情報提供アプリ事件

投稿日: 2019/11/26 23:52:51

今日は、平成30年(ワ)第12609号 特許権侵害差止請求事件について検討します。判決文によると、原告であるヤマハ株式会社は、コンピューターソフトの制作及び製造並びに販売等を目的とする株式会社、一方、被告である株式会社コンピューター・ビジネスは、コンピュータ・ソフトウェアの開発、販売等を目的とする株式会だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件は2件の特許がありますが、原出願と分割出願の関係にあって、似通った内容の発明です。発明の概要は、例えば展示施設で展示物を解説する案内音声(音声自体を表す音響信号と、この案内音声に付与された識別信号とを含む)から生成された収音信号から識別情報を抽出し、この識別情報と端末装置で指定された言語を示す言語情報とを含む情報要求を送信し、この情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報を受信し、この関連情報(指定された言語)で放音(展示物の解説を流す)するものです。

もっと平たく言えば、例えばスマホにダウンロードするアプリであって、外国人が日本語による展示物の解説を理解できない場合に、このアプリで自分が理解できる言語を指定すると、そのスマホから指定された言語での解説が流れるというものです。

(2)本件訴訟では、抵触性と有効性が争われました。抵触性では特許1の本件発明1の構成要件1B及び1Dが充足するか否か、本件発明2の構成要件2A及び2Cが充足するか否かが争われました。しかし、判決では本件発明1に関する記述しかなく本件発明2に関しては記述がありません。これは本件訴訟が本件アプリの作成等の差止を求める事案であるため、本件特許権1の侵害による請求と本件特許権2の侵害による請求とが選択的なものであるためだと思われます。つまり、本件特許権1と本件特許権2が対象とする本件アプリは全く同一のものであるので、本件特許権1による差止請求を認容する場合にはどちらか一方だけで十分ということです。それに本件特許権1は直接侵害ですが、本件特許権2は間接侵害なので、本件特許権1で判断した方が合理的です。

(3)被告が本件アプリは本件発明1の構成要件1Bを充足しない、と主張する根拠として挙げたのは、以下の2点です(構成要件1Dを充足しないという主張も基本的には同じ考え方)。

①被告サービスにおいて、被告は、放音される音響やIDコードの識別対象を決定しておらず、これらを選択、決定しているのは顧客であって、いずれも「案内音声」に限られるものではない。

②本件アプリの利用場面の中で、最も多くの需要が見込まれているのは商品説明の場合であるが、商品説明において、放音装置から音声が発せられることは必須ではなく、かえって、音声が放音されるとスマートフォンに表示される情報を理解する妨げになる。

しかし、判決では、被告の上記①の主張は、構成要件1B所定の音響が放音されない場合があることを指摘するにとどまるものであり、本件アプリの広告においても、案内音声を収音する使用形態を回避させるような記述はなく、むしろ、そのような使用形態を想定したものとなっていたというべきであるから、前記認定を覆すに足りないというべきであり、被告の上記②の主張について、本件アプリにつき最も多くの需要が見込まれていたのが商品説明の場面であったとしても、被告において、そのような使用形態に特化したものとして本件アプリを広告宣伝していたものでもなく、前記認定を覆すに足りない、として主張を退けています。

(4)被告は、平たく言うと、本件アプリは構成要件1B及び1Dに相当する機能を有しているが、顧客が必ずしもその機能を利用するわけではないので非抵触である、と主張しているようです。さすがにこのような主張は認められるはずもなく抵触と判断されました。

(5)被告は進歩性欠如の無効主張を2件していますが、こちらも退けられています。いずれも組み合わせること自体を否定され、さらに、たとえ組み合わせたとしても本件発明1の構成に到達しない、と認定されています。

(6)結局、原告の差止等請求は認められ、被告は控訴しませんでした。さすがに上記主張では控訴審で判断が覆る可能性が著しく低いと判断したと思われます。

(7)平成14年改正で物の発明にプログラムの発明が加えられましたが、侵害訴訟でプログラムの発明が対象となることは少なく、さらにプログラムの発明に係る特許権の侵害が認められたケースろなると直ぐには思い浮かびません(きちんと探せばあるかもしれませんが)。日本の特許制度は多項制を採用しているので、ソフトウェア発明の場合、せっかくなら特許請求の範囲にプログラムの発明を追加しておいた方が良いと思います。本件発明2のように「端末装置」の発明だと、アプリを販売している業者は間接侵害でしか訴えることができないので、色々面倒です。

(8)通常、ソフトウェアの発明は外見ではわからない部分が多いため侵害品の摘発や侵害の立証が難しいです。本件で原告がどの程度の時間や労力をかけたのか不明ですが、本件発明がシンプルであったこと、本件アプリの広告からの情報が多かったことは立証に役立ったと思われます。本件発明と本件アプリを比べた場合、請求項の記載の各構成要件(「コンピュータ」、「情報抽出手段」、「送信手段」、「受信手段」及び「出力手段」)のうち「情報抽出手段」については、本件アプリが収音した収音信号が音響信号と識別情報を有していることは広告を読むとわかるので、識別情報だけ分離する手段を有している蓋然性は高いと言えます。また、本件アプリに言語を指定する機能があって、言語を指定するとその言語による解説が流れるのであれば「送信手段」、「受信手段」及び「出力手段」を有している蓋然性も高いと言えます。

2.手続の時系列の整理

① 本件特許1と本件特許2は、原出願の特許と分割出願の特許という関係にあります。特許第5871088号(本件特許1)が原出願(特願2015-092283)、特許第6276453号(本件特許2)が分割出願(特願2017-103875)です。なお、本件特許2は本件特許1の分割出願である特願2016-004055(第1世代)からの分割出願(第2世代)です。

② 第2世代の分割出願は、表では省略しましたが、本件特許2を含め6件あり、いずれも特許になっています。

③ 本件は被告が控訴しなかったため本地裁判決が確定しています。

3.本件各発明

(1)本件発明1(特許第5871088号の訂正後の請求項9)

1A コンピュータを、

1B 案内音声である再生対象音を表す音響信号(SG)と当該案内音声である再生対象音の識別情報(D)を含む変調信号(SD)とを含有する音響信号(S)に応じて放音された音響を収音した収音信号(X)から識別情報(D)を抽出する情報抽出手段(51)、

1C 前記情報抽出手段(51)が抽出した識別情報(D)と、当該端末装置(12)にて指定された言語を示す言語情報(L)とを含む情報要求(R)を送信する送信手段(542)、

1D 前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す関連情報(Q)であって、前記情報要求(R)に含まれる識別情報(D)に対応するとともに相異なる言語に対応する複数の関連情報(Q)のうち、前記情報要求(R)の言語情報(L)で指定された言語に対応する関連情報(Q)を受信する受信手段(544)、および、

1E 前記受信手段(544)が受信した関連情報(Q)を前記案内音声の放音とともに出力する出力手段(58)

1F として機能させるプログラム。

(2)本件発明2(特許第6170645号の訂正後の請求項4)

2A 第1言語の案内音声である再生対象音と当該案内音声である再生対象音の識別情報(D)を示す音響成分とを含む音響を収音する収音装置(56)と、

2B 前記収音装置(56)が収音した音響から前記識別情報(D)を抽出する情報抽出部(50)と、

2C 前記情報抽出部(50)が抽出した識別情報(D)に対応し、前記案内音声である再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報の所在を示すURLを受信する通信部と

2D を具備する端末装置。


4.被告の行為及び本件アプリの構成等

(1)被告の行為

被告は、遅くとも平成29年5月頃から平成30年6月頃まで、本件アプリを作成し、ダウンロード用のウェブサイトを介してスマートフォン利用者に配信することにより、本件アプリの譲渡等及び譲渡等の申出をしていた。

また、被告は、平成28年6月、同年10月及び平成29年3月にそれぞれ開催された展示会等において、本件アプリを使用した(甲5ないし8、10)。

(2)本件アプリの構成等

ア 本件アプリは、スマートフォンにインストールされて利用されるアプリケーションであり、被告が提供するサービス(以下「被告サービス」という。)において、本件スマートフォンを次のように機能させるプログラムである。

(ア)スピーカー等の放音装置から、識別情報であるIDコードを表す音響IDを含む音響が放音されると、これを収音し、当該音響IDからIDコードを検出する。

(イ)検出されたIDコード及びアプリ使用言語の情報を含むリクエスト情報を作成し、被告が管理するサーバ(以下「管理サーバ」という。)に送信する。

(ウ)管理サーバから、リクエスト情報に含まれるIDコード及びアプリ使用言語の情報に対応する情報の所在を示すものとして送信されるアクセス先URLを受信する。

(エ)上記アクセス先URLに係るサーバにアクセスして情報を取得し、これをブラウザに表示して出力する。

イ 被告サービスにおいて、被告から音響IDの提供を受け、放音装置から音響IDを含む音響を放音し、IDコード及びアプリ使用言語の情報に対応するURLを決定し、管理サーバにその対応関係を記憶しているのは、被告と契約を締結した被告の顧客(以下、単に「顧客」という。)であり、顧客は、1個のIDコードに対応させて、6個までのアプリ使用言語に対応する各URLを管理サーバに記憶することができる。

ウ 本件アプリは、別紙5「本件アプリの構成」記載の各構成(以下、符号に対応させて「構成1a」などという。)のうち、構成1a、1c、1e、1fを備えており、構成要件1A、1C、1E、1Fを充足する

エ 本件スマートフォンは、別紙6「本件スマートフォンの構成」記載の各構成(以下、符号に対応させて「構成2a」などという。)のうち、構成2b、2dを備えており、構成要件2B、2Dを充足する

5.争点

(1)本件アプリは本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 本件アプリは構成要件1Bを充足するか(争点1-1)

イ 本件アプリは構成要件1Dを充足するか(争点1-2)

(2)本件スマートフォンは本件発明2の技術的範囲に属するか(争点2)

ア 本件スマートフォンは構成要件2Aを充足するか(争点2-1)

イ 本件スマートフォンは構成要件2Cを充足するか(争点2-2)

(3)本件特許権2について、特許法101条1号及び同条2号の間接侵害は成立するか(争点3)

(4)本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

ア 本件発明1は乙2公報により進歩性を欠くか(争点4-1)

イ 本件発明1は乙9公報により進歩性を欠くか(争点4-2)

(5)本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点5)

ア 本件発明2は乙2公報により進歩性を欠くか(争点5-1)

イ 本件発明2は乙9公報により進歩性を欠くか(争点5-2)

(6)差止めの必要性は認められるか(争点6)

6.争点に対する当事者の主張

1 争点1(本件アプリは本件発明1の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(本件アプリは構成要件1Bを充足するか)について

【原告の主張】

案内音声を音響IDと重畳させて放音し、当該案内音声を識別するものとして音響IDを使用することは、典型的な音響IDの使用方法であって、被告は、顧客に対し、そのような態様で本件アプリを使用することを積極的に促していることなどからすると、本件アプリは、「案内音声と当該案内音声を識別するIDコードを含む音響IDとを含有する音響を収音し、当該音響からIDコードを抽出する情報抽出手段」(構成1b)を備えており、構成要件1Bを充足する。

