電解コンデンサ用タブ端子事件(その2)

投稿日: 2017/06/22 22:58:52

今日で平成27年(ワ)第19661号 特許権侵害差止等請求事件について検討は終了します。

5.裁判所の判断

5.1 争点2-2(本件発明1-1及び同1-2についての各特許に無効理由2〔進歩性欠如〕は認められるか)について

事案に鑑み、まず、争点2-2から検討する。

(1)乙38公報(特開2000-277398号公報)に記載された発明の構成

ア 乙38公報の記載

-省略-

イ 以上の乙38公報の記載によれば、乙38公報には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。

1a:すずがめっきされた銅線10の端部に、

1b:アルミニウム線11が溶接されたコンデンサ用リード線1であって、

1c:前記すずがめっきされた銅線10と前記アルミニウム線11との溶接部12に、ウィスカが発生するのを防止する加熱処理が施された、

1d:(乙38公報には、加熱処理により酸化スズが形成されるかについての記載はない。)

1e:コンデンサ用リード線。

2a:(乙38公報には、加熱処理により溶接部12にSnO又はSnO2が含まれることとなるかについての記載はない。)

(2)引用発明1と本件発明1-1及び同1-2との対比

ア 引用発明1の「すずがめっきされた銅線10」が本件発明1-1及び同1-2の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線」に、引用発明1の「アルミニウム線11」が本件発明1-1及び同1-2の「アルミ芯線」に、引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止する加熱処理」が本件発明1-1及び同1-2の「ウィスカの成長抑制処理」に、それぞれ相当するものと認められる。

イ(ア)この点について、原告は、乙38公報に記載された「すずがめっきされた銅線10」の「すずめっき」はスズ金属100パーセントとは限らないのに対し、本件発明1-1及び同1-2の「スズからなる金属層」はスズ金属100パーセントを意味すると主張しており、引用発明1の「すずがめっきされた銅線10」が本件発明1-1及び同1-2の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線」に当たらない旨主張しているとも解される。

しかしながら、本件発明1-1及び同1-2に係る特許請求の範囲には、「スズからなる金属層」がスズ金属100パーセントのものに限られるとの限定はない。また、乙38公報の段落【0002】及び同【0003】には、「従来より、極めて純度の高いすずがめっきされた銅線110とアルミニウム線111とが溶接されたコンデンサ用リード線101が知られている。・・・このために、従来より、すずめっきに鉛を添加して、ウィスカ113の発生を防止していた。」、「しかし、現在、環境問題に関心が集まっており、鉛の使用を制限又は全廃する計画が話題になっており、・・・このために、環境対策として、鉛の使用ができず、コンデンサ用リード線の溶接部から発生するウィスカの対策が急務になっている。」などの記載があり、引用発明1も、鉛を用いることなくウィスカの発生を防止することを目していることが明らかであるから、乙38公報に記載された「すずめっき」が、スズ金属100パーセントのものを殊更に排除しているものとは認め難いというべきである。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(イ)なお、本件発明1-1及び同1-2の「ウィスカの成長抑制処理」は、特許請求の範囲の文言上、「ウィスカの成長を抑制するための処理」という意義と解するほかないところ、引用発明1における「加熱処理」も、乙38公報の段落【0012】に記載されているとおり、ウィスカの成長を抑制するための処理として記載されているのであるから、本件発明1-1及び同1-2の「ウィスカの成長抑制処理」に当たるというべきである。

ウ 一致点

本件発明1-1及び同1-2と引用発明1とは、「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード先端部に、アルミ芯線が溶接されてなり、前記リード線とアルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなる」点において一致している。

エ 相違点

(ア)本件発明1-1と引用発明1とは、次の各点において相違する(なお、後記cの相違が実質的なものであるか否かについては、後述する。)。

a 本件発明1-1の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し、引用発明1の「アルミニウム線11」がこれを有するか不明である点(以下「相違点1-1」という。)。

b 本件発明1-1は「電解コンデンサ用タブ端子」であるのに対し、引用発明1は「コンデンサ用リード線」である点(以下「相違点1-2」という。)。

c 本件発明1-1の「ウィスカの成長抑制処理」は「酸化スズ形成処理」であるのに対し、引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」が「酸化スズ形成処理」であるか不明である点(以下「相違点1-3」という。)。

