シートパイル圧入工法事件(出願前の販促資料により無効)

投稿日: 2018/02/06 23:09:58

今日は、平成29年(行ケ)第10055号 審決取消請求事件について検討します。原告である株式会社コーワンが特許権者なので、本件は特許無効審判でその特許が無効と判断された特許権者が原告となって審決の取消しを求めた訴訟ということになります。

 

1.手続の時系列の整理(特許第4653127号)

① 本件の特許無効審判(無効2015-800183)以前に2件の特許無効審判(無効2011-800214、無効2013-800015)が請求されました。いずれの特許無効審判も請求人は本件の被告と同じ株式会社技研製作所でした。

② 最初の特許無効審判が請求されてから6年以上経過しています。株式会社コーワンが株式会社技研製作所を被告とする侵害訴訟を提起した様子はないようです。

2.特許請求の範囲(訂正後)

【請求項1】

下方に反力掴み装置(3)を配設して既設の鋼矢板(18)上に定置される台座(2)と、該台座(2)上にスライド自在に配備されたスライドベース(4)の上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレーム(7)と、該ガイドフレーム(7)に昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダ(9)が取り付けられた昇降体(8)と、昇降体(8)の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置(10)を具備し、既設杭(18)上を自走する静荷重型杭圧入引抜機(1)を使用して、オーガ(14)による掘削と杭圧入引抜シリンダ(9)を併用して鋼矢板(15)を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、

杭掴み装置(10)に鋼矢板(15)を装備することなく、オーガケーシング(11)を挿通してチャックし、圧入する鋼矢板(15)の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガ(14)によって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し、その後、圧入する鋼矢板(15)とオーガケーシング(11)を一体として、杭掴み装置(10)に挿通してチャックし、オーガ(14)による掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続するとともに、前記2つの先行掘削と併せて鋼矢板(15)を圧入する地盤の全域となるようにオーガ(14)による掘削と鋼矢板(15)の圧入を同時に行うことによって、圧入する鋼矢板(15)の地盤の全域を少ない面積で掘削することを特徴とするオーガ併用鋼矢板圧入工法。

【請求項2】

下方に反力掴み装置(3)を配設して既設の鋼矢板(18)上に定置される台座(2)と、該台座(2)上にスライド自在に配備されたスライドベース(4)の上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレーム(7)と、該ガイドフレーム(7)に昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダ(9)が取り付けられた昇降体(8)と、昇降体(8)の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置(10)を具備し、既設杭(18)上を自走する静荷重型杭圧入引抜機(1)を使用して、オーガ(14)による掘削と杭圧入引抜シリンダ(9)を併用して、既設の鋼矢板(18)と継手部を相互に噛合させて鋼矢板(15)を地盤内に順次圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、

杭掴み装置(10)に鋼矢板(15)を装備することなく、オーガケーシング(11)を挿通してチャックし、圧入する鋼矢板(15)の開放側の継手部の圧入位置及び近傍の地盤を、圧入する鋼矢板(15)の継手部と噛合する既設の鋼矢板(18)の継手部及び近傍の地盤であって、既設の鋼矢板(18)の圧入時に先行掘削された掘削済みの地盤から一定の間隔を空けてオーガ(14)によって先行掘削し、その後、圧入する鋼矢板(15)の継手部を既設の鋼矢板(18)と噛合させてオーガケーシング(11)と一体として杭掴み装置(10)に挿通してチャックし、オーガ(14)による掘削が、圧入する鋼矢板(15)と噛合する既設の鋼矢板(18)の継手部及び近傍の掘削済みの地盤と先行掘削した圧入する鋼矢板(15)の開放側の継手部の圧入位置及び近傍の地盤と連続するとともに、前記掘削済みの地盤と先行掘削した地盤と併せて鋼矢板(15)を圧入する地盤の全域となるようにオーガ(14)による掘削と鋼矢板(15)の圧入を同時に行うことによって、圧入する鋼矢板(15)の地盤の全域を少ない面積で掘削し、以後順次この作業を繰り返すことを特徴とするオーガ併用鋼矢板圧入工法。

【請求項3】

鋼矢板(15)を圧入をしつつ行うオーガ(14)による掘削を、オーガケーシング(11)の径より、拡径可能な径大のオーガ(14)を使用して行う請求項1又は2記載のオーガ併用鋼矢板圧入工法。

【請求項4】

鋼矢板(15)を圧入をしつつ行うオーガ(14)による掘削を、オーガケーシング(11)の径より、拡径可能な径大のオーガ(14)を使用して行うとともに、オーガ(14)の中心位置を、鋼矢板(15)の幅方向に直交する方向の中心線上に配置して掘削する請求項1又は2記載のオーガ併用鋼矢板圧入工法。

3.本件審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに、本件発明1ないし4は、下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記イないしキの周知例1ないし6に記載された事項に基づき、当業者が容易に想到することができた、というものである。

ア 引用例1:「硬質地盤対応広幅型鋼矢板圧入機 TILT PILER CRUSHチルトパイラークラッシュWP100AC」との名称が付されたCD-ROM(以下、このCD-ROMを「甲1媒体」という。)に収録された動画(動画の最終更新日は「2006年10月21日 16:34:13」。甲1の1。)。

イ 周知例1:特開2005-171733号公報(甲2)

ウ 周知例2:特開昭49-89307号公報(甲3)

エ 周知例3:特開昭49-89308号公報(甲4)

オ 周知例4:特開昭50-30314号公報(甲5)

カ 周知例5:実願昭62-121324号(実開昭64-28430号)のマイクロフィルム(甲6)

キ 周知例6:平成11年度関西支部年次学術講演会講演概要VI-3-1頁~VI-3-2頁「硬質地盤での鋼矢板圧入について」(社団法人土木学会関西支部、平成11年5月22日発行。甲7)

(2)本件審決が認定した引用発明1、本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は、次のとおりである。

