フラットパネルディスプレイ製造方法事件

投稿日: 2019/07/22 0:28:26

今日は、平成30年(ワ)第10157号 独占的通常実施権に基づく損害賠償請求事件について検討します。原告である株式会社テスコムは、判決文によると、半導体製造装置の製造、販売を目的とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社NSCは、ガラスの加工等を行う会社で、株式会社ジャパンディスプレイは液晶ディスプレイの製造・販売等を行う会社だそうです。

1.検討結果

(1)本件特許の登録時の特許権者は原告ですが、現在の特許権者は大韓民国の株式会社ジィディとなっています。本件訴訟も独占的通常実施権に基づく訴訟とのことなので、株式会社テスコムが登録後に株式会社ジィディに本件特許を譲渡するとともに自らは通常実施権を有するように契約したものと思われます。

(2)本件特許はフラットパネルディスプレイの製造方法(請求項1等)とフラットパネルディスプレイ用ガラス基板の外面機械研磨装置(請求項7等)の二つの発明があります。原告は、これらのうちフラットパネルディスプレイの製造方法について構成要件1a、1b、1c(2)、1fを株式会社ジャパンディスプレイが実施し、構成要件1c(1)、1d(1)、1d(2)、1d(3)、1eを株式会社NSCが実施していると主張しています。工程ごとに実施者が異なる製造方法の発明について共同不法行為の成立を前提に直接侵害を主張するのは結構珍しいケースだと思います(もちろん、間接侵害の主張も行っています。)。なお、フラットパネルディスプレイ用ガラス基板の外面機械研磨装置に相当する被告製品を使用しているのは株式会社NSCだけです。

(3)抵触性判断のポイントは構成要件1e及び構成要件7hにおけるガラス基板の外面における溶出液の圧力が本件特許発明で規定されている数値範囲を満たすか否かでした。原告は被告製造方法及び被告装置で用いられるノズルの仕様からフッ酸の噴出圧力を算出してこの圧力値が構成要件1e及び7hの数値範囲内であるとし、さらにガラス基板の外面でもフッ酸の圧力はほとんど変化しない、と主張しました。一方、被告はノズルの吐出口の直径は約3mm、面積は約7mmであるが、190mm離れたガラス基板上では直径は約242~約266mm、面積は約45973~55543mmになるため圧力は大幅に減少し、構成要件1eの数値範囲の下限のさらに700分の1以下であると主張しました。結局、裁判官は被告製造方法及び被告製品は本件特許権に非抵触であると判断しました。この判決に記載されているデータ等からすると、非抵触と判断されてもしょうがないように思います。

(4)これら構成要件1e及び構成要件7hは審査段階で拒絶理由通知を受けた際に、拒絶理由の対象となっていない従属項に記載されていたものです。つまり、拒絶理由の対象となっている請求項を削除し、拒絶理由の対象となっていない従属項に限定することで権利化を図ったものです。数値限定をすると拒絶理由を解消しやすいのですが、特に本件のように製造方法や製造装置で加工対象物上での流体の圧力や速度などを数値限定すると、権利が著しく使いにくくなってしまいがちです。分割出願もあるので意見書の内容だけで勝負しても良かったのでは?と思います。

2.手続の時系列の整理(特許第3741708号)

① 本件は日本以外に韓国にも出願されています。

② 現在の特許権者は大韓民国の株式会社ジィディです。

3.本件発明

(1)本件発明1

1A 一方又は双方がガラス基板(1)である一対の基板の少なくとも一方に電極(11)を形成する電極形成工程と、

1B 電極形成工程の後に一対の基板をシール材を介して貼り合わせ内部を封止する封止工程と、

1C(1)封止工程の後に、ガラス基板(1)である一方又は双方の基板の外面を機械的に研磨して厚さを薄くする外面機械研磨工程と

1C(2)を含むフラットパネルディスプレイの製造方法であって、

1D(1)前記外面機械研磨工程は、前記ガラス基板(1)の外面の材料を溶出させる溶出液を前記外面に向けて噴射することで自重による加速度より大きな加速度を付けて溶出液を前記外面に吹き付けて前記外面を衝撃し、