(イ)本件発明1-2と引用発明1とは、上記相違点1-1ないし同1-3に加え、次の点において相違する(なお、この相違が実質的なものであるか否かについては、後述する。)。

本件発明1-2は、「前記酸化スズ形成処理により、前記リード線と前記アルミ線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO2が含まれてなる」のに対し、引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」により、溶接部にSnO又はSnO2が含まれることとなるか不明である点(以下「相違点2」という。)。

(3)相違点についての検討

ア 相違点1-1について

本件優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-213592号公報(乙40)及び特開平9-139326号公報(乙41)には、アルミニウム丸棒線と銅下地錫引鉄線又は銅被覆鋼線が溶接されたコンデンサ用リード線において、アルミニウム丸棒部の一部を扁平部とすることが記載されているから(乙40の段落【0002】等、乙41の段落【0002】等)、コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム線に圧扁部を設けることは、本件優先日時点における周知技術であったものと認められ、これを引用発明1に適用することを妨げるべき事由は見当たらない。

そうすると、乙38公報に接した当業者において、引用発明1に上記周知技術を適用して、相違点1-1に係る構成とすることは、本件優先日当時、容易に想到できたことであるといえる。

イ 相違点1-2について

本件優先日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平9-45579号公報(乙39)、特開平9-213592(乙40)及び特開平9-139326号公報(乙41)には、それぞれ、コンデンサ用リード線をタブ端子とすること(乙39の段落【0013】等)、アルミ線丸棒部と銅下地錫引鉄線とが接合された外部引き出しリード線をアルミ電解コンデンサに用いること(乙40の段落【0002】等)、スズめっきが施されたCP線(銅被覆鋼線)をアルミ電解コンデンサ用のタブ端子とすること(乙41の段落【0002】等)が記載されているから、スズがめっきされた銅線とアルミニウム線が溶接されたコンデンサ用リード線をアルミ電解コンデンサ用のタブ端子とすることは、本件優先日時点における周知技術であったものと認められ、これを引用発明1に適用することを妨げるべき事由は見当たらない。

そうすると、乙38公報に接した当業者において、引用発明1に上記周知技術を適用して、相違点1-2に係る構成とすることは、本件優先日当時、容易に想到できたことであるといえる。

ウ 相違点1-3について

(ア)本件優先日前に日本国内において頒布された大木道則ほか編「化学辞典」(東京化学同人)(乙42)、特開平9-274060号公報(乙43)、木村恵英ほか「錫めっきコンタクトの温度サイクルによる劣化メカニズムとその加速試験法」電子通信学会技術研究報告R83-63(乙44)及び朝倉信幸ほか「端子圧着部における皮膜の電気的破壊についての一考察」矢崎技術レポート第20号(乙45)には、それぞれ、「スズは室温では空気中で安定であるが、高温では酸素と反応してSnO2となる。」(乙42の715頁)、「錫メッキ層の表面には、時効によって、酸化錫の皮膜が形成される」(乙43の段落【0014】)、「室温の大気中に放置してその時効によって形成される酸化皮膜の厚さ、通常大気中で150℃という高温雰囲気下に1時間放置したときに形成される酸化皮膜の厚さ」(乙43の段落【0020】)、スズめっきコネクタについて「高温になると・・・露出した錫表面は高温のために急速に酸化される。」(乙44の56頁)、Cu-Sn-Fe-P合金にCu(銅)下地めっきとSn(スズ)めっきとを施したテスト端子を120℃で1000時間放置した場合に「Snめっき材料ではほとんどが酸化錫(Ⅳ)(SnO2)であった」(乙45の82頁)との各記載がある。これらの記載からすれば、スズめっきを空気中で高温加熱すると、その表面に酸化スズ(SnO2)が形成されることは、本件優先日当時の技術常識であったものと認められる。

(イ)相違点1-3は、「本件発明1-1の『ウィスカの成長抑制処理』は『酸化スズ形成処理』であるのに対し、引用発明1の『ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理』が『酸化スズ形成処理』であるか不明である点」である。

