細書【0008】において、「本発明の重要な目的は、液体を極めて小さい微粒子に噴射できる」、【0009】において、「本発明の他の重要な目的は・・・しかも微細な液滴に噴射できる液体を微粒子に噴射する方法とノズルを提供することにある」との記載、【0020】の作用の項で、「本発明は・・・液体を超微粒子にできる特長がある」との記載からも明らかである。

また、本件明細書の【0003】には図1と図2の従来例が記載され、図1のノズルでは、「液体を10μm以下の微細な粒子に噴射できる」が、このノズルは噴射する液体が特定され、種々の微細な粒子で噴霧できない等の欠点があるとその問題が【0005】に記載され、【0006】には、「粒子径を10μm以下とするノズルは、中心孔の内径を0.2mm以下とする必要がある」と記載されている。

また、【0012】の「10μm以下の微粒子が得られる」との記載、【0072】に「微粒子を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに成功した」との記載も総合すると、本件発明の請求項記載の「微粒子」の粒径は、10μm以下の微粒子であることは容易に理解できる。

イ そして、イ号製品等では、以下のとおり、通常の使用方法の下で噴霧流同士の衝突前に10μm以下の微粒子は得られないから、「液体を微粒子に噴射する」ものではない。

(ア)ノズル技術分野では、液滴の平均粒子径にはザウター平均径が使用されるのが一般的であり、本件明細書において特段の記載がない以上、ザウター平均径で特定された数値であると解するべきである。

(イ)被告による実験結果

イ号製品等においては、気液体が混じった高速噴流が衝突することによって衝突による気体(空気)の振動、渦、気体と液体の速度差などにより、液滴が再分裂してさらなる微粒化が得られ、目的とする10μm以下の微粒子が得られるものである。

これは、ハ号製品を用いて実施した実験結果からも裏付けられる。すなわち、被告実験の結果において、噴霧流同士の衝突があった場合(Lot1)の粒子径は、9.92μmになるのに対し、衝突がない場合(Lot2)には33.71μmであり、ハ号製品が、噴霧流同士を衝突させることによって、本来の目的とする10μm以下の微粒子を噴射することができるノズルであることは明らかである。

したがって、イ号製品等において、噴霧流同士の衝突前には、「微粒子」は生じていない。

(ウ)イ号製品等のカタログの記載について

イ号製品等のカタログ(乙12)の1頁の、「ツインジェットノズル(特許)により1~20μmの微粒子が製造出来ます」との記載及び同内容の粒径分布図は、粉体の粒子径であり、液滴の粒子径ではない。10%の濃度で計算した場合、粉体の粒子径は、液滴の粒子径の約46%となる。

また、同カタログの2頁及び3頁の粒度分布図は、営業的側面から、条件次第ではここまでの微粒化が実現できるという意味で記載されたものであり、工業製品として通常使用される気液比で行われたものではない。また、これらは、液滴の粒径ではなく、液滴を噴霧乾燥させた後の粉体の粒度分布図であり、液滴よりも縮小した粒子に関するものである。

そもそも、イ号製品等を含め、現存する二流体ノズルにおいて、液滴として噴霧した液滴の平均粒子径を1~4μmとすることはおよそ不可能であり、5μm程度が限界である。イ号製品等の実際の生産機の気液比は、体積比で約1500ないし1700程度とされている。気液比を極端に大きくすれば、衝突前においても10μm以下の平均粒子径となることはありうるが、イ号製品等の想定する実際の運転条件とは大きく異なるものであるから、それを議論の対象とすべきではない。

(エ)原告の実験について

原告の実験は、そもそも開口部を半分以上塞いだ上、液垂れも生じており、正常噴霧している状態とはいいがたく、また、衝突を完全に排除するものではないことからすれば、同実験により得られた液滴径を前提に議論することは無意味である。

しかも、原告の実験は、イ号製品等の生産機が想定する気液比の平均値(重量比2.15)とはかけ離れた、大きな気液比の条件下で小さな粒径を得ているにすぎず、その意味でも恣意的な実験である。

ウ 原告の主張について

被告がホームページ上の画像においてアナウンスしている表現やテロップの表示は、あくまで被告の営業用ツールとして取引先等にアピールできるように意識したものであって、本件発明の用語と同意義で使用したものではない他、ハ号製品をそのまま表現したものでもない。

原告指摘の「液膜噴霧→微小粒子化」とは、10μm以下の微粒化が生じているとの意味ではないし、①「二段階の微粒子化機構」とは、外部混合状態を第一段階とし、衝突状態を第二段階と称しているだけであり、②「薄く引き伸ばされ液膜を形成」とは、単に、空気流によって、液体の一部が引っ張られることによって、液膜が薄く引き伸ばされることを表現したものである。また、「傾斜面から微粒子が飛翔している」とは、空気流によって引っ張られた液体の表面が上側傾斜面から波立ってちぎれた微粒子が飛翔している現象(乙10)を指すものである。

また、原告は、噴霧流同士の衝突前に微粒化が生じていることを被告が自認しているというが、被告実験の結果からも明らかなように、ここにいう微粒子とは、衝突がない場合の粒子径33.71μm程度の微粒子であって、本件発明の目的とする10μm以下の「微粒子」ではないのである。

(7)不当利得額及び損害額(争点2)

-省略-

5.裁判所の判断

1 本件発明について

本件明細書によれば、本件発明は、液体を極めて小さい微粒子に噴射する方法とノズルに関し(【0001】)、ノズルの傾斜面に沿って高速流動させた空気流によって、供給口から傾斜面に送り出された液体を薄く引き伸ばして薄膜流とすることにより、この薄膜流が傾斜面を離れる時に、表面張力で粉々にちぎれて微粒子の液滴となるようにすることに特徴があり(【0020】)、これによって、従来技術である、加圧した液体と加圧した空気とを混合してノズルの先端から噴射したミストを互いに衝突させて微細な粒子とする方法又はノズルを使用した場合に、液体の種類によって生じうるノズルの詰まりという欠点や(【0005】)、微小なノズルから噴射した液体に向けて別のノズルから加圧空気を噴射し、液体が空気に削られることにより小さい液滴とする方法又はノズルを使用した場合に生じるノズルの詰まり及び処理量の少なさという欠点(【0006】)を解消し、液体を極めて小さい微粒子に噴射できると共に、種々の液体を詰まらない状態で使用でき、また、単位時間当たりの噴射量を多くして、微細な液滴に噴射できるようにした点に技術的意義を有するものである(【0008】、【0009】、【0014】)と認められる。

