パン切断機事件

投稿日: 2017/07/29 19:55:18

色々あって前回の投稿からだいぶ間隔が開いてしまいました。今日は平成26年(ワ)第2468号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である冨士島工機株式会社は、判決によると、パン切断装置等の製造、販売等を目的とする株式会社だそうです。J-PlatPatで検索したところ特許が15件ヒットしました。一方、被告である株式会社タイキはスライサー、包装機、オーブン、ミキサー、洗浄機などの食品機械、省力機器の製造、販売等を目的とする株式会社だそうです。こちらは同じ名前の会社が存在しており発明の名称で判断しましたところ0件と思われます。

この訴訟で原告は、特許権に基づく請求、プログラムに係る著作権に基づく請求、取扱説明書に係る著作権に基づく請求及びこれらの権利侵害を原因とする不法行為による損害賠償請求を行っており、著作権に基づく請求の一部が認容され、その他は棄却されました。今回は特許権に関する点のみ検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第4148929号)

① 本事件では特許無効審判は請求されていません。

2.特許の内容

【請求項1】

A1 パン(B1)を背面側へ移動させるパン移動部(5)と、

A2 該パン(B1)を上方から切断すべく前記パン(B1)の移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ(30a、30b)及び該プーリ(30a、30b)間に巻回されて連動回転する無端帯刃(32)を有するパン切断部(6)と、

A3 該パン切断部(6)を上下動させる上下駆動部(7)とを備え、

B 前記パン切断部(6)が有する前記プーリ(30a、30b)は、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、

C1 前記パン切断部(6)は、前記プーリ(30a、30b)間を結ぶ前記無端帯刃(32)のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリ(30a、30b)に近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラ(52a、52b)および回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラ(53)から成る刃向規制部(50)と、

C2 前記プーリ(30a、30b)間を結ぶ前記無端帯刃(32)の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃(32)の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部(42)とを更に有し、

D 該案内支持部(42)は、一方の前記刃向規制部(50)から他方の前記刃向規制部(50)へ向かって、前記前記パン(B1)の移動ルートを横断して設けられ

前記刃向規制部(50)が有する挟持ローラ(52a、52b)と前記案内支持部(42)の端部との間には、前記挟持ローラ(52a、52b)により向きを規制された無端帯刃(32)が通過するスリットを有するスリット部材(43)が配設されており、

前記上部ローラ(53)は、前記挟持ローラ(52a、52b)と前記案内支持部(42)との間を通る前記無端帯刃(32)の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする

G パン切断装置。


3.争点

(1)本件特許権侵害の成否

ア 被告製品1は、本件特許発明の技術的範囲に属するか。

(ア)被告製品1は、本件特許発明の各構成要件を文言上充足するか(争点1-1)

(イ)被告製品1は、本件特許発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか(争点1-2)

イ 本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであるか。

(ア)乙6公報を主引例とする進歩性欠如(争点1-3)

(イ)公然実施発明を主引例とする進歩性欠如(争点1-4)

(2)原告プログラムに係る著作権侵害の成否

ア 原告プログラムの著作者及び著作物性の有無(争点2-1)

イ 被告が原告プログラムについて複製、翻案、複製物の譲渡をしたか(争点2-2)

(3)原告取扱説明書に係る著作権侵害の成否

ア 原告取扱説明書の著作者及び著作物性の有無(争点3-1)

イ 被告が原告取扱説明書について複製、翻案、複製物の譲渡をしたか(争点3-2)

ウ みなし侵害の成否(争点3-3)

(4)本件特許権侵害及び原告プログラムの著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額(争点4)

(5)原告取扱説明書の著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額(争点5)

4.裁判所の判断

4.1 争点1-4(公然実施発明を主引例とする進歩性欠如)について

本件特許権侵害の成否に関し、事案に鑑み、まず、争点1-4(公然実施発明を主引例とする進歩性欠如)を検討すると、当裁判所は、本件特許発明は、当業者が原告旧製品の構成等に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであると判断する。

