染毛剤事件

投稿日: 2018/09/04 1:51:25

今日は、平成29年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件について検討します。本件は拒絶査定不服審判を請求した出願人が、請求不成立とした審決の取消訴訟です。本件は新規事項追加が争点となり、特許庁では新規事項追加と判断された補正が知財高裁で新規事項追加ではない、と判断された事件です。

 

Ⅰ 事案の概要

1.手続の時系列の整理(特願2011-042737)

2.特許請求の範囲(請求項1)の変遷

(1)出願時の請求項1(2011.02.28)

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成され、第1剤と第2剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記フォーマー容器から吐出した泡をそのまま特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

(2)出願審査請求前の自発補正(2012.02.13)

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成され、その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

(3)第1回目の最初の拒絶理由通知に対応した補正(2014.11.25)

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に、(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%(0052)及び/又は(B)アニオン性界面活性剤0.05~10質量%(0055)を含有し、

常温で液状である油性成分0.01~1質量%(0038)及び揮発性溶剤0.1~20質量%(0065)を含有し、

その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器T-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。

(4)第1回目の最後の拒絶理由通知に対応した補正(2015.04.17)

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に、

(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%及び/又は(B)アニオン性界面活性剤0.05~10質量%を含有し、

常温で液状である油性成分0.01~1質量%及び揮発性溶剤0.1~20質量%を含有し、

その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。

(5)第2回目の最後の拒絶理由通知に対応した補正(2016.02.02)→却下

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に、

前記第1剤と前記第2剤の混合液中に、

(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%

B)アニオン性界面活性剤0.~10質量%

高級アルコール及びシリコーン類を含む、常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%、並びに、

エタノール、イソプロパノール、プロパノール、ブチルアルコール、ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し、

その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)

撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。

(6)拒絶査定不服審判請求時の補正(016.05.30)→本件補正(上記2016.02.02補正と同じ内容)

【請求項1】

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に、

前記第1剤と前記第2剤の混合液中に、

(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%

B)アニオン性界面活性剤0.~10質量%、高級アルコール及びシリコーン類を含む、常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%、並びに、エタノール、イソプロパノール、プロパノール、ブチルアルコール、ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し、

その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)

撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。

(7)前置報告書に対応して提出した上申書に記載された補正案(2017.05.12)

[請求項1]

アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に、

前記第1剤と前記第2剤の混合液中に、

(A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%、

(B)アニオン性界面活性剤0.1~10質量%、

高級アルコール及びシリコーン類を含む油性成分0.01~1質量%、並びに、エタノール、イソプロパノール、プロパノール、ブチルアルコール、ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し、

前記油性成分は、2-ヘキシルデカノール、2-オクチルドデカノール、イソステアリルアルコール、オレイルアルコール、ラウリルアルコール、デシルテトラデカノール、メチルフェニルポリシロキサン、デカメチルシクロペンタシロキサン、ドデカメチルシクロヘキサシロキサン、ポリエーテル変性シリコーン、ベタイン変性シリコーン、アルキル変性シリコーン、アルコキシ変性シリコーン、メルカプト変性シリコーン、カルボキシ変性シリコーン、フッ素変性シリコーン、オリーブ油、ツバキ油、アーモンド油、サフラワー油、ヒマワリ油、大豆油、綿実油、ゴマ油、トウモロコシ油、ナタネ油、コメヌカ油、コメ胚芽油、ブドウ種子油、アボカド油、マカデミアナッツ油、ヒマシ油、ヤシ油、月見草油、ホホバ油、α-オレフィンオリゴマー、ポリイソブテン、水添ポリイソブテン、ミネラルオイル、スクワラン、イソステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、アジピン酸ジイソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、イソオクタン酸イソセチル、イソノナン酸イソノニル、ミリスチン酸ブチル、ミリスチン酸イソトリデシル、ミリスチン酸オクチルドデシル、パルミチン酸イソプロピル、パルミチン酸2-エチルへキシル、リシノール酸オクチルドデシル、カプリル酸セチル、リンゴ酸ジイソステアリル、コハク酸ジオクチル、2-エチルヘキサン酸セチルから選ばれる1種以上であり、

その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって、前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。

撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)。

撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。

3.特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「染毛剤、その使用方法及び染毛剤用品」とする発明につき、平成23年2月28日に特許出願した(特願2011-42737号。以下「本願」という。甲1)。原告は、平成24年2月13日、平成26年11月25日及び平成27年4月17日に特許請求の範囲等を補正し、さらに、平成28年2月2日に、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について、「常温」を「常温(25℃)」とし、「撹拌羽」の寸法を追加することなどを含む、後記3と同内容の補正をしたが、審査官は、同補正のうち、「常温」を「常温(25℃)」とすることが新規事項の追加に当たるとして、同月16日付けで同補正を却下し、同日付けで拒絶査定をした(甲2の2、甲4の2、甲6の2、甲8の2、甲9の1・2)。

原告は、同年5月30日、拒絶査定不服審判請求をする(不服2016-7849号)とともに、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明について上記でした補正と同内容の補正をし(以下「本件補正」という。後記3のとおり。)、その後、「常温」を「常温(25℃)」とすることが新規事項の追加に当たり、本件補正を却下すべきとする同年6月16日付けの前置報告書が出されたことから、平成29年5月12日付け上申書で「常温」を「常温(25℃)」とする補正を撤回することを含む新たな補正案を示した(甲10の1・2、甲11、17)。

特許庁は、同年10月11日、「撹拌羽」の寸法を追加することが新規事項の追加に当たるとして本件補正を却下した上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同審決謄本は、同月24日、原告に送達され、原告はこれに対して本件訴訟を提起した。

4.審決の理由の要点

(1)本件補正((注)拒絶査定不服審判請求書とともに提出した手続補正書)について

本件補正は、請求項1に記載される「撹拌羽」について、「(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)」と特定すること(以下「特定事項a」という。)を含むものである

出願当初の特許請求の範囲又は明細書(以下、出願当初の特許請求の範囲、明細書及び図面を併せて「当初明細書等」といい、出願当初の明細書及び図面を併せて「当初明細書」という。)に、「撹拌羽」について記載があるのは、【0012】【0013】のみであるところ、そこには、「撹拌羽」の形状、寸法について、「その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決め」されている、「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである」、「撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである」と記載され、円筒形容器の「内径がほぼ6cm」との記載があることから、「撹拌羽」の回転半径は、円筒形容器の半径ほぼ3cmより数mm程度小さいものであって、「撹拌羽」の左右方向の全幅については、円筒形容器の内径(ほぼ6cm)より少し(数mm程度の2倍)小さいものであることは記載されていたといえるものの、「支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである」ことは、当初明細書等には記載されておらず、当初明細書等の記載から自明な事項ともいえない

特定事項aにいう「撹拌羽」の形状、寸法は、本願の請求項1に記載された発明特定事項である「撹拌条件」を決定する上で重要な要素であるといえる。そして、「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡を『手で揉み込むようにして頭髪に適用する』という操作に相当する標準的な機械的撹拌操作」の撹拌条件及び泡持ちのよい染毛剤を選ぶための「新規、客観的かつ簡易な指標」を見いだしたことが本願の請求項1の発明の特徴点といえるが、その撹拌条件を決定する重要な要素である「撹拌羽」の形状、寸法について、当初明細書等に記載されていない特定事項aを本願の請求項1に追加することは、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものである。

以上のとおり、本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず、いわゆる新規事項の追加に当たるから、特許法17条の2第3項に違反し、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下すべきものである。

(2)本願発明について

ア 明確性について

一般に、「撹拌羽」の形状が、発生する液流を決定する重要な要素であることは撹拌技術の分野における技術常識である。このことは、泡の形成を目的とする撹拌においても当然いえることであって、「撹拌羽」の形状の如何によって発生する液流に違いがあり、たとえ「撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転」という条件で撹拌しても、形成される泡の状態には違いが生じることが予測される。したがって、泡の形成を目的とする撹拌において、形成される泡を一定の状態とするための撹拌条件の特定には、撹拌装置の「撹拌羽」の形状も特定する必要がある

本願発明において、「撹拌羽」の片方の羽の横方向の幅、換言すると「支軸と羽との間隔(隙間)」が特定されていない。そして、当初明細書の記載をみても、「支軸と羽との間隔(隙間)」について記載されておらず、自明な事項でもない

