ワイドバンドギャップ半導体事件

投稿日: 2018/04/03 0:35:00

今日は、平成29年(行ケ)第10085号 特許取消決定取消請求事件について検討します。この事件は特許権者が特許異議申立において特許を取消すと判断さした決定の取り消しを求めた訴訟です。

1.手続の時系列の整理(特許第5770412号)

2.本特許請求の範囲の記載

(1)訂正前

【請求項1】

スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって、

上記スイッチング素子(130)は、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており、

上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い、

上記寄生ダイオード(131)は、該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が、該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり、該立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く、

上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる

ことを特徴とする電力変換装置。

【請求項2】

請求項1において、

上記還流ダイオードとして用いる寄生ダイオード(131)に逆方向電流が流れる際に上記ユニポーラ素子をオンにし上記ユニポーラ素子側に逆方向電流を流すことにより同期整流を行う、

ことを特徴とする電力変換装置。

【請求項3】

請求項1または2において、

上記電力変換装置は空気調和機に使用されるものである、

ことを特徴とする電力変換装置。

【請求項4】

請求項3において、

上記空気調和機の暖房中間負荷条件における上記スイッチング素子(130)の電流実効値(Irms)とオン抵抗(Ron)との関係が、

rms<0.9/Ron

になるように構成されている、

ことを特徴とする電力変換装置。

【請求項5】

請求項1~のいずれか1つにおいて、

上記ユニポーラ素子はMOSFETである、

ことを特徴とする電力変換装置。

【請求項6】

請求項1~のいずれか1つにおいて、

上記スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成されたインバータ(120)、コンバータ(110)、マトリクスコンバータ(700)、昇圧チョッパ(111)の少なくとも1つを備える、

ことを特徴とする電力変換装置。

(2)訂正後

【請求項1】

スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって、

上記スイッチング素子(130)は、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており、

上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い、

上記寄生ダイオード(131)は、該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が、該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり、該立ち上がり電圧よりも、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く、

上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる

ことを特徴とする電力変換装置。

3.本件決定の理由の要旨

(1)本件決定の理由は、別紙異議の決定書(写し)のとおりである。要するに、①本件訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項の規定に違反するから、認められない、②本件各発明は、明確ではなく、その特許請求の範囲の記載は、同法36条6項2号に規定する要件(以下「明確性要件」という。)に適合するものではないから、本件各発明に係る本件特許は、同法113条4号に該当する、③本件発明1は、下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)、並びに、下記イの周知例1及び下記ウの周知例2から認められる周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明2、3、5及び6は、引用発明及び上記周知技術等に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし3、5及び6に係る本件特許は、同法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法113条2号に該当する、などというものである。

ア 引用例:特開2006-320134号公報(甲1)

イ 周知例1:特開2007-82351号公報(甲2)

ウ 周知例2:稲葉保「パワーMOSFET活用の基礎と実際」CQ出版株式会社(2004年11月1日発行)105頁(甲3)

(2)本件発明1と引用発明との対比

本件決定は、引用発明並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 引用発明

同期モータに対して電力を供給するモータ駆動回路は、整流部6、平滑コンデンサC1、C2、インバータ7U、7V、7W、及びPWM制御部8を有し、

インバータ7U、7V、7Wは三相ブリッジ回路で、三対のパワートランジスタの直列接続7U、7V、7Wを含み、各直列接続7U、7V、7Wは二つのパワートランジスタQH、QLを含むものであり、

ハイサイドパワートランジスタQHのドレインは整流部6の高電位側出力端子6Hに接続され、ソースはローサイドパワートランジスタQLのドレインに接続され、ローサイドパワートランジスタQLのソースは、整流部6の低電位側出力端子6Lに接続され、パワートランジスタ6H、6L間の接続点JU、JV、JWはモータ3の三つの駆動端子U、V、Wに接続され、

パワートランジスタQH、QLはMOSFETであり、ワイドバンドギャップ半導体から構成され、ワイドバンドギャップ半導体は好ましくは、シリコンカーバイド(SiC)であり、