その理由は、以下のとおりである。

(1)本件特許発明の要旨

-省略-

(2)原告旧製品(公然実施発明)の構成

原告が本件特許出願日前に原告旧製品を販売していたことは当事者間に争いがなく、原告旧製品に係る発明は、日本国内において公然実施をされた発明(特許法29条1項2号)に当たる(以下、原告旧製品に係る発明を「公然実施発明」という。)。公然実施発明の構成は、以下のとおりである(乙30)。

a1 洋菓子をその場で回転させる「ターンテーブル」と、

a2 該洋菓子を上方から切断すべく前記ターンテーブルを挟んで左右に対向配置された「駆動プーリ」及び「従動プーリ」と、これらのプーリ間に巻回されて連動回転する「エンドレス刃物」を有する「刃物部」と、

a3 該刃物部を上下動させる「刃物部昇降機構」を備え、

b 前記刃物部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、

c1 前記刃物部は、前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの「側部ローラ」及び回転軸芯を前後方向へ向けられた「上部ローラ」からなる「ローラユニット」と、

c2 前記プーリ間を結ぶエンドレス刃物の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の「刃物サヤ」を更に有し、

d 該刃物サヤは、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、前記洋菓子の載置位置を横断して設けられ、

e 前記ローラユニットが有する側部ローラと前記刃物サヤの端部との間には、前記側部ローラにより向きを規制されたエンドレス刃物が通過するスリットを有する「スリット部材」が配設されており、

f 前記上部ローラは、前記側部ローラと駆動プーリとの間、及び、前記側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする

g 洋菓子カッタ。

なお、公然実施発明が切断対象とする「洋菓子」は、ショートケーキ、ショートパン及びロールケーキを含み(乙24)、「刃物サヤ」は、薄板を折り曲げて形成されている。

(3)本件特許発明と公然実施発明との対比

公然実施発明の「駆動プーリ」と「従動プーリ」が構成要件A2の「2つのプーリ」に相当し、「エンドレス刃物」が構成要件A2の「無端帯刃」に相当するので、公然実施発明の「刃物部」は、構成要件A2の「パン切断部」に相当する。また、公然実施発明の「刃物部昇降機構」が構成要件A3の「上下駆動部」に相当する。

公然実施発明の駆動側若しくは従動側の「ローラユニット」を構成する「側部ローラ」と「上部ローラ」は、構成要件C1の「刃向規制部」の「扶持ローラ」及び「上部ローラ」に相当する。また、公然実施発明の「刃物サヤ」は、構成要件C2の「案内支持部」に相当する。

公然実施発明の「スリット部材」は、構成要件Eの「スリット部材」に相当する。

そして、本件特許発明の「パン切断装置」と公然実施発明の「洋菓子カッタ」は、食品を切断する機能を有する装置である点で共通する。

そうすると、本件特許発明と公然実施発明の一致点及び相違点は、以下のとおりに認定される。

ア 一致点

左右に対向配置された2つのプーリ(「駆動プーリ」及び「従動プーリ」)及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃(「エンドレス刃物」)を有するパン切断部(「刃物部」)と、該パン切断部(該刃物部)を上下動させる上下駆動部(「刃物部昇降機構」)とを備え、前記パン切断部(前記刃物部)が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ、前記パン切断部(前記刃物部)は、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラ(「側部ローラ」)及び回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラ(「上部ローラ」)から成る刃向規制部(「ローラユニット」)と、前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の部分のうち正面側を移動する部分を案内すべく前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の案内支持部(「刃物サヤ」)とを更に有し、該案内支持部(該刃物サヤ)は、一方の前記刃向規制部(前記ローラユニット)から他方の前記刃向規制部(前記ローラユニット)へ向かって設けられ、前記刃向規制部(前記ローラユニット)が有する挟持ローラ(側部ローラ)と前記案内支持部(前記刃物サヤ)の端部との間には、前記挟持ローラ(前記側部ローラ)により向きを規制された無端帯刃(エンドレス刃物)が通過するスリットを有するスリット部材(「スリット部材」)が配設されており、前記上部ローラ(前記上部ローラ)は、前記無端帯刃(前記エンドレス刃物)の上端部に周面が当接するように設けられていることを特徴とする、食品を切断する装置

イ 相違点

(ア)相違点1

本件特許発明において、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」のに対し、公然実施発明の上部ローラは、側部ローラと駆動プーリとの間、及び、側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている点