2 争点1-カ(イ号製品等が、「液体を微粒子に噴射する」ものであるか)について

(1)本件発明の「微粒子」の意義について

ア 本件明細書においては、加圧した液体と加圧した空気とを混合してノズルの先端から噴射したミストを互いに衝突させて微細な粒子とする原理をとる従来技術(図1)について、「この構造のノズルは、液体を10μm以下の微細な粒子に噴射できる」(【0003】)が、「数分も使用すると、ノズルの先端に噴霧された液滴が付着して乾燥し、しかもこれが次第に堆積して詰まってしまう欠点があった」と解決すべき課題を挙げ(【0005】)、また、非常に細かく噴射した液体に加圧空気を噴射するという原理をとる従来技術(図2)について、「ちなみに、粒子径を10μm以下とするノズルは、中心孔の内径を0.2mm以下とする必要がある。この内径のノズルの噴霧量は、乾燥重量で1時間に15gにすぎない。このように小さいノズルは極めて詰まりやすい欠点もある。」(【0006】)と解決すべき課題を挙げた上で、「本発明は、従来のこれ等の欠点を解決することを目的に開発されたもので、本発明の重要な目的は、液体を極めて小さい微粒子に噴射できると共に、種々の液体を詰まらない状態で使用できる液体を微粒子に噴射する方法とノズルを提供することにある。」(【0008】)と発明の目的を述べている。

そして、課題を解決するための手段において、「本発明者は前記の目的を達成するために、図3に示す構造のノズルを試作した。・・・粒子径を5μmとする微粒子を得ることに成功した。しかしながら、この構造のノズルは、液体を噴射する供給口5の調整が極めて難しく、調整がずれると微粒子の粒子径は20~30μm以上に急激に大きくなった。」(【0011】)、「本発明者はさらにこの欠点を解消するために、・・・・設計すると、10μm以下の微粒子が得られる。しかしながら、このことを実現するために、・・・製作が極めて難しくなった。」(【0012】)、「本発明の液体を微粒子に噴射する方法とノズルは、従来のこのような原理とは異なる新しい方法で液体を微粒子にして噴射することに成功したものである。」(【0014】)と記載されている。

さらに、発明の効果において、「ちなみに、本発明者が試作したノズルは、1分間に1000gの液体を噴射して、粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに成功した。」(【0072】)と記載されている。

以上のとおり、本件明細書においては、まず、従来技術において、粒子径を10μm以下の微粒子に噴射できるノズルは、極めて詰まりやすいという欠点があることを指摘した上で、本件発明はその詰まりやすいという課題を解決することを目的とするものであることを説明し、さらに、課題解決手段の項でノズル試作段階の結果に触れ、いったん粒子径を5μmとする微粒子が得られるノズルの試作に「成功」したが、同ノズルは、調整を誤ると粒子径が20ないし30μmと急激に大きくなってしまう「欠点」があるので、さらなる試行錯誤の中で、10μm以下の微粒子が得られるノズルを製作し、最終的にはそのノズルの問題点を解決したとしている。

そして、試作したノズルにおいて、1分間に1000gの液体を噴射すれば、粒子径を10μm以下の微粒子の液滴を噴射することに「成功」することを説明している。

これらの本件明細書の記載からすると、本件発明は、単に、ある程度粒径の小さな粒子が噴射されれば足りるというのではなく、液体を「極めて小さい微粒子」に噴射できることが重要な目的のひとつとして挙げられている(【0008】)ように、噴射される「微粒子」の大きさが極めて重要な意味を有するものであることから、本件発明において生成されるべき「微粒子」の粒径の範囲は特定されているものと解するのが相当である。

そして、前記各記載においては、10μm以下の微粒子の噴射を「成功」、20ないし30μmの微粒子の噴射を「欠点」と位置づけており、また、本件発明は、もともと、従来技術によった場合の粒子径10μm以下の微粒子に噴射できるノズルにおける欠点を解決することを目的としたものであるとしていることも踏まえると、本件発明において噴射されるべき「微粒子」は、粒子径10μm以下のものとして設定されており、本件発明の「液体を微粒子に噴射する」とは、高速流動空気によって押しつけられた液体の薄膜流が平滑面ないし傾斜面から離れるときに10μm以下の液滴の微粒子になることをいうと解するのが相当である

そして、この解釈は、出願手続における拒絶理由通知に対して原告が特許庁に提出した意見書(乙3)において、拒絶理由中で引用された文献に記載されたノズルとの相違を説明するに当たり、液体を微粒子として噴霧する噴霧ノズルには内部混合タイプと外部混合タイプがあり、外部混合タイプでは安定して液体を極めて小さい微粒子に噴霧できないために実用化が非常に困難であったが、本件発明は、外部混合タイプのノズルを改良したもので、「本願発明の噴射方法とノズルは、前述の独特の構成で、液体を極めて小さい微粒子に安定して噴射できる特長があります。本発明の噴射方法とノズルは、液体を、10μm以下の極めて小さい微粒子として、安定して噴射することが可能です」との記載があることとも合致するところである。

イ これに対し、原告は、上記の本件明細書の記載は例示にすぎない等と主張するが、前記のとおり、本件明細書の記載では、従来技術の課題、課題を解決するための手段及び発明の効果のいずれにおいても粒子径を10μm以下にすることが記載されているから、これらの記載を総合すれば、本件発明によって噴射される微粒子のあるべき粒子径として10μm以下という数値が設定されていると解するのが相当であり、これら記載を、単に例示として記載された数値にすぎないとする原告の主張は採用できない。