したがって、本願発明においては、撹拌装置の「撹拌羽」の形状、特に、「支軸と羽との間隔(隙間)」が特定されていないため、「撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内」となるための撹拌条件が不明であって、本願発明1は明確ではなく、請求項1を引用する本願発明2、3も同様である。

イ 実施可能要件について

上記アのとおり、泡持ちの良さを判定するための泡を形成する撹拌条件が不明である以上、「撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内」となることを確認することができないから、本願明細書の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない

 

Ⅱ 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)

当初明細書等には、撹拌条件を決定する「撹拌羽」について、「日光ケミカルズ株式会社(以下「日光ケミカルズ」という。)製の市販乳化試験器ET-3A型(以下「ET-3A」という。)の回転軸に取付けた撹拌羽」を用いること、「撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである」こと、「撹拌羽の回転半径は、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)」小さいものであることが記載されている(【0012】)

ET-3Aは、日光ケミカルズにより、本願の出願の日である平成23年2月28日以前から販売されており(商品名「NIKKOL ET-3A 3連式乳化試験機」)、販売に当たっては、100、200、300、500mlの各サイズのビーカーに対応した4種類の所定の撹拌羽根(以下「本件撹拌羽根」という。)が付属品として添付されている(甲13)。実際に、原告は、平成5年から平成15年までにET-3Aを6機購入しており、その付属品として、本件撹拌羽根を入手している(甲14)。200mlビーカー用の本件撹拌羽根の寸法を測定した結果、その回転半径は、6cmの円筒容器の半径より僅かに(数mm程度)小さいものであった(甲15の1)。そして、本件撹拌羽根の寸法は、発売以来、一度も変更されていない(甲13)上、付属品の4種類の本件撹拌羽根の形状は、いずれも回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(甲13)。

このように、ET-3Aが本件撹拌羽根を付属品として販売されているという販売の態様、付属品である本件撹拌羽根の形状が当初明細書等に記載された「撹拌羽」の形状と同一であることを参酌すると、当初明細書等に記載された撹拌条件として、ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根を用いていることは明らかである

したがって、当初明細書等に記載された「市販乳化試験器ET-3A型を使用すること」、「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」、「撹拌羽の回転半径が内径6cmの円筒形容器の半径よりやや小さい寸法であること」等の撹拌条件に接した当業者は、本願発明を構成する撹拌条件として、ET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用するという意味であると理解するといえる。そして、付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法は、「支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mm」である(甲15)から、当該寸法は、当初明細書等に記載されていると同然であると理解することができる。したがって、当該寸法は、「当初明細書等の記載から自明な事項」であるから、これを追加する本件補正は新たな技術的事項を導入するものではない

本件補正により追加した撹拌羽の寸法は、本願の出願時の200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加したにすぎないから、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることもなく、新規事項の追加を制限する趣旨にも反しない。

2 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)

本件補正後の特許請求の範囲においては、特定事項aにより撹拌羽の寸法が特定されているから、本件補正発明は明確である。

また、仮に当該寸法が特定されていない場合であっても、当初明細書には、撹拌条件として「市販乳化試験器ET-3A型を使用すること」、「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」、「撹拌羽の回転半径が内径6cmの円筒形容器の半径よりやや小さい寸法であること」が記載されている(【0012】)。そして、当業者には、これらの記載から、本願発明を構成する撹拌条件がET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用するという意味であることは明らかであるから、本願発明の撹拌条件は明確である。

3 取消事由3(実施可能要件違反の判断の誤り)

仮に撹拌羽の寸法が特定されていない場合であっても、当初明細書には、撹拌条件として「市販乳化試験器ET―3Aを使用すること」、「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」、「撹拌羽の回転半径が内径6cmの円筒形容器の半径よりやや小さい寸法であること」が記載されているから(【0012】)、本願発明を構成する撹拌条件が、ET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用するという意味であることは明らかである。したがって、本願明細書の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分にされている。

4 被告の主張に対する反論

(1)被告が主張するように、支軸直径6mmの撹拌羽根が単体で市販されていることや、ET-3Aが付属品以外の撹拌羽根を用いることができることは、本願発明における撹拌条件として、あえて付属品以外の撹拌羽根を使用するという根拠になるものではない。

