椅子式マッサージ機事件

投稿日: 2020/01/28 0:36:17

今日は、平成31年(行ケ)第10027号 審決取消請求事件について検討します。本件の原告は審判請求人として特許無効審判を請求し、特許庁はこの請求を無効2018-800007号事件として審理し、審判請求は成り立たない旨の審決をしました。この審決に不服の原告が審決の取消しを求めて本件訴訟を提起しました。

 

1.検討結果

(1)特許請求の範囲を何度読んでも本件発明の構成が頭に描けないので本件発明の内容を要約するのは止めます。発明の内容については下記の特許請求の範囲を参考にしてください。

(2)最初に書いたように特許無効審判の審決は審判請求不成立となりましたが、本件判決では審決取消となりました。判決の内容を簡単にまとめると、①肘掛部の後部と背凭れ部の側部を連結する連結手段、②肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段については本件明細書に開示されているが、③背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段の具体的な構成は記載されておらず、これらが背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保つようにどのように組み合わせとなっているのかについて、当業者が技術常識に基づき具体的構成に至ることができるような示唆も存在しないことから実施可能要件違反である、というものです。

(3)被告(特許権者)が動作を説明するために提出した被告主張図面目録を見ても本件明細書等からは想像できない構成だったので、このような判決はやむを得ないと思います。本件発明が親出願から分割した8件のうちの1件であり、明細書の実質的な中身が5頁くらいであったことからすると、さすがに当初の発明のポイントとは異なる内容を特許請求の範囲に入れ込むのはそもそも無理があったように思います。ただ、上申書で挙げた先行技術文献をざっと見た限り、背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保つ、という文言自体が必要だったのか?という疑問も残ります。

(4)特許庁の審査・審判でこのような機械系の発明で実施可能要件違反と判断されるケースは比較的少ないように思います。機械系の発明には多数の先行技術が存在し、各部の構造の代替手段もたくさんあり得るため、当業者が実施可能に記載されていない、と断定しにくいのかもしれません。

(5)本件を含め、同じ当事者の審決取消訴訟の判決が数件ありました。水面下では知財係争が発生していると考えられます。初めは気づきませんでしたが、原告であるファミリーイナダ株式会社はファミリー株式会社が商号変更した会社でした。ファミリー株式会社といえば今から20年近く前の均等侵害の地裁判決を思い出します。その時は原告が東芝テック株式会社で被告がファミリー株式会社でした。均等侵害が認められ損害賠償金額が十数億だったので当時驚きました(もっとも控訴審では被控訴人(原告)の複数の特許の大半について無効審決が確定したので金額は大幅に減りました)。

2.手続の時系列の整理

(1)本件特許(特許第5162718号)

(2)分割関係

① 上表のとおり、本件特許は特願2006-220454からの第2世代の分割出願になります。

② 本件特許ファミリの中で特許無効審判を請求されたのは本件特許だけです。

3.本件発明

(1)本件発明1(請求項1)

A 座部(11a)と前記座部(11a)の後側でリクライニング可能に連結された背凭れ部(12a)を有する椅子本体(10a)と、前記背凭れ部(12a)の左右の側壁部(2a)と、該椅子本体(10a)の両側部に設けた肘掛部(14a)と、を有する椅子式マッサージ機において、

前記左右の側壁部(2a)は、前記座部(11a)に着座した施療者の肩または上腕側方となる位置に配設しており、

前記左右の側壁部(2a)の内側面には夫々左右方向に重合した膨縮袋(4a)を備えて、これら重合した膨縮袋(4a)の基端部を前記側壁部(2a)に取り付けるように構成しており、

C 前記肘掛部(14a)は、施療者の前腕部を載置しうるための底面部(624a)、及び外側立上り壁(622a)により形成され

前腕部の長手方向において前記外側立上り壁(622a)に複数個配設された膨縮袋(4a)で前記底面部(624a)に載置した施療者の前腕部にマッサージを施すための前腕部施療機構(6a)を備えており、

前記肘掛部(14a)の後部と前記背凭れ部(12a)の側部とを連結する連結部(142a)と、前記肘掛部(14a)の下部に設けられ、前記背凭れ部(12a)のリクライニング動作の際に前記連結部(142a)を介して前記肘掛部(14a)全体を前記座部(11a)に対して回動させる回動部(141a)とを設け、

前記肘掛部(14a)全体が、前記背凭れ部(12a)のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように構成されて、