パワートランジスタQH(又はQL)はMOSFETであるので、ボディダイオードDH(又はDL)を含み、ボディダイオードDH、DLは帰還ダイオードとして利用され、

PWM制御部8は駆動信号SDに基づき、パワートランジスタQH、QLのゲートに対して制御信号SH、SLを印加し、それにより、各パワートランジスタQH、QLのオン状態とオフ状態とが個別に切り換えられ、

PWM制御では更に、パワートランジスタQH、QLの直列接続7U、7V、7Wのそれぞれについて、一方のパワートランジスタQH(又はQL)に対する制御信号SH(又はSL)の立ち下がりから他方のパワートランジスタQL(又はQH)に対する制御信号SL(又はSH)の立ち上がりまでの間に、デッドタイムTdが設定され、それにより、二つのパワートランジスタQH、QL間ではオン期間が確実に重複しないので、パワートランジスタQH、QLが貫通電流による破壊から保護され、デッドタイムTdでは、オフ状態に維持されたパワートランジスタQH(又はQL)のボディダイオードDH(又はDL)が導通し、順方向電流を流すものである、

インバータ7U、7V、7W。

イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

(ア)一致点

スイッチング素子(130)によって構成された電力変換装置であって、

上記スイッチング素子(130)は、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており、

上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い、

上記寄生ダイオード(131)は、該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が、該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり、

上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる

電力変換装置。

(イ)相違点1

本件発明1では、「電力変換装置」は「同期整流を行うように」構成されているのに対し、引用発明は、そのように構成されているとはされていない点。

(ウ)相違点2

本件発明1は、「寄生ダイオード」の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いのに対し、引用発明は、「ボディダイオード」の「立ち上がり電圧」と「パワートランジスタ」の「オン電圧」との関係は不明である点。

4.取消事由

(1)本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)

(2)明確性要件の判断の誤り(取消事由2)

(3)進歩性の判断の誤り(取消事由3)

5.裁判所の判断

1 本件発明1について

本件発明1に係る特許請求の範囲は、前記第2の2(1)【請求項1】のとおりであるところ、本件明細書(甲5)によれば、本件発明1の特徴は、以下のとおりである。なお、本件明細書には、別紙1本件明細書図面目録のとおり、図面【図1】【図4】が記載されている。

(1)技術分野

本件発明1は、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されたスイッチング素子を有する電力変換装置に関するものである。(【0001】)

(2)課題

電力変換装置のスイッチング素子の材料として、Siが広く利用されているが、その理論限界を超える材料として、超低損失、高速・高温動作という特徴を有するワイドバンドギャップ半導体を利用する開発が進められている。そして、ワイドバンドギャップ半導体として、SiCを利用する、SiC-MOSFETが有力視されている。(【0002】)

そして、インバータなどでは、スイッチング素子に対して並列に還流ダイオードを接続し、これに、還流電流(還流ダイオードにとっての順方向電流)を流させることにより、誘導負荷を駆動する。スイッチング素子としてSiC-MOSFETを用いたインバータでは、SiC-MOSFETに並列に接続したSiC-SBD(ショットキーバリアダイオード)を還流ダイオードとして使用する構成が検討されている。このような構成は、還流ダイオードでの損失を低減できるが、SiCSBDが必要になるから、装置の大型化、コストアップを招くという課題がある。(【0003】【0004】)

(3)課題解決手段

本件発明1は、上記課題を解決するために、ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成したスイッチング素子(130)において、①ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用いた電力変換装置である。また、本件発明1においては、②還流電流(還流ダイオードにとっての順方向電流)が流れる際に同期整流を行うように構成され、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧が、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い。さらに、本件発明1は、③ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いるものである。(【0005】)

(4)効果

ア ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用いた効果

ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用いることで、還流ダイオードを別途設ける必要がなく、コストを抑えることができる。(【0007】【0013】【0022】)

また、定格条件、重負荷といった、大きな電流を流す運転状態ではSiC-SBDを使用した従来構成の方が、損失が小さく効率がよいが、軽負荷では、SiCMOSFETのみの本件発明1の方が、損失が小さく効率がよい。空調用途では軽負荷での運転時間が長いから、本件発明1の電力変換装置は、空気調和機等に適用すれば有用である。(【0025】【0027】【0034】)

