治療用マーカー事件

投稿日: 2017/06/18 23:58:28

今日は平成28年(ネ)第10083号 特許権侵害差止請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第21436号)について検討します。本事件の控訴人(一審被告)である株式会社東京オリジナル・カラー・シール・センターは判決文によるとカラー・シール及びこれに類似する印刷物の販売等を目的とする株式会社だそうです(ネットで見つけたホームページには被告製品が含まれるRポイントマーカーの記事が載っていました)。この会社名義の特許権は0件でした。被控訴人(一審原告)である株式会社中部メディカルは判決文によると医療・福祉機器並びに用品の製造、販売、リース業等を目的とする株式会社だそうです。この会社名義の特許権は4件ヒットしました。もう一つの被控訴人(一審原告)である合資会社ヤスイペイント工芸所は判決文によると塗装事業等を目的とする合資会社だそうです。この会社名義の特許権は1件(本件特許権)ヒットしました。

 

1.手続の時系列の整理(特許第3609289号))

① 本事件は差止及び廃棄請求のみされており、損害賠償請求はされていません。そのため判決文からは訴状の送達日等の訴訟が提起された時期の情報が得られません。しかし、事件番号から推測すると平成26年(2014年)であることはわかります。

2.発明の内容

【請求項1】

A 表面に治療用の目印となるマーク(3)が印刷されている基台紙(5)と、

B 該基台紙(5)の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層(7)と、

C 該保護シート層(7)の裏面に積層され、前記基台紙(5)に印刷されたマーク(3)と同一のマーク(3)を形成するインク層(9)と、

D 該インク層(9)の裏面に積層されている接着層(11)と、

E 該接着層(11)の裏面に剥離可能に積層されている保護紙(13)とによって構成され、

F 前記保護紙(13)を剥がして、前記基台紙(5)に水分を含ませると共に、前記接着層(11)を皮膚に押し当てることにより、前記接着層(11)、インク層(9)及び保護シート層(7)を皮膚側に転写して、各種の治療の際の目印となり、前記保護シート層(7)、インク層(9)及び接着層(11)が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである治療用マーカー。

3.争点

(1)被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか

ア 被告各製品の構成

イ 構成要件A(「治療用」「治療用の目印となるマーク」)の充足性

ウ 構成要件B(「裏面に」「透明な保護シート層」)の充足性

エ 構成要件C(「同一のマーク」)の充足性

オ 構成要件D(「インク層の裏面に積層されている接着層」)の充足性

カ 構成要件Eの充足性

キ 構成要件Fの充足性

(2)本件特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か

ア 無効理由1(サポート要件違反・実施可能要件違反)の成否

イ 無効理由2(明確性要件違反)の成否

ウ 無効理由3(乙1発明に基づく進歩性欠如)の成否

(3)差止めの必要性

 

4.裁判所の判断

4.1 東京地裁(民事第40部)

4.1.1 争点(1)(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1)被告各製品の構成について

証拠(甲6ないし9、14、16、乙5、7)によれば、被告各製品は、次の構成を有していることが認められる。

ア 被告新製品の構成

(ア)共通の構成

貼り付けるときに位置を確認できる合わせ用ライン等が印刷された台紙と、台紙の裏面に、デンプンのり層、高輝度反射層、顔料層、保護層、接着層及び保護シートが順次積層された構成を有しており、前記保護シートをはがして台紙に水分を含ませて皮膚に押し当てることにより、接着層、保護層、顔料層、高輝度反射層を皮膚に転写して用いる放射線治療用のポイントマーカー。

(イ)被告新製品(直線)

顔料層が直線のマークを形成しており、台紙の表面には、顔料層のマークと同一の位置に直線が印刷されており、さらに、同直線よりも細い線で、直角に交差する線や45度で交差する線が印刷されている。

また、台紙表面には、顔料層のマークの色を示すローマ字(「BK」「R」など)が印刷されている。

(ウ)被告新製品(十字)

顔料層には、十字のマークが形成されているとともに、十字のマークの直線を延長する位置に十字の中心に向かう四つの矢印のマークが形成されており、台紙の表面には、顔料層の十字のマークと同一の位置に十字(ただし上下左右方向に同じ太さで直線が延長されている。)が印刷されており、さらに、十字の線よりも細い線で、十字に45度で交差する線や十字の中心を中心点とする大小複数の四角が印刷されている。また、台紙表面には、顔料層のマークの色を示すローマ字(「BK」「R」など)が印刷されている。

(エ)被告新製品(L字)

顔料層には、L字のマーク及びL字の角を指す一つの矢印が形成されており、台紙の表面には、顔料層のL字のマークと同一の位置にL字が印刷されており、さらに、L字の線よりも細い線で、L字を構成する直線と2辺を共通とする大小複数の四角、L字の角を四等分する角度の位置にL字の角から延びる直線が印刷されている。また、台紙表面には、顔料層のマークの色を示すローマ字(「BK」「R」など)が印刷されている。

