鉛フリーはんだ事件(従属項のみ無効となるケース)

投稿日: 2018/03/08 1:30:30

今日は、平成29年(行ケ)第10121号 審決取消請求事件について検討します。原告である千住金属工業株式会社が特許無効審判(無効2016-800040)を請求しましたが、審決は請求不成立だったので、審決の取消を求める訴訟を提起したものです。

1.手続の時系列の整理(特許第5723056号)

① 無効理由の根拠となった引用文献は本件の原告である千住金属工業株式会社が出願したもので、本件特許の出願日の約2カ月前に国際公開されました。

② 無効理由の証拠には国際公開公報が用いられています。この国際出願は優先権の基礎出願である特願2013-077289の出願日(2013年4月2日)から18カ月経過後である2014年10月9日に国際公開されていますが、基礎出願である特願2013-077289については出願公開されるまでに24カ月以上かかっています。特許庁のHPで確認したところ、出願公開が遅延する主な原因は以下のとおりです。

a.出願の方式審査が完了していない、あるいは、特許分類の付与がなされていない場合

b.既に出願取下若しくは放棄がなされている又は国内優先権主張の基礎出願としてみなし取下となっているため、特許庁に係属していない場合

c.分割出願、変更出願等特殊な出願の場合

本件に関してはb、cの理由はありえないので、aということになると思います。出願時は代理人を立てていなかったようなので、何らかの不備があったのでしょうか?国際出願が存在しなければ拡大先願の地位しかなかったので無効資料に使えなかったかもしれません。

③ 原告である千住金属工業株式会社は引用文献の基礎出願である特願2013-077289について現在審査中ですが、引用文献からも日本に移行(特願2015-510145)して特許第5811304号を取得しています。さらに、この特願2015-510145から特願2015-178438を分割出願し、この特願2015-178438から特願2015-251689及び特願2015-251535(特許第6052381号)を分割出願しています。

2.本件発明の要旨

(本件発明1)

実質的に、スズ、銀、銅、ビスマス、アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって、

前記はんだ合金の総量に対して、

前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、

前記銅の含有割合が、0.3質量%以上1質量%以下であり、

前記ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下であり、

前記アンチモンの含有割合が、3質量%以上10質量%以下であり、

前記コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であり、

前記スズの含有割合が、残余の割合であることを特徴とする、はんだ合金。

(本件発明2)

さらに、ニッケル、インジウム、ガリウム、ゲルマニウムおよびリンからなる群より選

ばれた少なくとも1種の元素を含有し、

はんだ合金の総量に対して、前記元素の含有割合が、0質量%超過し1質量%以下である、請求項1に記載のはんだ合金。

(本件発明3)

前記銅の含有割合が、0.5質量%以上0.7質量%以下である、請求項1または2に記載のはんだ合金。

(本件発明4)

前記ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し7質量%以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載のはんだ合金。

(本件発明5)

前記アンチモンの含有割合が、5質量%以上7質量%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のはんだ合金。

(本件発明6)

前記コバルトの含有割合が、0.003質量%以上0.01質量%以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載のはんだ合金。

(本件発明7)

請求項1~6のいずれか一項に記載のはんだ合金からなるはんだ粉末と、

フラックスとを

含有することを特徴とする、ソルダペースト。

(本件発明8)

請求項7記載のソルダペーストのはんだ付によるはんだ付け部を備えることを特徴とする、

電子回路基板。

3.審決の要点

(1)原告の主張した無効理由の要旨

ア 無効理由1

本件発明は、国際公開第2014/163167号(甲1。以下、「引用文献」という。)に記載の発明(後記(2)で定義する引用発明1~3)及び引用文献の記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

したがって、本件発明に係る特許は同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。

イ 無効理由2

本件発明は、引用文献に記載の発明(後記(2)で定義する引用発明4~6)及び引用文献の記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。

したがって、本件発明に係る特許は同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。

ウ 無効理由3

本件発明2は、本件特許の明細書(以下、「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから、特許法36条6項1号の規定に違反するものである。

したがって、本件発明2に係る特許は同法123条1項4号に該当し、無効とすべきである。

(2)発明の認定

ア 引用発明1

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Sb:3.0質量%、Bi:3.2質量%、Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」

イ 引用発明2

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Sb:3.0質量%、Bi:3.2質量%、Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。」

ウ 引用発明3

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Sb:3.0質量%、Bi:3.2質量%、Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。」

