車載アンテナ事件

投稿日: 2019/10/17 23:29:05

今日は、平成30年(ワ)第13400号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社ヨコオ(以下、ヨコオ社)は、判決文によると、車載通信機器の製造、販売等を業とする株式会社、一方、被告である原田工業株式会社(以下、原田工業)は、車載通信機器の製造、販売等を業とする株式会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、底面に給電用筒状部を有するアンテナの仮固定ホルダの構造に関するものであって、仮固定ホルダは下方に延びるメインアーム部と、上端部が上端に向かって肉厚が増加している係止爪となっていて、下端部にてメインアーム部と繋がり、この下端部を支点として撓む構造となっているサブアーム部とを備えたものです。

(2)争点は大きく分けると、①被告製品が「給電用筒状部」を備えているか否か(構成要件1A、1D)、②被告製品が「係止爪」を備えているか否か(構成要件1F)の2点でした。

(3)①については、被告製品においては、給電線は突出部を通さずに別に設けた穴部を通しているため、被告製品は構成要件1A及び1Dを充足しない、と判断されました。②については、被告製品においてはサブアーム部に爪部とフック部が設けられており、このうち爪部だけを取り出して「係止爪」に相当するという原告の主張は「上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪」という請求項記載の文言に反するため認められませんでした。一方、爪部とフック部全体として「係止爪」に相当する主張については構成要件1Fを充足するとされました。しかし、続いて構成要件1G「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」と照らし合わせ、爪部よりも上端に位置するフック部が薄いので構成要件1Gを充足しない、と判断されました。

(4)判決文を読みましたが、①、②とも特に引っ掛かるような点がありませんでした。②で爪部とフック部全体として「係止爪」に相当する主張については構成要件1Fを充足する、としていますが、判決では何故爪部とフック部を全体として扱うことができるのか検討されていないので、爪部とフック部を全体として扱ったところで構成要件1Gを充足しないことを示すために便宜上構成要件1Fを充足するとしただけだと思います。

(5)原告は構成要件1F及び1Gについては均等侵害についても主張していますが、構成要件1A及び1Dについては均等侵害を主張していませんでした。本来はこの点だけでも非抵触であると判断され終わってしまいそうですが、裁判所は構成要件1F及び1Gの均等侵害について検討し、これを否定しています。

(6)本件特許でもって被告製品が侵害品である、と認定されることは、相違点が多く、さらに発明の課題解決に結びつく点で相違しているので難しいと思います。特に被告製品の構成要件1F、1Gに対応する構造を見る限り、被告は本件特許を把握したうえで回避するように製品開発を行ったと思われます。

(7)本件訴訟があまりにも無理筋だったので気になって調べたところ、原告と被告がかなり係争を繰り広げていたことがわかりました。訴訟という形で表に出ているケースだけですが、本件以外は本件被告である原田工業が本件原告であるヨコオ社を訴えている事件ばかりなので、これらの係争への何らかの影響を狙った訴訟だったのだと思います。狙いは不明ですが。

(8)ヨコオ社及び原田工業それぞれのHPに掲載されたニュースリリース及び裁判所HPの判例から調べられた限りの両社の係争は以下のとおりです。

最初に原田工業が2件の特許それぞれで2014年10月28日及び2015年8月6日にヨコオ社を被告とする侵害訴訟を提起しました。これらは地裁ではいずれも原告である原田工業が勝訴し、判決を不服とするヨコオ社が知財高裁に控訴しました。この2件目の特許の正確な控訴日は不明ですが、おそらく1件目の控訴審での審理と並行して和解の打ち合わせが勧められており、2件目を控訴した直後に和解したと思われます。

この和解成立後の約1年後に原田工業が1件目と同一の特許(特許第5237617号)で再びヨコオ社を被告して訴訟を起こしています。原田工業によるとヨコオ社が1件目の特許の請求の範囲に含まれる製品であって和解対象外であるものを製造・販売しているために訴訟を起こした、ということです。

さらに、原田工業は2018年4月2日付のニュースリリースで原田工業の中国特許(ZL201510121116.5)をヨコオ社の子会社である東莞友華通信配件有限公司(以下、東莞ヨコオ)が侵害しているとして中国で訴訟を提起したと述べています。なお、ZL201510121116.5は中国での出願番号であり、特許番号はCN104752814Bで、これは特願2011-66359号を優先権の基礎とするPCT出願(PCT/JP2012/051955)から中国国内に移行した出願からの分割出願です。

本件訴訟は、この中国での訴訟直後に提起されたものです。

2.手続の時系列の整理(特許第5213250号)

3.本件各発明

(1)本件発明1

1A 底面に給電用筒状部(11)を有するベース体(10)と、

1B ベース体(10)の上側を覆うカバー(20)と、

1C 前記ベース体(10)に設けられる仮固定用ホルダ(60)とを備え、

1D 前記仮固定用ホルダ(60)は、可撓性樹脂で成形されており、前記給電用筒状部(11)の外壁面に沿って下方に延びる複数のメインアーム部(62)と、前記メインアーム部(62)に対して下端部にて繋がったサブアーム部(63)とを有し、

1E 前記サブアーム部(63)は前記下端部が前記サブアーム部(63)の撓みの支点となり、

1F 前記サブアーム部(63)の上端部は前記メインアーム部(62)の外側面よりも外方向に突出した係止爪(65)をなし、

1G かつ前記係止爪(65)は上端に向かって肉厚が増加している

1H アンテナ。

(2)本件発明2

2A 請求項1に記載のアンテナにおいて、

2B 前記メインアーム部(62)は前記給電用筒状部(11)の外壁面の互いに対向する位置にある、

2C アンテナ。

(3)本件発明3

3A 請求項1又は2に記載のアンテナにおいて、

3B 前記メインアーム部(62)に設けられた開口の内側に前記サブアーム部(63)が形成されている、

3C アンテナ。

(4)本件発明4

4A 請求項1乃至のいずれかに記載のアンテナにおいて、

4B 前記給電用筒状部(11)の外壁面には凹部(12)が形成され、前記凹部(12)の内側に前記メインアーム部(62)が配置されている、

4C アンテナ。

(5)本件発明5

5A 請求項1乃至のいずれかに記載のアンテナにおいて、

5B 前記ベース体(10)の底面に水密シール用パッドが装着されている、

5C アンテナ。

(6)本件発明6

6A 請求項1乃至のいずれかに記載のアンテナにおいて、

6B 被装着パネルの孔に前記給電用筒状部(11)を前記被装着パネルの外側面から差し込んだ状態で前記係止爪(65)は前記被装着パネルの内側面に引っ掛かり、

6C かつ前記給電用筒状部(11)の抜け方向の荷重に対して、前記係止爪(65)は外側に開く構造である、

6D アンテナ。

4.被告製品

被告製品の外観等は別紙写真目録記載の各写真のとおりであり、原告は、被告製品は以下の構成(以下、それぞれの符号に従い「構成1a」などという。)を有すると主張する(なお、下線部については当事者間に争いがある。)。