(イ)相違点2

本件特許発明は「パン切断装置」であるのに対し、公然実施発明は「洋菓子カッタ」である点

(ウ)相違点3

本件特許発明は「パンを背面側に移動させるパン移動部」を備えるのに対し、公然実施発明は「洋菓子をその場で回転させるターンテーブル」を備える点

(エ)相違点4

本件特許発明は案内支持部が「パンの移動ルート」を横断して設けられているのに対し、公然実施発明は刃物サヤが「洋菓子の載置位置」を横断して設けられている点

(4)相違点に係る構成の容易想到性

ア 相違点1について

(ア)本件明細書【0038】の記載からすると、本件特許発明では、「前記パン切断部が有する前記プーリは、その回転軸芯の上部が下部に比べて正面側へ位置するように該回転軸芯が鉛直方向より正面側へ傾斜して設けられ」ている(構成要件B)ため、「該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃」(構成要件A2)の刃先も、鉛直方向から傾斜した方向へ向けられることから、「前記プーリ間を結ぶ前記無端帯刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記プーリに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つの挟持ローラおよび回転軸芯を前後方向へ向けられた上部ローラから成る刃向規制部」(構成要件C1)を備えることにより、挟持ローラに挟持された無端帯刃は、その刃先が鉛直下方向きに規制され、その際、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」(構成要件F)ことにより、無端帯刃の刃先が挟持ローラによって鉛直下向きに規制された後に、無断帯刃を上から押さえることにより、正面帯刃の上下方向のバタツキを抑える役割を果たすと認められる。

(イ)乙7公報(特開平06-023617号公報)には次の記載があると認められる(別紙乙7図面参照。なお、各箇所の引用符の記載は省略する。)。

【発明の詳細な説明】

【0001】

【産業上の利用分野】本発明は、帯鋸盤によるワーク切断中の切れ曲がりを矯正する方法に関するものであり、該切れ曲がりによる切断精度の低下や鋸刃の損傷を防止する手段として利用される。

【0012】

【実施例】図1は本考案を適用した一実施例に係る帯鋸盤を示しており、機台10の上部にワークWを挟み付けて固定するバイス装置11を備えると共に、単動型の昇降用油圧シリンダ12を介して昇降動作するソーヘッド3が、機台10に立設した左右のコラム13、13を抱持して上方に配置されている。このソーヘッド3には帯鋸刃1を巻装した左右のバンドホイール2a、2bが枢着されており、切断行程側つまり走行下位側の鋸刃1aは、ソーヘッド3に取り付けられた左右のガイドアーム5a、5bの下端部により刃先を下向きとする垂直状態に保持されている。

【0016】図4をも参照して、両ガイドアーム5a、5bは、バンドホイール2a、2bに側面で接して倒伏姿勢にある帯鋸刃1を、下端の外側寄りに設けた一対のガイドローラー20、20間に挟んで引き起こし、更に内側寄りに設けた固定押さえ板21aと可動押さえ板21bとの間で挟持することにより、切断行程の鋸刃1aを刃先が下を向く垂直姿勢に矯正して保持している。22は鋸刃1aの背面に転接する押さえローラーであり、該鋸刃1aの上下位置をガイドアーム5a、5bの下端より刃先部分のみ突出するように規制している。なお、可動押さえ板21bは、皿ばね23を介して鋸刃1aに圧接しているが、鋸刃1aを離脱させる際にはレバー24を引いて圧接を解除できる。

(ウ)乙7公報の上記記載からすると、乙7公報には、次の発明(乙7発明)が記載されていると認められる。

「ワークを上方から切断すべくワークを挟んで左右に対向配置された2つのバンドホイール及び該バンドホイール間に巻回されて連動回転する帯鋸刃を有する帯鋸盤において、前記バンドホイールは、その回転軸芯が前後方向へ向けて設けられ、前記バンドホイール間を結ぶ前記帯鋸刃のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制すべく2つの前記バンドホイールに近接配置されて回転軸芯を上下方向へ向けられた2つのガイドローラ及び回転軸芯を前後方向へ向けられた押さえローラが設けられ、押さえローラは、前記ガイドローラ内側のガイドアームの上方の位置で前記帯鋸刃の上端部に周面が当接するように設けられている。」