ここで、乙38公報には、前記(1)アで認定したとおり、「例えば、本発明の実施形態では、コンデンサ用リード線1を温度150℃で21分間加熱しているが、例えば、温度100℃~125℃で4時間程度加熱してもよい。」との記載があって(段落【0014】)、上記「コンデンサ用リード線1」は、「極めて純度の高いすずがめっきされた銅線10とアルミニウム線11とを溶接部12で溶接したもの」というのであるから(段落【0007】)、上記(ア)に認定した本件優先日当時の技術常識に照らせば、乙38公報に「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」の実施例として記載されたコンデンサ用リード線1を温度150℃で21分間加熱する処理によって、溶接部に酸化スズが形成されることは、当業者にとって明らかというべきである。したがって、引用発明1の「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」は、本件発明1-1の「酸化スズ形成処理」に当たるものと認められる。

この点について、原告は、乙38公報記載の熱処理により酸化スズが形成されることがあったとしても、それはたまたま空気中で熱処理がされたためであって、より効率的な真空下での熱処理であれば酸化スズは生じないはずであると主張するが、乙38公報には、コンデンサ用リード線の加熱処理を真空下で行うべき旨の記載はなく、少なくとも空気中で加熱処理を行う態様を排除しているとは認め難いから、原告の主張を採用することはできない。

以上によれば、相違点1-3は、実質的な相違点とは認め難い。

エ 相違点2について

相違点2は、「本件発明1-2は、『前記酸化スズ形成処理により、前記リード線と前記アルミ線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO2が含まれてなる』のに対し、引用発明1の『ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理』により、溶接部にSnO又はSnO2が含まれることとなるか不明である点」であるが、上記ウ(ア)に認定した本件優先日当時の技術常識に照らせば、乙38公報に「ウィスカが発生するのを防止するための加熱処理」の実施例として記載されたコンデンサ用リード線1を温度150℃で21分間加熱する処理によって、溶接部に酸化スズ(少なくともSnO2)が形成されることは、当業者にとって自明というべきである。

したがって、相違点2は、実質的な相違点とは認め難い。

オ 小括

以上のとおり、本件発明1-1及び同1-2と引用発明1とを対比した相違点のうち、相違点1-3及び同2はいずれも実質的な相違点とは認め難く、相違点1-1及び同1-2については、本件優先日当時、当業者において引用発明1に上述した周知技術を適用して同相違点に係る構成とすることはいずれも容易想到であったというべきであるから、本件発明1-1及び同1-2は、いずれも、本件優先日当時、当業者が引用発明1及び上述した周知技術に基づいて容易に発明することができたものと認められる。

(4)原告の主張について

原告は、要旨、従来、鉛フリーのリード線をタブ端子として用いる場合に、ウィスカの成長抑制とはんだ濡れ性との両立という課題があったところ、本件発明1-1及び1-2は、ウィスカの発生機序に着目し、溶接部分の残留応力を取り除くばかりでなく、これに加え、溶接部分のスズを酸化スズに変性させておくことにより、スズの結晶変態を抑制し、ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであり、更に、はんだ濡れ性を損なうことのない適度な条件(熱処理における温度や時間、溶剤処理における溶剤の種類、濃度及び温度)を明らかにする画期的な発明であると主張する。

しかしながら、特許請求の範囲には、「熱処理における温度や時間、溶剤処理における溶剤の種類、濃度及び温度」などの「適度な条件」による構成の限定はないのであるから、「適度な条件」を明らかにしたことを理由として本件発明1-1及び同1-2の進歩性が認められるということにはならない。また、ウィスカの発生機序に着目し、溶接部分のスズを酸化スズに変成させておくことによりスズの結晶変態を抑制したとの点についても、特許請求の範囲には記載のない発明の作用機序を主張するにとどまるものであって、「物」の発明であるところの本件発明1-1及び同1-2が、引用発明1とその構成において異なることを指摘するものとは認められない。

したがって、原告の上記主張を採用することはできない。

(5)争点2-2の小括

以上によれば、本件発明1-1及び同1-2は、本件優先日当時、引用発明1及び上述した周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから、これらの発明についての各特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由があるから、特許無効審判により無効にされるべきものである。

したがって、原告は、被告に対し、本件特許権1を行使することができないから(特許法104条の3第1項)、本件特許権1の侵害を原因とする原告の請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

5.2 争点2-7(本件発明2-10及び同2-11についての各特許に無効理由2〔進歩性欠如〕は認められるか)について

(1)乙38公報に記載された発明の構成

前記1アに認定した乙38公報の記載によれば、本件特許2の出願日前に頒布された刊行物である乙38公報には、次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。