【請求項1に関し】

1a 側面に切溝を有する中空の突出部をその底面に有するアンテナベース部と、

1b アンテナベース部の上側を覆うアンテナカバーと、

1c アンテナベース部に設けられるコの字型部材とを備え、

1d 前記コの字型部材は、可撓性樹脂で成形されており、前記突出部の外壁面に沿って下方に延びる2本のメインアーム部と、前記メインアーム部と下端部で繋がったサブアーム部とを有し、

1e 前記サブアーム部は前記下端部を支点として撓み、

1f 前記サブアーム部の上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した爪部及び小片を有し、

1g 前記爪部は上端に向かって肉厚が増加している

1h アンテナ。

【請求項2に関し】

2a 1aないし1hの構成を有するアンテナであって、

2b 前記メインアーム部は前記突出部の外壁面の互いに対向する位置にある、

2c アンテナ。

【請求項3に関し】

3a 1aないし1h及び2aないし2cの構成を有するアンテナであって、

3b 前記メインアーム部に設けられた開口の内側に前記サブアーム部が形成されている、

3c アンテナ。

【請求項4に関し】

4a 1aないし1h、2aないし2c及び3aないし3cの構成を有するアンテナであって、

4b 前記突出部の外壁面には凹部が形成され、前記凹部の内側に前記メインアーム部が配置されている、

4c アンテナ。

【請求項5に関し】

5a 1aないし1h、2aないし2c、3aないし3c及び4aないし4cの構成を有するアンテナであって、

5b 前記アンテナベース部の底面に防水用のゴム製のパッドが装着されている、

5c アンテナ。

【請求項6に関し】

6a 1aないし1h、2aないし2c、3aないし3c、4aないし4c及び5aないし5cの構成を有するアンテナであって、

6b 被装着パネルの孔に前記突出部を前記被装着パネルの外側面から差し込んだ状態で前記爪部は前記被装着パネルの内側面に引っ掛かり、

6c かつ前記突出部の抜け方向の荷重に対して、前記爪部は外側に開く構造である、

6d アンテナ。

5.争点

被告製品が構成要件1B、1Cを充足することについては、当事者間に争いがない。被告は、構成要件2A、2B、3A、3B、4A、4B、5A、5B、6A~6Cの充足性を争うが、本件特許の請求項2~6は請求項1の従属項を含むことや、「給電用筒状部」(構成要件1A及び1D)又は係止爪(構成要件F)の充足性と争点が重複することなどに照らすと、本件の実質的な争点は次のとおりとなる。

(1)被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告製品が構成要件1A及び1Dを充足するか(争点1-1)

イ 被告製品が構成要件1E及び6Cを充足するか(争点1-2)

ウ 被告製品が構成要件1Fを充足するか(争点1-3)

エ 被告製品が構成要件1Gを充足するか(争点1-4)

(2)被告製品による均等侵害の成否(争点2)

(3)原告の損害額(争点3)

6.当事者の主張

1 争点1(被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(被告製品が構成要件1A及び1Dを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は「給電用筒状部」を備えているので、構成要件1A及び1Dを充足する。

ア 「筒状」について

「筒状」とは、丸く細長くて中空になっている形状を意味するところ(甲8)、被告製品の突出部は中空である。「筒状」に該当するために、中空部分の断面の形状が円形である必要はなく、その断面の形状がC状であり、側面に切溝が設けられていたとしても、「筒状」に該当する。被告が特許権を有する乙15の公報にも、「円筒状突出部13」という名称で、被告製品の突出部(下記左図)と同形状の部材(下記右図)が開示されている。

被告は、被告製品の突出部の切溝にナットの位置決め部材が差し込まれることから、内部空間が中空にならないと主張するが、本件各発明における「給電用筒状部」は、アンテナベースに設けられる一つの部材を意味するものであるから、突出部に事後的に取り付けられる別の部材である「ナットの位置決め部材」は、突出部の「筒状」該当性とは関係がない。

イ 「給電用」について

本件明細書等の段落【0004】、【0005】、【0027】、【0034】、【図1】の11の記載によれば、「給電用筒状部」とは、上記【図1】において示されているような、給電線を通すことができるような空洞を有する円筒状の部材を意味するものである。下図のとおり、被告製品を車体パネルの取付孔に挿入する際に突出部に給電線を通すことができる(なお、被告製品2についても、突出部を塞ぐバーより下方の部分に給電線を通すことはできる。)。被告製品の実装時に給電線を通すのは突出部ではなく穴部であるとしても、突出部の空洞に給電線を通すことができることに変わりがないから、「給電用」筒状部に該当する。

「給電用筒状部」の側面に切溝が設けられたアンテナにおいても、「給電用筒状部」及び給電線を車体パネルの取付孔に挿入する際には、給電線を「給電用筒状部」の空洞に一旦通して、その後、給電線を「給電用筒状部」の側面の切溝から出すのが通常である(甲12)。また、給電(電力の供給)は、アンテナが車体に取り付けられた後に初めて問題となるのに対し、本件各発明は、アンテナの取付作業性の改善を図ることが可能なアンテナの提供を目的とするものであるから、「給電用筒状部」が給電のために用いられるか否かは、本件各発明の作用効果とは関係がない。そのため、アンテナの車体への取付けが完了した状態で給電線が円筒の空洞を通っているかどうかは、「給電用筒状部」該当性に影響しない。

「~用」という表現は、その物が当該用途で実際に使用されていなくとも、当該用途で使用するのに適した形状等を備えている場合にも広く用いられるのであり、実際に当該用途に使用される場合のみ侵害が成立すると解すべき理由はない。「給電用」筒状部についても、給電線を通すことができるような空洞を有する円筒状の部材であれば「給電用筒状部」に該当するのであって、実際に給電線が通されているかどうかは無関係である

ウ 以上のとおり、被告製品の突出部は、「給電用筒状部」に該当するから、構成要件1A及び1Dを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品の突出部は、筒状ではなく、給電線を通すものでもないから、被告製品は構成要件1A及び1Dが規定する「給電用筒状部」を備えていない。

ア 「筒状」について

「筒状」は、丸く細長くて中空になっている形状、管を意味するところ、下記左図のとおり、被告製品の突出部の、四角柱状に内部空間が切り取られた断面視C状の形状は、丸くなく、管でない上、被告製品の突出部は、下記右図のとおり、その側面に有する切溝に差し込まれるナットの位置決め部材により、内部空間が車体側端部から7mmのところでアンプ基板側と隔てられており、内部空間が中空となっていないから、「筒状」に該当しない。