【被告の主張】

構成1bは否認する。被告サービスにおいて、被告は、放音される音響やIDコードの識別対象を決定しておらず、これらを選択、決定しているのは顧客であって、いずれも「案内音声」に限られるものではない。本件アプリの利用場面の中で、最も多くの需要が見込まれているのは商品説明の場合であるが、商品説明において、放音装置から音声が発せられることは必須ではなく、かえって、音声が放音されるとスマートフォンに表示される情報を理解する妨げになる。

したがって、本件アプリは構成要件1Bを充足するとはいえない。

(2)争点1-2(本件アプリは構成要件1Dを充足するか)について

【原告の主張】

ア 被告は、アナウンスに関連する情報を多言語で提供する用途に本件アプリを使用することを宣伝していることなどからすると、本件アプリは、「前記案内音声の発音内容を表す関連情報であって、前記リクエスト情報に含まれるIDコードに対応するとともに、6個までのアプリ使用言語に対応する複数の情報のうち、前記リクエスト情報のアプリ使用言語に対応する情報を受信する受信手段」(構成1d)を備えており、構成要件1Dを充足する。

イ 「関連情報」は、構成要件1Dのとおり「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する」ものであり、第1言語で発音される案内音声の発音内容を第1言語で表した文字列に限定されない。

【被告の主張】

ア 構成1dは否認する。被告サービスにおいて、被告は、本件スマートフォンが受信する情報を決定しておらず、これを選択、決定しているのは顧客であって、構成要件1D所定のものに限られない。本件アプリに係るシステムは実証実験の段階にあったが、被告は、同実験において、本件アプリを用いて「案内音声である再生対象音の発音内容」を関連情報として出力したことはなく、外国語に翻訳した内容を関連情報として出力したこともない。また、被告は、今後、顧客に対し、案内音声である再生対象音の発音内容を表す他国語の関連情報を提供することを禁ずる旨の約束をする意思がある。

イ 原告は、本件訂正審判請求1に当たり、特許請求の範囲に「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す関連情報であって」との文言を追加する旨の訂正事項が明細書の記載事項の範囲内であることを示す根拠として、本件特許1に係る明細書(以下「本件明細書1」という。)の段落【0041】(以下、公報、明細書の段落については、単に「【0041】」などと示す。)を挙げているところ、同段落には、第1実施形態の態様1として、第2言語に翻訳することなく、第1言語の指定文字列のまま関連情報Qとすることが記載されていることなどからすると、「関連情報」は、第1言語で発音される案内音声の発音内容を第1言語で表した文字列であると解すべきであるが、前記アのとおり、本件アプリが受信する情報は、そのような文字列を表す情報に限られない。

ウ 以上より、本件アプリは構成要件1Dを充足するとはいえない。

2 争点2(本件スマートフォンは本件発明2の技術的範囲に属するか)について

(1)争点2-1(本件スマートフォンは構成要件2Aを充足するか)について

【原告の主張】

第1言語の案内音声を音響IDと重畳させて放音し、当該案内音声を識別するものとして音響IDを使用することは、典型的な音響IDの使用方法であって、被告は、顧客に対し、そのような態様で本件アプリを使用することを積極的に促していることなどからすると、本件スマートフォンは、「第1言語の案内音声と当該案内音声を識別するIDコードを示す音響IDとを含む音響を収音する収音装置」(構成2a)を備えており、構成要件2Aを充足する。

【被告の主張】

構成2aは否認する。被告サービスにおいて、本件スマートフォンは、音響を放音するシステムから独立したものであり、収音される音響やIDコードの識別対象を選択、決定しているのは顧客であって、いずれも「第1言語の案内音声である再生対象音」に限られるものではない

したがって、本件スマートフォンは構成要件2Aを充足するとはいえない。

(2)争点2-2(本件スマートフォンは構成要件2Cを充足するか)について

【原告の主張】

ア 被告は、アナウンスに関連する情報を多言語で提供する用途に本件アプリを使用することを宣伝していることなどからすると、本件スマートフォンは、「前記情報抽出部が抽出したIDコードに対応し、前記案内音声が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報の所在を示すURLを受信する通信部」(構成2c)を備えており、構成要件2Cを充足する。

イ URLによって所在が示される情報は、構成要件2Cのとおり「情報抽出部が抽出した識別情報に対応し、前記案内音声である再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した」ものであり、第1言語の案内音声の発音内容を第2言語に機械翻訳した変換文字列に限定されない。

【被告の主張】

ア 構成2cは否認する。被告サービスにおいて、被告は、本件スマートフォンが受信する情報を決定しておらず、これを選択、決定しているのは顧客であって、構成要件2C所定のものに限られない。被告は、本件アプリに係る実証実験において、本件スマートフォンによって、第1言語の案内音声を収音し、第2言語の情報として「案内音声である再生対象音が表す発音内容」の所在を示すURLを受信したことはない。また、被告は、今後、顧客に対し、案内音声である第1言語の再生対象音が表す発音内容を第2言語で表現した情報を提供することを禁ずる旨の約束をする意思がある

イ 原告は、本件訂正審判請求2に当たり、特許請求の範囲の「前記再生対象音が表す情報」を「前記案内音声である再生対象音が表す発音内容」と訂正する旨の訂正事項が明細書の記載事項の範囲内であることを示す根拠として、本件特許2に係る明細書の【0046】を挙げているところ、同段落には、第1実施形態の態様6として、図15を示しつつ、案内音声の発音内容を表現する文字列を関連情報Qとして生成することが記載されているほか、同【0047】には、第1実施例の態様7として、図16を示しつつ、機械翻訳により案内音声を第2言語で表現した変換文字列を関連情報Qとして生成することが記載されていることからすると、「前記案内音声である再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報」は、第1言語の案内音声の発音内容を第2言語に機械翻訳した変換文字列であると解されるが、前記アのとおり、本件スマートフォンが受信する情報は、この文字列に限られない。

ウ 以上より、本件スマートフォンは構成要件2Cを充足するとはいえない。

3 争点3(本件特許権2について、特許法101条1号及び同条2号の間接侵害は成立するか)について

【原告の主張】

(1)本件アプリは、本件発明2の技術的範囲に属する端末装置の生産にのみ用いる物であるから、被告による本件アプリの作成、譲渡等及び譲渡等の申出は、特許法101条1号の間接侵害に当たる。

(2)本件アプリは、本件発明2による課題の解決に不可欠なものであり、被告は、本件発明2が特許発明であること及び本件アプリが本件発明2の実施に用いられることを認識しているから、被告による本件アプリの作成、譲渡等及び譲渡等の申出は、特許法101条2号の間接侵害に当たる。

【被告の主張】

否認ないし争う。

4 争点4(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか)について

(1)争点4-1(本件発明1は乙2公報により進歩性を欠くか)について

【被告の主張】

以下のとおり、本件発明1は、本件優先日1前に公開された乙2公報記載の発明(以下、本件発明1に対応する発明を「乙2発明1」という。)等に基づき、当業者が容易に想到し得たものであり、進歩性を欠く。

ア 乙2発明1

(ア)乙2公報には、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載1(1)「被告の主張」欄のとおり、相違点1-1ないし同1-4において本件発明1と相違するものの、その余の構成で一致する乙2発明1が開示されている。

(イ)相違点に関する原告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点1-1(構成要件1B)

乙2発明1の「IDコード」は、番組と同時に、番組の放送音声という「再生対象音」も識別しているから、「再生対象音の識別情報」が放音される点では本件発明1と相違しない。

b 相違点1-2(構成要件1C)

乙2発明1では、ユーザがボタンスイッチを押した時刻は「端末装置にて指定された…情報」に該当するから、「端末装置にて指定された…情報」が「言語を示す言語情報」であるか「ボタンスイッチの操作タイミングを示す情報」であるかの点でのみ本件発明1と相違する。

c 相違点1-3(構成要件1D①)

乙2発明1で、携帯端末装置が受信する情報は、番組の特定の場面に対応する放送音声に関連するものであるから、端末装置が受信する「関連情報」が「再生対象音」である点では本件発明1と相違しない。

d 相違点1-4(構成要件1D②)

構成要件1Dの「相異なる言語に対応する複数の関連情報」は同時に存在する必要はないと解すべきところ、乙2発明1では、番組中の相異なる場面に対応する「複数の関連情報」が存在し、そのうち選ばれた情報を受信しているから、「関連情報」が対応しているのが「言語」であるか「場面」であるかの点でのみ本件発明1と相違する。

イ 乙4課題

乙4公報には、放音装置を備えた従来の無人ガイド装置における多言語に対応した外国人への音声サービスの提供という公知の課題(以下「乙4課題」という。)が記載されている。

ウ 容易想到性

(ア)乙2公報は、音響IDとインターネットを用いて、放音装置から放音された音響IDによって識別される識別対象の情報に対し、これと関連する任意の関連情報をサーバから端末装置に供給できる技術(以下「乙2技術」という。)を開示しているところ、本件発明1も乙2技術を採用するものであり、相違点1-1ないし同1-4は、①識別対象、②複数の関連情報の選択条件、③関連情報の内容に係る相違にすぎず、当業者が適宜設定できるものである。

(イ)また、以下のとおり、当業者は、乙2技術を乙4課題の解決に応用して、相違点1-1ないし同1-4に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

a 乙2技術を乙4課題の解決に応用する動機付け

①乙4公報に記載された発明(以下「乙4発明」という。)は、放音装置を利用した情報提供技術という乙2技術と同じ技術分野に属するものであること、②乙2技術は汎用性の高い技術であり、様々な放音装置を含むシステムに利用されていたこと(乙11ないし13)、③端末装置とサーバとの通信システムを利用する情報提供技術は周知のものであったこと(乙2、5、6、8、11ないし13等)などによれば、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用する動機付けがある。

b 相違点1-1(構成要件1B)

乙4課題は、放音装置から放音される音声ガイドについて、多言語に対応した情報を提供する技術に係るものであり、音声ガイドは「案内音声」に相当するから、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、「案内音声」を識別する構成を採用することにより、相違点1-1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

c 相違点1-2(構成要件1C)

当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、外国人のユーザが指定する言語を複数の異なる言語の中から端末装置で指定し、識別情報(IDコード)と共に指定された言語情報をID解決サーバに送信する構成を採用することにより、相違点1-2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

d 相違点1-3(構成要件1D①)

当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、ユーザに提供される「関連情報」として音声ガイドの内容を多言語化した情報とする構成を採用することにより、相違点1-3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

e 相違点1-4(構成要件1D②)

乙5公報には、元文書に対して多言語の翻訳文を同じ識別情報に紐付けて管理し、識別情報と言語情報により特定の言語の翻訳文を選択するという翻訳文書の管理に関する技術が開示されており、乙6公報、乙8公報にも同種の技術が開示されていることからすると、上記技術は周知のものであった(以下、この技術を「周知技術(乙5)」という。)。そして、周知技術(乙5)は、情報提供システムという点で乙2発明1と同じ技術分野に属するものであり、翻訳情報の提供を課題とする点で乙4課題と共通するから、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、周知技術(乙5)を踏まえ、乙2発明1のID解決サーバが受信したIDコードと言語情報に基づいてID/URL対応テーブルを検索し、対応するURLを端末装置に送信するとともに、ユーザが指定した言語に対応する音声ガイド情報を当該URLで指示されるコンテンツサーバから端末装置が受信する構成を採用することにより、相違点1-4に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