また、原告は、被告特許において、10μmの倍以上のサイズの粒子も「微粒子」と表現しているとも指摘するが、「微粒子」という概念は一義的なものではなく、ある程度の幅を持ったものであることについては原告自身も認めるものであるところ、そのうちのどの粒子径の微粒子を生成するかは、各発明の目的等に応じて個別に設定されるべきことであり、仮に被告が他の発明において、10μmを超える粒子径のものを「微粒子」と定義していたとしても、そのことは、本件発明において粒子径が10μm以下のものが微粒子であると主張することと何ら矛盾するものではない。

(2)粒子径の評価指標について

証拠(乙9及び16)及び弁論の全趣旨によれば、分布する粒子径の評価をする際の代表値の取り方には、一般にD50(中位径)とザウター平均径があり、D50は、粒径分布上の50パーセント中位の粒径をとったものであり、ザウター平均径は、粒子の体積の総和と表面積の総和との比をとったものであると認められる。しかし、本件発明によって噴射される微粒子につき、その粒子径の評価に用いられた指標は、本件明細書上明らかではない

この点、原告は、実際にはD50を用いて粒子径の評価を行っており、本件明細書も同指標に基づいて記載したものであり、一般的にもD50が用いられると主張するのに対し、被告は、一般にはザウター平均径を用いて粒子径を評価することが多いとして、本件発明についても、ザウター平均径を指標として粒子径の評価をすべきであると主張する

証拠(甲22、23)によれば、スプレードライヤの製造会社であるGEA Niro社が作成した資料及びスプレードライ製法による錠剤製造機に関するメルク株式会社のカタログにおいては、D50を用いた粒子径の説明が行われていることが認められる。また、液体を微粒子にする方法に関する被告特許においても、D50を用いた粒子径の評価が行われており、イ号製品等のカタログ上も、D50を用いた粒子径の評価が行われていることが認められる(乙12、乙14)。

他方、証拠(乙15)によれば、産業用スプレーノズルと応用機器、ソリューション事業を業とする「霧のいけうち」という会社が作成した2流体ノズル製品の技術資料においては、「数多い小粒子より、数少ない大粒子によって現象が左右されることが多いため、ザウター平均径を噴霧粒子群の代表値とするのが最も好ましいようです。一般にもザウター平均径が多用され、本カタログにおいても使用しています。」と記載されており、さらに、証拠(乙16)によれば、ノズルネットワーク株式会社が編集した「役立つノズルの選定知識」と題するウェブページにおいても、液滴平均径の求め方について、「ノズル分野ではほとんどの場合ザウター平均径が使用され」との記載があることが認められる。

また、国際特許分類(B05B7/08 B01F3/08 B01F5/20 B05B1/26 B05D1/02)のいずれかを含む特許出願においては、D50を明細書中に含むものが229件、ザウター平均径を明細書中に含むものが65件存在したことが認められる(甲24、甲25)。

以上を踏まえると、噴霧ノズルにおける粒子径の評価指標としては、D50、ザウター平均径のいずれもが一般的に用いられているというべきであるから、技術常識を考慮しても、本件明細書における粒子径がそのいずれを評価指標とするものかを決することはできない。そうすると、明細書の公示機能に鑑み、本件発明の技術的範囲に属するのは、D50、ザウター平均径のいずれの指標を用いて測定しても、噴射される微粒子の粒子径が10μm以下となる場合に限ると解するのが相当である

(3)対比の対象となる微粒子について

前記のとおり、本件発明の技術的意義は、傾斜面に沿って高速流動させた空気流によって、供給口から傾斜面に送り出された液体を薄く引き伸ばして薄膜流とすることにより、この薄膜流が傾斜面を離れる時に、表面張力で粉々にちぎれて微粒子の液滴となるようにすることにあり、請求項においても、「薄膜流を平滑面から離して微粒子として噴射することを特徴とする」(本件発明1)、「薄膜流を空気流で空気中に微粒子として噴射することを特徴とする」(本件発明4)、「液体を微粒子に噴射するノズル」(本件発明6)と記載されているように、液体が平滑面又は傾斜面上で薄く引き伸ばされ、「微粒子」になった状態で噴射されること、すなわち、平滑面又は傾斜面から離れる時点で引き伸ばされた液体が「微粒子」の状態になっていることを前提とするものであり、平滑面又は傾斜面から離れた粒子に、他の粒子との衝突など、何らかの要因が加わって、事後的に「微粒子」となることまでその技術的範囲に含むものではないと解するのが相当である

したがって、本件では、イ号製品等において、噴霧流同士が衝突する前に粒子径10μm以下の微粒子が製造されているか否かについて検討すべきである。

(4)イ号製品等における衝突前の粒子径について

ア 後掲証拠によれば、イ号製品等を用いて噴霧した場合の粒子径について、以下のとおり認められる。

(ア)ハ号製品を用いた被告による実験結果(乙9)

ハ号製品では、上流側の液体供給口及び空気口と下流側の液体供給口及び空気口には、それぞれ別個の供給路により液体及び空気が供給されることから、片側の液体及び空気の供給を止めることにより、噴霧流同士が衝突しない状況を作出できる。そして、噴霧空気圧を0.245MPa、気液比を重量比1.70(体積比1317)に設定してハ号製品を作動させ、噴霧流同士の衝突を生じさせた場合(Lot2、衝突あり試験)と、ハ号製品の下流側の液体供給口及び空気口をバルブで止めた上で、噴霧空気圧を上記と同じ、気液比を重量比1.81(体積比1402)に設定して作動させた場合(Lot1、衝突なし試験)について、それぞれ得られた液滴の粒子径は別紙「被告による実験結果」のとおりであり、衝突ありの場合に得られた粒子径は、D50が17.09μm、ザウター平均径が9.92μm、衝突なしの場合に得られた粒子径は、D50が35.77μm、ザウター平均径が33.71μmであった

(イ)イ号製品を用いた原告による実験結果1(甲19)

イ号製品はハ号製品と異なり、液体供給口と空気口の起点が一体化しており、片側のみ液体供給と空気供給を停止することができない構造となっている。そのため、衝突なし試験は、円環状の空気口と液体供給口を、開口率がそれぞれ20.3%、13.6%となるようにテフロン樹脂を用いて閉塞し、噴霧流同士の衝突を極力防止する策を講じて実施している(もっとも、この状態であっても噴霧流の衝突を完全に排除し得るものではないことは原告も認めている。)。そして、イ号製品(RJ-10)を作動させ、噴霧流同士の衝突を生じさせた場合(衝突あり試験)と、可能な限り噴霧流同士が衝突しない状況を作出した上で作動させた場合(衝突なし試験)について、それぞれ得られた液滴の粒子径を測定した結果は、別紙「原告による実験結果1」のとおりである。