イ 被告旧製品の構成

(ア)共通の構成

被告旧製品は、上記ア(ア)の構成のうち高輝度反射層を有していないが、高輝度反射層に代わって、透明な「シート層」(甲7・写真16)があり、このシート層は転写時に顔料層を覆っている。

(イ)被告旧製品(直線)

顔料層が直線のマークを形成しており、台紙の表面には、顔料層のマークと同一の位置に直線が印刷されている。台紙表面に、「アタリケイ」の文字が印刷されているものがある。

(ウ)被告旧製品(十字)

顔料層が十字のマークを形成しており、台紙の表面には、顔料層のマークと同一の位置に十字が印刷されている。台紙表面には、「アタリケイ」の文字が印刷されている。

(2)構成要件A(「治療用」「治療用の目印となるマーク」)の充足性について

ア 「治療用」につき

被告は、被告各製品においては、台紙に印刷されたラインが放射線治療用のものであって、広く「治療用」のものではないから、構成要件Aを充足しないと主張する。

しかし、構成要件Aの「治療用」という文言は、一般的に「放射線治療用」を含む概念であると考えられるし、本件明細書等の記載をみても、本件特許が「放射線治療の際の目印としたり」する治療用マーカーに関するものである旨記載されており(段落【0001】)、「放射線治療用」のマーカーを除外していない。

したがって、構成要件Aの「治療用」という文言は「放射線治療用」を含むものと解釈すべきであるから、被告の上記主張は採用できず、被告各製品は「治療用」のマーカーに当たるというべきである。

イ 「治療用の目印となるマーク」につき

(ア)被告は、被告各製品の台紙には「貼り付ける時に位置を確認できる合わせ用ライン」が印刷されているが、これは「治療用の目印となるマーク」ではないと主張している。

たしかに、前記(1)の被告各製品の構成に照らすと、被告各製品は、台紙に積層された顔料層等を皮膚に転写して使用するものであって、治療時には台紙は存在しないから、台紙に印刷されたラインそのものを治療時に目印として使用するものではない。

(イ)そこで、構成要件Aの「治療用の目印となるマーク」の意義について検討するに、本件発明の構成要件をみると、構成要件Cには「該保護シート層の裏面に積層され、前記基台紙に印刷されたマークと同一のマークを形成するインク層と」とあり、インク層のマークが基台紙に印刷されたマークと同一の形状であることが示されている。そして、構成要件Fには、「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、各種の治療の際の目印となり」とあり、インク層が皮膚に転写されて治療の際の目印となることが示されている。そうすると、構成要件Aの「治療用の目印となるマーク」とは、「インク層に形成される治療用のマークと同一のマーク」をいうものと解される。

ここで、「同一のマーク」の意義について検討する。本件明細書等には「基台紙を患部に貼り付ける際には、その表面に印刷されているマークによってどこに貼り付けたらよいかが容易に判明する。そして、患者の皮膚にはこのマークと同一のマークからなる目印が転写される」(段落【0006】)、「患者の患部の皮膚に対して、基台紙3の表面に印刷されているライン3にて位置を合わせながら接着層11を押し付ける様に基台紙5を貼り付ける」(段落【0013】)といった記載があるから、これらを考慮すると、基台紙の表面に印刷されているマークは、インク層に形成される治療用のマークを皮膚に貼り付ける際の位置合わせのためのものであって、インク層のマークと同一の位置に存在することを要するものといえる。

以上からすると、「同一のマーク」とは、インク層に形成される治療用のマークと「同一の位置にあるマーク」を意味すると解することが相当である。

(ウ)以上を前提として被告各製品について検討する。前記(1)のとおり、被告各製品の台紙には、貼り付ける時に位置を確認できる合わせ用ラインが印刷されているから、インク層に形成される治療用のマークを皮膚に貼り付ける際の位置合わせのためのマークが台紙に印刷されているといえる。

そこで、これを前提として、まず被告旧製品をみると、同製品では台紙に直線又は十字が印刷されているが、その位置は、転写される顔料層(インク層)の直線又は十字のマークと同一である。そうすると、被告旧製品は、「インク層に形成される治療用のマークと同一のマーク」を有すると認めるのが相当である。

次に、被告新製品をみると、同製品の台紙には、直線、十字又はL字が印刷されているところ、その位置は、転写される顔料層(インク層)の直線、十字(ただし直線部分は台紙に印刷された十字よりも短縮されている。)、L字と同一である。なお、被告新製品(十字)及び被告新製品(L字)においては、十字やL字のマークのみならず矢印のマークもインク層に形成されているが、矢印の性質上、矢印自体が治療用の目印となるものではなく、矢印は治療用の目印の存在する箇所を強調するための付加的な記載にすぎないというべきであるから、矢印が指し示す部分(十字の場合は十字の中心、L字の場合はL字の角)が治療用の目印に当たると認めるのが相当である。