1D(2)前記一方又は双方の基板を、溶出液を噴射するノズルの噴射孔に対して相対的に機械的に移動させながら、

1D(3)溶出液により前記外面を溶かし出し溶出液による衝撃の物理的作用を利用して研磨する工程であり、

1E 前記溶出液による前記外面の衝撃の際の圧力は、0.5kg/cm2~3.5kg/cm2の範囲であることを特徴とする

1F フラットパネルディスプレイの製造方法。

(2)本件発明2

2G 前記溶出液は、フッ酸であることを特徴とする請求項1記載のフラットパネルディスプレイの製造方法。

(3)本件発明3

7A フラットパネルディスプレイ用のガラス基板(1)の外面を機械的に研磨して厚さを薄くする外面機械研磨装置であって、

7B 内部で外面機械研磨処理が行われる処理チャンバー(2)と、

7C 処理チャンバー(2)内の所定位置に前記ガラス基板(1)を保持する基板保持具(3)と、

7D 前記外面の材料を溶出させる溶出液を前記基板保持具(3)に保持された前記ガラス基板(1)の当該外面に向けて噴射する噴射孔(41)を有するノズル(4)と、

7E ノズル(4)に溶出液を供給する溶出液供給系(5)とを備えており、

7F 前記溶出液供給系(5)は、自重による加速度より大きな加速度を付けて溶出液を前記外面に吹き付けて前記外面を衝撃し、衝撃による物理的作用を利用して前記外面を研磨できる圧力で溶出液を前記ノズル(4)に供給するものであり、

7G さらに、溶出液が噴射される前記一方又は双方の基板を、ノズル(4)の噴射孔(41)に対して相対的に機械的に移動させる移動機構を備えており、

7H 前記溶出液供給系(5)は、前記ノズル(4)の噴射孔(41)から前記溶出液が噴射されて前記ガラス基板(1)の外面を0.5kg/cm2~3.5kg/cm2の範囲の圧力で衝撃するよう前記ノズル(4)に前記溶出液を供給するものであることを特徴とする外面機械研磨装置。

(4)本件発明8

8A 前記溶出液は、フッ酸であることを特徴とする請求項記載の外面機械研磨装置。

4.争点

(1)被告方法が本件発明1及び2の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 構成要件1Cの充足性(争点1-1)

イ 構成要件1Dの充足性(争点1-2)

ウ 構成要件1Eの充足性(争点1-3)

(2)被告装置が本件発明7及び8の技術的範囲に属するか(争点2)

ア 構成要件7Aの充足性(争点2-1)

イ 構成要件7Cの充足性(争点2-2)

ウ 構成要件7Fの充足性(争点2-3)

エ 構成要件7Hの充足性(争点2-4)

オ 構成要件8Aの充足性(争点2-5)

(3)共同不法行為等の成否(争点3)

(4)被告NSCによる間接侵害の成否(予備的主張)(争点4)

(5)損害発生の有無及びその額(争点5)

5.裁判所の判断

1 本件各発明の意義

(1)本件明細書等には、以下の記載がある(甲1)。

-省略-

(2)以上を総合すると、本件発明1は、①フラットパネルディスプレイの製造方法に関するものであり、②フラットパネルディスプレイのガラス基板の高い平坦性を確保しつつ、その薄型化を可能にするという課題を解決するため、③電極形成工程、封止工程、外面機械研磨工程を含み、外面機械研磨工程においては、ガラス基板の外面の材料を溶出させる溶出液をガラス基板の外面に吹き付けて衝撃することにより、溶出液の化学的な作用に加えて、溶出液による衝撃の物理的作用を利用して研磨するものであって、かつ、当該溶出液がガラス基板の外面を衝撃する際の圧力が0.5kg/cm~3.5kg/cmの範囲内にあるものであり、④ガラスを十分に研磨することができ、高い平坦性を確保することをその効果とするものであると認められる。

2 争点1-3(構成要件1Eの充足性)及び争点2-4(構成要件7Hの充足性)について

本件において、争点とされる各構成要件の解釈は、構成要件1E及び7Hの充足性により左右されると解されるので、事案に鑑み、争点1-3(構成要件1Eの充足性)及び争点2-4(構成要件7Hの充足性)について判断する。

