マッサージ機事件

投稿日: 2020/01/31 7:56:05

今日は、平成31年(行ケ)第10042号 審決取消請求事件について検討します。本件の原告は審判請求人として特許無効審判を請求し、特許庁はこの請求を無効2018-800041号事件として審理し、審判請求は成り立たない旨の審決をしました。この審決に不服の原告が審決の取消しを求めて本件訴訟を提起しました。

 

1.検討結果

(1)本件は、前回検討した審決取消訴訟の原告と被告が入れ替わった事件です。前回検討した事件では株式会社フジ医療器が所有すると特許に対して特許無効審判を請求したファミリーイナダ株式会社が、特許庁における請求不成立の審決を不服として審決取消訴訟を提起し、知財高裁で審決取消の判決を得ました。本件では、ファミリーイナダ株式会社が所有すると特許に対して特許無効審判を請求した株式会社フジ医療器が、特許庁における請求不成立の審決を不服として審決取消訴訟を提起し、知財高裁で審決取消の判決を得ました。

(2)争点として、①手続違背(取消事由1)、②補正要件(新規事項の追加)に係る判断の誤り(取消事由2)、③サポート要件に係る判断の誤り(取消事由3)、④明確性要件に係る判断の誤り(取消事由4)、⑤引用発明に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由5)及び⑥分割要件に係る判断の誤り(取消事由6)といった6点の取消事由がありました。

このうち①は、審判手続において、構成要件Fのうち「幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口」との特定事項に関し、補正要件、サポート要件及び明確性要件の各違反並びに分割要件違反に起因する新規性・進歩性欠如について本審決の判断がされていないから手続違背にあたるというものでした。これについて判決では、明確性要件についてのみ原告の主張を認めましたが、その一方で、補正要件、サポート要件及び分割違反については構成要件Hで判断しているため、本審決において実質的に判断されている、として原告の主張を認めませんでした。

さらに、その他の取消事由についても審理し、その結果②~⑥については取消事由に理由がない、と判断しています。

(3)したがって、再度の特許庁の特許無効審判の審理では、構成要件Fの明確性要件違反が争点となります。しかし、本判決では取消事由5について、本件発明1は引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない、と判断しています。そうなると、本件発明の一部の構成要件が明確でない場合には引用発明と対比することは不可能であるという考えもあり得るので、実質的に知財高裁は構成要件Fについて明確性要件違反ではない、と示唆しているように思えます。

(4)それにしても審決で判断を示していないというのはあまり聞いたことがありません。確かに審決を見ると構成要件G、Lしか項目として挙げられていません。どうしてこんなことが起きたのか不思議です。

2.手続の時系列の整理

(1)本件特許(特許第5009445号)

(2)分割関係

3.特許請求の範囲

【請求項1】

A 被施療者が着座可能な座部と、

B 被施療者の上半身を支持する背凭れ部と

C を備える椅子型のマッサージ機において、

D 前記座部の両側に夫々配設され、被施療者の腕部を部分的に覆って保持する一対の保持部と、

E 前記保持部の内面に設けられる膨張及び収縮可能な空気袋と、を有し、

F 前記保持部は、その幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口が形成されていると共に、その内面に互いに対向する部分を有し、

G 前記空気袋は、前記内面の互いに対向する部分のうち少なくとも一方の部分に設けられ、

H 前記一対の保持部は、各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている

I ことを特徴とするマッサージ機。

【請求項2】

J 前記一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いていること

K を特徴とする請求項1に記載のマッサージ機。

【請求項3】

L 前記保持部は、被施療者の前腕と手首又は掌を保持可能であること

M を特徴とする請求項1又は2に記載のマッサージ機。

【請求項4】

N 前記空気袋は、前記開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上るように構成されていること

O を特徴とする請求項1~3のいずれかに記載のマッサージ機。

【請求項5】

P 前記背凭れ部は、被施療者の胴体を支持するクッション部と、

Q 前記クッション部より前方へ延設され被施療者の上腕及び肩の側部を覆う部分を有するカバー部と、を有し、

R 前記カバー部には、膨張及び収縮することにより被施療者の肩に刺激を与えることができる空気袋が設けられている

S ことを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のマッサージ機。

【請求項6】

T 左腕用の前記保持部に設けられた空気袋と、右腕用の前記保持部に設けられた空気袋と、は、夫々独立に駆動されるよう構成されている

U ことを特徴とする請求項1~のいずれかに記載のマッサージ機。

4.取消事由

(1)手続違背(取消事由1)

(2)補正要件(新規事項の追加)に係る判断の誤り(取消事由2)

(3)サポート要件に係る判断の誤り(取消事由3)

(4)明確性要件に係る判断の誤り(取消事由4)

(5)引用発明に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由5)

(6)分割要件に係る判断の誤り(取消事由6)

5.裁判所の判断

1 本件各発明について

(1)本件明細書の記載事項

本件明細書(甲1)には、次の各記載がある(図は別紙1記載のとおり)。

-省略-

(2)本件各発明の特徴

上記(1)の各記載によれば、本件各発明の特徴は次のとおりと認められる。

ア 広く普及している椅子型のマッサージ機は、主として座部と背凭れ部とから構成され、座部の両側方に肘掛け部が設けられ、背凭れ部の内部にマッサージ機構が設けられている。被施療者は、座部に着座し、肘掛け部を腕置きとして用いて、マッサージ機を使用する。また、背凭れ部の下端部は、座部の後部で回動自在に枢支され、背凭れ部をリクライニングさせることができる(【0002】)。

イ しかし、上述した従来のマッサージ機にあっては、肘掛け部に例えばバイブレータ等の施療装置が設けられていないことが多く、被施療者の腕部を施療することができないという問題があった(【0003】)。

ウ 本件各発明は、このような事情に鑑み、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供することを目的とするものである(【0007】)。

