パック事件

投稿日: 2018/05/26 23:51:46

今日は、平成27年(ワ)第8621号 補償金請求事件について検討します。原告である株式会社メディオン・リサーチ・ラボラトリーズは、判決文によると、医薬品、化粧品等の研究、開発、製造、販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社クレジェンテ(旧商号株式会社グラシアス)は化粧品、日用雑貨品、美容器具、健康補助食品の企画、開発及び販売等を目的とする株式会社だそうです。

1.手続の時系列の整理(特許第5643872号)

(1)ファミリの状況

① 本件特許は第3世代に相当します。

(2)特許第5643872号の手続の詳細

① 本件特許の出願過程で刊行物等提出を40件以上受けています。

② 閲覧請求は100件を優に超えています。

③ これらのうち、出願公開前に刊行物等提出が13件されていますが、公開されていない出願について刊行物等を提出できたということになります。

④ 本件被告が特許無効審判を2件請求していますが、2件とも審決はまだ出ていません。

2.本件発明1

A 気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットであって、

B 水及び増粘剤を含む粘性組成物と、

C 炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤と、を含み、

前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が、前記粘性組成物と、前記複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤とを混合することにより得られ、

前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘剤の含有量が1~15質量%である、キット。

3.争点

(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Aの充足性)(争点1)

(2)被告製品は本件発明の作用効果を奏するか(作用効果不奏功の抗弁)(争点2)

(3)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点3)

ア 本件発明の未完成(争点3-1)

イ サポート要件違反(争点3-2)

ウ 実施可能要件違反(争点3-3)

エ 乙8を主引例とする進歩性欠如(争点3-4)

(4)補償金の額(争点4)

4.裁判所の判断

1 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Aの充足性))について

(1)原告は構成要件Aの「気泡状の二酸化炭素を含有する」という文言について、文字通り、気泡状の二酸化炭素を含有しているか否かのみを問題とする要件にすぎないと主張しているのに対し、被告はこれを限定的に解釈し、「各種疾患等の予防及び治療効果、美肌作用、部分肥満解消作用等の本件明細書記載の効果が生じる程度に発泡性、持続性の認められる気泡状の二酸化炭素が皮下組織に持続的に十分量供給される程度の気泡状の二酸化炭素を含有する」という意味であると主張している

ア そこで、まず本件明細書の特許請求の範囲の記載を見ると、原告も指摘しているように、請求項1には「気泡状の二酸化炭素を含有する」とのみ記載されており(構成要件A)、その文言からは、二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物(以下「本件発明の組成物」ということがある。)が含有すべき気泡状の二酸化炭素の程度を限定する記載はない。

また、本件明細書にも、本件発明の組成物が含有すべき気泡状の二酸化炭素の程度を直接説明した記載は見当たらない。確かに、【0042】には、組成物を対象部位に適用する際には組成物中に気泡状二酸化炭素がより多く含まれていることが好ましいなどと記載されている。しかし、この記載は発明を実施するための形態として好ましいものを記載した部分にすぎず、直ちに被告の主張を基礎付けるものと捉えることはできない。また、課題を解決するための手段を記載した【0011】の項9には、「気泡状二酸化炭素を0.1容量%以上…含む項1~8のいずれかに記載の組成物。」と記載され、項10には「組成物中に保持されている気泡状二酸化炭素の40容量%以上、好ましくは60容量%以上、より好ましくは80容量%以上を気泡状で5分間以上、好ましくは30分間以上、より好ましくは1時間以上、特に2時間以上保持することができる項1~9のいずれかに記載の組成物。」と記載されているが、他方で、項1には「水、増粘剤及び気泡状二酸化炭素を含有し、二酸化炭素を持続的に経皮・経粘膜吸収させることができる組成物。」と記載されているから、上記の項9及び10の記載をもって組成物が含有すべき気泡状の二酸化炭素の程度を特定する記載とは認められない。この点につき被告は、本件明細書の【0037】、【0079】及び【0080】の記載を自らの主張の根拠としているが、これらは二酸化炭素が本件発明の組成物に気泡状態で保持され、又は持続的に放出されることなどを記載したり、発泡性等の評価方法・基準を記載したりしたものにすぎず、当該組成物中の気泡状の二酸化炭素の含有の程度を問題とした記載であるとは認められない。

イ そこで、本件発明の技術的意義について、本件明細書及び本件出願の経過等を参酌して検討する。

(ア)本件明細書の概要

-省略-

(イ)本件出願の経過

a 本件出願に対しては、平成25年12月10日発送で拒絶査定がされた。その理由の要旨は、次のとおりである。すなわち、①引用文献1(特開平8-268828号公報)には、炭酸塩、有機酸及び水溶性高分子である泡安定剤を含む複合粉末剤を水と混合させることにより、血行促進効果を有するパック化粧料を得たことが記載されており、本件発明1では「増粘剤」が水と共に粘性組成物を形成しているのに対し、引用文献1では複合粉末剤の方に含まれている点でのみ相違する、②引用文献4(特開平3-161415号公報)には、水溶性高分子を用いて二酸化炭素を粘液状の化粧料中に保持することにより、二酸化炭素を高濃度で長時間保持することが可能となり、血行促進効果の持続性が高まること、粘液状の場合の方が組成物中の二酸化炭素濃度が高くかつ血行促進効果の持続性も高いことが記載されているから、引用文献1に記載の血行促進効果を向上させる目的で、二酸化炭素の泡をより安定的に保持させようとして粘液状の組成物を形成させることが二酸化炭素の安定的な保持につながることを当業者は理解しえたといえる、③高分子増粘剤を用いて粘液を形成させる場合に、高分子増粘剤を粉状態で直接水に投入すると凝集塊が生じやすいこと、当該凝集塊の形成を防止するためには予め溶媒による予備分散が有効であることも当業者に広く知られた事項であったと認められる、④したがって、引用文献1に記載のパック化粧料において、泡を保持しやすいよう組成物を効果的に増粘させる目的で、水溶性高分子を予備分散、すなわち水と増粘剤とを含む粘性組成物を一旦形成させ、そののち他の成分と混合させることは当業者が容易になしえたことであり、血行促進効果の持続や二酸化炭素を包含するパック化粧料によるマッサージ効果も知られている効果であるから、本件発明1の効果が当業者が予測しえない格別優れた効果であるとはいえない。

これに対し、原告は、拒絶査定不服審判を申し立て、その理由を述べた手続補正書において次のように述べた。まず、本件発明の特徴について、①「皮膚への二酸化炭素の浸透量を増大させたパック化粧料を得るためには、酸と炭酸塩の反応により発生した二酸化炭素が空気中に放出されることを抑制し、当該パック化粧料中で二酸化炭素含量が高まるように設計することが重要になります。増粘剤は、水と接触して瞬時に増粘作用を発揮するのではなく、水に分散、膨潤することによって時間をかけて徐々に粘性を示します。そのため、増粘剤を水中に混合して予め増粘させた組成物を使用することなく、単に、増粘していない増粘剤(水と共存していない増粘剤)に、炭酸塩、酸及び水を同時に混合したのでは、増粘剤が水と接触して増粘している間に、炭酸塩と酸が反応して発生した二酸化炭素が空気中に拡散して失われてしまい、その結果、二酸化炭素を十分に保持できなくなります。…かかる点に関し、本願発明のキットは、増粘剤を水中に混合して予め増粘させた粘性組成物を備えており、当該構成に基づいて、既に増粘された粘性組成物中で炭酸塩と酸とを反応させることが可能であり、且つ発生した二酸化炭素が増粘された組成物中で保持されるように設計されています。そのため、本願発明のキットによれば、皮膚への二酸化炭素の浸透量を増大させたパック化粧料を得ることができます。」と述べ、また、②「さらに、本願発明のキットにより得られるパック化粧料は、皮膚への二酸化炭素の浸透作用が極めて高いことに基づいて、非常に優れた美容ないし香粧的効果を奏することができます。このような本願発明の格別の効果について、本願明細書の段落[0020]等に記載されており、実際に本願明細書の試験例において裏付けられています。」と述べた。そして、引用文献1について、③「文献1においては、炭酸塩と有機酸とが反応して発生する炭酸ガスが破泡する際に皮膚上に心地良い物理的な刺激を与えることを目的としております」、「二酸化炭素の泡を積極的に破泡させることを本来の目的としている文献1のパック化粧料において、その本来の目的に反して、何故、長期間に亘って気泡を保持しやすいよう設計変更するか、合理的な根拠が全くなく、…本願発明を認識した上での後知恵によるものであると言わざるを得ません。」と述べ、また、引用文献4について、「文献4は、粘液状の組成物を耐圧容器内に充填して二酸化炭素を圧入する方法を開示しているに過ぎません。文献4には、炭酸塩と酸とを反応させて二酸化炭素を発生させる際に、既に増粘された粘性組成物中で炭酸塩と酸とを反応させることについて一切記載されておりません。」と述べた。そして、本件発明の効果について、④「本願発明の製造キットでは、使用時に、「増粘剤を水中に混合して予め増粘させた粘性組成物」と、「複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤」との均一な混合が容易であって二酸化炭素を十分且つ均一に発生させると共に、気泡状の二酸化炭素を保持して持続的に皮膚に浸透させ続けることが可能になっています。その結果、混合物中で気泡状の二酸化炭素の圧が高まり、その圧により二酸化炭素の皮膚への浸透が高まり、ひいては想像を超える量の二酸化炭素が皮膚内に浸透させることができ、皮膚疾患に対する治療効果や、美容ないし香粧的効果が、格別顕著に奏されます。」、「本願明細書の試験例で実証されている効果は、二酸化炭素による単なる血行促進作用等から予測できるものではありません。」と述べた(以上乙5)。