イ 還流電流が流れる際に同期整流を行うように構成した効果

同期整流をすることで、スイッチング素子(130)が通電し、寄生ダイオード(131)単体よりも導通損を抑えることができる。特に軽負荷では、SiC-SBDを使うよりも損失を抑えることができる。(【0007】【0013】【0017】【0022】)

ウ ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いた効果

Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも、SiC-MOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が、同期整流の効果は大きくなる。すなわち、Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用した場合には、同寄生ダイオードの立ち上がり電圧が低いため(約0.7V)、同期整流をしても、すぐに寄生ダイオードが導通するから、同期整流の効果は小さい。これに対して、SiC-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用した場合には、同寄生ダイオードの立ち上がり電圧が高いため(約3V)、同期整流をすると、電流が大きくならなければ寄生ダイオード(131)が導通しないから、同期整流の効果が大きくなる。(【0018】)

また、SiC-pnダイオードのリカバリ電流は小さく、Si-pnダイオードよりもスイッチング損失が桁違いに小さくなるから、SiC-MOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が、Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも、リカバリ電流、スイッチング損失を大幅に低減できる。(【0019】【0021】)

2 取消事由1(本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)について

(1)特許請求の範囲の訂正は、願書に添付した「明細書、特許請求の範囲又は図面」に記載した範囲内においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項)、「明細書、特許請求の範囲又は図面」に記載した範囲内とは、当該訂正が、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであることをいう。

本件決定は、本件発明1に係る請求項1のうち、「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」との発明特定事項を、「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上がり電圧よりも、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く」との発明特定事項に訂正する本件訂正について、新規事項の追加に当たると判断した。

(2)新規事項の追加の有無

ア 本件訂正後の請求項1に記載された技術的事項は、本件発明1に係る電力変換装置の全使用範囲において、ユニポーラ素子本体のオン電圧が、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも低いというものである。そして、ユニポーラ素子本体のオン電圧と寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧との比較は、誘導負荷を駆動するに当たっての還流電流が、ユニポーラ素子本体のみ、寄生ダイオード(131)のみ、又は、寄生ダイオード(131)及びユニポーラ素子本体の双方を流れる際に問題となるものである。そうすると、本件訂正は、本件発明1に係る電力変換装置は、還流電流が、寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるという技術的事項を導入するものということができる。

イ しかし、そもそも本件明細書等には、還流電流の大きさと、本件発明1に係る電力変換装置の使用領域とを関連付ける記載はない。

ウ かえって、請求項1に、「上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い」と記載されていることからすれば、本件明細書等に記載された技術的事項は、寄生ダイオード(131)に、還流電流が流れ得ること、すなわち、還流電流が寄生ダイオード(131)を立ち上げる電流領域においても、電力変換装置が使用されることを前提とするものである。

エ さらに、本件明細書には、前記1(4)のとおり、本件発明1の効果が記載されている。

まず、本件発明1の効果のうち、還流ダイオードを別途設ける必要がないとの効果は、還流電流の大きさに関する技術的事項とは無関係な効果である。

次に、本件明細書には、本件発明1の効果として、同期整流をすることで、寄生ダイオード(131)のみに還流電流を流すよりも導通損を抑えることができ、特に軽負荷では、SiC-SBDに還流電流を流すよりも損失を抑えることができるという効果が記載されている。ここで、前者の効果は、ユニポーラ素子本体のみに還流電流を流す場合(寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い場合)はもとより、ユニポーラ素子本体に加え寄生ダイオード(131)に還流電流を流す場合(寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも低い場合)であっても、還流電流が分流することから奏せられるものである。一方、後者の効果は、ユニポーラ素子の端子間電圧が0.9V未満の範囲に限って得られる効果であり(【0029】)、ユニポーラ素子の端子間電圧と、ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いた場合の寄生ダイオードの立ち上がり電圧(約3V)との比較によって生じる効果ではない。