ア 引用発明1

下方に反力掴み装置を配設して既設の鋼矢板上に定置される台座と、

該台座上にスライド自在に配備されたスライドベースの上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレームと、

該ガイドフレームに昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体と、

昇降体の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置

を具備し、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、

オーガによる掘削と杭圧入引抜シリンダを併用して鋼矢板を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、

杭掴み装置に鋼矢板を装備することなく、オーガケーシングを挿通してチャックし、圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し、

その後、圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャックし、オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続するとともに、オーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行う

オーガ併用鋼矢板圧入工法。

イ 本件発明1と引用発明1との一致点

下方に反力掴み装置を配設して既設の鋼矢板上に定置される台座と、

該台座上にスライド自在に配備されたスライドベースの上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレームと、

該ガイドフレームに昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体と、

昇降体の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置

を具備し、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、

オーガによる掘削と杭圧入引抜シリンダを併用して鋼矢板を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、

杭掴み装置に鋼矢板を装備することなく、オーガケーシングを挿通してチャックし、圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し、

その後、圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャックし、オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続するとともに、オーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行うことを特徴とする

オーガ併用鋼矢板圧入工法。

ウ 本件発明1と引用発明1との相違点(相違点1)

「オーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行う」(同時圧入)に関して、本件発明1では、「オーガによる掘削」が「2つの先行掘削と併せて鋼矢板を圧入する地盤の全域」となるようにすることで「圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削する」のに対し、引用発明1では、オーガの直径(掘削範囲)が特定されておらず「鋼矢板を圧入する地盤の全域」が掘削されているか否か明らかでなく(相違点1-1)、「圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削」されたか否かも明らかでない(相違点1-2)点

4.取消事由

(1)本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1)

ア 引用発明1の公知性の判断の誤り

イ 引用発明1の認定の誤り

ウ 本件発明1と引用発明1の一致点及び相違点の認定の誤り

エ 本件発明1の容易想到性判断の誤り

(2)本件発明2ないし4の進歩性判断の誤り(取消事由2)

5.裁判所の判断

1 本件発明について

本件発明の特徴は、以下のとおりである(本文中に引用する本件明細書の図面は、別紙1本件明細書図面目録記載のとおりである。)。

本件発明は、オーガによる掘削を併用して鋼矢板の圧入される地盤の全域を掘削することにより、硬質地盤であっても、静荷重型杭圧入引抜機を使用して、鋼矢板をスムーズに圧入するためのオーガ併用鋼矢板圧入工法に関するものである(【0001】)。

近年、各種土木基礎工事における鋼矢板の圧入・引抜工事においては、振動、騒音の発生が少ない静荷重型杭圧入引抜機が採用されている。しかし、鋼矢板の有効幅の寸法により、オーガの掘削直径を決定するため、広幅鋼矢板やハット形鋼矢板のように有効幅寸法が大きくなれば、それに伴ってオーガの掘削直径を拡大する必要があるため、オーガ掘削トルクの増大による装置の大型化や、作業能率の低下、或いは地盤を必要以上に掘削することにより、環境負荷が大きくなる等の問題があった(【0002】~【0009】)。

そこで、本件発明は、このような従来の鋼矢板の圧入工法が有している課題を解決するため、オーガによる掘削を併用して鋼矢板の圧入される地盤の全域を掘削することにより、硬質地盤であっても、静荷重型杭圧入引抜機を使用して、鋼矢板をスムーズに圧入することのできるオーガ併用鋼矢板圧入工法を提供することを目的とする(【0005】~【0010】)。

そのような目的を達成するため、本件発明は、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、オーガによる掘削と杭圧入引抜シリンダを併用して鋼矢板を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、杭掴み装置に鋼矢板を装備することなく、オーガケーシングを挿通してチャックし、圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し、その後、圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャックし、オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続するとともに、前記2つの先行掘削と併せて鋼矢板を圧入する地盤の全域となるようにオーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行うことによって、圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削する構成を採用した(請求項1、図1)。

このような構成によって、鋼矢板の圧入される地盤の全域をオーガによって掘削することができる。また、静荷重型杭圧入引抜機を使用して、鋼矢板を連続して圧入する際にも、既設の鋼矢板との継手部及び近傍の地盤は、既設の鋼矢板の圧入時にオーガによって先行掘削しているため、圧入する鋼矢板の地盤の全域をオーガによって掘削することができ、硬質地盤であっても、静荷重型杭圧入引抜機を使用して、鋼矢板をスムーズに圧入することができる。更に、鋼矢板を圧入しつつ行うオーガによる掘削をオーガケーシングの径より拡径可能な径大のオーガを使用して行うため、先行掘削時のオーガとの寸法の違いによる取り替え作業等を必要とせず、オーガの中心位置を、鋼矢板の幅方向に直交する方向の中心線上に配置して掘削することができ、オーガの位置を変更する等の煩瑣な操作が必要ないといった効果を奏する(【0014】、【0015】)。

2 取消事由1(引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)について

(1)引用発明1について

引用例1は、甲1媒体に収録された動画映像であり、おおむね、以下の事項が開示されている(本文中に引用する映像は、別紙2引用例1映像目録記載のとおりである。)

ア (0:01~0:14)

(0:13)に「WP100AC 硬質地盤対応鋼矢板圧入機 Press-inMachine for the hard ground」とのタイトルが記載されている(映像①)。

イ (0:15~1:20)

(0:15)に「オーガ組立 Assembling of Auger」と記載されており、続いてそれに係る映像が記載されている(映像②)。

ウ (1:21~1:53)

(ア)(1:21)に「先行削孔 Pre drilling」と記載されており(映像③)、続いてそれに係る映像が記載されている。

(イ)(1:25)に「オーガケーシングだけの先行削孔。」との説明が記載されている(映像④)。

エ (1:54~5:43)