まず、試験条件を後記の被告特許の実施例1に合わせて、空気圧を0.15MPa、総液量を50g/min、圧縮空気の流量を160、220、又は310L/min(気液比(体積比)は、3200、4400、6200)の3通りに設定して衝突あり試験を実施した結果は、別紙「原告による実験結果1」表AのD1AないしD3Aのとおりとなり、気液比(体積比)3200の下で、D50が8.29μm、ザウター平均径が5.84μmとなった(D1A)。

次に、空気口と液体供給口を前記のとおり閉塞するとともに、空気圧を上記と同様、総液量を、衝突あり試験の場合の半分の25g/min、空気の流量を80L/min(気液比(体積比)3200)とした上で衝突なし試験を実施した結果は、別紙「原告による実験結果1」表AのD1Nのとおり、D50が8.22μm、ザウター平均径が5.75となった。

このように、気液比(体積比)3200という同一の条件下における衝突あり試験の結果(D1A)と衝突なし試験の結果(D1N)を対比すると、衝突なし試験の方が、D50、ザウター平均径ともに小さくなるという明らかに不適切な結果となったことから、衝突なし試験の条件設定について、次のとおり補正を施した。

① 第1補正

上記D1Nのような条件下で衝突なし試験を実施した際、水滴17gがノズルからしたたり落ち、総液量の全てが噴射されないことが判明したことから、D1Nにおいて供給した25gに17gを上乗せした水量42gを「総液量」として供給することにより、噴霧水量25gを確保し、噴射された微粒子の粒子径を測定した。その結果は別紙「原告による実験結果1」表Bのとおりである。

② 第2補正

供給する空気量と噴霧水量を、D1AないしD3Aの場合から、空気口及び液体供給口の開口率(空気口は20.3%、液体供給口は13.6%)に応じて減ずることとし、圧縮空気の流量を、32、45、63L/minの3通りとし、噴霧水量を7g/minとするため、噴霧口からしたたり落ちる液量分を上乗せした19g/minを「総液量」として供給し、噴射された微粒子の粒子径を測定した。その結果は別紙「原告による実験結果1」表Cのとおりである。

③ 第3補正

供給する空気量と噴霧水量を、D1AないしD3Aの場合から、いずれも液体供給口の開口率(13.6%)に応じて減ずることとし、圧縮空気の流量を22、30、42L/minの3通りとし、噴霧水量を7g/minとするため、噴霧口からしたたり落ちる液量分を上乗せした19g/minを「総液量」として供給し、噴射された微粒子の粒子径を測定した。その結果は別紙「原告による実験結果1」表Dのとおりである。

④ 第4補正

噴霧水量を第2補正及び第3補正と同様に、液体供給口の開口率に応じて7g/minとするため、噴霧口からしたたり落ちる液量分を上乗せした19g/minを「総液量」として供給することとし、気液比(体積比)について、D1AないしD3Aに合わせて3200、4400、6200に近い値となるように、圧縮空気の流量をそれぞれ22、31、44L/minに調整して供給することとし、噴射された微粒子の粒子径を測定した。その結果は別紙「原告による実験結果1」表Eのとおりである。

(ウ)イ号製品を用いた原告による実験結果2(甲26)

イ号製品を用いて実施した衝突あり試験の結果、別紙「原告による実験結果2」表Gのとおり、試験条件を後記の被告特許の実施例1のNo.3と同様として、気液比(体積比)を6200とする条件下で得られた粒子径は、D50が5.22μm、ザウター平均径が4.57μmであった。また、気液比を32600とする条件下で得られた粒子径は、D50が4.00μm、ザウター平均径が3.47μmであった。

(エ)イ号製品等のカタログの記載(乙12)

a 「弊社が開発しました、少ない空気量で10μm以下の微粒子を作る「ツインジェットノズル」を搭載した、微粒子の大量生産用スプレードライヤです。従来のスプレードライヤでは、10μm以下の微粒子を製造するためには、処理量を抑えるか、固形分濃度を下げることでしか対応できませんでしたが、これらの制約条件を解決し、数μmの微粒子の大量生産を可能としました」

b 「微粒子の大量生産が可能 ツインジェットノズル(特許)により1~20μmの微粒子が製造出来ます。」

c ツインジェットTJノズル(ハ号製品)、ツインジェットRJノズル(イ号製品)のいずれも、粒子径1ないし15μmの微粒子を得ることが可能であることを示す対数グラフが掲載されている。

d RJシリーズ(少量処理用途・イ号製品)及びTJシリーズ(大量処理用途・ハ号製品)の粒度分布図において、アルミナスラリーを噴霧乾燥した、衝突後の粉体の粒子径D50は6μm程度となっており、「微粒化エアと原液のバランスを変更する事で、粒度分布の調整範囲をもっています」とされている。

e ツインジェッターシリーズにおけるテスト実施例

RJ-5(イ号製品)を用いた電池正極材の製造テストにおいて、液滴を噴霧乾燥させた粉体の中位径(D50)は3.2μmであった。このテストでは、噴霧圧力が0.35MPa、原液固形分濃度が30%、気液比が26889(体積比)であった(乙14)。

RJ-10(イ号製品)を用いた電池負極材の製造テストにおいて、液滴を噴霧乾燥させた粉体の中位径(D50)は4.2μmであった。このテストでは、噴霧圧力が0.3MPa、原液固形分濃度が20%、気液比が8519(体積比)であった(乙14)。

f ツインジェッターシリーズ標準仕様一覧

RJシリーズ(イ号製品)を用いた定形機であるNL-3(研究開発用)、NL-5(サンプル製造用)、RL-5(少量生産用)、RL-8(少量生産用)、RL-10(少量生産用)における水分蒸発量、乾燥室寸法、熱風入口温度、熱風容量等が記載されており、それらから算出される気液比は、順に、重量比3.75(体積比2906)、重量比1.16(体積比889)、重量比1.43(体積比1108)、重量比1.74(体積比1348)、重量比1.84(体積比1426)である(乙13)。

g 生産用マイクログラニュライザーの運転実績例

TJシリーズ(ハ号製品)を用いた生産機であるONB-18、ONB-40、OTB-45、ONB-50における原液処理量、水分蒸発量、乾燥室寸法等が記載されており、それらから算出される気液比は、順に、重量比2.05(体積比1588)、重量比2.48(体積比1922)、重量比1.80(体積比1395)、重量比2.27(体積比1759)である(乙13)。