前記背凭れ部(12a)のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら、肩または上腕から前腕に亘って側壁部(2a)及び外側立上り壁(622a)側から空圧施療を行う事を特徴とする椅子式マッサージ機。

(2)本件発明2(請求項2)

G 前記肘掛部(14a)前記背凭れ部(12a)の側部付近まで延設されており、かつ前記外側立上り壁(622a)が施療者の前腕部から肘部に位置するように構成されている事を特徴とする請求項1記載の椅子式マッサージ機。


4.被告主張図面目録

5.取消事由

取消事由1:補正要件についての判断の誤り(構成要件D)(無効理由1)

取消事由2:補正要件についての判断の誤り(構成要件F)(無効理由1)

取消事由3:実施可能要件についての判断の誤り(無効理由2)

取消事由4:サポート要件についての判断の誤り(無効理由3)

取消事由5:明確性要件についての判断の誤り(無効理由4)

取消事由6:進歩性欠如に関する判断の誤り①(無効理由5)

取消事由7:進歩性欠如に関する判断の誤り②(無効理由6)

6.原告主張の取消事由

1 取消事由1(補正要件についての判断の誤り(構成要件D))について

(1)構成要件Dに係る本件補正について

ア 本件補正後の構成要件Dでは「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部」と特定されている。この構成要件Dにおける「連結部142a」は、「連結部142aを中心に「肘掛部14a」と「背凭れ部12a」が相対回動可能な関係で連結されている」(段落【0054】、【0055】及び図4を含めた本件当初明細書等の記載を総合考慮することにより導かれる技術的事項)のみならず、「連結部がリンクを構成する長尺のものであり、一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている構成」(新たな技術的事項)も含むものになっている。

イ 一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている連結部がリンクである構成(肘掛部と背凭れ部の間に中間部材のある構成、黄色で囲んで示す部分)について、背凭れ部と肘掛部とがリンクを構成する長尺状の連結部を備えた構造の模式図を示すと別紙原告主張図面目録の図①及び図②(以下、同目録記載の図面については単に「原告図①」、「原告図②」などということがある。)のような構成となる。

背凭れ部と肘掛部の回動が可能で、連結部をリンクで構成して背凭れ部と肘掛部とを相対移動させる場合には、「4連リンク機構」となり、[1]肘掛部と背凭れ部との連結関係、[2]肘掛部と座部との連結関係、[3]背凭れ部と座部との連結関係で動く機構が必要である。

(2)明細書の記載

明細書には、上記(1)の4連リンク機構は一切開示されていない。また、仮に、4連リンク機構が補正前の明細書に開示されているに等しいとしても、後記2のとおり、この構成においては、背凭れ部のリクライニングによって、背凭れ部の側部のリンク連結点に対してリンクが回動することにより、肘掛部の後部が背凭れ部に対して位置ずれを生ずることになり、構成要件F(「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら」)との有機的な関連が損なわれてしまう。

(3)構成要件Dに係る本件補正について、新規事項の追加の有無についての審決の判断には誤りがあり、この誤りは審決の結論に影響するものであるから、審決は取り消されるべきである。

2 取消事由2(補正要件についての判断の誤り(構成要件F))について

(1)構成要件Fについて

ア 構成要件Fの「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら」に関し、明細書の段落【0054】、【0055】及び【図4】の記載から、肘掛部14aの下部に設けられた円形の回動部141aの中心は、肘掛部14aを前後方向に回動させるための回動軸心の位置を示しているとしか見て取れず、背凭れ部12aのリクライニング動作の具体的な技術的機構については何ら記載されていない

イ 背凭れ部12aのリクライニング動作の具体的な技術的構成の開示がないので、背凭れ部12aのリクライニング動作は、甲4文献や甲5文献に示された従来技術のような、椅子式マッサージ機に位置決めされた特定の軸心(以下「回動軸心X」という。)周りの回動であると理解される。そして、椅子式マッサージ機に位置決めされた特定の回動軸心X周りの回動であるとすると、本件発明1においても回動軸心Xは回動部141aとは異なる点であることを前提としていると解さざるを得ないすなわち、回動軸心Xを回動部141aと一致させると、背凭れ部12aと肘掛部14aが同じ軸心周りに回動するため、背凭れ部12aと肘掛部14aの相対移動はできず一体的にしか動かないので、構成要件Dの「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部と、前記肘掛部の下部に設けられ、前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部とを設け」の「連結部」の意義が無くなり、また、「肘掛部14aの後部で回動可能に前記背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けて構成している。」との記載(段落【0055】)にも反する結果となるからである