(ア)(1:54)に「普通鋼矢板施工 Driving 400mm U piles」と記載されており、続いてそれに係る映像が記載されている(映像⑤)。

(イ)(2:00)に「地盤によっては先行削孔後、矢板を同時圧入。」と記載(映像⑥)、

(ウ)(2:04)に「オーガケーシングに矢板をセット。」(映像⑦)、

(エ)(2:30)に「矢板を同時圧入。」との説明が記載されている(映像⑧)。

(オ)(3:10)に「支持力が十分になったら本体を自走。」との説明があり(映像⑨)、(3:10~3:40)にWP100ACのスライドベースが前後にスライドし、圧入機が自走している様子が記載されている。

(カ)(4:00)に「オーガシリンダーにより先行削孔後、メインシリンダーによる圧入施工。」との説明が記載されている(映像⑩)。

オ (5:44~8:12)

(ア)(5:44)に「広幅型鋼矢板施工 Driving 600mm U piles」と記載されており(映像⑪)、続いてそれに係る映像が記載されている。

(イ)(5:48)に「一般的に広幅型鋼矢板では、先行削孔後、矢板を同時圧入。」との説明がされている(映像⑫)。

(ウ)(5:58)には「先行削孔位置」と称された図が約10秒程静止映像として示されており、図中の赤の2点鎖線の円について矢印で「先行削孔オーガ位置」と説明されている(映像⑬)。

(エ)(6:10)に「IIIw 型 10m」との説明があり、(6:08~6:20)にWP100ACの杭掴み装置が旋回している様子が記載されており、また、(6:20~8:10)に、昇降体が昇降している様子が記載されている。

カ (8:13~9:06)

(ア)(8:13)に「硬質地盤対応 鋼矢板圧入機仕様」と記載されており、続いてそれに係る映像が記載されている。

(イ)(8:22)に「本体仕様」が記載されており、「最大圧入力 800kN」「最大引抜力 900kN」「圧入速度 3.0~36.0m/min」「引抜速度2.4~28.0m/min」「適応鋼矢板 IIw~IVw・VL・VIL(普通鋼矢板も適応可)」「移動方法 自走式」などと記載されている(映像⑭)。

(ウ)(8:37)には「オーガ仕様」としてWP100ACにオーガケーシングを取り付けた全体図(以下「オーガ仕様図」という。)が図示されている(映像⑮)。

キ (9:07~9:21)

WP100ACに関する問合せ先として、原告の連絡先等が記載されている。

(2)引用発明1の公知性について

ア 原告は、引用発明1の公知性について争うので、まず、この点について検討する。

甲1媒体は、その表面に「硬質地盤対応広幅型鋼矢板圧入機 TILT PILER CRUSH チルトパイラークラッシュWP100AC」及び「KOWAN」と記載されたCD-ROMであり、WP100ACを使用したオーガ併用鋼矢板圧入工法に関する動画が収録されている(甲1の1・2)。甲1媒体の最終更新日は、2006年(平成18年)10月21日である(甲1の2)。

また、本件案内文書(甲1の3)には、株式会社コーワンの記名と社印の押捺があり、「平成18年10月吉日」、「各位」、「カタログ及び、WP100ACの試験施工による説明ビデオを同封させていただきますので、ご質問やご不明な点がございましたら、下記までご連絡下さい。」との記載がある

本件陳述書(甲10の1・3~6)によれば、株式会社西部工建、北城重機興業有限会社、株式会社伊藤工業及び株式会社石走商会が、いずれも受領日は明らかではないものの、甲1媒体を所持していたこと、勿来建機株式会社が、平成18年の秋から冬にかけて、甲1媒体及び本件案内文書を受領し、その後に原告の営業担当者から説明を受けたことが認められる。

そして、原告は、本件審判において提出した平成27年12月8日付け答弁書において、「カタログ(WP100AC)2006.10.27」の発送記録があったこと、その記録中の送付先に、株式会社西部工建、北城重機興業有限会社、株式会社伊藤工業、株式会社石走商会及び勿来建機株式会社が含まれていたことを認めている(甲56)。

以上の事実によれば、甲1媒体は、原告により、平成18年10月頃、株式会社西部工建、北城重機興業有限会社、株式会社伊藤工業、株式会社石走商会及び勿来建機株式会社を含む不特定の土木事業者に対し、本件案内文書とともに配布されたものと認められる。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、本件陳述書には、本件発明に係る特許出願の前に甲1媒体の頒布を受けたことの記載はないから、頒布の時期は認定できないと主張する。

しかしながら、株式会社西部工建、北城重機興業有限会社、株式会社伊藤工業及び株式会社石走商会の陳述書には、いずれも、原告から甲1媒体の配布を受けたとの記載があること、勿来建機株式会社の陳述書には、原告から資料が届けられ、その後に原告の営業担当から説明を受けたことがあり、その時期が「平成18年の秋から冬にかけて」であったとの記載があること、原告が甲1媒体とともに送付した本件案内文書には、「平成18年10月吉日」との記載とともに、甲1媒体とカタログを送付するとの記載があること、原告には「2006.10.27」にカタログを発送したとの記録が存在し、記録上、発送先に株式会社西部工建、北城重機興業有限会社、株式会社伊藤工業、株式会社石走商会及び勿来建機株式会社が含まれていたこと、以上の事実によれば、これら5社に甲1媒体が配布された時期は、平成18年10月頃であったものと推認することができる

(イ)また、原告は、甲1媒体について、原告による配布の対象は、特定の者に限られていたにすぎず、「多数の土木事業者に配布されたもの」ではないから、「頒布」ではない旨主張する。

