スプレー事件(控訴審逆転)

投稿日: 2019/02/20 23:24:33

今日は、平成30年(ネ)第10033号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成26年(ワ)第6361号:原告 エヌ・ケイ・ケイ株式会社(以下、エヌ・ケイ・ケイ)、被告 日本瓦斯株式会社(以下、日本瓦斯))について検討します。原審の判決の検討結果については本ブログでも2018年5月17日に投稿しています。なお、本判決と同日に平成30年(行ケ)第10012号 審決取消請求事件についての判決も言渡されました。

 

1.検討結果

(1)本件は東京地裁における侵害訴訟の1審で侵害が認められた事件の控訴審ですが、知財高裁で地裁の判断がひっくり返りました。地裁での審理中に特許無効審判が請求され、侵害訴訟の口頭弁論が集結する前に特許無効審判の請求成立の審決(特許無効)の審決が出ていました。もっとも地裁での侵害訴訟の無効理由と特許無効審判の無効理由とは異なる点があったので地裁と特許庁とで同一の無効理由について判断が別れた事案ではありません。

(2)侵害訴訟の1審で被告(日本瓦斯)は、特許が実施可能要件違反及び明確性要件違反であるので特許無効審判で無効にされるべきものである、と主張しました。一方、特許無効審判で請求人(日本瓦斯)は、特許がサポート要件違反、明確性要件違反及び進歩性欠如であるので無効である、主張しました。日本瓦斯が地裁と特許庁で異なる無効理由に基づく主張をした理由について、地裁の判決を読んだだけでははっきりしませんでしたが、本判決を読んで理解できました。被告は侵害論が終了してからサポート要件違反や進歩性欠如を理由とする特許無効審判を請求し、さらに侵害訴訟でこれらの無効理由を提出したが時機に後れた攻撃防御方法として却下されました。そのため、地裁判決における無効理由には特許無効審判の無効理由が加えられていませんでした。

(3)控訴人(日本瓦斯)が知財高裁で改めてサポート要件違反及び進歩性欠如を加えて本件特許が特許無効審判で無効とされるべきものである、と主張したところ、被控訴人(エヌ・ケイ・ケイ)は再度時期に後れた攻撃防御方法であるので却下すべきである、と主張しましたが、知財高裁は「控訴人は、原審口頭弁論終結前に本件無効の抗弁に係る無効理由の存在等を認めて本件特許を無効とする旨の別件審決がされたのを受けて、当審において再度提出したものであること、控訴人は、控訴理由書に本件無効の抗弁を記載し、当審の審理の当初から本件無効の抗弁を主張していたことが認められるから、当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出が時機に後れたものということはできない」として被控訴人の主張を退けました。

(4)進歩性欠如の無効理由は乙64の1を主引用例とし、この乙64の1記載の第1発明に不足する分を乙64の2記載の構成で補完するというものです。つまり、乙64の1には本件訂正発明の吸収体の構成が開示され、乙64の2には本件訂正発明の蓋状部材の構成が開示されており、両者を組み合わせると本件訂正発明と同じ構成となるというものです。

(5)両者を組み合わせる上で「動機付け」の有無が問題となります。

裁判所は「乙64の1には、スプレー缶を倒立状態で使用した場合や缶を倒立状態で保管する場合に液漏れの原因となり、可燃性液化ガスの液漏れにより火炎が発生するおそれがあるため、吸収性能・保液性に優れた吸収体を提供することが課題であること(【0004】、【0054】)の記載がある。一方で、乙64の2には、乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」は、缶体を逆さまにして使用しても不燃性液体がバルブ側の空間に漏れて液体のまま噴出することを防止するためのものであることの記載があることは、前記(ア)bのとおりである。そうすると、乙64の1及び乙64の2に接した当業者は、乙64の1の第1発明において、スプレー缶を倒立状態で使用した場合の吸収体に充填された可燃性液化ガスの液漏れの防止を確実にするために、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」の構成を適用する動機付けがあるものと認められる。また、乙64の1の「具体的には、スプレー缶形状に合わせて、その内径に適した大きさの円筒状の成形体とすると、充填が容易にできる上、使用中も安定してスプレー缶内に保持することができる。」(【0032】)との記載から、スプレー缶の使用中に吸収体を安定して保持する必要性があることを理解できる。」と認定しました。

(6)しかし、この動機づけの考え方には引っ掛かる点があります。乙64の1は吸収体を設けることで液体状態の噴射剤を吸収材で吸収し、気化した噴射剤のみを取り出すことで、液漏れ防止をする発明です。一方、乙64の2は吸収体を用いずに不燃性液体をそのまま充填する構成で、連続気泡状パッキングを設けることで逆さにしたときに液体のまま噴出することを防止しています。すなわち、この乙64の2の連続気泡状パッキングによる液漏れ防止の原理は乙64の1発明と同じであると考えられます。そうすると、乙64の1の吸収体と同じ原理の乙64の1の連続気泡状パッキングを乙64の1発明に追加する動機付けが存在するとは思えません。

(7)もっとも、そうなると本件発明は何なのか?ということになります。本件発明の吸収体も蓋状部材も液化ガスを保持し、液体を流出させない原理は同じだと思われます。そうであると、本件発明の構成で蓋状部材の代わりに吸収体を長くしても本質的には同じではないか?と思えてしまいます。蓋状部材を設けることと単に吸収体を長くすることの間の相違点を明確にするためには蓋状部材の特性をはっきりさせなければならない、と思います。そこがハッキリしていれば無効という判断にはならなかったように思います。

2.手続の時系列の整理(特許第5396136号)