そうすると、被告新製品についても、「インク層に形成される治療用のマークと同一のマーク」を有すると認めるのが相当である。

(エ)以上から、被告各製品は「治療用の目印となるマーク」を有する。

ウ したがって、被告各製品は構成要件Aを充足する。

(3)構成要件B(「裏面に」「透明な保護シート層」)の充足性について

ア 「裏面に」につき

被告は、「裏面に」とは「裏面に直接」を意味するものであり、被告各製品は、台紙の裏面に直接積層されているのはデンプンのり層であって、剥離可能な保護シート層ではないから構成要件Bを充足しないと主張する。

しかし、被告が指摘する本件明細書等の記載部分をみると、「基台紙5の裏面には水溶性の糊がコーティングされている。」との記載も存在しており、基台紙と保護シート層の間に水溶性の糊によるコーティング、すなわち介在層が存在する実施例が記載されている。そもそも、本件明細書等には、保護シート層が接着能を有することを示唆する記載はないところ、接着能を有しない保護シートを台紙に接着させるために糊などの接着層の介在を要することは明らかであるから、本件発明は、少なくとも台紙と保護シートの間にデンプンのり層を含む接着能を有する層の介在を前提としているというべきである。そして、広辞苑(第6版)によれば、「裏面」とは「うらがわの面」を意味するものであって、「裏面に直接に」ということまでを意味するものではなく、また、本件明細書等のその余の記載をみても、「裏面に直接に」と限定的に解するべきであることを示唆する記載はない。

したがって、構成要件Bの「裏面に」とは、台紙の片方の面を表面(表側の面)とした場合の反対側の面を指して、「裏側に」あるという位置関係を示すものであると認めるのが相当であり、「裏面に直接」の意味であると限定的に解することはできない。

そうすると、仮に被告が主張するように、被告各製品の台紙の裏面に直接積層されているのはデンプンのり層であったとしても、被告各製品は構成要件Bの「裏面に」を充足すると認めるのが相当である。

イ 「透明な保護シート層」につき

(ア)「透明な保護シート層」の意義

前記1(2)のとおり、本件発明は、治療用マーカーに関するものであって、皮膚に転写された治療用のマークの表面を保護シート層によって保護することで、衣服等でこすれたりしても消えることなく長期間にわたって目印を施した状態を維持することができるというものであるから、保護シートが「透明な」とされているのは、皮膚に転写された治療用のマークが保護シートを通して目印として利用可能な程度に容易に目視できることを意味するというべきである。そして、「保護シート層」は、皮膚に転写された顔料層による目印が衣服等にこすれるなどして剥離することを防止し、長期間にわたって維持するためのものであるから、顔料層を完全に被覆したシート状のものであって容易に剥離しないものをいうと解することが相当である。

(イ)被告旧製品につき

証拠(甲7・写真16、甲14・11~12頁)によれば、被告旧製品は、皮膚に転写された治療用マークが、同マークが容易に目視可能な程度に透明で、かつ、マークの線よりも幅の広いシート状のもので覆われていることが認められる。そして、証拠(甲14・4頁)によれば、被告は、被告旧製品について、「患者さんがそのままお風呂に入れる」「皮膚と一緒に伸縮し、1週間ほどは落ちない」といった特徴があることや、「アルコールで拭いても取れません」などという宣伝文句を記載したチラシを使用していたことが認められるところ、被告旧製品において顔料層を覆うシートが、顔料層を完全に被覆しておらず、また、容易に剥離するようなものであった場合には、上記特徴及び宣伝文句は達成することができない。

そうすると、被告旧製品における顔料層の上部のシート層は、顔料層を完全に被覆したシート状のものであって容易に剥離しないもの、すなわち「保護シート」に当たると認めるのが相当である。

したがって、被告旧製品は、構成要件Bの「透明な保護シート層」を有している。

(ウ)被告新製品につき

被告は、「高輝度反射層」は雲母の細かい粒を敷き詰めたものであって、透明ではないし、保護層でもシートでもないから構成要件Bの「透明な保護シート層」には当たらないと主張する。

しかし、証拠(甲8・写真17)によれば、被告新製品の高輝度反射層は、その下層の顔料層のマークが容易に目視可能な程度に透明であることが認められる。

また、証拠(甲10)によれば、雲母は鉱物であってはがれやすいものであると認められるから、被告が主張するように「高輝度反射層」が雲母の細かい粒を敷き詰めたものであるとするならば、高輝度反射層が顔料層の上部(治療用マークの最上部)に存在する被告新製品において、「患者さんがそのままお風呂に入れる」「皮膚と一緒に伸縮し、1週間ほどは落ちない」といった特徴(甲14・5頁)が実現できるとはおよそ考えがたい。そして、証拠(甲11、12)によれば、雲母はパール顔料として用いられており、パール顔料は、二酸化チタンで被覆した薄板状の雲母粒子が層状にされることによって光が多重層反射されて真珠と同じような光沢感を与えるものであること、パール顔料は印刷インキにも使用できること、一般的に印刷インキには顔料と樹脂などのビヒクルが含まれること及び樹脂は印刷インキに流動性や粘りを与え、乾燥後の印刷面に光沢や耐摩擦性などを与えることが認められる。これらを総合すると、「高輝度反射層」は、雲母の細かい粒を敷き詰めただけのものではなく、上記パール顔料としての雲母を樹脂などのビヒクルとともに印刷インキとして、ないしはこれに近いものとして使用したものであると推認することが相当である。