エ 本件発明1の作用効果

アナウンスが聞こえる範囲内の外国人の乗客に限定して適切に情報を伝達することを可能にするという本件発明1の作用効果は、識別情報として音響IDを用いることに由来するものであって、そのような作用効果は乙11公報ないし乙13公報等にも示されており、顕著なものではない。

【原告の主張】

以下のとおり、本件発明1は、乙2発明1等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

ア 乙2発明1

(ア)乙2発明1は、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載1(1)「原告の主張」欄のとおり、相違点1-1ないし同1-4において本件発明1と相違する。

(イ)相違点に関する被告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点1-1(構成要件1B)

乙2発明1のIDコードは、放送中の番組を識別するものであり「再生対象音」を識別していない点でも本件発明1と相違する。

b 相違点1-2(構成要件1C)

乙2発明1では、携帯端末装置からID解決サーバにボタンスイッチを操作するタイミングに関する情報が送られることはない。また、構成要件1C及び同1Dの文言に照らせば、「端末装置にて指定された」情報は、同時に選び得る複数の関連情報の中から指定されたものであると解すべきところ、乙2発明1で、ユーザがボタンスイッチを押した時刻は、同時に選び得る複数の関連情報の中から指定されたものではないから、「端末装置にて指定された」情報に該当しない。したがって、乙2発明1では、ID解決サーバに「端末装置にて指定された」情報が送信されない点でも本件発明1と相違する。

c 相違点1-3(構成要件1D①)

乙2発明1の携帯端末装置が受信する関連情報は、放送中の番組の場面に関連するものであり「再生対象音」でない点でも本件発明1と相違する。

d 相違点1-4(構成要件1D②)

前記bのとおり、乙2発明1では、ID解決サーバに「端末装置にて指定された」情報は送信されず、また、ユーザがボタンスイッチを押した時刻は、複数存在する関連情報の中から指定するものではなく、ユーザが選択することができる「相異なる」事項は存在しないから、その点でも本件発明1と相違する。

イ 乙4課題

乙4公報に、被告が主張する乙4課題は記載されていない。乙4発明は、利用者が携帯する携帯型音声再生受信器による音声ガイドサービスにおいて「目的の対象物以外のガイド音声を受信し利用者に誤った情報を提供する」ことを防ぐことを課題とするものである。

ウ 容易想到性

(ア)乙2発明1と乙4課題等を結び付ける動機付け

a 容易想到性に関する被告の主張は、乙2発明1の具体的な構成を離れ、その内容を抽象化した上で都合のいい形で認定し、その部分だけを他の用途に応用するというものであり、妥当でない。

b また、①乙2発明1及び乙4発明の目的及び構成は、本件発明1とは本質的に異なるものであること、②乙2発明1は、音響IDによりテレビ番組を識別し、当該テレビ番組の場面ごとに異なるURLを特定するという具体的構成を有するものであるのに対し、乙4発明は、携帯型音声再生受信器による音声ガイドサービスに関するものであり、ネットワークによる情報の取得は行わないものであり、技術分野が異なることなどからして、乙2発明1と乙4課題を結び付ける動機付けは存在しない。

c 乙5公報に記載された発明(以下「乙5発明」という。)は、文書等の掲載物を様々な言語に翻訳して提供する装置等に関する発明であり、「再生対象音」のような音声やその翻訳は想定されていないものであるから、乙2発明1と技術分野が同じとはいえない。また、乙6公報に記載された発明(以下「乙6発明」という。)及び乙8公報に記載された発明(以下「乙8発明」という。)は、情報を取得する装置が受信機である点、放送音声が音響IDを含まない点などで乙2発明1と相違している。したがって、乙2発明1と乙5発明、乙6発明及び乙8発明を結び付ける動機付けは存在しない。

(イ)乙2発明1に対する乙4発明の適用

また、以下のとおり、仮に、乙2発明1に乙4発明を適用しても、相違点1-1ないし同1-4に係る本件発明1の構成に到達しない。

a 相違点1-1(構成要件1B)

乙4発明のID符号は、展示対象物とあらかじめ紐付けられており、「案内音声である再生対象音」を識別するものではないから、これを乙2発明1に適用しても、相違点1-1に係る本件発明1の構成に到達しない。

b 相違点1-2(構成要件1C)

乙4発明では、ネットワークを介した情報の取得は行われず、サーバに情報を送信することはないから、これを乙2発明1に適用しても、相違点1-2に係る本件発明1の構成に到達しない。

c 相違点1-3(構成要件1D①)

乙4発明では、「案内音声である再生対象音の発音内容を表す関連情報」は存在しないから、これを乙2発明1に適用しても、相違点1-3に係る本件発明1の構成に到達しない。

d 相違点1-4(構成要件1D②)

乙4発明では、ネットワークを介した情報の取得は行われないから、これを乙2発明1に適用しても、相違点1-4に係る本件発明1の構成に到達しない。

エ 本件発明1の作用効果

本件発明1は、「再生対象音の識別情報を含む音響を収音する」ことと、「識別情報に対応するとともに、端末装置にて指定された言語に対応する関連情報を出力する」ことを組み合わせることにより、アナウンスが聞こえる範囲内の外国人の乗客に限定して適切に情報を伝達することを可能にするという顕著な作用効果を奏するものであり、乙2発明1とは本質的に異なる。

(2)争点4-2(本件発明1は乙9公報により進歩性を欠くか)について

【被告の主張】

以下のとおり、本件発明1は、本件優先日1前に公開された乙9公報記載の発明(以下、本件発明1に対応する発明を「乙9発明1」という。)に基づき、これに乙10公報記載の発明(以下「乙10発明」という。)を組み合わせるなどして、当業者が容易に想到し得たものであり、進歩性を欠く。

ア 乙9発明1

(ア)乙9公報には、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載2(1)「被告の主張」欄のとおり、相違点1-5ないし同1-7において本件発明1と相違するものの、その余の構成で一致する乙9発明1が開示されている。

(イ)相違点に関する原告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点1-7(構成要件1D②)

乙9発明1において、端末装置が受信する「次の観光スポットに移動するための道案内情報」は、ガイド音声が対応する現在の観光スポットの関連情報であるから、原告が主張する相違点1-7は誤りである。

b 相違点1-8(構成要件1B)

乙9発明1において、観光スポットと当該観光スポットに設置されたスピーカから放音されるガイド音声は一対一で対応しているから、IDコードが観光スポットを識別することと当該観光スポットのガイド音声を識別することは同じことであり、原告が主張する相違点1-8は認められない。

イ 乙10発明

乙10発明は、次のようなものである。すなわち、①管理記号は情報タグが設置されている観光地を識別する記号であり、携帯電話・情報端末には所定の言語を指定する番号が記録されている。②観光案内サーバは、管理記号と言語を指定する番号を設定して、対応する言語による観光案内の音声データを予め格納している。③観光客が携帯電話・情報端末により観光地に設置されている情報タグから観光地名と管理記号を読み取ると、観光案内サーバにアクセスして、言語を指定する番号と管理記号を送信し、観光案内サーバは言語を指定する番号と管理記号に基づいて、当該観光地の指定された外国語による案内の音声データを携帯電話・情報端末に送信する。

ウ 容易想到性

(ア)乙9公報は、音響IDとインターネットを用いて、放音装置から放音された音響IDによって識別される識別対象の情報に対し、これと関連する任意の関連情報をサーバから端末装置に供給できる技術(以下「乙9技術」という。)を開示しているところ、本件発明1も乙9技術を採用するものであり、相違点1-5ないし同1-7は、①情報要求に含まれる情報の内容、②複数の関連情報の選択条件、③関連情報の内容に係る相違にすぎず、当業者が適宜設定できるものである。

(イ)また、以下のとおり、当業者は、乙9発明1に、①乙10発明又は乙5公報及び乙10公報記載の周知技術、並びに②乙14公報ないし乙17公報記載の周知技術(以下、②の周知技術を「周知技術(乙14等)」ということがあり、①及び②を一括して「乙10発明等」ということがある。)を組み合わせるなどして、相違点1-5ないし同1-7に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

a 乙9発明1に乙10発明を組み合わせる動機付け

(a)①乙9発明1と乙10発明は、いずれも、端末装置とサーバとのインターネットを介した情報通信技術を利用して観光案内情報を提供するシステムに関する同じ技術分野に属すること、②乙10発明の課題は、外国人観光客が自国の言語で観光地の案内情報を簡単かつ迅速に取得できるようにすることにあり、このような課題は、本件優先日1当時、観光案内システム全般に共通する周知の課題であったことなどによれば、当業者において、乙9発明1を、同じ技術分野において周知の課題を開示する乙10発明と組み合わせる動機付けがあった。

(b)乙5発明と乙10発明は、いずれも翻訳情報を提供するシステムという同じ技術分野に属し、ユーザの指定する言語で情報を提供することを課題とし、当該課題を解決するために、同じ内容に対応する複数の翻訳データを共通の識別情報により紐付けて管理し、識別情報とユーザ端末装置から送信される言語情報により特定されるユーザの指定する言語に対応した翻訳データをインターネットを介して提供する構成を採用している点で共通しており、このような課題及び当該課題の解決手段は周知であったから、乙10発明と同じ技術分野に属する乙9発明1に乙5発明を適用することも容易であった。

(c)乙14公報ないし乙17公報によれば、案内音声の発音内容を多言語で表すシステムは周知であった(周知技術(乙14等))。

b 相違点1-5(構成要件1C)

当業者は、乙9発明1に基づき、外国人観光客に簡単かつ迅速に自国の言語による観光地情報を提供しようとすると、ガイド音声を識別するIDコードとともに端末装置で指定された言語情報をID解決サーバに送信する構成を採用することにより、相違点1-5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

c 相違点1-6(構成要件1D①)

当業者は、乙9発明1に基づき、外国人観光客に簡単かつ迅速に自国の言語による観光地情報を提供しようとすると、端末装置が受信する関連情報は、放音されるガイド音声に対応し、かつ、ユーザの指定した特定の言語の情報であるから、端末装置が受信する関連情報につき、識別情報に対応するとともに「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、情報要求の言語情報が指定された言語」にも対応する構成を採用することにより、相違点1-6に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

d 相違点1-7(構成要件1D②)

乙14公報ないし乙17公報にあるように、本件優先日1当時、情報を多数の利用者に同時に提供するために様々な場面で利用されるアナウンスシステムにおいて、再生される各種の案内音声内容を各利用者の理解できる言語で提供することに対するニーズが存在することは周知であったから、当業者は、乙9発明1に基づき、外国人観光客に簡単かつ迅速に自国の言語による観光地情報を提供しようとすると、スピーカから放音される観光スポットのガイド音声の発音内容についても、外国人観光客に自国の言語により提供する構成を採用することにより、相違点1-7に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。

エ 本件発明1の作用効果

前記(1)【被告の主張】エのとおり、本件発明1の作用効果は顕著なものではない。

【原告の主張】

以下のとおり、本件発明1は、乙9発明1等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

ア 乙9発明1

(ア)乙9発明1は、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載2(1)「原告の主張」欄のとおり、相違点1-5ないし同1-8において本件発明1と相違する。