① 一審の東京地裁の判決は被告(日本瓦斯)の無効主張を認めず、原告(エヌ・ケイ・ケイ)の請求がほぼ認められました。

② 特許無効審判の審決は請求人(日本瓦斯)の請求を認め、原告(エヌ・ケイ・ケイ)の特許は無効としました。

③ 地裁判決に不服の被告(日本瓦斯)が知財高裁に控訴し、特許無効審判の審決に不服の被請求人(エヌ・ケイ・ケイ)が知財高裁に審決取消訴訟を提起しました。

④ 知財高裁では第4部で侵害訴訟の控訴審と審決取消訴訟の両方を審理し、両方の判決が同日に言い渡されました。

3.本件訂正発明

A 噴射口(11)を備えたスプレー缶(1)に、可燃性液化ガス(3)および保液用の吸収体(2)を充填したスプレー缶製品であって、

B 上記吸収体(2)が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、

C 上記スプレー缶(1)内に、上記噴出口(11)側に空間(12)を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体(2)を収容し、上記空間(12)と上記吸収体(2)の間には、上記吸収体(2)の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材(4)を配設し、

D かつ、上記蓋状部材(4)は、上記スプレー缶(1)内に圧入されて上記吸収体(2)表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体(2)表面に一体的に形成された多孔質保護層である

E ことを特徴とするスプレー缶製品。

4.争点

(1)特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)(争点1)

ア 構成要件B及びFの充足性(争点1-1)

イ 構成要件Cの充足性(争点1-2)

ウ 構成要件G、H及びIの充足性(争点1-3)

(2)特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否)(争点2)

(3)無効の抗弁の成否(争点3)

ア 実施可能要件違反(争点3-1)

イ 明確性要件違反(争点3-2)

ウ サポート要件違反(争点3-3)

エ 乙64の1を主引用例とする進歩性欠如(争点3-4)

オ 訂正の再抗弁の成否(本件発明1及び6に関し)(争点3-5)

(4)特定被告製品の製造、販売等の差止め及び特定被告製品等の廃棄の必要性(争点4)

(5)被控訴人が受けた損害の額(争点5)

5.当事者の主張

以下のとおり訂正し、当審における当事者の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決の訂正

(1)原判決10頁21行目末尾に行を改めて次のとおり加える。

「 この点に関し控訴人は、乙23の測定結果は、スプレー缶を切断して開缶する際に生じた切り屑又は金属片が混入した試料の灰分量を測定したものであるから、原判決が乙23の測定結果に基づいて被告製品が構成要件B及びFを充足していると認定したのは誤りである旨主張する。

しかしながら、乙23の測定結果は、控訴人が自ら依頼した専門の測定機関による測定結果であって、専門の測定機関が、スプレー缶を開けた時点ではスプレー缶内に存在しなかったスプレー缶の切り屑や金属片を、測定結果に有意な影響を与えるほど混入させて、漫然と吸収体の灰分の測定を行うことなどおよそありえない。また、乙23記載の「灰分測定用試料作成手順」を見ても、スプレー缶の切り屑や金属片が混入していることは確認できない。

したがって、控訴人の上記主張は失当である。

このことは、被控訴人が第三者機関に依頼して行った測定結果(甲7、14の1ないし4、15の1ないし3、22の1ないし10)も同様であり、測定対象には、スプレー缶を開けた時点ではスプレー缶内に存在しなかったスプレー缶の切り屑や金属片など含まれていない。」

(2)原判決11頁19行目から22行目までを、次のとおり改める。

「(3)仮にガス充填後の吸収体をそのまま測定する方法によるとしても、スプレー缶を開ける際又はその製造過程において偶発的かつ結果的に吸収体に混入した、スプレー缶を開ける際に生じた切り屑又は金属片や、製造過程で混入した錆や塗料といった混入物については、除外して測定すべきである。

しかし、控訴人が第三者機関に依頼した乙23の測定では、被告製品の吸収体をスプレー缶から取り出す際に、金切鋏でスプレー缶を開けており、このような作業方法では、スプレー缶を切断して開缶する際に生じた切り屑又は金属片が吸収体に混入する可能性が高いといえる。そして、実際に、控訴人の従業員が開缶作業を実施した再現実験(乙60)において、スプレー缶の切り屑や金属片が多数発生することが確認されているから、乙23の測定結果は、このような切り屑又は金属片が混入した試料の灰分量を測定したものである。

同様に、被控訴人による測定結果(甲7、14の1ないし4、15の1ないし3、22の1ないし10)も、意図せずスプレー缶を開缶する際に生じた切り屑や金属粉が吸収体に混入していた可能性は高いといえる。

したがって、本件においては、被告製品の灰分含有量について信頼できる測定結果は一切存在しないから、被告製品が構成要件B及びFを充足しているとはいえないにもかかわらず、原判決が乙23の測定結果に基づいて被告製品が構成要件B及びFを充足していると認定したのは誤りである。」

2 当審における当事者の主張

(1)争点3-3(サポート要件違反の無効理由の有無)

(控訴人の主張)

ア 本件発明1及び2の課題は、「吸収性や液保持力が特に優れた吸収体を得ること」にあるから、本件発明1及び2がサポート要件(特許法36条6項1号の規定する要件。以下同じ。)に適合するというためには、この課題が、本件発明1(請求項1)においては「上記吸収体が、灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体」によって、本件発明2(請求項2)においては「上記吸収体が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体」によって解決されることが、本件明細書の発明の詳細な説明に記載される必要があり、本件発明1又は2の発明特定事項を引用する本件発明6(請求項6)も、これと同様である。