そうすると、被告新製品では、雲母の細かい粒に流動性や粘りを与える樹脂などを混ぜ合わせたものを用いて、光沢と耐摩擦性を有する高輝度反射層を構成していると認められる。

そして、被告新製品の有する「患者さんがそのままお風呂に入れる」「皮膚と一緒に伸縮し、1週間ほどは落ちない」といった特徴からすると、雲母と樹脂などを混ぜ合わせたものは、顔料層を完全に被覆するようにシート状に形成されており、また、容易に剥離しないものであると認めることが相当である。

したがって、雲母と樹脂などを混ぜ合わせたものである「高輝度反射層」は、構成要件Bの「透明な保護シート層」に当たると認められる。

ウ そして、被告各製品において、透明な保護シート層に当たる「シート層」ないし「高輝度反射層」は、デンプンのり層を介して、台紙のマークが印刷されている面を表面とした場合の反対側の面である裏面に積層されているから、結局、被告各製品はいずれも構成要件Bを充足する。

(4)構成要件C(「同一のマーク」)の充足性について

ア 「同一のマーク」の意義

前記(2)イで説示したとおり、本件明細書等においては、「同一のマーク」の文言が、台紙の表面に印刷されているマークとインク層に形成される治療用のマークが同一の位置にあることを意味するものとして用いられているから、構成要件Cの「同一のマーク」とは、「台紙の表面に印刷されているマークと同一の位置にある治療用のマーク」を意味すると解するのが相当である。

イ 被告の主張に対する判断

この点に関して被告は、被告旧製品において、顔料層(インク層)に形成されている線が、台紙に印刷された線と色や太さが異なることや、台紙に印刷されている「アタリケイ」の文字が顔料層に存在しないこと、被告新製品において、台紙に印刷された線のうち顔料層に形成されていない線が複数存在することや、台紙に印刷されていない矢印が顔料層に形成されていることなどを指摘して、台紙に印刷されたマークと同一のマークがインク層に形成されているとはいえないと主張する。

しかし、上記説示のとおり、「同一のマーク」とは「台紙の表面に印刷されているマークと同一の位置にある治療用のマーク」を意味するのであり、台紙に印刷されたマークとインク層に形成されたマークの線の太さや色が異なることや、台紙に治療用のマークと同一のマークに加えて、線や文字が印刷されていることや、治療用のマークそのものではない矢印がインク層に形成されており、これが台紙には印刷されていないことは、「同一マーク」の存否の判断を左右しない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

ウ 被告各製品につき

証拠(甲15)によれば、放射線治療の際には、皮膚にマークした直線や十字を方向の目印としたり、十字の中心点を治療範囲の中心点の目印とするものであることが認められるから、十字のマークを使用する場合には、その中心点の位置と交差する2本の直線の方向が、L字のマークを使用する場合には、その角部分の位置と角から延びる2本の直線の方向がそれぞれ治療用の目印となるものと認められる。

そうすると、被告各製品においては、治療用のマークは、被告旧製品(直線)及び被告新製品(直線)では直線、被告旧製品(十字)及び被告新製品(十字)では十字の中心点の位置と直線の方向がわかる程度の長さの直線部分を有する十字の中心部分、被告新製品(L字)の治療用のマークはL字の角の位置と角から延びる2本の直線の方向がわかる程度の長さの直線部分を有するL字の角部分であると認められる。

そして、被告旧製品(直線)及び被告新製品(直線)では、台紙に印刷されている直線と同じ位置にインク層において直線が形成されており、被告旧製品(十字)及び被告新製品(十字)では、台紙に印刷された十字の中心部分と同じ位置にインク層において十字の中心部分が形成されており、被告新製品(L字)では、台紙に印刷されたL字の角部分と同じ位置にインク層においてL字の角部分が形成されているから、被告各製品はいずれも、台紙の表面に印刷されているマークと同一の位置に治療用のマークがインク層において形成されていると認められる。

したがって、被告各製品は構成要件Cを充足する。

(5)構成要件D(「インク層の裏面に積層されている接着層」)の充足性について

前記(3)アのとおり、「裏面に」は「裏側に」という位置関係を示すものであると認めるのが相当であり、「裏面に直接」の意味であると限定的に解することはできない。そして、被告各製品において、インク層の裏側(台紙が存在する方向を表側とした場合の反対側)に接着層が存在することは当事者間に争いがない。

したがって、被告各製品は構成要件Dを充足する。

(6)構成要件Eの充足性について

前記(5)のとおり、被告各製品は、構成要件Dを充足しており、構成要件Eにおける「該接着層」を有する。そして、被告各製品の接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙が存在することは当事者間に争いがない。