また、乙6の1・2に記載された取引形態については、いつ公開されたものであるのか、どのような取引形態であるのかなどの説明がされておらず、出願時におけるET-3Aの取引形態として、撹拌羽根を付属品として添付しない状態での取引形態が存在していたという事実はない。加えて、甲13に記載されているように、正規の販売者である日光ケミカルズは、本件撹拌羽根を付属品として添付している旨陳述していることからも、被告の主張は根拠を欠く。

(2)なお、原告が本件補正により「撹拌羽」の寸法を追加した理由は、平成27年10月29日付け拒絶理由通知書において、「撹拌羽」について、「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態である撹拌羽の「左右方向の幅」がどの程度であるのか、何ら規定されていない。」という明確性要件違反の拒絶理由が通知されたからである。そして、本件補正は、審判請求と同時に提出した手続補正書(甲10の2)により追加されたものであるが、審査官による前置審査では、特定事項aの追加については何ら指摘されていない(甲17)。また、類似の案件である「特願2011-43114号」について、特定事項aの追加と同様の補正をしているが、当該案件については特に指摘もなく特許査定になっている(甲16の1・2)。

 

Ⅲ 被告の主張

1 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)に対して

(1)本願発明は、「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積減少率が所定の範囲となることにより課題を解決するものであるとともに、それにより本願発明を画定しようとするものであるから、本願発明においては、特に試行錯誤の上でようやく得られた「撹拌条件」が本願発明を画定する上で極めて重要な要素であり、「撹拌条件」が変更されたとすれば、本願発明が異なるものとなってしまう。したがって、「撹拌条件」の不明な条件を明確にするという本件補正が認められるためには、先願主義のもと、補正の要件を規定する特許法17条の2第3項の規定に照らし、この「撹拌条件」が当初明細書等及び技術常識等から当業者にとって明らかであることが必要である。

(2)ア しかし、当初明細書等には、「撹拌条件」については、当初明細書の【0011】~【0013】に記載があるのみであるところ、これらの記載から明らかにされている撹拌条件は、①日光ケミカルズのET-3Aを用いること、②泡状の染毛剤を「200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する」こと、③ET-3Aの回転軸に取り付けた「撹拌羽」は、「回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決め」されること、④「撹拌羽」は、「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである」こと、⑤「撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである」こと及び⑥「25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させる」ことにとどまる。

したがって、本件補正により追加した特定事項aである「撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mm」は、上記記載においては、何ら明らかにされていないし、その他当初明細書等には、撹拌条件についての記載はない。

一方、撹拌羽根の形状が、発生する液流を決定する重要な要素であることは撹拌技術の分野における技術常識であり、撹拌羽根の形状の如何によって発生する液流に違いがあり、形成される泡の状態には違いが生じることが予測されるから、泡の形成を目的とする撹拌において、形成される泡を一定の状態とするための撹拌条件の特定には、撹拌装置の撹拌羽根の形状も特定する必要があるといえる。

このように、撹拌羽根の寸法は、撹拌状態を大きく左右するものであって、どのような撹拌羽根を用いるかは、撹拌条件を特定する上で大きな要素を占めるものであるにもかかわらず、当初明細書等の記載からは、その「撹拌羽」の寸法は不明であるというほかない

イ なお、本願発明のように、「特定の撹拌条件」を採用することによって課題を解決するものや、特定の撹拌条件によりその特性を評価するものにおいては、通常、乙1~4にあるように明細書の記載において、どのような撹拌羽根を用いるのかを含めて、その撹拌条件が具体的に明示されている。

(3)原告は、当初明細書の記載から、ET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用する意味であることは明らかである旨主張する。

ア しかし、当初明細書等には、「撹拌羽」として、付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根を使用することについては何ら記載されておらず、原告の主張は、当初明細書の記載に基づくものではないから、前提において失当である。

また、「撹拌羽の形状が「山」の字を構成する形態であること」、「撹拌羽の回転半径が6cmよりやや小さい寸法であること」等の撹拌条件についての当初明細書の記載から、「撹拌羽」が何らかの装置の付属品であることはうかがえず、ましてや、撹拌羽の寸法がET-3Aの付属品の200mlビーカー用の本件撹拌羽根と同じ「支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mm」であることが理解できるものではない。