本件各発明に係るマッサージ機は、課題を解決するための手段として、被施療者が着座可能な座部と、被施療者の上半身を支持する背凭れ部とを備える椅子型のマッサージ機において、前記座部の両側に夫々配設され、被施療者の腕部を部分的に覆って保持する一対の保持部と、前記保持部の内面に設けられる膨張及び収縮可能な空気袋とを有し、前記保持部は、その幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口が形成されていると共に、その内面に互いに対向する部分を有し、前記空気袋は、前記内面の互いに対向する部分のうち少なくとも一方の部分に設けられ、前記一対の保持部は、各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている、という構成を有する(【0010】)。

エ 本件各発明に係るマッサージ機によれば、空気袋によって被施療者の腕部を施療することが可能となるという効果を有する(【0028】)。

2 取消事由1(手続違背)について

(1)原告は、審判手続において、構成要件Fのうち「幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口」との特定事項に関し、補正要件、サポート要件及び明確性要件の各違反並びに分割要件違反に起因する新規性・進歩性欠如という各無効理由が存在することを主張し、被告も答弁書において反論したにもかかわらず、当該各無効理由について、本件審決の判断はされていないから、本件審決には、審理不尽や判断の遺脱などの手続上の瑕疵があり、違法として取り消されるべきである、と主張する

(2)明確性要件について

本件審決は、明確性要件の判断において、構成要件G及びLについて判断したのみで、構成要件Fについては「請求人の主張の概要」にも「当合議体の判断」にも記載がなく、実質的に判断されたと評価することもできない

したがって、本件審決には、手続的な違法があり、これが審決の結論に影響を及ぼす違法であるということができる。

(3)補正要件違反、分割要件違反及びサポート要件について

ア 本件審決には、補正要件違反等の原告の主張する無効理由との関係で、構成要件Fについての明示的な記載はない。

しかし、補正要件の適否は、当該補正に係る全ての補正事項について全体として判断されるべきものであり、事項Fの一部の追加が新規事項に当たるという主張は、本件補正に係る補正要件違反という無効理由を基礎付ける攻撃防御方法の一部にすぎず、これと独立した別個の無効理由であるとまではいえない。その判断を欠いたとしても、直ちに当該無効理由について判断の遺脱があったということはできない。

また、構成要件Fで規定する「開口」は、構成要件H(「前記一対の保持部は、各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている」)の前提となる構成であって、事項Hの追加が新規事項の追加に当たらないとした本件審決においても、実質的に判断されているということができる

そして、後記のとおり、当初明細書の【0037】、【0038】、【図2】には、断面視において略C字状の略半円筒形状をなす「保持部」が記載され、「開口部」とは、「保持部」における「長手方向へ延びた欠落部分」を指し、一般的な体格の成人の腕部の太さよりも若干大きい幅とされ、そこから保持部内に腕部を挿入可能であることが記載されているから、構成要件Fで規定する「開口」が、当初明細書に記載されていた事項であることは明らかである。

イ また、新規事項の追加があることを前提とした分割要件違反に起因する新規性・進歩性欠如をいう原告の主張も、同様である。

ウ サポート要件についても、本件審決には、構成要件Fについての明示的な記載はない。

しかし、サポート要件の適合性は、後記4(1)のとおり判断すべきものであり、上記アと同様、事項Fの一部についての判断を欠いたとしても、直ちに当該無効理由について判断の遺脱があったということはできない。

また、構成要件Fで規定する「開口」は、上記アのとおり、構成要件Hの前提となる構成であり、本件審決においても実質的に判断されているということができる

そして、後記のとおり、本件発明1は、本件明細書の【0010】に記載された構成を全て備えており、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであり、加えて、本件明細書にも前記【0037】、【0038】、【図2】と同様の記載があることからすれば、構成要件Fで規定する「開口」が本件明細書の当該記載によってサポートされていることも明らかである。

(4)小括

以上のとおり、本件審決は、明確性要件についての判断を遺脱しており、この点の審理判断を尽くさせるため、本件審決は取り消されるべきである

もっとも、他の無効理由については当事者双方が主張立証を尽くしているので、以下、当裁判所の判断を示すこととする。

3 取消事由2(補正要件(新規事項の追加)に係る判断の誤り)について

(1)補正要件(新規事項の追加)について

特許請求の範囲等の補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項)、上記の「最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し、当該補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

(2)当初明細書の記載

本件各発明に関連する当初明細書の記載事項(甲4、5)は、手続補正(甲2、6)により、次の各記載が削除又は変更された点で異なるほかは、図面も含めて、前記1(1)認定の本件明細書の記載事項と同様である。

-省略-

(3)本件補正の内容

本件補正は、以下の内容を含むものである(甲2)。

ア 構成要件F及び【0010】の「前記保持部は、その幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口が形成されていると共に、その内面に互いに対向する部分を有し」との事項(以下「事項F」という。)が追加されたこと。

イ 構成要件G及び【0010】の「前記空気袋は、前記内面の互いに対向する部分のうち少なくとも一方の部分に設けられ」との事項(以下「事項G」という。)が追加されたこと。

ウ 構成要件H及び【0010】の「前記一対の保持部は、各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている」との事項(以下「事項H」という。)が追加されたこと。

エ 構成要件J及び【0013】の「前記一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いている」との事項(以下「事項J」という。)が追加されたこと。

オ 構成要件L及び【0014】の「前記保持部は、被施療者の前腕と手首又は掌を保持可能である」との事項(以下「事項L」という。)が追加されたこと。

カ 構成要件N及び【0015】の「前記空気袋は、前記開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上るように構成されている」との事項(以下「事項N」という。)が追加されたこと。