イ 「給電用」について

「給電用筒状部」とは、その文言に忠実に、受信した電気信号を車体内へ供給するために用いられるものと解すべきであり、本件明細書等の段落【0003】、【0004】、【0027】においても、「給電用筒状部」は、中空となっている筒状であり、そこに給電線(同軸ケーブル等)が通され、給電のために用いられるものと記載されている。そのため、給電線を通すことができるようなものであれば「給電用」に該当するとの原告の主張は失当である。

被告製品のベースの底面は、下図のとおり、給電線を通す穴部と、該穴部とは別に設けられた、ナットの位置決め用の凹部が形成された突出部が存在するのみで、「中空となっている筒状であり、そこに給電線(同軸ケーブル等)が通され、給電のために用いられる」部材は存在しない

仮に、原告主張のように解するとしても、被告製品1の突出部は、前記のとおり、切溝に差し込まれるナットの位置決め用部材により内部空間が車体側の端部から約7mmのところでアンプ基板側と隔てられており、中空となっていない(乙1、12、13)ため、給電線が通すためにはかなり強い力をかけて切溝側に引っ張る必要がある上、被告製品2については、突出部の内部空間がアンプ基板側の金属ベースの一部であるバーで塞がれているため、給電線を通すことができない。

ウ 以上のとおり、被告製品の突出部は、「給電用筒状部」に該当せず、構成要件1A及び1Dを充足しない。

(2)争点1-2(被告製品が構成要件1E及び6Cを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品のサブアーム部は、「前記下端部が前記サブアーム部の撓みの支点となり」及び「係止爪は外側に開く構造である」との構成を備えるので、構成要件1E及び6Cを充足する。

ア 従来例の仮固定用ホルダにおいて、抜け力と挿入力とは、一方を向上させると他方を犠牲にせざるを得ない、いわばトレードオフの関係にあったところ、本件発明1は、挿入時にサブアーム部がメインアーム部と独立して下端を支点として内側に撓む(揺動する)ことから、係止爪の引っ掛かり量を多くして抜け力を強くしたとしても、挿入力の増加を防止することができるようにし、従来例の仮固定用ホルダにおける前記のトレードオフの関係を技術的に解消し、「挿入力は弱いままで、抜け力を強くすることが可能で、取付作業性の改善を図ることが可能なアンテナを提供すること」(本件明細書等の段落【0015】)を可能にしたものである。これに、請求項6では、係止爪(サブアーム部)が外側に開く構造であるという限定がなされているのに対し、請求項1にはそのような限定は存在しないことも踏まえると、構成要件1Eにおける「撓み」とは、サブアーム部が下端を支点として少なくとも挿入時にメインアーム部の方向(内側)に向かって撓めば足り、メインアーム部と反対の方向(外側)への撓みの有無は問題とならないと解される。

被告製品のサブアーム部は内側に撓むから、構成要件1Eを充足する。

イ 仮に、被告主張のように、構成要件1Eの「サブアーム部の撓み」が外側への撓みも含むと解されるとしても、被告製品のサブアーム部は外側に撓むから、構成要件1Eを充足する。

被告製品において、メインアーム部と突出部との間には間隙があり、また、サブアーム部とルーフとの間にも間隙があるから、サブアーム部は、車体の取付孔に挿入された被告製品に対して抜け方向の荷重が加わった際、メインアーム部と反対の方向(外側)に撓む(甲5、6)。「撓む」とは、機械用語としては、荷重を受けて変位を生ずることを指すものとして用いられており(甲19)、変位の大きさを問わない。被告製品においては、抜け方向の荷重が加わった際、サブアーム部に外側方向の変位が生じているから、「撓み」に該当する。

被告は、サブアーム部は車体のルーフとサブアーム部の隙間の約0.3mmの範囲でしか外側に動かず、「撓み」に該当しないと主張するが、メインアーム部と突出部との間にも0.4mmの隙間があり、サブアーム部は、サブアーム部自体の外側への撓み(0.3mm)とメインアーム部の内側への撓み(0.4mm)とがあいまって、車体のルーフとサブアーム部との隙間を超えて外側に向かって撓んでいるということができる。

ウ 以上のとおり、被告製品は「サブアーム部の撓み」を有し、また、「係止爪が外側に開く構造」を備えるものであるから、構成要件1E及び6Cを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品のサブアーム部は、外側に撓まないから、「サブアーム部の撓み」及び「係止爪は外側に開く構造」を有するものではなく、構成要件1E及び6Cを充足しない。

ア 構成要件1Eの「サブアーム部の撓み」は、挿入性の向上を図るという課題解決のための突出量が減じる方向(内側)への撓み(本件明細書等の段落【0029】、【0032】、【0036】)及び仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図るという課題解決のための突出量が増す方向(外側)への撓み(同【0029】、【0033】、【0037】)の両方をいうと解釈される。本件明細書等の段落【0009】では、従来例の仮固定用ホルダ30のアーム部32は、内側には撓むが外側に拡がる機能(撓み機能)はないため抜け力が弱いという課題が指摘されており、本件発明1は、サブアーム部を外側にも撓ませることを用いることで、挿入力は弱いまま、抜け力を強くすることを可能にしたものである。

原告主張のように、外側への撓みの有無にかかわらず、内側に撓めば構成要件1Eの「サブアーム部の撓み」に該当するとの解釈は、請求項において、発明の詳細な説明に記載された従来技術の課題を解決するための手段が反映されていないことになるので誤りである。

被告製品のサブアーム部は、サブアーム部が抜け方向と垂直な方向(メインアーム部と反対の方向)へ撓むのを防止するフック部を有するので、メインアーム部と反対の方向(外側)には撓まない

「撓む」とは、固い棒状・板状のものが、加えられた強い力によってそり曲がった形になること、しなうことを意味する(乙7)。そして、本件発明1の規定する「撓み」は抜け力を強くするためのものであるから、抜け力を強くすることにならない動きは「撓み」に該当しない。被告製品のコの字型部材は、車体のルーフとサブアーム部(フック部)との隙間0.3mmの限りで微動するのみであって、そり曲がった形になったり、しなったりせず、抜け力を強くするものではない。

原告は、メインアーム部が、メインアーム部と突出部の隙間0.4mm分内側に撓む動きとあいまって、車体のルーフとフック部との隙間を超えて外側に撓むと主張するが、サブアーム部の外側への動きは0.3mmを超えるものではなく、メインアーム部が突出部に当たるまで内側に微動することはあっても、撓むことはない。