仮に、撹拌を実施する際に、付属品の撹拌羽根を用いる場合が通常であるとしても、それは、単に撹拌羽根が付属品である可能性があるという、一般的な蓋然性をいうものにすぎない

イ 甲13、甲14、甲15の1のみならず、甲号証のいずれにも、ET-3Aが付属品の本件撹拌羽根のみを用いるものであることをうかがわせる記載はない。そして、乙5に記載されているように、「PTFE撹拌棒(セントリフュージ型)」、「PTFE撹拌棒(アンカー型)」、「PTFE撹拌棒(プロペラ型)」などの、ET-3Aに取り付けて用いることができる「支軸直径6mm」の撹拌羽根が単体で市販されていること及びET-3Aのような乳化試験機において、このような付属品以外の撹拌羽根を用いることができることは明らかであるから、本件発明の撹拌条件を試行錯誤により定めるに当たっては、付属品以外の単体で市販されているような撹拌羽根を任意で選択し得るもというべきである。このことは、乙6の1・2の「商品説明」の頁の「商品について」の欄に記載されているように、ET-3Aを付属品なしに販売する事例が見られることからすると、出願時においても、ET-3Aを販売するに当たって、本件撹拌羽根を付属品として添付しない状態での取引形態も存在していたといえることからも裏付けられる。

以上のことからすると、当初明細書等に「ET-3Aにより撹拌する」旨の記載があるとしても、このことから、当然に、ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根を用いて撹拌を行うものと当業者が認識し得るものではない

なお、原告がET-3Aの実機を有し、付属品の本件撹拌羽根を有している事実があったとしても、撹拌羽根が単体で市販されており、そのような市販の撹拌羽根をET-3Aにおいても使用可能であるという事実や、ET-3Aが付属品なしに取引されるという事実に鑑みると、当初明細書等の記載のみから、原告が「付属品」である「本件撹拌羽根を有している」という事実を当業者が直ちに認識し得るものでもない。

(4)小括

上記のとおり、当初明細書等に記載された事項からは、本件「撹拌条件」における「撹拌羽」の寸法は不明というほかないから、本件補正発明において特定された「撹拌羽」の寸法は、当初明細書等に記載されたものとも、当該記載から自明なものともいえない。

そして、「撹拌条件」において、撹拌羽根の寸法は、撹拌状態を大きく左右するもので、どのような撹拌羽根を用いるかは、撹拌条件を特定する上で大きな要素を占めるものであって、本願発明においても重要な要素を占めるものであるから、撹拌条件として「撹拌羽」の寸法を追加することは、新たな技術的意義を導入するものであり、本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず、本件補正が新規事項を追加するものであるとした審決の判断に誤りはない。

したがって、本件補正は、特許法17条の2第3項に違反するので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下すべきとの審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)に対して

(1)本件補正は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず、却下すべきものである。したがって、審決における本願発明の認定に誤りはない。原告の明確性に関する主張は、審決が本件補正を却下すべきものとした判断の誤りを前提とするものであるから、その前提において失当である。

(2)原告は、本件補正が仮に却下されるべきものであるとしても、本願発明の撹拌条件は明確である旨主張する。

しかし、本願発明において、日光ケミカルズのET-3Aを用い、その回転軸に取り付けた「撹拌羽」が回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであることや、回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズであることが特定されていたところで、このような「撹拌羽」がどのようなものであるのか確定することはできない。

そして、本願発明は、「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積減少率が所定の範囲となることにより課題を解決するものであるとともに、それにより本願発明を画定しようとするものであるから、本願発明においては、特に上記「撹拌条件」が本願発明を定める上で極めて重要な要素であって、「撹拌条件」が変更されたとすれば、本願発明が異なるものとなってしまう。

また、撹拌羽根の形状は、発生する液流を決定する重要な要素であることは撹拌技術の分野における技術常識であり、撹拌羽根の形状の如何によって形成される泡の状態には違いが生じることが予測されることから、泡の形成を目的とする撹拌において、形成される泡を一定の状態とするための撹拌条件の特定には、撹拌装置の撹拌羽根の形状も特定する必要がある。