したがって、被告各製品は構成要件Eを充足する。

(7)構成要件Fの充足性について

被告は、被告各製品においては皮膚側に転写されるのは「接着層、保護層、顔料層及び高輝度反射層」の4層であるから、構成要件Fの「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して」を充足しないと主張する。

しかし、被告各製品においては、接着層、インク層に当たる「顔料層」及び保護シート層に当たる「高輝度反射層」又は「シート層」が転写されるのであるから、構成要件Fの「前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して」を充足するというべきである。

なお、被告は、本件発明は5層構造であるところ、被告各製品は7層構造であり、特に接着層の幅を広くしているために皮膚への接着力に優れるものとしていることから、保護層が必要となっており、本件発明とは技術的思想が異なる旨主張するが、被告各製品において接着層の幅を広くすることで接着力が増大するという作用効果が生じていたとしても、そもそも被告各製品は、水転写タイプの治療用マーカーであって保護シート層が存在することにより長時間維持できるという本件発明の技術的意義を具備しているのであるから、保護層が存在することをもって、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属さないということはできない。

また、被告は、被告各製品では、顔料層に比べて接着層が非常に広いことから柔軟性に乏しいとか、被告新製品の高輝度反射層は非常に薄く隙間が多いから(乙7・写真4)、顔料層を十分保護するものではないなどとも主張しているが、高輝度反射層が顔料層を十分に保護するものであることは前記(3)で説示したとおりであり、また、被告各製品は、「皮膚と一緒に伸縮し、1週間ほどは落ちない」といった特徴(甲6、甲14・4~6頁)を有しているのであるから、被告各製品は、「皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである」と認められる。

以上から、被告各製品は、構成要件Fを充足する。

(8)小括

以上のとおり、被告各製品は、いずれも本件発明の構成要件を全て充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。

4.1.2 争点(2)(本件特許権が特許無効審判により無効にされるべきものか否か)について

(1)無効理由1(サポート要件違反・実施可能要件違反)について

-省略-

(2)無効理由2(明確性要件違反)について

-省略-

(3)無効理由3(乙1(特開平08-207499号)発明に基づく進歩性欠如)について

ア 乙1発明の内容

乙1発明の構成は次のとおりである。

A’剥離性シートと

B’該剥離性シートの裏面に剥離可能に積層されている透明弾性層と、

C’該透明弾性層の裏面に積層された着色印刷インキ層と、

D’該着色印刷インキ層の裏面に積層されている粘着剤層と、

E’該粘着剤層の裏面に剥離可能に積層されているセパレーターとによって構成され、

F’前記セパレーターを剥がして、前記粘着剤層を皮膚に押し当てることにより、前記粘着剤層、着色印刷インキ層及び透明弾性層を皮膚側に転写して、前記透明弾性層、着色印刷インキ層及び粘着剤層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。

イ 本件発明と乙1発明との対比

(ア)一致点

乙1発明における剥離性シート、透明弾性層、着色印刷インキ層、粘着剤層、セパレーターは、それぞれ、本件発明における「基台紙」「保護シート層」「インク層」「接着層」「保護紙」に相当すると認められ、また、本件発明における「治療用マーカー」は「転写シール」の一種であるということができるから、本件発明と乙1発明は次の各点で一致する。

「基台紙と、

該基台紙の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層と、

該保護シート層の裏面に積層されたインク層と、

該インク層の裏面に積層されている接着層と、

該接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙とによって構成され、

前記保護紙を剥がして、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、

前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、前記保護シート層、インク層及び接着層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。」

(イ)相違点

乙1公報の記載からすると、本件発明と乙1発明は、次の各点で相違する。

① 相違点1

本件発明では、基台紙の表面に治療用の目印となるマークが印刷されているのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点

② 相違点2

本件発明では、インク層のマークが基台紙のマークと同一であるのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点

③ 相違点3

本件発明では、転写する際に基台紙に水分を含ませているのに対し、乙1発明では、水分を含ませるかどうか必ずしも明らかではない点

④ 相違点4

本件発明が、治療用マーカーであるのに対し、乙1発明では皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである点

ウ 容易想到性

上記相違点が、本件特許の出願当時、当業者にとって容易想到であったか否か検討する。

(ア)乙2文献について

被告は、乙1発明に乙2文献(実開平02-010096号)の記載を組み合わせることによって、当業者が容易に相違点①②を想到できると主張する。そこで、乙2文献についてみると、乙2文献には次の各記載がある。

・「2.実用新案登録請求の範囲

(1)伸縮自在となる基材の表面に、マーク層と、このマーク層上に粘着剤層を順次積層して設け、前記マーク層と粘着剤層が基材の伸縮性に追従する伸縮性を備えている曲面等に用いる転写マーク。」(1頁・4~8行目)

・「曲面等に用いる転写マークを提供することを目的としている」(2頁・6~7行目)

〔実施例〕

・「シリコン等によって離型処理を施した基材1の表面に、前処理層2とマーク層3及び粘着剤層4を順次積層し、前記粘着剤層4上にこれを保護する離型シート5が重ねられている。」(3頁8~12行目)

