圧縮機事件(その4)
投稿日: 2017/05/04 23:23:48
今日も平成26年(ワ)第34678号 特許権侵害行為差止等請求事件について検討します。今日は裁判所の判断までです。
5.裁判所の判断
(1)被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか
ア 構成要件Aの「ロータリバルブ」の充足性
省略
イ 構成要件Cの「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」及び構成要件Fの「スラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし」の充足性
(1)被告各製品の充足性
ア 前記第2,2(11)によれば,被告各製品は,前側及び後側に圧縮室24,34が区画される両頭ピストン式であり,ピストン60は,両頭ピストンである。また,被告各製品は,一対のシリンダボア22,32にそれぞれ設けられたフロント側通路23及びリヤ側通路33に対応するフロント側開口52及びリヤ側開口53がシャフト50に形成されている。
そして,被告各製品の斜板51は,「フロント側スラスト軸受70及びリヤ側スラスト軸受80」を介してフロント側シリンダブロック20及びリヤ側シリンダブロック30の間に配置され,シャフト50の軸線の方向の位置を規制されている。
少なくとも,被告各製品のフロント側スラスト軸受70は,フロント側シリンダブロック20の「フロント側端面26」と斜板51の「環状凸部51c」との間に介在しており,フロント側スラスト軸受70の前面は,内径19.8mmから外径24.5mmまでの円環状の領域でフロント側シリンダブロック20のフロント側端面26と当接している。また,フロント側スラスト軸受70の後面は,内径27.0mmよりも外側の領域で斜板51の環状凸部51cと当接している。フロント側スラスト軸受70との当接面である斜板51の環状凸部51cの内径(27.0mm)は,フロント側スラスト軸受70との当接面であるフロント側シリンダブロック20のフロント側端面26の外径(24.5mm)より大きい。
そして,フロント側スラスト軸受70は,被告も「回転時のシャフト50の軸方向の変位を抑え,かかる変位に起因する騒音,振動,破損等を防止している。」(前記第3,2の〔被告の主張〕の(2)ア④)と自認しているとおり,軸方向の変位に起因する騒音,振動,破損等を防止する,すなわちスラスト荷重を吸収し得るものである。
イ ところで,前記第2,2(11)によれば,被告各製品では,吐出行程において,ピストン60が移動する方向とは反対向きの「圧縮反力F」がピストン60に作用するところ,上記圧縮反力Fは,シュー61,斜板51を介してシャフト50(回転弁)に伝達され,フロント側スラスト軸受70及びリヤ側スラスト軸受80のスラスト荷重吸収により斜板51の動きを許容することで斜板51の径中心部を中心としてシャフト50を傾かせようと作用するのであって(下図「図6(A)」のシャフト50内部の↑及び↓),これにより,シャフト50(回転弁)は,吐出行程中のシリンダボア22に連通するフロント側通路23の入口に向けて付勢される。
ウ 以上によれば,被告各製品は構成要件Cの「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」及び構成要件Fの「スラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし」を充足するものというべきである。
(2)被告の主張に対する判断①-「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の意義
ア 「接触及び非接触(接離)の動作を繰り返させる構成」の要否
この点に関して被告は,本件発明の「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」とは「軸孔内で回転軸を傾け,回転軸のロータリバルブが吸入通路の入口に接触及び非接触(接離)の動作を繰り返させる構成」を意味するものであり,具体的には,①回転軸がロータリバルブにおいてのみ支持され,他の部分においては支持されない(回転軸の外周面と軸孔の内周面の間隔が大きい)構造であること,②上記①の支持される部分であるロータリバルブにおいても,ロータリバルブが軸孔の内周面に接離可能なように,ロータリバルブの外径が,軸孔の内径よりも十分小さいこと,③スラスト軸受が,スラスト荷重を受けて撓む構造であること,との三つの構成を備えなければならないなどと主張する。
しかし,本件発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は「圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」(構成要件C)というものにすぎず,被告の主張するような「吸入通路の入口に接触及び非接触(接離)の動作を繰り返させる構成」は記載されていないし,ましてや,上記①ないし③の三つの構成を備えなければならない旨の記載もない。
