糖度計事件

投稿日: 2019/10/09 21:42:41

今日は、平成29年(ワ)第31544号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。判決文によると、原告である株式会社アタゴは、度量衡器、計量器及び部品の製造並びに販売等を目的とする株式会社だそうです。一方、被告であるアズワン株式会社は、度量衡器、計量器の製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、光源から試料とプリズムとの境界面に入射した光の反射光を複数の受光素子で検出する光電センサを有し、各受光素子の位置、これら受光素子の受光量及び受光素子の数から重心位置(Pc’)を求める式(1)と、この重心位置(Pc’)と屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された定数(C)とからなる式(2)から臨界角点(Pc)を算定し、試料の屈折率を求める演算手段を備える屈折計に関するものです。

(2)侵害論では抵触性と有効性が争われました。抵触性は構成要件Eの充足性、つまり被告製品が本件発明の式(1)及び式(2)により臨界角点(Pc)を算定しているか否か、が争点となりました。

(3)被告は非抵触の根拠として以下の点を主張しました。

① 本件発明の式(1)と被告製品の式(A)が形式的に異なっている。

② 被告製品におけるZnは13回算出され、更にPkを5回算出して臨界角点Pcを算出しているのに対し、本件発明は、重心位置Pc’を1回算出し、これに定数Cを加えてPcを算出しているのであるから、技術的思想が異なる。

③ PC0はΔPcを算出するための基準数値にすぎないから定数Cに対応する概念ではなく、ΔPcも本件発明の式(2)のPcに対応する概念ではなく、フェーズが異なる。

④ 本件発明の式(2)におけるP’は特定の装置における測定値ベースの臨界角点、定数Cは当該装置毎の個体差を較正する値であり、試料のBrix値を計算するための値となるΔPcを算出するための基準数値であるPC0とは異なる。

しかし、判決ではいずれの主張も退けられました。

(4)式が形式的に異なるので非抵触という主張を認めてしまうと、侵害し放題になってしまうので、これは厳しいと思います。また、式(1)を式(A)と同一になるように変形する過程で数学的に誤り等なく、どちらも重心位置を求める式と等価であると技術的思想が異なるとも言いにくいと思います。

(5)特定の数式に基づいて数値を算出する発明に基づく特許権侵害が認められるケースは珍しいと思います。というのは、結局はプログラムの話になり、外形だけでは被告製品の特定が困難だからです。本件の被告製品のアルゴリズムは取扱説明書レベルには記載されていないと思います。被告製品は韓国で製造され、被告が当該製品を商社の立場で輸入・販売しているようなので、なおさら原告がどのようにして知りえたのかが気になります。

2.手続の時系列の整理(特許第4889772号のファミリ)

3.本件発明

A 試料(S)との界面をなす境界面(18)を有するプリズム(16)と、

B 前記プリズムの境界面(18)に光を入射させる光源(24)と、

C 前記プリズム境界面(18)で反射された光を検出する、複数の受光素子を有する光電センサ(28)と、

D 前記光電センサ(28)の各受光素子の受光量から得られる光量分布曲線に基づいて、臨界角(φc)に対応する光電センサ上の位置である臨界角点(Pc)を算定し、臨界角点(Pc)に基づいて試料(S)の屈折率(n)を求める演算手段と、を備え、

E 前記臨界角点(Pc)が、

式(1)

及び

式(2) Pc=Pc’+C

により算定され、

式(1)において、Xiは各受光素子の位置を表し、IiはXiにある受光素子における受光量(V)を表し、mは計算に用いる受光素子の数であり、

式(2)において、Cは屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された定数である

F 屈折計。

4.被告の行為と被告製品の構成等

(1)被告は、業として、被告製品を韓国の製造業者から輸入し、日本国内において販売している。

(2)被告製品は、別紙被告製品説明書に記載のとおりのものであって(乙1、9)、少なくとも次の構成を有する。

a 試料との界面をなす境界面を有するプリズムがある。

b プリズムの境界面に光を入射させるLED光源がある。

c プリズム境界面で反射された光を検出する光電センサがある。当該光電センサは複数の受光素子を有している。

d 試料の屈折率を求める演算手段を備えている。試料の屈折率は臨界角点Pc(臨界角に対応する光電センサ上の位置)に基づいて算定されている。臨界角点Pcは、光電センサの受光素子の受光量から得られる光量分布曲線に基づいて算定されている。

f 屈折計である。

(3)被告製品の構成a~d及びfは、本件発明の構成要件A~D及びFを充足する。


5.争点

(1)被告製品が構成要件Eを充足するか(争点1)

(2)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)

ア 乙2発明に基づく進歩性欠如(争点2-1)

イ 特許法36条6項1号違反(以下「サポート要件違反」という。争点2-2)

ウ 分割要件違反に伴う新規性欠如(争点2-3)

(3)原告の損害額(争点3)

6.当事者の主張(数式は貼り付けられなかったので判決文を参考にしてください)

1 争点1(被告製品が構成要件Eを充足するか)

(原告の主張)

被告製品は、式(1)及び式(2)のいずれも充足するから、構成要件Eを充足する。

(1)本件発明の意義

本件発明は、全反射が起こる臨界角点の正確な検出が難しいことに鑑み、これを直接検出するという従来の屈折計の検出手法の代わりに、より正確な値を検出し得る光量分布曲線の一次微分曲線(一次差分曲線)の重心位置Pc’を算出し(式(1))、算出した位置に、屈折率が既知である資料を用いた実験により予め決定された定数Cを加算する(式(2))ことで、臨界角点(Pc)を算定することができることを見出したものであり(下図参照)、これにより、臨界角点をより正確に求め、屈折率を精度良く測定することができるようにしたものである。