そして、乙7発明の押さえローラは、鋸刃の上下位置をガイドアームの下端より刃先部分のみ突出するように規制する機能を有するが、この技術的意義は、帯鋸刃がガイドローラによって倒伏姿勢から垂直姿勢に矯正されることから、帯鋸刃に対して、倒伏姿勢に戻ろうとする力と垂直姿勢に矯正する力が働き、帯鋸刃の高さ方向の位置が所望の位置に安定しないため、帯鋸刃がガイドローラによって垂直姿勢に矯正された後に、帯鋸刃を上方から押さえることにより、鋸刃の高さ方向の位置を所望の位置に規制する点にあり、相違点1に係る本件特許発明の構成と同様の技術的意義を有すると認められる。

他方、公然実施発明においても、2つのプーリが傾斜して設けられているため、ローラユニットによって、プーリ間を結ぶエンドレス刃物のうち正面側を移動する部分の刃向きを略鉛直下方向きに規制しているところ、エンドレス刃物の上部を正面側及び背面側から挟んで支持する薄板状の刃物サヤが存することから、エンドレス刃物の高さ方向の位置を所望の位置に規制する必要がある。そうすると、公然実施発明においても、エンドレス刃物に対して、傾斜姿勢に戻ろうとする力と垂直姿勢に矯正する力が働くことから、エンドレス刃物の高さ方向の位置が刃物サヤに対する所望の位置に安定しないとの課題が乙7発明と同様に内在しており、公然実施発明における上部ローラは、エンドレス刃物を上方から押さえることにより、エンドレス刃物の高さ方向の位置を所望の位置に規制する技術的意義を有していると理解することができる。

このような公然実施発明と乙7発明の課題及び技術的意義の共通性からすると、公然実施発明に乙7発明を組み合わせる動機付けがあるといえ、それにより、上部ローラの位置を、エンドレス刃物がローラーユニットによって垂直姿勢に矯正された後の位置とし、その際に、公然実施発明の刃物サヤが薄板を折り曲げて形成していることから、エンドレス刃物を上方から押さえられるように、上部ローラをローラーユニットと刃物サヤの間に配して、相違点1に係る構成に至ることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(エ)原告の主張について

a 原告は、公然実施発明は、洋菓子カッタに関するものであるのに対し、乙7発明は、木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであり、技術分野が異なると主張する。

しかし、公然実施発明も乙7発明も、被切断物を無端帯状の刃物によって切断する技術に関するものである点で共通しており、しかも、無端帯状の刃物が垂直状態に姿勢を矯正される際にその高さ方向の位置を安定させるとの課題は、切断対象物いかんにかかわらず無端帯状刃物に通有する一般的な課題であるから、公然実施発明と乙7発明の技術分野が異なるとはいえない。

b また、原告は、乙7発明では、切断対象物が木材、金属等の非常に硬いものであり、切断対象物を切断する時に、切断対象物が無端帯刃を押し付ける力が非常に大きいことから、この力によって無端帯刃がプーリから外れることを防止するために押さえローラが設けられており、このような押さえローラを柔らかい洋菓子を切断対象物とする公然実施発明に適用する動機付けは存しないと主張する。

しかし、前記認定に係る乙7公報の記載からすると、押さえローラは、鋸刃の上下位置をガイドアームの下端より刃先部分のみ突出するように規制するために設けられていると認められるから、その技術的意義を、原告の上記主張のように解することはできない。

c また、原告は、本件特許発明では、無端帯刃は、鉛直方向に引き起こされて上部ローラの周面に対して直交した状態で上端が上部ローラの周面と接することから、鉛直方向に引き起こされる途中で上部ローラの周面と接する公然実施発明と比べて、無端帯刃の鉛直方向のバタツキを効果的に抑制し、上部ローラの摩耗を抑制することができる有利な効果を有することから、公然実施発明から相違点1に係る構成を容易に想到し得たものではないと主張する。

しかし、そのような効果は、乙7発明の構成においても内在しているものであるから、公然実施発明に乙7発明を適用する場合に想定される範囲内のものであり、それをもって、相違点1に係る本件特許発明の構成を想到することの容易性は否定されない。