なお,被告は,上記②の構成を要することの根拠として,ラジアル軸受手段とロータリバルブの外周面とのクリアランスが小さい場合には,「前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」(構成要件C)ことも,回転軸が軸孔の内周面に対して「接離可能に軸受支持」(本件明細書等の段落【0035】)することも不可能であるなどと主張する。しかし,本件明細書等の段落【0043】には,「冷媒の洩れ難さは,前記クリアランスの要求精度が低い場合にも殆ど変わらない」ものであり,「〔吸入通路の閉鎖状態は〕クリアランスの大きさにそれほど左右されない」と記載されているのであって,本件明細書等の記載上,クリアランスの大きさは要件とされていない。
したがって,被告の上記各主張は,いずれも採用することができない。
イ 「回転軸が僅かに変位する程度」の除外の有無
また,被告は,「圧縮反力伝達手段」とは「ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達」(構成要件C)し,「前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」(同)ことを妨げる構造を有しない構成を意味するのであり,これらを妨げる構造を有した結果,回転軸が僅かに変位する程度では,本件発明の「前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」という構成を充足しない旨主張する。
しかし,上記アのとおり,本件発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は「圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」(構成要件C)というものにすぎず,被告の主張するような「ロータリバルブを付勢することを妨げる構造」を具備するか否かについては何ら記載されていない。なお,被告は,「付勢」とは「勢いを付ける」ことを意味するから,単に圧力ないし応力を加えるだけでは足りず,移動を伴うものと解されるとも主張するが,そうであるからといって,僅かに変位する程度では「付勢」に該当しないとか,さらに進んで「ロータリバルブを付勢することを妨げる構造」を有しない構成を意味するなどとまでいうことはできない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ 本件特許の出願経過等による解釈
省略
エ 「押接」による「閉鎖」等
省略
オ 乙41報告書及び乙42証明書
被告は,原告提出の甲7報告書(その内容については後記(3)イ(イ)で説示する。)を受けて,乙41報告書及び乙42証明書を提出した上,①乙41報告書のとおり,「スラスト荷重吸収機能が付与されていない」とされるスラスト軸受のみを用いた圧縮機(比較用圧縮機)であっても,甲7報告書と全く同様の実験結果が得られた,②乙42証明書のとおり,被告各製品と「スラスト荷重吸収機能が付与されていない」とされるスラスト軸受のみを用いた圧縮機とで,運転効率を比較したところ,両者でほぼ同等の結果が得られたと説明する。その上で被告は,「スラスト荷重吸収機能が付与されていない」スラスト軸受であっても,圧縮反力により弾性変形し,圧縮反力がロータリバルブに伝達されるとすれば,「スラスト荷重吸収機能が付与されている」スラスト軸受を有することをもって,本件発明の「圧縮反力伝達手段」を具備すると解することは許されないなどと主張する。
しかし,乙41報告書及び乙42証明書の実験において比較用圧縮機として使用されたのは,「スラスト荷重吸収機能が付与されていない」とされるスラスト軸受のみを用いた圧縮機であって,同圧縮機は本件発明を実施したものではなく,被告各製品ですらない。結局,上記各実験は,単に本件発明を実施していない比較用圧縮機を運転した結果,回転軸の外周面及び軸孔の内周面に傷が付いたことを示すだけであって,本件発明の解釈や充足論を直ちに左右するものとはいい難い。
そもそも,本件発明は,構成要件Fの記載からも明らかなように,一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方に,圧縮反力伝達手段の一部として,「スラスト荷重吸収機能が付与されている」スラスト軸受を具備することを要件としている。そして,「スラスト荷重吸収機能が付与されている」スラスト軸受は,圧縮反力伝達手段の一部であるから,「スラスト荷重吸収機能が付与されている」スラスト軸受を有していれば圧縮反力伝達手段の一部を具備することは,構成要件Fの記載からも明らかというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(3)被告の主張に対する判断②-被告各製品の充足性
ア 被告の主張
前段省略
しかし,被告の上記主張はいずれも採用することができない。その理由は,以下のとおりである。
イ 被告各製品における変位
(ア)隙間の存在
まず,前記第2,2(11)によれば,被告各製品のシャフト50の外径は平均19.003mmであり,シャフト用孔21,31の内径は平均19.033mmであるから,シャフト50の外周面とシャフト用孔21,31の内周面との間には平均0.03mm(30μm)の隙間がある。したがって,被告各製品は,上記隙間の範囲においてシャフト50の変位を許容するものということができる。
(イ)甲7報告書
そして,現に,原告提出の甲7報告書によれば,運転中の被告各製品において,吐出行程にあるシリンダボアのフロント側通路に向けて近づくようにシャフトの外周面が変位していることが確認されている。