しかるところ、本件明細書の記載事項(【0086】、【0091】、表1、図6)によれば、本件明細書では、液漏れ評価試験の「合格数評価」(10個のサンプルのうち、30秒以上液漏れなく噴射を保持することができたサンプル数による評価)が10個という結果が得られるか、あるいは、10個に満たない場合であっても、個々のサンプルそれぞれについて液漏れしない時間が30秒得られることが、上記課題が解決できることの評価基準としていることを理解できる。

しかし、本件明細書の発明の詳細な説明には、灰分が「1重量%以上20重量%未満の範囲」についての液漏れ評価試験の記載がない。

また、表1の液漏れ評価試験の「サンプルF」(灰分含有量1.0%のLBKP)のうち、「合格数評価」における「不合格」の3個について、当業者が液漏れ評価試験による液漏れしない時間(保持時間)が30秒以上得られると認識することができない。

イ そうすると、当業者は、本件明細書の記載から、サンプルFを含む本件発明1、2及び6の課題を解決できると認識することができないから、本件発明1、2及び6(請求項1、2及び6)は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、サポート要件に適合しない。

したがって、本件特許には特許法123条1項4号の無効理由があるから、被控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、本件特許権を行使することができない。

(被控訴人の主張)

ア 本件明細書には、本件発明1、2及び6は、「高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること、それにより、低コストで、安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現すること」(【0016】)を課題とし、これを「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右される」(【0017】)という従来なかった技術的知見を適用し、収体中に含まれる灰分量を所定の範囲(「1重量%以上12重量%未満の範囲」)に調整し、通気性蓋状部材を載置するという従来技術とは異なる簡易な方法によって、当該課題を解決したことに技術的意義があることの記載がある。

そして、本件明細書の「通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどなく」(【0086】)、「例えば12重量%未満とすることで、保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能である。」(【0091】)との記載及び表1によれば、本件明細書には、液漏れ評価試験は、10個のサンプルの保持時間(倒立状態で液漏れなく噴射を保持した時間)の合計(合計保持時間)で吸収体性能を評価し、「平均20秒以上」で十分な性能を有するものと評価している。

このように合計保持時間で評価することは、スプレー缶製品において通常想定されている噴射時間は2、3秒、長くても5秒程度であることは、本件特許の出願(以下「本件出願」という。)当時の技術常識であること(甲33の1ないし9、34の1ないし14、35の1、2等)、個体ごとのばらつきの影響を排して灰分の効果を評価できることからすると、合理的である。

イ 本件明細書の表1によれば、サンプルFは、10個のサンプルの合計保持時間が227秒であり、このうち、7個のサンプルの合計保持時間が210秒(30秒×7)であるから、残りの3個のサンプルの合計保持時間は17秒、平均5.67秒となるところ、上記のとおり、通常想定される噴射は2、3秒、長くて5秒程度であることが技術常識であることに照らすと、当業者は、サンプルFは、本件発明1、2及び6の課題(【0016】)を解決できると認識できるものといえる。また、表1のサンプルA及びBも、これと同様である。

そうすると、当業者は、本件明細書の記載から、本件発明1、2及び6の上記課題を解決できると認識できるから、請求項1、2及び6は、サポート要件に適合する。

したがって、本件特許には特許法123条1項4号の無効理由があるとの控訴人の主張は理由がない。

(2)争点3-4(乙64の1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由の有無)

(控訴人の主張)

ア 乙64の1に記載された発明

本件出願前に頒布された刊行物である乙64の1(特開2008-180377号公報)には、次の発明が開示されている。

(ア)「噴射口を備えたスプレー缶に、液化石油ガス及び吸収体を充填したスプレー缶製品であって、

上記吸収体が、市販のLBKPを解繊して得たセルロース繊維55質量%と、市販のLBKPを粉砕した微細セルロース繊維45質量%を配合した繊維を不織布袋に充填して構成された、スプレー缶製品。」(以下「乙64の1の第1発明」という。)

(イ)「噴射口を備えたスプレー缶に、液化石油ガス及び吸収体を充填したスプレー缶製品であって、

上記吸収体が、市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊し、得られたセルロース繊維を分級し、微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維で構成され、

該セルロース繊維は、熱融着性繊維が配合されてシート状にプレスされ、コアレス型の巻取状とした後、上記スプレー缶に直接充填されるスプレー缶製品。」(以下「乙64の1の第2発明」という。)

イ 本件発明1の進歩性欠如①(乙64の1の第1発明を主引用例とするもの)

(ア)本件発明1と乙64の1の第1発明の一致点及び相違点

本件発明1と乙64の1の第1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)

「噴射口を備えたスプレー缶に、可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、上記吸収体が、セルロース繊維集合体から構成された、スプレー缶製品。」である点。

(相違点1)

本件発明1のセルロース繊維集合体は、「灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して、乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体は、どの程度の灰分を含んでいるのか、不明な点

(相違点2)

本件発明1は、「上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し、かつ、上記蓋状部材は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層である」のに対して、乙64の1の第1発明は、蓋状部材を備えていない点

(イ)相違点1の容易想到性について

乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体は、市販のLBKPをしている。

LBKPは、広葉樹の晒クラフトパルプを意味し、広葉樹材を原料とした化学パルプであって、化学パルプの灰分の平均は0.71であること(乙64の3)、LBKPの原料である広葉樹材の灰分は0.1~2.0%(乙59)であること、被控訴人自身が市販のLBKPの灰分が1重量%となることも、それ以外の数値となることもある旨を主張していることからすると、市販のLBKPには、灰分が1重量%を超えるものも、1重量%を下回るものも、普通に存在しているといえる。