そうすると、本願発明の「撹拌条件」の重要な要素である「撹拌羽」の寸法等が不明であることは、第三者に不測の不利益を与えかねない程不明確なものというほかない。

したがって、本願発明が明確でないとした審決の判断に誤りはない。

3 取消事由3(実施可能性要件違反の判断の誤り)に対して

本願発明は、「特定の撹拌条件」による撹拌後の泡の所定時間後の体積減少率が所定の範囲となることにより課題を解決するものであるから、泡持ちの良さを判定するための泡を形成するための「撹拌羽」としてどのようなものを用いるかを確定することができないと、本願発明における「撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内である」ことは、どのようにすれば確認できるのか明らかでない。

また、本願発明の「撹拌条件」は、それにより得られた「泡の外観や泡の液化挙動等」を出願人が「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をウィッグに揉み込んで適用した場合の平均的な泡の状態」とほぼ同じであることを「実験的」に確認したことにより得られたものであるから、その撹拌条件は、試行錯誤の上でようやく得られたものというべきものである。

以上のことからすると、本願明細書の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできないから、審決の実施可能要件違反の判断に誤りはない。

 

Ⅳ 裁判所の判断

1 発明の内容

本願発明の特許請求の範囲は、前記第2の2記載のとおりであるところ、証拠(甲1、甲2の2、甲4の2、甲6の2)によると、本願発明は、以下のとおりのものであると認められる。

(1)技術分野

本願発明は、染毛剤、その使用方法及び染毛剤用品に関するものである(本願明細書【0001】)。

(2)課題

従来、多剤式染毛剤の各剤混合物を泡状にして用いる染毛剤は、吐出した泡を手で揉み込むようにして頭髪全体にムラなく適用することができるという利点を持つ反面、特にノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤では、泡が潰れて液状化し、そのために頭髪から垂れ落ちを起こし易いという問題があった(本願明細書【0002】【0003】【0005】【0006】)。

本願発明は、ノンエアゾールフォーマー容器から良好な泡状に吐出できる染毛剤であって、吐出した泡を手で揉み込むようにして頭髪に適用しても、染毛処理中の泡の液状化が防止される、泡持ちの良い染毛剤を提供することを解決すべき課題とするものである(本願明細書【0007】)。

(3)課題を解決するための手段

上記課題を達成するために、本願発明の発明者は、ノンエアゾールフォーマー容器用染毛剤において、「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内である」という条件を満たすことが上記の課題を解決する手段であることを見いだした。ここでいう、特定の撹拌条件とは、泡状に吐出した染毛剤を「手で揉み込むようにして頭髪に適用する」という操作を、判定基準としての客観的統一性を持たせた機械的な撹拌操作に置き換えたものである。具体的には、ノンエアゾールフォーマー容器から染毛剤の各剤の混合液を泡状に吐出し、その150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容し、次いで、日光ケミカルズのET-3Aの回転軸に取り付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したもので、撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めし、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌するというものである(本願明細書【0008】【0011】【0012】【0013】)。

また、本願発明の染毛剤は、上記課題を達成するために、(A)成分であるカチオン性界面活性剤及び/又は(B)成分であるアニオン性界面活性剤をそれぞれ0.05~10質量%の範囲内で含有するとともに、常温で液状である油性成分を0.01~1質量%の範囲内で含有し、揮発性溶剤を0.1~20質量%の範囲内で含有している(本願明細書【0038】【0040】【0048】~【0056】【0065】【0066】)。

(4)効果

「比率b/aが0.7~1の範囲内である」という客観的な指標に基づき、「ノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出できる染毛剤であって、吐出した泡を手で揉み込むようにして頭髪に適用しても染毛処理中の泡の液状化が防止され、泡持ちが良い」という課題を解決できる染毛剤が提供される(本願明細書【0018】)。

2 取消事由1(新規事項追加の判断の誤り)について

審決は、特定事項aを本願の請求項1に追加することが新たな技術的事項を導入するものであって、これを含む本件補正は却下すべきと判断するので、以下、検討する。

(1)判断の前提となる事実

以下の各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 撹拌条件に関する当初明細書の記載(甲1)