b これに対し、審判合議体は、平成26年6月24日発送で、拒絶理由通知をし、その理由として、実施可能要件及びサポート要件違反を挙げ、本件明細書において、実際に本件発明のキットを使用した場合にどのような効果が得られるのかについての具体例(試験例)は記載されていないとした。これに対し、原告は、同年8月21日付けの意見書において、①本件発明のキットにおいて、使用時に、粘性組成物と複合剤を混合すると、粘性組成物中で酸と炭酸塩が反応して二酸化炭素が発生し、当該二酸化炭素を粘性組成物に効率的に封じ込めて、皮膚への二酸化炭素の浸透量を増大させることが可能な二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が得られる効果については、実施例227ないし249及び296において直接的に実証されており、②本件発明の組成物が、皮膚への二酸化炭素の浸透作用が極めて高いことに基づいて、非常に優れた美容ないし香粧的効果を奏することができる効果については、本件明細書に記載した各種キットによって調製される二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物に共通するものであるから、それらの各種の試験例から理解できると述べた(以上乙4)。

c その後、審判合議体は本件発明について特許査定をした。

(ウ)二酸化炭素の効果についての公知技術

a 乙1(特開昭60-215606)

この文献には、「炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質を含有することを特徴とするパック剤」(特許請求の範囲1項)の発明が記載されており、「本発明者は、…血行をよく促進するパック剤を提供すべく鋭意研究を行った結果、炭酸ガスを皮膚に直接作用させると皮膚の血流がよくなり、皮膚にしっとり感を与えることを見出し、本発明を完成した」とされている(2頁左上欄1行目から6行目)。

b 乙8(特開昭63-310807)

この文献は、本件での鐘紡発明及び鐘紡発明2に係る公開特許公報であり、「血行促進などの目的で炭酸ガスを配合した化粧料が従来から提案されている。」と記載されている(1頁左欄17行目から18行目)。

c 乙78(特公平5-35123)

この文献には、皮膚料に関する発明が記載されており、「従来、炭酸ガスは優れた血行促進作用を有することが知られており、創傷の治療及び末梢動脈の慢性閉塞性疾患の虚血肢における難治性潰瘍の治療を目的として皮膚外用剤、皮膚、毛根の新陳代謝を活発にすることを目的として皮膚及び毛髪化粧料、更に疲労回復、肩こり、腰痛、痔疾などに対する効果を目的として浴用剤にそれぞれ配合され、その効果を発揮している。」との記載がある(1欄12行目から19行目)。

(エ)以上に基づき、本件発明の技術的意義について検討する。

a 前記の公知技術からすると、従来から、二酸化炭素には血行促進等の作用があることが知られ、二酸化炭素を皮膚に作用させるパック剤や化粧料や皮膚外用剤等が発明されており、それらでは、パック剤等に含まれる二酸化炭素が経皮吸収(経粘膜吸収を含む。以下同じ。)されることにより血行促進等の作用が働くものであると認められる。そして、本件明細書の従来技術の記載からすると、本件発明は、従来技術では、このような二酸化炭素の作用を利用する観点から見て、二酸化炭素による発泡が実質的に起こらない(⑤)、発生した二酸化炭素を剤中に取り込む絶対量が極めて少ない(①)、発生した炭酸ガスが速やかに空気中に拡散し、炭酸ガスを保持できない(②③④)という課題があったことから、発生した炭酸ガスを保持することを課題とするものであると認められる。そして、そのために、本件発明1は、水及び増粘剤を含む粘性組成物をあらかじめ調製し(構成要件B、【0064】、【0113】)、これと炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤、複合細粒剤又は複合粉末剤(構成要件C)とを混合することにより粘性の二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物を得ることとし(構成要件D)、かつ、この組成物中の増粘剤の含有量を1~15質量%とすること(構成要件E)によって、発生した二酸化炭素を空気中に拡散させることなく、粘性の組成物中に気泡として含ませ、その二酸化炭素を気泡状態で保持させるとともに、持続的に放出させ、二酸化炭素を持続的に経皮吸収させるようにしたものであり(構成要件A、【0037】、【0038】、【0113】)、そのようなパック化粧料を得るためのキットの発明であると認められる。

また、前記認定の出願経過を踏まえると、本件発明と同様に、炭酸塩と酸を反応させて発生した二酸化炭素を粘性の組成物中に気泡として含ませて保持するパック化粧料は、拒絶査定の引用文献1中に既に開示されていたが、引用文献1では増粘剤たる水溶性高分子が炭酸塩と酸の複合粉末剤中に含まれ、使用時に水溶性高分子が水と混合される(用時調製)ことから、水溶性高分子が水に溶けて粘性を生じるまでに時間を要し、その間に炭酸塩と酸が反応して発生した二酸化炭素が空気中に拡散されるのに対し、本件発明では、増粘剤があらかじめ水に溶かされており(事前調製、構成要件B)、粘性組成物中で炭酸塩と酸が反応して二酸化炭素が発生することから、発生した二酸化炭素が空気中に拡散されることがなく、それだけ多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであると認められる(この点が公知技術から想到容易と認められないことは、後記の争点3-4に関する判断のとおりである。)。

b そして、以上のような事前調製による効果については、本件明細書の実施例と比較例における「気泡の持続性」の比較によって確認することができる。また、甲15は、本件特許とは別の特許(後記別件第2特許)を実施した実験結果ではあるが、基本的な構成や事前調製型であるという点で本件特許と共通しているから(甲24の1、乙22)、この実験結果を参照して用時調製型と事前調製型の作用効果の違いを検討することができる。そのような観点から甲15をみると、用時調製型と事前調製型の二酸化炭素発生パック剤をそれぞれ皮膚に塗布したところ、事前調製型では攪拌操作終了から2時間後においても当初の約2倍の体積を維持し、皮膚がかなり赤い色を呈していたのに対し、用時調製型では攪拌操作終了から30分後において当初の体積とほぼ同じにまで減少し、塗布部分と非塗布部分で色の差が認められなくなったと認められ、二酸化炭素の保持特性と経皮吸収性は事前調製型の方が優れていることが確認できる。

また、被告は原告の上記実験とほぼ同様の実験を実施し、その結果を乙26として提出している。乙26は甲15に相当するものであるが、10秒間攪拌混合したものについて、事前調製型の方は2時間後の組成物の体積が1分後の体積よりむしろ増加したのに対し、用時調製型(攪拌時間は事前調製型と同じ10秒間のもの)の方は1分後の体積からの減少率が3割程度であり、気泡の持続性に劣ることが確認できる。

もっとも、乙26では経皮吸収シミュレーション実験もされており、そこでは攪拌操作終了後30分経過時までの二酸化炭素のガス透過膜の透過量は両者で有意な差異が認められなかったと認められる。そして、乙26の実験結果については、ガス透過膜を用いて二酸化炭素を経皮吸収量をシミュレーションするものであるが、乙28によれば、この実験による経皮吸収量と皮膚の発赤の程度とは連関していると認められるから、二酸化炭素の経皮吸収量の測定として相応の信用性のあるものと認められる。また、乙26の実験では、ブチレングリコールを5%加えているが、これは本件明細書の【0071】において保湿剤として配合できる成分として記載されているから、これを添加して比較実験をすることに特段の問題はないと考えられる。そうすると、乙26の実験結果は、ブチレングリコールを5%加えた場合の比較結果として相応の信用性を有するといえるが、そこで測定されているのは攪拌終了後30分経過時までの二酸化炭素の経皮吸収量であるから、本件明細書の実施例の評価基準2のような攪拌混合2時間後の経皮吸収量までもが用時調製型と事前調製型とで有意な差異がないことを示すものではない。