被告製品においては、サブアーム部の上端部にフック部を設けていることから、積極的にサブアーム部の下端部が外側に撓むことを防いでおり、被告製品の抜け力が強くなるのは、フック部が車体パネルの穴の側面部に当たった状態で踏ん張るからであり、このことは、被告が乙14で行った実験からも明らかである。

ウ 以上のとおり、被告製品のサブアーム部は外側に撓まないから、「サブアーム部の撓み」及び「係止爪は外側に開く構造」を有さず、構成要件1E及び6Cを充足しない。

(3)争点1-3(被告製品が構成要件1Fを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は、「爪部」又は「爪部及びフック部」のいずれを「係止爪」と解しても「サブアーム部の上端部は…メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし、」との構成を備えるので、構成要件1Fを充足する。

ア 爪部を「係止爪」とする場合

「サブアーム部の上端部」という文言は、「下端部」の逆側であるサブアーム部の上側の、中心から遠い外に近い部分を意味する。サブアーム部の「上端」が係止爪をなす必要があるのは、本件各発明の作用効果を奏するためには、車体パネルの内側面に係止爪の上端が当たって、サブアーム部が下端部を支点として撓まなければならないから(本件明細書等の段落【0033】)である。そうすると、本件各発明における「上端」については、最上端を意味するという狭い解釈をする必要はなく、係止爪の上面が車体パネルの内側面に当たってサブアーム部が撓む程度の上方であれば足りる

被告製品の爪部は、サブアーム部の上側の中心から遠い外に近い部分に位置しており、爪部の上面が車体パネルの内側面に当たってサブアーム部が下端部を支点として撓むから、サブアーム部の「上端」に存在するということができ、構成要件1Fを充足する。

イ 爪部及びフック部を「係止爪」とする場合

フック部(原告は「小片」と呼称するが、以下「フック部」で統一する。)は、車体パネルの側面に引っ掛かり、爪部と共に車体パネルを係止する部材であるから、フック部及び爪部が全体として「係止爪」に該当する。そして、フック部及び爪部は、サブアーム部の上側の中心から遠い外に近い部分に位置し、「メインアーム部の外側面よりも外方向に突出し」ているので、構成要件1Fを充足する。

ウ したがって、被告製品は構成要件1Fを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品は、以下のとおり、「サブアーム部の上端部は…メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし」との構成を備えていないので、構成要件1Fを充足しない。

ア 爪部が「係止爪」に当たるとする主張について

告製品において、サブアーム部の上端部にあるのはフック部であるところ、当該フック部は車体パネルの内側面に引っ掛かってアンテナを仮保持する係止爪をなしていない。原告が「爪部」と称する部分はサブアーム部の「中心付近の中腹部」に位置しており、サブアーム部の上端に係る部分、すなわち「中心から遠い外に近い部分」に位置していない。

イ 爪部及びフック部が「係止爪」に当たるとする主張について

原告がいうところの「爪部及びフック部を合わせた全体」は、下図のとおり、サブアーム部の「上半分」であって、サブアーム部の「中心から遠い外に近い部分」に位置していない。

原告がいうところの「爪部及びフック部の全体」がサブアーム部の上半分をなしている被告製品の構成では、仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図るという効果を奏する、突出量が増す方向(外側)への撓み作用を奏するような位置において、その作用効果を奏するような形状をなしているといえない。

また、被告製品の「サブアーム部の上の端に係る部分」は、メインアーム部の外側面から外方向へ約0.4mm程度はみ出ているという程度であり、「突出」しているとはいえない。

ウ したがって、被告製品は構成要件1Fを充足しない。

(4)争点1-4(被告製品が構成要件1Gを充足するか)について

〔原告の主張〕

被告製品は、以下のとおり、「爪部」又は「爪部及びフック部」のいずれを「係止爪」と捉えても、「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」との構成を備えるので、構成要件1Gを充足する。

ア 爪部と「係止爪」とする場合

爪部は、上端に向かって肉厚が増加している。

イ 爪部及びフック部を「係止爪」とする場合

係止爪のうち、爪部の部分は、上端に向かって肉厚が増加している。

被告は、爪部及びフック部の全体が上端に向かって肉厚が増加している必要があると主張するが、特許請求の範囲において、肉厚の増加が係止爪の全体にわたるという限定は付されていない。また、「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」という構成要件1Gの技術的意義は、①サブアーム部(係止爪)の強度が増してサブアーム部自体が撓むことなく、サブアーム部は下端部を支点として揺動することとなるから、車体パネルの孔に対して小さな挿入力で容易に挿入することができる点、②サブアーム部が上端に向かって肉厚が増加しておりサブアーム部自体が撓むことがないため、挿入後の抜け力を十分大きく確保することができる点、③サブアーム部が上端に向かって肉厚が増加しているため、突出量を多めに設定することが可能となり、抜け力を増大させることができる点に存することを考慮すれば、「係止爪」のうち、挿入時に車体パネルの外側面に接する部分及び抜け方向の荷重が加わった際に車体パネルの内側面が接する部分において「上端に向かって肉厚が増加してい」れば足りる。

ウ したがって、被告製品は構成要件1Gを充足する。

〔被告の主張〕

被告製品は、以下のとおり、「爪部」又は「爪部及びフック部」のいずれを「係止爪」と捉えても、「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」との構成を備えていないので、構成要件1Gを充足しない。

ア 爪部が「係止爪」に当たるとする主張について

前記(3)〔被告の主張〕アのとおり、爪部は「係止爪」に該当しない。

イ 爪部及びフック部が「係止爪」に当たるとする主張について

構成要件1Gは、文言上、係止爪が「上」の「端」に向かって肉厚が増加しているものと一義的かつ明確に解釈される。原告は、文言を離れて、係止爪が上に向かって肉厚が増加している部分を含めば足りるものと拡張解釈している。

被告製品の「爪部及びフック部を合わせた全体」は、下図のとおり、中腹部から図中に示すAの部分まで一定の肉厚であり、Aの部分から上端に向かって肉厚が減少するものであって、「上」の「端」に向かって肉厚が増加していない。

ウ したがって、被告製品は構成要件1Gを充足しない。

2 争点2(被告製品による均等侵害の成否)について

〔原告の主張〕

仮に、被告製品の爪部を「係止爪」と解した上で、爪部がサブアーム部の上端部にあるといえないので文言侵害が成立しないとしても、被告製品は本件発明1の構成と均等なものとしてその技術的範囲に属するから、同製品について均等侵害が成立する。

(1)第1要件(非本質的部分)について

本件明細書等(甲2)の各記載によれば、本件特許の出願時における従来技術は、「アーム部の下端部の肉厚を変化させることで係止爪を一体に形成している構造」の「仮固定用ホルダ」を用いたものであり、このような係止爪の形状であると、抜け力が30Nと弱く、作業の仕方によっては外れてしまうことがあり、他方で、抜け力を強くするには、係止爪の引っ掛かり量を多くする方法があるが、そうすると、挿入力が強くなり作業性が悪化するという課題が存在していた。