そうすると、乙64の1の第1発明を実施しようとすれば、市販のLBKPを購入することになるが、その場合、灰分が0.1~2%程度で実施されることになる。

一方で、本件発明1が灰分含有量「1重量%以上20重量%未満」の数値範囲の下限値を1%と特定したことについては、被控訴人が購入した市販のLBKPの灰分含有量がたまたま1重量%であったということにすぎず、格別の技術的意義はない。

したがって、乙64の1の第1発明において、吸収体を構成するセルロース繊維集合体として、普通に存在する灰分が1重量%を超える市販のLBKP(相違点1に係る本件発明1の構成)を採用することに格別の困難性はない。

(ウ)相違点2の容易想到性について

本件出願前に頒布された刊行物である乙64の2(実願平4-52777号(実開平6-7883号)のCD-ROM)には、「噴射口を備えたスプレー缶に、不燃性液化ガスを充填したスプレー缶製品であって、上記スプレー缶内に、押しボタン式バルブの下側で不燃性液体の上側の位置に連続気泡状パッキングを挿入したスプレー缶製品。」という技術事項が記載され、連続気泡状パッキングを挿入することで、缶体を倒立して使用しても不燃性ガスが液体のまま噴出することはないという効果(【0015】)が示されている。乙64の2の上記記載から、スプレー缶が倒立した場合の液漏れを防止する技術として、液体が直接バルブに流れ込まないように連続気泡状パッキングを設けるものであると認識できる。

そうすると、乙64の2の連続気泡状パッキングは、本件発明1の通気性蓋状部材に該当する。

一方、乙64の1の第1発明は、セルロース繊維による吸収体を収容したスプレー缶製品の発明であり、スプレー缶が倒立した場合の液漏れ防止を課題とするものであるから、倒立した場合に吸収体がバルブヘ移動しないようにすることは当然に考慮される事項である。また、乙64の1の第1発明において、可燃性ガスが液漏れする現象は非常に危険であり、当業者であれば、より安全性を高めるように、液漏れの対策を重畳して施す動機付けがある。

したがって、乙64の1、2に接した当業者であれば、乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体に、乙64の2記載の連続気泡状パッキングを密接させるように構成すること(相違点2に係る本件発明1の構成)は、容易に想到できた事項である。

(エ)小括

以上によれば、本件発明1は、乙64の1の第1発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 本件発明2の進歩性欠如①(乙64の1の第1発明を主引用例とするもの)

本件発明2と乙64の1の第1発明の一致点は、前記イ(ア)と同じである。

また、本件発明2と乙64の1の第1発明とは、本件発明1のセルロース繊維集合体は、「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して、乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体は、どの程度の灰分を含んでいるのか、不明な点(以下、この相違点を「相違点1’」という。)及び前記イ(ア)の相違点2と同じである。

そして、前記イ(イ)及び(ウ)で述べたのと同様の理由により、当業者は、相違点1’及び相違点2に係る本件発明2の構成を容易に想到することができたものといえるから、本件発明2は、乙64の1の第1発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 本件発明6の進歩性欠如①(乙64の1の第1発明を主引用例とするもの)

本件発明6は、本件発明1及び2の「液化ガス」を「噴射剤または燃料として使用される可燃性ガス」に限定したものである。

一方、乙64の1には、スプレー缶製品として「ダストブロワー」や「トーチバーナー用ボンべ」が記載されていること(【0001】)に照らすと、乙64の1の第1発明の「液化石油ガス」を「噴射剤または燃料として使用」するように構成することは、当業者が容易に想到できた事項である。

したがって、本件発明6は、乙64の1の第1発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 本件発明1、2及び6の進歩性欠如②(乙64の1の第2発明を主引用例とするもの)

(ア)本件発明1と乙64の1の第2発明の一致点及び相違点本件発明1と乙64の1の第2発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)

「噴射口を備えたスプレー缶に、可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、上記吸収体が、セルロース繊維集合体から構成された、スプレー缶製品。」である点。

(相違点3)

前記イ(ア)の相違点1と同じ。

(相違点4)

前記イ(ア)の相違点2と同じ。

(イ)本件発明1について

前記イ(イ)及び(ウ)で述べたのと同様の理由により、当業者は、相違点3(相違点1と同じ)及び相違点4(相違点2と同じ)に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものといえるから、本件発明1は、乙64の1の第2発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ウ)本件発明2について

本件発明2と乙64の1の第2発明の一致点は、前記(ア)と同じである。また、本件発明2と乙64の1の第2発明とは、本件発明1のセルロース繊維集合体は、「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して、乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体は、どの程度の灰分を含んでいるのか、不明な点(以下、この相違点を「相違点3’」という。)及び前記(ア)の相違点4と同じである。

前記ウで述べたのと同様の理由により、当業者は、相違点3’及び相違点4に係る本件発明2の構成を容易に想到することができたものといえるから、本件発明2は、乙64の1の第2発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(エ)本件発明6について

前記エで述べたのと同様の理由により、本件発明6は、乙64の1の第2発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

カ 小括

以上のとおり、本件発明1、2及び6は、乙64の1の第1発明又は第2発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、いずれも進歩性が欠如する。

したがって、本件特許には特許法123条1項2号の無効理由があるから、被控訴人は、同法104条の3第1項の規定により、本件特許権を行使することができない。

(被控訴人の主張)