以上からすると、事前調製型と用時調製型においては、ブチレングリコールを5%加えた場合には、攪拌終了後30分経過時までは両者に有意な差異は認められないが、基本的には事前調製型の方が二酸化炭素をより多く保持し、持続的に経皮吸収させる効果があると認めるのが相当である。そして、このことは、本件明細書の【0042】の記載にも沿うものである。

c また、本件発明が、二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中により多くの二酸化炭素を保持し、持続的に経皮吸収させるものであることからすると、公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果が得られるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができる。このことからすると、本件明細書において、発明が解決しようとする課題として、そばかす、肌荒れ、肌のくすみ、肌の張りや肌の艶の衰え、髪の艶の衰えなどの皮膚や毛髪などの美容上の問題及び部分肥満に有効な二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物、該組成物製造用キットを提供することを目的として掲げる(【0010】)のは、上記のような趣旨での持続的な経皮吸収の効果を得ることを課題としていう趣旨であり、また、発明の効果として、そばかす、肌荒れ、肌のくすみ、肌の張りや肌の艶の衰え、髪の艶の衰えなどの皮膚や毛髪などの美容上の問題を改善でき、また所望する部位に使用すれば、その部位を痩せさせられるという効果を奏することを掲げる(【0020】)のも、上記のような趣旨での持続的な経皮吸収の効果が得られることをいう趣旨であると解するのが相当であり、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることによる以上に、格別顕著な美容上の効果を奏すること自体を発明の解決課題とし、発明の作用効果とする趣旨ではないと解するのが相当である。

(オ)このように本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであることからすると、炭酸塩と酸によって発生させる二酸化炭素の量の多寡にかかわらずそのような効果を奏するから、組成物中に気泡状の二酸化炭素が含有される必要はあり(その意味で、本件明細書の従来技術の⑤で想定されているような二酸化炭素による発泡が実質的に起こらないような場合は含まれない。)、その量が多い方が好ましい(本件明細書【0042】)ということはできるとしても、組成物中の気泡状の二酸化炭素の量が一定以上でなければならないと認めることはできない。なお、本件明細書の実施例では、気泡の持続性とともに発泡性も評価しているが、比較例では発泡性の評価は行われていないから、実施例の記載をもって本件発明が発泡性について限定をするものと解することはできない。

ウ 被告の主張について

(ア)まず被告は、本件発明が従来技術にはない画期的な治療効果等を生じさせることを特徴としているなどと主張している。

確かに、本件明細書には疾患の予防ないし治療剤(【0001】)について記載されている部分が少なくないが、これは本件出願の公開後に特許請求の範囲だけが補正され、本件発明がパック用化粧料を得るためのキット(構成要件A)、すなわち化粧料に関する発明に減縮されたことによるものと認められるから(甲9、10)、本件明細書に疾患の治療等に関する記載があるからといって、本件発明が疾患の治癒や予防をも目的としていると認めることはできない。

また、本件明細書では、本件発明に係るものを含めた同様の組成の複数種類の二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物について治療試験等を行った結果が記載されており、そこでは、腕の部分痩せ試験(試験例13)や皮膚の若返り試験(試験例36)等について極めて良好な結果が得られた旨が記載されている。しかし、前記のように本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであり、後記の争点3-4についての判断のとおり、事前調製を採用した構成が公知技術から想到容易であると認められないことからすると、本件発明の進歩性は、本件明細書記載の試験例のような極めて良好な結果を得られることによって初めて基礎付けられるものではない。そうすると、それらの試験例は、本件発明に係るものを含めた同様の組成の二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が、特定の配合量や被験者の下で極めて良好な結果を得られる場合があることを示す意義があるにとどまり、本件発明の組成物が必ずそのような結果が得られることを示すものと解することは相当でなく、換言すれば、本件発明の必須の効果が試験例のようなものであると解することは相当でないというべきである。したがって、被告の上記主張は採用できない。

(イ)また、被告は、本件出願の経過における原告の主張内容(乙4、5)を指摘して、それと異なる主張をすることは信義則違反であるなどとも主張している。

しかし、被告が指摘する乙4及び5の記載は、その内容に照らせば、本件発明の組成物中に気泡状の二酸化炭素が保持され、持続的に放出されることによる作用効果を説明したものであって、その量を問題としたものと認めることはできない。

確かに、原告は、出願経過の拒絶査定不服審判の理由を述べた手続補正書において、本件明細書記載の試験結果について、それらで実証されている効果は、皮膚への二酸化炭素の浸透作用が極めて高いことに基づく格別の効果であり、二酸化炭素による単なる血行促進作用等から予測できるものではないことを強調している。しかし、原告は、上記手続補正書において、本件発明が格別の効果を奏することと並んで、そもそも本件発明の構成が拒絶査定の理由とされた引用文献からは想到容易でない旨も強く主張しており、上記の格別の効果の説明は、拒絶査定において、本件発明の構成が引用文献から想到容易であるとされたことに加えて、格別の効果も認められないとされたことへの反論のためにされたものであると認められる。そうすると、後記のとおり本件発明の構成が公知技術から想到容易であるとは認められない以上、原告による上記の格別の効果の説明によって進歩性を獲得したものではないから、原告の上記説明によって本件発明を限定して解釈することは相当でなく、原告の本件出願の経過における主張によって上記認定は左右されないし、原告の本件訴訟における主張が信義則に反するともいえない。

(ウ)さらに、被告は美顔用の化粧料において炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質の発泡作用を利用するパック剤が周知であったと主張しているが、本件発明は組成物中に気泡状の二酸化炭素を保持させ、持続的に放出させることによって二酸化炭素を経皮吸収させることを目的とした発明であって、単に炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質の発泡作用を利用するパック剤を提供しようとしたものではない。したがって、被告の上記主張によって上記認定が左右されるとはいえない。

(2)以上の検討を踏まえると、構成要件Aの「気泡状の二酸化炭素を含有する」とは、文字通り、本件発明の組成物が気泡状の二酸化炭素を含有しているという意味と解するのが相当であり、被告が主張するような限定をすべきものと解することはできない。

(3)そこで、被告製品がそのような構成を備えているかを検討すると、被告は被告製品から得られる組成物について気泡状の二酸化炭素の量を問題としているだけで、組成物が気泡状の二酸化炭素を含有していること自体は争っていない

そして、被告が提出している乙6によっても、被告製品のジェル30g及び粉1.6gを10秒間に20回攪拌混合して1分経過後の組成物の体積は39mlで、混合前の体積(32.5ml)よりも20%増加し、さらに120分経過後の体積は40.5mlで、1分経過後の体積よりも3.85%増加している。被告は攪拌から1分経過後の上記体積の増加率は本件明細書の発泡性の評価基準1(【0080】)の最低評価(「0」)に相当することを指摘しているが、本件発明が発泡性について限定をするものと解することができないことは前記のとおりであるから、発泡性に関する評価基準1における「0」というのが本件発明の作用効果が生じないという意味で用いられているものと認めることはできない。

また、乙6によると、攪拌混合して1分経過後の組成物の体積に対する120分経過後の体積が増加しており、被告は気泡の持続性が想定された評価基準外であると主張しているが、体積が増加する場合も気泡が持続していることに変わりはないから、本件発明の効果は奏しているというべきであり、被告の上記主張は採用できない。

以上によれば、被告製品から得られる組成物は、二酸化炭素を気泡状態で保持し、持続的に放出していると認められるから、気泡状の二酸化炭素を含有していると認められる。

(4)したがって、被告製品は構成要件Aを充足する。そして、その余の構成要件BないしHの充足性については当事者間に争いがないから、被告製品は本件発明の技術的範囲に属する。

2 争点2(被告製品は本件発明の作用効果を奏するか(作用効果不奏功の抗弁))について

前記1の認定・判示のとおり、本件発明の作用効果は、組成物中に気泡として二酸化炭素を含有させ、その二酸化炭素を気泡状態で保持させるとともに、持続的に放出させ、二酸化炭素を持続的に経皮吸収させることであると認められる。

そして、前記1(3)で認定したとおり、被告製品から得られる組成物は、二酸化炭素を気泡状態で保持し、持続的に放出していると認められる。

なお、乙7の実験結果によると、混合後15分静置して気泡が消える程度に脱泡したものを皮膚に塗布しても皮膚に赤みが生じ、むしろ静置していないものを塗布した場合よりも赤みが強く生じる場合があるとされている。しかし、乙6の実験結果によれば、混合してから120分経過後でも混合前より体積が多いところ、本当に15分が経過するまでの間に気泡が消えたのか疑問があるし、仮に目に見える程度の気泡が消えたとしても、乙7からは、組成物中に気泡状の二酸化炭素が全く含まれなくなったのかは判然としない。以上のことを踏まえると、乙7の実験結果によって、上記認定は左右されない。