(2)被告製品が式(1)を充足すること

式(1)と被告製品の構成eの式(A)は、いずれも同一の解を算出するものであり、重心を求めるという点でその技術的意義を同じくするとともに、本件発明と完全に同等の作用効果を有するものである

ア 式(1)の変形

本件発明の式(1)は、以下のとおりである。

(ア)分母の変形

式(1)の分母は、「Ii+1-Ii」に、1からmまでの数値を代入して、その和を求めよという意味を表しており、以下の計算と同じである。

=(I2-I1)+(I3-I2)+(I4-I3)+・・・

+(Im-Im-1)+(Im+1-Im)

この式では、I2からImまではプラスとマイナスのペアが1組ずつ登場するため互いに打ち消し合ってゼロになり、残るのは最初と最後の項のみとなるから、上記計算の解は「Im+1-I1」であり、式(1)の分母は、上記のように変形できる。

(イ)分子の変形

同様に、式(1)の分子は、以下の計算と同じである。

=(I2-I1)X1+(I3-I2)X2+・・・+(Im+1-Im)Xm

=(I2X1+I3X2+・・・+Im+1Xm)-(I1X1+I2X2+・・・

+ImXm)

この式は、以下のとおり変形できる。

Xiは添え字iで指定される各受光素子の位置(アドレス)であり、iが1増えればXiも1増えるから、Xi=Xi+1-1が成り立ち、この式は、以下のように変形することができる。

そして、

I2(X2-1)+I3(X3-1)+・・・+Im+1(Xm+1-1)

=(I2X2+I3X3・・・+Im+1Xm+1)-(I2+I3+・・・+Im+1)

が成立するから、上記式は、以下のように変形することができる。

ここで、上記式の左右両端のΣの差は、(I2X2+I3X3+・・・+Im+1Xm+1)-(I1X1+I2X2+・・・+ImXm)であるから、I2X2からImXmまではプラスとマイナスのペアが1組ずつ登場するため互いに打ち消し合ってゼロになり、残るのは最初と最後の項のみとなる。

=-I1X1+Im+1Xm+1

以上から、式(1)の分子は、以下のとおり変形することができる。

イ 被告製品に係る式(A)の変形

式(A)(別紙被告製品説明書の記載参照)は、以下のとおりである。

(ア)式(A)から式(1)’への変形

式(A)において、「c+n」を「m」に、「c-n」を「1」にそれぞれ置換すると、以下の式(1)’となる。

(イ)分子の変形

式(1)’の分子の左側を展開すると、以下のとおりとなる。

Xmは、添え字mで指定される各受光素子の位置(アドレス)であり、mが1増えればXmも1増えるから、Xm=X1+m-1が成り立つので、上記式は、以下のように変形することができる。

このうち、中央の式(I1(X1+m-1))を展開すると、以下のとおりとなる。

 

上記式のΣは(I2-I1)+(I3-I1)+・・・+(Im-I1)であり、(I2+I3+・・・+Im)-I1(m-1)であるから、上記式は以下のように変形することができる。

プラスとマイナスのI1(m-1)が登場するので整理すると、上記式は、以下のとおり変形することができる。

 

ウ 式(1)と式(1)’ないし式(A)の比較

変形後の両式を並べると、以下のとおりとなる。

式(1) 式(1)’

両式の違いは、式(1)の方が式(1)’よりもmが1つ多い(式(1)’の方が式(1)よりもmが1つ少ない)ことであるが、mは、計算に用いる受光素子の数であって、何個のデータを用いて計算をするかということであるから、任意の自然数を採り得る。すなわち、式(1)’の「m-1」を「m」に置き換え、あるいは式(1)の「m」を「m-1」に置き換えても差し支えがないから、両式は、全く同一の計算式であるということができる。

そして、式(1)’は、式(A)における「c+n」を「m」に、「cn」を「1」にそれぞれ置換したものであるから、式(1)と式(A)も、全く同一の計算式である。

エ 式(1)と式(A)の技術的意義が同一であること

(ア)式(1)が重心を求めていること

n個の部分の重心の位置は以下の式で求められる。

これを、Σを用いて表すと次のとおりとなる。

式(1)は、以下のとおりであるから、上記の式と対比すれば、これが重心を求めていることが明らかである。

そして、式(1)が求めているのは、本件明細書等の段落【0037】に記載されているとおり、光電センサの各受光素子の受光量から得られる光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心である。

光量分布曲線は、光電センサの各受光素子の受光量から得られるが(構成要件D)、これは、横軸にXi(受光素子の位置)、縦軸にIi(受光量)をとって、二次平面上に表される曲線である。式(1)の「Ii+1-Ii」とは、i番目の位置に対応する受光量とi+1番目の位置に対応する受光量との差分であるから、式(1)で求めているのは光量分布曲線の一次差分曲線の重心であり、これを視覚的に表現すると下図のようになる。

波のように表された下側の曲線が光量分布曲線であり、上側に小さく表されている曲線がその一次差分曲線である。

(イ)式(A)も重心を求めていること

式(A)は、前記ウのとおり、式(1)’と同一の計算式であり、式(A)の右辺の「c+n」を「m」に、「c-n」を「1」に置き換えれば式(1)’の右辺と同一になるから、式(A)も式(1)’と同様に、光量分布曲線の一次差分曲線の重心を求める計算式である。このことは、乙1の2の「1-3.測定モード(臨界角点計算)」と題するページ(6頁)に、式(A)の説明として、「各セル値の差と面積計算」と記載されていること、同頁に記載されたこの点に係る参考資料「Note_Photos/20171023_040818.jpg」には、光量分布曲線が描かれて、16番目の受光素子の位置から20番目の受光素子の位置に各対応する受光量につき、それぞれの差分を求めていることからも読み取ることができる。