エ 引用発明4

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Bi:5.0質量%又は5.5質量%、Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」

オ 引用発明5

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Bi:5.0質量%又は5.5質量%、Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金からなるはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。」

カ 引用発明6

「Ag:3.4質量%、Cu:0.7質量%、Ni:0.04質量%、Bi:5.0質量%又は5.5質量%、Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金からなるはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。」

(3)無効理由1について

ア 本件発明1について

(ア)本件発明1と引用発明1との対比

(一致点)

「はんだ合金の総量に対して、

銀の含有割合が、3.4質量%であり、

銅の含有割合が、0.7質量%であり、

アンチモンの含有割合が、3.0質量%であり、

前記コバルトの含有割合が、0.01質量%又は0.05質量%であり、

前記スズの含有割合が、残余の割合であることを特徴とする、鉛フリーはんだ合金。」

(相違点1)

本件発明1では、任意成分として、ニッケルを0質量%超~1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し、引用発明1では、Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点

(相違点2)

本件発明1では、「ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下であ」るのに対し、引用発明1では、「Bi:3.2質量%」である点

(イ)相違点についての判断

a 相違点1について

合金の発明において、ある元素が必須成分として含まれるのと、任意成分として含まれるのとでは、その技術的な意味が異なることは明らかであるから、当該相違点は実質的な相違点である。

そして、引用発明1においては、Niは、はんだ接合界面からのクラックの発生や伝播抑制のために必須成分として含有されるものであり、引用発明1において、このNiを任意成分とすることは、0.01質量%未満となることをも意味し、引用発明1におけるNi含有の技述的意義を損なうことになるから、当該相違点に係る構成を導くことは容易になし得たことであるとはいえない

b 相違点2について

本件発明1は、鉛フリーはんだ合金によるはんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上、さらには、そのようなはんだ付けされた部品の、比較的厳しい温度サイクル条件(例えば、-40~125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも、耐衝撃性を維持することを課題とし、その解決のために、「実質的に、スズ、銀、銅、ビスマス、アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって、前記はんだ合金の総量に対して、前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、前記銅の含有割合が、0.3質量%以上1質量%以下であり、前記ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下であり、前記アンチモンの含有割合が、3質量%以上10質量%以下であり、前記コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であり、前記スズの含有割合が、残余の割合であること」を特定したものである。

そして、本件明細書の実施例等の記載(【表1】~【表3】)のうち、実施例8(Bi4.9質量%)と比較例5(Bi4.5質量%)を比べると、耐衝撃性(落下衝撃試験による)については、実施例8がA++であるのに対し、比較例5がDであり、冷熱サイクル後の耐衝撃性(落下衝撃試験による)については、実施例8ではA+であるのに対し、比較例5はDであり、総合評価は、実施例8がA+であるのに対し、比較例5はDであり、「ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下である」ことが、上記「はんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上、さらには、該はんだ付けされた部品の、比較的厳しい温度サイクル条件(例えば、-40~125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも、耐衝撃性を維持する」との課題解決に寄与していることが確認できる。

なお、はんだの破断メカニズムは、過剰な温度サイクルにより、落下衝撃に伴う脆性クラックから、温度サイクル負荷によって生じる疲労性クラックと脆性クラックの混合へと変化するものである。これに対し、引用文献において評価されているはんだ合金の特性は、温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率と、シェア強度残存率であり、本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性、すなわち部品実装直後の落下衝撃性については評価されておらず、また、温度サイクル試験後の評価もシェア強度残存率であって、落下衝撃試験ではない。

そうすると、たとえ、引用文献に「本発明のはんだ合金に添加するBiの量は、1.5~5.5質量%が好ましく、より好ましいのは、3~5質量%のときである。さらに好ましくは、3.2~5.0質量%である。」と記載されていても、引用発明1において、Bi量を既に好ましい範囲内にある3.2質量%から、あえて4.8質量%超にまで増加させることによって、本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性の向上等の効果まで予測することは当業者が容易になし得るとはいえない

イ 本件発明2~6について

本件発明2~6と引用発明1とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。そして、上記相違点2についての判断は、上記アのとおりである。

したがって、本件発明2~6は、引用発明1及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明7について

本件発明7と引用発明2とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。上記相違点2についての判断は、上記アのとおりである。

したがって、本件発明7は、引用発明2及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 本件発明8について