(4)当初明細書に記載があること

ア 当初明細書の【0042】、【0044】、【0048】、【図5】、【0066】、【0072】、【0074】、【図8】には、保持部の内面の略全体に空気袋が設けられている構成の記載がある。これらの記載に加えて、従来のマッサージ機においては、肘掛け部に例えばバイブレータ等の施療装置が設けられていないことが多く、被施療者の腕部を施療することができないことが課題になっていたこと(【0003】)を併せて考えれば、当初明細書の上記各記載から、保持部の内面の対向する部分の双方でなくとも、対向する部分の一方に空気袋が設けられていれば、腕部が保持部によって保持され、保持部の内面の一方の側から空気袋の膨張・圧縮に伴う力を受けることで一定の施療効果が期待できることは明らかというべきである。

そうすると、保持部の内面の互いに対向する部分の双方でなく、対向する部分の一方に空気袋が設けられていれば、座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題の課題解決手段として十分であることが容易に理解できる。

イ 当初明細書の【0042】には、保持部の形状について「略C字状」の断面形状を有することの記載があり、【0037】、【0038】及び【図2】には、断面視において略C字状の略半円筒形状をなす「保持部」が記載されており、「開口部」とは、「保持部」における「長手方向へ延びた欠落部分」を指し、一般的な体格の成人の腕部の太さよりも若干大きい幅とされ、そこから保持部内に腕部を挿入可能であることが記載されている。そして、【0100】には、腕部を保持する保持部は、【図13】(a)に示されるものに限定されず、同図(b)~(e)に示されるものとしてもよいこと、さらに、同図(c)は、開口を「所定角度で傾斜させた」ものであり、同図(e)は、開口を「上方に開口」させたものであることが記載されている。

以上の記載を踏まえると、【図13】(a)は、開口が所定角度で傾斜せずに横を向いている保持部を示していると理解するのが自然であり、そうすると、当初明細書には、所定角度で傾斜したものと傾斜していないものを含めて「開口が横を向」いている保持部が記載されているといえる。

そして、「開口が横を向」いている保持部であっても、腕部を横方向に移動させることで被施療者が腕部を保持部内に挿入することができ、座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解できるというべきである。

ウ 請求項2の「開口が真横を向いている」にいう「開口」とは、そこから保持部内に腕部を挿入することを可能とするもの(【0038】、【図2】)であることからすれば、「開口が真横を向いている」とは、腕部の挿入方向に着目して、被施療者が座部に座った状態で腕部を「真横」(水平)に移動させることで保持部内に腕部を挿入することができるという技術的意義を有するものであると理解できる。

そして、当初明細書には、【図13】(a)及び(c)において、所定角度で傾斜したものと傾斜していないものを含めて「開口が横を向」いている保持部が示され、同図(a)は、開口が所定角度で傾斜せずに横を向いている保持部、すなわち、「開口が真横を向」いている保持部を示していると理解するのが自然であるところ、「開口が真横を向」いていれば、腕部を真横(水平)に移動させることで被施療者が腕部を保持部内に挿入することができ、座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題を解決できることも容易に理解することができるというべきである。

エ 当初明細書には、【0037】、【0044】、【0046】などにも、前腕部を挿入する第2保持部分の内面において、被施療者の手首又は掌に相当する部分に振動装置が設けられていることが開示されている。加えて、保持部が、被施療者の上腕を保持するための第1保持部分と被施療者の前腕を保持するための第2保持部分とから構成され(【0037】、【図2】)、第2保持部分の内面であって被施療者の手首又は掌に相当する部分に振動装置が設けられ、この振動装置が振動することにより、被施療者の手首又は掌に刺激を与えることが可能となっていること(【0044】、【図2】)も記載されている。

そうすると、保持部内に挿入された被施療者の手首又は掌を、保持部の内面であって、手首又は掌に相当する部分に設けられた振動装置を振動させることで、被施療者の手首又は掌に刺激を与えることが可能となっており、その前提として、保持部が、被施療者の手首又は掌を「保持可能」とするような構成を有していることは明らかである。

オ 当初明細書のうち、第1保持部分を幅方向へ切断したときの断面図である【図5】、【図8】には、空気袋(11b、11c、26b、26c)が全体として保持部の奥側(図の右側)よりも開口側(図の左側)の端部にて高さが高くなるよう盛り上がる形状が示されており、当初明細書の【0042】の記載も踏まえると、【図5】には、保持部分の内面の略全体において略一定の厚み幅を有する空気袋11bと、当該空気袋11bの上に積層する形で空気袋11cが設けられ、当該空気袋11cは奥側から開口側に行くにしたがってその厚み幅が漸増しており、空気袋11bと空気袋11cをあわせてみたときに、空気袋は開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上がるように構成されていることが記載されているといえる。

そして、空気袋が保持部の開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上がるように構成されていれば、空気袋の膨張・圧縮の程度が保持部の奥側の部分よりも開口側の部分の方が大きく、腕部がそのような空気袋の構成に応じた膨張・圧縮に伴う力を受けることで、座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題を解決できることも容易に理解することができる。

カ 以上によれば、本件補正は、当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

(5)原告の主張について

ア 事項Gについて

原告は、当初明細書の上記各記載が、保持部の内面の互いに対向する部分のうちの一方のみに空気袋が設けられている構成を開示するものでないことを指摘し、事項Gに係る補正が、空気袋が保持部の内面の互いに対向する部分の一方にのみ設けられている構成も包含するという点において新たな技術的事項を導入していると主張するが、前記(4)のとおり、主張は理由がない。

原告は、被施療者の腕部が、空気袋と保持部の内面に接することで、空気袋と保持部によって施療されると解釈することが可能だとしても、保持部の内面に接する被施療者の腕部は単にその内面に押し当てられているだけであり、腕部に位置するツボを効果的に施療することができず、そうすると、被施療者の腕部を保持部の内面に押し当てる施療は、当初明細書に記載も示唆もされておらず、想定もされていない技術的事項であるとも主張する。

しかし、当初明細書の記載によれば、必須の課題は腕部の施療ができることにあり、腕部に位置するツボを効果的に施療することまでを含んでいないことからすれば、原告の主張は理由がない。