(イ)相違点に関する被告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点1-7(構成要件1D②)

乙9発明1において、携帯端末装置が受信する情報は「次の観光スポットへ移動するための道案内情報」であるが、これは「放音されたガイド音声が対応する観光スポット」に関するものではないから、被告が主張する相違点1-7は誤りである。

b 相違点1-8(構成要件1B)

乙9発明1のIDコードは、観光スポットを識別し、「次の観光スポットへ移動するための道案内情報」と対応付けられているものであって、各案内装置から放音されるガイド音声を識別するものではないから、「識別情報」が「第1言語の案内音声である再生対象音」を識別するものではない点でも本件発明1と相違する。

イ 乙10発明

乙10発明は、観光地名と管理番号の両方と言語を指定する番号に基づいて案内の音声データを特定するものであるから、被告の主張(前記【被告の主張】イ③)は不正確である。

ウ 容易想到性

(ア)乙9発明1と乙10発明等を結び付ける動機付け

a 乙10発明は、音声の受信によって識別情報を取得するものではないから、音響を収音し、音響に含まれていた音響IDをデコードしてIDコードを取得する乙9発明1とは技術思想が異なり、課題も異なるから、両発明を組み合わせる動機付けは存在しない。

b 乙5発明は、放音される音声は想定されておらず、放音される案内音声に対応する翻訳情報も想定されていないから、乙9発明1に結び付くものではない。

c 被告が主張する周知技術(乙14等)は、インターネットを介して識別情報をサーバに提供し、サーバから関連情報を取得するものではないなど、乙9発明1に結び付くものではない。

(イ)乙9発明1に対する乙10発明等の適用

また、以下のとおり、乙9発明1に乙10発明等を組み合わせても、本件発明1の構成に到達しない。

a 相違点1-5(構成要件1C)

乙10発明の管理記号は、観光地の情報タグと紐付けられており、「再生対象音」を識別するものではなく、「再生対象音」を識別する識別情報をサーバに送信することもないから、これを乙9発明1に組み合わせても、相違点1-5に係る本件発明1の構成に到達しない。

b 相違点1-7(構成要件1D②)

乙10発明では、「再生対象音」の識別情報をサーバに送信することはなく、「再生対象音」の識別情報に対応する関連情報を受信することもないから、これを乙9発明1に組み合わせても、相違点1-7に係る本件発明1の構成に到達しない。

c 相違点1-8(構成要件1B)

前記aのとおり、乙10発明の管理記号は「再生対象音」を識別するものではない。また、乙9発明1において、放音されるガイド音声はIDコードに対応しておらず、道案内情報を表示するに当たって何の役割も果たしていないから、乙10発明を組み合わせても、乙9発明1のIDコードの性質が「再生対象音」を識別するものに変容することはなく、相違点1-8に係る本件発明1の構成に到達しない。

エ 本件発明1の作用効果

前記(1)【原告の主張】エのとおり、本件発明1は顕著な作用効果を奏する。

5 争点5(本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか)について

(1)争点5-1(本件発明2は乙2公報により進歩性を欠くか)について

【被告の主張】

以下のとおり、本件発明2は、①本件優先日2前に公開された乙2公報記載の発明(以下、本件発明2に対応する発明を「乙2発明2」という。)に基づき、又は②これらを乙4課題の解決に応用して、当業者が容易に想到し得たものであり、進歩性を欠く。

ア 乙2発明2

(ア)乙2公報には、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載1(2)「被告の主張」欄のとおり、相違点2-1及び同2-2において本件発明2と相違するものの、その余の構成で一致する乙2発明2が開示されている。

(イ)相違点2-2に関し、乙2発明2のIDコードは、番組と同時に、番組の放送音声という「再生対象音」も識別しているから、「再生対象音」の識別の点では本件発明2と相違しない。

イ 容易想到性①

提供される情報の内容や収音される音響の内容に係る構成は、乙2技術を利用する目的に応じて決定されるものであり、技術的意義のある構成ではないから、当業者は、乙2発明2に基づき、相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2に係る構成を容易に想到し得た。

ウ 容易想到性②

また、以下のとおり、当業者は、乙2技術を乙4課題の解決に応用して、相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2の構成を容易に想到し得た。

(ア)乙2技術を乙4課題の解決に応用する動機付け

前記4(1)【被告の主張】ウ(イ)aのとおり、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用する動機付けがあった。

(イ)相違点2-1

前記4(1)【被告の主張】ウ(イ)c及びeと同様に、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、第1言語の音声ガイドが表現する内容をユーザが指定した言語(第2言語)で表現した情報の所在を示すURLを提供する構成を採用することにより、相違点2-1に係る本件発明2の構成を容易に想到し得た。

(ウ)相違点2-2

前記4(1)【被告の主張】ウ(イ)bと同様に、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、音声ガイドに係る構成を採用することにより、相違点2-2に係る本件発明2の構成を容易に想到し得た。

エ 本件発明2の作用効果

アナウンスが聞こえる範囲内の外国人の乗客に限定して適切に情報を伝達することを可能にするという本件発明2の作用効果は、識別情報として音響IDを用いることに由来するものであって、そのような作用効果は乙11公報ないし乙13公報等にも示されており、顕著なものではない。

【原告の主張】

以下のとおり、本件発明2は、乙2発明2等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

ア 乙2発明2

(ア)乙2発明2は、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載1(2)「原告の主張」欄のとおり、相違点2-1及び同2-2において本件発明2と相違する。

(イ)相違点2-2に関し、乙2発明2のIDコードは、放送中の番組を識別するものであり「再生対象音」を識別していない点でも本件発明2と相違する。

イ 容易想到性①

乙2発明2は、放送内容に関する情報を取得した利用者が、更に放送内容に関連する情報を取得することを可能とする発明であるのに対し、本件発明2は、再生対象音の意味内容を異なる言語で取得することを可能とすることを目的とするものであるから、両者は本質的に課題が異なり、また、本件発明2は、URLを「前記案内音声である再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報」の所在を示すものとすることにより、端末装置において、第2言語で表現した情報を取得可能とするという効果を奏するから、相違点2-1に係る本件発明2の構成は重要なものであり、当業者において、乙2発明2に基づき、容易に想到し得たものではない。

ウ 容易想到性②

(ア)乙2発明2と乙4課題を結び付ける動機付け

前記4(1)【原告の主張】ウ(ア)と同様に、乙2発明2と乙4課題を結び付ける動機付けは存在しない。

(イ)乙2発明2に対する乙4発明の適用

また、以下のとおり、仮に、乙2発明2に乙4発明を適用しても、相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2の構成に到達しない。

a 相違点2-1(構成要件2C)

乙4発明は、選択した言語に関する情報を外部から取得するものではなく、「再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報」の所在を示すURLに係る構成を有するものではないから、これを乙4発明に適用しても、相違点2-1に係る本件発明2の構成に到達しない。

b 相違点2-2(構成要件2A)

乙4発明のID符号は、あらかじめ展示対象物と紐付けられており、「案内音声である再生対象音」を識別するものではないから、これを乙4発明に適用しても、相違点2-2に係る本件発明2の構成に到達しない。

エ 本件発明2の作用効果

本件発明2は、「案内音声である再生対象音の識別情報を含む音響を収音する」ことと、「識別情報に対応するとともに、端末装置にて指定された言語に対応する関連情報の所在を示すURLを受信する」ことを組み合わせることにより、アナウンスが聞こえる範囲内の外国人の乗客に限定して適切に情報を伝達することを可能にするという顕著な作用効果を奏するものであり、乙2発明2とは本質的に異なる。

(2)争点5-2(本件発明2は乙9公報により進歩性を欠くか)について

【被告の主張】

以下のとおり、本件発明2は、①本件優先日2前に公開された乙9公報記載の発明(以下、本件発明2に対応する発明を「乙9発明2」という。)に基づき、又は②乙9発明2に乙10発明を組み合わせるなどして、当業者が容易に想到し得たものであり、進歩性を欠く。

ア 乙9発明2

(ア)乙9公報には、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載2(2)「被告の主張」欄のとおり、相違点2-3において本件発明2と相違するものの、その余の構成で一致する乙9発明2が開示されている。

(イ)相違点に関する原告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点2-3(構成要件2C)

乙9発明2において、端末装置が受信する情報は「次の観光スポットに移動するために用いる道案内情報」であるが、これはガイド音声が対応する現在の観光スポットの関連情報であるから、原告が主張する相違点2-3は誤りである。

b 相違点2-4(構成要件2A)

乙9発明2において、観光スポットと当該観光スポットに設置されたスピーカから放音されるガイド音声は一対一に対応しているから、観光スポットを識別することは「第1言語の案内音声である再生対象音」であるガイド音声を識別することと同じであって、原告が主張する相違点2-4は認められない。

イ 容易想到性①

本件発明2と乙9発明2は、URLが所在を示す情報の内容しか相違しないところ、URLが所在を示す情報を適宜変更することが困難であったとはいえないから、当業者は、乙9発明2に基づき、相違点2-3に係る本件発明2の構成を容易に想到し得た。

ウ 容易想到性②

また、前記4(2)【被告の主張】ウ(イ)と同様に、当業者は、乙9発明2に乙10発明等を組み合わせるなどして、相違点2-3に係る本件発明2の構成を容易に想到し得た。

エ 本件発明2の作用効果

前記(1)【被告の主張】エのとおり、本件発明2の作用効果は顕著なものではない。

【原告の主張】

以下のとおり、本件発明2は、乙9発明2等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

ア 乙9発明2

(ア)乙9発明2は、別紙7「主張対比表(乙2公報、乙9公報関係)」記載2(2)「原告の主張」欄のとおり、相違点2-3及び同2-4において本件発明2と相違する。

(イ)相違点に関する被告の主張に対する反論は次のとおりである。

a 相違点2-3(構成要件2C)

乙9発明2において、携帯端末装置が受信する情報は「次の観光スポットへ移動するための道案内情報」であるが、これは「放音されたガイド音声が対応する観光スポット」に関するものではないから、被告が主張する相違点2-3は誤りである。

b 相違点2-4(構成要件2A)

乙9発明2のIDコードは、観光スポットを識別し、「次の観光スポットへ移動するための道案内情報」と対応付けられているものであって、各案内装置から放音されるガイド音声を識別するものではないから、「識別情報」が「第1言語の案内音声である再生対象音」を識別するものではない点でも本件発明2と相違する。

イ 容易想到性①

乙9発明2で放音されるガイド音声の内容は、URLによって所在が示される情報の内容とは関係がないのに対し、本件発明2は、「第1言語の案内音声である再生対象音」を識別する識別情報を用いるとともに、URLを「前記案内音声である再生対象音が表す発音内容を前記第1言語とは異なる第2言語で表現した情報の所在」を示すものとすることにより、端末装置において、案内音声である再生対象音が表す発音内容を第1言語とは異なる第2言語で表現した情報を取得可能とするという効果が奏されるから、相違点2-3に係る本件発明2の構成は重要なものであり、当業者において、乙9発明2に基づき、容易に想到し得たものではない。

ウ 容易想到性②

また、以下のとおり、乙9発明2に乙10発明等を組み合わせても、本件発明2の構成に到達しない。

a 相違点2-3(構成要件2C)