本件発明8における電子回路基板は、「車載電子回路基板及びECU電子回路基板」を包含するものと認められるから、本件発明8と引用発明3とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。そして、上記相違点2についての判断は、上記アのとおりである。

したがって、本件発明8は、引用発明3及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)無効理由2について

ア 本件発明1について

(ア)本件発明1と引用発明4との対比

(一致点)

「はんだ合金の総量に対して、

銀の含有割合が、3.4質量%であり、

銅の含有割合が、0.7質量%であり、

ビスマスの含有割合が、5.0質量%または5.5質量%であり、

アンチモンの含有割合が、5.0質量%であり、

スズの含有割合が、残余の割合であることを特徴とする、鉛フリーはんだ合金。」

(相違点3)

本件発明1では、任意成分として、ニッケルを0質量%超~1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し、引用発明4では、Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点

(相違点4)

本件発明1では、「コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であ」るのに対し、引用発明4では、コバルトを含有していない点

(イ)相違点についての判断

a 相違点3について

合金の発明において、ある元素が必須成分として含まれるのと、任意成分として含まれるのとでは、その技術的な意味が異なることは明らかであるから、当該相違点は実質的な相違点である。

そして、引用発明4においては、Niは、はんだ接合界面からのクラックの発生や伝播抑制のために必須成分として含有されるものであり、引用発明4において、このNiを任意成分とすることは、0.01質量%未満となることをも意味し、引用発明4におけるNi含有の技述的意義を損なうことになるから、当該相違点に係る構成とすることは容易になし得たことであるとはいえない

b 相違点4について

本件発明1は、鉛フリーはんだ合金によるはんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上、さらには、該はんだ付けされた部品の、比較的厳しい温度サイクル条件(例えば、-40~125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも、耐衝撃性を維持することを課題とし、その解決のために、「実質的に、スズ、銀、銅、ビスマス、アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって、前記はんだ合金の総量に対して、前記銀の含有割合が、2質量%以上4質量%以下であり、前記銅の含有割合が、0.3質量%以上1質量%以下であり、前記ビスマスの含有割合が、4.8質量%を超過し10質量%以下であり、前記アンチモンの含有割合が、3質量%以上10質量%以下であり、前記コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であり、前記スズの含有割合が、残余の割合であること」を特定したものである。

そして、本件明細書の実施例等の記載(【表1】~【表3】)のうち、実施例15(Co:0.001質量%)と比較例9(Co:0.000質量%)を比べると、耐衝撃性(落下衝撃試験による)については、実施例15がAであるのに対し、比較例9がDであり、冷熱サイクル後の耐衝撃性(落下衝撃試験による)については、実施例15ではAであるのに対し、比較例9はDであり、総合評価は、実施例15がAであるのに対し、比較例9はDである。

これによると、「コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下であ」ることが、上記「はんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上、さらには、該はんだ付けされた部品の、比較的厳しい温度サイクル条件(例えば、-40~125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも、耐衝撃性を維持する」との課題解決に、寄与していることが確認される。

これに対し、引用文献において評価されているはんだ合金の特性は、温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率と、シェア強度残存率であり、本件発明のような温度サイクル試験前の落下衝撃性、すなわち部品実装直後の落下衝撃性については評価がされておらず、また、温度サイクル試験後の評価もシェア強度残存率であって、落下衝撃試験ではない。

そうすると、たとえ、引用文献に「本発明のはんだ合金では、CoまたはFe、またはその両方を添加することで、本発明のNiの効果を高めることができる。特に、Coは優れた効果を現す。本発明のはんだ合金に添加するCoとFeの量は、合計量で、0.001質量%未満では接合界面に析出して界面クラックの成長を防止する効果が現れず、0.1質量%を超えて添加されると界面に析出する金属間化合物層が厚くなり、振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。本発明に添加するCoまたはFe、その両方を添加する量は、0.001~0.1質量%が好ましい。」と記載されていても、引用発明4において、「コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.3質量%以下」とすることによって、本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性の向上等の効果まで予測することは当業者が容易になし得るとはいえない

したがって、本件発明1は、引用発明4及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2~6について

本件発明2~6と引用発明4とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。そして、上記相違点4についての判断は、上記アのとおりである。

したがって、本件発明2~6は、引用発明4及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明7について

本件発明7と引用発明5とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。上記相違点4についての判断は、上記アのとおりである。したがって、本件発明7は、引用発明5及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 本件発明8について