以上より、被告製品が本件発明の上記作用効果を奏しないと認めることはできない。

3 争点3-1(本件発明の未完成)について

(1)本件発明の組成物の製造方法

まず本件発明の組成物の具体的な製造方法について検討すると、本件発明1は、その構成要件から明らかなように、気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からなるパック化粧料を得るためのキットに関する発明であり、水及び一定量の増粘剤を含む粘性組成物と、炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤、複合細粒剤又は複合粉末剤とを混合することにより上記組成物を得るものである。

そして、本件明細書の【0052】ないし【0062】及び【0065】ないし【0068】には、本件発明で用いられる水、増粘剤、炭酸塩及び酸の具体的内容(配合成分や含有量等)が説明されている。また、実施例227ないし249及び296として、炭酸塩と酸の複合顆粒剤及び含水粘性組成物の製造方法が記載されている(【0113】、【0114】、表20、21、【0125】)。なお、上記複合顆粒剤を複合細粒剤又は複合粉末剤とすることは設計事項と解される。

さらに、本件明細書の【0073】、【0074】及び【0126】(実施例296に関する部分)には、含水粘性組成物と炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤等の組み合わせよりなる二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物の製造方法が記載されている。

以上の記載によれば、本件発明の組成物を製造することができると認められる。

(2)上記(1)の方法によって製造された組成物の使用方法

本件明細書の【0036】、【0042】ないし【0046】には本件発明の組成物の使用方法が記載されているほか、【0029】ないし【0035】、【0069】には、組成物を美容上の問題を改善し、又は所望する部位を痩せさせるために化粧料として使用する場合の使用方法が具体的に記載されている。また、【0126】(実施例296に関する部分)にも当該組成物の使用方法が具体的に記載されている。さらに、後記(3)で引用する試験例においても、美容上の問題の改善等のための化粧料としての組成物の使用方法が記載されている。

これらによれば、本件発明の組成物を化粧料として使用することができると認められる。したがって、本件発明の組成物によってパック化粧料を得るためのキットを製造し、これを使用することもできると認められる。

(3)上記(1)の方法によって製造された組成物の作用効果

ア 本件明細書には、炭酸塩と酸が反応すると二酸化炭素が発生すること(【0039】、【0065】)、これらを水と増粘剤を含む組成物中で反応させると、組成物中に二酸化炭素が含有、保持されること(【0064】)が記載されている。

そして、本件明細書の【0114】ないし【0118】には、上記(1)の方法によって製造された組成物の発泡性と気泡の持続性の評価が記載されている。その評価方法・基準は本件明細書の【0079】ないし【0081】記載のとおりであり、具体的には、発泡性は10秒間に20回攪拌混合して1分経過後の組成物の体積の増加率によって評価し、気泡の持続性は同様に攪拌混合して1分経過後と2時間経過後の組成物の体積の減少率によって評価することとされている。この評価結果は、本件明細書の表20及び21(【0117】、【0118】)記載のとおりであり、発泡性については、組成物の体積の増加率が50%から70%又は70%以上であり、気泡の持続性については、いずれも減少率が20%以下であると記載されている。

以上の記載に照らせば、上記(1)の方法によって製造された本件発明の組成物は発泡性があり、かつ相当程度の気泡の持続性を有すると認められる。そして、本件明細書の【0042】等には、本件発明の組成物を対象部位に適用することによって、組成物中の気泡状の二酸化炭素が持続的に経皮吸収されることが記載されている。また、前記1(1)イ(エ)cのとおり、それによって公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果がより高められるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができるところ、その具体的な確認については試験例に記載がある。なお、試験例のうちの化粧料に関するもの(試験例6、8、9、13、26、36ないいし38、41及び42)の中には、本件発明の直接の実施例(実施例227ないし249及び296)が用いられていないものもあるが、それらの試験例においても、含水粘性組成物をあらかじめ調製しておき、その中で炭酸塩と酸を反応させて二酸化炭素を発生させるもので、その配合成分や含有量等は本件発明の組成物と同じであるから、それらの試験例も本件発明の作用効果を確認するものとして参照することが許されると解される。

以上からすると、本件発明は完成していると認められる。

イ 被告の主張について

(ア)まず被告は、化学の分野においては構成から効果を予測することが困難又は不可能であるため、化学物質発明が完成していると判断されるためには、当該化学物質が所望の効果を奏することが試験により証明される必要があると主張する。

しかし、前記1(1)イ(エ)cのとおり、本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであることからすると、それによって公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果がより高められるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができるから、新規化合物のように本件発明の効果が予見困難又は予見不可能であるとはいえない(なお、試験例記載のような極めて良好な効果が生じることが本件発明の効果として必須のものであるとは認められないことは、前記1(1)イ(エ)cのとおりである。)。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

(イ)次に被告は、本件明細書の試験例が信用できないとか、その結果が本件明細書に正確に記載されているものとは考えられないなどと主張している。

しかし、試験例記載のような極めて良好な結果が生じることが本件発明の効果として必須のものと認められないことは前記のとおりである。また、この点を措くとしても、試験例に関する被告の主張は抽象的な主張にとどまっているものも少なくないし、本件明細書の試験例で使用された組成物については、実施例として、具体的な配合成分や含有量、さらにその製造方法が記載されている上に、発泡性や気泡の持続性についても客観的な数値によって評価されている。

また、試験例についても、実施例の組成物の使用前と使用後の状態等を客観的な数値によって評価したり(試験例8、13、33、37)、複数の評価者又は専門医によって評価したり(試験例8、9、36)しており、極力恣意的な評価とならないような工夫がされていると認められる。確かに、髪の艶がよくなったとか、肌が白くなったなどという評価結果もみられるが、本件発明の作用効果の1つである美容上の問題の改善という性質上やむを得ない面もあるし、これらも本件発明の組成物の使用前と使用後の状態を比較した結果であるという意味では、評価結果としての意味を認めることができる。

被告は試験例の原データが提出されていないなどとも主張しているが、本件発明の技術的意義に照らせば、試験例記載のような結果を得られる場合があることも合理的に理解し得るものであるし、明細書の通常の記載方法に照らせば、それによって直ちに試験例の記載内容が信用できないということにはならない。また、本件明細書には多数の実施例や試験例が記載されているところ、その内容に不整合な点などはみられず、本件明細書の実施例や試験例の記載内容は、前記1(3)で認定した本件発明の技術的範囲に属する被告製品についての実験結果(乙6)とも矛盾していない。

したがって、本件では、原データが提出されなくとも、上記各試験例の信用性を肯定することができる。

(ウ)また、被告は本件発明の全ての課題が解決されたことを示す試験例は一つもないなどと主張している。

しかし、被告がいう課題とは、本件明細書の【0009】及び【0010】に記載された課題であるところ、この記載は、前記1(1)イ(エ)cのとおり、本件発明が、二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中により多くの二酸化炭素を保持し、持続的に経皮吸収させる効果を得ることを課題としていう趣旨であると解される。そして、本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであることからすると、それによって公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果がより高められるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができるから、本件明細書の【0009】及び【0010】に記載された効能の全てについての試験例がなくとも、発明が未完成とはいえない。

また、炭酸塩と酸を反応させれば二酸化炭素が発生することは技術常識といえる(【0039】、【0065】、乙1ないし3、8、78ないし80)から、本件発明の組成物と比較して発泡性や気泡の持続性が同じか、劣る組成物を使用した試験例を参照して本件発明の作用効果を確認することが許されることは、上記(3)アで判示したとおりである。そうすると、本件発明はその全部又は一部が未完成であると認めることはできない。

(エ)さらに、被告は本件発明には科学的根拠がないなどと主張し、原告の製品を用いて本件明細書の試験例13(腕の部分痩せ試験)の追試を行ったものとして、乙19の実験結果報告書を提出するとともに、医学博士による乙21の意見書等を提出している

確かに、乙19では腕の部分痩せの効果がうかがえないが、美容上の問題の改善等という本件発明の作用効果の性質上、ある程度の個人差が生ずるのはやむを得ない(乙7、36も参照)から、これによって直ちに本件明細書の試験例の信用性が否定されるとはいえないし、前記のとおり試験例記載のような極めて良好な結果が生じることが本件発明の効果として必須のものとも認められないから、乙19の結果をもって本件発明が未完成であるとも認められない。また、乙21の意見書においては、本件明細書に記載のある全ての疾患・病態に対して、本物質の人への使用に当たっての有効性及び安全性についての科学的根拠の欠如が著しく、課題が解決しているとは到底認識できるものではないとの記載があるが、本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであることからすると、それによって公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果がより高められるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができるから、効果の予測できない新規化合物の場合のように、乙21がいうようなシステマティックレビューや1つ以上のランダム比較試験等の強いエビデンスレベルの根拠がないからといって、発明が未完成であるとはいえず、このことは乙20についても同様である。