・「なお、基材1は透明又は半透明とし、予め位置決用のラインを印刷しておくと、マーク層の貼付位置が正確になる。」(5頁下から8行目~6行目)

以上の記載からすると、乙2文献には「基材、マーク層、粘着剤層、離型シート」の4層からなる転写マーク(転写シールと同じものを指すと推認される。)が記載されており、これらの層は、本件発明においては「基台紙、インク層、接着層、保護紙」に相当すると考えられる。そうすると、乙2文献には、基台紙、インク層、接着層、保護紙からなる転写シールについて、インク層に形成されたマークの貼り付け位置を正確にするために、基台紙を透明又は半透明とした上で、位置決め用のラインを印刷しておくことが記載されていると認められる。

(イ)上記乙2文献の記載からすると、乙2文献に接した当業者は、転写シールにおいては位置決めを正確にするという課題があることを認識し、乙1発明において、基台紙を透明にして位置決め用のラインを印刷することを容易に想到できるものと一応は考えられ、本件発明との関係においても、位置決めを正確にするという課題は共通するものといえる。

しかし、本件発明において基台紙に印刷されている「治療用の目印となるマーク」は、「インク層に形成された治療用の目印となるマークと同一の位置にあるマーク」であるところ、乙1発明に乙2文献の記載を組み合わせたとしても、位置決めを正確にするという課題を解決するために、インク層と同一の位置のマークを基台紙に印刷することや、転写シールを治療用に用いることとしてインク層に治療用のマークを形成することまでを容易に想到できるとはいえない。

(ウ)そうすると、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明が、乙1発明から容易に想到することができたということはできない。

(4)したがって、無効理由3に関する被告の上記主張は理由がない。

4.2 知財高裁東京地裁(第2部)

4.2.1 無効理由5(乙1発明及び乙9(US5743899)発明に基づく進歩性欠如)について(控訴審における新たな主張

(1)本件発明の意義等

本件発明の意義等は、原判決「事実及び理由」欄の第4、1記載のとおりである。

(2)乙1発明の認定

ア 省略

イ 省略

ウ したがって、乙1発明は、以下のとおりに認定される。

「A’剥離性シートと

B’該剥離性シートの裏面に剥離可能に積層されている透明弾性層と、

C’該透明弾性層の裏面に積層された着色印刷インキ層と、

D’該着色印刷インキ層の裏面に積層されている粘着剤層と、

E’該粘着剤層の裏面に剥離可能に積層されているセパレーターとによって構成され、

F’前記セパレーターを剥がして、前記粘着剤層を皮膚に押し当てることにより、前記粘着剤層、着色印刷インキ層及び透明弾性層を皮膚側に転写して、前記透明弾性層、着色印刷インキ層及び粘着剤層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。」

接着層及び保護シートが順次積層された構成を有しており、前記保護シートをはがして台紙に水分を含ませて皮膚に押し当てることにより、接着層、保護層、顔料層、高輝度反射層を皮膚に転写して用いる放射線治療用のポイントマーカー。

(3)本件発明と乙1発明との対比

本件発明と乙1発明とを対比すると、乙1発明における剥離性シート、透明弾性層、着色印刷インキ層、粘着剤層、セパレーターは、それぞれ、本件発明における「基台紙」「保護シート層」「インク層」「接着層」「保護紙」に相当すると認められ、また、本件発明における「治療用マーカー」は「転写シール」の一種であるということができるから、一致点及び相違点は、以下のとおりに認定される。

(一致点)

「基台紙と、

該基台紙の裏面に剥離可能に積層されている透明な保護シート層と、

該保護シート層の裏面に積層されたインク層と、

該インク層の裏面に積層されている接着層と、

該接着層の裏面に剥離可能に積層されている保護紙とによって構成され、

前記保護紙を剥がして、前記接着層を皮膚に押し当てることにより、前記接着層、インク層及び保護シート層を皮膚側に転写して、前記保護シート層、インク層及び接着層が皮膚に対して柔軟性に富み、かつ摩擦に強いものである転写シール。」

(相違点1)

本件発明では、基台紙の表面に治療用の目印となるマークが印刷されているのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点

(相違点2)

本件発明では、インク層のマークが基台紙のマークと同一であるのに対し、乙1発明にはそのような開示はない点

(相違点3)

本件発明では、転写する際に基台紙に水分を含ませているのに対し、乙1発明では、水分を含ませるかどうか必ずしも明らかではない点

(相違点4)

本件発明が、治療用マーカーであるのに対し、乙1発明では皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである点

(4)乙9発明の認定

ア 省略

イ 省略

ウ したがって、乙9発明は、以下のとおりに認定される。

「皮膚表面に放射線治療用のマーキングを付ける装置であって、第1面と第2面を有する台紙と、前記台紙の前記第2面に配置された接着層と、前記接着層に配置された第1インク層であって、前記皮膚表面に接着して置かれたときに前記皮膚表面上に転写可能なパターンを形成する、該第1インク層と、前記接着層と前記インク層を剥離可能に覆う支持ライナーと、を備え、前記パターンを形成する第2インク層が前記台紙の第1面に更に配置される装置。」