(オ)被告特許の明細書等の記載(甲10の添付資料4)

a 請求項1

「気体及び液体が、ノズル内部の気体流路及び液体流路を通り、前記ノズル先端の二重に配置された円環状スリットへとそれぞれに供給される第1の工程と、

前記液体を円環状の第1スリットから、気体を前記第1スリットの外側に配設された円環状の第2スリットから噴射し、高速薄膜流とする第2の工程と、

前記第2の工程により生成された前記高速薄膜流が、前記ノズルのガイド面に沿って流れ、前記ノズルの先端から飛び出し、ジェット流となる第3の工程と、

前記第3の工程で得られたジェット流を外部衝突点に向けて集束させながら、前記外部衝突点で衝突させ、前記液滴を微粒化する第4の工程と、

前記第4の工程で得られた微粒子を前記外部衝突点を頂点とした円環状に噴霧する第5の工程と、

を備えた液体を微粒子にする方法。」

b 「本発明は、液体を微粒子にする方法及びこれに用いるノズルに関する。」(【0001】)

c 「特許文献1(注:本件特許に係る公開特許公報)に記載のノズルにおける液体を微粒子化する機構は以下のようなものである。即ち、液体流路15から供給された液体は各々引き伸ばされて別々の薄膜流19となり、各々平滑面17上をエッジ35方向へと移動する。薄膜流19はエッジ35を離れると同時に薄膜流19どうしが一度合流し、その後微粒子に変化していく場合でも、気液比を大きくとれば10μm以下にすることができるとしている。しかしながら、所定の薄さまで引き伸ばされた薄膜流は、エッジの先端において合流してしまうために所定以上の厚みとなる。即ち、液体を薄膜流にするために要した工程の一部が無駄であるために、微粒子化する液体の量に比して大量の加圧空気が必要である等の液体を微粒子にする効率の面において問題を有していた。また、2液の混合・反応等により粘度が大きくなる場合等は、微粒化性能の低下が起こるという問題を有していた。」(【0005】)

d 「本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、液滴が円環状に噴霧されるため、液滴の境界条件の設定が不要であり、そのノズル構造も単純で、小型化することも容易であるとともに、液体を微粒子にするための加圧気体の使用量をより少なく、且つ効率的に使用され、単位時間当たりの微粒子化量をより多くすることができる液体を微粒子にする方法及びこれに用いるノズルを提供することにある。」(【0018】)

e 「本発明の液体を微粒子にする方法及びこれに用いるノズルは、液滴が円環状に噴霧されるため、液滴の境界条件の設定が不要であり、そのノズル構造も単純で、小型化することも容易であるとともに、液体を微粒子にするための加圧気体の使用量をより少なく、且つ効率的に使用され、単位時間当たりの微粒子化量をより多くすることができる。」(【0028】)

f 「(実施例1~3)図3に示すノズル(ノズル型SJ-10)を表1~3に示す条件で、それぞれ水噴霧を行い、液滴径をレーザ光散方式粒度分布測定装置(型式:LDSA・1400A[東日コンピュータアプリケーションズ(株)製])を用いて測定した。その結果を表1~3及び図11に示す。」(【0049】。なお、ここでいう表1ないし3は、別紙「被告特許の明細書の実施例」の表1ないし3のとおりである。)

g 「表1~3及び図11の結果から、実施例1~3では、処理量を多くする場合(例えば、実施例2及び実施例3)、空気量もそれに対応して供給することにより、液滴の平均粒子径(D50)を10μm以下に制御できることを確認した。」(【0053】)

h 「(実施例4)図3に示すノズル(ノズル型SJ-10)を表4に示す条件で、固形分濃度50質量%のデキストリン水溶液(パインデックス♯2[松谷科学製])の噴霧乾燥試験を行った。その結果、得られた微粒子は、平均粒子径(D50)で10μm以下であった。」(【0054】。なお、ここでいう表4は、別紙「被告特許の明細書の実施例」の表4のとおりである。)

イ 衝突なし試験に基づく検討

(ア)被告による実験結果について

前記のとおり、ハ号製品を用いた被告による実験では、衝突前の微粒子の粒子径は、D50が35.77μm、ザウター平均径が33.71μmとなり、10μmを大きく超えている。ハ号製品を用いた場合、液体供給口及び空気口の片側を閉塞することにより、通常の噴霧状況と変わらない状況の下で噴霧流同士の衝突が生じない状況を作出することができることから、被告による衝突なし試験の結果は、当該試験条件下での衝突前の液滴の粒度を示すものとして信用するに足りるというべきである