また、被告が提出している乙36の実験結果によると、粘性のない液状のものを使用した場合が最も赤みに差が生じたとされているが、液状のものの製造方法等が不明であることに照らすと、乙36の実験結果を直ちに採用することはできない。被告は乙35及び82も提出し、そこには、経皮吸収される二酸化炭素は、水に溶解した分子状二酸化炭素であり、炭酸水などに見られる「泡」ではないとの記載があるが、本件発明が組成物中の気泡状の二酸化炭素をそのまま経皮吸収するものであるか否かは不明であるから、それらによっても上記判断は左右されない。さらに、被告は乙23を提出し、混合時に大量の二酸化炭素を発生させる気泡が多い炭酸ガスパック剤(サンプルA)の方が、徐放性で気泡が少ない炭酸ガスパック剤(サンプルB)よりも二酸化炭素の経皮透過量(吸収率)が低いと主張しているが、本件発明の効果との関係で問題にすべきは、二酸化炭素の放出能力が同じ炭酸ガスパック剤について、用時調製の場合と事前調製の場合との差異の有無であり、それは甲15によって確認されているから、乙23によって本件発明の作用効果は否定されない。

(4)以上より、本件発明は発明として完成しているものと認められる。

4 争点3-2(サポート要件違反)及び争点3-3(実施可能要件違反)について

(1)前記3の認定・判示によると、本件明細書には、本件発明の組成物の配合成分や含有量等が具体的に記載されているし、含水粘性組成物や炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤、複合細粒剤又は複合粉末剤を製造し、これらを混合して本件発明の組成物を製造し、使用する具体的な方法も記載され、その作用効果も記載されているから、サポート要件及び実施可能要件を充足していると認められる。

(2)被告の主張について

ア 被告は、本件明細書に作用効果が生ずる機序について何の記載もなく、気泡状の二酸化炭素の経皮吸収以外の要因が作用した可能性もあるなどと主張している。

しかし、被告の主張は可能性の指摘にとどまっている上に、本件発明が、事前調製によってより多くの二酸化炭素を組成物中に保持し、持続的に経皮吸収させることができる点に特徴を有するものであることからすると、それによって公知技術において知られていた二酸化炭素の血行促進作用による皮膚、毛根の新陳代謝の活発化などに対する効果がより高められるであろうことは、それらの技術常識に照らして合理的に理解することができる。そして、被告は本件出願の経過における原告の主張を引用して、血行促進作用以外のプラスαの作用が関連しているなどとも主張しているが、原告のその主張は、本件明細書の試験例の極めて良好な結果についていうものであって、本件発明全般について妥当するものとは解されない。そして、上記認定のとおり、本件明細書には本件発明の組成物を製造し、使用する具体的な方法が記載されるとともに、組成物を使用することによる作用効果が記載されるなどしており、この記載によると当業者が本件発明の課題を解決できると認識することができ、本件発明を実施できると認められる。

イ また被告は、炭酸塩及び酸の組成について何らの限定もない(又は極めて広範囲にわたる)ことから、当業者が課題を解決できると認識し得るものとはいえないなどと主張している。

しかし、本件発明は炭酸塩と酸が反応して発生する二酸化炭素を組成物中に気泡状態で保持させるなどというものであるところ、上記認定のとおり、炭酸塩と酸が反応することによって二酸化炭素が発生することは技術常識であるから、どの炭酸塩又は酸を選択するかは当業者が選択すべき設計事項といえる。そして、本件明細書には、本件発明の実施例に加え、発泡性や気泡の持続性が同じか、劣る実施例の組成物を使用した試験例も記載されていること、上記認定のとおり、炭酸ガスが血行をよくすることは技術常識であったことを踏まえると、当業者が本件明細書の記載によって本件発明の課題を解決できると認識することができると認められる。

ウ さらに被告は、従来技術との比較等が必ずしも十分ではないなどとも主張している。

確かに、本件明細書に記載されている比較例は1つしかないが、上記認定のとおり、本件発明が解決しようとする課題の内容は明確であって、その課題解決手段は、水及び増粘剤を含む粘性組成物をあらかじめ調製し、これと炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤等とを混合することにより、二酸化炭素を持続的に経皮吸収させるというものであり、上記認定の本件明細書の試験例の記載内容等に照らせば、当業者が本件明細書の記載によって本件発明の課題を解決できると認識することができると認められる。

(3)以上より、本件発明に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件(特許法36条6項1号)を満たしているし、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件(特許法36条4項1号)を満たしていると認められる。

5 争点3-4(乙8を主引例とする進歩性欠如)について

(1)鐘紡発明及び鐘紡発明2について

ア 乙8公報によれば、その要旨は次のとおりであると認められる。

(ア)乙8の特許請求の範囲に記載された発明(鐘紡発明2)は、炭酸ガスによる血行促進作用によって皮膚を賦活化させるガス保留性、経日安定性、官能特性及び皮膚安全性に優れた発泡性化粧料に関するものである(乙8の(技術分野))。

従来から血行促進などの目的で炭酸ガスを配合した化粧料、例えば、水性化粧料に炭酸ガスを配合して耐圧容器に密封したことを特徴とする化粧料が提案されていたが、これらの化粧料は、容器を耐圧性にしなくてはならないため、コストが高くなるという欠点を有していた(乙8の(従来技術))。

そこで、まず2剤型とすることによって経日安定性が高まるようにした。

また、酸性物質を水に溶解して得られる水溶液を第1剤とし、水溶性高分子及び/又は粘土鉱物と炭酸塩とを常温固型のポリエチレングリコールで被覆した固型物を第2剤とすることによって、用時混合する際に、炭酸ガスの泡を徐々に発生させるとともに、水溶性高分子及び/又は粘土鉱物の粘性によって安定な泡を生成し、炭酸ガスの保留性(ガス保留性)が高まるようにしたもので(乙8の特許請求の範囲、(発明の開示)、(発明の目的))、それらの実施例1ないし11においては、発泡性、ガス保留性及び経日安定性のいずれも◎又は○であった。

さらに、上記構成とすることによって、官能特性等にも優れるようにした(乙8の(発明の目的))。

以上のことからすると、上記特許請求の範囲には、次の発明(鐘紡発明2)が記載されていると認められる。

a 炭酸ガスによる血行促進作用によって皮膚を賦活化させるための2剤型の発泡性化粧料であって、

b 酸を含有する水溶液と、炭酸塩と水溶性高分子及び/又は粘土鉱物を常温固型のポリエチレングリコールで被覆した固型物の組み合わせからなり、

c 酸を含有する水溶液と、炭酸塩と水溶性高分子及び/又は粘土鉱物を常温固型のポリエチレングリコールで被覆した固型物とを混合することにより得られる

d 2剤型の発泡性化粧料。

(イ)また、乙8公報には、第2剤を炭酸塩と水溶性高分子及び/又は粘土鉱物を含有する固型物とし、これをポリエチレングリコールで被覆せず、ポリエチレングリコールを混和さえしない比較例2(鐘紡発明)が記載されている。

この比較例で使用されているクエン酸は酸であり、炭酸水素ナトリウムは炭酸塩であり、アルギン酸ナトリウムは水溶性高分子である(甲2、乙8)。また、この比較例の組成物中のアルギン酸ナトリウムの含有量は約1.8wt%である(計算式:1/11×20wt%≒1.8wt%)。

ただし、ポリエチレングリコールを用いない比較例であることから、発泡性は△、ガス保留性は×、経日安定性は△で、ガス保留性に著しく劣り、経日安定性にも劣るものとされている(乙8)。また、皮膚刺激が相当程度生じることから(乙8の第2表)、官能特性も劣っている。