イ 事項Hについて

原告は、当初明細書の【0042】には、保持部の形状について「略C字状」の断面形状を有することしか記載されておらず、【0072】、【図1】、【図5】、【図7】、【図8】などにも、一対の保持部に形成した「各々の前記開口が横を向」いていることを明記した箇所が存在しないことを指摘し、事項Hに係る補正が、新たな技術的事項を導入するものであると主張するが、前記(4)のとおり、主張は理由がない。

原告は、事情説明書(甲7)における本件発明1の作用効果の説明は、当初明細書の記載に基づいたものではないから、同発明の技術的意義を検討する上で配慮には値せず、また、保持部の形状として、【図13】(a)及び(c)の2つの形状について意匠的な意味以上の技術的な意味は当初明細書には認められないとも主張する。

しかし、事項Hに係る補正が新たな技術的事項を導入しないものであることは、事情説明書ではなく、前記(4)で示した当初明細書の記載に基づいて導かれるから、原告の主張は理由がない。

ウ 事項Jについて

原告は、事項Jの「開口が真横を向いている」にいう「真横」の意義について、当初明細書の【図13】(a)などによっても何を基準として「真横」と判断しているか判然としないから、新たな技術的事項を導入していると主張するが、前記(4)のとおり、主張は理由がない。

原告は、①【図13】(a)の断面が略C字状である場合において、保持部の形状が、開口の向きが真横方向であるとする具体的な根拠が明らかでない、②当初明細書の【0076】には保持部の回動範囲が記載されておらず、その開口の向きが真横を向く態様となるか否かが明らかではない、③開口の向きが横であることから更に真横になることによって解決される課題等も当初明細書に一切記載も示唆もされていないとも主張する。

しかし、「真横」の技術的意義については、前記(4)のとおりであるし、また、そうである以上、【0076】に記載の保持部の回動範囲がいかなる範囲であるかは意味をもたないことからすれば、原告の主張は理由がない。

エ 事項Lについて

原告は、当初明細書には、保持部における手首又は掌の保持については何ら言及されていないから、事項Lは新たな技術的事項を導入するものであると主張するが、前記(4)のとおり、主張は理由がない。

原告は、振動装置によって手首や掌に刺激が与えられ得ることは記載されているが、手首又は掌の保持については何ら言及がないとも主張する。

しかし、当初明細書には、「保持」自体についての直接的な定義はないものの、その【0037】、【0038】及び【0048】の記載を踏まえて、【0044】の記載をみると、保持部の内面に設けた空気袋や振動装置などにより、保持部内に挿入された被施療者の腕部を施療することができるように構成されていることをもって、手首又は掌を「保持可能」と表現していることを理解することができることからすれば、原告の主張は理由がない。

オ 事項Nについて

原告は、当初明細書には、保持部の開口側と奥側における空気袋の位置関係を説明する記載がなく、【図5】や【図8】は、空気袋が設けられた保持部を図示するだけで、空気袋の具体的な配置まで特定するものではないから、事項Nは、新たな技術的事項を導入するものであると主張するが、前記(4)のとおり、主張は理由がない。

原告は、仮に【図5】、【図8】に、空気袋が開口側の端部にて最も高さが高くなるよう盛り上がる形状が示されているとしても、事項Nは、1つの空気袋の形状において開口側の端部において盛り上がる形状とする以外にも、種々の構成、例えば、開口側の端部だけに限らず奥側の部分からその端部に至る途中の部分が奥側より相対的に盛り上がっている形状をも含み得る表現になっているとも主張する。

しかし、事項Nは「空気袋は、開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上がるように構成されていること」と特定しており、原告が主張する「開口側の端部だけに限らず奥側の部分からその端部に至る途中の部分が奥側より相対的に盛り上がっている形状」も、奥側の部分からその端部に至る途中の部分(開口側の部分)の方が奥側の部分よりも立ち上がるように構成されているのにほかならない。このようなものが事項Nに含まれるとしても、そのことをもって当初明細書に記載した事項の範囲内ではないということができないから、原告の主張は理由がない。

(6)小括

以上のとおり、本件補正は、当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

よって、本件補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものということができるから、新規事項の追加の判断の誤りをいう取消事由2には理由がない。

4 取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1)サポート要件について

特許請求の範囲の記載が、サポート要件を定めた特許法36条6項1号に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

(2)本件発明1について

ア 本件明細書の記載

本件明細書には、①椅子型のマッサージ機にあっては、肘掛け部にバイブレータ等の施療装置が設けられていないことが多く、被施療者の腕部を施療することができないという問題があったことから(【0002】、【0003】)、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供することを課題とし(【0007】)、②当該課題を解決するための手段として、被施療者が着座可能な座部と、被施療者の上半身を支持する背凭れ部とを備える椅子型のマッサージ機において、「前記座部の両側に夫々配設され、被施療者の腕部を部分的に覆って保持する一対の保持部と、前記保持部の内面に設けられる膨張及び収縮可能な空気袋と、を有し、前記保持部は、その幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口が形成されていると共に、その内面に互いに対向する部分を有し、前記空気袋は、前記内面の互いに対向する部分のうち少なくとも一方の部分に設けられ、前記一対の保持部は、各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設され」ていること(【0010】)、③本発明に係るマッサージ機によれば、空気袋によって被施療者の腕部を施療することが可能となること(【0028】)が記載されている。

そして、本件明細書には、本件発明の「実施の形態1」の説明において、マッサージ機の全体構成やその動作について、保持部の構成やその内面に設けられた空気袋の構成や作用とともに記載され(【0037】、【0038】、【0042】~【0045】、【0048】、【図1】、【図2】、【図5】)、本件明細書の【0100】、【0101】及び【図13】には、本件発明のマッサージ機の保持部の種々の断面形状について説明がされているところ、マッサージ機を扱う当業者であれば、本件明細書の以上の記載から、①の課題を解決するために②の解決手段を備え、③の効果を奏する発明を認識することができる。