10a:すずがめっきされた銅線10の端部に、

10b:アルミニウム線11が溶接されたコンデンサ用リード線1であって、

10c:(乙38公報には、溶接部12の少なくとも一部にSnPOX〔xは2~4を表す〕からなる皮膜が形成されているかについての記載はない。)

10d:コンデンサ用リード線。

11a:(乙38公報には、すずが存在する部分において、すずの表面にPOX〔xは2~4を表す〕からなる皮膜が形成されているかについての記載はない。)

(2)引用発明2と本件発明2-10及び同2-11との対比

ア 引用発明2の「すずがめっきされた銅線10」が本件発明2-10及び同2-11の「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線」に、引用発明2の「アルミニウム線11」が本件発明2-10及び同2-11の「アルミ芯線」に、それぞれ相当するものと認められる。

なお、乙38公報に記載された「すずがめっきされた銅線10」の「すずめっき」はスズ金属100パーセントとは限らないのに対し、本件発明2-10及び同2-11の「スズからなる金属層」はスズ金属100パーセントを意味する、との原告の主張は、前記1(2)アで述べたところと同様の理由により、採用することができない。

イ 一致点

本件発明2-10及び同2-11と引用発明2とは、「芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード先端部に、アルミ芯線が溶接されてなる」点において一致している。

ウ 相違点

(ア)本件発明2-10と引用発明2とは、次の各点において相違する(なお、後記cの相違が実質的なものであるか否かについては、後述する。)。

a 本件発明2-10の「アルミ芯線」は「圧扁部」を有するのに対し、引用発明2の「アルミニウム線11」がこれを有するか不明である点(以下「相違点10-1」という。)。

b 本件発明2-10は「タブ端子」であるのに対し、引用発明2は「コンデンサ用リード線」である点(以下「相違点10-2」という。)。

本件発明2-10は、「前記溶接部分の少なくとも一部に、SnPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されて」いるのに対し、用発明2の「溶接部12」に「SnPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜」が形成されているか不明である点(以下「相違点10-3」という。)。

(イ)本件発明2-11と引用発明2とは、上記相違点10-1ないし同10-3に加え、次の点において相違する(なお、この相違が実質的なものであるか否かについては、後述する。)。

本件発明2-11は、「スズが存在する部分において、スズ表面にPOX〔xは2~4を表す〕からなる皮膜が形成されて」いるのに対し、引用発明2のスズが存在する部分に「POX〔xは2~4を表す〕からなる皮膜」が形成されているか不明である点(以下「相違点11」という。)。

(3) 相違点についての検討

ア 相違点10-1について

前記1(3)アで認定説示したところによれば、コンデンサ用リード線に用いられるアルミニウム線に圧扁部を設けることは、本件特許2の出願日(本件優先日より後である。)時点においても周知技術であったものと認められ、これを引用発明2に適用することを妨げるべき事由は見当たらないから、乙38公報に接した当業者において、引用発明2に上記周知技術を適用して、相違点10-1に係る構成とすることは、本件特許2の出願日当時、容易に想到できたことであるといえる。

イ 相違点10-2について

前記1(3)イで認定説示したところによれば、スズがめっきされた銅線とアルミニウム線が溶接されたコンデンサ用リード線をアルミ電解コンデンサ用のタブ端子とすることは、本件特許2の出願日(本件優先日より後である。)時点においても周知技術であったものと認められ、これを引用発明2に適用することを妨げるべき事由は見当たらないから、乙38公報に接した当業者において、引用発明2に上記周知技術を適用して、相違点10-2に係る構成とすることは、本件特許2の出願日当時、容易に想到できたことであるといえる。

ウ 相違点10-3について

(ア)本件特許2の出願日当時の技術常識

a 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開平11-314311号公報(乙50)には、次の記載がある(各項目末尾の【】は、同公報の段落番号等を示す。)。

-省略-

b 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開平7-286285号公報(乙51)には、次の記載がある(各項目末尾の【】は、同公報の段落番号を示す。)。

-省略-

c 上記a及びbの記載によれば、少なくとも1重量パーセント程度のリン酸塩を含有する溶剤を用いてスズめっきの表面を処理することにより、スズめっき層のスズが溶出し、これがリン酸と反応してリン酸スズを形成し、このリン酸スズがスズめっきの表面を化成皮膜として被覆することは、本件特許2の出願日当時の技術常識であったものと認められる。