「頒布された刊行物」とは、公衆に対し頒布することにより公開することを目的として複製された文書・図面その他これに類する情報伝達媒体であって、不特定又は特定多数の者に頒布されたものをいう。甲1媒体は、原告の新製品であるWP100ACを宣伝するためのものであるところ、宣伝のためのカタログやビデオ等は、通常、不特定多数の者に配布することを目的とするものであること、本件案内文書の宛先も「各位」とされていること、原告も、甲1媒体の送付先が上記5社のみであったとは主張していないこと、甲1媒体を受け取った上記5社が、引用例1の映像の内容について秘密保持義務を負っていたとは認められないことからすれば、甲1媒体の配布の対象は、特定の者に限られていたとはいえず、「頒布」に当たることは明らかである

ウ 小括

以上によれば、引用発明1は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明であるから、原告の主張は理由がない。

(3)引用発明1の認定について

ア 上記(1)の記載によれば、引用発明1について、引用例1には、以下の開示があるといえる。

引用発明1は、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、オーガによる掘削を併用して鋼矢板を圧入する工法に関するものである。

そして、鋼矢板を圧入するに際して、(1:21)に「先行削孔 Pre drilling」と記載され、続いてそれに係る映像が記載されていること、(1:25)に「オーガケーシングだけの先行削孔。」との説明が記載されていることからすれば、「先行削孔」するものであり、その後、(1:54)に「普通鋼矢板施工 Driving 400mm U piles」と記載され、続いてそれに係る映像が記載されていること、(2:00)に「地盤によっては先行削孔後、矢板を同時圧入。」、(2:04)に「オーガケーシングに矢板をセット。」、(2:30)に「矢板を同時圧入。」との説明が記載されていること、(3:10)に「支持力が十分になったら本体を自走。」との説明があり、(3:10~3:40)にWP100ACのスライドベースが前後にスライドし、圧入機が自走している様子が記載され、(4:00)に「オーガシリンダーにより先行削孔後、メインシリンダーによる圧入施工。」との説明が記載されていること、(5:44)に「広幅型鋼矢板施工 Driving 600mmU piles」と記載され、続いてそれに係る映像が記載されており、(5:48)に「一般的に広幅型鋼矢板では、先行削孔後、矢板を同時圧入。」との説明がされていることによれば、「先行削孔後、矢板を同時圧入する」ものである。

そして、(5:58)には先行削孔位置図が、約10秒間、静止映像として示されていることによれば、静荷重型杭圧入引抜機による「先行削孔」は、先行削孔位置図に基づき行われるものと認められ、先行削孔位置図には、「先行削孔位置」が示されていると認められる。この先行削孔位置図においては、矢印で「先行削孔オーガ位置」として説明される赤の2点鎖線の円の記載があり、これ以外に「先行削孔位置」を示唆する記載はないから、この赤の2点鎖線の円が「先行削孔位置」に該当する。

そうすると、「先行削孔位置」と「先行削孔オーガ位置」とが一致することになるところ、先行削孔は、硬質地盤であっても鋼矢板をスムーズに圧入することができるようにすることを目的として、鋼矢板が配置される地盤にオーガで孔を形成するのであるから、先行削孔オーガ位置が鋼矢板を圧入するための先行削孔の位置であると矛盾なく理解できる。

また、赤の2点鎖線の円について、原告は、その中心にオーガケーシングの中心が配置されるものであることを自認している。そして、先行削孔位置図が鋼矢板とオーガを同時に圧入する工法に係る映像の一部であることに照らすと、引用例1中の先行削孔位置図に接した当業者は、鋼矢板を圧入しやすくするべく先行削孔オーガ位置を定めることを理解するものである。

以上のとおり、「先行削孔位置」は、先行削孔位置図中に赤の2点鎖線の円で示されたものである。

なお、引用例1には、先行削孔そのものの動画はないが、(1:21)に「先行削孔」、(1:25)に「オーガケーシングだけの先行削孔」との記載があることからすれば、先行削孔することの開示があることは明らかである。そして、上記のとおり、先行削孔位置図には、赤の2点鎖線の円で先行削孔位置が記載されているところ、3つの赤の2点鎖線の円が等間隔に記載されていること、左側と中央の2つの赤の2点鎖線の円の内部に、それぞれ凹型に形成された互いに噛合する鋼矢板の継手部を中心として、それぞれの継手部及びそこから延びる鋼矢板の傾斜部分が収まることの記載があることからすれば、圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行削孔がされることを理解することができるから、「圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削」する構成が開示されている。

また、(2:00)に「地盤によっては先行削孔後、矢板を同時圧入」、(2:04)に「オーガケーシングに矢板をセット」との記載があること、(5:58)から約10秒間、先行削孔位置図が表示された後、(6:08~8:10)に、WP100ACの杭掴み装置が旋回した後、昇降体が昇降し、オーガケーシングにセットされた矢板が、地盤の掘削と同時に圧入されることが開示されていること、(8:37)のオーガ仕様図には、WP100ACに、鋼矢板と一体化したオーガケーシングを取り付けた仕様が開示されていることによれば、圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャックすることを理解することができるから、「圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャック」する構成も開示されている。

他方、赤の2点鎖線の円は「先行削孔位置」を示すものであり、削孔の範囲が赤の2点鎖線の円の全域であることまで明示するものではない。したがって、引用発明1は、「オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続する」構成を備えていると認めることはできない。

そうすると、引用例1には、「下方に反力掴み装置を配設して既設の鋼矢板上に定置される台座と、/該台座上にスライド自在に配備されたスライドベースの上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレームと、/該ガイドフレームに昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体と、/昇降体の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置/を具備し、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、/オーガによる掘削と杭圧入引抜シリンダを併用して鋼矢板を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において、/杭掴み装置に鋼矢板を装備することなく、オーガケーシングを挿通してチャックし、圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を、オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し、/その後、圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として、杭掴み装置に挿通してチャックし、オーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行うことを特徴とする/オーガ併用鋼矢板圧入工法。」との発明(以下「引用発明1’」という。)が開示されていると認められる。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、引用例1には、先行削孔そのものの動画は存在しないから、先行削孔を掘削する場所については何ら開示されていない旨主張する。