そして、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2(1)のとおりであるところ、本件明細書の【0010】には、同発明が記載されている。また、当業者が、本件明細書の前記記載により本件発明1の課題を解決できると認識することができる。そうすると、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるということができ、本件発明1の記載についてサポート要件の違反はない。

イ 原告の主張について

原告は、①構成要件Gは、空気袋につき、保持部の内面の対向する部分の一方の部分のみに設ける構成も含むが、本件明細書には、かかる構成であっても解決できる課題につき何らの説明もなく、②構成要件Hは、保持部の形状につき、本件明細書の【図13】の(a)、(c)から導かれる形状とするものであるところ、本件明細書には、他の形状を示す同図(b)、(d)、(e)との関係で解決される課題につき、何らの説明もないと主張する。

しかし、本件明細書によれば、保持部の内面の対向する部分の双方でなくとも、対向する部分の一方に空気袋が設けられていれば、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという本件明細書に記載の課題の解決手段として十分であることが容易に理解することができる。また、保持部に形成する開口が横を向いていれば、腕部を横方向に移動させることで被施療者が保持部内に腕部を挿入することができ、座部に座った被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという本件明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解することができる。

したがって、原告の主張は理由がない。

(3)本件発明2について

ア 本件明細書の記載

本件明細書には、前記(2)アで示した記載に加えて、【0013】に「上記発明においては、前記一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いていることが望ましい。」との記載がある。

そうすると、本件明細書の以上の記載から、マッサージ機を扱う当業者であれば、前記(2)アで示した①の課題を解決するために、②本件発明1の構成に加え、「一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いていること」という解決手段を備え、③の効果を奏する発明を認識することができる。

そして、本件発明2に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2(1)のとおりであるところ、本件明細書の【0010】及び【0013】には、同発明が記載されている。また、当業者が、本件明細書の前記記載により本件発明2の課題を解決できると認識することができる。そうすると、本件発明2は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるということができ、本件発明2の記載についてサポート要件の違反はない。

イ 原告の主張について

原告は、構成要件Jは、請求項1の構成要件Hで特定される「開口方向」につき、本件明細書の【図13】(a)に基づき「真横」と特定するものであるところ、本件明細書には、腕の挿入方向を「真横」とすることによって解決される課題につき、何らの説明もないと主張する。

しかし、保持部に形成する開口が「真横」を向いていれば、腕部を真横(水平)に移動させることで被施療者が保持部内に腕部を挿入することができ、座部に座った被施療者の腕部を施療することがで可能なマッサージ機を提供するという本件明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解できることは、前記のとおりである。

したがって、原告の主張は理由がない。

(4)本件発明3について

ア 本件明細書の記載

本件明細書には、前記(2)アで示した記載、【0013】の記載に加えて、【0014】に「前記保持部は、被施療者の前腕と手首又は掌を保持可能であることが望ましい。」との記載があることから、マッサージ機を扱う当業者であれば、前記①の課題を解決するために、②本件発明1又は2の構成に加え、「一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いていること」、「前記保持部は、被施療者の前腕と手首又は掌を保持可能であること」という解決手段を備え、③の効果を奏する発明を認識することができる。

そして、本件発明3に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2(1)のとおりであるところ、本件明細書の【0010】、【0013】及び【0014】には、同発明が記載されている。また、当業者が、本件明細書の前記記載により本件発明3の課題を解決できると認識することができる。そうすると、本件発明3は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるということができ、本件発明3の記載についてサポート要件の違反はない。

イ 原告の主張について

原告は、構成要件Lについて、手首又は掌の保持や、手首又は掌を保持することによって解決される技術的課題につき、何らの説明もないと主張する。

しかし、当初明細書には、保持部の内面に設けた空気袋や振動装置などにより、保持部内に挿入された被施療者の腕部を施療することができるように構成されていることをもって、「手首又は掌を保持可能」と表現していることが理解できるから、構成要件Lの技術的意義が容易に理解できる。

したがって、原告の主張は理由がない。

(5)本件発明4について

ア 本件明細書の記載

本件明細書には、前記(2)アで示した記載、【0013】、【0014】の記載に加えて、【0015】に「更に、前記空気袋は、前記開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上るように構成されていることが望ましい。」との記載があることからすれば、マッサージ機を扱う当業者であれば、前記①の課題を解決するために、②本件発明1、2又は3の構成に加え、「一対の保持部は、各々の前記開口が真横を向いていること」、「前記保持部は、被施療者の前腕と手首又は掌を保持可能であること」、「前記空気袋は、前記開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上るように構成されていること」という解決手段を備え、③の効果を奏する発明を認識することができる。

そして、本件発明4に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2(1)のとおりであるところ、本件明細書の【0010】、【0013】~【0015】には、同発明が記載されている。また、当業者が、本件明細書の前記記載により本件発明4の課題を解決できると認識することができる。そうすると、本件発明4は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるということができ、本件発明4の記載についてサポート要件の違反はない。

イ 原告の主張について

原告は、構成要件Nについて、本件明細書には、空気袋につき開口側を奥側より立ち上るように構成することによって解決される技術的課題につき、何らの説明もされていないと主張する。

しかし、空気袋が保持部の開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上がるように構成されていれば、空気袋の膨張・圧縮の程度が保持部の奥側の部分よりも開口側の部分の方が大きく、腕部がそのような空気袋の構成に応じた膨張・圧縮に伴う力を受けることで、座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき、被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解できるというべきであり、原告の主張は理由がない。

(6)小括

以上のとおり、本件各発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができ、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしている。

よって、サポート要件に係る判断の誤りをいう取消事由3には理由がない。

5 取消事由5(引用発明に基づく進歩性判断の誤り)について

(1)引用発明について

ア 引用例(甲9)の記載(図は別紙2記載のとおり)

【図1】には、本発明の一実施形態に係るマッサージ機10がで示されている。この実施形態のマッサージ機10は、大別して椅子20と、脚保持部30と、足乗せ台40とから構成されている(【0013】)。