(1)構成要件1Eは「前記溶出液による前記外面の衝撃の際の圧力は、0.5kg/cm²~3.5kg/cm²の範囲であること」、同7Hは、「前記ノズルの噴射孔から前記溶出液が噴射されて前記ガラス基板の外面を0.5kg/cm~3.5kg/cmの範囲の圧力で衝撃する」という構成を含むものであり、いずれも、ノズルから噴射された溶出液がガラス基板の外面を衝撃する際の圧力が「0.5kg/cm²~3.5kg/cm²」の範囲内であることをその内容とするものである。

(2)原告は、構成要件1E及び7Hの「圧力」の数値の意義について、1cm当たりの平均の圧力ではなく、溶出液がガラスを衝撃するそのスポットの衝撃圧力を意味すると理解すべきであると主張する

しかし、構成要件1E及び7Hの「圧力」の単位は「kg/cm」であり、これは、通常の意味としては、ある程度の面積を有する面に所定の時間にわたり作用する力の大きさを単位面積当たりの大きさに換算したものと解するのが自然である

また、本件明細書等には、構成要件1E及び7Hの「圧力」の意義や測定方法に関する明確な定義は存在しないものの、段落【0034】には、「この際、各ノズル4の各噴射孔41と外面との距離(図3にdで示す)は重要な要素である。距離dがあまり大きくなると、送液ポンプ54による送液圧力をかなり高くしなければ、上記範囲内の圧力で外面を衝撃することができなくなってしまい、実用的に難しくなる。」との記載が存在する。液滴の大きさや衝撃力は距離により変化するものではないので、上記明細書の記載は、上記各構成要件の「圧力」が単位面積当たりの作用力の大きさであることを示唆するものということができる。

(3)これに対し、原告は、本件明細書等の段落【0015】及び【0017】における、ノズルから噴射された溶出液の衝撃により外面の材料が溶け出し、溶出液が衝撃により流出していく旨の記載を根拠として、構成要件1E及び7Hの「圧力」は、溶出液がガラスを衝撃するそのスポットの衝撃圧力を意味すると主張する。しかし、上記記載は、構成要件1E及び7Hの「圧力」の測定について特定の方法によるべきことを含意するものではなく、同記載をもって、同各構成要件の「圧力」が、ガラスを溶出液が衝撃するそのスポットの衝撃圧力を意味すると解することはできない。

また、原告は、甲21の1~3に依拠し、本件特許出願当時、本件特許に近い技術分野においても、原告が主張するような意味で「圧力」という用語が用いられていたと主張する。しかし、甲21の1は、「気中ウォータージェットピーニング技術」であって、約1000MPaの非常に高い衝撃圧力が生じるものであり、甲21の2及び3も、高速液体噴流による洗浄・ピーニングに関する技術及び漁船等に付着した貝などを除去するための高圧噴流ノズルに関する技術であって、本件特許のようなガラスの基板の研磨に関する技術分野とは異なる技術分野であり、そこで想定されている「圧力」の大きさも異なるというべきである。

むしろ、本件ノズルと同種のノズルを昭和30年代から製造しているいけうち(乙4)においては、その測定に当たり、1cm×1cmの正方形の圧力受領域を有する「受圧プレート」が使用されていると認められ(乙3)、また、いけうちと同様に長年にわたりスプレーノズルを製造している共立合金製作所においても、一定の面積の受圧部を使用していることが認められる(乙5参考資料1)。これによれば、本件特許出願当時、ノズルから噴射された溶出液がガラス基板の外面を衝撃する際の圧力の測定方法としては、一定面積を有する面に所定の時間にわたり作用する力の大きさを単位面積当たりの大きさに換算することが標準的であったというべきである。

(4)原告は、本件ノズルを製造したいけうちの作成したスプレーノズル流量線図(甲8)などに基づき、被告NSCの用いる方法又は装置におけるフッ酸の噴射圧力は約1.224kgf/cm²であるとした上で、ノズルからフッ酸が噴射される際の圧力と噴射によってガラス基板に加わる衝撃の圧力はほとんど変わらないので、被告方法は構成要件1E及び7Hを充足すると主張する

しかし、証拠(乙1資料4~6、乙2)によれば、本件ノズルは、ノズル吐出口の直径は約3mm、吐出口の面積が約7mmであり、ノズルの先端とガラス基板との間には190mmの距離があり、薬液は65~70°の噴霧角度(噴角)に均等な流量分布で広がって円錐形に噴霧されるので(乙2の1頁左上写真参照)、ノズルから190mm離れたガラス基板上に噴霧される領域は、ノズルの噴霧圧力が0.1~0.2MPaの場合、直径約242~約266mmの円形領域となり、その面積は約4万5973~約5万5543mm2であると認められる。