以上のことに加え、この比較例は鐘紡発明2の比較例として乙8公報に記載されていることに照らせば、乙8公報には次の発明(鐘紡発明)が記載されていると認められる。

a 炭酸ガスによる血行促進作用によって皮膚を賦活化させるための2剤型の発泡性化粧料であって、

b 酸を含有する水溶液と、炭酸塩と水溶性高分子及び/又は粘土鉱物を含有する固型物の組み合わせからなり、

c 酸を含有する水溶液と、炭酸塩と水溶性高分子及び/又は粘土鉱物を含有する固型物を混合することにより組成物が得られ、

d 前記組成物中の前記水溶性高分子及び/又は粘土鉱物の含有量が約1.8wt%である2剤型の発泡性化粧料。

イ 本件発明1と鐘紡発明及び鐘紡発明2の対比

以上の認定事実によれば、鐘紡発明及び鐘紡発明2の「炭酸ガス」及び「水溶性高分子及び/又は粘土鉱物」(以下「水溶性高分子等」という。)は、それぞれ本件発明1の「二酸化炭素」及び「増粘剤」に相当すると認められる。そして、本件発明1と鐘紡発明及び鐘紡発明2を対比すると、少なくとも次の相違点(本件相違点)があると認められる。

本件発明1は、「水及び増粘剤を含む粘性組成物」(構成要件B)と「炭酸塩及び酸を含む、複合顆粒剤、複合細粒剤、または複合粉末剤」(構成要件C)の組み合わせからなり、これらを混合して組成物を得るものであるのに対し、鐘紡発明及び鐘紡発明2は、酸を含有する水溶液と、炭酸塩と水溶性高分子等を含有する固型物の組み合わせからなり、これらを混合して組成物を得るものである点。

すなわち、いずれも炭酸塩、酸、増粘剤、水を混合して組成物を得る2剤型の発泡性化粧料であるが、それぞれの成分の組合せが異なり、それに応じて含水粘性組成物を事前調製により得るか、用時調製により得るかの相違がある。

(2)相違点に係る容易想到性

ア 慣用技術の適用

(ア)被告は、化粧料の剤型について含水粘性組成物(ジェル)を用いることは、本件出願当時の慣用技術であると主張し、その適用によって本件相違点を克服できると主張している。

(イ)しかしまず、被告が慣用技術の根拠として挙げている乙9、10、15及び16は、その記載内容によれば、2剤型の化粧料ではない上に、化粧料自体の剤型の1つとしてゲル、ゼリー、粉末剤、顆粒剤、液剤等を挙げているにすぎず、2剤型の化粧料の一方の剤型を含水粘性組成物(ジェル)とする慣用技術とは認められない。

(ウ)次に、被告は、2剤型の化粧料の一方の剤型を含水粘性組成物とする慣用技術として、乙1を挙げる。そして、乙1は、炭酸ガス又は炭酸ガス発生物質を含有するパック剤を提供するものであり(2頁左上欄7行目から9行目)、その形態として、炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの担体に担持させ、この担体には水分を保持させることもでき、使用時に被パック部位に重ねて付着させて炭酸ガスを発生させるもので(同左下欄1行目から8行目)、このパック剤には、通常のパック剤に使用される種々のもの(この中にはゲル化剤、増粘剤も含まれる。)を適宜配合することができる(3頁左下欄5行目から11行目)と記載されており、製造例4では、A剤を水溶性高分子、炭酸水素ナトリウム及び水で、B剤を水溶性高分子、酒石酸、水で構成し、使用時に混合する例(4頁右上欄12行目から左下欄14行目)が記載されている。

しかし、まず鐘紡発明2に基づく容易想到性について検討すると、上記認定のとおり、鐘紡発明2は、酸を含有する水溶液(第1剤)と、炭酸塩と水溶性高分子等を含有する固型物(第2剤)の組み合わせからなる2剤型の化粧料(比較例2、鐘紡発明)では、ガス保留性に著しく劣る課題があるのに対し、第2剤の各成分をポリエチレングリコールで被覆することによって、用時混合の際に、炭酸ガスの泡が徐々に発生するとともに水溶性高分子等の粘性によって安定な泡を形成し、ガス保留性を高めることを特徴とする発明である(乙8の1頁右欄5行目から13行目)から、そのように課題解決のためにポリエチレングリコールで被覆した水溶性高分子等の固形物について、通常のパック剤に使用されるからといって、あえてポリエチレングリコールによる被覆を外してゲル化しておくように変更する動機付けがあるとはいえない。

次に、鐘紡発明に基づく容易想到性について検討すると、鐘紡発明は、前記のとおり鐘紡発明2の比較例であって、ガス保留性の向上を目的とする乙8公報の中で、そのガス保留性に著しく劣るなどの課題があると記載されているものである。そうすると、鐘紡発明については、ガス保留性を高める動機付けはあるといえるが、それとは無関係に、水溶性高分子等の固形物についてあらかじめゲル化しておくことでガス保留性を高めることの示唆もないのに、通常のパック剤に使用されるからというだけで、あえてあらかじめゲル化しておくように変更する動機付けがあるとはいえない。

また、乙1は炭酸塩と酸をそれぞれ異なる2つの担体に担持させる構成と、2剤をいずれも粘性組成物とする構成を開示しているにすぎないから、2剤型の用時混合型化粧料の一方の剤型を含水粘性組成物とする慣用技術の根拠になるとは認められない(なお甲14の2)。

したがって、被告主張の慣用技術の適用によって本件相違点を容易に想到できるとは認められない。

イ 設計変更(設計事項)

(ア)被告は、本件発明における剤型の選択は格別の作用効果を奏さないものであるとして、鐘紡発明において第1剤及び第2剤の剤型を適宜変更することは設計変更(設計事項)にすぎないと主張している。

(イ)しかし、鐘紡発明にはガス保留性に著しく劣るなどの課題があったのに対し、本件発明は、一方の剤型を含水粘性組成物とし、これをあらかじめ調製しておき、含水粘性組成物中で二酸化炭素を発生させることによって、二酸化炭素の気泡の持続性を高めるなどしたのであるから、この変更を設計事項ということはできない。

また、鐘紡発明2は本件発明と同じく2剤型の用時混合型化粧料であり、組成物のガス保留性(気泡の持続性等)を高めるという本件発明と共通の課題を解決しようとしたものであると認められるが、この課題について、第2剤の成分を常温固形のポリエチレングリコールで被覆することによって解決しようとしたものであり、本件発明とは課題解決手段を異にしているから、この変更を設計事項ということはできない。

ウ 動機付け

被告は動機付けを基礎付ける理由として、剤型としてジェル(含水粘性組成物)を用いることによって、血行促進等の美容ないし香粧的効果が生じることは周知であると主張している。

しかし、仮にジェルを用いることによって血行促進等の美容ないし香粧的効果が生じることが周知であったとしても、被告がそこで指摘する乙29ないし33には、2剤型の化粧料の一方の剤型を含水粘性組成物(ジェル)とすることによって、二酸化炭素の気泡の持続性を高めることについては記載がないから、ジェルの効能が周知であるというだけでは、本件相違点を容易に想到し得たとは認められない。エ 以上によれば、本件発明1は鐘紡発明又は鐘紡発明2に基づき容易に想到できたとはいえず、本件発明1を更に技術的に特定した本件特許の請求項2ないし4に係る発明と併せて、進歩性は否定されない。

(3)したがって、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものとはいえない。

6 争点4(補償金の額)について

(1)被告の売上額

●(省略)●については、当事者間に争いがなく、本件特許の設定登録日までの間にこれを超える売上げがあったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、上記売上額をもとに補償金の額を算定することになる。

(2)実施料率

ア 前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア)原告は、本件特許権以外に、次の各特許に係る特許権を有する。

a 特許第4659980号(甲13。以下「別件第1特許」という。)

出願日 平成10年10月5日

優先日 平成9年11月7日

登録日 平成23年1月7日

発明の名称 二酸化炭素含有粘性組成物

b 特許第4912492号(甲24の1、乙22。以下「別件第2特許」という。)

出願日 平成22年9月6日

原出願日 平成10年10月5日

優先日 平成9年11月7日

登録日 平成24年1月27日

発明の名称 二酸化炭素含有粘性組成物

c 特許第5164438号(甲24の2。以下「別件第3特許」という。)

出願日 平成19年6月11日

原出願日 平成11年5月6日

登録日 平成24年12月28日

発明の名称 二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物

d 特許第5993336号(甲24の3)