(5)省略

(6)省略

(7)相違点についての判断

ア 相違点1、2及び4について

乙1発明は、皮膚用の入れ墨転写シールを含む各種転写シールであり、乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを施すシールであって、皮膚に線などの図柄を描く技術であるという点で共通する。

また、前記(5)で引用した原判決「事実及び理由」欄の第4、3(3)ウ(ア)のとおり、乙2文献には、基台紙、インク層、接着層、保護紙からなる転写シールについて、インク層に形成されたマークの貼り付け位置を正確にするために、基台紙を透明又は半透明とした上で、位置決め用のラインを印刷しておくことが記載されている。一方、乙9発明は、支持ライナーを剥離して台紙の第2面(皮膚に対向する面)に配置された接着層と第1インク層を皮膚に接着する際に、台紙の第1面(外側から見える面)に配置された第2インク層によって放射線治療導入域が画定されるように、位置決めをするものであり、台紙が皮膚に接着された状態では、第2インク層によって放射線治療導入域が画定される一方、台紙が皮膚から剥がれた場合でも、第1インク層を皮膚表面上に転写可能とし、第1インク層のパターンを第2インク層と同一とすることにより、同一形状の放射線治療導入域を皮膚表面上に転写した第1インク層によって画定できるようにしたものであるから、第2インク層が、台紙が皮膚に接着された状態では、それ自体で放射線治療導入領域を画定することに加え、台紙が皮膚から剥がれた場合には、第1インク層の位置決めを正確にするための指標としても機能することが予定されていたと認められる。これらのことからすると、本件特許の出願当時、転写シールをマーキングに用いることは知られており、さらに、そもそも転写シールにおいてマークをする際にその位置決めをしなければならないことは、マーキングという事柄の性質上、自明のことであるということができる。

そうすると、乙1発明に接した当業者が、これに乙9発明を組み合わせて、治療用マーカーとして用い、位置決めのための着色印刷インキ層に形成されるマークと同一のマークを表面に印刷すること、すなわち、①乙9発明では、台紙の第1面に第1インク層の位置決めを正確にするための指標としての第2インク層が配置されているから、乙1発明の剥離性シートの表面に治療用の目印となるマークの位置決めのためのマークを印刷する構成を採用し(相違点1)、②乙9発明では、第2インク層のパターンは第1インク層と同一であるから、乙1発明の剥離性シートの表面に印刷するマークを着色印刷インキ層に形成されるマークと同一にする構成を採用し(相違点2)、③乙9発明は、皮膚表面に放射線治療用のマーキングを付ける装置であるから、乙1発明の転写シールを治療用マーカーとして用いること(相違点4)を容易に想到することができたというべきである。

イ 相違点3について

入れ墨転写シールを含む各種の転写シールには、従来から、水転写タイプ、有機溶剤転写タイプ、粘着転写タイプ等のものが知られているから(乙1公報【0002】、乙3公報【0002】~【0004】)、皮膚用の転写シールを水転写タイプとすることは、周知技術であると認められる。また、乙1発明の転写シールには、透明弾性層、着色印刷インキ層、粘着剤層に、1以上の空気孔を設けてもよいのであるから(乙1公報【請求項3】【0018】)、粘着剤層の粘着剤を溶解して基台紙を剥離するために水転写の方法を採用することも技術的に可能であり、これを妨げる特段の事情も認められない。

したがって、乙1発明に相違点3に係る構成を採用することは容易想到であると認められる。

(8)以上より、乙1発明に乙9発明及び周知技術を適用して、本件発明とすることは、容易想到である。したがって、本件特許権は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

4.2.2 被控訴人らの主張に対する判断

(1)相違点の認定について

被控訴人らは、乙1公報には「治療用マーカー」について何らの記載も示唆もないから、本件発明が「治療用マーカー」であるのに対し、乙1発明は「治療用マーカー」ではない点も相違点として認定すべきである、と主張する。

しかし、前記1(2)ウのとおり、乙1発明は、皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである。乙1公報には、乙1発明の転写シールが治療用マーカーに用いられることは明示されていないものの、皮膚用の入れ墨転写シールの用途については限定を設けていないから、乙1発明が治療用マーカーではないとはいえない。本件発明と乙1発明との相違点4として、「本件発明が治療用マーカーであるのに対し、乙1発明では皮膚用の入れ墨転写シールを含めた各種用途の転写シールである点」と認定するのが相当である。

(2)相違点1、2及び4の判断について

被控訴人らは、乙9発明の「台紙」は「基材」と訳されるべきものであり、患者の皮膚に接触したままにされるから、治療用の目印となるインク層を皮膚に接着させた後すぐに皮膚から剥がされることになる本件発明の「基台紙」とは、構造を全く異にし、乙1発明に乙9発明を組み合わせたとしても、本件発明との相違点4に係る構成に想到するのは容易ではなく、また、乙9発明には「基台紙」がないから、乙1発明に乙9発明を組み合わせても、インク層と同一のマークを基台紙に印刷することを容易に想到できない、と主張する。