オ 被告の主張について

(ア)被告は、被告製品が本件発明より複雑な計算手段によってPcを算出していると主張するが、かかる手段によりいかなる点で優れた効果が得られるのかについて何の説明もないから、「より複雑な計算手段」には技術的意義がないものと理解せざるを得ない。

(イ)被告製品に仮に式(B)が存在するとしても、本件発明に別の手法を付け加えたものであり、被告製品の認定において考慮すべき必要性を欠く付加的構成にすぎない。また、試行を繰り返し行って平均値を算出する手法は一般的なものであり、かかる手法を採用することで、被告製品に何らかの技術的意義が付加されるものではない。被告が式(B)の技術的意義を明らかにしない以上、式(B)には技術的意義がないものと理解せざるを得ない。

(3)被告製品が式(2)を充足すること

式(2)は、以下のとおりである。

Pc=Pc’+C

ア 定数Cの意義

現実に光量の測定を行った場合、様々なノイズの影響により光量分布曲線も理想的なものとはならず、どの位置が臨界角点(Pc)であるのか判然としない曲線が検出されるため、これを直接検出するのは極めて困難である。原告は、試行錯誤の末、安定的に算出できるのは重心位置(Pc’)であることを見出したので、これを算出した上で定数Cを加えることで臨界角点(Pc)を得るという発想に至った。屈折率が既知の試料(例えば水)の臨界角点(Pc)は、理論式から求めることができるため、これを測定して得られた重心位置(Pc’)との差分を定数Cとして装置に記憶させることにより、重心位置(Pc’)と臨界角点(Pc)との差を埋めることが可能となる。

定数Cは、製造される個々の屈折計ごとの個体差に由来する測定結果の誤差を解消する意義を有するが、単なる計測機器の使用に伴う較正ではなく、式(1)を用いた場合に、臨界角点(Pc)をより正確に求め、屈折率を精度よく測定するために不可欠な数値としての意義を有しており、理論上の臨界角点(Pc)と光量分布曲線の一次微分曲線(一次差分曲線)の重心位置(Pc’)との差を埋める数値である。すなわち、定数Cは、理論上の臨界角点と測定上の臨界角点という同じ測定目標についての誤差を補正する数値ではなく、理論上の臨界角点と光量分布曲線の一次微分曲線(一次差分曲線)の重心位置という概念的に区別し得る測定対象についての差を埋める数値である。

イ 被告製品が式(2)を用いていること

(ア)被告製品の社内調整モード(テストモード)のプログラムの流れを示すと、①水を測定し、Bary T20(アドレス値)を算出する、②CPUがE2ROM(メモリ)に信号を送り、①の値を電気的に書き込む(プログラム上、「CAL OffSet」と表記される)、③試料を測定して得られたBary T20から、②のCAL OffSet値(定数C’)を差し引くというものである(甲7)。

被告製品は、アドレス値をBrix値(水溶液中のショ糖の含有量を示す数値)に換算した上で屈折率を算出するプログラムを採っているところ(甲7)、Brix値は水であれば0%となるから、水に対するBrix表示値が0となるような調整値(定数C’)を設定している。すなわち、水(Brix値0%)を計測した場合にBrix表示値が「0」となるような原点位置(零点)を採用することになる。そのため、CAL OffSet値(甲7・10頁では18.54758)は、「水の理論アドレス値(水の臨界角点)」(同18.50000)と、「水の臨界角点と重心位置の各アドレス値の差分」(同0.04758)の合計値を採ることになる。そして、Brix値と屈折率とは一義的な関係にあるから(甲8)、水に対するBrix表示値が0となるような調整値(定数C’)によって調整されたアドレス値(Xc=Xc’+C’)は、「臨界角に対応する光電センサ上の位置である臨界角点」であるといえる。

また、定数C’は、水を試験的に測定することにより決定されているため、「屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された定数」に当たる。

(イ)被告製品は、(ア)を実現するため、以下の式を用いている(以下、この式を「式(C)」という。)。

ΔPc=PCT20-PC0

ΔPc、PCT20、PC0はいずれもアドレス値であるが、PCT20は式(A)及び式(B)を用いて算出された20℃環境下における試料の測定値(重心位置)であり、PC0は、20℃環境下における純水の測定値(重心位置)であって、前記CAL OffSet値(甲7・10頁では18.54758)がこれに当たるから、ΔPcは、PC0を原点としたときの試料の臨界光が入射する光電センサ上の位置(アドレス値)、すなわち「臨界角に対応する光電センサ上の位置である臨界角点」に当たる。

甲7号証によれば、被告製品における水の理論アドレス値(水の臨界角点)は、水基準位置書き込み前の初期値「18.50000」であるところ、水基準位置書き込み後の値(重心位置)であるPC0が「18.54758」を示したということは、当該糖度計が、その差分である「0.04758」だけ設計値よりずれていたことを意味するから、PC0(より正確には、「水の臨界角点と重心位置の各アドレス値の差分」(同0.04758))は、「屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された定数」に当たる。

被告製品において、式(C)の計算を行う理由は、被告製品ではアドレス値をBrix値に換算した上で屈折率を算出するプログラムを採っているところ、純水のBrix値は0%であるため、純水に対するBrix表示値が0となるように調整を加える必要があるからであり、そのためには、試料の測定アドレス値であるPCT20から、純水の測定アドレス値であるPC0を差し引けばよく、被告製品において式(C)の計算を行うことは、アドレス値(x軸)とBrix値(y軸)とを関係づける直線がx軸をよぎる点(アドレス値(純水の臨界角点))を基準(原点位置)として、元のアドレス値(x軸上の値)を読み替える工程であり、かかる調整を加えることによって、個体差に由来する測定結果の誤差が修正され、正しい値が表示されるようになる。これを図示すれば、以下のとおりとなる。