ウ そして、肘掛部と背凭れ部とを構成要件D(前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部と、前記肘掛部の下部に設けられ、前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部とを設け)のように動作させて、その動きを特定するためには、[1]肘掛部と背凭れ部との連結関係、[2]肘掛部と座部との連結関係、[3]背凭れ部と座部との連結関係の3つの連結関係が必要である。しかし、本件当初明細書等には、次のとおり、[1]~[3]について構成要件Dのように動作し得る機構の開示がない。

(ア)肘掛部と背凭れ部との連結関係([1])について

明細書の「肘掛部14aの後部で回動可能に前記背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けて構成」との記載(段落【0055】)と【図4】とから、当業者は、肘掛部と背凭れ部との連結関係([1])を具体的構造として一義的に認識する。【図4】には、肘掛部14aの後部が背凭れ部12aの側部と、連結部142aの中心で連結され、肘掛部14aと背凭れ部12aとが相対回転可能に連結される連結関係の構造が明確に示されている

(イ)肘掛部と座部との連結関係([2])について

構成要件Dは、「回動部」が「前記肘掛部の下部に設けられ」ていること、そして「回動部」が「前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる」ことを特定している

「回動」とは、正逆両方向に動く円運動であり、明細書の「前記肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回動部141aを設ける」との記載(段落【0055】)と【図4】との記載に基づいて解釈しても構成要件D中の「回動」とは、回動部141aの中心を回動軸心とする円運動である。

(ウ)背凭れ部と座部との連結関係([3])について

本件当初明細書等には「背凭れ部が座部に対してリクライニングする具体的機構」は具体的に開示されていない。上記イのとおり、背凭れ部12aのリクライニング動作は、椅子式マッサージ機に位置決めされた特定の回動軸心X周りの回動であると考えることが通常であり自然である。

しかし、本件当初明細書等にはそのような記載はない。上記[1]と[2]の連結関係を前提とし、背凭れ部12aのリクライニング動作が、椅子式マッサージ機に位置決めされた特定の回動軸心X周りの回動であるとすれば、背凭れ部12aの回動、肘掛部14aの回動が不可能となり、動く構造としては理解できなくなる

エ 審決は、「本件当初明細書等には、肘掛部14aと背凭れ部12aとの連結関係について、その詳細な構造が明示されているわけではない」としているが、誤りである。上記ウ(ア)のとおり、本件当初明細書等の段落【0054】、【0055】及び【図4】からは、肘掛部14aの後部が、背凭れ部12aの側部と、連結部142aの中心で、肘掛部14aと背凭れ部12aとが相対回転可能に連結される連結関係の構造が明確に示されている。それにもかかわらず、本件補正により、本件当初明細書等の記載の表現を変えて「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部」との事項を構成要件Dに追加したために、「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部」の技術的範囲に、新たな技術的事項である、「連結部がリンクを構成する長尺のものであり、一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている構成」の態様のものも含む結果となったものである。

審決は、「本件補正後の「連結部」の連結態様として、請求人のいう「連結部142aを中心に「肘掛部14a」と「背凭れ部12a」が相対回動可能な関係で連結されている」こと以外の態様が含まれていたとしても」とする。原告の主張する「連結部がリンクを構成する長尺のものであり、一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている構成」(新たな技術的事項)において、肘掛部と背凭れ部との連結関係により、構成要件Fの「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら」を充足されたか否かを全く見落として判断している。

したがって、審決には上記の新規事項が含まれるのに補正要件を満たすと誤って判断をした違法があるから取り消されるべきである。

(2)構成要件D及びEの補正と構成要件Fの補正との相互の関係について

ア 連結部にリンクが含まれる場合の構成要件Fとの関係

(ア)審決の判断によれば、本件補正後の連結部の連結態様として、「連結部がリンクを構成する長尺のものであり、一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている構成」が本件発明の技術的範囲に含まれ得ることとなる。