そこで、本件発明1は、可撓性樹脂で成形した仮固定用ホルダに複数のメインアーム部及びメインアーム部と下端部で繋がったサブアーム部を設け、当該下端部をサブアーム部の撓みの支点とし、サブアーム部の係止爪を上端に向かって肉厚が増加する形状とするという構成とすることで、上記課題を解決しようとしたものであり、これらの構成が本件発明1の本質的部分に該当する。

被告製品の爪部には、その上側にフック部が付属しているが、フック部が存在していたとしても、仮固定用ホルダを車体パネルの孔に装着した状態で、係止爪が車体パネルの内側面に引っ掛かり、サブアーム部が下端部を支点として撓むことには変わりがないから、フック部の有無という相違は本件発明1の本質的部分ではない

被告製品は、フック部による抜け力の更なる向上という原理を利用しているか否かにかかわらず、少なくとも本件発明1の課題解決原理を利用している。本件発明1は、挿入時にサブアーム部がメインアーム部と独立して下端を支点として内側に撓む(揺動する)ことから、係止爪の引っ掛かり量を多くしたとしても、挿入力の増加を防止することができるという手段により課題(本件明細書等の段落【0014】)を解決したものであり、サブアーム部が外側へ撓む構造は、本件発明1ではなく本件発明6の課題解決手段である。

したがって、被告製品のサブアーム部にフック部が付属しているかどうかは本件発明1の本質的部分とは関係がないので、被告製品は、均等の第1要件を充足するものである。

(2)第2要件(置換可能性)について

本件発明1の係止爪をフック部が付属する係止爪と置き換えたとしても、被告製品のサブアーム部が下端部を支点として撓むことに変わりはなく、また、係止爪の突出量を増大させることができることにも変わりはないから、第2要件を充足する。

(3)第3要件(置換容易性)について

ア 本件特許の出願日後、被告が被告製品のうち製造時期の早い被告製品2を製造した平成26年6月までには、フック部を付属させた係止爪を有する車載用アンテナの仮固定用ホルダが開示されている(甲20~23)から、本件発明1の構成を被告製品の構成に置換することは当業者において容易であった。

イ 被告は、本件発明1の爪部にフック部を付属させることにより、抜け力が30~110N程度大きくなり、顕著な効果を奏すると主張する。

(ア)しかし、そもそも、被告製品が本件発明1と同様の作用効果を奏した上で、更に付加的な効果を有するとしても、そのことは均等の第3要件の充足を否定するものではない上、仮にフック部によって抜け力が向上するとしても、そのような抜け力は車載用アンテナに求められる抜け力としては過剰であり、顕著な効果とはいうことはできない。

(イ)被告は、フック部を付属させることによる顕著な効果として乙5に係る実験結果(以下「乙5実験」という。)を挙げるが、同実験は、単に被告製品の抜け力と原告の製品の抜け力とを比較したものにすぎず、両製品の仮固定用ホルダは、その構造、形状、寸法等が全く異なる上、乙5は、サンプル数が少なく、かつ、当該サンプルにおける抜け力のばらつきも非常に大きいから、乙5実験は、被告の主張する上記効果はもとより、その前提となる被告製品の抜け力すらも証明するものではない。

(ウ)被告は、フック部を付属させることによる顕著な効果として乙14に係る実験(以下「乙14実験」という。)も挙げるが、同実験に使用されたサンプル②(フック部を「カット」加工したもの)は、「カット」加工の具体的な方法が不明であり、サブアーム部とメインアーム部との接続部は厚みが薄いことから、「カット」加工の際に当該接続部に力が加わることによって、当該接続部の耐久性が損なわれる可能性が高い。また、乙14実験では、サンプル②の片方の爪部だけがルーフパネルに当たって先に折れることがあるようであるが、爪部を2つ同時に折るより1つずつ折る方が必要な力は小さくなるから、両方の爪部が同時にルーフパネルに当たらないような実験方法は不適切である。そのため、乙14実験に基づいてフック部の有無による抜け強度の差を判断することはできない。

ウ 被告は、爪部にフック部を設けることによって、抜け力を大きくしたまま、爪部の引っ掛かり量を減らすことができ、挿入力を小さくすることができると主張するが、車載用アンテナの一般的な仕様においては、本件各発明の実施品である原告のアンテナが有する1N程度の挿入力で十分であり、それ以上に挿入力を小さくすることは求められないから、そもそも有利な効果ということはできない。挿入力の減少は、引っ掛かり量を小さくすることによる効果であって、フック部を付属させること自体の効果ではない。

エ したがって、第3要件を充足する。

(4)第5要件(特段の事情の不存在)について

被告は、原告を含む本件特許の出願人が特許出願過程において提出した平成24年11月19日付け意見書(乙6。以下「乙6意見書」という。)において、「引用発明3における爪部28a、28bは下部の肉厚が増加していますが、これは単に段部を複数形成するためであり、本願発明のようにサブアーム部の下端部(肉厚の薄い部分)を支点として揺動させたり、上端を厚肉にして引っ掛かり量を増加させたりする目的、構成ではありません。」と述べたことを根拠に、爪部の上にフック部が存在する構成を意識的に除外したと主張する。

しかし、乙6の上記記載は、本件各発明と「引用発明3」(甲16。以下「甲16発明」という。)の差異について説明するため、甲16発明の【図2】の爪部28a、28bの側面の段差は単に段部を複数形成するためであり、引っ掛かり量を増加させる目的、構成ではないことを述べるものであって、引っ掛かり量を増加させる構成の位置について言及するものではない。そのため、乙6意見書の前記記載は、被告製品の構成を意識的に除外するものではない。

したがって、第5要件を充足する。

〔被告の主張〕

本件発明1と被告製品は、爪部がサブアーム部の上端部に位置せず、構成要件1Fの「係止爪」に該当しない点において相違しているところ、かかる相違点については、以下のとおり、均等侵害の要件を充足しない。

(1)第1要件(非本質的部分)について

本件発明1は、仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図るという課題解決のために、サブアーム部が、突出量が増す方向(外側)へ撓むようにサブアーム部の上端部が係止爪をなすように構成し、サブアーム部の上端部のメインアーム部からの突出量(被装着パネルへの引っ掛かり量)を多めに設定可能にするものであるから、サブアーム部の上端部がフック部をなすように構成するのではなく、係止爪をなすように構成することは、本件発明1の本質的部分である