本件発明8における電子回路基板は、「車載電子回路基板及びECU電子回路基板」を包含するものと認められるから、本件発明8と引用発明6とを対比すると、両者は、少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。そして、上記相違点4についての判断は、上記アのとおりである。

したがって、本件発明8は、引用発明6及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)無効理由3について

本件発明の課題は、従来のはんだ合金よりも、落下振動などの強力な衝撃を受けた場合にも耐衝撃性に優れ、また、比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露される場合でも、そのような優れた耐衝撃性を維持することのできるはんだ合金、はんだ合金を含有するソルダペースト、そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板を提供することである(本件明細書【0001】、【0004】~【0009】)。

本件明細書【0010】、【0018】~【0022】によると、本件発明は、はんだ合金における必須成分として、スズ(Sn)、銀(Ag)、銅(Cu)、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)及びコバルト(Co)を含有することにより、優れた耐衝撃性を維持することができるものであるが、本件明細書【0040】、【0041】によると、ニッケルの添加は耐衝撃性向上に直接関係するものではなく、0質量%を超過し、1.0質量%以下の含有であれば、上記必須成分を含有することによる耐衝撃性の効果を維持し得るという許容範囲を規定したものにすぎない。このことは、実施例1(Niを含有しない)と実施例19(Niを0.5質量%含有する)の耐衝撃性、冷熱サイクル後耐衝撃性の評価が同じであることから見ても明らかである(本件明細書【表1】、【表3】)。

したがって、本件発明2全てについて、本件発明の課題を解決できると当業者が認識できないとはいえず、本件発明2は、発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。

4.原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(引用文献に基づく本件発明1の容易想到性に関する認定及び判断の誤り)

(1)引用発明の認定の誤り

ア 審決の引用発明1及び4の認定は、引用文献に記載された発明を不当に狭く限定するもので、誤りである。

引用文献の請求項3には、「Ag:1~4質量%、Cu:0.6~0.8質量%、Sb:1~5質量%、Ni:0.01~0.2質量%、Bi:1.5~5.5質量%、Co:0.001~0.1質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金」が記載されている。引用文献は、この範囲の全てにわたって発明を開示しているから、引用文献には、この範囲の合金に係る発明が記載されている。

したがって、引用発明1及び4は、次のように認定されるべきである。

「Ag:1~4質量%、Cu:0.6~0.8質量%、Sb:1~5質量%、Ni:0.01~0.2質量%、Bi:1.5~5.5質量%、Co:0.001~0.1質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。」(以下、「原告引用発明1」という。)

イ 原告引用発明1は、引用文献の【0022】~【0028】において、個々の元素における含有量等が、独立して、特定の技術的意義を有することが明細書において裏付けられている。

ウ なお、審判において審理の対象とされた公知事実について、一致点・相違点につき審決と異なる主張をすることに、問題はない。

(2)相違点1及び3の認定の誤り

本件発明は、「はんだ合金」という「物」の発明であり、「物」として見た場合、本件発明1と原告引用発明1とは、いずれもニッケルを含有している点で実質的に相違するものではなく、必須成分、任意成分の違いを、進歩性の判断をする上での実質的相違点と解釈すべきではない。

(3)相違点2の認定の誤り

本件発明1と原告引用発明1とは、「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」点で一致するから、相違点2は存在しない。

(4)相違点4の認定の誤り

本件発明1と原告引用発明1とは、「コバルトを0.001~0.1質量%含有する」点で一致するから、相違点4は存在しない。

(5)相違点の判断の誤り

ア 本件発明1と原告引用発明1とは構成において相違点はなく、容易に想到し得る発明であるから、効果の点を検討するまでもなく、本件発明1は、進歩性を有していない。

イ 相違点2に関する効果についての判断の誤り

前記(3)のとおり、相違点2は存在しない。それにもかかわらず、本件発明1が原告引用発明1に対して新規性及び進歩性を有するためには、「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」範囲の全体にわたって、格別顕著な効果を有する必要があるところ、そのような効果は、本件明細書に直接明瞭に記載されていない。また、原告が行った耐落下衝撃性の実験(甲11。以下、「甲11実験」という。)において、本件発明の技術的範囲に含まれ、かつ、原告引用発明1の数値範囲にも含まれる組成のはんだと、本件発明の技術的範囲には含まれないが、原告引用発明1の数値範囲に含まれる組成のはんだとを比較したが、その結果は、前者が後者より格別顕著な効果を奏しているとはいえない。