(イ)4連リンク機構のリクライニング時における背凭れ部、肘掛部の挙動

a 「連結部がリンクを構成する長尺のものであり、一端が肘掛部14aの後部と連結され、他端が背凭れ部12aの側部と連結されている構成」という本件明細書に開示されていない「4連リンク機構」の[1]肘掛部と背凭れ部との連結関係、[2]肘掛部と座部との連結関係、[3]背凭れ部と座部との連結関係では、背凭れ部のリクライニングによって、背凭れ部の側部のリンク連結点に対してリンクが回動することにより、肘掛部の後部が背凭れ部に対して位置ずれを生ずることになる。

b 背凭れ部と肘掛部とがリンクを構成する長尺状の連結部を備えた具体的な構造は原告図⑤及び原告図⑥のとおりである。

(a)原告図⑤、⑥の(a)は、「椅子式マッサージ機」における、背凭れ部のリクライニングの前後を側面視により表す模式図である。原告図⑤、⑥において、青色の線(実線と破線とを含む。以下同様。)は「肘掛部(肘掛部全体)」を表し、赤色の線は「背凭れ部」を表し、背凭れ部の中ほどと肘掛部とを繋ぐ黒色の線は「連結部」を表している。肘掛部の下方端部は「回動部」であり、背凭れ部の下方端部は背凭れ部がリクライニングする時の回動軸心(以下、「回動軸心」という。)である。回動部と回動軸心とは椅子式マッサージ機に固定されている。便宜的に、回動部と回動軸心とを結ぶ辺を「固定辺」と称する。肘掛部の水平な部分は施療者の手や前腕を載置する「手掛け部」を表している。

原告図⑤、⑥に示す「連結部」は、長尺状のリンク(肘掛部と背凭れ部の間に中間部材のある構成、既述図の黄色で囲んで示す部分)であり、本件特許の【図4】に示すような肘掛部と背凭れ部とを相対回動可能に直接接続(所謂、ピン連結による接続)する連結部142aのような構成ではなく、肘掛部と背凭れ部とが離間した状態で、肘掛部と背凭れ部のそれぞれを「連結部」に対して相対回動可能になるように接続している。原告図⑤、⑥において、実線で表されているのが、背凭れ部が起立状態にあるリクライニング前の状態、破線で表されているのが、背凭れ部が傾倒状態にあるリクライニング後の状態である。

原告図⑤、⑥とも、背凭れ部のリクライニング角度Aは35度で、肘掛部の回動角度Bは、原告図⑤は30度、図⑥は13度である。つまり、背凭れ部が35度リクライニングすることにより、原告図⑤の構成においては肘掛部(手掛け部)は背凭れ部に対して5度(=35度-30度)下方に回動する一方、図⑥の構成においては、肘掛部(手掛け部)は背凭れ部に対して22度(=35度-13度)下方に回動する。つまり、原告図⑤は、図⑥と比較して、背凭れ部をリクライニングしても肘掛部との間のなす角度の変化量が小さいので、背凭れ部のリクライニングに対して肘掛部全体が図⑥の構成より背凭れ部に対して連動して回動していると言える。回動部と回動軸心が椅子式マッサージ機に固定されていることから、その間にある固定辺は背凭れ部のリクライニングの前後で位置が変わることはない。また、リクライニングにより「肘掛部全体」が回動することから、肘掛部を構成する二辺のなす角θも変化していない。

(b)原告図⑤の(b)と図⑥の(b)は、(a)で実線で表された肘掛部の手掛け部、連結部、背凭れ部と、破線で表された肘掛部の手掛け部、連結部、背凭れ部とを、背凭れ部が一致するように重ねたものである。

原告図⑤においては、背凭れ部が35度リクライニングすることにより、背凭れ部に対する肘掛部の手掛け部の傾きは、水平状態から5度下方に回動するだけであるが、手掛け部(肘掛部)の位置は背凭れ部から離れて、背凭れ部に対して前方且つ下方に大きく移動しており、前後方向及び上下方向に大きく変化している。また、図⑥においては、背凭れ部が35度リクライニングすることにより、背凭れ部に対する肘掛部の手掛け部の傾きは、水平状態から22度下方に回動し、さらに、手掛け部の位置(肘掛部の後部)も背凭れ部から離れて大きく、背凭れ部に対して前方且つ下方に移動しており、回動角度、前後方向及び上下方向とも大きく変化している。

c このように、「連結部」を長尺で構成した場合には、リクライニング前後で.肘掛部の後部が背凭れ部に対して、高さ方向に位置がずれたり、近接離隔方向に位置ずれが生じたりすることが明らかである。