イ 相違点2について

(ア)乙12公報(特開平02-224997号公報)には次の記載があると認められる。

「この発明は食パンを所定の厚さにスライスする食パン用スライス装置に関する。」

「駆動装置4は図の例ではモータ5と、該モータ5により回転駆動される駆動プーリ6と、回転自在に支持される従動プーリ7と、・・・を有し、・・・ている。」

「図の例では、刃物14は刃物台15に回転自在に支持される駆動輪16と従動輪17に巻掛けられたエンドレスベルト状に刃が形成された刃物として装着される。」

このように、乙12公報には、無端帯刃を用いてパンを切断する発明(乙12発明)が記載されている。

(イ)公然実施発明も乙12発明も、内部に細かな孔が無数に空いた多孔質で軟らかい食品を切断する装置に関する発明であるから、公然実施発明に乙12発明を適用する動機付けが存在するというべきであり、相違点2に係る本件特許発明の構成を想到することは容易であるといえる。

ウ 相違点3及び4について

(ア)本件明細書【0007】、【0009】、【0010】、【0011】、【0017】、【0028】、【0042】の記載によれば、本件特許発明は、従来のレシプロ切断装置では、厚みの異なるサンドイッチパンを製造する場合、これに対応した間隔で有端帯刃が並設された別個の装置を用意するか、又は、一の装置において、多数ある有端帯刃の並設間隔を全て変更する必要があるという課題があったことから、切断して得られるパン片の厚みを容易に変更することができるパン切断装置を提供することを目的の一つとし、「パンを背面側へ移動させるパン移動部と、該パンを上方から切断すべく前記パンの移動する経路を挟んで左右に対向配置された2つのプーリ及び該プーリ間に巻回されて連動回転する無端帯刃を有するパン切断部と、該パン切断部を上下動させる上下駆動部とを備え」る(構成要件A)ことにより、パン切断部を上方から下降させるタイミングを変更したり、パン移動部の前進距離を変更する場合に、得られるパン片の厚みを変更することができることとし、上記課題を解決したものであると認められる。

(イ)原告旧製品については、カタログ(乙24)において「スライス寸法、スライス個数をセットするだけで、任意のスライスができます。」とされ、取扱説明書(乙25)おいて、「運転準備」として、「カット寸法設定」、「寸法を変更する時はカットしたいタテ寸法と等分数をタテ×個数欄に、ヨコ寸法と等分数も同様にヨコ×個数欄にセットします。」と記載されている(6頁)から、得られるパン片の厚みを変更することができるとの課題に対応していると認められる。

(ウ)原告が販売したバーチカル・スライサーVC-1S型は、ショートケーキ、フルーツケーキ、シートパン等の洋菓子を用途とするスライサーである(乙53の1)。原告の本社は、平成3年9月に移転した後、平成11年5月に移転したところ(乙54の1、2)、上記スライサーのカタログの裏面には、原告の本社所在地として住所が記載されているため(乙53の2)、原告は、平成11年5月以前に上記スライサーを販売したと認められるから、上記スライサーに係る発明は、本件特許出願日前に公然実施された発明であると認められる。

そして、上記証拠(乙53の1)及び弁論の全趣旨によれば、上記スライサーは、コンベアを用いて洋菓子を背面側へ移動させて、洋菓子が移動する経路を挟んで左右に横断するようにして設けられた無端帯刃を上下動させて洋菓子を切断する構成を有すると認められ、「ワンタッチでスライス寸法・速度を選べる万能タイプです。」とされている(乙53の1)から、コンベアの移動速度等の設定により、得られる切断物の厚みを容易に変更することができると認められ、相違点3及び4に係る本件特許発明の構成と同一の技術的意義を有すると認められる。

(エ)以上のように、公然実施発明も上記スライサーに係る発明も、無端帯刃と洋菓子の相対位置を移動させることにより、洋菓子を順次切断するという目的・機能を共通にしている上、得られる切断物の厚みを容易に変更できるようにするとの課題も共通にしていることからすると、公然実施発明における洋菓子をその場で回転させるターンテーブルを、上記スライサーに係る発明におけるパンを背面側に移動させるコンベアに置換することは動機付けがあるといえる。