ウ 相違点4に関する効果についての判断の誤り

前記(4)のとおり、相違点4は存在しない。それにもかかわらず、本件発明1が原告引用発明1に対して新規性及び進歩性を有するためには、「コバルトを0.001~0.1質量%含有する」範囲の全体にわたって、格別顕著な効果を有する必要があるところ、そのような効果は、本件明細書に直接明瞭に記載されていない。

2 取消事由2~8(引用文献に基づく本件発明2~8の容易想到性に関する認定及び判断の誤り)

(1)引用発明の認定の誤り

引用発明2及び5は、次のように認定されるべきである。

「Ag:1~4質量%、Cu:0.6~0.8質量%、Sb:1~5質量%、Ni:0.01~0.2質量%、Bi:1.5~5.5質量%、Co:0.001~0.1質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。」(以下、「原告引用発明2」という。)

また、引用発明3及び6は、次のように認定されるべきである。

「Ag:1~4質量%、Cu:0.6~0.8質量%、Sb:1~5質量%、Ni:0.01~0.2質量%、Bi:1.5~5.5質量%、Co:0.001~0.1質量%、残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。」(以下、「原告引用発明3」という。)

(2)相違点2に対応する相違点の認定の誤り

本件発明2~8と原告引用発明2及び3とは、「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」点で一致するから、相違点2に対応する相違点は存在しない。

(3)相違点4に対応する相違点の認定の誤り

本件発明2~8と原告引用発明2及び3とは、「コバルトを0.001~0.1質量%含有する」点で一致するから、相違点4に対応する相違点は存在しない。

(4)相違点の判断の誤り

ア 本件発明2~8と原告引用発明2及び3とは構成において相違点はなく、容易に想到し得る発明であるから、効果の点を検討するまでもなく、本件発明2~8は、進歩性を有していない。

イ 相違点2に対応する相違点に関する効果についての判断の誤り

前記(2)のとおり、相違点2に対応する相違点は存在しない。それにもかかわらず、本件発明2~8が進歩性を有するためには、「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」範囲の全体にわたって格別顕著な効果を有する必要があるところ、そのような効果は本件明細書に直接明瞭に記載されていない。

ウ 相違点4に対応する相違点に関する効果についての判断の誤り

前記(3)のとおり、相違点4に対応する相違点は存在しない。それにもかかわらず、本件発明2~8が新規性及び進歩性を有するためには、「コバルトを0.001~0.1質量%含有する」範囲の全体にわたって格別顕著な効果を有する必要があるところ、そのような効果は本件明細書に直接明瞭に記載されていない。

5.裁判所の判断

1 本件発明の認定

(1)本件明細書には、以下の記載がある(甲10)。

-省略-

(2)以上から、本件発明は以下のとおりのものと認められる。

本件発明は、はんだ合金、ソルダペースト及び電子回路基板に関し、詳しくは、はんだ合金、そのはんだ合金を含有するソルダペースト、さらに、そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板に関する。(【0001】)

一般的に、電気・電子機器などにおける金属接合では、ソルダペーストを用いたはんだ接合が採用されており、このようなソルダペーストには、従来、鉛を含有するはんだ合金が用いられてきた。しかし、近年、環境負荷の観点から、鉛の使用を抑制することが要求されており、そのため、鉛を含有しないはんだ合金(鉛フリーはんだ合金)の開発が進められている。(【0002】、【0003】)

一方、このようなはんだ合金によりはんだ付けすると、落下振動などの衝撃によってはんだ接合部が破損する場合がある。そのため、はんだ合金としては、はんだ付け後における耐衝撃性の向上が要求されている。さらに、はんだ合金によりはんだ付けされる部品は、自動車のエンジンルームなど、比較的厳しい温度サイクル条件(例えば、-40~125℃間の温度サイクルなど)下において用いられる場合がある。そのため、はんだ合金としては、比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露される場合にも、耐衝撃性を維持することが要求されている。(【0007】【0008】)

本件発明は、上記課題を解決するために、必須成分として、スズ、銀、銅、ビスマス、アンチモン及びコバルトを一定量の範囲内で含有することにより、耐衝撃性に優れ、また、比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても、優れた耐衝撃性を維持できるはんだ合金、そのはんだ合金を含有するソルダペースト、さらに、そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板である。(【0010】~【0038】)