この椅子20の基本的な構成としては、座部21と、この座部21の両側に設けられた肘掛け部22と、座部21の後端に設けられた傾斜可能な背凭れ部23とを備えている。座部21と背凭れ部23のそれぞれ内部適所には、複数の空気袋(図示せず)が配置されている(【0014】)。

このような空気式マッサージ機構部の構造は、前述した特開平10-118141号公報に開示されていて公知であると共に基本的な点では実質的に同じである…。本実施形態のマッサージ機10では、更に肘掛け部22の上部に設けられた腕保持部24を備えている。腕保持部24は、使用者の腕を両側から挟むようにU字状の凹部25を形成する保持壁部24a、24bを備え、各保持壁部内にも前述したと同様な空気袋(図示せず)が配置されている(【0017】)。

この腕保持部24でも、これを構成している各保持壁部24a、24b内の空気袋に圧縮空気を供給排気することにより膨張と収縮を起こさせて保持壁部間の凹部25に入れられた使用者の腕を保持壁部24a、24bの外装布を介して挟み込むようにして圧迫し、またこの圧迫を解放することによりマッサージを行うようにされている(【0018】)。

イ 引用発明の認定

上記アの記載によれば、引用発明は、本件審決が認定したとおりのもの(前記第2の3(2)ア)であると認められる。

ウ 本件各発明との一致点及び相違点の認定

本件各発明との一致点及び相違点は、本件審決が認定したとおりのもの(前記第2の3(2)イないしケ)であると認められる。

なお、相違点1について、本件審決は実質的な相違点ではないと判断しているところ、この点について、当事者間に争いがない。

(2)相違点2の容易想到性

ア 甲13技術の適用について

(ア)甲13文献の記載(図は別紙2記載のとおり)

甲13文献には、図面とともに次のような記載がある(訳文による)。

本発明は一般に、骨無機質含量および骨密度の増大を促すことによって骨粗鬆症およびその他の医学的状態を治療するPEMF刺激装置に関する(1頁2~5行)。

椅子20に固定された、本発明の教示が具体化された骨密度刺激装置30の他の実施形態を図1Bに示す。この実施の形態では、骨密度刺激装置30が、図1Aにおいて示されて論じられた部品群の他にパッド31および35を含む。骨密度刺激装置30は、大腿骨近位部分、股関節、腰椎および胸椎領域に加えて患者の上肢および下肢を治療するように設計されることが好ましい。この実施形態ではパッド31が椅子20の上に載せられて示されており、パッド35が床に置かれて示されている。パッド31は、手首、腕などの患者の上肢を治療するように設計されることが好ましい。…パッド31及び35が床に置かれ、または椅子20に固定されるとは限らない(13頁29行~14頁8行、【0034】)。

この実施の形態のパッド31および35は、それぞれ患者の上肢または下肢に概ね合致するよう全体にc字形である。この実施形態では、パッド31およびパッド35がそれぞれ、…31aおよび35aを有する。このようなストラップによって患者は…パッド31および35を、例えば自身の手首および足首に取り外し可能に合致させることができる。…例えば一実施の形態では、適当な材料を使用することによって、パッド31およびストラップ35がストラップまたは固定手段を必要としないように構築される。このような実施の形態が図1Cに示されている。このような材料は患者の体との接触に適切であり、伸ばしたりまたは縮めたりして患者の肢によりぴったりとフィットさせることができる硬い樹脂材料を含む(15頁28行~16頁8行、【0040】)。

椅子21の中に配置された、本発明の教示が具体化された骨密度刺激装置30の他の実施の形態を図1Cに示す。…図1Cではパッド31および35がそれぞれ、椅子21および床の上に置かれている。パッド31および35を椅子21の内部に配置することも本発明の範囲に含まれる(16頁21~33行、【0043】)。

(イ)甲13技術

前記(ア)の記載によれば、甲13文献には、骨粗鬆症治療などに用いられるパルス電磁場刺激装置であって、椅子の両側の肘掛けに載置され、手首や腕などの上肢をあてがうパッド31が、c字形をしており、座る人に向かって真横に開口しており、その開口同士が互いに対向して肘掛けの上に置かれている装置(以下「甲13技術」という。)が記載されている。

甲13技術は、骨粗鬆症等を治療するためにパルス電磁場を発生する治療装置に関するもので、本件発明1及び引用発明とは技術分野が異なる上、甲13文献の図1Cに示される上肢を治療するパッド31(本件発明1の「保持部」に対応するもの)は、下肢を治療するパッド35とともに使用され、それぞれ、椅子21、床の上に置かれることや椅子21の内部に配置してもよいことは記載されているが、引用発明のように椅子の肘掛け部と一体に形成するものではなく、引用発明とは機能や作用効果が異なる。

また、甲13文献には、パッド31及びパッド35を、ストラップ等を介して取り外し可能に手首及び足首に取り付けることができること(【0040】)、パッド31及びパッド35を硬い樹脂材料から構成すれば、ストラップ等を必要とすることなく手首及び足首に取り付けることができること(【0040】、図1C)が記載されている一方、パッド31を椅子21に設けることに関しては、パッド31が椅子21の上に、パッド35が床の上に置かれていること(【0034】、【0043】、図1C)、パッド31及び35を椅子21の内部に設けてもよい(【0043】)ことが開示されているものの、パッド31を椅子21と一体に配設することは記載されていない。

このように、甲13文献に示されるパッド31は、せいぜい、パッド35とともに肢にフィットするように全体にc字形をしており、開口を患者の側に向けて、パッド35とともに椅子21(肘掛け)又は床の上に「置く」ことができることが開示されているにとどまり、「一対の保持部」について、相違点2に係る、各々の開口が横を向き、かつ開口同士が互いに「対向するように配設」するという技術思想が開示されているとはいえない。

(ウ)したがって、引用発明に甲13技術を適用する動機付けはないし、これを適用しても、相違点2に係る構成に至らないから、これを容易に想到することができたものとはいえない。