すなわち,甲7報告書は,被告各製品につき,シャフトとシャフト用孔との間隙よりも微小な試験用粉体を混入させた状態で運転させた後,「シャフトの外周面」及び「シャフト用孔の内周面」の表面粗さを測定することにより,運転時におけるシャフトのシャフト用孔に対する挙動を明らかにしたものである。
そして,甲7報告書によれば,「シャフトの外周面」においてはピストン60が上死点(斜板51によってピストン60が最も吐出室10aに近づく位置)となる位置を0°とした場合の315°ないし45°の領域において顕著に傷が付いたのに対し,「シャフト用孔の内周面」においては,半分よりもフロント側の領域に顕著であるものの,全周に傷が付いたのであって,これらの傷の付き方は,被告各製品において,吐出行程にあるシリンダボア22のフロント側通路23に向けてシャフト50の外周面が近づくように変位したことの証左ということができる。
(ウ)被告の主張に対する判断
この点に関して被告は,甲7報告書の測定結果は,軸孔中で最も力の加わる部分である端部(シリンダブロックの外側に突出して設けられた部分)が粉体によって磨耗し,これにより回転軸が傾くに至ったものにすぎないと主張する。
しかし,被告の上記主張は推測の域を出るものではないし,そもそもなにゆえ軸孔中で「端部」が「最も力の加わる部分である」ことになるのかについても,被告の主張自体,明らかとはいい難い。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ スラスト軸受の撓み
(ア)なお,被告は,上記④の構成につき,「被告各製品のスラスト軸受が予圧されているため,圧縮反力が加えられてもこれを吸収するのであって,さらに撓むことは容易ではない」とも主張する。
しかし,上記イのとおり,被告各製品においては,現に,吐出行程にあるシリンダボア22のフロント側通路23に向けてシャフト50の外周面が近づくように変位している事実が確認されている。被告の上記主張は,単なる推測の域を出るものではないばかりか,上記事実にも反しており,直ちに採用することができない。
念のために検討しても,本件明細書等によれば,本件発明のスラストベアリング26にはスラスト荷重を吸収するスラスト荷重吸収機能が付与されており(段落【0023】),これによりロータリバルブ35,36を圧縮反力によって付勢することを許容する(同【0039】)。そして,被告各製品についてみると,前記(1)アにも説示したとおり,被告自身,スラスト軸受70,80が「回転時のシャフト50の軸方向の変位を抑え,かかる変位に起因する騒音,振動,破損等を防止している」(前記第3,2の〔被告の主張〕の(2)ア④)ことを自認し,スラスト軸受70,80がスラスト荷重を吸収し得ること,すなわち撓み変形可能に構成されていることを明らかにしているところである。
(イ)この点に関して被告は,本件特許の親出願における乙30意見書に「〔乙9公報につき〕この弾性変形機能が付与された41,42を含むスラスト軸受40は,本願発明1でいう『圧縮反力伝達手段』に相当しません。」及び「〔乙13公報につき〕所定量の弾性変形機能が付与されたスラスト軸受109は,本願発明1でいう『圧縮反力伝達手段』に相当しません。」との記載があることを指摘した上,「スラスト軸受を予圧によりあらかじめ撓ませ,圧縮反力による更なる撓みを抑制する構成が本件発明の圧縮反力伝達手段ではないことは,原告自身の出願経過における主張からも明らかである」などと主張する。
しかし,乙30意見書には,上記各引用部分に続けて,それぞれ以下のとおり記載されている。
・「そもそも,引用文献4〔判決注:乙9公報〕の場合,ロータリバルブの構成そのものを採用するものではないのですから,『吐出行程にある前記シリンダボア内の前記両頭ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する』という構成の圧縮反力伝達手段に引用文献4のスラスト軸受40が含まれないことは明らかです。したがって,引用文献4は,本願発明1の圧縮反力伝達手段を構成する『スラスト荷重吸収機能を付与されたスラスト軸受手段』を開示するものでないということができます。」
・「そもそも,引用文献5〔判決注:乙13公報〕の場合,引用文献4の場合と同様に,ロータリバルブの構成そのものを採用するものではないのですから,『吐出行程にある前記シリンダボア内の前記両頭ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する』という構成の圧縮反力伝達手段に引用文献5のスラスト軸受109の構成が含まれないのは明らかです。したがって,引用文献5も本願発明1の圧縮反力伝達手段を構成する『スラスト荷重吸収機能を付与されたスラスト軸受手段』を開示するものでないということができます。」
このように,乙30意見書では,乙9公報及び乙13公報に開示されたスラスト軸受手段が本件親出願発明1の「圧縮反力伝達手段」に該当しない理由として,乙9公報及び乙13公報にはロータリバルブの構成が採用されていないことが明記されているものである。これに対し,被告各製品ではロータリバルブを採用しているのであるから,被告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