さらに、本件明細書には、本件発明1の効果として、Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも、SiC-MOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が、同期整流の効果は大きくなるという効果が記載されている。しかし、かかる効果は、寄生ダイオードの立ち上がり電圧の相違(Siを材料とする場合は0.7V、SiCを材料とする場合は3V)から得られる効果であり、寄生ダイオードの立ち上がり電圧とユニポーラ素子本体のオン電圧とに高低を設けることによって得られる効果ではない。

このように、本件明細書に記載された本件発明1の効果は、いずれも、本件発明1に係る電力変換装置において、還流電流が、寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるか否かという技術的事項によって、相違が生じるものではない。

オ 以上のとおり、①本件明細書等には、還流電流の大きさと、本件発明1に係る電力変換装置の使用領域とを関連付ける記載がないだけではなく、②本件明細書等に記載された技術的事項は、還流電流が寄生ダイオード(131)を立ち上げる電流領域においても、電力変換装置が使用されることを前提とするものであって、③本件明細書に記載された本件発明1の効果も、還流電流が、寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるか否かという技術的事項によって、相違が生じるものではない。そうすると、本件明細書等には、本件発明1に係る電力変換装置を、還流電流が、寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用するという技術的事項は記載されていないというべきである

したがって、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、全使用範囲において低いという技術的事項は、本件明細書等の全ての記載を総合しても導くことができない。

(3)原告の主張について

ア 原告は、本件明細書等の【図4】において、SiC-MOSFET(130)のラインと寄生ダイオード(131)のラインとが交叉していないから、寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子のオン電圧の方が全使用範囲において低いという構成を導き出すことができる旨主張する。

しかし、本件明細書等において、【図4】は、SiC-SBDを還流ダイオードとして用いる従来技術との比較のために参照されている(【0024】【0027】)。そして、本件特許に係る発明は、この従来技術に比較して、SiC-SBDの立ち上がり電圧である1V近傍以下において、消費電力の観点で有利であることが説明されている(【0025】)。そうすると、【図4】は、SiC-MOSFETとSiC-SBDの電圧電流特性を比較するためのものということができる。一方、本件明細書等には、SiC-MOSFETの寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧は約3Vである旨説明されるのみであり(【0024】)、SiC-MOSFETと寄生ダイオード(131)の電圧電流特性を比較する説明はない。【図4】に記載された範囲が、本件特許に係る発明が、SiC-SBDを還流ダイオードとして用いる従来技術と比較して消費電力の観点で有利であるとされる軽負荷の範囲を超えて、定格負荷や重負荷の範囲(全使用範囲)までを含むものであることを説明する記載もない。

そうすると、【図4】の電圧電流特性の概略図において、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、低い範囲しか記載されていないことをもって、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

イ 原告は、請求項1などには、寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と記載されており、寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子のオン電圧の方が全使用範囲において低いという構成は自明であると主張する。

しかし、請求項1において、寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と特定されているのは、本件発明1の構成として、同期整流を行う際、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くするという技術的事項を採用した旨特定するにすぎないものである。本件発明1の電力変換装置が使用される還流電流の全電流領域を限定するものではない。

したがって、寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と記載されていることをもって、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

ウ 原告は、SiC-MOSFETにおいては、寄生ダイオードが導通することに伴い順方向電圧(VF)が上がるという周知の課題(VF劣化)が存するから、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも高くなる構成が実用に耐えないことは技術常識であり、全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという構成は、本件特許の当然の前提となっていたと主張する。

しかし、本件明細書等にはVF劣化については何ら記載されていないから、VF劣化が周知の課題であることを前提に、本件明細書等の記載を解釈することはできない。また、本件明細書等においては、本件特許に係る発明が、SiCを用いるものの同期整流を行わない従来技術とも比較されており(【0007】【0013】【0022】)、そこでは、寄生ダイオードに加えて、ユニポーラ素子本体に還流電流を流すか否かが問題となるのであるから、VF劣化を前提に寄生ダイオードに還流電流を流さない技術的事項が、本件明細書等において当然の前提になっていたということはできない。