上図の上側のメモリは、光量分布曲線におけるアドレス値を表しており、この目盛りでは、CCDの端が基準点(零点)である。他方、下側の目盛りはBrixとの線形相関線におけるアドレス値を表しており、PC0が基準点(零点)である。PC0を基準点とするのは、PC0のBrix値が0%となるようにするためである。ΔPが指し示している位置は、PCT20が指し示している位置と全く同じ位置、すなわち臨界角点である。この目盛りの読み替えは、正に較正であって、このことは、被告が式(C)を計算することを「ゼロ調整」(Zero Calculation)と呼んでいること、乙1の2の「1-4.測定モード(Brixと屈折率計算)」と題するページ(7頁)に記載の参考資料「Note_Photos/20171023_040551.jpg」(乙9)に「較正」を意味する「Calibration」との記載があることからも明らかである。

ウ 式(C)が式(2)を充足すること

本件発明は、式(1)を用いて試料の重心位置を求め、当該重心位置に、式(2)を用いて臨界角点を求めている。

一方、被告製品も、式(A)を用いて算出された試料の重心位置に、式(C)を用いて臨界角点を求めているのであり、C0は定数Cに対応する数値である。被告製品では、水(Brix値0%)を計測した場合にBrix表示値が「0」となるような原点位置(零点)を採用しているため、差分そのものではなく、水の理論アドレス値(水の臨界角点)をも加えたPC0(CAL OffSet値)を差し引くことで、原点位置(零点)が合うことになるが、この方法でも差分を調整することで臨界角点を求めていることに変わりはない。

したがって、式(C)は、式(2)を充足する。

エ 被告の主張について

(ア)被告は、式(C)が糖度計算を行うために用いる式であり、臨界角点の算出とは無関係な式と解するようであるが、被告製品における臨界角点の算出は、式(A)及び式(B)を用いた計算工程だけでは重心位置しか算出されないために完結せず、式(C)を用いて初めて臨界角点が算出される。

(イ)被告は、ΔPcと臨界角点はフェーズの異なる概念であると主張するが、被告製品は、式(C)を用いて純水のBrix表示値が0%になるように調整すること、すなわち、PC0を基準点とする目盛りの読み直しをすることで、個々の装置が正しい値を示すように調整しているのであるから、ΔPcの示す位置は、「臨界角に対応する光電センサ上の位置」である臨界角点にほかならない。

(被告の主張)

式(1)と式(A)は異なる式であり、その技術的意義も異なる上、被告製品は式(2)を用いていないので、被告製品は、構成要件Eを充足しない

(1)被告製品の臨界角点の算定方法

被告製品は、①Zn値の算出、②Pk値の算出、③Pc(臨界角点)の算出、④糖度の算出(温度補正、ΔPcの算出、Brix値の演算)という方法を採用している。

ア 被告製品の構成

被告製品の臨界角点の算出に係る構成を、構成要件Eに従った形式で表すと、以下の構成eのとおりとなる。

構成e 下記式(A)により13のZn(nは1~13の変数)を計算する第1工程と、

前記Z1~Z13から下記式(B)によりPk(kは1~5の変数)を計算する第2工程とを有し、

上記第1工程と第2工程とを繰り返し行いP1~P5の数値を計算し、当該P1~P5の平均値を算出して、臨界角点Pcを算出する。

イ Zn値の算出

被告製品は、まず、式(A)を用いてZnを計算するが、このZnは、受光素子のアドレスを変化させながら計算される計算値であり、nを1~13に変化させながら13通りの計算をしている。Xcは光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子の位置(アドレス)、Icは当該Xcのアドレス位置における受光素子の受光量、nは変数である。

ウ Pk値の算出

Z1~Z13を算出した後、次の式(B)に基づいて、Pk値を算出する。

ここで、kは試行数であり、被告製品においては1~5の数値をとるので、P1~P5の値が算出される。

式(B)は、Znを単純平均するものでなく、ZnにZnとXc(光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子の位置)との差を加算した上で、その平均を算出している(下図参照)。

エ Pc(臨界角点)の算出

P1~P5の平均値を算出してPcを算出する。

オ 糖度の算出

(ア)温度補正

臨界角点Pcの値は温度によって変化するが、Pc値と当該値測定時の温度から、20℃の環境下にある場合に臨界角点PCT20を演算できる。被告製品においても、臨界角点Pcから臨界角点PCT20を演算して算出する。

(イ)ΔPcの算出(ゼロ調整)

被告製品では、基準点として、あらかじめ測定した20℃の環境下における純水の臨界角点PC0を用いて、以下の式(2)より、PCT20と基準点との変位を計算する。

ΔPc=PCT20-PC0

(ウ)Brix値の演算

ΔPcとBrix値とは線形の相関性を有しており、被告製品においては、同相関性に関するデータが記憶されていることから、これを参酌し、ΔPc値から当該試料のBrix値を算出する。そして、当該Brix値が較正された上で表示される。

(2)式(1)について

式(1)と式(A)は、形式的に異なるのみならず、式(1)と式(A)及び式(B)とでは技術的意義も異なっている。

ア 式(1)と式(A)が形式的に異なる式であること

式(1)は、以下のとおりである。

一方、式(A)は、以下のとおりである。

原告は、本件特許権を取得するに当たり、自ら請求項を設定し、式(1)にてその技術的範囲を確定したものであるが、式(1)と式(A)を対比すれば明らかなとおり、両者は形式的に異なっているから、被告製品は、構成要件Eの文言を充足しない

式(1)を変形した式が全て本件発明の技術的範囲に含まれるとすると、本件発明の技術的範囲が無限に拡張し妥当でない。

イ 式(1)と式(A)及び式(B)の技術的意義が異なること

(ア)本件発明は、重心位置を算出するための式(1)を用いて臨界角点を求め、これに式(2)を適用して較正を行っている。式(1)は、あらかじめ定められた所定数mの範囲で重心位置Pc’を算出するが、飽くまでも所定のmにおいてPc’を1度算出しているにすぎず、これに定数Cを加えて(式(2))臨界角点を算定している。

これに対し、被告製品におけるZnは、繰り返し算出される複数の計算上の数値であり、繰り返し計算されるZnの計算上の数値の一つから、直ちに重心位置に相当するPc’値を算出していない。また、式(B)は、式(A)により算出されたZnにZnとXc(光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子の位置)との差を加算した上で、その平均を算出するものであり、この点でも、式(1)とは異なる。

被告製品は、式(A)によりZ1~Z13を算出し、さらに、式(B)によりPkを5回算出し、P1~P5の平均値として臨界角点Pcを算出し、重心位置とは異なる位置を臨界角点としているのであって、式(1)により重心位置Pc’を算出し、そこに定数Cを加えて臨界角点Pcを算出するものではない。被告製品においては、上記のような計算を繰り返すことで、ノイズを可及的に排除し、より正確な臨界角点を算出しているものである。

このように、本件発明と被告製品の技術的意義はそれぞれ異なるから、式(A)と式(1)を、数学的変形等により同一式に変形し得るとしても、被告製品は、本件発明の構成要件Eを充足しない。

(イ)原告は、式(B)が単なる付加的構成にすぎないと主張するが、式(B)は、Znの平均値を算出する式ではなく、P1~P5の平均値として算出される臨界角点PcもZnの平均値ではないから、同式は単なる付加的構成ではない。

式(B)は、複数の試行とデータ解析に基づき、経験的に算出された式である。被告製品の開発者は、糖度計の設計において、まず、式(A)により算出されるZnに基づいて臨界角点を算出したところ、Brix値とZnとをプロットした際に線形性に問題があるため、誤差が多く発生することが判明した。そこで、Znの値をそのまま用いるのではなく、これを補完する数値及びこれを導く数式を検討し、計算誤差の修正、改善するべく、試行を繰り返し、種々の修正式での数値解析を行い、データ分析を行う中で、式(B)を用いてZnからPkを算出し、この数値に基づき臨界角点を算出した方が、誤差が小さくなることを見出したものである。

被告製品と構造が同一で品番のみが異なる製品(商品名「SCM-1000」)を使用して検証した結果が図1であるが、Zn(青線)のデータは、Pk(赤線)のデータと比較して線形性に乏しく、Brix値との関係で非線形的な要素が多く混入していることが確認できる。すなわち、ZnからBrix値を算出すると誤差が大きいのに対し、Pkにおいては、Brix値との関係でより線形性が維持され、誤差が小さくなっていることが分かる。

このように、Znから臨界角点を算出するのに比べ、データ解析を経て作出した式(B)から得られるPkによる方が、誤差が小さくなり、臨界角点を、より正確に算出することが可能となるのである。

(3)式(2)について

ア 式(2)の意義

本件明細書の段落【0038】や原告の主張に鑑みると、本件発明におけるPc’は、特定の装置において測定により得られた測定値ベースの臨界角点(複数のデータの加重平均等から特定したもの)であり、定数Cは、当該装置毎の個体差を較正する値であり、Pcは、定数Cにより測定値ベースのPc’を較正した当該装置における設計上の臨界角点の値である。

イ 被告製品が式(2)により臨界角点Pcを算出するものではないこと

(ア)仮に、Znを算出するための式(A)が本件発明の式(1)と同等であり、ZnがPc’と同意義であるとしても、被告製品においては、臨界角点Pcを計算するに際し、定数Cのような特定の値を加えて個々の装置毎の個体差を補正しておらず、式(B)によりP1~P5を計算した上で、その平均値を計算して臨界角点Pcを算出するのであるから、被告製品は、構成要件Eを充足しない。

(イ)被告製品におけるPCT20は、測定された試料の臨界角点Pcから20℃の環境下の値を演算した数値であり、原告主張のBary T20に相当する。また、PC0は、20℃環境下における純水の臨界角点であって、ΔPcを算出するに際してPCT20から差し引く数値であって、原告主張のCALOffSet値に相当する。

しかし、本件発明における式(2)の定数Cは、個々の装置の個体差を補正するための数値であり、測定上の臨界角点と、個々の装置の設計上の臨界角点との差であるのに対し、被告製品におけるPC0は、ΔPcを算出するための基準数値にすぎず、測定した資料のΔPcから当該試料のBrix値を計算している。

このように、PC0は、個々の装置の設計上の臨界角点の較正を行うための数値ではなく、試料のBrix値を計算するための値となるΔPcを算出するための基準数値にすぎないから、本件発明の定数Cに対応する概念ではなく、ΔPcも、20℃環境下における試料の臨界角点と純水の臨界角点との差であるから、本件発明の式(2)のPc(試料の設計上の臨界角点)に対応する概念ではない。

2 争点2-1(乙2発明に基づく進歩性欠如)について

-省略-

3 争点2-2(サポート要件違反)について

-省略-

4 争点2-3(分割要件違反に基づく新規性欠如)について

-省略-

7.裁判所の判断(数式は貼り付けられなかったので判決文を参考にしてください)

1 本件発明の意義

(1)特許請求の範囲の記載

-省略-

(2)本件明細書等の記載

-省略-

(3)本件発明の内容

以上によると、本件発明は、①プリズムと試料との境界面に光を照射し、境界面で反射した光を光電センサにより検出し、光電センサの出力信号より試料の屈折率(糖度、濃度)を測定する屈折計に関するものであり、②臨界角点Pcを式(1)及び式(2)により算出すること、すなわち、式(1)により光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置Pc’を求め、これに屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された値である定数Cを加算して臨界角点Pcを算出することにより、③臨界角点Pcをより正確に求めることができ、屈折率を精度良く測定することを可能にする発明であると認められる。