ア 本件発明1及び2の進歩性欠如①(乙64の1の第1発明を主引用例とするもの)の主張に対し

(ア)相違点1又は相違点1’の容易想到性について

本件発明1及び2は、「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右される」という従来なかった技術的知見を適用し、吸収体中に含まれる灰分量を所定の範囲に調整し、通気性蓋状部材を載置するという従来技術とは異なる簡易な方法によって、当該課題を解決したことに技術的意義がある発明であり、本件発明2の「灰分が1重量%以上12重量%未満」の上限値及び下限値は、「灰分含有量が1重量%に満たないと、この効果が得られず、含有量が増えると効果も大きくなるが、25重量%を超えると、セルロース繊維集合体が硬く、脆くなる傾向があり、縦割れや横割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。」(本件明細書の【0046】)ため、灰分量の数値範囲を最適化するという技術的意義がある。

そして、乙64の1の第1発明から出発して、相違点1に係る本件発明1の構成又は相違点1’に係る本件発明2の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出し、その数値範囲を最適化するという観点から、「吸収体中の灰分含有量を1重量%以上20重量%未満」又は「吸収体中の灰分含有量を1重量%以上12重量%未満」に調整するという点を想到することが必要であり、単に、1重量%という数値範囲の下限値の設定が容易であるというだけでは足りない。

しかるところ、乙64の1には、吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されるという技術的知見はもとより、吸収体の灰分含有量を調整することについての記載も示唆もない。

したがって、スプレー缶用吸収体の保液性能と灰分含有量の関連性に係る技術的知見の容易想到性について何ら明らかにしないまま、単に、「市販のLBKPには、灰分が1重量%を超えるものも、1重量%を下回るものも、普通に存在している」との理由で、相違点1又は相違点1’の容易想到性を肯定することはできない。

(イ)相違点2の容易想到性について

本件発明1の「通気性蓋状部材」は、「吸収体表面に密接」し、あるいは「吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層」(請求項1)であり、単に液化ガスが漏れるのを防止するというに止まらず、吸収体の形状を保持し、表面付近から微細セルロース繊維が剥離または飛散するのを防止すること(本件明細書の【0057】)ができ、吸収体と一体となって、吸収体の保液性能を高める効果を奏する。

他方で、①乙64の2記載のスプレー缶には、そもそも不燃性液体のみが存在し、吸収体が収容されていないこと、②乙64の2記載の「連続気泡状パッキング4」は、単に液漏れを防止する部材として、液体の上側に挿入されているに過ぎないこと(【0012】)、③乙64の2記載の「連続気泡状パッキング4」は、バルブ2の下側に空間を形成するため缶体1に固定されている必要があるため、肩部からバルブ側に押し込むように固定され(図2)、バルブ2側に十分大きい空間が形成されないので、倒立状態では、比重の重い液体が下側(バルブ2側)へ移動し、バルブ側の空間に容易に液が漏れることになって、倒立状態のまま噴射を継続することができないこと、④乙64の2には、図2以外に、「連続気泡状パッキング4」の充填状態について具体的に説明する記載がないことからすると、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」を組み合わせる動機付けはない。

また、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」を組み合わせたとしても、本件発明1又は本件発明2の通気性蓋状部材の構成に至ることはない。

したがって、当業者は、乙64の1の第1発明及び乙64の2に基づいて、相違点2に係る本件発明1又は本件発明2の構成を容易に想到することはできない。

(ウ)小括

以上によれば、本件発明1は、乙64の1の第1発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえない。本件発明2も、これと同様である。

イ 本件発明6の進歩性欠如①(乙64の1の第1発明を主引用例とするもの)の主張に対し

前記アのとおり、本件発明1は、乙64の1の第1発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上、本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明6も、これと同様に、当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

ウ 本件発明1、2及び6の進歩性欠如②(乙64の1の第2発明を主引用例とするもの)の主張に対し

前記ア及びイで述べたのと同様の理由により、本件発明1、2及び6は、乙64の1の第2発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

エ 小括

以上のとおり、本件発明1、2及び6は、乙64の1の第1発明又は第2発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

したがって、本件特許には特許法123条1項2号の無効理由があるとの控訴人の主張は理由がない。

(3)争点3-5(訂正の再抗弁の成否)(本件発明1及び6に関し)

(被控訴人の主張)

ア 本件訂正は、訂正前の特許請求の範囲の請求項1記載の灰分含有量の上限値「20重量%未満」を「12重量%未満」に引き下げ、それに伴い、訂正前の請求項2の削除等をしたものであるが、特許請求の範囲の減縮、明瞭でない記載の釈明等を目的とするものであって、適法な訂正である。別件審決においても、本件訂正は認められている。

イ 本件訂正により、訂正前の請求項1及び6(本件発明1及び6)の無効理由は解消され、かつ、被告製品は、本件訂正発明1及び6の技術的範囲に属するから、被控訴人は、控訴人に対し、本件特許権を行使することができる。

(控訴人の主張)

被控訴人の主張は争う。

本件訂正により、本件発明1及び6の無効理由が解消されることはない。

また、被告製品は本件訂正発明1及び6の技術的範囲に属さない。

6.当裁判所の判断

本件の事案に鑑み、争点3-4(乙64の1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由の有無)から判断する。

1 争点3-4(乙64の1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由の有無)について

(1)時機に後れた攻撃防御方法の却下の申立てについて

被控訴人は、控訴人が当審において追加主張した乙64の1を主引用例とする進歩性欠如(争点3-4)を無効理由とする特許法104条の3第1項の規定に基づく無効の抗弁(以下「本件無効の抗弁」という。)について、民事訴訟法157条1項に基づき、時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下することを求める申立てをしたので、以下において判断する