しかし、前記(1)のとおり、引用例1の画像を順に見ていくと、(1:21~1:53)において「先行削孔」を行うこと、(1:54~5:43)において、「先行削孔後、矢板を同時圧入する」ことがそれぞれ説明され、その後、(5:58)において先行削孔位置図が、約10秒間、静止映像として示され、図中の赤の2点鎖線の円について矢印で「先行削孔オーガ位置」と説明されている。そして、赤の2点鎖線の円について、原告は、その中心にオーガケーシングの中心が配置されるものであることを自認しているから、これらを総合すると、引用例1は、先行削孔することを開示しており、先行削孔位置図の赤い2点鎖線の円は、その中心にオーガケーシングの中心を配置して先行削孔を掘削する場所を開示しているというべきである。

(イ)原告は、赤の2点鎖線の円が先行掘削位置であると解釈するには、拡径可能なオーガヘッドを使用することが前提となるところ、引用例1には、オーガケーシングに収まる、オーガケーシングの径よりも小さい固定径のオーガヘッドを取り付けたものが開示されるのみで、拡径するオーガヘッドを取り付けたものが開示されていないから、引用発明1’において、拡径するオーガヘッドを取り付けることは想定できず、赤の2点鎖線の円が先行掘削位置であると解釈することはできないと主張する。

しかしながら、先行削孔位置図が鋼矢板とオーガを同時に圧入する工法に係る映像の一部であることに照らすと、引用例1中の先行削孔位置図に接した当業者は、鋼矢板を圧入しやすくするべく先行削孔位置を定めることを理解することができるのであるから、赤の2点鎖線の円が先行掘削位置であるからといって、拡径可能なオーガヘッドを使用することが前提となるわけではない。したがって、引用例1に拡径可能なオーガヘッドの開示がないとしても、二点鎖線の円が先行掘削位置であるとの解釈を左右するものではない。

(ウ)以上によれば、原告の上記主張はいずれも採用することができない。

(4)本件発明1と引用発明1’との相違点について

本件発明1と引用発明1’との相違点は、本件審決が認定した相違点1-1、1-2(前記第2の3(2)ウ)に加え、本件発明1では、「オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続する」のに対し、引用発明1’においては、かかる構成を備えているかどうかが明らかでない点(相違点1-3。原告主張の相違点Ⅱの一部)でも相違すると認められる

(5)本件発明1の容易想到性について

ア 周知技術について

(ア)周知例1(甲2)

周知例1の技術分野(【0001】)、背景技術(【0004】)、発明が解決しようとする課題(【0006】)、課題を解決するための手段(【0012】、【0013】、【0022】)、発明を実施するための最良の形態(【0051】、【0053】)によれば、周知例1には、「オーガヘッドに掘削刃としての掘削翼が拡縮(拡開、閉刃)する機構を設け、掘削翼を利用して鋼矢板を建て込む部分を掘削しながら、これと並行して鋼矢板を圧入する方法において、掘削翼による掘削範囲が鋼矢板の断面をほぼ包含するように、掘削と同時に鋼材を建て込む工程を順次繰り返し、地盤中に複数の鋼材を壁状に建て込むに際して、後から建て込まれる鋼材を、先に建て込まれた鋼材の建込みの際に掘削された先行掘削範囲と、後から建て込まれる鋼材の建込みの際に掘削される後行掘削範囲とに跨がるように建て込むこと」が記載されていると認められる。

(イ)周知例2(甲3)

周知例2の特許請求の範囲(1頁左下欄6~15行)、発明の詳細な説明(2頁左下欄1~8行、12~18行、右下欄2~12行、3頁左下欄2~11行)によれば、周知例2には、「オーガー先端部に開閉自在の掘削刃を配備してなるアースオーガーを用いて、シートパイル下面の土砂を掘削し、その際に、拡開時における最大回転軌跡がシートパールのジャンクションに接当することのないように少なくとも掘削刃の内径の刃長寸法とし、閉刃時にはシートパイルの凹溝内に完全に隠蔽され、アースオーガーと並行にシートパイルを圧入して所定の深度到達後、アースオーガーを抜杆する施工工法」が記載されていると認められる。

(ウ)周知例5(甲6)

周知例5の考案の詳細な説明(1頁16~20行)、実施例(9頁11行~12頁3行)によれば、周知例5には、「スクリュー式のアースオーガ装置により硬質地層に削孔しながらシートパイルを圧入する際、オーガスクリュー13の軸の下端に筒状ケーシング12より掘削径の大きいオーガヘッド14aを連結して回転させ、大径の孔H1を掘削した後、先行削孔H1と少し離れた位置に大径の孔H2を掘削し、先行削孔H1、H2と一部が重複し、これらに跨る位置に大径の孔H3を掘削した後、大きいオーガヘッド14aを小さいオーガヘッド14bに交換し、先行削孔H3に対峙するようにシートパイルP1をクレーンにより吊り下げ、その下端部の係合部材を筒状ケーシング12の契合部材に係合し、シートパイルP1の上端を保持装置に固定状態で保持し、小径の孔h1を掘削しながらこの小径の削孔h1に沿ってシートパイルを圧入するが、このときシートパイルはそのほぼ全体が大径の先行削孔H3(H1、H2の一部を含む)内に位置し、地盤が攪拌されているので、容易に圧入することができる」ことが記載されていると認められる。

(エ)周知例6(甲7)

周知例6の「はじめに」の項(VI-3-1頁6~10行)、「施工」の項(VI-3-1頁31行~VI-3-2頁6行)によれば、周知例6には、「硬質地盤対応圧入機はケーシングチューブ内のオーガースクリューで鋼矢板腹部を先行削孔し、先端抵抗を減じ、ケーシング引抜抵抗力と既打設鋼矢板の反力で鋼矢板を圧入する工法において、施工地盤が非常に固い事もあり、ケーシングオーガー単独で鋼矢板セクション部を先行削孔し、次に鋼矢板を圧入機にセットして削孔・圧入を行う」ことが記載されていると認められる。