肘掛部の後部が背凭れ部に対して高さ方向、近接離隔方向に位置ずれが生じる場合、背凭れ部に対する肩の位置はリクライニング前後で変化せず、肩から延びる上腕はその長さが決まっている以上、肘掛部の後部に載置される肘の位置は肘掛部の前後方向及び上下方向で位置ずれすることになる。その結果、肘から先の前腕と手の位置も同様に位置ずれすることになる。

イ 審決の構成要件Fと構成要件Dとの相互関係における矛盾

審決は、構成要件Fに係る補正について、「本件当初明細書等には、「施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら」との直接的な記載こそないものの、背凭れ部のリクライニング角度に関わらず、施療者の上半身において、胴体、頭部、上腕、前腕等の各部の相対的な位置関係が概ね保たれる事項が実質的に記載されているものと理解できるのであるから…」と判断する。また、審決は、動き得る構造として開示されていない【図4】に依拠して、背凭れ部12aの側部と、連結部142aの中心で、肘掛部14aと背凭れ部12aとが相対回転可能に連結される連結関係の構造を前提にして、「本件当初明細書等には、リクライニングの前後において、肘掛部が椅子本体に対して前後方向に移動するので、前腕部施療機構における前腕部の位置が変わらない事項が記載されているところ、この「前腕部の位置が変わらない」とは、より正確には、胴体に対して上腕ないし肘の位置が変わらない結果、前腕部施療機構における前腕部の位置も変わらない、ということを意味することは、人体の構造からみて明らかである。」と判断する。

しかし、この部分の判断は、構成要件Dに係る補正について、「仮に、本件補正後の「連結部」の連結態様として、請求人のいう「連結部142aを中心に「肘掛部14a」と「背凭れ部12a」が相対回動可能な関係で連結されている」こと以外の態様が含まれていたとしても、「前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部」を追加する補正が、本件当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。」という判断と明らかに矛盾する。

(3)審決は本件発明の理解を誤り、事実の認定を誤ったものであって、この誤りは審決の結論に影響するものであるから、審決は取り消されるべきである。

3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について

(1)本件明細書の記載について

前記1及び2のとおり、本件明細書には、[1]肘掛部と背凭れ部との連結関係、[2]肘掛部と座部との連結関係、[3]背凭れ部と座部との連結関係の3つの連結関係により動く構造が一切明らかにされておらず、動き得る構造がただの一つも実施例として開示されていない。そのために、肘掛部が背凭れ部のリクライニングに連動して、どのように動くのかの技術的な構成が全く特定されておらず不明であるから、実施可能要件に適合しない。

(2)審決の判断について

審決の判断は次のとおり誤りである。

ア 審決は、具体性の無い「適宜の回動手段」、「適宜の連結手段」という「適宜の」手段で当業者にとって本件発明1の実施が可能であると判断したが、何ら具体性の無い「適宜の」手段では、前記1及び2(原告の主張)のとおり、構成要件Fの「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら」が担保されない構成の場合も技術的範囲に含まれる結果になる。「適宜の」手段を当業者が補わなければならないのでは、すべての記載を総合しても意味不明であるため、実施可能要件についても具備しているとは言えない。

イ 審決は、前記1及び2のとおり、肘掛部と背凭れ部がリンクで連結されている「連結部」を有する態様も本件特許に含まれても良い構成であると判断しているから、このような構成を前提として、構成要件D及びEとに基づき、構成要件Fの「前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保」たれるとの構成要件とを、一体の構成の中で、相互の関係が技術的に矛盾なく理解できなければならないが、これらの関係を含めた本件発明1の技術的意味が全く明確ではない。審決は、「連結部」にリンクを含むことを明確にせず、本件明細書等の開示に基づいて、当業者が原出願時点の技術常識に基づいて認識・理解し得るとするだけで、具体的に動き得る本件発明1の構造を何一つ開示しないまま実施可能と認定判断している。

ウ 審決は、本件明細書に開示された構造では、「背凭れ部12aの回動、肘掛部14aの回動が不可能」であると認定しているが、本件明細書には、具体的な、[1]肘掛部と背凭れ部との連結関係、[2]肘掛部と座部との連結関係、[3]背凭れ部と座部との連結関係の相互の関係により、肘掛部が背凭れ部のリクライニングに連動して動き得る構造を示していない。

エ 審決は、補正要件適合性の判断においては、背凭れ部に対する肘掛部の前後移動や、背凭れ部のリクライニングに伴う肘掛部の傾倒について【図4】に頼った判断をしているが、【図4】は一見して「背凭れ部12aの回動、肘掛部14aの回動が不可能」であるとの審決の判断と整合しない。