(イ) 相違点10-3についての検討

a 相違点10-3は、「本件発明2-10は、『前記溶接部分の少なくとも一部に、SnPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されて』いるのに対し、引用発明2の『溶接部12』に『SnPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜』が形成されているか不明である点」である。

ここで、乙38公報には、前記1(1)アで認定したとおり、「前記洗浄装置20は、例えば、アルミニウム及びその合金用の非エッチング型弱アルカリクリーナ(商品名:ファインクリーナ315)などの洗浄液によって、コンデンサ用リード線1を洗浄する洗浄槽である。この洗浄装置20は、温度90℃~99℃の洗浄液でコンデンサ用リード線1を約12分間洗浄して、アルミニウム線11を脱脂したり、銅線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生するカーボンを除去する。」との記載があるところ(段落【0008】)、「ファインクリーナ315」は、縮合リン酸塩を25ないし30質量パーセント含有するアルカリ洗浄液であるから(乙49、56。これが希釈された溶液が洗浄に使用されるとしても、同溶液中のリン酸塩の濃度は少なくとも1重量パーセント程度になるものと解される。乙49、92、93参照。)、上記(ア)に認定した本件特許2の出願日当時の技術常識に照らせば、乙38公報に記載されたコンデンサ用リード線1を温度90℃ないし99℃の温度で約12分間洗浄するとの処理を経ることにより、溶接部の少なくとも一部にリン酸スズ(SnPOX)からなる皮膜(原告は、争点1-3に関し、本件発明2-10にいう「SnPOX」が「リン酸スズ」を意味し、かつ、同発明にいう「皮膜」が「熱処理や溶剤処理によって形成される」「多くの格子欠陥を有する非結晶状態」であっても構わない旨主張している。)が形成されることは、当業者にとって自明というべきである(なお、「SnPO3.5」とも表記しうるピロリン酸スズ(Ⅱ)〔Sn2P2O7〕が安定な化合物として知られていることからして〔乙1〕、溶接部に形成されたリン酸スズの少なくとも一部は、「SnPOX(xは2~4を表す)」に当たると合理的に推認できる。)。

b ところで、乙38公報には、「そして、コンデンサ用リード線1は、液回収装置21内でエアを吹き付けられて、水洗装置22内で洗浄液が洗い流される(洗浄液除去工程)、次に、コンデンサ用リード線1は、遠心分離機23によって純水を除去された後に、エアブロー24によって純水が除去される。」(段落【0011】)などの記載があり、「ファインクリーナ315」による洗浄処理の後に洗浄液除去工程や水洗工程が予定されているが、乙51号証の段落【0026】にも、「化成処理水溶液の塗布の後、水洗、純水による洗浄、乾燥の順で処理を完了する。」との処理が記載されており、これにも関わらず、同【0027】のように、「このスズイオンはリン酸及びホスホン酸化合物と反応して不溶性のリン酸スズを形成する。このリン酸スズがスズメッキ缶の露出鉄面を化成皮膜として被覆する。」として、リン酸スズによる皮膜が形成されているのであるから、引用発明2のコンデンサ用リード線1は、洗浄処理に引き続く洗浄液除去工程や水洗工程を経た後にも、リン酸スズからなる皮膜を備えているものと認めるのが相当である。

また、本件発明2-10では、リン酸スズからなる皮膜を意図的に形成するためにタブ端子をリン系溶剤で洗浄するのに対し、乙38公報における「ファインクリーナ315」による洗浄は、同公報の段落【0008】にあるように、「アルミニウム11を脱脂したり、銅線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生するカーボンを除去する」ことを目的とするものであるから、洗浄工程の目的が異なっているが、工程の目的が異なっていたとしても、これによって得られる「物」が変わらないのであれば、「物」の発明としての同一性を否定することはできないところ、本件発明2-10に係る特許請求の範囲には、単に「前記溶接部分の少なくとも一部に、SnPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」と記載されているにとどまり、当該皮膜の厚みやリン量換算でどの程度のリン酸スズが形成されているべきかについては何らの限定も付していないのであるから、引用発明2のコンデンサ用リード線1と本件発明2-10のタブ端子を、この点において区別することは困難というほかはない。

c したがって、相違点10-3は、実質的な相違点とは認め難い。

エ 相違点11について

(ア)本件特許2の出願日当時の技術常識

a 本件特許2の出願日前に日本国内で頒布された刊行物である特開2002-161396号公報(乙52)には、次の記載がある(各項目末尾の【】は、同公報の段落番号等を示す。)。