しかし、前記1(4)イ、ウのとおり、乙9発明の装置は、被控訴人ら主張のとおり、「台紙」を患者の皮膚に接触したままにしておく使用方法もあるが、「台紙」が剥がれた場合のことをも想定しており、「台紙」が剥がれた場合には、「台紙」は、本件発明において同じく皮膚から剥がされる「基台紙」と同様の機能を有するということができる。したがって、乙9発明の「substrate」を「台紙」と訳すことは誤りとはいえず、また、本件発明との相違点1、2及び4についての容易想到性についての被控訴人らの上記主張を採用することはできない。

(3)相違点3の判断について

ア 被控訴人らは、乙1発明は、「水転写タイプ」を含む従来の入れ墨転写シールの課題を解決するために、「粘着転写タイプ」のシールを記載したものであって、「水転写タイプ」を動機付けるものではなく、むしろ「水転写タイプ」を不具合あるものとして排除している、と主張する。

しかし、乙1文献に明示的に記載されている実施例は「粘着転写タイプ」であるものの、「粘着転写タイプ」と「水転写タイプ」との違いは、セパレーターを取り除いた後に、転写シールの粘着層をそのまま皮膚に貼り付けるか、転写シールを水で湿してから皮膚に押さえ付けるかの点にある(乙3)にすぎないから、乙1文献記載の従来技術の問題点である「絵柄がひび割れる、剥離が困難」といった点は、水転写タイプに特有のものとは認められない。また、乙1発明が課題解決の方法として採用した特性を持つ透明弾性層が、転写シールの粘着層を皮膚に貼り付ける前に水で湿すことによってその効果を発揮しないとか、その他乙1発明を水転写タイプとすることが技術的に困難である事情は認められない。したがって、乙1発明が水転写タイプを排除しているとはいえず、被控訴人らの上記主張を採用することはできない。

イ 被控訴人らは、乙9発明は「基材」そのものが治療用の目印として皮膚に転写されるから、水転写タイプを想起させるものではない、と主張する。

しかし、前記(2)のとおり、乙9発明の装置は、「台紙」が剥がれた場合のことを想定しており、「台紙」が剥がれる場合には、「台紙」の皮膚に接着する側に配置された第1インク層が皮膚に転写され、「台紙」は治療用の目印ではなくなり、インク層のみが皮膚に転写されることとなるところ、水転写タイプもこのような構成を採用するものである(乙3)から、被控訴人らの主張を採用することはできない。

ウ なお、被控訴人らが相違点3について明示的に争っていなかったとしても、自白が成立したと認めることはできず、また、被控訴人らが相違点3について争うことが訴訟の完結を遅延させることになるとは認められないから、被控訴人らの相違点3に係る主張を民訴法157条により却下することはしない。

5.検討

(1)地裁判決について

原告の特許請求の範囲の記載ぶりには色々気になる点はありますが、抵触と判断した地裁判決は妥当なものではないでしょうか。また、特許が無効でないという判断もその通りだと思います。

(2)知財高裁判決について

① 最初に気になったのが今回の特許無効という判断が知財高裁において控訴人(一審被告)が新たに主張した内容に基づくものだった点です。先日の医療用ガイドワイヤ事件は地裁での判断はありませんでしたが、特許無効審判があったため特許権者には特許庁の判断をベースに検討する猶予がありました。この事件では特許無効審判がなく、地裁で全く挙がっていない無効理由に基づく判断でしたが、私の経験では裁判官が心証を開示するのは侵害論のほぼ最終局面なので、そこでいきなり「特許無効です」と言われたら特許権者は困惑すると思います。さすがに訂正審判を請求する期間を確保するための十分な時間は与えてもらえたとは思いますが気になります。

② 裁判官は「そもそも転写シールにおいてマークをする際にその位置決めをしなければならないことは、マーキングという事柄の性質上、自明のことである」と述べ、「乙1発明の剥離性シートの表面に治療用の目印となるマークの位置決めのためのマークを印刷する構成を採用」することが容易に想到できたと述べています。しかし、どうもその点が納得できません。

両者は転写シールという点では同じとはいえ本質的な相違点が存在すると思います。本件発明のような治療用マーカーは、予め決められた人体の目標となる部位(患部)に正確に位置合わせして貼りつけることで、その後の治療の際に患部を特定するための目印として役立ちます。一方、乙1発明のような入れ墨転写シールは、自らの好みでその絵柄を転写する位置を決めるので、予め貼る位置が決まっているわけではなく、目印としての機能はありません。したがって、転写シールという括りで共通するからといってこれらを同一視することは無理があるように思います。

実際、乙1文献をざっと読みましたが、位置決めについて記載が見当たりません。乙1文献の転写シールを貼る際に皮膚接着する面と反対側に位置するのは剥離性シートですが、この剥離性シートを貼る際にわざわざ位置決めすることを想定していない、と思われます。