(オ)以上によれば、硬質地盤では鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削すると圧入が容易になることは、本件出願前から当業者にとって周知の技術であったことが認められる。

イ 本件発明1の解決課題について

(ア)前記1によれば、本件発明1の解決課題は、鋼矢板を圧入する場合に、地盤が未掘削であると、硬質地盤において圧入施工ができないことから、オーガによる掘削を併用して鋼矢板の圧入される地盤の全域を掘削することにより、硬質地盤であっても、鋼矢板をスムーズに圧入することのできるオーガ併用鋼矢板圧入工法を提供することにあるとともに、その際に、オーガの掘削直径を拡大すると装置の大型化、作業効率の低下、地盤の必要以上の掘削等の問題が生じることから、掘削する地盤の全域を少ない面積で掘削することにあるものと認められる。

(イ)原告は、本件審決は、本件発明1の解決課題が「本件全域掘削」(既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削すること)であることを捨象し、解決課題を一般化・抽象化している点で誤りがあると主張する。

しかし、前記アのとおり、硬質地盤では鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削すると圧入が容易になることは周知技術であるところ、かかる周知技術を勘案するなら、未掘削部分があれば鋼矢板の圧入が困難であることは明らかである。そうすると、掘削範囲を圧入する鋼矢板の地盤の全域とすることは、静荷重型杭圧入引抜機を使用する場合においてのみ課題とされるものではなく、先行掘削を行う場合一般の課題ということができる。

また、鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削する場合に、オーガの掘削直径を拡大すると、装置の大型化、作業効率の低下、地盤の必要以上の掘削等の問題が生じることも自明である。掘削範囲を圧入する鋼矢板の地盤の全域とすることが、静荷重型杭圧入引抜機を使用する場合においてのみ課題とされるものではない以上、全域掘削の範囲を少なくすることも、先行掘削を行う場合一般の課題である。

そうすると、本件発明1の解決課題は、静荷重型杭圧入引抜機を使用することによる課題とはいえず、原告の主張は採用できない。

ウ 相違点1に係る構成の容易想到性について

(ア)「オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続する」(相違点1-3)及び「鋼矢板を圧入する地盤の全域」(相違点1-1)について

引用例1の先行削孔位置図には、2つの赤の2点鎖線の円の内部に、それぞれ凹型に形成された互いに噛合する鋼矢板の継手部を中心として、それぞれの継手部及びそこから延びる鋼矢板の傾斜部分が収まることと、この2つの円の間に、オーガケーシングと一体となった鋼矢板の平らな面が位置することが記載されており、先行削孔範囲を赤の2点鎖線の円の全域とするとともに、2つの先行掘削の間をオーガにより掘削して、先行掘削した地盤と連続させ、鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削することが示唆されている。

また、先行削孔位置図に記載された3つの赤の二点鎖線の円のうち、右側の円にはその内部中央に黄色で次の仮想のオーガケーシングが記載されており、先行削孔の径がオーガケーシングの径よりも大きいものを採用し得ることの示唆がある。

そして、前記アのとおり、硬質地盤では鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削すると圧入が容易になることは、周知技術であり、さらに、周知例1(甲2)の「オーガヘッドに掘削刃としての掘削翼が拡縮(拡開、閉刃)する機構」、周知例2(甲3)の「オーガ―先端部に開閉自在の掘削刃を配備してなるアースオーガー」、周知例3(甲4)の「オーガ―先端部に開閉自在の掘削刃を設けてなるアースオーガー」、周知例4(甲5)の「開閉自在に形成せしめて成る掘削刃装備」との記載によれば、鋼矢板の圧入に際して、オーガケーシング径よりも大径なオーガヘッドとして、拡径可能なオーガを使用することも、当業者にとって従来周知の技術であったと認められる。

したがって、引用発明1’において、当業者が、これらの周知技術を適用し、拡径可能なオーガを使用して先行削孔範囲を赤の2点鎖線の円の全域とするとともに、2つの先行削孔の間をオーガにより掘削して「2つの先行掘削した地盤と連続する」ようにし、「鋼矢板を圧入する地盤の全域」を掘削することは、容易に想到できたものである

(イ)「圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削する」(相違点1-2)について

前記(3)のとおり、引用発明1’は、オーガを用いて、先行削孔位置図の先行削孔オーガ位置として示されている位置を先行掘削し、鋼矢板の圧入時にもオーガを用いて掘削し、鋼矢板を圧入する地盤を掘削するものであり、鋼矢板を圧入する地盤の掘削に際しては、鋼矢板周りに1つの大きな円形の孔を掘削するのではなく、2つの小さな円形の先行削孔を行い、その間の部分を掘削するものである。そして、前記(ア)のとおり、引用発明1’に周知技術を適用すれば、先行削孔範囲を赤の2点鎖線の円の全域とする2つの先行削孔と、その間の鋼矢板と同時に掘削される部分は連続して形成され、鋼矢板がちょうど収まるようにその地盤の全域が掘削されるものであると認められる。