出願日 平成25年4月26日

原出願日 平成11年5月6日

登録日 平成28年8月26日

発明の名称 二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物

(イ)原告による訴訟提起及び訴訟外の和解等

a 原告は、株式会社KBCらが別件第1特許に係る特許権を侵害したなどとして、大阪地方裁判所に対し、同社らを被告として、損害賠償及び補償金の支払等を請求する訴訟を提起したところ、同裁判所及び知的財産高等裁判所はともに、補償金算定の基礎となる実施料率を10%と認定した(甲14)。

b 原告は、被告らが別件第2特許に係る特許権を侵害したとして、大阪地方裁判所に対し、被告らが製造、販売していた製品の製造、販売の差止め及び損害賠償等を請求する訴訟を提起した。そして、原告と被告らとの間で、平成26年4月16日、被告らが上記製品を製造、販売しないこと、解決金200万円を連帯して支払うことなどを内容とする和解が成立した(甲5)。

c 原告は、株式会社エイチ・ツー・オーに対し、別件第3特許に係る特許権に基づき、同社が製造、販売している製品の製造、販売の中止を求め、同社との間で、平成25年4月30日、その製品の売上額の10%に相当する56万1219円の解決金の支払を受けることなどを内容とする訴訟外の和解をし、その解決金の振込みを受けた(甲19、26の1)。

d 原告は、株式会社ライズに対し、別件第3特許に係る特許権に基づき、同社が販売している製品の販売の中止を求め、同社との間で、平成25年10月1日、その製品の売上額の10%に相当する34万6225円の解決金の支払を受けることなどを内容とする訴訟外の和解をし、その解決金の振込みを受けた(甲20、26の2)。

e 原告は、別紙「炭酸関連の化粧品一覧」の6及び9番記載の製品を製造、販売している株式会社ハッピーワンに対し、別件第3特許に係る特許権を侵害したとして、同6番記載の製品の製造、販売を直ちに中止するよう求める通告書を送付した(甲28)。

f 原告は、ネオケミア株式会社らが別件第1特許及び別件第2特許に係る特許権を侵害したとして、大阪地方裁判所に対し、同社らが製造、販売している製品の製造、販売の差止め及び損害賠償等を請求する訴訟を提起した(甲25)。

(ウ)被告製品の宣伝・販売態様等

a 被告は平成22年9月の設立当初から、MLM事業を展開しており、平成25年当時、会員数約1万4000人で、総売上高は10億円を超えていた(乙41)。

b 被告は、被告製品もMLMの事業形態によって販売しており、被告のホームページには「グラシアスの商品をご購入いただくためには、グラシアス会員へのご登録が必要です。」、「グラシアスは、商品の良さを人から人へ『口コミ』で伝えるというネットワークビジネス…の販売形態にて商品の流通を行っております。自ら商品を愛用し、商品の良さを実感するとともに、大切な方に商品を伝え、商品愛用者となるお客様を勧誘し、会員登録すれば、その商品の購入実績に応じて、グラシアス独自のユニークなボーナスプランによって報酬が得られる制度を設けております。」などと記載されている(甲8の2、乙41)。

c 被告製品にはフラーレン等の成分が配合されており(前記第1の2(4)イ)、これには美肌効果等があるとされている(乙44、45)。

被告製品の使用方法は、B剤(ジェル)を1包、清潔な別容器に移し、次にA剤(パウダー)1包を加え、均一に混ぜ、混ぜたジェルを顔全体に塗布し、そのまま15分から30分程放置し、時間が経過したらジェルをスパチュラでおおまかに取り、濡れタオル等で拭き取り、その後、水又はぬるま湯で洗い流すというものである(甲3)。

d 被告は、被告製品を定価10セット1万5750円(税込。以下同じ。)、20セット3万1500円、オートシップ(定期購入)価格10セット9800円、追加購入価格10セット7800円、20セット1万5600円で販売していた。また、被告は被告製品を他の化粧品等と組み合わせて販売することもあった(乙41、42)。

e 被告が作成した被告製品の前身の製品のパンフレットには、上段に最も大きな字(8㎜程度)で、「11種の配合美容成分+二酸化炭素の力とフラバンジェノール®増量でさらに、いきいきと目覚める素肌へ。」と記載されるとともに、その下には4㎜程度の字で、「サロン仕様の本格パックがバージョンアップ。11種類の配合美容成分が、弾ける炭酸ガス(二酸化炭素)とともにあなたのお肌にチカラを与え、ワントーン明るいクリアなお肌へ導きます。」と記載されている。また、さらに小さい字で「フラバンジェノール配合量2倍(当社従来製品比)」とも記載されている。そして、被告製品のパンフレットにも同じ記載がされていた。なお、「フラバンジェノール」については被告製品の製造業者が商標権を有している(乙41ないし43)。

f 被告は被告製品を販売する際に、製造業者が作成した「フラバンジェノール®の美肌作用」と記載された資料を使用しており、これには「強い抗酸化作用」、「メラニンの生成を抑える」、「ヒアルロン酸、エラスチン、コラーゲンの分解を防ぐ」、「糖化、カルボニル化を防ぐ」などと記載されている(乙77)。

g 第三者のホームページには、被告は「炭酸パックが評判」であるとか、被告製品の前身であるピエターナジェルパックが被告の主力商品であるとか、この製品が口コミで人気などと記載されている(甲23)。

(エ)アンケート結果等(甲18、乙39)

a 株式会社帝国データバンクが作成した「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~(平成22年3月)」(以下「本件報告書」という。)の表Ⅲ-10には、国内企業のロイヤルティ料率に関するアンケート結果として、産業分野を化学とする特許のロイヤルティ率は5.3%と記載されている。

もっとも、平成19年の国内企業・団体に対するアンケート結果を記載した表Ⅱ-3には、技術分類を化学とする特許のロイヤルティ率の平均は4.3%(最大値32.5%、最低0.5%)(件数103件)と記載されている。

b 本件報告書の表Ⅲ-12には、平成16年から平成20年までの産業分野を化学とする特許の司法決定によるロイヤルティ料率は、平均値6.1%(最大値20%、最小値0.3%)(件数5件)と記載されている。

他方で、本件報告書の表Ⅲ-11には、平成9年から平成20年までの産業分野を化学とする特許の司法決定によるロイヤルティ料率は、平均値3.1%(中央値3.0%、最高値5.0%、件数7件)と記載されている。

(オ)原告の製品

原告は、平成11年9月以降、「メディプローラー」及び「スパオキシジェル」との商品名でジェル剤と顆粒剤からなる2剤混合型の炭酸パックを製造、販売している。また、原告は、各製品について、「お肌を内側から潤す、炭酸のチカラ」、「シュワシュワッとはじけた炭酸ガスがお肌の代謝に必要な“酸素”を届けます」などと宣伝している。また、原告の製品の使用方法としては、ジェルと顆粒をカップに入れて、スパチュラなどでまんべんなく混ぜ、できあがったジェルを清潔にした肌に厚めに塗り、そのまま約20分間から30分間パックし、スパチュラなどでジェルをおおまかに取った後、濡れタオルなどで拭き取り、洗い流すとされている(以上、甲6、7、27)。

イ ここで被告が実施料率の低下要因として主張していることについて検討する。

(ア)本件特許の被告製品の販売に対する寄与について

a まず被告は、本件発明の効果は付随的なものであるなどと主張している。

確かに、二酸化炭素(炭酸ガス)を利用したパック化粧料は従来から販売等されていた(甲6、乙1、8、78ないし80)から、二酸化炭素を経皮吸収させるなどというだけでは、消費者の購入動機を形成するとは認められない。また、本件発明の固有の作用効果は、増粘剤を事前調製しておくことにより、より多くの二酸化炭素を持続的に経皮吸収させる点にあるが、被告製品にはジェル剤にブチレングリコールが配合されており、想定する使用方法としては、A剤(パウダー)とB剤(ジェル剤)を混合して顔に塗布した後に15分から30分程放置するとされているところ、ブチレングリコールが5%配合されている場合の混合後30分経過時までの二酸化炭素の経皮吸収量は、事前調製型と用時調製型とで有意な差異が認められないこと(乙26)からすると、被告製品においてブチレングリコールの配合率は不明であるものの、事前調製型の本件発明を実施したことの寄与は限定的であると推認される。

なお、被告は、ジェルと粉末の組み合わせは技術常識であるから本件発明の技術的価値が低いと主張しているが、被告が挙げている資生堂614、乙84、日清324はいずれも二酸化炭素を発生させる化粧料に関する発明ではない(乙83ないし85)から、上記の被告の主張は採用できない。また、被告は、本件発明の骨格が2剤を用時混合することにより気泡状の二酸化炭素を発生させることにあり、これが周知技術であると主張しているが、本件発明の特徴がそれにとどまらないことはこれまでに述べたとおりである。さらに被告は、本件発明が石垣発明1及び2を出発点として、技術常識を駆使することにより想到できるものであると主張しているが、石垣発明1及び2は、いずれも発生した炭酸ガスの気泡の破裂により皮膚等をマッサージするための発泡性化粧料の発明である(乙2及び3)から、これらに被告主張の技術常識を組み合わせることには、阻害要因があり、容易に想到し得たとは認められない。

b また、被告はその事業形態や、被告製品の美容成分による魅力等を理由として、本件特許の寄与は小さいと主張している。

確かに、被告が被告製品をMLMの事業形態によって販売していたことや、被告製品に美容成分を配合し、それを宣伝したこと、他の化粧品等と組み合わせて販売されたこと等の上記認定事実が、被告製品の販売に相当程度寄与したことは否定し難い。しかし、事業者は、営業活動に当たり、相応の営業努力を行うのが通常であり、通常の実施料はそれを前提に取り決められるものである。そして、上記のような被告の営業方法が、そのように想定される範囲を超えた格別のものであるとまでは認められないから、被告の営業方法自体が、実施料率を低下させる要因となるとは認められない。