エ JIS規格の「転合」の組合せ
また,被告は,被告各製品において回転軸を回転可能に支持するために設けられているクリアランスは,JIS規格上,「転合」とされる組合せにおいて必要最小限のものでしかなく,かかるクリアランスは「シャフトの傾きを許容する隙間」ではないなどと主張する。
しかし,被告各製品の組合せがJIS規格の「転合」とされる組合せに該当するか否かはともかくとしても,そのクリアランスは平均0.03mm(30μm)であって(上記イ(ア)),シャフトの傾きを許容しないことが明らかであるとはいい難いし,現に,甲7報告書によれば,その程度のクリアランスであってもシャフトが傾いているところである。
したがって,被告各製品のクリアランスは「シャフトの傾きを許容する隙間」に当たり,被告の上記主張は採用することができない。
オ 本件特許の出願経過等
省略
カ 「押接」による「閉鎖」等
省略
キ クリアランスの厳密な管理
被告は,被告各製品がクリアランスを管理することで冷媒の漏れを防止していることの証左として,乙44報告書を提出した上,同報告書によれば,被告各製品における回転軸と軸孔のクリアランス30μmを50μm,70μm,90μm,110μmに変えたところ,クリアランスが30μm(被告各製品)及び50μmでは効率はほとんど変わらないものの,それより大きいクリアランスでは効率が明らかに落ちていると説明する。
しかし,仮に被告の主張どおり「クリアランス管理によって冷媒漏れを防止している」というのであれば,クリアランスが30μmの被告各製品よりも50μmの圧縮機の方が効率は落ちることになるはずであるが,乙44報告書によれば,30μmととで50μm効率はほとんど変わらなかったというのであって,むしろ,本件発明の作用効果である「冷媒の洩れ難さは,前記クリアランスの要求精度が低い場合にも殆ど変わらない。クリアランスの要求精度が低い場合にも,圧縮機における体積効率が向上する。」(本件明細書等の段落【0043】)に沿うものである。そして,クリアランスを70μm以上とした場合に効率が落ちたという点についても,原告は「本件発明の効果に対してクリアランスを大きくしたことによる冷媒の漏洩の影響が相対的に大きくなっただけであり,そもそも70μm以上というクリアランスがシャフトの軸孔とのクリアランスとしては適切でなかったというにすぎない」旨説明しているところ,この説明自体,不自然,不合理として排斥することもできない。
したがって,乙44報告書の実験結果は,上記(1)の判断を左右するものではない。
(4)小括
以上によれば,争点(1)イにおける原告の主張には理由があるから,被告各製品は構成要件C及びFを充足すると認めるのが相当である。
ウ 構成要件Eの「前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持される」及び「唯一のラジアル軸受手段」の充足性
省略
(2)本件発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
ア 〔無効理由1〕乙19発明(特開平08-334085号公報)による新規性欠如
省略
イ 〔無効理由2〕乙19発明及び乙4発明(特開平05-126039号公報)による進歩性欠如
(1)乙19発明
「シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20内にピストン21が往復動可能に嵌挿支持され,前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピストン21を往復動させ,前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮室に冷媒ガスを導入する吸入弁機構35を備えた両頭ピストン型斜板式圧縮機において,
圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ,軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段とを有し,
前記シリンダブロック11には,回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され,
前記軸支孔37に回転軸16上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されてラジアルベアリング17,18となっており,ラジアルベアリング17,18は,前記回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングであり,
前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39が形成され,
前記ピストン21は両頭型のピストン21であり,前記斜板27は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸16の軸線の方向の位置を規制されており,前記スラスト軸受手段は,前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした両頭ピストン型斜板式圧縮機における冷媒ガス吸入構造。」
(2)本件発明と乙19発明との対比
ア 一致点