そして、ターンテーブルを背面側へ移動させるコンベアに置き換えるのに伴って、公然実施発明における刃物サヤは、必然的に、一方のローラユニットから他方のローラユニットへ向かって、コンベアに載置された洋菓子の移動ルートを横断して設けられることになる。

したがって、相違点3及び4に係る構成は、公然実施発明及び上記スライサーに係る発明から容易に想到し得たと認められる。

(オ)なお、原告は、本件特許発明は、パンを背面側に移動させるパン移動部を備えるので、パン切断部を上方から下降させるタイミングを変更するだけで、得られるパン片の厚みを変更することができ、有利な効果を有するものであるから、進歩性に欠けるものではないと主張するが、この効果は上記スライサーに係る発明が既に具備し、明示されている効果であって、公然実施発明に上記スライサーに係る発明を置換する場合に想定される範囲内のものであり、それをもって、相違点3及び4に係る本件特許発明の構成を想到することの容易性は否定されない。

(5)したがって、本件特許発明は、当業者が公然実施発明等に基づいて容易に発明することができたものであり、進歩性を欠き、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものである。

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件特許権侵害に係る請求はいずれも理由がない。

4.2 争点2-1(原告プログラムの著作者及び著作物性の有無)について

-省略-

4.3 争点3-1(原告取扱説明書の著作者及び著作物性の有無)について

-省略-

4.4 争点3-2(被告が原告取扱説明書について複製、翻案、複製物の譲渡をしたか)について

-省略-

4.5 争点5(原告取扱説明書の著作権侵害に基づく損害賠償請求に係る損害額)について

-省略-

5.検討

(1)本事件も最近の地裁での審理の傾向通り判決中では特許権の抵触性については全く触れず特許無効のみ判断しています。また、本事件では侵害訴訟で被告から無効主張がされていますが、被告は特許無効審判を請求していません。

(2)本事件では原告の旧製品をベースにして特許無効主張が組み立てられました。実際、従来製造・販売していた製品をベースとして特許無効主張が成立するケースはかなり多いと思います。しかし、ほとんどのケースで内々で処理され、実際に訴訟にならない限りは表に出てこないと思われます。

(3)ところで、本事件では原告旧製品に基づき特許無効と判断されましたが、それは妥当なのでしょうか。本件発明と原告旧製品との相違点で気になったのは、相違点1と相違点3です。

相違点1は「本件特許発明において、上部ローラは、「前記挟持ローラと前記案内支持部との間を通る前記無端帯刃の上端部に周面が当接するように設けられている」のに対し、公然実施発明の上部ローラは、側部ローラと駆動プーリとの間、及び、側部ローラと従動プーリとの間を通るエンドレス刃物の上端部に周面が当接するように設けられている点」ですが、これに対して裁判官は本件発明と同じ構成が開示されている乙7公報を組み合わせることで容易に想到できる、と判断しています。しかし、原告旧製品に乙7発明を適用してローラとプーリの位置関係をわざわざ本件発明のような構成に変更しなければならない理由が見当たりません。しかも原告が主張するように乙7発明が木材、金属等を切断するための帯鋸に関するものであるならば、なおさら切断対象が大きく異なる分野の一部構造を原告旧製品に適用する点に不自然さを感じます。乙7発明の構成が原告旧製品の構成に対して優れたものであることを示す公知文献等が存在することで初めて動機づけが存在することになると思います。

言い方を変えると、ある装置に別の装置の一部の構成を適用する行為は、その別の装置の一部構成を適用することがある装置の能力を向上させるか否か不明な状態で行われているならば、それは発明を創造する過程の行為そのものであると思います。

相違点3は「本件特許発明は「パンを背面側に移動させるパン移動部」を備えるのに対し、公然実施発明は「洋菓子をその場で回転させるターンテーブル」を備える点」です。判決を読んでもターンテーブルをパン移動部(コンベア)に置換できる理由が、相違点4の話と一緒に書いているせいか、イマイチわかりません。素直に考えるとホールケーキをカットするにはターンテーブルが適しており、食パンをスライスするにはコンベアが適しているように思います。したがって、普通に考えれば置換などしないように思います。