乙10発明の管理記号は、観光地の情報タグと紐付けられており、「再生対象音」が表す発音内容を送信するものではないから、これを乙9発明2に組み合わせても、相違点2-3に係る本件発明2の構成に到達しない。

b 相違点2-4(構成要件2A)

乙10発明の管理記号は「案内音声である再生対象音」を識別するものではない。また、乙9発明2において、放音されるガイド音声はIDコードに対応しておらず、道案内情報を表示するに当たって何の役割も果たしていないから、乙10発明を組み合わせても、乙9発明2のIDコードが「再生対象音」を識別するものに変容することはなく、相違点2-4に係る本件発明2の構成に到達しない。

エ 本件発明2の作用効果

前記(1)【原告の主張】エのとおり、本件発明2は顕著な作用効果を奏する。

6 争点6(差止めの必要性は認められるか)について

【原告の主張】

被告は、本件アプリの作成等によって本件各特許権を侵害し、現在も、ウェブサイトにその説明や広告を掲載していること(甲5、6)、本件訴訟において本件アプリが本件各発明の技術的範囲に属することを争っていること、本件アプリの配信が一時的に停止されているとしても、いつでも配信を再開することができる状態にあることなどに照らせば、本件アプリについて差止めの必要性が認められる。

【被告の主張】

①本件口頭弁論終結時点において、本件アプリに係るサービスは実用化されていなかったこと、②被告は、平成30年5月以降、本件アプリの配信を中止し、多言語で情報配信を行う機能を取り除いた新たなスマートフォン用アプリケーション(以下「本件新アプリ」という。)を配信しており、本件訴訟の結果によって本件アプリに係る事業を再開するか否かを決定する予定であること、③被告は、今後、顧客に対し、案内音声である再生対象音の発音内容を表す他国語の関連情報を提供することを禁ずる旨の約束や、案内音声である第1言語の再生対象音が表す発音内容を第2言語で表現した情報を提供することを禁ずる旨の約束をする意思があることなどに照らせば、本件アプリについて差止めの必要性は認められない。

7.裁判所の判断

1 本件発明1について

(1)本件明細書1の発明の詳細な説明

-省略-

(2)本件発明1の概要

前記第2の2(2)ア(ウ)認定の特許請求の範囲、前記(1)認定の本件明細書1の発明の詳細な説明、図面、弁論の全趣旨に照らすと、本件発明1は、概要、以下のとおりのものであると認められる。

ア 本件発明1は、端末装置の利用者に情報を提供する技術に関する(【0001】)。

イ 従来から、美術館や博物館等の展示施設において利用者を案内する各種の技術が提案されていたが、各展示物の識別符号が電波や赤外線で発信装置から送信されるものであったため、電波や赤外線を利用した無線通信のための専用の通信機器を設置する必要があった。本件発明1は、そのような問題を踏まえてされたものであり、無線通信のための専用の通信機器を必要とせずに多様な情報を利用者に提供することを目的とする(【0002】、【0004】)。

ウ 本件発明1は、①案内音声である再生対象音を表す音響信号と当該案内音声である再生対象音の識別情報を含む変調信号とを含有する音響信号に応じて放音された音響を収音した収音信号から識別情報を抽出する情報抽出手段、②情報抽出手段が抽出した識別情報を含む情報要求を送信する送信手段、③情報要求に含まれる識別情報に対応するとともに案内音声である再生対象音に関連する複数の関連情報のいずれかを受信する受信手段、④受信手段が受信した関連情報を出力する出力手段としてコンピュータを機能させることにより、赤外線や電波を利用した無線通信に専用される通信機器を必要とせずに、案内音声である再生対象音の識別情報に対応する関連情報を利用者に提供することを可能とする(【0005】)。

エ 以上に加えて、本件発明1は、前記送信手段が、当該端末装置にて指定された言語を示す言語情報を含む情報要求を送信し、前記受信手段が、情報要求の識別情報に対応するとともに相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報を受信するという構成を採用することにより、相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報を受信することができ、使用言語が相違する多様な利用者が理解可能な関連情報を提供できるという効果を奏するものである(【0006】等)。

2 本件アプリの広告等について

証拠(甲6、7)によれば、次の事実が認められる。

(1)被告作成の「Sound Insight(サウンドインサイト)」と題する本件アプリを用いたシステムに関する広告(甲6。以下「本件広告」という。)には、次のとおり記載されていた。

ア ①「映像・音声にのせて、情報配信」、②「動画・音楽などの音に人間には聞こえない音波信号(音波ID)を埋め込み、テレビ・サイネージ・スピーカー等から再生し、スマートフォンアプリで音波信号(音波ID)を受信する事により、紐づいた情報をスマートフォン上に自動表示」、③(音波信号に紐づく情報を表示する手順の一つとして)「映像・音声に重畳した音波信号を発する」

イ ①「音で情報を配信」、②「『Sound Insight』は、人には聞こえない音波信号(音波ID)を使い、映像や音に合わせてアプリを連動できます。利用者が信号音を意識することなくスマートフォン上に情報を表示します。」

ウ 「多言語で配信可能 日本語のほか、英語、中国語、台湾語、韓国語、ロシア語など多言語で情報配信できます。」

エ (使用例の一つとして)「バスの車内案内では 多国語で停留所情報や地域の情報を案内できます。」

(2)本件アプリのダウンロード用のウェブサイト(甲7。「本件ダウンロードサイト」という。)には、次のとおり記載されていた。

「『サウンドインサイト』は、空港、駅、電車、バスなどの様々な場所に設置された各種スピーカーから送信された音波を、専用アプリをインストールしたスマートフォンで受信することで、関連する情報を自動で表示させることのできるサービスです。…『サウンドインサイト』の活用により、…外国人観光客へ空港・駅などのアナウンスに関連する情報を多言語で情報提供する『言語支援用途』…などで活用いただくことができます。」

3 争点1(本件アプリは本件発明1の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-1(本件アプリは構成要件1Bを充足するか)について

ア 構成要件1Bに対応する本件アプリの構成に係る事実認定

(ア)前記第2の2(5)ア(ア)のとおり、本件アプリは、スピーカー等の放音装置から、識別情報であるIDコードを表す音響IDを含む音響が放音されると、これを収音し、当該音響IDからIDコードを検出するものとしてスマートフォンを機能させるものであるところ、前記2(1)のとおり、本件広告には、「映像・音声にのせて」、「動画・音楽などの音」に埋め込んで、「映像・音声に重畳」させて音響IDを放音することが記載されているほか、使用例の一つとして、バスの車内案内では多言語で停留所情報等を提供することができることが記載されていること、同(2)のとおり、本件ダウンロードサイトには、本件アプリは、空港、駅、電車、バス等に設置された放音装置から送信された音波を、スマートフォンで受信することで、関連する情報を自動で表示させることのできるサービスを提供するものであることが記載されていることなどからすると、被告から音響IDの提供を受けた顧客において、案内音声を識別するものとしてIDコードを使用し、これを案内音声とともに放音装置から放音することは、本件アプリにつき想定されていた使用形態の一つであるというべきである。そうすると、本件アプリは「案内音声と当該案内音声を識別するIDコードを含む音響IDとを含有する音響を収音し、当該音響からIDコードを抽出する情報抽出手段」(構成1b)を備えていると認めるのが相当である

(イ)被告は、本件アプリが構成1bを備えていることを否認し、その理由として、①被告サービスにおいて、被告は、放音される音響やIDコードの識別対象を決定しておらず、これらを選択、決定しているのは顧客であって、いずれも「案内音声」に限られるものではないこと、②本件アプリの利用場面の中で、最も多くの需要が見込まれているのは商品説明の場合であるが、商品説明において、放音装置から音声が発せられることは必須ではなく、かえって、音声が放音されるとスマートフォンに表示される情報を理解する妨げになることを主張する。

しかしながら、被告の上記①の主張は、構成要件1B所定の音響が放音されない場合があることを指摘するにとどまるものであり、前記(ア)のとおり、本件広告においても、案内音声を収音する使用形態を回避させるような記述はなく、むしろ、そのような使用形態を想定したものとなっていたというべきであるから、前記認定を覆すに足りないというべきである。

また、被告の上記②の主張について、本件アプリにつき最も多くの需要が見込まれていたのが商品説明の場面であったとしても、被告において、そのような使用形態に特化したものとして本件アプリを広告宣伝していたものでもなく、前記認定を覆すに足りない

イ 構成要件1Bに係るあてはめ

以上の認定を踏まえて検討すると、構成1bの「案内音声」は、本件発明1の「案内音声である再生対象音を表す音響信号」に対応し、構成1bの「案内音声を識別するIDコードを含む音響ID」は、本件発明1の「案内音声である再生対象音の識別情報を含む変調信号とを含有する音響信号」に対応する。

そして、本件発明1は、コンピュータを所定の手段として機能させるプログラムに係る発明であり、構成要件1Bは、放音された所定の音響を収音した収音信号から識別情報を抽出する情報抽出手段を規定するものであるから、構成要件1B所定の音響が放音された場合に、これを収音し、識別信号を抽出する手段としてコンピュータを機能させるプログラムであれば、これと異なる用途でコンピュータを機能させ得るとしても、又は音響が放音されない場面があるとしても、同構成要件を充足すると解すべきところ、本件アプリは、同所定の音響を収音し、当該音響からIDコードを抽出するものとしてスマートフォンを機能させるものであるから、放音される音響やIDコードの識別対象を選択しているのが顧客であり、音響が放音されない使用方法が選択され得るとしても、構成要件1Bを充足する。

(2)争点1-2(本件アプリは構成要件1Dを充足するか)について

ア 構成要件1Dの「関連情報」の言語の解釈

(ア)構成要件1Dは、「関連情報」について、「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す関連情報であって、前記情報要求に含まれる識別情報に対応するとともに相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報」と規定しているから、「関連情報」の言語は、相異なる言語に対応するものの中から情報要求の言語情報で指定された言語に対応するものと解すべきである

(イ)被告は、「関連情報」は、第1言語で発音される案内音声の発音内容を第1言語で表した文字列であると解すべきであるとし、その理由として、原告が本件訂正審判請求1の際に訂正事項が明細書の記載事項の範囲内であることを示す根拠として本件明細書1の【0041】を挙げていたことを指摘するが、構成要件1Dは上記のとおりのものであるから、「関連情報」が案内音声の言語と同一のものであると解するのは文言上無理がある。また、同段落には、第2言語に翻訳することなく、第1言語の指定文字列のまま関連情報Qとする実施例が開示されているが、これは第1実施形態の変形例の一つ(態様1)にすぎず、原告が本件訂正審判請求1の際に同段落を指摘したからといって、当該実施例の態様に限定して「関連情報」の言語について解釈するのは相当でない。

イ 構成要件1Dに対応する本件アプリの構成に係る事実認定

(ア)前記第2の2(5)ア(ウ)及び同イのとおり、本件アプリは、管理サーバから、リクエスト情報に含まれるIDコード及びアプリ使用言語の情報に対応する情報の所在を示すものとして送信されるアクセス先URLを受信するものとしてスマートフォンを機能させるものであり、管理サーバには、1個のIDコードに対応させて、6個までのアプリ使用言語に対応するURLを記憶することができるところ、前記2(1)のとおり、本件広告には、日本語のほか、英語、中国語、台湾語、韓国語、ロシア語など多言語で情報配信できることが記載されており、使用例の一つとして、バスの車内案内では多言語で停留所情報等を提供することができることが記載されていること、同(2)のとおり、本件ダウンロードサイトには、外国人観光客に対して、空港・駅等のアナウンスに関連する情報を多言語で情報提供する用途に用いることができることが記載されていることなどからすると、顧客において、リクエスト情報に含まれるIDコードに対応する案内音声の発音内容を表す情報について、当該案内音声とは異なる言語に対応する複数の情報を管理サーバに記憶させ、リクエスト情報に含まれるアプリ使用言語に対応する情報をスマートフォンに送信するようにすることは、本件アプリにつき想定されていた使用態様の一つであるというべきである。そうすると、本件アプリは、「前記案内音声の発音内容を表す関連情報であって、前記リクエスト情報に含まれるIDコードに対応するとともに、6個までのアプリ使用言語に対応する複数の情報のうち、前記リクエスト情報のアプリ使用言語に対応する情報を受信する受信手段」(構成1d)を備えていると認めるのが相当である

(イ)被告は、本件アプリが構成1dを備えていることを否認し、その理由として、①被告サービスにおいて、被告は、本件スマートフォンが受信する情報を決定しておらず、これを選択、決定しているのは顧客であって、構成要件1D所定のものに限られないこと、②被告は、本件アプリに係る実証実験において、本件アプリを用いて「案内音声である再生対象音の発音内容」を関連情報として出力したことはなく、外国語に翻訳した内容を関連情報として出力したこともないこと、③被告は、今後、顧客に対し、案内音声である再生対象音の発音内容を表す他国語の関連情報を提供することを禁ずる旨の約束をする意思があることを主張する

しかしながら、被告の上記①の主張は、本件スマートフォンの受信する情報が構成要件1D所定の情報ではない場合があることを指摘するにとどまるものであり、前記(ア)のとおり、本件広告及び本件ダウンロードサイトにおいても、案内音声の発音内容を表し、リクエスト情報に含まれるアプリ使用言語に対応する情報を受信する使用形態を回避させるような記述はなく、むしろ、そのような使用形態を想定したものとなっていたというべきであるから、被告の実証実験では同構成要件所定の情報を受信しなかったこと(上記②)、被告が今後も同構成要件所定の使用態様で本件アプリを使用しないことを約束する意思を有していること(上記③)を併せ考慮しても、前記認定を覆すに足りないというべきである。

ウ 構成要件1Dに係るあてはめ構成要件1Bにおいて規定するとおりにコンピュータを機能させるものであれば、同構成要件を充足するとの前記(1)イにおける検討と同様に、構成要件1D所定の情報を受信する手段としてコンピュータを機能させるプログラムであれば、受信する情報が同構成要件所定のものではない場面があるとしても、同構成要件を充足すると解すべきところ、本件アプリは、構成1dを備えており、スマートフォンを「前記案内音声の発音内容を表す関連情報であって、前記リクエスト情報に含まれるIDコードに対応するとともに、6個までのアプリ使用言語に対応する複数の情報のうち、前記リクエスト情報のアプリ使用言語に対応する情報を受信する受信手段」として機能させるものであるから、本件スマートフォンが受信する情報を選択しているのが顧客であるとしても、構成要件1Dを充足する。

4 争点4(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか)について

(1)争点4-1(本件発明1は乙2公報により進歩性を欠くか)について

ア 乙2発明1の内容等に係る事実認定

(ア)乙2公報

-省略-

(イ)乙2発明1

前記(ア)によれば、乙2発明1は、放送中のテレビ番組に関連した情報を提供する情報提供システムに用いられる携帯端末装置に関するものであり(【0001】)、テレビ番組の場面を識別する音声信号である音響IDを用い、ID解決サーバを介して当該場面に関連する情報を取得することを容易にした携帯端末装置等を提供することを目的とするものであって(【0005】等)、本件発明1に対応する構成として、次の各構成を有すると認められる。

「携帯端末装置を、

放送中のテレビ番組の放送音声と重畳して放音される、当該番組の場面を識別する音声信号である音響IDを収音し、前記音響IDからIDコードにデコードする情報抽出手段、

携帯端末装置に記憶されたIDコードをID解決サーバに送信する送信手段、

前記IDコード及び前記ID解決サーバが当該IDコードを受信した時刻に基づいて当該ID解決サーバによりID/URL対応テーブルにおいて検索された対応するURLを受信し、放送されたテレビ番組の場面に関連する情報を当該URLで指示されるコンテンツサーバから受信する受信手段、及び、

前記受信手段が受信した情報を携帯端末装置上で表示する出力手段

として機能させるプログラム。」

(ウ)乙2発明1と本件発明1の対比

乙2発明1と本件発明1を対比すると、これらは、次のaの点で一致し、少なくとも、次のbの点で相違すると認められる。

a 一致点

「コンピュータを、

再生対象音を表す音響信号と識別情報を含む変調信号とを含有する音響信号に応じて放音された音響を収音した収音信号から識別情報を抽出する情報抽出手段、

前記情報抽出手段が抽出した識別情報を含む情報要求を送信する送信手段、

前記情報要求に含まれる識別情報に対応する関連情報を受信する受信手段、および、

前記受信手段が受信した関連情報を出力する出力手段

として機能させるプログラム。」

b 相違点

(a)相違点1-1(構成要件1B)

本件発明1では、「案内音声…を表す音響信号」と「当該案内音声である再生対象音の識別情報」が放音されるのに対し、乙2発明1では、「放送中のテレビ番組の放送音声」と「当該番組に対応し、当該番組の場面を識別する音声信号である音響ID」が放音される点

(b)相違点1-2(構成要件1C)

本件発明1では、端末装置からサーバに送信される「情報要求」に含まれる情報は、「識別情報」と「当該端末装置にて指定された言語を示す言語情報」であるのに対し、乙2発明1では、携帯端末装置からID解決サーバに送信される情報は「IDコード」のみであり、「端末装置にて指定された言語を示す言語情報」は含まれない点

(c)相違点1-3(構成要件1D①)

本件発明1では、端末装置が受信する「関連情報」は、「案内音声である再生対象音の発音内容を表す」のに対し、乙2発明1では、「放送されたテレビ番組の場面」に関連する内容を表す点

(d)相違点1-4(構成要件1D②)

本件発明1では、端末装置が受信する「関連情報」は、「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報」であるのに対し、乙2発明1では、携帯端末装置がこれに対応する情報を受信しない点

(エ)相違点に関する被告の主張について

a 相違点1-1(構成要件1B)

被告は、乙2発明1の「IDコード」は、番組と同時に、番組の放送音声という「再生対象音」も識別しているから、「再生対象音の識別情報」が放音される点では本件発明1と相違しない旨主張する。

しかしながら、乙2公報に「この音響IDは、放送中の番組に対応するものであり、放送音声に重畳されて放音される。」(【0014】)と記載されており、ID/URL対応テーブルを示す図4においても、受信時間帯に対応する番組の「シーン」が特定されていること(【0025】)などからすると、乙2発明1の「IDコード」は、放送中の番組に対応し、当該番組の場面を識別する音声信号であって、番組の放送音声を識別するものではないから、本件発明1の「再生対象音の識別情報」に対応する構成を有するものとは認められない。

b 相違点1-2(構成要件1C)

被告は、乙2発明1では、ユーザがボタンスイッチを押した時刻は「端末装置にて指定された…情報」に該当するから、「端末装置にて指定された…情報」が「言語を示す言語情報」であるか「ボタンスイッチの操作タイミングを示す情報」であるかの点でのみ本件発明1と相違する旨主張する。

しかしながら、乙2公報に「番組を視聴しているユーザ6は、番組を視聴し興味ある場面が映し出されると、スマートフォン2を操作する(たとえばボタンを押下する)。このときの操作により、スマートフォン2は記憶していたIDコードをID解決サーバ4に送信する。」(【0014】)と記載されていることなどからすると、乙2発明1において、携帯端末装置から送信される情報はIDコードのみであり、ID解決サーバは当該IDコード及び受信時刻で対応するURLを検索するものであるから、本件発明1の「端末装置にて指定された…情報」に対応する構成を有するとは認められないというべきである。

c 相違点1-3(構成要件1D①)

被告は、乙2発明1で、携帯端末装置が受信する情報は、番組の特定の場面に対応する放送音声に関連するものであるから、端末装置が受信する「関連情報」が「再生対象音」である点では本件発明1と相違しない旨主張する。

しかしながら、乙2公報に「この対応するURLは、ユーザ6がスマートフォン2を操作したときに放送されていた(テレビ1の画面に映し出されていた、または音声で再生されていた)場面に関連する情報を提供するインターネットサイトのURLである。」(【0014】)と記載されていることなどからすると、乙2発明1において、携帯端末装置が受信する情報は、放送されたテレビ番組の場面に関連するものであり、放送音声に関連する情報であるとは認められない。

d 相違点1-4(構成要件1D②)

被告は、乙2発明1では、番組中の相異なる場面に対応する「複数の関連情報」が存在し、そのうち選ばれた情報を受信しているから、「関連情報」が対応しているのが「言語」であるか「場面」であるかの点でのみ本件発明1と相違する旨主張する。

しかしながら、乙2発明1において、携帯端末装置が受信する放送中の番組の場面に関する情報は「相異なる言語に対応する」ものでもないから、ID解決サーバに番組内の相異なる場面に対応する情報が複数記憶されていたとしても、これを構成要件1Dの「相異なる言語に対応する複数の関連情報」との構成に対応するものと認めることはできない。

イ 乙4発明の内容等に係る事実認定

(ア)乙4公報

-省略-

(イ)乙4発明の概要

前記(ア)によれば、乙4公報には、概要、次のとおりの内容の乙4発明が開示されていると認められる。

すなわち、乙4発明は、利用者が携帯する携帯型音声再生受信器を用いた美術館や博物館等の展示物に係る音声ガイドサービスに関するものであり(【0001】)、①電波によって情報を伝達する従来技術によると、対象物以外のガイド音声を受信して利用者に誤った情報を提供するおそれがあったこと(【0005】)を踏まえ、展示物に固有のIDを赤外線等の無線通信波によって発信するID発信機を展示物ごとに一定の間隔で設置し、利用者が携帯する携帯受信器が発信域に入ると上記IDを受信し、展示物の音声ガイドが自動的に再生される構成を採用することにより、情報提供するIDの受信範囲を限定することが容易になり、隣接する対象展示物との混信を回避した音声ガイドシステムを可能とするという作用効果を奏するものであり(【0008】ないし【0010】、【0014】)、また、②そのシステムを複数の言語に対応させようとすると、多数のチャンネルの割当てが必要となり、その選択操作を利用者が行う必要があったこと(【0007】)を踏まえ、多言語に翻訳された音声ガイドのデータを携帯受信器に蓄積し、その中から再生する言語を選択するという構成を採用することにより、多くの外国人利用者にも携帯受信器を操作することなくガイド音声を提供することができるという作用効果を奏するものである(【0012】、【0020】)。