ア 前記第2の1(前提事実等)の(6)及び一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(ア)控訴人は、平成27年4月17日の原審第4回弁論準備手続期日において、被告準備書面(2)に基づき、実施可能要件違反の無効理由(争点3-1)による無効の抗弁の主張をし、同年9月14日の原審第7回弁論準備手続期日において、被告準備書面(5)に基づき、明確性要件違反(争点3-2)の無効理由による無効の抗弁の主張をした。

その後、原審の受命裁判官は、同年10月27日の第8回弁論準備手続期日において、本件の侵害論の審理を終了し、損害論の審理を進めると述べた上で、控訴人に対し、被控訴人の損害主張に対し具体的に認否反論し、必要な書面を提出するよう求めた

(イ)控訴人は、平成28年5月19日、本件発明1、2、6及び8についての本件特許を無効にすることを求める別件無効審判を請求した

同年12月13日の原審第12回弁論準備手続期日において、控訴人は、被告準備書面(10)に基づき、別件無効審判と同一の無効理由(サポート要件違反(争点3-3)の無効理由及び本件無効の抗弁に係る無効理由を含む。)による無効の抗弁を追加して主張したのに対し、被控訴人は、同期日において、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下することを求める申立てをした。原審の受命裁判官は、被控訴人の上記申立てを容れて、控訴人の上記無効の抗弁に係る主張及び証拠を却下した

(ウ)特許庁は、平成29年12月15日、本件訂正後の請求項1、6及び8に係る発明についての本件特許には、サポート要件違反(争点3-3)の無効理由及び本件無効の抗弁に係る無効理由が存在するとして、上記特許を無効とする別件審決をした。

同月20日の原審第18回弁論準備手続期日において、控訴人は、被告準備書面(15)に基づき、別件審決が認めたサポート要件違反の無効理由及び本件無効の抗弁に係る無効理由による無効の抗弁を再度追加して主張したのに対し、被控訴人は、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下することを求める申立てをした。原審の受命裁判官は、被控訴人の上記申立てを容れて、控訴人の上記無効の抗弁に係る主張及び証拠を却下した。

原審は、同日、原審第2回口頭弁論期日において、本件訴訟の口頭弁論を終結した後、平成30年3月22日、被控訴人の請求を一部認容する原判決を言い渡した。

この間の同年1月20日、被控訴人は、別件審決の取消しを求める別件審決取消訴訟を提起した。

(エ)控訴人は、平成30年4月9日、本件控訴を提起した。控訴人は、同年6月5日付けの控訴理由書において、被告準備書面(10)及び(15)を引用して、サポート要件違反(争点3-3)の無効理由による無効の抗弁及び本件無効の抗弁を記載した。

同年7月24日の当審第1回弁論準備手続期日において、控訴人は、控訴理由書に基づき、本件無効の抗弁を主張し、被控訴人は、控訴答弁書に基づき、上記主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下することを求める申立てをした。

同年10月15日の当審第2回弁論準備手続期日において、控訴人は、同年8月31日付けの控訴人準備書面(1)及び同年9月14日付けの控訴人準備書面(2)に基づき、本件無効の抗弁の主張を補足し、被控訴人は、同年10月1日付けの被控訴人第1準備書面に基づき、本件無効の抗弁に対する反論及び訂正の再抗弁を主張した。

その後、当裁判所は、同年12月10日の第1回口頭弁論期日において、本件口頭弁論を終結した。

イ 前記アの認定事実によれば、控訴人の当審における本件無効の抗弁の主張は、原審において侵害論の審理を終了し、損害論の審理に入った段階で提出されたため、時機に後れた攻撃防御方法として却下された主張と同旨のものであるが、控訴人は、原審口頭弁論終結前に本件無効の抗弁に係る無効理由の存在等を認めて本件特許を無効とする旨の別件審決がされたのを受けて、当審において再度提出したものであること控訴人は、控訴理由書に本件無効の抗弁を記載し、当審の審理の当初から本件無効の抗弁を主張していたことが認められるから、当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出が時機に後れたものということはできない。また、当審の審理の経過に照らすと、控訴人による本件無効の抗弁の主張の提出により、訴訟の完結を遅延させることとなるとは認められない。

したがって、当審における控訴人による本件無効の抗弁の主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下することはしない。

(2)本件明細書の記載事項等について

ア 本件発明1、2及び6の特許請求の範囲(請求項1、2及び6)の記載は、前記第2の1(前提事実等)の(2)のとおりである。

-省略-

イ 前記アの記載事項によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の目的、内容、効果等に関し、次のような開示があることが認められる。

(ア)液化ガスを用いたスプレー缶製品は、その構造上、倒立状態や傾斜状態で使用した場合に、噴出口から液化ガスが液体のまま漏れ出す液漏れによって発火が生じるおそれがあるため、従来から、スプレー缶内に液化ガスを保持するための吸収体を充填することが知られている(【0008】ないし【0011】)。

この吸収体として、新聞古紙、広告紙、雑誌といった古紙原料を使用する場合、入手が容易で安価であり、環境への影響も少ないといった利点があるものの、品質のばらつき等により、液吸収性や液保持力が安定しないといった問題点があったため、実際には、木材パルプを主体とし、微細化した繊維を成形して充填するか、バインダーを添加して繊維同士を結合させてから成形する方法が採られていたが、製造工程が複雑でコスト高となりやすいといった問題点があった(【0013】、【0014】)。

(イ)「本発明」は、高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること、それにより、低コストで、安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現することを目的とするものであり、「本発明者等」が見出した「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されるという知見」に基づいて、本件発明1においては、灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体と、この吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材とを備える構成を採用したものである(【0016】、【0017】)。