次に、被告製品の美容成分についてみると、被告製品のパンフレットでは、「11種の配合美容成分」と並べて「二酸化炭素の力」や「弾ける炭酸ガス(二酸化炭素)」が肌に有効である旨が記載され、二酸化炭素の経皮吸収が美容上の問題の改善等の効果を実現することが強調されており、上記ア(ウ)gの第三者のホームページの記載内容も踏まえると、二酸化炭素の経皮吸収効果も消費者の購入動機に相当程度影響を与えたものと認めるのが相当である。そして、事業者は、他社から特許の実施許諾を受ける場合でも、それ以外の技術要素も製品に盛り込むものであることからすると、被告製品に独自の美容成分が配合されているとしても、そのこと自体が実施料率を低下させる要因となるとは認められない。

(イ)さらに、被告は競合品が存在していたと主張している。

事業者は、自社製品の機能効用を他社製品よりも高めることを目的として、固有の作用効果を有する特許の実施許諾を受け、それに対する実施料を支払うのであるから、競合品の存在によって実施料率が低下するためには、当該競合品が当該特許と同等の作用効果を有しており、特許の許諾を受けようとする事業者にとって同等の選択肢として競合する存在であることを要すると解するのが相当である。

この観点から見ると、被告が競合品であると主張する商品のうち、ジェルタイプの2剤型でないものは被告製品と明らかに構成を異にするから、競合品とはいえない。また、前記認定の本件発明の技術的意義等に照らすと、ジェルタイプの2剤型であっても、事前調製型でない商品は競合品に当たらないというべきである。

そのような観点から別紙「炭酸関連の化粧品一覧」を検討すると、本件発明と同じくジェルタイプの2剤型で、事前調製型である商品は、ジェルと粉末の2剤型である同別紙の5、6、9番の商品(乙50、51、54。なお、同3番の商品は粉末を水で溶かすもので、本件発明とは異なる構成である。)と、ジェルとジェルの2剤型である同別紙の2、12、14ないし16、26の商品(乙47、57、59ないし61、71)がある。しかし、実施料率に影響を与える競合品たるためには、上記に加えて被告製品の販売時期に販売されていたことを要すると解するべきところ、これらのうち、被告製品の販売時期である平成25年9月ころから平成26年5月までの間に販売されていたと認められるものは、同別紙の14の商品のみである(乙88)。

そこで、残る上記14の商品について見ると、乙59では、「できたて新鮮な炭酸ガスが美容成分を導きながら角質層までしっかり浸透」としつつ、その使用方法としては、ジェルとジェルの2剤を絞り出して10秒ほど混ぜ、顔全体にジェルを塗布し、そのまま5分ほど放置した後、しっかり洗い流すとされている。そして、このような5分程度のパック時間というのは、本件明細書で二酸化炭素を経皮吸収させることが好ましいとされている時間のうちの最低レベルであり(【0038】)、原告の製品及び被告製品がいずれもパック時間を15分又は20分間から30分間程度とするのと比べると、二酸化炭素を経皮吸収させる程度において大きく劣ると推認される。そうすると、このような上記14の商品が、被告製品への実施料率を決定する際の同等の選択肢として競合する存在となったとは考え難いから、上記14の商品を実施料率を低下させるほどの競合品と認めることはできない。

(ウ)被告はその他にも様々な実施料率の低下要因を主張しているが、以上の認定・判示に照らして採用できないか、実施料率の低下要因になると認めることはできない。

ウ 以上の認定・判断を踏まえ、被告製品の販売について相当な実施料率を検討する。

原告は別件訴訟の判決等で実施料率が10%とされたことを参考にすべきと主張している。確かに、別件訴訟の判決等は、本件発明と効能がほぼ同じと認められる別件第1特許等の実施料の前例である点で本件と共通する。しかし、別件訴訟の判決(甲14)を見ても、ブチレングリコールを配合した製品中での本件発明の固有の作用効果の程度が弁論等に顕出されたことがうかがえないから、それらが弁論に顕出されている本件とは事情が異なり、直ちに本件の参考になるとはいえない。また、このことは、和解の事例についても同様である。

(3)そして、前記のとおり、本件発明の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が、国内企業のアンケート結果では5.3%で、司法決定では6.1%であり、また、本件が侵害訴訟にまで至った事案であることを踏まえる一方、被告製品における本件発明の寄与が限定的と考えられることを考慮すると、本件での実施料率は●(省略)●相当である。

したがって、被告が支払うべき補償金の額は、1507万8405円と認められる。

(計算式)●(省略)●=1507万8405円(1円未満四捨五入)

(4)なお、特許法65条1項に基づく補償金支払債務は、法律の規定に基づき発生する債務であり、法律により特に履行期が定められていないから、履行の請求を受けた時から遅滞に陥るものと解される(民法412条3項)。そして、本件で原告が被告に対して補償金の支払を請求したことが認められるのは訴状の送達日である平成27年9月4日である(弁論の全趣旨)から、その日までの遅延損害金の支払請求には理由がないこととなる。

5.検討

(1)本件特許の出願経過を調べていると、かなりの数の刊行物等提出や閲覧請求がありました。ネットで色々調べると原告は本件とは別の特許で19社相手に訴訟を起こしており、本件も注目の特許出願だったものと思います。

(2)その刊行物等提出の中には本件特許出願(分割出願)が出願公開される前に提出されたものもありました。刊行物等提出するには当該出願の出願番号がわからないとできないと思われます。いったいどのようにして出願公開される前に出願番号を知りえたのか気になります。原告である特許出願人が出願公開前に通知した可能性もありますが、出願人には何のメリットもない行為なので考えにくいです。

(3)本件は補償金請求権に関する訴訟です。つまり特許権に基づく損害賠償請求ではありません。本件被告が、本件特許の登録後に被告製品の設計変更や販売中止をして損害賠償請求の対象がなくなったのでしょか?それとも、とりあえず補償金請求権の行方を見極めてから当事者間で交渉したり訴訟を起こしたりするのでしょうか?そのあたりの事情まではわかりません。

(4)本件発明は、水及び増粘剤を含む粘性組成物と、炭酸塩及び酸を含む複合顆粒剤、複合細粒剤または複合粉末剤とを混合することにより得られる二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物であって、増粘剤の含有量が1~15質量%である炭酸パックに関するものです。

(5)侵害論の中で興味を引いたのは、裁判官が「事前調製を採用した構成が公知技術から想到容易であると認められないことからすると、本件発明の進歩性は、本件明細書記載の試験例のような極めて良好な結果を得られることによって初めて基礎付けられるものではない。・・・、換言すれば、本件発明の必須の効果が試験例のようなものであると解することは相当でないというべきである」と述べている点です。これは被告が、原告の製品を用いて本件明細書の試験例13(腕の部分痩せ試験)の追試を行ったものとして、乙19の実験結果報告書を提出するとともに、医学博士による乙21の意見書等を提出して、部分痩せ効果が認められないと主張したことに対応したものです。発明が未完成であるとの主張に対して、進歩性の判断で返しているので議論があまりかみ合っていないようにも思われます。

(6)裁判官は発明が先行技術に基づいて容易想到でない場合には、発明が実施の形態に例示されるほどの良好な効果を奏することまでは求められない、という趣旨で述べたものと思われます。これは発明が未完成であるとの主張に対する判断ですが、これが作用効果限定説の場合はどうなのでしょうか?この場合の被告の主張は被告製品には部分痩せ効果が見られないので、本件発明の作用効果を奏しておらず、発明の技術的範囲に属さない、というものになります(もちろん、単純に作用効果を奏さないというだけではなく、それと絡めて何らかの構成要件を従属しない、と主張することが必要ですが。)。

(7)こうなると部分痩せ効果がなくても進歩性の判断に影響を与えない、という話ではなく、部分痩せ効果を奏するという発明に対して被告製品が同様の効果を奏さない、というものなので、部分痩せ効果を考慮してもしなくても抵触性について影響を与えないという新たなロジックが必要になると思われます。侵害訴訟で効果がどのように扱われるかは、明細書を書く身には常に気になる問題の一つです。