ウ 乙5発明の内容等に係る事実認定

(ア)乙5公報

-省略-

(イ)乙5発明の概要

前記(ア)によれば、乙5公報には、概要、次のとおりの内容の乙5発明が開示されていると認められる。

すなわち、乙5発明は、公共の場所等に掲載された文書等の掲載物を様々な言語に翻訳して提供する情報提供装置等に関するものであり(【0001】)、文書の内容を様々な言語で利用者に正しく提供することを主たる課題とし(【0006】)、2次元コードと複数の言語に対応する言語コードをその内容として含むコード画像をユーザ端末装置によって読み取り、ユーザにおいて所望の言語を選択するなどして、インターネットを介して、文書等の掲載物の翻訳ファイルにアクセスというものである(【0015】、【0025】、【0035】、【0038】)。

エ 容易想到性についての判断

被告は、①乙2公報は、音響IDとインターネットを用いて、放音装置から放音された音響IDによって識別される識別対象の情報に対し、これと関連する任意の関連情報をサーバから端末装置に供給できる乙2技術を開示しているところ、本件発明1も乙2技術を採用するものであり、相違点1-1ないし同1-4は、識別対象、複数の関連情報の選択条件、関連情報の内容に係る相違にすぎず、当業者が適宜設定できるものである旨主張するとともに、②当業者は、乙2技術を乙4課題の解決に応用して、相違点1-1ないし同1-4に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た旨主張する。

しかしながら、まず、被告の上記①の主張については、前記1(2)認定のとおり、本件発明1は、コンピュータを、(ⅰ)放音される「案内音声である再生対象音」と「当該案内音声である再生対象音の識別情報」を含む音響を収音して識別情報を抽出する情報抽出手段、(ⅱ)サーバに対し、抽出した識別情報とともに「端末装置にて指定された言語を示す言語情報」を含む情報要求を送信する送信手段、(ⅲ)「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表」し、情報要求に含まれる識別情報に対応するとともに「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報」を受信する受信手段、(ⅳ)受信手段が受信した関連情報を出力する出力手段として機能させるプログラムの発明であり、乙2公報等に音響IDとインターネットを利用するという点で本件発明1と同様の構成を有する情報提供技術が開示されていたとしても、その手順や方法を具体的に特定し、使用言語が相違する多様な利用者が理解可能な関連情報を提供できるという効果を奏するものとした点において技術的意義が認められるものであるから、相違点1-1ないし同1-4に係る本件発明1の構成が当業者において適宜設定できる事項であるということはできない。

また、被告の上記②の主張については、前記イのとおり、乙4公報に、発明が解決しようとする課題の一つとして、システムを複数の言語に対応させること(以下、単に「乙4発明の課題」という。)が記載されているものの、以下のとおり、乙2発明1を乙4発明の課題に組み合わせる動機付けは認められず、仮に、乙4発明の課題を踏まえ、乙4発明の構成を参照するなどして乙2発明1の構成に変更を加えたとしても相違点1-1ないし同1-4に係る本件発明1の構成に到達しないから、採用することができない。

(ア)乙2発明1を乙4発明の課題を組み合わせる動機付け

a 前記のとおり、乙2発明1は、放送中のテレビ番組に関連した情報を提供する情報提供システムに用いられる携帯端末装置に関するものであり、放送中のテレビ番組の場面を識別する音声信号である音響IDを用い、ID解決サーバを介して当該場面に関連する情報を取得するものであるのに対し、前記イ(イ)のとおり、乙4発明は、利用者が携帯する携帯型音声再生受信器を用いた美術館や博物館等の展示物に係る音声ガイドサービスに関するものであり、展示物に固有のIDを赤外線等の無線通信波によって発信し、携帯受信器が発信域に入ると上記IDを受信し、展示物の音声ガイドが自動的に再生されるものであり、サーバに接続してインターネットを介して情報を取得する構成を有しないから、両発明は、想定される使用場面や発明の基本的な構成が異なっており、乙2発明1を乙4発明の課題に組み合わせる動機付けは認められない

b 被告は、①乙4発明は、放音装置を利用した情報提供技術という乙2技術と同じ技術分野に属するものであること、②乙2技術は汎用性の高い技術であり、様々な放音装置を含むシステムに利用されていたこと(乙11ないし13)、③端末装置とサーバとの通信システムを利用する情報提供技術は周知のものであったこと(乙2、5、6、8、11ないし13等)などによれば、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用する動機付けがある旨主張する。

しかしながら、乙2発明1と乙4発明がいずれも放音装置を利用した情報提供技術であるという限りで技術分野に共通性が認められ、また、本件優先日1当時、音響IDとインターネットを利用し、又は端末装置とサーバとの通信システムを利用する情報提供技術が乙2公報以外の公開特許公報に開示されていたとしても、いずれも乙4発明とは想定される使用場面や発明の基本的な構成が異なることは前記のとおりであり、乙4発明の課題の解決のみを取り上げて乙2発明1を適用する動機付けがあると認めるに足りない。

(イ)乙2発明1に対する乙4発明等の適用

また、以下のとおり、乙4発明の課題を踏まえ、乙4発明の構成を参照するなどして乙2発明1の構成に変更を加えたとしても、本件発明1の構成に到達しない。

a 相違点1-1(構成要件1B)

(a)前記のとおり、乙4発明は、展示物ごとに設置されたID発信機から赤外線等の無線通信波によって展示物に固有のIDが発信されるものであり、「案内音声…を表す音響信号」を放音するものではなく、「当該案内音声である再生対象音の識別情報」を含む音響信号を放音するものでもないから、乙4発明の構成を参照して乙2発明1の構成に変更を加えたとしても、相違点1-1に係る本件発明1の構成に到達しない

(b)被告は、乙4発明の音声ガイドは「案内音声」に相当するから、「案内音声」を識別する構成を採用することは容易であった旨主張するが、上記のとおり、乙4発明のIDは展示物を識別するものであり、当該展示物に係る音声ガイドを識別するものではないから、乙4発明は「案内音声」を識別する構成を開示するものではない。

b 相違点1-2(構成要件1C)

前記のとおり、乙4発明は、サーバに接続してインターネットを介して情報を取得するという構成を有しないものであり、端末装置からサーバに「識別情報」と「当該端末装置にて指定された言語を示す言語情報」が送信されることはないから、乙4発明の課題を踏まえ、乙4発明の構成を参照して乙2発明1の構成に変更を加えることによって、相違点1-2に係る本件発明1の構成に到達することはない。

c 相違点1-3(構成要件1D①)

前記のとおり、乙4発明は、サーバに接続してインターネットを介して情報を取得するという構成を有しておらず、IDによって識別される展示物のガイド音声を再生するものであって、端末装置が「案内音声である再生対象音の発音内容を表す」情報を受信することはないから、乙4発明の課題を踏まえ、乙4発明の構成を参照して乙2発明1の構成に変更を加えることによって、相違点1-3に係る本件発明1の構成に到達することはない。

d 相違点1-4(構成要件1D②)

前記のとおり、乙4発明は、多言語に翻訳された音声ガイドのデータを携帯受信器に蓄積し、その中から再生する言語を選択することによって、IDによって識別される展示物のガイド音声を所定の言語で再生するという構成を有するものの、サーバに接続してインターネットを介して情報を取得するという構成を有していないから、端末装置が「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報」を受信することはなく、乙4発明の構成を参照して乙2発明1の構成に変更を加えることによって、相違点1-4に係る本件発明1の構成に到達することはない。

(ウ)被告が主張する周知技術(乙5)

被告は、相違点1-4について、乙5公報には、元文書に対して多言語の翻訳文を同じ識別情報に紐付けて管理し、識別情報と言語情報により特定の言語の翻訳文を選択するという翻訳文書の管理に関する周知技術(乙5)が開示されているところ、周知技術(乙5)は、情報提供システムという点で乙2発明1と同じ技術分野に属するものであり、翻訳情報の提供を課題とする点で乙4課題と共通するから、当業者において、乙2技術を乙4課題の解決に応用するに当たり、周知技術(乙5)を踏まえ、本件発明1の構成を容易に想到し得た旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、乙2発明1は、放送中のテレビ番組に関連した情報を提供する情報提供システムに用いられる携帯端末装置に関するものであり、音響IDを用いて情報を取得するものであるのに対し、前記のとおり、乙5発明は、2次元コードと言語コードを含むコード画像を用いて、公共の場所等に掲載された文書等の掲載物の内容を所望の言語に翻訳して取得する装置等に関するものであり、音響IDを用いるものではないから、両発明は、想定される使用場面や発明の基本となる構成が異なるというべきであり、これらを組み合わせる動機付けがあるとは認め難い。また、被告が乙5発明と同種の技術が開示されていると主張する乙6公報及び乙8公報に記載されている発明は、いずれも音響IDを用いて情報を取得するものではなく、情報を受信する装置がテレビ等の受信機である点で、乙2発明1とは発明の基本となる構成が異なるというべきであるから、これらを組み合わせる動機付けがあるとは認め難い。

また、仮に、これらの発明を乙2発明1に適用したとしても、上記のとおり、乙5発明、乙6発明、乙8発明は、いずれも音響IDを用いて情報を取得するものではなく、「案内音声である再生対象音」の放音やこれに関連する情報を取得するものでもないから、少なくとも、相違点1-1及び同1-3に係る本件発明1の構成には到達しない。

オ 小括

以上によれば、本件発明1は、当業者が本件優先日1当時、乙2発明1等に基づき容易に発明をすることができたものとは認められないから、乙2発明1等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

(2)争点4-2(本件発明1は乙9公報により進歩性を欠くか)について

ア 乙9発明1

(ア)乙9公報

-省略-

(イ)乙9発明1の認定

前記(ア)によれば、乙9発明1は、音声を用いたIDコードの通信により情報を提供する情報提供システム等に用いられる携帯端末装置等に関するものであり(【0001】)、音声を用いて情報を送信する音響通信システムにおいて、音響IDを受信してIDコードにデコードするデコード機能のオン/オフを適宜制御することが可能な携帯端末装置を提供することを目的とするものであって(【0006】)、本件発明1に対応する構成として、次の各構成を有すると認められる。

「携帯端末装置を、

複数の観光スポットに設置されている案内装置のスピーカによって当該観光スポットを解説するガイド音声と重畳して放音される、当該観光スポットを識別するIDコードを示す音響IDを収音し、前記音響IDからIDコードにデコードする情報抽出手段、

携帯端末装置からデコードしたIDコードをID解決サーバに送信する送信手段、

前記IDコードに対応するURLをID解決サーバから受信し、次の観光スポットへ移動するための道案内情報をコンテンツサーバから受信する受信手段、及び、

前記受信手段が受信した情報を携帯端末装置上で表示する出力手段

として機能させるプログラム。」

(ウ)乙9発明1と本件発明1の対比

乙9発明1と本件発明1を対比すると、これらは、次のaの点で一致し、少なくとも、次のbの点で相違すると認められる。

a 一致点

「コンピュータを、

案内音声である再生対象音を表す音響信号に応じて放音された音響を収音した収音信号から識別情報を抽出する情報抽出手段、

前記情報抽出手段が抽出した識別情報を含む情報要求を送信する送信手段、

前記情報要求に含まれる識別情報に対応する関連情報を受信する受信手段、および、

前記受信手段が受信した関連情報を出力する出力手段

として機能させるプログラム。」

b 相違点

(a)相違点1-5(構成要件1C)