これにより、吸収体として古紙原料を使用した場合であっても、セルロース繊維集合体中の灰分量を調整することで、安定した品質を実現でき、セルロース繊維集合体の保液性を向上させ、環境への影響が小さく、高品質で低コストの吸収体を得ることができるため、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜状態や倒立状態における液漏れを防止可能とし、また、吸収体の表面側が通気性を有する蓋状部材でシールされているので、液漏れを防止する効果がより高まり、スプレー缶製品の使用時または保管時の液漏れを確実に防止し、安全性と保液性を大幅に向上させるので、高価な原料使用や製造工程を複雑化することなくコスト低減が可能で、作業性、生産性、経済性に優れたスプレー缶製品を得ることができるという効果を奏する(【0028】ないし【0030】)。

(3)乙64の1の記載事項について

ア 乙64の1には、次のような記載がある(下記記載中に引用する「表1」については別紙2を参照)。

-省略-

イ 前記アの記載事項によれば、乙64の1には、①スプレー缶製品の吸収体として、従来使用されていた古紙等の粉砕品には、リサイクルにより傷ついた繊維が含まれているため液体の保持力が悪く、原料の品質にもばらつきがあり、また、印刷インク等の不純物が付着しているため液吸収性が悪く、スプレー缶を倒立状態で使用した場合や保管した場合に液漏れの原因となるという問題があったため、より吸収性能・保液性に優れた吸収体が必要とされていたこと、②「本発明」は、上記課題を解決するための手段として、スプレー缶製品の吸収体として、繊維長を0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維集合体の構成を採用したものであり、これにより、吸収体をセルロース繊維集合体として缶内に充填し、保液力を向上できること、③吸収体の原料として使用するセルロース繊維は、針葉樹、広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ、溶解パルプ、古紙パルプ、更にはコットン等、任意の原料のセルロース繊維を適宜粉砕処理することで用いることが可能であり、中でも、NBKP、LBKPパルプが、吸収性・保水性、および液化ガスに着色が起こらないという点で優秀であり、好適に用いられること、④「本発明」の実施例1に係る吸収体は、市販の広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)を湿式粉砕して得られた微細セルロース繊維(平均繊維長は0.25mm)45質量%と、市販の広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)を乾式解繊装置で解繊して得たセルロース繊維55質量%とを筒状の不織布袋に充填し、略円筒形状としたものであることの開示があることが認められる。

(4)乙64の1の第1発明を主引用例とする本件発明1の進歩性欠如の無効理由の有無について

ア 相違点1の容易想到性について

(ア)乙64の1には、実施例1において、市販のLBKP(広葉樹漂白クラフトパルプ)を用いてセルロース繊維の吸収体を得たことが記載されているが(【0041】)、そのLBKPの灰分含有量についての記載はない

しかしながら、乙59(「非木材繊維利用の現状と将来」(紙パ技協誌第51巻第6号、1997年6月))の「表18 主要非木材および木材の化学組成」に、「広葉樹材」の原料は灰分含有量が「0.1%~2.0%」であることが記載されていること(80頁・表18)に照らすと、灰分量が「1重量%以上を超える程度」の市販のLBKPが普通に存在するものと認めるのが相当である

そうすると、当業者は、乙64の1に基づいて、市販のLBKPを用いて、乙64の1の第1発明の実施を試みる際に、「1重量%を超える程度」の灰分を含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体(相違点1に係る本件発明1の構成に含まれる構成)に容易に想到することができたものと認められる。

(イ)これに対し、被控訴人は、本件発明1は、「吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右される」という従来なかった技術的知見を適用し、収体中に含まれる灰分量を所定の範囲に調整し、通気性蓋状部材を載置するという従来技術とは異なる簡易な方法によって、当該課題を解決したことに技術的意義があるから、相違点1に係る本件発明1の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出し、その数値範囲を最適化するという観点から、吸収体中の灰分含有量を1重量%以上12重量%未満に調整するという点を想到することが必要である旨主張する。

しかしながら、当業者は、乙64の1に基づいて、「1重量%を超える程度」の灰分を含有するセルロース繊維集合体から構成される吸収体(相違点1に係る本件発明1の構成に含まれる構成)に容易に想到することができたものと認められることは、前記(ア)のとおりであって、相違点1に係る本件発明1の構成に至るためには、スプレー缶用吸収体の保液性能が、吸収体中に含まれる灰分含有量に左右されるという技術的知見を見出すことは必ずしも必要ではないというべきである。

したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

イ 相違点2の容易想到性について

(ア)a 乙64の2には、次のような記載がある(下記記載中に引用する図2については、別紙3を参照)。

-省略-

b 前記aの記載事項によれば、乙64の2には、押しボタン式バルブの下側で不燃性液体の上側の位置に、通気性を有する「連続気泡状パッキング」を挿入した、不燃性液化ガスを充填した噴射口を有する「噴気式清掃機」の記載があり、その「連続気泡状パッキング」は、缶体を逆さまにして使用しても不燃性液体がバルブ側の空間に漏れて液体のまま噴出することを防止するためのものであることの記載があることが認められる。

そして、乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」は、連続気泡を有する多孔質体であり、図2(別紙3)から円筒状の缶体内に挿入された円板状の形状であることを理解できるから、「円板状多孔質体」として、本件発明1の「通気性蓋状部材」に該当するものと認めるのが相当である

(イ)乙64の1には、スプレー缶を倒立状態で使用した場合や缶を倒立状態で保管する場合に液漏れの原因となり、可燃性液化ガスの液漏れにより火炎が発生するおそれがあるため、吸収性能・保液性に優れた吸収体を提供することが課題であること(【0004】、【0054】)の記載がある。