(3)被告の主張する具体的構成について

ア 構成要件Dは、「前記肘掛部の下部に設けられ」た「回動部」が「前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる」ことを特定する。

そして、「回動」は、正逆両方向の円運動であり、本件明細書の「前記肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回動部141aを設けると共に、肘掛部14aの後部で回動可能に前記背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けて構成している。」との記載(段落【0055】)及び【図4】に基づいて解釈しても、構成要件Dにおける「回動」は、回動軸心を中心とした円運動であると解される。

そして、構成要件Dの「回動部」は肘掛部全体を「座部に対して回動させる」ものであるから、座部を基準に回動部の位置が決まり、その回動部を中心として肘掛部全体が円運動することを特定している。

イ 被告の主張する別紙被告主張図面目録の具体的構成(以下、同目録記載の図面については「【被告参考図①-1】」などという。)は、(ⅰ)円柱状部材は座部の特定の位置にある回動中心を軸心とした円運動を行い、(ⅱ)肘掛部全体は円柱状部材の長手方向に沿って、円柱状部材に対する直線運動を行うもので、これにより、座部に対して肘掛部全体は、座部にある回動中心の軸心に対する円運動と円柱状部材に対する直線運動とを合成した複合的な運動を行う

そして、被告が、「肘掛部全体が円柱状部材から上記空洞部に沿って遠ざかるように移動している。」と述べているように、肘掛部全体に対して相対移動可能な円柱状部材という別の部材に回動部を設けている。

このような構成は、構成要件Dにおける「回動」には当て嵌まらず、「前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部」とは言えない。

したがって、被告の示す【被告参考図①-1】~【被告参考図③】の構造は、本件発明1の椅子式マッサージ機とは言えない。

被告の主張する構成は、肘掛部14aに「空洞部」を設けると共に、肘掛部14aとは別体で、「空洞部」に嵌入することにより肘掛部14aと相対変位可能な「円柱状部材」を回動部141aから延びるように設けて、「連結部142a」と「回動部141a」との距離が変更可能な構造としたものであり、出願当時の当業者には想定できない特異な要素を付加している。このような構成は、本件明細書の記載に接した当業者が本件特許の出願当時の技術水準を背景として認識・理解し得るとは到底いえ言えない。被告の主張する構成は、椅子式マッサージ機における肘掛部の可動構造として特異な構造であるだけでなく、マッサージ機構を備えない「背凭れ部がリクライニング可能な椅子」における肘掛部の可動構造としても特異な構造である。被告が主張する構成は、特許出願すれば出願前の公知技術として本件特許の公開公報の存在を前提にしても、進歩性が認められるレベルの発明である。

(4)実施可能要件の適合性についての審決の判断には誤りがあり、この誤りは審決の結論に影響するものであるから、審決は取り消されるべきである。

4 取消事由4(サポート要件についての判断の誤り)について

-省略-

5 取消事由5(明確性要件についての判断の誤り)について

-省略-

6 取消事由6(進歩性欠如に関する判断の誤り①)について

-省略-

7 取消事由7(進歩性欠如に関する判断の誤り②)について

-省略-

7.被告の反論

1 取消事由1(補正要件についての判断の誤り(構成要件D))について

-省略-

2 取消事由2(補正要件についての判断の誤り(構成要件F))について

-省略-

3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について

(1)実施可能要件に適合すること

原告は、本件明細書の【図4】の内容につき、「一見して「背凭れ部12aの回動、肘掛部14aの回動が不可能」」であると主張しているものと思われるが、審決も指摘しているとおり、【図4】は、背凭れ部が座部に対して回動し、背凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】、【0055】)を概略的に図示したものであり、そのための「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことでもあることから、そのための具体的構造までは特に示していない。つまり、【図4】においては、当業者において過度の試行錯誤なく適宜に行い得る「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」を用いることが想定されており、それにより本件明細書の段落【0018】、【0054】、【0055】等に記載された事項が可能となることは明らかであるから、原告による「一見して『背凭れ部12aの回動、肘掛部14aの回動が不可能』」である旨の主張は失当である。