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ,前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するためのバルブを備えたピストン式圧縮機において,
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して,軸孔の内周面に向けて前記回転軸を付勢する手段とを有し,
前記シリンダブロックは,回転軸を回転可能に収容する軸孔を有し,
前記軸孔の内周面に前記回転軸の外周面が直接支持されることによって前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,
前記ピストンは両頭ピストンであり,前記カム体は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており,スラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」
イ 相違点
(ア)本件発明は,「前記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブ」を備えたものであり,それに伴い,「前記シリンダボアに連通し,かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路」と,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」手段と,「前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔」とを有し,「前記導入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記吸入通路の入口は,前記軸孔の内周面上にあり,前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段」であり,「前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転」するものであるのに対して,乙19発明は,「吸入弁機構35」を有するものの,「ロータリバルブ」を有していない点(以下「相違点1-1」という。)
(イ)本件発明は,「吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し,「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるのに対して,乙19発明は,「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ,軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段」を有し,「前記スラスト軸受手段は,前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるが,「圧縮反力伝達手段」に相当する構成を含むか否かが明らかではなく,また,「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有している点(以下「相違点1-2」という。)。
(2)乙4発明
「シリンダブロック1における駆動軸6の周囲に配列された5個のボア1b内にピストン15を収容し,前記駆動軸6の回転により斜板9を介して前記ピストン15を往復動させ,前記駆動軸6の後端に装着されているとともに,前記ピストン15によって前記ボア1b内の区画される空間に冷媒を導入するための吸入通路25を有する回転弁22を備えた揺動斜板式圧縮機において,
前記ボア1bに連通し,かつ前記回転弁22の回転に伴って前記吸入通路25との連通と遮断を繰り返す吸入ポート21を有し,
前記シリンダブロック1は,前記回転弁22を滑合可能に収容する軸心孔1aを有し,
前記吸入通路25の溝部25bは,前記回転弁22の外周面上にあり,前記吸入ポート21の入口は,前記軸心孔1aの内周面上にあり,
前記ピストン15を収容するボア1bに対応する回転弁22が駆動軸6と同期して回転する揺動斜板式圧縮機における冷媒吸入構造。」
(3)相違点に係る構成の容易想到性
前記5において論じたとおり,乙19発明は前記5(2)のとおりであるものと認められ,これと本件発明とは前記5(3)イの相違点1-1及び相違点1-2の点で相違しているものと認められる。そこで,以下,これらの相違点について検討する。
ア 相違点1-1
乙19発明と乙4発明と,ピストン型斜板式圧縮機という同一の技術分野に属している。そして,乙19公報には「例えば特開平5-126039号公報〔判決注:乙4公報〕に開示されているように,回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。」(段落【0049】)と記載されているのであって,乙19公報に記載された実施例に乙4公報に記載された実施例を組み合わせることにつき,教示が存在する。
したがって,当業者であれば,乙19発明において,乙19発明の「吸入弁機構35」に代えて,乙4発明の「回転弁22」を「回転軸16」の「ラジアルベアリング17,18」の部分に設けることは,容易に想到し得るものというべきである。
イ 相違点1-2