2 争点1(被告製品が構成要件Eを充足するか)について

当裁判所は、被告製品が構成要件Eを充足すると判断するが、その理由は、以下のとおりである。

(1)式(1)及び式(2)の技術的意義について

本件特許請求の範囲の請求項1の記載によれば、(ⅰ)式(1)及び式(2)は、それに基づき試料(S)の屈折率(n)を求めるための臨界角点(Pc)を算定するための式であり、両式を共に用いることにより臨界角点(Pc)が算出されること、(ⅱ)式(1)の分子は、1からmまでの受光素子につき、当該受光素子とその1つ隣の受光素子の受光量の差(Ii+1-Ii)に当該受光素子の位置(Xi)を乗じたものを加算したものであり、分母は、1からmまでの受光素子につき、当該受光素子とその1つ隣の受光素子の受光量の差を加算したものであること、(ⅲ)式(2)におけるCは屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された定数であることが認められる。

そして、本件明細書等の記載を参酌するに、その段落【0037】~【0041】によれば、(ⅳ)式(1)は、光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置Pc’を求める式であること、(ⅴ)光量分布曲線が外光を含まない場合には、式(1)により重心位置Pc’を安定的に算出し得ること、(ⅵ)式(2)によって、式(1)で求められた重心位置Pc’に定数Cを加算することで、臨界角点Pcを、より正確に求めることができるという技術的意義を有するものであることが認められる。

(2)被告製品について

ア 式(A)について

別紙被告製品説明書の記載によれば、被告製品は、受光素子によって受光量を計測し(S3)、受光量を平均補正した(S4)後に、外部光の影響を除去する(S5)などの処理を経て光量分布曲線を確定してから、その傾きが最大となる受光素子(Xc)を特定した上で、下記の式(A)によりZnを演算する。ここで、Iiは、i番目の受光素子のS5による補正後の受光量であり、Icは、光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子(Xc)の受光量であり、nは1~13である。

例えば、n=1とすると、式(A)は以下のようになる。

この分子の左側の式{(Ic+1−Ic−1)×Xc+1}は、光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子Xcの1つ前と1つ後の受光素子の受光量の差にXcの1つ後の受光素子のアドレス値を乗じたものである。分子の右側の式

 は、(Ic-1+1-Ic-1)+(Ic-1+1+1-Ic-1)=(I-Ic-1)+(Ic+1-Ic-1)と変形でき、Xcの受光量IcとXcの1つ前の受光素子の受光量Ic-1との差と、Xcの1つ後の受光素子の受光量Ic+1とXcの1つ前の受光素子の受光量Ic-1との差を合計したものである。また、この分母の式は、Xcの1つ後の受光素子の受光量Ic+1とXcの1つ前の受光素子の受光量Ic-1との差である。

また、n=2とすると、式(A)は以下のようになる。

この分子の左側の式{(Ic+2−Ic−2)×Xc+2}は、光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子Xcの2つ前と2つ後の受光素子の受光量の差にXcの2つ後の受光素子のアドレス値を乗じたものである。分子の右側の式

は、(Ic-2+1-Ic-2)+(Ic-2+1+1-Ic-2)+(Ic-2+1+1+1-Ic-2)=(Ic-1-Ic-2)+(I-Ic-2)+(Ic+1-Ic-2)と変形でき、Xcの1つ前の受光素子の受光量Ic-1とXcの2つ前の受光素子の受光量Ic-2との差と、Xcの受光量IcとXcの2つ前の受光素子の受光量Ic-2との差と、Xcの1つ後の受光素子の受光量Ic+1とXcの2つ前の受光素子の受光量Ic-2との差を合計したものである。また、この分母の式は、Xcの2つ後の受光素子の受光量Ic+2とXcの2つ前の受光素子の受光量Ic-2との差である。

そして、被告製品の動作フローについての説明書である乙1の1の「1-3.測定モード(臨界角点計算)」(6枚目)には、式(A)に関し、「各セル値の差と面積計算」と記載され、同部分に関する参考資料(乙9)中の「Note_Photos/20171023_040818.jpg」には、n=2の場合の式(A)の意味を示唆する図等が記載されている。すなわち、そこには、

との数式が記載されているが、これは、式(A)のIをYに、c+nをnに、c-nを0にそれぞれ置き換えたものにほぼ等しく、異なるのは、そのように置き換えると分子の右側の式が

となるところがとなっている点のみである。そして、受光素子のアドレスを横軸に、受光量を縦軸にとった光量分布曲線において、傾きが最大となる受光素子(アドレス18)の2つ後の受光素子(アドレス20)と2つ前の受光素子(アドレス16)の受光量の差433(=1586-1153)にアドレス20を乗じる(分子の左側の式{(Ic+2−Ic−2)×Xc+2}の計算をする)と8660(=433×20)となることや、これが上記受光量の差(433)を縦軸に、アドレス値(20)を横軸にとった長方形の面積に当たることを示す図が記載されているほか、分子の意味(分子左側の式の値から同右側の式の値を控除する意味)が、上記長方形の面積から、①アドレス17の受光量(1257)とアドレス16の受光量(1153)の差(104)を縦軸に、そのアドレスの差1(=17-16)を横軸に取った長方形の面積、②アドレス18の受光量(1373)とアドレス16の受光量(1153)の差(220)を縦軸に、アドレス18とアドレス17の差1(=18-17)を横軸に取った長方形の面積、③アドレス19の受光量(1489)とアドレス16の受光量(1153)の差(556)を縦軸に、アドレス19とアドレス18の差1(=19-18)を横軸に取った長方形の面積、④アドレス20の受光量(1586)とアドレス16の受光量(1153)の差(433)を縦軸に、アドレス20とアドレス19の差1(=20-19)を横軸に取った長方形の面積を控除したものであることを示唆する図等が記載されている(なお、式(A)では、分子の右側の式に関する上記の差異により、①~③の長方形の面積のみを控除することになる。)。また、上記控除後の面積を、縦軸の値(アドレス20とアドレス16の受光量の差である433)で除しているのであるから、これは、上記控除後の面積の重心位置(横軸であるアドレス値)を求めているものと考えられる。

さらに、式(A)において、c+nをmに、c-nを1にそれぞれ置き換えると、以下のとおり、式(1)’と等しくなる。

一方、式(1)は以下のとおりである。

そして、式(1)と式(1)’は、それぞれ次のとおり変形することができる。

式(1) 式(1)’

 

両式の違いは、式(1)の方が式(1)’よりもmが1つ多いことであるが、mは、計算に用いる受光素子の数であるから、任意の自然数を設定することができる。それゆえ、式(1)’の「m-1」を「m」に置き換え得るものであるから、両式は、実質的に同一の計算式であるといえる

そして、式(1)’は、式(A)における「c+n」を「m」に、「cn」を「1」にそれぞれ置換したものであるから、式(1)と式(A)も、実質的に同一の計算式であるということができる

そうすると、式(A)は、式(1)と同様に、光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置を求める式であると認められる。

したがって、式(A)は、式(1)を充足する

イ 式(B)について

式(B)は、以下のとおりである。

式(B)は、式(A)により算出されたZnにZnとXc(光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子の位置)との差を加算した上で、その平均を算出するものであり、kの数値は試行回数を意味するところ、被告は、被告製品においては、このような試行を5回繰り返し、その平均値から臨界角点Pcを算出していることに加え、ZnにZnとXc(光量分布曲線の傾きが最大となる受光素子の位置)との差を加算しているので、被告製品は構成要件Eを充足しないと主張する。

しかし、前記判示のとおり、式(A)は、式(1)と同様に、光量分布曲線の一次微分曲線の重心位置を求める式であると認められるところ、式(B)において、試行を繰り返し行って平均値を算出することについては、構成要件充足性に影響を及ぼすものではない

また、式(B)の分子の(Zn+(Zn-Xc))につきみるに、証拠(乙13)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品と同一構造の同等品を用いて純水に砂糖を溶かし、約20℃に温度調整したものの被告による計測結果は、以下の表及び図1のとおりである。

上記グラフにおけるZn(青線)とPk(赤線)の線形性にほぼ差異はない上、ZnとXcの差(Zn-Xc)のZnの値に対する比率((Zn-Xc)/Zn)は、Brix値が0%のとき約4.98%、10%のとき約3.82%、20%のとき約2.75%、30%のとき約1.62%、40%のとき約1.46%、50%のとき約0.99%であって、ZnとXcの値の差は全体的にかなり小さく、Zn≒Xcと評価しるものであって、そうすると、式(B)は、重心であるZnの平均値を出しているにすぎないというべきである

また、式(B)の分子の式(Zn+(Zn-Xc))については、①Xc値>Zn値の場合、②Xc値=Zn値の場合、③Zn値>Xc値の場合があり得るが、②の場合にはPkの値は重心位置と一致する上、上記計測結果のような①の場合又は③の場合に、式(B)により算出されるPkの値(被告の主張によれば臨界角点)が理論上の臨界角点により近似することの合理的な説明はなされておらず、そのことを示す的確な証拠もない。そうすると、式(B)が臨界角点を求めるものとしての技術的意義を有すると認めることはできず、むしろ、前記のとおり、ZnとXcの値の差は全体的にかなり小さく、Zn≒Xcと評価し得るものであることを踏まえると、式(B)は重心であるZnの平均値を出しているものというべきであり、さらに、被告製品において式(B)に基づき複数の試行を行っていることも、同製品が構成要件Eを充足するとの結論を左右しない

ウ 式(c)について

本件発明における式(2)は、「Pc=Pc’+C」というものであるところ、本件明細書等の段落【0035】~【0038】、段落【0040】、【0041】によれば、定数Cは、重心位置Pc’に加算して臨界角点Pc(=Pc’+C)を求めるための定数であり、屈折率が既知である試料を用いた実験により予め決定された値であると認められる。そして、本件発明は、このように式(1)と式(2)を組み合わせることにより、臨界角点を直接求めるよりも、同点をより正確に求めることができるとの効果を奏するものであると認められる。

他方、被告製品の用いている式(C)は、「ΔPc=PCT20-PC0」というものであるところ、被告製品説明書、証拠(甲7、8、乙1、9)及び弁論の全趣旨によれば、PCT20は、式(A)により得られたZn値を式(B)により調整したPk値(前記判示のとおり、重心であるZnの平均値)を、20℃の環境下での値に換算した値であるから、この値は、上記手順により調整された光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置のアドレス値(甲7・10頁における「ゼロセット後 10%測定」欄の「Bary T20」の値(30.146))であり、PC0は、20℃の環境下で濃度0%の水を用いて計測した重心位置のアドレス値(同頁における「水基準書き込み後 水」欄の「CAL OffSet」の値(18.54758))であること、また、水の屈折率は既知であるところ、被告製品の理論上の臨界角点のアドレス値は18.50000であることが認められる。

そして、甲7によれば、被告製品は、①上記PCT20の値(上記「Bary T20」の値)を入力し、②「Bary T20」の値から「CAL OffSet」(水書き込みアドレス値)を差し引いた値を計算する、③上記②の値をBrix値に換算し、「Saccharin T20」(Brix値)を算出する、④ゼロセットオフセット値を読み込む、⑤「Saccharin T20」(Brix値)から「ゼロセットオフ値」を差し引き、その結果を「Brix Value」(Brix値)として算出する、⑥「Brix Value」(Brix値)を「Final Rfact」(屈折率)に換算するという順序でプログラムが実行されているものと認められる。