「【課題を解決するための手段】【0011】更に第1発明において「特定の撹拌条件下で撹拌」とは、泡状に吐出した染毛剤を「手で揉み込むようにして頭髪に適用する」という操作を、判定基準としての客観的統一性を持たせた機械的な撹拌操作に置き換えたものであり、具体的には以下の条件下での撹拌を言う。【0012】即ち、ノンエアゾールフォーマー容器から染毛剤の各剤の混合液を泡状に吐出し、その150mlを、200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで、日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET―3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を、その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように、かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように、円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに( 数mm程度)小さく、対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。【0013】このように撹拌羽を位置決めした下で、25℃の雰囲気中、撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ、泡を撹拌する。この撹拌条件下で撹拌した直後の泡の状態は、同上のノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をウィッグに揉み込んで適用した場合の平均的な泡の状態との比較において、泡の外観や泡の液化挙動等がほぼ同じであることが実験的に確認されている。」

イ ET-3A及び本件撹拌羽根に関する事実

(ア)ET-3Aは、乳化試験等に用いる実験用の機械であり、日光ケミカルズは、昭和60年頃から現在まで継続してET-3Aを販売しており、その累計出荷台数は平成30年5月11日現在で301台である。(甲13、18)

(イ)日光ケミカルズが販売するET-3Aには、100、200、300、500mlの大きさのビーカーにそれぞれ対応した、4種類の本件撹拌羽根が付属品として必ず添付されており、その形状、寸法は発売開始当初から現在までの間に変更されていない上、これまでに顧客の要望に応じて撹拌羽根の形状、寸法が変更されたということもない。(甲13、18)

本件撹拌羽根は、4種類いずれもが回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものであり、原告が所持している200mlビーカー用の本件撹拌羽根13本の寸法は以下のとおりである。(甲13、14、甲15の1)

(ウ)日光ケミカルズが平成17年7月頃に作成したカタログには、上記のように支軸の下端から「山」の字を構成する形態で対の羽部が延設された形状をした本件撹拌羽根を装着した状態のET-3Aの写真が掲載されている。また、平成26年12月13日に作成された新しい日光ケミカルズのカタログにも、ET-3Aの付属品として、「付属品・攪拌羽根(ビーカー200ml用)、ビーカークランプ 各3set」などとして、4種類の本件撹拌羽根が写真入りで記載されている。(甲13)

(エ)ET-3Aにおいては、本件撹拌羽根以外にも支軸直径が6mmである別の撹拌羽根を使用することが可能であり、実際にET-3Aに取付け可能な撹拌羽根が何種類か市販されている。しかし、市販されているいずれの撹拌羽根も本件撹拌羽根とはその形状が異なっており、本件撹拌羽根のように支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設するような形状のものはなく、したがって、支軸直径を除く寸法も同じではない。(乙5)

(2)判断

ア 新たな技術的事項導入の有無について

特許請求の範囲等の補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項)、上記の「最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し、当該補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。

これを本件についてみるに、前記で認定したような本願発明において、撹拌羽根の形状、寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ、当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし、当初明細書の【0012】には、①撹拌にET-3Aを用いること、②「撹拌羽」は、回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること、③「撹拌羽」の回転半径は、内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されているところ、前記(1)イの事実によると、当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状、寸法は、ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。また、前記(1)イの事実によると、ET-3Aは、昭和60年頃から長年にわたって販売されており、多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ、販売開始以来、付属品である本件撹拌羽根の形状、寸法に変更が加えられたことは一度もなく、しかも、遅くとも平成17年7月頃には、本件撹拌羽根は、ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。さらに、当初明細書の記載に適合するような形状、寸法のET-3A用の撹拌羽根が、ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。

以上の事実を考え併せると、当業者が、当初明細書等に接した場合、そこに記載されている撹拌羽が、ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そして、特定事項aは、200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから、特定事項aを本願の請求項1に記載することが、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず、新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある

イ 被告の主張について

被告は、ET-3Aのような乳化試験機において、付属品以外の撹拌羽根を任意に選択して用いることができるのは明らかであるところ、ET-3Aに取付け可能な撹拌羽根が単体で市販されていたり、ET-3Aが付属品なしで取引されていたりすることからすると、当業者が、当初明細書等の記載から、そこでいう撹拌羽根が、200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することはないなどと主張する。

しかし、前記(1)イのとおり、ET-3Aに取付け可能な撹拌羽根として市販されていることが証拠上確認できるものは、そのいずれもが当初明細書に記載されているような回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものではないから、それらの撹拌羽根が市販されているという事実をもって、上記アの認定は左右されない