また、本件発明は、任意成分として、ニッケル、インジウム、ガリウム、ゲルマニウム、リンを含有することができるが、その含有量を一定量以下とすることにより、優れた効果を維持することができるものである。(【0039】~【0052】)

2 取消事由1(引用文献に基づく本件発明1の容易想到性に関する認定及び判断の誤り)について

(1)引用発明の認定

ア 引用文献には、以下の記載がある(甲1)。

-省略-

イ 以上より、引用発明は、次のとおりのものと認められる。

引用発明の課題は、低温が-40℃、高温が125℃というような厳しい温度サイクル特性に長期間耐えられるだけではなく、縁石への乗り上げや前の車との衝突などで発生する外部からの力に対しても長期間耐えることが可能なはんだ合金及びそのはんだ合金を使用した車載電子回路装置を開発することである(【0008】~【0011】)。

上記の課題を解決するために、引用発明の発明者は、長期間の温度サイクル後の外部からの力に耐えるには、Sn相に固溶する元素を添加して固溶強化型の合金を作ることが有効なこと、固溶析出型の合金を作るにはSbが最適な元素であること、さらにSnマトリックス中のSbの添加は微細なSnSb金属間化合物が形成され、析出分散強化の効果を現わすことを見いだした(【0012】)。そして、はんだ合金中のSbは、原子配列の格子に入り込み、Snと置換することで原子配列の格子を歪ませてSnマトリックスを強化することで、温度サイクルを向上させる効果も有しているところ、はんだ合金に添加されるSb量が少なすぎると、Snマトリックス中にSbが分散する形態が現れず、固溶強化の効果も現れないが、反対に、Sb量が多すぎると、高温時にSbが再溶融しないので、SnSb金属間化合物の粗大化が進み、はんだ中にクラックが伝播することを抑制できない(【0016】~【0020】、【0022】、【0027】)。はんだ合金にNiを添加することで、はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属間化合物を微細化して、クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制する(【0023】、【0024】)。はんだ合金中のAgは、はんだのぬれ性向上効果とはんだマトリックス中にAg3Snの金属間化合物のネットワーク状の化合物を析出させて、析出分散強化型の合金を作り、温度サイクル特性の向上を図る効果が発揮される(【0025】)。はんだ合金中のCuは、Cuランドに対するCu食われ防止効果とはんだマトリックス中に微細なCu6Sn5の化合物を析出させて温度サイクル特性を向上させる効果がある(【0026】)。はんだ中にBiが入っていると、BiがSbと置き換わるので、さらに温度サイクル特性を向上させることができる(【0027】)。はんだ合金中のCo又はFeは、Niの効果を高めることができる(【0028】)。

以上のような個々の金属の特性等を考慮して、引用発明の発明者は、Ag、Cu、Sb、Ni及びSnを必須の要素とするはんだ合金、及び、さらに、Bi、Co又はFeを含むはんだ合金を発明した。

ウ 証拠(乙2~4)及び弁論の全趣旨によると、合金は、組成、含有比率及び温度によってその相(液相か固相か)や結晶構造が異なり、成分となる金属の数が増えれば、さらに含有比率及び温度による状態の変化は複雑となること、合金を構成する元素が同じであっても配合量が異なることにより、金属組織が異なり、性質が異なること、合金は、その性質及び特性の基礎となる金属組織の形成の予測性が低く、効果の予測性が低い技術分野に該当することが認められる。これらのことからすると、合金は、「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するであって、所与の特性が得られる組合せについては、実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮して初めて理解できる」という技術常識があると認めることができる。

エ 引用文献の記載及び前記ウの技術常識からすると、引用文献における温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率とシェア強度残存率を測定した結果、引用発明の効果が現れたと認められる実施例のうち、本件発明1に最も近似している、実施例45及び46、並びに実施例42及び43から引用発明を認定すべきである。

したがって、引用発明は、前記第2の3(2)のとおりに認定される。

オ 原告の主張について

原告は、引用発明1及び4に代えて、引用文献の請求項3に記載されたものを原告引用発明1と認定すべきと主張する

しかし、上記ウの「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって、所与の特性が得られる組合せについては実際に作製された合金組成を考慮して初めて理解できる」という合金の技術常識に照らすと、原告の上記主張を採用することはできない