上記のプログラム実行過程のうち②の計算式は、試料の重心位置のアドレス値である「Bary T20」(PCT20)の値から水の重心位置のアドレス値である「CAL OffSet」(PC0)の値を差し引くものであり、試料の重心位置のアドレス値の原点を水の重心位置のアドレス値に改めるとの意味を有するものであるところ、このPC0値(18.54758)は理論値(水の理論上の臨界角点のアドレス値である18.50000)との差(0.04758)を含む値であるということができる。そうすると、上記②の計算式は、試料の重心位置のアドレス値から水の重心位置のアドレス値を直接差し引くものであるが、実質的には、PCT20及びPC0の双方から水の臨界角点の理論値(18.50000)を控除していったん同理論値を原点とする試料の重心位置と水の重心位置の各アドレス値を算出し、さらに前者から上記差の値(0.04758)を調整しているに等しく、試料の重心位置のアドレス値に、屈折率が既知である水を用いた実験により予め決定された定数(-0.04758)を加算する計算をしているのと同義であるということができる

したがって、式(C)は、式(2)を充足する。

(3)被告の主張について

ア 被告は、式(1)と式(A)が形式的に異なっているから、被告製品は構成要件Eを文言充足しないと主張する。

しかし、式(1)は、光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置Pc’を求めるものであって、式(A)と技術的思想を同じくするものであり、かつ、式(A)は式(1)に変形し得るものであって、当業者であれば、式(A)と式(1)が実質的に同一の式であると認識し得るというべきである。

そうすると、式(1)の技術的範囲は式(A)を包含するものと認めるのが相当である。

イ 被告は、被告製品におけるZnは13回算出され、更にPkを5回算出して臨界角点Pcを算出しているのに対し、本件発明は、重心位置Pc’を1回算出し、これに定数Cを加えてPcを算出しているのであるから、技術的思想が異なると主張する。

しかし、Znが重心位置を求める式であると認められるのは前記のとおりであり、これを13回にわたり求めて、平均値を算出するといった手法は当業者が容易に採用し得る技術常識に属するものと解される。また、前記のとおり、式(B)が臨界角点を求めるものとしての技術的意義を有すると認めることはできず、むしろ、重心であるZnの平均値を出しているものというべきであることは前記判示のとおりであるから、本件発明と被告製品の技術的思想が異なるということもできないというべきである。

ウ 被告は、PC0はΔPcを算出するための基準数値にすぎないから定数Cに対応する概念ではなく、ΔPcも本件発明の式(2)のPcに対応する概念ではなく、フェーズが異なるなどと主張する。

しかし、ΔPcを算出する式(PCT20-PC0)が有する意義は前記のとおりであって、被告製品においても試料の重心位置につき差分を調整することで臨界角点を求めている点で本件発明と変わりがないから、式(C)が式(2)と実質的に異なるということはできない。

エ 被告は、本件発明における式(2)に関し、P’は特定の装置における測定値ベースの臨界角点であり、定数Cは当該装置毎の個体差を較正する値にすぎないなどと主張する。

しかし、前記のとおり、式(1)により得られるPc’は光量分布曲線の一次微分曲線(あるいは一次差分曲線)の重心位置であるから、臨界角点とは異なるものであって、本件発明がこれに定数Cを加えることで臨界角点を求めるものであることは、前記判示のとおりである。

(4)以上のとおり、被告製品は構成要件Eを充足し、また、被告製品が構成要件A~D及びFを充足することは前記前提事実(3)ウのとおりであるから、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

3 争点2-1(乙2発明に基づく進歩性欠如)について

-省略-

4 争点2-2(サポート要件違反)について

-省略-

5 争点2-3(分割要件違反に伴う新規性欠如)について

-省略-

6 争点3(原告の損害額)について

(1)特許法102条2項に基づく損害額について

ア 被告は、①平成28年9月9日から平成30年2月9日までの間に被告製品を137個販売し、②その売上総額は204万4164円であり、③被告製品1個当たりの製造原価は1万0249円であるが、④特許法102条2項所定の被告の利益額を算出するに当たっては、③に加えて配送費合計1600円を控除すべきと主張するところ、①、③及び④については、当事者間に争いがなく、証拠(乙10~12)によれば、②の事実を認めることができる。

そうすると、原告の損害額は、特許法102条2項に基づき、63万8451円(=204万4164円-(137個×1万0249円+1600円))と推定される。被告がこれを超える利益を得たことを認めるに足りる証拠はない。

イ 被告は、寄与率を考慮すべきと主張する。しかし、本件発明は、屈折率を測定するための臨界角点の算定という、屈折計の本質的ないし根幹的技術に関するものであって、その可分的な一部に関するものではないから、本件で寄与率を考慮すべきとは認められない。被告主張の諸事情は、この結論を左右しない。

(2)弁護士・弁理士費用について

本件事案の難易、請求額及び認容額等の諸般の事情を考慮すると、被告の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金として6万円を認めるのが相当である。

(3)遅延損害金について

原告は、平成29年9月15日に本訴を提起した際、平成28年7月から提訴日までの損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求していたところ、証拠(乙10)によれば、①平成28年9月9日から平成29年9月15日までの売上個数は102個、売上総額は150万7112円、運送費は800円であり、②平成29年9月16日から平成30年2月9日までの売上個数は35個、売上総額は53万7052円、運送費は800円と認められるから、①の期間の被告の利益額(原告の損害額)は、46万0914円(=150万7112円-(102個×1万0249円+800円))、②の期間のそれは、17万7537円(=53万7052円―(35個×1万0249円+800円))となる。

したがって、遅延損害金の起算日は、①については訴状送達の日の翌日である平成29年9月22日、②については第2回口頭弁論期日である平成31年2月27日とするのが相当である。なお、弁護士・弁理士費用相当損害金については、当初から請求していたことにも照らし、①と同様とする。