また、証拠(乙6の1・2)によると、いわゆるインターネットオークションにおいて、本件撹拌羽根が付属品として添付されていない中古品のET-3Aが取引されている事実は認められるものの、このような取引の事実があったからといって上記アの認定が左右されることはないというべきである。

よって、被告の上記主張はいずれも採用できない。

ウ 小括

以上のとおり、特定事項aは新たな技術的事項を導入するものではなく、特定事項aを本願の請求項1に追加することは願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内においてするものというべきである。審決の明確性及び実施可能性についての判断は、特定事項aの追加が新規事項の追加に当たり、本件補正を却下すべきことを前提としてされたものであるから、特定事項aの追加が新規事項の追加に当たるとした判断の誤りは審決の明確性及び実施可能性についての判断にも影響を及ぼすものといえる。

したがって、審判において、特定事項aの追加が新規事項の追加に当たらないことを前提に、再度、審理・判断を行う必要があるものと認められる。

Ⅴ 検討

(特許庁に係属中の出願について書きすぎるのは問題と思いますので、新規事項追加の争点のみに絞ります。)

(1)本件は、補正が新規事項追加に相当するか否かが争われたものです。審査官が途中で代わったせいか、拒絶理由通知が何度も出ていて経緯が少々複雑ですが、出願人は第2回目の最後の拒絶理由通知に対応して提出された補正書で新たに「常温(25℃)」及び「(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)」を追加しました。これに対して拒絶査定とともに出された補正却下の決定の理由では「常温(25℃)」という点について新規事項追加である、と判断されました。

一方、出願人が拒絶査定不服審判請求書を提出するとともに改めて同じ内容の補正書を提出したところ、前置審査において、再び「常温(25℃)」という点について新規事項追加である、と判断されました。

ところが、審決では「常温(25℃)」については全く触れておらず、「(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)」が新規事項追加に相当すると判断されました。なお、この間に出願人は上申書を提出し、その中で新たな補正案(「常温(25℃)」を追加しない補正案)を提示していますが、これはあくまで案であるので判断の対象ではありません。

そうすると、審判官は、審査官が第2回目の最後の拒絶理由通知で明確性違反の一つとして挙げた「常温」に関する拒絶理由自体が誤りであったと判断し、逆に審査官がスルーした「(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)」は新規事項追加であると判断したことになります。

このように今まで×であったものが〇になり、〇であったものが×になる事態の場合には、いきなり審決ではなく、改めて拒絶理由通知を出して審査をやり直さないと出願人には酷なように思いますが、経過情報を見る限り、そのような手続きは見当たりません。しかし、審決取消訴訟で争点になっていないので、審判官と出願人との間で何らかの連絡が取られていたのでしょうか?

(2)この「(撹拌羽の左右方向の幅は、全幅58mm、支軸直径6mm、支軸と羽との間隔(隙間)16mm、羽の幅10mmである。)」は新規事項追加であるという審決が審決取消訴訟でひっくり返されました。

審決取消訴訟での争点は、特許庁が、当初明細書には攪拌羽の製品名やおおよその形状・寸法について記載されているが、「支軸直径、支軸と羽との間隔、羽の幅」については記載されておらず、これらを追加する補正は新規事項追加である、という判断をしたのに対して、出願人は、要は、当初明細書に明記した製品の「支軸直径、支軸と羽との間隔、羽の幅」の実際の寸法を測定したものであって新規事項追加に当たらない、というものでした。

判決で裁判官は、当業者は当初明細書等から、そこに記載されている撹拌羽が、ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができ、「撹拌羽」について、200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加することは、明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえない、と判断しました

(3)当初明細書に実験装置の名称、型番、メーカ名等が書いてあり、その実験に用いた装置が第三者によりある程度特定できる場合には、本件のように当初明細書に書いていない実験装置のスペックであっても、実際の装置、仕様書等の記載に基づき補正することを認めないと、出願人の負担が多すぎるように思います。特許査定を得るために本件のような補正が必要となるケースはそれほど多くないとは思いますが、こういう判決もあるので、実験に用いた装置の名称、型番、メーカ名くらいは書いてあった方が良いと思います。