他方、本件明細書の図2、3、7~10には、本件発明について、鋼矢板の継手部及びその近傍をそれぞれ覆う小さな2つの円形の先行掘削孔と、その小さな2つの先行掘削孔をつなげるように設けられたもう1つの小さな円形の掘削孔とが設けられ、2つの先行掘削孔の内部に、それぞれ凹型に形成された互いに噛合する鋼矢板の継手部を中心として、それぞれの継手部及びそこから延びる鋼矢板の傾斜部分が収まり、2つの円の間に、オーガケーシングと一体となった鋼矢板の平らな面が位置しており、2つの先行掘削孔とこれと連続するように設けられた円形の孔は、圧入する鋼矢板の地盤のほぼ全域となるように掘削したものとしたことが記載されている。そして、「一定の間隔を空けて掘削した先行掘削Aと先行掘削Bとの間を連結掘削Cで連結することにより、圧入するハット形鋼矢板20の地盤の全域を、少ない面積で掘削することができる」(【0031】、図10)、「一度の掘削Eであっても、既設杭19と圧入するハット形鋼矢板20の掘削した範囲を合わせることにより、ハット形鋼矢板20の地盤の全域を掘削することは可能である。しかしながら、そのためには掘削Eに示すように掘削径を大きくして広い面積を掘削することが必要であり、掘削抵抗が大きくなって、地盤によっては掘削ができなかったり、オーガ掘削機12として高い能力のものを使用する必要が生じる。これに対して、本件発明の工法によれば、圧入するハット形鋼矢板20の地盤の全域を、少ない面積で掘削することができる」(【0032】、図11)との記載によれば、本件発明1の「圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削」するとは、一度の掘削によって鋼矢板の地盤のほぼ全域を掘削することに比べて少ない面積で掘削することを意味すると解される。

そうすると、引用発明1’は、2つの先行削孔とその間の掘削をするものであるから、「少ない面積で掘削する」構成を実質的に有するものであり、引用発明1’において、相違点1-2に係る本件発明1のように構成することは、容易に想到できたものである

エ 原告の主張について

(ア)原告は、引用例1には、課題を示す文章や説明はなく、鋼矢板の地盤の全域を掘削するという課題がない旨主張する。

しかしながら、鋼矢板の圧入において、鋼矢板をスムーズに圧入することは、自明な課題であり、鋼矢板圧入に関する発明である引用発明1’にもそのような課題があることは明らかである。

(イ)原告は、引用発明1’は、「既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機」であり、既設杭から得られる反力上の制約や、杭圧入引抜機が可動しうる範囲に関する制約を受ける点で、クローラ等の移動手段によって既設杭の制約なく自由に移動することができ、かつ、任意の位置を掘削することが可能な周知技術とは、解決課題が異なるから、引用発明1’に周知技術を適用することはできない旨主張する。

しかしながら、引用発明1’は、鋼矢板の地盤への圧入を容易にすることを課題としているところ、前記アのとおり、周知例1、2、5、6にも、硬質地盤では鋼矢板を圧入する地盤の全域を掘削すると圧入が容易になることが記載されており、かかる課題は、静荷重型杭圧入引抜機を使用する場合に限定されるものではないと解されるから、引用発明1’に周知技術を適用することの動機付けはあるというべきである。

(ウ)原告は、「本件全域掘削」、すなわち、既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して、圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削することを開示する周知技術はないから、引用発明1’に周知技術を適用しても、本件発明1を想到することはできないと主張する。

しかし、前記ウのとおり、「少ない面積で掘削する」ことは、引用発明1’が実質的に有する構成であるから、この点については周知技術を適用するまでもなく、当業者が想到できたものと認められる。

(6)小括

以上によれば、本件発明1は、引用発明1’に周知技術を適用して、当業者が容易に想到することができたものである。本件審決の引用発明の認定及び一致点、相違点の認定には誤りがあるが、容易想到性判断の結論において正当である。

3 取消事由2(本件発明2ないし4の容易想到性判断の誤り)について

(1)本件発明2について

ア 本件発明2は、実質的に本件発明1の態様を、「既設の鋼矢板と継手部を相互に噛合させて鋼矢板を地盤内に順次圧入する」場合に限定したものである。

引用例1の先行削孔位置図には、鋼矢板の継手部を相互に噛合させることが開示されているから、「圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合させ」ることは、引用発明1’との一致点となる。本件発明2と引用発明1’との相違点は、本件発明1と共通する相違点1-1、1-2に加え、本件発明2では、「オーガによる掘削が、圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合する既設の鋼矢板の継手部及び近傍の掘削済みの地盤と先行掘削した圧入する鋼矢板の開放側の継手部の圧入位置及び近傍の地盤と連続する」のに対し、引用発明1’では、かかる構成を備えるかどうかが明らかでない点(相違点1-4)と認められる。

イ 本件発明1と共通する相違点1-1、1-2は、本件発明1と同様の理由により、いずれも当業者が容易に想到できたものである。

そこで、相違点1-4について検討する。

相違点1-4は、オーガによる掘削が、「圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合する既設の鋼矢板の継手部及び近傍の掘削済みの地盤」と「先行掘削した圧入する鋼矢板の開放側の継手部の圧入位置及び近傍の地盤」と「連続する」との構成であり、先行掘削した地盤が、「圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合する既設の鋼矢板の継手部及び近傍の掘削済みの地盤」及び「先行掘削した圧入する鋼矢板の開放側の継手部の圧入位置及び近傍の地盤」であると特定するものである。そして、引用例1には、先行削孔位置図において、赤の2点鎖線の円のうち、左側の円で示される部分には、内部に「圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合する既設の鋼矢板の継手部及び近傍」を含み、中央の円で示される部分には、内部に「圧入する鋼矢板の開放側の継手部の圧入位置及び近傍」を含むことが開示されているから、引用例1の左側の円で示される先行削孔位置は、「圧入する鋼矢板の継手部を既設の鋼矢板と噛合する既設の鋼矢板の継手部及び近傍」に、中央の円で示される先行削孔位置は、「圧入する鋼矢板の開放側の継手部の圧入位置及び近傍」にそれぞれ該当する。

そうすると、相違点1-4は、オーガによる掘削が、上記の2つの先行掘削位置において掘削した地盤と連続する構成であり、実質的には相違点1-3と共通するから、本件発明1における相違点1-3と同様の理由により、当業者が容易に想到できたと認められる。

よって、本件発明2は、当業者が容易に想到することができたものである。

(2)本件発明3について

ア 本件発明3は、本件発明1又は2のオーガ併用鋼矢板圧入工法において、「鋼矢板を圧入をしつつ行うオーガによる掘削」(同時圧入時の掘削)を「拡径可能なオーガを使用して行う」態様に限定するものである。

