地図事件

投稿日: 2019/03/05 4:27:28

今日は、平成29年(ワ)第34450号 損害賠償請求事件について検討します。原告である生活地図株式会社は、判決文によると、情報処理サービス業、情報提供サービス業等を業とする株式会社だそうです。一方、被告であるヤフー株式会社は、検索連動型広告やディスプレイ広告等の広告関連サービス等を業とする株式会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、一般住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載した住宅地図の各ページを分割して区画化するとともに各ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させた番地を索引欄に掲載したものです。

(2)一方、被告地図は、縮尺レベルが1から20の20段階に分かれており、縮尺レベル20が最も詳細な(縮尺率が小さい)地図で、縮尺レベル1が最も広域な(縮尺率が大きい)地図となっており、各縮尺レベルに応じて、地図用のデータが存在するそうです。この被告地図において住宅や建物の輪郭が記載されているのは縮尺レベル19及び20の地図であり、この縮尺レベルでは一部の一般住宅等の居住人氏名や建物名称の記載が省略され、一部のアパート等の建物の輪郭、丁目、番地及び号、コンビニのマーク、学校のプール、バス停、一方通行表示、信号機、交差点名などが記載されているそうです。

(3)判決では、構成要件Dの「適宜に分割して区画化」の充足性について検討し非抵触である、と判断しています。この判決は妥当だと思います。

(4)本件特許の特許請求の範囲を読むと、単なる紙の地図を前提として発明のように思われます。明細書中には電子住宅地図として電子化できる、と書いていますが、特許請求の範囲の記載ぶりはソフトウェア発明のものとは全く異なります。先日、本ブログでステーキ屋さんの審決取消訴訟を扱いましたが、あれよりも発明に相当するのか否かが問われる内容だと思います。

2.手続の時系列の整理(特許第3799107号)

① 判定2017-600031及び判定2017-600039は株式会社ゼンリンが請求人です。

② 無効2018-800056は本件被告であるヤフー株式会社が請求人です。

③ 無効2018-800062は株式会社ゼンリンが請求人です。

3.本件発明

A 住宅地図において、

B 検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住宅及び建物については居住人氏名や建物名称の記載を省略し住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載すると共に、

C 縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図を構成し、

D 該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し、

E 付属として索引欄を設け、

F 該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した、

G ことを特徴とする住宅地図。


4.争点

(1)被告地図プログラムの構成(1)及び(2)によってユーザ端末のディスプレイに表示された被告地図についての文言侵害の有無(主位的主張)(争点1)

ア 「住宅地図」(構成要件A及びG)の充足性(争点1-1)

イ 「住宅及び建物のポリゴンと番地のみを記載」(構成要件B)の充足性(争点1-2)

ウ 「縮尺を圧縮して広い鳥瞰性を備えた地図」(構成要件C)の充足性(争点1-3)

エ 「該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し」(構成要件D)の充足性(争点1-4)

オ 「索引欄」(構成要件E)の充足性(争点1-5)

カ 「該索引欄に前記地図に記載の全ての住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した」(構成要件F)の充足性(争点1-6)

(ア)被告地図プログラムの構成(1)によってユーザ端末のディスプレイに表示された被告地図について

(イ)被告地図プログラムの構成(2)によってユーザ端末のディスプレイに表示された被告地図について

(2)被告地図プログラムの構成(1)及び(2)によってユーザ端末のディスプレイに表示された被告地図についての均等侵害の有無(予備的主張)(争点2)

(3)被告による被告地図の「使用」、「生産」(特許法2条3項1号)の有無又は被告地図プログラムの製造の「そのものの生産にのみ用いる物の生産」(特許法101条1項)該当性(争点3)

(4)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

ア 明確性要件違反の有無(争点4-1)

イ 本件特許出願前に頒布された刊行物(乙9。以下「乙9刊行物」という。)に記載された発明(以下「乙9発明」という。)に基づく新規性・進歩性欠如の有無(争点4-2)

ウ 本件特許出願前に公然実施されていた発明(乙12ないし15。以下「本件公然実施発明」という。)に基づく新規性・進歩性欠如の有無(争点4-3)

エ 本件特許出願前に頒布された刊行物(乙10。以下「乙10刊行物」という。)に記載された発明(以下「乙10発明」という。)に基づく新規性・進歩性欠如の有無(争点4-4)

オ 本件特許出願前に頒布された刊行物(乙11。以下「乙11刊行物」という。)に記載された発明(以下「乙11発明」という。)に基づく新規性・進歩性欠如の有無(争点4-5)

(5)損害発生の有無及びその額(争点5)