(2)対比

ア 本件発明1と引用発明1及び4とを対比すると、前記第2の3(3)ア(ア)及び同(4)ア(ア)のとおりの一致点及び相違点を認定することができる。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、本件発明1と原告引用発明1とは、いずれもニッケルを含有している点で実質的に相違するものではない、と主張する。

しかし、引用発明1及び4におけるニッケルは、前記(1)イのとおり、クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制するという、引用発明の課題解決のために不可欠な技術的意義を有する必須の成分とされているものである。それに対して、本件発明1においては、ニッケルは任意成分にすぎない。したがって、両者の技術的意義が相違するから、相違点1及び3は実質的な相違点である

(イ)原告は、審決の引用発明1及び4の認定が誤っているから、相違点2及び4は存在しない、と主張する。

しかし、前記(1)のとおり、審決の引用発明1及び4の認定に誤りはなく、原告の主張はその前提を欠き、失当である

(3)相違点の判断

ア 相違点1及び3について

引用発明1及び4において、ニッケルは、クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制する技術的意義を有し、これは、引用発明における課題である外部からの力に対して長時間耐えることに貢献するものといえる。

このように引用発明1及び4において不可欠な要素であるニッケルを、任意成分とする動機付けは存在しない

したがって、引用発明1及び4のニッケルを任意成分として、相違点1及び3に係る構成を備えることは、当業者が容易に想到し得るものではない。

イ よって、その余の点を判断するまでもなく、本件発明1は、引用発明1及び4から容易に想到し得るものではない。

(4)以上のとおり、取消事由1には、理由がない。

3 取消事由2~8について

(1)引用発明2、3、5及び6の認定

ア 前記2(1)によると、引用文献には、前記第2の3(2)のとおりの、引用発明2、3、5及び6が記載されているものと認められる。

イ 原告の主張について

原告は、引用発明2、3、5及び6に代えて、引用文献の請求項3に記載されたものに対応するものを原告引用発明2及び3と認定すべき、と主張する。

しかし、前記2(1)オで判示したところと同様に、原告の上記主張を採用することはできない。

(2)対比

ア 本件発明2~8と、引用発明1~3を対比すると、少なくとも、前記第2の3(3)ア(ア)の相違点2(ただし、本件発明4については、ビスマスの含有割合は、4.8質量%を超過し7質量%以下である)において相違する。

本件発明2~8と、引用発明4~6を対比すると、少なくとも、前記第2の3(4)ア(ア)の相違点4(ただし、本件発明6については、コバルトの含有割合は、0.003質量%以上0.01質量%以下である)において相違する。

イ 原告の主張について

原告は、相違点2及び4に対応する相違点は存在しない、と主張するが、その前提とする引用発明の認定に誤りがあるから、失当である。

(3)相違点の判断

ア 相違点2について

引用文献の【0027】には、はんだ合金に、Biを添加することで、さらに温度サイクル特性を向上させることができ、添加するBiの量は、1.5~5.5質量%が好ましいことが記載されている。したがって、引用発明1~3のビスマスの量を、上記好ましい量の範囲内である、4.8質量%を超過し、5.5質量%までの範囲とする動機付けがあるといえる

そして、本件発明2~8においてビスマスの含有割合が所定の範囲内であることの効果は、「優れた耐衝撃性を得ることができ、また、比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても、優れた耐衝撃性を維持することができる」(本件明細書【0031】)ことにある。引用発明1~3においてビスマスの含有割合を上記好ましい範囲内とすることの効果は、温度サイクル特性を向上させること(引用文献【0027】)であるが、ここにいう温度サイクル特性とは、「-40℃から+125℃の温度サイクル試験を3000サイクル近く繰り返しても、微量なはんだ量のはんだ接合部にもクラックが発生せず、また、クラックが発生した場合においても、クラックがはんだ中を伝播することを抑制」する(引用文献【0021】)という性質である。温度サイクル試験後のはんだ接合部にクラックが発生せず、クラックが発生してもその伝播を抑制する効果が高まれば、厳しい温度サイクル条件下の耐衝撃性も高まるものといえる。そして、厳しい温度サイクル条件下の耐衝撃性が高ければ、そのような厳しい条件下にない場合の耐衝撃性も高いことが予想される。したがって、本件発明2~8におけるビスマスの含有割合を所定の範囲内とすることの上記効果は、引用発明1~3のビスマスの量を4.8質量%を超過し、5.5質量%までの範囲とする上記効果と比較して、格別顕著な効果であるとはいえない。