また、原告は、上記のように、「「適宜の回動手段」、「適宜の連結手段」を、既知の機械的手段から選択する具体的な内容も示されず、そのために、構成要件D、構成要件Eと構成要件Fとの因果関係も明確にされずに、・・・結論だけを示す審決は理由不備の違法な審決であり取り消されるべきである。」とも主張するが、審決が理由中において、当業者において過度の試行錯誤なく適宜に行い得る「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」の具体例を示す必要性は認められないから、かかる意味においても原告の主張は失当である。

上記のように、背凭れ部がリクライニングする機構等の具体的な設計については、本件明細書の各記載に接した当業者が本件特許の出願当時の技術水準を背景として認識して理解し得る事項であり、審決の認定判断するとおり当業者において過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度の既知の機械的手段にすぎない。このような既知の手段についてまで特許出願にあたり具体的に記載や例示しなければならないとすれば、特許出願人に過度の負担を強いることになってしまう。

(2)具体的構成の例

【被告参考図①-1】及び【被告参考図①-2】は、座部、背凭れ部、側壁部及び肘掛部を有する椅子式マッサージ機の概略図(リクライニング前)である。

このような椅子式マッサージ機の背凭れ部がリクライニングする過程につき順を追って図示したものが【被告参考図②】及び【被告参考図③】である。

【被告参考図②】から【被告参考図③】にかけて椅子式マッサージ機の背凭れ部がリクライニングして後方に倒れていく様子が示されている。そして、その背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部全体がリクライニングする方向に傾く様子も示されている。

【被告参考図①-1】及び【被告参考図①-2】においては、肘掛部の下部に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部の奥まで達している。これに対して、【被告参考図②】から【被告参考図③】にかけては、背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部全体がリクライニングする方向に傾くに従って、肘掛部全体が円柱状部材から上記空洞部に沿って遠ざかるように移動している。

このようにして肘掛部全体が回動することにより、背凭れ部のリクライニング角度にかかわらず、施療者の上半身における胴体、頭部、上腕、前腕等の各部の相対的な位置関係が概ね保たれることになり、着座した施療者の肩または上腕から前腕がすべて無理な姿勢とならずに施療位置から外れないことになる。

もっとも、背凭れ部がリクライニングする機構等の具体的な設計については、本件明細書の各記載に接した当業者が、本件明細書の各記載を前提に本件特許の出願当時の技術水準を背景として普通に認識・理解し得るものであり、必ずしも上記のような機構に限定されるものではない。

4 取消事由4(サポート要件についての判断の誤り)について

-省略-

5 取消事由5(明確性要件についての判断の誤り)について

-省略-

6 取消事由6(進歩性欠如に関する判断の誤り①)について

-省略-

7 取消事由7(進歩性欠如に関する判断の誤り②)について

-省略-

8.裁判所の判断

1 本件発明について

(1)特許請求の範囲の記載

本件補正前の特許請求の範囲の記載は上記第2の2(2)ア、本件補正後の特許請求の範囲の記載は上記第2の2(1)に記載のとおりである。

(2)本件明細書の記載

-省略-

(3)本件発明の特徴

上記(2)によれば、本件発明は、概要次のとおりのものであると認められる。

ア 本件発明は、肘掛部に施療者の前腕部をマッサージする前腕部施療機構を備えた椅子式マッサージ機に関するものである(【0001】)。

イ 本件発明は、施療者の腕部に対し、前腕部施療機構の立上り壁が不必要に圧迫して不快感をもたらす要因を解消し、前腕部施療機構における腕部の載脱をスムーズに行うよう構成すると共に、前腕部施療機構を有していても施療者が起立及び着座を快適に行う事ができるよう構成した椅子式マッサージ機を提供する事を目的とするものである(【0009】)。

ウ 本件発明は、上記イの目的のため、特許請求の範囲に記載の構成を採用した(【0010】)。

エ 本件発明の椅子式マッサージ機は、肘掛部に、肘掛部の内側後方から施療者の前腕部を挿入するための前腕挿入開口部を有しており、前腕挿入開口部から延設して肘掛部の内部に施療者の前腕部を挿入保持するための空洞部を設け、空洞部の内部壁面各所に施療者の前腕部にマッサージを施すための前腕部施療機構を設けた構成のものであるため、前腕部に対する不必要な圧迫や摺擦をもたらす要因がなくなる。よって、前腕部施療機構におけるスムーズな前腕部の載脱が可能となり、施療者が起立及び着座を快適に行う事ができる。また、肘掛部は、椅子本体に対して前後方向に移動可能に設けられており、背凭れ部のリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部が椅子本体に対して前後方向に移動するように構成する事により、背凭れ部のリクライニング角度に関係なく、肘掛部に設けた前腕部施療機構における前腕部の位置が可及的に変わらないようにする事ができ、安定した前腕部に対するマッサージを行う事ができる(【0015】、【0018】)。