5.裁判所の判断

1 本件各発明及びその意義

(1)本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(甲2。なお、明白な誤記と思われる箇所については修正した。)。

-省略-

(2)本件各発明の意義

前記(1)によれば、本件発明の意義は以下のとおりであると認められる。

従来の住宅地図は、建物表示に住所番地だけでなく居住者氏名も全て併記されていたため、氏名を記載するためのスペースを確保するために住宅地図の縮尺を高くすることができず、そのため、地図の大きさも比較的大きくする必要があるとともに、地図に氏名が記載されることによるプライバシー侵害や利用者の検索への支障を生じたり、地図の更新作業のための調査に膨大な労力と人件費がかかったりするという課題があった。また、住宅地図に付されている索引についても、住所のうち丁目と、それぞれの丁目に該当するページが掲載されているだけであったため、同一の丁目の中で番地が異なっている多くの建物の中から目的とする建物を探し出す必要があった。

本件発明は、居住者氏名を記載しないため、高い縮尺度で地図を作成することにより小判で、薄い、取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することや、地図の更新のために氏名調査等の労力を要しないことによって廉価な住宅地図を提供することを可能にするとともに、地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載し、地図のページを適宜に分割して区画化したうえで建物の所在する番地と記載ページと記載区画の記号番号を一覧的に対応させた索引欄を付すことによって、簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図を提供することを可能にするものである。

2 争点1-4(構成要件D(「該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し」)についての文言侵害の有無)

(1)後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 被告地図プログラムは、ユーザが、インターネット上の「https://以下省略」のURLにアクセスし、所定の操作をするなどすると、ユーザの端末にインストールされているWebブラウザを介して、ユーザ端末のディスプレイに地図を表示できるようにしたプログラムである。

被告地図プログラムにより表示される地図では、縮尺レベルが1~20の20段階に分かれており、縮尺レベル20が最も詳細(縮尺率が小さい)なもので、縮尺レベル1が最も広域(縮尺率が大きい)なものである。各縮尺レベルに応じて、地図用のデータが存在する。

被告地図プログラムの構成(1)及び(2)によりディスプレイの画面に表示される地図の画面表示等は、別紙「被告地図プログラムの構成(分説)」記載のとおりである。(以上につき、甲13ないし19、乙1、22、弁論の全趣旨)

イ 被告地図において、市区町村名、町名、丁目及び番の表示の右側に〔地図〕と表示された部分等にはハイパーリンクが設定されており、そのハイパーリンクに係るURLは、冒頭に「https://以下省略」と記載され、その後の記載がパラメータであることを示す「?」が記載された後に、「lat=…&lon=…&ac=…&az=…」及び「z=…」という記載を含むものである。前記のlat、lon、ac、azが示す各値は、それぞれ当該地点に係る緯度、経度、都道府県及び市区町村の住所コード、町、丁目、番又は号の番号を示し、zが示す値は縮尺レベルを示す。ユーザがディスプレイ画面上で当該ハイパーリンクをクリックすると、その緯度経度を含む地点データと縮尺データを含むURLが被告地図の地図提供サーバに送信される。地図提供サーバが、この地点データに係る地点を含み、かつ、縮尺データに係る縮尺のメッシュ地図を地図データベースサーバから読み出し、ユーザのパソコンに送信することにより、ユーザのディスプレイ画面上において当該緯度経度を中心とした所定の縮尺の地図が表示される。(甲4ないし19、弁論の全趣旨)

ウ インターネットに接続した状態で被告地図をユーザのディスプレイ画面に表示し、その後、インターネットの接続を停止した上で地図表示画面をスクロールさせると、地図が表示されない部分が画面上に表示される。(甲34、弁論の全趣旨)

エ 被告地図プログラムにおける縮尺レベル19の縮尺は、概ね1/1250から1/2857の範囲であり、被告地図における縮尺レベル20の縮尺は、概ね1/615程度である。(甲33、乙1、弁論の全趣旨)

(2)本件明細書には、前記1(1)の記載のほか、【発明の実施の形態】として、以下の記載がある。なお、以下の図1ないし5は、それぞれ、本判決別紙本件明細書図1ないし5である。

-省略-

(3)構成要件Dの「適宜に分割して区画化」について

構成要件Dの「適宜に分割して区画化」の意義について、特許請求の範囲の「各ページを適宜に分割して区画化し、…住宅建物の所在する番地を前記地図上における前記住宅建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載」という記載(構成要件D、E及びF)に照らせば、構成要件Dの「適宜に分割して区画化」とは、記号番号を付すことや番地と対応する区画を一覧的に示すことができる区画を作成することが可能となるように、検索すべき領域の地図のページを分割し、認識できるようにすることといえる。