本件発明1では、端末装置からサーバに送信される「情報要求」に含まれる情報は、「識別情報」と「当該端末装置にて指定された言語を示す言語情報」であるのに対し、乙9発明1では、携帯端末装置からID解決サーバに送信される情報は「IDコード」のみであり、「端末装置にて指定された言語を示す言語情報」は含まれない点

(b)相違点1-6(構成要件1D①)

本件発明1では、端末装置が受信する「関連情報」は、「相異なる言語に対応する複数の関連情報のうち、前記情報要求の言語情報で指定された言語に対応する関連情報」であるのに対し、乙9発明1では、携帯端末装置がこれに対応する情報を受信しない点

(c)相違点1-7(構成要件1D②)

本件発明1では、端末装置が受信する「関連情報」は、「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す」のに対し、乙9発明1では、携帯端末装置が受信する情報は、「次の観光スポットへ移動するための道案内情報」である点

(d)相違点1-8(構成要件1B)

本件発明1の「識別情報」は「当該案内音声である再生対象音」を識別するものであるのに対し、乙9発明1の「IDコード」は、現在の観光スポットを識別するものである点

(エ)相違点に関する被告の主張

a 相違点1-7(構成要件1D②)

被告は、乙9発明1において、端末装置が受信する「次の観光スポットに移動するための道案内情報」は、ガイド音声が対応する現在の観光スポットの関連情報であり、そのように相違点を認定すべきである旨主張するが、「次の観光スポットに移動するための道案内情報」は「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す」情報に当たらない以上、相違点1-7は前記のとおり認定するのが相当である。

b 相違点1-8(構成要件1B)

被告は、乙9発明1において、観光スポットと当該観光スポットに設置されたスピーカから放音されるガイド音声は一対一で対応しているから、IDコードが観光スポットを識別することと当該観光スポットのガイド音声を識別することは同じことであり、相違点1-8は認められない旨主張する。

しかしながら、乙9公報の【0018】に「それぞれの案内装置1は、その地点(観光スポット)のガイド音声を放音すると同時に、その地点を示すIDコード51を音響ID50として放音する。」と記載されており、図2に「ID」が「地点名」、すなわち、観光スポットごとに付されることが示されていることなどに照らせば、乙9発明1の「IDコード」が識別しているのは当該観光スポットであると認めるのが相当であり、当該観光スポットを解説するガイド音声を識別するものであると認めることはできない。

イ 乙10発明

(ア)乙10公報

-省略-

(イ)乙10発明の概要

前記(ア)によれば、乙10公報には、概要、次のとおりの内容の乙10発明が開示されていると認められる。

すなわち、乙10発明は、外国語による観光案内システム、取り分け、外国人観光客等が持参する携帯電話・情報端末を用いて、観光地等に設置されている案内板等に貼付された情報タグ等から、インターネットを介して前記観光地に関する案内音声及び文字・図形からなる説明データを取得し、この説明データを複数の言語によって構成し、いずれかの言語を択一的に選択して取得するようにした観光案内システムに関するものであり(【0001】)、従来の携帯電話や情報端末を用いた観光案内ガイドのシステムでは、各国から訪れる観光客の言語に即時正確に対応することができず、観光客が簡単かつ迅速に自国の言語による観光地情報を得ることができないという課題があったことを踏まえ(【0005】、【0006】)、観光地の案内板等に設置された情報タグから、観光客の携帯電話・端末装置によって観光地名及び観光地を識別する管理記号を読み取り、観光案内サーバーにアクセスして、当該管理記号と携帯電話・端末装置に記憶されている言語を指定する番号を観光案内サーバーに送信し、観光案内サーバーから指定された言語による観光案内の音声データを受信するという構成を採用したものである(特許請求の範囲請求項1等)。

ウ 容易想到性についての判断

被告は、①乙9公報は、音響IDとインターネットを用いて、放音装置から放音された音響IDによって識別される識別対象の情報に対し、これと関連する任意の関連情報をサーバから端末装置に供給できる乙9技術を開示しているところ、本件発明1も乙9技術を採用するものであり、相違点1-5ないし同1-7は、情報要求に含まれる情報の内容、複数の関連情報の選択条件、関連情報の内容に係る相違にすぎず、当業者が適宜設定できるものである旨主張するとともに、②当業者は、乙9発明1に、乙10発明又は乙5公報及び乙10公報記載の周知技術、並びに周知技術(乙14等)を組み合わせるなどして、相違点1-5ないし同1-7に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た旨主張する。

しかしながら、まず、被告の上記①の主張については、前記(1)エと同様に、乙9公報等に音響IDとインターネットを用いた同種の情報提供が開示されていたとしても、本件発明1は、その手順や方法を具体的に特定し、使用言語が相違する多様な利用者が理解可能な関連情報を提供できるという効果を奏するものとした点において技術的意義が認められるものであるから、相違点1-5ないし同1-7に係る本件発明1の構成が当業者において適宜設定できる事項であるということはできない。

また、被告の上記②の主張については、以下のとおり、乙9発明1に乙10発明又は乙10公報及び乙5公報に記載された技術を適用したとしても、本件発明1の構成に到達することはなく、被告が主張する周知技術(乙14等)は認められず、乙14公報等に記載された各発明の一部分を抽出して組み合わせるべき示唆を認めることもできないから、採用することができない。

(ア)乙9発明1に対する乙10発明又は乙10公報及び乙5公報に記載された技術の適用

前記のとおり、乙9発明1は、再生対象音に係る音響信号から情報を抽出するものであるのに対し、乙10発明は、情報タグから情報を読み取るものであって、乙10発明において用いられている情報タグを乙9発明1に適用すると、音響信号から情報を抽出するとの構成自体が失われるのであるから、当該構成を維持しながらその他の構成についてのみ乙9発明1に乙10発明を組み合わせる動機付けがあるといえるかについては疑問が残るところである。また、前記のとおり、乙5公報に記載された技術は、コード画像から情報を読み取るものであるから、これを乙9発明1に適用すると、音響信号から情報を抽出するとの構成自体が失われることは乙10発明の情報タグを適用する場合と同様である。

さらに、以下のとおり、乙9発明1に乙10発明又は乙10公報及び乙5公報に記載された技術を適用したとしても、少なくとも、相違点1-7及び同1-8に係る本件発明1の構成に到達しない。

a 相違点1-7(構成要件1D②)

前記のとおり、乙10発明は、観光客の携帯電話・端末装置によって観光地の案内板等に設置された情報タグから読み取った管理記号等を観光案内サーバーに送信し、観光案内サーバーから指定された言語による観光案内の音声データを受信するものであり、携帯電話・端末装置が受信する情報は「前記案内音声である再生対象音の発音内容を表す」ものではなく、乙10公報及び乙5公報にそのような情報を受信する技術は開示されていないから、乙9発明1に乙10発明又は乙10公報及び乙5公報に記載された技術を適用したとしても、相違点1-7に係る本件発明1の構成に到達しない。

b 相違点1-8(構成要件1B)

前記のとおり、乙10発明は、観光地の案内板等に設置された情報タグには、観光地名及び観光地を識別する管理記号が表示されており、観光客の携帯電話・端末装置によって読み取る構成を有するものの、情報タグは「当該案内音声である再生対象音」を識別するものではなく、乙10公報及び乙5公報にそのような技術は開示されていないから、乙9発明1に乙10発明又は乙10公報及び乙5公報に記載された技術を適用したとしても、相違点1-8に係る本件発明1の構成に到達しない。

(イ)被告が主張する周知技術(乙14等)

被告は、乙14公報ないし乙17公報にあるように、本件優先日1当時、情報を多数の利用者に同時に提供するために様々な場面で利用されるアナウンスシステムにおいて、再生される各種の案内音声内容を各利用者の理解できる言語で提供することに対するニーズが存在することは周知であったから、当業者は、乙9発明1に基づき、外国人観光客に簡単かつ迅速に自国の言語による観光地情報を提供しようとすると、スピーカから放音される観光スポットのガイド音声の発音内容についても、外国人観光客に自国の言語により提供する構成を採用することにより、本件発明1の構成を容易に想到し得た旨主張する。

被告は、相違点1-7について上記のとおり主張するものの、その趣旨は相違点1-6に係る容易想到性を含むものであると解されるところ、乙14公報に記載された発明は、コンテンツの再生と同期して音響信号を放音するものであって(乙14【0007】等)、サーバに接続してインターネットを介して情報を取得するものではないのに対し、乙15公報ないし乙17公報に記載された発明は、いずれも音響IDを用いるものではなく、また、乙16公報及び乙17公報に記載された発明は、いずれもサーバに接続してインターネットを介して情報を取得するものではないなど、想定される使用場面や発明の基本的な構成が異なるものであるから、乙14公報ないし乙17公報に記載された各発明に基づき一体的な周知技術を認定することは困難であり、そうであれば、それぞれの発明の一部分を抽出して組み合わせるべき示唆がなければこれらに記載された発明を適宜に組み合わせて乙9発明1に適用して相違点1-6及び同1-7に係る本件発明1の構成に到達することが容易であるということはできない。乙14公報ないし乙17公報に記載された各発明の一部分を抽出して組み合わせるべき示唆を認めることはできない。

エ 小括

以上によれば、本件発明1は、当業者が本件優先日1当時、乙9発明1等に基づき容易に発明をすることができたものとは認められないから、乙9発明1等に基づき進歩性を欠くとはいえない。

5 争点6(差止めの必要性は認められるか)について

被告は、本件アプリについて差止めの必要性は認められないとし、その理由として、①本件口頭弁論終結時点において、本件アプリに係るサービスは実用化されていなかったこと、②被告は、平成30年5月以降、本件アプリの配信を中止し、多言語で情報配信を行う機能を取り除いた本件新アプリを配信しており、本件訴訟の結果によって本件アプリに係る事業を再開するか否かを決定する予定であること、③被告は、今後、顧客に対し、案内音声である再生対象音の発音内容を表す他国語の関連情報を提供することを禁ずる旨の約束や、案内音声である第1言語の再生対象音が表す発音内容を第2言語で表現した情報を提供することを禁ずる旨の約束をする意思があることを主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件アプリは、本件発明1の技術的範囲に属し、本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないから、前記第2の2(4)のとおり、被告は、少なくとも、平成29年5月頃から平成30年6月頃まで、本件アプリを作成し、譲渡等及び譲渡等の申出をし、平成28年6月から平成29年3月までの間に3回にわたり本件アプリを使用することによって本件特許権1を侵害していたものである。

これらに加えて、被告が本件訴訟において本件アプリが本件発明1の技術的範囲に属することを否認して争い、本件特許1について特許無効審判により無効にされるべきであると主張していること、弁論の全趣旨によれば、被告は、現在も、ウェブサイトに本件アプリの説明や広告を掲載していると認められ、被告が本件アプリの作成等を再開することが物理的に不可能な状況にあるとは認められないことなども考慮すると、被告は、今後、本件特許権1を侵害するおそれがあるものというべきであるから、原告が被告に対し、その侵害の予防のため、本件アプリの作成等の差止を求める必要性は認められるものというべきである。