このように、本件ノズルは、65~70°の噴霧角度に広がり均等な流量分布で円錐形に噴霧されるものであり、液滴の分布は一様に広がりながらガラス基板の外面に到達するのであるから、その分薬液の単位面積当たりの圧力は大幅に低減するというべきである

そうすると、ノズルからフッ酸が噴射される際の圧力と噴射によってガラス基板に加わる衝撃の圧力がほとんど変わらないことを前提とし、被告方法が構成要件1E及び7Hを充足するとの原告の主張は理由がない。

(5)原告は、富士フイルムの感圧シート「プレスケール」を使用した甲12実験に基づき、被告方法による場合の衝撃圧力は約1kg/cm2程度であると主張する。

しかし、同実験は、感圧シートがその表面に加えられた圧力に応じて発色することを利用し、その発色の程度を標準チャートの標準色見本と比較対照することで、シート表面に加えられた圧力の大きさを測定するものであるが、証拠(乙3資料3及び4)によれば、プレスケールは、発色剤層のマイクロカプセルが圧力によって破壊され、その中の無色染料が顕色剤に吸着して化学反応により赤く発色することを発色の原理とするものであり、基本的に一度のみの加圧をすることを前提としたものであって、液体の噴射を一定時間継続すると、同じ箇所に複数回加圧することとなり、実際の圧力よりも測定圧力が高くなる可能性があるものと認められる。そうすると、プレスケールを使用して2分間衝撃した甲12実験の結果が、被告方法によるガラス基板上の圧力を正確に表しているということはできない。

これに対し、原告は、追加的に甲19実験を行い、水の噴射時間を5秒にした場合であっても0.5kg/cm2を超える発色が観察され、2分間噴射した場合であっても、発色している領域は広くなるものの、圧力の最大値は大差なかったと主張する。

しかし、被告が行った乙3実験(プレスケールを使用し、微圧用4LW及び5LWでそれぞれ5秒及び2分噴霧した実験)によれば、噴霧時間によって、単にプレスケールの変色の範囲が異なるのみならず、色の濃度も異なっていることがうかがわれ、さらに、前記のとおり、一度のみの加圧をすることを前提とするプレスケールは継続的な液体の噴射による衝突圧力を測定するには必ずしも適さないことも考えると、プレスケールを使用して噴霧による基板上の圧力を正確に測定することは困難といわざるを得ない。

そうすると、甲19実験の結果をもってしても、被告方法による場合の基板上の圧力が構成要件1Eの規定する数値の範囲内にあるということはできない。

(6)証拠(乙3)によれば、被告らは、いけうち乙地工場において同社の装置を利用した上で、本件ノズルとガラス基板との距離を190mmとし、噴霧角度を65~70°、ノズル吐出圧力を0.15及び0.2MPaにそれぞれ設定し、円錐形状に薬液を噴霧することにより実験(乙3実験)を行ったところ、ガラス基板上の圧力(打力)は最大でも0.9×10-2N/cm2(≒0.0009kg/cm2)であり、構成要件1E及び7Hの数値の下限を大幅に下回る結果を得たことが認められる。

前記判示のとおり、ノズルから噴射された溶出液がガラス基板の外面を衝撃する際の圧力の測定方法としては、いけうちの測定方法はその技術分野において標準的なものということができ、本件特許に係る特許請求の範囲及び本件明細書等の記載とも整合的な方法であることにも照らすと、乙3実験の信用性は高いということができる。

(7)以上によれば、被告NSCの用いる方法及び装置におけるフッ酸の噴射圧力が「0.5kg/cm²~3.5kg/cm²の範囲」内にあるということはできないので、被告方法は構成要件1Eを、被告装置は構成要件7Hを充足しない。そうすると、被告方法が本件発明1の、被告装置が本件発明7のそれぞれ技術的範囲に属するということはできない。

また、請求項2は請求項1の、請求項8は請求項7のそれぞれ従属項であるから、被告方法は本件発明2の、被告装置は発明8の技術的範囲に属しない。

3 結論

以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求は理由がないので棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。