-省略-

b 上記aの記載によれば、スズ-銀合金めっきの表面を70℃~210℃の範囲で熱処理するとAg4Snは一部がAg、Snに変化すること、その後、リン酸塩を含有する少なくとも60℃の溶剤を用いて少なくとも30秒間、錫-銀合金めっきの表面を処理することにより、その表面にリン化合物P、PO2、PO3が形成されることは、本件特許2の出願日当時の技術常識であったものと認められる。

(イ)相違点11についての検討

a 相違点11は、「『スズが存在する部分において、スズ表面にPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されて』いるのに対し、引用発明2のスズが存在する部分に『POX(xは2~4を表す)からなる皮膜』が形成されているか不明である点」である。

ここで、乙38公報には、前記1(1)アで認定したとおり、「前記洗浄装置20は、例えば、アルミニウム及びその合金用の非エッチング型弱アルカリクリーナ(商品名:ファインクリーナ315)などの洗浄液によって、コンデンサ用リード線1を洗浄する洗浄槽である。この洗浄装置20は、温度90℃~99℃の洗浄液でコンデンサ用リード線1を約12分間洗浄して、アルミニウム線11を脱脂したり、銅線10とアルミニウム線11とを溶接するときに発生するカーボンを除去する。」との記載があるところ(段落【0008】)、「ファインクリーナ315」は、縮合リン酸塩を25ないし30質量パーセント含有するアルカリ洗浄液であるから(乙49、56)、上記(ア)に認定した本件特許2の出願日当時の技術常識に照らせば、乙38公報に記載されたコンデンサ用リード線1を温度90℃ないし99℃の温度で約12分間洗浄するとの処理を経ることにより、溶接部のスズが存在する部分において、スズ表面にリン化合物P、PO2、PO3からなる皮膜が形成されることは、当業者にとって明らかというべきである。

b なお、前記ウ(イ)bのとおり、乙38公報では、「ファインクリーナ315」による洗浄処理の後に洗浄液除去工程や水洗工程が予定されているが、乙52号証の段落【0069】にも、「更に、電子部品表リードフレーム1の側面に漏れた銀を電気的に除去し、洗浄した後乾燥させる。」との処理が記載されており、これと同様の処理による実施例1(同【0085】)においてスズ-銀合金めっき皮膜8表面にはリン化合物P、PO2、PO3が測定されたというのであるから、引用発明2のコンデンサ用リード線1は、洗浄処理に引き続く洗浄液除去工程や水洗工程を経た後にも、リン化合物P、PO2、PO3からなる皮膜を備えているものと認めるのが相当である。

また、本件発明2-11では、POX(xは2~4を表す)からなる皮膜を意図的に形成するためにタブ端子をリン系溶剤で洗浄するのに対し、前記ウ(イ)bのとおり、乙38公報における「ファインクリーナ315」による洗浄は、アルミニウムの脱脂及びカーボンの除去が目的となっているが、工程の目的が異なっていたとしても、これによって得られる「物」が変わらないのであれば、「物」の発明としての同一性を否定することはできないところ、本件発明2-11に係る特許請求の範囲には、単に「スズが存在する部分において、スズ表面にPOX(xは2~4を表す)からなる皮膜が形成されてなる」と記載されているにとどまり、当該皮膜の厚みやリン量換算でどの程度のPOXが形成されているべきかについては何らの限定も付していないのであるから、引用発明2のコンデンサ用リード線1と本件発明2-11のタブ端子を、この点において区別することは困難というほかはない。

原告は、仮に、乙52号証にスズ-銀合金めっきをリン酸塩溶液で洗浄すればリン化合物が形成されることが記載されていたとしても、スズめっきにおいても同様にリン化合物が形成されるとは限らないと主張するが、乙52号証の段落【0093】に記載されているとおり、スズ-銀合金めっきを熱処理することにより、Ag4Snは一部がAg、Snに変化するというのであるから、スズめっきにおいてもリン化合物が形成されると考えるのが自然であって、原告の上記主張は採用することができない。

c したがって、相違点11は、実質的な相違点とは認め難い。

オ 小括

以上のとおり、本件発明2-10及び同2-11と引用発明2とを対比した相違点のうち、相違点10-3及び相違点11は実質的な相違点とは認め難く、相違点10-1及び同10-2については、本件特許2の出願日当時、当業者において引用発明2に上述した周知技術を適用して同相違点に係る構成とすることはいずれも容易想到であったというべきであるから、本件発明2-10及び同2-11は、本件特許2の出願日当時、いずれも当業者が引用発明2及び上述した周知技術に基づいて容易に発明することができたものと認められる。

(4)原告の主張について

原告は、要旨、従来、鉛フリーのリード線をタブ端子として用いる場合に、ウィスカの成長抑制とはんだ濡れ性との両立という課題があったところ、本件発明2-10及び同2-11は、ウィスカの発生機序に着目し、溶接部分の残留応力を取り除くばかりでなく、これに加え、溶接部分の表面にリン酸系化合物の皮膜を形成することにより、スズがディスロケーションによって結晶成長することを抑制し、ウィスカの発生を抑制できることを見いだしたものであると主張する。

しかしながら、溶接部分の表面にリン酸系化合物の皮膜を形成することにより、スズがディスロケーションによって結晶成長することを抑制したというのは、特許請求の範囲には記載のない発明の作用機序を主張するにとどまるものであって、「物」の発明であるところの本件発明2-10及び同2-11が、引用発明2とその構成において異なることを指摘するものとは認められないから、原告の上記主張を採用することはできない。

(5)争点2-7の小括

以上によれば、本件発明2-10及び同2-11は、本件特許2の出願日当時、引用発明2及び上述した周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから、これらの発明についての各特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由があるから、特許無効審判により無効にされるべきものである。

したがって、原告は、被告に対し、本件特許権2を行使することができないから(特許法104条の3第1項)、本件特許権2の侵害を原因とする原告の請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

6.検討

(1)判決では特許の有効性についてのみ判断されており、抵触性については全く判断されていません。やはり抵触性についての判断があった方が当事者の判決後の方針検討に役立つと考えます。

(2)本件発明は、要はリード線とアルミ芯線を溶接した部分を、酸素雰囲気下で80~150℃の温度範囲で10~60分間熱処理することにより、この溶接部分のスズを酸化して、酸化スズを形成することで溶接部にウィスカ成長抑制処理を施すものです。一方、乙38発明は銅線とアルミニウム線を溶接した部分を洗浄後約150℃で約21分間加熱して乾燥することでウィスカの発生を防止するものです。

ここで問題なのは乙38文献にはウィスカの発生防止原理について一切説明がない点です。当然原告の立場なら乙38発明は酸化スズを形成するものではない、と主張します。ここで被告は出願時の技術常識を認定するための証拠を提出して、乙38文献記載の方法で加熱すれば、乙38発明の発明者が意図しているか否かは別として、勝手に酸化スズ膜が形成されると形成されると主張し、これが認められたかたちになりました。しかし、上記の通り本件発明と乙38発明の加熱条件が一致しているので必然的に同じ結果となるはずと思います。

(3)念のため乙38文献の出願人の特許出願のうちウィスカについて触れているものを検索してみたところ6件ヒットしましたが、5件は乙38文献よりも後の出願でした。これらの中には同じように洗浄後約150℃で約21分間加熱して乾燥する工程が記載されているものがありましたが、これにもウィスカ防止原理について書いてありませんでした。

(4)原告としてはウィスカ防止の原理も書いていない先行技術文献によって特許無効と判断されるのは納得できないかもしれませんが、少なくとも現在の特許請求の範囲の記載ぶりでは無効理由を解消するのは難しいように思います。原告は特許無効審判で訂正請求していますが、包袋を取り寄せていないので内容はわかりません。ただ、訂正するにしても結果物に関して追加する訂正なら良いのですが、訂正の内容が製造方法に関わるものだと認定されると、いわゆるPBP(プロダクト・バイ・プロセス)クレームに関する最高裁判決を受けて認められない可能性が高いので大変です。

(5)本件特許1の請求項1において「ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理である」と書いてある点が気になりました。語句の意味だけを追うと、「ウィスカの成長抑制処理」というのは発生したウィスカの成長を抑制する処理と読めますが、「ウィスカ抑制処理」はウィスカの発生自体も抑制する処理と読めます。明細書中でも混同しているので、あまり意識しないで書いてあるのかもしれませんが、突き詰めると両者は全く意味が異なるものなので侵害訴訟で命取りになる可能性もあるので注意すべきと思います。