したがって、VF劣化という課題をもって、寄生ダイオード(131)に還流電流を流さないという技術的事項、すなわち、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも、ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が、全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

エ 原告は、【請求項4】【0026】以下の記載において、全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという電圧相互の関係にするために、ユニポーラ素子のオン抵抗値が設計されていると主張する。

しかし、本件明細書等の【請求項4】【0028】【0029】は、暖房中間負荷条件という特定の使用範囲におけるスイッチング素子の選定について記載されたものである。また、本件明細書等の【0026】は、還流電流を寄生ダイオードに流す場合と、SiC-SBDに流す場合とを比較したものである。

このように、全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという電圧相互の関係にするために、ユニポーラ素子のオン抵抗値が設計されていることをうかがわせる記載は、本件明細書等にはない。

(4)小括

以上のとおり、本件訂正は、当業者によって、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるから、新規事項を追加するものというべきである。したがって、本件訂正は認められない

よって、取消事由1は理由がない。

3 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について

(1)特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

本件決定は、本件発明1の特許請求の範囲のうち「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの記載が、いかなる電流が流れる場合のことを表したものであるか不明であるから、明確性要件に適合しないと判断した。

(2)前記2(3)イのとおり、請求項1において、寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は、上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と特定されているのは、本件発明1の構成として、同期整流を行う際、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くするという技術的事項を採用する旨特定するものである。

そして、本件発明1に係る電力変換装置において使用される還流電流の程度が限定されていないことと、同期整流を行う際には、常に、寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を、ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くすることとは、関係がない。

(3)したがって、「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。同記載が明確ではないから、本件各発明の特許請求の範囲の記載は、明確性要件に適合しないとする本件決定の判断は誤りである

よって、取消事由2は理由がある。

4 取消事由3(進歩性の判断の誤り)について

(1)引用発明

引用例(甲1)に、前記第2の3(2)アの引用発明が記載されていることは、当事者間に争いがない。そして、引用例には、別紙2引用例等図面目録引用例のとおり、引用発明の実施例として【図2】が、背景技術として【図9】が記載されるとともに、引用発明に関し、以下の点が開示されているものと認められる。

ア 技術分野

引用発明は、モータ駆動回路に関し、特に、同期モータの可変速駆動を制御する回路に関するものである。(【0001】)

イ 背景技術

動作制御の迅速化の要求を満たすためには、動力源であるモータに対する可変速駆動制御を、効率良く、かつ高い応答速度で行わなければならない。この要求は、輸送機器に限らず、例えば洗濯機や食洗機等、家電製品に搭載されるモータに対しても及ぶ。(【0002】)

互いに直列に接続される二つのパワートランジスタQH、QLでは、一方のターンオフ動作の開始から他方のターンオン動作の開始までの間に、パワードランジスタQH、QLを貫通電流による破壊から保護するために、必ず、一定時間以上、両方のパワートランジスタがオフされるデッドタイムが設定される。デッドタイムには、ボディダイオードDH(DL)が導通し、パワートランジスタQH、QLに対する過大な逆バイアスの印加が回避され、これらの素子破壊が保護される。パワートランジスタがMOSFETである場合、デッドタイムを短縮することができる。(【0005】)

モータの力行モードでは、モータの動力として消費される電力以外の電力、すなわちインバータにおける電力損失(パワートランジスタの導通損失、スイッチング損失、帰還ダイオードの導通損失)ができるだけ削減されなければならない。パワートランジスタと帰還ダイオードとをSiCなどを材料とするワイドバンドギャップ半導体で構成すれば、パワートランジスタの導通損失とスイッチング損失が少ない。一方、パワートランジスタがMOSFETである場合、ボディダイオードを帰還ダイオードとして利用できるところ、MOSFETのボディダイオードでは、順方向電圧降下が比較的大きく、帰還ダイオードの導通損失を削減しにくい。ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子では、順方向電圧降下がより大きいから、モータの力行モードでは、帰還ダイオードの導通損失の削減に不利である。(【0006】【0007】)

モータの回生モードを利用した回生制動の方法として、平滑コンデンサC1、C2に回生電力を供給する方法と、回生電力を主にステータ巻線103U、103V、103Wの抵抗で消費する方法とがある。(【0009】)

ウ 発明が解決しようとする課題

モータの力行モードにおいて、インバータの損失を低下させるためには、ワイドギャップ半導体を用いることが望まれるが、そのボディダイオードは順方向電圧降下が大きいから、帰還ダイオードの損失が大きくなるという課題があり、高速整流ダイオードを外付けしなければならず、小型化等が阻まれる。(【0011】)

また、モータに対する可変速駆動制御の応答速度を更に高めるためには、回生電力の消費能力を更に高めることが望ましい。しかし、平滑コンデンサの容量を増大等することは、モータ駆動回路の更なる小型化を阻む。ステータ巻線の抵抗値を増大させることは、同期モータの力行モードにおいて、ステータ巻線の導通損失を増大させる。(【0011】)

引用発明は、小型化と省電力化とをいずれも阻むことなく、回生制動の効果を更に向上させ得るモータ駆動回路の提供を目的とする。(【0012】)

エ 課題を解決するための手段

引用発明に係るモータ駆動回路は、ワイドバンドギャップ半導体から成り、ボディダイオードを含む二つのパワートランジスタと、これら二つのパワートランジスタに対してオンオフ制御を行い、特に同期モータの回生モードでは、パワートランジスタに、そのボディダイオードの順方向に沿った電流を流すべきとき、そのパワートランジスタをオフ状態に維持するものである。(【0014】)

引用発明のパワートランジスタは、ワイドバンドギャップ半導体製であって、特に低オン抵抗でかつ高耐圧であるから、小型化を阻むことなく、導通損失を低減させ得る。また、スイッチング動作が速いので、スイッチング損失が低減できる。(【0015】)

引用発明に係るモータ駆動回路の力行モードにおいては、互いに直列に接続された二つのパワートランジスタ間のデッドタイムに、それらのボディダイオードのいずれかを順方向電流が流れる。パワートランジスタはワイドバンドギャップ半導体製であるから、スイッチングが速く、デッドタイムを容易に短縮できる。それにより、ボディダイオードの導通状態を維持すべき時間が短縮されるから、ボディダイオードの導通損失が十分に抑えられる。したがって、高速整流ダイオードを外付けすることなく、力行モードでも損失を充分低減できる。【0016】

引用発明に係るモータ駆動回路の回生モードにおいては、一部のパワートランジスタに、そのボディダイオードの順方向に沿った電流が流れる。その際、そのパワートランジスタがオフにされるので、当該電流はそのパワートランジスタのボディダイオードを順方向に流れる。ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子ではボディダイオードの順方向電圧降下が高いので、回生電力はボディダイオードで十分に消費され得る。それにより、回生電力を消費するための回路素子、例えば過大な容量の平滑コンデンサや放電回路がなくても、回生制動の効果が十分に高い。(【0015】)

オ 発明の効果

引用発明に係るモータ駆動回路では、パワートランジスタとしてワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子が採用されているから、パワートランジスタの導通損失とスイッチング損失とが低い。その上、従来の駆動回路とは異なり、ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子のボディダイオードを帰還ダイオードとして積極的に利用することにより、その順方向電圧降下で回生電力を十分に消費し、回生制動の効果を向上させ得る。(【0017】)

(2)本件発明1と引用発明との対比

本件発明1と引用発明との相違点は、前記第2の3(2)イの相違点1及び2のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(3)周知技術

ア 周知例1

周知例1には、スイッチング素子にMOSFETを用いた電力変換装置において、MOSFETをオンすることにより、発熱損失の大きいMOSFETの内蔵ダイオードに電流を流さず、同期整流をすることにより、発熱損失を低減することができる技術が示されている(【0061】【0066】【図1】【図5】。別紙2引用例等図面目録周知例1のとおり。)。

イ 周知例2

周知例2には、スイッチング素子にMOSFETを用いた電力変換装置において、MOSFETをオンすることにより、ソースからドレインに向かって流れる電流をボディダイオードに経由させない同期整流とし、これにより、損失を、MOSFET本体のオン抵抗とドレイン電流の積だけに低減させる技術が示されている(105頁、【図4-C】【図4-D】。別紙2引用例等図面目録周知例2のとおり。)。

ウ 周知技術の認定

前記のとおり、周知例1及び2の記載によれば、本件決定が認定したとおり、周知例1及び2から、「MOSFETをオンにし、寄生ダイオード側に電流を流さず、MOSFET側に逆方向電流を流す同期整流により、発熱損失を低減することができること」という周知技術(本件周知技術)を認めることができる。

エ 原告の主張について

原告は、周知例1及び2に記載された同期整流の技術においては、同期整流中に寄生ダイオードが導通することが完全に排除されているわけではないなどと主張する。

しかし、前記アのとおり、周知例1【0066】には、「MOSFET622をオンすることにより、発熱損失の大きいMOSFET622の内臓ダイオードに電流を流さず」との記載がある。また、前記イのとおり、周知例2には、「パワーMOSを導通させて、低オン抵抗の状態にします。こうすることにより、ソースからドレインに向かって流れる電流は内蔵のボディ・ダイオードを経由せず」との記載がある。これらの記載によれば、周知例1及び2には、MOSFET本体に電流を流し、寄生ダイオード(内臓ダイオード、ボディダイオード)に電流を流さないスイッチング素子に関する技術が記載されていることは明らかである

このことは、「同期整流」の意義自体に、寄生ダイオード側に電流を流さないという概念が包含されないことや、周知例1及び2のスイッチング素子がSi-MOSFETであって、その立ち上がり電圧が低く、寄生ダイオードに電流を流さない場合の使用範囲が小さいことによって、左右されるものではない。したがって、「寄生ダイオード側に電流を流さず」という構成を含む周知技術を認定することはできないとの原告の主張は採用できない。

(4)周知技術を適用する動機付け

ア 引用発明は、モータの回生モードにおいて、回生電力の消費能力を高めるという課題に対して、順方向電圧降下が高いボディダイオードに電流を流し、回生電力を消費させるというものである。

このように、引用発明は、モータの回生モードにおいて、ボディダイオードに電流を流し、ボディダイオードにおいて回生電力を損失させるという課題解決手段を採用したものである。一方、本件周知技術は、寄生ダイオード側に電流を流さず、発熱損失を低減させるというものであるから、引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有するものである。したがって、当業者は、引用発明におけるモータの回生モードにおいて、正反対の技術思想を有する本件周知技術を適用することはない

そして、引用例には、引用発明の電力変換装置において、力行モードを回生モードから切り離し、力行モードの動作のみを変更することを示唆するような記載はないから、当業者は、力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはない。

したがって、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。

イ また、仮に、当業者が、引用発明の電力変換装置のうち、モータの力行モードにおける動作のみを変更することを想到し得たとしても、引用発明は、モータの力行モードにおいて、ワイドギャップ半導体を用いた場合に生じるボディダイオードの導通損失が大きくなるという課題に対して、ワイドバンドギャップ半導体のスイッチングが速いという特性を用いて、パワートランジスタQHとパワートランジスタQLのいずれもがオフ状態になっているデッドタイムを極力減らすことにより、ボディダイオードの導通状態の時間を短縮し、ボディダイオードにおける導通損失を抑えるというものである。そうすると、引用発明は、モータの力行モードにおいて、ボディダイオードの導通損失を低減させるという課題を有するものの、ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により、これを解決しているものである。

そもそも、本件周知技術は、MOSFETをオンにし、寄生ダイオード側に電流を流さないという同期整流の技術である。一方、引用発明におけるモータの力行モードは、省電力化の観点から、パワートランジスタQH及びQLは二相変調によるオンオフ制御が有利であるとされている(【0032】【図6】)。そして、引用発明は、パワートランジスタQH及びQLのいずれもがオフされる時間であるデッドタイムを、パワートランジスタQH及びQLのターンオフ時間より十分に長く設定することにより、パワートランジスタQH及びQLが貫通電流により破壊されるのを防止するという構成を有するものである(【0005】)。このように、力行モードにおいて二相変調によるオンオフ制御を行う引用発明では、パワートランジスタQH(又はQL)がオフ状態であるデッドタイムにおいて、パワートランジスタQL(又はQH)はターンオフの途中であり、まだ導通している。そして、このような状態の引用発明において、パワートランジスタQH(又はQL)を同期整流によりオンにすることは、貫通電流が流れることになるから、パワートランジスタQH及びQLの破壊につながる。そうすると、引用発明における力行モードにおいて、同期整流によりパワートランジスタをオンにする余地はないから、当業者は、引用発明に、本件周知技術を適用しようと考えるものではない

したがって、モータの力行モードを前提にした場合であっても、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。

ウ よって、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから、引用発明に本件周知技術を適用することにより、相違点1及び2に係る本件発明1の構成を採用することを、当業者が容易に想到することができたということはできない。

エ 被告の主張について

被告は、引用発明におけるモータの力行モードにおいては、ボディダイオードの導通による損失の更なる低減を図る課題がある旨主張する。

しかし、そもそも、当業者は、引用発明の電力変換装置のうち、力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはないから、引用発明において、力行モードにおける上記課題の解決のために、回生モードにおける動作の際に採用することが否定される寄生ダイオード側に電流を流さないという技術を採用することを、容易に想到し得ない。

また、引用発明は、モータの力行モードにおいて、ボディダイオードの導通による損失を、ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により、これを解決しているものである。引用発明において、さらに、ボディダイオードの導通による損失の低減を図る課題があったとしても、それは、直列につないだパワートランジスタのいずれもがオフ状態になっていることを前提とする課題であって、パワートランジスタをオンにする本件周知技術は、引用発明の課題を解決するようなものではない。引用発明と本件周知技術の課題とは、ボディダイオード(寄生ダイオード)の損失を低減するという点で抽象的には共通するものの、課題の生じる局面が異なるものである。

したがって、課題の共通性をもって、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けがあるという被告の主張は、採用できない。

(5)小括

以上のとおり、引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから、当業者は、引用発明に本件周知技術を適用することにより、相違点1及び2に係る本件発明1の構成を容易に想到することはできない。

したがって、本件発明1は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたということはできない。また、本件発明2、3、5及び6は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに他の限定を付加したものであるから、当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。

よって、取消事由3は理由がある。

6.検討

(1)本件は、特許異議申立で特許の取消決定を受けた特許権者が取消決定の取り消しを求めて起こしたものです。特許異議申立で特許権者は訂正を請求しましたが、訂正は認められず、特許は進歩性が欠如していると判断されました。一方、この取消決定取消訴訟では、特許庁による訂正を認めないという判断は支持されましたが、進歩性欠如については取り消されました。つまり、訂正前の特許請求の範囲の内容で特許が維持されたことになります。

(2)訂正が認められないのに進歩性が肯定されたというのは比較的珍しいケースかもしれません。進歩性の判断が覆ったポイントは、引用発明は、モータの回生モードにおいて、ボディダイオードに電流を流し、ボディダイオードにおいて回生電力を損失させるのに対して、周知技術は、寄生ダイオード側に電流を流さず、発熱損失を低減させるものなので、両者は正反対の技術思想を有するので、組み合わせの動機づけが存在しないというものです(ボディダイオードと寄生ダイオードは同じです)。

(3)本発明の引用発明とを比較すると以下のようになります。

半導体材料と還流ダイオードの組み合わせ

本件発明

SiCを材料とするスイッチング素子

&

寄生ダイオード

&

同期整流

&

立ち上がり電圧はユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い

引用発明

SiCを材料とするスイッチング素子

&

寄生ダイオード

このように引用発明には「同期整流」及び「立ち上がり電圧はユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い」といった構成がない、あるいはあるか否か明確でありません。そのため周知技術で補おうとしていますが、周知例に同期整流を行ってMOSFET本体に電流を流し寄生ダイオードに電流を流さないスイッチング素子に関する技術が記載されていることは認められましたが、それを引用発明に組み合わせることは上記理由により否定されました。