本件発明1において、挿入力は弱いままで、抜け力を強くするという従来技術の課題を解決するために必須の構造は、給電用筒状部の外壁面に沿って下方に延びる複数のメインアーム部に対して下端部にて繋がったサブアーム部があり、その下端部がサブアーム部の撓みの支点となり、また、その上端部が上端に向かって肉厚が増加している係止爪をなすというものである。そのため、本件発明1の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、構成要件1E、1F及び1Gで特定される構造である。

これに対し、被告製品は、同各構成要件に係る構造を有していない。サブアーム部の上端部がフック部をなすように構成され、サブアーム部が抜け力を十分大きく確保できる程度に外側に拡がらない構成である被告製品は、抜け力を強くする原理が本件発明1と根本的に異なっている。

したがって、被告製品は第1要件を充足しない。

(2)第2要件(置換可能性)について

本件発明1のサブアーム部の上端部が係止爪をなすように構成する構造を、被告製品のようにサブアーム部の上端部がフック部をなすように構成すると、抜け力を十分大きく確保できる程度の外側への撓みが阻害されるので、サブアーム部が外側へ撓むようにするとともに、サブアーム部の上端部のメインアーム部からの突出量を多めに設定可能にすることで、仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図るという課題を解決することができなくなる。そのため、相違する構成を被告製品に係る構成と置き換えると、本件発明1の目的を達することができなくなり、同一の作用効果を奏さない。

したがって、被告製品は第2要件を充足しない。

(3)第3要件(置換容易性)について

ア 本件発明1において、サブアーム部の上端部が係止爪をなす構成は、本件発明1の課題解決との関係で本質的部分に当たるから、本件発明1のサブアーム部の上端部が係止爪をなす構成に替えてサブアーム部の上端部がフック部をなす構成を適用するのには阻害要因が存在し、組合せの動機付けが存在しない。原告が指摘する甲21~23に関しては、メインアーム部と下端部で繋がったサブアーム部を示すものではないから、本件発明1に組み合わせたとしても、被告製品の構成に至らない。

イ 本件発明1の実施品である原告製品と被告製品を比較した乙5実験では、被告製品の方が、抜け力が30~110N程度大きい。また、サブアーム部の上端部がフック部をなすように構成されているサンプル①(被告製品の構造)と、フック部に加工を加えて除いたサンプル②(本件発明1の構造)とを比較した乙14実験では、サンプル①の方が、抜け力が154N程度大きくなる。これは、サンプル①では、フック部がルーフ穴(車体パネルの穴)の側面部に当たった状態で一度踏ん張った後、フック部は残った状態でサブアーム部の根元が破損又は破断して抜けるのに対し、サンプル②は、係止爪が捲れ上がる状態で破損して抜けるという、それぞれにおいて抜け力が加わった場合の抜け方が異なることに起因する。このように、被告製品は、本件発明1に係る構成に比して抜け力をより強くする点で顕著な効果を奏するから、被告製品の製造等の時点において、当業者は、相違する構成を被告製品に係る構成と置き換えることに容易に想到することはできなかったというべきである。

原告は、乙14実験のサンプル②において、先に一方の爪部だけがルーフパネルに当たって折れてしまうことがある点につき、実験方法が不適切であると主張するが、そのようなことは実装時にも生じることであり、フック部がないことによる抜け強度への影響の一つであって、実験の適否の問題ではない。

ウ 被告製品においては、サブアーム部の上端部がフック部をなすように形成され、フック部による抜け力向上効果が存在することにより、爪部の引っ掛かり量を小さくすることができ、その上、フック部の上端部に肉厚が減少している部分があることでメインアーム側に撓むため、挿入力を小さくすることができるという有利な効果を奏するから、当業者が、被告製品の製造等の時点において容易に想到することができたということはできない。

エ したがって、被告製品は第3要件を充足しない。

(4)第5要件(特段の事情の不存在)について

原告は、本件発明1の特許出願手続における乙6意見書において、「引用発明3における爪部28a、28bは下部の肉厚が増加していますが、これは単に段部を複数形成するためであり、本願発明のようにサブアーム部の下端部(肉厚の薄い部分)を支点として揺動させたり、上端を厚肉にして引っ掛かり量を増加させたりする目的、構成ではありません。」と述べ、特許請求の範囲から、サブアーム部の上端を厚肉にせず、引っ掛かり量を増加させない構成を意識的に除外した。被告製品は、サブアーム部の上端部において、上端に向かって肉厚が減少するフック部を採用したものであり、サブアーム部の肉厚部分では引っ掛かり量を増加させない構成である。

したがって、被告製品は第5要件を充足しない。

3 争点3(原告の損害額)について

〔原告の主張〕

(1)不法行為に基づく損害賠償請求

ア 特許法102条3項により推定される損害額

被告は、遅くとも平成28年10月から被告製品1の製造、販売を開始しており、現在までの期間における売上げは9880万円を下らない。

被告は、遅くとも平成26年6月から被告製品2の製造、販売を開始しており、現在までの期間における売上げは7050万円を下らない。

本件特許に係る実施料率は8%を下らない。

そうすると、特許法102条3項による原告の損害額は、上記の売上げの合計額(1億6930万円)に上記実施料率(8%)を乗じて算出される1354万4000円を下らない。

イ 弁護士費用

本件訴訟追行に当たって相当な弁護士費用は、前記アの10%である135万4400円である。

ウ よって、原告が被告に対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権は、前記ア及びイの合計額である1489万8400円を下らない。

(2)不当利得返還請求(予備的請求)

仮に不法行為を理由とする損害賠償請求権が存在しないとしても、被告が原告に対して本来支払うべきであった実施料相当額は、上記(1)記載の金額を下らない。よって、原告は、被告に対し、本件特許の実施料相当額として、少なくとも1354万4000円の不当利得返還請求権を有する。

〔被告の主張〕

原告主張の損害額は争う。原告は、本件特許権についてトヨタ自動車株式会社との共有を主張しており、両者の持分割合は相等しいものと推定されるから、原告の金銭の支払に係る請求は、その半額に係る請求について主張自体失当である。

7.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書等(甲2)には次の各記載がある。

-省略-

(2)本件各発明の意義

特許請求の範囲の記載に加え、上記(1)によれば、本件各発明は、①車載用等に適した構造の電波受信等に使用されるアンテナを技術分野とするものであり、②上記アンテナの仮固定用ホルダには、アンテナを車体パネル等の被装着パネル等に取り付ける際はスムーズに取付孔に挿入可能であり、その後のネジ止め工程において作業中にアンテナが完全に外れないことが要求されるところ、従来例では抜け力が弱く、作業の仕方によっては外れてしまうことがあり、抜け力(抜くのに必要な力)を強くするためにアーム部の係止爪の引っ掛かり量を多くすると、挿入力が強くなり作業性が悪化するという課題を解決するため、③請求項1等に係る構成を採ることにより、アンテナ挿入時には、メインアーム部及びサブアーム部の両者が撓むことにより、より少ない挿入力で挿入でき、取付孔への挿入性の向上を図るとともに、アンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときは、係止爪が外側に撓んで拡がる構造となっているため、抜け力を増大させ、仮保持状態におけるアンテナ保持力の向上を図ることを可能にし、④これにより、被装着パネルに対する挿入力は弱いままで、抜け力を強くすることが可能で、アンテナの被装着パネルへの取付作業性の改善を図ることが可能になるという効果を奏するものであると認められる。