以上より、引用発明1~3において、Bi:3.2質量%の数値を、相違点2に係る、「4.8質量%を超過し、5.5質量%まで」の範囲の本件発明2~8の構成とすることは、当業者が容易になし得たものである。

イ 相違点4について

引用文献の【0028】には、はんだ合金に、Coを添加することで、Niの効果を高めることができ、添加する量は、0.001~0.1質量%が好ましいことが記載されている。したがって、引用発明4~6にコバルトを添加し、その量を0.001質量%~0.1質量%とする動機付けがあるといえる

本件発明2~8においてコバルトの含有割合が所定の範囲内であることの効果は、「優れた耐衝撃性を得ることができ、また、比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても、優れた耐衝撃性を維持することができる」(本件明細書【0037】)ことにある。そして、引用発明4~6においてコバルトの含有割合を上記好ましい範囲内とすることの効果は、Niの効果を高めること、すなわち、はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属管化合物を微細化して、クラックの発生を抑制するとともに、一旦発生したクラックの伝播を抑制する働きをする(引用文献【0024】、【0028】)という効果を高めることである。クラックの発生を抑制し、一旦発生したクラックの伝播を抑制すれば、耐衝撃性がより優れ、これが維持されるといえる。したがって、本件発明2~8におけるコバルトの含有割合が所定の範囲内であることの効果は、引用発明4~6においてコバルトを添加し、その含有割合を0.001質量%~0.1質量%とすることの効果と比較して、格別顕著なものであるとはいえない。

以上より、引用発明4~6にコバルトを添加し、その量を0.001質量%~0.1質量%として、相違点4に係る、「コバルトの含有割合が、0.001質量%以上0.1質量%以下(本件発明6については0.003質量%以上0.01質量%以下)」の本件発明2~8の構成とすることは、当業者が容易になし得たものである。

ウ 被告の主張について

被告は、本件発明2~8と、引用発明1~6との間には、ビスマスの含有量又はコバルトの含有量について明確な相違点があり、これを容易想到とする理由はない、と主張する。

しかし、前記ア及びイのとおり、引用発明1~3において相違点2に係る構成を採用すること、及び引用発明4~6において相違点4に係る構成を採用することの動機付けがあり、本件発明2~8のビスマスの含有量及びコバルトの含有量について格別顕著な効果があるともいえないから、引用発明1~6に相違点2及び4の構成を採用することは、容易想到である。

(4)したがって、取消事由2~8には、理由がある。

6.検討

(1)本件特許の全請求項(請求項1~8)を対象にした特許無効審判における審決では請求不成立であったのに対して、審決取消訴訟における判決では請求項2~8については審決を取消し無効と判断している点です。単純に構成要件だけみると、もっとも構成要件が少ない(技術的範囲が広い)請求項1が無効とならず、構成要件が多い(技術的範囲が狭い)請求項2~8が無効と判断されるというのは感覚的に面白いです。

(2)これは「「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって、所与の特性が得られる組合せについては実際に作製された合金組成を考慮して初めて理解できる」という合金の技術常識」が本件発明及び引用発明の両方に適用されたものだと思います。すなわち、本件発明1(請求項1)には記載されていないが引用発明には記載されているニッケルについて、引用発明にとってはこのニッケルが必須の構成であるので、これを除いて本件発明1と同じ合金組成とする動機づけが存在しない、と認定されています。

これに対して、本件発明2(請求項2)ではニッケルが選択しうる構成であるので、この点では引用発明との相違点が無くなり、引用発明においてビスマスとコバルトを一定量とすることを当業者が容易に想到できるか否かが論点になり、結果容易想到として進歩性が否定されました。

このように引用発明に必須の構成要件が存在するために、それより上位概念の発明を無効にはできない、というのは理論的には当然ありえますが、実際はそれほど多くありません(特に電気・機械分野では少ないです)。

(3)冒頭に書きましたが本件の原告(特許無効審判の請求人)は自社の出願である引用文献をベースに複数の分割出願をしています。また、引用文献の優先権の基礎出願である特願2013-077289も現在審査中です。被告の特許を意識しての分割出願だと思いますが、鉛フリーはんだの特許網作成となるのでしょうか?