本件発明3と引用発明1’とを対比すると、上記相違点1-1、1-2及び1-3又は1-4のほか、本件発明3では「鋼矢板を圧入をしつつ行うオーガによる掘削」(同時圧入時の掘削)を「拡径可能なオーガを使用して行う」のに対し、引用発明1’では、オーガの直径(掘削範囲)が特定されておらず、拡径可能なオーガであるか明らかでない点で相違する(相違点2)。

イ 本件発明1と共通する相違点1-1、1-2、1-3については、本件発明1と同様の理由により、本件発明2と共通する相違点1-1、1-2、1-4については、本件発明2と同様の理由により、いずれも当業者が容易に想到できたものである。

そこで、相違点2について検討する。

前記2(5)ウ(ア)のとおり、引用例1には、先行削孔の径がオーガケーシングの径よりも大きいものを採用し得ることの示唆があること、鋼矢板の圧入に際して、オーガケーシング径よりも大径なオーガヘッドとして、拡径可能なオーガを使用することは、当業者にとって従来周知の技術であることによれば、拡径可能なオーガを採用することも、当業者が容易に想到することができたと認められる。

ウ よって、本件発明3は、当業者が容易に想到することができたものである。

(3)本件発明4について

ア 本件発明4は、本件発明3のオーガ併用鋼矢板圧入工法において、「鋼矢板を圧入をしつつ行うオーガによる掘削」(同時圧入時の掘削)を「拡径可能な径大のオーガを使用して行う」際に、「オーガの中心位置を、鋼矢板の幅方向に直交する方向の中心線上に配置して掘削する」態様に限定するものである。

引用例1の先行削孔位置図には、同時圧入の際に、オーガの中心位置を、鋼矢板の幅方向に直交する方向の中心線上に配置して掘削することが見てとれるから、引用発明1’も、「オーガの中心位置を、鋼矢板の幅方向に直交する方向の中心線上に配置して掘削する」ものであるといえる。よって、この点は一致点となる。

本件発明4と引用発明1’とを対比すると、上記1-1、1-2及び1-3又は1-4のほか、本件発明4では、「鋼矢板を圧入をしつつ行うオーガによる掘削」(同時圧入時の掘削)を「拡径可能なオーガを使用して行う」のに対し、引用発明1’では、オーガの直径(掘削範囲)が特定されておらず、拡径可能なオーガであるか明らかでない点で相違する(相違点2)。

イ 本件発明1と共通する相違点1-1、1-2、1-3については、本件発明1と同様の理由により、本件発明2と共通する相違点1-1、1-2、1-4については、本件発明2と同様の理由により、本件発明3と共通する相違点2については、本件発明3と同様の理由により、いずれも当業者が容易に想到できたものである。

ウ よって、本件発明4は、当業者が容易に想到することができたものである。

(4)小括

以上によれば、本件発明2ないし4は、引用発明1’に周知技術を適用して、当業者が容易に想到することができたものである。本件審決の一致点、相違点の認定には誤りがあるが、容易想到性判断の結論において正当である。

 

6.検討

(1)前述したように本件以前に株式会社技研製作所が2回特許無効審判を請求していますが、いずれも特許維持という結論になっています。これら2回の無効理由は文献に基づく進歩性違反がメインでした。これに対して、本件の無効理由のメインは、本件特許出願前に最終更新されたCD-ROMに収録された動画でした。審決によるとこのCD-ROMは特許権者自らが2006年10月頃に土木事業者に頒布したもののようです。

(2)残念ながら動画を見ることはできないので進歩性の判断の中身について検討できません。しかし、当該CD-ROMが頒布された時期が2006年10月ごろで本件特許が出願されたのが2007年2月であることから、本件発明に係る新製品の購入を促したい土木業者を対象とした販促資料と考えるのが妥当だと思われます。

(3)それにしても2006年10月時点で新製品の試験施工の動画を作成できたのですから、当然発明として完成していたわけです。2回の特許無効審判も跳ね返すほどの発明だったので、他人事ながらもう少し早く出願できなかったのか?と思ってしまいます。当時は販促目的で出願人自らが公開した発明の場合、その公開から6カ月以内に出願しても新規性喪失の例外の適用を受けることができませんでした。したがって、このCD-ROMの頒布前に出願するしかなかったわけです。

(4)ちなみに現在は平成23年(2011年)法改正により、このように出願前に販促目的で公開してしまった発明であっても、その公開から6カ月以内に出願と適切な手続きをすれば、特許法第30条に規定される新規性喪失の例外の適用を受けることが可能となっています。したがって、特許出願前に販促等の目的で頒布してしまった資料により折角出願した発明が無効となってしまうことが防げるようになったと考えている人も多いようです。

(5)しかし、実際に本当にそのように都合良くいくでしょうか?一般的な企業の場合には発明者である技術者が所属する部門及び特許の出願手続きをする部門と、販促資料を頒布する営業マンが所属する部門とは異なります。そのため、営業マンは知財部門が新製品に係る発明の具体的内容及びその発明を出願したか否か知りえないケースがほとんどだと思います。一方、知財部門(技術者も含め)は営業マンが顧客に公開した販促資料の中身が未出願の発明に係るものであるか否か知りえないケースがほとんどだと思います。そうすると新規性喪失の例外適用の要件が緩和されても、技術部門及び知財部門が出願前に販促目的等で公開された事実を知らされていないため、新規性喪失の例外の適用を受けることが可能な期間を過ぎてから出願したり、手続きに必要な書類を提出しなかったりすることになり、結局本件と同じような状況になる可能性があります。

(6)まずは製品発表前の学会や販促目的等での社外向け発表内容及びスケジュールについて、各部門間の連絡を密にするシステムを構築したうえで、それを補完する手段として、改正された新規性喪失の例外規定を利用するように考えた方が良いように思います。