そして、本件発明は、前記1(2)のとおり、地図上に公共施設や著名ビル等以外は住宅番地のみを記載するなどし、全ての建物が所在する番地について、掲載ページと当該ページ内で分割された該当区画を一覧的に対応させて掲載した索引欄を設けることによって、簡潔で見やすく迅速な検索を可能にする住宅地図の提供を可能にするというものであり、本件発明の地図の利用者は、索引欄を用いて、検索対象の建物が所在する地番に対応する、ページ及び当該ページにおける複数の区画の中の該当の区画を認識した上で、当該ページの該当区画内において、検索対象の建物を検索することが想定されている。そのためには、当該ページについて、それが線その他の方法によって複数の区画に分割され、利用者が該当の区画を認識することができる必要があるといえる。そうすると、本件明細書に記載された本件発明の目的や作用効果に照らしても、本件発明の「区画化」は、ページを見た利用者が、線その他の方法及び記号番号により、検索対象の建物が所在する区画が、ページ内に複数ある区画の中でどの区画であるかを認識することができる形でページを区分することをいうといえる。

前記(2)のとおり、本件明細書には、発明の実施の形態において、本件発明を実施した場合における住宅地図の各ページの一例として別紙「本件明細書図2」及び「本件明細書図5」が示されているところ、これらの図においては、いずれも道路その他の情報が記載された長方形の地図のページが示されたうえで、そのページが、ページ内にひかれた直線によって仕切られて複数の区画に分割されており、その複数の区画にそれぞれ区画番号が付されている。また、本件明細書図4の索引欄には、番地に対応する形でページ番号及び区画番号が記載されており、利用者は、検索対象の建物の番地から、索引欄において当該建物が掲載されているページ番号及び区画番号を把握し、それらの情報を基に、該当ページ内の該当区画を認識して、その該当区画内を検索することにより、目的とする建物を探し出すことが記載されている(段落【0028】)。ここでは、上記の特許請求の範囲の記載や発明の意義に従った実施の形態が記載されているといえる。そして、「区画化」の意義に関係して、他の実施の形態は記載されていない。

以上によれば、構成要件Dの「区画化」とは、地図が記載されている各ページについて、記載されている地図を線その他の方法によって仕切って複数の区画に分割し、その各区画に記号番号を付すことであり、索引欄を利用することで、利用者が、線その他の方法及び記号番号により、当該ページ内にある複数の区画の中の当該区画を認識することができる形で複数の区画に分割することを意味すると解するのが相当である。

(4)原告は、被告地図において、縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当すると主張した上で、被告地図のデータは、画面に表示されるときに区分された形でその一部が表示されるから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」されると主張するとともに、「メッシュ化」され、また、複数のデータとして管理されているから構成要件Dの「適宜に分割して区画化」することになると主張する。

しかし、仮に、縮尺レベル19の住宅地図及び縮尺レベル20の住宅地図がそれぞれ構成要件Dの「該地図を記載した各ページ」に該当するとしても、利用者は、画面に表示されている地図を見ているのであって、線その他の方法及び記号番号により、ページにある複数の区画の中で、検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。被告地図において「メッシュ化」がされていて、また、被告地図に係るデータが複数のデータとして管理されているとしても、被告地図プログラムの構成(分説)及び前記(1)アないしウに照らし、利用者は、「メッシュ化」されている範囲や区分されたデータを通常認識しないだけでなく、それらに対応する記号番号を認識することはない。したがって、被告地図において、線その他の方法及び記号番号により、ページにある複数の区画の中で、検索対象の建物が所在する地番に対応する区画を認識することができるとはいえない。そうすると、前記に照らし、被告地図において、「各ページ」が、「適宜に分割して区画化」されているとはいえない。

これらによれば、被告地図について、構成要件Dの「適宜に分割して区画化」がされているとは認められない。

(5)小括

以上によれば、その余の構成要件の充足性を判断するまでもなく、被告地図プログラムの構成(1)及び(2)についての文言侵害(主位的主張)は認められない。

なお、原告は、予備的に、構成要件Fに関する均等侵害の主張をするが(争点2(被告地図プログラムの構成(1)及び(2)によってユーザ端末のディスプレイに表示された被告地図についての均等侵害の有無)、被告地図プログラムの構成(1)及び(2)は、少なくとも本件発明の構成要件Dの文言を充足しないから、構成要件Fについての均等侵害の有無を検討するまでもなく、被告地図プログラムの構成(1)及び(2)についての均等侵害(予備的主張)は認められない。

3 小括

以上によれば、被告地図プログラムの構成(1)及び(2)は、本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。