一方で、乙64の2には、乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」は、缶体を逆さまにして使用しても不燃性液体がバルブ側の空間に漏れて液体のまま噴出することを防止するためのものであることの記載があることは、前記(ア)bのとおりである。

そうすると、乙64の1及び乙64の2に接した当業者は、乙64の1の第1発明において、スプレー缶を倒立状態で使用した場合の吸収体に充填された可燃性液化ガスの液漏れの防止を確実にするために、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」の構成を適用する動機付けがあるものと認められる。

また、乙64の1の「具体的には、スプレー缶形状に合わせて、その内径に適した大きさの円筒状の成形体とすると、充填が容易にできる上、使用中も安定してスプレー缶内に保持することができる。」(【0032】)との記載から、スプレー缶の使用中に吸収体を安定して保持する必要性があることを理解できる。

以上によれば、当業者は、スプレー缶を倒立状態で使用した場合の吸収体に充填された可燃性液化ガスの液漏れの防止を確実にし、吸収体を安定して保持するために、乙64の1の第1発明において、乙64の2の連続気泡状パッキングを適用する際に、乙64の2記載の連続気泡状パッキングの構成のものを吸収体の表面に密接に配置し、相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものと認められる。

(ウ)これに対し被控訴人は、乙64の2記載の「連続気泡状パッキング4」は、バルブ2の下側に空間を形成するため缶体1に固定されている必要があるため、肩部からバルブ側に押し込むように固定され(図2)、バルブ2側に十分大きい空間が形成されないので、倒立状態では、比重の重い液体が下側(バルブ2側)へ移動し、バルブ側の空間に容易に液が漏れることになって、倒立状態のまま噴射を継続することができないこと、乙64の2には、図2以外に、「連続気泡状パッキング4」の充填状態について具体的に説明する記載はないことからすると、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」を組み合わせる動機付けはないし、また、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」を組み合わせたとしても、本件発明1の通気性蓋状部材の構成に至ることはない旨主張する。

しかしながら、乙64の1の第1発明において、スプレー缶を倒立状態で使用した場合の吸収体に充填された可燃性液化ガスの液漏れの防止を確実にするために、乙64の1の第1発明に乙64の2記載の「連続気泡状パッキング」の構成を適用する動機付けがあることは、前記(イ)のとおりである。

また、乙64の2には、連続気泡状パッキングが図2で示された位置に配置することが不可欠である旨の記載はなく、連続気泡状パッキングの具体的な設置方法及び設置場所は、当業者が適宜決定すべき事項であると認められる。

さらに、乙64の2の【0012】の「連続気泡状パッキング4を挿入し、たとえ缶体1を逆さまにして使用しても不燃性液体3が液体のまま噴出することなく、ガスの整流性が良くなる。」との記載に照らすと、乙64の2の「噴気式清掃機」が連続気泡状パッキングを挿入したために倒立状態のまま噴射を継続することができないものと理解することはできない。

したがって、被控訴人の上記主張は、採用することができない。

ウ 小括

以上によれば、本件発明1は、乙64の1の第1発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

したがって、控訴人主張の本件発明1の進歩性欠如①の無効理由は理由がある。

(5)乙64の1の第1発明を主引用例とする本件発明2の進歩性欠如の無効理由の有無について

本件発明2と乙64の1の第1発明は、本件発明1のセルロース繊維集合体は、「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して、乙64の1の第1発明のセルロース繊維集合体は、どの程度の灰分を含んでいるのか、不明な点(相違点1’)及び相違点2において相違するが、その余の点は一致する。

そうすると、前記(4)と同様の理由により、本件発明2は、乙64の1の第1発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

したがって、控訴人主張の本件発明2の進歩性欠如①の無効理由は理由がある。

(6)乙64の1の第1発明を主引用例とする本件発明6の進歩性欠如の無効理由の有無について

本件発明6は、本件発明1及び2の「液化ガス」を「噴射剤または燃料として使用される可燃性ガス」に限定したものである。

しかるところ、乙64の1には、スプレー缶製品として「ダストブロワー」及び「トーチバーナー用ボンべ」が記載されていること(【0001】)に照らすと、乙64の1の第1発明の「液化石油ガス」を、「噴射剤または燃料として」使用するように構成することは、当業者が容易に想到することができたものと認められる。

そうすると、本件発明6は、乙64の1の第1発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

したがって、控訴人主張の本件発明6の進歩性欠如①の無効理由は理由がある。

(7)まとめ

以上のとおり、本件発明1、2及び6は、乙64の1の第1発明及び乙64の2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、進歩性を欠くものであるから、本件特許には、特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があり、特許無効審判により無効とされるべきものと認められる。

2 争点3-5(訂正の再抗弁の成否)(本件発明1及び6に関し)について

被控訴人は、本件訂正により、訂正前の請求項1及び6(本件発明1及び6)の無効理由は解消され、かつ、被告製品は、本件訂正発明1及び6の技術的範囲に属するから、被控訴人は、控訴人に対し、本件特許権を行使することができる旨主張する。

そこで検討するに、本件訂正発明1(本件訂正後の請求項1)は、灰分含有量を「1重量%以上12重量%未満」とするものであり、本件発明2と同一の構成であるところ、前記1(5)のとおり、本件発明2は、乙64の1の第1発明及び乙64の2の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件発明1の無効理由は、本件訂正により解消されるものとはいえない。

また、前記1(6)で説示したのと同様の理由により、本件発明6の無効理由は、本件訂正により、解消されるものとはいえない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の上記主張は理由がない。