2 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について

事案に鑑み、取消事由3について判断する。

(1)実施可能要件について

特許法36条4項1号は、発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないことを規定するものであり、同号の要件を充足するためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。

(2)本件明細書の記載

ア 本件明細書には、①本件発明のマッサージ機は、施療者の臀部または大腿部が当接する座部11a、及び施療者の背部が当接する背凭れ部12aを有する椅子本体10aと、該椅子本体10aの両側部に肘掛部14aを有する椅子式マッサージ機1aであり、前記背凭れ部12aは、座部11aの後側にリクライニング可能に連結されていること(段落【0022】)、②肘掛部14aは、椅子本体10aに対して前後方向に移動可能に設けられ、背凭れ部12aのリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら背凭れ部12aのリクライニング動作に連動して前記肘掛部14aが椅子本体10aに対して前後方向に移動するようにされていること(段落【0054】)、③肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回動部141aを設けること(段落【0055】)、④肘掛部14aの後部で回動可能に背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けること(段落【0055】)が記載されている。

また、【図4】は、背凭れ部12aが座部に対してリクライニングすると、背凭れ部12aに連結された肘掛部14aが前後方向に回動することを概略的に図示している(段落【0054】、【0055】)。

イ 上記アによれば、本件明細書には、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを、「肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように」(構成要件E)連結する連結手段については連結部142aによる回動関係が、[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段については回動部141aによる回動関係が開示されているが、[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段の具体的な構成は記載されていない。また、本件明細書には、「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保」つように(構成要件F)、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを、「肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように」連結する連結手段(構成要件D、E)、[2]背凭れ部のリクライニング動作の際に上記の連結手段を介して肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段(構成要件D)及び[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段(構成要件D)の具体的な組み合わせの記載はない

審決は、本件明細書の【図4】は、背凭れ部が座部に対して回動し、背凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】、【0055】)を概略的に図示したものであり、そのための「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことであると認定する

しかし、上記イのとおり、本件においては、構成要件D~Fを充足するような、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部を連結する連結手段、[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段及び[3]背凭れ部を座部に対し連結する連結手段の具体的な組み合わせが問題になっており、したがって、これらの各手段は何の制約もなく部材を連結又は回動させれば足りるのではなく、それぞれの手段が協調して構成要件D~Fに示された機能を実現する必要がある。そうすると、このような機能を実現するための手段の選択には、技術的創意が必要であり、単に適宜の手段を選択すれば足りるというわけにはいかないのであるから、明細書の記載が実施可能要件を満たしているといえるためには、必要な機能を実現するための具体的構成を示すか、少なくとも当業者が技術常識に基づき具体的構成に至ることができるような示唆を与える必要があると解されるところ、本件明細書には、このような具体的構成の記載も示唆もない。

被告は、本件明細書の記載から当業者が実施し得る本件発明1の具体的な構成として、別紙被告主張図面目録記載のとおり動作するマッサージ機の具体的構成(以下「被告主張構成」という。)を主張する

被告主張構成は、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを本件明細書の【図4】同様の回動手段により連結し、[2]肘掛部の下部の椅子本体に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部に挿入され、[3]座部の後端に軸心を設けて背凭れ部を回動させる回動手段を設けた構成であり、リクライニング前は、肘掛部の下部に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部の奥まで達しており(【被告参考図①-2】)、これをリクライニングすると、背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部全体がリクライニングする方向に傾くに従って、肘掛部全体が円柱状部材から上記空洞部に沿って遠ざかるように移動する(【被告参考図②】から【被告参考図③】)というものである。

しかし、本件明細書には被告主張構成の記載や示唆はないから、被告主張構成が直ちに実施可能要件適合性を裏付けるものではない上に、当業者が、上記ア及びイのとおりの本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、被告主張構成を採用し得たというべき技術常識ないし周知技術に関する的確な証拠もない

オ 以上によれば、本件明細書には、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできず、この点は、本件発明1を引用する本件発明2についても同様である。

したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

(3)以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件に適合するものとはいえず、審決の判断には誤りがあるところ、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、取消事由3は理由がある。