しかし、イ号製品等では、通常の使用方法の下で、この実験結果よりも小さな粒径の液滴を噴射し得ると考えられる。

すなわち、被告の実験は、気液比(以下、気液比は体積比で表記する。)が1300ないし1400の実験条件の下で行われたものであるところ、前記原告及び被告による実験結果からすると、イ号製品等においては、気液比の設定値が高くなるに伴い、製造される液滴の粒子径が小さくなることが認められ、この旨は、被告特許の明細書【0053】にも記載されているところでもあるから、気液比がより大きな実験条件の下では、より小さな液滴径が得られることになると考えられる。確かに、イ号製品等のカタログでの「インクジェッターシリーズ標準仕様一覧」での気液比が概ね1000台とされていることからすると、上記の被告による実験の実験条件はイ号製品等の標準仕様に近い数値であるとはいえるが、上記の標準仕様の中にも気液比が2906のものがあるから、被告の実験の条件より大きな気液比も、イ号製品等の通常使用の範囲内にあると認められる。また、被告特許の実施例では、イ号製品等と同じ構造で、型式も類似する「SJ-10」のノズルが用いられているから、イ号製品等のカタログに記載された「特許」は、被告特許を指していると推認されるところ、その実施例では、気液比6205までの例(実施例1のNo.3)が実施されている。確かに、被告特許が「液体を微粒子にするための加圧気体の使用量をより少なく」する目的と効果を有するものであり(【0028】)、イ号製品等のカタログでも、従来のスプレードライヤで10μm以下の微粒子を製造するためには、処理量を抑える(これは空気の量を増やして気液比を上げることを意味する。)か固形分濃度を下げる(これは液滴が大きくとも乾燥後の粉径が小さくなることを意味する。)という制約条件があったのを解決したもので、「少ない空気量で」10μm以下の微粒子を作る「大量生産用スプレードライヤ」とされていることからすると、イ号製品等においては、大きな気液比を用いることは想定されていないとはいえるが、少なくとも発明の効果を確認するための実施例において用いられた6205程度の気液比までは、通常使用の範囲内として想定されていると推認するのが相当である。

そして、実験結果でも、衝突後の液滴径についてではあるが、イ号製品について気液比を6200とした場合の原告による実験結果1(D3A)及び2(D3A’)では、D50が4.97ないし5.22μm、ザウター平均径が4.32ないし4.57μmとなっており、気液比を1317とした場合の被告による実験結果(衝突あり)ではD50が17.09μm、ザウター平均径が9.92μmであったのと比べて、液滴径が顕著に縮小している。

そうすると、イ号製品等においては、通常の使用状態の下で、被告の実験結果よりも小さな径の液滴を形成し得ると考えられるから、被告の実験結果をもって、イ号製品等が衝突前に液体を10μm以下の微粒子に噴射するものであるか否かを判断することはできないというべきである。

(イ)原告による実験結果1(衝突なし試験)について

D1Nの衝突なし試験は、供給する空気の流量と総液量を、空気供給口及び液体供給口の閉塞に伴い、衝突あり試験の半分に減じて実施したものであるところ、その試験結果は、同じく気液比3200の条件下で実施した衝突あり試験の結果(D1A)よりも、D50、ザウター平均径ともに小さくなっていることから、明らかに不適切というべきである。

これを踏まえて実施した第1補正後の衝突なし試験(D1Nc1)は、供給する空気の流量と噴霧水量を、空気供給口及び液体供給口の閉塞に伴い、衝突あり試験の半分に減じた上で、噴霧口からしたたり落ちる液量分を上乗せした42g/minを「総液量」として供給して噴霧水量25g/minを確保したものであるが、その試験結果も、同じく気液比(体積比)3200の条件下で実施した衝突あり試験の結果(D1A)よりザウター平均径が小さくなっていることから、やはり不適切というべきである。

次に、第2補正ないし第4補正後の衝突なし試験は、供給する空気の流量と噴霧水量を、空気供給口又は液体供給口の開口率に応じて減じた上で、噴霧口からしたたり落ちる液量分を上乗せした19g/minを「総液量」として供給して噴霧水量7g/minを確保したものであり、供給する空気の流量及び「総液量」が異なる点を除けば、第1補正と同様の思想のもとに補正を加えたものである。第2ないし第4補正後の結果をみると、第1補正の場合のように、同一の気液比の下で実施した衝突あり試験の場合よりもD50又はザウター平均径が小さくなるような、明らかに不適切な結果は生じておらず、気液比が6200よりも小さな条件下で、液滴径が10μm以下となっている。

しかし、第2補正ないし第4補正は、液体供給口及び空気口を閉塞したり、補正を目的とするものではあるものの流量を本来の使用方法よりも減らしたり、原因は不明だが噴霧量を減らしてもなお相当量の水滴がノズルからしたたり落ちる現象が生じているなど、イ号製品の通常の使用状況である衝突あり試験の場合とは大きく異なる噴霧状態が作出されているから、それにより試験結果に影響が生じた可能性を否定することができない。

この点に加え、そもそも噴射口を閉塞しても、噴霧流同士の衝突を完全に封ずることができていないことも併せ考慮すれば、原告による衝突なし試験については、直ちに採用することができないといわざるを得ない。よって、原告による衝突なし試験の結果から、イ号製品等において、衝突前に、D50及びザウター平均径が10μm以下の微粒子が製造されるものと認めることはできない

ウ 衝突あり試験及びデータに基づく検討

そこで次に、衝突あり試験の結果得られた粒子径をもとに、イ号製品等において衝突前に粒子径10μm以下の微粒子が得られると推認することができるか否かにつき検討する。

(ア)原告による実験結果1及び2(衝突あり試験)について

a イ号製品を用いた原告による衝突あり試験の結果は、イ号製品の本来の使用方法に基づく結果であることから、信用するに足りるものである。

b ところで、衝突あり試験の結果から衝突前の液滴径を推認するためには、衝突の前後における液滴径の変化の度合いが明らかになっている必要がある。

そして、衝突なし試験について唯一信用するに足る測定値であると認められる被告による実験結果によれば、気液比1300ないし1400の設定条件下で得られる衝突前の微粒子の粒子径は、衝突後の微粒子の粒子径に比して、D50につき約2.09倍(35.77μm/17.09μm)、ザウター平均径につき約3.39倍(33.71μm/9.92μm)となったことが認められる。

もっとも、この倍率については、前記のとおり、イ号製品等ではこの試験よりも小さな粒径の液滴を形成し得ると認められ、また、弁論の全趣旨によれば、衝突前後の粒子径の変化の度合いは、一般に、粒子径が小さくなるに伴い逓減すると認められるから、被告の実験より気液比を高くしてより小さな液滴が形成されるようにした条件下では、衝突前後の変化の度合いは上記よりも小さくなると考えられる。しかし、液滴径が被告の実験よりも小さくなった場合に、衝突前後で液滴径がどのように変わるかについては、これを認めるに足りる的確な証拠がないことから、衝突あり試験及びデータから衝突前の液滴径を推認するに当たっては、上記の被告の実験における変化の度合いを踏まえて検討する以外にないというべきである。

c そこで具体的に見ると、まず、原告による衝突あり試験のうち、前記のとおりイ号製品等の通常使用の範囲内と認められる気液比6200程度以下の条件下でのものを見ると、衝突後のザウター平均径が最小なのは4.32μm(D3A)であるが、これに上記の倍率を適用すると、約14.64μm(4.32μm×3.39倍)となる。そして、この場合、衝突前のザウター平均径が10μmになるためには、倍率が約2.32倍まで低下する必要があるが、被告の実験における衝突後のザウター平均径が9.92μmと既に10μm以下になっていることを考慮すると、衝突後のザウター平均径が4.32μmになる場合の倍率が約2.32倍にまで低下すると直ちに推認することは困難である。

d 次に、原告による衝突あり試験において、上記よりも液滴径が小さくなったものとして、原告による実験結果2のザウター平均径3.47μm(D3Amin)があり、これに上記の倍率を乗じると約11.76μmとなる。この場合に、衝突前のザウター平均径が10μmになるためには、倍率が約2.88倍まで低下すれば足りるが、やはりこの場合にも、倍率がそこまで低下すると直ちに推認することは困難である。

また、そもそもこの試験結果は、気液比が32600という極めて大きな条件下で得られたものである。前記のとおり、イ号製品等は、大きな気液比を用いることを想定していないと認められるところ、その標準仕様では、気液比が多くは1000台で、最大でも2906とされており、被告特許の明細書における実施例でも気液比6205が最も大きい例であることや、被告特許に係る発明とその実施品と推認されるイ号製品等は、空気の使用量をより少なくする点に目的及び効果を有することからすると、気液比32600というのが、イ号製品の通常の使用方法として想定されていると直ちに認めることはできない。なお、イ号製品等のカタログでは、「テスト実施例」において、電池正極材の粒度分布を示すに当たり、気液比26889を用いているが、それはテストの実施例として記載されているにとどまる上、他の例の気液比と余りにかけ離れていることからすると、条件次第ではここまでの微粒化が実現できるというアピールをする営業的側面から記載されたもので、工業製品として通常行われる気液比ではないとの被告の主張もあながち否定することはできないというべきである。

この点について原告は、通常の使用方法として想定されている条件下であるか否かにかかわらず、衝突前に10μm以下の液滴径が得られるのであれば、イ号製品等は本件発明4及び6の技術的範囲に属すると認めるべきであると主張する趣旨にも見受けられる。しかし、イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るか否かは、その使用方法に依存しているところ、イ号製品等が、その想定する通常の使用方法の下で衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得るのでなければ、産業社会において実際にそのような機能効用を有する製品として取り扱われることがないのであるから、そのような場合にまで、イ号製品等が衝突前に粒子径10μm以下の液滴を噴射し得る構成を有するということはできない。

e そして、本件発明においては、前記のとおり、D50及びザウター平均径のいずれによっても衝突前に粒子径10μm以下の液滴が噴射されることが必要であると解されるから、ザウター平均径の場合について上記のとおり衝突前に10μm以下の液滴を噴射し得るとは認められない以上、D50の場合について検討するまでもなく、原告による衝突あり試験の結果から、イ号製品等において、衝突前に、10μm以下の液滴径が得られる構成を有するということはできない。

(イ)イ号製品等のカタログの記載について

a 上記のとおり、イ号製品等のカタログにおいては、「テスト実施例」において、噴霧流同士の衝突後に得られた粉体のD50が3.2μm(電池正極材)又は4.2μm(電池負極材)であった旨記載されているところ、これらはそれぞれ、原液固形分濃度30%・気液比26889の条件設定下、原液固形分濃度20%・気液比8519の条件設定下で得られた結果である。

そして、イ号製品等のカタログでは、粒子径について、「アルミナスラリーを噴霧乾燥させたものです」(乙12の3枚目)などと記載されており、そこに記載された粒子径は乾燥後の粉体の粒子径であると認められるから、検討に当たってはまず、上記の粒子径を噴霧乾燥前の液滴の粒子径に数値修正すべきところ、理論上、粉体の粒子径は、液滴の粒子径の固形分濃度の3分の1乗倍に縮小するものであり(弁論の全趣旨)、上記テスト実施例で用いられた固形分濃度は、それぞれ30%、20%であることからすると、衝突後の電池正極材の液滴の大きさは4.78μm(3.2μm/0.3の3分の1乗)、衝突後の電池負極材の液滴の大きさは7.18μm(4.2μm/0.2の3分の1乗)であることになる。

そして、被告の実験結果によれば、D50で評価した場合、液滴の粒子径は衝突前後で2.09倍の差異が生じたことからすると、電池正極材の衝突前の液滴のD50の粒子径は9.56μm、電池負極材の衝突前の液滴の粒子径は14.36μmとなり、少なくとも電池正極材におけるテスト実施例においては、衝突前のD50が10μm以下の微粒子が得られたことが示されていることとなる。

しかし、前記のとおり、本件発明においてはD50及びザウター平均径のいずれによっても衝突前に粒子径10μm以下の液滴が噴射されることが必要であると解されるところ、上記の電池正極材のテストでの衝突後のザウター平均径は不明である。そして、原告による実験結果1及び2によれば、ザウター平均径はD50を若干下回るものとなる傾向があると認められるが、被告の実験結果によれば、ザウター平均径については衝突前後で3倍程度の差異が生じたことからすると、計算上、衝突前のザウター平均径も10μm以下となると認めるには足りない。また、この電池正極材のテスト実施例は、気液比26889という他の例とは大きく異なる気液比の条件下でのものであって、前記のとおり、営業的側面から記載されたもので、工業製品として通常行われる気液比ではないとの被告の主張もあながち否定することはできない。

そうすると、いずれにしても、これによって、イ号製品等において、衝突前に、10μm以下の液滴径が得られる構成を有すると認めることはできない

b イ号製品等のカタログには、粒子径1ないし15μm程度の微粒子を得ることが可能であることを示す対数グラフが掲載されており、他に、数μm、又は1ないし20μmの微粒子が製造できる旨の記載もある。

しかし、原告による実験結果2によれば、噴霧流同士の衝突後のD50が4μmとなる液滴を製造するには、気液比を32600とする必要があり、さらに噴霧乾燥後のD50が1μmないし4μmの微粒子に至っては、それ以上の気液比でなければ得られないのは明らかである。そうすると、上記のカタログの記載についても、想定する通常の使用方法からかけ離れた条件の下でのものが営業的側面から記載されたものであることを否定できないというべきである

c したがって、カタログにおける記載をもって、イ号製品等において、衝突前に、10μm以下の液滴径が得られる構成を有すると認めることはできない。

(ウ)被告特許の明細書の実施例について

被告特許の明細書の実施例においても、衝突後の液滴のD50の粒子径が記載されているところ、衝突前後のD50が2倍程度と変化することを前提とした場合、計算上、衝突前のD50が10μm以下となると認めるには足りず、またザウター平均径も不明であるから、これをもって、イ号製品等において、衝突前に、10μm以下の液滴径が得られる構成を有すると認めることはできない。

(エ)被告のホームページ上の説明等について

被告のホームページ上に掲載されたハ号製品の動作説明においては、同製品が二段階の微粒化機構を有するものであることが示されており、第一段階の外部混合部について、「液はエッジ面に沿って薄く引き伸ばされ、液膜を形成」と記載され、第二段階の衝突部について、「噴霧流同士が衝突し、さらに微粒化」と記載されていることを総合すると、衝突前の第一段階においても微粒化が生じることが説明されているということができるが、当該説明の中で、微粒化された粒子の大きさについては言及されていない(甲8)。

また、ロ号製品のカタログ上でも、単に「気液の外部混合により微粒化」、「噴霧流同士を空中衝突させて再微粒化」と説明されるのみで、その粒子の具体的な大きさについては言及されていない(甲3、甲4)。

そして、もともと「微粒子」というものの大きさは、相対的、又は、ある程度幅のあるものであることからすれば、被告がホームページ等において使用する「微粒化」又は「微粒子」なる語が、必ずしも粒子径10μm以下の微粒子を指すものとは認められない。

また、本件で提出されたイ号製品説明書及びハ号製品説明書を分析し、それぞれの製品において衝突点に至る前に微粒化が生じるか否かについての専門家の意見が記載された原告鑑定書(甲10)については、同鑑定書の意見においても、イ号製品、ハ号製品ともに「衝突点に至る前に微粒化が生じている」と記載されているにすぎず、衝突点に至る前に粒子径10μm以下の粒子が噴射されているか否かについては言及されていないものであるから、いずれにしても、イ号製品等において、噴霧流同士の衝突前に粒子径10μm以下の微粒子が生成されていることを認めるには足りないものである。

(5)以上より、イ号製品等において、噴霧流同士の衝突前にD50及びザウター平均径のいずれもが10μm以下の微粒子が製造されると認めることはできない

よって、イ号製品等は、少なくとも本件発明1の構成要件A、E及びF、本件発明2の構成要件H、本件発明4の構成要件ア、オ及びカ、本件発明6の構成要件キを充足するとは認められない。

6.検討

(1)本件発明は、要は、平滑面上を流れる空気流に液体を供給することで液体を薄く引き伸ばし、この薄く伸びた液体が平滑面から離れる際に微粒子になるというものです。一方、被告製品は平滑面上を流れる空気流に液体を供給することで液体を薄く引き伸ばし、この薄く伸びた液体が平滑面から離れる際に微粒子を生成するところまでは同じ構造のようですが、これに加えて微粒子同士を衝突させることでさらに細かい粒子にしています。

(2)判決では本件発明において生成される「微粒子」の粒径の範囲は特定されているものと解すべき、として、具体的には液体の薄膜流が平滑面ないし傾斜面から離れて生成された微粒子の粒子径が10μm以下のものを本件発明における「微粒子」と認定し、このような微粒子が生成されることで初めて本件発明の技術的範囲に属するとしています。

(3)そして、本件特許明細書等では粒子径の測定方法等について何ら定義されておらず、原告・被告の主張及び先行技術文献の調査結果に基づいて、原告の主張するD50を用いた粒子径及び被告の主張するザウター平均径の両方について測定を行い、いずれの指標を用いても微粒子の粒子径が10μm以下となる場合のみ本件発明の技術的範囲に属するとしています。

(4)その結果、被告製品は噴霧流同士の衝突前にD50及びザウター平均径のいずれもが10μm以下の微粒子が製造されると認めることはできない、と認定されて非抵触と判断されました。

(5)このように本件では、①特許請求の範囲に記載された「微粒子」の定義の是非、②発明が「A+B」であるのに対して被告製品が「A+B+C」である場合の抵触性の判断、③特許明細書等で粒子径の測定方法について定義されていない場合の解釈、④原告・被告の実験の信用性、といった幾つもの論点が見受けられますが、この中で特に気になったのは①です。

(6)そもそも特許請求の範囲の解釈において、「微粒子」のサイズを定義する必要があるのでしょうか?本件特許の特許請求の範囲には「微粒子」という文言が記載されていますが、そこでは特に粒子のサイズに関して規定されていません。本件の請求項1は方法クレームであり、その方法を実施した結果微粒子が生成されるに過ぎません。特許権者は意見書等で本件発明で得られる微粒子のサイズに言及しているようですが、10μm以下の微粒子が得られるポテンシャルを有する発明であることを主張して特許となったからといって10μmを超える微粒子を生成するように使用すると非抵触という解釈が成立するのか疑問があります。

(7)特許明細書には【発明が解決しようとする課題】、【効果】といった欄が設けられています。しかし、ここに記載されているのは発明完成前に発明者が認識していた主観的なものです。客観的に見ると、発明者の認識以上に多岐にわたる効果を奏する可能性もあります。特に、発明完成後に新たに認識された課題についても実は効果があるというのは技術の現場ではよくあることです。本件判決のようにあまり出願時の明細書に記載された主観的効果に縛られた考え方はいかがなものか?と思います。明細書や図面は一義的には完成した発明の内容を例を用いて具体的に説明することであり、予測もつかない将来の様々な態様に備えることを求めすぎると明細書の内容が曖昧なものになったり説明不足になり本来の意味をなさなくなると思われます。