(ア)本件発明の「圧縮反力伝達手段」は,①吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢するという機能を有するものであって,②その一部に,シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成のものを含むものである。
(イ)まず,上記アに従い,乙19発明の「ラジアルベアリング17,18」の部分に乙4発明の「回転弁22」を適用したものと,上記(ア)記載の①の機能との関係について検討する。
乙19発明に乙4発明の「回転弁22」を適用したものにおいて,「少なくとも斜板27を含む手段」は,圧縮反力を「軸支部38」に伝え,その結果,「軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する」ものであり,また,回転弁(ロータリバルブ)は「ラジアルベアリング17,18」を構成する「軸支部38」を設けられるものであるから,結局,当該「少なくとも斜板27を含む手段」は,圧縮反力を回転弁(ロータリバルブ)に伝達し,回転弁(ロータリバルブ)を圧接(付勢)する作用を有するものである。
そうすると,乙19発明に乙4発明の「回転弁22」を適用したものにおいて,前記「少なくとも斜板27を含む手段」は,本件発明の上記①と同様の機能を有するものであり,本件発明の「圧縮反力伝達手段」と同様の機能を有するものであるといえる。
(ウ)さらに,乙19発明に乙4発明の「回転弁22」を適用したものが,上記②の構成を備えるか否かについて検討する。
乙19発明に乙4発明の「回転弁22」を適用したものは,シリンダブロックの端面に形成された相対的に径の小さな環状の突条とカム体の端面に形成された相対的に径の大きな環状の突条とに当接するスラスト軸受手段という構成も含むものであるから,上記②の構成と同様の構成を有しているといえ,また,これらの環状の突条は,圧縮反力を伝達する作用を自ずと備えるものであるから,「圧縮反力伝達手段」の一部を構成しているものであるといえる。
(エ)したがって,当業者であれば,乙19発明に乙4発明の「回転弁22」を適用して相違点1-2に係る本件発明の構成とすることは,容易に相当し得るものということができる。
ウ 以上によれば,乙19発明において,相違点1-1及び相違点1-2に係る本件発明の構成を採用することは,当業者が乙4発明の「回転弁22」を適用することにより容易になし得たものということができる。
ウ 〔無効理由3〕乙21発明(特開平07-063165号公報)並びに周知技術及び慣用技術による進歩性欠如
省略
(3)本件訂正による対抗主張の成否
ア 本件訂正が訂正要件を充たしているか
省略
イ 本件訂正により争点(2)の無効理由を解消することができるか
(1)本件訂正発明と乙19発明との対比
前記8の(1)及び(2)によれば,本件訂正発明と乙19発明の一致点及び相違点は,それぞれ以下のとおりであると認められる(本件発明との相違点と異なる部分に下線を付した。)。
ア 一致点
「シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ,前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するためのバルブを備えたピストン式圧縮機において,
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して,軸孔の内周面に向けて前記回転軸を付勢する手段とを有し,
前記シリンダブロックは,回転軸を回転可能に収容する軸孔を有し,
前記軸孔の内周面に前記回転軸の外周面が直接支持されることによって前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,
前記ピストンは両頭ピストンであり,前記カム体は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており,スラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。」
イ 相違点
(ア)本件発明は,「前記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブ」を備えたものであり,それに伴い,「前記シリンダボアに連通し,かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路」と,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」手段と,「前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔」とを有し,「前記導入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ,前記吸入通路の入口は,前記軸孔の内周面上にあり,前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段」であり,「前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し,前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通」するものであるのに対して,乙19発明は,「吸入弁機構35」を有するものの,「ロータリバルブ」を有していない点(以下「相違点1-1’」という。)。