イ 周知技術の適用

(ア)甲10ないし甲12文献の記載

a 甲10文献の記載(図は別紙2記載のとおり)

甲10文献には、図面とともに、次のような記載がある。【作用】本発明の第一態様に係る指圧具によれば、その弾性部材の作用によって保持部と挟圧部とで身体の一部を挟圧することができ、本発明の第二態様に係る指圧具によれば、そのラチェット機構によって身体の一部を挟圧するように保持部と挟圧部とを接近させることができ、いずれの態様の指圧具も、そのときに押圧部を身体のいわゆるつぼとよばれる部分に位置させて、適当な時間放置しておけば良好な指圧効果が得られる。しかも、この指圧具が少なくとも小型(首、腕、足等に使用するものは小型となる)である場合には、身体挟圧によって指圧具自体が身体に保持されることになるので、使用者が少々動いても脱落したり移動したりするおそれが少ない。もちろん、背中や腰に使用する大型の指圧具であっても、使用者が横たわったり、座って使用すれば脱落、移動の心配はない(【0013】)。

上述の指圧具1では挟圧腕3が一本しか備わっていないが、一本に限定されることはない。たとえば、【図2】に示す指圧具8のように、対向するように二本の挟圧腕9を装備してもよい。本指圧具8によれば、各々の挟圧腕9の先端に装着された押圧部材10が、使用者の腰や背中の背骨の両側をそれぞれ押圧することになる。また、本指圧具8では、その押圧部材10を使用者の身体に向けて付勢する手段として圧縮コイルバネ11を用いている。圧縮コイルバネ11は挟圧腕9におけるその枢支点12を挟んで押圧部側と反対の側に設置されている(【0022】)。

b 甲11文献の記載(図は別紙2記載のとおり)

甲11文献には、図面とともに、次のような記載がある(訳文を示す)。本発明は一般的に治療装置とその方法に関し、特に自ら脊柱の矯正を行いやすくするようにしたり正常な弯曲に戻すことを促進したりする装置とその方法に関する(第1欄4~8行)。

椅子10は、座部12の左右両側それぞれに配設されている一対の腕置き16を備えている。それぞれの支持部18は、身体13の外側に配設された外側部20に繋がっている(第4欄23~29行)。

c 甲12文献の記載(図は別紙2記載のとおり)

甲12文献には、図面とともに次のような記載がある(訳文による)。

本発明は、病床に関し、特に病人の体を左側又は右側に返したり病人が座る手助けをしたり病人の背中をマッサージするために簡便に操作し得る多目的病床に関する(第1欄5~9行)。

病人を起床させるのを助けるために折畳み式のベッドプレートが駆動されると、病人は、折畳み式のベッドプレートの持ち上げられた縦プレートにそって下方に摺動しがちである(第1欄21~23行)。

手の保護クッション88は、シート状の支持部12に備え付けらえており、病人の手を保持する縦長溝881が両方に設けられている(第4欄30~33行)。

(イ)甲10ないし13記載の周知技術

甲10ないし13の各文献には、椅子に設けられるのではない指圧具、脊柱の矯正を行う治療装置、多目的病人用ベッド及び腕を保持して刺激を与えて施療する椅子医療用具において知られていた技術が開示されている。

甲10技術は、椅子に設けられるのではない指圧具に関するもので、本件発明1や引用発明の椅子式マッサージ機とは技術分野が異なる上、甲10文献の【0022】及び【図2】に示される指圧具8は、対向するように二本の挟圧腕9を有し、「二本の挟圧腕9」と「一対の保持部」とみると、本件発明1の「各々の前記開口が横を向き、且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている」という構成を文言上有しているようにもみえるが、その先端に装着された押圧部材10は、使用者の腰や背中の背骨の両側をそれぞれ押圧するという機能を備えるもので、使用者の腕部をその内部に挿入し、内面に設けた空気袋を膨張及び収縮させることによって腕部を施療する本件発明1における「保持部」とは機能が大きく異なり、椅子に配設して使用するものでもない。

甲11技術は、脊柱の矯正を行う治療装置に関するもので、本件発明1や引用発明の椅子式マッサージ機とは技術分野が異なる上、甲11文献の図1Aに示される腕保持部16は、対向する面(構成要件Fの「互いに対向する部分」)を有しておらず、仮に引用発明に適用できたとしても、相違点2に係る構成が得られないばかりか、構成要件Fに係る相違点が生じることとなる。

甲12技術は、多目的病人用ベッドに関するもので、本件発明1や引用発明の椅子式マッサージ機とは技術分野が大きく異なる上、甲12文献のFIG.6に示される手の保護クッション88と枕89からなるベッドプレートの「縦長溝881」(本件発明1の「保持部」に対応するもの)は、病人の手を保持するものであるが、胴体と同様の高さにあるという構造上、内部への挿入、引き出しが困難であり、病人自身が容易に手を挿入し、引き出すことを想定していないものであるし、椅子に配設して使用することは記載されていない。

また、前記アのとおり、甲13技術は、骨粗鬆症等を治療するためにパルス電磁場を発生する治療装置に関するもので、本件発明1及び引用発明とは技術分野が異なる上、甲13文献のFIG.1Cに示される上肢を治療するパッド31(本件発明1の「保持部」に対応するもの)は、下肢を治療するパッド35とともに使用され、それぞれ、椅子21、床の上に置かれることや椅子21の内部に配置してもよいことは記載されているが、引用発明のように椅子の肘掛け部と一体に形成するものではない。

したがって、甲10ないし13文献は、引用発明のマッサージ機における腕保持部の上向きの開口の向きを、横向きとして互いに対向するように配設するのに当業者が適用を検討するような周知技術を示すものではない。