2 争点1(被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(被告製品が構成要件1A及び1Dを充足するか)について

ア 被告製品の突出部が「給電用」の部材であるかどうかに関し、原告は、「~用」という表現は、その物が当該用途で実際に使用されていなくとも、当該用途で使用するのに適した形状等を備えている場合にも広く用いられるので、被告製品の実装時に給電線を通すのが突出部の空洞とは別の穴部であるとしても、「給電用」との構成を充足すると主張する。

しかし、「給電用筒状部」とは、その文言の通常の意味に照らして、「給電」に「用」いられる「筒状部」と解するのが自然であり、本件明細書等の段落【0004】にも「給電用筒状部11は前記回路基板及びアンテナ素子部に接続する図示しない給電線(同軸ケーブル等)を通すために中空である。」と記載され、実際に給電線を通すことが前提とされている。

上記の特許請求の範囲及び本件明細書等の記載によれば、「給電用筒状部」とは、給電線を通すために用いられるものであり、給電線を通すことができるものであれば足りると解することはできない。原告の主張によれば、給電線を通すことができる形態を持つ部材は、それが電力を供給する機能や目的を有しなくとも、すべて「給電用」に当たることになり、相当ではない

これを前提に被告製品をみると、同製品には給電線を通すために、突出部とは別の位置に穴部が存在し、実装時には突出部の空洞ではなく、当該穴部を給電に用いていると認められる(乙1、12)ので、被告製品の突出部の空洞が「給電用」に該当するということはできない。

したがって、被告製品の突出部は、「給電用」のものに該当しないから、構成要件1A及び1Dを充足しない。

イ これに対し、原告は、甲12を根拠に、アンテナを車体パネルに取り付ける際は給電線を給電用筒状部の空洞に一旦通してから側面の切溝から取り出すことが通常であると主張する。

しかし、甲12はそもそも給電用筒状部に関する証拠ではない上、甲12において、信号ケーブル6および電源ケーブル7を取付孔50aに挿入してから外部に導出させる構成が開示されているとしても、そのことから、アンテナを車体パネルに取り付ける際は給電線を給電用筒状部の空洞に通してから側面の切溝から取り出すことが通常であり、また、被告製品が同様の構成を有すると認めることはできない。

また、原告は、「給電用筒状部」が給電のために実際に用いられるか否かは本件各発明の作用効果とは関係がないとも主張するが、本件特許請求の範囲及び本件明細書等の記載に照らし、同一の作用効果を奏するかどうかにかかわらず、給電に使用することが可能であれば「給電用」に該当するとの解釈を採用し得ないことは、前記判示のとおりである。

ウ 以上のとおり、被告製品の突出部は「給電用筒状部」との構成に該当しないので、同製品は構成要件1A及び1Dを充足しない。

(2)争点1-3(被告製品が構成要件1Fを充足するか)について

ア 原告は、被告製品のサブアーム部の爪部は、構成要件1F(「前記サブアーム部の上端部は前記メインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪をなし、」)の「係止爪」に該当すると主張する。

しかし、構成要件1Fの文言及び本件明細書等の段落【0029】における「サブアーム部63の上端部はメインアーム部の外側面よりも外方向に突出した係止爪65をなしている」との記載によれば、「係止爪」がサブアーム部の「上端部」に位置するものであることは明らかである。そして、「端」とは「物の末の部分。先端」を意味するので(乙3)、構成要件1Fの「係止爪」はサブアーム部の「先端」に位置するものと解される

上記解釈を前提にして被告製品についてみるに、被告製品のサブアーム部においては、爪部より上方にフック部が存在しており、爪部は最上端(フック部の先端)と最下端(サブアーム部の付け根)の中間付近に位置していると認められ、爪部が「上端部」に位置しているということはできない。

これに対し、原告は、「上端」が最上端を意味すると解する必要はなく、係止爪の上面が車体パネルの内側面に当たってサブアーム部が撓む程度の上方であれば足りると主張するが、「上端」との文言の通常の意味に照らして、そのように解することはできない

したがって、サブアーム部の爪部は「係止爪」に該当しない。

イ 原告は、被告製品のコの字型部材におけるサブアーム部の爪部とフック部が全体として「係止爪」に該当すると主張する。

爪部とフック部を全体として「係止爪」に相当するとした場合、係止爪はサブアーム部の「上端部」に位置するということができ、被告製品を車体パネルに挿入すると、爪部及びフック部は協働して車体パネルに引っかかって抜け力を増大させる作用を果たしていると認められるので、爪部及びフック部は全体として「係止爪」に該当すると解することができる。さらに、被告製品のフック部はメインアーム部の外側面から外方向に約0.4mm程度はみ出していることからすると、「メインアーム部の外側面よりも外方向に突出し」ているということができる。

したがって、爪部及びフック部は「係止爪」に該当する。

ウ 以上によれば、爪部を係止爪と構成する場合、被告製品は、構成要件1Fを充足しないが、爪部及びフック部を係止爪と構成する場合、構成要件1Fを充足する

(3)争点1-4(被告製品が構成要件1Gを充足するか)について

続いて、上記(2)のとおり、被告製品のサブアーム部の爪部とフック部が全体として「係止爪」に該当した場合において、同製品が構成要件1G(「かつ前記係止爪は上端に向かって肉厚が増加している、」)を充足するかどうかについて検討する。

上記のとおり、構成要件1Gは「係止爪は上端に向かって肉厚が増加している」と規定するところ、被告製品の爪部及びフック部についてこれをみるに、爪部及びフック部のうち、その下部に位置する爪部は、上端に向かって肉厚が増加していると認められるが、フック部については、水平方向の肉厚はほぼ一定であり、その肉厚は爪部の上部の肉厚の半分以下である上、その先端(上端)では減少していることが認められる。そうすると、爪部とフック部から形成される「係止爪」が「上端に向かって肉厚が増加している」ということはできない。

これに対し、原告は、構成要件1Gの技術的意義からすれば、係止爪は全体が上端に向かって肉厚が増加している必要がなく、挿入時に車体パネルの外側面に接する部分及び抜け方向の荷重が加わった際に車体パネルの内側面に接する部分、すなわち爪部のみが上端に向かって肉厚が増加していれば足りる旨主張する。

しかし、構成要件1Gは、係止爪が「上端に向かって肉厚が増加している」ことを要件とするものであり、係止爪を爪部とフック部が一体となったものと解する場合、係止爪の「上端」がフック部の上端に位置することは明らかであり、同構成要件の文言に照らすと、爪部のみが上端に向かって肉厚が増加していれば足りると解することはできず、フック部の上端に向かって肉厚が増加していることを要するものというべきである

前記判示のとおり、被告製品はフック部の上端に向かって肉厚が増加しているものではないので、同製品の爪部とフック部から構成される部分が「係止爪」に当たるとしても、構成要件1Gを充足しない。

(4)小括

以上のとおり、被告製品は構成要件1A及び1Dを充足せず、また、爪部を係止爪とした場合には構成要件1Fを、爪部及びフック部を係止爪とした場合には構成要件1Gを充足しないので、本件特許の文言侵害に基づく原告の請求は、いずれも理由がない。

3 争点2(被告製品による均等侵害の成否)について

前記2のとおり、被告製品は構成要件1A及び1Dを充足せず、この点について均等侵害の主張はされていないから、構成要件1F及び1Gに係る均等侵害の主張について判断するまでもなく、原告の請求は棄却されるべきであるが、念のため、上記の均等侵害の主張について判断する

(1)特許請求の範囲に記載された構成に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても、①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③そのように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、当該対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁、最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。

本件発明1と被告製品との相違点は、本件発明1では、係止爪がサブアーム部の上端部に位置するものであるのに対し、被告製品では、爪部の上部にフック部が設けられ、爪部がサブアーム部の上端部に位置するとはいえない点にあるところ、被告は、原告の均等侵害の主張に対し、第4要件を充足することは争わないものの、その余の要件の充足性を争うので、以下検討する。

(2)第1要件(非本質的部分)について

ア 均等侵害が成立するための第1要件にいう本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であり、このような特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと解される。

イ 原告は、本件発明1のうち、挿入力の増加の防止のための構成がその本質的部分であるとした上で、被告製品は少なくともその課題の解決原理を利用しているのであるから、被告製品のサブアーム部にフック部が付属しているかどうかにかかわらず、同製品は本件発明1の本質的部分を備えていると主張する。

しかし、本件発明1は、特に車載用等のアンテナの仮固定用ホルダについて、従来例の仮固定用ホルダでは抜け力が弱いという問題があり、他方、抜け力を強くするために係止爪の引っ掛かり量を多くすると、挿入力が強くなり作業性が悪化することから、挿入力は弱いままで、抜け力を強くするという課題を解決するためのものであると認められる(本件明細書等の段落【0009】、【0013】~【0015】)。そうすると、本件発明1の本質的部分は、挿入力は弱いままで、抜け力を強くするための構成にあり、従来技術との対比でいうと、特に抜け力の強化のための構成が重要であるというべきである。

そして、本件発明1は、上記課題の解決のため、①メインアーム部と、メインアーム部の下端部で繋がったサブアーム部を有し、②当該下端部がサブアーム部の撓みの支点となり、③サブアーム部の上端部を、上端に向かって肉厚が増加する係止爪からなるものとすることなどにより、取付孔への挿入性の向上を図るとともに、アンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときは、係止爪が外側に撓んで拡がることにより抜け力の増大を可能にするものであると認められる(特許請求の範囲、本件明細書等の段落【0017】、【0029】、【0032】、【0033】、【0036】、【0037】)。

ウ 他方、被告製品においては、サブアーム部の爪部の上部にフック部が設けられ、当該フック部と車体のルーフ孔の距離が0.3mmであると認められるから(乙13)、抜け方向に荷重が加わった際に、フック部は0.3mm程度以上は撓むことなくすぐに車体のルーフの内側面に当たり、爪部がそれ以上に外側に撓ることは抑制されるものと認められる

そして、被告製品における抜け力に関し、被告が実施した実験結果(乙5)によれば、本件発明1の実施品の抜け力は186Nであるのに対し、被告製品の抜け力は、215.8N、227N、271N、295Nであり、最小でも約30N、最大で約110Nの差が生じたことが認められる。また、被告が実施した、被告製品のコの字型部材(サンプル①)と、被告製品のコの字型部材を加工してフック部を除いたもの(サンプル②)を用いた実験結果(乙14)によれば、前者の抜け力の平均値は227.60N、後者の抜け力の平均値は73.51N(いずれも10回実施)であり、フック部を備えたコの字型部材の方が、抜け力において約150N大きいことが認められる。

前記のとおり、被告製品の爪部は外側への撓みが抑制されていると認められるところ、これに上記の各実験結果を併せて考慮すると、被告製品は、本件発明1の実施品に匹敵する抜け力を備えているということができ、その抜け力の大きさは、同製品がフック部を備えることに起因しているものと考えるのが自然であり、少なくとも爪部の外部への撓みによるものではないということができる。

なお、原告は、乙14実験はサンプル②のフック部のカット加工の際にメインアーム部とサブアーム部の接続部の耐久性が損なわれた可能性があるとして、乙14実験の信用性を争うが、サンプル②はフック部を爪部からカットするものであり、上記接続部の耐久性が損なわれたことをうかがわせる事情は見当たらない。前記判示のとおり、乙14実験はサンプル①と②のそれぞれについて10回ずつ実験を行っているところ、数値にばらつきはあるものの、サンプル①は200N以上であり、サンプル②は概ね60~100程度であり、全体的に100N以上の差が生じていることに照らすと、その差が誤差や実験方法の不適切さに由来するものとはいうことはできない。

エ 前記判示のとおり、抜け力の増大という課題を解決するための構成は本件発明1の本質的部分ということができるところ、本件発明1はこの課題をアンテナ上方向(抜け方向)に荷重が加わったときに係止爪が外側に撓んで拡がることにより解決しているのに対し、被告製品は爪部に加えてフック部を備えることにより抜け力を保持しているものと認められ、そうすると、被告製品は本件発明1と異なる構成により上記課題を解決しているということができる。

そうすると、本件発明1と被告製品はその課題解決のための特徴的な構成において相違し、本件発明1と被告製品との相違点は、この課題解決に必要な構成に関するものであるから、同相違点は本件発明1の本質的部分に関するものであるということができる。

オ したがって、本件発明1と被告製品の相違点は、本件発明1の本質的部分に関するものではないということはできないので、被告製品は第1要件を充足しない。

(3)小括

以上によれば、その余の要件を検討するまでもなく、均等侵害に関する原告の主張は理由がない。