(イ)本件発明は,「吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し,「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるのに対して,乙19発明は,「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ,軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手段」を有し,「前記スラスト軸受手段は,前記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるが,「圧縮反力伝達手段」に相当する構成を含むか否かが明らかではなく,また,「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有している点(以下「相違点1-2’」という。)。
(2)相違点に係る構成の容易想到性
以上を前提に,相違点1-1’に係る構成の容易想到性について検討する。
ア 相違点1-1’のうち「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ,」との部分について
(ア)前記6(2)アで説示したとおり,乙19発明と乙4発明とは,ピストン型斜板式圧縮機という同一の技術分野に属している。そして,乙19公報には「例えば特開平5-126039号公報〔判決注:乙4公報〕に開示されているように,回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。」(段落【0049】)と記載されているのであって,乙19公報に記載された実施例に乙4公報に記載された実施例を組み合わせることにつき,教示が存在する。
したがって,当業者であれば,乙19発明において,乙19発明の「吸入弁機構35」に代えて,乙4発明の「回転弁22」を「回転軸16」の「ラジアルベアリング17,18」の部分に設けることは,容易に想到し得るものというべきである。
(イ)しかるに,乙19発明に「回転弁22」を採用した場合であっても,同発明にいう「反力付与構造39」の機能は当然に保持されることになる。すなわち,乙19発明は,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じないようにするために反力付与手段を設けたものであり(乙19公報の段落【0013】),反力付与手段としての「反力付与構造39」(段落【0031】)を備えることが必須の発明である。
そして,乙19発明は,この「反力付与構造39」の一つとして,回転軸16の軸支部38の外面に「凹部40」を備えているのであるから「凹部40」は,乙19発明にとって必須の構成要件ということになる。
そうすると,乙19発明において,「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とし」との構成を採用し,もって「凹部40」を無くしてしまうことについては,阻害要因が存在するというべきである。
イ 相違点1-1’のうち「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」との部分について
上記アによれば,相違点1-1’に係る構成の容易想到性は,その余の点について判断するまでもなく否定されることになるが,さらに,事案に鑑み,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」との部分についても検討する。
両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において,「ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通」したものとすることは,本件特許の優先日前に周知の事項ということができる(乙54明細書,乙55公報及び乙56公報)。
しかし,乙19発明は,「吸入室33」を両頭ピストンの両側に有する形式であるから,乙19発明において「吸入弁機構35」に代えて乙4発明の「回転弁22」を採用した場合,軸方向両側に配置される回転弁は,それぞれ両頭ピストンの両側の吸入室と連通させようとするものであり,「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」させる必要性はない。
したがって,乙19発明に乙4発明を適用する際に,上記周知事項を考慮することにより,「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」する構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものではないというべきである。
ウ 小括
以上によれば,相違点1-1’に係る構成とすることは,上記ア及びイに説示した理由により,乙19発明及び乙4発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではないというべきである。
ウ 新たな無効理由の存否
省略