(ウ)よって、相違点2が、引用発明に周知技術(甲10~13)を適用することにより容易に想到し得たものとはいえない。

ウ 設計事項

(ア)原告は、肘掛けが座面の左右両側部に設けられているという構造上、椅子型マッサージ機の肘掛けに腕を移動させるに当たっては、腕を上方から移動させる場合だけでなく、斜め上方や側方(横)から移動させることも、ごく一般的で自然な動作であるから、上向きに開口が設けられた保持部を備える引用発明の椅子型マッサージ機を見た者が、腕置きに向けて腕を移動する動作に合わせて開口の向きを、例えば横向きに変更しようと試みることは、当業者が適宜選択する単なる設計事項にすぎず、開口の向きを横向きとすることにより生じる効果も、引用発明に比べて特別有利なものでもないと主張する。

しかし、引用発明の椅子型マッサージ機において、腕保持部24(保持部)は、U字状の凹部25を形成する保持壁部24a、24bを備えることにより肘掛け部22の上部に一体的に形成されるものである(【0017】、【図1】)。

このような引用発明に接した当業者は、被施療者が引用発明の椅子型マッサージ機の座部前端に立った状態から椅子に着座するまでの一連の動作の間や、椅子に着座した被施療者が従来の椅子式マッサージ機が有していた肘掛け部の上面に前腕を置くのと同様の動作により、保持壁に邪魔されることなく前腕を肘掛けの一対の保持壁の間の載置面に置くことができると理解することができ、その構造も、従来の椅子式マッサージ機が有していた肘掛け部の上面を前腕の載置面として利用することで肘掛け部の上面の長手方向の両端に一対の保持壁を備えるようにしたものと理解することができる。

そうすると、引用発明の椅子型マッサージ機の腕保持部について、その構造を積極的に変更しようとすべき点は見当たらない。そうだとすると、引用発明の椅子式マッサージ機に接した当業者は、特に動機付けがなければ、上記のような動作により前腕を肘掛けの上面の両端に設けた一対の保持壁の間の載置面に置くことのできる保持部の構造を積極的に変更しようとはしない。

他方、本件発明1のマッサージ機は、一対の保持部について、開口を横向きとし、互いに対向するように配設したものであるから、腕部を横方向に移動させることで、保持部内に腕部を挿入し、引き出すことが可能であり、保持部内に腕部を位置させた状態で内側に曲げることができ、肘掛け部の上面に一対の保持壁を備える引用発明とは異なり、保持壁に拘束されずに、腕部(肘など)を載せることができる、といった作用効果を奏すると認められる。よって、一対の保持部について、開口を横向きとし、互いに対向するように配設した相違点2は、単なる設計事項とはいえない。

(イ)原告は、本件明細書には、椅子式マッサージ機の腕保持部が「上向き開口」である場合の課題等について一切記載されておらず、本件発明1は、引用発明の「上向き開口」に関する技術的課題を見出して解決したものではなく、本件発明1の効果は、引用発明と同様「腕部を施療することが可能」ということでしかなく、前記(ア)で述べたような作用効果は、マッサージ機の機能とは関わりのない付随的な効果にすぎないとも主張する。

しかし、本件明細書に「上向き開口」に関する課題が記載されていないとしても、本件発明1が前記(ア)で述べたような作用効果(技術的意義)を有し、かかる作用効果は、マッサージ機の使い勝手に関わるものであるから、発明の効果として参酌すべきものである。そして、本件出願のもとの出願(甲29)の公開日より後に出願された甲32及び甲33において、引用発明と同様、開口が上向きのマッサージ機(甲34)につき、腕のマッサージに使用しない時でも使用者が肘掛けに腕を置く位置が制限されるため、窮屈に感じ、リラックスできない(甲32【0004】)という問題や、肘掛部に肘を単に載せたい場合にこれが邪魔になって不快感を与える(甲33【0009】)といった課題が認識されていることを踏まえると、開口の向きが技術的意義を有することは、明らかである。

(ウ)原告は、甲13及び甲16によれば、開口を上向きや横向きに設けることが設計事項にすぎないことが裏付けられるとも主張する。

しかし、甲16の【図4】に示される手用空気圧マッサージ機の「収納体12」(本件発明1の「保持部」に対応するもの)は、収納体12を展開するために腕部に沿って止着可能な着脱部分(帯状部材15と係止部材14)を有するが(【0027】)、本件発明1の「保持部」のように常に開口しているものではない。また、甲13において示されている技術は、前記イ(イ)のとおり、本件各発明とは技術分野を異にすることなどからすれば、原告のいうように、甲13及び甲16をもって、開口を上向きや横向きに設けることが設計事項にすぎないことを裏付ける証拠とみることはできない。

エ 小括

以上のとおり、本件発明1の相違点2に係る構成は、原告の主張する理由によっては、容易に想到することができたものということはできないから、本件発明1は進歩性を欠如しないとした本件審決の認定・判断に誤りがなく、この点に関する原告の主張には理由がない。

(3)本件発明2ないし6について

上記(2)のとおり、本件発明1は進歩性を欠如しないとした本件審決の判断に誤りはない。

そうすると、本件発明1の構成を全て含む本件発明2ないし6についても、本件発明1について述べたのと同様の理由により、進歩性を欠如しないとした本件審決の判断に誤りはない。

(4)まとめ

以上によれば、本件各発明は、引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

よって、取消事由5には理由がない。

6 取消事由6(分割要件に係る判断の誤り)について

原告は、本件補正には、新規事項の追加による補正要件違反があり、本件各発明は違法な分割出願に基づいて成立したものであるから、出願日の遡及の効果が受けられず、もとの出願の公開特許公報(甲29)と同一、又は、これに基づいて容易に想到できたものであると主張する。

しかし、前記3のとおり、本件補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、原告の主張は、その前提において誤りがあり、取消事由6は理由がない。そうすると、本件出願がもとの出願の時にしたものとみなされ、もとの出願に係る上記公開特許公報に記載された発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明ということはできない。

よって、本件各発明は、同公報に記載された発明であるとして新規性を欠く、又は、同公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるということはできない。