継手

投稿日: 2017/03/02 22:40:12

今日は平成26年(ワ)第8137号 損害賠償請求事件について検討します。この事件は、継手の専業メーカーであって給湯・給水配管などの接続に用いる継手(ジョイント)に関する特許第4268811号(差込み管継手)を保有するJFE継手株式会社(以下、JFE継手)が、水栓や継手の製造販売を手掛ける株式会社ケーブイケー(以下、KVK)の製品(「iジョイント」シリーズ等)が当該特許権を侵害しているとして、損害の賠償を求めて提訴したものです。

ちなみに名称だけだとJFE継手の方が大きな会社のようですが、資本金、従業員数ともにKVKの方が大きいです。また、各社の特許出願件数を比較すると件数自体はKVKの方が圧倒的に多いのですが、KVKの発明は水栓に関するものが多く、継手に関する特許出願件数はJFE接手の方が多いようです。

こういった継手はJIS等で色々定められているので規格やデファクトスタンダードに関する特許を取得できる可能性があります。さらに侵害摘発も容易で販売台数も多く見込めます。そういった意味で「特許に向いている」製品分野だと思います。まずは、各手続を時系列に従い整理します。

 

1.各手続きの時系列の整理

2014年4月10日に訂正審判が請求されています。その数か月後に侵害訴訟が提起されていることからJFE継手とKVKとの交渉の中で無効理由が示されて訂正審判が請求されたものと推測します。

また、訂正審判の審決の日に情報提供がされています。もちろん第三者が偶然このタイミングで情報提供した可能性もありますが、既に登録されて特許となっている権利に対して情報提供することは珍しいです。おそらくJFE継手が訂正審判を請求したことを知った、あるいは、請求することを見込んだKVKが情報提供したが、想像以上に審決が早かったので審理に間に合わなかった、と考えられます。その後の同年7月8日、31日の情報提供も同様と思います。

次にJFE継手が侵害訴訟を起こして直ぐにKVKが特許無効審判を請求していますが2ヶ月くらいで取り下げています。その後再び特許無効審判を請求していますが、後から請求した特許無効審判に用いられた無効理由の証拠のベースとなる先行技術文献は訂正審判においてJFE継手が提出した先行技術文献と同じものでした。そうなると、たとえJFE継手が訂正審判を請求した理由がKVKとの当事者間の交渉においてKVKが当該先行技術文献を提示したためではなかったとしても、KVKは最初の特許無効審判を請求する時点で当該先行技術文献は入手できたはずなので、最初の特許無効審判を取り下げた理由がよくわかりません。

 

2.特許発明の内容

【請求項1】(訂正された内容)

A 継手本体(1)に、弾性シールリング(2)、抜止めリング(3)、及びテーパ付リング(4)を備えており、

B 前記継手本体(1)は軸心方向一端部に内外二重筒体(5、6)を有し、内筒体(5)は継手本体(1)と一体に形成され、外筒体(6)は、継手本体(1)とは別体に形成されて、内筒体(5)の外周との間に管差込み間隙(15)を形成するよう継手本体(1)に結合されており、

C 前記内筒体(5)の外周にはシールリング溝(16)を形成し、このシールリング溝(16)に、前記管差込み間隙(15)内に挿入される管(P)の外径よりも小さく、内径よりも大きい外径をもつ前記弾性シールリング(2)が嵌め込まれており、

D 前記抜止めリング(3)は、前記外筒体(6)の内部に配備され、内径部に前記管(P)の外周面に食い込む拡縮径変形自在な食込み歯(11)を設けており、該食込み歯(11)は食込み歯逃がし用のテーパ(12)と対向され、

E 前記テーパ付リング(4)は内径部に前方拡がり状のテーパ(17)を付けており、このテーパ付リング(4)が前記内筒体(5)の外周の前記弾性シールリング(2)より軸方向外方部位と、前記外筒体(6)の内周の前記抜止めリング(3)より軸方向内方部位との間に、前記管(P)の一端部で押されるまま前端部を前記管差込み間隙(15)の内奥へ向けて軸方向内方へ移動するように嵌め込まれていることを特徴とする、

F 差込み式管継手。  

 

この発明について管挿入時の作用によって説明する。管Pが内外筒体5、6間の管差込み間隙15内に挿入され、この管Pの先端にテーパ付きリング4が位置するため管Pの先端を面取り加工していなくても弾性シールリング2に突っ掛かることなくスムーズに挿入できる。また、管Pに押されて押し広げられた抜止めリング3の食込み歯11が管Pの外周面に食い込んで管Pの抜き止めができる。

3.被告製品

判決文に被告物件説明書が添付されていたのでそれを参考にして説明する。

継手本体1は軸心方向の端部に内外二重の金属製の外筒体2及び内筒体3を有し、外筒体2は継手本体1と別体に、内筒体2は継手本体1と一体に形成され、外筒体2と内筒体3との間に管差込み間隙4が形成されている。内筒体3には、その外側に、隣接して軸方向二重の溝が各穿設され、挿入される管の外径より小さく、内径より大きい、エチレン・プロピレン・ジエンゴム製の三角パッキン4、4が各溝に嵌め込まれている。外筒体2の内部には、ステンレス製の環状部材である抜け止めリング5が装着され、割溝状とされることにより内径部に挿入される管の外周面に食い込む保持爪5aを構成し、保持爪5aは拡縮径変形が自在な食込み歯となっており、この食込み歯は、外筒体2の管差込口付近に設けられた食込み歯逃し用テーパ6と対向している。前記三角パッキン4より軸方向外方(管入口側)部位と、抜け止めリング5より軸方向内方(管挿入側)部位との間には、前端部が管の一端部で押されると管差込み間隙の内奥に向けて移動するように、先端屈曲面において内径部側が前方拡がり状のテーパ状をなす挿入ガイド7が、上記二重の三角パッキン4のうち内奥側の三角パッキンに接触せず(図1)、又は、該三角パッキン4の一部に挿入ガイド7の一部が接触した状態で(図2)、嵌め込まれている。挿入ガイド7は、二重に嵌着された各三角パッキン4、4のうちの、内奥側の三角パッキンの軸方向外方部位に位置している。

4.原告・被告の主張

(1)抵触性

① 構成要件Aの充足性

(被告の主張)

本件特許発明の「テーパ」は「円錐状に直径が次第に減少している状態。また、その勾配」と定義されるから、円錐状すなわち直線ではない曲線(アール)は「テーパ」に含まれない。被告製品の挿入ガイドは、先端がアール状に屈曲している点で「テーパ」ではないから、「テーパ付リング」に該当しない。

(原告の主張)

被告製品のステンレス製挿入ガイドは先端がアール状に屈曲することにより前拡がりのテーパ面を形成しており、構成要件Aのテーパ付リングに相当する。

② 構成要件Bの充足性

(被告の主張)

被告製品では、外筒体は継手本体に所定圧力で螺合されるとともに、外れないように接着剤で固着されていて、外筒体も管自体も継手本体から取り外すことはできない。

(原告の主張)

「別」とは「わけること」との意味であり、内筒体が継手本体と「一体に形成される」、すなわち、わけずに形成されることとの対照において、外筒体が継手本体とは別体、すなわち、継手本体とわけて形成された部材であればよく、当該外筒体が接着剤で継手本体に固着されていようがいまいが、被告製品の外筒体が、継手本体と別体に形成され、継手本体と結合されていることに変わりはなく、本件明細書に記載された課題解決(【0004】)が可能で、本件明細書に記載された効果(【0029】)を奏する。したがって、外筒体を継手本体から取り外し可能とすることは要せず、被告製品は、構成要件Bを充足する。

③ 構成要件Eの充足性

(被告の主張)

被告製品は二つの三角パッキンを有するが、挿入ガイド、特に先端のアール部は、軸方向外方の三角パッキンよりも内方に位置しており、構成要件Eを充足しない。

(原告の主張)

被告製品においては、軸方向内方側の三角パッキンが「弾性シールリング」に相当する。弾性シールリングが複数存在する場合、テーパ付リングが、どれか一つの弾性シールリングより軸方向外方部位にあれば足りる。被告製品の挿入ガイド(テーパ付リングに相当)は、内筒体の外周の三角パッキン(弾性シールリングに相当)より軸方向外方部位と、抜け止めリングより軸方向内方部位との間にあり、被告製品は構成要件Eを充足する。

(2)有効性(乙23公報を主引例とする進歩性欠如のみ抜粋)

有効性については裁判所の判断で後述します

 

5.裁判所の判断

(1)抵触性

抵触性の判断はせずに有効性の判断のみ行っています。

(2)有効性(以下は判決の内容をわかりやすくするために一部変更しています)

本件特許発明は、当業者が乙23発明、乙4発明及び乙24発明に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであると判断する。

(理由)

① 本件特許発明と乙23発明との相違点

乙23公報には次の発明(乙23発明)が記載されていると認められる。

「ソケット10に、O-リング18、保持リング15を備えており、前記ソケット10は軸心方向一端部に、内側に位置するスリーブ11と、外側に位置するキャップ17とを有し、スリーブ11はソケット10と一体に形成され、キャップ17は、ソケット10とは別体に形成されて、スリーブ11の外周との間に間隙を形成するようソケット10に固定されており、前記スリーブ11の外周にはO-リング18用の周溝12を形成し、この周溝12に、前記パイプ差込み間隙内に挿入されるパイプ30の外径よりも小さく、内径よりも大きい外径をもつ前記O-リング18が嵌め込まれており、前記保持リング15は、前記キャップ17の内部に配備され、内径部に前記パイプ30の外周面に食い込む拡縮径変形自在な爪部14を設けており、前記スリーブ11の外周の前記O-リング18にはシリコンコーティングや潤滑剤が施され、二つのO-リング18いずれも前記キャップ17の内周の前記保持リング15より深部側に形成されているパイプ継手。」


乙23発明における「ソケット10」は、その構成、機能及び技術的意義からみて、本件特許発明の「継手本体(1)」に相当し、同様に、「O-リング18」は「弾性シールリング(2)」に、「保持リング15」は「抜止めリング(3)」に、「スリーブ11」は「内筒体(5)」に、「キャップ17」は「外筒体(6)」に、「間隙」は「管差込み間隙(15)」に、「O-リング18用の周溝12」は「シールリング

溝(16)」に、「パイプ30」は「管(P)」に、「爪部14」は「食込み歯(11)」に、「パイプ継手」は「差込み式管継手」に、それぞれ相当する。

そうすると、本件特許発明と乙23発明の相違点は、以下のとおりに認定される。

「相違点1」

本件特許発明は、「テーパ付リング(4)を備えており、」「前記テーパ付リング(4)は内径部に前方拡がり状のテーパを付けており、このテーパ付リング(4)が前記内筒体(5)の外周の前記弾性シールリング(2)より軸方向外方部位と、前記外筒体(6)の内周の前記抜止めリング(3)より軸方向内方部位との間に、前記管(P)の一端部で押されるまま前端部を前記管差込み間隙(15)の内奥へ向けて軸方向内方へ移動するように嵌め込まれている」のに対して、乙23発明は、そのようなテーパ付リングを備えていない点

「相違点2」

本件特許発明の「食込み歯(11)」は、「食込み歯逃がし用テーパ(12)と対向され」ているのに対して、乙23発明の「爪部14」はそのようなテーパと対向されていない点

② 相違点1に係る構成の容易性

乙4公報には、次の発明(乙4発明)が記載されていると認められる。

「テーパ付リング22は内周に外拡がり状のテーパ24を形成しており、このテーパ付リング22が内筒体5の外周の弾性シーリング2より軸方向外方部位に、管Pの一端部で押されるまま前端部を管差込み間隙12の内奥へ向けて軸方向内方へ移動するように嵌め込まれている差込み式管継手。」


技術分野の共通性、課題ないし技術的意義の共通性からすると、乙23発明に乙4発明を適用する動機付けは存在するというべきである。

(乙4発明のテーパ付リングの適用位置について)

乙4発明のテーパ付リングは、前記のとおり弾性シールリングより軸方向外方部位に設けられるものであるが、これを乙23発明に適用する場合には、嵌め込み位置は、①O-リング18より軸方向外方部位で保持リング15より軸方向内方部位か、②保持リング15より軸方向外方部位、のいずれかとなる。

ところで、管継手の内部に嵌め込まれる部材が管内部から脱落しないようにすることは、当然の技術的課題といえるところ、乙4公報では、テーパ付リングの抜け止め対策として、コレット4に切欠部を形成したもの(【0010】、【0021】、図1)と、脱落防止リング30を形成したもの(【0011】、【0029】、【0030】図13、図15)が記載されており、既存部材に脱落防止機能を兼用させることと、別途脱落防止リングを設けることの両者が示唆されている。そうすると、乙23発明に乙4発明のテーパ付リングを適用するに当たり、既存の部材に脱落防止機能を兼用させる観点から、①の位置に嵌め込むようにすることは、当業者が上記の記載に基づいて容易に想到することができたというべきである。

③ 相違点2に係る構成の容易性

乙24公報には次の発明(乙24発明)が記載されていると認められる。

「保持リング15は、キャップ18の内部に配備され、内径部にパイプ40の外周面に食い込む拡縮径変形自在な爪部13を設けており、爪13はソケットのテーパと対向しているパイプ継手。」


乙23発明と乙24発明は、いずれも、パイプを挿入した際に、保持リングの爪がパイプの外表面に食い込んで固定される管継手(パイプ継手)であるところ、このような保持リングにおける拡縮変形自在な爪は、パイプの挿入時に、爪の先端部がパイプの挿入につれて軸方向内方に動くこととなるから、爪の軸方向内方に、その先端部を逃がすための空間が必要になることは自明である。そして、そのための空間をどのような形状のものとするかに特段の技術的意義は認められないから、当業者が適宜選択し得る設計的事項であるといえ、乙24発明では、この空間の形状がテーパによって形成されている例が示されていると認められる。

そうすると、乙23発明のソケット10に必要に応じてテーパを設け、相違点2の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得ることである。

以上によれば、本件特許発明は、当業者が乙23発明、乙4発明及び乙24発明に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものである。

 

5.感想

(1)この判決文中で裁判官は抵触性については一切触れていません。仮に原告が知財高裁に控訴して特許が有効であると判断された場合に初めて抵触性について判断されることになるが、それで本当に3審制が担保されているといえるのか?と思います。

(2)有効性の判断については疑問が残ります。乙23発明は①テーパ付きリングを備えていない、②食込み歯に相当する爪部を備えているが食込み歯逃がし用テーパと対向する構成ではない、といった点が本件特許発明との相違点です。つまり①については乙4発明の構成を乙23発明に追加することになり、②については乙24発明の構成と乙23発明の構成を置換することになります。主引例に複数の副引例を適用する場合に、一つは追加、一つは置換するというのはあまりにも後知恵っぽいです。

(3)もっとも発明についてもよくわからない点があります。本来の発明の目的であるコレットレスについてイマイチわかりません。普通に考えればコレットレスを達成するためにはコレットの機能を代替する手段が存在するはずであるがそれが読み取れません。判決文の中の原告の主張を読んでもコレットレスについては全く触れておらず、無効資料はいずれもコレットが存在するように思われるのでこの点が主張できないのはもったいない気がします。